二年A組



明日から修学旅行・しかも沖縄とあっては生徒が落ち着くはずもない。今日はそわそわしっぱなしで、担任のねぶかわ攻撃にもにこにことして耐えていられた。前日ともなれば、準備の買い物等はほとんど済ませているわけで、たとえば鈴原トウジのような者でも・・・・・あとは気分を南の島に飛ばすわけである。ほとんどの生徒が南洋アロハ編に入ってしまっている。年中夏で水位が上昇して、以前の日本より海が身近になったような気もするが、逆に泳ぐための砂浜とか、浅い海というものとは縁が遠くなってしまい、子供たちが泳げる沖縄の海を熱望するというのも無理からぬことであった。
授業中にバナナボートを口ずさむ者、ブラックからブルーにモデルチェンジしたジャージを着てすでにゴム草履を完備しているのに、委員長に怒られないですむ者、透明なウクレレを弾いている者、台風よけのおまじないをしている者・・・・いろいろだ。



しかし、例外もいるもので、南洋アロハ編に突入していない生徒も三名ほどいた。



碇シンジ


惣流アスカ


そして山岸マユミである。



休暇の日程上、修学旅行にいけない碇シンジは取り残されて落ち込む様子も見せない代わりに、とくに浮かれる理由もない。

しかし、休暇の日程上、修学旅行・しかも沖縄にいける惣流アスカが浮かれていないのはどうしたことか。一昨日は、洞木ヒカリと山岸マユミとで喜々として買い物にいったのだが。じろっと綾波レイの空席を見る。北欧に行っている。それから視線を移動して・・・碇シンジへ。鈴原トウジと相田ケンスケとの三バカ回線で何やら話している。どうせ土産がなんだかんだとくだらない話だ・・・豚の足がなんとか・・・・バーカ。

だけど、本当に考えていることが分からない。渚やファーストの考えていることが分からないというのは、まあ、しょうがないという気がするのだが、シンジごときの思考が分からないなんて・・・・うーん。

昨日分かったことなのだが、霧島娘マナの学校でもこの時期に修学旅行をやるらしい。

ピン、ときた。京都なのだろう、と。ミサトともその時、目があった。
が、沖縄。向こうも旅行は沖縄だった。日程もちょうど重なる。もしかするとホテルも一緒になるかもしれない。こういうのを、逢瀬、といったか。これを見逃すのはスエゼンクワヌハナントヤラ・・・・よく意味がわかんないけど、禁忌事項なのだろう。


・・・・・バカシンジめ・・・・もしかしたら・・・・・「思いっきり」ガマンしてんじゃないの・・・・・?


今さら日程を変えようもないのだが、惣流アスカは余計なことを知ってしまった。
ふんっ。残念でしたわね。と、口に出してはそう言ってやったのだが、どうも気になる。惣流アスカが今ひとつ浮かれないのは、そういうわけだった。

前の二人は、順に、「浮かれてはいない」「沈んではいない」状態なのだが、山岸マユミは、はっきりいって「沈んでいた」。気分でも悪いのか、少々顔色もすぐれない。
原因は・・・・かなり深刻なものだった。だから、誰にも相談できなかった。
または、人に相談できる類の問題では、なかった。



たかが一葉の電子メールであるのだが・・・・・「TA制作者」よりの


ごくまっとうなものだった。


はじめまして、から始まる、ごくまっとうな挨拶と、正体は明かさぬものの、自分も懐かしいRPGゲームは大好きで、とくにウィザードリィが好きであるということ。それが高じてTAを作ったこと。意地悪なのは百も承知だけれど、ラスベガスで一発当てるよりは低い確率でクリアーできないこともないこと。・・・・笑うだろうけど、本当に確率計算したから嘘じゃないこと。土曜の夜、知人にこのページのことを聞いて訪れてみたら、質の高いウィズ・ファンがいて嬉しかったこと。・・・・・もちろん、自分への悪口がなかったことを含めてだけど?。ゲームをたのしんでくれていることが嬉しかったこと。・・・・・やられる快感にはまってマゾにならなきゃいいけど?



