マギが風邪をひいた



ような、おかしな日々が続いていた。どうもマギの調子がおかしいのだ。
全体的にパワーが上がらないとでも云うのか・・・・・業務に差し支えるほどの機能の低下・故障というわけではないのだが、反応が普段より数秒遅かったり、雑音が混じったりパスワードを認識違えたり、オレンジ色の影がモニターを走り行くのが見えたり、オペレータ達が首をかしげる事例が多くなった。
定期検診や、システム自ら不都合を捜してそれを消去ないし改善、または報告等々、異常があろうとすぐさまそれを感知されるような仕組みにはなっているのだが、なにせマギは・・・マギの扱う領域は広大にして、膨大。実のところ、赤木博士にさえ既に全体の把握は不可能。システムアップして何年経過したか・・・・バージョンアップはされているしマギにはある程度の自己進化機能がある。


どうも、とはえらくファジーな言い方であるが、本当にそうなのだから仕方がない。
ネルフ本部内で最もマギに詳しい人間、赤木リツコ博士でさえ分からない・・・明確に指摘出来ないのだから。あとはマギ自身から聞き出すほかあるまい。

が、天才万能科学者赤木博士はなにかと忙しい。公私にわたり十二分に補佐してくれた渚カヲルはもういない。葛城ミサトでさえ声をかけづらい目をしていることが多くなった。


寂しがる、とか荒れるとか、冷たくなる、とか・・・・これは元々か・・・・出来れば、ラクなんだけどね。リツコ先生も。それは葛城ミサトの独り言。





おかしいのはマギではなくて、それを支える工事機構の問題。赤木博士は切り捨てた。
マギオペレータ責任者会議の席上でのこと。巨大なシステムを支え護る番人たちの会議。
おまけオブザーバーとしてついていった葛城ミサトでさえ鼻白むほどの冷厳さで「工事」の杜撰さをメタメタにやっつけてしまった。確かにどこだとは特定はしないが、人間のやることであるから、あるところの工域はさるところの工域より出来が悪い、などということはある。公正にして対等な0と1で構築されているわけではないのだ。世間は。


「”そろそろ”杜撰の結果が現れてきただけのことです・・・・」


赤木博士はそこまで言ってのけた。会議が荒れたのはいうまでもない。
ツケが回ってきたのだ、と薄く歪んだ唇が。後ろに控える伊吹マヤが信じられぬ表情で。



別段、赤木博士とマギを非難しようというわけではない。単に、部下達より上がってくる報告から客観的にこうした席上であらためようとしただけなのだ。こうした事は今までも何回かあった。あの大停電事件の教訓からの「補電計画」やらアバドンの「調査」やら大幅にシステムをいじくれば、そのあとある程度の反動がくる。ずっとその面倒を見てきたのだ。使用レベルこそ様々に異なれど、マギによせる愛情や信頼は劣るものではない。




赤木博士とオペレータ連の間に目には見えない亀裂が走った。




あっちゃぁ・・・・・・葛城ミサトはその音まで聞こえた気がして、内心頭を抱えた。



エヴァ戦闘時の発令所のオペレータは、マギシステムを稼働させるオペレータの全体から云えば、一割に満たないほどである。それが花形といえないこともないが、それだけがマギの機能ではない以上、関わるオペレータも様々である。中にはネルフ本部の外からアクセスする権限を与えられた民間人(むろん第三新東京市在住でネルフと無関係というわけではないのだが)もいる。システムの各セクションを束ねるのは、それなりの年期の入ったマスター熟練で赤木博士より歳もいっている「宿老頭目」たちである。
いくら赤木博士が天才でも目が百個、手が千本ある観音でもないかぎり、システムを独占できるわけもない。頭目達は赤木ナオコ博士を知っている。まだ髪を染めてない高校生の頃の赤木リツコも知っている。そして、自分達の実力も知っている。



冷厳でも冷酷でも冷淡でもよい。機械は冷冷にして冷冽を好む。
だが・・・・・
あの何とも投げやりで刺々しく雑な態度はなんであろうか。マギに絶対の自信があるのは結構なことだが、これはあまりに安易な責任転嫁。
役所仕事だな、とシャレにもならぬことを誰かが毒づいた。



結局、ろくろく話も聞かずに赤木博士はさっさと会議を打ち切ってしまった。
詳しい原因究明もされず。その為の方策も話し合われずに。




「・・・・・・・・」
赤木博士の後を追いかけるでもなく、一番最後まで議席に残っていた葛城ミサト。
厄介ごとが始まる気配に肌がヒリヒリする。キナ臭い匂いがする。
システムのことなど葛城ミサトには分からないが、カンでわかる。
「こりゃ、タダじゃすまないわね・・・・」
人間のことではない。そんなのは見ればわかる。キカイのことだ。システムの異常。



「うーん・・・・・・・・・・・」
いつしか碇ゲンドウのように手指を台形に組んで考え込む。うつむく。
なんでも自分で抱え込んでしまい、他人をあてにしない友人のことを。
許容量は弁えているから、それ以上は関わろうとしない友人のことを。


友人だから、遠慮なく言うが、お世辞にも赤木博士は宿老頭目たちやオペレータたちに評判がいいとはいいかねた。はっきりいって、自分勝手なのである。


少し逸れるが「不可解な人月」というソフトウェア開発における労働法則がある。
The Mythical Man month・・・・「人数」かけ「月数」で、人を増やせば労働量が増える、という当たり前の法則が、通用しない不可思議さを指摘した言葉である。
人の数が増えると、コミュニケーションの頻度が指数関数的に増大するからだ。
仲良う仕事しましょう、なんてことではないが、リアルタイムに変化していく事柄を増えた人数分に忠実に伝えなければならないのだ・・・・マギほどのばかでかいシステムになればちょっとした伝言ゲームが命取りになる場合もある・・・・


これは、二つのことが教訓として導き出される。
「だから、ソフトウェア設計は少数で優秀な頭脳に大多数の働きアリが従うべき」という教訓。
「だから、会議の場で、精密なドキュメンテーション(仕様書)を作り全員で議論して、理解を図った上で、次に進む」という教訓。


まあ、どんな職場でも急に新人がドカンと入ってきたって仕事が速くなるわけではない。
が、いずれは仕事に慣れていくし、人間が相手ならば、なんとかならないこともない。
だが、機械の場合はそうはいかない。ちょっとでも命令間違いが打ち込みミスがあれば、それでクライシスるわけである。ダダもこねず、ただ停止するだけ。
単独の工場機械ならば、いずれは慣れるだろう。が、リアルタイムに変化していくシステムはそうもいかない。常に世界最強最高を求められるマギシステムともなれば、その進化の度合いも快絶なほどである。高濃度に綿密な各セクションの同意が必要になってくる。
マンガばっかり読んでいそうな日向君も、ギターでシャウトしてそうな青葉君も、影では勉強精進しているわけ。


ところが・・・・・



そんな機能結束を乱す人間もいる。誰あろう、赤木リツコ博士である・・・・

天才であることが裏目に出た。赤木博士はこれだけ巨大なマギシステムのソフトを自分一人でろくろく設計もせずに書いてしまえるのである。しかも、一糸の乱れもなく。
ほとんど手塚治虫のブラック・ジャックである。
単に頭がよいだけでなく、実務能力にも長けているのだ。
これは、尊敬する赤木博士がどれほど偉大か、その実例を伊吹マヤに聞いたことがある。 人間がプログラムを一見して誤りの箇所を速やかに発見できる範囲は100行から200行までだという。この百行の差が一流とそれ以外のプログラマーの能力の差であるという。 伊吹マヤは380行。・・・・大したものだが、赤木博士はざっと1000行。桁違い。 しかも、五台のモニターを同時に視認して、である。もはや人間業ではない。予知能力という方が近いかもしれない。ろくろく考えもせずに「完全手順」を初めから記述してしまえるのも、それに近い。電子回路世界の千里眼。母親譲りの才能・・・・らしいが。 周りの人間がバカにみえて仕方がなかろう・・・・佐久間象山より賢いので面に出すことはないけれど・・・・
ネルフのような機密組織にはそれでよいのかもしれないが、人間の情として、オペレータ達が面白いわけもない。特にデータファイルの名前を勝手に変えられたり、便利なのだが知らぬうちに新たな機能を付け加えられたり、しかも面倒なのか億劫なのか、それを公表することがない。いつもマネージャー役のマヤちゃんが慌てて紙に書いてシステム掲示板に張ってたりするもんね・・・・リツコにはズボラを責める資格はないわ・・・・・・・
そのへんのことが分かってんのか、分かってないのか・・・・


