あはっ・・・
あははっっ・・・・・
 
あはははははははっっ
 
「こりゃやられた・・・・あはっあはははは・・・・リッちゃんにしてやられたわ」
しばらく大笑いする。
 
赤木ナオミは指を振り、モニターを切り替えると、自分の最後の仕事にかかった。
無人のエントリープラグが映し出される。
「デジタル化された魂・・・・それには使徒の魂と電子回路の身体をもつイロウルが最適だったんだけど・・・・ギリギリだったけどうまくサルベージ出来たし・・・・ここでこうしてくっつけて、と。あらよっと。・・・・封入、作業完了」
オレンジの髪の幼女の傍らにメギ皇帝は確実に存在する。
その強腕で造り上げるのは、影武者。ダミープラグと呼ばれる、エヴァを駆るチルドレンのフェイク。人の意志を吹き込まれた電気仕掛けの使徒の魂。赤木”ナオミ”の求めるものはただそれだけで、実のところメギによるマギの組み込みはどうでもよかった。
赤木リツコを超越しても、それで己の時間が増えるわけでもなかった。
オリジナルを叩き潰すことでもっと劇烈な変化がこの心臓の中に生まれると思ったのに。
代理子(ヨリシロ)は代理子のままだ。
使徒イロウルをサルベージできる最適な空間、それがマギであった、というだけのこと。
それがほぼ完了した時点でリツコが自暴自棄自爆を起こし始めたので慌てたが、なんとか間に合った。イロウルの全てが入り用なワケでなく、微妙なトコロ生物紋様や電気韻律・・・ほんのわずかな、コアを、エヴァを共鳴させる魂部分だけ、いだたければそれでいいのでそのさじ加減が難しかった。全部掬いあげてメギの中で暴れられたらたまったもんじゃないし。
 
「これで完成。・・・・・もうできちゃた。やっぱり、”わたし”は天才だわ。
ね、ダビデ・・・・・・ダビデ?」
さっきまでそばにいたダビデ斉藤がいない。モニターを見るとすでにダミープラグ完成型データはアバドンへ転送されてしまっている。転送終了のアラームが空しく響く。
 
「もう次の子供のところへ迎えに行ったの・・・・・」
 
「じゃ、私も行こうっと」
赤木ナオミは”ナオミ”として意識が覚醒して以来、一度たりと出たことのないこの完全無菌の研究室から外に出た。
それ以来、赤木ナオミの姿を見た者は誰もいない。
 
 
 

 
 
 
闇の中、緑の蛍が舞う。
 
否、それは携帯電話の液晶だった。
 
「どこにかけてらしたんですか?」携帯を白衣に仕舞った赤木リツコ博士に日向マコトが問おうとしたが、やっぱり怖かったので止めた。あの世にかけていたような気がする。
「ふう・・・・・なんとか行ったわね・・・・日向君」
「パターン消失、使徒もやられたようですね・・・・」
ぼそぼそと闇の中の小声会話。
「それよりも監視カメラの断線ですよ・・・知らされてから落ち着いてトイレで四コママンガも描けませんでしたからね・・・」
「ああ、原始中年ウゲンド?一部では好評みたいね。アレ、あなたが描いてたの」
 
 
ユダロンによるマギ内部全データー消去の影響で本部は大停電。闇に閉ざされた。
その中での一分は一時間にも相当し、内部の人間の神経を削っていき正気を侵す・・・・
 
「最優先でそれは駆除させるから、もう問題ないわ」
「特務機関の内部が四六時中監視されるってのもシャレにならないですからね・・・・情報ダダ漏れなのも・・・」
 
「お腹減ったわね・・・・夜食用意してくればよかった」
「自販機も止まってるしなあ・・・」
 
 
「それにしても、碇・・・・・。自信があったと思うか・・・彼女は」
「ああ、おそらくは・・・・」
 
・はずだったが、マギが消されても発令所には細々と中途半端にだが、電気がついており、一部通信も可能だった。空調も遠慮がちに動き、蒸したが息がつまることはなかった。微妙な細々加減で、風に吹かれる蝋燭の明かりを守るように人は穏やかに忍耐でいられた。誰も席を立たず、小さな声で会話するくらいで待っていた。
皇帝の行軍が行き過ぎるのを頭を屈めて待っていた。
世界に嵐が吹いても、見逃さずに感じられる、猫のように鋭い瞳で。
そして、号令がかかるのを。
 
