「グーテン アーベント」
 
 
退避のタイミングと機体電力の両方を完全に失った後弐号機とA・V・Thは世界色豊かな這い寄る使徒ロボにとうとう潰され爆炎を上げて滅びるはずだった。世の影として生きる強襲型として、人道も何もなく搭載されている自爆機能を発動させてとりあえずフィールド発生能力をもたない使徒ロボの残りを連れて沼下へ去ろうとしたのだが・・・
 
 
使徒ロボどもの動きが止まり、後弐号機の胴を挟み込んでいたヘラクレスオオクワガタ型の南米麻薬ロボもその凶悪なハサミをゆるめて切断予定の獲物を逃した。
 
 
訝しむ余力などない。ただ自爆道連れの意図を見て逃走にかかったかと思うだけだ。
 
「愚者」
目的を果たさずして逃走など、愚か者め。愚か者は愚かのままに死んでいけ。
A・V・Thは自爆機能のスイッチを入れようと・・・した時に、それが目の前に来ていた。
 
 
紫の服を着た目のない魚の兜をかぶった少女・・・・・バルディエル誘導体
 
 
後弐号機の装甲もエントリープラグの装甲も関係なしに、すりぬけてきた。幽霊のように、というか半分、概念で構成されているこの誘導体はコアもないのをいいことに物質の体を作っていない。ゆえにこのような芸当ができるわけだが・・・・A・V・Thの自爆スイッチを押す指を止めたのは驚きのためではない。体が、動かなくなっていた。
 
 
「自爆なんてゆるさないよ。せっかくの後期正式型をもったいない。自爆するくらいなら捨てるくらいならボクにちょうだい・・・・・存分に戦わせてあげるから」
 
 
戦の歌が聞こえる。大音響で脳内に響くそれはすでに拷問。精神攻撃に格別の抵抗力を持つA・V・Thを押さえ込むべくバルディエル誘導体もフルボリュームでその能力を使っている。にゅき、と懐から棘付きマイクを取り出すとまさに、バルディエル・リサイタル。「あの赤いの、キライなんでしょ。キミも」「弱いくせにがんばっちゃって不様だね」
「なんなら、キミの手で倒してもらってもいいよ。まあ、オリビアなんかにやられてるくらいだからあんまり面白くないかもしれないけど」「選ばれて選ばれて選ばれぬいた機体だよ」「それよりも初号機と零号機がまだ残ってる。あれを潰せばキミがナンバーワンだって世界の誰もが認めるようになる・・・否定のしようもなく」「最強、それはキミのこと」「やっちゃえやっちゃえやっちゃえやっちゃえ!!じょーずじょーずじょーずじょーず!ブタもおだてりゃその気になって、あそれそれそれ木に登る〜〜」
 
 
ボエ〜〜〜
 
 
歌に挟まれるラップともしゃべりともつかぬセリフはひどいものだが、さながら聞く者の船を沈没させまくったライン川の人魚歌のごとく理性を麻痺させて幻想を追走させる効果が確かにあるのか、聞いていると血湧き肉躍ってくる。それ以前にこのボリュームではサティのジムノペディでも右翼街宣車放送以上の強面音楽となるだろう。ひたすら強烈。精神集中も何もなく脳波状況もグザグザになる。体質的に強い抵抗力を持つA・V・Thでさえ、これはさすがにたまらなかった。すぐさま飛んでいってエヴァ弐号機をこの手で引き裂く誘惑を抑えきれない・・・・その凶猛な想念と連動するように後弐号機の機体表面に光るねば糸が顕れる。それが使徒侵食現象であることも分かっている。ただ、どうにもできない。この間合いでは何をやろうと己が巻き添えを食らう。それもかまわないとしても、通常の物理的攻撃手段ではかすり傷もつけられまい。双方向ATフィールドで叩きつぶしてやりたいが・・・・機体は、エヴァ後弐号機はもう、その相手には力を向けられなくなっている。攻撃する、己の力を叩きつけるべき相手は・・・・真紅の機体の。
 
エヴァ弐号機・惣流アスカラングレー。
 
それこそ望むところである・・・・・・待っていろ、炎の魔女・・・・・
だが、それではマイスター・カウフマンの指示に反することとなる・・・・・。
 
 
「銀壁・・・」
己の精神に強固な壁をイメージしてそこから進まぬように、なんとか最後の抵抗を計るA・V・Th。だてに首がブロッケン伯爵していない。
 
 
「・・・けっこうしぶといデスね。耳元でこれだけ歌っても駆け出していかないなんて。そんなにがんばらなくてもいいじゃないの。最強になるロードを走るだけだよ?誰に文句をつけられることでも、遠慮することでもない。戦士として当然の権利であり手にするべき栄誉なんだし。だからもう迷わずにすすめばいいの。栄光への架け橋へ!ってなんかオリンピックのテーマソングみたいだけど。まあ、確かにやってることは同士討ちだけど、その後で、人類を代表する最強になってから使徒であるボクと戦おうよ。それならいいんでしょ?」
 
