エヴァは今日も強かった







七ツ目玉エヴァンゲリオン 

第十五話「疾風ワルツ」






「フフ・・・・・おいでなすったわねえ」
腕組みしての余裕立ち、葛城ミサトはモニターを見上げて鼻で笑った。
その眼光が「バカめ」の軌跡を描きながらモニターに映されている存在を射抜いている。いってみれば、「おまえはすでに死んでいる」状態。無敵の万全体勢といってよい。


モニターに映されているのは、まごうことなく、「使徒」であった。


一言で言い表すなら、「いないいない バビョーン!!」型な使徒。

サイケデリック・フライング・目玉焼き型だとも言えないこともない。
シュールリアリスムでシンメトリックなフォルムをもつ異形の使徒。
下手をすれば、死にかけた場末の薬屋のオマケについてきそうな感じである。


だが、外見はともかく、突如インド洋上空の衛星軌道に現れた今回の使徒はともかくでかい。サイズにして過去最大、しかも自らの体の一部を切り離し、それを落下爆弾として用いるという、なんとも豪快な荒技すら持っていたのである。ATフィールドとの相乗効果により、その威力は・・・・とんでもない。文字通りに、大地をへこましてくれるのだ。

しかも、その中央にあるでかい目玉はダテではないのか、何回かの誤差修正の後、確実に本部を狙ってくるのはまず、間違いなしとありがたいマギのお墨付きをもらった。
つまり、もうしばらくすれば「本体ごと第三新東京市、ネルフ本部に落ちてくる」わけである。デリンジャー隕石跡も問題にならないほどの・・・・赤木博士いわく、「富士五湖がひとつになって太平洋とつながるわ・・・」惨状が待ち受けているわけである。
恐竜が滅びたのは大隕石落下が原因という説もあるが、このまま使徒が落ちてくれば人類も滅びてしまうのだろうか。


今回の使徒は「弱い!ラッキー!」どころか、赤丸印の「強い!やばいぜ!」レベルなのである。ちなみに名前は「サハクィエル」。裏死海文書・使徒名鑑にも載っている。



こんなの相手に打つ手があろうはずもない、あとは人間に出来るのは逃げ支度だけ。



・・・・・の、はずなのだが・・・・・


総司令碇ゲンドウ、副司令冬月コウゾウのそろっての本部不在につき、留守を任されている葛城ミサトは、半径五十キロ以内の全市民の完全避難・・・・特別宣言Dー17を発令することもなく、通常のシェルター内の避難で済まし、松代へマギのバックアップを頼むこともなかった。これはもちろん、「危ない橋もみんなで渡れば怖くない」ということでは、ない。




なんのこたあない。奇跡を起こすまでもなく、勝つのが分かっているからだった。




「それじゃ・・・・四人とも。いいわね」

大体、使徒相手に「勝ったな」などと余裕をかましているとろくな目に合わないのは、これまでに学習してきたはずだ。

だが、今回は違う。あきらかに、違った。その小揺るぎもしない自信に満ちた眼の光。

たしかに、成層圏から飛来する超巨大な異形の使徒は、戦闘意欲のみならず、人々の希望すら捨てさせるに十分すぎるほどの貫禄である。これに立ち向かおうとするだけで、多大な精神エネルギーを必要とし、余裕など持てないはずだ。実際に対抗する者たちの肩にかかる重圧はどれほどのものか・・・・。天から下るこれを、戦いといえようや・・・・。



「いつでも来なさいって!渚あ、今回だけはアンタが主役よ、ミスんじゃないわよ!!」第三新東京市ゼロ・エリアよりやや南寄りに配置された四体のエヴァ。
エヴァ弐号機、惣流アスカの声には、ハッタリではない高らかな勝利の予感がある。


「君にしては珍しく、謙遜だね・・・・」
揶揄、なのかどうなのか、ともあれ、四体のエヴァの操糸をまとめているのはこの少年。四号機、渚カヲル。使徒の落下点を見抜いたのも特筆ものだが、今から執り行う作業に比べればさほどのことはない・・・・。


「へー、珍しいこともあるもんね。この後さあ、雨でも降るんじゃないのお?」

「降ってくるのは使徒だよ。・・・・そういえば、今日の天気予報って、どんなマークになってるんだろうね」

「・・・・・・・・」


初号機碇シンジに、零号機綾波レイ。エヴァ四体揃い踏みであるが、重圧のじゅの字もない。たしかにエヴァは強いが、使徒も強いのである。いくら落下地点が初めから分かっているとしても四体がかりでも受け止めることはまず、無理。受け止めても大地がもつまい。

だが、この余裕・・・・・・油断、でも増上慢でもない。言うなれば。

そろそろネルフは「ケンカ慣れ」してきていたのだ。

そして何より・・・・・勝つ方策をきちんと立てていたからに他、ならない。



作戦開始、零時間がやってきた。






一閃

第三新東京市から天頂に向かって伸びる赤い、軌跡・・・・・・
雲も空もつんざき、何物にも遮られることのない、無限の軌跡・・・・・・

その源にある、エヴァ四体から構築される無限階層型ATフィールド。
現代に突如として現れた、それはバビロンの塔。

AT Field Babylon Tower

「われは天に登り、わが玉座を神の星々の上に据えよう。・・・・われは雲の高みの上に登り、至高の者の如くになろう」

塔(ミグダル)エ・テメン・アン・キ

「ヤハウェは下り、町と人の子らの建てた塔を見た。ヤハウェが言った。見よ、彼らは一つ民でみなが一つことばである。これを彼らは成し始めたのだ。これから彼らの企ててあたわぬことはなくならう。さあ、我ら下ってかしこで彼らの言葉を乱し、誰も互いの言葉を理解できなくしよう」


