光階段使徒より・・・
 
アイロン型使徒(名称不明)、にせ零号機(名称不明)、砂山使徒(名称不明)、タパエル・ガッツエル(根性成長型使徒・命名冬月コウゾウ氏)イカロス阿修羅蝶型使徒(名称不明)、地面地震使徒(ラシエル)で6体。
 
 
アグニエル、アンマエル、サラクエル、アラジエル、アサエル、アザエル、エクサエル、エゼクエル、ガドレエル、コカベル、ペネムエル、ウシエル、タルマクイエル、クシエル、
ラハティエル、マキエル、キトリエル、ドビエル、カカベル、ガザルニエル、カマエル、
メルキダエル、ドミエルで、十六体。合計22体。
 
ザアフディエル、シャクジエル、スピニエル、カバエル、ハマグリフォン、マルエル、アニメル、ズルファス、ソフィエル、ナメコエル、シメジエル、エノキエル、ベニテングエル、キングベニテングエル、で十四体。合計36体。
 
フジツボエル、シャルギエル、ガムエル、カツエル、ノズチエル、タブラトゥーラ、メタルクルエル、テナガエル、アシナガエル、テナガザエル、アシナガザエル、で十一体。合計47体。名前がないわけではないのだが、出番でないのに我も我もとつられるようにして降臨してユイ初号機率いるウシャに大敗北した挙げ句に喰われてしまったのが44体。
合計91体。およそ半数。諦めて撤退してもよさそうな数だ。ちょっとでも戦術的頭脳があれば二割がやられた時点で引き返すことだろう。とにかくこれらを結局、ネルフは倒した。そして、クロコエル、レトロエル、ときて”とうとう”メトロエル。
とうとう、というのはこの間、面白いことにあれだけ間隙無く続いた使徒の降臨がぱたりと止んだことを示し、レトロエルのレトロ先祖回帰光線に苦しめられた住民の切実な気持ちの表れであっただろう。使徒の降臨を待ち望むというのも変な話ではある。
そんなわけで、その二日間、上空に未だ90を超えるコアの輝きがあり、使徒から睥睨されて落ち着けるわけもないのだが、レトロ化の混乱の中、だが、ドンパチやらかさないだけまだましの平穏といえなくもなかった。人間は緊張の持続に耐えられるようにできてない。
この2日間は貴重な時間といえただろう・・・・。
マギの記録にもそうある。使徒の攻撃ナシ、と。この間の必死の体勢の建て直し作業に忙殺、実際にマギに手足が生えて射出口から発進して使徒と戦うわけではないから、こういう時間帯こそ、もっともマギの活躍する場面であった。
 
だが、この戦闘なしの二日間こそ、人類対使徒の最も苛烈にして過酷な試練の時だった。
ユイ初号機の強力無比なフィールドすらやすやすと串刺し攻撃に曝された日。
だが、マギにも記録されることもなく(コードナンバーXXX、として初号機頭部内に秘蔵封印されるのだが)、ネルフ関係者をはじめ第三新東京市市民全てがそれについて語ることはなかった。当時、第参新東京市を離れていた碇シンジ、綾波レイもこの間の出来事を知らされることはなかった。人類の人類たる証明、霊性、魂、精神、誇り、その他もろもろが限界究極まで試された、悪夢のような二日間。
後の歴史家(人類が滅亡していなければの話だが)はこの2日間をこう名付けることだろう。
 
「ネルフ、売ります」事件(IN GOD WE TRUST)
 
と。
 
 

 
 
 
コトの始まりがこうである。
 
天から「お金」が降ってきた。マネー、銭、おあし、なんと呼んでもいいが、とにかく使徒入道雲から大量の「お金」が降ってきたのである。お金といってもいわゆる「日本円」に限らなかった。綺麗な貝殻もあれば、日本史の教科書でみるような銅貨、西洋の物語で読むような金貨銀貨、戦国江戸時代のようなざっくざくの大判小判、宝石・・・
世界の海をまたにかけた節操のない海賊の宝箱をひっくりかえしたようなバリエーション・・・・「宝」が降ってくるのである。その勢いは激しく、金吹雪と呼んでも良かった。
それを見ている者の瞳の色が変わってゆく。神性のない黄金の色に。目の色が。
 
 
そして、金庫型の・・・安楽椅子に金庫が座り、そのばかっと開いた扉からは金の成る木が生えていた。そして、いくつかの枝は鋭く大きな剣を握っている・・・使徒。
指数関数的なたわみを描く金の成る木は観ていてうんざりするくらいに金を生み、爛熟した木の実が落ちるようにしてその金を落とす、生み、落とす、それをゲッソリするほどの高速で繰り返す。
有り難みが失せてくる光景だが、そのお金は間違いなく、ニクソンをドキドキドクトリンさせるところの貴金属。ゴールドとシルバー。それらが第三新東京市街の路上にざくざくごろごろとこれがほんとの黄金道路。しかし、それが溢れてしまわないのは、金の成る木から落ちる金銀を拾っては食べていく使徒が2体いたからだ。奇妙に人間タイプではあるが、頭が貯金箱になっている。頭のてっぺんに投入穴があり、そこからひっきりなしに拾った金銀を放り込んでいる。つまりは、貯金している。色は灰と赤の二色。あさましいほどにその行為を懸命に繰り返している。まるでそれをやっていないと死ぬとばかりに。貯金箱使徒2体にも安楽金庫金成る木使徒にも目立つコアが輝いている。
 
 
だが、それにしても使徒の行動パターンはよく分からない・・・・
金の成る木使徒もそうだが、その金を拾うことに集中する”だけ”の貯金箱使徒もよく分からない。一体なにしに現れたのか・・・。
 
 
「真面目にやんなさいよっっ!!」
その疑念を代表して惣流アスカ、エヴァ弐号機(HM型・Haniwa Majin埴輪魔神タイプ)が突進した!
ユイ初号機は・・・碇ユイが、あの碇ユイが判断を一瞬迷った。発令所の葛城ミサトも言うに及ばずである。レトロエルのレトロ光線の影響で、メトロエル降臨を期待していたところに「これ」であったからトサカにきたのも分かるが・・・大人である彼らはなにか今回の使徒に今までとは別次元の重圧を感じた。あれは巫山戯ているのではない、今までとはまるで違ったやり方で切り込み攻めてきたのだ、ということを肌で感じたせいだ。
銭、お金の恐ろしさを身にしみて知る「大人」であるからこそ・・・・
丼勘定のユイ、と異名をとった碇ユイでさえ、いきなり殴りかかりはしなかった。
 
テナガエルとの拳法勝負を制した、負けなくなるまで学習する天才の惣流アスカである。お金を拾って貯金するしか能のなさそうな使徒など相手になるわけもない・・・・はずだが。
 
札束でほほをぺちぺちぺちぺちぺち・・・!!
 
