七ツ目玉エヴァンゲリオン

第十話「決戦 第三新東京市 最終戦」

紫 雷

電 鬼







「アスカ・・・・・・?」

返事はない。ただ、精魂尽き果てて眠っているようだ。
死んではいない。さきほど、確かめた。

だんだんとLCLが引いていく。
その様子をぼんやり見ている碇シンジ。なぜか、その表情は寂しげだった。
物思いに耽っているにも似て・・・・。

ギリギリと外から回転する音。開かれるプラグの扉。
「アスカ!シンジ君!大丈夫かっ!?」
加持ソウジだった。それだけでない、熱気に満ちたざわめきが流れ込んでいた。
「ボウズ、無事かあ」「タンカ、タンカだ。早くしろ」「よーーーーくやってくれた!」

「あ、はい。アスカも・・・・大丈夫です。寝てます」

わっ、と沸いた。パイロットの生死を確認。両人とも生きている。
「勝った」といっていい結果だろう。無論、ただではなかったが。
「さあ、シンジ君」
手を貸す加持ソウジ。脱力しきっているのが見た目にも分かる。
「あ、一応、アスカを先にだします・・・」
何が一応なのか、特に意味はない。痛みは引いてきていたが、力が入らないのだ。
それでも惣流アスカを先に出してあげたい、と思ったのだろう。
よっ、と両脇から手を入れて引き上げようとした。
「うーーーん・・・・・はぁ、はぁ、はぁ、おかしいな・・・・」
アスカって重たい・・・・。見かけによらないな・・。僕の力がないのかな・・・・。
「うーーーん・・・・・」
「シンジ君、君も疲れている。それにあまり揺らさない方がいいかもしれない」
こうして碇シンジのジェントルは実行されなかった。考えは良かったのだが。
そういうわけで碇シンジが先にエントリープラグからでたのだが、なかなか惣流アスカは出てこない。
「?」
なんだか加持さんもてこずっているようだけど・・・どうしたんだろう。
「しっかり握って固まってるよ、こりゃ」「指も開かないのか」
「だめだ。完全に硬直しちゃってる。しばらくほっといて柔らかくなるのを待つしか・」プラグ扉のところでもめている。担架は来ているのだが。


「・・・・・」
寒くなってきた。保温機能のあるプラグスーツと言え夜気は鼻や耳など顔にくる。
ばさっ、肩になにかかけられた。ネルフの暖房半纏だった。
「ほんとうに・・・よく、やってくれたね」
その言葉が何より暖かかった。まだ十分に熱気を籠もり少年の細い肩にごつくも柔らかい。高嶺一佐だった。
夜遅くにイカリのマークを雄叫びあげながら踏んづけていた人物とは思えない。
これが一佐の真の姿なのだった。
「は、はい、いやでも・・・・あれはアスカがいてくれたからで・・・・僕は・・・・」実のところ、あまり記憶がないので実感がわかない碇シンジであった。
自分が動かした、という確かな手応えがあるわけでもない。体の痛みがそれを証明してくれるわけだが、あまり嬉しくない証明であった。
惣流アスカに関しては、「やっぱり本職は違うなあ」などと素直に感心している。
指示通りにやっただけで勝っちゃうんだから。さすがだ。
でも、誉められて嬉しくないわけでもない。
だけど、ほんとの手柄はアスカにあるんだから、・・・ちょっと馴れ馴れしいかな・・・・惣流さんにあるんだから、まずあの子が誉められるべきだ、と碇シンジは思った。

それにしても・・・まだ惣流さんは出て来れないのかしらん。

「おーい、カイロもってこい、カイロ」「石鹸水でも塗ってみるか?」
なんだかちょっと、大変なことになっているようだ。





ちょっと、では済まず、かなり大変なことになっている第三新東京市。

「勝った!」と思ったのもつかの間、二ールドをくらって破裂したかのように見えた使徒。確かに弾けるように割れたのだが、それは死の兆候どころか、新たなる形態への・・・・進化というか変身というか中から本体がジャジャジャじゃーんと飛び出てきたというか、とにかく、反則級のしつこさであった。

「もー死になさいよ!!」
葛城ミサトが喚いた。身も蓋もない表現だが、誰しもの本音であった。

瑠璃を散りばめた黒煙の中より飛び出てきたのは・・・・・・



「これは・・・・」
ネルフ本部発令所。冬月副司令が呆れながら呟いた。
「第三使徒・・・サキエル」

15年ぶりの使徒来襲。その時の使徒。エヴァンゲリオン初号機に跳ね飛ばされて半死半生状態で逃げ出した使徒。海で魚の餌になったはずのヤツがなぜ・・・・・。
「碇・・・・」
「・・・・・」
当然の事ながら、このようなことは「裏死海文書」にはない。言うまでもないが、「表死海文書」にもない。

ただし、サキエルと言ってもいくつか異なる点がある。まず体の色が微妙に違う。
以前より青みがかかっている。そして全体的に組織再生中だったかのようにぼろぼろと皮膚をこぼしている。それから、心もち短足になっていた。
これがサキエル本使徒(人)なのか、それともイレギュラーな別物なのか、分からない。しかし、どちらであっても便宜上、別の名前が必要になるだろう。

仕方がない・・・・・・私が考えよう。
冬月副司令は考えた。これは学者のサガというものか。

サキエルに近い、というので「ネェル・サキエル」というのはどうか。
これはなかなか良いかもしれない。学術的にも応用が利きそうだ。
だが、言い難い韻を踏んでいるのが難点だ。

ならば単純なところで「サキエル・改」又は「サキエル弐号」。
分かりやすくてよい。だが、これなら私以外でも考えつくではないか。
私のセンスが反映されていないのが難点だ。
うーむ・・・・・
・・・・・・これは二度目の来襲になるわけだな・・・・
つまり、懲りもせず、またやってきたというわけだ。また・・・・・

「マタサキエル」

おお、これはなかなかよいな。決めた。これにしよう。

そういうわけで冬月副司令の一存で、そのサキエルに似た使徒は、マタサキエルと命名された。・・・・もちろん作戦中で用いられることはないが。作戦中は、

ラミエル・・・・使徒 甲
マタサキエル・・使徒 乙

と呼称され、マギにもそのようにして記録される。
それが役立つ日がくればいいが。

冬月副司令が開き直ったようにそんなことを考えているうちに事態はどんどん変化していった。

隣の碇ゲンドウは北海道に電話をかけていたし、渚カヲルがとうとう限界に来て高速回収されたし、野散須カンタローのダンノウラ部隊も撤退し、二子山からは再びポジトロン・スナイパー・ライフルが火を吹いた。

シュイーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンン

緑色の流星が鏡の水面を駆け抜けていくような。

油断も隙もないとはラミエルだけの専売特許ではないのだ。
ヤシマ部隊もただ雨から機械を守っていただけではない。
山の上から虎視眈々と狙っていた。

本体が壊されたことでパワーが落ちたのか、今度は結界に騙されることもなく、突き抜けた!。

使徒 乙に見事、命中。日本中から集められた一億八千万キロワットの光の矢が貫く。
その光線兵器の存在は知っていたはずだ。だがATフィールドを展開させることもなく、使徒 乙はあっけなく貫かれ、倒れた。
今度ばかりは使徒の方が人間を、葛城ミサトを舐めていたというべきか。
出現するなりいきなりやられてしまった。