 
「弐殺・・不」
心の中の銀の壁がビシビシとひび割れ崩壊一歩手前のところまできてもまだ譲らない。
ここでとりあえず応じておけば後弐号機は助かり、念願であった弐号機とラングレー退治も叶う。自分の命はこの幻想使徒の気まぐれ一つ指先ひとつであるのを百も承知で、それを当然とすることはしないA・V・Th。それは欲求ではあるが自然ではない。
 
 
「まあいいや。弱者に用はないの。弐号機らしく、またロボットに負けて敗地にまみれて沼に踏みつけられて沈めばいい・・・・・」
もともと制御が狂っているところがあるバルディエルである。レリエルや渚カヲルの件が予定時刻どおりにいっていない焦りもあった。自分の思う通りにいかないと逆恨みして憎悪を注ぎ込むようなマネをする。オリビアなどただレリエルの隠れ蓑にされただけなのだが、恨みを買ったあげくに全身に最高濃度の支配菌糸をぶちこまれて可哀想にあの調子である。一時停止させていた使徒ロボたちに再襲撃を命じようとする。「でも・・・ふむ」
それを何か思い出したように、中断し、ひとつ尋ねる。
 
 
「ところで、なんでキミはここから逃げなかったの?退き時は分かっていたはず。エヴァは電気が切れればただの人形、狂乱して時間を忘れていたふうでもなかったし。キミはひどく冷静に時を待っていた。これが人間の言う自殺行為ってもの?」
 
 
そんな弱々しい因子を内包しているなら、そも自分の歌が通じないのも無理はない。
 
「答えてくれたら、代償として充電くらいはしてあげるよ。戦うに足りず逃げるに十分なくらいの電気をね、めぐんであげる」
 
 
戦の歌は止み、一息つくことができた。指も動く。自爆するなら勝手にやれば、というところだろう。使徒ロボ群は道連れにできるだろうが、目の前の幻想は消えることなくこれからも世を謳歌することだろう。それが悪である、とは言わない。この使徒はある意味、非常に人間というものの性にあっている。その一連の行動は・・・・狂っている。ゆえに。
 
もし、地上が楽園であるのなら、これほど無力の使徒もいないだろう。
もし、地上が地獄であるのなら、これほど無能の使徒もいないだろう。
 
ありもしない幻想を、幻を追う人間がいる、地上であるからこそ。
 
 
 
「・・・盟約」
 
 
「・・・?なにそれ」
 
 
返答したのはむろん、電力欲しさなどではない。この狂える使徒への別れの挨拶代わり。
説明も必要ない。”それ”が、やってきたから。目に見える形で。守るべき盟約の相手。
 
 
突如として
 
 
N2沼全域を覆うほどの広大にして強大な絶対領域の展開。それは観測機器の目をに超越する白い爆心炎(カーテン)として遠景に映る。A・V・Thには感知器の表示に頼らずとも体感で分かる。それはなじみ深い者が発する双方向ATフィールド・白牢壁。エヴァ参号機・・・・
 
 
その右半身、左半分だけの白いエヴァ参号機が、沼のほぼ中央に立っている。
 
 
ゆらりと。領域の高出力のゆえ、陽炎のように揺らいでみえる。その数値は計測する必要もなく、現存するエヴァシリーズの中で、初号機、十号機すら越えて、最大。実のところ他の被害さえ考慮にいれなければ要は押し相撲至上であるこの使徒殲滅業界において、絶対領域の威力こそが横綱の証であった。これだけ広範囲に展開してあればこざかしいJTフィールドも意味をなさない。なんせすでにフィールドの中にいるのだから。それを反転させたら自分が潰れるだけだ。
 
 
絶対の領域、絶対の力場を従えるその存在は異形であっても圧倒的であり、見比べるに使徒ロボなどはあまりに矮小であった。力場の主は立つだけで技を込めたわけでもないただ揺らぎ伝わるだけの力場余波に耐えきれず伏せ体を沼にすりつける姿は奴隷か下僕か。その姿をその目で見れば、誰しもこのように呼ぶことだろう。
 