ともあれ、これだけ天才でありながら、「ナオコ博士には及ばない」と陰口を叩かれるのだから、マギシステムの創始者はどれだけ偉大だったのか・・・・葛城ミサトは真面目考えない。そりゃ「死んじまった先代の蕎麦は、天麩羅は、寿司は、もっと旨かった」というのと同じだから。着任当初、それを耳にしてコーラぶっかけてやって逃げたことがある。
クールな赤木博士も、やはり内心は面白くないだろう。

とはいえ、客観的に話を整理しても、ちょっち小粒らしい。姉御肌な母親に比べると。
碇司令にもタメ口だったらしいから・・・・・マギはオペレータ、技術者の聖域だったわけだ・・・・・が、現在はちがう。赤木博士は碇司令に従い、機密を好む性格。
単なるマギ運用の責任者、のみならず、やはり赤木博士は、マギを前にした時に微妙な立場にならざるを得ない。マギシステム開発者の娘。冠絶した才能。万能科学者の肩書き。 揃いすぎている。皮肉なことに、世界最高の機械頭脳を背景として、人間・赤木リツコの部分が最も強く、華々しく浮かび上がってしまうのだ。人を集めてしまうのだ。
くだいていえば、「跡目を継いで頭にいただくにゃ心意気ってもんがたりねえよなあ」というところだろう。リツコ自身は「そんなものにはなりたくもない」と応えるだろうが。
いろいろと難しいのだ。数値変換して処理するわけにもいかないから。
ただ、仲が悪いというだけなら、ラクなのだが。
人生は、他人の期待に応えながら前進していくような部分がある・・・・錆の味がしても。



だが、現在の赤木博士は不調・・・・・・腑抜けになりつつある・・・・




自分にあてはめて考えてみると・・・・(リツコは死ぬほど嫌がるだろうけど)・・・・今の状態は・・・・シンジ君とアスカがいなくなった「毎日」、明日も明後日も明々後日も続いていく日々。それはもう取り返しのつかない、二度と戻らない日々。

その欠落を統御するプログラムにはどれだけのメモリを必要とするのか。
それを埋めるために行われる演技のための感情操作。言動発声。情動抑制。

赤木博士は死んでも認めないだろう。今の自分が不調であることなど。
機械よりも「機械的」であろうとするようなところが、友人にはある。



回らぬ歯車の、音をきいたか?



だが、今の所どうしてやることも出来ない。言葉をかけることも。手助けすることも。
結界に、入ってしまっている。余人の侵入する隙間もない、マギの結界に。
その中で、どのような表情をしているのか、それは長年の友人にも見えない・・・・。


「天才の友だちを持つと、苦労するわねえ・・・・・・」


ほんとに






第三新東京市、の高級住宅地にある山岸邸 九時の晩


山岸マユミの部屋



かたかたかた・・・・・・山岸マユミがかたかたとキーボードを叩いている。字は綺麗だが、キーを打つのはあまり早くない。かたかた、かたかた、と。


学校の宿題、ではない。日記、でもない。モニターに映っているのは・・・・・
「ホームページ」だった。正確には、それを作成するソフトに内容を打ち込んでいる所なのである。専門用語で云えば、コンテンツである。閲覧しているのではなく、作成しているのだから、このホームページの主催者、専門用語でいうとウェブマスターは山岸マユミである。そう、山岸マユミさんは現代ではちょっと珍しくなった、個人のホームページ持ちなのであった。他の趣味で例えると、日舞やウクレレを習っているくらいの珍しさであろう。これは、ホームページが衰退したのではなく、ネットワークの性能や利便性が高まったせいで、いってみれば、一軒家の店をかまえてのんびり客を待っているようなやり方が「古風」になってしまったというわけだ。各家庭の機械の性能の向上も、「ねっとさーひん」などというちんたらしたやり方をせんでも済むようにしてしまった。ソフトの進化が、個人情報の発信方法をもっと多彩に、洗練されたものにしたことも一因であろう。
こんてんつを組むのは、手作りお弁当のようなもの。時間と手間と愛情が、必要なのだ。


棒倒し、という遊びがある。砂の山に小枝をさしておき、数人で順番にそれを削っていき、砂山のバランスを崩して小枝を倒した者の負けだ。数人でさくさくと削っていくのが過去のやり方ならば、現代は一人でいきなし「がばっ!」と山を全部とっても小枝が倒れずに空中に浮かんでいるようなもの・・・・・・


なんじゃそりゃ、物の例えになっていないじゃないかという気がしないでもないが、技術の進歩というものの、それが、本質である。「それって、ヒキョウじゃん!」と。



三十秒の文明論ははさておき、そういうわけで、山岸マユミのようなホームページを作る人間は趣味的にも珍しいのである。あまりにデータベースが豊富で情報検索が便利になってしまったので、ホームページをつくるのが、飽きられた、わけではない、と思う・・・・よ。分厚い本が簡単に手に入るのに、わざわざ写経のごとく手写ししていくようなもの。 または、四国八十八カ所霊場巡りを高速道路で大型バスがゆく、その奥の細道をてくてく行脚するようなものである。ものずきというか、ひまじんというか・・・・



インテリごっつぁん米俵の時代の落ち穂拾い・・・・・・・



「ミレーがいてくれてよかった・・・・誰の言葉だったかしら」
ふと、そんなことを呟く山岸マユミ。かたかたかた・・・・・キーを打ちながら。


作成・・・というか更新されていく山岸マユミさんページ。「更新」というのは専門用語・・・・ではないので説明ははぶく。
ちなみに、どのくらいの人が日舞ウクレレ的な個人作成のホームページに訪れるのであろうか。結論からいうと・・・・・・・・「人それぞれ、ものによる」
コンテンツがまあ、「あれ」な感じでサービス満点なところだと、まあ、「あれ」であるのは現在過去未来、異邦人でも日本人でも変わることはない。作る人間は少なくとも、そこにアクセス可能な人間は多いのだから。同じ畑にあることであるし。


山岸マユミさんホームページは、本人そのままの、地味・・・・いや、真面目な内容で、詩やこの所読んだ本の感想やら、文芸部の機関誌のようなイメージ。二面性を表すようなダークサイドにエキセントリックなところはなかった。いってみれば、赤毛のアンでアボンリーな感じのホームページなのである。具体的にいうと輝く湖水でウィローミアでドライアドの泉で恋人たちの小径でグリンゲイブルズなわけである。
この的確な説明に文句のある奴はあとで三丁目の原っぱまで来てくださいね。あん?