「こんなに続けばねえ・・・・人間ってのは不思議なもんで、驚いてらんないのよ」
舌なめずりするように葛城ミサトが山上にて見下ろしていた。

だが、それで、戦場・・・・第三新東京市には奇妙な空白が居座った。

「勝った」のだろうか。使徒 乙は撃ち抜かれて倒れたまま動かず、起きあがってもこない。使徒 甲は半壊状態のまま未だに煙を噴いている。
ネルフの側は、エヴァンゲリオン四号機がとうとう戦線離脱、エヴァンゲリオン弐号機は薄氷で出来た綱渡りをするような不安の起動状態。遠く離れた二子山にあり、止めを刺しに行けない。そもそも肉弾戦には使えそうもない。

双方、へとへとに疲れ消耗しきったところで決め手にかけている、というところか。
勝者はいったい誰なのだろう・・・・・・?
誰も答えることはできなかった。
和解することもならず、痛み分けで納得することもできない。
もし、ここで使徒が逃げを打てば、ネルフとしてはほうっておくしかない。
だが、それはないことを皆が肌で感じていた。ここまでくると理屈ではない。
緊張状態に晒され研ぎ澄まされた神経が告げている。

滅ぼされるか。滅ぼすか。その、どちらかしかないことを。

それをおそらく、最も強く知っている人間、葛城ミサトの号令が再び走る!
「目標、上空の使徒 甲、分離体。撃てぇい!!」

同じミスは二度と犯さないのが鉄則だ。万が一でも、その恐れがあるならば叩きつぶしておく。あの妙な結界の力でまた初号機左腕を取り込まれて操られた日にはかなわない。

天に駆け登る緑の光矢。命中!もはやATフィールドに力なし。あっさり貫通される。
ひゅるるうううーーと哀れに撃墜された分離体。
「よし・・・・・・・・」

「陽電子砲もそろそろ限界ね。あと一回撃てるかどうか・・・危ないわ」
「冷却設備の方もほぼ限界です。ケーブルの方も・・・」

「分かったわ・・・・・」
底光りのする眼で答える葛城ミサト。まだ、勝っていないのか。この重圧はまだ終わらないのか。誰か、終わった、と言って欲しい。・・・・背骨が折れてしまいそうだ・・・。
つらい・・・・。



四号機が高速回収され、第三新東京市上にはエヴァがおらず、使徒が二体いた。
おかしな構図だった。
陣取りならば、これでネルフの負け、ということになる。
だが、使徒の方も乙は貫かれて倒れ、ぴくりとも動かない。甲も地に殴り落とされてより行動は停止したままだ。分離体すら、先ほど撃墜された。
トドメを刺すならば絶好の機会だ。
・・・・だが、そのためのエヴァはいない。
ゆえに、使徒殲滅、とマギが戦闘終了を告げることはなかった。
人間の方も体力、気力と共に尽き果てていた。使徒が動けないのと同様、人間も動けない。

第三新東京市はある意味、敗北の都市と化していた。

ただひとつ・・・・初号機左腕を除いて。

こぼれたのかソビキ出してきたのか、コアを指先で弾いていた。弄ぶように。
弾く度に細かな亀裂が走る。その亀裂が行き渡れば、ひとつの命は失われる。
ぴ、ぴん、ぴんぴん、ぴ、ぴし、ぴし、・・・・・・・・ぴしっ

砕けた。
猫がなぶっていた鼠が弱って死んでしまった。そんな、やり方。

遊び道具がなくなった。とでも言わんばかりに突如、振り返る。使徒を。

「まだ、あったなあ」
口がきければおそらく、そういったにちがいなかった。






「本部から通信が入っています」
「ああ」
高嶺一佐のこの時点の気持ちというのはどういうものであっただろう。
こちらは勝った。しかし、向こうは・・・・。
「私だ。初号機の開封は終了したか」
「は」
「多少の損傷はかまわん。こちらに空輸しろ。急げ」
終わっていないわけか・・・・。本部が壊滅すれば全てが無駄に終わる。
帰る場所を失うことになる。

使徒の強さは目のあたりにした。確かにまともな手段では使徒は倒せまい。
向こうの使徒がこちらを襲った使徒より弱い保証はどこにもない。
だが、使徒、それも18体の使徒を倒した初号機ならば、彼程の絶体絶命の危機からひっくり返した初号機ならば、・・・・・勝てる。
おそらく、などとは言わぬ。

だが・・・・・・目をエントリープラグの方にやる。
硬直するほどに戦い抜いた子供らに、まだ戦えというのか。一息もいれず。

一番、きつい仕事だな・・・。
選択の余地はない。それが元からの予定であり、使徒来襲こそがイレギュラーだったのだから。でかすぎるイレギュラーではあるが・・。

「そこに初号機パイロットはいるか」
「は。近くにおりますが」
「かわってくれ」
「は」

「碇シンジ君、おと・・・いや、司令から通信だ」
高嶺一佐も疲れている。油断のような言い淀み。携帯を碇シンジに手渡す。
「はい・・?」
不思議のような顔をしてそれを受け取る。
「父さん・・・・」

高嶺一佐は側を離れる。気をきかせたわけではなく、単に聞くべきではない、と判断したからだ。ネルフの人間として。周りも近づかず。
だが、それはすぐに終わった。会話ではなく、おそらく単なる命令だった。

「ありがとうございました」
礼をいって携帯を返す。かといって父親に誉められたわけではないのは顔見れば分かる。
困った顔をしている。ただ、苦悩というよりは、道に迷った子供というに近い。
高嶺一佐は内心、驚いた。
あんな激闘の直後、あの司令にあの口調であの無理を命令されて、幼い顔に見える、ということに驚いた。これが親子というものか。違うような気もするが。
あの冷酷さに普通の子供ならば、落ち込むなり傷つくなりするだろう。
もしかして、これは泣くかもなあ、と碇シンジの線の細さから予想もしていた。はずれ。

「でも困ったなあ・・・」
「何がだね」
「今すぐに初号機を第三新東京市に持っていかないといけないみたいです。
こっちは大変だったって言ったんですけど、聞いてくれなくて・・・・」
君が悪いわけじゃないのだが・・・・あえていうならば使徒が悪いのだ。
この状況は。
「惣流さんはもう休んでもらわないといけないのに・・・」
まだ惣流アスカはエントリープラグから出て来られない。いろいろと試してはいるのだが。
「さすがにもう、一緒に乗ってもらうわけにはいきませんから」
だから困っている。
エントリープラグで固まっている惣流アスカがいると、運ばれない。
単純なことだった。

もしかして・・・疲れすぎてこの子の頭は回っていないんじゃないか、と高嶺一佐は思った。一番肝心なことが抜け落ちていた。
自分のことはどうなんだ。この子は。
その幼い顔からは、どうも覚悟とか根性とかいうものは伺えないのだが。
それとも、これがチルドレンという者なのだろうか。
とりあえず、暖かいところへ少年を連れていかせ、目線で加持ソウジを招く。
惣流アスカの発掘の様子を尋ねるが。
「アスカを力尽くで操縦席から剥がすのは無理です。あの様子だと指の骨が折れます。
出来るなら赤木博士の診察を受けさせたいところですが・・・」
「そうか・・・・」
「あのまま、乗せ続けるしか、ないでしょう」
「おい、加持君」
「このまま時間を無駄には出来ません。我々に出来るのは空輸の間に向こうでカタがつくことを祈るだけです。人類の勝利でね・・・」
「・・・そうだな」
長話や無用に悩んでいる暇はない。
ただ、もし、加持ソウジもこれからの碇シンジと初号機の行動を予知能力でもあって知っておれば、おそらくはその言葉を躊躇しただろう。無駄な時間を使わずにすんだ。

