湯気と噴煙の立ちのぼる中、目覚めるものの、ある。



けど、もうすこし・・・・・あと、すこしだけ・・・・・








ふぁあああああああああああああーーーーー


箱根温泉の使徒は大きくコア腕を天にかざした。自己修復完了。
再度侵攻を開始すべく気合いを入れ直した、というところだろうか。


ここの温泉は実に効く。第三新東京市とコ憎たらしい紫一角鬼を潰した後にまた寄ろう。

さて、そろそろ旅立たねば。ざばばー・・・・・付近への温水害を置きみやげにしてヤジロベエ使徒はようやく箱根温泉から去った。傷も癒え、リフレッシュでやる気満々である。




一方、それを迎え撃つべきネルフの面々は・・・・・・





第三新東京市 ジオフロント ネルフ本部 発令所


「とうとう来たか・・・・・・・・」
作戦の指揮をとる作戦部長葛城ミサトの表情は、苦い。

やるべきことは全てやった。準備が完了するまでの時間が稼げただけでも僥倖ものだったが、どうにもこうにもイヤな予感がする。何か基本的な見落としがあったような・・・。
その一つの欠落で全体が音をたてて崩れていってしまうような。悪い予感だ。


モニターの中のエヴァ弐号機・エントリープラグ内の惣流アスカを見る。

結局、惣流アスカは戦闘意志消滅状態の碇シンジに同体波状移動、・・・ダンスを叩き込んだ。
驚くべきことに、なんとか見れるレベルにまで仕上げてしまったのだ。
精神無重力状態の碇シンジにここまでやらすのは、牛にタップダンス仕込むより難しかっただろう。体の方で引きずられることに飽きてきて、流れに対応しただけのことかも知れないが、いやはや・・・・凄まじい。



凄まじい、といえば、碇シンジの右手甲の傷である・・・・。

惣流アスカは引きずりながら、その傷を抉り続けた。
行う本人は無意識のままに、受ける当人に痛覚がなく。

監督にして監視の渚カヲルもその傷のゆえには中断させなかった。

治る間も乾く間もなく、傷は赤黒く裂けてゆく。じゃくじゃくと。

それでも、惣流アスカは力を抜くことをしない。ここまで、引きずり続けた。


灼として。惣流アスカは瞑目している。出撃の号令が放たれるまで。




エヴァ初号機、エントリープラグ内碇シンジに目をやる。

片目の包帯は変わらず。ほとんど表情が無く、自分がなぜこの場にいるのかも理解していない・・・・何かが砕けてしまった顔。いや、割れた仮面を被せられているような。

これでエヴァとシンクロ出来るというのだから、チルドレンの資格というのは一体なんなのだろうか・・・・・ふと、そんなことを考える。
これでも、こんな目をして、こんな表情をしていても、パイロットなのだ・・・エヴァの。



普段の生活の碇シンジを知っている。休日の朝、まだ寝てりゃいいものを、いつもより早く起きてパン屋さんにいってサンドイッチをつくってくれた笑み・・・・アルミ缶は体に悪いとか言って冷やしておいたビールをどこかに隠した、したり説教顔・・・・「いってきますね・・」友達につつかれながら、慣れないような照れるあいさつ。「ミサトさん」
夕食の、準備をしながら台所にたつエプロンの後ろ姿・・・・ラジオを聴きながら、まるで手伝おうとはしないアスカと話しながら、ペンペンに「まだか」と見上げられながら、
はみんぐで頷きながら、「今日は遅くならないよね、ミサトさん」「さあ?どーだかねえ」




くくっ・・・・・


そんなこと言ってたっけねえ・・・・・・




「遅く・・・・か。待っててあげるわよ、シンジ君。・・・・アスカと一緒にね」


右手の傷のことは葛城ミサトも知っている。
セカンド・チルドレンにして作戦準備中の「無意識」・・・・・その意味するところを。
六割の「苛立ち」・・・・三割の「不安」・・・・・一割の・・・・・それが。
最後までこの無茶をやり遂げた根気の源であることを、知っている。



この作戦で・・・・・・使徒を地獄に脳天逆落としにたたっ込んでやる・・・・・・・!


モニターに二回目をやる僅かな時間で、葛城ミサトは普段の気色を取り戻した。



中央モニターには使徒が高速で強羅絶対防衛戦を通過している光景が映っていた。
いつものことだが、通常兵器は税金の無駄使いに終わるだけ。



すぐ来る。使徒、再来。



「エヴァ初号機、弐号機、発進!!」
号令とともに射出口より高速で撃ち出されるエヴァ二体。




反発磁力の雲にのり、地上の戦場に現れるほんのわずかな間。
惣流アスカはふとプラグ内部のモニターで初号機の様子を、碇シンジの顔を見た。



ギリリ・・・・
操縦桿を握りしめる左手に力が入る。爪先が痺れている。



この手で・・・・・シンジに傷をつけた。


言ってみれば今のサードチルドレンは病人のようなもの。事実、このような状況になっていなければ、入院したままゆっくりと回復の手段を探していっただろう。


弱いモノいじめ・・・・・・・・。


苛立ちと不安に苛まれて、それを痛いとも言えぬ相手に転化しただけ。この卑怯者。
やめることは出来た。握る力を弛めることはできた。傷つけないように、できたのに。
だが、そうしなかった。自分の意志で・・・・・深く突きあてた。ひそかに。



碇シンジは帰ってこない。自分が離れられないガラスの部屋からふらふらと抜けだして。
ひとりで森の中へ。呼びかけてもたぶん聞きやしない。だから、あいつといるとふっと、たまらなくなる。


渚も・・・・シンジも・・・・・自分だけ・・・・


シルシヲ・・・・・つけて、おかないと・・・・・二度とわからなくなる。
いや、そうじゃない。
強く留めておかないと、その姿は消えてしまう。自分ではついていけないから。



惣流アスカはその不安を渚カヲルが去った後のエヴァ三体のチームをまとめることに対しての不安だと自己分析しているが、さすがに亀の甲より年の功、伊達に三十年近く女性をやってるわけではない葛城ミサトの断定に及ぶものではなかった。




「一撃が勝負・・・・・・・信じてるからね」




「使徒、急速接近!!エヴァ射出口に直接来ます!!」
先ほど強羅を越えてもう第三新東京市エリアまで。すっかり道順は頭にはいっているらしい。しかも仕返しの炎気に燃えて前回、エヴァが現れた射出口にさっそく特攻をかけてきた。使徒もやる気である。ゴングが鳴るのも待たずに先制攻撃を加えるつもりだ。

