「ただいま」
 
 
と、くれば
 
 
「おかえりなさい」
 
 
と、くるのが正しい日本の文化なのであるが。
 
 
 
とうとうとうちゃん、かあたんの元に戻ってきた碇シンジと・・・・綾波レイ。
188体もの使徒に来襲される激戦中の第三新東京市に、二人が帰ってきた。
エヴァ初号機専属(そうでもなくなってきたが)パイロット、サードチルドレン碇シンジ。
と、エヴァ零号機パイロット、ファーストチルドレン、綾波レイ。
 
 
とうとう力尽きた母親に代わり、初号機を実験用から戦闘用にクラスチェンジして引き継ぐ碇シンジと。ダブルオペレーションされていたとはいえ、やはりその体内に宿って駆ることで本来の力を発揮するであろう零号機の戦場への復帰はいまだ相当数の数を残す使徒軍団相手にネルフには心強い限りのことであった・・・・はず。だが。
 
 
どこをどうやったのか、いくら秘密の通路を使ったとはいえ、この二人の出現は唐突すぎた。なぜか、何者も立ち入りを禁止したはずの、碇ユイのいるドグマ内に忽然と現れたのだ。綾波レイのカードキーを使って開けられたのだろう、ネルフ本部でも最強力セキュリティロックのかけられた扉から、ひょこたん、と顔を出すと碇シンジはそう帰還の挨拶をした。けれど、それは、どうもあくまで、「母親」に対してやったものらしく、「なんで父さんがここにいるんだろう・・・・」という顔をすぐにした。即座にした。表した。
 
 
「碇司令・・・・・」綾波レイとしても、事情の分かっている、自分の記憶を保持してくれているユイおかあさんに会うのは望みに望むことだったけれど、帰還いきなしで碇ゲンドウに会うとは思ってなかった上に、気まずかった。碇ゲンドウは記憶を失ったままだと思っているからなおさらのことだ。自分の息子があやしげな少女といっしょに現れたら・・・・使徒か、あるいは上位組織の刺客と思うのではないか・・・その危惧がある。
 
 
家出してもどってきた中学生カップルが、父親と母親、どっちに先に会いたいか、というのはこのような特務機関の本部でもえらくかわらないのだ。古今東西絶対の真理である。
 
 
まず発令所に顔も出さずドグマ深くやってきたのも、碇ユイにあわんがため。
まさか先にゲンドウに会ってしまうとは・・・・・予想もしなかった。
 
 
「・・・・・・・」碇ゲンドウの方も狼狽えることなどはないが、反応に一瞬、困った。
その前に、良かったことがひとつある。すでに六分儀の衣装からネルフの制服に着替えていたことだ。
日本文化的に、「おかえり」と言ってやるのが正しいことくらいはわきまえているが。
全てが、普通ではない。我らは、普通の家族では、ない。その想いが。
いきなりユイの正確な位置を掴んだのが、その証拠。ドグマに現れたのがその証拠。
軽い、恐怖さえ覚える。この二人の子供には。ネルフの総司令たる者にして。
己の目が幻想を見ないことは己が一番よく知っている。これは本物だ・・・ならば。
 
 
 
カツ・カツ・・・・靴音強く、碇ゲンドウは子供らに近づく。
そして、手前で止まる。白い手袋を脱ぐとケロイドの走った手の甲が現れた。そして。
 
 
ごつん。
 
 
綾波レイの頭にげんこつ。ごつん、というよりは、こつん、に近い。
「どこへ行っていた・・・レイ」
夕暮れよりももっと遅い遠き山に日は落ちて帰った娘に暖炉の前の父が教え諭すように。
 
 
「あ・・・あ・・・・碇司令・・・・わたしを・・・・」覚えている?・・・なぜ
軽い、軽すぎる頭の痛みより、そのほうがはるかに衝撃。そして。
 
 
 
ゴズン
 
 
「どこへ行っていた・・・シンジ」
碇シンジ、息子のドタマに手加減ないゲンコツを落とす。雷ドラ息子を徹底的に懲らしめる、お灸の代わりに溶岩玉で性根を焼き直す一撃である。鉄は熱いうちに打て。温度が綾波レイの時とはまるで違う。・・・ちなみにこれは、「ああ、これが本当の家族なのね」とか羨む類の温度ではない。やられた方は単に痛いだけ。教育に能書きは必要なし。
 
 
「あーいーたー・・・・・・・・・・・・・しんこうべだよ。綾波さんを連れ帰りに。
でもなんで、父さんは綾波さんのことを覚えてるの?」
ほんとに痛かったのか、ほかに気になることがあるとすぐに痛みを忘れる体質なのか、碇シンジはしばらく頭をおさえつつも、反抗も泣きもせずに肝心なことを聞いた。
ちなみに、碇ゲンドウの方も相当ゲンコツが痛かったことをつけ加えておこう。石頭め。
 
 
「・・・・・・シンジ、よくやったな」
よく考えてみれば、息子はユイの命令で動いたわけで、その黒幕のユイを怒らねばスジが通らないような気もする。結局のところ、手ぶらではなくしっかり任務を果たして帰ってきているのだ。誉めてやってもおかしくない。というか、ゲンコツでは割が合うまい。
しかし、威厳でごまかし、あとは誉めて誤魔化しておく碇ゲンドウである。
これをずるい、というにはあたらない。立派な父親術、ファーザーズテクニックである。
しかも、なぜ覚えているか、というより・・・すっかり忘れていて、実は途中で思い出したのだ、などと余計なことはいわない。これもゲンドウ式である。沈黙は金なり。
 
 
碇シンジにしても、綾波レイがゲンコツくらったのに自分だけが無事だというのも、男としてちょっと格好がつかないので文句をつけるわけにもいかない。この乱暴さに綾波レイ当人がなんだかじー・・・んと感動しているようでもあるので、出る幕はないしい。
別に、父さんにほめられるために行ったわけじゃないんだけどなあ。
じゃあ、母さんにほめられるためにいったのだろうか・・・・・・そうかもしれない。
惣流アスカもそれならば「あんたバカあ」とはいうまい。
 
 
とりあえず、簡潔に帰宅儀式を済ませた少年少女は、今度こそ目的のあの人の前に立つ。
 
 
「おかえり、レイちゃん。待ってたわ」
「おかえり、シンジ。ちょっと遅いわ」
 
 
まだ操縦試験管の中であるが、確かに碇ユイの声で帰還を喜ぶ、出迎えの、日本文化的に正しい迎えのあいさつ。よく、帰ってきたわね・・・姿は見えずとも、強い感情の波紋が少年少女のからだに、しんしんと、伝わってくる。おそらくは。
その声がある場所こそが、人のいる正しい居場所。
 
 
「ただいま、帰りました・・・・・ユイ、おかあさん・・・・」
今の、この瞬間で時がとまればいい、と思った。こんなことはもう、ない。
時の流れに垂直に屹立する、これは奇跡のような一幕であることを、綾波レイは知っている。この面子がそろうことなど、もはやないことも。だから、万感の想いをこめて応えた。
 
 
「うんうん・・・・・・この中じゃなかったら、抱きしめてあげたいのに」
という碇ユイの言葉に、じゃあ自分がその筒の中に入ればいいのね・・・と思ってしまう綾波レイ。碇ゲンドウと碇シンジさえいなければ、すぐに脱いでいたかもしれない。
 
 
「ま、それは使徒を全てぶち倒してあとに、ゆっくりやりましょう!どんちゃん騒ぎの大宴会をね!。そのときは寝かせないわよ〜。とにかく、お仕事を完遂しないと。寝覚めも悪いわ。まー、さすがに半分近くは倒したんだけどね、あと半分残ってるのよ。なんせ数が多くてね」
「ああ、あの赤い入道雲みたいなやつだね・・・・途中で見たよ」
「やっぱり、シンジ、あなたの不在がばれてるみたいね・・・・・数を出してくればなんとかなると思ってるんじゃないかしら。ともあれ、ここから一気にいくわよ!!・・・・
 
・・って、なんでレイちゃん、いきなり顔色が青ざめたの?」
 
 
「使徒にばれる・・・・・情報漏れ・・・・・」そのことが綾波レイを天国から地獄へ突き落とした。居場所はここだとおもっても、自分の立場はなにも変わっていないことが。
 
 
「ああ、さすがに雲をいくつも突き抜けてくるとかなり濡れたから・・・・・このあとすぐに腹ごしらえするよ、なにか温かいものを食べれば治ると思う」
 
「?」碇ゲンドウと碇ユイは夫婦して顔を見合わせる。筒の中だが、夫婦力によって見合わせたのだ。そんなものなのだ。
 
「?・・・・シンジ、もしかしてレイちゃんに”なんか”したんじゃないでしょうね・・・そんなドラゴンボールZのオープニング主題歌みたいなこと言ってるけど。ファーラウェイを二人して疾走するにゃあ、まだ早いわよ」
 