聖書の時代、神に辿り着かんとまたは、凌駕せんと人間は、果てもない塔をつくった。
しかし、それは神の逆鱗に触れた。雷により、塔は粉々にうち壊され、その罰として人間はお互い、言葉を通じさせることが出来なくなった・・・・・。

だが、この時代、人間は使徒を倒すために再び無限の塔を造った。

「そして、われわれが全地の面に散らされぬよう、印しをつくろう・・・・」

それは、その地に喰ひ止めておくための「シエム」、漂流をふせぐ、大地の碇・・・・


ロオオオオオ・・・・・・ンン

その垂直上昇線は、たえまない流れとなって決して止むことのない永久機関の稼働の証。

発令所は、自分達のアソートを見届けるために沈黙に包まれるていた。
手に汗握り、葛城ミサト、赤木博士でさえも。赤い軌跡を見届けている。




「創造神ニャッペは、最初の人間カムヌとその妻を創ったが、カムヌは神のすることを片端からまね、さらには野獣をうまく狩るようにさえなった。神は不安を覚え、カムヌの目に届かないところに身を隠したが、カムヌはすぐに探し当て、再びつきまとった。・・・・・・神がついに天に逃れるとカムヌは高い塔を作って天に昇ろうとした・・・」
穏やかに、その光景を確かめながら語るのは、霧島教授。
「アフリカのロジ族の神話ですが・・・・」

「ほお。それでどうなりますかの」
年寄りは血も沸かないし肉も踊らないが、物事がよく見える。終わることは特に、よく。
作戦顧問、野散須カンタローが聞いていた。



ロオオオオ・・・・・・・・・


使徒、そしてコアは、その通過点に過ぎなかったのかもしれない。
やすやすと、そして正確にコアを貫くと、星の世界に届いた。いつかは朱死として完全の虚空に消え去ってしまうのだろう。




「パターン、消滅しました!」
結局、大地の感触を味わうこともなく、使徒は空の半ばにして砕け散った。
あとは天が焼いてくれるであろう。



「そういうことです」
「そういうことですかな」
霧島教授と作戦顧問は頷き合う。




「ほい、これで作戦終了っと。みんな、おつかれさーん、っと」
さすがに碇ゲンドウと冬月副司令が後上部で見ていれば、ここまでは言えないが、実際、いないのだから、遠慮なしに今の気分で表現してしまう葛城ミサト。ちょろいもんよ。

責任者がこんな調子であるから他は推して知るべし。

「ちょろい、ちょろい。このメンツにかかってこよーってえのが、そもそも間違いだっていうのよねーぇ。・・・ま、渚、アンタもやっぱ決めるところは決めてくれるわね」
「カヲル君、順番が逆さになってるんだけど、アスカが言いたいのは・・・・・」
「うん。分かっているよ、シンジ君。・・・だけど、これはぼくたちの誰が欠けてもなし得なかったことだよ・・・」


「・・・・カヲル君・・・・」
「・・・シンジ君・・・」


「あー、コラコレそこの男子パイロット二名、雰囲気を作らないように」
葛城ミサトが半畳を入れる。見ているこっちが恥ずかしくなってくるわねー、と。

「うぬぬ・・・・バカシンジの分際でこのアタシの心情解説なんて二百億年早いのよ!!
人情のキビもわかんないくせに!」
「人情のきび?よく知ってるね、そんな言葉。アスカ」
「・・・ったり前でしょ。昔むかしモモタロウが犬と猿とキジに団子をやって子分にした。
そして、鬼と戦ってパーフェクトな勝利をおさめた。・・・”キビ”があれば、団子程度でその位の芸当が可能になって、家来が動物だけでも強敵相手にも勝つことが出来る・・・そういうことよっ!!」
自信満々に言い放つ惣流アスカ。碇シンジをよくバカ呼ばわりするが、こう言うときは、バカだった方が救いがあるかもしんない・・・・・。


「きび・・な・・・・じゃないわ・・・・・それは、絆・・・・」
我関せずの、いつもの綾波レイだが、ちょっと引きずられたのは、疲れだろうか。


「それはウソだよ。きび団子のきびは、人情のきびじゃないよ」
エヴァのパイロットである以外はふつうの、優等生でも暴走族でもない碇シンジは漢字を知らない。とはいえ、うまく説明はできないのだが、違うことは分かる。
「違いますよね、ミサトさん」
「アタシの方が論理的に正しいわよね、ミサト」

「まあ、まあ、行司はあとでやってあげるから。サクサク戻ってらっしゃい」
ふいふいっと手を振ってなだめてしまう葛城ミサト。さすがに慣れている。
(平然としてるな・・・葛城一尉。家でも毎日あの調子なのかな?)
(なんだか・・・・小学生の先生って感じですよね・・・・もちろん、いいイミですけど)

「「はーい」」・・・・オペレータ達の指摘もまんざらではない。





エヴァの回収作業に移ろうとしたその時、ちょっと葛城ミサトは四号機の足を止めさせた。
他三体の回収に発令所は動き出しているので、その会話は赤木博士以外には聞かれない。
「渚君」

