「撮れたっす。チンの兄貴、こんな感じでいいっすかねえ」
「あ、ああ・・・・ってなんだこりゃ?ピラよう、おまえこりゃだめだろ。ボタンの設定とか間違えたんじゃねえか?見て見ろ、ぜんぜん撮れてねえじゃねえか。背景だけだぞ。
カメラの目線がぶわーんと浮き上がっちまってるし・・・・なんか全然ダメじゃねえか」
「え?あれ?そんなはずは・・・・ファインダーにはしっかり映ってたっす・・・けど」
「しっかりしてくれよピラよう。こりゃ首のかかった仕事なんだからな・・・ん?なんだタキロー、なんか言いたそうじゃねえか」
「いや・・・この背景もなんだか、ちょっと違わないか?・・・古い・・十何年か前の新神戸の街の姿・・・」
「やっぱり”あの二人”の隠し撮りですから〜、尋常普通にはいかないですねのパパらっち。現在が過去に侵食されてます・・・ってところでしょうか」
 
「まじかあ・・・・・・・・ユト・・・・
 
なんでこの期に及んでオレたちがこんなことせにゃならんのよ・・・・もう縁切らせてくれ・・・・」チンが弱音をはく。
 
まったくもって世話がやける・・・
 
ベリーベリーウェルダンのコゲコゲにやけるぜ。甘えん坊の羊は眠れ、さあゆくぜ銀河の狼よ的にやける。とにかくまったくもって。串田アキラをBGMにしたいほど。
 
綾波チン、ピラ、そして六分儀ユト、タキローの計四名が先をゆく二人連れの中学生カップルをこそこそと浮気調査の探偵よろしく追っている。
 
後継者・綾波レイと・・・・・
六分儀・碇シンジと!!
 
墓場から生還を果たしゴールドチンピラの称号を得て胸をはって一般ピープルの生活に戻ることを許されたはずの綾波チン、ピラも。仕事を終えて京都に戻ったはずの六分儀姉弟もなぜ、いまだしんこうべでこんなこと・・・・「あの」六分儀・碇シンジに関わっているのかというと・・・・
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「ああ、やっぱりだめっす。チンの兄貴。力づくでかぶせ気味にしてカメラの設定も正しいんすけど、・・・・・カタツムリのオブジェを見ながらツムリさんのことについて話している二人の姿が映ってくれないっす」
「化け物か・・・・あいつ、実は連邦のモビルスーツなんじゃねえだろうな?!」
「どこの連邦なんだ・・・・」
「いざとなれば、裁判報道みたいに描画でがまんするとか。チンさん、漫画とかうまくないですか」
「バカめ。こりゃ党本部へ報告書につかうんだぞ。これこれ、こういう順路で追跡調査”は”しましたよ、てな証拠がいるんだ。ポンチ絵なんぞ描いて出してみろ、ふざけるな!てえ八つ裂きにされらあ・・・・あったく、なんでオレたちがこんなことせにゃならんのよ」
 
チン・ピラのほうは撮影にこだわることを見れば分かるように、綾波党から強制的に命令された仕事であり。ユト・タキローの方は六分儀シンジの「ネジ」がどこかに外れてしまい、それを探して拾って填めておく、というこれまた厄介な追加仕事ができたせい。
 
あのゆきみる墓場から生還を果たして
ちょっと二人きりにした時のことだ・・・。ちょっとユトも反省してるのだが。
誰にも予想不可能なことではあった。当の、綾波レイにしても。
 
碇シンジの記憶が失われた。
 
しんこうべにやってきた時点からゆきみる墓場生還までの記憶を失わせたはずだった。
碇シンジ。本人の希望どおり。綾波レイにはそれだけの力があったし、碇シンジの防壁は消失していた。なんのトラブルもなく作業は完了するはずだった。
 
だけれど、記憶の箱を開けてみれば、碇シンジはしんこうべ来神以前の・・・第三新東京市に出現した時点までの記憶を失っていた。エヴァのパイロットであったことも盛大に吹っ飛んでいたのだ。やばい・・・・これはやばい・・・・
 
