日はまためぐって葛城家の、朝。


いつものように碇シンジは朝食を作り、惣流アスカはシャワーを浴び、葛城ミサトは朝から一杯。しけんもがっこうもないペンペンは寝床でぐーぐーぐーとまだ寝ている。

惣流アスカとトースターの食パンがまだあがってこない、そんな待ち時間。
まっすぐ顔を見合わせる葛城ミサトと碇シンジ。

「今日、初号機の修理が完了するわ。・・・・また、がんばってもらうからね。シンジ君」
アスカや綾波さんやカヲル君の足をひっぱらないように・・・・がんばります」

「いい、返事だわ」

どちらもひどくまじめくさった顔。弟子に新たな課題を与える師匠のような葛城ミサト。それを新年の書き初めのような真剣さで受け止める碇シンジ。
朝の光に照らされて、そのふたりの真摯は爽快に白く反射する・・・

のだが・・・・・・。

聞く者が聞けば・・・・例えば惣流アスカなど・・・・これは噴飯ものの対話だった。
だから惣流アスカがいない時に伝えたわけだった。これならば、自分ひとりがうそつきでいれば済む。さっきの話の中で本当のことは、今日初号機が開封復元されてくる、ということだけだ。ハーモニクスのテストなんかをやるから今日は早めに・・・・といっても、早退することはないから・・・・・。予定で嘘ついても仕方がないからこれは本当だ。
だから、スラスラと話せるわけだ。作戦部長、上司として、事務的に。

「はい」

レイの、透明な受容とは違う。単純な、子供の素直さだ。
どういうわけだか・・・・信用してくれてるんだな、これが。
がりがりとこめかみのあたりをかきたくなってくる葛城ミサト。


ぽんっ、ぽんっ

「ふうっ・・・・・・なんだ、待っててくれたの?」

食パンといい気分の惣流アスカがあがってきた。夜、きちんと眠れるからこそ、しゃきんと目が覚めるということ。その見本のような瑞々しさだった。少し、髪が濡れ残る。
「べつに一同、席について神様に本日の糧をお与え下さって・・・ってわけじゃないだからさ」

ひょい、ぱく

何も塗らず、そのままでくわえる惣流アスカ。お行儀の手本には、ならない。
くわえたままでコーヒーメーカーからコーヒーを注ぐ。女性の朝はなにかと時間のかかるものだし、能率的に物事をこなそうというのはアメリカ的なのかも知れない。
そして、女性のつつしみを教えるべき、葛城家唯一の年長女性は葛城ミサトだ・・・・。

卵焼きにすべきか目玉焼きにすべきか、それともスクランブルエッグにすべきか、ベーコンエッグにすべきかハムエッグにすべきか、と今日、十五分ほど朝に悩める碇シンジとはかなり違う。
惣流アスカは指摘されれば、かなり本気になって否定するだろうが、同居を始めてじわりじわりと葛城ミサトの影響を受け、だんだんとその身に染み込ませていた。
もちろん、指摘されれば、の話で、十四の少女はそんなことは夢にも思っていない。


「そーいや・・さ。今日よね、その・・・・」
「初号機のことならさっき伝えたわ」
「うん」

そろそろ食べ終わりかけてから言い出す惣流アスカ。
「あ・そ」
内心、複雑なだけにかえってひどくそっけない顔をしてしまう。
自分の裡にあるものが、はっきりとした言葉にならない。自己表現には長けているはずなのに・・・・この思考がうまく表現できない。客観的にひろえない。
ピンセットのような冷静で拾うには・・・・重いのだ。この気持ちは。
自分で自分を持ち上げようとしているかんじ・・・・・それは他人事ではないから。
他人事では・・・・、まあ、初号機にはわたしも乗ったわけだし・・・たしかに他人事じゃない・・・・。

エヴァンゲリオン初号機

サード・チルドレン、碇シンジの専用機。

さまざまな感情、思い、思考が初号機、という名を中心として渦を巻く。
自分の心の中でかなりのウェイトを占めていることに気づく。


それがまた・・・・動き出す。

シンジを乗せて・・・・・・。


たかがそれだけのこと。当然のことなのに。心の深い谷間に鳴動するものがある。



「今まで教えたコト、忘れてないでしょうね」

おそらく碇シンジには特別のエヴァ運用法というのがあるのだろう。もしかしたら、自分の教えたことなど幅を狭める足枷にしかならなかったのであるまいか、と気づきつつも、惣流アスカはそう言った。要は使徒を倒せばそれでいいのだから。

