”マギ”を麾下に加えよ、とは?
 
一体どういうことですか、と碇ゲンドウは問い返した。普段通りに、暗渠を走る河のような腹のうちを探らせぬ表情で。なれど眼鏡に残光がある。すでに事態が一争乱やらかさねば収まらないところまで来ているのは承知の上。交渉国の生命線をその手に握った外交官のような顔をした委員たちに囲まれ、組織の席次からいえば委員会の下に位置する壱特務機関ネルフの総司令碇ゲンドウは最大限有利な形になる戦端を、そのタイミングを腹の底で計っていた。すでにシナリオは冬月副司令と練り上げていた。多分に不確定要素を含んではいたが切り札は「彼ら」が有していた・・・・。
陰険にして陰湿な日のささぬ密室の冷酷会議。これでなぜ戦の火は生まれるのか。
争いの炎はつくられるのか。人の知性では映すことのできないきない知能の異形の影絵。
彼らは目には見えないけれど、世界をも切り分けることのできる鋏を、持っている。
その鋏で世界を切り分けてきた。自分たちの姿影にあうように。
 
 
人類補完委員会での席上のことだ。
 
 
いつも通りスケジュールのことでグダグダ抜かすのかと思いきや、それが済んだ後いきなり通達を伝えてきた。特務機関ネルフの有するスーパーコンピューター・マギをこの度人類補完委員会に配備されたネットワークコンピュータ・メギに直下接続せよ、と。
言葉としてはゲンドウの用いた「麾下」という方が分かりやすい。もっと分かりやすく言うと「子分」だ。これを実行するとどうなるか。というより、こんなことを今になってやる目的を冬月副司令に鼻息と共にばらしてもらった方が速い。
「フン・・・・そうなれば、マギからは情報の引き出し放題、むろんこちらからは一切のアクセスは不可。扉の鍵を総て取り替えた挙げ句にマスターキィを手放し向こうにくれてやるようなものだ。笑いがとまらんだろうよ。ゼーレにこちらの動きは筒抜け、委員たちは他の機関に情報を転がすことで余録を得る・・・というわけだ。全くもって、だよ」
もちろん、これは肺の中で流すだけだ。紳士の嗜みだ。
だが、委員会、そしてゼーレにしてみれば実行実力実戦機関であるネルフの首筋をぎっちり押さえておきたい。幾度の使徒戦をくぐり抜けメキメキとその力をいや増してきた、いいところ番犬ダックスフントだったのがいつの間にか冥府にも就職可能な三頭犬ケルベロスに化けてしまっている。首輪が足りなくなってきているのだ。いやそれすらも生ぬるい。できるなら何を考えているのか不気味なネルフ首脳陣の脳味噌を定期的に提出を求めたいくらいだった。武装要塞都市、第三新東京市、ネルフ本部の中枢である”マギ”を操作下に置くことは彼らにしてみれば当然の要求であり欲求であった。
 
が、それが叶わなかったのは、使徒迎撃用の都市、であり極秘を至上とし迂闊な外部線を引くことでそれが犯される可能性が高い、と碇ゲンドウが頑として譲らなかったのともう一つ、マギ以上の情報隠匿能力を持つコンピューターがどこにも、ゼーレにも委員会にも世界中にもなかった、つまりこれまた使徒戦で得られた情報を守るのにこれほど適した機器はないでしょう、と冬月副司令が演説ぶってしぶしぶ納得させてきたからだった。
 
 
だが、それを今になってきて言ってきたということは・・・・
 
 
「マギなどもう時代遅れなのだよ」「これからはメギの時代だよメギ」
なんだかCMに出てきそうなセリフだが委員たちは誇らしげかつ嬉しげに言った。
さすがに議長役のバイザー老人、キール・ローレンツだけは孤高色を塗りたくった不機嫌面を保持していたが。
 
メギはマギに勝る。マシンパワーにおいても、組織の至上命題である情報の秘匿能力においても。委員達は口を揃えてそうぬかす。「カバめ」碇ゲンドウは組んだ手の影で舌を出す。 「これは決定事項なのだよ。碇君」カン高い声でそう宣言されても。
まだキール・ローレンツの閉会を告げる槌が下ろされてはいない。
おそらく、碇ゲンドウの反抗を待っている。大人しく従うタマでないのは先刻承知だ。
 
 
「お待ち下さい」
 
「この件は了承しかねます」戦端を、開いた。冷血どもの戦争が。
 
「ネルフに委員会決定に対する拒否権などないぞ」
「造反か?碇・・・・君以外にも優秀な人材はいる」
「特務機関司令の椅子を長く待っている君より素直が人間がな」
 
「”マギ”の計算(シュミレート)によれば、その”メギ”には重大な機能不全がある、と。死に至る病を抱え込んでいる・・・・そのような結果が出ましたのでね」
 
「さすがは東方の三賢者の名を冠しただけのことはある・・・・予言、いや占いもやるようだな。君のところのマギは」
 
「何より、マギは人格移植OSを稼働させる希な存在です。接続には拒否反応が起こるでしょう。都市機能を麻痺させるほどの。いっそマギ・コピーをもう一台第三新東京に頂けませんか・・・そちらを接続させた方が安全であり効率的でしょう。すでに使徒は来襲しております。ゼーレのスケジュールを送らせる可能性がわずかでも少ない方を選択するのが”我々”の任務と心得ております・・・」敬虔な信徒の、七つの目玉へのこれ以上ないほどに敬虔な信徒の声色で碇ゲンドウは逆襲を始めた。
 
碇ゲンドウの泣きっ面を見るために今日はウキウキして参会した委員達だが、いつの間にやらコピーマギをもう一台寄越せ、などという話になっている。しかもつり込まれるような説得力がある。コピーの廉価版とはいえ、もとがマギである。これまた街が一個まるごと買えるほどの値段がする。なんでエヴァといい、そこまで東洋の島国の一都市ごときを贔屓してやらなんとあかんのじゃい!委員達は心の底からそう思ったが反論できない。
政治と神の力学には長けているが、揃いも揃ってコンピューターのことなんか詳しく知らないのである。博覧強記、あらゆる分野の事を知り尽くす化け物のような知識をもつ黒のてんぎゃん、第2京大の総長を務めたこともある碇ゲンドウに敵うわけがないのであった。
 
