血の雨降って、地固まる
 
これほど、鎧の都、こと第三新東京市の、そしてネルフの現状況を表した言葉はない。
この物騒極まる一句がすべてのひとたちを。
 
天から降ってきた大量のお金を得た代償は・・・・「人間の血」。
その金を拾った者、手に入れた者は老若男女問わず、少しづつ体内の水分を失っていった。
天が人の水にどれほどの価値をつけていたのかはわからないが、すこしずつ確実に死に追いやっていく。返金すればよいのだろうが、それをやろうにも相手は天の上にいる。
まさに天空の金貸しだ。ただでお金が手にはいるほど世の中甘くないわけだ。
 
天から降る赤い雨が、その幻想を思い知らせる。
 
「ミサト、わたしが間違ってたわ」
「誰しもお金は欲しいものね・無理ないわよ」
 
あれだけ言い争っていた割にはあっさりと仲直りする赤木リツコ博士と葛城ミサト。
それは「金成る木使徒有効利用派」と「絶対ブチ倒す派」の和解の瞬間でもあった。
お金が欲しいのは誰しも同じで、それだけ相手のことを理解はしやすい。許すかどうかはまた別の問題だが、それにかまけてられるほどネルフはヒマでなくなった。
ざっとシェルターから抜け出して使徒金を拾った人間は8000人ほど。レトロ光線を受けてないシェルターからは抜けることは出来ないし、そもそも金が降っていることを知らぬままに避難を続けている市民も多々いる。8000という数字は少ないが、それに人、をつけると途端に重くなる。その中には残念ながらネルフ発令所スタッフの家族もいた。大急ぎで使徒を全滅させる必要がでてきた。今までがなまけていたわけもないが。
タイムミリミットが、それも血の水時計で出来た、それが設けられた。
それも、子供や老人、体力のない、血の気の少ない者からやられていくえげつない刻限。
ワケの分からない金を拾うのが悪い、とはいえ。声高にその愚かさを責めるより、血を集める必要があった。次々に水分を補給、輸血していかないと子供などすぐにひからびたミイラになるだろう。そのためには緊急の大量献血を行う必要がある。葛城ミサトと野散須カンタローはすぐにそれを手配した。第三新東京市の地下で人の血が熱く脈動を始める。ドクドクと、つながり流れゆく。天よりの血の雨が地に染み込んでいるわけでもないのに。その中には、看護婦よりもてきぱきと動く霧島マナの姿もあったし、「そういうことならぶっ倒れるまで採血ってください、身体は丈夫です」まっさきにジャージの腕をまくって呼びかけに応じた鈴原トウジ、「今度は吸血鬼使徒の出現か?まさかエヴァに輸血するってわけもない、か・・・しかし今回はほんとの総力戦だな・・・・シンジたち、大丈夫なのか」天を仰ぐ相田ケンスケらがいた。
 
 

 
 
「さすがに・・・・・そろそろ、限界ねえ・・・」
ドグマ内で最後の儀碗を碇ゲンドウに取り替えてもらいながら碇ユイが呟いた。
結局、ゲンドウは先にユイに会いにきたのであった。貧しさでも世間でもなく、単に誘惑に負けたのだ。あの碇ゲンドウが私情で動くとは。部下は幻滅するよか仰天するだろう。
「そろそろ、シンジとレイちゃんに帰ってきてもらわないと・・・・なにやってるのかしら・・・・もしかして、二人で観覧車にでも乗ってデートとか・・・」
力無くもくすくす、と笑ってみせる。隣に夫が、ほんとは神経質な、ゲンドウさんがいるから。「それはないだろう・・・・レイとシンジだぞ」「いやいや、そんなこと分からないわよ」「そうか・・・・そうかもな」「そういう夢をみても、ちょっといいかな、と」
「かまわんだろう・・・この都市にいる間くらいは・・・使徒の降臨は予想外だったが・・・・・初めて使徒に憎しみを感じる・・・」六分儀のゲンドウは軽口(らしきもの)を叩いた。
 