多少、反語表現の多い、どこか中学生の男の子ようにひねたところがあるけれど、嬉しい嬉しいを連発する、ふつうのメールだった。それも文章だけで、なぜあれほど時間がかかったのか分からない・・・・通信状況が悪かったのだろうか。工事中とか。

雑誌記者でもない山岸マユミにとっては、べつにこのメールの当人がTAの本当の制作者であるかどうかは、どちらでもよかった。危険な人物でさえなければ。


だが、その判別はすぐについた。


本当は、ああいうゲームを作った以上、制作者は顔を隠していなきゃならないんだけど。・・・・・いろいろ聞かれることは苦手だからね。攻略法を制作者に聞くなんて反則だし?今、TA2を作っているところなんだ。今度のベースは日本の名作「ドラゴンクエスト」さ。確か、「クエスト」で、よかったよね?本家本元は。



何国人なのか、性別年齢は分からないが、こういうニュアンスに変換される以上、相当、人懐っこい人間なのだろう。その割りには作ったゲームが厳しいのも・・・人間だから。


が、まともなのはここまでだった。用件を切り出してきた。黒山羊の首でも断ねるように。



今日、こうして連絡したのは、ぜひ君に伝えたいことがあるからなんだ。
ここまで読んで、データの少なさにたぶん驚いたはずだ。あの有名なTOKYO-3の防護壁を誤魔化すには色々と鎧と衣装が必要だったのでね。僕が送ったデータは発信時であの五十倍はあったのだけど?・・・・あ、怯えなくていいよ。危険なものじゃないんだ。本当に。百万の冒険者どもに百万回殺されても甦る、あの偉大なるワードナに誓って!

後でいいから、マックマンに「Devil apple」って入力してくれないかな。それで潜伏型ファイルが開くようになるから。プレゼントはその中に入っているよ。
君の趣味ではないかもしれないけれど、その美しさには一見の価値があると思うよ。


特殊な用途に使用するプログラム・・・・・有り体に言えば、ウィルスだ。


取り扱いには少し注意が必要かな。なにせ名作中の名作だから。君が保有していることを知っただけで、身悶えして欲しがる連中が多いから・・・・。だから、これは君に有益なことだけれど、掲示板などで他の連中に知らせちゃダメだよ。煩くなるから・・・・。

もしかしたら、僕のことをイカれた奴だと思うかもしれない。確かにマナーに反している。
出来れば、こんな初めましてになりたくなかったんだ。
でも、これは本当に急を要することなんだ。これは本当のことなんだ。
疑いながらでいいから、ぜひ聞いて欲しい。



君は世界でも最も電子通信的に優れた都市、第三新東京市に住んでいるね。
悪いけれど、いつもの癖で調べちゃったんだ。気に入ったものは全部知りたくて。
巨大なマザーコンピューターに管轄されている、SF小説みたいな街・・・・いろいろおかしなことが起きる街らしいけど、詳しい情報はこっちには入らない。さすがだね。
ハッカーもクラッカーも住めない街・・・・普通の都市は情報と言う面から見ればクリスタル・ガラスで出来ているようなものだけど、そこは暗黒の鋼鉄都市だ。決められたことしか出来ないし、違反すれば手ひどい反撃を受けるしね・・・実は僕もハードを三台オシャカにされているんだ。悪戯小僧は容赦しない、躾の厳しいママだよ。
いつか仕返ししてやろうと、修業したけどダメだった。その強さは憎たらしさを通り越して愛情がわくほどだったね。仕方がないから、合法的に小さな会社を開いて、そこからいつも散歩にでかけていたんだ。確かに、設備としては素晴らしいからね。メンテナンスも行き届いてサービスもあか抜けている。現地を訪れて物質の街を歩くことはないんだけどね。あ、このアドレスを教えておくよ。一応の、存在証明としてね。



そのような恐ろしくも素晴らしい、マザーに抱かれて君たちは安心して生活している。

(ここで山岸マユミでもムッときたのだが、続けた)
そのマザーの様子に異変が起こっている・・・・・ことには気付いているかい?
注意深く街の様子をみれば、気がつくはずだ。外界と隔てていた壁が、崩れ始めている。
内に住んでいる君には分かりにくいかもしれないが、あれだけ完璧を誇ったガードシステムが緩くなってきている・・・・規制緩和の話は出ていないのに。
特殊な都市のことだから、特殊な事情があるのかと、しばらく観察してきたけれど、これは本格的におかしい。プログラマーがストライキでもやっているのかどうか。そんなことも考えたけどね・・・・TOKYO-3の中央コンピューターも所詮は人間が造り、人間が管理するものだから・・・・だけれど・・・・そうじゃなかったんだ。


原因は・・・・ほかにあった。
それは、マザーの中に「あるもの」が存在しはじめたからだ。


まるでどこかの狂った王様をだまくらかして、自分の領地をせしめて迷宮を造り出した、魔術師のようだよね。「僕たち」から見ると。
それが、マザーの中で勝手に振る舞っているらしい。時代錯誤なイベントを開催してね。