「うん、テキストはつまんないけど、アスカの方は分かりやすいんだよね。だから大体、覚えてるよ」
自習用テキスト「エヴァのススメ」だ。相田ケンスケなどには面白いのだろうが・・・。その手加減抜き、というか手加減しようのない内容は碇シンジには不評だった。
作戦部長の目の前で言うだけあって、その言葉はうそではあるまい。
エヴァを動かせる人間と動かせない人間の言葉にはやはり違いがある。
おかげさまで、LCLはリンク・コネクト・リキッドの略だと今は知っている碇シンジだった。早口言葉風に仕込まれたエヴァの出現位置、非常用電源、兵装ビルの配置、回収スポットもオッケーだった。必要な基本は大体マスターさせられていた。
困ったことに第三新東京市はただ「エヴァが動けばいい」ような野原ではないのである。
ヘタに動けば街が壊れる。強さに関しては初号機は折り紙つきなのだから・・・。

「ならいいけど・・・・・ごちそーさま」
惣流アスカは席をたち、登校の用意。少年の五倍ではきくまい。
葛城ミサトもそうだが、朝は皿を洗ったことがない。朝の女性はいそがしいのだった。
だから碇シンジのことで見過ごしていることもあった。



「ミサトさんはまだいいんですか」
こまごまと忙しい惣流アスカに対し、まあだ席に座っている葛城ミサト。
碇シンジは皿を洗っている。
「まだ大丈夫よお・・・今日は十時からいけばいいんだから」
自分でそう決めたのだから世話はない。使徒が急襲してきたというのでもなければ、今日は十時からいけばよいのだ。
「あ、時間があるんでしたら、クリーニングに出していたのを取ってきてくれませんか。
学校の帰りに行こうと思ってたんですけど、おそくなるなら・・」
「もちろん、もちろん」
殆どが葛城ミサトの制服だ。自分の服くらい自分でとりにいけばよいものを、ルノーをカッ飛ばせない商店街の道などに入りたくない葛城ミサトは、買い物のついでですから、という碇シンジに遠慮もせずに一任していた。
が、こう言われれば自分の服だ。二回は頷かねばなるまい。
「引換はその手紙入れのところにありますから」
「ん。はいはい」


「・・・・なんか立場が逆転してない?あのふたり」
呆れたようにその様子をみてつぶやく惣流アスカ。ほんと・・・・・へんなの。



「それじゃ、いってきまーす!」「ミサトさん、いってきます」

「いってらっさい」

碇シンジ手製の弁当もちゃんと鞄にいれ、中学生二人は学校へ。
葛城ミサトは芝刈りへ、じゃなかった、自分の部屋へ。そろそろペンペンも起きてくる。
よるおそくまでテトリスでもやっていたのではあるまいか。

そういえば、あの二人がくるまではこういう生活だったんだ・・・。

ふと思う葛城ミサト。しばらく前には予想もしていなかった朝の光景。
それがこの世界のどこかにあるとも知らなかった。
十四歳の子供の保護者になって一緒に住むなんてさ・・・・変な縁だけれど。
この頃になって多少、余裕が出来たのか、そんなことを考える。
惣流アスカや赤木博士がそれを知ればなんというだろうか。
確信なんてなにもなかった、などということを知ったなら。

「さて・・・・」
一風呂、というか夏湯雨じゃ、浴びていこうと葛城ミサト。
ちゃっちゃと身支度調えて、それから取りに行きましょうかねえ。
くすぐったい気分が胃のあたりを温くする。

足取りが軽かったのはそのせいか。しかし、それは危険な軽さだった。

ぐに。・・・・・ずるっ!
惣流アスカにモデルカーを踏みつぶされても、碇シンジに何度諫められても直らない葛城ミサトの部屋の乱雑。UCC缶が転がっていた。それをふんづけてすっ転んだ。
もしこれで頭を机の角などにぶつけて葛城ミサトが死んでしまったら、使徒の攻撃かネルフの敵対組織による犯行、ということになるのだろうか。
幸い、そういうことにはならなかった。

一応、軍人である。訓練を受けた体が受け身をきちんととった。が、

ずしんっ

けっこう響く部屋の中。ぺたぺたぺたぺたぺたっっ・・・・・・・慌てたようにペンペンがやってきた。一体、何事かと思ったのだろう。脳卒中とか・・・・・。

「クワッケーッカカカカッッ!!」
もちろんペンギン語であるから何を言っているのかは分からないが、かなり驚いたようで興奮気味だ。

「や、やーねえ。ペンペン、そんなに驚くことないじゃない・・・そんなに響いた?」
照れ隠しに笑ってみせるが、後半になると顔つきと声が低くなる葛城ミサト。
「うぎゃう」

