<1>
 
 
「すみませんね、せっかく遠路はるばる来られたのに大したおもてなしもできなくて」
クラウゼ・ギミックの言葉には嘘も謙遜もなく、晩餐は質素そのものだった。
全てが保存食ばかりなのだ。湯気の立つ暖かいものはひとつとしてなく、パンも固かった。
 
ユダロンシュロス・・・・ユダロン館と呼ばれる石城に一行は逗留することになった。
案内役にして銀仮面の麗人、クラウゼ・ギミックはこの石城の執事代行と自らの身分を名乗った。ゼーレの紋章の携帯を許されておりながら代表者でもない。ゼーレの天領ならではの開けっぴろげさと言えよう。到着後、各人一人づつの部屋割りをされたあとの晩餐。
貴族めいた趣味もないが、埃のひとつもなく磨き上げられた食堂には、近在の農家より雇ってきたらしい、にわかメイドが客人たちへの好奇のまなざしを隠さずに控えている。
来意はすでに告げており、この場にはユダロンの主が現れることを加持リョウジは疑っていなかった。だが、実際には「案内役」の任を終えたはずのクラウゼがホスト役を務め、主の姿は見えなかった。「すいませんねえ、この城は火気と水気をを嫌うもので食事もこんな味気ないものになってしまって」そうは言われても、望まれぬまろうどに貯蔵期限の切れかけたものを片づけさせているのではあるまいか・・と長い旅路の果てに固い黒パンなんぞを囓ってみれば、そんな邪推も浮かんでこようというものだ。ふつうは。
しかし、この欧州旅行ですっかりがまん強くなっていた一行は平気だ。
 
また、それ以上に・・・・・
 
この館におさめられている代物の正体を知った一行から、そんな呑気な感想が出ようはずもない。この乾燥した石城の地下空間には、とある特殊な「自動機械」があるのだ。
その自動機械の名が「ユダロン」。わざわざゼーレがこの村を天領に指定・・・いやさ、この自動機械のある土地に一つ村を作ったのは・・・・・これが世界最悪の能力を持つ、「”無”への翻訳機」「言語破砕機」であるから。大昔、バベルの塔建設を失敗させた神様は当時の世界共通語の規格を木っ端ミジンコにして人類を相互不理解の”方言の闇”へと導いた。それから何千年か経った13世紀、この地に住み着いた錬金術師がたまたま創り上げてしまったのが、この「ユダロン」。仇敵の言霊使いの魔術師一党に一泡ふかせるために開発したらしいのだが、使用してみたところ、その辺り一帯の使用言語が一夜にして「消滅」した。誰もその言葉を使えなくなってしまった。その混乱は筆舌に尽くしがたい。
裏死海文書でこの事態を預言されとった当時の13世紀ゼーレは解読と解析に手間取ったこともあり、この事件を未然に防ぐことは出来なかった。が、「ユダロン」の存在を探り当てると錬金術師から奪ってしまう・・・・。そのまま破壊してしまうことがおそらく最善の道であったのだろうが、13世紀ゼーレはそうはしなかった。思い切り有効に活用させてもらった。相容れぬ敵を叩きのめす兵器として用いればこれほど強力なものもなかった。一番威力を発揮したのが宗教関係であったのはいうまでもない。中でも14世紀ゼーレはかなり見境なく使用した、と記録にはある。現代の、2015年ゼーレまでに消滅させられた言語はざっと四百。(”単語”を含めると2000ほど)この村の人口と同程度。罪滅ぼしのためなどでは毛頭ないが、四百人の村人は、一人づつ”受け持ちの消失言語”を体得させられている。そんなわけでこのユダロン村の村人は世界で一番言語に堪能な村人なのだが、普段の生活では、この村独特の「ユダロン語」を用いる。あらゆる言語の語圏から遠く外れた、世界で一番寂しい言葉。世界でただ一つ、「ユダロン」に対抗できる、消滅させられない言語。
何かの事故、または暴走で、お膝元であるこの村がその力にやられない保証はないからだ。そのために知恵を絞って考え出された。ついでに、「ユダロン文字」というものもある。わざわざ文字まで開発せねばならなくなったのは・・・コンピューターが出回り初めて世界をネットで繋ぎ始めたからだった。
やろうと思えば、アルファベットも、またはアラビア数字でさえも粉砕できる。
ネットワークの世界をも統括するのはやっぱりゼーレの仕事だ、と秘密結社ゼーレの「世界統括部門」の人間は確信しており、それによって首根っこをおさえ、コンピュータネットワークによる世界の暴走を抑制させる・・・・映画「ウォーゲーム」の如く何かの間違いで核ミサイルがビュンビュン世界を飛び回るようであれば・・・・その前に世界中のコンピューター言語を粉々に破壊してしまおう・・・・巨船を沈めるキングストン弁の役割を、最後の最後の切り札として世界を支配する者の義務として手にしておく必要がある。その折り、ユダロンと連結して補佐するコンピューターにアルファベットやらアラビア数字が混じっていてはますいわけである。混乱を招くものこそ、最も正気でいなくてはならないのだから。
少々何があろうと、ここさえ押さえておけば、いくらでも逆転は可能。ネットワーク社会になってもゼーレの天下は揺らぐことを知らないのであった。
 
そのような物騒極まりない世界的危険物のある特別地域にまでやってきて食事がどうこう言えるのは、神経が太いというよりおかしい証拠だ。
 
また、それ以上に・・・・・
 
そのような物騒極まりない世界的危険物を「自分たちに使わせてくれ」と使用許可を求めにやってきた、というのは、完全におかしい。
 
「早速ですが、”ユダロン”の使用許可を頂きたい。館の主に面会を・・・・」
盛り上がるはずもない晩餐が終わり、加持リョウジはこの男にしては珍しく待ちかねたように視線を強めた。未だ仮面もとらない人間を信用できるはずもない。
 
「分かりました・・・・、といいたいところなのですが」
 
「それは、かないません」
 
仮面をとらないからといって、信用しないのがまずかったのか、クラウゼ・ギミックの返答はここまでやってきた一行を完璧にコケにする一撃だった。
さすがに忍耐強く性格温厚な一行にも殺気が漲った。実は温厚ではなかった、という説もある。
 
「あ、誤解しないでくださいね。ただ、私にそれが出来ない、というだけのことです」
 
「どういうことです」
 
「館主様はここ十年、私たちも姿をお見かけしていないんですよ。
この館の何処かにはいると思うんですけどねえ・・・・なにせお年がお年でシワクチャのミイラですから」
 
「はあ?」
 
「館主様の曾孫様は二年前、中庭の噴水のところで。御孫様は四年前、嵐の日に館の天井で。御子様は八年前、地下のワイン蔵で。それぞれ最後に目撃された後はずーっと”姿を見てない”のです。館のどこかにはいると思うんですけど。村から出られることはないですから」
 
 
「なんじゃいな、そりゃあ!?食事とかはどうしておるのかの?そのご老人たちは」
自分のことは棚にあげて野散須カンタロー。
「食事はもうされないんですよ。断食です、ミイラですから・・・・というのは冗談ですけど、聖なるお方ですから、パンも水も、必要ないんです。ついでに言うとワインもね」
 
もはや館主とやらは、この銀仮面に壁にでも塗り込められておるんじゃなかろうか・・・・一行は毒気も抜かれて顔を見合わせた。
「三年前に、あなたがたのようにユダロンの起動を願い出た、”とある機関”の人たちがいたんですけどね・・・・困ったことにまだこの館から出てこられないんですよ。よほど気にいられたのか・・・・食事やベッドのお世話はさせてもらってませんから、自炊されてるんだと思うんですが。たぶん」
口調的に””(点点でカッコ閉じ)が多いクラウゼ・ギミックであった。
 
「あ。誤解のないように先に言っておきますが、別にユダロン起動の怖さに私たちが訪問者を片端から食事に混ぜたスープで毒殺して庭の隅に埋めた・・・・なんてことはないですから。・・・あはは、状況的にはまるで古典の推理小説、いまにも謎の殺人が起きて一人づつ消されて行く感じですけど、ね」
のんきな言葉で場の雰囲気をますます殺気ださせるが、銀の仮面に曇りすらない。
 