貯金箱使徒は見事な柔軟性でエヴァ弐号機HM型の突進をかわすと、金庫から馬鹿でかい札束を2つ取り出すとなんと、それでエヴァ弐号機のほほをハリまわしたではないか。
いわゆる”どやどや?ねえちゃん!うりうりうり!!的現ナマ攻撃”である。
 
「あんっあんっあんっあんっあんっあんっあんっ」
シンクロ率が好調なのはいいことだが、こういう時には困るよキミ。う〜む。
惣流アスカもたまったものではない。ほほに感じる「なんともいえん」感触にたまらず喘いだ。発令所に轟き渡る惣流アスカのあえぎ声。「アスカあっ?」葛城ミサトでさえ顔がどこか赤い。男性職員も決まり悪そうに俯くもの多数。例外は年寄り三人くらいなもの。
それにともない、A10神経との調子がおかしくなったのか、シンクロ率が急低下する。
 
 
「まずいわね・・・・これは・・・」
碇ユイの声が真剣。あの貯金箱使徒の動きが”見えなかった”。これがどういうことか。
結果的に冗談のように見える行動でも、その過程が目にもとまらぬ速度で行われた。
もし、あの巨大札束がプログナイフのような武器であったなら。弐号機の頭部は。
 
 
あの貯金箱使徒は・・・・・・「対人駆逐(ネピリム)」だ。
 
 
強い、とはいわない。使徒が強いのは当たり前のことだ。その強さに種別があるだけのことで。碇ユイはそれを知っている。不安がるので他の人間には言わないだけで。もともと人間がまともにやって敵う相手ではないのだ。その真実は息子のシンジだけに伝えてある。
だから、エヴァで戦うことは本質的に時間稼ぎ以外のなにものでもない。そのために。
敵の力を見抜くことこそ何より肝要で、碇ユイは何より世界中の誰よりきっとそれに長けていた。丼勘定の異名とはその意味につきる。計算しても意味のない真実を直感で弾き出してしまえるのだ。
その答は緻密な計算と考証と推理推論を築き上げた上で導かれる碇ゲンドウの答とほぼ同じだったりする。それがこの夫婦のお互いがお互いを認める点の一つでもあるのだが。
残念ながら、息子である碇シンジにその特質は完全なまでに継承されていない。まあ、その職能からして葛城ミサトが継げばいい話だが。これは知識の有無ではなく、喰うか喰われるかの動物的なカンの領域であるから。葛城ミサトがそれを体で学ばねばなるまい。
惣流アスカのあえぎ声に大玉汗をかいてあきれている場合ではない。
 
そして、この使徒は人間向けに設定されているようだ。ある意味、人間のステージに降りているわけで、やりやすいかといえば・・・そうでもない。やりにくい。
人間の、人類の弱点を弱みを、もろについた指向を。そして、その力をどこから導いて引いてきているのか・・・・桁違いの、膨大な力の流れを感じる・・・・端的に言うと、
 
 
お金の魔力(ルール)を形にした使徒
 
 
、ということだ。初号機と連結しているその目には見える。おそらく、動物や植物、金銭を扱ったことのないものには影響を与えることさえできぬのだろう。だが、使徒の足下にある公衆電話をズームして見てみるがいい。その料金口を。「9350円・・」まるでタクシーの料金メーターのように数字が吊り上がっている。それは魔力を与えられているとしか思えない動き。そして、それがさらに恐ろしいのは、「50銭」あたりに下がったりもしているところだ。上がったり、下がったり。一定しない・・・・まだ力をうまく使い切れていないのか、それとも・・・
 
 
「ユイ、弐号機の回収だ・・・パイロットがもたん」
ネルフ、いや、おそらく第三新東京市でもっとも金の恐ろしさを知る男でもある碇ゲンドウが命じる。その声はあくまで冷徹。弐号機操縦者のあえぎ声に怒りもしないが呆れもしない。この根本にある恐ろしさを知るがゆえに。金の魔力に長時間、小娘があてられればどうなるか・・・それは魂における放射能照浴と大差ない。下手をすると、二度とエヴァに乗れなくなる可能性すらある。
 
 
「急げ」
惣流アスカの身を案じたわけでもなかろうが、案じてないわけでもないともいいきれない。だから急がせる。
葛城ミサト以下の職員一同に目覚ましの冷水を浴びせる効果はあった。確かに一見、バカっぽい姿をしていても使徒は使徒であり、そういうのに限って厄介だったりするのは経験済みの筈。メトロエル降臨を切に待つ状態であったとしても判断の遅滞は人を死なせる。
未だにチョンマゲの姿ではあるが、殿ではなく、ネルフ総司令である。碇ゲンドウ。
単なる破壊兵器形態より、人の本性に添った形態をとった方がどれほどの脅威か。
夫婦して感じとるものは同じ。同じ高見にある。だから、傍らに寄り添っていなければ、互いにどれほどの孤独か。まあ、こちらには冬月先生がいるとはいえ・・・
 
 
ユイ初号機は現ナマ攻撃にさらされて抵抗すらできない惣流アスカの弐号機を救うために疾風と化して駆けだした。一撃離脱!それしかない。相手の実力を正確に見抜いている。まずいことにユイ初号機の腕をもってしても、この貯金箱使徒一体にも及ばない。
金の魔力はすでに初号機に及んでいる。いやさ、この都市じゅうさがしても金の魔力にさらされて洗われていないものはない。すでにそのルールに取り込まれているのだ。
天から無尽蔵にお金が降ってきた、その時に。
その、お金の本質、”数字の唯一単一絶対的なルール”に。そこを見事につかれた・・・
明石家さんま扮するブラックデビルじゃあないが、「見事な攻撃だ」としかいいようがない。おそらく、こちらの攻撃は何一つ効かないだろう。ATフィールドすら。やってやれないこともないが。シンジの、戦闘用の、エヴァ初号機の本気のフィールドなら。ただ、それをやったが最後、この都市は数字的に崩壊する。お金が使えなくなる。それは金銭の使用ルールそのものを無効にしコナゴナに砕くことだから。そう、大昔、神様がバベル塔を建設した人間の言葉を完膚無きまでに乱したようにだ。
 
膨れ上がるその力が見える。実体もなく増えていく力・・・それらが貯金箱使徒をヴェールのように守護している。おそらく、「利子」を実体化したものだ。くそー、イスラムじゃ禁じられているのに。惣流アスカが手も足もでないのは、彼女がすでに「はじめてのおかいもの」を済ませているためだ。金銭を使ったことのある人間はあの使徒には敵わない。そのような数字的なルールが設定されている。金銭に馴染んでいる人間には、金銭ルールを理解して、己のものにしてしまってる現代人には。あの使徒には勝てない。
正確には、得体の知れぬ、ルールに勝てない、抵抗すらできない。いかな暴虐の王ですら。このルールにだけは従った。抗うことも異を唱えることすらも。この世にあらかじめあったわけでもない、人間のつくりだしたもの。神すら滅ぼしてしまうもの。その危に立ち向かうべき宗教すらもあっさりとりこまれ懐柔されているもの。ああ、永久不変のもの
 
 
ただ、ここまであっさりとネピリム系の領域に侵されたのは、やはり綾波レイの不在のためだ。もっとはっきりいうと、綾波レイが悪い。そのような対人間用に使徒の用いる「源魔法」に対抗するための仕掛けを第三新東京市には施してある。漂泊の大都市工学・赤木レンタロウがそう造った。やはり人間の精神に直接働きかける攻撃をされれば都市の守護者が子供である限り、あっさりと陥落するほかない。それを零号機の超大極大催眠波が全ておじゃんにしてしまった。思考の子午線というガードが乱された。本人に自覚はないのだろうが、思い切り立つ鳥後を乱して濁していったわけだ。本人はこれ以上なく静かに消えていったつもりであろうが、領域を変えて見ればこれほど迷惑な立ち方もなかった。
 