一方、まるでやる気のない初号機がぼさーっと最終安全装置を解除されもせず、体当たりされるのを待っていた。


「アンタの相手はアタシがやるの!!」

機敏な反応でプログナイフを投げつける弐号機。ウル。体を回転させ、それを弾く使徒。
前哨戦としては、忍者による演舞でも見ているような見事な立ち合いだ。



よーも、やってくれたやんけ、われ。またドタマいなしてもらいたいんか、こら。


弐号機に向き直る使徒。

よく見ればコアには傷跡が残っている。塞がってはいるようだが、やぶ医者に縫われたような感じだ。表面上のもので、機能的には問題ないのだろうが、そのせいでムショ帰りの押し売り風にガラが悪くなった気がする。さらによく見れば、ところどころ凸凹だった。



おりゃー、死にさらせー

コア腕をぶんぶか振り回して弐号機に向かう使徒。



「なんのっ!!」
兵装ビルからプログレッシブ三節昆を取り出すと応戦する弐号機。
一撃必殺、中のパイロットに肉体的ダメージを与えてくるコア直接攻撃だが、いかんせん攻撃がヘタ。惣流アスカの敵ではない。これでコアをつなぐ体部分に攻撃方法でもあればかなり厄介だが、単純構造の悲しさ、いくら強力でも武器はふたつきりなのだ。
それを受け、かわせばよいのだから、時間稼ぎ程度ならばなんてことはなかった。




発令所では鵜の目鷹の目マギ全開で使徒の解析に全力であたっていた。
最優先で、解明されるべき問題は、やはり葛城ミサトの作戦は通用するのか、どうか、という点だ。使徒の反発能力を帳消しに出きるのか、どうか。

内蔵電力フルパワー、最大戦速で戦っている弐号機と。
内蔵電力ゼロパワー、単にぼさっとしている初号機と。

それらを細かく比較し、使徒の反発能力の限界を測定にかかるわけだ。

そういう点、現在一方的に暴れている使徒は大盤振る舞いでデータを放出しているわけだ。
それに加えて、箱根での対JA戦のデータをしっかり収集してあるのは言うまでもない。


少々、先手を打たれようがそれで慌てるような発令所スタッフではない。
もし、使徒の先制攻撃を初号機が食らっていたとしても、ここまでくれば眉一つ動かさずに彼らは対応していただろう。

収集されたデータは即時マギで計算され、葛城ミサトの作戦が十分通用することを保証してきた。渚カヲルと赤木博士に目をやる作戦部長。合った目が了と頷く。


「アスカ、始めて!!」



が、が、が、がしんっ

プログ三節昆のスイッチを入れると、さらに節曲がって八節昆になる。
コア攻撃をかわすと、それで絡めにいく弐号機。前回の戦闘のクサリガマ応用編だ。



うっ・・・・・そいつぁ・・・・やべーぜ



その記憶がしっかりあるのか、上空に浮き上がり距離をとる使徒。
そして、回転。コマエル変化である。狙いを定める。未だぼけっとしている初号機へ。
戦闘パターンの切り替えが早い。


「むっ・・・・・・・」
葛城ミサトの眼が研ぎ澄まされる。機械では見えないものを見極めるために。
使徒は未だ初号機を己の敵と認識している・・・・つまり、損傷を与えうる存在として。
回避と援護を命ずるより先にそれを見確かめていた。使徒のことは直で使徒を見なければ分からない。そこから得られる判断はマギより速くそして、強力。




ごうっ


ATフィールドも張っていない初号機に超電磁コマエルスピン攻撃!!

ぼうっとそれを待っている碇シンジと初号機。かわすのは無論、防ぐ気配もない。



「ミサイル全弾発射!!弾幕張って!」
初号機が動かないなら攻撃方向は決まっているわけで、最初からそこに向けられている兵装ビルからのミサイル攻撃が号令一下、使徒にドンドコ撃ち込まれる。
使徒のフィールドは高速回転全開されているため、ダメージなどは期待できないが、目眩ましと使徒の感覚器を探る手掛かりにはなる。



前哨戦のテーマは、「単純の悪さ」を探ることにある。
単純戦闘力が高い代わりに、この使徒には生物にあるべき機能が大幅に削減されている・・・・それが霧島教授の所見。この人が言うとやたら説得力があって困る。



ミサイルが命中したのは、作戦部長の判断力の速さと対応するネルフスタッフの手際である。破片の散らないミサイルには凝固系の煙幕がつめこまれている。
割れてもくもくと使徒の前方視界をふさぐ。
これにはヒントがある。パイプのけむりのようなJTフィールドだ。いくら意表をついていたからといっても直前ギリギリまで使徒はそれに気づかなかった。鈍い。
外部の状況を受け取る・・・・五感のようなものだ・・・・システムが存在しないのか。
センサーから流れる情報を処理するにも相応の計算能力が必要とされる。
急に変化する状況に対応するには、経験を貯め込む記憶装置、メモリーが必要になる。


そういうものがその単純構造の中に存在しているのか、どうか。
使徒の全てを剥ぎ取るべく、人間の瞳は地の底から爛々と輝いている。



なんじゃあ、こりゃあ!!くらいぜよ



スピンを急停止させ、煙幕の中、腕をぶんぶんと振るう使徒。
距離をとって煙幕から逃れるのかと思いきや。



じゃが、だいたいそこにおるのはわかっとんじゃい!くたばれやー



ジュッ・ジャー・・・・コア腕がなんと伸びた!!文字通りの奥の手だ。
ヤケ気味に振り下ろされたコアが初号機の頭部をカチ割ろうとする。
大体、こういう攻撃は当たらないと相場が決まっているのだが、当たる!。


単純な隠し手だったが、それだけに早い。飛燕の如く援護に駆け寄る弐号機よりも。
最終案全装置を解除せぬのは、高速回収する目算の発令所よりも。

今の初号機、碇シンジはいつもの天下ニコニコ不死身状態ではない。
またしても頭に一発食らった日には治るものも永遠に治らなくなる可能性もある。



「やばいっ!!」
エントリープラグ・モニターの中の碇シンジにはその意味さえも分かっていない。
葛城ミサトの声も惣流アスカの声も声にならない発令所の者たちの呻きも。





さらされた片目の黒煙の腕の中、赤く歪な球塊獣映す・・・・
隻眼の、狼髏と輝く・・・・・・





届くのは、初号機が必殺の一撃を食らわされて後だ。物理法則に従って。音は遅い。


伊吹マヤが耳を塞いだ。あの叫びがまだ天井から消えていない。
発令所の誰しもあの身の毛もよだつ叫びを思い返して背筋を凍らせた。




が・・・・・

その叫びはなかった。




「・・・・・・・あ・・い・・た・・・・・・・」
泡のような呟き。誰もに聞こえることなくLCLに溶ける。





「使徒、煙幕圏より急速離脱。初号機への攻撃、直前にて停止の模様・・・・です」
青葉シゲルの報告。これは・・・・単なる、信じられない幸運なのか?
突如、使徒の腕がつったとか・・・。ともあれ、使徒は初号機をやらなかった。
初号機の前から恐れるようにして逃げた・・・・気もするが、その理由がない。
なにせ初号機は電源さえ入れられていないのだから。動くことすら。
葛城ミサトは悪い予感がまたムクムクと鎌首もたげてくるのを感じた。