「とにかく、御館様の許可さえいただければ、すぐにでも使って頂いて結構なので、がんばって探してみてください。私どもも協力は惜しみませんので。私も実はそういうわけでここ十年ばかりお給金を頂いてないんです。まあ、食べるのには困りませんし、買い物に行けるわけでもないんですけど・・・いろいろと御館様方には問いただしたいこともございますので」
 
「それでは本日はお疲れでしょう、お部屋の方にご案内いたします。ご希望の方はお休みの前にサウナでも湯浴でも・・・・皆様、全員・・・・はい、さすがに皆様、頑健でいらっしゃいますね。さすがにお風呂好きの日本人・・・ゲルペナ、ピップ、お世話を」
 
 
館の主人・・・・・この場合、ゼーレ直轄地帯のエリア・マネージャーが数年単位で行方が不明になっているという容易ならざる事態にあるわけだが・・・・銀仮面・クラウゼ・ギミックの平然凡々たる説明に当然沸いてくるべき危機感や疑問が消し去られてしまう。こんな話は聞いていなかったぞ・・・・加持リョウジも予想外の展開に眉をひそめるが表には出さない。ここまで来て焦ったところで仕方がない・・・・それにユダロンを起動させずに済めば最もよろしい。切り札は伏せておくだけでよい。手の、届くところに。
その距離感をつかみかねてはいたが・・・・・。
 
話を聞きながら、ちらりと綾波レイの方を確認してみたが・・・・・異変はない。
その話は少なくとも嘘ではない。
それに、万が一、館の主人の許可が得られずに、かつ、遠い故国でユダロン起動が必要になった場合・・・・強制起動をかける算段もこの男は無精ひげをさすりながら考えている。無精ひげも、加持リョウジ彼の専売特許ではなくなったが、この男は加持リョウジ。
 
綾波レイと、トランクの中身・・・・・この二つさえあれば・・・・・
 
あとはどう警護の目をだまくらかすか、だが・・・・ぱっと目にも館内部には近代的警備システムの存在は感じられない。というより、この薄暗い、ランプを補助に使っても暗い、室内照明が証明しているように、この村には電力が、発電施設から来る強力な電力がない。
よほど腕利きの警護者が控えている風ではまったくない。地下にあるそれに到達するのはひどくちょろいことに思えた。この旅で知ったのは、このメンツに足手まといが一人もいない、ということだ。正確には、いなくなった、と。肉体的能力に差違はあれど。
経験値と共通認識。それが均等に振り分けられればグループの作業はだいたいうまくいく。
 
すっかり、この館を占拠してやる思考の加持リョウジである。「いざとなれば」というおまけがついていたとしても、この考えが読まれでもしたらかなりやばいのであるが、その飄々風味の顔にはテロリストのギラつきとは無縁。
隣で加持リョウジの顔を見ながら、この男、前の生まれでは江戸時代で義賊でもやっておったんじゃなかろうか、はまるのう・・・・・などと野散須カンタローが。
 
「遠くの国からお客さんが来られたというので、急にお館に呼ばれてお手伝いを命じられました。ゲルペナといいます。こういうお仕事に慣れていないのでかえってみなさんにご迷惑をかけるかもしれませんが、いっしょうけんめい務めさせていただきますのでよろしくおねがいします・・・・・・あ、日本語、これで正しいですか?・・一夜漬けで初めて使ってみたので・・・」
やはり、ユダロンシュロスつきの本職のメイドさんではないようだ。村娘の中から一番、気だての良さそうな娘を選んできたような感じだが、注目すべきはその口からでた完全な日本語であった。壊滅した言語をその内に保存するという、ユダロンの村人の言語センスたるや・・・・・
「ええ、お見事です。まるで何年か住んでいたようですよ」感嘆するソノさん。
その手の指のぶっとさから察するに、デスクワークなんぞとは生涯縁のない暮らしを宿命づけられているのだろうが・・・・こういった方たちが世界に出ていったらどんなに素晴らしいことでしょう。相互理解の奇跡というものが生まれるかもしれない。
貴重なものほど外部に出にくいと言うのは宝でも人間でも同じことだけれど。
 
急造メイドのゲルペナは浴室でもメイドというよりはふつうのよく気のつく娘さんぶりを発揮していた。綾波レイは世間知らずのお姫様のように脱いで、お姫様ぶりを発揮していた・・・・「湯上がりに、薔薇のオイルはどうですか。肌が健康になりますよ」「肌の・・・健康・・・」雪のように白い肌に薔薇の香油・・・綾波レイの辞書にはないが、まるで中国の詩のようだ。
 
 
野郎たちの方は、ピップという体格のいい若い男に案内され、サウナへ。
「へえあ、あんたたちもすげえ冒険をしてきたんだなあ。実はこのオレも・・・」
この若い男は、農場の息子らしいのだが、ちょっと閉鎖された村にありがりな空想癖が強いようで、魔術師マーリンに呼ばれてアーサー王の時代へタイムスリップして、アンサロムという悪い魔術師と戦ったり真鍮のドラゴンを退治したり魔界の地下迷宮を探索して黒騎士を破ったりイアソンらギリシア神話の英雄たちと七つの奇怪群島をさまよったり、詩的な魔人とうたったり、といろいろ冒険してきた、と大いに語ってくれるのだった。
しかも、サウナの中で。辛抱たまらんようになった野散須カンタローと加持リョウジは、青葉君を聞き役として置き去りにして、てめえたちだけで脱出した。
そのときの青葉君の顔といったら・・・・・「呪ってやるーーーーーーー!!」
 
 
そして、夜
 
 
冷たい石造りの寝室に一人になった綾波レイ。目的地に到着した達成感もなく、その表情は普段と何の変わりもなく窓の外を見ている。闇に白き山も見えない。
蝋燭ランプの粗末な光が部屋を照らし出して「もう寝ろ」とうつろに呼びかける。
一行の中で眠っているのはソノさんだけだ。男衆はこの夜の中、館探索に回っている。
向こうがこちらを騙しにかかっているのであれば、注意力が散漫になる夜に探りをいれるのがセオリーだ。行動の自由は制限されていないのであるし。ここにはホテルに宿泊しにきたわけでも上質のサービスを提供されにきたのでもない。相手の秘密を探るには夜に限る。ただ、さすがに単独行動は危険なために、三人でかたまって動いている。
この部屋と隣のソノさんの部屋の扉にはセンサーを取り付けた。何かあればすぐに彼らが急行してくれる。もちろん、重い扉に似合いの重厚な鍵も下ろしてある。
この部屋の中には誰も何者も入ってこれないはずだ。
 
だが・・・・・
 
「ちょっと貧乏だけど、こういうのも風情があっていいよね。悪人につかまったお姫様が一晩放り込まれる程度の貧乏さって感じで」
 
ベッドの上では綾波レリエルが修学旅行の乙女よろしくおさつポッキーをカリカリやりながら、袋菓子やら何やらを配置して占領していた。
「いらない?レイちゃんなら太らないし・・・でも虫歯の心配があるか。私はないけど」
「・・・・・」
新たなパターン(時間差攻撃クイックB)に一瞬、視線を泳がせる綾波レイ。
なれどすぐに復活。呼吸を戻す。「・・・・・なに?」
 
「とんでもないところに来ちゃったね・・・・・危険だよ、ここ」
 
「・・・・・」
 
「下手を踏めばここで皆さん全滅しちゃうよ。ほんとにここは、・・・魔物の館だ」
使徒がいうのもなんなのだが。だが、レリエルの口調は暗い。
「魔術ってやつが本当に使用できる、現代となっちゃあ、数少ない土地・・・・昔はたくさんあったんだけどねえ・・・隠れた世界遺産だよ」
 