その調子でグングンと押していく碇ゲンドウ。なにせ、マギには実績がある。そして、それを使っていくのは人間であり、それを守護するのは周辺設備である。それらを込みで考えるとやっぱりこれからも使徒の機密を守っていけるのは第三新東京市・ネルフ本部のマギしかないんじゃないでしょうか。という結論に達する。なにせ、いくら優れている新式であろうとも、実績がない。稼働実績が。「まあ、これがエヴァであるなら、いくらでも新型を配備してくださっても結構ですが・・・」などと締めて、委員達のはらわたを煮染めてしまう碇ゲンドウ。トラフグも食うまいが。
 
 
「うぐぅ・・・・」
古から世界を裏で動かしていた権力者の集団が言うても可愛くもなんともない。
どころか、かなりおぞましい。
委員達は困り果てて議長であるキール・ローレンツの方を見た。
バイザーに隠されている視線は分からない。この老人には五つくらい目玉があるんじゃなかろうか、と冬月副司令でも思う。少なくとも碇の口八丁には乗っていないな・・・・
 
 
「成る程・・・・・ネルフ総司令、実務者としての意見は尤もだ・・・・・」
「!?」
キール・ローレンツは予想外に、碇ゲンドウの口(カバチ)を認めた。
 
「我々としても、実務者の杞憂は祓わねばならぬな・・・・・・」
そして、席上のスイッチを押した。議長専用の召還スイッチ。何者かをこの場に呼ぶ。
 
「設計者に聞くのが最も早いだろう。
”メギ”・・・そして、”マギ”の両システムの創造者に直接な」
 
 
議会上の中央にフォログラムが浮かぶ。人の姿・・・・・・・それは。オレンジの髪。
 
 
「!!」
眼鏡の奥の碇ゲンドウの目が見開かれた。冬月副司令も同じく。
 
「お久しぶりです、碇所長、冬月せんせ・・・・」
その声は・・・死んだ同志・・・・夭折の大天才・・・・生きていれば確実に、現在のネルフ、いやこの世の座標を変えたはずの女性・・・・碇ユイと対等に張り合える特別の女・・・・マギを生んだ”口先だけでない力ある賢人”、”呪文を唱えない魔法使い”・・・そして、赤木リツコ博士の母親。
 
 
 
赤木ナオコ・・・・
 
 
 
だが、外見が違う。あまりにも違う。整形かましても追いつかないほど違う。
髪の色も赤からオレンジへ変化しているが、大体、その姿は五歳くらいの少女のものだった・・・。ムリに着ている白衣はダボダボで、まるでオバQのハカセのよう・・・。
けれど、その顔はまごうことなき赤木の血統のもの・・・。その瞳は賢者の輝きを放つ。
 
 
「この”わたし”が改新作業を行うというのであれば、納得頂けますでしょう・・・か」
 
 
”これ”は一体、誰なんだ・・・・・
さすがの碇ゲンドウ、冬月副司令の両名も完全に不意をつかれて言葉が出ない。
その目、映像情報は偽りまたは誤りだと判断を下しているが、その耳は本物だと言っている。そして、その心が、五歳の少女の中にかつて行動を共にした女の魂が宿っていると、
危険なほどの信憑性を感じている。娘、でもない。若い。コピーにしてはこの存在感はあまりに生々しい。全身から発散する自信は己の魂を十二分に稼働させる者だけが持ちうるオーラに満ちている。この謀略の夜、支配下の闇に棲息する権力者たちを前にして褪せることもない輝き。
そんなものをやすやすと裂いていく暁の輝き・・・・赤木ナオミも碇ユイも持っていた、
特別な女だけが持つ、基本的に夜行性の碇ゲンドウも冬月コウゾウもかつて魅了されたそれを、このオレンジの髪をもつ少女は持っていた。未来を歩む若い肉体と闇に忘れた過去の声。この二つを持ち合わせる・・・・
 
だが、理性は否定する。そんなはずはない。そんなはずはない。と。
なんでもありの錬金術的闇権力世界でも、いくらなんでもそれはないだろう、と。
 
 
死者再生・・・・・それは最後の審判なのか
 
 

 
 
 
「労働争議といやあ・・・・そうなるのかなあ・・・・・こーゆー場合」
惣流アスカがこめかみを指先でぐりぐりしながら。
 
 
ここはエヴァの格納庫。初号機をすぐ見上げる位置でプラグスーツに着替えた碇シンジと惣流アスカが座り込んで話をしていた。話、というのは「これまであったこと」。
曰く、事情の説明というものだ。長い話に整備の詰め所からもらってきた缶ジュースもぬるくなってしまった。
これまで本部がどうも底の方でブクブク泡吹いたように何かやってると思えば・・・
すべての原因は「新型マギ」へのコンバートにあるようだ。
”マギ”はネルフ本部の中枢であるから、それが揉めれば周辺への波及も大きい。
ただでさえ、いつ使徒が現れるか分からない、いわば戦時下でようもそんな大規模な設備改変計画が立ち上がってきたものだわい、というところだが、新型機械の増設は喜びこそすれ、そんな争議するほどのこっちゃなかろう、とも思った。
 
 
だが、話はそう簡単明瞭克ついつもニコニコ現金払いなようには進まない。
 
 
惣流アスカは最初、「設備の増設」だと思った。それは、今さら第三新東京市に・・・巨木、北欧神話でいう世界樹木・ユグドラシルのように根付いたマギを引き剥がしてよそへ植木屋に頼んで移転、という真似もできまいし、新マギが造られたことで世界一が世界二になろうとも熟練したスタッフがマギに慣れている以上、それに劣らない働きをしてくれるだろーし、まさか機能停止でさようなら、ということにはならないだろーと考えていたからだった。だが、碇シンジから話を聞くに、そういうことではないらしい。
好意より遙かに敵意警戒の意志が強い。この話は。
 
「新型のマギは、まるっきり設計思想、・・・タイプが違うんだってさ」
おそらく、赤木リツコ博士に教えられた時も言い換えてもらったのであろう。
 
「賢人会議式」と「皇帝列会式」・・・・東方の三賢者の名を冠して”マギ”、そして。
もうひとつの別タイプの新型は、蛮族の王様の名を冠して、”メギ”という。らしい。
「世界を終わらせる炎の名でもあるわね・・・・」と、その時赤木リツコは意味ありげに呟いたのだが、残念なことにお茶を入れ替えていた碇シンジは聞いてなかった。渚カヲルならばっちりだったのだろうが、さらに残念なことに少年はこの都市にいない。
 