 
最強、と。
 
 
バルディエル誘導体にもA・V・Thにも異論はなかった。この世の全てはその白い機体の思うがまま。それだけの力がある。血の命道を歩み続け暗弱の闇より至高の天に到達した強者。そして、その証を成した者。全てのバルコアを集めてバルディエル完全体となった者。この時代の仕事はこれで終わった。誘導体もその元へゆき融合を果たし、幻想ではなく実存の冠としてその頭を飾ることになる。それは何より勝る歓喜であった。
 
 
「これは・・・・・・!明暗の奴がレリエルたちを仕留めた・・・・?やった・・・・ついに最強の座についた・・・・・?でも、なんで地上の半身まで、こんな・・・・・」
既に必要のなくなった人間の人格である”朱夕醉”と”禁青”を入れたままの白い半身はヨッドメロンで切り分けて虚数の扉をこじ開けて登極する前に地上に捨てていったのだ。
それは最強に相応しくないいくつかの不確定要素、弱点を捨てることでもあった。それは分裂の危険性。特に元々の基点人格である禁青、蒼青が目覚めた場合、コントロールを奪われる可能性がある。最強求道を憎悪する、血が赤いことを忘れた世を救う青き者。
 
エヴァ参号機。
 
使徒と使徒を殺すものが同居する矛盾。最強にして最弱。その一点を突かれれば。自ずから爆砕する。マイスターカウフマンが禁句とし葛城ミサトが敵にまわれば使おうとした。
まさしく陰陽を体現する、因果な機体であった。
 
 
待ちに待ってレリエル達のもとへ扉が開いた好機を逃さず、最も最強に近くなった欠片の最大集合体である黒羅羅・明暗のエヴァ参号機を送り込んだ。送り込んだ、という表現は片手落ちかもしれない、それは明暗当人も望んでいることであろうから。天の最強と地の最強がそこには二人、そろっている。他と隔絶する光と雷、渚カヲルと碇シンジ。これらとの戦闘は明暗が何より楽しみにしていた。やらぬはずはなく、それらを倒してこそ最強の名乗りをあげられるというものだ。レリエルの抹殺もむろん、いうまでもないが。
人から使徒になるなどというふざけたタブリス、渚カヲルも殺しておく。
 
 
天上では、それを成したのだろう。レリエル、タブリス、それから碇シンジ・・・ゼルエル・・・おそらく勧誘にのったにちがいあるまい・・・・・それらを”平らげた”ゆえに、この時代のバルディエルは完成した。天上で何がどのように起こったのかは分からない。だが、レリエルを抹殺にかかればそれを娶ったタブリスは守護しようとし、またゼルエルはそのタブリスに助太刀しようとするに違いない。どうあれ、そのようになる。あの連中は、戦わずにはいられない。レリエルはすでに使徒とはいえぬ半竹であるし、タブリスは能力未確定だがなんせ新米であり、ゼルエルは零れた卵のようなもんで機体がなければ戦うことさえできまい。タブリスからメタトロンを借りるくらいのことはしたかもしれないが。
 
 
その結果は。
 
実力はいうまでもないが、今回は完全に意表をついたはず。碇シンジとのアクセスを予想して張っていた自分の作戦勝ちだ。レリエルめ・・・ざまあみろ・・・・・・けけけ。
これだけの絶対領域を展開するのだ。間違いない。地上の半身のこれは・・・完全に断ち切れずまだ連絡が残っているのだろう。タイミング勝負のことではあったし、それほど丁寧に糸切りをしたわけではない。なんせ長いこと融合していたのだ、残滓反応があろう。
本体の帰還は、いつぞやのラミエルを破ったエヴァ初号機よろしく、黒雷降臨!!みたいな感じで人間どもの期待を砕いて絶望にたたき落とすようなやつになるだろう。それをやられるとさぞショックだろうねえ、なははははははは!
 
ああ、それよりも。
 
首をはねたか、胸潰されたか、胴体もがれたか、その死に様を早く知りたい。
 
ああ、せいせいした。これで、やっと・・・・・「待った甲斐があったものだよ」
 
 
だが、道に果てはなく、永遠に続くのだ。飽きるだけ最強でいたなら、また拡散して地に交わることになるが・・・それを思うと己の身は万の目と万の精根をもって地母神を犯す荒々しい帝天のようでもある・・・・・そんなことを考えながら。
 
 
ふらふらと美酒に酔ったようにエントリープラグから出て行くバルディエル誘導体。
 
 
「皆同・・・」
その背をA・V・Thが嘲笑していることも知らず。待っていたのはお前ではなく。
退き時に退くこともせず、待っていた。今、盟約が果たされる。
「FF・・・」
 