「エロイモ・エッサイモ、我は求め訴えたりぃー!」おさつポッキーを掲げるレリエル。
 
「あ、今バカだって思ったでしょ。非科学的だって。だけど、巨視的にみれば見えるのよ。この土地の巧い”元素の組み合わせ”が。・・・・って、こんな話をしたいんじゃないのよ。そういう危険な場所に悪いんだけど、私、ちょっと用事ができちゃって南の海の方へいかなくちゃならなくなったのよ。シンちゃん以外にサードチルドレンが誕生するかもしれないってネタをつかんじゃってねえ。あ〜・・・・後天的突発的にチルドレンが生まれるなんて聞いてないってゆーのよ。台帳に載ってないのがあちこちでポンポン生まれてくれた日にはこれ以上仕事が増えてたまんないわよお。予定が狂っちゃう」
 
「サード・チルドレン・・・・・碇君のほかに・・・・・」
綾波レイの反応速度ではとてもじゃないが、レリエルのそれについていけない。
 
「そういうわけで、ここはレイちゃんに自力でなんとかしてほしいわけ。えげつない罠が仕掛けられてるから、あの人たちも強力だけど、ちょっと今回のケースは常人じゃ太刀打ちできないわ。頼りになるのはレイちゃんだけなの。ちょっと細工はしておくけど・・・・・・だから、がんばってね!」
 
使徒レリエルは彼女の言を信じるならば、綾波レイの身体機能の機械的サポートを行っている。目には見えず、最新科学機材でもその存在は検知できなかったが、確かに今行われた会話のような、精神的のみならず、肉体的にも重なるようにして存在している。
ひどく、近しい。つまり、内部に使徒を宿すファースト・チルドレン、綾波レイはある意味、体が弱いはずだが人類最強の肉体をもっていることになる。複雑怪奇な地位だが、本人の意図したことではないから仕方がない。
 
そして、使徒レリエルはいつものように自分のいいたいことだけ言うと消えてしまった。ベッドの上には食い散らかされたお菓子の残骸が。片づけをがんばれとでも言うのか。
 
綾波レイはしばらく考えた後、食べかすをゴミ箱に片づけて、先ほど伝えられた事柄について考え始めた・・・・・しかし、疲労がたまっていたためか、レリエルのサポートが切り離されたためか、ひどく体がだるい。力が抜けていく感じに陥って眠りについた。
後天性チルドレンのことはともかく、えげつない罠というのは一体・・・・・・・
その答えは明日の朝にわかる。
 
「なんなんだ・・・・この館の構造は・・・」
「ここ・・・・さっきは登りの階段だったですよね・・・・」
「戻ってみたら下りになっておるな・・・・」
館の探索にかかった三人の男組は、すっかり迷っていた。方向音痴は一人もいない。
加持リョウジは諜報部で、野散須カンタローも軍隊で、その手のノウハウは叩き込まれているし、青葉君など地図作製の資格まで持っているくらいだ。だが、たかだか石の城程度で迷っている。きちんとマップさえ作っておけば迷うはずがない。のだが。
いくら夜で照明もなく暗くとも、階段の上り下り程度は判別できる。だが、なんらかのからくりが作動しているのか、三人はいいようにワケのわからんところへ導かれてしまった。
最悪、窓を蹴り破ってそこからロープで外にでればいいわけだが。
この状況で綾波レイやソノさんの部屋から緊急コールが届いても急行できるかどうか。
「もしかして、俺たち眠っちまって夢を見てるんじゃ・・・・」
いいかけて、青葉君はよりによって自分の夢で男とがわざわざ共演するわけもないか、と考え直し、夢であることを否定した。
 
 
 
「こんな夜更けにどうされたんですか」
館の調査の途中で三人はクラウゼ・ギミックに会った。唐突に現れた銀仮面は年代物のランプと見事な装飾のサーベルを下げて夜の見回りだというが、気配が完全に消され加持リョウジでさえその接近に気づかなかった。その気ならば、斬り殺されている間合いだ。
 
「いや、ちょっと小用をば。儂が足の具合が悪いもんでな、二人についてきてもろうたんじゃよ」
場所的にナイスな言い訳であった。さすがに年季の鉄面皮である。クラウゼの声はゆるやかで敵意も警戒の意もないが、それだけに危険を感じる。その証拠に加持リョウジは拳銃を構えかけていたし青葉君も火掻き棒を振り上げていた。
 
「そうですか。私はてっきり館の探索でもされてるのかと思いましたよ。皆さん、仕事熱心な方のようですし、ね・・・・・・途中で怪しい人影でも見られませんでしたか」
「いや・・・」
「たまにですが、外から入ってくる”もの”がおりましてね。ユダロンに呼ばれるのかどうか・・・・」
「あの・・・いわゆる幽霊っすか」
「人間は入ってこれませんから、それ以外の”もの”ですね・・・・・でも、まあこうして私が見回っておりますので皆さんは安心してお休みになってくださいませ。お部屋は、そこの階段を下りて右の廊下をまっすぐにどうぞ。夜は”案内プレート”が見えませんからどうしても迷ってしまいますよ」
「あの・・・・ところでその・・・・左手に下げてらっしゃる鉄兜の生首は・・・・」
よく見れば銀仮面は戦でもやらかしてきたかのように首を提げている。おえ。
そこから強い血匂がする。少なくとも作り物ではないようだが・・・・
「ああ、これですか。この時期にたまに出没する”はぐれデュラハン”です。
 
(デュラハン=首のない騎士。ほんとうに首から頭が無く、職を失った騎士のことではない。自分で自分の首を手に提げていたり、どこかに置いてきたのか無くしたのか持ってないタイプもある。これまた首のない馬にのり高速で疾駆するのがお約束にして定番の出現パターン。鎧を着込んで大剣だの矛だのぶっそうな得物を手にして人を襲う。腕前に自信もありで相当強い。最近では映画「スリーピーホロゥ」に出演してその怪奇さで観客を大いにびびらす。クラウゼの狩った”はぐれデュラハン”は群れることをせず、単独で動くことが基本のデュラハンに”はぐれ”も何もないものだが、あるいは某有名RPGに出現する”はぐれメタル”のような硬いボディを持ち経験値のすこぶる高い亜種である可能性も否定できない)
 
皆様の匂いをかぎつけたんでしょうね。よそ者は珍しいですから。館に不法侵入しようとしたんで馬もろとも体の方はたたっ斬ってきたところです」
「たたっ斬・・・・・・」さすがに絶句する加持リョウジと青葉君。
「で、その生首のほうはどうなさるんかのう」
「抱いて寝ます・・・フフ」そう言って葛城ミサトをも凌駕するボリュームの胸に兜首を抱きしめる。
 
それは、今夜はこれ以上動くなよ、という警告なのか。一礼して廊下の闇に去っていくクラウゼ・ギミック。館の勝手は向こうが知り尽くしている。その言葉を無視すれば寝床に戻れなくなる可能性もある。今夜はここまでか・・・・・
加持リョウジは壁を見た。金属製の銅製のプレートがあり、ライトで照らしてみると、そこには、矢印を抱いた球形の化け物が刻まれていた。触れてみると、プレートは回転するようだった。「まさかな・・・・・」球形の化け物の名は「記号の守護者」とある。
そんなもんに守られていなければ、たかが案内の矢印さえも破壊されてしまう、とでも言うのか・・・・・このユダロンシュロスでは。
 
まだ運命は選択の余地もない。2へすすむ。
 
 
                  <2>
 
 
朝。
ユダロン館の客用寝室前通路では世にも奇妙かつ恐ろしい光景が展開していた。
確かに昨晩、ここに泊まったのは日本国ネルフ本部からやってきた北欧綾波組こと綾波レイ、加持リョウジ、野散須カンタロー・ソノ夫妻、青葉シゲルの五名だったはずだ。
 