「どうしました」

「今さら、こういうのもなんだか変だけど・・・・・言いたいから言っておくわ。
あなたが来てくれて良かった・・・・・・・ありがと」

最初、この少年を出迎えた時は、正直、どこか厭わしくさえあった。勝手な話だが。
碇シンジの消失。その恐怖の再生。予感する子供の死。繰り返す不吉なヴィジョン。
零号機は起動せず、頼みの初号機は消失、愛機の四号機は届かない、使徒は遠慮なしに来るわ、本部の中は暗いわ、で出来ることならば誰も来たくない最悪の状況の中に、ふっと降り立ったこの少年は、穏やかな笑顔を浮かべたまま・・・・焦る様子もなく事態を見守り続けた・・・・・・こんなことがこの歳の子供に出来るのか?他の誰が・・・・・。
使徒との戦闘を拒否しても良かったはずだ。それは、この少年の任務でも使命でもない。

だが、弐号機と四号機を駆り、戦場の表舞台から、そしてエヴァのパイロット・チルドレンとして、精神的バックボーン、裏方さえ務め支え続けた。それを少年が望むようには思えないし、おそらく流儀でもなかろう。使徒来襲による状況の要請に応え続けた結果。

ずっと・・・・・

こうしてフォーメーションが整い、なんとか戦陣の目鼻がつくようになるまでに。
長い、おそろしく長い。選ばれし者の、不安と重責のみがあったはずだ。面に出すこともない。使徒と戦い続けてきた。なんとか勝利を組み立てられるほどの力が育つまで。

これは、そうした勝利。いつも、誰よりも望んでいた、予定調和の勝利。
だから、葛城ミサトは礼を言った。

渚カヲルはうすく笑みをうかべて、「そうですか」とだけ、こたえた。




だが、そんな発令所の中で、唯一人、その勝利に満足しない人間がいた。
「勝ちすぎ、じゃの・・・」
作戦顧問、野散須カンタローである。そして、その懸念はすぐさま現実のものとなる。







次の日 第三中学校 二年A組


「文化祭の時の写真が出来たんだ」
と、言ったのはやはり、相田ケンスケ。昼休みのことである。
なんとはなしに、あれ以来八人というちょっとした大所帯で昼食をとることになっていた。
クラスの中も、そろそろ文化祭の余韻が治まりつつある。

余熱が冷めやらぬ時は、話でもって十分、その時の興奮がよみがえる。
少し、時間が経ってみると写真が記憶の助けとなって、また別種の味わいがある。
蒸し返す、とはちょっと違う。余韻のある時は、他人の目からの自分の盛り上がった姿を見たくないもの。リアルタイムの思いはかなり本人にとって都合がよかったりするものだ。

時間をおくことで、距離をとることができるようになる。
ハレの自分を、どちらかといえば他人として見てしまう不思議さ。
祭りの時の写真には、そういう面白味もある。

が、相田ケンスケが自分でしっかり事前にセットしておいて、自分達の写真を写したのは
まあ、単に、必要だったからだ。・・・・いろんな意味で。
ポラロイドでなくとも、写真の焼き上がりは時間がかからなくなっている現在、相田ケンスケが日をおいて写真をみせるのは、そんな意味もあったかもしれない。
実際は、もうちょっと即物的理由が強いのかもしれないが・・・。


「へえ、どれどれ・・・・・・うわぁ・・・よく撮れてんじゃない!」
何枚かシャッシャと斜め見た惣流アスカだが、すぐに繰る手を止めて見入っていた。
自分の写真に微塵の照れもなく言い切るのは性格というものだろうが、実際、うまいこと
映っているのだ。

「ほんと。でも、相田君はステージにいるのにどうしてこんなに上手く撮れてるのかしら」
そばかすのせいで、あまり写真などを好まない微妙な年頃だが、これにはまんざらでもない顔しての洞木ヒカリが問う。タイマーにしても、ずいぶんとツボをおさえた写真なのだ。

「フフフ・・・・それは企業秘密ってやつさ」
俯き加減にして眼鏡を押し上げる相田ケンスケ。

「他にも、けっこう撮っとるのお。・・・・撮るだけで楽しめんかったんと違うか?」
ステージだけでなく、そのあと祭りに校内各所に繰り出した光景もかなりたくさんある。
記念になるのはいいが、これを映した人間・・・・ケンスケはかなり大変だったんと違うか。あの時はすっかり舞い上がっとって気づかんかったが。

こういうことが分かるから、鈴原トウジはバンマスがつとまったのだろう。

「ああ、そうでもないぞ。俺、写真撮るの好きだしな・・・・それに」
山岸マユミの方を見る。まあ、そういうことさ。

「・・・・・・ふむ」
ちょっと疲れたような感じの渚カヲル。もし、写真をとられて魂が抜けるというのが本当なら、この少年の魂は欠片ほども残っていまい。コンサート終了後、まさに荒波にさらわれるようにして女の子たちに連れて・・・半ば強奪状態・・・・いかれた渚カヲルは、イヤというほど写真に撮られたのだ。相田ケンスケが撮る必要もない・・・というか、これ以上はあまりに可哀想なほどに・・・・



「綾波レイと空き缶浮世絵の図」
なんだか異様な構図だが、それをじっと見ている綾波レイ。
そこは校舎の影になっていて、静かだったのでそこにいたのだろうが、そんなシーンも相田カメラは見逃していなかった。しばらくすると、惣流アスカらに引かれていくのだが。