高嶺一佐は寒空にも響く、大号令を放った。

「初号機の空輸、準備しろ」





第三新東京市

使徒めがけて振り向いた初号機左腕。新たなコアを奪ってくる気でいる。

ささささささささささささ・・・・・・・・・

疾風の如く走り寄る。使徒 甲は弱々しい過粒子砲で応戦するが当たるわけもない。

使徒 甲に急速接近、倒れた使徒 乙を乗り越えようとしたその時。

がばっ

いきなり起きあがり、初号機左腕を掴んだ!。
完全に狙っていたタイミング。撃ち抜かれて倒れていたのも演技としか思えない。
毒ウナギをつかむようにして使徒 乙はほいほいと魚籠、使徒 甲の中に入れた。

あっと言う間のできごとだった。
何が起こって「しまった」のか。
人間は判断がつきかねた。

しばらくは使徒 甲の中で暴れていたらしい左腕も次第に大人しくなった。
具体的に内部で何が行われているのかは不明。ただし、非常にやばい予感だけはした。

その予感に対抗する手段もなく、ただ今は見守る他はない。

いかなる効果なのか。みるみるうちに使徒 甲の割れ目が塞がれていく。鉱物的形態ゆえに再生、という言葉は使いにくいが、おそらくはそうなのだろう。
とはいえ、さすがに頂点の部分、分離体までは修復できないようだ。

使徒 乙もその様子を黙って見ていたのだが、ぽうかりと体に光線貫通のあながあって、痛がりもせず。その様子はなんとも不気味だ。未開の地の魔術師を思わせる。
これで呪音でも唱えられた日には・・・・。太古の太鼓が聞こえてきそうだ。

時間は過ぎてゆく・・・・。

今までの労苦がパー・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
使徒 甲は完全に復活した。コアは少なくとも一個は壊されたわけだが、その偉容に変化はない。
第三新東京市に出現した、あの姿のまま。

二子山からの砲撃はなかった。葛城ミサトも手を出していいのか、判断しかねた。
精神のスタミナが尽きてきて、己のペースがつかめなくなってきていた。
なにやら攻めれば攻めるほどに敵が強くなってきているような・・・・そんな最悪の想像に支配されかけていた。これは、見誤ったかもしれない。
しかし、これでまだ終わらなかった。

使徒 甲の再生完了を確かめると、使徒 乙は己の体に空いた穴に左腕をつっこませた。
ぎゅわっ、と膨らみ、肉詰めする。そこからどろどろと溶解していき、穴の部分を埋め立てた。自分の左腕で。それが終わり引き抜かれたとき、使徒 乙の左腕は当然、なくなっていた。すぽん、、と冗談のように。

「ちょっと・・・・まさか・・・・やめてよ・・・・」
「そんな・・・・バカな・・・・・使徒と・・・・・」
「うおいっ?!」

その行動が冗談のように軽々しく行われたのが、恐怖だった。
それは欠落の痛みをともなうものではなく・・・・
皆、神経が研ぎ澄まされている。先ほどの予感の正体は・・・・

ずぽっ

使徒 乙は使徒 甲の開いた頂上部分から左二の腕部分をつっこんだ。
まるで、さっきいれておいた毒ウナギを蒲焼きにして食べるべえ、とでもいうように。
そのままじいっとしばらくしばらく。
なかなかつかまらんのー。

その光景はどこかマヌケであったが誰も笑えなかった。
中で何が行われているか・・・・・それはこの世で最も当たって欲しくない予想。

ずる・・・ずるずるずるう・・・・・・・
引き抜かれていく。さっきまでは、左二の腕部分より先はなかったはずだ・・・。
色が、違う。ムラサキ・・・・いろ。EVA・・・・01。
光る糸コンニャクのようなものをまとわりつかせても・・・・それは。

初号機左腕。

使徒 乙の左腕部に・・・・・接続。

今までも敵か味方か分からぬような本能赴く凶悪ぶりを示してきた初号機左腕だったが、
これで完全に敵に回った。まさしく、文字通り、言葉通り、使徒の手先になったのだ。
おそらく本体の百倍は凶暴で千倍は凶悪な手先であった。
力の程は・・・・今更いうまでもあるまい・・・・・・。




二子山 指揮車内
「エヴァってなんなのよ・・・・・・赤木博士」
「使徒がなんなのか・・・・・教えてくれたら教えてあげるわ・・・・・」

ジオフロント ネルフ本部 発令所
「碇・・・・・・」
「・・・・・・・」

二子山狙撃台 エヴァンゲリオン弐号機 エントリープラグ内
綾波レイ。
「・・・・・・・」

特殊装甲板脱出ルート38 最後尾 野散須カンタロー。携帯テレビ
「・・・こりゃあ、使徒同士を噛み合わせるほかない、のう。そんなネタがあればいいんだがの・・・」

ネルフ本部 集中治療室 酸素治療カプセル
渚カヲル。
「・・・・・・・」
目を、開いた。

使徒 乙はおもむろに左腕を伸ばした。二子山の方向だった。
何をするのか。まさか過粒子砲を腕から発射するというわけでもあるまい。
または、せっかく捉えた左腕を撃ち出すとか。
ぶんーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん
掌から光が伸びてきた。ひどく遅い。光の速度に比べるならば、という意味で。
だが、それは二子山まで届いた。その遅さで。しかも点が走ったのではなく、棒状にエネルギーを固定されたままで。
たとえるならば、孫悟空の如意棒か天狗の団扇で扇がれたピノキオの鼻か。

速度ではなく、意外さの為に葛城ミサトも注意を飛ばせなかった。

狙いは・・・・・・この超超距離にも拘わらずものともせず、弐号機だったのだ。

あやうく、そんなおとぎ話みたいな攻撃にウソみたいだが、本当に危ういところでかわす弐号機。動きがどうしても鈍いこともあるが、肝心の神経の方がその攻撃を認めたがらなかったことがある。しかも、綾波レイだ。

ひゅーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん
かわされた、となるとあっさりそれをひっこめる使徒 乙。
ぶーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん

ええかげんにせいよ、と言いたくなるが、使徒はまた同じ攻撃を仕掛けてくる。
恐ろしいほどの出鱈目な、無駄なエネルギーの使い方だが使徒は一向に構わないらしい。
かわされても、平然とまた仕掛けてくる。
それにつきあわされる綾波レイこそいい面の皮だが、それほどのんきな一幕ではなかった。
光の速度、とは言い難いが結構な速度だ。新幹線より速いだろう。
それに・・・・。

「もう、やめてよね・・・・」
わずかに、周りに聞こえぬ程の小声で、初めて葛城ミサトが泣き言を漏らした。
すでに重圧は胃に穴が空くなどという生やさしいものではなく、胃が溶けてしまうほどだ。
だが、泣き言はその辛さ故ではない。次に予想される恐ろしい血の凍る光景のゆえ。

使徒 甲の過粒子砲

あれが狙いをつけているはずだ。甲、乙同時に攻撃仕掛けられたら・・・・・・・。
綾波レイ、弐号機は・・・・・。
使徒に手加減する理由など一切無い。全力を挙げて勝ちにくるならばやるだろう。

だが、自分にはもはやどうすることもできない。
人間が知恵を絞って全身全霊総力を振り絞って、なおかつ、それでも、エヴァがなければ使徒には勝てない・・・・。そのための決戦兵器人造人間エヴァンゲリオン。