なんだろう・・・・・何か・・・・何か、思考に置き忘れがある・・・・・


「あんたもか・・・・・儂も悪い予感がする。肝心な点を忘れとるような・・・・」
珍しく作戦顧問が小声だ。相手の心理を見透かすのは作戦家の当然の才能だからいいとして、この親父まで見落としている・・・・点ってのは・・・・・・

しばしの安堵の発令所で、疑念の淵に落ち込んだ葛城ミサト。
不確定要素からくる不安とも違う。何か、根本的にマークすべき箇所をわすれている。


だが、不安を噛みつぶして葛城ミサトは弐号機、惣流アスカに命令を出す。
初号機、弐号機による追撃戦に移行する。ここで作戦部長が弱気になれるはずもない。


使徒は、どうしたものか、あれだけ好戦的であったのが急に距離をとり静止浮遊しているだけ。こちらの様子見か・・・・何か、変だ。
だが、得体の知れない不安に迷わされている場合ではない。このまま押し切ってやる。





「いくわよ・・・・・・・シンジ」


弐号機が安全装置を解除された初号機を抱えてホールドする。
電源が入っていないため、やたら姿勢が悪い。入っていたとしても精神の電圧が零に近いのだから同じことかもしれない。首がかくんとしている。これでは葬式ダンスだ。



「あいん・・・・つう゛ぁい・・・・どらい・・・・・」

静かに、となえる。これが碇シンジほうきを踊らせる魔法の呪文。

「あいん・・・・つう゛ぁい・・・・どらい・・・・・」



となえるごとに、ゆらゆらと型になっていく・・・・・発令所の人間がおどろく。
電源が入っていないことはもちろんだが、あのざまのサードチルドレンが呼びかけにこたえていること・・・・そして、何より。
その声が、子守歌のようにやさしかったから。


「渚・・・・・いい?」


「どうぞ。はじめて」
渚カヲルはどれくらいその呪文が唱えられたか、知っている。激しさのための、かすれるほどの回数が。
声を、やさしくしていることを。



だが、葛城ミサトはその声を聞いても不安をぬぐい去ることが出来なかった。



使徒は初号機弐号機の直線上に浮遊している。



走り抜けて、一気にコアを切り砕く。

その為に、弐号機の両腕に手甲に高周波ブレードを仕込んだ手甲剣が装備されていた。
手は初号機と握り合ったままであるから、武器がそのままだと使用出来ないためだ。
本来は十徳ナイフのように様々な型式の刃が内蔵されているのだが、今回はスピード勝負のため滑らかな孤刃一枚である。扱いが難しいので弐号機専用武器である。
「紅孔雀」「赤鯱」という二つ名の通り、使う者が使えば、凄絶な威力を発揮する。


勝負は一瞬でケリがつく。
コアを振り回しての攻撃パターンは、伸縮奥の手を含めて、見切った。
いざというときの反発能力さえ封じてしまえるのなら、そうそう怖い相手ではない。


「エヴァ二体の脚の速さ、見せてあげるわ・・・・・」
この街の中でも。駆け抜けていける。そして、勝つべくして、勝つ。
それがアタシの・・・・・・


ぎりり・・・・・


また無意識に左手に力が入る。シンクロモニタでそれがはっきりと分かるが、今さらとやかく言っている余裕はない。弐号機の左手が初号機の右手を。刺すように。




ドクン




それは都市の心臓の音か。異様に静まり返る発令所。ここからはエヴァ弐号機の一人舞台。


ドクン
ドクン
ドクン
ドクン
ドクン





何か忘れている・・・・・突如、初号機に攻撃を加えるのを止めた使徒・・・・・
何か、ある。何か根本的に・・・・・・最初から・・・・思い返して見る・・・・
不安は高まっている。今、アスカに走らせてはならない・・・・・・



「・・・・しかし、シンジ君、大丈夫ですかねえ」
「なに?日向君」
「いえ・・・・この期に及んで、つまらないことなんですが・・・」


「いいから!何かあるの!?」


「うわっ・・!す、すいませんっっ!!」
葛城ミサトの予想もしない突如の剣幕にびびる子分日向。

「日向くんや、何か気づいたことがあるなら、いうてくれい」
作戦課の人間が作戦開始直前に、そんな不吉なことをいうのはタブーに決まっているのだが、それを承知で呟いてしまったのだろう。部長と顧問はそれに感ずるものがあった。



「?」
何をぶちぶちもめているのか、と赤木博士がそちらを見やる。
と、同時に伊吹マヤから早急の報告の声があがる。
「エヴァ初号機、右腕と左腕のみシンクロ率が・・・・・急速に上がり始めています!」

「なんですって?!」
シンジ君の操縦法は通常とは異なる、と推察はしていたが、そんな使い方は・・・・。

それ以前に彼の意志は・・・・・左腕・・・・・の方は・・・・・・もしや。



「うっ・・・・・・」
渚カヲルからうめき声がもれる。いつの間にか額に汗が浮き出している。


騒然となる発令所。葛城ミサトの不安がモニターに現れつつあった。




ギリリギリリ・・・・・・・


「ツぁっ!・・・・・シ、シンジ・・・・?」
弐号機の惣流アスカも予想もしない痛みに顔を歪める。
右手に万力で締め上げられるような痛みがきてる。エヴァ初号機だ。初号機の左手が強い力で握り返してきた・・・・・とんでもない力だ・・・・握りつぶされる・・・・・・!
右手の骨格がギシギシいう・・・・このままグシャリと・・・・




「まずいな・・・・・碇・・・・もしや・・・・」

上方司令席では冬月副司令が思わぬ初号機の反逆の原因を的確に見抜いた。

「ああ・・・・おそらく、初号機の眼には・・・・」
それから、これから起こりうる取り返しのつかぬ悲劇の可能性も。




「四号機、零号機ならばいいんです・・・・・・しかし・・・・」
野散須カンタローに促され、ひっかかっていた疑問の糸を解き始めた日向マコト。


「”取り替え”て・・・・弐号機が・・・・「使徒」に見えるっていうの・・・・そんな」


愕然としながらも、感じていた不安の正体に至る葛城ミサト。
しまった・・・・初号機の片目も隠しておくべきだったのか・・・・・・・。

「いや、そりゃまだわからん。他の原因かもしれんが・・・・じゃが!弐号機を早く離した方がいいぞ」

「シンジ君!!やめなさい!!アスカ、一旦初号機から離れて!!」
限りなく絶叫に近い命令。


だが、両方とも聞き入れられることはない。無表情な碇シンジはそのまま締め上げ続け、離れようにも逃げようにも凄まじい力で捉えられている弐号機は足にも力が入らない。
惣流アスカの感じる痛みのあまり。