それから・・・・・碇シンジの写真。プラス、霧島マナ。

写しまくられて当然、あってしかるべきそれが、意外なことに一枚しかなかった。
その一枚も、ずいぶんと「特殊な写真」なのだが・・・・。

そのために後夜祭の写真は一枚も撮れなかった、という曰わく付きの一枚だ。
相田ケンスケもこの一枚は写す気はなかった。が、結局、写真になってしまった。

あとで、シンジに一枚だけのそれを渡そう・・・・ネガも破棄したし、な。


鋼鉄のガールフレンド事件の幕を下ろす、ラスト。ふたりのファースト・キスシーン。

間の悪いことに・・・・それを偶然というのだろうが・・・全校生徒が見ている前での。そもそも、それ自体が偶然の産物ではあったのだが・・・。

霧島マナは帰っていったのだが、それが後を引いているのかどうか、碇シンジは分かりにくい。霧島マナのことを尋ねても、照れる様子もなく平然と答える。
相手が碇シンジだけに、最後のアレについて聞き出す勇気を持つ者は・・・・・・・・・

いないでもないが、それについてもちょっとだけ頬を染めて頭をかく程度で、いまいち判然としない。普段の行いの積み重ねがなければ、「遊び人シンジ」という名誉ある称号を受けられたところだったが・・・・平穏な日常は平穏なままに、続いていた。


もしかして、アレが原因でせっかくの淡い恋心の芽生えも、ぱー。
いわゆる、「ド失恋られた」のではないか、と一部から推察の声もあがってはいたが、未だ真偽のほどははっきりしない・・・・。


鈴原トウジも、相田ケンスケも、渚カヲルも、知らないのだ。
それから惣流アスカも知らない。どうも、この件に関しては自然体秘密主義でいく気配の碇シンジでは、当分はっきりすることはないだろう。
本人は、綾波レイと山岸マユミのピアノ連弾の写真をみて、にこにこ笑っている。


「もちろん焼き増しするからさ。好きなやつをこれにマルつけてくれよ。あ、裏にナンバーが打ってあるからさ」
藁半紙の受付用紙を各人に渡す相田ケンスケ。手慣れている。準備がいい。
体育館では、けっこうカメラを持ってきている生徒もいたが、これほどの写真はそうそうあるまい。が、その準備をハナから無視する人間もいたりする。

「アタシの写ってないのもけっこうあるけど・・・・ま、一応、全部もらっとくわ」
写真から目を離さずにこともなげに言う惣流アスカ。
「ぼくも、全てもらっていくよ。記念になるからね・・」
渚カヲルも。もちろん、無料であるとは思っていない。金銭感覚とは別の、それは、感情によるものである。衝動買い、といってよい、かもしれない。

ありがたいやら、あっけないやら。しかし、「まいどありい」と言うしかない。
渚カヲルはあの荒波状態の写真をけっこうもらっているはずなのだが・・・・。

「えー・・・・じゃあ、これとこれと・・・・・これもいいなあ・・・・・」
ちまちまと選んでいる碇シンジ。当然のことだが、鈴原トウジが焼きソバかっこんでいる光景のアップなどは買わない。



「・・・・・・・・・」
自分でこんなものを買ってよいのか・・・・・判断、いや理解しかねている風の綾波レイ。同じエヴァのパイロットが買っているのだから、悪いことではないのだろうが・・・。

欲しい、とはさして思えない。自分には必要ない・・・・・。
が、じっと連弾の写真を見つめていた。

が、別の視線に気づいて瞳をあげる。

山岸マユミがこちらを見ていた。連弾の相方。プリモとセコンドは入れ替え入れ替えやったのだが、とにかく相方だった。少しの間のコンビ。
「あ、綾波さん、買わないの・・・・?」

「・・・・・・まだ、わからない」

「そ、そう・・・・・この、この写真なんか・・・よく撮れてて、私は好きなんだけど」

「そう」
これで、連弾のコンビを本当に組んだのだろうか、という会話だが、綾波レイは山岸マユミの指さした、なにかライトのあるいは写真の加減なのかどうか、、ほんのちょっとだけ綾波レイが微笑んだように見えるその写真に、マルをつけた。
「そ、それから、こっちのも・・・素敵な気がするんだけど・・・・」

「そう」
まる。

「みんなで最後に撮った写真も買っておくと・・・・記念になるし、いいんじゃないかな」

「そう」
まる。


「全部もらっとけば?」
なんともドンブリな言いようだが、一応惣流アスカなりに気を使ったのだ。

「そう」
ぜんぶ、まる。は、しなかった。



「・・・・・・・うっ」
鈴原トウジはけっこう悩んでいた・・・・・。金銭的なことではない。買う枚数は自ずと決まっているからだ。硬派は野郎の写真も女の写真も買わないのだ。買うとすれば、それは友情の、「みんな」系の写真しかない。まー、一部ウソが入っているが、美学というのは現実を超越するものであるから許して欲しい。だが、人間の購買欲は現実的なものだ。
どういう具合か、相田ケンスケの友情か、一枚だけ、洞木ヒカリと鈴原トウジのツーショットの写真があったのだ。どういうわけか、それが欲しくなった。
だが、硬派がそんな写真を買ってもいいんか!?別にイインチョーの顔なんぞ、毎日、イヤっちゅうほどおがんどるやないか・・・・・・不経済や・・・・・そやけど