 
超ヤバキチである。
 
 
こんな状態で一人第三新東京市に送り返せるわけもない。道義的にも世界の運命的にも。六分儀の若様であり、謎の特務機関ネルフの秘蔵の虎の子・タイガーチルドレン、サードチルドレン、をこんな目にあわせてほっぽりだしたが最後、綾波党は潰される。
碇ゲンドウもユイも絶対の絶対に許すまい。世界中の誰を怒らせてもいいが、あの夫婦だけは怒らせてはいけない。だいいち、最強の福音を預かりつつ、「エヴァのすすめ」から始めた専属操縦者である・・・使徒戦において今までの経験がパーになることは・・・・本人がたとえ無事であったとしても、周囲が大いなる危険にさらされることになりかねん。四肢の生えた最終爆弾を投下するようなもんで、それはいくらなんでも人の道にもとる。
 
自分の能力の取り扱いには絶対の自信はあったが、・・・それでも、逸る気持ちがなかったとはいいきれない冷静とはいいかねる心理状態であったことも・・・・それが、この事態を引き起こしたとしたら。よく考えたら、前も一度やって失敗してるのだ。しんこうべにきて能力は格段に増幅増強されているのに。いや、それゆえにか。やりすぎた。
さすがに衝撃を受ける綾波レイ。どうしたらよいのやら・・・・
 
やり直そうにも、天逆能力を忘れて失ったらしい碇シンジには再びこちらの能力が効かなくなってしまっていた。確かに彼の言ったとおりだ。天逆能力の記憶を呼び戻すことは出来る。能力治癒の一環であるから。だけれど、それにはまず、彼の障壁防壁を破り無効にしなければならない・・・シャガールの森、林の中を迷うようなどうどうめぐりだ。
困った。
 
「父さんか・・・・母さんに呼ばれてたような気が・・・・するんだけど・・・」
碇シンジはそういった。それがスタート地点の記憶なのだろう。ただし、どこへいくべきなのか、彼は覚えていない。それすらも。失っていた。
自分が、奪ってしまった・・・。その自責の念、胸の内の深い空洞に愕然とする綾波レイ。やはり、碇君のいうことなんか聞くんじゃなかった・・・・あれは・・・・罠のように
胸に深く、食い込んだ。金属製の虎の牙。
 
まったくもって、ユエのないことかもしれないけど・・・・・
 
すごいいじわる、または、いじめられているような、気がした。
 
百も承知で、わざとやられているんじゃないだろうか・・・・・そんな気までしてくるう。
 
 
「なんてまあ、段取りの悪いことを・・・・・・・ちょいと相談してくれれば・・・」
祖母であるナダは碇シンジが天逆能力をどうやってか墓でのびている間に会得したことを聞くと、驚く前にじたんだ踏んで悔しがった。可愛い孫娘のレイのやらかしたことでなければ脳みそを繰り出して代わりにカニミソをつめておく大刑罰を喰らわしていたところだ。それくらい、段取りが悪い!、悪すぎる!!。早急に過ぎた。まったく、最近の若人ってやつは・・・・・ちいっ・・・・と考えが足りなさすぎる。命令暮らしが長いと人間てきめんにバカになっていく。どくそうせい、というやつがない。独走、独創、独奏、毒想、どの漢字をあててもいいが、それがない。レイにはもっと世知ってやつを身につけさせなばいけないねえ・・・・
 
天逆能力を、まずは自分に使わせれば良かったのだ。
そうすれば、あれだけ苦しみ悩んでいた「身体の悩み」も解決したろうに・・・・
レイ自身には天逆能力は通じない。レイ、つまり零は逆さにしても零のままだからだ。
あの子に取り憑き、悪影響を及ぼすものだけをそれは反転させることだろう。
あれほど娘を愛した写真屋の倅の力が娘に悪いことをなすはずもない。
そのために現在の世に六分儀の小倅を使って現出してきた天逆能力。おそらくは。
そのために使わずにどうしようというのか・・・・・なんてまあ、だ。
 
 
例えてみるなら、青葉マークの免許とりたてで助手席に友達を乗せて親譲りの高級外車(左ハンドル)を運転していて、助手席を潰すような電柱激突事故を起こしてしまった孫娘をもった祖母のような心境のナダである。そのままだが。
 
竹村健一じゃないが、だいたいやね・・・・
いくら本人がやっていい、と言ったにせよ、そのやり方は乱暴にすぎる。エレガンスさのかけらもない。一体ゲンドウのやつめ・・・どんな教育係をつけてきたのだ。ふたたびさんざん病院中に響くような声で孫娘を叱りあげておいたが。確かに、即断即決、実行力があるのはいいことだが・・・・あれは女の子であるのだから。駆け引き、というものをもっと学ばせねば・・・・それはそうとして、孫娘のしくじりは祖母のしくじり。
とにかく、責任はとらねばなるまい。使い物になるようにして、元の場所へ戻す義務が。あの六分儀の、碇のこせがれを。
孫娘は落ち込んでおり、この祖母がいい智恵を出さねばなるまいさ・・・・。
まったく、世話がやけるけどね・・・・・それも一興かね。ナダは暖かく笑う。
 