「このままでは弐号機の右手骨格部砕かれます!」
「ちっ・・・・・!弐号機右腕部より神経接続カット!」

「ダメです!!信号、受けつけません!」

「何だこれは・・・二方向からのATフィールドによるジャミング・・・!?使徒と・・・初号機から!?」
伊吹青葉と顔色変えて悲鳴を上げる。使徒はともかく、初号機に・・・・。



「これは・・・・・暴走なの!?」
恐れていたことの一つだが・・・・渚カヲルが・・・俯いて脂汗流している。



その答えはサードチルドレン本人の口より。

発令所の人間は生まれてこのこた、これほど恐ろしい言葉は聞いたことがなかった。

夢心地で語られる、悪魔の言葉。




「・・・・・・・・・いたい・・・・・・敵・・・・・・・使徒だ・・・・・」




いつの間にか痛覚が戻っていたらしい。不幸なことに。そこから掘り起こされる現状。
記憶。碇シンジの眼にはゆらめく黄昏の街。影の巨人。それらが上下左右も定かならず、目の前を行き来する・・・・。何者なのか。自分によりそうひとつの影。



痛みを与える。たえがたい。なんだこいつは。いやなやつ。きずつける。敵・・・。


そう、使徒だ・・・・・またきたのか・・・・・たおさなきゃ・・・・・




あたまが言った「こいつは敵だ。滅ぼしてしまおう」
めだまが言った「こいつは敵だ。消してしまおう」
しんぞうが言った。「こいつは敵だ。止めてやろう」
いちょうが言った。「こいつは敵だ。喰ってやろう」
こしが言った。「こいつは敵だ。やっつけてやろう」
ひだりあしが言った。「こいつは敵だ。蹴り倒してやろう」
みぎあしが言った。「こいつは敵だ。踏みつけてやろう」





左腕が、意を問うた。「ヨロシイデスカ」



無表情に碇シンジが答える「・・・・・・うん」



ざんっ・・・・・弐号機の右手を砕く直前で離し、天にかざす左腕。



ウオオオオオオオオオオーーー・・・・・・・・・・・・・ンンンン



顎部拘束具を引きちぎり天に向かって咆哮する初号機。命ぜられた通り、天は風を吹かす。
初号機を中心とした大気を果落に引き落としてきたかのような気圧変化。嵐の目玉。
右目に宿す奈落に何百の雷龍が閃いている。吹きすさぶ烈風が哄笑のかわり。
何者も寄せけぬ渦を巻き孤高の玉座に座る風の大帝。ミストラル、プロドロメス、テウアンテペセル、グレゲイル、ブラースト、ウィリウァウ。魔剣の風たちを護衛に従えて。
嵐の神皇・・・それは不死なるプレステル・ヨハネ



人間の哀れで矮小な知恵などそもそも必要がない・・・・・・
同じ形をしているだけの赤い形代も必要がない・・・・・・・
その貧弱さ・・・・・我が盾にもならん・・・・・・・・・・



強大にして巨大な存在・・・・・・人間とはあまりに違いすぎる・・・・・規模
チルドレンのコントロールから解き放たれたエヴァは百倍にも千倍にも巨大に見える。
こんなバケモノを操っているのだから、サード・チルドレンというのは・・・・・

その意志を阻もうとする渚カヲルは・・・・・・・



ギロリ・・・・・・・・・・・・・・小賢しい・・・・・・

地下深くのフィフス・チルドレンの存在を感知したのか、睨み潰す初号機。
発令所のスタッフは、確かにその「視線」を感じた。体を押し潰す、確かな圧力を。



「つ・・・・・・・」
渚カヲルが左手を抑えた。慌てて駆け寄った赤木博士が見ると、左手甲が十字に裂かれていた。あたかも、聖人の傷痕のように。骨が白くのぞいていた。


「左腕のこの組成は・・・・・・・まさか・・・・・・・・・」


「そうか・・・・・・・そうだったのか・・・・・」



フフ・・・・・・・・
こやかましい予言者を処刑した絶対皇帝の足取りで弐号機の方へ。
次は、我に傷をつけた赤い衣の愚者を磔にしよう。頭部を石の棺に打ちつけるとしよう。



いまや、エヴァ初号機を止められるものは誰もいない。いるとすれば・・・・・


使徒、ではない。恐らく使徒はこれを知ったために初号機から離れたのだろう。
弐号機をやったのを見届けたらさっさと逃げ帰るかもしれない。格が違う。



碇シンジただ一人。だが、少年の瞳に映るものは・・・・・



「左腕シンクロ率・・・・・三百パーセントを超えています・・・・・先輩、これって・・・・・これって、何なんですか!!」
予想されるあまりに惨い現実に、伊吹マヤは泣き声になっている。
左腕の残虐非道さは今まで思い知らされている・・・・・ただ、それは使徒に向かってた。 いくらなんでも、ここまでひどい話があっていいんだろうか・・・・・今までの全てが、この時のために重ねてこられたものなら、いっそ・・・・・・


自分達が使ってきたモノが・・・・・・これほどのバケモノだったことに・・・・
誰しも、懺悔に近い感情を覚えた。祈るわけでもないが、手を合わせ背を丸めつつあった。



「泣かないで、いいわぁ・・・・・・・」
のんびりとした・・・・葛城ミサトの声。それとは裏腹に百年を経た鷹のような眼差しで初号機を見つめ続けている・・・・。


「勝負は最後まで分からない・・・・・・・」
腹をくくった。こうなったなら、最後は碇シンジ君の器量に渡すしかない。
見届けるほかない。自分の責任だ。
期待をかけることも、望みを託すことも、さして難しいことではない。
しかし、信じることは、難しくはないが、膨大なエネルギーを必要とする。
ほんとのほんとうに信じぬこうとするのなら、その量は、自分で奇跡起こした方がよっぽど安くつくほどの・・・・・


ぽん、と日向マコトの背をたたいた。真面目な彼が苦しまないでいいように。




「人生で二番目に長い午前だったな・・・・・」
冬月副司令。今、ちょうど十二時だ。


「右手の・・・・」
赤木博士が渚カヲルに手際よく包帯を巻きながら、呟いた。



ズーン・・・・ズーン・・・・

二、三歩歩む時間が、惣流アスカにとってはとんでもなく長く感じられた。
よりによって・・・・エヴァ初号機にやられるなんて・・・・・
モノが違うのは見れば分かる。逃げることさえかなわない。その気もないが。


結局、なんにもならなかったわけか・・・・・・ま、しょーがないけど


信じてはならないものを信じてしまった報いだ。幻想は、つかめないものなのだ。
さすがに、疲れた・・・・・・もう、どうでもいいわ・・・・・



とけいのおとが、きこえる



指先が、氷をあてられたよに冷えていく・・・・・





エヴァ初号機が右手一本で弐号機を吊り上げる。そのまま、左手を貫手の形に。
それで頭部を射抜く気だ。エントリープラグを射出しようにも全神経接続をカットしようにもジャミングされている。神経接続されたまま、そんなことをされたら・・・・。