「あっ、これ買おうっ!」
ひょいっとばかり、鈴原トウジの前からその写真をさらうのは・・・・洞木ヒカリ。
そして、ナンバーを確かめ、あっさりマルをつけてしまう。


「ぐうっ・・・・・・・まだワイは修行が足らんというんかっ・・・・・・!」
どんな修行か知らんが、とにかくマルだっっ!!の鈴原トウジ


「ところでトウジ、これはもちろんお前が買ってくれるんだよな」 「おう?なんの写真や・・・・・うわちゃあ!こんなモンも撮りよったんか」 追い打ちをかけるようにピッと差し出される写真。それは、祭りの華・・・・早い話が、ケンカ乱闘の光景である。鈴原トウジと、よその学校の子らしいスポーツマン系の男子が 公衆の面前でどちらも一歩も引かずにやりあっている。
「はあ、ムサシの奴かいな・・・・」 なんともいえず男臭い笑みを浮かべる鈴原トウジ。文字通り、拳で語り合った仲だ。
「ええで。買うてやる」
「まいどありい」
ケイタの奴にも何枚か、秘蔵のショットを送らないとな。山岸マユミとのツーショットを写して貰った相田ケンスケは、頭の中でそんなことを考えていた。

そんな調子で終わってしまう昼休み。今日もまた真夏日である・・・・・・。






ネルフ本部 総司令官執務室

「どういうことでしょうか?」

珍しい、赤木博士の喧嘩腰。学生時代にも冷笑を崩さず、ついぞ見たことのない表情。
「言ったとおりだよ。赤木博士。フィフス・チルドレン、渚カヲルとエヴァ四号機を第二支部へ転属させることになった」
・・・・・表向きはな、と副司令冬月コウゾウの顔にありありと出ている。

「ちょっ、ちょっと待って下さい!使徒の侵攻は終わったわけではないんですよ?!
ここで四号機に抜けられることは大幅な戦力ダウンです!」
南極から戻ってすぐに何を言われるのかと思いきや・・・・・あまりといえばあまりに予想外な辞令に開いた口が塞がらない思いだが、黙っているわけにもいかない葛城ミサト。

「元来、エヴァ四号機は戦闘用ではない・・・・初号機が戻り、本来の機能を果たしている以上、こちらも返還要求を退けるわけにもいかん」



・・・・・・・・本来の、機能・・・・だあ?
葛城ミサトはブチ切れそうになった。副司令のその言葉が何を差しているのか瞬時に斬られるような痛みとともに理解した。
先日の戦闘だ。上の方でどんな談合がされたのだか知らないが、大方見当はつく。
あれだけ戦えるのであれば、エヴァを四体とも日本の本部に集中させとくのは色々と・・・・美味しくない。はっきりいってやると・・・・マズいわけだ。
三体もあれば、この先も楽勝でしょう、楽勝。四号機を他の仕事に回した方が効率的ですな・・・・・わはははのは、てなもんでしょ・・・・・・。



だが、現実は、現場は、どれだけの目にあいながら、使徒を退けてきたことか・・・。


どうせまた、使徒は来る。ここで回想している余裕はない。が、その中で渚カヲル、エヴァ四号機が果たしてきた、または、これからも果たすであろう役割のことを考えると・・・・・怒りよりも何よりも、作戦部長としては眩暈と頭痛がしてくる・・・・。
先日の戦闘にしたとて、渚カヲル、エヴァ四号機の「両者」がいなければ実現不可能、ここネルフ本部は今ごろ太平洋の藻屑だ・・・・。あー、頭痛て。


じゃあ、四号機を留めるためには、いつも死にそうな、ギタギタの目に合いながら、ようやく使徒を倒せ・・・・とでも言うのか?言えるのか?・・・・・誰に!




結局、頭痛では、済まなくなっていたのだ。もう・・・・いつの頃からか。

「これは明らかに失・・・・・!」
「・・・・・移送のスケジュールを」

烈火の如く猛り狂おうとする葛城ミサトの舌鋒より、壱秒、氷の棺が閉ざされるのが早い。


「リツコ・・・・・?」
「四号機は明後日。パイロットは一週間後だ」

碇ゲンドウがいつもどおりの鉄の声で返答したのは、これが絶対の決定であることを意味する。変更はない。だが、冬月副司令がわずかに目をやった・・・・・。

「はい」
喉に剣を突き落とすような響き。いかなる感情をも浮かばせない・・・・感情を被る面。一言の反論もなしに、赤木博士はその命令を、その事実を受け入れた。
それで、処理してしまった。叫ばないアキュームレータはいつも正確に。

退出する作戦部長とE計画担当博士。


「結局、第壱左眼窩(エフェソス)使用法は分からずじまいか・・・」
二人が退出した後、謎の言葉を吐く冬月コウゾウ副司令。


「そろそろあの二人が”カイン”と”アベル”を持ち帰ってくるが・・・・・」


「零号機への”移植”はまだ先になるか・・・・・」




碇ゲンドウは無言。時計のないこの執務室にも、確実に時は流れていく・・・・・。



天井に広がるセフィロトの樹。いかなる知恵を用いても、その流れを止めることも逆らうことも出来ない。ただ、絶大な代償を払って、針を進めることは、できる。



「まだ時間はある・・・・・」







「くそっ!!一体全体い・・・・・・・何考えてんのよ!!上はあっ!!」
今の葛城ミサトには近づかない方が賢明である。声をかけるなど、論外。
激怒する人間の吐息というのは、猛毒である。近寄った生物はゴロリといく。