ただ、その存在は相田ケンスケしか知らない。山岸マユミが恥ずかしがって口止めしたせいもあるが、(アドレスさえ分かれば、恐ろしいことに授業中でも見られるのだから)教えたところで、地球を防衛した友人たちは、「ほー、ほーむぺーじかー・・・・。なんやよく分からんけど、がんばってくれ」てなもんであろう。
それはちょっと、もったいないことかもしれない。今はもういないが、渚カヲルに見てもらえば、詳しくてためになる感想をもらえたであろうし・・・・・・・・・・・・・・・

と、その後が続かないのだが。

碇シンジは本を読まないわけでもないのだが、困ったことに、日向マコトから借り受けた大量の「昔マンガ」にすっかり毒されていたし、鈴原トウジは上方参照、洞木ヒカリもしっかりしすぎて鈴原トウジの意見に非常に近いことを云うだろうし、惣流アスカは論外。

綾波レイは・・・・・・

綾波さんなら・・・・・・本読みは、本を読むというだけで相手を多少、好意的にみてしまう困ったところがある・・・・・と、思ったこともあったのだが、とどまった。



かこかこかこ・・・・・・・とんっ。打ち込んだ内容を転送する。通信代も安くはなっているが、いるだろう、たぶん、繋げたまま無駄な通信代を払うこともない。


そのあと、リンク間違いなど内容に不都合がないかきちんとチェックして、メールボックスをひらく。電子メールは便利なものだね、と開ける度に毎度思う山岸マユミ。
仕事や連絡用に用いているものではないから、これは、魔法の箱なのだ。
神様がいて、毎日、なにかを届けてくれるのではないか・・・・という松任谷幻想。


胸がわくわく、どきどきする。小さい頃からこういう機器に触れながら、まだこういう感性を失っていないというのも珍しい。どこか、古風だ。
電子のシステムに想像力をよりそわせて。だが、たまあにそれを凌駕したものもくる。
この前は、中国のポストペット(もちろん漢字)の竜型が五百枚ほど写真を送ってきてくれたことがあったし、文化祭のあとでは、連弾の感想をくれた人もいた。


インドから手紙が来た。2010年に出た革命的に凄い万能翻訳ソフト「WORD・PERPEKI」のおかげで、よっぽど意味不明な文章をかかぬかぎり(これはフィネガンス・ウェイクでさえそれなりに読ませてしまう優れものだ・・・・・ただし、民族紛争のどさくさの産物なのが・・・・)外国からの手紙も恐れることはない。しかも、第三新東京市では、良くも悪くもマギの検閲を受けているため・・・むろんそれは非公開・・・・解析率も世界でも指折りに高い。ウイルスやワームやらを届けられる心配もほとんどない。



「・・・・・・あら。地下三階で出現えるのは 、笑うヤカンだったかしら・・・・・・」

メールを読みながら、ちょっと考えて、傍らにおいてある手書きのノートに目を通す。
字は綺麗で丁寧だが、おそろしく細々とびっしりと書いてある。何が書いてあるのか不明であるが、少なくとも「赤毛のアン」には「笑うヤカン」なるものは出てこない。
大体、地下三階などという構造をもつ建築物を題材にする物語など・・・・・・
江戸川乱歩でさえ、土蔵の中であるから暗くはあるが地下ではない。


はて、これは一体?・・・・・・・・・



かこかこかこ・・・・・メールの返事を書き始める。あまりに便利な翻訳ソフトの存在で日本人はますます英語の読み書きが出来なくなった。話すのは・・・まあ、武装要塞都市のことであるし、薩摩藩のように外国の間諜を防ぐ意味で・・・・と、いうのはいいわけ。


「私も・・・・・・・・は、秀逸だとおもいます・・・・・・・、ダイアモンドの騎士に会えますように、と。・・・・(署名)」


メール転送。おそらく、一生、顔を見合わせることもないだろう不思議な話。
人にはいえぬ、秘密の話。これは相田ケンスケも知らない話。おそらく知れば意外さに驚くだろう。山岸マユミさんホームページの、詩や文論の他にもうひとつの売り物。




画面の左上の枝木に停留していた、紙鳥型マックマン(説明・読み飛ばし可・めんどくさがりの人類は、とうとうマウス操作にもめんどくさがるようになってきた。また、愛想のない矢印が面白くないかわいくないというわがままなユーザーの意見を反映して、マックを作っていた会社が生んだのが、「マックマン」である。リンゴに足が生えたような、某ペプシマンなみに不気味なキャラクターであった。しかし、単なる可愛さを狙ったファンシーキャラクターではなかった。なにせ、簡単な情報処理機能をプログラミングされ、AI搭載で自分の意志でネットワークをダイブし、ページ画面を歩き回り主の好きな情報を漁ってきてくれる、等々スグレ者の働き者であったのだ。犬に継ぎ、人類の第弐世代の友だちというのがキャッチコピーだったが、その牧羊犬のような便利で親しみやすい能力はすぐに受け入れられ瞬く間に広まった。まあ、アシスタント、または「仕事をして育ててくれた恩返しするたまごっち(はバンダイ)」といえば分かりよい。同時に、ペットでもあるわけだ。なにせ画面を見ればいつもいるのだ。嫁さんよりもマックマンみてる時間の方が長い、という会社員のお便りも新聞を賑わした。しかし、ヒット製品はすぐに真似されるのは、この世の常。エラーをかますと牙をむいて「ゲッゲッゲ」などと笑うのもアメリカン・センスといえばセンスだが、子供が泣くし、外国では受けなかった。そこで色々なタイプのものが出来た。今、山岸マユミが使ってるのは「折り紙の鳥」、奇しくも、あのJA時田氏の会社の製品である・・・「マックマン」というのは登録商標でこの機能を内蔵したキャラクターは全てそう呼ばれるべきなのだが、一般社会の常であまり守られていない・・・「アシ」「ナビ」「子分」「手下」「使い魔」などなど。最近の製品はお見合いして子供までつくってしまうものまで・・・・・と、キリがないのでこのあたりで)


が、ぴーひょろろと降下して、 3D壁紙の一部だと思われた樹木を三回、叩くとそこから隠し階段が現れた・・・・・・ 下ってゆけば、そこは、表とは異なる趣味の世界。相田も知らない世界。


それは・・・・・・・コンピュータRPG(ろーるぷれいんぐ)ゲームである。



現代は中身は進化して別種のものに変わってしまって、(ネットワークゲームや体験型や個人映画製作プログラムなどに継承されて)形態ほ形骸。ほとんど死に絶えたジャンルのゲームである。画面の中に、投影されたキャラクターが物語をなぞるゲームなど現代受けしないのである。ドット絵のキャラに感情移入する芸当すら、現代の子供には難しい。


物持ちの良く、さらにアンティークな趣味のある父親の影響で、山岸マユミは大昔のゲームに触れる機会があったのだ。最初はすでに幼稚園のお絵かきソフトでもお目にかかれないレベルのグラフィックに歴史を感じただけだが、テキストを読み進めていくうちに、もともと本が好きで感受性のするどい山岸マユミは、その古い物語り群に魅了されてしまった。
電気幻話、とでもいえばいいのか、もうセピアの香りのするその不思議な物語りたちは。
クラシック映画、ともまた違う。古びたコントローラを動かせば、画面の中の「彼ら」はたしかにそれに応えてくれるのだから。昔語ったことを、照れもせず、今も語る。


父親はいろいろと当時のことを話してくれた。娘に対して珍しく、熱の入った口調で。
「大人気のゲームを買うのに、学校サボって徹夜して店の前に並んだことがあったよ。
今じゃ、信じられないだろう?・・・・・ゲーム機自体もいろいろあってね。お父さんの買うのはなぜか決まって人気がなくなって、ソフトが出なくなるんだ。悔しかったなあ」

遠い目。この後、いろいろと違法改造の話が出てくるので、パパの話はサリー。



ともかく、山岸マユミはそんなわけで、「かくし趣味」として、「コンピュータRPGゲーム」をたしなんでいた。絶対数がいないので、おそらく腕前は五段を名乗っても怒られることはあるまい。免許皆伝を名乗っても、いいだろう。弟子はとらねど。


お気に入りは、「MOTHR」シリーズと「G・O・D(Growth or devolution)」、糸井シゲサト、鴻上ショウジなる一世を風靡したコピーライター、劇作家がつくったものです。そちらの方から知っていたのですが、・・・・感動です。