「使徒・・・・・人類の敵・・・・・・天使の名をもつ、僕らの敵・・・・・・」
発令所に、響きわたる光の雨のような碇シンジの声。


「これで・・・・・いいんですよね・・・・・・・さん?」
少年の細い肩にかけられた、すべて。未来や希望、期待、夢が逆さにこぼれる瞬間。




七つ目玉の紋章をもつ、貴族たちの嘲笑が響きわたる・・・・・・・・



ザンッ




初号機の貫手が弐号機の頭部を貫く・・・・・・・




人の意志など、この強大な力の前になにほどのことがあろう・・・・・
恐ろしい力に蹂躙される危険性を賭けて、使徒を退けてきた。その賭けに負けたのだ。



貫く・・・・・・・・



はずだが・・・・・・




頭部直前で・・・・・左腕が停止した。





長い時間の支配する。現在の時を知らしめすは紫の鋭い手腕。時を凍らせる長針。



眉間を弐号機もろとも突き抜かれかねない惣流アスカ。真正面から初号機と碇シンジを見つめている。微動だにせず。セカンドチルドレンでいることを、ぽーんと捨てている気配。 演技や誤魔化しの通用する相手かどうか、分かっている。化け物に人間の心などわかるわけもない。最初からこういう化け物だと知っていたはずだ。だから、怖かったのだ。
信用したのが、運の尽き。そう、信用したのが・・・・・・・・・





いつだったか・・・・・マグマに潜った、あの暑い夜・・・・・



「え?なに?犬にかまれたの?」はい、ぐーるぐる、と。寝ぼけながら包帯巻いてくれたことがあったっけ・・・・医療知識ゼロでまるきりなってなかったけど、朝、起きて見たら・・・・噛み後が消えてた・・・・すずしくなってよく眠れたんだっけ・・・



「碇シンジはあーゆー奴よ」・・・・鈴原あたりにいったんだっけ。そう、シンジは。


確かに、自分は、自分達は知っていることがある。シンジについて。他の人間が知らないところを。エヴァの実験が済んで帰ってから、オムレツをつくってみたりする・・・・・ それでその上にケチャップで初号機と弐号機のカオを描こうとするときの方がよっぽど真剣だったりする・・・・「ミサトさんは、えびすさまの顔、描きましょうか?」

碇シンジだけがもっている不思議なバランスを。心の、支点を。
役にもたちそうにない、変わりもののそれ。ほかに取り替えようのない、ひとつ。
どうやったら、まともな状態に戻るのやら・・・・・



そんな危なっかしいモン、信じられるわけがないじゃない、ねえ?



惣流アスカは、話しかけた。すぐそばに・・・かたわらにいる、自分と同じくエヴァ初号機を「ここ」から見返している何かに。たしかに、へーぜんとした視線があるのを感じる。 「それ」は、大して強くもないくせに、まるきりエヴァ初号機の威眼を恐れていない・・・・・不思議な視線。



今さっき、やってきたのだ。のほほんと。ここに。



まるで、だれかのように。





「気のせいかの・・・・・今、アスカのお嬢が笑みを浮かべたような気がしたが」

「大一番に勝ちつつあれば、誰しも笑みを、浮かべます」

「心理グラフも・・・・なぜか安定してきているの・・・・信じられないくらい・・・・今のこの状況で・・・・・・」
この状況で口が利けるのは、司令副司令を除けばこの三名くらいだろう。

ちょっとでも初号機の指先が進めば、弐号機の頭部は・・・・・・それを考えれば。







「あ・い・た・・・・・・・・」

「あ・い・た・・・・・・・・」


「よくねた・・・・・ここは・・・・?・・・・くらいはとや・・・・・よんいちにいろく・・・・・おんせんだ・・・・・はいったまま・・・・ねてたのか・・・・かえろう・・・・でも、ゆげでよくわからない・・・よく、みえない・・・・どこからあがるの・・」

「いたい・・・・・いたい・・・・・・・いたい・・・・・・・いたい・・・・・」


「すいかの収穫をてつだうんですか・・・・ミサトさんにたひと・・・・そうすれば、どこにいけばいいのか・・・・おしえてくれるんですね・・・・・じゃ、てつだいます・・・・・・これで・・・いいですか・・・・え?・・・ほんとはしらない・・・・ばいと料ははずむからゆるして・・・・・・・・・・・・・うそつき」



「はさみを・・・さがせ?・・・・・こんな柿のきばかりの・・・・・アスカににたひと・・・・さがさないとひどい?・・・・・・・・ぼくはいそぐから・・・・・・・・・。


はさみ、ありましたよ・・・・きのかげに・・・・・じゃあ、ぼくはいきますね。・・・・・ほんとにいそぐんです・・・・どこいけばいいのか、わからないけど・・・・・・・ 右手が・・・・いたむんです・・・・つよくいたむほうこうに・・・・なにかあるんじゃないかと・・・・いたみがないと、どこにいてもおなじだし・・・・・・まぞ?・・・・ぼくはまぞなんかじゃない・・・・なんでたたくんだ・・・・ふん。すきにしますよーだ・・・・・」


「つう・・・・・・・・うっ・・・・・くっ・・・・・・ううっ・・・・・」



「つっ・・・・・う・・・・・・・」



「これが・・・・・ゆき・・・・・はじめてみた・・・・・ほんとうにつめたい・・・・でも、このままじゃこごえしんでしまう・・・・・あのいえで泊めてもらおう・・・・・
綾波さん・・・・・そっくり・・・・・あ、やどだいはあります・・・・とめてください。 ただでいい?・・・・ありがとうございます・・・・でも、おくのへやをのぞいてはいけない?・・・もちろん、そんなことしません。たすかりました・・・・・



さわがしいなあ・・・・ねむれない・・・・・おくのへやで・・・・そうだんごとかな。 あ・・・・・ひめいがきこえた・・・・・だれだろう・・・・・助けにいかなきゃ・・・ おくのへやから・・・・・・きんきゅうじだからいいだろう・・・・・・いこう・・・・


車座に坐る紫の鬼の面をかぶった男達。どこかで見たような・・・・・


ひやり・・・・あ、綾波さんににたひと・・・・だいじょうぶでした?・・・・・ひめいがきこえたんですけど・・・・あ、おくにきたことはあやまります・・・・から・・・・手を・・・・はなして・・・・・ほしいような・・・・ほしくないような・・・・



「痛みが・・・・・・・・・・・・・・消えていく・・・・・・・・」



「うん・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」



「おかしい・・・・・・・・これは、僕の痛みじゃない・・・・・・」



右腕が異議を唱えたのだった。なぜ、ここだけ痛みをかんじるのか・・・・おかしい。
そもそも・・・・・現在の状況では、痛みを感じないはずだ・・・・体は知っている。



痛みを与えるなら同じことだ。「こいつは敵だ」と、あたまが言った。
敵かどうか分からないなら「おれたち知らないもんね」と、しんぞうといちょうは言った。
「いっそ、にげちゃうか」とひだりあしとみぎあしが提案した。
「よく見えないがよく見てみよう」とめだまはこらしてみた。