使徒でもくれば話は別だが、こんな精神状態で仕事などできやしない。
はっきり言って、今腹の中で暴れ回っているこれをぶちまけたなら、志気に拘わる。
エヴァ四号機の強さは管理用だろうがなんだろうが、折り紙つきだ。頼りになる。
強いことは強いが、どうにも出鱈目な初号機とはわけが違う。
それに、エヴァ四体のチームを束ねているのは、惣流アスカでさえ内心は認めているのだろう、四号機と渚カヲルだ。戦闘能力は言うまでもないが、スキルにおいて抜きんでている。エヴァの操作においてパイロットの立場から指導を下せるのも、この少年しかいない。

「四体もエヴァがあればその気になれば世界を滅ぼしかねまい・・・わずかなミスで」
余計えなお世話よ!このタコ!!自分の中の良識バランスをタコ呼ばわりする。

多い少ないの、戦力の過多過小の問題ではない。四体で一つ、なんて十昔前の合体ロボットみたいなこたあ言わないけれど、よっつのエヴァがあるべき所に配置されているゆえの強さ。四方を守る守護者が四人でちょうどよし、バランスが今の状態で満ちている。
誰が欠けてもお話にならない・・・・レイも、シンジ君も、アスカも、そして渚君も。


重要な指揮指令塔を今、取り上げられようとしている・・・・・。



「あったく・・・・・冗談じゃないわよっっ!!」
葛城ミサトは吼えた。昼間から、ずいぶんとみっともない話だが、正直やりきれないのだ。地底湖湖畔にて、不機嫌の原色スプレーを思う存分塗ったくる。ふんっ・・・・くそっ。



「・・・・・・・」
対照的に、金の髪もなにか、枯れてしまったような赤木博士が隣で水面を見据えていた。目つきが、尋常では、ない。

「リツコ・・・・・あんたもあんたよ。何も言わないでさ。そりゃ、司令と副司令相手に結局、なに言ったってムダってこたあ、あたしも知ってるけどね、いくらなんでもあんなすぐさまスケジュールの話なんて・・・・・・」
酔っぱらいのクダ巻きだ・・・と自分でも思いながらも言わずにはおれない。
赤木博士の方が辛い・・・・・。短い間でも、一緒に住んでいたのなら・・・・

「この話、よかったのかもしれないわ・・・・」
ぽつん、と小石を投げるような赤木博士の一言。あまりに唐突にして意外で、葛城ミサトの逆鱗には、かろうじて逸れた。




「実験場に戻れば、使徒との戦闘の必要もなくなる・・・・・・」


「リツコ・・・・・・・・・」



「今の、聞かなかったことにしてね。ただの・・・・・」

ただの・・・・なんだったのか。葛城ミサトは聞かなかった。聞けなかった。
いくらでも正当な言い訳はついただろうが、口に出来ないのだろう。赤木博士にして。



沈黙がおり、紫煙が長くたなびいていった。




「・・・・ミサト、あなた、渚君が来た日のこと覚えている?」

「・・覚えているって言うか・・・・迎えに行ったのはわたしだけどね」
「なぜ駅なのか・・・・疑問に思わなかった?」
そんな余裕などなかった。が、そう言われてみると、確かにおかしい。空路を使って日本に来たはずの渚カヲルがなぜ新箱根駅で待ち合わせということになる?どこか研究施設にでも寄り道してきたのだろうか・・・あの天才少年なら・・・・いや、あの状況がそんな悠長を許すとも思えない・・・・では・・・・。
「ご両親の、お墓に参ってたのよ・・・・」
「え・・・・」
「父親、母親ともに天才的な科学者・・・・エヴァ誕生に深く関わった・・・・ファースト、セカンド、サード・・・チルドレンの分類方法を考案したのも渚君のご両親」
「なに・・・言ってるの・・・リツコあんた、顔色悪いわよ」 男性が怒ると沈黙するが、女性が怒れば饒舌になる。喋らせていいものだろうか・・・。 だが、同時に、自分でも酷薄だと思う好奇心が頭をもたげる。蛇のように。

じゃあ、フィフスの命名の意味は・・・・?

自分が知る限りでは、エヴァのパイロットにそれ以上の類はない。

「この二人くらいかしらね・・・・エヴァ製造の中で自分の思考をまとめ上げて理論まで昇華させようと考えついたのは・・・・・残念ながら果たされずに終わったけれど」 渚カヲルのご両親はたいそう立派で努力家な科学者でした・・・・そんな話ではない。 「その二人の考え・・・・理論は日をおうごとにまるで逆のベクトルをすすむようになった。常人には理解不可能なレベルで突き進む相克・・・・・相違・・・・さわりの部分を読ませて貰ったことがあるけど、私にも殆ど理解できなかった・・・・もどかしいけれど手が届かない・・・見上げるしかない高い場所にあることだけが分かるの・・・・・」
赤木博士はもはや湖面もみていない。水も空気も消える一つの線を凝視し続ける。


「便宜上、それは渚理論(甲)、渚理論(乙)と呼ばれているわ」

シ者の理論か・・・そりゃ、常人には分かりっこないわねえ・・・・。わかんなくてもいいわ。そんなコムツカシイこと。
「渚君の望みは・・・・その二つを融合させ、統一の理論を完成させること・・・・・」
両親の遺志を継いで、か。それは立派なことだけど・・・・いきなり人生の目標が勝手に決まっているというのも・・・・迷う必要もなくていいのかもしれないが・・・・・・。 「顔も知らぬ、声も聞かぬ、面影すらも残さなかった、彼が生まれる前に天に召された、ふたりの親のために・・・・」


