「はい、解決したよ」
「会議」の翌日には碇シンジが父親に完了報告をしていた。
連絡という名の命令を受けて、その足で解決に向かって渚カヲルの言う通りに電撃的にやってきたのであろう。早かった。
総司令のデスクの上には息子の勘違いや、体よく追い返されたのではない明らかな証拠があった。弐号機の直筆の零号機宛ての詫び状と、それを受けた零号機の「水に流し状」・・・こと受領証。ウルトラマンモノは当初の脚本通りに展開し、結末する。
ウルトラマンダークアスカはお蔵入りとなった。惣流アスカの出番は今まで通り。
葛城ミサトの出番も今まで通り。当たり前といえば、当然なところに落ち着いたわけだが
弐号機ケージが謎の大爆発を起こしたとか、ゲリラ的に赤色の豪雨が降った、という報告はない。葛城ミサトは酒を呑んでぐうたらして、弐号機も素直にカプセル怪獣の役を果たして、惣流アスカも・・・・いたって普通に、友人達とランチなどしているらしい。
14才の息子が書面まで出させた挙げ句に騙しにかかった、というのならば。
碇ゲンドウがどういう手段に出るか・・・・・冬月コウゾウだけは知っている。
無論、そんなことにもならないことも。やはりユイ君の血をひくだけのことはある、と。
「母さんに・・・・頼んだのか?」
よくやった、と言うべきところだろうが、そのようなことを確認してしまう碇ゲンドウ。
息子は、弐号機・・・は、ともかく、葛城ミサトと惣流アスカを説得してきたらしい。
レイの方に何かご破算的な事を言い出しゃせんかと、内心、気を揉んでいたが。
同居もさせていたが、綺麗事で片付く相手でもない。難易度で言えば怪獣を素手で倒すレベル。それが可能な相手に、最強のコネクションを使ったとしても判断を誉めるべきだろう。剛力がありあまっている相手を制するのは・・・実戦ではそれ以上の超力でしかない。
小賢しい柔法など1秒ももたずに食い破られる。もしくは睨まれて石にされるか。
表沙汰になることはないが、これは神話級の冒険、偉業だったといえる。いや、父バカではなく。客観的に。組織の最高責任者的に。冷徹極まる上司的に。冬月先生がガーゴイルのような笑みを浮かべているが、見えないフリをする。
「いや?頼まないよ。頼んだら、大喜びでこっちに来て・・・撮影に加わるだろうし」
「それはそうだが・・・・」
「それはそうだな・・・・」
司令と副司令、父親と親戚よりだいぶ近しいオジキ的おじさん、で反応にズレがあった。
碇シンジが言いたいことは100%正確に理解はしていた。息子がピンチになろうが、それとなく助け船を出すような母親ではなかった。どうも息子の顔つきを見るに、母の影を有効活用した、わけでもないようだった。影を響かせる、それも立派な戦術交渉の一つ。
「では、どうやった?」
それを報告するわけだが、碇シンジは結論から行って、それで済んだ気でいた。
「秘密。それが、落ち着いてくれる、条件だから」
「ふむ・・・」
「そうか・・」
口の利き方をガツンと教えられてもやむを得ないような不明瞭さではあったが、ふたりの陰謀マスターはとりあえず納得した。そも、これは業務であったのかどうか。
ここでペラペラ口を割るようでは、と、むしろ。子供には分からぬ角度でサムズアップ。
壁に耳あり障子に目あり。そのような注意を十全に払われなかったからこそ、今回の危機があったことを考えれば。
「そういえば・・・ユイ君は学生時分・・・凄まじくモテていたな・・・」
「いやいや・・・・葛城君には加持君が・・・・さすがに子供では・・・」
「何をこそこそ話してるの?」
「いや・・・・・・まあ、その・・・よくやったな、シンジ」
「ああ。君にしか出来ない見事な手際だ・・・総司令も誇らしいだろうククク」
「うん・・・あ、いえ!はい!ありがとうございました!」
敬礼する碇シンジ。明らかにしなれていないので決まっていないが。
誉められれば、人類最後の決戦兵器、その最強モデルを駆る身でも、嬉しい。
「失礼します!」
90度お辞儀で、総司令執務室を退室する碇シンジ。少し舞い上がり気味。
少年の背中には天使の翼が生えていたりするが。息子の背にはまだあった。気がする。
あってほしい。まだ早い。自分で押しつけたコトで「覚醒」などされた日には・・・!