「うーん・・・・レイちゃん・・・・・」
碇ユイが頭をふる。ちょっとお怒りになられている。
 
 
レトロエルなんぞが単独で降臨してきた理由が今分かった。肌で感じた。
疾走しながら碇ユイは今、眼前に広がる光景の本質を見抜いた。碇ゲンドウも冬月コウゾウもしばらくしてその理解に追いつく。
 
 
「売られていく」
 
 
エヴァ弐号機は売られていっている。現在進行形だ。レトロエルのレトロ光線を浴びた部分はその分だけ「物価が安い!」。使徒は人間を細かく観察している。巨大な生物にも似た人間社会を。単独の生命としての人類と、社会の歯車細胞としての人間。そのどちらをどう相手にすれば「効率が」いいのか・・・・そろそろ使徒も学習してきたのか、偵察監視吟味役から報告書が指揮使徒にあがってきたのか・・・・いずれにせよ。最もやられたくない攻撃の一つだ。この発想は人のもの。天から降臨する使徒のよく考えつくものではない。人が人を売るような歴史をきっちり使徒はチェックしているに違いない。碇ユイは悲しんだ。これらの攻撃は「平等」だ。市民一人残らず、直接、魂にその攻撃は影響を与える。とても、平等だ。チルドレンもパイロットもネルフもない。だから、悲しい。
碇ユイは強い。だから、弱いものほど愛しくて、守りたくなる。悲しいほどに強い。
弐号機パイロットなんかであっても、惣流アスカもまた弱い。そして、子供だ。
守るため、取り戻すために駆けるが・・・・・その手が届くか届かぬか、という所で。
 
 
ゴウッッッ・・・
 
 
風が吹いた。凄まじい風。ユイ初号機の情突進をやすやすと帳消しにして、期限切れの契約文書のように吹き飛ばした。貯金箱使徒のなにげに吹かした鼻息である。
 
 
ぶう
 
 
ブタの貯金箱のような鼻穴から吹いた息・・・・
鼻息ひとつで「あの」ユイ初号機が吹っ飛ばされた・・・・・驚愕の光景に発令所の時間も停止する。あらかじめカウンターは予測していたらしいユイ初号機は左腕の能力フルブーストでそれに抗った。なんとか地に己が身を繋ぎ止めて半身。そして、再飛。
 
 
「アスカちゃん!!手を!!」余裕がない碇ユイ。太陽が青ざめていくような叫び。
とりあえずは惣流アスカの弐号機を連れて逃げるしかない。一時撤退だ。金の魔力には金の魔力で対抗するしかない・・・・その専門家がせっかくこの都市にはいるのだから。
通信から聞こえる惣流アスカのあえぎ声には悦楽さえ感じさせてきた。まずい・・・
金の魔力は確実に人の脳を麻痺させる。神経もまたしかりだ。なにより、心が。
大金を手にした時の人間の心理状態。それは、逆ダモクレスの剣。
とにかく、あの現ナマ攻撃の領域から離れさせなければ・・・・・・・
 
碇ユイは強く、その願いもまた強い。それが事象現実を形成固着させていく。
 
「ユイ、”後ろ向き”だ」
ネルフ総司令にして第三新東京市の金魔力の専門家、碇、いやさ六分儀ゲンドウが即座の指示を飛ばしてきた。葛城ミサトなどお呼びでない。その指示を受けて風が吹く直前に身体を反転するユイ初号機。「なるほど、カシオペイアの亀風ね!あなた」その途端、風はユイ初号機に影響を与えず、意味もなく吹き抜けた。
「この夫婦の会話が分からぬ人は、ミヒャエル・エンデの”モモ”を読んでくれたまえ」
碇ゲンドウ専門家にしてネルフ副司令冬月コウゾウ氏の注釈。なぜか。
「もしかして、愛しい桃”ペシェ”って・・・・・やつですか!?」と葛城ミサト。
「フランス語で宗教的な原罪って意味ね・・・・・」と赤木リツコ博士。
「未婚の君たちには、ちと難しいかもしれんな・・・」真剣顔なのにズレていく二人の女性を哀れむ冬月副司令。
またそれは現ナマ攻撃の恐ろしさをいまひとつ掴みきれていないことも混じっていたのか。使徒、というものの本質の理解の深さがまだ・・・及ばぬか。
 
 
そして、「あなた」の一言に、ひそかに、ほんとうにひそかに、じ〜ん、と感じている碇ゲンドウ。このうえなく美しい日本語。昔、南極昭和基地に単身赴任する夫あてに選ばれた短い電報の妻の文に選ばれただけのことはある。万感の想い。ひさびさである。してやれることなど、もはや ないにひとしい妻ゆえに。
 
 
今度は間違いなく、弐号機の手を掴める!そこからの離脱体勢を整えていたユイ初号機に油断があったかもしれない。だけれど、責めるにはあまりにも意外の一撃。
 
 
紅の腕刀
 
 
それがユイ初号機の顔面めがけて飛んできて、半身を捻っていたユイ初号機にはかわせなかった。貯金箱使徒からの攻撃のみを警戒していたせいもあるが・・・・
 
ばきいっ!!
 
エヴァ弐号機が、惣流アスカが、エヴァ初号機を、碇ユイをチョップした。思い切り。
それも、 X(クロス)ちょっぷでだ。
 
 
「「なにいっっ!!?」」
碇ゲンドウと冬月副司令のハモリ。惣流アスカごときの小娘には百年千年かかってもかすりもしないだろう碇ユイがなんとチョップ・・・、いやさ、なぜ弐号機が初号機を襲う?海千山千百戦錬磨のこの二人がたまげたのだから発令所のスタッフの騒然はいうまでもない。「アスカあ!?」怒りとも呆れとも驚きともつかぬ声をあげる葛城ミサト。
「あんたっ、なんてことをっっ!!寝ぼけてンなら今スグ起きなさい!!」
 
 
「うるさいのよ・・・・」
 
惣流アスカの返答はこれであった。どことなく、警官に完全包囲されてしまった銀行強盗の声色。または援助交際を補導員に注意された女子高生か。意思のなく金気くさい。
いうなら、金に狂わされた亡者声。気だるげで、鬱陶しいといわんばかりの。
 
「いい気分なんだから、邪魔しないでよ・・・・どうしてもっていうんなら起きる料・一億円。ローンは不可、即金でそろえてちょうだい」
 
「ふざけてんの・・・・アスカ・・・・」いきなり豚の侍のようなことを言い出した惣流アスカに怒るより違和感を感じて迷う葛城ミサト。すぐに答えは出た。その点の理解の速度はさすがに発令所で指揮をとるだけのことはある。あの、現ナマ攻撃か・・・・
碇ユイの焦りも理解できた。
 