「シンジ君とアスカには黙っててね、このこと」
「ウ・ギョー・・・・」
黙っているより、説明する方がむつかしかろう。ペンぺンの困惑もそこにある。

「ん・・・・」
受け身をとった手がその下の封筒をくしゃと皺にしていた。
さすがの葛城ミサトも重要書類を散らしておくようなまねはしないが・・・・・これは。

温い気分が一気に冷めていく。これは・・・・・ドイツ土産、あのギルガメッシュ機関で
案内をかってでた(まだ正体は判明していないがどこぞのスパイだろう)ヘドバ伊藤とかいう奴から渡されたものだった。気色悪いので今まで開封もせずに放っておいたのだ。
どーせ、ろくなことが書いてないに違いない。一読しただけで気分が悪くなるような類の・・・・スパイというのはそういう変奇なところがある。偏見ではなく体験だ。
再び接触があったわけでもない。
暇人の悪戯だ、と相手にもせず、かといって焼き捨てる気にもならなかったのは証拠品だったからか・・・。今は眩しすぎるほどにアスカがそこにいるが。

葛城ミサトにとってはその程度の価値しかなかったわけだ。
・・・・今までは。

封は捩り破けて、中が露出した。中身は二枚の写真だった。
バックの暗い、ピンぼけ写真かと一瞬思った。何を撮っているいるのかよく分からない。まさかドイツの心霊写真じゃあるまいな・・。つまみあげて見てみると・・・・・

「!!」

そんな生やさしいものではなかった。それは・・・万能なる科学の領域。
Absolute・Terror・Field・・・・ATフィールド
薄暗いのは、撮られたのが実験施設内のためか。フィルムの特性か。
模擬体らしい左手と右手に・・・・一対の・・・つまり、二枚のATフィールドが発生している・・・・・神話のように鋼に輝く双盾・・・・・おそらくは一体のエヴァ・・・・そして、それを成し得るパイロットがいる・・・ということか。
もう一枚は・・・・・・







わーい、あたったあたったー、アイスが当たってもう一本、という至福の幸運を味わっている子供の声を、意外に人好きのする笑顔でみている青葉シゲル。
私服姿で背にはギター。そしてロン毛。どこから見ても立派なネルフの職員だ。

がちゃこんっ
コーヒーが取り口に落ちてくる。残念なことに彼は当たらなかったようだ。
ガキョッ、プルタブを開けてコーヒーを飲む。

ここは24時間オーケーの自動クリーニング店。
忙しい独身者がよく使う。それは非公開組織ネルフに務めていようが関係なかった。
順を先送りにした青葉シゲルの後は日向マコトと伊吹マヤだった。

「こうたて続けだとクリーニング代もバカにならないなあ・・・」
「せめて自分でお洗濯する時間くらい・・・・ほしいですよね」

嘆く日向マコトと慰め半分同調半分でいう伊吹マヤ。

「シンジ君が来てから、葛城一尉の分を取りに行かなくてすむ分、多少は楽になったんじゃないのか」
青葉シゲルが首を出した。
「そうだよなあ。頼まれたら断れないけど、自分の服くらい自分で取りにいけばいいのに・・・結局、今度はシンジ君にいかせているわけだからなあ。筋金入りだよ」
「なにがですか?」

「ずぼらだよ」「ズボラだよ」

はもる日向マコトと青葉シゲル。ここは盗聴される心配のない町中だから安心だ。
調子にのっているわけではないが、初号機が甦るので調子のいい上司の脳波が伝播したのか日向マコトの第T問。やっぱり調子に乗っていた。
「葛城一尉とかけて、王様と私、ととく。その心は?」
「なんだい、いきなり」

「ズボラ・カー、ですか?もしかして!」

「あたり!さすがマヤちゃん」
「・・・・これが分かっちゃうマヤちゃんて・・・けっこう・・」
つぶやきシゲルをほっといて喜ぶ伊吹マヤと日向マコト。


とてもネルフの職員とは思えなかった朝の一幕。
この後、オペレータ三人組はジオフロント地下列車で冬月副司令と出くわしてしまう。

もちろん、人間の出来た、老練の紳士である副司令は朝から部下にぐちめいたことは・・・・・云わない「かも」しれない。







第三中学校 二年A組 昼休み

「はあ?地球防衛バンドお?なにそれ」

「そうやっ!地球防衛バンドやっ」

「二人とも声がでかいぞ」
ねらったわけではないが、宣伝のようにでかい声の惣流アスカと鈴原トウジをたしなめる相田ケンスケ。皆に知れ渡ってもらいたいのは、あくまで体勢が固まってからのことだ。
今の段階で知られるのは・・・・危険だ。妨害が入る恐れがある。