ドウシマスカ。左腕が再び尋ねた。



「この感じ・・・・・おぼえがあるはず」右腕が記憶を辿った。


ゆらゆらと黒い影・・・・・・なんだか、ひたすらに無理をしていて・・・・・
今は、泣いている・・・・・辛くて、それでもそれをだれにもいえなくて。




そう。



「無理してるから・・・・・・アスカだ・・・」



こんな痛いのを平気で我慢するのは、アスカしかしない。・・・・たぶん、外れじゃない。
世界中探せば、あと二十人くらい、いるかもしれないけど、アスカしか知らない。
父さんも・・・・そうかもしれない・・・けど、消去法でペケだ。


にしても・・・・なんでこんなに見えないんだろう・・・・テレビのざーざーみたいだ。
眼の調子が悪いのかな・・・・ああ、片目の包帯してたんだっけ・・・・だからだな。

周りがなんだかうるさいなあ・・・・・・風の音?風が強かったっけ。
それでうまく集中できないんだ・・・・「しずまれ・・・・しずかに・・・・しずかな」


風がそれでウソのようにおさまった。玉座も・・・・・消えてしまった。




弐号機惣流アスカに連絡を入れる碇シンジ。
「あー、あー、アスカ。聞こえる?そこにいるの、アスカだろ。もしかして、綾波さん?・・・・かもしれないけど」




「・・・・・・うそ」

「よく見えないんだ。ふざけてるわけじゃないよ。ちゃんと答えてよ」

「・・・・・・・・・」
惣流アスカは俯いてモニターに顔を映そうとしない。答えない。

「ミサトさん・・・・・どこかにいますよね。人の姿がよく見えないんです。これって、疲れ眼みたいなものでしょうか。ふらふらするし」




「もしかして・・・・シンジ君も温泉に入って傷を癒やしてたのかもしれない・・・・。
心の奥底の地獄谷温泉で・・・・・」


発令所のスタッフのほぼ全員が塩の柱と化している中、かろうじて葛城ミサト。



ギリギリで間に合った・・・・・取り返しのつかない手遅れになる前に。
その前に、「気づくこと」・・・・・それが器量だと、葛城ミサトは思う。
手遅れに泣くなど、もう二度と。



これで、ようやくスタートラインだが、もはや恐れることはなし。



「あの瞳は・・・・・シンジ君・・・・」
渚カヲルもこれでお役御免だ。後顧の憂いはない。



「えーと、とにかく・・・・・」
おかえりなさい、は使徒を倒した後、百回でも言おう。だが、今は碇シンジの視界をどうにかしてやらないといけない。リツコ先生の話を参考にすると・・・・

「!!シンジ君、後ろ!」


サードチルドレン再生をのんびり見物しているほど、使徒はのんきではなかった。
いきなり威厳と迫力がなくなった初号機にここぞとばかりに襲いかかる!!


「あ」
こうなれば碇シンジ的にやる気があるのだが、いかんせん、反応が坊ちゃんとにぶい。
魚を生け締めにする市場のオッサンほどに見事なタイミングでコア腕が延髄に炸裂・・・


しかけた、が。


「ボケボケっとしてんじゃないっ!このバカシンジ!!」
裂帛の気合いとともに惣流アスカが立ちふさがる。炎と燃える気迫が違う。
怒りに燃えたATフレイムが真紅のマントの如く流麗にはためく。火ノ、騎士。



ひゅーと使徒は旋回して逃げる。「ちっ」



それでも、手と手はつないだままに。
離すと、また、わけわからなくなりそうだから。
フン・・・・なにが無理してる、よ・・・・・偉そうに・・・・バカシンジの分際で。

アンタが無理させてんでしょーが・・・・って・・ま、いいか・・・・後にすれば・




「シンジ君、いい?その眼の霞みみたいなものは、はっきりいって「疲れ眼」よ。
”外から”見てるから疲れるのよ。だから、視点を”内から”の方にすればいいわ。
こっちで操作するから、シンジ君は操縦桿を二回引いてね。そうすれば、”内から”の視界になるから・・・・・そうなると見やすくなるわ」

葛城ミサトが大嘘レクチャーをしている。赤木博士以外の人間はなんのこっちゃ、と首をかしげるが当人にはなんとなく分かるようだ。即座に意図を悟った赤木博士はそれらしい操作をしてみせる。コントのようだがこれもイメージしやすくするためだ。


「視点を宙返りさせるような感じで・・・・・そうですよね、赤木博士」
「え、ええ・・・・それでいいのよ」
よくもまあ、嘘八百。こんな時に・・・・感心するわね。呆れながらも同意する赤木博士。

「はい、さん、にー、いち、はいっ!と」
この騙しの巧さと呼吸は、保母さんのレベルであった。限りなく、浮いているが。



「わあっ・・・・・・・・よく、見えます・・・・・・今までより・・・・・・」

それで碇シンジがこう言わなかったなら、葛城ミサトはクビだっただろう。

「まだ、縦横がふらつくんですけど、姿はハッキリ見えます!ああ、発令所にいるんですよね、ミサトさん達」

「どんな・・・・感じ?シンジ君」

「みた光景がブランコに乗っているような感じです」
よく、それで酔わないものね、と感心する葛城ミサトだが、理由があるらしい。

「でも、アスカが基点になってくれるから、揺れてもわかるんです」

「基点・・・・・・・・?」
そんなのになった覚えはないんだけどな、と思いながらも惣流アスカは使徒を睨みつけるのに忙しい。大体、先ほどの会話からしてついていけない。

「体の感覚がはっきりしないんですけど・・・・そこだけ、分かるんです。
変な話ですけど・・・・・痛みがあるから、自分の場所が分かるんです。
アスカのそばにいるんだなって」
本人大真面目であるし、戦闘中であるからこれは冷やかしようがない。


弐号機が真っ赤に染まっている。


心のいどとけいどを、その北極星のような痛みから計っている。
碇シンジのいう基点、とはそういうことだ。再設定される感覚がまともに戻るまでの便宜的手段だが、またしても借りがふえてしまった。


「うー・・・・・・」
それにしても・・・は・・・恥ずい。これはもう疾風怒濤に使徒を倒すしかない!。
先に初号機を倒したい気分だが、初号機の存在も作戦上、必要であるから仕方がない。


がっ、きゅっと。


初号機の左手と右手をとってホールド態勢になる。初号機が女性役は無理があったが、ドレス姿なわけじゃないからいいのだ。

「忘れてないでしょうね」
ここまでくるのにえらく時間をくったが、こうなるともう負ける気がしない惣流アスカであった。ここで取り逃がしても今度は箱根だろうがどこだろうがすぐさま追いつめてやる。 イレギュラーに頼らずに、勝つべくして勝つ。でなければ、意味がない。


