「お迎えにあがりました」
と、駅の入り口には年代物の馬車と、銀の仮面をつけた男装の麗人が待っていた時、一行はまだ夢が続いているのかと思った。欧州が夢の国に見えるのは、なにも味気ない極東の島国の武装要塞都市からきたせいではあるまい。この旅行き筋がどうもそのようなコース設定になっているようだ。綾波レイ、野散須夫妻、加持リョウジ、青葉シゲルの一行は顔を見合わせつつも、気合いを入れ直す。
そこには互いへのいたわりと、そして同量のため息が・・・・・
 
「よしっ・・・といいつつ、やれやれ・・・」
 
 
 
「ようこそユダロンへ」
 
 
銀の仮面の胸のでかい、これからクラシックの大演奏会の指揮者でもつとまりそうな男装の麗人は「クラウゼ・ギミック」と名乗った。葛城・・・いや、それ以上と加持リョウジにいわしめたボリュウムの胸にはヤハウェの神眼、ゼーレの紋章が。
 
 
ユダロン・・・・ゼーレの世界統括部門直轄支配地、いわばゼーレの天領である。
この旅の最終目的地。ここまで来てしまえば何者も手出しはできない。
ネルフとゼーレの関係が正常に機能していれば、の話だが。
スイスの中にあるが、まるまるゼーレのものであり、そこでは一切の国際的常識が通用しない。軍事基地以上の機密地帯・・・・とはいえ、規模は大したことはない。
第三新東京市と比べものにはならない。なんせ、人口四百人程度の「村」だからだ。
 
 
「それではユダロン村までおよそ四時間の道のりです」
そういうわけで、ド田舎にあるわけだがそれにしても馬車など使って四時間、というのは青葉君あたりから苦情がきて当然だろう。ある事情により交通手段はけっこう利用してきた彼だが、馬車でその空白を埋めたとてうれしいわけもない。
これには理由があり、ガソリン車は村に入れない規則になっているのだという。
「じゃあ、電気自動車くらいないんですか?」もちろん、ぶーたれるのは個人的事情ではなく、同行者たちのことを考えてのことっすよ。
 
クラウゼ・ギミックは答えた。
「ああ、これ、電気馬車ですのよ」「うそっ!?凄いなどう見ても生き物にしか」
 
「嘘です・・・・・うーん・・・よくここまで生きて辿り着けましたね」
 
 
「ともかく、そういう事情ですので、皆様、お支度のほうはよろしいでしょうか」
早い話がトイレにいっておけ、とか腹が減るようなら弁当をかってこい、とかいう話。
一行は適当に油断せぬ程度に用を済ませて四時間のいかにもトドメとばかりに疲れそうな
馬車の旅にそなえた。が、馬車に戻ってみると案内役のクラウゼ・ギミックがいない。
御者に聞いてみると「買い物にいかれただ」という無愛想な返事。
 
「ああ、すみません。ついでに買い出しをしていたものですから。なかなか村から出られないものですんで、こういう機会は貴重なのですいやー、あちこち目移りしちゃって」
見れば、でかい鉄のカゴ車を引いてきている。買い出しといいつつ、やたらに衣服が多いような・・・。任務に一区切りつく瀬戸際でこの態度。温厚飄々なはずの加持リョウジの頬がひきつった。しかし、ここで怒ってもなにも進展しない。「はいプレゼント」御者に新品のネクタイをプレゼントすると、クラウゼ・ギミックは出発進行させた。
 
 
馬車の中はたしかに長旅用に、広く、疲れないように出来ている。
ただ、市街を抜ける三十分までは、ゼーレの威光も効かない道路事情に多少ストレスが「あ、また抜かれた・・これで十五台目か」たまったが。それ以降は自動車の影もなくただひたすらに日本ではありえない道をゆく。
 
 
「草の匂いのする道・・・・・」
綾波レイが呟く。早い話が田舎道だとゆうとるのだ。
 
 
「妨害者さんもとうとうこの方法に気づいたみたいですね・・・・」「ふむふむ」
加持リョウジがノート型コンピュータを広げて例の「山岸マユミ」ホームページにアクセスしてみたものの、掲示板の方は機能停止させられている。彼女には気の毒なことをしたが、こちらの手順は本部に送信したあとであるからなんとかセーフだ。それを繋ぐのはおそらく葛城だろうから、伝達のその点は心配していない。
 
 
「ぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつ・・・・・・・」
なにやらヘッドホンをはめ、赤い本を開いて突如勉強を始める青葉君。
暇な時、勉強するのはいいことだが、なにやら雰囲気が泥縄っぽくもある。
 