「もう戦うのやめた。一円の得にもならないんだもの。エヴァ弐号機も売るから。そのお金で南洋の島に一戸建てログハウスを買って一人で遊んで暮らすの・・・・・世界が滅ぶまで。らぐなろくなもんじゃない・・・」
未来もなんもない宝くじ的発想である。一番惣流アスカに似つかわしくない。
だが、誰が少女を責められよう。金の亡者になって売られることの悲惨。恐るべし現ナマ攻撃。たぶん、戦闘意欲も売り払われているのだろう。もともと天文学的予算で建造されて修復するにも国が傾くような大金のかかるエヴァだが、使徒はそれを「買いとろう」としているらしい。金の成る木使徒はそのためのもんだろう。レトロエルがレトロ光線でレトロ化したのも、もしかしてその分物価を安くするためだったのかもしれない。
もしかして、ネルフそのものを買収しようと・・・「金にあかせて」。
この人の世に金で買えないものはない、と使徒が判断したとするなら・・・・
わざわざ戦闘する手間をはぶくため、天から大量のお金を降らしたのも頷ける。
お金を与える、というのは代償を求める、ということだ。それは代価。
 
この世でお金で買えないものなどない。
 
愛はお金では買えないが、愛でお金は買えるのか?永遠の命題である。そこから世界最古の商売、娼婦が生まれた、という皮肉な説もある。
さて、エヴァを買い取るにはそれ相応、かなりの星が買えるほどの大金がかかるだろう。が、その中にいるパイロット。セカンド・チルドレン、惣流アスカはどのくらいなのだろう。その値段は。この世にお金で買えないものなどない・・・。お金に数字が刻印されている限り、値が付かないものはないのだ。それは、世界最強の呪術。
 
 
「銀行、バンクの語源は安楽椅子だ・・・金の成る木の方をカ・エル、それを守護する金で雇われた用心棒役だろう、貯金箱使徒をリシエル甲乙と名付けよう・・・・」
 
珍しく、碇ゲンドウが冬月副司令のお株を奪った。六分儀の顔をしていた。
 
 
「あいたた・・・・なかなかいいパンチだったわ、アスカちゃん・・・・
って、熱血女教師役をしている場合じゃないわね。どうにかして、引き離さないと・・・・・シンジはまだなのかしら・・・シンジと、レイちゃんなら・・・・・」
さすがの碇ユイも手をだしかねた。手の空いているリシエル乙が黄金の拾い喰いを止めて「武器」を構えてこちらを見ている。とうぜん、普通の武器ではない。梃子(レバレッジ)だ。あれで持ち上げられたが最後、どうなるか。予想ではあるが、おそらくエヴァ初号機は投げ売り叩き売りされるほどバナナやハンドバックより「安くなる」。対端に何を乗せられるかで変わってくるだろうが、そこらの道に転がる黄金玉一個で「使徒のもの」になるはずだ。あれにはああいう魔力がある。六分儀家で見習った目がそう告げる。
 
そして、見た目年齢に似つかわしくなく深い人間に対する洞察眼が、警告を発する。
 
金の成る木エル・・・・カ・エルから零れる多量の黄金玉、貯金箱エル・・・リシエルが食べきれないぶんがころがって、シェルター内にこぼれていっている・・・普段はそんなことはないが、レトロ光線で施設の一部は戦後バラック化しており、トタンだったり藁葺きだったりするので、充分にその隙間が出来ていたし、何より避難しているはずの市民の方から噂情報を聞きつけたのか、黄金玉を拾いに出ていたりするではないか!
それは、ハマグリや栗拾いとは違う。必ず、代価を支払わされる、「お金」なのだ。
戦場に黄金拾い・・・・・人間の本質を求めてやまぬ写真家ならばどのように撮影するかこの被写体を、この光景を。または、そんなのはやめて自分も拾いに参加するか。
 
 
「ああ・・・・・・」
碇ユイ。その本体は深い、ネルフの地下、セントラルドグマにある。
エヴァ初号機では、それを止められないことを知っている。自分の声と肉体でなければ。その資格はない。下手な介入をやれば暴動になるだろう。それは赤い腕が証明した通り。
 
そして、一刻も早く惣流アスカを救ってやらねばならない。
あの子がどれだけの価値、値段を自分に設定したのか。それが鍵になる。
あまりに安く設定していたのだとしたら・・・・・取り返しがつかなくなる。
あの使徒は実力的には大したことはない。ウシャの最も弱い奴でも片づけられるだろう。
だが、数字のルールに従う身である以上、束になってかかっても傷一つつくまい。
そして、こうやって放っておけばおくだけ、利子を増やし力を増していく。おそらく無限に、そして出鱈目に。指数的な成長を遂げる。
経済の例え話にこんなことがある。
ヨゼフが息子キリストの誕生のときに5%の利子で1プフェニヒ(一マルクの100分の一)投資したとします。そして、ヨゼフが1990年に現れたとすると、地球と同じ重さの黄金の玉を銀行から13億四千万個引き出すことが出来る、と。
無限なんてものは、数学の本を広げた机上にしか存在せんわけだが、第三新東京市全域がその経済学者の机上にのってしまっている。いつもは陰謀の舞台や使徒相手の闘技場になってたりもするが、こういうのは初めてのケースだ。
 
 
「まいったわね・・・・・」
丼勘定のユイとしては苦手かつ気にくわない状況である。プログレッシブ・正義のそろばんでも欲しいところだ。だが、迷っているすきに状況はどんどん悪くなる。
とくに、惣流アスカの心が。なにより心配だ。
 
 
タイムリミットが近づきつつある、自分の身体より。
 
 

 
 
 
「いらっしゃいませー、アスカを売ってもらえませんか?」
 
 
その屋台に座った惣流アスカさんはびっくりしました。
たまたま仕事帰りに小腹がすいたので、ちょっと寄ってみただけなのに、そんなことを言われたのですから。まじまじと屋台の人を見てみると・・・・・少し、というかかなり後悔しました。ちょっと普通ではありませんでした。江戸川乱歩の少年探偵団のあやしくてふしぎな世界に入り込んだ気がしました。
 
 
三人とも、そろいのはっぴをひっかけるようにして着てはいますが、まるで違います。
一人は長い金色の髪、羽毛色の白い軍服に・・・・・頭から大きながま口をヘルメットのようにしてかぶっていて・・・男か女か分からないけど、鳥のように綺麗な人。
一人は空色の短い髪、白い肌、赤い瞳の居酒屋和服姿の愛想のいい少女。
一人は半分壊れた髑髏の仮面をかぶった両肩の盛り上がった全身緑タイツの怪人物。
 
 
その屋台がおでんなのかラーメンなのか冷やし中華なのかも確認せずに座ってしまったのも悪かったのかもしれませんが、それはあんまり常識外のことでした。
いや、そもそもなんでこんな屋台に座ってしまったのでしょう。
席をたとうとしましたが、お尻に接着剤でも塗られたように身体が持ち上がりません。
 
 
 
いや・・・ところで、「屋台」ってなに?なぜこんなところへ?
しかも、仕事帰りってなに?こちとら会社勤めのOLじゃあるまいし。
首をひねることは出来ますが、席を立つことは出来ません。それに・・・・・
 
「アタシを売れってどういうことよ?」
 
人材派遣会社のCM撮影に紛れ込んでしまった・・・・に、してはあまりに異空間すぎる。
振り向けば、屋台の他になにもなく、ただどろりとした闇が広がっている。
逃げられない。ことが本質的に分かった。立ち向かうしかない。招かれたのか騙されて連れてこられたのかは分からない。孤軍でも奮闘するしかない。小さな赤キノコのように混乱してみたかったが、闘志と勇敢さはそれを少女に許さなかった。
 