賢人と皇帝。推論や判断、思考能力は賢人の方が優れている。十の耳のある聖人や千手観音、多くの情報を取り入れ、的確で高度な判断を下す・・そういった知性の理想を具現化したマギに対し、皇帝・・・・メギの方はほとんど人格らしい人格もなく、ひたすら己の支配領土拡大を望むだけの貪欲かつ無敵な戦闘力を誇る・・・のだそうだ。
「まるで疫病の王・・・パイライフみたいなものよ」と、その時赤木リツコは酒に酔いつつ青ざめながらため息ついたのだが、やっぱり冷や奴を切っていた碇シンジは聞いていなかった。
 
「そんな物騒な奴を本部に迎えてどーしよってんのよ!」
早い話が、マギのやってくれたような自分たちのサポートなんて期待できないってことじゃないのよ。うわー、すごく無駄。ただでさえ物騒なのがここにもいるのに。
 
「別に専用回線で結ぶだけだから運ぶ手間なんかはないよ」
北の大地から空輸されてきた”物騒なの”がなんか言ってます。
 
「こんな機密厳守の武装要塞都市にわざわざ外部線なんか引いてまで・・・・・いや・・・まてよ・・・・・」惣流アスカには事態のカラクリが見えてきた。
 
 
マギは、エヴァの代わりだ・・・・・
 
 
四号機と渚カヲルを取り上げられたのとおそらく、「同じ力」が働いたのだ。
仰ぎ見るしかない、自分たちでは届かない世界を動かす場所から。聖堂の天窓の外から。
 
実戦経験を積み重ね、日夜強大になっていく下部組織の存在は上から見れば危うさを感じさせて当然。敵に対する矛であり、己らを守護する盾でもあるネルフはジレンマそのもの。あまり強すぎても弱すぎても困るわけだ。だが敵は使徒。神よりの使いとするほか形容のしようのない謎アンド正体不明の敵。人類の天秤(バランス)など通用しない相手。
絶大な戦闘力を常に保持していないといつ破られるか分かったもんじゃない。
そのため、ネルフ本部中枢のマギシステムをその配下に直接組み込もうって魂胆か。
「ネルフ」が「エヴァ」をもって反逆を計ったとしても・・・・・マギを止めて仕舞えば第三新東京市の都市機能も停止する。そうすれば、なにもできまい・・・・
エヴァは元来、都市防衛に限定されるべき兵器。それを踏み越えることは許されなかった。
内蔵電源で五分の稼働時間。それが鎖のかわりだったのに。
それをやすやすと引き千切った・・・・・「あいつら」。
あいつがその気になれば、世界中どこへだって逐電できる・・・・・・
てめえの楽園を探しにいくことさえも。
 
そういうわけで、惣流アスカの思考は、今、この場にいることを基点にして収束していく。
大洋を横断する台風があれよあれよというまに小さくなり、後ろ髪をゆらすほどのそよ風に変わるように。なんだかんだいっても、まだ自分の周辺のことにしか興味はないのだ。
女のカンは過去と現在を太い釘で打ち付けるが、少女のカンは未来の光景をピンで止めるくらい。
 
 
こいつを、信用していいのだろうか・・・
 
 
これからも使徒戦が続くだろうし、その過程でわたしの背後をこいつに守らせるような事態が発生するかもしれない。そんなとき、こいつは・・・「戦闘なんてもう嫌だ。アスカ、あとは任せたよ。僕はこの街から消える」とか言って逆雷のように雲に消えたりしないだろうか。消える・・・・・いつもそんな不安がある。
 
 
信用・・・・・そう、今回のことは、「おまえら下部組織はどうにも信用ならねえぜ」
「なんだとおっ!」ということでもある。ごく簡単にいって真実。最大多数の事実でもある。その上、なにせマギ関係のスタッフには自信あり。世界中にマギ以上のスーパーコンピューターはない!という絶対の自信がある。マギ以上の機能を持つッてんならまだしもなんでそれ以下のヘボコン(注・ヘボいコンピューターのこと)の下風に立たないと露伴ねんと永いものに巻かれるだけの幸田けはあるんじゃろうな、我!!(一部・変換ミス)という慢心の崖っぷちギリギリまでの自信が。なんせその大将が赤木リツコ博士なのであるから。
 
 
「そこで、マギとメギはどっちが優秀か、テストするんだってさ」
何日間とはいえ、その自信にあてられてきた碇シンジも当然、マギ派である。
「メギにはなんらかの致命的な欠陥があるとかなんとか、父さんが偉い人たちの前でタンカきって来たんだって」
「啖呵ねえ・・・」
そんな新型導入をネルフの司令として受け入れかねるのは分かるが、あの碇司令がタンカなんかきるもんか・・・・少なくとも最悪の戦端の開き方だ。そんなこと言ったが最後、どんなテストをするにも、向こうがイチバン有利なポジションで始めることを認めなければならない。ミサトならまだしも。メンチならいつも切ってるけど。
「リツコさんは嬉しそうだったけど・・・・なんでかなあ」
「知んないけど、嬉しかったんじゃないの」
説明は不可能なので説明しない惣流アスカ。
「あんたは?嬉しかった?」
ついでなので、そんなことを聞いてみる。「何が?とかは禁止するからね」
「若い頃・・・京都にいたころは、いつもそんなことばっかりやってたんだってさ」
「ふーん・・・・誰に聞いたの」
「ふく司令」
 
両親、特に父親の若い頃の話をしてくれる人間がその子供の身近にいるかいないかは、やはり親子関係に大いに影響するらしい。
 
「それで?テストって何するわけ」
 
 
「ずばり・・・・・・ハッキング勝負」
 
 
「いや・・・あんたにズバリって言われても・・・納得度と説得度が・・・まあいいか。その”メギ”が”マギ”にハッキングを仕掛けて、そのまま支配下にいれればメギの勝ち、退けられたらマギの勝ちってことでしょ。テストっつーより、果たし合い、決闘よね」
 