 
「ところで加持君よ」弁当をつかいつつ野散須カンタローが尋ねる。
「なんとかここまで来れたが、儂らはこれからどうするんかの」
いくらその点を尋ねても今まではぼかしてきたが、いくらなんでももうよかろう。
 
「いえ、現地に到着した時点でまず任務は完了です」
 
「ふうむ・・・・戦略的になにやら意味のある土地なんじゃな。誰ぞ偉い人でもおられるんかの。まさか、もう一体エヴァあでも配置しておるとか・・・あんたはどう思う?」
 
「私はただの案内人ですから・・・・でも、エヴァアって何です?」
発音が悪いせいでもあるまい。案内人は知らないらしい。
 
「まあ、行けばわかるかの。綾波のお嬢、ゆで卵はいらんかの」
 
 
 

 

 
 
 
「ただいま」と言っても誰もいないのが分かっていても。
 
「ただいまー・・・・」あまりやる気のない声ではあるが惣流アスカは言った。
 
 
「おかえり、アスカ」意外な声が返ってきた。葛城ミサトである。
これから出かけるところらしい。入れ違いだ。しかも、旅装。
「どこ行くの?」どうもでかいトランクを見るに長旅のようだった。もちろん聞いてない。
不機嫌と疑惑と諦めとを三等分して。今夜も一人か・・・・
 
「南の海・・・・・以下は絶対機密事項なんで口外しないこと。エヴァ九号機と第三類適格者・・・サードチルドレンになるかも知れない子の初起動実験に立ち会ってくるから。成功したらそのまま連れて帰ってきます・・・・以上!」
 
 
「え?」
 
 
「あー、時間がないっ。満月が、満月が!それじゃ、あとよろしくね」
葛城ミサトはさっさと行ってしまう。風雲、九を告げるとはこのことだ。
しかもサードチルドレン・・・・葛城ミサトが慌てるのもなんとなくわからないでもない。が、雑すぎる情報を投げ与えられて取り残された惣流アスカにしてみれば、
「なんなのよっ!もうっ!」としか、言いようがない。
 
 
「あー、時間がない時間がない。なんでこんな急に情報が入ってくんのよ」
青いルノーをネルフ本部までかっとばす。
 
葛城ミサトの権限と面倒が増大してチルドレン探しまで行えるようになったのはいいが、そうおいそれと適格者が見つかるわけもなく、それらしいのはギルが先手をうってスカウトしてドイツに連れていってしまうのだ。情報は確かにダンチに入ってくるようになったが、ほとんどがこういってはなんだが、外れ。エヴァを動かす才能がいかに稀少なものか改めて思い知らされる結果となった。碇シンジなど見ているとその認識が薄れてくるのだが。だが、広い世界にまるきりいないわけでもない。要は努力とタイミングだ。
今回は珍しくギルよりこちらの方が先に適格者、しかも第三類の情報をゲットした。
 
 
 
赤道上のゼーレ実験諸島にてその子は”発見”された。船が難破したらしく、打ち上げら
れたのが実験島の砂浜でそこの研究員に助けられた、とか。命が助かったのはいいが、そこはゼーレの結界。つまりは永久就職を余儀なくさせられることになった。
 
 
なにしろ、その子は思い切りエヴァ9号機を目撃してしまったのだそうだから。
 
 
嵐の難破現場に、エヴァ9号機がいたのだ。
 
 
船が難破したのもスケジュールから考えて実験中の9号機が原因の可能性が非常に高い。
「そんなことにならないように嵐の日を選んだんですが」などと言い訳しても後の祭りである。千夜一夜アラビアンナイト的に不幸なその子はトドメのように記憶の一部とのどをやられて言葉をうしなっていた。自分はこの島の生まれだと思い切り信じ込んでいる。
現地の研究員たちもあまりに不憫で、まさかこの上適格者の資格まであってエヴァのパイロットになるなどという不幸の極みに陥るのではないか、と危惧して身近にいるにも関わらず適格者の試験を受けさせなかった。どうせ学校にもいっていないのだからいくらでも騙しは聞く。黙ってさえいればいいのだし、まさかまさか大海でルビーの冠をつけた鰯を探すのより難しいチルドレンなわけがない、と思いこんでいた。
エヴァ9号機とその子との不思議な”相性の良さ”を無理矢理無視して。
 
 
なにしろ、その子と、海洋対応のエヴァンゲリオン9号機は、一緒に泳ぐのだそうだ。
そして(シートの人間工学的フィットネスの研究の為と称して)エントリープラグに座らせてもらい、そのまま深海を長時間遊泳する・・・・・拒否反応も起こさずに。
まともにシンクロ率は計測されていないそうだが・・・・
 
早い話が。
 
 
思い切り「適格」しとるやんけ!
 