それから寅さんにはなれなかったけれど、名作「ドラゴンクエスト」シリーズ。



それから・・・・・・もはや電子の古典、黎明の「WIZARDRY」



好きなものを世間に知らせたい、または同好の士(士に限定しないし、ローンも可)と語り合いたいと思うのは世の常である。いささかびくつきながらも、ホームページのすみっこにそんなコーナーを作ってみたら・・・・・・・おるわおるわ、「隠れ・・・・勇者」たちが。絶対数が少ないだけに、そんな憩いの場所を渇望していたのだろう・・・・。
戦士にも休息が必要である・・・・中には、数十年のリアルタイムで迷宮の中を彷徨ってきた古強者さえいた・・・・外国の方なのに挨拶文が「拙者」で始まるのは驚きました・・・・・


「濃い」冒険者にたむられ、山岸マユミさんホームページは一気にカラーを変えられ・・・・ということはなかったのは、前述の通り。マナーが練れているのだ。
主催者より、参加者の方が歳は上であるし練達者なのは(たまに、やたらコンピュータに詳しいが小学生の子からメールがくる)トップページを見れば分かるので、それは暗黙の了解、ということかもしれない。せっかくの憩いの場なのだから。



このコーナーに魅力を感じながら、山岸マユミはおおっぴらにすることが出来ない。
恥ずかしいからである。相田ケンスケに教えてあげれば、さぞ喜ぶだろうに・・・・

そう思うのだけれど、やっぱり出来ないのが、少女の恥じらいというものであろうか。
考えるだけで、指がふるえてくる・・・・・繊細



「コンピュータの電力を切る準備が出来ました」 プつんっ。







早朝 コンフォート17マンション 葛城アジト・・・・ではなく、ミサトの住処


碇シンジがいつもどおり、朝食の支度を終えてエプロンを外そうと。
惣流アスカがいつもどおり、朝食の支度はしなくていい分、シャワーを浴びて現れて。
ペンペンはまだ寝ていて。

葛城ミサトが昨夜、帰りが遅かった割りには早く起きてきて新聞などを読んでいて。



「それでは、発表いたします!」
いきなり大声で告げる葛城ミサト。その前の神妙な顔をした惣流アスカと碇シンジ。



「「はあ??」」ユニゾン疑問符



それはそうだ。ここはアイドルの新曲発表会でも宝くじ当選発表会でもない、葛城家の食卓なのだ。いきなり何を発表するというのだろう。加持に捨てられたとか副司令に怒られたとか何か辛いことでもあったのか。ぼそぼそとその奇矯について相談するふたり。


「エヴァパイロットの休暇の日程とローテーションがついに決定しました!じゃじゃーん!」
新聞の裏に隠しておいた「日程表」をどどんっと目の前につきつける葛城ミサト。



「「うよっ!?」」その気迫にユニゾンで引いてしまうふたり。



「何よ。あなた達、嬉しくないの?」


「休暇って・・・・・・・ホントに?」
「ミサトさんの冗談かと思ってました・・・・・・でも・・・・」


碇シンジはともかく、頭のまわる惣流アスカはたちどころにその「休暇」とやらの意図を見抜いた。・・・・・基本的に正義の味方は年中無休で夜討ち朝駆け当たり前、こうやって普通に生活している状態は単に「待機」しているだけで、自分達の身分は「戦闘状態」こそが通常シフトなのだ。どこか遠出している間に使徒にこられてはたまったものじゃないし、その遠出先にこられても「更に困る」わけで、使徒を根絶やしにするまでは第三新東京市を離れられるわけがない。しかも、現在のエヴァは三体だ。戦力の分散は愚中の愚。キング・オブ・愚か者だ。



これは要するに・・・・・・「組み直し」



四号機と渚カヲルの存在を要諦として組み上げられた、葛城ミサト直轄部隊のエヴァ運用のコンビネーションを根底から組み直すつもりなのだろう。リ・セットだ。

しばしアタシ達三人を離しておいて、その距離を考え直させる・・・・・・
渚はもういないのだ。四方を守護すべき者の一角が崩れた。その間隙は皆で埋めなければならない。三角で四方を囲むには、以前より倍の気合いが必要になる。そのくらい、渚カヲルの存在は大きかった。認めてはいたが、痛感することはなかった。
彼がいないことを。もう頼れないことを。そのためにどうしていくかを。



模索していく時間


を、無理矢理つくってきたのが、今回の「休暇」というわけだ。
多分、ミサトにとっても、それは同じこと。少し、離しておきたいのだろう。
ミサト離れ、渚離れ、だ。・・・・・・ヘンな日本語・・・・・・・・

そんなことを考えながら、その「日程表」とやらに目を通す。


「・・・・・かなり長いわね」
「短縮してもその分、手当がつくわけじゃないからギリギリまで使っといた方が得よん」手のひらをひらひらさせたような口調は、惣流アスカの力みをぬけさせるためか。


ひとりにつき、およそ二週間。綾波レイ、惣流アスカ、碇シンジ、の順番で一週間が次の者と重なるようなローテーションだ。ファースト、セカンド、サード、の順番。

それ以上、深読みするのはつまらないことだ、と惣流アスカは思う。


そして、休暇の休暇たる所以は、この期間中は第三新東京市を離れてもよいということだ。言うまでもないが、学校もいかなくてよい。国内でも国外でも。


「でも、ファーストはあれだからいいとして・・・・・シンジは・・・・・」


惣流アスカの前半に「修学旅行」しかも沖縄、が行事予定として入っている。
綾波レイがどのような休暇の使い方をするのか知らないが、これだと碇シンジが行けないことになる。第三新東京市で戦闘待機だろう。おそらく本部で。
ドイツに里帰りするつもりはない惣流アスカとしては絶対に外したくないイベントであるが、かといって・・・・・


「うん?僕はいいよ。これで」


えらくあっさり。はったりでも気をつかっているわけでもない碇シンジの承認。
行事日程を知らないんじゃあるまいか。コイツ。


「京都にでも行ってみようかなあ・・・・・どう思います?ミサトさん」

「京都・・・・・・いいわねぇ。四季の色合いはなくなっちゃったけど、いいとこよ。
修学旅行といえば、奈良京都ってのがお約束だしい。・・・・・その時にゃ、シンジ君」

「はい」


「八つ橋おねがい」


「はい」



よくもまあ、ぬけぬけとミサトめ・・・・「シンジ、アンタ、もしかして知らないの?」

「何が」

「って!!修学旅行よ、しゅ・う・が・く旅行!ホラ、ここのよ」

日程表を指さす惣流アスカにのんびりした返答が返ってくる。

「知ってるよ。そのくらい。アスカ、ちょうどいけるじゃない。良かったね」


「良かったね・・・・って・・・・・・・」


一応、なんというか慈悲のこころというか、同情心から言ってやったのに、拍子抜ける。
こうもにこにこしながら言われた日には。こういうやつなのだろうけどさ。



まぁ、この休暇の目的からしてみれば、それが妥当なのかもしれない。
リ・フレッシュではなく、リ・セットの為なのだから。
そんな意図を碇シンジが汲んで、このように振る舞っているのかどうかは分からない。
沖縄のエメラルドブルーな海で脳天気パーに楽しんでこよーっ!という気にはなれないが・・・・色々と考えることはできる。心の中のものにケリをつけたり整理したりする時間。



大きな不安が、胸の内にある。口にすることはできない感情。


第三新東京市に来るまでの自分。第三新東京市の現在を過ごしてきた自分。
どのくらいの違いがあるのだろう。自分でも、過去の自分が同一だとは思えない気分が今は、あるのだ。多くのことを、知っている。心を、変化させるほどの。


それを検証するには、第三新東京市、この「”現在のある”場所」は、ふさわしくない。


なんつーか、ま、客観的になりにくい場所ではあるのだ。そうなってしまった。



いいかもしれない。前半は、沖縄で、後半は別のところに行っても。そのまま期間の許すまで、沖縄にいるということも。何はともあれ、不安は消しておかねばならない。
まだ使徒はやってくるし、エヴァに乗らなければならないのだから。