「子供の成長は早いな、碇」
「そうですね・・・先生・・・」
我が息子はこれから宇宙恐竜になって、釜ゆでの刑にされたりするのだろうが、それも貴重な経験だ。碇ゲンドウは、部下たちの前では決して絶対、見せぬ表情を浮かべた。
「さて、私もこれから青葉君達と忍者ウォークについて講習を・・・む?」
出て行こうとした冬月副司令を制するように、総司令執務室の扉が叩かれた。
もちろん、どこぞの中小企業ではあるまいし、呼ばれもせぬ者がここまでくることもありえないし、扉を叩く、というのはさらに。異常事態、であった。アラートはないが。
考えられるのは、碇シンジを謀った葛城ミサトたちが強硬手段に出た、あたりだが。
「誰だ」
「わたしです!」
射殺されても文句の言えない返答ではあったが、声で分かった。綾波レイだった。
「レイ・・・・?どうしたのだ?」
ずいぶんと慌てている。かつて、このような行動に綾波レイが出たことはない。
緊急事態・・・緊張しながらも・・・悪い予感がした。足下が二重写しになるような。
ガードを呼ぼうとした冬月コウゾウ副司令を止めたのは
「碇君が・・・・碇君がぁ・・・・」
これまた、聞いたこともない綾波レイの半泣き声だった。ただ、聞いて即座に悟ったが、これは息子が「やらかした」のだと父親の本能で。または、親しいオジキの理解力で。
頷き合う総司令と副司令。碇シンジ、サードチルドレンが危難にある、という状況では、ない。意図的にか、そうでないのか、とにかく、綾波レイに、著しい精神的ダメージを与えてくれたらしい・・・・・さきほど誉めてやったばかりなのだが・・・・
外部に出してはまずい話・・・・すぐさま、ファーストチルドレンを執務室内に入れる。
結界も張っておく。警護レベルも最高に。少女の赤い目がさらに赤くなっていた。
「何があったのだ?レイ」
こうなると碇シンジが帰ったあとで良かったのか悪かったのか。速攻で捕獲の指示だけ出しておく碇ゲンドウ。おそらく、捕まらないだろうが・・・
「撮影が、あるのではないか?」
言わずもがなのことではあるが、それを放ってまでここに来る理由、必要があったのだろう。間をおくための問いかけであったが、綾波レイは電撃に触れたようにビクリと震えた。
いったい、なにをしてくれたら、エヴァンゲリオン零号機専属操縦者をここまで追い込めるのか。京都から特殊狩人群を召喚し、しんこうべ綾波党本部の枝を一時麻痺させる。
レイの様子は尋常ではない。それが万一、綾波ナダの耳に入ろうものなら・・・・
ただ、シンジもレイと撮影スケジュール上、接触はしていないはず。
通話もしていない。手紙も当然。シンジが話をつけに向かったのは弐号機ケージ。
ぐすぐす、と泣いている。レイが。あのレイが。小さな子供のように。
ここまで来たはいいが、ヒクヒク震えるのどから、言葉が出てこないようで。
なにをどうすれば、レイをこうできるのか・・・・・?碇ゲンドウにして、謎。
冬月副司令が確認したところによると、ここまでは綾波能力を全開にして来たらしい。
なりふりかまわず、連絡もせずに誰にも知らせず、ここまでやってきた・・・・ガードが撮影でサボっていたわけではなかったが・・・ともかく、普通ではない。
息子の行動ルートは把握していたが、行動の全てを監査していたわけでもない。
しておけばよかった、と後悔しても後の祭り。
綾波レイが落ち着くまで、しばらく待つことにする。
エヴァには心があるが、綾波レイの中に、こうも激しい感情があるとは・・・
コントロールされないほど、というのは・・・専門家二人にして意外だった。
赤木博士を呼ぼうかとも考えたが、それはそれで危険な感じがしてやめた。
こんな姿を見られたくもないだろう。
「こ、これを・・・・・・・・」
しばらく経って、綾波レイが何かを差し出してきた。
「これは・・・・」