そらみろ。案野ジョウタロウ(42才・厄年)さんだ。その”メギ”は何よりその手の喧嘩が得意なのだろう。そんなの相手にまっこうから勝負しても勝てるワケがない。勝てるワケがないから、そのテストが認められた、といってもいいだろう。惣流アスカの脳裏には、弱々しい爺さん賢者が凶暴な筋骨隆々の蛮族の親玉に「ウエー」とか「ぐえー」とか哀れに首絞められている光景が浮かぶ。
 
 
はっきりいって、そんな勝負に勝つには・・・・・
 
 
「魔法」が必要になってくる。
 
 
 
「勝てるの・・・・・・」
こういう場合、戦隊ものなんかだと、「ひそかに極秘裏にしめやかにパワーアップ」が行われていて強化されたマギが見事に敵を破ってくれる、なんてのが王道なのだけれど。
パイロットの身で詳しく知ってるワケじゃないけれど、どうもそんな様子というか余裕はない。それどころか、伊吹マヤの事故などで足並みが大いに乱れとったような・・・。
それらしい動きといえば・・・この、手品のように銀色の繭に包まれた初号機だけ。
 
 
「負けたら、手始めに・・・・”見せしめ”が行われるんだ」
こともなげに言われて、碇シンジにこともなげに言われて、一瞬、総毛立つ惣流アスカ。
KKK団のような怪しげな格好をした連中に街中でギロチンにかけられる赤木リツコの図、というシュールな光景が浮かんだからだ。ありそうな話だ。碇司令の切腹とか。
だが、同時に碇シンジへの怒り、苛立ちも覚える。一応、バカボンでもこいつは二代目(ジュニア)なのだから・・・・もちろん、それだけではないが。言い掛かりに近いのも自覚している。
 
「少なくとも、使徒が来襲しなければ、七日間はこの第三新東京市全域の電力供給がカットされる」
「なによそれ・・・・」
「マギの予想によると、それくらいの見せしめは覚悟するようにってさ。もちろん、原因は”不明”で誰もこれが”見せしめ”なんて知ることはできない・・・他にも兵装ビルのミサイルの誤爆、飲料水の汚染、金融施設の混乱、交通施設の誤誘導・・・・メギは精神分裂気味の執念深い人間が造ったからなにされるか分かったもんじゃないんだってさ。でも、電力の停止が最も確率が高い・・・・・」
「きゅ、急に深海渚モードに入るんじゃないわよ!とにかく、それじゃ絶対に負けられないんじゃないの」
「そうだね。でも、その”負けて見せしめ”の対策は出来てるから」
「ほえ?!」なんじゃい、その卑屈モード全開の対応策は!!もう負け対策かい!
 
 
「ほら、あの初号機の右腕から伸びる・・・・電線。見える?」
「あれが?」
 
 
「あれから地表の大通りの100メートル道路に埋設してある”鉾”に電気を貯めておけるようになってるんだ」
「あの、渚が送ってきたあのバカでかの武器に・・・・・」
「まあ、そんなに贅沢しなければ一ヶ月くらいはもつよ」
「贅沢って・・・夜にクーラーは使っていいの?」
「そのくらいは・・・・いいんじゃないかな。自信ないけど」
 
 
「アンタ、バカあっっ!!」
スクッと惣流アスカは立ち上がった。
そして、この腰抜けのそばからとっとと離れた。
 
 
自分たちから離れて、学んできたのはこの程度のことかっ。この厚顔かっ。
確かに現実的ではあるが・・・・許せなかった。いや、自分を「バカ」にしてしまうこいつが許せなかっただけ。そんな無理な話はない。
 
 
いくら天才とはいえ、まだ小娘である惣流アスカの機密の壁で制限されている想像力を遙かに超えて、相手は強大。マギとメギとの戦力比は今や五万対三にまでなっている。
地図の縮分ではない。純然たる戦力の比率。世界をまるまる支配下にいれてしまえば、そこには専用回線の漏水による情報割れなんぞけちくさい心配しなくても大丈夫なのである。メギの設計思想の根本にはそれがある。良くも悪くも大陸的にスケールがでかい。
メギの知能は世界を征服してようやく発動するようにできているのであった。
三国志の世界にたとえてみれば、曹操軍50万に囲まれた諸葛孔明。
モノを考えないので弾琴の計やら半端な計略も通用しないのであった。
技術屋がプライドに殉じて痛い目を見るのは勝手だが、それにつき合わされる都市にすむ何も知らぬ住人たちはいい迷惑。どうせマギもメギも一字くらいしか違わない。
それをフォローする碇シンジと初号機は確かに正しい。
 
 
だけど・・・・・・
 
 
いったん、そんな首をねじ伏せられるような惨めな敗北を喫すれば・・・・どうなる?
それに、これからはそのメギを操る連中の言うままになってしまう。掌の猿だ。
生命線を思い切り握られて・・・・これが正しい文官統制なのだろうか。
自分はそこでどう動けばいいのか・・・・たんなる兵士でよい・・・・のか。
この想いは増長か。
ついてくるべきではなかったのかもしれない。今、ここには答える葛城ミサトもいない。
 
 
夜に蠢くものは子供の手にあまる。
 
その夜の片隅に座る、子供もいる。
 
 
銀虹に光る殻に包まれた、己の福音を見あげている。
走り去った少女を追うでもなく行方を見るでもない。
 
 
プラグスーツのリストから通信が入った。少年はゆっくり立ち上がると、後始末をし、搭乗準備にかかった。
 
 
 

 
 
 
ぴぃぴぃぴぃ・・・・ぴぃぴぃぴぃ・・・・・
 
ぴぃぴぃぴぃ・・・・ぴぃぴぃぴぃ・・・・・
 
 
見えない何かに、背中を引き裂かれちまった 心を破られちまった
 
 
 
長渕状態で全身に力をこめつつ、やるせなさにつったっている綾波レイ。
 
 
ろくなもんじゃない・・・
 
 
呆然としつつ、つぶやきたいのはそんな言葉。
この目の前で起きた惨禍。あの蒼い光は村全体を覆っただろう。
「使徒」が放つのと同階梯の「光」・・・あれは・・・・・自らの身で起こした。
 