返答はすぐさま。打ちて響いた。この世で最も、速く正しく容赦なく。


「たぶん」
これは百パーセントのイエスより強い絶対の「たぶん」。記憶喪失になっていたわけではないので、自分が使徒にどんな目に合わされてきたか、覚えている。グツグツと煮え始めるダークネス・シチューな怒りで右目の光も凄味をブンブク発し始めている・・・。


「行こう・・・・・アスカ」


珍しく・・・・・碇シンジが本気で怒っている・・・・・



「いけるわ」


ようやく特訓の成果を発揮する時が来た。こーの・・・・・バカ使徒!!サクサク地獄におちやがれいっ!! BY葛城惣流シスターズ

「音楽・・・・じゃなかった、二次作戦、スタート!!」 弐号機、初号機の外部電源がパージされた。それと同時に正義の味方のための音楽が最大ボリュームで鳴らされたのは言うまでもない。その音源を、君、言わせるや。




最初の一足は雲を踏むように。「あいん・・・・・・

二足目は月の河を渡るように。「つう゛ぁい・・・・・・



「ドライッ!!」
三足目で。いきなりトップスピードに乗った。使徒に向けての直線道路を一陣の疾風となって駆け抜ける!!じゅわっ。踏み切られた地点の道路が摩擦熱で液状化現象に消える。

じゃりんっ・・・・・輝く紅い双腕。プログレッシブ・十徳・アームナイフ(一徳版)。

逃げる使徒。追う初号機、弐号機。
コア腕を振るうには、まず停止せねばならない。どんなに高速で動いても殴るときは止まるものだ。殴るしか能が無く、高速で動く能力・・・・・考えてみれば、外見通りアンバランスな存在なのだ。追いかけて追いかけて追いかけ倒す・・・・・・!!

葛城ミサト作戦の真骨頂といえるだろう。その激しさに耐えうる実行者がいれば・・。

それにしても、見事なまでの弐号機と初号機の追撃。
これだけ高速で使徒を追いながら、周辺にまるで被害を出さない。
誰とは言わないが、ひそかに「パワー餌を食べたパックマン」だと表現した者もいる。


疾風よりも速いのは、息のあってるエヴァだから。ひとつの視界が風の果て。

円舞曲より軽やかなのは、第三新東京市すべてを味方にしてるから


市街は巨大な舞踏会。その中心にある若様と王女さまとの疾風ワルツの周りでは街の全てが踊っている。燦然と輝き、煌々と解き放たれる生命の色彩に染め上げられ、色とりどりに装われ。波紋のように世界にみなひろがるリズムが、無機物達にこのときだけの踊る命を与えていた。公園にポイ捨てられていた空き缶たちさえもディズニーアニメ顔負けに楽しげに踊っていた・・・・ここに呼ばれぬもの、招かれぬものはない。


だから、彼らも二人の味方についた。完全に!。
使徒のゆく街路は延び、通過する信号はすべて赤。足さえあれば、兵装ビルも駆け込んでいって使徒にむかってラグビータックル突進しただろう。街路樹や電話ボックスからも応援激励のエールが送られていた。


弐号機のみならず、初号機とともに駆けるスピードはとんでもない。人間スケールになおしたとしても短距離金メダリストよりも速かろう。その比重量を考えると、その軽やかさはスルタンに選び抜かれた舞姫にも匹敵する。




だが、それでもなおかつ、わずかに使徒が速い。
弐号機の攻撃間合いまで、わずかに踏み込めない。


そして。
電源の問題がある。初号機はともかく。そろそろ弐号機の内蔵電源も切れる。
使徒はそれを狙っているのかもしれない。ただ、恐ろしいだけかもしれないが。

デジタル時計が電源の底がつくのを刻み刻みで教えてくれる。
葛城ミサトに。
惣流アスカに。
この作戦に関わった全ての人間に。



とんとん・・・・・軽く指先で合図するリードの弐号機。
一応、ダンスとともに「段取り」は叩き込んである。睡眠学習の要領だ。

「うん・・・・わかった」碇シンジは了解した。

追撃戦終了まであと十七秒。




へえ・・・・へえ・・・・・こうなりゃ時効までにげきったるわい・・・・サツの犬が


あと十三秒。



ぎりぎり・・・・・・おいつかれんぞ・・・・・ざまあ、みさらせ・・・・・このまま、マカオか香港に高飛びじゃい・・・・



あと十秒。



うっしゃー・・・・・もう少しで天国じゃー・・・・・ぱらいそじゃー・・・・

「「フィールド全開!!」」
急速停止。疾風ワルツのファイナルは使徒を仕留めず終わってしまう。
電源に残る力を全て十秒時点で使ってしまう。弐号機、初号機のATフィールドが津波となって使徒を呑み込む。一瞬で引き千切られる使徒のフィールドだが、本体に損傷があるわけではない・・・・・弐号機、活動停止。使徒はまんまと逃げ切ることに成功した・・・・・・か。


「ファーストっ!!頼んだわよっ!!」


しかし、待っていたのは氷の地獄、水晶剣山コキュートスであった。




氷刀、一閃




零号機、綾波レイが忽然と姿を現した。ちん。鞘に使徒切リ日本刀「零鳳」を収める。
日本刀鍛冶の血筋的親玉、伊賀守金道系の名刀である。用途は使徒居合い切り。




そ・・・・・そんな・・・・・どこに・・・・

使徒にしてみれば信じられないだろう。高速を誇る自分の前に忽然と現れた青いエヴァが。
地下から送り出されてきたなら、

気がつかないはずがない・・・・ぞう。



リン・・・・・・片方のコアが綺麗に両断されていた。西瓜のように。



「今宵の斬鉄剣はひと味違う」だの、大見得をきってもよい見事さだが、綾波レイはそんなことはしない。ひたすらに仙水の境地。無駄なものを斬ってしまった・・・・むなしい


もうひとつ、理由があったかもしれない・・。


なにせ零号機は、今回、「ビルから生まれた」からだ。
今の今までずうっと。ビルの中にいたのだ。予定時間と予定の地点に使徒が現れて、ビルごと切ってしまうまで。これまた綾波レイ以外、よく耐えうる役ではない。
このビルは、そんなわけで「紙」で作られている。作戦顧問の発案だ。もちろん、今回こっきりの使用であるから、補強と骨格はあるが、廃品を回収して造った巨大な箱のようなものだ。そのための「箱男作戦」。使徒をなめているとしか思えないが、成功したのだからそれで良かったのだろう。人選も良かった。一人しかいないが。
要は相手の虚をつくことである。目の前の相手しか察知できない単純さをついたわけだ。

これをやったのが、綾波レイと零号機でなければ、「ビルから生まれたビル太郎」という伝統栄誉あるあだ名がついたことであろう。

「いよっ!!綾波屋!!」と日本人なら声をかけおひねり投げずにいられない役者ぶり。 白くすました流し目が、玄人すじにはたまらない。


それでも使徒は片肺飛行となっても、なんとか逃げのびようとする。
おそらくは招かれざる箱根温泉へ。
けっこう速い。零号機の攻撃範囲からすぐに逃れる。
装備をライフルに変えようとした綾波レイだが、その必要はないようだ。



だん、だん

左陣にエヴァンゲリオン弐号機 右陣にエヴァンゲリオン初号機

外部電源コードを接続して、使徒の前に立ちふさがる。



「つーかまーえたっ」
それは世界最強にして最恐の愛らしさ。手向けの紅華、ビエラ舞う笑み。


「逃げちゃ、ダメだ」
あまり説得力と意味がないが、とにかく逃がす気もここを通す気もないのは伝わる、エヴァンゲリオン初号機専属操縦者、碇シンジ、今回の終末(けじめ)の言葉。



うおー!このままで終わってたまるかー!!おのれらも道連れにしちゃるー!!