仲のいい渚カヲルと碇シンジも目をぱちくりさせている。
バンド名も今、初めて聞いたというのに、既に正式メンバーに入れられているとは思いもよらぬだろう。


「それがなんでアタシたちに関係あるわけ」
一応、メンバー候補を全員、洞木ヒカリ、惣流アスカ、山岸マユミ、綾波レイ、と揃っていた。そして、渚カヲルと碇シンジ。
重大な発表がある、と云われ、お弁当箱も開ける間もなく集められ・・・・あの鈴原トウジが自らの楽しみの昼食をあとまわしにするのだからなにやあると思う・・・告げられたのは・・・「地球防衛バンド 誕生」の事実だった。

鈴原トウジには負けるだろうが、育ち盛りの中学生が腹が減っているのには男女の区別はない、このところ弁当のたのしみを覚えはじめた惣流アスカがそんなワケのわからんお知らせをやるために集められたと知って怒らないわけがなかった。

「あのー・・トウジ、もしかして僕たちも・・・その地球防衛バンドに入れって・・・」「いや!お前らはすでに契約済み、メンバーに入っとる」
「相田君がこの前楽器の話をしていたのはこのためか・・・・・」
「そんなの・・聞いてないよ」
「トウジ、もうちょっとマシな言い方があるだろう・・・。シンジ、渚、入ってくれるよな!トウジも信じきってる関西弁だからああいう言い方になっているだけなんだよ」

いきなり亀裂を発生させている地球防衛バンド。

それを冷ややかな目でみている女性軍。男子って・・・・・やっぱりガキね・・・。



鈴原トウジの気性では、その内心の、むき出しにしたら、女の子でも驚くほどに甘やかな気のつかいよう・・・・要領の悪い碇シンジや綾波レイや、山岸マユミがあまり面白くない目をみるんやないか・・・というそれを表に出すことは絶対にしないだろう。
逆に、その気も知らずにその鈴原弁をきけば、かちん、とくることになる。
人の気もしらないで、強引なやつめ、と本人の初志とはまるきり反対の不幸な結果を招く。

そんな仕組みがわかるのは、相田ケンスケや洞木ヒカリ、渚カヲルか。

「面白そうだね。ぼくらは部活動には所属できないわけだし、文化祭では見学にまわるしかないと思っていたけれど・・・そんな交わり方もあるんだね」
感じ入っているようにして、同時に碇シンジや惣流アスカに教えてもいる。
綾波レイはその声を静かにみつめている。

「そういわれてみれば・・・・僕らのことを考えてくれたんだ・・・・トウジ、ケンスケ」

「ま、なんちゅーか・・・・もちろん、ワイ自身がそうしたかったらそうしただけのことやから、引きずり込んでもーたわけやが・・・せっかく文化祭っちゅーもんがあるんやしな、楽しめる時には楽しんだ方が勝ちっちゅーかな・・・・あー、アカン。
うまく言葉がでてこんな。とにかくワシについてこい!!」

「イヤ」
惣流アスカである。瞬間の即答であった。
碇シンジもなにか言おうとしたが、てんで相手にならない反応速度だ。

「なにが地球防衛バンドよ。なんでそんなダサダサの名前つけて人前にでなきゃいけないわけ。何にも考えてないアンタたち男はいいだろうけど、こっちの身にもなってよね。
ヒカリなんて委員長なのよ、そんなのに出れ・・・・ヒカリ?」

委員長洞木ヒカリ・・・・・・・・・・・・顔が赤い

「鈴原・・・・・くん」

ずさっ

その夏冬おなじみの怪談ものの悲浪韻。ゆらあり、と立ち上る泣き陽炎。
早い話が態度一変した女は恐し。半径3メートル以内は絶対洞木領域と化し、引く教室。
洞木ヒカリに睨まれた鈴原トウジのように・・・・ではなく、蛇に睨まれた蛙のように・・・・もとい、そのまま。動きを止められる鈴原トウジ。逃げられなかった。

す・・・・・
生徒手帳を取り出す委員長、洞木ヒカリ。
それだけの動きが異様に艶めかしい・・・のは・・・・やはり。

ぴりりりり・・・・・手帳後半の余白をミシン線にそって丁寧に切り取る。
静まり返った教室に、きれいに、響く。

さらさらさら・・・・・・何かをそれに書いていく。
そして、止めに財布からとりだした印鑑である・・・・・。はあー・・・朱に沁みる吐息
確かめて、おもむろに・・・・

ぺたんぎゅ

押した。

な、なんや、イインチョー、ワシ、それほど悪いことしたんかあああああああ!!