つまり、天逆能力が使える時点の記憶を呼び覚ませばいい。それがポイントだ。
しんこうべに来て以来の時の記憶を甦らせる。本人はそれを消せ、といっているようだが。
少年少女の都合はひとまず、脇にどかせてもらう。
ショック療法としてだ、「ゆきみる墓場に再び投下してやる」という手もあるが、青い顔した孫娘に却下された。冗談だよ。
だとすると基本的に、街を散策しつつ、記憶のとっかかりを探し、印象映像の焼き増しをしていく・・・・という手がいちばんよかろう。デート?むろん、デートなぞではないが、一人で歩かせても心配、いやさ厄介でしょうがないので、孫娘をつける。デートなどでは断じてない。サポートとして、あの”四人組”をつけることにしよう。まさかイヤとはいうまいな。というわけで厳命。やれ。やるのじゃ。
 
にしても、六分儀のこせがれに天逆能力が宿った、というのは・・・・皮肉か。
それだけの器がある、ということか・・・・・この世で最も残酷な力を用いる資格を。
積み上げてきた、もしくは貯め込んできたものを、なんの情けもなくひっくりかえせる心。
もしかして、あのがきは・・・・・
 
「連れて帰る」、の反対逆様は・・・・・・
 
いかにも、”おりこうのはんたい”、な顔をした六分儀の、碇の子供を、その本性を想う。
 
もしかすると、やられたかもしれぬ・・・・・すでに発動させていたとするなら
誰にも逆らうことはできない。たとえ運命であっても、だ。かの力には。
すでにこんなことを考えるあたしの頭の中に力が及んでいるのかもしれないね。
あのガキを認めるか・否定するか。許すか・許さぬか。
今まで通り、徹底的に排他すれば、天逆能力が効果を発揮したとき、徹底的に保護するハメになるだろう。・・・ふん・・・考えただけで、ぞっとするね。とてもじゃないが、レイには釣り合わないね。そうだ、写真屋の倅も、ノイには釣り合わなかったんだよ。
なのにねえ・・・娘も孫娘も・・・どうも男運の巡りが悪い。あたしのツケがまわってきてんのかねえ・・・・・やれやれ・・・・ほんとにやれやれだ。
 
ナダには真面目で責任感が強く融通の利きそうもない孫娘が、悪逆非道のいい加減な六分儀の小倅の術中にはまるでコロンなことが分かっていたのかもしれない。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「一応、分かってるところから順をおって連れていってみるそうだ。後継者さまが」
「ああ、しんこうべ駅をさけて山越えてやってきたんですよね。シンジさんは」
「それで、ぼくたちとバス停で合流する、と・・・なんだか遙か昔の話みたいだ」
「駅じゃなくて山越えだからな。シンジの奴も初めから嫌われてんのが分かってんのによく来たもんだぜ。まあ、結局待ち伏せてた神鉄にはやられ・「チンの兄貴ぃ・・」・・・あ、やべ・・・・・ぴゅ〜ぴゅぴゅぴゅ〜いやー、いい景色だネ天気もいいしなあ」
「・・・・・・」
「まあ、まあ、タキローちゃん。神鉄さんもお仕事なわけですし。因果な業界ですよ。六分儀のいい薬のおかげでもうすっかり治癒ってますし。遺恨なんて残さないで」
「・・・うん」
「あ、こ、このロープウエーは市政百周年記念の”神戸夢風船”っていうんすよ。なかなか洒落た名前っしょ?布引ハーヴ園まで往復で大人1200円はちょっと痛いっすけど」
「もちろん必要経費だろ、そりゃ」
「チンさん、そういうことは事前に確認しといた方がいいですよ。絶対。あとでモメたら弱い立場の方が負けるんですから」
「さっきのコンビニでフィルムと間違えて”映るんです”買っちゃったしな」
「う、うるへい!握り具合がクリソツなんだから間違えるわあ。それに、よ、予備の意味もあるぞ。ピラのカメラが壊れた時にそなえてな!なははのは・・って、おい!オレを置いてくなよ」
「別においてきはしませんけど、声が大きいとばれますよ」
「へん、ばれるもんかよ。見ろ、シンジの奴、後継者さまの横で夢心地でのぼせてお熱のサクラ蛸じゃねえか。何も聞こえるもんかい」
「まあー、記憶喪失状態で美少女とデート・・・なんてのは映画の中でしかありえない少年憧れのシュチュエーションですからねえ。まさに必殺・ジュブナイル河殺人事件。ここが竜尾道じゃないのが不思議なくらいです・・・・ああ、いい匂いがしてきました。なんだか前世から約束されてきたような懐かしい匂いが・・・・」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「シンジさんにこの人形をなでさせていたけれど・・・・・」
「これはっすね、タキローくん。阪神淡路大震災の記念にたてられたもんで、なでると”なつかしい人にあえる”って御利益があるんすよ」
「ふうん、綾波レイさんも伊達にハーヴ園まであがってきたわけじゃあないんだ・・・・・嗅ぐと記憶が戻るマジカル・ハーブでも植えてあるのかと思ったんだけど」
「そんなもんはねえよ!・・・にしても、後継者さまも責任感が強いよなあ、オレだったら絶対にほっとくぞ。・・・・あんな奴。戻る気も・・・ねえんだろ?」
「チンさん、敬語慣れてませんね?ま、ここまで来ればおふたりの気持ち次第ですよ・・・・・まあ、あのまま二人でこのままってわけにはいかないでしょうけど」
「気のせいだったらアレなんすけど・・・・あの二人、今、すごく・・・・なんというか、”普通”に見えるっす・・・・普通の中坊のカップルに」
 