「だから、六分儀に戻ったの?似合わないのに・・・・」
 
「あの対人使徒はうちの者たちの手に余る・・・・」
 
「でもないと思うわよ。魔術だろうが科学だろうが、相手をぶち倒すのに関係ないわ・・・・・もうちょっと待っていればいい。きっとあの人たち、ネルフのスタッフたちの自力であの対人使徒を倒してくれるから。でないと、後々困るわよ・・・・毎週毎週、影の助っ人としてその怪傑味頭巾みたいな格好で登場しなくちゃならなくなる。自分たちでやらせるのが一番!」
碇ユイはゲンドウより厳しいんじゃなかろうか。そう、確実に私よりユイの方が厳しいぞ。碇ゲンドウはニヤリ、と笑った。「その笑い方もちょっと似合わないかも」「なに」
 
「そのかわり、メトロエルが現れたらうまい具合に始末してあげる。それはちょっとアスカちゃんの手に余るでしょうから」
 
 

 
 
そのセカンドチルドレン、惣流アスカは闘魂を失ってすっかり弱虫になって医務室のベッドで円くなっていた。彼女でなければエヴァ弐号機(埴輪魔人型)は動かない。
なんせ二兆円で戦う者の根幹たる闘魂を売り払ってしまったのだ。もう引退するしかない。
伝説の女優のように秘密の洋館にでも引きこもって誰にも会わずに暮らすのだ。お金はあるのよ・・・。
 
さて。そんな惣流アスカを葛城ミサトはどう説得するのか。闘魂を失った戦士を復活させるのは容易なことではない。幻魔大戦でもルナ王女は戦士ベガを説得するには苦労していた。ここは可憐さがキーポイントになるのだろうか?女の子相手にそれは意味ない。しかも、相手は引退後の生活を心配しなくてもいい大金を稼いでいるのだ。道理を説いても情に訴えてもダメであろう。残る手段はただ一つ。
葛城ミサトはその方法を知っていた。碇シンジ、惣流アスカ、少年と少女との暮らしの中で知ることができた。なんで人間は一緒に住むことを、一緒に生きることを選択するのか。確固たる理由の一つを、葛城ミサトは知っている。駆け込んで一声。
 
「アスカっ!!たいへん!ユイさんが倒れたわ!」
 
これでいいのだ。能書きや説明はいらない。これで跳ね起きないならもう終わりだ。
 
「えっ!!!?」
惣流アスカは跳ね起きる。ほとんど脊髄反射の速さで。その速度は弱気の仮面を剥がしてしまっている。青い瞳に力が宿り始めている。エネルギーの急速充填開始・・・
 
「無理がたたってとうとう・・・なんだかんだいってもあの初号機を操るのは相当に肉体的にも精神的にも負担がかかってたみたい・・・・」
 
「そんな・・・・・・・・・・」
その泣きそうな惣流アスカの顔を見つつ、己の罪深さを自覚する葛城ミサト。けれど懺悔なんかしない。このまま嘘フイゴで焚き付けてアスカにはやってもらうことがある。
 
「それでもまだ戦おうとするの・・・・・自分がやらなきゃ誰がやるんだって」
大嘘八百万円のアカデミー女優賞ものの演技の葛城ミサト。言いつつ、自分のセリフに自分でダマされてなんだか目に涙が浮かんでくる。我ながら役者よねえ・・・・しかし、それは真実かもしれない。碇ユイさんはそういう人だ。そのへんがシンジ君とは違う。
ああ、彼が母親の指導を受けて育っていたら、今頃どんな美丈夫に・・・・
 