その異様な行動、特に印鑑が出てきたあたり、少年はその重みにびびってしまう。
しかもその行動にまるきり揺らぎがないことも恐かった。内心の叫びは声にならない。

ヒ、ヒカリが・・・・ヒカリが・・・・・
なんて声をかけてもいいのかさえも分からずに、惣流アスカの混乱も声にならない。
怒っている・・・・んだろうか・・・・。

二歩、三歩、と歩み寄ってくる洞木ヒカリ。なぜか、そのとき高下駄の音。

ゆ、ゆるしてくれ、イインチョー、そないな気はなかったんや!できごころや! どんな出来心なのか自分でもよくわからない鈴原トウジ。

「はい。入隊届けよ」

「へ?」

「やさしいんだね、鈴原って。見直したわ」
照れたようにニコッ、と笑う委員長洞木ヒカリ。

「・・・・イインチョー、メンバーに入ってくれるんか?おおきに!!」
「いやあの・・・べつに誤解しないでよ。私は・・みんなのためっていう鈴原の気持ちが」
「ええって、ええって。そないなことは。よっしゃっあ!」
恐怖から抜け出せたことも加わり、ジェット噴射で一気に頂点まで昇る鈴原トウジ。
そんな鈴原トウジの顔を見るのは、また嬉しかったりもする洞木ヒカリだった。

だが・・・・・

実はかわってるんだね、委員長って。見直したわ・・・

教室のほぼ全員が洞木ヒカリに対する認識を改めていた。



かなりの難関だと思われていた洞木ヒカリの陥落で、ついで惣流アスカ。
昨夜の長電話で説得されてはいた山岸マユミ。
と、騒ぐ周囲の思惑を無視して、とんとこと決まっていく。

そして、聖なる山チョモランマに匹敵する孤高にして最難関 綾波レイ


「わたし・・・・やらない・・・」

「どうして?綾波さん」
予想通りの反応に、疑問を抱くのは碇シンジくらいのものだろう。

「そんな時間、ないもの・・・」

これには惣流アスカと鈴原トウジが同時にかちん、とくる。
情の量が多いだけに、イインチョーも賛同してくれたこの地球防衛バンドを、そんな呼ばわりされたことには許せんもんがある鈴原トウジ。
惣流アスカは、同じエヴァのパイロットの自分たちも目の前で参加を表明しているのに、そこで自分だけ忙しいみたいなことを言われた日には立場がない。
しかも、綾波レイの言葉は短く、抑揚もない。補うものがないのですくいがない。
吹きさらしの風のように寂しい。やっぱり綾波だな・・・・と皆がそうおもった。
これをとらえうるのは・・・

「じゃ、綾波さんは歌ってよ」

どうも、とらえたわけではないようだが、ともかく碇シンジ。
ずいぶん簡単にいう。

ええっ!?碇シンジと綾波レイの顔を見比べる。鈴原トウジも惣流アスカも相田ケンスケも洞木ヒカリも山岸マユミも渚カヲルも・・・・周囲の皆も。

「楽器を今から練習するっていうのも、確かに間に合わないかもしれないけど、歌なら・・・・歌は歌なりに難しいんだろうけど、綾波さんは声がきれいだし、一生懸命歌えば、伝わるんじゃないかな・・・」

碇シンジは「何か」誤解しているのではあるまいか。

この「何か」はひどく応用範囲の広い「何か」だ。かなり、でもいいし、すごく、でもいいし、ウルトラ、でもいいし、人によっては少々、とか少し、とか穏やかに。

いわれた綾波レイ本人がそう考えているのだから、間違っていないのだろう。
碇シンジは誤解をしている。そこから地球防衛バンドの苦労が始まるのだった・・・。






赤木研究室

「赤木博士・・・・教えて頂きたいことがあるんですけど」
「なに・・・・今は安らぎの時間が欲しいのだけど」

初号機開封作業の最終チエックをひとまず終え、あとはサード・チルドレン、碇シンジのシンクロ具合を確認するばかり。キリキリに張りつめた神経をようやく休める一段落。

四号機の義眼のことがある。どれくらい今回の作業に赤木博士が力をいれたか・・・。
その葛城ミサト以外には絶対に見せないであろう、へろへろな姿で分かる。

その平穏を破るために葛城ミサトはやってきた。例の写真の片方一枚を差し出す。
「手間はとらせないわ・・・・これを見てよ」
「なに・・・・・・見たわよ」
「見てないじゃないの・・・・ちゃんと見なさいよ!」

つかれてるのに・・・・ミサト。今度からはパスワードを変えておこう・・・・。

なんなの。たかだか二枚組の双方向ATフィールドじゃないの・・・・こんなもののどこが・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?