帰ってきたとき。なにか、変わっているかもしれない。自分がいないあいだに。
うらがえりのそんな不安がないでもないが、まあ、ミサトがいるなら・・・・
「そ。良かったわよ」


「じゃ、日程自体はこんなもんでいいわね。異議なしね?」

「あ。綾波さんは聞いてないんじゃ・・・・」
思いだしたようにたずねる碇シンジ。

「この日程、実はレイに合わせてあるの。だから、あなた達の意見を聞いてみたんだけど」

「へえ・・・ファーストもどっか行くわけ」


意外であった。碇シンジもそうらしく、顔を見合わせる。綾波レイと旅行、というのはあまり結びつかない。深窓の・・・・というか幽窓というか・・・お屋敷ではなく団地だが・・・・、といった感じであるからだ。活動的でないというか。「法事かな」「そうかな」


「行かないでしょうねえ・・・・・たぶん、家でじっとしているでしょうから。あの子」

「?・・・・それなら・・・・」


別に文句があるわけではない。ただ、興味がわいただけ。「合わせた」のはミサトだ。
これは、聡い惣流アスカにも分からなかった。


「ま、なにはともあれ。日程はこれでよし、と。あとはその期間内にどこへ行きたいか、考えて今晩十時までに提出してね。あ、そろそろ食べちゃわないと学校に遅れるわよー」
一応、保護者の自覚だろう。葛城ミサトは早い朝の時間の流れに棹さして指摘する。
かなりギリギリになってからだったが・・・。

「「あ!!」」


朝七時から八時はどう考えても通常の時間の流れより早い。時計の針が夜の内にためこんだ呼吸をターボしているのではないかと思うくらいに早く駆ける。
葛城ミサトが余裕なのは、今日は十時から行けばいいからである。時の流れから脱却しているわけだ。それと呼吸を合わしていたら、大変なことになるのは慌てる子供たちを見れば分かる。既に制服の碇シンジの方はともかく、惣流アスカの方は大変だ。質問に答えなかったのも別段、機密に関わるからではなく(実際、あとで学校にて聞いたのだ)朝の支度の時間を見積もったためであろう。一気に騒がしくなる葛城家。そこに迎えに来た鈴原トウジらが乱入するのだから手がつけられない。後にすればいいものを碇シンジが遅れた原因を口すべらせてしまい、あれやこれやとモー二ングドタバタうるさいことこの上ない。うぎーといやそうな顔をしてペンペンが起きてきた。


「いってらっさい」と、葛城ミサトが送り出したのは、全力疾走してもまあ、風速五十メートルほどの追い風でも吹かない限り間に合わないだろう、遅刻だった。いや時刻。


「やれやれ・・・・・・」



ジュニアハイスクールタイフーンが過ぎ去ったあと、葛城ミサトもゆっくりと支度にかかる。とりあえず、「休暇」のことは切り出せたし・・・・・葛城ミサトが、日程表を見る惣流アスカと碇シンジの表情をさりげなく、しかし鋭く観察していたのは言うまでもない・・・・・「そうかー・・・・京都かー・・・・」アスカの思考と日程は大体読めるのだが、碇シンジの希望がまったく読めない。霧島教授のお嬢さんに会いに行く、なんてのなら可愛げがあっていいが、アメリカにいきたいだの、北海道にいきたいだの、言われた日にはどうしたものか、と内心、頼んでいたのだ。正直、第三新東京市から出したくないのだ。・・・・良くも悪くもそのままで、羽根をつけた虎どころではない、雷翼の生えた鬼を野に放つようなもの・・・・・手元においておきたい。初号機を動かせるのは、シンジ君しかいない。


それに、アスカやレイに累積されているのは精神的な重圧で、それを遠方で解放してきてもらいたいのだが、シンジ君は自身の肉体的な疲労がたまっているのではないか・・・・

前回では、綾波レイはあやうく初号機の投石攻撃で。惣流アスカは初号機の錯覚攻撃で。

誤魔化さずにいえば、危うく、碇シンジに殺されかけたわけだ。

本来ならば、とてもチームワークなんぞ組めたものではないことをやらかしてくれているわけである。初号機と碇シンジ君は。それでも、なんとかやっている。
今までは内部調整役、アブソーバー、バランサーが超一流に優秀だったために一任しておけば良かった問題だ。あまりに天才で、その役柄がどれほど重要かすら気付かせなかったが、綾波レイを協調させ、惣流アスカを抑え、とりわけ碇シンジの扱いだ。
駘蕩として対等に。なかなか出来るこっちゃない。三色をドローする、白銀の絵筆。



レイも、碇シンジの対面に失敗(なのかどうか、判断する知識も能力もないが。神様じゃあるまいし)した後は、面には出さないが、どうも気にしているような感じで、暗い。
もともとない元気が、さらにない・・・・・気がする。カンだ。
碇司令の息子であり、恐れもせずに話してくるシンジ君とうまくいかないのも、レイが内心、どう考えてるのか分からないが、さみしかろう。数少ない、近しい、人間なのだから。



それから、アスカだ・・・・・その心に蔵めている気性の激しさを、よく知っている。

それを叩きつけられたら・・・・シンジ君は粉微塵になるか・・・・反動としてアスカの方が壊れるか・・・・・・正直、「もう、こんな奴とは同じ場所では戦えない」自分かシンジかどちらか選べ、などと選択を迫られたらどうしたものかな、と考えていた。ネルフの作戦部長は冷酷だ。先日、アスカがシンジ君のことを任せろといった時には、恐ろしさの方が先に立った。いつ爆発するか、分かったものではない。結果として、葛城ミサトは惣流アスカを甘くみていたわけだ。セカンド・チルドレンは不安定さを、克服していた。
あの涙は、成長を喜ぶ嬉しさもあったが、少々、申し訳なさも混じっていたのだ。



が、もちろん、それは無理しているのだろう。ひたすらに。心の奥底にためこんで。
演劇的に内心をぶちまけてみても、どうしようもないことがある。我慢するしか。
自分に操作できないほどの想いは、やはり他人にもコントロール出来ないのだから。
それを解放すればどうなるか・・・・・・・相応の覚悟が必要だ。代償と。
解決するための知恵はどこかにあるはずだ。自分の中に。それもまた、器量。



シンジ君は・・・・・・前回の戦闘で、頭を怪我している。自分でやったわけだが。
頭の怪我であるから、後遺症があるかもしれない・・・ゆっくり・・・・まあ、余り遠出しないで箱根くらいの温泉ででも疲れをとってほしいなあ・・・・・と、思う。初号機は無敵怪物エヴァンゲリオンでも、シンジ君は人間の中学生二年生なのだから・・・・と、いうのが葛城ミサトの希望だ。「京都かー・・・・・どっから思いついたのやら・・・」



ちょっち先のことになるが、その希望は叶えられることになる。

ただ、その希望を聞きいれてくれたものに問題があったのだが。

「今晩十時まで」などと後でよく考えたらまるでインチキ旅行社のやりくりであった。
それがいけなかったのかも、しれない。


そろそろ葛城ミサトは思い煩うことをやめて、開き直りはじめていた。
今日はJA社長の時田氏に会わねばならんし・・・・・リツコの方もそれとなく見ておかねばならないし・・・・使徒も来ないってのに、結構、大変だ。

どたどたどたっ


玄関が開いたと思ったら、騒がしく何者かが入り込んで・・・・・、と思ったら。
「あら。あなたたち・・・・・どーしたの」


碇シンジと惣流アスカだった。かなり慌てている。忘れ物か。今さらガスの元栓確認でもあるまいに。ただでさえ遅いってのに、戻ってきて。目をぱちくりさせる葛城ミサト。

「「お弁当!!」」
「忘れたのよ」「忘れたんです」現れしアンバラつむじ風。

大急ぎで台所に駆け込んで、さますためにフタをあけておいたのをとじて。箸箱に箸を・・・「ああっ、どこにあるのよ!えーい、これでいいわねっ!」入れようとしたが見あたらないのでフォークとスプーンを手渡す惣流アスカ。「うんっ!問題ないよっ!」ランチョンマットでさささと包む碇シンジ。「あら・・・・碇司令な・・・」と、葛城ミサト。

