「そ、それで・・・・?」
 
興味津々甘栗天津のような目で、シンシン碇こと碇シンジは話の先を促した。くちびるがちょっとタラコであるが完全に続きをせがむ子供の目であり、まるっきりこれまでの話から教訓を得ているようでも反省しているようでもない。全然思い知ったところがない。
 
「お前はバカか」
生名シヌカがはっきりと、石仏に刻むがごとく明言した。花びら一枚分の可能性もなく疑問は残らず。バカだこいつは。これではなんのために長話をしたものか分からない。
 
碇シンジが本気なのかふざけているのか頭が悪いのか何かに挑んでいるのか、一体全体何を思ったのか・・・
 
 
「僕も竜号機に乗れるかも知れない」
 
 
などと言い出したことに大いに衝撃を受け、正直に言えばその恐れを知らぬ無神経ぶりにかなりびびった・・・大三ダイサンなどほんとうに「おいら、ちびっちまったよ!」であるし、平静ではなく冷静がホームポジションである弓削カガミノジョウも耐えきれず感情の針が振り切れ真っ青になった。即座に反応し、その口をぎゅうっとヒネり回すことで無理矢理封じた生名シヌカは己の余計な小さな親切心をほとほと後悔した。幸い、今の一言でも逆鱗セーフだったらしい。どういうつもりか知らないが、巻き添えをくらってはたまらんので無知な碇シンジに己の知る竜号機の来歴を教えることにした生名シヌカである。
 
 
あれはただの巨大な戦闘用の乗り物ではなく、水上左眼と切り離すことのできない唯一無二の専用の・・・玉座といった方が分かりがいいか、いや、それだと誤解を招くか・・・・「いいか、碇シンジ。あのでかい竜神サンは元からあんなカンジじゃなかったらしい。そもそも設計図から起こされた製造品じゃない・・・・」しばし言葉を選んで、それから碇シンジのクチビルから指を離して話はじめた・・・。
 
 
といっても、一応かつてネルフ所属であった碇シンジにしてみればエヴァ関連の機密を知らぬ一般地元民生名シヌカの話など、むかしばなしの域を出ない。土産物屋で水彩の表紙がついて冊子になってるようなあれである。惣流アスカや綾波レイなら鼻も引っかけまい。
 
そのようなこと、あるものか、と。スタッフも信じないだろう。
そのようなこと、あるはずがない、と。
 
 
出世魚じゃあるまいし、エヴァは変態を繰り返して巨人になったりしない。
万能科学の生んだ人造人間なのだ。しかも、竜号機の方がずいぶんと性能が良さそうだ。
いろいろと便利そうであり、空が飛べる、という時点でもう勝負はついてる。
 
 
だが、碇シンジはその話を興味深げに聞き、目を見れば信じているようにも。
その反応の異様さはおそらく父親の碇ゲンドウがこの場にいれば分かっただろうが、生名シヌカたちには分からない。ただ言うのみ「バカか」と。訳すれば”とにかくお前は乗れないんだからそういうくわばらなことを言うなよ”ということになる。普通であれば、それは一喝で済むのだが・・・・それだけではすまない何かが碇シンジの目にあった。
 
それが長話をさせたのだが、もとより求めるところが違う。
 
碇シンジは変わった種類のエヴァの話、だとして聞いている。今まで相手にしてきた使徒のことを考えればたいていのことはアリだろうと。それが業界の道理であると。
 
が、地元民にしてみれば竜は文字通りの象徴であり、それを奪う略奪宣言をされたようなもので、よくボコられなかったものであるがそれは生名シヌカらの理性であろう。
ウルトラ迷惑であるが。笑いもせずに大真面目に聞いている相手をやっちまうというのも矛盾しては、いるのだと。
 
 
ヒメさんは、竜号機を苦労して育ててきたのだな、ということはもちろん碇シンジは理解している。竜号機は何度もモデルチェンジをしているらしい。当然、その都度パワーアップしている。並大抵の苦労じゃなかっただろう。その執念・・・そんなもので物事で当たればたいていのことは成し遂げられるだろう。そして、住民はそれを知っている。
そういうものなのだろう、と思っている。竜は水上左眼が育てるものなのだと。
所変わればエヴァ変わる、というところだろうか。我ながらうまいなあ。
出来る出来ないは当たり前、口にするのも不遜なのだと。碇シンジの分際で、と。まあ。
変化する、変化していく、それを繰り返す代物なのだという理解で。おそらく。
まだ、変化を待っている。さらなる、変化の完了を。もう十分以上に強いだろうに。
面白いなあ、と思う。
碇シンジはそれに興味を覚える。また、そこまで知っている住民が知らぬ事についても。
 
 
さて、ヒメさんは竜号機を「”どうやって”」動かしているのかな、と。
 
 
最初は海の馬賊のように、背に跨って駆けていたというから、エントリープラグなど差し込めるサイズではなかったのだろうに。父さんもそのあたりのことを話しといてくれればいいのに・・・恨み入ったところで
 
 
ぱひゅん
 
ロケット花火が飛んでいくような音が聞こえた。「侵入者です。仕掛けた走雷に反応しました」ほぼ同時にあまりに冷静な弓削カガミノジョウの音声。「A3、正門前です」
「ああ、分かった。弓削、向を起こしておいてくれ。ダイサン、あんたは裏だ」
「うん、行くよー」普段からは考えられない滑らかな噛み合わせの良さで行動のギアを回す生名シヌカと大三ダイサン。この人たち、ただダベりに来てたんじゃないんだ・・・という目になりかけて慌てて目をつぶる碇シンジ。いやいや、自分のせいでほんとはクラスメートですらなかっただろう人たちが危険な目にあうのを見過ごすわけにはいくまい、とすぐに目を開けるがもう三人の姿はない。この素早さはどういうつもりなのか、自分の逃亡を見張るためならこんなバカな速度もない。巻き添えを避けここから離脱しようというなら正解かもしれないが。タラコ気味のくちびるがまだヒリヒリする。
単純にヒメさんに私淑してるようでもないんだけどなあ・・・・この人たち。
 
 
知らず、左腕をさすっていた。
 
 
思念は一瞬。そういえば・・・「もう一度、真夜中にでも会いにこられると思いますが」弓削くんがそんなことを言っていたような。蘭暮、アスカさんが。
酔ってお休みになっている師匠の保護などは頭の片隅のどこをほじろうと出てこない・・・酔った師匠がそのまま帰ろうとして仕掛けられた電気仕掛けの罠にまんまとはまったという可能性も考えられたが。
 
 
いずれにせよ、ここに起居する住人が異常を見ないふりもできまい。無難な結論に落ち着いて碇シンジは電光速で駆けだした。もう父親のことなど頭から吹っ飛んでいる。
 
 
 
 
その頃
 
 
碇ゲンドウは大方の予想を裏切るようにして第三新東京市に闇戻っており、しかしながらネルフ本部などには向かわず、綾波レイの幽霊マンモス団地にも赤木リツコ博士の家にも寄らず、とある市街部の宝石店の前にいた。営業などしている時間ではないが、看板にある店の名は
 
 
超高級宝石店・川内七十年代
 
 
とあった。