 
その「老人」は、角笛の中に入っていた。
夢でなければ、握り拳くらいのミイラの頭部。玄関ホールに飾られていた、角笛の中に。
 
ユダロンシュロス・・・・館の主。
 
 
綾波レイから噴き出した蒼光の翼で輪切りにされた石城の中から、悪魔・ガーゴイルが蝙蝠の翼を翻して出現したかと思うと玄関ホールの残骸から角笛を探し出して恭しく天に掲げた。それだけで、この角笛の頭ミイラの老人が館の主だと分かる。
揺りかごミイラ・ルードベートもいい加減強力な存在だと思ったが、こちらもまた桁が違う。底なしに深い穴・・・・もし、この老人が世界に暁が来ることを許さなかったなら、ずっと夜が続いたままになるのでは・・・世界の夜の番人・・・・そんな気配がある。
この世で一番最初の墓守・・・・・あまりに長く一つの仕事を続けすぎていつしか気づかぬままに神様も及ばぬ場所に立ってしまった・・・・神も悪魔も埋めてきた最も旧い孤独を知る者・・・・その眠りを破ってしまった、東の島国の礼儀知らずの小娘に対する罰。
 
 
「クラウゼ・・・・・」
 
 
人間に発生可能な声ではない。それだけで角笛を掲げる悪魔が苦痛の呻きを上げた。
ルードベードが赤ん坊のような泣き声をあげた。メッサージュウが魔鶏化を解かれた。
綾波レイがオリーブの木に叩きつけられた。そして、クラウゼ・ギミックが四散した。
 
 

 
 
機械の残骸・・・・銀仮面クラウゼは・・・・機械人形だったのか・・・・・
 
 
背中が痛い綾波レイはその無惨に暴かれた正体に驚きつつも、背中が痛かった。
ビキビキとひきつれ、ヌラヌラと流血の感覚さえある。無意識とはいえ、やらかしたことに照らせば当然の痛い目であるが・・・・・その表情は深すぎて暗すぎて分かりにくいが、やはり館の主はお怒りの様子だ。召使いがとばっちりでこれもんならば、自分はここで捻り殺されても文句は言えないかも知れない・・・
 
 
「いたた・・・・・ひどいですよう」
機械の残骸から声がした。よく見れば、機械人形という大層な代物ではなく、何百もの腕時計が寄り集まっただけだ。「急に”止める”なんて乱暴な・・・・おかげでここ十年なんの遅れもなくやってきたのに・・・・また合わせなきゃ。ひ〜ん」
 
「お、すまんすまん・・・・・つい力加減を考えずにやってしもうた・・・1.2の、サンタルチアのサンダル・・・2/2のさやいんげんっ、・よし、これで良かろう・・・・」
館主が呪文ともなんともつかぬことを言うと、巻き戻しの映像を見るように四散バラバラ
になったクラウゼ・ギミックの身体が元に戻った。
 
「じゃがしかし、まだわしの目覚める時代ではないようだが・・・じゃな、ドゥーム」
「ですだ。旦那様」
角笛を掲げる悪魔がほっとしたように相づちを打った。声を神話用から世界用に切り替えてくれたからだ。
「ルードベートめ・・・・まだ喰っておるな。あれだけ食い過ぎには注意しろと言いつけておいたのに。こんなに時間を溜め込みおって・・・・だからそんなにブクブクと太るのじゃあっ。たわけめっっ!!この肌の渋い色合い、わしを見習って少しは節制せい」
 
 
その怒声とともに、この中庭の空間が弾けた。「モモが泣いておるぞ、モモがっ!」
 
 
これ以降の数十分の「家庭の争乱」は綾波レイの記憶から削除された。
ただ、置きみやげのように”声”が頭の片隅に残された。
 
 
「で、ここにおられるお嬢ちゃんは?連れを元に戻してくれ?ああ、さっきので元に戻っておるだろうさ。それから?館をぶち壊してごめんなさい?あれは”未来のお嬢ちゃん”がやったことで”現在のお嬢ちゃん”には責任はないよ。ほれ、背中を見てみなさい、そんな翼はなかろう。わはは。それからなになに、ユダロンを使いたい?かまわんよ。たまには使っておかんと錆びつくじゃろからな。使い方?この指輪を填めて”消滅させたい言葉”を唱えて”効果範囲”を脳裏に刻めばよい。簡単じゃろう。他に何か望みはないか・・・・ないのか?欲がないのう・・・・その代償にわしらの存在は忘れてもらう・・・・この館を訪れることもかなわぬ・・・・それが古よりの鬼約じゃからな・・・・ククク・・・・忌まわしい”目玉”がそれを破らぬかどうか見張っておるよ・・・”数字の終わり・最後に残される”少女よ・・・さらばじゃ」
 
 
 

 
 
 
「レイちゃん、レイちゃん・・・・」ソノさんの声がする。快い・・・・
 
 
「着きましたよ・・・・目的地に」革張りの豪華シート。ここは、自動車の中。
ドアーなんて観音開きしてしまう、プルマン・リムジーン。わゆる超高級御車。
 
 
「・・・・・・」ソノさんのその肩にいつしかもたれて眠っていたらしい。
いつしかとはいつしか。「あっ・・・・ここは・・・」
 
 
「ここが目的地。あとは足のばしてゆっくり眠れるぞい、綾波のお嬢!」
先に降りていた野散須カンタローのでかい声。
「ここまで来ればもう安心、あとは本部の状況次第だ」加持リョウジの頼れる声。
「よ、ようやく着いたっスかあ〜もうバスを襲ったり銃撃戦に備えたりする必要はないンすねえ〜!!」万歳三唱青葉シゲル。「青葉くん、君はそんなことをしとったんか?」
「本部に戻ったらまずいかもしれないな・・・・それは」「も、もちろんジョークですよ〜ちょっぴり小粋なアルプス一万ジョークって奴で」「青葉君は一回り人間的に成長したのう、加持君よ」「そうですね。芸風が広がったというか」
 
 
やっぱりユダロン村。
 
 
石の城・ユダロンシュロスも見える。だが、確かに自分がぶった斬ったはず・・・
なのだが、そんな痕跡はどこにもない。あれだけ派手にやれば修理に一月二月はかかるはずなのに・・・・・何より、連れの反応は、まるで初めてここを訪れたような・・・。
未視感(ジャメ・ビュ)・・・・それとも
 
 
夢・・・・・夢なのか・・・・
 
 
あれは・・・・・・・・・・たしかに現実離れしていた。けれど。
 
 
指には、銀色の指輪がある。ポケットには暖かい生き物の感触・・・・・(ごけごっ)
 
 
「長い間のご乗車、お疲れさまでした。どうぞ館の方でごゆっくりなさってください」
振り向いた運転手は、にこっと笑うは銀仮面。
 
 
 