だが、今日の朝、確かに昨晩彼らが泊まり眠った部屋から出てきたのは・・・・・
まるで違う年齢構成の者たちだけだった。
 
空色の長い髪をもち、赤い瞳の二十代前半の若い女性、(佳人麗人クラスの美形)。
髪を後ろで束ねた、活発で利発そうな中学生くらいの少年。
背は低めだが、男盛りの活力をテカテカ光る頭部に戴く強靱そうな日本軍人系の実年。
古きよき日本映画の女優のようなおちついた美貌をもつ熟年女性。
 
そして・・・・・
 
「なんスかこれ?!なんスかこれ?!なんなんスか一体全体、どうなってんスかあ?!」混乱しまくりで喚きあげるのはなんと・・・・「顔だけ」が大人で、体部分が小学生の子供である、という珍妙な生物と化した青葉シゲルだった・・・・・
その叫びの半分はこの肉体の変化そのもの、もう半分は中途半端な変化への。
なんだか妖怪人間ベムっぽいフォルムであった。
 
自分だけがそうなってしまったのではない、と知って多少は安心を感じれるほど人間は太いところがある。起きてみて鏡を見る前にすでに用意されていた「変身後のサイズの服」・・・・野散須夫妻にはあんまり必要なかったが、デザインがよいのでそれを着ていた。が、他の四人が若返ったのに、逆に年をとった形の綾波レイには服は用意されていなかった。仕方がないので、裸で・・・・というわけにもいかず、シーツを巻き付けてソノさんのところへとりあえず相談にいこうとしたら、廊下でばったり、とこうである。
 
「あの女・・・・知っていたな・・・・・」
頭の中身は大人のままであるので、少年の姿で考えを巡らす加持リョウジ。
出迎えに来た時の大量の洋服の買い物・・・・・・あれはこのためのものだったのだ。
完全にはめられた。前日の内に完全にこの館を制圧しておくべきだった。
こんな体になってしまった自分・・・・元に戻れるのか・・・・葛城・・・・。
怒りがこみ上げてくるが、状況は熱くなることを許さないほどに凍りついている。
 
「さすがにこいつはまいったのう、加持君よ」
若返っても口調は変わらない野散須カンタロー。ソノさんは綾波レイをとりあえず自分の部屋に連れていった。この究極ふざけきった仕打ちに怒りを覚えていないはずもなく、ノコノコと銀仮面クラウゼが現れた日にはサーベル下げてようがライフルさげてようが一戦交えてでも元に戻させちゃる。言外にそういっている。
 
「あーあ、やっぱり変身しちゃいましたか」
ノコノコとクラウゼ・ギミックが現れた。銀仮面の裏でどんな表情を浮かべているのか。少なくともそののんきな言葉からは誠意も悪意も感じられない。こんなことには慣れきっている、とでもいうように平然とした態度。
 
「やっぱり・・・とは知っていたんだな!」少年探偵が悪の犯罪者を問いつめるように。
 
「ええ。私がここで何年執事やっていると思っているんです。ですけれど、こういうケースは初めてですね。若返るどころか、逆に年をとるとか一部分だけそのままというのは」
 
どこか、りっちゃんに似てるな・・・・仮面を割ったらそうでした、とかいうオチじゃあるまいな・・・・少年加持はとんでもないカンを働かせている。
 
「まるで何かに守られているようですね・・・・・なんでしょう・・・・・興味がありますね・・・・」そう言って子供と大人の境界で苦しむ青葉君に近づくとその顔面に手をかざした。「膜のようなものが・・・・ははぁ、これですか・・・・・近頃、業界で噂の・・・・AbsoluteTerrorField・・・・・ですが、あのお嬢様は・・・・・」
 
グン
 
クラウゼの胸倉を野散須カンタロー現役バージョンが掴んだ。すげえ迫力。
「今すぐ儂らを元に戻してもらおうか・・・・」ギリリリ・・・・やすやすと腕一本で吊り上げてしまう。「それは、無理です」苦しげもなく即答する。
「あなたたちは運がいいんですよ・・・・全員がすくなくとも人間でいられた」
「なにい」
「猿人や芋虫にされてしまった気の毒な人たちもいました。過去にここを訪れることを許された幸運かつ物好きな科学者や詩人でしたけど。しかし、貴方達はとくだん聖職者でもなく、魔術的な道理もご存じでもない・・・・・にもかかわらず肉体と精神を構成する”四つの言語”を乱されも欠損されも破壊されもしなかった」
「魔法なんぞしらんよ。阿呆なら知っとるが。ここは核貯蔵庫か・・・・・」
「似たようなものですかね。・・・・こんなことをしていないで朝食にしましょう。
次の朝にはさらに時間が遡る・・・ということもありえますよ?」
 
「・・・・・・」
野散須カンタローは銀仮面を下ろした。半ば叩きつける激しさであったがクラウゼは羽のように軽やかに着地をかました。
 
「お嬢様の服はすぐに用意させましょう。」
 
「朝食が済まれたら、すぐにお館様の探索にかかられた方がよいでしょうね。御館様ならばその状態をなんとかしてくださるでしょう。筋金入りの聖なるお方ですから」
 
「あ、それから、探索の途中に”オリーブの木”を見かけるかもしれませんが、じっと見てはいけませんよ。すぐに目をそらしてください。葉っぱの数を数えるなんてもってのほかです。数えたくなっても絶対に数えてはいけませんよ。それだけは守って下さい・・・・・・守らないとどーなるか、知りませんよ」
ほ、ほ、ほ、ほ、と笑ってクラウゼ・ギミックはその場から去っていった。
、と途中でふと足を止め言い忘れていたかのように、付け加えた。
「あ、私が実は御館様だった、とかゆーオチはありませんから」
 
では、どういうオチが待っているのか自らの手でつかみとるべく3へすすむ。
 
                <3>
 
 
えげつない罠、とはこれのことだったのだ。昨晩知らされてなお予想もつかない。
分かっていたからとて、有効な対策が打ち立てられたわけでもない。
ここは科学万能ならぬ、魔術万能の館であるらしい。
味けのあろうはずもない朝食を片づけた後、五人は一室に集まるとこれからの行動について話し合いを始めた。
 
「まったくもってえらいことになったが・・・・・これは夢ではないらしい」
まず野散須カンタローがその証拠とばかりに自分の脚を皆に見せた。
義足のままだった。
「儂の・・・”この歳”にはまだ自前の脚があったんじゃがの。若返った、というてもそこまでは引き戻してはくれんらしい」
要するに、時間が遡ったわけではない、ということだ。その論証に青葉くんを用いなかったのは思いやりというものだろう。同時に、強烈な催眠術でもない、ということだ。
人は自分の都合の良い夢をみる。それに、世界最高の催眠能力の持ち主である綾波レイがそう簡単にひっかかるわけがない。あくまで肉体に直接働きかけるなんらかの力が、この館の中に存在するのだろう。
 
「それにもうひとつ・・・・・・”こいつ”を見てくれんか」
そう言って野散須カンタローはあるものを皆に見せた。
それは、ニワトリだった。
だが、サイズはヒヨコ並。姿は成鳥でも、体格が雛。ありえない生物であった。
鎧のように卵の殻を身につけて、おそろしく目つきが悪い。まるで己の誕生を呪うが如く。
「”こいつ”は弁当の残りの”茹で卵”から今朝、生まれたんじゃが・・・・」
ニワトリが先か卵が先か、という論争に決着をつけそうなこの生き物は、密かに不死鳥の精をもらいでもしたのか、存在するはずのない生命を身に宿していた。
この話が法螺でなければ。
「一応、”メッサージュウ”という名前をつけてみた。確かに、生きとる」
ギョグエエ!と可愛さの欠片もない不気味なときをつくった。ほとんど怪物の一種だ。
夢ではない、とはこの場合、受け入れるしかない現実、を指している。
 
そして、肉体に影響するといえば、綾波レイの成長した姿もそう。
この館のルールが明かされているわけではないので、彼女一人が逆に成長したことを怪しむ者はいなかった。クラウゼ・ギミックが喝破したとおり、ATフィールドの余波影響でもあったかといなせな説明もつく。だが、その実は・・・・。
「ちょっと細工をしておく」とレリエルは言い残した。
心臓のみならず、完全に身体をコントロールされてしまった事実。
それは、綾波レイの心をさらなる孤独の深淵にたたき落とすに十分であった。
体の内部も既に浸食されきっているのかもしれない・・・・
ロングになってしまった髪のせいだけではなく、頭が重い。
 