「なんかした、なんて言われると・・・・・・・と、どうなんだろう。あれも、”なにか”したうちに入るんだろうか・・・・ねえ、綾波さん」
女の子にこんなことを面と向かってヌケヌケと聞くとは・・・・再びゲンドウの溶岩制裁修正拳骨が飛んでもおかしくはなかったが、ゲンドウも小難しい顔をしつつ聞く体勢。眼鏡を押し上げている・・・あまり意味はない。自分の息子、つまりある意味、分身が、若さと無知にまかせて夏のセミがミンミンと鳴くままに、どこか行き着くところまで流れてしまったのだとしたら・・・・分身のやらかすことであるから、男親としては座りが悪い。
 
 
「・・・・・・(ぼっ)」
綾波レイは冷凍地獄から灼熱地獄へ。じごくなのは代わりがない。救いもない。
ただ、地獄には使徒はいないのだ。奇妙な事実だが。代わりに鬼が盆踊りしてる。
どうも碇シンジの近くにいると、人間が不真面目になるのか、エヴァで使徒を倒しまくる初号機のパイロットのせいか、使徒がなんじゃい!!ファイト一発!というリポビタンな気分になってくるう。濡れそぼって心配するのがばからしくなってくる。
 
 
「一応、わたしも・・・・いいと・・・・言ったことだから」熱っぽくかすれた声で。
 
 
ますます怪しい・・・ただ、双方合意の上で、しかも誰も見てなくてばれてないのなら、それはそれで他の者が口をだすことではない。しかし、少々誤解を与えたかもしれない。
特に、碇ゲンドウ方面に。なんせ、己の分身のやることであるから。
 
 
「ホットチリドッグなんかいいかな・・・・・それとも、ニンニクラーメンチャーシュー抜きとかのほうがいい?」
「あ、らーめんが・・・・・いい・・・・あ」
 
答えてから気がついた。
 
特務機関ネルフ、その本部の最奥部施設ドグマの中でなされるべき会話ではないことに。
碇シンジは・・・・碇シンジはしかたがないかもしれない。彼はそういう人なのだ。
 
けれど自分は・・・・・・反省しようにもすでにここは深い穴の中。
 
 
 
「レイちゃんが・・・・シンジ化・・・・・やはり、まずかったかも・・・」
「レイが・・・レイが・・・・・」ゲンドウとユイ、ぼそぼそと悩める碇夫婦。
 
 
 
「母さんが帰るまでは・・・・・何も考えずに、全力でやろう、綾波さん」
碇シンジが耳元で、ぽそっと、ささやいた。「そのための、母さんなんだから」
どこかで聞いたようなセリフを。しかも、意味がちょっと不明だが。いつも何も考えてない碇君に言われても・・・・と言いたいところであろうが、綾波レイはうなづいた。
結局のところ・・・・・彼は、とらえどころがない。けれど、それはもう憂鬱でも陰鬱でもない。碇君はそういう人なのだ。それでいいのだ。ぼんぼん。
夫婦間の協議も終わったようだ。
 
 
「現在は戦闘態勢だ。事情はあとで聞く」碇ゲンドウが断言した。
どちらに力点がおかれているのか。とりあえず、そろそろ総司令に復帰する。
 
 
「で、シンジには初号機、レイちゃんには零号機に乗ってもらうんだけど・・・・
シンジの方は、戦闘態勢でもあるし、葛城さんやアスカちゃんにみんなの前でビンタの2,3発でもはってもらえればそれでケジメがつくとして・・・・」
 
「はいー?!そうなの?!なんで?!」
 
「そういうものなのよ・・・ピンチにある女性を待たせた野郎はフクロにされて簀巻きにされて五条大橋から吊り下げられて一晩鴨川の流れを見ながら愛の短歌をひねらされても文句はいえないの。ねえ、あなた」
 
「う。うむ・・・・・・」しかし、あれがピンチというのは果たし合いの相手があまりにも・・・絶対完全優勢だっただろう・・と過去を思い返しつつ沈黙をまもる碇ゲンドウ。
 
「それに比べればビンタなんかですむのは今が戦闘態勢だから。シンジは運がいいのよ。あの気性の激しい二人にこれだけのことをやって、それだけですむのよ。感謝しなきゃ。この非常の時に・・・そうでなけりゃ肉屋さんに連れ込んで挽肉にしてウインナーにするくらいのことはするわよお」
 
「そ、そうなのか・・・・・」ゲンコツをくらってさらにはビンタまで。男の子はつらい。
そろそろ後悔しはじめた碇シンジ。人生をビタンと一発、と教えられる日。
 
 
「それで、シンジとちがって簡単にはいかないのがレイちゃんの方。なんせ、みんなレイちゃんのことを忘れてしまっているからねえ。零号機で同じことをやって思い返してもこの戦闘状態じゃ逆にかなり混乱するでしょうねえ。皆、わだかまりってのがあるでしょうから・・・レイちゃんのやったことはひどく身勝手なコトよ。それは、分かってるわね」
 
 
「・・・・・・はい」
 
 
「まあ、そんなにしょんぼりしなくていいわよ。わかってくれればそれでいいの。
自分で考えて、正しい、と思うことはたいてい身勝手なもんだから。わたしもそうよ。
それだけに、それを実行すれば大量のことを切り捨てることになる。覚悟がいるの。
今回のことも、シンジを使わしたけど・・・次はないわ。レイちゃんの覚悟に任せる」
 
 
「・・・・・・はい」
 
 
「で、こういうシナリオを考えたのよ。とりあえず、戦闘が全て終了するまで・・・・・レイちゃんに対する、皆の記憶は元に戻さない」
 
「ええっ!!?なにそれ!」碇シンジが異議を申し立てようとする。
 
「話は最後まで聞きなさい。で、ね・・・・・ふっふっぐ・・・・・」
 
 
「河豚?」碇シンジと綾波レイのぼけゆにぞん。
 
 
「ふらっと風のようにピンチに現れた、通りすがりのファーストチルドレンって設定はどうっ!?」
 
 
「あっしにゃあ関わりのねえことでござんす、とか言ってそのまま通り抜けていきそう・・・・・」
「通りすがり・・・・」完全に世代が違う。理解されない。それをかっこいいと思うかどうか。要するにそういう問題なのだが。しかし、ネルフ的、特務機関的にそんないきあたりばったりなことでいいのだろうか。「ふむ」ゲンドウはしかし、まんざらでもない顔。
 
 
「シンジたちには分からないかもしれないけどねぇ・・・・」どこかうっとりした声色で。
 
「これはウケウケにウケるわよ」
 
ウケればいいのだろうか。ウケれば。子供たちは大人の考えがよくわからない。
まるで特撮ヒーロー番組の中間期の会議のようだ。
これを受け容れないことはとくだん十代の感傷では、なかろう。
 
「特に葛城さんあたりなんかに。もうばっちりに。メロメロよ。アスカちゃんにもちょうどよいライバル登場!って感じでこれまで以上に燃えるんじゃない。
そういうことにしておけば、シンジがこの時期に第三新東京市を離れたことにもいかにもな言い訳がつくし、総司令である碇ゲンドウさんがいつの間にか発令所から姿を消していたことにも納得してもらえるわけだし・・・・まるくおさめるのはそれが一番」
どんぶり勘定のユイ、どんぶりというのは丸い。皆がその中にはいれるように。
 
 
やばくなればチルドレンをどこからともなく呼んでくるのがマルドゥックと違い、ネルフのお家芸だ。確かに言われてみれば違和感がない。ふざけているようで、抜け目がない。
おそらく綾波レイ、ではなく、ファーストチルドレン、として認定させないとたぶん、他の記憶を封印された者たちの目にもうつらないだろう。透明人間を連れてきたようなことになってしまう。その方がレイちゃんには辛いだろう。皆に説明、言い訳する時間もない。
後半に控えている使徒はより強力、よりタチが悪いだろうコトは当然予想される。
 