 
「・・・・・このまま時間が止まったら・・・・・」ぽそっとタキローが呟いた。
 
 
「時間は必ず、進みます。休むことや止まることがあっても」ユトが言葉を断った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「この葉っぱの部分をこすってみると、匂いがしますよ〜。ためしてみてください」
「そういうこと言うのやめろよな、試すやつが必ずいるから。やるのは勝手だが責任はもたねーからな!」
「匂いの粒子の入ったぷちぷちとした感触がしたら成功です」
「本人さんがその気になったらうまくいくかもっす」
「って!チン・タキローてめえらまで!消しゴムじゃねえんだからな」
「なにをチンさんはそんなに息巻いてるんですか。さっきシンジさんたちもやってたじゃないですか」
「そ、そうか・・・シンジたちもか・・・まあ、そういうことだよな」
「そうですよ。そうに決まってるじゃないですか。チンさん。にひひ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「どうも、やっぱりだめっす。チンの兄貴。室内に入って日差しがなくても変わりなし。二人とも映ってくれないっす」
「くう〜・・・・・・まじいな、本人たちの姿が映ってねえんじゃ、こんなにマジメに隠し撮りやってんのにさぼったと思われるんじゃねえか?」
「まあまあ、そんなことより。あの”女の子の部屋について”グタグタぬかしてる二人の表情見てくださいよ〜。いいじゃないですか〜、シンジさん、”レイさんはどんな部屋に住みたいの?”だって!!くう〜・・・・・っっ!らぶ度不思議発見!スーパーシンジくんですよ〜」
「オレぁ、いっぺんおめえの部屋を見てみてえよ、ユト。さぞかしとんでもねえ部屋なんだろうなあ・・・・桂三枝人形と山瀬マミ人形がセットになっておいてたりしそうだ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「うーん、だめだな。オレが写しても映らねえ。べつにあの黒棒の陰に隠れてるわけじゃねえんだけどなあ」
「けどまあ、体勢は似たようなもんですよ。二人でうつむきながら話してます。
なんだか、あの都市での思い出らしきものを訥々話しているようですが」
「効き目はなさそうだね・・・・なんのことだろう、てな顔してる」
「あまり無理しちゃいけないんじゃないっすかね。まだ始まったばかりっす」
「えーと、これからのご予定ルートはどうだったかな」
「・・・・夢風船を風の丘駅でおりて、そこから歩きで異人神館通りを。そこからタクシー・・・に扮した綾波党の車ですけど、を拾って酸ノ宮の生田神社まで。記憶回復のお参りだそうで・・・信心深いっすねお若いのに・・・それから、銀橋旅館で昼食、と午前のご予定はそんなもんっす」
「ちなみに、銀橋旅館にはぼくらはお呼ばれしてないんだよね」
「まーな。党の仕事だってのによー。銀橋の旦那が他の者は絶対に来るな!!ってよ」
「嫌われましたねえ。よよよ・・・・いっしょにゆきみる墓場最奥部を探検した仲間だというのに」
「代金をとられるんだとしたら、どっちにしろ行けないっすよ。今の軍資金じゃあ」
「昼はまあ、オレたちはオレたちで食うとしよう。中華街の方に馴染みの店があるんだよ」
「皿洗いのバイトをしてた店で、味は保証つきっすよ。裏側からですから確実っす」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「どうも銀橋旅館でもダメだったみてえだな・・・・あの見合いごっこもお忘れか」