ダイナマイトを腹に巻いた特攻男のようにつっこんでくる使徒。
ここまでくるとどこらへんが神の使いなのか分からないが、強いことは強かった。
しかも、最後の最後の最後まで諦めないファイトをもっている。
ぶんっ

無事なコア腕を弐号機頭部めがけて振り回す。


「ふんっ。往生際が悪いわよっ!!・・・・・・・・・・あっ!!」
鋭利なボクサーのように華麗にスウェイで見え見えの攻撃をかわす弐号機・惣流アスカだが、使徒の攻撃目標もそっちではなかった。回転フェイントだ。

標的は、エヴァ初号機、鈍そうで事実鈍い、碇シンジ!!
こっちをひっくり返せば、逃げる隙は十分作れる。こいつが不死身の弱点(?)だ。

これで前回までの繰り返しだ!今度は容赦せんからな・・・・・

惣流アスカならばともかく、碇シンジがそんな人生裏街道攻撃をかわせるわけがない。
また、角をへし折られるか。

「シンジっ!」
「シンジ君!!」
「碇君・・・・」
さすがに同じことの繰り返しは耐えられない。かんべんして。お願い・・・・・


「ふっ・・・・・勝ったな」
このへんで言わないとタイミングを逸してしまうからな。

フ・・・・・珍しく碇ゲンドウが苦笑らしいものを浮かべた。



だが・・・・・・



アン喰リ
赤い月を食らおうとする螺旋の居座る上弦の獅子のごとく。
エヴァ食欲魔人の奈落の顎が口を開いて待っていた。




噛神(がじん)っ!!



コアを噛み砕く初号機。がーじがじぼーりぼり。


「・・・・ごみゃじゃくない」
何を言っているのかよくわからない。方言ではない。とにかく、碇シンジは使徒の最後のあがきを文字通り、粉砕した。




「そ・・・・・・・

「そ、そうよ。エヴァのパイロットに同じ手が通用すると思ってんの?バーカ」
自分はそうだろうが、個人差がかなりあることも知っている惣流アスカである。
内心、冷や汗たらたらものであった。最後の最後の最後まで・・・・・あの、ばか。



あ、あうー・・・・おでのかねがあ・・・・・・たまがあ・・・・・・・・


ごうなっただ・・・・・・じょくせつてきにみちずれだあ・・・・・・・・



「あ、自爆する気だな」
結局、コアを呑み込んだ初号機。無敵怪物ぶりに拍車がかかっている。
だが、その指摘するのも本当のことである。無敵、イコール鈍い、の黄金律にちょっち、逆らっている。



「・・・・やるこたあ、ひとつね。・・・・・”アレ”、やるわよ」
「・・・なにそれ。逃げるんじゃないの。爆発に巻き込まれるし」

「だーっ!!、ここまできたら、うん、でしょうが!!アンタ、男でしょお!!」
「アレってなに?そんなの教えてもらったっけ」

「完全に使徒を叩きつぶすまで、殲滅したことにはならないの!!・・・・大体、このままじゃ腹の虫がおさまらないし・・・・・・」



「二人とも・・・・逃げた方がいいわ・・・・・話すのはあとにして」
冷静に安全圏に避難した零号機綾波レイから通信が入る。

「とにかく!逃げるなり、アレするなり、早くしなさい!」
急ぎながらも単に「逃げろ」と命じないのが葛城ミサトらしい。

「あと五秒で爆発」とマギが告げる。


「使徒を・・・・吹き飛ばす!!やりかた、分かるでしょ」
惣流アスカのやろうとしているのは、合体技という、絶対の信頼と絶妙のコンビネーションがたいてい必要とされる、必殺技分野の中でも高尚な部類にはいるものだ。
エヴァのシンクロに加え、パイロット同士の感性のシンクロが必要になると、エヴァで行うには二倍難しい技だ。しかし、碇シンジを相方にしてよくやる気になったものだ。

「大体分かった。でも、アスカの言ってるのはどっちのほう?」

これはだめかもしれない・・・・合体技にたいてい必要な、スパーク熱血が足りぬ。

「あと一秒」とマギが告げる。

おててつないで、なかよくおでのみちづでにだで・・・・・・


使徒が自爆する直前!!ズオンッ 突如、第三新東京市に巨大な竜巻が発生した。


ダブル昇竜サイクロントルネード・タワーリングインフェルいなずま・旋風烈風龍巻圏界剪断破!!


弐号機初号機の二種類のフィールドを螺旋状に編み合わせた・・・・と、理屈はよかろう。 唸りをあげて暴れ回る迅雷とそれを統御する火炎旋風が天を貫き世界を照らす。

まさにATフィールド・アレキザンドリア大灯台。

トロポスフィアもストラトフィアもメゾスフィアもサーモスフィアもイオノスフィアもやすやすあっさり通過して、エクゾスフィアでさよーならあ。
ともかく超絶の破壊力。地球の引力も太陽系の引力もモノともせず、使徒はどこかの闇の星雲、宇宙怪獣墓場あたりまで吹き飛ばされ激突死かと思われる。墓を壊され安眠を乱された宇宙怪獣たちがどうなったのかは謎である・・・・・。





「ふうっ・・・・・・勝ったか・・・・・」
脱力する葛城ミサト。快哉をあげる元気もない・・・。赤木博士がその肩をたたく。


心臓に悪い場面ばかりが続いた反動で、どっとカーニバル状態になっている発令所。握手や抱き合う光景の雨あられ。伊吹マヤなど、辺りも憚らぬわんわんとうれし泣き。 ああ、生きててよかった。この場にいることが誇らしくさえ思える。なぜなら・・・・・


やっぱり・・・・・・・




「今日もエヴァは強かった!」

からだ。



これで本当にネルフでの仕事を終えた渚カヲルが、この場のすべてを見つめつつ。
花束のような言葉を、捧げた。匂いたつ薫りが、人々の魂をねぎらうように包む。

「本当に、めげない人たちだね・・・・・・・・尊敬に、値するよ・・・・・」


ぼくは、ここにきて本当に良かった・・・・・



虹む視界が、別れの、挨拶。