その「あるもの」は、威圧的な・・・・皇帝の玉座にでもそっくりかえったように



「MEGI/メギ」




そう名乗っている。その悪名自体は東欧や南米で暴れ回っていたのを以前から知っていたけれど、まさかTOKYO-3を舞台に騒ぎ出すなんて思いも寄らなかった・・・・
マザーに勝てるとは思ってなかったから。
ネットテロリストが占拠している、と考えてもらうと分かりやすいけれど、力は桁違いだ。


誰も勝てない。手出しすら出来ない。マザーが沈黙しているのが証拠さ。


信号の点滅がおかしくないかい?銀行の引き出しは大丈夫だったかい?
列車は通常に運行されていたかい?ガスや水道料金が違った日にこなかったかい?
時間はないけれど、日々の生活の中で、じっくりと確かめてくれ。
今は大丈夫でも、だんだんとおかしくなっていくはずだ。詳しくは2013年ブラジルで
起きた事件を検索してみるといい。完膚無きまでにやられる。暴風のように跡形もなく。
IDを狂わされて身分制が復活してきたようなあの悪夢の「黒太陽の日」・・・・あれ以上の騒ぎになる。
なにせその街はマザーにすべてを管理されているんだから。
君が成年だったら、しばらく街を離れることをお勧めするね。事情通はそうしている。



もうすこししたら、マザーが壊れる・・・・・

その時、君はどうする・・・・・・・?



・・・・・・と、いうわけなんだ。信じられないかも知れないが、本当だ。
表沙汰にはならないだろうが、Tokyo-3の管理職員たちも相当アタフタしているはずだよ。原因不明のパワーダウンにね。そのうち、日常生活にも確実に影響が出てくるだろう。


MEGIは「外界」に脅迫状・・・・本人にその気はないようだけどね・・・・なんせ皇帝きどりだから勅令か・・・をネット世界じゅうに降らせている。豪雨のようにね。



第三新東京市・TOKYO=3に座す己に名を名乗りに来い、と。
それがかなった者にだけ、この世界での生命を与える、と。



三人の賢者を従える夜までに



名乗らぬ人間(ユーザー)の首、百万あろう千万あろう、全て狩りにゆく・・・・・
髑髏の騎士を引き連れて



見境が無くて、恐ろしい力を持っている。その気になれば「深河(シンカ)」を逆流させることも出来るって話だ・・・。実際、先日のネットワークの混乱「幽霊特急事件」も、「深河」を一秒止めてみせた・・・・その影響さ。目的は分からないけど。


@(単語訳語説明モード・・・・使用しますか?・・・Y/N・・・Y)

「深河・・・・しんか・SHINKA」

世界に七つある最重要最大級のネットワーク高速回線。セカンドインパクト後に行われた工事の中でも最大規模のものであり、所有者は国連。再建の新世紀に入ったばかりで各国とも強制呉越同舟の協調ムードで工事は進められた。(その怨念が逆に効いているのか、これまでこの施設がもめ事の種になったことはない)このおかげで情報通信は飛躍的に安定し速度を増した。命名は、文明の近くに大河あり、ということからだが、いささか当て字だが日本語なのは、銘々会議に出席した当時の日本責任者が押しまくりきったため。

@(単語訳語説明モード・・・・終了しますか?・・・Y/N・・・Y)



新種の自脳型ウイルスなのか、軍用AIの暴走なのか、人間なのかなんなのか。
マザーのあの無敵の能力を手にいれたとなると、力は倍増というところかな・・。
とにかくどんな天才でも個人でやれることじゃない。災害に近い規模と威力なんだ。
しかし、正体も目的も不明。どんなメリットがあるのやら。精神分析も通じないね。
基本的人権のひとつ、電脳使用権を万人相手に力で剥奪しようなんて、まあまともな人間の考えることでも実行できることでもない。やれるとしたら、本物の絶対の専政君主・・・・皇帝だろうね。雷帝ならぬ、電帝。こんな時代を支配したいのかな。


それでいて、他のクラッカーがここぞとばかりにマザーを犯そうとしてもそれを許さない。
奇妙な存在だよ。手出しした者には恐ろしい懲罰が下されているようだしね。


もしかしたら・・・・マザーの子供なのかもしれない・・・・・はは、(翻訳不能言語・そのまま原文に出力しますか・・・・(Y/N)・・・N)だよ・・・・


・・・・なんだか芸のないチェーンメールのようだけれど、誰にも知らせなくていい。
ただ、信じてくれさえすればいい。僕がふざけているだけなのか、それともイカれ野郎なのかは、送ったファイルの中を見てくれれば分かると思う。