「ポートライナーにも乗らず、大橋をてくてく、ですか・・・・ああ、風が強い・・・」
「ここで待ち伏せくらったんだ・・・・」
「ここで待ち伏せされたんすよね・・・・」
「って、おい!!オレたちの場合はあくまで巻・き・込まれたんだ!否応なしに。そのおかげでこんなところでこんなことしてんだが・・・・」
「チンさんも人生変わりましたねえ・・・・・世の中にはそうやって人の人生を変えちゃう人がいるんですよ。おそらく、大した自覚もなく、ね・・・・ああ、風が強いです」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「やっぱり、普通じゃねえな、あの二人・・・・・なんだこりゃ、完全に大昔の消防署じゃねえか・・・これもある意味、心霊写真か?」
「捕まえられて放り込まれた綾波党の水上署ですね。ま、勉強になるといえばなりますか・・・・」
「大量の海鬼を喚び、その後ろ姿は時をもあやかす・・・確かに、普通じゃないよ」
「写真だけみたらタイムスリップしたみたいっすねえ」
「でも、そうかもしれませんよ。距離をとった方がいいかも。わたしたちも巻・き・込まれて大昔の住人にってことになるかも・・・しれませんよお」
「お、おどかすなよ・・・・・なんかマジになりそうで怖ええじゃねえか・・・・」
「この時のことは思い出さない方がいいですね。シンジさんが六分儀より碇として生きていくなら・・・・にしても、圧倒的な過去の影響力ですね・・・・あんなにそばにいるのに思い出さないなんて・・・・やっぱ演技かも」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「おおっと!!急展開です。シンジさんがレイさんをあんなところに連れ込みましたよ!」
「いっとくが、これ以上はちかづかねえからな。べ、べつに浦島太郎になるのが恐ろしかねえがこれは芸能人をフォーカスしてんじゃねえんだから、あまり露骨な邪魔はだな・・」
「どうも波の音と風の音が鬼化していて聞き取りにくい・・・・この位置だと読唇術も使えないし・・・何を話しているのやら」
「と、とりあえず一枚撮ってていいっすか?」
「もちろんです、ピラさん!これを撮らずして何を撮るんですか!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「って、ありゃいきなり手に手をとってダッシュで青少年科学館ですか?」
「なんだこれ・・・イルカかな」
「バカ、そりゃ鳥だよ鳥。メタルバードっての。よく見ろ。・・・で、高校生以上の大人六百円か・・くそー、むこうは三百円だからな・・・・」
「どうも小学生の見学が入ってたみたいっすね・・・紛れちゃったっす」
「隠し撮りしてるのがばれましたかね?シンジさん、記憶を失っても変なところでカンがいいんですから・・・・それとも赤川次郎さんでも読んでたのか」
「悪の四人組にみえたんでしょうよ。確かに、そろそろ追っ手のかかる時間帯だし」
「でもちょっと厄介なことになったっす。ここは新館とかカメラの小道とかロボットの神ちゃんとかおもしろ理科実験コーナーとかいろいろあっていろいろ入り組んでるっす」
「ど・・・・・どこまで世話焼かせりゃ気がすむんだアンニャロ・・・・・!!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「でもまあ、こちらも本職ですし」
「まかれることなんてありえない」
 