 
 
 
「づがれだび・・・」
 
と、ネルフ本部の発令所で日向マコトは過労死しかけていた。
地下生活のことで時間の感覚もすでにない。
なにせ同じオペレータ三羽がらすの青葉シゲルと伊吹マヤが抜けて以来、彼一人で三羽分を飛んでいるのだ。名誉ある三羽がらすの名称のために。二人が戻ってくることを信じて。激務をこなしている。力仕事ではないが、とにかく神経を使う。神経を擂り粉木にしてゴリゴリゴリさんといった感じだ。どのような鬼刑事でも今の日向マコトには敬礼するくらいの猛烈公務員ぶりを発揮していた。仕事の性質上、相棒が抜けたからといってそうほいほいと補充人員をいれるわけにもいかない。労災事故でどうもあの世にいったらしくても。
 
マギシステムの電源キーさえ青葉シゲルの分、と二本、預かっているのだ。その重圧たるや筆舌に尽くしがたい。帰宅途中に拉致されてもいかんのでずっと本部泊まりだ。帰るヒマも実際ないのだが。トドメとして直属上司の葛城ミサトもいきなり南の海に行ってしまった。そちらのフォローもやらんといかん。定時連絡がないのだが・・・これまたどうしたことやら気が気ではない。日向マコトの内臓は、胆石どころかまるごと青銅になりかけていた。顔色もそれにならって非常に悪い。あえていうなら「怪人色」だ。
彼がトイレに行こうとかげろうの通路を歩くと皆が道をあけてくれる。
胃腸が前述の通り、「重たい」ので、どうしてもそれを支え隠すためにいわゆる「ゲンドウ・ポーズ」をとることが多くなった。四角眼鏡の光量も増えた。威圧感の取得!
 
ネルフは人間をコキ使う分だけ、報酬の方はよい。部下の働きにはきっちり応える。
日向マコトのボーナス査定も「それはそれは楽しみにしておきたまえよ」レベルであったし、自宅には最高級羽毛布団と最高級冷蔵庫と桐のタンスと米俵10俵、究極のナスビ料理の詰め合わせと、前から日向マコトが欲しがっていた「超音波眼鏡洗水機」。おまけに、「見目麗しくて才長けて七分の侠気四分の熱気だてのやさしい良家の娘さん」お見合い写真まで届けられていた。
 
なんで使徒もこないのにこんなに忙しいのかと言えば、「マギ」のせいである。
 
せっかく新型の導入が決まって少しは人材が投入されて楽が出来るかと思えば・・・・・なんと赤木博士はマギにあくまで固執して新型導入に大反対。
そりゃあ母親が設計し、システムアップしたのは自分だから愛着あるのは分かるけどさ。ちっとは現場の苦労を考えて欲しいよなー。たしかにマギは名機だけど、どうしたって時間の流れには勝てない。いくら大天才の考えたことでもいつかは旧くなる。やりきれないほどに旧くなる。星と同じでいつまでも輝き続けることはできない。一人一人の凡人の知恵の火をくべて寿命を延ばすことはできても、いつかは終わる日がやってくる。その道を歩む日が終わる時がやってくる。天才が示してくれた道が途切れる。自分たちには星を見て道を指し示すことなんて出来ないけれど。
 
赤木博士にもそれが出来るとも思えない。悪いけどさ。今のところ。
 
マギの、カスパー、メルキオール、バルタザールの三体思考は確かに完成されたシステムだけど、それだけに発展性がない。それぞれの機体に個性を与えてしまっただけに、そこから逸脱するものは生まれない受け取れない。それを受け取るものもなく、三体の間を永遠にたらい回り続けるだけの命題もあるはずだ。データにしてそれが現れるわけじゃないけど、こうやって専属で触り続けていると感じるものがある。そこに未来をみたいと思う。
 
その新型・メギに連結することで何を得るのか・・・・・
「あたらしい」マギの形が見えてくるんじゃないかと僕なんかは思うね。
 
ま、それは上の人の考えることだから我慢のならない思惑があるんだとは思うけどね。
現状の、マギシステムに対する連日の攻撃を弾ききれなくなっている事態を考えると、そのメギには「防御壁」としての役割を果たしてもらうってことで。
マギが倒されて本来の機能を果たせなくなったら・・・・・この都市は。
とにかく、そこらへんのことをなんとか技術部にはなんとかしてもらわないと、実務についてる人間はたまったもんじゃないよ、と。皆、疲れている。内部施設、三日前に搬入されたパーツで修復した第87タンパク壁には劣化が見つかったし・・この杜撰・・・どうも人間も劣化してしまいそうで・・手が回らないから放置してあるけど
 
 
新型を導入してもマギを廃棄しようってわけじゃないんだから、そこまでこだわることもないと思うけどなあ。内部にマヤちゃんが眠ってるとしても・・・・
 
 
 
「日向君」
 
 
「はいっ?!」
 
日向マコトもいいかげんお疲れ大王であるが、それをさらに凌駕しているのが赤木リツコ博士だった。凄惨さすらにじませて、その姿は最早、妖鳥の美しさ。
 
それはいいのだが、伊吹マヤがいなくなったせいで、もともと孤立肌であったのが、葛城ミサトとも疎遠になってしまってますます孤高の氷の女王に。もともと周囲に気をつかうなんてことをしないのが、このところますます酷くなって現場のスタッフとの関係は冷えきりを通り越して凍りついてしまっていた。自分たちのことを霜柱くらいにしか思ってないんじゃないか、という不満の声に眉一つ動かさずに。頭がいいのは分かるが、それじゃいかんだろう、と個人的に思うので碇司令冬月副司令、なんとかしてください。うわー、赤木博士が現れただけで、発令所の温度が数度下がった。
 
 
「な、ななな、なんでしょうか?」
人間の体温をしてないんじゃなかろうか。そばに寄られただけで寒気がする。
 
 
 
「戦争が始まるわよ・・・・・・」
 
凶兆を告げる鳥そのものの口調で赤木リツコ博士。「これから・・・」
 
 
 