葛城ミサトは一瞬、自分に何を言われているのか分からなかった。


だが、恐ろしく底冷えのする感情に襲われた。

「ちょ・・・・ちょっと待ってよ!!それって・・・・そんな・・・こと」

「そう。生まれた時より渚カヲル君は天才の跡を継ぐことを宿命・・・・いえ、強要された子供。そのために生まれた子・・・・。エヴァの申し子よ・・・・」

特殊な環境で特殊な教育を受けた子供であることは・・・・知っていたが、まさかそんな無茶苦茶な・・・・いくら偉い理論だか知らないけど、たかだか理論でしょ?人間が自然に対して各々勝手なことをほざいている証・・・・悟り、みたいなものになんで子供が。
「ほとんど眠りもしない、一人の夜の中で彼はずっと理論を組み立ててきた。・・・・・・・・そろそろ、完成するわ。”実験場”でそれを確認すれば・・・・・」

急な帰国はそのためもあるのか・・・・唇を噛む葛城ミサト。

「・・・・・リツコ、あんた、知ってたわけ・・・・今まで・・・・・」

「共同執筆者・・・とは言えないけど、サポートくらいはマギとしていたわ」

「それで帰そうってわけ・・・・・上も、司令も、あんたも・・・・・・」

「理論なんて、・・・・くだらない?それで使徒が追い返せるわけでもない・・・・・・・・・・それとも、感傷?」

これほど声が冷え冷えと、そして冴え冴えとしていなければ、容赦なくぶったたいていた。 銀の月のように、赤木博士の本音が現れ始めていた。

「確かに、ここで四号機と渚君を欠くことは、ネルフにとっては多大な損失。使徒との戦闘においてもこれ以上の苦戦を強いられるでしょうね・・・それだけ都市部にも被害が出るでしょう。多くの犠牲を払うことになるわね。おそらく・・・・」

「あなたが言おうとした通り、今、渚君と四号機を帰すのは失策です。それも、これ以上無い・・・・」

「でも・・・・・こちらの払うその多くの代償で、渚君は教えてくれるわ・・・・」


「何を?」


「エヴァ、そして使徒がどういう存在なのか・・・・その、意味は」


「下らないことだと笑ってもいいわよ・・・・・そこまでは浮き世離れしていないつもりだから。でもね、このままだとエヴァは単なる兵器で終わってしまうわ。私は武器の製造者・・・・使徒の来襲が止めば、今度は敵対する人間に用いられるのは目に見えている。 ギルのチルドレンでも乗せてね・・・・・エヴァ同士で争うことになるのよ・・・・・。
どーせ、さ・・・・



科学者って一体、なんなの・・・・・・ねぇ、母さん・・・・・・」



ぐすっ・・・・



「本当は行かせたくないんでしょーが・・・・・」








第三中学校 放課後の屋上

その日の夕暮れの暗紅色が未だ帰らぬ人影を浮かび上がらせていた。

渚カヲルである。いつもより、いつもより、やさしい微笑みをうかべて。
校庭の様子を、そして、もう黒く染まる市街の様子を眺めていた。

下校をうながす「遠き山に日はおちて」が流れている。

「歌はいいねえ・・・・・」
もうひとつの人影に問いかけたのか、はたまた独り言だったのか。
眼差しは橙昏の世界を向いたまま。


「・・・・・・」
人影は答えない。ただ、赤い瞳が閉じられることもなく、後ろ姿を見つめている。
綾波レイだった。


「ここで以前、もうひとりの君にあった。・・・面白い子だったよ」

「・・・・・・」

振り向くことはない。視線を合わせることはない。渚カヲルは本題に入った。

「”エフェソス”の起動方法を教えてもいいよ・・・・」
その声色はひどく、やさしい。魔法の鏡に映し出されない方法を知っている、この少年の。
魔法は、かからなければ術者に逆凪ぎにして戻ってくる。それが因果律だ。
だが、うしろに立つこの少女は、承知でその糸を切ってくるだろう。手を赤く染めながら。



「ただし、条件があるけれどね。・・・・・”ニフの庭”を見せて欲しいんだ。
以前、案内なしに見学させてもらったら、あやうく迷って凍死するところだったよ」


「・・・・つたえておきます・・」




「それじゃ、始めようか。左瞳から入ってくれ・・・・・防壁をあけておくよ」

渚カヲルがゆっくりと・・・・振り向いた。






葛城邸

「ふたりとも。ちょっと、話があるの」
夕食が終わって、葛城ミサトは子供二人を呼び止めた。

「なに?ミサト」
「なんですか、ミサトさん」
後かたづけの皿洗いにかかろうとした惣流アスカと、残った皿をラップにくるんで冷蔵庫にしまっている碇シンジが返事をする。料理も旨かったが、葛城ミサトの演技も上手かった。なんの自慢にもならないけれど。ただ、食事前にはとても出来る話ではない。


さらに言うならば、こんな話などしたくもない。「会うは別れの始めなり」なんてのは誰が言い出したのやら・・・・・・


葛城ミサトは、その話をするにあたって、わざと下手な方法をとった。
正攻法でいくならば、惣流アスカ、碇シンジと別々に話すべきだった。
話す内容、レベルがこの二人ではまるで違ってくるからだ。
配慮しいしい話すなら、それが混ざり合って、おそらく意味を成さなくなる。