「ミサト!?これ、どうしたの」
思索するための自分が扉をあけて出てくる・・・もう目の色が違う赤木博士。

「ちょっちね、ある親切な人がくれたのよ。・・これ、よく出来た特撮じゃないわよね。こんなものが”存在”する可能性は・・・・あるの」
「くれたって・・・・加持君?まさか・・・・・」
「一人で納得してないで、分かるように説明してよ・・・・これ、なんなの?もしかしてあの頭にくるJAのJTフィールドの発展型か何か?」

「本物のATフィールドよ。二枚ともね」

「じゃ、誰が」

「セカンド・チルドレン・・・第二類適格者。分類の元々の意味はそれらしいから」

「ちょ・・・、ちょっと待ってよ!アスカには、いえ、レイやシンジ君、渚君にもそんなこと・・・出来なかったじゃないの」

「その”数”に応じた人格の分裂を引き起こす可能性も示唆されていたわ・・・・・・・・・命名分類者によればね。ATフィールドとはそういうものだと・・・・」
視線は写真に釘付け。葛城ミサトにはない。

「ほんとにこれ、出所は加持君じゃないの・・・この鋼の偏光は・・・うーん・・」
ズブズブとのめり込んでいる赤木博士だが、葛城ミサトは研究室から既に消えていた。





総司令官執務室

「セカンド・チルドレンが来るだと・・・・・そちらの方からきたか」
それは詰め将棋のことなのか、と思わせるほどに冬月コウゾウ副司令。
「小癪なやつらめ」

ぱち・・

「それでいつ来るんだ」

ぱち・・

「・・・・まぁ、こちらは初号機さえ戻れば一向に構わぬのだがな」

ぱちっ・・・


「うーむ、あのような男でもおらんと独り言が上手くなってしまうな。これでは老人だ」

総司令碇ゲンドウはまた出張である。戻ってくるのは明日だ。
赤木ナオコ君の声を聞くなど、さすがの碇も疲れているようだ。
過労死などはしゃれにならんぞ、碇。死んでしまえば全てが終わる。






第三中学校 二年A組 ふたたび

放課後。

昼休み、午後の授業中と「地球防衛バンド」の話は学校中を駆けめぐった。
巡ってしまった、といっていい。現物より駆けめぐり膨れあがる噂の方がその姿が明瞭だったというとんでもない状態だったからだ。

よくわからないなりにも・・・・・

一年、二年、三年の野郎連中で結成されるアスカ惣流ファンクラブ。
おなじく全階級制覇で構成される渚カヲル親衛隊。
ほかにも、綾波レイは参加するかトトカルチョ、山岸マユミが意外な素顔を見せるかトトカルチョ、などなど・・・・・面子が面子だけに、さんざか騒がれる羽目になった。

情報が先行して、現実を無視した悪い例、といえよう。
さい先悪し、地球防衛バンド!


「まいったのー・・・・まさかこないになるとはの」
「宣伝する必要はなくなったけどね・・・・体育館は満杯だね。これは」

素人バンドのくせに生意気な悩みであろうが、実際のところそうなのだから仕方ない。
音合わせどころか、ようやくメンバーが・・・「決まりかけている」ところでここまで知られてしまうというのも、プレッシャーであった。
それに強い体質の者はいいが・・・・・弱い者は・・・・・困ったものだ。
弱くはなくとも、まともな感性と責任感をもっているなら、少々ひるむところあり。

第一、ボーカルというか、形式も決まっていないのだ。

これで強気を維持していられるのは、かなり特殊な精神力をもっているに違いない。

「大ヒット、満員御礼っていうの?は間違いないわね。ただし!アタシが歌えば!!」
第三新東京市の熱帯夜にも負けない惣流アスカである。歌には自信があるらしい。

碇シンジは綾波レイの説得を継続している。
惣流アスカがじろっと睨むが背中に目がついているわけではない。

「歌はいいねえ・・・・リリンの生み出した文化の極みだよ」
渚カヲルに歌わせて!というご意見も鈴原トウジと相田ケンスケの端末にズンドコに流れてきていた。・・・簡単に無視するには恐いくらいの量だった。

「これだけ知られてなかったら、今のセリフをポスターのコピーにするんだがなア」
「リリンでもキリンでもええけどな・・」
楽器はなんでもかんでもいけるそうだが、歌にはかなり自信のある渚カヲル。

「人前で歌うなんて何年ぶりかしらね・・・・」
まるで伝説のシャンソン歌手のような妖しい目つきの洞木ヒカリ。
もはや、全ての音は地獄耳であるハズの委員長イヤーには入っていない。