苦渋。
葛城ミサトは唇を切るほどに噛みしめた。
その表情は恐ろしく、赤木リツコでさえ正視できなかった。
ほとんどの者たちは絶望に打ちひしがれて顔をあげることもかなわない。
絶望してはいなくとも、追われる弐号機の姿を見ていられるものは僅かだった。

「ここでエヴァを壊されるわけにはいかないわね・・・・・」
ぽつり、と呟く。
「レイ、狙撃台を放棄しなさい。退却よ」

同時にそれはヤシマ作戦の敗北停止でもある。これほどの大舞台を降りるとは。
「ミサト!?」
「葛城一尉!?」

驚くわねえ・・・・・。ほんとはエントリープラグを射出してほしかったというのに。
でも、それだともう、戦えなくなるから・・・・。使徒に、勝てないわ・・・・・。




ネルフ本部 エヴァンゲリオン四号機ケージ

渚カヲルが疲労困憊の態で再びエントリープラグに乗る。
冗談抜きで、溶け込んでしまうようなあやうさだ。肌の白さはもう生命の気配を去ろうとしているほど。体や髪の毛の線すら霞んで消えかかっているよう。

それでいて苦しそうな表情をみせないのが渚カヲルか。
悟りの山頂にあとわずかに到達しそうな修行僧の穏やかさが少年の影にはあった。

静穏

そのゆくあとにはそんな聞こえないはずのおとがきこえた。

「さあ、いこう」
四号機にむかってそう語りかける声がなぜかこわい。どこへゆくのか。
勝利の確信や使徒への憎しみ闘争心、そのようなものをもたずに。
その疲れ切ったきえてしまいそうなからだでどこへゆくのか。

エヴァンゲリオン四号機の射出ゲートはただ一カ所だけ開かれており、その先は戦場だ。分かり切ったこと。
しかし、それなのになぜ、そんな穏やかな・・・ほのかに嬉しそうな顔をしている?

錯覚だろうが、見守る周りの者たちはゲートから白い光が差しているのが見えた。

少年の瞳には何が見えているのか。

エントリープラグ内
LCLが注入され、言葉がとけてしまう前に渚カヲルはこう言った。
「彼人を、出迎えるために」

エヴァンゲリオン四号機 発進。それは白銀の天使の飛翔というに相応しい。

だが、使徒二体が待つ地上に来臨して何をしようというのか。

渚、カヲルは。


使徒 甲は葛城ミサトの予想どおり、過粒子砲で弐号機を狙い撃つ気でいたらしい。
発令所オペレ−タがエネルギーの円周部加速、収束を察知して悲鳴に近い報告を出す。
使徒 乙はしつこく光如意棒攻撃を継続していた。

がしゃうんっ
四号機が背面に現れた。振り下ろされる白銀の指。
斬り裂きの赤い光面が風走る!。
使徒 甲はエネルギーをATフィールドに突如切り替えたのだろう。
かろうじて切断されずに受け止めた。が、四号機の光面はギリギリとフィールドを切り込んでゆく。

一対一であれば、これで体勢を立て直す時間稼ぎも出来たのだ。
だが、これを目の前にして使徒 乙が黙っているわけがなかった。
二子山攻撃を中止し、四号機に向き直る。
そして、最凶最悪の兵器を今度は四号機に向けた。距離が近すぎる。

ずーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん

だが、嬉しいことに四号機はすでにそこにはいなかった。
リフトごとさっさと引っ込んでいたのだ。リニアはダテではない。
四号機が消えたことで光面もその威力を消し霧散した。

姿はないわけだし、と二子山攻撃を再開する使徒 甲乙。

また、別方向から現れる四号機。二子山に照準を合わせているためか以前のようにリフトごと撃ち抜かれることはなし。赤い光面攻撃。また、逃げる。

それでも二子山からの陽電子砲狙撃がよっぽど怖いのか、そちらへの攻撃を全面中止して四号機のみを狙う、ということやどちらか片方が分担する、ということはしない使徒。

義経の八艘飛びのようなヒット・アンド・ウェイ。
それで弐号機の負担もぐっと軽くなった。過粒子砲がこないのが何よりであった。

ただ、これでは使徒に勝てない。体勢建て直しのための時間稼ぎにはなるだろうが。



二子山 指揮車
「四号機・・・・・渚君」
もう復活してきたとは・・・・。しかし、そのお陰で建て直しにかかれる葛城ミサト。
その白銀の姿にはいくら感謝してもしきれない。普通、使徒のまっただ中に戻ってこれるもんじゃない。この絶望の光景の中に。
泣いたカラスと笑わば笑え。葛城ミサトは頭を切り替えた。
「あの分離体による結界はないわけだし・・・・なんとか、いけるか」
ヤシマ作戦、ふたたび。
「あと、一発くらいは撃てるわよね」





空路をひたすらに急ぐ巨大な輸送機。エヴァンゲリオン初号機が深くお辞儀をするように足をぶらぶらさせて空を運ばれていた。アンバランスなガウォーク形態。

操縦席には操縦士と加持ソウジ。エントリープラグにはそのまま碇シンジと惣流アスカ。これが最後の道行だった。第三新東京市に向かっている。

こんな戻り方をするなどとは、新箱根駅を出た時には考えもつかなかった。

「だから、おも・・・」いや、これは禁句だな。無精ヒゲをなでる加持ソウジ。

惣流アスカはいまだに固まったまま。表情はどこか穏やかなのだが・・・・。
燃やすものをすべて燃やしてしまったかのように。

操縦席を惣流アスカに占領され、狭い思いをしている碇シンジ。くっついてはいけない、と無理をするから余計に苦しい。少々恨めしい。
狭く薄暗いエントリープラグ内に美少女と二人きりというのに、そちらの方に神経がいっている。こ、腰が痛くなってきた・・・・・。

「あ、あとどれくらいで着くんでしょうか」
「一時間くらいだ。・・・・・」
さすがに加持ソウジも物の言い様がない。なにせまだ碇シンジは第三新東京市で何が起きているのか知らないのだ。うすうす気がついても良さそうなものだが、さっき使徒と一戦やった少年に、戻る先にも使徒がいるなどと予想がつくだろうか。
行きがきつければ帰りは楽ちんぽん、と普通の人間ならば考える。
碇シンジはチルドレンだが、普通の思考能力しか持っていない。もしやこの急な帰還行も、
無茶な親父がまた無茶いってらあ、程度にしか考えてないとしたら・・・・・加持ソウジは恐ろしい。だが、ここで教えてしまうのも・・・。
「そうですか・・」
音声通信だけで顔が見られないのが幸いした。輸送中はエヴァの電源は無い。
どうヘタ打って動き出すか分かったものではないからだ。空の上でのそれは死につながる。

だが、強力な使徒が待ち受ける第三新東京市に、いきなり激戦をやらかした初号機と何も知らない碇シンジとで降下して大丈夫なのか。頼みの綱の惣流アスカは目が覚めない。
地に降り立っても、使徒にやられるというなら、それもまた死の形なのだ。
輸送途中の墜落死、というよりは絵になるだろうが死んでしまえばおんなじだ。
初号機は確かに強いのだろうが・・・・・・。使徒に勝てるのか。

加持ソウジは知らない。その強い初号機の、左腕が使徒の手先になっているということを。




使徒を翻弄し、時間を稼ぎ続けた四号機、渚カヲルにもとうとう最後の限界が来た。
こういう危急の場合に、と心の奥底に蓄えていた精神力を使い果たした。
倉はすべて開け放たれ、残りの念は砂粒ひとつも残ってはいない。