カードだった。カードを、2枚。それが原因、のようで・・・・
確認する碇ゲンドウと冬月副司令。
「これを・・・・渡したのか・・・・?」
「これは息子の手作りらしいな・・・・碇」
自分たちが十代の少年だったころの記憶など曖昧に決まっているが・・・・
これを同年代の少女に渡してどういう反応がかえってくるものか・・・・・
想像がつきそうだが・・・まあ、うまくいったのだろう。たまたま。今回は。
どこからその自信が出てきたのか・・・末恐ろしいというか空恐ろしいというか
確かに碇シンジは碇ユイの子供に違いない。想定外の方向にパワフルすぎる。
デキはともかく、念だけは凄まじく籠もっていた。碇ゲンドウには分かる。
ある種のマジックカード、呪符になってしまっている。己の血もひいているゆえか。
耐性がなければ、イチコロだっただろう。無理めの説得がうまくいったのも。
だが、しんこうべは綾波党、党首直系、天下無双の異能の血を誇る綾波レイが恐れおののくクラスのシロモノでも、ない。逆に、そういったモノで影響を与えたのであれば、あの嵐の祖母、綾波党党首が黙っているはずがない。絶対にカンづかれる。
「ウルトラ・・・レア・・・なんです・・・・」
ひぐひぐ、と、すすり泣きながら、綾波レイが言った。声は小さいが、目の光は逆に強くなっている。
「ウルトラ・・・レア・・・なんです・・・・」
二度言った。重要なことなのか、よほど悔しかったのか。赤い瞳を強く強く輝かせて。
「・・・・・う・・・・む・・?」
「URで・・ウルトラレア・・か?」
正直、ヒゲのおっさんには手に負えなかった。老人寄りのロマンスグレーにもやはり。
問題を正確に理解しなければ、正しく解決できない。なにがマズいのか、それすら。
これが化粧品なり装飾具、宝石の類いなら、まだ・・・分からなくもない。
そのあたりが事件発生殺人スイッチだったりするのも。しかし、これは・・・・
そこまで怒ってしまっていいのか・・・・・・?
綾波レイは怒っている。だんだんと泣きはおさまってきたが・・・むくれてきた。
ブンむくれ状態になるのに、そう時間はかからなかった。
主役がこれで撮影などできるわけもなく。
カードを惣流アスカが綾波レイに見せたのも、当然のことながら主役の分もあるものだと思ってのことで。セットにして、アルバムにでもいっしょに入れてもらおうと。
食い入るように見るもんだから、よっぽどコンプリートしたいのかと思って譲った結果が。「悪いことした自覚はあるのよ・・・・でも、まあセカンドシーズンって珍しくもないし」
「でもまさか・・・・作ってないとか・・・・お、思わなかったし!印刷できるんじゃないの?オリジナル一枚だけ?バカシンジ!スーパーレアとかにしとけば良かったのよ!こっちはこだわりとかないんだから!つ、作ってやんなさいよ!ファーストにも!いちおー、今回の主役なんだから!」
責任を感じた惣流アスカが、碇シンジの首を締めて脅迫したが・・・・
「作らない」
頑としてはねのけたことで、生まれる撮影の暗黒期間。
いかなるスイッチが入ったのか無言のブンむくれ状態を続ける主役の綾波レイ。
口が裂けても「自分のウルトラレアカードを作って欲しい」などと言うモノか、と
顔にかいてある。言っても作ってもらえなかったら・・・怖い、などと微塵も考えてない、はず。
初号機をバックにつけているとはいえ、碇シンジになんとか主役のウルトラレアカードを作らせて綾波レイのご機嫌を取り戻す・・・・・・のが撮影再開、暗黒期間を終わらせる
唯一の道であったが・・・・「ふーん?僕だけのけものにして、みんなでご馳走べてたんだあ・・・・・・それで、僕だけ任務くれてたよね?」・・・・碇シンジの言い分も面倒くさいがもっともであり、碇ゲンドウ葛城ミサト、渚カヲルが頼んでも首を縦にふらないのだから、ウルトラめんどくさかった。