自分の刻限ギリギリでシンジが帰ってきてよかった。・・・・・んだけど。
 
口には出さないが、エヴァ初号機の操縦が自分から、元のシンジへチェンジすることへの・・・元に戻るのだから心配することはないのだが・・・・不安の払拭の意味もある。
実験用が戦闘用に敵うはずがないのだが、素人は安定性を好む。シンジのようなピーキーな設定はまともな人間の頼るところではない。この世で三人しかいないエヴァ玄人の一人がいう。シンジをけしかけるのはアスカちゃんにも出来るが、止められるのはレイちゃんしかいない。ほんとに、よく帰ってきてくれた、と思う。
今はその重要性に二人とも気づいていなくとも。ここらでいっちょう、成長著しかったアスカちゃんと同じように二人にも成長してもらわないといけないしね。
 
 
「そういう段取りでいいかしら?レイちゃん」
怪しいレスラーのように数字子供の仮面をかぶって登場、などと・・・ちょっと物悲しい扱われ方ではあるが、もとは全て自分のせい、身から出た錆、であり仕方がない。
その方が、気が楽ではある。潔さが咎めるところがないわけではないが、碇ユイの発案であるから素直にのめた。母親にのませてもらう苦い風邪薬のように。甘い。
 
 
「はい」
 
 
この愛しい空気に忘れそうになるけれど、自分はいったんこの都市にいる人間全てを裏切った。全てに信頼されていたわけではないけれど、裏切りというのはそういうこと。
綾波レイの、武士なみに潔すぎる観念は、そう感じていた。
この、どういうわけだか自分を覚えていてくれた、碇家族の領域から離れれば、冷めた視線、凍った顔、鋭く尖った氷の言葉が十重二十重に八雲銀竹に待ち受けていることも。
それでもいかなければ、ならない。
ユイおかあさんがみてくれているあいだは。恩をかえしたい。望みにこたえたい。
それだけを考える。碇君の言葉は正しい・・・・・・それ以外になにもないから、正しい。
 
 
「行くぞ・・・・シンジ、レイ」
碇ゲンドウ総司令が、一番先に碇ユイに背を向けた。これより使徒戦へ。
 
 
「いってらっしゃい・・・・レイちゃん、シンジ、あなた。しばらくすればわたしも発令所の方へ行くから・・・・・あ、あの足音はリツコちゃん・・・・来たわねー、あなた」
「ああ、分かっている・・・・待っている、ユイ」
「母さんが戻って来る前にまとめて片づけるよ。そして、しんこうべで会ったことを話すよ。いろいろあったんだ。いろいろと・・・・ね、綾波さん」
「え、ええ・・・・」
 
「ふふ。それは聞き逃せないわねえ・・・・・・がんばってね、二人とも・・・もちろん、碇”司令”も」
碇ユイの眼力は、わずか5ミリほどであっても、碇ゲンドウの下唇がぶーと不満げにのびたことを見逃さずにすかさず適切すぎるフォローをいれさせるのだ。それを聞いて夫の肩がむふふと一�僂曚廟垢蠑紊�ることも。
 
 
けれど。
 
 
三人が室内から出ていってしまったことに、ふとわずかな胸に去来する黒雲のような疑念。
「母さんが戻って来る前にまとめて片づける」・・・・・と。シンジは言った。
その、”まとめて”だ。それが自分の息子の場合、単なる好戦的な威勢だけではありえないことを母は知っている。ほんとに”まとめて”片づけるつもりでいるのだろう。
最強の福音をその手に取り戻した息子の言葉。
しかし、どうやって?はう?・・・・・・・悪い予感がした。
いきなりずがーんと大暴発しそうな・・
暴走とか暴発とかいうものは予想がつかないからそう呼ばれるわけで。
レイちゃんを呼び戻して注意しておく・・・・?ちょっとかっこわるいけどそれも考えた。けれど、ここは息子を信用しておくことにした。さっき夫に言った手前があるし。
 
 
「でもちょっと・・・・・早く発令所に戻った方がいいかも・・・リツコちゃーん、早く来てね」
シンジのシンは信じるのシン。もちろん、息子を信じてますよ。いえもうそりゃ、うちの息子に限って・・・。うちの息子ですからねえ・・・・・自慢の。
しかし、一時間後、その母の悪い予感は見事に的中することになる。
 
 

 
 
「も、燃えるっ・・・・燃えるわ」
 
葛城ミサトがブルブル震えている。「絵にかいたようなご都合主義・・・・こんなことって現実にあっていいの・・・・ああっ、ネルフに奉職しててよかった!!」
日向マコトの手を握りつぶさんばかりにして葛城ミサトがその血を燃やしている。
その熱き瞳には、一人の少年、一人の少女を映している。映された方もこりゃ熱い。
 
 
サードチルドレン、碇シンジ。
ファーストチルドレン、綾波レイ。
 
 
碇ゲンドウの紹介は碇ユイとの段取り通り、「通りすがりのファーストチルドレン」・・・・・ではなかった。ユイ本人はいたく気にいっているが、いくらなんでもそれで皆が・・・若い連中が納得するはずがない。木枯らしなどに吹かれたことのない人間もいまや多いのだ。「総司令碇ゲンドウの命令で極秘裏に、とある結界に人知れず隠れ住んで己が技量を磨いていざというときに備えていた、ネルフの秘密懐刀チルドレンを碇シンジが連れに行っていた」という設定になった。赤木リツコ博士にもこちらの方がウケがよい。というより、それくらいでなければ、いくら今目の前でご都合主義万歳!をしている葛城ミサトでも納得せぬだろう。いくらなんでも”通りすがり”というのは・・・・
それに救われる方の沽券(土地などの売り渡し証文・売値のこと)にもかかわる。
おまけにいうなら、ユイはすっかり忘れているようだが・・・・・それは自分のことだろう。
 
「人知れず秘境で技と力を磨いていたなんて・・・まるで人類の決戦存在ですね」
葛城ミサトの熱が伝導したのか日向マコトも燃えている。
「そんな子がネルフの使徒の大量降臨というピンチに現れて、エヴァに乗る・・・・う〜・・・・なんて燃える。燃えすぎだわ。天に見下げる使徒共よご都合主義だと笑わば笑え!
待ってたわ、綾波さん!・・・・特務機関ネルフは貴女を歓迎します!よく来てくれたわ」
「レイで・・・いいです」
 
「そう?じゃあレイ!エヴァ零号機についてはどれくらい・・・」
「はい、赤木博士から。構造はすべて・・・知っています」
 
「シンクロ率も問題ない。すぐにでも戦闘可能だ・・・・」
碇ゲンドウのフォローに、発令所全員から驚きの声。起動可能と戦闘可能、その間には天と地ほど差がある。この状況で、碇ユイほど・・は期待できずとも、ただ歩けますレベルがやってきても死なせるだけで嬉しくない。総司令碇ゲンドウがそこまで断言するからには・・・さぞ使えるのだろう。碇ユイから碇シンジに「元通り」になった初号機の「穴」を埋めてくれるほどに。まさしく、碇ユイの眼力は正しい。
作戦指揮の葛城ミサトの目尻がほう、と下がった。碇シンジの手前、おおっぴらに「それじゃあ安心ね!」などと無神経なことはさすがに言えないが、目は心の窓、正直だ。
 
「ふう・・・間に合って良かったです」碇シンジもいかにもたこにもな冷や汗をぬぐってみせる。「綾波さんがいれば、もう安心ですよ」などと周囲をさらに期待させ煽る。
碇君のうそつき・・・・綾波レイは内心でつぶやく。
 
「なにはともあれ、無事に帰ってきてくれて・・・ありがとうシンジ君。
それから、極秘任務ごくろうさま。あとでこってり豚骨のように詳細を教えてもらうとして・・・・」最高の笑顔でかなりおとろしげなことを言う葛城ミサト。臨、として正面モニターを振り仰ぐ。そこには戦闘続行中のエヴァ弐号機、惣流アスカがいる。舞踏のように使徒を斬り薙払う。美しい。その力はしばらく見ない間に、深さと怜悧さを増していた。チルドレン、として単独で都市を守り抜いた炎の色の機体を駆る少女。
 
 
「アスカあっ!シンジ君、帰ってきたわよう!」
 
「なによ今頃今さらこんな時間に、帰ってきたなら上がって来なさい!!このバカシンジ!!」
 
打てば響くは言霊火花。強く明るい照り返しがある。鍛えられた声は清冽な一撃。
二人とも、きれいだな、と碇シンジは思った。惚れ直した、というか、きれいさを思い知らされたというか。なんでこんなに明るいんだろう。太陽がダンスしてるようじゃないか。
母さんに似てる・・・。碇シンジのみならず、発令所の者は確かにそう思った。碇ユイが発してきたものはあの人が下がろうと消えず、この二人に引き継がれて輝き続けているのだと。綾波レイも、そう感じた。ユイおかあさんに近いものを、なぜこの二人が。
鉄の塊が強い磁石のそばにいて、その磁力を学んだように。影響されたのか。
 