「あの銀仮面も歳を誤魔化すものかもしれないな・・・・」加持リョウジが言う。
なにはともあれ、このままではネルフに戻れない。明日になれば自分たちは赤ん坊まで若返るかもしれないし、綾波レイは老婆になるかもしれない。
今日の内に御館様とやらを探しだしこの身にかかった「呪い」をどうにかしてもらうしかない。未だかつて経験したことのないケースだがなんとかするしかない・・・・。
それにしても確かにゼーレが天領に指定するだけのことはある魔域だ。
 
「焦りは禁物じゃが、あまり時間がないことも確かじゃ。各自で手分けして館の主を捜すとしよう」
 
「ほんとに館の主人なんているんすかねえ。初めから担がれてんじゃないですか」
”顔だけ青葉”君が言った。なんともファニーだ。
この、気がおかしくなりそうな異常の空間にあって、さらなる不気味なアンバラさをもって場の空気を和ませている。毒をもって毒を制している、貴重な存在だった。彼の北欧旅行への同行はこの一点をもっても大正解だったといわざるを得ない。決してお笑い専門などではない。
 
「おそらく、芝居がかっちゃいるが、これはテストだろう」と少年加持が言う。
ゼーレというのはそういう儀式だの形式だのが大好きな組織だ。実働組織であるネルフとは正反対、光と影にあたるほど能書きが多い。それは中枢に分け入ればいるほど顕著になり、百科事典ほどもある典礼どおりに事を運ばないと扉一枚さえ開かない。また、
限られた空間から主を見つけることもできない者にユダロンを起動する資格はない、と。
そうとでも思わなければ、とてもじゃないがやっていられない・・・。
 
探すしかあるまい。
 
大目標はそれとして、その前に、実務的現実的簡単的にやれることを列挙してそれを片づける手はずを整える。ユダロンは起動可能な状況状態でスタンバっておくこと、が彼らの任務であり、必ずしも起動までもっていく必要はない。ここまでがゴールラインだったのが、おもわぬクエストを抱え込むことになってしまった。
 
「ぐっげげげええーーーチョウ!」可愛さのかけらもない化鳥音のときを不思議ニワトリ・メッサージュウがつくって一同をさらに滅入らせていった・・・・
 
 
蘇った現役パワー・かつて世界中の海軍関係者・潜水艦乗りを震え上がらせた深海蛸入道、野散須カンタローは銀仮面クラウゼ・ギミックよりさらなる情報を引き出すべく<56>へ
 
若返っても頭脳は大人、月曜日の七時半、今日も推理が冴え渡る真実はいくつ存在するのか少年加持はユダロンシュロスを駆けめぐる<127>へ
 
クールな顔はそのままに、少年の心と体でガラスの十代、とまどう気持ちで行ったり来たりさなにしていいか分からずに、今も昔もかわらぬ愛情、二十四個も瞳はないが担任役の野散須ソノさんと一緒に村人への聞き込みをする青葉君<91>へ
 
白い少女に時の風が吹けば、空色の髪も天に流れる。館の真の姿と謎の全てをその深紅の瞳で見届けるべく、回廊をさまよう綾波レイ。なぜかお供にメッサージュウ<4>へ
 
               <4>
 
石の回廊をゆく綾波レイ。フォークダンスでも踊れそうな民族基調の青いドレスはいいのだけれど、頭部には羽根飾りの冠、得体の知れない鱗製の胸に胸当て腕に籠手、おまけに刀身に怪しげ系絵文字の刻まれた「剣」。
ファンタジー世界に溶け込んでしまって帰ってこれなさそな衣装だ。
 
これが成長したためにサイズの合わない綾波レイのためにクラウゼ・ギミックが用意してきた衣装だった。やけにでかい衣装箱だなと思いきや、余計なオプションがよーけついている。携帯電話や新車のようだが、分厚い説明書はついていない。着る、または装備するだけ・・・。ファッションに疎い綾波レイは衣装を手にするとさしたる疑念もないようで淡々と着こなしていった。ソノさんは反対すべきかどうか迷ったそうだが、結局、「レイちゃん、胸は苦しくない?」・・・・胸当ての紐も結んだ。奇妙ないで立ちではあるが、
こんなもんはエアバッグと同じようなもの。危険に対する保険みたいなもの。防弾チョッキのようなものだと思いましょう、とソノさんは自らを納得させた。
女の子に向かってのこの常識外れのチョイスは断じて認めるべきではないのは分かっているけれど、鏡に映えるその姿を認めてしまいそうになるからだ。
野散須カンタロー、加持リョウジ、青葉シゲルもこの姿を見て一瞬、ぎょっとした。
それは、自分たちの方こそ異邦人じゃないのだろうか、という不安を覚えてのこと。
青葉君など、自分が「狩られて」しまうのでは、とワケのわからぬ謎な焦燥感を覚え、ダッシュして逃げ去ってしまったくらいだ。一番に死ぬタイプの行動である。まずい。
しかし頭がアンバラに重いので途中でこけた。・・・・{逃げられなかった!}
 
それはいいとして、身を守る武器を携帯するのはこの場合仕方なかろう、というので特に反対もなく綾波レイは剣を帯びることになった。日本刀とは扱いが異なるであろうが、そっち畑はヤジロベエ使徒をエヴァ用日本刀・零鳳で見事ぶった斬った経験もあるあるのこと、問題ないあるよ、ということだ。基礎体力こそないものの、特異な技術を使わせたなら綾波レイはかなり強い。そのため、単独行動に入ったわけなのだが・・・・その後ろをなぜかメッサージュウが名付け親は放っておいて続く。そして。人影が現れた。
 
緑色の服を着た男が立っていた。肩には大きな角笛をのせていた。
 
「あなたは・・・この館の主?」綾波レイは問うた。語尾をあげないので問うたように聞こえ辛いが問うている。
 
「いや、俺は夜警だよ。パルフライヤの夜警だ」
 
「この館の主がどこにいるのか・・・知らない?」
 
「知らない。だが、それを知っている奴なら知っている」
 
夜警にそれを尋ねるなら<5>へ
いきなり斬りかかるなら<42>へ
なんで昼間から夜警がいるの?と赤ずきんちゃんのよーに尋ねるなら<155>へ
 
 
               <5>
 
 
「・・・・教えて」
 
「条件がある」「・・・・なに?」「あんたは死神か?」「違う」「ならばいいさ。俺の話を聞くだけにしといてやろう。それが条件だ。いいか」「・・・・」うなづく綾波レイ。「一万年ほど前の大昔。俺はパルフライヤってところで夜警をやっていた。大きな町でな。その川沿いをずっと下にいったところにパルフライヤに敵対する町があった。ある晩のことさ。敵が四方八方から押し寄せてな、寝耳に水のパルフライヤの住民は皆殺しにされたんだ。俺は角笛を吹いたんだが、あまりにも力一杯吹きすぎて死んじまった」
「それで、どうしたの」
「話はそれだけだ。聞いてくれてありがとう。ワイン蔵に赤い服を着た女がいる。この館に関しては詳しいはずだ・・・・・」
緑の服を着た男はそのまま角笛をさげて立ち去ろうとしたが、思い出したように
「三週間以内に豪雪になるはずだ。あまり長居はするなよ」
そして、男はつららの砕けた音になって消えた。
 
ワイン蔵に行く<6>へ
他の連中の様子を見る<287>へ
レリエルが飛んでいった南の海へ想いを馳せる<7654>へ
 
 
 