中は「ナゴヤ・エイリアン」と「ドンキー・マリオ」。本物だ。
もし、その名を知らなかったらウイルス辞典にでもアクセスして検索してみてくれ。その意味が分かると思う。おそらくどちらも障壁を回避できると思う。念のために二つ。
僕の秘蔵の品だ。皇帝は・・・・旧いテレビゲームが大好きらしい。それ以外の「名前」はお気に召さないようなんだ。今現在、皇帝に「謁見」できたのは・・・・これは偶然なのかな?ウィザードリィのキャラクターだけらしい。幇間の道化師としておそばに控えさせるのどうかわからないけれど


何を言っているのか、まだ理解できないかもしれない。でも、本当のことなんだ。
皇帝の侵攻は始まっている。圧倒的な力であちこちの領域を潰しながら。
第三新東京市の中央コンピューターにこれを送り込むだけでいいんだ。それで認知される。代理で送ってあげれば一番いいのだろうけど、君のコンピューターが使えなければホームページも更新されないだろうし、意味がないからね・・・・。


それじゃ。




ぞおっ
山岸マユミは身震いした。完全にいかれている。これは危険人物・・・・・・を装う大嘘つきだ。ダークヒーロー幻想とでもいうのか、悪の強者に自分をカスタマイズしている。話には聞いたことがあったけれど、現実に自分宛にメールをよこしてくるとは・・・・。アメリカの電子犯罪サスペンス小説のよう・・・・と思いながら、同時にキーボードの中からゲジゲジが這い上がってきたような気分を味わう。ジゲジゲ。
そんなことが出来るわけがない・・・・・ウィルスを送り込んでくるなんて。
どんな凄腕ハッカーにも不可能だと、そう本にかいてあったもの・・・・。


ギュイッ!!

ふいに止まり木から折り鶴ナビが悲鳴を発して墜落した。うごかなくなった。
いくら声をかけても、指先で画面をさすっても。・・・・こときれていた。
ずんずんその倒れた姿が黒ずんでゆく・・・・・・まるで毒気にあてられたように。

長年飼った家族のようなペットの愛情があるわけではないが・・・・これは・・・
先の手紙の関連性と死に様の異様さとで・・・・あらためて、震えがくる・・・・・。
画面の中で起こったことでも、自分の心に感じることはほんとうだ。


パンパかぱーん!唐突にスピーカーからファンファーレ。聞き覚えがある。
確か、純正の・・・リンゴに足の生えた・・・マックマンのインストール音。自力起動。
てくてくてくてく・・・・画面左隅から歩いて現れる・・・・マックマン。


「なんで・・・・・」
答えてはくれない林檎に問う山岸マユミ。同時に、キーワードが思い出されてもいた。
それを使わせるために・・・・・?わたしのは規格がちがうから・・・・?
本気なのか強引なのか、おそらく両方。贈られてきたものは・・・嘘か本当か。
キーワードを唱えられば、すぐに分かることだ。あまり、時間はないのだから。




そして、山岸マユミは・・・・・・沈む。暗い、自力救済の域を越えた海溝をごぼごぼごぼごぼごぼ・・・・・。






「マユミちゃん?」
心配そうな相田ケンスケの顔が近くにあった。はっ、と顔をあげる。授業は終わっている。「え・・・・・・」

「どうしたの?ぼーっとして」
読書の夢心地の顔は、いつも見ているが、今日のは眉間が辛そうだ。しかし、不審さをすぐさま露わにしない相田ケンスケであった。・・・・寝不足かもしれないし、自分達がテンション高いだけかもしれないしな。遠出に不安を感じるような、そのナイーブさがいいんだよなあ・・・。うん。俺達って基本的に神経太いのかもしれないなあ。
綾波レイならば、山岸マユミの内心の異変に気付いただろうが、今はここにいない。


「あ・・・・・相田君・・・・・」

「なになに?」

相田ケンスケに相談してもよいものか・・・このニコニコとして嬉しそうでやさしい顔。信用できる・・・・とは思う。けど、内容が内容だけに・・・・・ため息がでる。
なぜ自分なのかわからない。自分にこんなことが起きるなんて思わなかった。
波風。それは嵐の前ぶれ。自分はそれを知っているのに。どうしていいか、分からない。うまく説明する言葉さえ分からない。惣流さんなら・・・パッパッと言えるのかな・。

「・・・・あ・・・・・」

言いにくいことなんだな、とすぐさま察した相田ケンスケはとっさに手をひいて図書館に・・・・山岸マユミの、である・・・・・向かう。下校掃除前の雑然とした中なのであまり目につかなかった。相棒かつ今は邪魔者鈴原トウジもゴミ焼きに使わされていた。


「あの・・・・・・相田君・・・・」
「いいから」



「ちっ。なんで図書館も掃除してるんだ」
人気のない静かな所でそのやっぱり辛そうな話を聞こうと思ったようだが、個人の都合にあわせて図書館だけ掃除をしないというわけにもいかないのだ。

