<解答編>
 
 
それは・・・
 
綾波さんの、彼女のおなかのなかに女の子の赤ちゃんがいるから」
 
 
碇シンジは”僕は水より君が好き”といったような表情をして綾波レイを見る。
綾波レイとしてもどう反応していいか分からない。なにをいいだすんだこやつわ・・・
けれどそれが答え。この状況を打破する碇シンジが(悩み考え抜いたかどうかはべつとして)出した答え。
 
「むぐ・・・だべし・・・・・そうなると・・・」シグノのアゴはぴたりと止まった。
確かにそうなると・・・男一人に女二人になり、野菜(シグノ的分類)が多くなり栄養のバランスが崩れてしまう。残念だが、そうだとすると食べるわけにはいかない。
 
「むぐ・・・男と女の双子じゃないのかべし・・・・それに若すぎるべし・・」
そういう方面シグノ的ベストととしては、男と女の双子であればなんと四人二セットで食べられてとてもベストなのだが・・・・
「そういうこともあります。世の中には八歳で出産したひともいるんだし」
こういう時にどうせテレビで見たのであろう「世界吃驚人間大賞」かなにかの話で説得しようというのだから、やはり碇シンジ尋常ではない。つくづく、と綾波レイは嘆息。
妙な話だけれど、そこまで言われて、ここまできて、はじめてしげしげと碇シンジ、彼の顔を見たような気がする。彼個人への興味が生まれたような。
 
そういうことも、あります。
 
 
「ノノカン」
それでも諦めきれないのか、着物のせいでカモフラージュされているとはいえ、さして腹が膨らんでないので説得力にかけるのか、シグノは未来視の少女に確認を求めた。
「視るベシ、えぐりこむように視るベシ」
超音波検査などより未来の光景を見た方がよほど確実だ。もし流産や死産で水子ならばシグノは勘定に入れない。水子は墓が必要ないから。それに、娘だとほざいたが、これが「息子」であるなら、男と女で問題なくバランス良く母親もろとも食べられるわけだべし。
 
 
「ああ、はいはい・・・・」未来視には閃光のような現在司の行動は読めない。もし、それすら読めたなら存在意義を亡くしたその瞳はあまりの退屈さに潰れるほかあるまい。
とりあえず、碇シンジの答えを受けてノノカンは未来視した。シグノが信用を置くこの世でただひとつの赤い瞳で。とにかく、運命は変わりつつある。未来視を凌ぐ力で。
 
 
(レンジ、シンセ、ピカドウ、ニュイ、アスカロ、・・・・・子沢山だね・・・・)
 
 
ノノカンは赤い瞳に映ったこの世とあの世を行き来する不思議な物語から子供の名前を読みとった。「なんだか、まだ産まれる感じだけどこのあたりで。綾波レイさん、陣痛は軽い方みたい」
ノノカンの未来視では、どうも最初の子供は「男の子」のようだ。綾波の血を押しのけるあたり、父親の血はかなり強力といえる。
 
 
「どうなんだべし?」
 
「”レン”・・・・・レンちゃん。残念ながら女の子みたいだよ、シグノ」
 
「むが・・・・そうなんだべしか?・・・・・レン・・・・なんだか、ついてるものがついてるような名前だべしが・・・・本当に女の子べし?」
 
「そんなことないよ。昭和世紀の少女マンガのヒロインのライバルみたいに横車おしそうな名前じゃないの。女の子だよ」
 
「へーえ、レンだってさ。綾波さん」ふーらいしれぬけぬけと言い放つ碇シンジに
 
 
ギロリ
 
 
赤い瞳の参レンちゃん、ではない、3連星攻撃。中でも綾波レイのそれが最も攻撃力が高い。見事なコンビネーションにさすがの碇シンジも沈黙した。
 
 
「・・・・・誰の子だべし」
悔しさの腹いせまぎれにシグノがたずねる。おそらく、父親は腕が硬いのだろうべしが。
やはり俗世間は乱れているべし。そんなところへノノカンを放ってよいのかべし。
 