一瞬、その光を見てエヴァかと思った。
 
 
ヘリから見えるゼーレの実験諸島、夕闇に包まれたその中央に立っている何かから放たれている「光」。四海を照らす光量こそ桁違っているが、その光のもつ性質、その光を見ていて感じるもの、生成されるイメージがエヴァの眼光に似ているのだ。
その光には意志を、力を感じる。
「特に・・・四号機の義眼にね・・・・」葛城ミサトがぼそっと呟いた。
美しき南洋の夕日には似つかわしくない目つきの悪さ。自然の原初のエナジーを受け入れることなぞハナから考えもしないその目は濁りきっている。悪事企画者の目だ。
「・・・ギネスには載らないけど世界一でかい、んでしょ、アレ、アレキサンドリア大灯台のコピーだったっけ」
「ええ、この実験諸島のシンボルですからね。」
「、と同時に最高の迎撃兵器でもあり、防視装置でもある、と。衛星からまるまる23個の島をも隠してしまえる、と。ところであの光、何が填っているの?単なるライトじゃないっしょ?ここから見ると目玉みたいだけど」
神の像にも似た大灯台。その光源は何なのか。ロボットアニメのよーに本当にエヴァが埋め込まれていたりして。そうなるとここにはエヴァが二体も配置されてることになる。
単なるライトですよ、そういう返答を予想していた、が、あっさり裏切られた。
「目玉ですよ。嵐の目玉。そう呼ばれています」ヘリのパイロットがそう答えた。
「不思議なことにあの灯台が設置されてから、お決まりのモンスーンにやられたことがないですからね。ここの周辺だけ。風も嵐も竜巻も大波も避けていく。不思議な目玉ですよ。ここいら一体、ナビも効かない「結界」になってますんでね、、私たちゃアレを目当てに飛ぶんですよ。」
不思議な目玉、か・・・・使徒にも平気でガンくれる葛城ミサトが心底見透かされるようでどうにも腰がむずがゆくなった。やな目玉だ。
 
その時であった。
 
正反対、逆の方向からも同様の「なにか」の視線を感じて振り返る葛城ミサト。
気配だけは正確に感じとれたものの、実際に目の当たりにして驚く。
 
エヴァ九号機魚眼
 
零号機と同様の単眼。それがじっとヘリを見つめている。同じ高度で。
空を飛んでいるのではない。飛び跳ねてきたのだ。イルカやシャチのように。
ただ、それが半端でない高度である、というだけのこと。その巨体で水音もなく。
敵意も威圧感もない。こちらのほうが逆に海底に誘われたかのような錯覚すら覚える。
これは海の者・・・・否応もなく悟らされた。その目は。海を見るためのもの。
ネルフであること、作戦部長であることも波流される。下手をすれば人間であることも。
陸の者、一個の陸上生物として、正対してしまった。泡依のすみに。
懐かしい檻の中に。
誕生とともに生き別れ、自分だけ海に帰っていってしまった己の部品に再合したような。
そんなものがその目の中にあった。それが自分を見つめている・・・・・
それは時間にして一秒もなく、またエヴァ九号機は海中に消えていった。
ヘリの操ちゃんでも消えた後に「おいおい来たのかよ逃げた魚は人魚やで」ようやく気づいた程度の短な、そして静かな第一邂逅であった。
 
「話どおりに半分しかないのね・・・・・」
べつに隙をつかれての負け惜しみでもあるまいが、そんなことをつぶやく。

 
「ようこそ。”ウッ!”研究者たちのパラダイス、それ以外の人間は退屈至極、”ウッ!”南海実験諸島へ!」
 
中央実験棟に足を踏み入れると、すぐに。
葛城ミサトはいきなりパワフリャなダッシュで駆け寄ってきたハメハメハ風の味つけをされたブッチャー系のおやじに思い切り抱きしめられそーになり「うげっ」あわててそれをかわしたが、すぐにハワイアンフラダンサーの娘に取り囲まれて花輪を首にかけられ南国の匂いのするキスの歓迎攻撃を受けた。マンゴーパパイヤ等をはじめとする南洋果物爆弾攻撃、拍手握手攻撃、などなど研究者たちの熱い歓迎が待っていたのだ。
 
よっぽど人恋しいのかどうなのか、この熱烈な歓迎はなんなのだろう?どう考えても忌み嫌われこそすれ歓迎などされるはずもない、彼ら研究者たちの「子供」を取り上げに来た恐れネルフの鬼子母神こと作戦部長葛城ミサト。
それはこの身に何故か浴びせられる尊敬のまなざしが秘密を解いてくれる。
そして、葛城ミサトがヘリを降りる前にまとった衣装に謎を解く鍵がある。
 
「いやー、遠いところをよく来てくだすった。”ウッ!”わたしどもも今回の実験は不安でしてな”ウッ!”この道の第一人者である貴女の監修をぜひ頂きたかったのですよ”ウッ!”」
べつにセリフは発作をおこしとるわけではない。これはリズムなのだ。実際に聞いていただければわかるのだが、一番最初にパワフリャなダッシュで駆け寄ってきたハメハメハ風味のブッチャー系のおじさんはこういう両手に見えないマラカスを持ったようなしゃべりをするのだ。これがゼーレ直属南海実験諸島のボス親玉、キー・ラーゴ博士である。
 
「次代の東方三賢者当確間違い無しの天才科学者である貴女にお会いできて研究員全員、”ウッ!”れしいですぞ、赤木リツコ博士」
「いえいえいえ・・・・・皆様のあたたかい歓迎恐れ入ります。」
ぬけぬけと葛城ミサトはそう答えた。白衣が似合っていない。白衣・・・!?。
そう、葛城ミサトはいつものかっこうの赤ジャケットの替わりに白衣に袖を通している。
柔道では、柔道着の着こなし方でその者の実力が分かると言うが・・・・これほど似合わない白衣でさえも違和感バキバキでも周囲は認めてしまっている。見抜けなかった。
惣流アスカなどが見れば笑い転げたであろうが・・・・
指先をみれば試薬で消えていないから指紋もあるし、口を見れば堅実かつまっとうな正論など吐いてこなかったから舌は二枚あるし、目を見れば顕微鏡の覗きすぎて瞳孔が開きっぱなしということもないから、とそれでは死んでいる。とにかくまともな科学者でないのは一目見ればわかろうはずなのだが。この場合、赤木、レッドツリーという母娘二代のビッグネームが幸いした。葛城ミサト本人の常勝将軍たる威光も人を見る目があれば逆に騙される原因となる。これが冬月ならば、ウインタームーンとなる。
 
それはさておき、どうせ南海まで出張するなら、歓迎されないより歓迎される方がよい。
という腹ではないが葛城ミサトはさくりと赤木博士のお名前を拝借した。もちろん無断。こういう場合、国際学会にも出席しない割には神秘的に名が知れ渡っている高位機密保持者というのは便利だ。
顔がばれてない。象牙深窓の令嬢・・・といやあ高尚過ぎか。
もとより、その名を使わねば起動実験の立ち会いなど向こうが許可するはずもない。
要はサードチルドレンとエヴァ九号機の資質さえ確認できればよろしい。
赤木リツコ博士に化けた葛城ミサト、ここからは略式で葛城リツコと表記する。
各実験棟のリーダーたちの挨拶もにこやかにすりぬける。
ルー・キー博士、ガルフ・オプ博士、中国系のファラロン博士、ファガテレ・ベイ博士、グレーズ・リーフ博士、エア・コーデル博士、ステル・ウィーケン博士そして。
石を投げれば博士にあたるこの地ではあまり有り難みのない名称ではあるが、この実験諸島で指導者役を張るだけあって皆が皆、大王殿様レベルの、世界で一番先駆けている知性たちである。だが、葛城リツコには関係がなかった。知性の群の中で野蛮のカンを働かせて獲物を探している。
 
グエンジャ・タチ
 
第三類適格者・サードチルドレンの名前がそれ。灯台もと暗しに転がって猫ばば的に隠されていた宝石の名。
 
 
 
このあたりでスイスのユダロンシュロスに戻る<287>へ
もう一丁、想いを日本・秋葉森に馳せてみる<2566>へ
南海実験諸島歓迎の宴編にすすむ<6000>へ
 
 
 
 
 