「で、いまは・・・・ぜー・・・はー・・・あの観覧車の中って・・・か」
「ふう・・ふう・・・・あー、走ったっすー・・・子供にはかなわないっすー」
 
「ピラさんはチンさんに飛ばしてもらえばいいとしても、チンさん自身はもっと機動力をつけたほうがいいですねっ」
「ふん、軟弱だ・・・・・ほら、ジュース買ってきた」
 
「ぜー・・はー・・・いただくぜ・・・・・うー・・・・」
「いただきますっす・・・・ふう・・・のどにしみわたるっす・・・・」
「ここでちょっと小休止、ですね・・・・ゆっくりのんびり時計のようにまわる観覧車を見上げつつ、お茶など。タキローちゃん、ありがと」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「やべえなあ。警戒してるぞ。あの野郎、後ろ向きで進んでやがる」
「それが売りの”動く歩道”ですからねえ」
「というわけでぼくたちも後ろ向きで進んでいます・・・これでばれてないのがすごい」
「ここの電気料金って誰が払ってるんすかねえ?ひとごとですけど気になるっす」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「おいおいおい、まさかまたゆきみる墓場の最奥部まで行く気じゃねえだろうな?オレもうやだからな!あいつらが行ってもオレはここで帰るからな!」
「写真に写ってるのはまだゆきみる墓場が出来てもない頃の光景ですからね。誤魔化しようはできるでしょうけど」
「いくらなんでもそこまで馬鹿じゃないようだ。入り口で引き返した。反応は・・・ないみたいだね」
「墓場が写らないなんて・・・心霊写真とも言えなくなったっす」
「こうなりゃ、シンジの奴はもう、なんだな、あれだわ。後継者さまの弟分ってことにして綾波党で預かったらどうよ?記憶が戻らないんじゃ里に戻ってもしょうがねえだろ。
・・・ここに来るにあたってはそれなりの覚悟くらいはしてきたんだろうしな」
「それもいいっすね」
 
「それはだめですよ・・・・・・そういうことになってるんです」
「ユト姉さん・・・・」
 
「綾波レイさんもそれをよく知っています。元来、シンジさんは居場所を離れていい人間じゃあないんですよ。なにかを生み出す人間は、そりゃあ不自由なんです。貴重なものを産む人間ほど、鎖でギリギリ縛られるみたいに自由がないんです。自由な人間には何も生み出せないといわんばかりに」
「貴重なもの・・・?あんな中坊のガキがか?なにを産むってんだ」
 
「たぶん、時間です」
「シンジさん、あの人をこのしんこうべに送るために、そのためだけに、六分儀を中心とした巨大なプロジェクトが動いている・・・膨大なお金を投入してね」
六分儀のユトとタキローが答えた。綾波になれるはずもない。
 
 
そして、時間がやってきた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「ああ、使徒みたいだ・・・・」
碇シンジはモニュメントの前で吹き飛ばされたはずの記憶を取り戻した。
 
「碇君・・・・・」
綾波レイはなんで、自分の懸命な話かけには全く反応しなかったくせに、このギャンゴみたいな配色のブルトン(どちらもウルトラ怪獣)をちょんぎったようなモニュメントを見たことで記憶を取り戻したのかいまいち合点がいかなかったが、なにはともあれまともに戻ってくれたので一安心した。それで、どこまで思い出したのだろう?その詳しい範囲を知りたかった。
彼の希望は、しんこうべに来てからの記憶を消せ、というものだったけれど。
 
「ああ、僕はまだ・・・・しんこうべにいるのか・・・綾波さん?」
さきほどまではレイさん、と呼んでいた。そして、”まだ”。完全に元に戻ったらしい。
「そのまま帰りの列車に押し込んでくれても、良かったのに」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
時のモニュメントが時を告げた。帰還の時を。
 
「困ったことに、綾波さんの悩みを全部解決する方法を思いついちゃった」
それが、なぜ困ったことなのだろうか。この謎具合、確かにまごうことなき碇シンジだ。
「たぶん、どうも最初からこのために僕にくれたんじゃないかな、と思うンだよ」
思うンだよ、と言われてもなあ、の綾波レイである。
「一つか二つ、困った点もあるけど、これがベストだと思う・・・・・から、やるよ」
碇シンジが考えてやり出すことはたいてい、ろくなもんじゃない。内心で身構える。
「いくらなんでも、そろそろ戻っておかないとまずいし。使徒がきてるかもしれない・・・・・恨んでもいいし、あとでやっぱりこっちに戻ってもいいから、いったん、僕と・・・・・第三新東京市へ帰ろう・・・・・いや、正確には、綾波さんが僕を連れて帰ることになるんだけど・・・・」
ある程度予想はしていても、それ以上に奇妙奇天烈な言葉だ。
「使徒と戦える記憶が戻ったなら・・・・碇君、一人で帰って・・・・私は・・・」
 
「一人で使徒一体を封じ込めてる?・・・・そんなのダメだよ。そんなので人生ふいにするなんて間違ってる。それだけは絶対に言える・・・・・今まで一人で耐え忍んできたんだから・・・・・ここで逆転ホームランがでたっておかしくないでしょ?」
おかしいのは、碇君、あなたのあたま・・・・・と、思わず言ってしまいそうになる。
だけれど、その途中でふっと閃いたものがある。すでに碇シンジの心は読めないけれど。
「まさか・・・・・」
 