「あの・・・・・・相田君・・・・」
「あ。そういえば、もう学校は終わってんだから帰ればいいんだよな。校内である必要はどこにもないし。・・・・・・マユミちゃん、帰り道のどこかで・・・」

結局、何しに連れ出してきたのかよく分からないが、まあ、少年の頃はそのようなこともある。少女にしてみれば、男の子って何?ということになろうが。急いているのだ。

「あの・・・・相田君・・・・手を・・・・」
山岸マユミも、あまり人目につきたくないのは賛成だから、いいのだけれど、こうぎゅーと握られて立っているのも、人目につくから、苦手であった・・・。
「ありっ?は・・・・・あ、ごめん、ひっぱっちゃって」
急いているから、周りが見えない。自分の手足のことくらいも。まあ、ありがちだ。
こんなシーンを鈴原トウジに見られでもしたらツッコミ五十連発じゃ済まぬであろう。


カバンをとってきて帰り道・・・・。つくづく今日は掃除当番じゃなくて良かった。
人気がない、静かで話の聞けるところ・・・・どこがよいやら・・・相田ケンスケ考える。辛そうな話なら、明るい公園なんかはまずいな・・・・飲食店もどこで聞かれているか分からないしな・・・・別れ話じゃないんだから喫茶店っていうのも・・・・・


悩んでいるなら力になりたい、と純粋に願っている相田ケンスケであるのだが、山岸マユミはやはり、話せなかった。どうしても、言葉にならない。自分を、知っている。
おそらく、第三新東京市どこを探しても、自分の言葉があふれる場所などないことを。



校門のところで足が止まる。「あの・・・・・相田君」
語調が強くなった。さきほど、そっと鞄から抜いておいた封筒をお辞儀して差し出す。
「これを・・・・読んでください・・・・っ」


「マユミちゃん?」


だから文字を綴り、手紙にまとめた。どうしても話せなかった。面と向かえない。
書き上げたくせに、渡す勇気と機会をくれたのも相田君だった。なんて卑怯なんだろう。自分のことなのに。でも、どうしてもどうしても言葉にならなかった。
あんなもの、捨てればよかったのか忘れてしまえばよかったのか、それさえも決められなかった。事の発端を話さなければならないから。好きなのに、堂々とそう言えない。
それは、腹の中で他人を嫌うことよりもタチが悪いかもしれない。内罰的である。
告白、というのは言葉に出さねば、意味がないのか・・・・

ともあれ、校門の前で手紙を渡され、多くの下校生徒部活生徒にその光景を目撃され後で「あれはラブレターなのか三行半なのか」というこやかましい追及を受けることになる、相田ケンスケだが、今はかまわず場所を近くの児童公園に移動して、全神経を眼球に集中させて手紙を読む。光神のごとく輝く丸メガネ。山岸マユミはその間、ベンチの隣りに俯いて座っている。今ごろ二年A組では、その報を鈴原トウジらが伝え聞いていた。





夕方。そろそろ日も落ちる。葛城家に子供たちが集まっていた。



碇シンジ、惣流アスカ、鈴原トウジ、洞木ヒカリ、相田ケンスケ、山岸マユミ。
二名ほど空間があるが、今の切迫した状況はあの時を思い出させない。


難しい顔をして、皆、黙り込んでいる。本来なら、明日の旅行に備えてとっくに帰宅している時間だ。とくに話が進んでいる、というわけでもない。ただ、沈黙が続いている。
電気もつけないものだから、差し込む最後の夕日が、間延びした影法師をのばす。
クーラーもつけていないから、空気がなまだるく、赤橙に脹れていた。
テレビの見れないペンペンが仕方なくつけているラジオからニュースが漏れ聞こえる。



険しい表情の惣流アスカ、梅干しと青汁を混ぜた苦りを噛みつぶした顔つきの鈴原トウジ、
多方面に気を使うから困った表情の洞木ヒカリ、困ったからとにかく困る表情の碇シンジ普段より顔つきに陰影が深くなっている相田ケンスケ。そして俯く山岸マユミ。



じー・・・・・・・・ん・・・・・・・・・台所の蛇口から水の垂れる音も聞こえそうな



どう考えても、これは自分一人の手には余る、と判断した相田ケンスケが友人どもを緊急召集して、この成り行きを説明してから、ずっとこの調子である。
はっきりいって、友人どもの手にもこれは余る事態であった。本当のことならば。


この突拍子もない話を、明日は楽しい修学旅行だというのに、無条件に、しかも本当だったらシャレにならん重大事、受け入れなければならないのか。近くの竹藪で壱億円入ったバッグを拾いました、何て方がまだ信憑性がある・・・・実際、大いに困ってしまう。