 
最強の半身は、最強ではあるが最弱でもある。矛盾の粉砕点にわざわざ挟まれにいこうとする愚かな幻想をこそ笑う。対するものがなにものであろうが砕き、そこで終わる。そんな、最後の最強。あの白い最強はそこから一歩も動くことはない。近づきさえしなければなにものも倒せない。だが幻想は自分の歌で踊る者をその姿を確かめずにいられない。
 
最強の半身は最強であるのか、最弱であるのか?その問いに答え、それは、それは最強なのだと証明するために幻想は自ら砕かれなければならない。でなければ幻想は意味を失う。
いわゆるファイナルファンタジーである。幻想の蝶蛾を焼くには幻の火を焚く必要がある。
 
 
明暗に頼まれマイスターカウフマンが思考し仕掛けた計略。ゆえに、見届ける必要があった。その折に、たとえ碇シンジやその他の者が殺害されようとA・V・Thには存外のこと。それらの生死はどっちでもいいが、明暗の中に潜むバルディエルが自分でオレって最強だなーと自己認識するだけのことをやったのは間違いない。
 
 
あとは・・・・
 
 

 
 
 
ぐさ
 
 
 
沼の中央で貫く音を聞き、A・V・Thと後弐号機の限界がきた。意識が闇に消えた。
半分使徒であった二人となく信頼できた相棒がこの世から失せたのを感じながら。
伴う悲嘆は暗が呑んだ。暗闇は喪失よりも強く、操縦席を包んだ。
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
みてはならないものをみてしまった、と
 
 
 
N2沼に降下到着した真・JA、それを通じてその光景を見た時田氏は思った。
これほど、エヴァと使徒の真実、使徒殲滅業界に外様でありながら肉薄する時田氏にして、その光景は、そう思わせるほどに異様。体が、真・JAを操作する体が凍った。
 
 
外周を燃える続ける巨大な炎とATフィールドの二重結界。現場に立たなければその事態を覗き見ることさえ許されない。JTフィールド展開で自らの身を防護しつつ結界を破綻させていく・・・、エヴァ後弐号機とやらを急いで発見救助しなければならない、と分かってはいたが。
 
 
到着してみれば、もはや事態は終わっていたのだと知れた。異様の終わり。異形の終末。
JTフィールドにより結界が破られた今、間もなくそれはネルフ発令所に、そして全世界に知れ渡ることになるだろう。激しい炎で揺らぐ光景。これは現実の光景か・・・?
 
これは隠匿するべきではないか・・・・・・普段はネルフの秘密主義に怒れる時田氏にしてその思いに駆られた。それは恐怖。その恐怖の光景を撒き散らすことを恐れた。
そして、冒涜であると思った。何かを強く貫き通そうとした意志への。闇を。闇に向けて、唯一、立ち向かった痕跡、それは穿ち抜いた
 
 
 
体が半分に裂けた、左半身だけの白いエヴァ参号機が
 
 
指に挟んだ錆びた釘のような武器で・・・・その先で、人間サイズの何かを貫いている。
 
 
紫の装束をまとった顔のない少女のような、「何か」を
 
 
N2沼の中心、使徒ロボの残骸が曼荼羅の文様のごとく並んで 時間が停止しているかのような嘘寒さを感じるが、時間の軍隊の侵攻を防ぐことは何者にもかなわない、その証拠に、白参号機は膝まで埋まってしまっている。N2沼が沼でありアブソーバー役として選ばれた理由のひとつである、底なし。大地の柔らかい口が長居する愚かな獲物を呑み込むようにも、自ら選んだ墓地に自らを埋葬していくようにも、見えた。
 
 
しばらく、その光景に動けない。
 
 
崩壊していく結界の中、動くモノはなにひとつない。予定通りなら、ここには巨大というのも馬鹿らしくなるほどの代物が、落っこちてくるのだ。早々にエヴァを救助してここを去らねばならぬ。分かってはいるが・・・・・その白い機体が人類側だと認識しない己の直感との板挟みに、出来の悪い古式のコンピューターのように判断処理が停止してしまっている。ここで何があったのか、それを知るであろうエヴァ後弐号機の発見作業と救出に乗り出すのは、この光景の麻痺から抜け出すには、しばらく、かかった。
 
 
ここが、行き止まりだと、道の果てだと、分かるまで。
 
この先はなく、引き返すしかないのだと。
ヘドロのごとくたまりにたまった力の残滓が拡散し、風になる。兵どもの夢の後。
最強最強といつもわめいている割にはなぜか、不思議と魔笛に踊らされることのなかったロボットの創造主は。