「そう、この左腕にこめられた天逆能力で、綾波さんと使徒との繋がりを無効化する。
なにがあっても使徒に操られることは・・・「ない」ってね。
けど、その影響で、綾波さんは僕に連れられて帰るんじゃなくて、僕を連れて帰ることになる・・・・・・」
これはスペックの問題なのかシナリオの問題なのか、その表情からは判断つかない。
ただ、ゆきみる墓場から帰還した時のことを思い返せば、彼とその新たに得た能力はずいぶんと操作性、その他、相性がいいような気もした。
 
それよりも、衝撃的なのは、やはり碇シンジに自分の能力が通じない、という点。
何食わぬ顔して演技してたわけだ・・・・さすがに腹がたってくる綾波レイ。
どれだけ心配したか・・・・・なんていじわる
 
 
ぱしん・・・
 
 
綾波レイの平手が飛んだ。広場に景気いい音が響く。
「二度と、そういうこと、しないで・・・・・」なぜか、叩いた方の目に涙がある。
 
「綾波さんは責任感があるね・・・・・もうちょっと無責任な方が楽だよ・・・・」
あまり反省したふうでも、叩かれたことに驚いたふうでもない碇シンジ。
「でも、これで使徒との戦いに縁が切れる・・・・そのための能力・・・」
ぼうっと左腕が青く輝く。赤い瞳にはそれが見える。
碇シンジは真剣だ。綾波レイの使徒戦への因果を断ち切る刀を手にしている。
帰るべきところ、待つ人間がいるのなら、無理して戦うことはない・・・んじゃないか。
この期に及んで、確かに碇シンジは綾波レイをなめていたわけである。
言葉が悪ければ、少年期特有の思い上がりといってもいい。
零号機、ファーストチルドレン、綾波レイを大切に思ってはいても、戦力として必要だと思ってない。それがとんでもない思い違いであることを鎧の都に帰れば思い知るのだが。
こんなことを考えてることをゲンドウあたりに知られたら、ネルフの地下倉庫に十年くらい冷凍マグロといっしょに塩漬けの禁固刑にされるだろう。
なんでもかんでも力押しでなんとかなるとおもったら大間違いなのである。そこらあたりは純正に、碇シンジは碇ユイの息子である、ということで仕方がないのかもしれないが。
人、それを適材適所という。
 
ゆるやかに、そして凛々しく、碇シンジをコントロールしていくこともまた。
戦闘というよりあれは・・・・・
災害をもて災害を鎮めてるようなものだから・・・・・綾波レイのイメージは正しい。
 
「えーと・・・・それから、これは怒らないで聞いて欲しいんだけど・・・」
すでに怒っている相手に対してそんなこと言ってもしょうがないのだが。
 
「・・・・・」
一応、帰りもせずに聞いてやる観音菩薩のような綾波レイ。
 
「綾波さんの心臓にさわっていいかな?」
 
「・・・・・・」
論外である。大いなる時間の無駄をしてしまったような気が・・・・。
めまいがして、足下がふらつく綾波レイ。彼を外界に解き放つのは真にこの世のためになるのだろうか・・・・再考の余地があるかも・・・しれない。
胸を外科手術で切り開いてそれで触れる、というのか。確かにそれはやってやれないことはない。なんせここは病院都市でもあるしんこうべ。だが、そんなことを申し出ようものなら、今度の今度こそ六分儀、いやさ碇シンジの抹殺は間違いない。絶対に。
 
「あ、いや、直接心臓に触るんじゃなくて・・・・その上の皮膚の上からでも・・・・いいんだけど、つまりそれは・・・・服とか下着の下って・・・・ことになるんだけど・・・・・いやあのその!!べつに下心とかやましい心とかほかに目的とかっっ!あるわけじゃないんだけど、服の上からだとたぶん、うまくいかないと思うから・・・・・出来れば、確実性のある方法をとりたいから・・・・・危険なのはいやだから・・・だから」
 
「素肌に、触れるの?」
何だその程度のこと。長期入院患者歴の長い綾波レイにとってそんなもんはべつに大したことじゃない。治療目的なら、ありふれたこと。・・・・・・なのに。
 
瞳の色を凌駕するほどに赤く染まっていく顔色・・・・・そんなばかな・・・・・
なんでそんなに・・・・うろたえるの・・・・そんな必要は・・・・頬が燃える
 
「ごめん・・・・・」謝ってもしょうがないのだが。
ああ、やっぱりよっぽどイヤなんだろうなあ。確かに、アスカなんかに同じこと言ったら瞬殺されるだろうし。力押しとはいえ、自覚はあるのである。けれど、やる。
あまりグズグズしていると、綾波さんがトマト星人になってしまう!。
 