 
「そう、それですよ」
「どれ?」
 
 
鳥のように綺麗ながま口ヘルメットがしなやかに惣流アスカを指さした。
あえて三百年ほどから連綿と続くお約束で対抗する惣流アスカ。ふりむく。
惣流アスカほどの美少女にぬけぬけとそんなことをやられるとたいていの男性諸氏は凹むであろうが、ガマ口ヘルメットは意に介さない。男ではないのかもしれない。
(くっ・・・!これに対抗できるなんて・・・・・シンジ級のボケボケだわ・・・)
 
 
「その炎の花束を思わす闘志や勇敢さ・・・・・まずは、それを売っていただきたい」
 
 
「はあ?アンタばか?」
 
 
「”物体”は”お金”を払いさえすれば、すぐ”買う”ことができる・・・・・そうだったなレリ?」
「はい、その通りなんですけど、なんですけどね、ウ$ェ$様・・・・」
 
ガマ口ヘルメットの麗人はウ$ェ$という名らしい。かなり奇妙だ。ヘンドルネームだ。
居酒屋和服姿の色素の足りなそうな赤い瞳の少女はレリ、というらしい。
どういう関係か、そのやり取りからは通常の店舗従業員のそれにはとても思えない、どこか身分を隠した世間知らずの王子様とそれを補佐するメイド・・・・・のような。となると全身緑タイツの髑髏仮面はボディーガードか。
 
「一方、”精神”を買うには、芸術品を購入するのを手本にし、まず、対象に”評価”を与えること。これは適正でも適正でなくともどちらでもいい、と」
「いや、まあ、それはまったくあの、そのとおりなんですけど・・・そんなバカ正直にお客の目の前でいっちゃあ・・・・・」ちら、とレリと呼ばれた少女は惣流アスカを見た。
ギロ。思い切り敵意と軽蔑を込めて睨みかえす惣流アスカ。メガロばか。
なんなんだこいつらは・・・・・・・・一刻も早くこの場を爆砕して帰らねば。
 
これは夢なのか・・・・だとしたらそろそろ起きないと学校に遅れる・・・・・
 
起きろ起きろ起きろ起きろ目覚めろ目覚めろ目覚めろ目覚めろ目覚めろ・・・・・
 
だめだ。なかなか粘着質の悪夢だ。しつこい。これだけ気合いをいれても覚めないなんて。
 
 
さっ
 
 
今まで無言でこれからも永遠に無言であろう感じの全身緑タイツの髑髏仮面が手をあげた。やはり無言で。
 
「はい、サキゾウくん。一万円でました」レリが分かるのか、値段を呼び上げた。
「一万円、一万円でました。ほかにいませんか?」他にも何もレリが司会者なら他にはウ$ェ$しかいない。
 
「なっ!?アンタたち勝手にねえ・・・・・・!!!」惣流アスカは言いかけてやめた。勝手にやってろばかどもめ。それにしても一万円とは・・・・・・なんかくやしい。
 
「なかなか順当な値段だ・・・・やるなサキゾウ君・・・・値段は高い方がいいのだろうか」
 
「なんでアタシに聞くのよ・・・・・・」暴発寸前の惣流アスカ。もともと発火点は高い方ではない。聖なる火薬庫の中で青春をすごす十四歳、少女です。
 
「しかし、値段は適正な評価をした方がよいのだろう。高く推移するだけ、という愚かな評価方法があるのだろうか。時間の経過に従って安くなる、という場合もあるのではないか・・・少なくとも、わたしの目には数十秒前の君の勇敢さの価値は色褪せてきている・・・・・ように見えるのだが」
 
「疑問詞の多い奴・・・・・一休さんにでてくるどちて姫かアンタは・・・・・」
 
勝手にさらせ。その手にのるか。・・・・・それにしても、アタシたちが戦う値段ってそんなもんかな・・・・野散須のGさんあたりにいわせると、消防士の出場手当も昔は三百四十円くらいでラーメン一杯食ったらなくなってしもうたぞ、とか笑われそうだけど。
 
でも、金銭的評価、か・・・・・
 
惣流アスカは頭がいいうえ、綾波レイほど世離れしてないので考えてしまう。
確かに順当で成長期としてはまっとうな思考であろうが、状況が状況で、今考えるべきことではないのだが。そういう点、まだまだ隙が多い。成長の余地があるともいえるが。
迷いと揺れ。人の価値観を破壊する方法はいくつかあろうが、その中で、身を滅ぼすほどに、最も効果的なのは、やはり、普段扱い慣れている枠内から一気にケタをはずれた膨大な金額を流し込んでやることだろう。ウ$ェ$やレリはそれを知っていたのかどうか。
 
 
 
「では、二兆円ではどうだろうか」
 
「え・・・・・・」
 
 
少女の頭の中の価値観の、枠内にジャラジャラとパンクするほどの大量の金額が流れ込む。
脳内パチンコ場新規入れ替え全機フィーバーフィーバーバトルフィーバーA状態。
実際に手渡されたわけでもないのに、恐ろしい想像力の効果。これが金の魔力。それだけで感性が麻痺してしまう。二兆円の金銭評価。ゴールデンアッパー。それをアゴにまともにくらった惣流アスカ。マウスピースのようにしっかり噛みしめていたはずの闘志も勇敢さもその一撃でふっとんでしまった。ふらふらと、おそらくは認めてしまったのだろう。
その常識外れの肯定評価に頷いてしまったのだろう。自分の中の何かを売ることを。
 
 
「はい、それでは二兆円でハンマープライス!」とレリがどこから取りだしたのか小型の小槌でテーブルを叩いた。その音が響くと同時に・・・・
落札者のウ$ェ$の手に、ぼうっと燃える炎の花束が。それは惣流アスカの闘志と勇敢の証。形にしたものだ。「人に抱かれることも人を慰めることもできないが、高々と掲げて、戦闘と混乱の道を熱く明るく照らしゆく・・・・ああ、これが歴史の徒花か・・・」
「花の命は短くて 赤き唇褪せぬまに 命短し 恋せよ乙女・・・・・・・とはいえ、世界最高値の花束ですね」とレリ。少々その額にあきれ顔だ。
 
 
「なっ・・・・・・・!?アタシは売るなんてひとことも・・・・・・・・」
惣流アスカの声は、儚げで、弱々しい。少女を知る者たちには仰天ものだった。
 
 
「言ってないです・・・・・」
しかも、”です”。彼女の場合は死に言葉。
 
 
完全に気の強さを失ってしまっている。他にどんな弱点があろうとも、惣流アスカが己を己で誇れる美徳、今の世界にはあまりなくなってしまった種類の美徳、「勇敢さ」を失ってしまった。ついでに闘志も。しまいには、弱々しくうつむいてしまった。
 
これで髪を黒くして眼鏡をかけたら山岸マユミになる・・・・・・、と冗談はさておき、事態は碇ユイが心配したとおりになった。エヴァ操縦における天才性が内蔵しているとはいえ、闘志を失ってはそもそも戦闘の場に立つ資格はない。かなりまずいうえに、買い戻そうにも惣流アスカ、そして保護者ある葛城ミサトにも当然、二兆円<以上>などという金はない。倍で買い戻すとしても四兆円だ。葛城ミサトが千人くらい買えるだろうか。
 