「ああ・・・・・ああ・・・・・・・ああっっ!」
布団を抱いて吠える惣流アスカ。感動してるのか感極まったのか・・いや、そうではない。
感情を引き落としているのだ。ユイさんという銀行から。
人間は、他人の感情を、心を、預かることが出来る。そう、銀行のように。
分かりやすく言えば、いわゆるジャイアンのいう「心の友よ!!」というアレだ。
その銀行はさまざまで、高い利子をつけてくれるところもあれば、経営破綻で元金割れして返すというとんでもないものや、堅実に預かった分だけなにがあろうがきっちりと返してくれる、といろいろだ。どの銀行に預けるかはまあ、その人の自由だけど。
その中でも、ユイさん銀行はとんでもない常識外れの高利子をつけてくれる人だと思う。
それが外れてないのは今のアスカの表情を見てみればいい。ちっと悔しいけど、とても自分じゃあんな顔はさせられない。アスカからはけっこう預かってると思うんだけど。ね。
裏でバクチでもしてるのか、それで碇司令も惹かれた、とか。まあ、それはいい。
あたしでも碇ユイさんのことを考えると嫉妬まじりでも元気がでてくるんだから!
 
と、いうわけでくれぐれもいっとくけど、これは決してアスカをだまくらかしてるわけじゃあ、ないんだからね。そういうわけで、そういうわけなのよ。人の心にはそういう機能があるものよ。困ったときに心を強力にしてくれる便利機能がね。手持ちの心が尽きても補充できる。まあ、お財布と同じだね。
シンジ君なんかは・・・・まー、あれだわね、預けておくと、退屈はしないわね。
 
「どう?アスカ、行ける?」問うまでもなし、とは思いつつ。
 
「もちろん・・・・でも、あと三分だけちょうだい。ちょっと言っておきたいことがあるの」
「?」なんのことやら、と見る間に惣流アスカは布団にうっつぶして寝てしまう。なんだか無理矢理に眠りに突入したような寝方だが・・・一応、約束なので三分待つことにする。子供のあつかいはそれがコツだ。
 
 

 
 
 
「いらっしゃいませー、アスカを売ってもらえませんか?」
 
 
その屋台に座った惣流アスカさんはびっくりしました。
たまたま仕事帰りに小腹がすいたので、ちょっと寄ってみただけなのに、そんなことを言われたのですから。まじまじと屋台の人を見てみると・・・・・少し、というかかなり後悔しました。ちょっと普通ではありませんでした。江戸川乱歩の少年探偵団のあやしくてふしぎな世界に入り込んだ気がしました。
 
 
三人とも、そろいのはっぴをひっかけるようにして着てはいますが、まるで違います。
一人は長い金色の髪、羽毛色の白い軍服に・・・・・頭から大きながま口をヘルメットのようにしてかぶっていて・・・男か女か分からないけど、鳥のように綺麗な人。
一人は空色の短い髪、白い肌、赤い瞳の居酒屋和服姿の愛想のいい少女。
一人は半分壊れた髑髏の仮面をかぶった両肩の盛り上がった全身緑タイツの怪人物。
 
 
その屋台がおでんなのかラーメンなのか冷やし中華なのかも確認せずに座ってしまったのも悪かったのかもしれませんが、それはあんまり常識外のことでした。
いや、そもそもなんでこんな屋台に座ってしまったのでしょう。
席をたとうとしましたが、お尻に接着剤でも塗られたように身体が持ち上がりません。
 
 
 
「・・・・・、と同じ手に二度とひっかかるもんですか。1.2.3.だああっっっっ!!」
と、闘魂炸裂・気合いもろともに席を立ち上がる惣流アスカ。
 
「あれ。そんなはずは・・・人間の精神力では破れないはずなのに・・・おかしいですね」「さきほど買った闘魂勇敢花・・・・色褪せてもおらずそのままだが・・・・なぜ彼女は向かってこられる?不思議だな・・・・もう別の花が彼女の胸に咲き燃えている・・・」レリとウ$ェ$が首をかしげるが、惣流アスカはおかまいなしにまくし立てる!
 