「チーンさぁーんー・・・!!かむひああああっっっ!!」
大声で呼びつつ、親指をパチぃぃンと鳴らす碇シンジ。前者に意味はあるが、後者にはない。その目には「出てくるまで何度でも呼びかける」という強い意志がある。
 
 

 
「くっそう・・・あの恥ずい呼び方なんとかしろよ!それになんでオレなんだ!立場からすれや、ユト、タキローてめえらが呼ばれてしかるべきだろう!!」
「そういわれましても・・・・シンジさんのご指名ですし。なにかチンさんに用事があるんですよ・だいたい見当はつきますけど」
「早く行かないと二回目の呼び出しがかかるぞ、あの様子だと」
「くううっっ・・・なんでオレがなんでオレがなんでオレがあああっっっ!!」
半分、ユトに追い出されるように、半泣きで碇シンジらの方へ現れていくチン。
へろへろしぶしぶとやる気もなく、もちろん飛んでったりもしない。
 
 

 
 
「へーい。呼ばれて飛びでてじゃじゃじゃじゃーんでござる」
やる気のかけらもなく、ぶーたれながらチンは現れた。後継者さまの前ではあるが、かまわない。呼んだのは目の前のこんにゃろ、碇シンジなのだから。
「一体、何様で、じゃない、何用でござるかな?シンジ殿」
一応、後継者さまの御前ではあるので、てきとーな敬語をつかっておくチン・ザ・小心。
 
「チンさん、僕たちを隠し撮りしてたでしょ」
 
「げっ!?そ、そんなことはないでござりますがな!!」
碇シンジと対ならべつに慌てふためく必要なんぞありゃしないが、なにせ後継者さまがいらっしゃる。結局のところ、純粋な綾波者であるチンは党の偉い人間には体質的に弱い。
その綾波党後継者(こっちのほうが気づいてないらしい)に、ちら、とでも疑念の目で見られたりしたらもうだめだ。精神はぐらりと破滅の下り坂へ。ただでさえ小心キングのチンなのに。
 
「でも、さっきから後ろをつけて写真撮ってたでしょ」
 
ちっきしょう・・・このガキ・・・邪悪の化身か・・・ああ、ダメだ・・・後継者の疑念の目が決定的な方向へと・・・・いやそりゃ、確かに党の命令とはいえ隠し撮りといえば隠し撮りそのものだからなあ・・・単に意味を成してないだけで・・・・!そうだ!!
あの写真を見せれば・・・二人がまるきり写ってないあの写真をみせれば・・!
って、写真はピラが持ってんじゃねえかー!!だめだあー!!オレは破滅だあーー!!
 
「それはいいんだけど、一つお願いがあります」
 
「はい、なんでござりますでしょう」
 
ほっ。助かった。邪悪の化身かと思ったが、意外にいいところあるじゃねえか。
 
「しんこうべで誰も来ない、誰も見てない場所へ僕たちを飛ばしてください」
「はあ?」
 
「ちょっと、これから誰にも見られたくないコトをしますから・・・・」
 
「あにい!?・・って、後継者さん、あんたそれでいいんですか?またこの野郎と二人きりになってまたとんでもないことになったら・・・院長に、あんたのお祖母様にオレたちが怒られちゃうんですけど」
 
しばらく赤いままで迷ったまま、綾波レイはこくん、とうなづいた。
 
それは「あんたたちがお祖母さんに怒られてもわたしはかまわない」ということを意味するのか「ふたりきりでとんでもないことになっちゃってもいいのよ」ということを意味するのかチンには判断がつかなかった。ただその可愛らしさに押し切られて、つまり単なる言いなりになってしまい、「飛行衝動」を発動。誰も来ないしんこうべ水道局の奥山へ二人を飛ばしてしまった。もちろん、追いかけてきたユトやタキロー、ピラにまでさんざん怒られたのはいうまでもない。その速度は追跡のしようもなく、たぶん最大最高のシャッターチャンスを逃すことになって、ユトが許すわけがなかった。「チン、さあん・・・・」
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「綾波さん、いくよ・・・・」
 
「あっ・・・・・・・・・・」
 
 
心臓、素の裸、服をはだけた左胸に手をおき、天逆能力、発動する。
これでもう、使徒に操られることは・・・・・・「ない」