「お代金は黄金生産使徒による黄金球で支払われます。ご家庭の方に直接、お届けしますのでご都合のよろしい時間帯を、こちらの書類の欄にマルしてください」
レリが書類を出してきた。ここは屋台じゃなかったのか・・・・そんなツッコミさえ今の惣流アスカには出来なくなっている。十四歳女子中学生の大富豪様である。これ以降の表記には「様」をつけたほうがいいかもしれない。しかし、刃向かえもせずに言いなりに書類の欄にマルなどつけている今の惣流アスカは・・・・
「お好みによって、黄金玉のほかにルビーやサファイヤなどでも支払は可能ですよ。
男の命を枯れ葉一つの重みもなくしてしまうルビーなんてお似合いだと思いますよ」
「え・・・・じゃあ、それ・・・」
 
 
「それにしても、実に思い切りのよいお嬢さんだ。この前の、レリ、なんといったかな、ラーメンを食べたあの男性は」
「ああ、美味しくないラーメンには金を払わないでいい国家許可証を所有しているラーメンハンター・コードネームはラーメンタイガーとかほざいてましたね。結局のところ、なんの望みもいわずに逃げていきましたけど・・・・擦り切れてしまって人生になんの望みもなかったのかもしれないですが」
「ああ、そうそう。そういうわけでこのお嬢さんにも特別サーヴィスとして、なにかご馳走しようと思うのだが」
「ああ!それはよいお考えです。ウ$ェ$様。ラーメンよりは・・・そう、ハンバーグなどがよろしいでしょうね。ステーキはあまり有り難みを感じないようです」
 
 
もとより調理設備のない屋台のこと、ハンバーグといっても、ウ$ェ$のがま口から出されたものだった。だが、その芳しい匂いたるや、その出自を目の前にしながらとても抗えたものではなかった。これを口にしてしまえば完全に完璧に己の精神を売ったことを認めてしまう・・・と頭では分かっていても舌が、口が、唇が、手が、いうこときかない。
その「目の玉が飛び出るほどほっぺたがたれるほどうまく、十二年は寿命が延びること間違いナシの干支肉をつかったハンバーグ」を食べてしまう惣流アスカ様。(大富豪で気弱)
悔し涙なのか、あまりにうますぎるためか、涙がひとすじ流れた。
 
 
「金持ちケンカせず、と人類はこの言葉の意味をもっとよく考えた方がいいと思うのだが」ウ$ェ$は深い英知を感じさせる声で、隣のレリを萎れさせた。
 
「はあ、そうですね・・・・」仕方がないので、サキゾウに見えない位置で代わりにぺしぺしとつっこむ。階梯の違う上司には逆らえない。サキゾウは無言。
 
 

 
 
 
顔のない看護婦の首がすっ飛ぶ
 
 
銀橋の刀が一閃。二閃。三閃。四閃、五閃、六閃、・・・・・十八閃。
瞬間はいくら重ねても瞬間以外のものにはならない。都合、十八回刀が振るわれたのを証すのは、その刀であの世とこの世の橋を完全に渡らされた喪者たちの首。十八の、首。
 
 
ゆきみる墓場・最奥部の、H地区である。
HotelだのHospitalだの、ここはいかにも霊がたまりやすい場所であり、周囲はねとっとした霧につつまれ、三歩あるくだけでどっと疲労を感じる。二階から下がない浮遊する病院やホテルが連立する。生気を吸い取られるほかに、霊圧が強く、体力を消費するせいもある。「酸素ボンベなしで海中散歩をしている感じっす・・・息苦しいっす・・・」と皆を代表して、チンが泣き言をいった。口にしないだけで皆、およそまともな生命をもつ人間は皆、そう感じる。こんなところに居を構えつつ、支配者になっている綾波シグノというのはつくづく人間ではない。魔人怪人妖怪人というレベルではない、すでに人外だ。そして、こんなところを彷徨い探索する者もまた。
霊魂が傷を癒しに・・・つまりはこの世への執着心を忘れぬようにあの世へ昇天せぬよう怨念を増やすための場所であり、肉のある者たちの健康に悪いことこの上ない。
耳元で生者への呪いの言葉が囁かれる。ちょっとでも気にしようものなら自殺したくなる。
この霧自体がすでに微少レベルに実体化した霊なのだという。吸い込むとエヘン虫のような味が喉にひろがる。
 
 
「霊魂の存在を信じぬものはここにきてみればいいですね。月を見るのに夜を待つように。彗星を待つ天文学者のように。谷の松が風に鳴くのを聞くのは谷の奥まで行かねばならない。霊はいる場所にはいやというほどいるのが分かりますねえ・・・・こちらの命が脅かされるほどに」
ユトが一息ついた。今の銀橋の攻撃でとりあえず、休憩用の歩法結界法を張り終えた。
「本邦初公開、六分儀ユト式対吸血鬼結界、その名も”トロイアの女”!です」
「・・なるほど、岩波ホールの舞台装置ですね・・・1974年・十二月初演の」と銀橋。
「その通り!と、いうわけで水に入るごとくにくぐってきてください」
「つまりは、蚊帳のことですよ」
古い話についてけない他の連中に解説する銀橋。「おいピラ、蚊帳ってなんだ?」とベープマット世代のチン。「これは”かや”と読むのです。”かちょう”ではありません・・・ちなみに意外に値が張って六畳用で二万五千円くらいしますよ」年長者の義務として。
 
これで相当に強力な相手でも近寄っては来れない。
 
返答はない。全員、かなり疲労している。精神的にも肉体的にも。ひとりへのへっちゃらのかっぱでいるのはユト一人。怠けていたせいではないが、矢面にたっていたわけでもないので、余力があるのだ。判断者の立場が分かっている。数々の妖物霊物怪物の襲撃の矢面に立たされたのは銀橋、虎兵太、ツムリ、タキローで、これが前衛。ユト、チン、ピラの三人が後衛。前衛はよく働いたが、後衛はそれほどでもない。チンは緊急脱出装置の機能しか持ってないしピラも歩く救急箱くらいの威力しかない。おまけもいいところだった。前衛の四人がゆきみる墓場最奥部に入って、どのくらいの数を相手にしたのか列挙すると水木しげる先生もびっくりするだろう。しかし、これだけの数を倒したのに、チンやピラのレベルが上がってないのだから、RPGのパーティー戦闘経験値というのはありゃ嘘だな、ということが証明された。あんまりレベルが違いすぎると参考にならないので身につかないのかもしれない。霧の中から突如突進してくる幽霊タクシーをツムリの槍が串刺しにし、身の丈5メートルはあるゾウとカエルのあいのこ実験動物のなれの果てを虎兵太がタイガードライバーで投げ飛ばしたりするのだ。自称のとおり一般ピープルであるチンとピラがそこから何も学べない、というのも仕方がないのかもしれない。だが、ユトならば安全圏をキープしつつふくふく経験値を蓄えるというまねもできないでもなかった。
 