 
「うん。今行くよ・・・・アスカ」強くうなづく碇シンジ。男の子ならそれしかあるまい。ケージに向かって駆け出す。「それじゃ、行こう。綾波さん」綾波レイの手をとって。
とりあえず、エヴァ零号機に綾波さんを乗せてしまえばこっちのものだと碇シンジは思っていた。こういうものは「流れ」である、とさすがにしんこうべで学んできた。
それに乗りさえすれば、物事はわりあいうまく運ぶのだ。何食わぬ顔をしつつ。
 
 
「ちょっとまった・・・・その子は何?」
使徒を真っ二つに切り裂いて、返り血浴びぬ修羅の舞。それをちょうどよいところで切り上げた惣流アスカは碇シンジの隣にいる、見知らぬ赤い瞳の、病院からいま退院したばかりのよーな、病的でか細い(と、惣流アスカには見える)少女を問うた。
 
 
「まずいなあ・・・」アスカは関門だとおもったけれど、やっぱり止められたか。
聞こえないふりをして駆け続ければいいのだが、碇シンジにはそれが出来ない。
自分たちが留守にしていた間、いくら母さんが一緒だったとはいえ、たったひとりでこの都市を守り抜いてきたセカンドチルドレンに対する敬意と引け目と義理がある。
そりゃあ、使徒がここぞとばかりに大量にやってきたのは自分たちのせいではないけど。
過大な負担を負わせてしまったのは、厳然たる事実。一瞬、全てをうち明けたくなる。
一富士、弐鷹、三なすび。
ファーストチルドレンです、で納得するのは数字を刻印されてない大人と子供。
同じくチルドレンはそれでは納得しない。とくにアスカはああいう気性だし。形式を無視する分だけ、「通りすがりでござんすが、多勢に無勢を見過ごすわけにもめえりやせん。
義によって助太刀いたしやす」とかいう方が納得しやすいかもしれない。
出来ればチェックが入らないうちに、ささささーと零号機に乗せてしまいたかったんだけど。どう説明したものやら・・・・・碇シンジが困っていると
 
「ただいま到着したファースト・チルドレンの綾波レイさんよん。繊細な見かけによらずかなりの手練れよ!!アスカ、シンジ君とレイ、二人と協力して残りの使徒を全部やっちまって!!」
葛城ミサトのこれ以上ないほどにこの場にガッチリと合致した命令が飛んできた。
ミサトさん、ナイスです!戦闘が終わったらサービスします。
 
「へー・・・・ファースト・・・・・第一類適格者・・・・・・まあ、いいけど」
予想外にあっさりと納得してくれた。実のところ、碇シンジは本物を前にすれば、記憶が元に戻ってしまうんじゃなかろうか、と心配していた。嘘で押し通そうとしているのに、真実が明らかになってしまったら、これまた困る。説得にどれくらいの手間がかかるか。
綾波さんの催眠術ははんぱなものじゃあ、ないなあ・・・・・・
 
惣流アスカもそれで納得がいった。足りない情報は想像で補完する。
シンジが母親にもろくに話もせずに急ぎ急ぎで、どこかへ行ったのは同じチルドレンのスカウトのため。おそらくは、碇司令の命令。人材スカウトなんていかにも不適格に思えるが、逆にシンジみたいな、”ああいうの”でも戦っていると知れば、重い腰をあげざるをえない・・・・破壊力だけはあるからねえ・・・それで、直接説得させたか・・・・どうも見たところ難物そうだ・・・今まで参戦をごねていたんじゃないだろうか・・・それとも所属施設が手放したがらなかったか・・・渚のことを考えれば無闇に人間をいれるのは、上からしてみれば面白くないかもしれない・・・あの人形みたいな無表情・・・ギルでよく見た感情を消した顔・・・・あのA・V・Thにもどこか似ている・・・確かにチルドレンらしい。使徒との戦闘態勢にある発令所において身震いひとつ、迷い一つないその立ち居振る舞いで、ただ者でないのは分かる。実力の程は・・・エヴァに乗らせてみないと分からないけれど・・・・・
この状況で使徒戦のリングに上がってくる、てんだから足手まといにはならないわよね。
もしかして、ユイおかあさんがヒロシマで直々に鍛えていた直弟子だとか・・・・。
まさか、いくらなんでもそこまでマンガみたいな展開はありえない、か。
まあまあ、納得のいく物語がむすんだ。ただ、頭の奥でちょっと違和感があるけど。
いきなりファーストでござい、と現れたこの子に反発や反感、対抗心を覚えるかと自分の気性なら当然、思ったのだけど、それが沸き起こらない。ひどく当然な感じで受け容れてしまった。まるで、以前ここにいたのが帰ってきただけ、のような・・・・・
 
 
それにしても・・・・・二人の握られた手を見る・・・・・えらくこいつを信頼してんのね・・・・見た目には壁をつくって人を寄せないような感じではあるけれど・・・・
連れてきた、というのだから、そこそこには信頼されているんだろう・・・。
当初、こいつの手に触れることさえ恐れていた自分と違って。
こいつと一緒に苦労するんだけどね・・・・・まだ、知らないでしょうけど。
惣流アスカの目には優位半分同情半分。
 
しかし、綾波レイもそのことはさんざん知らされている。信頼してるかどうかは別として。
彼と一緒だと苦労することに。しんこうべでも。そして、ここ、帰ってきた第三新東京市でも。やはり。
 
 

 
 
エヴァ零号機、シンクロ・・・・そして、起動成功。
この期に及んでシンクロ失敗のレベルだと困るのだが、それでもエヴァの初起動というやつには成功すると安堵のため息があちこちから漏れる。それくらいエヴァは選ばれた者しか受け付けず、動かせないのだ。碇シンジが案の定、葛城ミサトの気合い入れ(要はセンベイである・・・男の子はつらい)一発のケジメで済んだのはそのためである。
パイロットがいなければエヴァはどうにもならないただのでくの坊でしかない。
角もなければ目も一つしかない零号機などもろにそのイメージだ。
 
 
「ふう・・・・・・」綾波レイ当人も、軽く安堵のため息。虹銀色の泡になる。
ブランクがあったし、なにより碇シンジに食らわせられた「天逆能力」。あのせいでエヴァを動かす能力も皆無になっているのではないか、という不安があった。一端、逃げ出した自分を零号機が認めてくれない、という冷厳な可能性も。零号機には嘘も誤魔化しも通用しないから・・・・・恐れがあった・・・・・「くすっ・・・」なぜか笑いが浮かんだ・・・・ほこっと理由のない泡のように・・・・自分は恐れてばかり・・・怖がってばかり・・・自分こそ恐れられる存在であるくせに・・・・いや、それを考える必要もなかった。今はユイおかあさんが見守っていてくれる。どこか、楽しい。ユイお母さんの前でエヴァを動かせることに晴れやかな浮き立つ気持ちすら、ある。自分のちょっとおずおずとした手を、零号機はしっかり握ってくれた。今日もそばにいてくれる・・・戦ってくれる・・・・待っていてくれた・・・・戦闘記録にユイおかあさんがオペレーションした痕跡がある・・・・それは愛おしいひとつの傷、神経柱の背丈の傷・・・・「イメージを収束するのに邪魔なようなら消去するけれど?」と赤木博士には言われたけれどとんでもない。絶対に消してほしくない。自分の欲しいのは真っ新な空白なんかではない・・・・・・
そんなことを気にしてくれなくてもいいのだ。自分は・・・・自分も・・・・
 
 
「ここにいたの・・・・・だから・・・・・」その呟きは零号機だけにとどく。
 
シンクロ率はまだまだ伸び続ける・・・・脳神経を操るのは、綾波のお家芸の一つ。
それをさわりだけとはいえ学んできた綾波レイには元の素養に加えて、加速度的に魂をエヴァに近づけることが出来た。より深いところへ。精神汚染という酸欠になる前に。潜水ならぬ、潜神か・・・・・潜れることが可能になった。さらにいうなら、所有技能が献能によって桁違いに多くなった。それを零号機で拡大使用すれば・・・・別物に近い戦闘力を発揮することもできる。パイロットが成長すれば、指数的にエヴァもその力を増す。
 