「さっきの契約はナシ!!つまりノーカン!!分かったわね。ただ返品はしなくていいわ!花なんてこの胸にいっくらでも咲いてくるんだから!屋台の代わりにあげるわ!!・・・・じゃあね!!」
 
言うなり、ぴょんと飛び上がると惣流アスカは屋台に跳び延髄斬りを食らわしてひっくり返した。どんがらがっしゃん!!碇ユイのパワーが宿ったかのような見事会心の一撃である。
「あーっ!!ひ、ひどいー!」
「なんて乱暴な・・・・人の契約、売買の掟は絶対では・・・ないのか?」
「・・・・・・」怪しい三人組の店員もあっけにとられて動けない。
そのままぴゅーと逃げてしまうのも。とてもとても弱気の人間のやれることではない。
六分儀ゲンドウの手助けなど必要なかった。魔術でなくとも魔術は破れるのだ。
人が人として、好調であるのなら。
 
 

 
 
「よし!落とし前終了!!」きっかり三分で惣流アスカは目を覚ました。
葛城ミサトはその件に関してはノーコメント。気合いが入ってやる気があるならそれでいい。これからあの使徒三体をぶっちめてやらねばならないのだ。とはいえ、トドメだけ刺してもらえばいいのだが。 その準備は整っている。体勢と方針さえ整えばネルフの行動速度は疾風迅雷なのだ。葛城ミサトと惣流アスカも駆けながらの打ち合わせとなる。
「で、作戦なんだけどね・・・・・・・」
「ふむふむ・・・・・偽札贋札作戦ん?・・・・なんというか・・・・いつも通りね」
「・・・は、やってみたんだけど、失敗したのよ。一応、技術部の協力も得て精度を限界まで上げてみたんだけどね、吐き出されたわ。さっすが見分けちゃうみたい。モノホンのお金と偽札をね」
「じゃあ、どうするわけ?他のアプローチが?」
「もちろん。”本物の”お金を使いつつも、あの使徒の力を減らしていくような方法がね」
葛城ミサトはケケケと笑った。
 
 
惣流アスカが発令所に到着してみると、モニターには・・・
 
 
腸捻転をおこしたブタのように
 
 
腹痛に転げ回る貯金箱使徒甲乙が映っていた。一体ぜんたい何を食わしたのやら。
 
 
「あらま。効果覿面ねえ・・・・まさかこれほど効くなんて」
葛城ミサトが満面の笑みを浮かべながら。よくもまあ使徒とはいえのたうち苦しんでいる姿にこれほどの笑みを浮かべられるものだが、それがネルフの作戦部長。
「お腹いたーいいたーい、ぶうぶうのぶう、てなもんでしょう!。ざまーみなさい!!」
発令所に葛城ミサトの魔女めいた高笑いが響く。
「それじゃ、アスカ。呻いてる隙にあいつらの首ちょんぎって、そのあと金成る木使徒の方も切り倒しちゃって」
「ええ・・・・分かったわ・・・・」寝てる間に表の世間じゃ血の雨が降ってるし、ちょっち葛城ミサトの気迫がこわいし。しかし、お膳立てがすでにそろっている状況に文句はもちろんない。・・・・シンジのやつもまだ戻ってないのね・・・・・文句はない。
 
埴輪魔人型エヴァ弐号機とシンクロ、祈りをささげると、生気を取り戻した朱色の魔人は情け容赦なく、ヒクヒクと苦しみ続けて回避反撃もままならぬ貯金箱使徒の首を切り落としてコアを破壊した。あまりに簡単で拍子抜けするくらい。これが、あのユイ初号機をも鼻息で飛ばした使徒の最後なのだろうか。それでいいんだろうか・・。
「こっちも倒していいのよね?」
「あー、いいわよいいわよ。あんなのがあるから美しい長年の女の友情が破壊されるところだったんだから。ねー、リツコ博士」
「え。ええ・・・・・人の命にはかえられないから・・・・やってしまって」
マギでの計算はほんとのタヌキの皮算用になってしまった。が、それも仕方のないこと。
ああ、あの資金があれば・・・あの設備とあの実験と・・いえいえ、未練、未練よリツコ。
降り続ける赤い雨が、頭を冷徹な現実に戻してくれる。
そうよねぇ・・・はぁ・・・・それは賢者のため息
 