 
「みなさん、ここで一息いれましょう」
安全圏などどうせ最奥部にはどこにもない。よってどこで休憩しても同じである。
一応、斬りまくり突きまくり投げまくったここら一体が霊濃度が低くて多少はましであったろう。気分的に。そして、体力的にも。
最早、なんでもこいやあ、こらあ!!な明鏡止水な心境で「あ、チンさんそっち持ってくださいよ」「こ、ここでいいのか・・・あ、血が」道のど真ん中でピクニックシートを広げる。四隅に懐中電灯を中央を照らすように配置する。「あ、虫か・・・ちぎれた指か」
「激闘でしたからねえ・・・、あ、そこもうちょっとピンとお願いしまーす」「・・ああ」
 
 
せめても荷物持ち係りのチンとピラの登山用大リュックから魔法瓶を出すと暖かいコーヒーを人数分いれるユト。コーヒーに魔を祓い邪を清める効果など特にないが、こういう場所では暖かい、ということだけでありがたい。事実、最奥部は気温が一桁、と低い。ほんとうの最奥になると雪が降る、という。
「そ、それにしてもなんとかここまで、これて良かったっすね・・・それも、銀橋さんのくだすったこのお守りがやっぱ効いてるんですかね?要所要所危ない所で連中、退いてくれてる感じがするっすが・・・中に、何はいってるんすか?」
多少は温度を上げようと、ピラが希望げな話題をふる。が。
「胞衣(えな)がはいっているのです」銀橋が気怠げに答えた。
「胞衣?」答えた本人以外、皆それを知らない。確かに頼りになるお守りではあるが。
「もしや・・・?」タキローには覚えがあったようだ。顔色がかわる。
「胎児の羊膜ですよ。昔、船員には重宝がられたものです。これを身につけると溺死しないとね。群がる霊相手にもむろん、効きますよ。ただ、未婚者は引き替えに・・・・、と、やめておきましょう。皆さん、そうですからね」その話題は濃い珈琲よりも暗い。絶望げ。
 
 
 
「いやあ、生きのびてますかねえ、あのふたり」
ずずっ・・・と侘びしく、というか楽しくなりようがないので侘びしくコーヒーをすする音が続く中、ユトが言った。ある意味、全員に対しての挑発である。
 
「レイ様は生きているう。たとえ六分儀の小僧がくたばったとしてもその屍をにじり踏み越えて生きているに決まっているのだ」ツムリが断言した。もしその逆のパターンであるなら、見えたら即、突き殺してやる、といわんばかりに。
「子供一人でこの墓場の環境はあまりにも苛烈です。生存確率も低くなる。迷惑な話だが、二人で我々の前に現れてくれなくては救出は難しくなるでしょう」
なんとかここまで皆を連れてきた案内役、銀橋の言葉には説得力がある。
「しかし、レイ様には”綾波”と”菩薩骨”があるではないですか。」
虎兵太の表情には不安と焦りがある。一応、婿候補にあがっている身だが、純粋に綾波レイの、後継者の身を案じている。大和撫子ならこういう男子に愛されるのがよかろう。
「あれは確かに・・・・ですが、この墓場に棲みつく者には狡猾な者もおりますから。六分儀のシンジ殿の身を捕らえてそれと引き替えに脱がせる・・・・その後、二人とも・・・・という手くらいはいくらでも」
「なんでレイ様を拉致ろうとした不届き六分儀の小僧と引き替えにレイ様がそんなことをしなくちゃなんないですかあ?」
「さて。後継者のお心はわたしたちには分からない、ということですよ」
さすがに年季の違いで、ツムリの追求槍先をするりとかわす銀橋。やっとれん、というところだろう。
 
「そりゃあ、シンジさんとレイさんは、らぶだからですよ〜」もしやそういうことを職業の一つにしているのかもしれないユトが答えた。「そういう状況になれば77.8%の確率でレイさんはそんな要求に従っちゃいますねっ」
 
「なんか微妙に低いと思うのオレだけ?・・・・・ひげふっ」
「やだなあ、チンさん。ちょめですよ。そんなに女の子に夢みないでくださいよ。移り気な女性が7割を突破することに感動するところですよ、ここ。試験にでます!」
 
「ユト姉さん、そこは経絡秘孔・・・・一応、荷物持ちなんだしここで爆砕されても・・」
「チンの兄貴・・・・・ま、まあ、四捨五入で八割だと思えば低くないっすよ」
「あやうく”死者誤入”されるところだったぜ・・・ユトてめえ・・・!」
「きゃー、チンさんおよしになってくださいな。その壊れたワープロのような反応、こわいです」
 
 
「ふーん・・・・・」とくにツムリが反論しないのは、あまりに意外なので言葉がまだ耳から脳に伝達されてないからだろう。さすがにしんこうべ一、思考速度の遅い女。
 
「それで、だいたいお二人が墜落したと思われる地点にはあとどのくらいで着くんすかねえ?」ピラがまともかつ切実な情報を銀橋に求めた。「あ、なるべく安全なルートを選んでもらってることにはもちろん感謝してるっすけど・・・」
 
「どちらかといえば最速のルートを選んでいます。あの二人が落ちたのはZ地区。
土葬エリアですから、面倒なことになっていなければいいんですが」
銀橋は淡々と答える。
「次の切り裂き自治区のJ地区を抜けて、最奥部最有力勢力の一つ、リャノーン、デオルグの双頭目の仕切るシー一家の夜魔の森・S地区。それさえ抜ければZ地区は目と鼻の先です。あの二人が落下地点からそのまま留まっていれば発見はできるでしょうが、生存はむつかしいでしょう。最悪、残骸を見つける、ということにもなりかねません。墜落シーンを目ざといV城の者共が見つけないわけがないですし」
 
 
「そして、”綾波シグノ”に見つかってなければ・・・・か」タキローがあとを継いだ。
トタンに、あれだけ霊物たちに猛威を振るった銀橋の顔色が変わった。怯えに近い。
「あ・・・・・」
今は修羅場の中の協力関係。そんなつもりではなかった。だが銀橋は
「・・・いいんですよ。確かに私はあの方が恐ろしい。いえ、畏れているのです」
素直に認めた。逆立ちしても敵わぬことを。すでに開いた顎の中にいることを。
 
 
「・・・・・・・」
ツムリと虎兵太はその恐れを笑うことはないが、同調することもない。所詮、若い世代にとっては昔の話であるし、綾波でありながら綾波を恨み憎むなど、言語道断であり、獅子身中の虫、程度の認識しかない。その虫がどれほど巨大か知らぬのだ。綾波を一呑みにするほどの大きさなど想像もつかぬ。
 
 
「その、シー一家とは銀橋さん、コンタクトとれてるんですね?」ユトがなにげにいう。
「え?・・・・ええ、まあ」ユトの年若さに似合わぬ抜け目のなさに内心舌を巻きながら銀橋は答えた。他の若い衆はついていけてない。よく分かったものだ。
「て、ことはピラさん、もうヒトがんばりすればけっこう早く到着しますよ」
「あ、そうっすか?じゃ、じゃあもうちょっとがんばるっす!」
単独犯の気性、といいつつ、辛酸を舐めつくしてきた者だけがつかえる窮地の優しさ。
たいていの人間が猫を噛むくらいのことしかしないが。ユトにはそれがあった。
しかも、嘘はついてない。二人に会えるかどうか、いまだ不確定だった。
 