みるみる三つの眼から光が失われていく・・・・。

「これまでだね・・・・」
渚カヲルはそれなのにリフトを離れた。これでは地下に戻れない。
時間稼ぎが目的ならば、十分にその役目を果たしたであろうことは誰しも認める。
だが。
力なく歩いてビルの一つにもたれかかる四号機。それは使徒 乙の正面。
向けられる左腕。今度はかわしようがなく、またその様子もない。

「・・・全神経接続カット。・・・・・をAUTO REVERSE」

発令所の人間はその言葉を聞いたはずだが、一部分、聞き取れなかった。
「ENDRESS・・・」

ぎゅーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん
ずがんっ、ずがんっ、ずがんっ、ずがんっ、・・・・・
光棒はパイルのように四号機の第三眼の義眼に炸裂した。
ズガンっ、ズガンっ、ズガンッ、ズガンッ、・・・・・びしっ、ビシビシビシ・・・・
かなり頑丈に出来ているらしいが、これはたまらない。割れて、砕けた。

ずーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんトドメを刺そうと繰り出される光の棒。哀れ、四号機は頭を貫かれ背負うビルに磔にされた。神経接続を切っていなければどうなっていたか。

これで小癪な白銀はお陀仏。さて、これで二子山攻略に集中できる・・・・・・あれ。

使徒 乙は光の棒を引き抜こうと戻そうとした。が、なぜか戻らない。
四号機頭部を貫いた所で固定されている。

貫かれた部分のすぐそばのエントリープラグでは渚カヲルが眠っていた。
あとわずかずれていれば永遠に目覚めることはなかった。
なにはともあれ、渚カヲルは自ら課した役目を果たし終えたらしい。

四号機も命じられたその役目を果たす。


し・いいーーーーーーーーーーん・・・・・・・・き・いいいんんん・・・・・・・・
しき・りりり・・・・・ーーーーーーーーーーーんんん・・・・・・・いんいん・・・
虫の音のような、死の鐘のような、銀のパイプオルガンのような、奇妙な響き。

なにものかを誘うようなその、声。四号機共鳴現象。生命と死の暗号を音楽化したような。

しき・りりりりりーーーーーーーーーー・・・・・・・・・しししし・・・・・いん
りりし・きり・・・・・・しいんいん・・・・・・・・・・ーーーーーーーーーーん

夜風に乗って第三新東京市全域に響きわたり染みわたる。
二子山にもその声は届いた。雲が疾く流れてそれを伝えた。

「もうすぐ・・・・来るのね」
綾波レイが呟いた。

「な、なんかよく分かんないけど・・・・たぶん、これはチャンスなの・・」
すでに日本語になっていない葛城ミサト。その奇妙な声を聞いているだけで頭が澄み渡っていくような気持ちになる。13けたの暗算でも簡単にやれそうな・・・。
言葉は頭の冴えについていけない。遅すぎる。
四号機は戦線離脱というのに・・・・・・・負ける気がしない。その予感が頭を高速で駆けめぐってあちこちに伝えてまわっているような気分だ。
ただ単に臨界点を突破してハイになっているのではない、と自分で分かる。
周りの者たちの表情もそうなのだ。赤木博士も・・・そうだ。

「レイ、あと一撃だけ頑張って。目標、使徒 甲、ポジトロン・ライフル、用意」
使徒 乙の攻撃が無くなり、使徒 甲も混乱しているようだ。
この隙に最後の一撃を使う。調子がいいが、ヤシマ作戦はこの時のためにあったような気がしてきた葛城ミサト。こうでなければ使徒とは戦えないのかもしれない。

渚君の作った最後のチャンス・・・・・・。
それだけではない。なにか、ばかでかい援軍がやってくるような心強さが側にある。
胸を灼く辛さが、やんでいた。

追い回されていた弐号機も狙撃位置についた。電力冷却装置が最後のご奉公と唸りをあげる。ケーブルも人間も何もかも、これが最後だからとなんとか動いている。
たとえ使徒 甲を倒しても、使徒 乙はどうなるのか。
そのようなことを考えられる余裕のある人間はすでにこの場にはいない。
目先のことだけで動いている。

「使徒 甲、過粒子砲のエネルギー、収束していきます!」
だが、こちらが速い。
「撃てっ!!」





「誰かが呼んでる・・・・・・・・」
耳をすませる前に、とんとん、と叩いてみる碇シンジ。
「聞こえる・・・・・・・確かに」
空を飛んでいるから耳がきいんとして、というやつじゃない。
確かにシン・・ジ、と呼んでいる。気がする。でも、誰だろう。通信じゃない。
惣流さんの寝言・・・・でもない。そういう人間の声じゃないような・・・・・。
では、お化けだろうか。違う。飛行機にお化けは出ない。証拠はないけど、聞いたことがないから多分、そうだろう。
なんだか気味がわるいなあ・・・・・・。ただでさえ狭いプラグ中に何か入り込んで来たような気がして周りを見回す碇シンジ。頭を壁にぶつける。いたー。
そのときかちり、とヘッドセットのスイッチが入った。

「なんだ・・・・・・・・・・これ」

額のあたりにちりちりと感じてくるものがある。それはだんだん大きくなって額の見えない小窓を開けてゆく・・・・・そこから流れ込むものがある。
エヴァとのシンクロ・・・・には電気がない。プラグ壁面にも変化はない。
レバーも惣流アスカががっちりと握りしめ固まっているのだ。

膨大な空気の流れ・・・・まずはそれが「見えた」
それから雲をぬけ・・・・開かれてゆく世界。山が見える都市が見える。
第三新東京市だ。理屈抜きでそれが分かる。なぜならこんな大都会は第二東京か第三新東京市しかないからだ。碇シンジが知っている中では。ほんとに理屈ではない。
それより何より、エヴァンゲリオンがいる都市なんて・・・・あれ。
「なんだ、あれ・・・・・」
やられている。白いエヴァンゲリオンが。棒に串刺しにされている・・・・・・・・・・
って、まさか!!
もしかして、あれが零号機!?白い・・・・・・あの、綾波さんの・・・・・・・・・・突如、強い寒気に襲われる碇シンジ。いきなり現れた予想もしない恐怖。
串刺しにしている方は・・・・・・・・見たことがある。
あの、呼ばれて行って初めて見た・・・・・使徒というもの。
「あれ・・・・・左の手が・・・色違いだ・・・・あれ・・・・・」
実際の距離はまだ肉眼でそんなものが見分けられるほどではない。
エヴァとシンクロしたとしても同じ事。雲の上からそんなものが見えるわけもない。
だが、碇シンジは、「今」、それを見ていた。EVA01とある紫の左腕を。


「あ、ああああああ・・・・・・」
初号機には左腕がない。それが、こんなして・・・・・・。
腹の底から噴き上げてくる感情にパニックになる碇シンジ。
だが、額になだれ込んでくる画像はそれに構いもしない。
山が見える。そこにもエヴァンゲリオンがいた。赤いやつだ。
ライフルをかまえていた。

風を切り裂くように飛ぶ緑の閃光・・・・・・・・・・・・・・。

真っ正面から対するは緑を消し去らんとする赤色の光線。ぶつかる。
激突か、と思われたが直前になってひゅるひゅると二色の光は乱舞する。
すでに直線から曲線の運命に変わり、二つの光線は願った場所には辿り着かなかった。
大はずれ。