 
それをモニターする赤木リツコや伊吹マヤから安堵から驚きの声が。
「なんだか・・・・病的に高いですね、このシンクロ率・・・・これが初めてなんて信じられない・・・・・あの・・・もしかしてなにか薬かなにかで強化を・・・してるんじゃ・・・」それは不安に近い。それくらいファーストチルドレンの初シンクロ率ははんぱではない。
「特に碇司令からは聞いてないのよ・・・・戦闘可能、というほかには。完全に”秘密”兵器だったわね・・・狙い澄ましたようにこの状況で出てくるわけだわ・・・でも、薬や手術なんかの小賢しい方法じゃ、この深度はでないわ・・・それだけは断言できる」
 
 
「プラグスーツなんかもサイズぴったりだったわ。まるで、あつらえたみたいにね。
まさかそれも碇司令が・・・・・」
耳はいいくせに、聞こえないふりをして葛城ミサト。その動物的なカンは、綾波レイに碇シンジとほぼ同量のポテンシャルを感じるのだ。技量、戦闘知識うんぬんではなく、内蔵する潜在能力・・・それが。機械では計測できるものではない。あくまで、わたしのカンなんだけどね。ストッパー・・・・・そんな役割が浮かんでくる。
 
 
正面モニターには一足先に地上に上がったエヴァ初号機が、エヴァ弐号機とひさびさの合体攻撃(まあ、あれだけ倒しまくってれば気力は十分っしょ)「疾風ワルツ」と新作「流星タンゴ」で取り囲む使徒共をものともせずに、次々に踏み蹴倒している。
「・・・・タワーリングインフェルぷらずまっっっっ!!!」
しかも、トドメのフィニッシュは「いなづま」から「ぷらずま」改良型になってるし。
ユイさんではこれはやれないわねえ・・・・・感心するほどに凄まじくも美しい。
エヴァ起動の一つの頂点なんではないか、とさえ思う。息が合うとかアイコンタクトとかなんとかいうレベルではない。比翼の鳥、連理の枝、というような、無意識レベルで一つに解け合って融合していないと・・・それを考えるとあの特訓も無駄じゃあなかったな、と。
 
 
「あの流星タンゴってのは昔なつかしいジャコビニ流星アタックみたいですねえ・・・」
いつもながらの日向君の解説にも心広く頷いてあげられるではないか・・・。
 
「へぇ、ただ飛び上がって踏んづけてるだけじゃないのか・・・バギーホッパーみたいな・あははっ・・・・ぐふっっ!」余計なことを言って美しい感動を減量させるロンゲ野郎に完璧なスリーパーを施し、星の眠りをプレゼントしたげる葛城ミサト。流れゆく星にかわってお仕置きよ。重力を味方につけているといいなさい。バッタ呼ばわりとは何事。
似たような無粋なことを考えていた発令所の人間の多くがその目つきに怯えて退く。
 
「南米で見たカエルのサンバを思い出します・・・」と言いそうだった霧島教授も青葉君の幸せそうな寝顔をみて、何食わぬ顔でその節をひっこめた。「危険なところでした」
 
 
「確かに、自分たちで編み出した技を使った方が勢いはつくからのう・・・に、してもアスカのお嬢のあの顔は」
「アスカが一番待ってたんですよ。ユイさんに学べることとはまた別として、ね」
 
天王山ターニングポイントだ。作戦部の人間はそれを知っている。もう碇ユイに頼れないとなると、あとは子供たちでやってもらうしかない。今まで碇ユイとコンビを組んできた惣流アスカのリズムの狂いなどを心配していたが、それも杞憂だった。
そういった切り替えは大人でもなかなか出来ることではないが・・・・相方が頼りになったならなおさら。そういう点でも惣流アスカは見事な教育を受けている。
そんなことを言うてる間に、地上に降臨してきた使徒を全て片づけた。およそ三曲。
 
 
それは良かったのだが・・・・・
 
ファーストチルドレン、綾波レイの出番がなかった・・・。
 
 
 
「ありゃりゃりゃ・・・・・・」碇ユイが発令所に戻ってきた。
片腕のない白衣姿に実験着。あいかわらず素敵なお姿だ。母の人間と言うより、それはサモトラケのニケのような、戦闘実験の女神・・・。女神が登場したのだから、人間は崇めるしかない。突如、割れんばかりの拍手と感謝の歓声。葵の紋所を前にしたように平伏するのはまた碇ユイには似合わない。その尊敬の形はあくまで賑やかに晴れやかに表すのが礼にかなっている。
「みなさんも、ごくろうさまです」と労いながら、碇ユイは司令席へ。どちらかといえば、葛城ミサトや赤木リツコ博士のいるところが便利がいいのだが、夫の碇ゲンドウがじいっと待っているのだから上がっていくしかない。ここで行かなければ大勢の部下の前でも手招きするかもしれない。冬月先生も待ってらっしゃるようですし。
 
 
「ユイ君、よくやってくれた」
「ふふ、久方ぶりの起動でしたので。懐かしかったですよ・・・それを身体で感じられる貴重な機会でした・・・それで、戦況の方は」
「ああ、初号機と弐号機でよくやっている。せっかくのファーストチルドレンの出番がないくらいだ・・・それにしても・・・」
「ああ、冬月先生。綾波レイの件についてはのちほど・・・よろしいですね?」
「ん?ああ、まあ・・・・ユイ君がそういうなら・・・・」
恨めしげにゲンドウの方を見ながら答える冬月副司令。ユイ君には逆らえない。
ちょうどここが「爆心地」であったわけだから、頭脳は秀でてもまっとうな人間で魔術の心得のない冬月先生はひとたまりもない。完全に忘れ去っている。戦闘中は”家族の秘密”で、押し切った方がよろしい。碇ユイに後ろめたさなど微塵もない。
そして、自分の目で戦場の方を見改める・・・・・
 
 
まとめて片づける・・・・・・・と、息子は言った。
 
 
こういうことだったのだろうか・・・・・確かにアスカちゃんと一緒にハイスピードハイペースハイパワーでまとめて倒していってはいる・・・・・だけど、それはあくまで地上に降臨したぶんだけ。いまだに天空には使徒が大量に都市を見下ろしている・・・・・
いささか期待はずれたような、その現実性確実性に安心したような・・・・
慌ててやってくることもなかったか・・・だったら、もう少し他のものに着替えて来た方が良かったかなあ、と考える碇ユイ。別に恥ずかしくはないが、周囲が気が散るだろう。
特にここには若い男性諸君も多いし、ね。
 
 
ところが・・・・・・・・・
 
 
「あああっっ・・!!」
 
 
惣流アスカと共に復帰戦第一回快勝を飾った碇シンジがいきなり大声をあげた。
それがあまりにも驚きと悲痛に満ち満ちていたので、全員がびびった。何が起こったのだ?
 
 
「あんなところに、カ、カヲル君の鉾が・・・・・・・転がってる・・・」
エヴァ初号機の指さす先には・・・・・ゼルエルの鉾。普段はそのあまりの超巨大さゆえに地下道路に埋設されているはずの、初号機、というより碇シンジ専用の特大武器がなぜか地上にころがっている・・・・・ほったらかしにしてある、といった方がよいか。
渚カヲルにもらったもので、そんな風に扱われて碇シンジがおもしろかろうはずもない。
だが、この戦闘中にいちいち片づけているヒマなどあろうはずもない。
「誰か使ったなあ・・・・・・・・・・・アスカ?」
その声には恨みと嘆きがまぜこぜになって痛々しい。
 
 
「え?あ、アタシ・・・」じゃあ、ないわよ、と言いかけて、ちょっとムカっとくる惣流アスカ。もとはといえば、コイツがふらっと出て行くから悪いんだ。碇司令の命令だかなんだか知らないけど。苦労したんだから、ちょっとくらい使ったからっていいじゃないの。こっちに恨まれる覚えなんてないわよっっ!!、と半秒でこれくらいの文言を頭の中で作製してすぐさま言い返してやろうとした、その四分の一秒前に。
 
 
「モグラ使徒よ!!シンジ君」
 
葛城ミサトである。碇シンジを扱うことにかけては世界的権威。たぶん。
世界ヘビー級大嘘つき女子チャンピオンのベルトがウェストに輝いている。ほんと。
鬼の居ぬ間の金棒よ!とかいって使用許可した当人とは思えない言い切り。
 