 
「どっこいしょーー!!!」
エヴァ弐号機(埴輪魔人型)が振るうプログレッシブ・キンタロー鉞アックスが金の成る木使徒を切り倒した。コアも叩き潰した。これにて、使徒三体殲滅。
 
 

 
 
「なんだと・・・・・・?」
ドグマ内で妻とともに勝手独断気味に休憩入っている六分儀ゲンドウは使徒がやられる光景に驚愕した。顔には出さぬようにしてあるが、碇ユイには分かる。ははん、こりゃあ相当おどろいているなあ、と。
なんだこれは。自分の出番が、六分儀の術師としての出番が全くないではないか!!
 
「だから言ったのに。そんな格好しなくても、あなたの部下がなんとかしてくれるって」「・・・・・」
ゲンドウとしては返す言葉がない。部下は使えないより使える方がいいに決まっているが。
しかし、自分の見せ場、しかもユイに見せられる最後の見せ場を奪ってもいいのだろうか。
しかも、部下たちがどうやってあの使徒に腸捻転起こさせたのか、ここからでは見当もつかない。なにやらいつものノリで何か食わせていたようだが・・・・あんなことで対人使徒の魔術が破れるはずが・・・・ないのだが、あった。事実は事実だ。真実を超越する事実。セカンドチルドレンもしっかり戦線に復帰していた。まったく・・・・
 
「信じなさい、あなたの部下を、信じなさい、ゲンドウさん」碇ユイが歌うように。
碇ゲンドウが、使徒戦において信用するのはエヴァ初号機のみ。それを操る碇シンジと碇ユイのみ。ネルフの組織の頂点に立つくせに、それではいかんのだが、使徒戦の真実を知る身としては自然、そうなる。天然災害と自然災害のぶつかり合いのようなこの戦に小賢しい人間の何を信じよというのか・・・・・それはそれで正しい、が。あえて。
碇ユイはうたう。信じよ、と。そして、彼らはやってみせた。
 
 
「ユイ、お前のせいだろう」それでもゲンドウは信じる、とは言わない。
狭量のせいではない。妻のユイがそう言うのは、思いやり、やさしさ以外のなにものでもなく、真実ではありえないから。これほどやさしい女がほかにいるだろうか。これほど人に影響を与える人間もまた。超一流、というのは技能の問題ではなく、一流の人間を造り出すことの出来る夢や憧れを内包する人格のことだ。その意味で碇ユイは最初にして最後の使徒戦の超一流プロフェッショナル。その風格もて、部下たちを一つ上のステージに引き上げた。それだけのこと。感謝の念がわき起こる。この女の横にいられることに。
この時間こそ千金を積んでも惜しくはない・・・・
 
「おかげさまで、もう少しだけがんばる気がでてきたわ・・・シンジとレイちゃんが帰るまで、やれます」
その言葉、決意には強い光輝がある。
「レトロエルを囮に、メトロエルをおびき出しましょう。弐号機もいつまでもあの姿のままじゃまずいでしょ。ほかの皆さんも・・・葛城さんとアスカちゃんのはけっこう可愛いけどね」
 
 

 
 