しかし、都市からはすぐに第二射がきた。
哄笑しながら敵のない空間を突っ走ってゆく赤い光。

赤いエヴァンゲリオンは逃げようとしたのか、動けなかったのか、その場で撃ち抜かれた。

「!!!」
あ、ああ、あああああああ・・・・・・・・・見せつけられる光景にたまらず、プラグ壁面を叩く碇シンジ。

「どうしたんだ?シンジ君?」
その震動が伝わったかどうかしたのだろう、加持ソウジが通信してきた。
「加持さんっっ、まちが・・・・使徒が・・・・・エヴァンゲリオンが・・・・・・」 泣き声になってほとんど分からないが、加持ソウジは少年がもしや錯乱したのではないかと思った。さきほどの戦闘の恐怖が今頃フラッシュバックされたのか。
「シンジ君、落ち着くんだ」
「エヴァンゲリオンがふたり・・・・やられました・・・・」
「?!」
なんでいきなりそんなことを言い出す?だが、記憶の恐怖がぶり返したわけではないのが分かった。エヴァがふたり・・・・つまり二体ということは・・・。
まち、というのはおそらく第三新東京市のことだろう。使徒がいるというならば。

だが、エヴァには電源は入っていない。惣流アスカも目覚めていない。この上空のどこから情報を手に入れられるというのだ?子供の予想というには・・・・碇シンジのキャラクターを考えるととてもでてこない話だ。そんな縁起の悪い話をして少年になんの得がある。「使徒も・・・ふたつ・・・いるんです・・・」
ふたつ?向こうでも使徒がもう一体来襲しての同時攻撃になったのか?
いや、しかし。碇シンジ君の言っていることは本当なのか?
「ちょっ、ちょっと待ってくれ。シンジ君。さっきまでそんなことは言っていなかったじゃないか。なぜ、分かったんだい」
疑っているとは思わせぬように・・・・・・・・妖精を見たというほどに突飛な話だが、聞く価値はある。
それ以上に、繊細なこの子が疑われることで口を閉ざすことを避ける。
同時に、第三新東京市の状況を確認をする。

「急に額のあたりに感じるように、見えるようになったんです・・・・けど。
エヴァンゲリオンにはそんな機能も・・・・あるんですか」
そんなことを加持ソウジが知るわけがない。惣流アスカに聞いてもおそらく知らんというだろう。

「あ・・・・だんだん見えなくなった・・・・雲の中に・・・・風の路・・・・・」
もう少し具体的に分かりやすく言って欲しいよ・・・シンジ君。
確認が済んだ。
確かに現在は使徒が二体になっているが、エヴァは四号機だけが機能停止している。
二子山のエヴァ弐号機・・・・はまだ健在だ。不安定な健在だが。
とにかく、やられてはいない。片方だけ当たったのか・・・・。しかし、使徒が二体になっているなどと当てずっぽうでも予想できるものか?

「今なら・・・・・風の路が開いている・・・・・」

「シンジ君、エヴァはまだやられていない。二子山に到着次第、葛城の指示を受けてくれ」
「いかなきゃ・・・・・・・・」
碇シンジは聞いていない。目つきもどこか虚ろだ。
「呼んでる・・・・・・・・・」

「シンジ君?おい、返事をしてくれ、シンジ君!」
突如、通信から聞こえてくる少年の声は、質が違ってきていた。
まるで何かに魅入られたような・・・・我を忘れて・・・・・そこでは年齢差が消える。

「エヴァ初号機、シンクロ開始しています!。・・・・なんだこのグラフの上がり方は!!電源もないのに・・・・・・そんな・・・・・・起動しました・・・・・・・・・・・」操縦士の一人が悲鳴を上げる。

ユ”ン
エヴァンゲリオン初号機の双眼が高速夜空に輝く。眼差しは四辺雲海を威圧する。

「加持さん・・・・・・ここで降ろしてください・・・・・・僕、いきます」

良くも悪くも澄み切って意志の上澄みすら消されている声。
これは・・・・あの碇シンジ君なのか・・・?こどもこどもした・・・・。

「待つんだ、シンジ君!。いくらなんでもそれは無茶だ。この高度からの降下など・・・エヴァは勿論、中の君達も保たないぞ。まだ、時間はある。エヴァはまだいるんだ!」
元々、使徒にじょきんと食われかけた初号機を連戦させること自体が相当な無理だというのに・・・・こんなパラシュートも翼もないエヴァ初号機がいけるわけがない。
「バリヤーがあるから・・・・大丈夫です・・・・・心配しないでください」

いくらATフィールドと言えど・・・・いや、そんなことより電源がないのにまともに動くはずがないのだ。降下したはいいがエネルギーがなくて一歩も動きませんでした、じゃマンガだ。
「私は・・・・この輸送機の責任者として、今の申し出は受けられません」
機長はそれを受け入れない。これを受けるのは自殺幇助だ。
「勿論、そうしてください。今、彼はナーバスになっているんです」
神経質・・・・それ以上のものを感じながらもそう言うしかない加持ソウジ。

「シンジ君、冷静になってくれ。・・・・今まで黙っていて、すまない。
現在、第三新東京市には君の言った通り、二体の使徒が侵攻している。だが、エヴァンゲリオン弐号機はまだ二子山で戦っているんだ。ここで焦っても何にもならない。
輸送機が現地に到着するまで、待っていてくれ。あと、もう少しだ。
・・・・そして、なによりも、そっちの方が結果的に早いんだ・・・・」

飛行装備があって空が飛べるわけでもないエヴァ初号機が降下しても物理的にいって、現地には届かない。地上に降りてもあとは走っていかなければならないのだ。
それならば輸送機に運ばれていた方が早い。これは道理というものだ。

「それじゃあ・・間に合いません。まだ、呼ばれているから・・・・・・・それまでに、行かなきゃ」
碇シンジも伊達に初号機を起動させたわけではない。確信がある。
どこから導き出されたのか、他人には分からないが・・・・。

アスカがやばい!さすがに碇シンジ君は碇司令の息子だけのことはある。
ひとたび己の意志が固まれば、他人のことなどお構いなしだ。目に入っていない。
こんなことならば・・・・・・と躊躇している時間も後悔する時間もない。
まあ、こちら側でロックを外さなければ降下は出来ないのだ。
とにかくよく分からないが、その闘志や、よし、とすべきだろうか。


エントリープラグ内
それでも一応、碇シンジは惣流アスカのことを多少は気に懸けているのだった。
「これを外しておけば、大丈夫だろう」
惣流アスカのヘッドセットを外す。
だが、この場合の大丈夫、とはあくまで碇シンジのみの保証で、しかも問題はそのようなことではなかった。機体が破損してしまえばシンクロしてようがいまいが関係なし。
苦痛など感じるひまもなくあの世行きだ。それを分かっているのかいないのか。

「じゃあ・・・・・アスカ、行くよ・・・・・・」

ウオオオ・・・・・ンンンン・・・・

初号機の唸るような呼気。それにともない・・・・

「機長!ロックが・・・・初号機を固定しているロックが勝手に解除されていきます!」
「なにいっ!?そんなバカな!」
操作盤は操作も無しに勝手に動き出し、初号機を解放しようとしている。
何者かに命ぜられたかのように・・・・・

「初号機か・・・・・」
そんな芸当をこんなタイミングでやれる何者かといえば・・・・それしかない。
こうなればもはや手出しも口出しもできない。止めて聞く相手ではない。