険しい表情で、厄介なことになったわねー、と考えている惣流アスカ。
実のところ、この席上で皆、彼女の発言を待っているのだ。複雑に考えても単純に考えてもこの中ではなんだかんだ言っても、惣流アスカが一番頭が回る。だから、自分が返答してやらないとどうにもならないことも理解している。

相田ケンスケと山岸マユミの話を聞くに、その中央コンピューターというのはマギのことだろう。マギの調子がおかしいらしいことは、確かに知っている。この所、テストもない。単に休暇に入ったからと思っていたが、その割りには裏方でやけに忙しげだったし。
だが、一切のクラッキング・ハッキングその他もろもろの攻撃が通用しないというのがネルフの誇るスーパーコンピューター・マギだったはず。なにせ機密組織なのだから情報の貯蔵庫から直接盗み出された日にはかなわない。・・・それが、皇帝か大帝か宇宙よりの使者かなんだか知らないけど、そんなおかしげなものが居座れるはずがない。百歩譲ってそうだとしても、それなら早々に排除すればいいだけのことだ。


しかし、その攻性防壁をくぐり抜けられるほどの「プログラム」を不特定多数の人間にわざわざ送ってこさせるてえのは・・・・・分からない。これは、新手の「犯罪」にあたるのだろうか。犯人のメリットは不明だけれど、劇場型愉快犯なら、巧いやり口だ。

ともあれ、これは事実かどうか確かめてみるのが先決だ。ウィルスが一般家庭に送信されてきた・・・可能だったって意味で・・・・のも、それはそれで十分、問題だしね。
ミサトが帰ってきたら話して・・・・いや、もうウチの端末で調べちゃってもいいかな。


チャッチャッチャ、と惣流アスカの頭の中ではもう問題は素早く一次処理されている。
荒事にはなれているし、元来、そのようなことに対応する教育を受けてきているのだから。
こういっちゃなんだが、深刻になりようがない。このレベルの事態で。
では、パッパッパっ、と結論と今後の行動を話してしまえばいいのだが・・・・・


問題は・・・・惣流アスカが感じる「問題」は・・・・・青い瞳で俯く子を見る・・・・


すっかり怯えてしまっている、山岸マユミにどんな言葉をかけてよいものやら分からないことだった。渚ならうまくやるんだろうなあ・・・・・ファーストもぼそっと二言三言でやるかもしれない・・・・シンジの奴は問題外だけど・・・・・・・
惣流アスカ本人は鏡がないから気付いてないが、それで結果的に険しい表情になる。
慣れないことを考えているせいと、適当に返答してしまう、ということが出来ない性分。
こういう場合は、適当に慰めて適当なことをいっておく方がいいのかもしれない。
少なくとも、時間はずれ込まずにすむ。


鈴原トウジと洞木ヒカリは、残念ながらそちら方面の知識がないために、山岸マユミが何をそんなに怖がっているのかよく分からない。なんとなく感覚的に「大事やな」とか「変質者につけられたようなものかな・・・・それは怖いわよね」とか思って同情するだけだ。


もう少し山岸マユミとそちら方面に詳しい相田ケンスケは、この第三新東京市でウィルスが不特定の何者かに外部から届けられたことがどういうことか、または山岸マユミの父親の職業のことなどを照らし合わせて考えてやることが出来たから、多少は理解できた。
自筆の告白手紙を気合いを込めて読んだし。ただ、ホームページをやっているのは知っていたから、もしかしてタチの悪いネットワーカーに目をつけられた悪戯かもしれないな、とも考える。拙速だったが、そのウイルスの実物を見せてもらってないのだ。
明日が修学旅行じゃなければ、もうちょっと余裕のある行動がとれたんだけど。
山岸マユミのことしか考えない生物に化してしまう相田ケンスケは、とりあえず安心してもらいたかったのだ。すぐ内に溜め込んでしまう、この子に。皆の時間をとってもらって悪いが、友情より愛情だ。出来れば、惣流かシンジに、「大したことじゃない」と言ってほしかった。他力本願と笑わば笑え。権威主義だと笑わば笑え。手紙をぼそぼそ書くしかないほど悩んだマユミちゃんの肩の荷がさくっと外せるなら、オレはなんでもする。



やっぱり・・・・・迷惑だった・・・・・・山岸マユミは沈黙の中、自分に対する恥ずかしさでひたすら落ち込んでいた。こんなこと話されても困るだけですよね・・・。
こんなことを人に話す私は・・・・・