「「いってきます!!」」

「クルマに気をつけてねえ」


どうせ、完全遅刻なのは間違いない。気をつけた方がよろしかろう。
蛇足になるが、この時間ロスで二人は容赦なくアウト。けじめのついた友情をもつ鈴原トウジらはさっさと置いてけぼりにして、なんとかギリギリセーフ。「ま、あの先生なら怒られることもないし」などと余裕をかましていたのがアダになった。今日は担任の老教師は休みで、代わりに「ギョウザ」というあだ名の体育教師がやってきており、二人は廊下に立たされた。とくにネルフに恨みがあるわけではない。単に教育方針がそうなのだ。

「運が悪かったのう」合掌しながら鈴原トウジ。「くくくく・・・・」高踏派の記憶からますます遠ざかりアンタバカ派に認知されていく惣流アスカ。小声で隣の碇シンジに「アンタ、くやしくないの。この薄情なジャージバカに恨み言のひとつでもいってやんなさいよ」とつっつくのだが、碇シンジは立たされても平然として、「かわいそう、碇君」などと声かけてくる女子の方ににこにこアワレミを受けて(アンタバカ派の文学表現による)
いる。・・・・・この後、どうなったのか、蛇の足はすりきれた。





きーん コーン かーん こーん・・・・・・





同じくそのまま第三中学校 昼休みの屋上


「なにいっ!!海外いっーーーーーーーーー!!」

女の子らしからぬセリフで綾波レイに詰め寄ったのは惣流アスカ。



「そうよ」



相手がアップで押し寄せようと遠景ズームで見つめられようと、綾波レイの態度は変わることはない。しかし惣流アスカはお弁当フォークを持ったままなので危ない。
はみ。綾波レイは、白一色で構成される(耳をとったパン部分と白いクリームを塗った)、綾波式サンドイッチの続きをおどろく周囲にかまわずに。


事の起こりは、惣流アスカが遅刻した原因として碇シンジの口の軽さを攻め立てあげたことにある。たいていの場合、これはのれんに腕押し、糠に釘、な結果に終わる。そして結果からいうと、碇シンジは惣流アスカに口げんかで負けたことは一度もない。惣流アスカの用いる論法が高尚すぎて碇シンジに効かないためである。ひどい場合には、論とは何にも関係ない事柄の「説明」になってしまって、「へえ、これでひとつ賢くなった。アスカ、ありがとう」で終わる。さんっざんっ語らせた挙げ句にこれである。惣流アスカが大阪に生まれていたとしたら「もー、アンタとはやってられへんわ」というところだ。


鈴原トウジや相田ケンスケや洞木ヒカリのような「通常人」からしてみれば、どっちもどっちというところで、適当なところで合いの手をいれて流れをかえる。これもいれる人間によってかわるのは、話術の妙、というものである。洞木ヒカリが尋ねれば「流れ」が変わるが、鈴原トウジがつっこめば「矛先」が変わるというように。

「エヴァパイロットの休暇」とやらに、「修学旅行しかも沖縄」が重なる、というのは彼らにとっても他人事ではないわけで。相田ケンスケが介入して、話の「展開」を変える。

これはネルフの機密のような気もするが、すでに聞かれてしまっているし実際に沖縄に行くんだから隠密行動もないもんだわ。ついでにファーストの予定とやらも聞いてみるか。
「ダダ漏れてこぼれた機密はまた汲めばいい」って誰かがいってたわ。忘れたけど。
そう考えて、惣流アスカが尋ねようとしたところ、先に碇シンジが聞いてしまう。


「綾波さんはどこに行くの?」


いくら説教しても、パイロットとしてはともかく、秘密組織の構成員としての自覚に欠けるのか、どうも「謎めか」ない碇シンジであった。綾波レイはしばらくして、答えた。



「作戦顧問の随伴で、休暇日程第壱日目から最終日まで北欧三国に。詳しいスケジュールは未定・・・・」



もしかして、綾波レイは碇シンジに話しかけられて、驚いたのかも知れない。
くどいようだが、その僅かな機微を認められるのはこの場にいない渚カヲルくらいしかおるまい。実際、この場にいるのは皆、ただひたすら「海外」ということに気をとられる。
しかも、北欧とは。えらく通好みというか、渋い。


それで惣流アスカのらしからぬ叫びとなるわけだ。
叫んでしまったのは、綾波レイと海外旅行というのが一瞬、結びつかなかったためだが、二瞬後には思い当たることがあった。ははあ、そのように策謀したわけか・・・・・・。
表向き「任務」のような形にしておいて、というやつだ。たしかに、ファーストのような奴にいきなり「休め」といったとて、そりゃ、形式が異なっている。拒否反応でも起こしかねない。・・・・・にしても、あのジイさんと一緒とは・・・・・・いくらファーストが常人とはかけ離れた感受性の持ち主でも、そりゃちょっとないんじゃなかろうか。
どう考えても「楽しく」なりようがない旅。それでいいのかもしれないが・・・・・。


「ふーん・・・・野散須のおじさんと。でも、ちょっと意外だな。自転車で南米のアマゾンとか横断しそうな感じなのに。途中でアナコンダとか虎とか山賊に会ったりして」
「そら、旅行やなくて冒険、探検やろ!!」
「それに、アナコンダはともかく、アマゾンに虎はいないだろ。山賊も」


「・・・・・・」
それ以上詳しいことは話さない綾波レイ。これくらいでも、大盤振る舞いなのだろう。
三国とだけ言ったが北欧のどこなのか、そういうことは秘密であるらしい。
単に3バカな会話に愛想がつきてしまったのかもしれないが・・・・・
冗談でも、綾波レイがそのような明治快男児的痛快怪奇冒険に同行すると考えつくのだからつくづく「おりこうのはんたい」である。



「僕は京都に行こうと思うんだけど」

綾波レイはすこし、虚をつかれた表情をした。

が、それもすぐに消してしまうと


「そう」


とだけ答えた。


碇シンジと綾波レイは修学旅行に行けないが、それなりに「自分の時間」を過ごすことができるらしい。惣流アスカが行けるだけでも、残念ではないのかもしれない。
京都と沖縄と、そして北欧。チルドレンの休暇。その間の留守を守るのは、やはり。
三番手にして最終の。エヴァ初号機と碇シンジ。その絶大な力が今回のすべての源。
綾波レイが行き、惣流アスカが行けば、あとに残るは碇シンジ唯一人。その一週間。
使徒が来襲すれば、初号機のみで迎撃することになる。碇シンジだけで。


第三新東京市、すべてを預かることになる。その肩にのせられる。


続けて五重塔がどうのこうの舞妓さんの写真がどうのこうの三バカ話している碇シンジを見る。真面目な委員長、洞木ヒカリも「修学旅行とは京都」ルートにあこがれがあったらしく話に加わっている。山岸マユミはちろっとした視線で相田ケンスケに「日本文化がなんとかとか」言い訳させる。セカンド・チルドレンの眼差しで見ている。


とんでもない重圧なはずだが、ミサトはそれを選択し、指定した。其れは可能だと。


ファーストが・・・・(よくわかんないけど任務も入ってんでしょうね。実のトコ)・・・そういうギリギリの日程なら・・・・アタシは早めに切り上げることになるかな・・・いくらなんでもシンジ一人じゃ・・・・。惣流アスカは大体、予想はしていた気を配る。
頭の中で並べられた十四枚の「お休みアスカカード」を半分七枚めくらずに返すか。
四人いたところを三人でなんとかしてかなきゃならない。から、仕方がない。


