トンネルを抜けると雪国だった・・・・・というのは川端康成だが、ネルフのご一行の乗った列車はフィンランドに到達。車窓が灰色に流れていく。そこは、雪の国だった。

アイスランドに次いで世界に二番目に最北に位置する国。国土の三分の一を北極圏とする森と湖と島の国。セカンドインパクトで地軸がおかしくなったせいかどうか、ここいらからは極夜(真昼でも太陽が地平線の上に昇らない日のこと)になりかけている。
野散須夫妻が、この地を訪れるのを後回しにしようと考えたのも道理で、所用もないのに外国人が休暇で訪れる期間ではなかった。この長すぎる夜は、現地の人間でも鬱にさせる。
気温もぐん、と下がる。寒さのために道がカチカチに凍りつき滑って転んで骨を折る。
たかだか十分も外を歩けない。長距離を歩くときは途中、暖かいビルや店に入って休みながらいく。帰宅すれば、顔をまんべんなく手で叩く。これでもし、感覚がなければそれは凍傷になっている・・・・・・日本では考えられないレベルの寒さ。この話を聞いて陰鬱にならない人間は、心臓が毛皮のコートを着ているのだろう。


「まったく・・・・儂が来るときはいつも寒い時期じゃからの・・・・ここは」

珍しく、野散須カンタローがぼそっとつぶやくように云った。
そこから読み取るには、あまりに混沌としすぎていた。加持リョウジも。綾波レイも。
なぜ、この北の国で義足を直すのか。過去の物語を老夫婦は明かさなかった。
その義足はどこから歩いてきたのか・・・・・またはそのようなことも。
あのカツーン、カツーンという靴の響きは古びた闇の中から聞こえている。


車内もやはり、口数が少なくなっていた。誰しもしばし、自分の内面を見つめている。
綾波レイ、加持リョウジ、野散須夫妻、おそらくはもう見ることもない乗客たちも。

駅に到着する数分前から、ようやくモゾモゾと言葉が復活してくる。


「綾波のお嬢の手前、あまりノンビリとしてはおれんな。のんびりするためにはの」

お気遣いなく、と答える綾波レイではなかった。その言葉の意味を理解しつつ、表情は変わることなく何も言うことはない。ただ、この北の寒冷も、夜の暗さも構わずに同行するだけだ。闇雪姫が黄昏の棺の中に還るような静かさで。しんしんと。
目には見えない苦痛を、余人には感じぬはずの苦痛を、分かちあうために。
綾波レイは、知っている。

葛城ミサトは知らなかったからだが、そういう意味で人の痛みを「待たされる」綾波レイにとってはあまり休暇の意義がなかった。
手術待合室にも似た、その時間。心楽しいはずもない。おそらく。

しかし、この少女は顔色一つ変えることがない。
列車から降りて、レンタカーでさらに方角を北へ。およそ一日かけて目的地へ。
異様に長い夕焼けのルートを越えて、夜の時刻に夜の中。カレンダーがまわる。
北極圏の境界にて。




つづく