それに・・・

渚カヲルという少年は、この子達にとって、一体なんなのか・・・・・

分からない。分かる「ふり」ができない。ゆえに、敢えて下手な方法をとった。葛城ミサトは子供たちの目前に事実をゴロリと転がした。



「エヴァ四号機専属操縦者、フィフス・チルドレン、渚カヲル君が以前いた場所に帰ることになったわ」







「よう兄弟、調子はどうだい」
「おお、生きてたのか」

そっくり同じ顔の・・・・無精ひげの散らばり具合も同じ・・・・人間が核爆発にも耐えられそうな頑丈トランクを計三つぶらさげて、ネルフ本部の通路をゆく。

加持リョウジに加持ソウジ。どちらも「仕事」で外国へ長期出張。ソウジの方が二つ提げているのは滞在が長かった分だろうか。特殊諜報部、その成果が入っているはずだ。

そのトランクには、生死両方に、強い匂いがこびりついている。


行く先は総司令官執務室。既に深夜であるが、男達には関係がない。
策謀は夜に動き始める。それを易々と走り去ってきた快足だ。




総司令官執務室

眼鏡を光らせ、ネルフ総司令碇ゲンドウが待ち受けていた。
両脇に、赤木博士、綾波レイ、冬月副司令、霧島教授らが立っている。

「こんな真夜中に皆さんお揃いですか。お待たせしました」

・・・・おやおや、作戦部長殿はまたしても仲間外れですか・・・・

・・・・ま、精神衛生上、こんなものは見ない方がいいがね。




トランクが開かれる。
「硬化ベークライトで固めてあると知りつつも、運搬中は始終冷や汗ものでしたよ」
「・・・出来ることなら他の者を選んで欲しかったですね。寿命が三年は縮まりました」


トランクに入っているのは・・・・・・・・・・・・・・・・胎児



または、それによく似た物体・・・・・・・・生物か・・・・・・眼が三つある。


瞼のない、むき出しのそれがギョロッ、ギョロッと動いていた。・・・・生きている。



「”アベル”です」
加持リョウジが告げる。


「そして、こちらが”カイン”」
加持ソウジが告げる。



形態は同じく。相違点はこちらは眼が四つあること。・・・・・生きている。


「硬化ベークライトに固められながらもこの生命力ですからね・・・・・専門家に、釈迦に説法するつもりはありませんが、取り扱いには細心の注意を。解き放たれたら、何しでかすものやら・・・・」
「ふ・・・・それはエヴァも同じことですがね」


空気が焦臭くなる。ヒトの気分を好戦的にする匂いだ・・・・それはトランクの中より

だが、ここにはその程度に釣られる弱い精神の持ち主はいなかった。



「そちらは何だね」
もう一つの開けられぬトランク。予定外の代物だ。危険物にはかわりがなかろうが・・。

「行きがけの駄賃、土産にと貰ってきたもんですが・・・・タイミングが悪かったですね」
そう言いつつも、最後のトランクを開く加持ソウジ。
「四号機の・・・・”義眼”よりはマシかと思ったんですが・・・・」

六連の・・・・・目玉の埋め込まれた、暗灰色の棘車輪・・・・・・・・これは、生物では・・・・ない。

ギョルッ ギョルッ ギョルッ ギョルッ ギョルッ ギョルッ

一斉に回転を始める黄色の目玉。生きている・・・・・らしい。

「試作ナンバー11,実験場での最初の成功例、”ハリネズミのアダム”です」







「ちょっと、ショックでかかったみたいね・・・シンジの奴」
黙ったままに自分の部屋に閉じこもる碇シンジ。テーブルの上にはラップをかけられたままの皿が放っておかれている。ざばざばっと洗い終えた惣流アスカが、葛城ミサトに声をかける。
「まぁ、ね・・・・やっぱり仲がよかったからねー」
笑みの形にならない、笑み。保護者の義務というものだ。が、
「不機嫌なカオ、してたら?ちょっとアタシも出てくるし」
「どこ行くの?」

「そこの自販機まで、よ。なにかご注文は?」

「べつに・・・じゃ、烏龍茶でもお願いしようかしら」

「へー、ミサトが烏龍茶?こりゃ明日は雨だわ。それで、シンジはメロンソーダ、と」
電話の横の和紙の小箱の小銭入れからちゃりん、と小気味よく取り上げていくと、惣流アスカはサンダルで出ていった。

リビングがいやに今日は広く感じる・・・・・。電灯も白々しく。

「・・・・そういえば、鈴原君たちにアスカの住所教えたの、渚君だっけ・・・・」


烏龍茶がくるのは待たない。遅くなりそうだ。



にんげんねもなくへたもない みちにさまようちりあくた

ときのながれにみをまかすだけ しょせんこのよはつねならず

おなじこのよにうまれりゃきょうだい えにしはおやよりふかいのだ

うれしいときはよろこんで ともだちあつめてのもうじゃないか

わかいときはにどとはこない あさがいちにちにどないように

いきてるうちがはなではないか
 

「歳月、ひとをまたないぜ・・・・ってね」

川島雄三意訳の淘淵明を吹き流す葛城ミサト。



夜風が、吹き込んできたような気がした。肩が、ひえる。