 
、というわけだ。これは懲罰モノの施設ぐるみの情報隠匿である。灯台もとくらし。
だが、そういう細かい点を探してくる優秀な人間、機械はあるもので。
そういう隠し事はなぜか必ずばれてしまう日がくるもので。
 
 
ばれた。
 
 
そして、そのデータが一気に日本、ネルフ本部へ飛んだ。そして、葛城ミサトの眼に。
止まった。
 
この手の「おいしい」情報がこんな時期にやってくるとは、時化でまるまるふとったトラフグの雄が釣れてしまうようなものだが、果たして信用に値するか。思い切り怪しい。
なんらかの罠の可能性もあるが、葛城ミサトは躊躇しなかった。吶喊である。
カンである。カンが本物だと言っている。
 
 
 
南海満月の夜に行われる、9号機の初起動実験。
人造海人エヴァ9号機にとっては月に生体リズムを合わすのがよい・・・・
 
 
葛城ミサトはここでひどい目にあわされるのだが、そうともしれずさっさと機上の人となってしまった。9号機の詳しいデータは機内で読みこなす。薄情なようだが、この時、葛城ミサトの頭の中には惣流アスカのことも碇シンジのことも赤木リツコのこともふっとんでいた。もちろん碇ゲンドウのことや冬月副指令のことなどミジンコである。
 
 
エヴァ9号機とは
 
 
ひとことでいえば、「かわいそうなエヴァ」である。
 
 
海洋対応エヴァとして設計され台ピンで建造されたのだが、いかんせんこの使徒が迫ってきている時勢において学術研究用、つまりは戦闘用ではなかったためにかなり悲惨な扱いを生まれる前より受ける羽目になった。この点が管理用とされながら指揮将軍クラスの実力をもっていた四号機と異なる。
まずは、「部品がまわされなかった」。、というか「とられてしまった」のである。
それも、本体用としてではなく、予備パーツとして、9号機の正式パーツが上からの命令により他にまわれてしまったのだ。そのためになんと、エヴァ9号機には・・・・
 
 
下半身がない。脚部がないのである。
 
 
「どうせ海洋対応なのだから陸で歩く必要もなかろう」というのが奪われた理由。
おまけに肝心要のパイロットも見つかっていなかった。建造を急ぐ「兄弟」たちにとられてしまうのもある意味、やむなしだったかもしれない。が、聞いて気分の良い話ではない。このゴリ押しをどこの国がやったのか、葛城ミサトは知っている。
 
 
「うーん・・・手にヒレ・・・・・」
 
螺旋発生式ATフィールド・・・・絶対無敵のスクリューを機動させればいかなるソナーも補足不可能な速度を叩き出す。が、基本的に学術用のため、そんな速度は出さなくていいのであった。しかも、単に移動するならさすがに飛行機の方が速い。
しかも、陸にあがれない。変形アニメロボットと異なり、そう都合よく変形できないのであった。
世界の大半はいまや、海であり、その中で9号機は海神帝王といってよい。
しかし、テロリストが脅迫に用いるのならともかく、都市防衛には不向きもいいところ。使徒との戦闘にも環境的にどうであろうか・・・・・。やはり、9号機は海中にて人類の未来を探す、希望の海女となってもらうのが一番いいのであろう。
 
「武装も・・・・ほとんどなし、か」
 
エヴァシリーズとはよう言うたもので、いろんな奴がいるものだ。
そして、その変わりエヴァとは水魚の交わりらしい、子供(チルドレン)
 
 
それも、第三類・・・・サード・・・
 
 
こんな時期に葛城ミサトが飛び出さざるを得なかったのは、何よりそのせいかもしれない。
 
 

 
 
 
「過労。単なる過労!
とりあえず命にかかわる問題・・・ナシ!」
 
海老名のトラさんの報にまるで「全面逆転勝訴無罪」を勝ち得た被告の家族のように伊吹商事の面々がわいた。伊吹社長倒れる!の報が泣きながらの祭門チサトと冷静なライゾウ爺から社にもたらされたのが数時間前のことである。「なんかこんな予感はしてたんだ・・・・」まさに占い師の悠然たる動きで橘エンシャが仕切り、伊吹商事の動きは停滞することはなかった。ISDN回線男による迅速な現場フォロー、救急車は呼ばせずに海老名トラジロウさんと春込イスズさんが伊吹社長をトラックで病院に運び込む、という手はず。自力救済が秋葉森の人間のモットーであるが、もし「祟り」だとすると伝染する可能性があるからだ。伝染病患者は救急車で運んでくれない。
 