「シンジ君、もういいわ」
「新マギシステム、・・・起動だ」
赤木リツコ博士の通信と、総司令碇ゲンドウの号令が同じく。
発令所に光を取り戻させた。
 
よっしゃア!!と弾ける活気。オペレータ達の威勢の良い声が発令所内に響き渡る。「おいおい、もう朝だってよ」「え〜本当〜?!これからが本番だっていうのに」「顔洗うヒマも飯食うヒマもないぞ!各自、新式のシステムの作業マニュアル確認しとけよ」「今時、ガリ版ってのが泣かせますねえ。コピー機も見張られてたんすか本当に」「せめて交代でトイレくらい行かせてくださいよ〜」
 
モニターに映し出される銀色の繭に包まれたエヴァ初号機。それに並列してグラフ群。
「マギシステム復元状況」とある。アクセルを踏み込まれたように急速度で円グラフは回転し炎のコマとなり、あっという間に100%、復元転送処理終了となった。
そのグラフ表示ウィンドウの隅っこに「伊吹商事」とあった。その見事な仕事にオペレータたちからごく自然に拍手喝采が生まれた。時間のかからないシステムの復元は彼らの夢である。「いやー、さすがはマヤちゃんだぜ」「大したものだ。伊吹二尉・・・起業家としてもいけるんじゃないか」「でも、堂々と自分の名前をつけるのがすごいよねー」
「さあて、ここからが俺たちの仕事だ。今度はメギなんかに負けないようにしてやる」
「向こうが気がつく前にシステムの再構築だ。秀吉の一夜城も吃驚で急げよ!」
 
メギの監視が復活した暁にはすでに新マギシステムが立ち上がっているはずだ。
そうなれば、もはや手の出しようがない。ネルフはそれほど甘くない。
最後に笑うためにはなんだってやるのだ。
敵の目を誤魔化すために「死んだふり」でもなんでも。絶望でも演じてみせる。
ただ、足並み揃えてそんなことがやれたのは・・・・
 
 
 
「それにしてもあのセリフ、分かってても本当にびびりましたよ」
ようやく長い夜の舞台に幕が下りる気楽さに日向マコトが言った。
「半分、本気だったから・・・・なんてね。そんなに母親のことは好きじゃなかったから」
結局、自分の筋書きどおりに、ことを進め終えた赤木リツコ博士。少し寂しげに呟いた。
女優には向いていないと思う。人に喜ばれるようなことも出来ない。苦手だ。
表舞台ではなく、裏手で手配を詰めていく・・・そんなことしかできない。
ユダロンの目標をメギに向けることも出来た。が、やれなかった。
メギをマギの配下におくことさえ出来たはず。が、やれなかった。
面白くもおかしくもない、人を惹きつける魅力、ケレン、面白みにかけた女。
マギの内部を一新しさえすればいい・・・・ほんとうにそれだけしか思わない。
「・・さえすればいい」というその言葉の清さに気づきもしないのが天才の凄いところで、伊吹マヤがその言葉を聞けばまたしても恋しただろう。
使徒が現れようがなにしようが全然関係ないその目の色に。
赤木リツコ博士本人は自分を秀才タイプだと分析していたが、周囲の評価は違った。
 
どうも、母さんのようにはなれそうもない。それが分かった。
 
などと思っていたのだが・・・・
 

 
 
エヴァ格納庫・整備詰め所ではエントリープラグから出た碇シンジと惣流アスカが、結局食べられなかった夜食を今頃食べている。整備の人が熱いお茶をいれてくれた。
 
「労働争議っていうより、単なる抗議運動じゃなあいの・・・・
 
 
”死んだふり”なんて」
一応、出番はあったものの、いまひとつ派手さにかける展開に納得しきれない惣流アスカ。
「それから、今回の使徒って強いのか弱いのか・・・今ひとつよくわかんないんだけど」
 
