そこは、ヨーロッパでも有数に美しい村なのだという。野散須ソノさんは綾波レイにそう教えた。その風景は夜の闇に包まれて、教えられなければわからないことだ。



だが・・・・その「光景」は・・・・・



一瞬、火事かと思った。燃え上がる火の数が尋常でない。北の精霊が火狐がダンスパーティでも開いているのか、都市の照明を見慣れた眼にその幻想は瞳にプリントされるほどに強烈な印象を発している。周囲の暗さで距離感がいまひとつ・・・・村が燃えているのではないよう。都市の遠景を見慣れている赤い瞳に、こんな小さな村は違和感がある。
勢いこそ大したことはないけれど・・・・観察を続けていくと、それが木の丸太に炎を灯したものだと分かった。大きな木製キャンドルだ。


「ずいぶんな歓迎ぶりですね」
運転席の加持リョウジが素直に感心している。これは、ウェルカム・ライト。
「木こりのロウソク」と呼ばれているもので、一昼夜は消えない。木こりが暖をとったり動物を寄せつけないものだが、これだけの数を道に灯すとは、ずいぶん豪勢だ。


「光の馳走じゃな・・・・・ごっつおうじゃ」
助手席の野散須カンタローがギョロ目を細めてなんともいえぬ、感に入った表情をする。

寒い中を東の果ての遠くからやってきた旅人たちに、これ以上無い歓迎方法。
綾波レイも、ほーっとしてその炎をみつめている。つかれているのかもしれない・・・。


赤い光に浮かぶ上がる家家・・・・大勢の人影・・・・村人総勢かもしれない・・・・
日本ではまず見られないような・・・いわば、原初の人間風景。
旅人を待ち受ける村人など・・・・もう、おとぎ話にしか存在しない。
それが外国であろうと同じことだ。外国暮らしが長い加持リョウジは何処もそんなに夢の国ではないことを知っている。それだけにこの光景は、ぎょっとさせられた。
異邦人を歓迎せず、村中総出で待ち構えて追い出しにきたのか(そのような経験はけっこうある)、と任務とは云え、胸ポケットの「中身」に頭がいった自分に苦笑する。


村長なのか、どうかは分からぬが、のっそりと人の列から出てきた長髪髭もじゃの大男と野散須カンタローが抱き合っている・・・・・。


外国産の大男と純和風体型のふたりでは、傍目からみると大人と子供くらいに違っているが、本人たちに流れている感情はまさしく同等にして対等なのだと。


しかし、ようやくの到着の余韻の一服する間もなく。

わっと押し寄せる村人に慣れぬフィンランド語で話しかけられ、応対せにゃならぬ、そつなく女性同士で再会の挨拶をする野散須ソノさんはいいが、なんといっても目をひく綾波レイをどうにかせにゃならんし、重たいトランクを出したり、「手伝ってやろうか」とくる男達の対応もせにゃならん。単純なドライバーから解放されたかと思うと、いきなりトラコンにシフトせねばならぬ加持リョウジは大忙し。


・・・・感動の再会もいいですが、作戦顧問。こちらの挨拶の方もなんとか・・・・・
「え?私の名前は加持リョウジ・・・・あー、そうですね、部下です、そう、仕事の・・・・おっと、そのトランクはいいです、私が・・・・車の方は・・・・・」


・・・・してほしいんですが。・・・・ダメだ・・・・「男の世界」に浸りきっている。



結局、普段着のサンタクロースのような村長がまとめに入ってくれなければ、興奮状態の村人に囲まれてにっちもさっちもいかない加持リョウジであった。世界の裏側の舞台を暗躍したり、ジオフロント・ネルフの本部で込み入った情勢を分析報告するのはお手の物なのだが・・・・調子が狂ってしまうな。



「・・・・・ふぃん!」「・・・・ふぃんふぃん?」「・・・・ふぃんふぃんふぃん!」フィンランド語である。フィンランドの人、すいません。(虫歯少なく歯がきれい)
それは、綾波レイにしても同じことで、車から降りれば寒いはずなのだが、それ以上の人間の生の熱気に吹かれて感じない。ミリグラムの単位だけれど、戸惑っていた。
大人はもちろん、子供が凄い。北欧の人間は概してシャイらしいのだが、野散須カンタローの一行だからか、この村の人間が変わっているのか、警戒心ゼロでガブ寄ってくる。
何か話しかけられても、言語学的にはまったく理解できないのだが、なんとなく、分かる。


「みんな、レイちゃんの名前を知りたがっているわ。あの人が調子に乗って”孫のようなもの”なんて言っているけど、ごめんなさいね」
ぽん、とやさしく肩に日本語がのせられる。ソノさんだ。


「名前を・・・・・・」


「そう、皆と仲良くなれるように。挨拶は、どこへ行っても大切ですよ」

その柔らかなさとしは、ファースト・チルドレンの番号名を導かない。
この田舎村でそれを名乗ってみても意味がない、ということもあるが。


このやりとりに大体察したのか、しばし沈黙を守って、少女の言葉を待っている村人。


ぷわーっ。風が吹いて雪を散らす。「うひー、さみー」誰かが言った。迎えの火が揺れる。喜びを表現する光・影絵。空色の髪をもつ闇雪姫。唇がひらく。



「あや・・・Nami・・・・れい・・・」



寒いせいもあろうが、なるべくわかりやすく、ゆっくりとくぎって。その名を。


村人にしてみれば、綾波レイが口をきくことこそ、おとぎ話のように感じたかもしれない。見るもの全てを凍らせて死に至らしめる氷姫。寒夜に赤い瞳はそのイメージがある。
野散須カンタローが調子にのったらしいが、よもや誰も血縁だと思うものはおるまい。


うおー!!驚きの歓声は、万国共通。その後の怒濤の自己紹介連続攻撃が予想されたが、「”今日は”早く休ませてやろうぞ」という村長の取りなしによって「延期」された。

それが第六日目のスタートだった。泊まるのは、最初に野散須カンタローと抱き合っていた髭もじゃの大男の家。この大男こそ、医師モラン。義足を取りつけた人物である。
到着当日より入院、というわけだ。明日、手術に入る。




つづく