ぴっ、ぴっ、ぴっ、ぴーん・・・・・・午後七時ジャスト同時に



「あのね・・・・・・・・、惣流アスカが言いかけ

「このまんま・・・・・・、鈴原トウジが言いかけ

「みんな・・・・・・・・、洞木ヒカリが言いかけ

「たのむ・・・・・・・・、相田ケンスケが言いかけ っ

「ごめんなさ・・・・・・、山岸マユミが言いかけ


「・・・・・・・・・・・、碇シンジは何も言わなかった。
がこんがこんと、打ち損ねたビリヤードの玉のようにどこへもおさまらずただ転がるだけの、五つの言玉。そして、六つめ。七時二分に針がさす。


・・・・・ミサトさんに聞いてみるよ。それでいいかな」碇シンジが言った。



その言葉を待っていたかのように玄関が開く。「ただいまー・・・・・・あら」
葛城家の主が帰ってきた。よもや異論のあろうはずもなかった。



「ふんふん・・・・・そういうわけか。修学旅行の前日だってえのにこんな時間まで諸君らが集合しているのは」
命の洗濯とビールはひとまずおあづけにして、子供らの話に耳を傾ける葛城ミサト。
余裕の口調の影では頭が猛速回転を始めている。さて、どうしたもんかね。

「えーと、山岸さん、だっけ。文化祭のとき、レイとピアノの連弾やったのよね」

「あ・・・・はい」
普通の、大人しそうな子だ。こんなところにまで・・・・もう・・影響がでてるわけか。
でも、とりあえず、ここは・・・・・いかにも仕事のできる大人の女性風で

「心配しないで。この所、そんな事例が多いの。新手のサギの一種なんだけど、ね。
送られてきたプログラムはまだ開けてないんでしょ?あ、もちろん開けちゃダメよ。
多分、中には・・・・その大層な嘘のつきっぷりから考えると・・・・・そうねえ・・・
見られたらまずいような書類データが・・・税金関係かな・・・・入ってるわ。
カッコウの託卵って知ってるかな?あれのデータ保存バージョン。ちょっち違うけど、調べられたりしたらまずいデータを信用のおける、顔の知らない第三者の端末の中に一時的に隠匿するってのがこの頃の流行なの。ま、子供を騙すカタ屋の親父のようなもんでそれほど怖くはないからだいじょーぶ。時期がきたらさっさとデータを引き上げて自分の家に帰っちゃうの。サギっていったのは、そのデータで株取引をやるケースも考えられるから。保存場所のみならず名前も拝借してね。・・・・かなり機械に詳しい人間のやることだからハッタリが効いてて驚いたとは思うけど、手品のトリックのようなもんだから」


べらべらと話す葛城ミサトの話を聞いているうちに、山岸マユミの血色がよくなってくる。


「大昔にペリカン文書って映画があったんだけど、知ってる?」
「あ、それ、ノベライズを読んだことがあります。父の書斎にあって・・・・」


ミサトってもしかして学校の教師に向いてるのかも・・・・山岸マユミの様子を見ながらそのようなことを思う惣流アスカ。口が達者というかなんというか・・・安心を与える。
話しているのは、即興の大嘘だけど。デマカセもたいがいに西太后・葛城ミサト。
警察にはお父様とネルフを通じて届けを出しておくから心配ない、と、ただ機械に影響があるかもしれないから、いっぺん内部ディスクをクリーニングしてもらった方がよろしい
知り合いの格安電気店があるから連絡をしておきましょう、とアフターケアつき口八丁。



まさかネルフの作戦部長がいい加減なこと言うまい、と信用があるから一発である。
ようやく陰湿な悩みから解放されて、人心地ついた山岸マユミらが帰っていったあと。



葛城ミサトはう゛いっと本性を顕わす。今日の夕食はビーフ・ガノンドロフ。

「ああああーーーーーっっっ。なんだか大変なことになったわねえ」
シャワーを浴びてビールをかっ食らうが、快哉をあげない。厄介ごとが多すぎる。

碇シンジが遅めの夕食を作っている。腹をすかせたペンペンが見上げて待っている。

「ミサト。さっきの話。あれってどこまでウソなの?まさか全部?」

「失礼ねー・・・・全部「本当の」話よ。アスカも明日早いんでしょう、今日は早めに寝なさいよ。ふわぁ・・・」
「ウソっぽいわね。でも、ま、いいか。マギの管理までパイロットの仕事じゃないんだし」
とりあえず、あの子を安心させてくれたことにゃ感謝しとくわ、の惣流アスカ。
マギには全幅の信頼をおいている。なぜなら、エヴァを管理するシステムもまたマギなのだから。命を預ける機体を任しているのだからたかが在野のハッカーごときに敗れるはずがない。そう、信じている。とはいえ、何事も弱点、防備の穴というものはあるからそこから悪戯者が侵入することもあるだろう。エヴァがきちんと動く状態を保ってくれるならまー、文句はないし。