あーあ、コイツほど気楽になれたらなあ・・・・・


ふっと、視線をなまらして温くした。おべんとオムレツをスプーンですくって食べる。

「・・・・・・・」
横から視線を感じた。確かに、ちょっとヘンだけどこれしかないんだからしょうがないじゃない・・・・って、ファースト?。なんでアンタが。オムレツが好き・・・・・なわけないか。にしては、視線は何気ないものでなく、意志の圧力を感じる。

「な、なによ・・・・・・・」

言いたいことがあるなら、ハッキリいいなさいよ、と言っても無駄なのは分かり切っている。目は口ほどにものをいう、とはいうけれど。「野菜もたべなくちゃいけない」・・・・・少なくともそういう目つきではない。同意友好的ともいいかねるが、批判敵対的というわけでもない。感情ではないから読みにくいこと。まるで宝石の鑑定。


惣流アスカがこの時、綾波レイがなにを伝えたかったのか、おぼろげながら思い当たったのは、五日ほど経過してからだった。大幅な進歩といえる。つまりはこの時は分からなかったということであるが。さながら星をわたってくるほどの伝達速度であった。



「けどさ。綾波と惣流がいない、シンジだけの一週間に何かあったらどうなるんだ?」



こう問うたのは相田ケンスケ。ジャーナリストの素質があるのかもしれない。
なければ困る。それは友人とはいえ興味本位で聞いてはならぬことだからだ。
惣流アスカが僅かに顔を曇らせる。なあなあで済ませておけばよいものを。

自分でも「嫌な野郎の質問だな」とは思いつつも相田ケンスケは聞いてみた。
別段、大量の誰かさんを代表する気分などない。それは、あることを見確かめるために。

真面目ではあるが、あくまで個人的・・・・この面子で話すちょっと範囲の広い・・・・なことだ。友人であるから。その視線は碇シンジにある。



「うん・・・・・・」

碇シンジは答える。口調そのものは普段とかわりがないが、内容に迷いはない。




「その間の留守番役は僕だからね。僕が、守るよ」




照れも気負いもなく。淡々と、とうとうと。とても、自然にいえた。その言葉は・・・



誰かに、にていた。



この場にいる、皆一様に・・・・・・ゾクッとした。



何か所有しているものを守護する番人としてでなく、何か預かったものの保管者として。
火を噴くような気合いや鉄の意志ではなく、ある種の謙虚さをともなった澄んだ覚悟。
その才に比して報われることがあったのかどうか、微笑みを絶やすことなく照らし。



渚カヲルに。



影響を受けた、といってよいし、染まった、といってよいし、真似している、といってよいし、身の程知らずだといってよいし、お前には無理だよといってよい。

無意識のものなのか、半ば意識的なものなのか、いかなる心の働きか、ともあれ、碇シンジの中には、確かに渚カヲルの面影が息づいている。誰も代わりになどなれないが、去った後の出来てしまった穴は誰かが埋めなければならない。それを繰り返して。



碇シンジは伊達に、渚カヲルを慕って彷徨していたわけではないらしい・・・・・



影を追うのではなく、身の内に刻んで生かすために。無駄にせぬために。道を続けるために。効率的ではなく、無駄が多い、自分なりに編み出した方法で。
言葉にされることはない渚カヲルの裡に宿していたものを、共有する。共鳴する。


天才少年渚カヲルと鬼才少年碇シンジ。似ているようになった。このふたりは。


その安心する言葉の中に、確かに渚カヲルを感じた。だから、皆、ぞくっとしたのだ。
本人のことを語るでもなく、その者を感じさせるというのは。



碇シンジ唯一人、碇シンジだけならば、このようなことは言わないだろう。
惣流アスカも綾波レイも知っている。鈴原トウジらも安心を感じることはないだろう。
渚カヲルの後ろ盾・・・・後押しがあるからだ。この場にいない者は、息吹で背を押す。
もう、どのように苦しもうが困ろうが渚カヲルが助けにくるということはない。熱血アニメじゃないのだから。十分すぎるほど、助けてくれた。碇シンジは知っている。



惣流アスカとは方法が違うだけで、脳天気楽なわけではない。


綾波レイはこれ以上酷使されると、しんでしまうかもしれないのでこれまで通りでよい。



ただ、これは尋常なことではない。惣流アスカにしてみれば、小さい庭木が一晩で巨大樹木に変身してしまったかの如き、驚きがある。驚き柿の木、あすなろの樹である。
そこらへんの凡人ではない、渚カヲルである。影響を受けるのも自然であろうが、皆を・・・・とにかくアタシを・・・驚かすほどに真似るなんて・・・。


そんなこと・・・・・・わたしには、できない。


相田ケンスケや鈴原トウジも詳しく分析などせんが、たまげていた。このたまげ度は、いつぞや碇シンジがいきなりバラードを歌い出したときに匹敵する。(男はそんなもんだ)
洞木ヒカリと山岸マユミもびっくりしていた。このびっくり度は霧島マナとのキスシーンを見たときくらいに。(女の子もまあ、そんなものだ)


綾波レイは・・・・・・なぜ、そのような芸当が碇シンジに可能なのか、正確なところを推論と方程式によって導き出して、知っていた。そのくらいなら、簡単にわかるのである。 わからないのは・・・・・・




「だから、綾波さん、ほくおう、楽しんできてね」

ここで首をふるほど綾波レイは変わり者ではない。「うん・・・・」


「それから、アスカもトウジもケンスケもいいんちょうも山岸さんも。沖縄、た・・」

いきなり名前を並べられても、碇シンジにしてみれば気をつかったのだろう、綾波レイに比べるとおざなりな感じがしないでもないが、おそらく気のせいだろう、それはいい。
問題は次の言葉だ。たぶん、楽しんできてね、と言うつもりだったのだろうが、何を思いついたのか、碇シンジは言葉を変えた。

「台風に気をつけてね」


「なんじゃそりゃあ!!」

言うことのあまりのギャップにほぼ全員がやられた優作アニキ状態。
幻想と現実の狭間で瀕死のツッコミをいれる。「さっきのは・・・・一体・・・・・・」
碇シンジがこんなこと言うと、本当になりそうで、さっきとは百八十度反対でゾッとする。

この場に「エヴァンゲリオン晴り降り人形」があれば・・・・何が出撃しただろう。

「訂正しなさいよ!バカシンジ!!縁起でもないっ」「えーっ、なんで。沖縄の台風は凄いってこのあいだテレビでやってたし」「日程はダイビングなんかがほとんどだろ?雨の場合はどうなるんだ?委員長」「え?・・・・そりゃ・・・観光とか」「米軍基地跡とか・・・まー、オレ的にはいいか」「じょーだんやないで!台風なんぞ、雨なんぞ降られてたまるかいっっ!ワイは今日からお百度踏むで!!」「・・・・あの、人に知られたら効果はないんですけど・・・」「それにもう百日ないでしょ。いい加減なんだから鈴原は」
「訂正しなさい!」「じゃ・・・みんな、楽しんできてね・・・・これでいい?」「あーっ!!その自信なさげな態度じゃよけー不安になってきたわ。もう一回」「えー・・・」

沖縄のせいか、アニミズム的にケチャケチャランダと騒がしくなってきた。
やくざなドラマーでも、アゴの大きなプロレスラーでもないくせに碇シンジは嵐を呼べるらしい・・・・



ぽつん



「・・・・・・・」
綾波レイがひとり撃たれた鳥の優雅さでギャップに耐えていた・・・・・


脳裏に浮かぶは京都五条大橋。闇霧の夜。碇シンジがゴーレムのような大男にとおせんぼされて困っている姿。碇シンジはああ言ったが、最後の一週間は零号機と弐号機で使徒を迎えねばならぬことをわすれているのではないか・・・・・「綾波さん、アスカ、信じてるよ」などと月をみあげながら自分は和菓子屋で三色だんごをぱくついているイメージもうかぶ・・・・「和歌(うた)はいいねえ・・・・」