「・・・・・・・・」
相田ケンスケに説得はされたものの、歌うことには今でもあまり乗り気でない山岸マユミ。こんなに参加するんだったら、自分はいなくてもいいかな、と寒いような分析をしていた。話がまとまるまで、本を読んでおこう・・・。

「おっと」
それを見逃す相田ケンスケではない。相棒を置いて、さっさと彼女のフォローへ行く。



「ううっ・・・・・・こ、こいつら・・・」

今更、というか今になって、ようやくこの面子をまとめていくことの大変さが分かってきた鈴原トウジ。男は・・・硬派は・・・・自分の言ったことに責任をとらねばならぬ。

「ワシについてこい!」と言った以上、その気で打ち込んでやるなら、この連中が大勢の前で恥をかかないようなセッティングをする義務がある。

文化祭までそれほど時間があるわけではない。それに加えてエヴァのパイロット連中は、綾波レイの言ったとおり、拘束される時間、という点で忙しい。

が、鈴原トウジはその時、珍しいものをみていたのだ。
「渚や惣流でも・・・・うかれることもあるんやな・・・・」
人の表情を横のぞきする趣味など鈴原トウジには無論、ない。騒がしい空気がゆらいで、ふと、のぞかせていたのだ。・・・・めずらしく、彼らの方が。

シンジと綾波の方は・・・・・・・なんや、気弱な亭主が出てった女に帰るよう頼んどるみたいやな・・・・・しかし、シンジも存外、めげんやっちゃな。全然、反応がない綾波相手に・・・・ある意味、大したモンや。


ぴーっ、ぴーっ、ぴーっ

碇シンジの携帯が鳴った。電話ではなく、自分で合わせておいたタイマーだった。
「あ、そろそろ行かないと乗り継ぎに間に合わなくなる」

「へんなところで抜け目がないのね、アンタ」
感心呆れながら惣流アスカがいう。これで、ひとまずお開きだ。
「ミサトさんに怒られたくないから」

お子様・・・・・

口には出さないものの、ほぼ全員が内心でつっこんだ。


「それじゃ、また明日」
「ヒカリ、夜電話するから」
「ふんふんふんふん・・・・・・」第九のハミング
「・・・・・・」

チルドレン・カルテットが行ってしまうと、地球防衛バンドはようやく沈思黙考の時間がとれた。とりあえず、目鼻はついてきた。あとは、よく歌える口を・・・・・。

鈴原トウジは口をへの字にして腕組みをする。
「どないしようかのー」







ネルフ本部 第三実験場

エヴァンゲリオン初号機 開封確認 及び 再起動シンクロテスト

グワンッ

双眼が雷光を発して四辺を威圧する。天井突き刺すようなシンクログラフの伸長速度。
神経はその内包する莫大なエネルギーを高速で駆け抜けて遅滞なく隅々に満たす。
その巨体に追随する感覚器を模した計算機械のしもべ達が主の再臨に歓喜の歌を歌う。

人も・・・・機械も・・・・そして他のエヴァ達も・・・・今、知らされた。

エヴァンゲリオン初号機、完全復活の刻を。




管制室

「まるでブランクを感じさせないわね・・・・テストさえも受けていないというのに。
感覚もそのままで」
「まさしく、エヴァに乗るために生まれてきたような子ですね」
「そうね・・・・」
「何、ミサト、気のない返事ね。」
「そういうわけじゃないわ・・・。確かに、シンジ君は凄い」

けれど・・・・


「それでは、続いて連動試験に入ります。いいわね、シンジ君」
「はい」
連動=一続きに働かせる機械の間の運動が統一的に行われるように、連結してあること。そのある部分を動かすことによって、他の部分も統一的に動くこと、だ。
「エヴァのススメ」にはそうある。こう聞くと、うーん、えう゛ぁって機械なんだなあ、と思う碇シンジ。惣流アスカに言わせると「早い話が・・・・今回の場合はリハビリみたいなもんね、手がちょんぎられてたわけだから、くっつけてみて上手く動くかどうかとか見てみるわけよ」と、こうなる。うーん、エヴァって人間みたいだね、とも思う。


左手の動くイメージ・・・・

ぐぱ、ぐぱ・・・・・・・動く左腕


「とくに・・・・問題は・・・・ない、わね」
密かに構えていた赤木博士。この所は大人しくしていたが、なにせ今までが今までだ。

恨みはらさでおくべきかあっっっ!!!と、急に襲いかかってくる可能性がないでもない。もちろん、固めたのは自分たちではないが、左腕にそんな良識を求める気はなかった。

「シンジ君、具合はどう?」
「とくに・・・・なんでもないですけど」

機構的にも特に問題点は検出されず。さすが自分の仕事だ。とりあえずは既知の領域を完全に慣らしておいて、それからだ。初号機に泣かされることが多い赤木博士はとりあえず満足する。