 
「・・・・・えーと・・」
ここまでくれば照れる間もなく即答するしかあるまいが、言いよどむ碇シンジ。
かなり男らしくない。男の風上協会から追放されそうな態度でのろのろと答えない。
 
 
「えーと・・・・・・それは・・・・・」
ノノカンでさえ後ろから首を絞めてケリをくらわしてやりたくなる態度であるから、当の本人、綾波レイとしては地獄の圧力釜で骨まで煮てやりたい気分であろう。
 
 
「ぐふふだべし・・・・」人間をやめて久しいが男であるシグノは笑った。
もちろん、人間は父親がいなければ子供が産まれないのだから、ここで奴が否定すれば女の子の赤子うんぬんはパー、つまりはセーフ(シグノ的)なのであるんだべし。
男は一度はかならず責任逃れを考える生き物なのだべし。逃れるべし。逃れるべしっ!
 
また、少年とはある意味、口先だけの生き物であるから、実際にどうしたかというより誓い言葉のほうが大事大問題だったりする。目の前に女の子がいればなおさらである。
もちろん、赤い瞳で射抜く3人はそんな少年の心などおかまいなしである。
 
聖母マリアよろしく処女生殖したんです、だから食べたりなんかしたら酷い目にあいますよ、くらいのことはいうんだろうな、と思っている綾波レイ。幸運なのは、意識を失っていたのがむこうだったことだ。疑心暗鬼に陥らずにすむ。ただ・・・・
 
ここで、もし、碇シンジが、自分の名以外の、他の男の名を出したなら、”どうなる”のだろう?ふと考える綾波レイ。その横顔を視てちょっと心配になるノノカン。この二人って・・・・
 
 
「えーと・・・・・・・」
 
 
「エイトマン・東八郎だべしか?ぐふふ・・・」ぱっくりと口をあけかけ涎がわいてくるシグノ。形勢が傾いてきたことくらいおおよそ生物ならば本能で察知する。早々に答えねば・・・・・せっかくのオヤジ頓知を少年羞恥が邪魔をする。
 
 
ちろっ・・・・・
だいたいにおいて閃光系独断型で、事前に相談もせず人の思惑へのかっぱでやってくるこの少年が。はじめて碇シンジがすくいをもとめるように、綾波レイの方をみた。
 
 
よわって、こまったそのかおが、なぜか、
 
 
かわいい、とおもえた。
 
 
こくん、とうなづいた。
 
 
「僕でありますっ!」
 
碇シンジが竜巻のように宣言した。あとわずか遅ければ、シグノにぱっくりやられていた。
たわいもないことで、せっかく退けかけた死の顎に再びやられるところだった。
意識しなければ、みることもかなわないほど小さくたわいもない感情の小石。
それにつまづくところだった。こいし、こいしと。
 
 
「それならそうとすぐに答えるべし・・・・女性を待たせるとしくじるべし」
シグノは人間をやめて久しいが、男であるので笑ってみせた。
 
 
「そ、それより、僕なら貴方に足をあげられる。それも四本・・・・そのかわり、外まで案内してください」
近づきかけた死の顎付近から生存権保証される安全領域まで綾波レイの手をひいてダッシュするように、碇シンジが畳み掛けた。
 
「できるべしか」
「できます」
「ならば・・・・どうするべしか、ノノカン」
「おまけに菩薩骨の手までつけちゃうし!今ならお得ですよ」
「嘘はついてないけれど、シグノは墓の外までいけないでしょ」
「ノノカン、お前が案内するべし。それで、もうここには戻るなべし。旅立つ”この日”がきたようべし・・・・・その条件、受けるべし」
 
 
 
以上、解答編。とりあえず、碇シンジと綾波レイは命拾いした。