「しかたがないよ。戦闘はミサトさんの仕事だし。リツコさんの専門じゃないんだもの。
ケンカなんてしたくないんだよ・・・・」
「やる気十分だったんじゃないのお?本当は。あの啖呵の切り方からして」
「誰も傷つかなかったんだし、どこも壊れなかったし、使徒もいなくなったし、いいんじゃないかな・・・・マギもこれまで通り使えるし。悪いところ直して」
「でも、ずいぶんあっさり足並みが揃ったもんね。・・・・ここだけの話、あのLとマギスタッフの長老と仲悪いんでしょ」
「あのLって誰?」
「リツコのことに決まってんでしょ」
「段取りは前から決まってたみたいだよ」
「で、ないとね。アンタと初号機のことも含めると急場の思いつきじゃないわけだ・・・・あの”関係者”のこともあるし・・・・ほんと、今回ミサトがいなくて良かったわよ」
「だから、霧島教授の”合図”で足並みが揃ったんだよ。ずっとポーカーフェイスで通したり、それが苦手な人はわざと文句をいってみたり」
「”皆さん ここは死んだふりです”って。そんなのが一発で分かるんだから・・・・
分かっちゃうんだからネルフってトコは・・・・本当に」
「みんな一緒にいるから、分かるんだよ。僕でも分かるくらいだもの」
「アタシにだって分かったわよ。敵に脅されてんのにぬけぬけとそんな言葉が通じる”線”の太さに感心してんの・・・・分かったときはあやうくコケそうになったんだから」
「リツコさんはマギを本来あるべき姿にしたいって言ってたから・・・・今はそれしか考えないようにしてるって言ってたから・・・・・それしか考えない人たちとはぶつかることが多いのかもね。仲良くするには余計な他のこともいろいろ考える必要があるのかも知れない・・・・頭がいいっていうのは誉め言葉にならないってそういうことかも」
珍しく碇シンジの長口上になりかけたところ、素直に聞いてやればいいのに惣流アスカは。
自分の聞きたいことをさっさと聞いた。
 
「で>そういう、アンタは黙って人体実験?なんで黙ってるかなこのバカは」
「別に話すことでもないし・・・・なんで怒ってるかなアスカは・・・ふわぁ眠・・」
惣流アスカはおべんと置いて立ち上がり、碇シンジの頭を両手ではさみこむ。
 
「ほんとのほんとに、こいつのこの頭の中に、マギの全データが入ってたの?
信じられない・・・・うーむ・・・・・」
「入ってたのは初号機の頭の中だよ。僕の中に入ったら爆発しちゃうよ・・・・」
「初号機に”記憶”させたからって・・・その初号機とシンクロしてんのはアンタでしょ。でもこれでアンタも少しは進化・・・って寝るなー」
 
大王と賢者がコンビを組み、皇帝を撃退した・・・・こういうことなのだろうか。
いや、そんなかっこいいもんじゃない。機能自爆した死んだ・・・と見せかけて相手に手を引かせて後に、内部に食い込んでいた「獅子身中虫」を排除する・・・・。
せこいといえばせこい。が、その手段は豪快極まる。マギの内部全てを一度消去しているのだから。図書館を何千も焼き尽くしたどこかの大王の暴挙にも似ている。歴史は繰り返す。使徒はその巻き添え食ってやられたようなもんで。ただ、その蔵書全てを秘匿しておく場所があり、コトが始まる前に運び終えていたわけだ。そして死んだ、とみせて相手が手を引いたすきにホイホイと新式システムを構築する。今度は虫に食われないようなやつを。使徒は倒せるし、新システムは堂々と構築できるし、そして、エヴァ初号機という世界最強の金庫の中に”マギ”を保存できる・・・・それが一番の理由かもしれない・・・リツコにとってはいいことだらけだが、・・・・・なんか今ひとつ納得できないような・・・・・なんでだろう。
ミサトがいないからだろうか・バカシンジが人体実験やらされたからだろうか。
まだミサトは帰ってこないし、巨大というのもバカらしくなる”都市ひとつぶんの重さの冠”を被らされた初号機と、パイロットに危険はなかったのか・・・・精神汚染とか・・・。
ふざけに模してシンジの眼球を見てみたけれど・・・・異常は今のところ・・・・。
 