エヴァ零号機、弐号機、四号機の定期試験も特に問題はなし。

碇シンジはその後、身体の各種検査があるため残される。





パイロット女子更衣室

惣流アスカに綾波レイ

ここを使用するのはこの二名しかいないのだから、そして使用する時間も大体、同じであるから閉ざされた空間に二人きり、ということになる。

無機質の沈黙がおりていた。・・・・・ふたりとも喋らないからだった。


初めはこうではなかった。惣流アスカも口から先に産まれたというほどにはお喋りでもないつもりだが、黙んまりというのも好みではない。エヴァのパイロット同士、それなりの会話、コミュニケーションがあってもよい、というか、それもある程度の必然だと思い、話しかけたことがあった。

が、結果は惨敗。
勝ち負けもなかろうと思われるであろうが、惣流アスカとしてはそのように感じた。
その水のような無関心な態度にいくら話しかけても映るのは自分の姿のみ。
しまいには、自分自身の言葉があぶくに変わっていくようで・・・・・
さすがに頭に来て嫌みのつもりでこう言った。

「アンタ、命令がなければ人と話もできないの」

「そうよ」

ここで惣流アスカは努力の継続を放棄した。

ファースト・チルドレンが自分を嫌ってそういう態度に出ているのか、はたまたそういう教育を受けたせいなのか、それは分からない。
ただ、口をきかなくとも死にはしない。作戦行動中は正確に命令に従って動くみたいだし。ファースト・チルドレンだろうと綾波レイだろうと、どっちでもいいわけだ。

向こうにしてみれば、こっちはただのセカンド・チルドレンで、惣流・アスカ・ラングレーでなくてもかまわないわけだ。同じくエヴァに乗れて、使徒を倒すという目的を戴いているがゆえに同席しているだけのことで。時間と目的が重なっているだけのこと。
目の前に現れて、その目に映っているのは・・・・影みたいなものか。水影だ。

仲良くすることだけが全ての道ではない・・・・・

人と関わろうとしないのも、己を研ぎ澄ましてエヴァに乗るためかもしれないし、仲良くしてしまうと、あとが・・・つらいからかもしれない。
一旦、エヴァにシンクロできなくなった惣流アスカとしては、もし綾波レイがそうして己を保っているというなら、責めることはできなかった。
どこか、修道女のようにイエスのことだけ、神のことのみを想い続けて俗世間と縁を切って精神の高みに登っているのと同じく、綾波レイもエヴァ零号機のことだけ考えて、シンクロし起動させる力を保っているとしたら・・・・文句をいう筋合いはない。

自分たちは・・・すべてに先駈けて・・・・エヴァのパイロットであるから

キリスト教文化の欧州ドイツ、ギルで教育を受けて、孤独の痛みに絞り上げ続けられた惣流アスカの頭のどこかには、感性のようにしてそんな考えがある。

が・・・・・同時に、第三新東京市に在住の十四の小娘、惣流アスカさんとしての思考がある。

ふん、頭ガチガチの無愛想女。ハードボイルド、じゃなくて、ありゃハードコールドね。
あれだけ冷たけりゃ、そばにおいといたトウフで人が殺せるわねー。隅っこ使うんだったかな。・・・それにこの時間も少しのがまんがまん。別に同居してるわけじゃないんだしさ。・・・・ケド、もしかしてシンジじゃなくて、女同士ってことでファーストと同居なんてことになってたら・・・・・恐いモンがあるわね。


しかし、真面目さにかけてはというか・・・・それから・・・・・第三新東京市に来てるパイロットの中では一番の古株ってことになるわけだし・・・・

アンタが一番、渚が二番で、アタシが三番で、シンジがビリ・・・・ってことになる。
とにかくなるのよ。

その無口さも、愚痴や弱音もきけそうもないなら・・・・それはそれで・・・・。

やっぱり、「ファースト」か・・・・。



「初号機・・・・シンジはうまくいったかな」

着替え終わってロッカーを閉めてから、ほろっ、と惣流アスカは言ってしまった。
何の反応もないか、または辞書的反語表現が返ってくるのは分かっているのに。


とん、とん、


肩のあたりに軽く叩く感触。・・・・・・・・?

ほかにはだれも・・・・いないわけだし

めずらしいこともあるもんね・・・・・・。