ガチャン ロック解除

エヴァンゲリオン初号機は降下していった。
そして、雲間に消えた。





「撃てっ!」
葛城ミサトの号令。
風を切り裂くように飛ぶ緑の閃光・・・・・・・・・

使徒 甲を今度こそ貫かんとする最終にして必殺の一撃。

だが、使徒 甲もそれにみすみすやられてしまうのろまではなかった。
撃ち返してきた。

互いに影響し合い、光線は相手に届かぬ中間で、緑光と赤光、光の乱舞。
大はずれ。



もはや弐号機に撃つ手はない。ポジトロン・スナイパー・ライフルもこれで終わりだ。
冷却装置もすでに役目を果たし終えて寝くたばっている。

しかも。

「弐号機、シンクロ率急激に落ちてきています。・・・・起動指数を下回り・・・ま・・
パルス逆流!神経接続に拒絶が始まりました!!」
伊吹マヤからのとんでもない報告。
「制御の効果時間が切れたんだわ・・・・。ミサト!」
赤木博士が葛城ミサトに鋭い視線を飛ばす。このままでは暴走・・・・・最悪、精神汚染が始まる。弱り目にたたり目。さらに追い打ちをかけられる。
「プラグ射出!」
これはここまでだ。無駄死にはさせられない。・・・・・・・くうっ、使徒め・・・。
とうとう葛城ミサトは己の負けを認めた。強すぎる・・・・・・・。

「だめです!信号受けつけません!」
「エヴァ弐号機、起動停止しました!」
ザワワッ、全身の血流が音をたてて逆流する。喉に刃物で切りつけられた気がした。
感情は血の瀑布に流され、頭の中は乾ききった空白になる。
あの赤い光がくるのよう!一つの叫びが心を支配する。

「使徒 甲より再び高エネルギー反応!過粒子砲、来ます!」

「レイッ!!」
女の悲鳴をあげる葛城ミサト。声が、軋り潰されてた・・・・。



一切の明かりが消された第三新東京市に赤い光が灯る。それは使徒の光。
いよいよ弐号機に止めをさす死の光。この遠方からみればまさしく夜の凶眼・・・・・・バグベアードだった。それに魅入られた者は確実に死ぬ。
今宵の供物は、動けない弐号機・・・・。その中の赤い瞳の白い少女・・・・。

シネ

それが赤い光の意味。
透徹した殺意。

赤い光閃く・・・・・そのとき。


ぼっ

白い光が灯った。丸く、最高層のビルの上に。突然。

ぼっ、ぼっ、ぼっ、ぼっ、ぼっ、ぼ・・・・・・・・・・・・・つぎつぎとビルの上に灯ってゆく白い光の塊。揺らめいてはいないが、二子山からの遠景であると、ロウソクに次々火が灯されていくのを連想する。

炯々炯々炯々炯々炯々炯々炯々炯々・・・・・・・・
火玄眩眩眩眩眩眩眩眩眩眩眩眩眩眩眩・・・・・・・・
煌々煌々煌々煌々煌々煌々煌々煌々・・・・・・・・

「球雷・・・・・・・?でも、こんな大きさでこんな数なんて・・・・・」
赤木博士はその白い光の正体が分かったが、その知識ゆえにこの光景が信じられない。

電力の枯れきったはずの第三新東京市に突如灯り始めた球雷の光。
ある種の皮肉さえ感じるではないか・・・・・・。
これから、何がはじまるというのか・・・・・。
言葉もなく、固唾を飲んで見守るしかない。
沈黙の中に、四号機の唄だけが続いていた。


ぼっ、ぼっ、ぼっ、・・・・・・狂い咲きだ。その勢いはとどまることを知らず。
いまや過粒子砲光点は、夜桜の舞い散る中の忘れられた一輪差しの椿ほど。

使徒 甲もこの突然の変化に戸惑っているのか、状況を見定めるつもりなのか、沈黙した。

だが、この光景は一体なんなのだろう・・・・・。
自然現象では・・・・あるまい。いくらなんでも。
だが、こんな真似が出来るのは大自然の力以外にあり得るのか。

天意・・・・・そんな言葉が思い浮かぶ。

しかし、ビルの数に収まりきれなくなった球雷が遊離して彷徨い始めるとこれは・・・・さながら人魂大集合という感じで、まるきり墓場だ。ただし、明るすぎるが。

地獄の釜の蓋が開いた・・・・・のだろうか。

いくら年がら年中夏の季節でも、お盆は年に一回しかないものだ。


グロロロロロ・・・・・・・・雷鳴が聞こえてきた。
近いのか遠いのかよく分からない不思議な雷鳴だった。
もしや、そのように聞こえるほかのものなのかもしれないが・・・・・・。

ドロロロロロロロロロロロロロロロロ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

しき・きいい・・・・ーーーーーーーりりいいい・・・・・・・・・・・・・・しん

雷鳴と四号機の声が対話でもしているかのような・・・・・・・気のせいだろうか。

だんだん雷鳴の音は大きくなっていく・・・・・・近づいてきている。

だが、耳を塞ぐ者は誰もいなかった。その音は・・・・・・・・・・もしや・・・・。

黒天を仰ぎ見る葛城ミサト!視線と予感との先にある・・・・・・・気配は雲の上より。
「シンジ君!?」




黒天を一瞬して鮮やかな紫に染め上げてしまう、長大な十二枚の雷翼。

その中央に鎮座するエヴァンゲリオン初号機。

天を揺るがす咆哮をあげながら・・・・・・・双眼は滅殺の意志に・・・・
自分の都を留守中に奪われた伝説の王の如く、怒り猛っていた。

百雷の剣を振り翳し50億ボルトの軍勢を率いて攻め滅ぼす雷の大王・・・・・・。

其を前にしていかなる存在がその進軍を防ぎ得るのだろうか・・・・。


使徒 甲、ラミエルと呼ばれたものは、一秒とてなし得なかった。
ATフィールドも・・・・・・硬そうな瑠璃水晶の体も関係なかった。それどころか。
コアがたとえ百個あっても関係なかった。分子の一個一個に回復絶対不可能のダメージを叩き込まれてこなごなに砕けて塵と化した。その上、あらゆる形態でいることを許されず、この宇宙から完全消滅した。使徒にあるのかどうかは分からないが、形而上的なもの、魂でさえ残ったかどうか・・・・・・。



「・・・・・・・・・・」

誰も口がきけなかった・・・・・・
ふと、四号機の声も止んでいた。
痺れたように体も動かなかった。

エヴァンゲリオン初号機・・・・・・。

左腕がなく、白い棒に貫かれたままに・・・・天より現れた。いや、戻ってきたのだ。

帰還す
その姿を正面から直視出来たのは、発令所の碇ゲンドウと冬月コウゾウのみ。

「勝ったな」
「ああ・・・」



「綾波さん、大丈夫!?」
発令所と二子山指揮車とに碇シンジの切羽詰まった大声が響いた。
神話を思わす光景から、いきなり少年の声が出れば誰でも驚く。
しかも、それが安否を気遣うものという人間として当たり前のものがかえって不自然に聞こえた。神の声が聞こえたとしても、皆驚かなかったのだろうが・・・・。
通信は起動停止しているエヴァ両機には繋がらなかった。
しかし、なぜ初号機は外部通信が使えるのだろうか。
理由はある。

「雷を・・・・・食ってる・・・・」
葛城ミサトはまだ驚ける自分の精神の働きに感謝すべきかどうか。
エヴァ初号機はなにやら咀嚼している。口の間からバチバチと閃くものがある。
それを即座に雷だと看破できるのは葛城ミサトくらいなものだろう。
その見立てが正しいことは、電池もつけていない初号機がこうして通信できることが証明している。当たったからってどうということもないけ・・・!。