「モ、モグラ使徒・・・・・・・」
 
「そう、性悪な地下を潜ってくるモグラ使徒が卑怯にもその鉾を破壊しようとしたの。
アスカはなんとか必死にそれをしのいだんだけど、この戦闘続きじゃ元の通りに収納なんて出来なくてね・・・・・・」碇シンジに相当する悲痛な顔をしながらありもしなかった状況を告げる葛城ミサト。その演技はまったく見事で、「そんなことあったかな」と戦闘記録を呼び返して確認する者までいたし、「地下からの攻撃・・・・」事情を全く知らない綾波レイなどもあっさり信じた。
 
 
「そ、そうだったのか・・・・疑ったりして、ごめん、アスカ・・・・」
素直に信じて素直にあやまる碇シンジ。
 
「わ、分かりゃあいいのよ。分かりゃあ・・・・アンタの大切なものだもん、黙って勝手に使ったりするわけないじゃない・・・だいいち、弐号機じゃ重くて使えないっての」
ほーら見ろ!、と強くでないのは葛城ミサトの大嘘に力が抜けたせいだ。なにがモグラ使徒よ・・・一歩ひいて考えてみれば、それくらい渚のことを大切に思っているのは、そう悪い気はしない。
 
 
「と、いうわけで怒りは全て使徒の方にぶつけるのよ。シンジ君」
嘘つきの自分の方にも当然向けてはいけないの。葛城ミサトも同じく後ろめたさなど微塵も感じない。前だけを向いている。それが必要なこと。
 
 
「はい!ぶつけます!!思いっ切り!」怒っていたらしい。碇シンジの目の色が変化した。
夜の雲の色の瞳に、雷が煌めいている。精神がそこから充電を始めている。
エヴァ初号機はゼルエルの鉾に近づくと、やすやすとその長大な武器を持ち上げた。
あまりの巨大さゆえに単なる物体でしかなかったものが、戦闘の意思が通う武器になる。
 
 
Vヴウウウウウウ・・・・んんん
 
 
一振りしただけで、電波状態がかなりおかしくなる。それは周囲の他県にも及んだ。
急に灰色嵐状態になるくらいならまだしも、昔なつかしのテレビ番組が放送されたりラジオニュースで火星人襲来!とか放送したので放送局ははこの異変の対応に追われた。
 
 
「もともと、そのつもりでいたんだし・・・・・そうすれば、綾波さんも戦わなくて済む」
 
 
鉾から生体部品が伸びて、エヴァ初号機の右腕と接続。それと同時に通常は使用せんので鉾に封印されていたプログラム連が目を覚ましていく・・・全て渚カヲルの手によるもので、四号機の指揮駆逐用の権限機能なども委譲される。その中で最も便利かつ恐怖なのは、「天眼(びほるだー)」と名付けられた単独でのATバビロンの超遠距離狙撃用プログラム。これでパイロットに計算能力のないエヴァ初号機でも対大陸間の狙撃戦が可能となる。
 
 
「しばらく、アスカは地下で休んでいて・・・・・・そばにいない方がいい・・・」
機械的な、感情のない、碇シンジの声。膨大なプログラムがダウンロードされている初号機とシンクロしているせいで脳みその方も機械的になってしまっているのかもしれない。
「赤ちゃんが産めなくなるかも・・・・・」
「ぬあっっっ!?あ、アンタねえ・・・・」
脅し文句ではあるまいが、公衆の面前でこんなことを言うとは。しかも静かに。
「弐号機の目にもよくないし・・・・地下の方へ戻っていて」
 
「ど、どーゆーことよ・・・・・」雷電鉾・・・・・・悪魔の鎚鉾・・・あれを手にした途端、雰囲気が、空気が変わったのを肌で感じる・・・・ピリピリとして・・・ダークな
「ミサト?」パートナーの急な変化に戸惑いつつ、指示を仰ぐ。あの鉾は”そういうもの”なのだろうか?何か乗りうつられたような・・・焚き付けたのはミサトだし。
 
29歳の葛城ミサトとて、碇シンジの変化になどついていけない。歳は関係ないか。
初号機のモニター画面を厳しい顔で見つめる赤木リツコ博士の方を見ると、うなづいた。どうも、言うた通りにした方がいいらしい。マヤちゃんと何か小難しい情報処理の専門的なお話をされている。シンジ君の言うことから推察するに、電磁波とかで何かするのか。
あの入道雲ごと”チン”するくらいのこたあ・・・、やりかねないけど。
 
「アスカ、いったん戻って。ここはシンジ君に男を見せてもらいましょう」
「了解・・・・じゃあ、シンジ、ちょっと任せたわよ」
アスカは戦闘時間が連続しすぎている・・・・たしかにここらで休憩させられるのは有り難いといえばありがたいが・・・しかし、いいのか?弐号機には雲中にいる使徒に手は出せない・・・どうせ降臨してこないなら、その間は・・・ファースト・・・彼女でもたせてもらうか・・・・しかし、赤ちゃんが産めなくなるってのは、彼女もまずいってことだし。迷いがないわけではないが、葛城ミサトは即断する。
「シンジ少年は打たれ強さは天下一品じゃからのう・・・・機体も疲れておらんし」
作戦顧問の野散須カンタローも賛同。弐号機はパイロット、機体ともに疲労が激しい。その意気でごまかしてはいるが。無限の性能をもっているわけではないのだ。
一息つけるなら、つけさせておいた方がいいのう。ちょうど使徒も途切れた時分。
 
 
「葛城三佐・・・わたしは」綾波レイである。声に、微量ながら苛立ちがある。
「ああ、レイ、あなたは・・・・・・」彼女が考えてたのと、やっぱ違うんだろうなあ、”ここ”は・・・と思いつつも葛城ミサトは綾波レイに今しばらくの待機を命じた。戦力の個別投入は愚かな話だが、彼の駆るエヴァ初号機はそれ単体で完璧な軍隊。ひとつの群体として考えた方が当たっている。彼がその気になりさえすれば、世界中どこでも、そして誰とでも戦える、何者をも敵にまわして勝利できる、唯一の機体。束縛も契約も知らない、純粋な、はかいのかみさま。おそらく、自らが兵器である自覚すらすでに忘れていることだろう。そういったヤバキチの機体の隣に立てるのは・・・・・立っていいのは・・・・・・ちょっち、あなたじゃあ役不足なのよ。経験がね。要るの。
もちろん、それは作戦部長としての冷静な判断で、もちろん、姉貴分の欲目などは入っていない。
 
 
「”鉾”の先端部への充電度・・・・・1000階を突破しました!・・・・そんな・・・・こんなレベルって・・・・」
そうこうしているうちに順調に鉾へ充電をすすめていく碇シンジとエヴァ初号機。
ゼルエルの鉾と初号機の組み合わせで最も強いのは・・・それは放電兵器として使用された場合であろう。ATバビロンも強いことは強いが、その効果範囲において最大限マックスレベルの放電と比べれば、釣り糸と地引き網ほどの差がある。
碇シンジがなにやらかす気でいるのか、発令所の人間は、そして碇ユイも思い知った。
 
 
まとめて片づける、の真の意味はまさしくこれであった。
 
 
碇シンジは残り全ての使徒をこの一撃で天空から消し去るつもりでいた。
なんとか弐号機などのほかのエヴァがこの鉾を放電兵器として扱う場合、42階までが限度とされる。それは充電の問題もあるが、何よりオーバーロードで人造筋肉が破壊されるなど危険がてんこもりだからである。42/死に、の語呂は伊達ではない。
それがざっと桁を越えて、千階・・・・それすら越えてすぐに千三百近くに。
ネルフ本部で製作されたものではなく、その機能どころか材質もまだ分析不可能な謎が多いのだが・・・初号機が扱うに相応しいというか恐ろしいというか・・・・
塔と落雷、というモチーフはタロットカードにも使用されてきた古いもんだが、それが象徴するのはたいていろくなもんではない。
 
 
だが、碇シンジはかまわない。復帰第二戦にして、自分の現在もちうる最大の必殺技をいきなり使う。別に特撮ヒーロー番組じゃないのだから、番組の最後まで取っておく必要はない。さっさと使ってさっさと倒せばいいのだ。それがかわされたら、どうするんだ!?シンジ君!敵との間合いを計ることも大事なんだ!という特撮ヒーローからの疑問がもしあったとしても、(あくまで、もし、の話だ)この放電攻撃は外しようもないくらいに効果範囲が広いし、威力の方も桁外れ。今更逃げられようもない。雷はどこまでも敵を追い、
これを撃滅する。かならず。絶対に。よけられることもかわされる心配もない。実に碇シンジ向きの命中率を考えなくていい兵器なのだ。オートフォーカス、カメラと同じだ。
渚カヲルとて、意味もなく、最強の使徒の名をその鉾に冠したわけでもあるまい・・・・
撃ち放たれれば、その大いなる雷の衣を纏った死の翼は必ずや天にある数多の使徒を抱き砕くことであろう。べつだん、ヒーローでもない碇シンジの発想は正しい。彼は時間に囚われない。
 