ジオフロント ネルフ本部 マギシステム免疫管理第一分室


「それ・・・・・本当なんですか・・・・」
赤木博士の代役として呼びつけられた伊吹マヤはその話を聞いて、青ざめた。
祈りの神像の顔を削がれるを見た敬虔なシスターのように。立ちつくした。



「Man in Armor・・・・」


マギにはウイルスやワーム、バクテリア、論理爆弾、時限爆弾、トロイの木馬その他もろもろの悪徳プログラムが一切通用しない。それは、マギの免疫システムが十年先二十年先を見越して造られたためだ。いくら巨大で優秀な機能を誇っても、それが十分に動かなければ意味がない。セキュリティ、防衛機能には殊の外、コストがかかっている。情報の隠匿が至上課題であり、金銭には糸目をつけないゼーレとネルフである。赤木ナオコ博士も存分に腕を振るい第一に苦心して造り上げた。その結果、システムの免疫機能は世界中のどこの施設の追従を許さない代物になったわけである。その上、発令所勤めの使徒との戦闘オペレータがひまわりならばこちらは月見草、日はあたらねど、スタッフはえりぬき優秀なのが揃えられている。詳しい構造はむろん極秘中の極秘。百年たっても技術公開されることはあるまい。ネルフが世界中の研究学術機関からも嫌われる所以である。


「Man in Robes・・・・」


ここは、第三新東京市を人体に例えたら、胸腺のようなもの。


「Priest・・・」


ここの室長が「吉良」というのだからシャレのようだが、日々、侵入者と影で戦い続けているスペシャリスト・ハングマンの集う場所なのである。性格は、暗い。


「Man in Leather・・・・」


この免疫システムがこのところ、全力運転をマギなく、ではなく余儀なくされていた。
どこから入り込んだのか、通常では第一防壁さえ通過できぬはずのウイルスたちが気付けば第二防壁ギリギリまで続々とわいてきていた。その数・・・・・百万超。
数自体も桁が違ってきている。マギの恐ろしさを忘れたとでもいうのか。
巨大ローラーで押し潰すように片端からペシャンコにして片づける。デジタル阿鼻叫喚。


「Strange Animal・・・」


が、そのような雑魚ウイルスはいくら数が多かろうと、彼らにとって仕事の内にも入らない。次々に姿を変えてゆく「ミューテキ・変異系」や壱時間で千二百もウイルスプログラムを自動書記する「復讐人形式」。そのような物騒なプログラムがさして珍しくもなく
ネットワークで買えてしまう時代だ。その程度なら、通常の政府機関でもやすやす撃退出来る。企業や個人でも凝り性のマニアなら、「獏さん」という日中共同開発された、正常なメモリをちっと食ってしまうかわりに、侵入する悪徳プログラムも全て食ってしまうウイルスバスター(とりあえずの)決定版を使って、防衛している。


「Insect・・・・」


問題は、マギにターゲットを絞って、強者ハッカーや情報戦専門家が送り込んでくる強力プログラムである。それを相手にするのが彼らの「仕事」、「生き甲斐」なのである。


「Weird Humanoid・・・」


それでも普段とは桁の違う雑魚ウイルスを相手にするのは彼らを疲労させる。
雑魚といえど、見落として活動させてしまえば大変なことになる。ステルス性能はからきしでランクは低いが、破壊力だけは抜群という雑魚ウイルスもあるのだ。
マギ・システム(免疫)は第三新東京市全域の電子的健康を預かっている。ここでミスがあれば市街にどのような影響が出るか・・・・今やコンピュータは生活の隅々まで浸透している。しかも、ここは武装要塞都市なのだ。その制御が狂いでもしたら・・・・・


「Unseen Entity・・・・」


戦うべきは、重圧ではない。本当の、「敵」だ・・・・・


「Tiny Figure・・・・」


何故か越えられる力のあるはずがない雑魚ウイルスが第一防壁を越えてきている。
免疫システム自体になにか異常が起こっている。その原因究明をする余裕もなく、第三防壁まで突き破って遠慮なく襲いかかってくる「猛者ウイルス」。


「Shadowy Figure・・・・」



2015年・現在までにシステム「危険域」まで侵入出来たのは、「賢者の贈り物事件」のおりのMITが送りつけてきた侵入ステルスプログラム・ニンジャ(ウイルスじゃないよ、という意識であろうか)「ジローム・カムイ」と、それに守られた本体「わてら陽気なアメリカ人」と音楽プログラム「ウィ・アー・ザ・ワールド」だけだった・・・・


「Slimy Thing・・・・」


だが、今月に入って「二十四体」。全て危険域侵入直前で破壊されたものの・・・・・
このようなことはかつてなかった。しかも、それは活動発見されたもののみで、潜伏された可能性を否定しきれていない、という有様だった。ここまでこれたほどの「賢い」やつならば、ひとまず様子をみながら情報を集めにかかるだろう・・・・それを選択したものの数の方が発見されたものよりも多い・・・・・かもしれない。ゆっくりと寄生するスキを伺いながら・・・・恐ろしいことだ。


「Demon」


だが、それよりも不可解なことがあった。その試練ような迷宮を抜けて内部までの侵入を果たした二十四体全てが、抹殺された後、断末魔のように「名前」を残していることだ。
いや、「名前」を叫び記そうとしたがゆえに発見され、消去された、という方が正しいか。 フラクタルの肉片を飛散させて延命再生を図ろうともせず。ただ。


「Giant」


それを伝えるためにここまで狂い駆けてきたのか、と思わせる・・・・・共通行動。


それは製作者の名前ではない。命名された、プログラムそのものの名だ。
存在を示す、名だ。




「Name」




なんのために、このようなことをしたのか。いや、するのか。事象は続いている。
天才的なハッカーがたった一人で、遊びの意図をこめているだけか。
だが、二十四体の猛者プログラムはあとで「検屍解剖」してみると、それぞれ製作作法や国籍や使用機種が異なる。二十四人がそれぞれ、一体、「名前をつけて」送り込んできたのだ。見えざる「世界中」から。管理分室はその符号事実に驚愕した。


「誰か」が、偶然にも「マギ破り」の方法を考え、それをネットワークで流した?。


不意の侵入は、マギシステムの免疫能力が不調低下している、という理由がつけられるがそちらの方は、まるで理由が分からない。登山の征服旗のつもりだったのか?急増して送り込まれてくる様子は、遊びの余裕も任務の慎重さも感じられない・・・・通常とは勝手が違う管理分室のオペレータの指先には、べったりと雄叫びのようなものが貼りついている・・・・なにかに追われているような血眼の自暴が奥歯をきーんと震わせる・・・・・機械の異常もさることながら、これは・・・・・ヒトの異常を、感じる。
モニターの向こうの、原色のどろどろが攪拌されつづける光景が・・・・みえる。
この名前をつける、という行為もまた、免罪符を掲げて倒れた愚か者めいて・・・・・
電磁波に侵され続けた人間の脳みそが、とうとうリミットを越えてしまったのか。



不気味である。



このまま任務を遂行するのが困難なほどに。
天を覆い尽くす蝗の大群ように人肉の蠢く。むきむきむきむき。
殺され続ける迷宮は、ハンバーガー・ラビリンス。
その屍中に潜った、甲虫の鎧を纏うメロス。辿り着く前に友でなく己が名を叫ぶ。


「敵」である。広大な世界の中に確かに存在する、「敵」。
見ることも聞くことも感じることも知ることもできないけれどてき。
無音のエマージェンシーコールがネルフ本部に響きわたる。
社会の木鐸と危機赤色灯は基本的に無音なのである。



だが、それを第一に感じ取る義務がある赤木リツコ博士は、研究室に閉じこもってナーシサスの空洞をみていた・・・・




「分かりました。至急・・・・・赤木博士に報告します・・・」
虚ろな目でそう返答して、伊吹マヤは分室を後にした。