「それは使徒・・・・・」何言ってんだ?!パターン表示はピクリともなし。
なぜそれが分かる?いや、これから「始める」気なのか?どこと?!誰と?!
今まで使徒対応に慣れてきた日向マコトを混乱させるほどに赤木博士の言葉は救いがなかった。本能にズキュンとくる理解不能の恐怖を覚えた。その手に刃物でもひそませてるんじゃないかと・・・・いきなり自分の脳天に包丁がグサ!とか。逆噴射科学者だ。
 
 
 
だが・・・・・
 
 
 
宣戦
布告
 
 
その四文字がいきなり発令所の全モニターを埋め尽くし緊急警報が最大音量で鳴り響くと、その言葉を素直に受け取れた。受け取らざるを得なかった。自分たちが力づくで外部の「敵」から脅迫されているのが理屈無しで分かった。人間の戦争の歴史を刻んできた遺伝子が教えてくれる。これが「問答無用」なのだ、ということを。深夜の虚を突かれ、使徒ではない、見えない未知の敵に慌てふためく発令所スタッフ。いきなり喉元にナイフを突きつけられて恐れない人間はいない。それを事前に知ってこそ覚悟も出来る。
 
 
「赤木博士っ・・・・!?あなたは・・・」
 
 
ガタン
 
 
暗闇に包まれる発令所。電源が落とされたのかと思った。いつぞやのように。
それでモニターの赤文字が浮かび上がる。ここに注目しろ、といわんばかりに。舞台劇の演出ではないのだ。照明とモニターの電源をわざわざ独立させてまでそんな器用な真似ができるのは・・・・ここの構造とシステムを知り尽くした人間・・・なおかつ構築に力を揮えた人間。おそらく、照明は最小限に絞られているだけだろう。電源機をぶち壊す方がはるかに簡単だ。こんな器用に一部分だけを生かす、まるで「自分のもの」のように。
日向マコトは一瞬、赤木リツコがネルフに反逆でも企んだとかと思った。だが違った。
 
 
 
暗闇に流れ出す「蛍の光」
 
 
「マギ・システムは本日で営業を終了しました。マギ・システムは本日00:00時で稼働を停止します。オペレーターの皆様、長い間ありがとうございました」
女性の機械音声での放送が繰り返される。
 
 
”メギ・システム インストール開始”の表示が明滅する。明滅する。明滅する。
オレンジ色のタコのキャラクターが二匹現れ、タイム・バーの進行表示を応援する。
じりじりじりじりじりじりじり・・・・・・・・・ゆっくりと、しかし確実に突如出現した「敵」にマギが変質させられていく。合併というなまやさしいものではない。
 
 
 
MEGI
 
 
 
浮かび上がった大文字が血のように溶ける。凝った演出だ。母親の腹を食い破ってでもこの世に出てこようとする巨大な胎児を思わせる。
 
 
「乗っ取られた」・・・のだろうか。間抜けのようだがそんな感想しか浮かんでこない。連結なんてもんじゃない。ぽい、と怪獣の口に呑み込まれたようなあっけなさ。
第三新東京市全域を統括する、至高の人工知能スーパーコンピューター・マギが。
メギに比べればたった一個の卵のように。
インストール開始、なんてやっているが、あれこそ既に乗っ取られた証。
向こう側のシャレのようなもので、マギに組み込んでなければそんな表示も放送も出ない。とっくのとうにやられっしもた証拠ですたい、というものだ。
強靱な扉と複雑極まる電鍵。それらが立体的に組み上げられている迷宮を簡単に突破してきたわけだ。昔、「何とかの結び目」とかいうほどけば世界を支配するとかいう複雑怪奇な結び目があって、それをアレクサンダー大王は剣で切って「ほどいた」とかいう一休さんみたいな話を聞いたことがあるが、そういうことではないだろう。機械のことだ。
正面切って計算ずくでやってきたのだろうが・・・・桁違いの性能だ。
赤木博士、これからは新型メギの時代ですわ。力が違いすぎます。初めてトラクターを見た農民のように日向マコトはショックを受けていた。心の中で田舎の母へ手紙を書いていた。
 
 
「(まずはベーシックアンドキャッチーに)ほえ〜、リツコちゃん何なのコレ〜」
女の子の声が暗闇の発令所に鳴り響く。可愛く演技しているので可愛い声だった。
だが、状況が状況なので、怪物の声を聞くより者どもは百倍びびった。
 
 
「いや〜、全然ダメだったねえ。お得意の666結界も発動せず、制圧まで0.76秒。
これで”マギ”は”メギ”のかしこい知恵奴隷さんってわけだね」
赤木リツコ博士相手に言うも言うたりである。暗闇の中で氷の能面が般若化するのが見えた、と皆が思った。実際は恐ろしくてそっちなど向けもしない。だが、本当に恐ろしいのは、たった今マギを手中におさめた声の主である。声の主がその気になれば自分たちを永久に地下に閉じこめてしまうことも可能なのだから。発令所入り口自動ドアも動かない。
アンファン・テリブル・・・・略してアンテリ。子供のハッカーごときにどうにかなるマギではないはずだが・・・・・人類最後の決戦兵器エヴァはチルドレンが動かすもんだし、そういうこともあるのかいな・・・・だが、「ちゃん」づけは・・・・
 
 
「ナオミよ」
 
 
「あたしの名前は赤木ナオミ・・・・知ってる古株の人は知っている、マギの生みの親、赤木ナオコ博士の”関係者”です」
 
 
モニターには爆弾発言とともにオレンジの髪の少女が現れた。面影がある。
赤木リツコ博士の少女時代を思わせるほどに・・・いやさ、子供である!とはっきり言われた方が納得できるほどに似ている。誤魔化しようのない血を、感じさせる。
血縁者であろうことは、まず・・・間違いのない。
関係者、というざーとらしいなんとでも解釈できるような言い方がまたいやらしかった。
赤木ナオコ博士の生まれ変わり、というダライ・ラマ的なもんから病魔に冒されていたため今まで冷凍保存されていた赤木リツコの実の姉!というSF的なもんまで発令所のスタッフたちはありとあらゆる想像をしてしまった。ツッコミ役として葛城ミサトの不在がここまで悔やまれた状況はかつてなかった。現れた相手が少女の形をしていたことで緊張が緩むのは、人間の性質というものだ。
 