というわけで、2400階まで。たっぷりどっぷりと、先端放電部に電気を貯めあげたゼルエルの鉾は、それを怒鳴り放つのを待っている。エヴァ初号機のその姿は、爆弾と爆竹と花火でつくられた巨大な竜をたくましく自信ありげに剛腕で締め上げる、けれど火の取り扱いを全く知らないジャングルの王者にも見えた。
 
 
「耳栓、しといた方がいいでしょうか・・・・」オペレータがそれでは困るのだが、ここまで溜められた電気が雪崩れ出す時の音など予想もつかない。枕元での大砲、よりももっとすごい・・・鼓膜が破れるなど序の口、脳みそをパンのように台で叩いてこねられるような不安にかられる伊吹マヤ。この地下深くまで地上の音が届くはずもないのだが。
モニター画面の遮光は最大限に設定変更。その機能のないモニタは閉じられた。
それでも、すでにモニタレベルを超えてしまった鉾には言いしれぬ恐怖を感じる。
2400という数値も単に、今まで鉾に溜められていた電力を簡単に計算したものをそのままあてはめただけのもので、正式に計測されたものではない。つまり、碇シンジは根こそぎ使って敵にぶっつけるつもりだ・・・もともと、自分の中にあったものを使うのだから誰に遠慮することはないが・・・・・よく私小説家などが何を考えたかネタに困ったかいきなり銀行の預金全てをおろして周囲に不審がられたりするが、それと同じ。伊吹マヤ、いまは窓口の受付嬢の気持ち。なんで全部使ってしまえるの・・・・赤木リツコ博士の薫陶を受けている割には感化されず常識人で堅実派である伊吹マヤにはそれが怖い。
うーん、シンジ君とはちょっと結婚できないわねえ・・・・・べ、別に、今までもストライクゾーンにいたわけじゃないんですけど・・・。恐怖で混乱してるんです、私。
 
電気がバチバチ、超力招来だすげえ。てなことを考えてほぼ思考が停止している男たちに比べると遙かに冷静だが。
 
 
 
「・・・・もしかして、あいつ・・・発電所とかで修行してきたの?」
地下に降りる弐号機のモニターを見ながら。
鉾が生み出すその・・・ギャラクティカ・ファントムな輝きに、まだ血潮の熱きが失せない惣流アスカが呟く。「やるじゃん・・・・あれくらいなら、”あの技”もいけるかも・・・・考慮の余地ありね」
 
 
 
「碇君・・・・・・あなたは・・・・ほんとうの、あなたは」
零号機のモニターを見つめながら。
綾波レイが、初号機の中で高ぶりもなくただ雷を産み続ける夜雲色の瞳をした碇シンジを感じていた。「人でなく、怪物が使う兵器のよう・・・・・強すぎる」
未来視ではなくとも、今後の予測はついた。鉾に宿る圧倒的な力。あれが残りの使徒をコナゴナに粉砕して全て終わらせてしまう・・・・・それだけの力がある。
嵐を呼ぶ祖母の血が、綾波の力がそれを教える。雷が解き放たれる前より、大気が怯えて震えている・・・それは地より放たれる雷精が、天を犯し貫くことを意味する。使徒にはそれを防護も警護もできないことを。地にある力が天を凌駕している。それが、見える。
 
 
「あんなものを与えて・・・・・・与えられて・・・あなたたちは」
渚カヲルと碇シンジ。鉾を用いた一撃は、いわば、あの二人のいわば合体攻撃だ。
敵などあろうはずもない。効果範囲が広大。どんなバリエーションを敵が保とうと。
常識のある敵は、渚カヲルが担当し、常識はずれた敵は、碇シンジが担当する。
そういうことだ・・・・逃れられるわけがない。
彼の心は結局、分からないけれど、あまり自分を必要とは思ってないのかもしれない。
大事に、とか大切には思ってくれる・・・・よく分からないけど・・・・彼の心の中で、自分の存在は、どれだけの重みをもっているのか・・・・天秤で計るように誰かと比べたい・・・・本当に戻ってきたのは正解だったのか・・・・揺らぎがある・・・
 
 
 

 
 
「それでは、この作戦を”地上の星の金貨”と名付ける・・・・そして、私がこのプロジェクトの総指揮を執る」
 
 
と、ウ$ェ$が仰ったので、レリエルは一安心。下手をすれば自分に指名が来るんじゃないかと思っていたからだった。まったくもって、ご勘弁願いたかった。理由は三つある。
ひとつ、この計画がえらく困難なことであること。ふたつ、出来れば直接に敵対行動じみたことはしたくなかったこと。みっつめは、このウ$ェ$様の発案だということだ。
自分にとって、面倒なだけでなにひとつプラスにならない。が、現実問題として誰かがやらなければならないことではあった。ただ、レリエルはほかの者と違い、自分だけさっさとこの戦空域を離れることも出来たし、その権限ももっていた。のでやる気がおきない。
面倒な仕事はさっきの屋台の片づけだけで十分・・・・ぶつぶつ、ひどいよアスカちゃん。
ちなみにレリエルは後かたづけが大嫌いで、ひとにやってもらうことに無上の喜びを感じるやっかいな性質をもっている。そのレリエルがサキエルといっしょにとはいえ、片づけなどをやったのだ。機嫌もあまりよくなかった。できればもう帰りたかった。
 
 
ちなみに、無事に帰るには、地上からこの天雲を狙うフトドキ者、エヴァ初号機の放電撃をどうにかしないといけない。カタカナで書いたのは、その攻撃が届くから。化け物め。その威力は計測してみると、この場にいる全ての使徒を確実に皆殺しにするほど。
効果範囲がはんぱでないので、足の遅いものは今から逃げても絶対、捕らえられる。
碇シンジが帰ってきた時点で引き上げ時なのだが、それをやらずにあくまで攻めを主張したのがこのざまだ。使徒に人情などましてや、敵討ちなど必要もないのに。人にあてられたか、熱くなるからだ。レリエルは冷笑する。
 
そういう点、ウ$ェ$様の方策は正しいといえば、正しかったがいかんせん時代が違う。
パンと石と魚しかなかったあの時代とはわけがちがうのだ。どうもずれている・・・。
カリスマをもつ数名さえ落とせばすぐに陥落した単純な時代とは。ちがうのだ。
能力は圧倒的なんだけどねえ・・・御名さえ光に満ちすぎて表記不可能なほどに。
こっちの報告を読んでいるようで読んでないから・・・・・偉い方は困る。
まあ、穏健なあの方だからこそ、ネピリムでも使用頻度の高い疫病系のものは使わせなかったんだけど・・・・よしあしだ。
 
それにしても、シンジ君にバトンタッチしたエヴァ初号機はえげつないほどに電撃を貯め込んでいる。一気にこっちを鬼のように殲滅させる意図が見え見えのばればれだ。天の使いの下にいる人間の考えではない。悪魔的発想といっていい。
あの雷量だとちょっとやそっとのフィールドじゃ、障子紙ほどの意味もないだろう。
黙示録の七つの蛇や大海を飲み干す怪物レビアタンも道を譲るだろう、星を珠に掴む天裂きの古龍の咆吼。太陽系がひとつのモーターで駆動しているとして、そのモーターを太古から動かしてきた電池電流の族(うから)。ゼルエルの鉾・・・あれにはそれのざっと一年半分くらいの電力が貯まっている。動かぬ支点と長い板があれば太陽を持ち上げると言った物理老人と同じような例えだが。実現するかどうか。それが異なる。
 
 
そこで、使徒のとれる選択は・・・・・全軍で一斉降臨、そしてエヴァ初号機を叩き潰す、というものしかなかろう。なんせむこうで退路を断ってくれているのだ。言うまでもないが、降伏という言葉は使徒の辞書にはない。退くことができぬなら、戦うしかない。
特撮ヒーロ−が教える。それは敵戦力の集中化を招くことにほかならないのだ、と。
分散化個別投入してきたところを順に叩くため。必殺技は最後にとっておくのだ、と。
毎回ちびちびと設備と資材と資金を使わせ、消耗したところを本拠地に乗り込んで叩く。
それは王道。いきなり無言でズゴ−ンとやりゃあいいってもんじゃないのさ、と。
 