「ふたりとも、お疲れさま」
赤木リツコ博士が現れた。
 
「あっ・・・」
惣流アスカが一瞬、気圧されたのはその白衣姿にこれまでと違う貫禄があったから。
そうでなければ速攻でなんか言ってやったはず。
 
「もう大丈夫だから、ゆっくり休んで・・・」
こんなにやさしく笑う女性だったっけ・・・・そうでなければ「あ、はい・・」なんて肯かなかったはず。シンジのそばにしゃがむと「ありがとう、シンジ君」なんて。
「ミサトもそろそろ本部に戻るはずだから、このまま待ってる?」
「え?ミサトが・・・・じゃ、あ、そうします」この時間に帰ったら朝帰りになる。
「プラグスーツだし、このまま寝てても風邪はひかないけれど・・・・」
「整備の人が詰め所のベッドを使ってもいいって言ってくれましから」
「そう。それじゃあ、後は任せていいかしら」
「はい」
「じゃ、行くわね」
 
ふわりと、立ち上がった。しゃがんだまま話すような人じゃなかったような・・・・もっとこう上から見下ろして物を言うんじゃなかったかな。こんな、ざっくばらんなのは。
そして、赤木リツコ博士はゆっくりと歩き出す。今が一番忙しい時間のはずなのに。
新システムの立ち上げなんて、望みに望んだ一番美味しい時間のはず。
惣流アスカはその後ろ姿を見送る。整備の人間達も見送る。
その背には人を迎えにいくあたたかな温度がある。人を導く、晴れやかな光がある。
どこにいくのか、何となく分かる。おそらくは伊吹マヤを。その名を襲う。
 
赤木リツコ博士は通路をゆく。忙しげに動くスタッフたちがその背を見送る。
交差で、研究室に戻る霧島教授とすれ違う。一瞬、歩を止め白い背を見送る霧島教授。
初号機格納庫に向かう宿老頭目らにすれ違う。目礼。その背を見送る宿老頭目。
碇ゲンドウと冬月副司令らにすれ違う。目礼。碇ゲンドウはその背を見ない。
 
「賢者襲名の朝(あした)か・・・・」微苦笑して呟く冬月副司令。
 
 
「マヤ?今どこにいるの」その身分を正式に甦らせるとすぐに呼びつける。
賢者はもちろん、愛弟子が社長業を続けることなど許しはしないのである。
その元から離すことなどいわんやである。
 
 

 
 
「ナオミは失敗したな」と九十九面モニタの前で赤い短髪の少年が言った。
額にル氏13札を貼り付けてある。”腐食”をふせぐ延命措置。
「マギは生きている・・・・90.3%の確率で」
 
「ナォタ様・・・」ダビデ斉藤が畏まっている。赤木ナオミの言葉を伝えたものかどうか。
男性形はさらに精神のバランスが悪い。”ナオト”は極度の内向性、重度の自閉症だったが今度の”ナォタ”は冷静に見えてとても切れやすい。手にしたバットが恐ろしい。
あれでアバドンの技術者も何人も病院送りにされている。子供の非力と残虐さ。
存在意義を誕生より与えられた子供達。知能製造者の子供達。
 
「都市が生きている・・・それをやってるのは新しいマギだ。アクセス不可。根底から暗号をかえたみたいだ。赤木ナオコのセンスにはない・・・推察も不可能。オリジナルだ」
 
「ユダロン起動はフェイク・・・ということですか」
「いや・・ちがうみたいだね。確かに一度、マギ内部の全データーが消滅してる。
その直後にデーターが復旧している。ネルフ本部内にマギに匹敵する容量の記憶媒体が存在していたようだね。そして・・・・その転送速度たるや・・・・神業だ」
「メギ包囲網への一点突破による可能性は」
「ないよ。メギは完璧だ。もしそうだとしても痕跡くらいは残る。ネルフ内部だ」
「延命を図った使徒によるものでは」
「それが9.7%だよ・・・・この場合の呼称は第三新東京使徒にでもなるのか?」
「再度、侵攻はされないのですか」
「バカかお前?これでそんなことやってみろ。今度はメギがユダロンで消されるぞ。メギには隠れ場所なんてないんだからな。アレを使われた時点でこっちの負けだ」
「オリオンに対するサソリの毒、というようなものですか」
「巨大すぎて本体の監視システムが行き届かない・・・恐竜のジレンマだ。ナオトは完成させずに扉の外にでてしまった。ナオミも・・・・いずれは・・・・
 