「で?一体なにをあの使徒に食わせたの?まさか単純に毒物だったとかいわないでしょうね」
惣流アスカが葛城ミサトに詰め寄る。”本物”のお金を食べてなぜあんなに苦しむのか。
よく分からない。分からないついでにいえば、そんな都合の良い使徒殺しのお金の存在をよく知っていたものだ。同居する日常生活を見ている分には、さして葛城ミサトが物知りだとは思えないのだが・・・クイズ番組でも断言しつつよく外すし。
「へっへっへ・・・・あれはねえ・・・」葛城ミサトが満面悦楽を浮かべて滑らかに舌を動かそうとしたその時。理知的。あまりにも理知的なオーラがその驕慢な舌を凍らせた。
 
 
「あれは、”エコマネー”というものです」
霧島ハムテル教授だった。どこからともなく現れた。「うっ・・・・」アイデアの出典が現れてしまっては出る幕はもはやない葛城ミサトは師の影を踏まぬように三歩さがった。
(やっぱなあ・・・・ミサトじゃないとおもった・・・・)惣流アスカにも情けはある。
 
 
「一定期間経過すると振り出しに戻る、という貯蓄の意味を零にした流通を主とした特殊なお金です。物品の購入用というよりサービス労働力の交換、という意味が大きいですね。いわゆる、”日銀による千円相当の借用証書”である日本銀行券とはその点が異なります」
 
「振り出しに戻る・・・っていうのは回収されるってコトかな?じゃあ確かに貯蓄する意味もないわね。なるべくさっさと使った方がいいわ、そりゃ・・・・ああ、貯蓄性がない、つまりは利子がつかない・・・けれど、お金はお金・・・・で、中毒。そういうことか」
 
「古くは、結い、手間換え、万雑などと呼ばれた共同体内部での集中的な人手を要する時に同じ人数の労働力を提供しあったシステムが基盤になっているようです。それぞれ地域によっていろいろな名称がありました。北海道の”くりん”、富山の”きときと”、”夢たまご”、”どらー”、長野の”ずらあ”、”いーな”、草津の”おうみ”、多摩ニュータウンの”COMO”、東広島の”カントリー”、宝塚の”zuka”、愛媛の”だんだん”、高知の”エンパサ”、沖縄の”ザマミ”、千葉の”ピ−ナッツ”など・・・・」
 
この調子で霧島教授の講義は続く。しかし、誰も逆らえない。聞くしかない。
大卒である惣流アスカもこの手の講義はまあ、嫌いじゃない。
 
「・・・他人の人格、または財産に障害を与えた場合の罰金は古くから定められており、メソポタミア北部のエシュマンナ王の法典によると、人の鼻に噛みついた罰銀は銀1ミナ(ほぼ五百グラムですね)、顔面への手打ちは10シケルでその六分の一、というわけです・・・」
しかし、黙って聞いてりゃなぜメソポタミアのビンタの罰金の話になるのだろうか。
 
「・・・・ルベリアでは四種類の加工がなされた鉄のペンがお金として使われていました。棒の半分はねじられており、半分はハンマーで打って潰され、先端の一方はひっぱられ、もう一方は刀のように研ぎ澄まされている・・・これは四種類の方法で加工できる良質な鉄であるということなんです・・・」
 
興味深い話かもしれないが、ルベリアというのはどこの国?いかん、このままではメトロエルが降臨するまでずっと講義を聞き続け、単位をたくさんもらって霧島大学人文科を卒業できてしまえるではないか。
 
「あのー、霧島教授。さきほど、エコマネーの存在が過去形になっていたんですが、今回使徒に食べさせたものはどうやって手にいれたんですか?霧島教授の所有物とか・・・」
質問に見せかけて無理矢理本題に戻す惣流アスカ。ほぼ全員が「ナイス!」のサインを少女に送った。発令所の面子はいちおう大卒院卒ぞろいであり、どうも本物の学問を修めた教授系の人間にはどうも弱いのだ。正面切って逆らえない。しかも霧島教授だし。
 
「いえ、それは葛城作戦部長のお手柄です。セカンドインパクト以前の骨董品ですから・・・・・ある意味、喪失した美術品を探すより困難なお仕事だったと思いますよ。まるで映画のプライベート・ライアンですね」
 