そのほかの人間は・・・・・「仕事!」
 
仮に邪悪な意図により狙撃されたのだとしても、全員で押し掛けていってやれることなどない。だが、この数時間、伊吹商事の能率が急激に記録的に下がった。昨夜の徹夜で仮眠に入っていた加藤ジンエたちが騒ぎを聞いて起きてきたのだからリズムが狂うこと甚だしい。そればかりではなく、たまたま社内に居合わせ、その話を聞きつけたチーム白猿やら
藤田電詞文製作所など、社外の人間があちこちに伝えまくって伊吹商事にぞろぞろ集まってくる始末。「とうとうあの社長さんにも”祟り”がきたかあ・・・・・」これぞ秋葉森名物。「よそ者でかい面するな祟り」高見の見物にきたのだろう。
ニワトリにされて秋葉森一番の早起きになり鬨の声をあげるとか、ワニにされて下水道で
葉巻をふかしながら暮らす、黄金の蜘蛛となってビルの空調室に永遠に這い回ることになるとか、冷蔵庫や洗濯機や扇風機になって石野丸電気店の安売りに店頭に並ぶが売れ残りで倉庫に運ばれ一生を終えるとか、その祟りは半端ではない。とにもかくにも、姿はともかく、人間であることをやめてしまうのだ。何かに変身してしまう。心が。
そのあげく、その祟られ者の魂は都市鉱山の山頂に棲むといわれる無機王・塵芥皇に拾われ休ませてもらい、加工されて秋葉森にいつか戻ってくるのだという。
現代の人間が長寿を望まれなくなったかわりに、そのかわりに、強く強く、己身の変身を願った、その念が凝り固まったせいだとも言われている。出る杭は打たれるのである。
 
「過労かぁ・・・・祟りじゃなかったんだな」
「おかしいなあ、あれだけ目立てば必ず祟られるもんだがなあ」
「急性盲腸か何かと思ったんだが、とにかく良かった良かった」
「過労かあ、脅かしやがるぜ・・・・ほっ」
 
「おたくの社長さんは特別扱いされているみたいですな・・・」
老舗の藤田製作所の所長が橘エンシャに話しかけた。
「ふふふ、あの冷静でならした松下さんが汗などふいていらっしゃる・・・」
「そうかもしれませんねえ・・・・・おそらく相性が良くて惚れられているんでしょう」
「ほう・・・それはそれは」
「だからこそ、とんとん拍子にことが進む・・・・祟りなんてとんでもない」
「確かに。外地の人間がここまで癖の強い秋葉森の人間に慕われるのは珍しい」
「慕われるほどには年寄りじゃないでしょ、あの娘は」
 
「恋情・・・・・ですか。年甲斐もないですが」
 
「多分ね。年甲斐も見境もないから、恋心ともいえず、恋情・・・・秋葉森があの娘に惚れてるのサ。いつ見初めたのやら見初められたのやら・・・・あたしらが初めて会ったとき、すでにそうだったのかも知れないね・・・・」
 
「人が街を恋うように、街が人に恋することがある、と・・・・?」
 
「ま、そういうこともあるかもしれない。この街は出来てからまだ時が浅く、若いしねえ。
、とこんなおとぎ話で若い娘の大器を素直に認めてあげられないなんて、ああ、婆あはイヤだイヤだ、と」
「それもまた、自慢のようにも聞こえますな。街に恋いされるほどの魅力を、うちの娘が持っているよと言われておるようで」
 
「・・・・アンタも素直じゃない爺男だねえ。」
 
そうでもなけりゃ、この冗談みたいな会社の日々はなんだっていうんだい?
有能ではあるけれど、雑多極まりないメンツを集めてきて、毎日ワイワイガヤガヤ働いて。
あと少しでマスターアップとともに解散になるけれど、おそらくこの日々は。
忘れがたい。たぶん、あたしが歳食って今までの悪行たたってボケちまっても忘れない。
 
よそから来ておいて、この街に惚れられた、あんたのことは。
 
あんたでなけりゃ、尾道と松下なんざはとっくのとうに喧嘩別れしてただろうし、アラシは石野丸電気に帰されてたか、・・・そもそもあんな子供を雇わなかっただろうし、祭門のチサトとライゾウの爺孫もそうだよ、それから加藤もドブネズミのコートを会社のロッカーにはひっかけるような可愛いことにはならなかったろうし、常識派の第二の人生コンビも同じ轍、同じ人生やってただろうし、藤原古本姉妹も本音で話す機会を持つこともなかったろうし、ISDN回線男・・・この目であの怪人を拝むこともなかったろうしねえ。
 
この会社で創り上げた「アレ」で一体、何をやりたいのかは分からない。
 
ただ、よそから来ておいて、この街に惚れられた、あんたのことだから。
 
最初で最後の休日にぶっ倒れるほど情を注いだ「アレ」を使って、
 
他人を闇に突き落とし、惑わせるようなことだけはしないと。
 
信じてるよ。
 
社長。