メギの使い方がなってないよ。なってない・・・・女性形だからしょうがないか。
幼児期の記憶も混じっていたみたいだしね。出来損ないの子供なんだよ。ナオミは・・・・」
 
「二年足らずの短い間に、ダミープラグの製法は見事完遂されたのですから」
「その間のほとんどはクラゲと同じようなもんだろ。もっとちゃんと数えろよ」
ブン。バットがダビデ斉藤の目の前に振られる。
「何人も何人も同じようなのつくりやがって・・・・貴重な血筋なんだろ」
「知は血の中に・・・・蓄積され潜みますからな・・・・あなたたちがそれをその身で実証されておられます。素晴らしい成果を残して」
「その代償がこの身体か・・・・知識なんて本を読めばそれですむことだろう」
「通常の人間では読むだけで一生が終わってしまうほどの知識ですよ。その身体に潜むのは・・・知とは可能性・・・確実な成果を残すことを約束されたあなたたちは選ばれた人間なのです」
「死海文書に選ばれた人間か・・・・我らは死海の奴隷の子、塩のシオンの子・・・・この札を剥がされたら一分と保たない身体で働けというか」
「ナォタ様はリツナ様と並ぶほどの能力の持ち主。あの方々も期待されておられます」
「リツナはなにやってるんだ」
「早速ダミープラグを用いて六号機と七号機の調整に入られましたよ」
 
「もう<メジュ・ギペール>を動かすのか・・・まだフィフス・チルドレンは・・・・」
 
「消すには惜しい・・・・・と誰しもいいますな。あの少年に関しては」
実のところ、私もファンなのですが。とダビデ斉藤は言った。
 

 
 
「ふうっ・・・・」
海岸の防波堤に座って大きく息をつく伊吹マヤ。ここから見える街は正常に機能している。朝がふつうにやってきた。今日もいい天気になりそうだ。
 
「これから、どうしようかな・・・・・」
正直、そんなことを考える。これから秋葉森に行ってしまおうか、とそんな選択もありのような気がしてきた。やれることは全力ですべてやった。空白状態。
ネルフ発令所に戻れるのかどうか、自問する。戻ってどうするのか、自問する。
特務機関ネルフで自分は「死んだ」ことにされてる。監視の目を眩ますためだが、マギ内部で突如いなくなったものだからやたらに信憑性がある。独身だからいいものの、家族がいたら尋常なことではすまなかっただろう。彼氏もいなくてこの場合はよかった。
 
かこん。缶コーヒーをあけて飲む。
 
市民IDなんかも抹消されてるから、この街では今、わたしは幽霊のようなもの。
とうっと。浜辺におりる。もとおる。もとおるとは、あてもなくさまようことである。
 
「あっ?」
その途中で知った人間に会った。
しかし、会ったといっていいのか・・・・その人間は海からあがってきたのだ。
当然ずぶ濡れの髪のその人は、一瞬、妖怪昆布女かと思ったが、
「あれっ?マヤちゃん?」
声で分かった葛城ミサトだ。なぜこんなところで泳いでいるのだろう。一応、ウエットスーツではあるが。二人とも「なんでこんなところにいるの?」という顔をしているのだから世話はない。しばらく顔を見合わせていると、もう一人、今度は子供が海から上がってきた。妖怪昆布女の息子かと思ったが。そうではない。人間だ。
伊吹マヤに気づくと、にこっと笑ってそれから外国語なのか、「なむなむらぁー」笛のような綺麗な声で何か言うとぱしゃぱしゃと海に帰っていった。素晴らしい泳ぎの達者であった。
「え・・と。あの・・・子は」
「なんちゅうか本中華・・・・ちょっと20キロばかり泳いだらさすがに疲れた・・・タクシー呼んでもらえると助かるんだけど・・・事情の説明は後回しにして」
その水浸しの格好でタクシーに乗るつもりなのだろうか。その格好で街中を歩くのもあれだけど・・・。悩んでいると、携帯が鳴り出した。