「ははは。いえいえ、アイデアまで出してもらって動かないわけにはいきませんから。
あ・はは・は・は」
霧島教授にいきなり誉められて嬉しいのかこそばゆいのか居心地がわるいのか、もぞもぞと歯切れの悪い笑いの葛城ミサト。だけれど、確かに霧島教授の仰るとおりで、いくら強権のきくネルフとはいえ、こんな混乱した戦闘避難状態で骨董古銭切手屋を呼び出して買い求めるにしても相当苦労したろうに・・・・よく手にいれられたものだ。
惣流アスカは「ミサトもやるじゃない!」という最高の笑顔をおくってみせた。
なるほど、惣流アスカの中にも預けられた葛城ミサトの感情はあるのだ。
「ふっ・・・見直した?ってか惚れ直した?」調子にのってのVサイン。
 
 
に、しちゃあ、さきほどの歯切れの悪い笑いはどうしたことやら・・・・・
 
 
その理由は日向マコトだけが知っている。
上司がエコマネーをこんなに迅速に手にいれたのは、実力と言うより単なるカンであることを。カン、というのも恥ずかしい、柳の下に2匹目のドジョウを頼んで、たまたま運良くそれはあった、というだけのことなのだ。それにしても、よくあんな子が持ってたもんだ・・・さすがはシンジ君の友達だけのことはある・・・ただものじゃない。
メギ事件において、青葉シゲルにも讃えられた、地上の月読、日陰の少女、マイナーの国の王女様。シャドー・プリンセスこと・・・2015年の現在において、ホームページなんて趣味をもっている、誰も記憶にとどめていない忘れ去られたことならまかせてちょうだい!・・・と言うわけもないが、山岸マユミ。
葛城ミサトはそのアイデアを聞くなり、彼女のところへ直行し、事情を話して家の鍵を借りると速攻で取ってきたのである。その手際はその道30年の空き巣のオッサンもびっくりの鮮やかさだったという。そりゃあいいが、とても作戦部長のやることではない。これがあたりだったからいいが、外れだったら面目まる潰れだ。
「結果オーライよ、日向君!」と葛城ミサトはのたまうが。確かに、結果としてほかの確実検索方式など問題にもならぬスピードで取って来れたが・・・。自分にはできない。
まあ、その過程を知らぬ他の人間・・・惣流アスカなど・・・には言わぬが花だろう。
 
 
三体の使徒がやられると、血の雨赤い雨はてきめんに薄れだした・・・・・
あれだけあった大量の天から降ってきたお金も、タヌキの化かし小判のようにただの水になって消えていった。結局のところ、第三新東京市の住人は、しばしの黄金の雨夢を視たのだろう。使徒に化かされつつ。血を抜かれて。
「なんだったのだろう・・・・」自問自答しても答えは出ない。
金というのは融通無碍な力である。これ以上ないほどに自由に変化する。
それゆえに、化かされる者も大勢いる。それを戒めるために、いっそお札には妖怪の透かしでも入れたらいいかもしれない。
 
そう、神の信認に背くようなことがあるのなら。
 
 
 
そして、六分儀ゲンドウによって呪法を施されたレトロエルをえさに(まあ、この場合呪法に意味はないのだが。あえて)メトロエルを呼び出す。間髪入れずに飛び出したユイ初号機がメトロエルを捕らえて、レトロエルの後始末をさせる。このあたりのウラウラ系の機微(と書いてドスと読む)はさすがに若い娘の惣流アスカの追いつくところではない。
都市のすべてを現状に回復させ、レトロエル、メトロエルを同時殲滅。
だが、それをやったおかげで「あかんわ、ユイはん、これで限界やわ」とうとう碇ユイの最終限界がやってきた。
 
 
だが、とうとう・・・・・なんとか間に合った。
 
 
「ただいま」
 
帰ってきたのだ。碇シンジが。綾波レイに「連れられて」