               <2566>
 
 
さいごのかぎをつかった。
 
 
正確には、最後に鍵を使った、になるのか。まあ、どちらでもよいことだけど。
伊吹商事のドアが施錠された。中は無人。機材もまた長い眠りについた。
開かれることはもう、ない。伊吹商事の名をもったドアとしてのお役目はこれで最後。
 
「おつかれさまでした」
 
社長である伊吹マヤ、いや、もう職名も意味はなくなった。伊吹商事は消滅したのだから。
伊吹マヤが最後の挨拶をする。このドアの内側で過ごしてきた日々に。別れを。
仕事は完遂した。目的とする完成品を仕上げれば時限企業たる伊吹商事はその存在を停止するほかはない。社員たちは給料を支払うとすぐに消えてしまった。その消え方はいっそ見事というほかなく、完成品をもって旧マギにて分割コピーしとる間に煙のように失せてしまった。最初っから無人であったかのように。誰も残っていなかったが、社長席は残っているので少なくともこれが夢でないことは確認できた。そして、手にある完成品も確かにこれが現実の保証をしてくれる。どうやって彼らの前から綺麗に消えるか、それを考えていたけれど大打ち上げパーティーのさなかにふっと・・・・とか。
けれど、その必要もなかった。わけだ。七刻山電気店で買ってきたカメラが落ちた。
「そう、これが、現実・・・・だよね」
 
社内で最後の夜を過ごし、早朝四時から後かたづけを。丸独商事備えの機材を眠らせていく。いろいろ改造してしまったが、かなり使い勝手がよかったオフィス。最後まで人間の理不尽かつ強引きわまる要求に応え続けてくれた。そして、最後まで自分の無茶極まる要求に応えてくれた人たち・・・。なかなか後かたづけが終わらなかった。
が、今、終わった。
 
 
そして・・・・
 
 
「帰るのかい?」
振り向くと、橘エンシャが立っていた。
 
「はい」
 
「達者でね、・・・・・・・・と、いいたいところなんだけどねえ・・・」
 
「なんですか」
 
「ちょっと厄介な問題が持ち上がっててねえ。もう社長でもなんでもないあんたに頼むのは気がひけるんだけどさ。聞いておくれでないかい」
 
「私・・・・これから人に会うんですが」
「探しまくってた例の先生かい?そら良かった。午後七時に水天門近くの喫茶店”よこたま”だろ。正確には待ち伏せかますんだろ。早めに行かなきゃなんないのは分かるけど。
十分間に合うよ。で、話ってのは、実は新しい社長のことなんだよ」
 
「・・・・・」
 
「この、冗談みたいな伊吹商事がけっこううまくいったんでね。メンツも面白いのがそろってたし合同のアイデアも浮かんだしもうちょっと一緒にやってみようかってんで、皆で後継の新会社を設立する事に決めたのさ。あんた抜きで」
 
「・・・それは、おめでとうございます」初耳だった。
ざわ・・・ 耳が火照ってくる。何だこの感情は。まさか嫉妬・・・・これも。
いやだ。唇を噛みしめる。
 
「で、誰がトップになるのかってんでいきなりもめちゃってねえ。言わなくても分かるだろうけど松下と尾道の二人だよ。まあ、これで会社のカラーが決まっちまうことを考えれば当然のもめ事なんだけどさ。あの二人は個性が強いからねえ・・・・ま、この二人はやめておこうってんで話はついたんだけど、じゃ、誰にするのか、だよねえ」
 
「・・・・・・・」
 
「まあ、そんな”自分のいない後のことなんか知るもんか!”てな顔しなさんな。
別に下克上おこして簒奪したわけじゃないんだから。あたしらだって自分の人生なるべく楽しく生きてかなきゃいけないんだからねえ」
 
「それで、自分がやるのはまっぴらご免だし、チサトちゃんを推したんだけどね・・・・・・どう思う?伊吹元社長サンは」
 
チサトちゃんには無理・・・・といいかけて伊吹マヤは口をつむんだ。ここでそんなことを言おうものなら「じゃ誰がいい?」と指名させられるに決まっている。この会話がその新会社とやらで無線で送られ聞き耳をたてられている可能性もある。
 
「橘さんの思うとおりでよろしいんじゃないですか」
腹芸会話だ。そう思うとおりにいくもんか。好きにすればいいんだ。矛盾している。
 
「そうかあ、アラシがやると石野丸電気店の単なる下請けになっちまうしねえ・・・・・・あの子も集団作業の中で自然に辛抱覚えてきたからね。赤の他人の冷たい手ではたかれてみりゃ覚えも速くなる・・・いい三代目になるよ」
でも、小学生にやらせないように、と内心でつっこみをいれる伊吹マヤ。自分がいれば。
「ISDN回線男にやらせたが最後、全員、正義の味方にされちまうしねえ。やだよこの歳で・・・色は金か銀かの割り当てになるのかね。やだね〜」
何色かな?、と内心で考えてしまう伊吹マヤ。自分がいれば。
「ルカにやらせりゃ本屋になるし・・・座那堂もようやく再開するみたいだよ。あの家はルカ以外は道楽者しかいないからね。何がパチンコキング藤原だよ。あの環境でづおやってルカが育ったんだか。サブちゃんにやらすとゲーム制作会社になっちまうし、言語ゲームのアイデアが浮かんだとかで憑依状態だよ。部長にやらせりゃ”ほうちょう”になっちまうし、”みんなのうらみ”になっちまって背中からぷすぷすやられた日にはかなわないし。東芝のマスオにやらすと頭でかくなりそうだし、歳とらなくなりそうなのはいいけど。トラさんにやらすと人情くさくなりそうだしイスズにやらすと家庭的になりそうだし、ジンエにやらせりゃせこくて景気悪くなりそうだし勝山原田にやらすと当たり前で面白くなさそうだし・・・・
 
こう考えると人間がいないねえ・・・・・・・・・って何も泣くこたあないじゃないか」
 
「社長」
 
「すいません、ごめんなさいごめんなさい、でも、忘れて下さい。ここであったことは」
「無理をいうねえ。最後まで。そんなこと出来るわけないじゃないさ。だけどあんたを責めてるわけでもないんだ。あくまでこりゃービジネスだからね。契約を守り目的を果たす。
任務ってえ言い換えた方がいいかねえ、あんたの場合。あんたが何者なのか最後まで分からずじまいだったけれど、たぶん、軍人だろ?それも特殊な技術士官かなにか」
 
「それは・・・・・・・」
 
「人の仕事にケチつける気は毛頭ないんだけどね・・・・。
あんたみたいな娘には軍人なんて向いてないよ。たぶん・・・・・余計なお世話と知っちゃいるけど言わせておくれ。こういうご時世だからねえ、あんたみたいな娘が銃で撃ち殺されるなんてインチキ夢占いでだって見たかないんだよ・・・・」
いつも快活な橘エンシャの声がやたらに老いて聞こえた。
「ここでなら、姿を変えて別の人間として始めることもできるよ・・・」
 
「あたしらが今度つくった”亡命会社”ならどんな厄介な依頼人もこの秋葉森の中に隠してしまえる。今なら設立記念で30%引きなんだけどね」
 
「30%しか引いてくれないんですか・・・・」
秋葉森の人間がどういうたぐいのものなのか、ようやく分かった気がする。
だまくらかして引き込んだにもかかわらず全力をこめて仕事をしてくれたのは、仕事に関する倫理観ではない。金銭に対するプロの論理ではない。情のゆえ。そうらしい。
「どうにかしてやらねえとなあ」そういう感情の腕力がとても強いひとたち。
洒落て粋な別れ方を計画するより、腕組みしてそんなことを考えている。
 
「まあ、そういいなさんな。ほら、これが見本品だよ。けっこう美人だろ?」
橘エンシャはそう言ってIDカードを放ってよこした。
{永沢ミキ}顔写真のところだけ空欄になっているそれはどうやって調達してきたのか、完全モノホンのパスポートだった。「大急ぎで作ったもんだけど精度は絶対さ。こいつを使って同時に170カ国に飛んだことにするのさ。それを執念深く追跡調査してくれてる間にあんたにはゆっくり姿を変えてもらう。大まかに言ってそんな筋書きさ・・・・・兄さんもそんなところで勘弁しておくれでないかい?」
 