 
繰り返すが、碇シンジはヒーローではない。
決戦兵器に搭乗しているが、決戦人間ではない。
ヒーローでない人間は、大事なところで決められないことがある。
団結する敵勢力にドひどい目にあわされ泣かされる。因果応報、しんこうべにて邪悪の化身として好き勝手に行動してきたツケがとうとう早くもまわってきたのかもしれない。
 
 
一斉降臨して、エヴァ初号機を相討ち覚悟で倒す、たとえ多大な打撃を、全滅に近いダメージを受けたとしても、一柱、生き残ればオレたちの勝ちだ!!と息巻く部下の使徒どもを諫めて止めたのは、自分は屋台の片づけはしなかったウ$ェ$であった。
 
「そんな必要はない。わたしに良い考えがある」
屋台計画失敗の無念を胸に刻んで立つウ$ェ$の姿に、恐慌を忘れ、皆、己を取り戻した。脱ぎ忘れたはっぴに、人を信じて人に裏切られた大使徒の哀愁が漂っていた・・・
黙って、その計画に耳を傾ける。しわぶきの音ひとつしない静寂・・・・必死だった。
まるで、田口トモロヲさんのナレーターが聞こえてきそうね・・・とレリエルは思った。
元来、単独行動する使徒をまとめられるのは・・・・この方だけか・・・さすがに大使徒の貫禄・・・いやさ使徒徳かな?
 
 
さて、その良い考えとは・・・・・・
 
 
「地上から発射されるエヴァ初号機の雷を、そのまま反射して返す」
 
 
というものだった。単純には単純を。まったく、 偉いさんの発想だ・・・・・
そんなこと出来るわけないじゃないか・・・無理だ・・・実務はどうするんだ・・・という声があちこちから漏れた。攻撃反射能力をもつ使徒が残ってないわけではなかったが、とてもあんなものを跳ね返すことも、軌道をそらすことさえ出来そうもなかった。
 
 
「使徒単体では出来なくとも、この場にいる全使徒のその力を結集すれば出来るだろう」とウ$ェ$は言ってのけた。使徒たちの驚きは大きい。協力行動は使徒の苦手分野である。いや、協力行動というのはそれ専門の使徒がやることでその機能を持たぬ他の使徒のやることではない、と元来されてきたことだった。まるで、人間のようにそんなことは・・・
・・・・挑戦するようなことは、神の使いたる使徒はやらないのだ。
 
 
「だが、この難事に挑戦せねば、あの地上の若き新しい敵に打ち倒されるだけだ。
諸君はそれでもいいのか?旧き王者を気取っている場合ではないかもしれん」
あえて、ウ$ェ$は使徒の最も使われたくない言葉を用いて説得にかかった。
相手の最も言われたい言葉を言うか、最も言われたく言葉を言うか。人を動かすのも使徒を動かすにもこれに勝る手段はない。使徒たちの議定心臓にウ$ェ$の言葉が刃となってグサッと刺さった。その痛みはすぐさまウ$ェ$への怒りへ転化した。しかし、使徒たちは知っていた。ウ$ェ$様が自分たちを愛すがゆえに生かすがゆえに、このようなことを言ったのだと・・・・・そのエネルギーはふがいない自分たちへそして地上で身の程知らずに挑みかかってくる・・・憎たらしい鬼面のエヴァ初号機へ・・・・・負けてたまるか
偉大なる天の力。使徒の力、思い知らせてやる・・・・・返り討ちだ!!
 
 
やるしかない、名もなき使徒たちの心がひとつにまとまった瞬間であった。
 
 
「やれやれ・・・」
またしても田口トモロヲさんのナレーターの声が聞こえそうなレリエル。
確かに、ここで止めないと地球環境にも良くないですしね。星に穴が開きます。
赤い入道雲が沸騰する。清らかな天にいぎたなく這い上がろうとする薄汚い悪逆非道の人鬼の雷力を打ちのめしてやるべく。
 
 
天空最大規模の雷反射鏡の製作が真に決まったのは、このときであった・・・・
 
 
 
「えーと・・・・ロタティオン、それから円積法・・・これは・・・・男女ペアじゃないと使えないのか・・・・なんでだろう・・・」
エヴァ初号機のエントリープラグの中で碇シンジが設定に手間取っていた。モニターには様々な錬金術の文様が浮かんでいる・・・いつものように科学的なネルフスタッフもサポートしきれない部分が多々あったせいだ。碇シンジの才能に任せる部分が多い。せっかく膨大な機能を受け継いでも操る才能が・・・渚カヲルと比較するのもかわいそうだが、まさに猫に小判。鉾の中では、世界の裏で脈々と稼働して鍛えられてきた真実の錬金術が呼吸し鼓動している。本格的に動かせるようになるには、多くを学び巨大な時間を注ぐことが必要になるだろう。とりあえず、その気もその時間もないので使えそうな部分だけ使う。
渚カヲルがプログラムしておいてくれた中には、ただでさえ強力な雷をさらに増大増幅、輪廻化させるものもあったのだが、それには錬金術師の白化黒化赤化された精神が要りようだったので、至れり尽くせりのチュートリアルに頼る碇シンジには無理だった。
まあ、使えればいいんだ。とにかく、使徒なんか全部まとめて片づけてやる。
調子に乗って驕り度88%くらいの碇シンジであった。若さ故の過ちかもしれない。
 
 
碇シンジが設定に手間取っているとはいえ、時間はあまりない。
なのに、ウ$ェ$はこの作戦名とやらを考えるのに手間取っていた。
そりゃあ、確かに作戦名「身の程知らずの鉄砲玉をブッチメル埋めて燃やすぞコラ」とかいうより「地上の星の金貨」の方がやる気はでるが・・・・・大した問題ではない気が。状況は切迫してるんだし。けどまあ、指揮を執るのが本人なのだから、文句はないけど・・・・・とレリエルが考えていたところ。
 
 
「そういうわけで、実務の指揮はレリ、お前に任せた」
 
 
ぎょっ。
いきなり責任をふられて驚愕仰天するレリエル。そんなバカな・・・なにが、そういうわけで、だ。偉いお方はこれだから・・・・理由にもなんにもなってない。そんなことを任せられたら自分だけ逃げられないじゃないの・・・まさかそれを見越しての使徒人事?
 
「な・・・なぜわたしごときに・・・・そんな大役はとてもつとまりませんよ!!ウ$ェ$様直々でなければこんなプロジェクトは成功しません!」
必死で断ろうとするレリエルだが、ウ$ェ$はにべもない。
「人間の世界でも、現場は現場監督というものが仕切るものだろう。そして、人間の世界にはお前が一番詳しい・・・・とにかくお前に決めたのだ。若さの力でがんばっておくれ」
しかし、賢明なレリエルはこの方に任せておいてもこのプロジェクトが成功しないだろうなーということも分かっていた。実務にうといからだ。お偉いから下々の細かい仕事など知らないし、できっこないのだ。レリエルよりも賢明なウ$ェ$もそれを知っている。
レリエル以外には無理だろうことも。敵のことを知らぬ者はいかに有能でもこういう場合には不適当であることも。レリエルは苦労するだろう。だが、それを乗り越えてやり遂げることも。単独行動しか頭にない使徒たちに協同で物を造らすこと・・・現場は過酷を極めるだろう。しかも、時間がない。だが、やらねばならない。
 
 
まいったな・・・・この方には全て見抜かれてるんじゃないだろうか・・・・・
レリエルは使徒しれずため息ついた。やるしかないかなー・・・・・・
シンジ君、レイちゃん、それからカヲル君、ごめんねえ・・・・わたしにも立場があるの
使われる身って辛いわね・・・・・けど、まあ今のわたしは仕事に生きる女なの
 
レリエルはファイティングポーズをとると、シャドウでカウンターを放ってみせる。
タイミングはこんなもんか・・・・・あとは絶対領域鏡の反射角度の算定、強度計算・・・・地上のいかなる計算機も問題にならぬ速度で難問をクリアしていく。あとは使徒間の協力を取り付けていく使徒関係の調整・・・これが厄介なんだけど・・・レリエルは顔が広く情報に長けている・・・・ウ$ェ$様のような使徒徳はなくとも、それゆえに。
 
 
ローリング・サンダー・・・・打ち返させていただきます。それも、スペシャルなやつ。
 
 
くふふ