「シンジ君、よけてっ!」
「え?」

再会の言葉はただいまでもおかえりでもなく、戦闘の注意だった。

使徒 乙・・・もはや”マタサキエル”でよかろう、は四号機から光棒を引き抜くことに成功していた。それでもって背後から予告もなく、初号機に襲いかかったのだ。
初号機に、初号機左腕の力をもって。

がいーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん

碇シンジによけられるわけがない。初号機の背中に光棒が命中した。

だが・・・・・

これこそマンガだが、せっかく隙をついて命中したにも拘わらず、ぶっ飛ばされたのはマタサキエルの方だった。初号機はぴくりとも動かず、碇シンジも蚊に刺されたほどにも感じていないようだ。

「あ」

マタサキエルが尻餅ついて倒れる音でようやく気がつく。
「そうだ。まだ、いたんだ」
大真面目に反省する碇シンジ。ざっ、と向き直る。
「バリヤー全開・・・・・・・っ」
あまり意味がないような気もするがエネルギーも満タンだ。げっぷがでるほど。
「プログナイフをくわえる」
「左肩部装甲 解除」
「そして・・・・えぐりこむように投げるべし・・・・って違ったかな」
三段活用で攻撃をしかける初号機。


「あ、はずれた」

左肩部装甲ブーメランは教えられた通りにやらなかったのが悪かったのか、外れた。
兵装ビルを一個、ぶち壊してしまった。素人がやるには扱いが難しい。

しかし、日頃の行いが良かったのか、装甲ブーメランはひゅるるーと孤を描いて帰ってくる途中でマタサキエルの左腕を見事に切断してくれた。ぼと。

プログナイフをくわえたまま突進する初号機。
左腕がないわけだし、真面目に考えて戦っているのは分かるのだが、さっきのあとで、どうしてこうなるんだろう・・・・?

マタサキエルもATフィールドを張ったらしいが、初号機のバリヤーの前では即中和浸食。
ドズッ コアに一撃を食らった。はっきりいって、死んだ。

使徒、殲滅



「これでよし。綾波さん・・・」
四号機の方へ向かう初号機。なにか変だが、碇シンジは知らないのだから仕方がない。
しかし、碇シンジは焦っていて正解だった。下手に時間があると、正直なこの少年は通信も切らずに、知らぬとはいえ、発令所と指揮車に向かって、
「あー、弱くて助かった」
などと言い出す恐れがあった。それが少年にどのような影響を及ぼすか想像に難くない。

ともあれ、使徒は殲滅された。
ようやく緊迫した長い時間は終わった。
盛大な後かたづけがあろうが、気をゆるめて休むことが出来る・・・・・・幸せ。
多少の混雑、混乱もそのことに比べればなにほどのことでもない。

碇シンジとの再会の対話を携帯電話に切り替えて、指揮車のかげで葛城ミサトが泣いたことや、エントリープラグの中に惣流アスカも一緒にいることを聞かれている内に少女が硬直からようやく溶けて、碇シンジが慌てることや、惣流アスカが驚いて悲鳴をあげたこと。
碇ゲンドウがいつものポーズでニヤリと笑ったこと。
赤木博士が球雷のデータをとろうとしたらそれが消えてしまい、じたんだ踏んだこと。
殊勲賞に技能賞、敢闘賞に最優秀パイロット賞をもらってもおかしくない渚カヲルもようやくゆっくりカプセルの中で眠れること。
冬月副司令が部下たち全体の気を緩ませながらも撤収作業に事故のないように手綱を握っていること。
「もしや・・・・走ってきたわけじゃ、ないよな」と加持ソウジが首をかしげたこと。
いつもの5倍は働いた気がする・・・・オペレータ三人組が飲みに行く約束をすること。「頭領、とよばせてください」まだ、脳みそが現代に戻っていない連中に野散須カンタローが苦笑すること。

などなど・・・・・・

そして、日もかわり。 ネルフ内病院 綾波レイの病室。

こんこん

綾波レイは起きていた。ちょうど検査が終わったところでこれから眠ろうとしていた。
だれもくるはずがないのに・・・・。
ドアを開けると・・・・・碇シンジが見舞いの品らしい花束をもって立っていた。

「・・・・・・」
意外だった。
「あの・・・具合はどうかな・・・・」
良ければこんなところにいるはずもない。しかもこれから眠るところだったのだ。
綾波レイは無口。怒られることはなかったが、話も続かなかった。
「・・・・はいれば」
入り口でつったっているというのも・・・・と思ったのか、そっけないが綾波レイは入室を許可した。
「・・・・・・」
う。具合はどうかと尋ねて、返事をきいたら「それじゃあお大事に」とかなんとか言って
花を渡して帰ろうと思っていた碇シンジは迷った。何を話せばいいのか分からないのに。
それなら、なんで来たのだろうか・・・・。
「はいるの・・・」
「あ、おじゃまします・・・・」


「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
綾波レイの方から話しかけてくることはまず、ないのだから見舞客である碇シンジが話さなければならない。のだが、それができない。病室は見事なまでにしらけきっていた。
碇シンジはべつに綾波レイの真似をしているわけではない。頭の中は少年なりのフル回転して、適当な話題を探していたのだ。だが、あの赤い瞳の前では滅多なことはいえない。

本当は、言いたいことがあって、ここに来た。
だが、いきなり切り出すには度胸がいった。助走のための適当な前ふりの話が欲しかった。・・・・・こうしていても埒があかない。
きちんと前のことを謝ろう・・・・・・。許してくれないかもしれないけど。
あの時はエヴァンゲリオンのことをよく知りませんでした。
気を悪くさせてしまって、ごめんなさい・・・・・・・・。

「碇君・・・・」
「え、あ、はい」

綾波レイが口を開いた。う。ぐずぐずしてたから、帰ってくれって言われたら・・・。
だが、そうではなかった。
綾波レイの方でも碇シンジに聞きたいことがあったのだ。
もうひとりの自分に告げられたことは、こうして目の前に碇シンジがいるからいいとして、もうひとつ謎があった。

「仮面・・・・」

「え」

「あの時、廊下に仮面が張りつけてあったけど、あれはどういうこと・・・」

なんらかの暗号かと思い、調べてみたのだがとうとう解読は出来なかった。
あれは一体・・・・・・。
エヴァンゲリオン初号機のパイロット、サード・チルドレン 碇シンジ。
碇司令の実の息子・・・・。その真意はなんだったのだろう・・・・・。
知りたい・・・・・・・・。

「仮面じゃなくて、お面だよ」
その違いになんか意味があるのだろうか・・・・・おそらくは・・・・・・

ようやく会話らしい展開になり、嬉しそうな顔をする碇シンジ。
「そう」
それも巧い具合に、言いたかったことにつながりそうだ。
「それで、五個あったよね」
「・・・ええ・」

「お面が五個で、五面・・・・ごめん・・・なさい、綾波さん」

綾波レイに頭を下げる碇シンジ。
「あの時は、エヴァンゲリオンのことをよく知らなかったんだ。自分も乗ったくせにね・・・・それなのに、いやな思いさせちゃって・・・・・ごめん」

無表情のまま綾波レイ。

なぜ彼はあやまるの・・・・・・・

とかなんとかいうまえに・・・・・・

ごめん・・・・・・・五面・・・・・・・

こういうときどうすればいいのか・・・・・迷った。

このあと、碇シンジと綾波レイがどのような会話をしたか、・・・・・・・・・・・・・

それは、ご想像におまかせします。