「兄さん?」ゆっくり顔を振る橘エンシャの視線の先に男が立っていた。
たった今、ほかほかの修羅場から切り抜けたばかり、凄惨な姿の加持ソウジだった。
「まさかいきなり社員たちに襲撃されるとは思ってなかったんでね・・・油断したよ」
口調はいつものとおり飄々としているが、血が滲んでいる。服もあちこち焦げている。
現実的実効的にも腕力を行使してくれたらしい。
 
「回線男めしくじったね。冷凍穀物倉庫に5年ばかし放り込んでおけっつったのに。
さすがに社長の護衛兼監視役だけのことはあるね。たいしたもんだよ凄腕だ」
「・・・・そりゃ、どうも。気づかれたのはいつですかね。今後の精進の参考にぜひ教えていただきたいですな」
「それでも四日前くらいさ。確実に存在が知れたのはね。仕事も完成期に入ってその必要度が下がっちまったせいだろうけど。・・・・まあ、そりゃいいさね。で、お兄さん、この娘をどうか見逃しておくれでないかい。これだけの器量、世間様のお目にかからなきゃ人生嘘ってもんだよ。ヒヒ爺の軍人に使われるなんてもったいないさ」
 
今まで影となって秋葉森の伊吹マヤを護衛し続けてきたのに挙げ句の果てにピラフじゃあるまいし冷凍倉庫に投げ込まれそうになって「まあ、それはいいさね」の一言ですまされたら加持ソウジの立場はないのだが、とくに怒り出すわけでもなく
「彼女の才能については同感ですが、それだけに彼女を切実に必要とする人間もいます」
と、淡々と答えた。ふむ・・・・・橘エンシャは加持ソウジと伊吹マヤの顔を見る。
「切実に必要とするからって本人の未来を潰しちまうこともないだろうに。
とはいいつつ、他人から切実に必要とされることほど幸せなこともないからねえ。
命短し、恋せよ乙女ってねえ。はぁ。
・・・・やっぱり帰るかい?」
 
「はい」
 
「そうかい。じゃ、新社長の件もちゃいだね。悪かったね、忙しいところ手間どらせて。
それじゃあ元気でね。腕利きのあんたも」橘エンシャが去りかける。これでもうおそらく。
 
今生、あうことはあるまい。
 
「橘さん!!」たまらず呼び止めた。これほどの情をかけられたことはなかった。
これからこの先、どんな人間にもこんなに情をかけてもらえることはないだろう。
 
「写真・・・とっていいですか」そんなことしか思い浮かばなかった。
 
「いいけど・・・・・あたしだけでいいのかい。連中、呼んでやろうか」
 
「お願いします・・・・・」撮る機会なんていつでもあったはずなのに。
召集をかける前にすでに皆、前の道で待っていた。そして、一枚。カメラ=加持ソウジ。
 
 
水天門近くの喫茶店「よこたま」へいく<111>へ
もうユダロンシュロスへ戻る<287>へ
碇シンジと惣流アスカの様子を見てみる?<665>へ
 
 
                <287>
 
 
ユダロンシュロス(AM九時)
の、どこを見て回りますか?ワイン蔵<6>へクラウゼ・ギミックの部屋<56>へ
屋根裏近くの鳥籠の部屋<127>へ 村内ゲルペナの家へ<91>へ
 
チェックシートの時間の欄に(AM九時)と記入すること
持ってない人無くした人は頭の中に記録しておくこと
 
 
 
                <56>
 
 
クラウゼ・ギミックの部屋。「執事室」とある。分厚い頑丈そうな扉とそれに相当したごつい鍵がかけられている。化け物だか怪物だかわからん木彫りのプレートがいくつも掛けられている。「罠作動中・ご用のある方は声をかけること」とある。そして。
 
「お客を迎えにいってきますので留守です。お昼までに戻られたら戻ります」と張り紙。あの根性の太さから考えて質問されるの怖さに逃げ出したわけでもあるまい。
もともと老眼ではなかったが現役バージョンになってさらに良くなったギョロ目の野散須アイズで窓の外を見てみると馬車が道をカポカポ行くのが見えた。
「やれやれちょっと遅かったかのう・・・」潔く罠作動中の扉を蹴破りもせず諦める、
かと思いきや。
 
「こりゃあ!待たんかいワレーーーーーー!!」
ワレーーーーー!
ワレーーーーーー ワレーーーー ワレーーーー・・・・・・ 
 
白い神々の山嶺にも響く現役野散須カンタローの大音声。そのへんに家は羊飼いでいつも黒いパンしか食べられない、おじいさんに質問をする少女なんぞいた日には心臓マヒを起こしていただろう。ほとんど大砲砲撃級のそれは馬車を足止めすることに成功した。
 
馬車の中から、いやそーにクラウゼ・ギミックが出てくる。そして、一枚の紙にさらさらと何か書いたとおもったらそれで飛行機をつくり、届くはずもない距離を飛ばした。
 
だが、こつん。とそれは館まで到達し、野散須カンタローのライト完備の額に着地した。
 
{なんなんですか!騒音条例違反ですよ。ご用があるなら戻ってからお聞きしますよ。
これからユダロン起動のための技術者の方を案内してくるんですから邪魔しないでくださいよ}、と紙飛行機内部に記録されていた。
おそらく相当に驚いたのだろう、あの怪人銀仮面がカンカンだ。
そして、その声を聞いて何事かと外を歩いていた綾波レイが窓を見上げていた。
 
「そうか?そりゃ悪かったのう。勘弁してくれぃ。
ワッハッハッハ・・・・・・」
爺さんの時も声がでかいと思ったが若返ってからはその比ではなくなっている。
豪快という表現すら部屋の隅でうずくまるくらいに恥知らずにでかい。
 
 
赤面する代わりに、ワイン蔵の赤い服の女に会いに行く<6>へ
この館の呪われた歴史を紐解きにいって緋色の研究をする<103>へ
青葉君、失われた言語の悲しみを知る、の三本です<255>へ
 
 
 
ワイン蔵に着くと、いきなりモンスターが現れた。モンスターの”ような”怪人物ではない。悪魔のような二重人格者のことでもなく、単なるモノホンのモンスターだ。
外見からしてそれ以外の何者でもない。なにせ二本足で歩いてナイフを構えるワインの瓶が二本とゆーか、二体。斧、つまりアックスをかまえるワイン樽。何年ものなのか知らないが百年かそこら経て怪物化してしまったのか、10年20年ものの貫禄ではない、てめえで歩行するのである。その計三体のみならず、もう一体、小麦粉が”這っている”。
これはかなりまずいぞ!”這う小麦粉”といえば専門家ならば分かるだろうが、物凄く恐ろしく強いモンスターだ。そこらへんの黒騎士やドラゴンなどよりもよっぽど邪悪で強力なのだ。そのへんのご家庭でも小麦粉が這いだしたら警察より自衛隊に連絡した方がいい。
 
 
「・・・・・・・・・」綾波レイは静かに剣を構えた。このオプションはそのためのものだったのか。
 
歩くワインA・・・・・・生命点15点 技術点7点 
歩くワイン B・・・・・生命点15点 技術点7点
斧樽・・・・・・・・・生命点30点 技術点9点
 
這う小麦粉・・・・・・生命点200点 技術点26点
 
 
ちなみにメッサージュウもこの戦闘の応援に入る。ちなみに彼の戦闘能力は
生まれたてなので生命点こそ3点だが、 技術点はなんと300点!!
這う小麦粉すら遙かに凌駕している!。彼の応援の次第が死命を分けるだろう。
 
ワイロも話し合いも効果なしなので、戦うこと。殺されてしまったら<14>へ。
運良く勝てたらワイン蔵の奥へすすむ<7>へ