 
「まるで勝負にもならなかったけど、これも計算通りだからしょうがないよね。
で、約束通りマギにはメギの麾下に入ってもらうよ。正式な委譲は夜も遅いしまた今度ってことでもいいけど、コッチの時間がないからメルキの再起動とリッちゃん印のパーソナルキーの改印、セントラルドグマも切り離しておいて。これから今すぐ、よろしく。それから今日以降、ネルフのスタッフはセントラルドグマより下階層、並びにマギ内部への一切の接近を禁じます。これより特務機関ネルフ本部マギシステムのメインフレームの監督はアバドンで行いますので・・・」
オレンジの髪の赤木ナオミは高飛車に言い放った。てめーらネルフのスタッフも今日からあたしの配下なんだぞ、ということを。
 
 
 
「断るわ」
 
 
赤木リツコ博士は断言した。そのどれもに従わないと。
 
 
 
自律自爆提訴
 
 
モニター上にその六文字が閃くと女性機械音声のアナウンスが開始された。
「バルタザールとカスパーより本部の自爆が提訴されました・・・・否決・・・・否決否決否決否決・・・・」
否決、の声が狂ったようにえんえんと続く。もし、ここにメルキオールが仮死状態にされていなければ・・・・おそらく。相手は「赤木」。マギを知り尽くしている。自爆提訴だけは三台そろっての正常な判断が必要となる。相手も承知の上。これは、脅しにすぎない。
だが、発令所の人間に与える衝撃と重圧は半端なものではなくなった。使徒によって「上」から押し潰される重圧には慣れていても、本部が「根」こそぎ消滅させられる恐怖というのは・・・まともに立っていられないほどの震えが来る。こうも簡単に最後の手段である本部の自爆なんかを選択された日には。ぴたっと、機械音声が停止した。
 
 
「約束は守ってもらわないとこっちも困るわ、リッちゃん。碇所長や冬月センセもご存じの話なんだから・・・・マギはメギに劣る、って結果が今、瞬く間に出ちゃったじゃないの。そりゃもうちょっとマギが三十分くらい粘ってたらドラマみたいで皆も思い知ってくれたんだろうけどさ、マギ弱すぎ。あ〜、ほんとうに偉大な光景は凡人の目には映らないのね〜」
「ハッキングの速度なんて誇れるもんじゃないわ。機械性能の優劣とはなんの関係もない・・・・・第一、勝負はこれからよ」
「いいけどぉ。マギでメギをリプログラムしようっての?・・・え^っと計算するから待っててね・・・・・そうねえ、ゼノンのパラドクスでも実現しない限り、それはムリねえ。亀と兎の競争みたく、機能完全停止して待ってたとしてもリッちゃん一人じゃ三百年はかかるわねえ。一大プロジェクトXになっちゃうわよ」
 
 
 
「そんなに私、優しくないもの・・・・・ただ単に、
その欠陥品を完全消去するだけ・・・
 
 
「へっへーんだ。やれるもんならやってみなさいよ。いろいろとあちこち手を打ったみたいだけど。ネルフの情報はダダ漏れ筒抜けなのよ・・・・スイスのユダロンも接続器の”ジェーゴン”を凍結させてあげたしねぇ。あなたの好みのショートの小娘も今頃・・・・
 
 
 
    「クシャマン・・・
 
                    に、してあげる」
 
 
誰もが耳を疑ったが、赤木リツコ博士は確かにそう言った。
「クシャマン」だ、と。美人(ビュリホ)なのをいいことに微笑んで。
 
 
世に喧嘩の売り方は買い方は数あれど、これほど見事なものはちょいとなかった。
どうクシャマンにするのか、だれも分からなかったがこれがただの中年女性にありがちな「自棄」でないことを祈るばかりだ。おそらく、この場にいれば碇ゲンドウでさえ今の赤木リツコ博士には一歩引いたであろう。とにかく、相手から冷静さを完全に失わせることだけには成功した。やばいほどに。
 
「じょっじょっじょっじょ・・・・・上等じゃないの極上じゃないの!!。そこまで云うならこっちだってメルキの一つでも吹っ飛ばして差し上げようかしらねえ、決めた!!
今から一時間後にメルキオールは爆発させてやるからね!でも、それだけじゃおさまんない〜!後で考えついたらもっと酷いことしてやる〜」
ナオミの方は子供そのものでヒスを起こして喚きあげた。まるで悪魔の王女だ。始末におえない赤木遺伝子だ。しかし、インパクトではさすがに年の功でリツコ博士が勝っていた。
 
 
「こりゃ人生最悪の夜になりそうだ・・・・」日向マコトが天を仰いだ。
上位組織による実力行使か・・・あーあ、人間やってるのが嫌になるよ。かといって。
「あー,とにかくもう、使徒だけは来てくれるなよ」そして祈った。
もし、この場で使徒来襲なんてことになれば・・・・葛城三佐はいないし、この場に現れないとおかしい碇司令と副司令もいない・・・・・貫目からいって「隣のこの人」が指揮をとる・・・ということになりかねない。その隣には自分だけ。まさに今夜のネルフの準主役の予・感。うわー、”出時”としては凄すぎるが同時に嫌すぎでもある。どうにかかんべんしてもらいたい。
 
 
それと同時に第87タンパク壁の劣化部分が妖しく光った。
 
 
赤木ナオミの映像が消えると、発令所に照明が戻ったが今度は
「パターン青」の警報が。
 
 

 
 
 
海底を楽しむ喫茶店 二萬マイル
 
 
「いらっしゃいませ」
まだオープンしたての店に、その客は閉店間際に入ってきた。この店は自走式、バスであるのをいいことに店主の趣味で日毎に位置を変えたりするので、偶然としたら大したものだった。白いスーツに、赤いフォログラス。ショートカットの、若い女性だった。
第三新東京市では珍しい、七尾式の緑ネクタイ。銅鏡をあしらったブローチ。
「今夜も熱くなりそうですね・・・・お客さん、なんになさいますか」
 
 
「アイスコーヒーをお願いします」
男装の麗人、というにはその微笑みはやわらかすぎた。旅からの帰りのような大きなトランクを持っていた。初顔。この店のファン、というわけでもない。海べりを散歩しにきたような身軽な人間にしか用がないようなこの店に。この時間に。わざわざタクシーでやって来た。追われている・・・・危険な匂いがした。店主は、来訪の意を察する。
この客は、自分たちの正体を知っている・・・。
 
 
その客は
 
 
「それと・・・・”赤木”・・・ナナセさんを」
 
 
伊吹マヤだった。
 
 
 

 
 
                つづく