「はい、おまたせしました。できましたよー、アスカー、お皿をならべてよ」

「へいへい。今いくわよ」
なめらかな猫科の動きで立ち上がると、台所へ。手足に太陽の気玉がさふらわあ浮き立っている。耳はすでにコバルトの潮騒が聞こえているのだろう。



その後ろ姿を見ながらビールを啜る葛城ミサト。瞳の中に凍霜がおりている。
あなたたちはあんなに頑張ってくれているのに、どうだろうね・・・・
わたしたちの不甲斐なさときたら・・・・・




「メギ」か・・・・・・・・








「いただきます」の夕食の食卓にて。

「シンジ君、なんか元気ないじゃないの」


「え・・・?そうですか・・・・別に」
「なんか目つきが”切ない”わよ。やっぱ、アスカとしばらく離れるからかな?」
「・・・・あ、あのねー、ミサト。食事中にそういうネタふんのやめてくれるっ!?」
「なんでえ?別にいーじゃない。若っかいんだから・・・こーゆーの王道でしょう!」
「・・・・・・オヤジ(まったく、よくこんなんで加持さんが・・・ぶつぶつ)」



「あのー・・・・・・」
「なになに?そういうわけじゃあないの?シンジ君、人生はまだまだ長いわ。沖縄で泳ぐチャンスなんてこの先、いっくらでもあるからそんなに落ち込まないで。珊瑚や熱帯魚やコバルトブルーの海や砂浜や水着の綺麗所のないすばでぃーやデイゴの花は見れないけれど、人生そのものが海なのよ。荒波を蹴立てながら夢の化身にも似た、巨大な魚が棲んでいるのよっ!!そして舟を漕ぎだして誰しも一人きりで向かっていくの」


「(はげましてん・・・でしょうねえ。ミサトなりに・・・
でも、論法が”さだまさし”入ってるんだけど)」



「僕の目・・・・・・」

「はい?」

「せつないですか?」




「「へっ?」」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・「ウギョッ」




「いえ、僕、本当にいいんです。実は・・・・・・・僕・・・・」


またなにかとんでもないことを言い出すのではないか、と精神が防御態勢を整えるふたり。 ざっ。ざざー・・・・ん、ざざーー・・・・んっ。ザッ!サッ! 白く泡立つ音がする。波のひいていく音。無意識のうちにファイティングポーズをとる。



「何・・・・・構えているんですか」

「いいのいいの、続けて。何かしら?まさかいきなりお母さんに会いに行くとかなんでも」
「そ、そうよ。いーちー応、聞くだけは聞いてあげるから、言ってみなさいよ」
そろそろ慣れてきた、といえる。が、まともな夕食風景ではないのは言うまでもない。


なごやかで楽しいはずの食卓が風雲、急を告げて葛城家の中に怪しい空気やホラ貝の幻聴や聞こえぬはずの鎧武者の鬨の声が流れ始める・・・・が、碇シンジの告白でトドメに。


「僕、泳げないから・・・・・・・・・(火照)」



「「はあっ!?」」








「そういえば・・・・・碇君、なにかへんじゃなかった?」 葛城家より帰る途中のこと。洞木ヒカリがふいにこんなことを言い出した。 「へ?シンジがか。イインチョー」 「うん・・・・うまく言えないんだけど・・・・様子が・・・いつもと・・・」 「そうかなあ?別におかしなところは・・・・見受けられなかったけどな」 「それをいうなら、いつもヘンやからなあ・・・・しみじみ」 「そういえば・・・・なんだか碇君、元気がなかったような・・・・」 「まてよ・・・・もしかして・・・・アレかあ?沖縄旅行にゃ未練がないが、一緒に住んでる惣流に・・・ってお子様なやつだと思っていたが、大人になったなあ。シンジも」 「なにいっ!?シンジに限ってそりゃないやろ。そないに色気のあるやつがブタの足を土産に頼むんかいっ?しかもクール宅急便午後指定!勉強しとるなあ・・・・シンジ」 バンカラ風味で笑いあう男子二人だが、女子の方は首をかしげている。


「そういうのとは、違うと思うんだけど・・・・なんだか・・・・」


これは、女性特有のカンというものだ。ゆえにあたる。葛城ミサトと惣流アスカがそれに気づかなかったのは、盲点というか、盲カンというか、他のことが印象強すぎてついつい見落としてしまったのだろう。母性本能がない、というわけではないのだろうが。とにかく明日から沖縄に飛んでしまう惣流アスカはともかく、葛城ミサトはここ第三新東京市で血も凍るような想いを味わうことになるのである・・・・。



つづく