 
「生きてて、ほしいですけど〜君、死にたまうことなかれ・・・なんて・・・」
 
ぷしっと。いいかけたユトの首筋から血があふれた。X印の赤い傷跡。
不可視の吸血鬼による完全なる奇襲。ご自慢の赤い靴による歩法結界法が引き裂かれた。
まるで、子供に遊ばれた蚊帳のように。
 
 

 
 
お金はこわい
 
 
金持ちならともかく、小市民なら美女をはべらして高級料亭で鼻から葉巻の煙でもプカプカ吹きながら一度は言ってみたい夢のセリフである。
こわい、というのはともかく、そこに「ある」ということだから、「ない」よりずっとマシ、ということになる。だいたい、そのセリフは大量の金で身を滅ぼした人間の言うセリフだ。まずは、大量のお金を手にいれないといけないわけで、むつかしい。
 
 
だが・・・・
現在、第三新東京市では、それがあまねく現実のセリフとなった。お金はこわい。
天から降ってくるし、金の成る木使徒(カ・エル)がなんぼでも黄金の玉を生み出す。
それを両脇の貯金箱使徒(リシエル)が食べてしまうが、おこぼれがかなりある。
ふだんは完璧なシェルターでも、レトロエルのレトロ光線によりレトロ化してしまい、煉瓦壁やトタン屋根に変わってしまっているので、避難していた市民はそこから這いだして金貨や銀貨をここぞとばかりに拾いまくっているのだった。危険も省みず。大きな黄金玉に自分の名前を切りつけて所有権を主張する度胸のいいおっさんもいる。もちろん、そのような危険行為はネルフによって禁止され止められたが、そんなもん聞きはしない。
カ・エルもリシエルも金を生み出して拾い喰いするくらいのことしかせず、いつのようにいっさいの破壊活動を行わないのだ。かえってエヴァが動くのが「邪魔」なくらいだ。
ユイ初号機もあやういところで原付で黄金玉を拾いにいくバカ者を踏んづけるところだった。もし、これがシンジ初号機なら確実にペシャンコだ。
戦闘領域に市民が避難場所から抜け出してウロチョロするなど・・・・・予想外の事象だった。そういうケースが皆無なわけではなかったが、使徒のド真ん前まで突進してくるようなことはなかった。誰しも命は惜しい。自然の生存本能だ。しかし、それが狂った。
ジャーナリストが知的好奇心にせき立てられて戦場に立つ、のとは異なる。数が。どんどん、地下の避難場所からヒトが這い上がって群れ上ってきている。蜘蛛の糸を連想させた。
 
 
 
「いっそ、飼ってしまうか・・・」
ネルフの、つまりは第三新東京市の常識と冷静と知性の代表格の一人、副司令冬月コウゾウまでがこんなことを言い出した。その声色はかなり切実なものが混じっている。
エヴァと稼働と使徒の撃退には国が傾くほどの大金がかかる。副司令として金銭関係にはこの都市の誰より苦労されている。第三新東京市のミスター・円といっていい。
ビッグバン、宇宙が創造されたようにお金は無から産まれてくれない。そう、お金というのはもともと貧乏神の持ち物だったのだ。だから、油断してるとそれを取り返しにくるので、人類はこれまで駆け足で逃げ続けてきたわけだが。出来ればその逃亡劇を終わりにしたいとおもうのはどんな有徳人でも同じなわけで、冬月副司令がこんなことを言い出しても、責められるものは誰もいないだろう。そのくらい、この金成る木使徒は魅力的な存在ではあったのだ。その魔力に気づきさえしなければ。冬月副司令くらいの人間でも目が眩んでしまうことはある。お金さえあれば、かなりたくさんのことが救済されるのだから。
 
セカンドチルドレンの戦意喪失も、それを上回る額の「手当」を出せば解決されるだろう・・・・そう、そうに違いない。やはり、子供とはいえ、金銭のことはカッチリさせねば。
サードチルドレン、シンジ君は幽霊状態とはいえ、団地をひとつ貰っているのだ。そういう点にも不満がたまっていたのかもしれない・・・・碇、賞与は公平にするべきなのだ。
・・・という囁きはあるいは悪魔のものであろうか。
 
苦あれば楽あり、ピンチのあとにチャンスありがモットー、柔軟な発想と出鱈目な実行力が持ち味のネルフであったが、さすがにそれは・・・・・しかし、これで金銭に関する苦労はしなくてすむようになる。それは大きい。とても大きい。
武装要塞都市にして黄金金融都市として、戦術楠千早城状態から太閤大阪城状態にレベルアップできる。それは大きい。福音ではなく、台所を預かる者としてはこれはビッグチャンスだった。使徒の金など使えるのか、という疑問はあろうが、分析報告によると高純度で病原菌や毒素の付着等、物理的な罠もなく、使用にはなんの問題もない、ということだ。
 
道義道徳の問題を別にして、だが。
 
戦利金だと思えばいい。なにごとにも余録はあってしかるべきなのだ。
戦争とは侵して奪う行為そのもの。だとしたら来襲する使徒より黄金を手にいれても両親の咎めを受けることはまったくない。それは正当なる報酬なのだから。
 
「金の成る木、といえば植物の一種であろうし、ニフの庭の隅にでもおいておけばゼーレにもばれはしまい・・・」
ふらふら〜、とそんなことまで口にする冬月副司令。
「ええ、そうですわね・・・」
ふらふら〜、とこんなところにきている赤木リツコ博士。
「いや、機密を第一に考えてセントラルドグマの中枢に封印しておくか・・・・・
なにせ、こんなことを知られたら世界中から強奪にやってくるだろうからな・・・・」
「ええ、そうですね・・・」社長技能ももっている伊吹マネー、いやさマヤ。
 
自分で招き入れてどうする。
 
そういうのを本末転倒というのだが、使徒はそれを見抜いていたのだろうか。
まことにお金の魔力はおそろしい。お金はこわい。
発令所の空気はすっかり戦闘の緊張感から宝狩りの焦燥感にかわっていってしまっている。モニターに映る市民たちがホコホコとお金を拾いにいっているのに、なんで自分たちは・・・いっそ自分たちも・・・とウズウズしている。札束にはられてへろへろの腰ぬけになってしまったエヴァ弐号機と、それをなんとか救出しようと貯金箱使徒と睨み合うユイ初号機の姿を見上げるより、その周辺の黄金の輝きにどうしても目がいってしまう。
その光景さえ、あれほど畏敬したユイ初号機の奮闘の姿さえその輝きの前には滑稽にみえる。瞳の色を神性のかけらもない黄金に染めながら。
お金さえあれば・・・・・・なんでもできる。みなが、それを考えた。
 
ただ、中にはそれに逆らう人間もいた。金銭の有り難みを知らぬ愚か者たちである。
 
「世の中、そんなうまい話なんて転がってないわよねえ・・・・こういうダマし攻撃って自分がやるのはいいけど、相手にやられるとトコトン腹が立つのよね・・・・絶対に叩き潰してやるからね・・・・カラクリも分かってきましたし、ねえ野散須作戦顧問!!」
「その通り。これにゃあ絶対に裏があるぞ。金というのはそういうもんだからの。
市民には現場に近寄らせるなー!分かったかこりゃあ!!」
「そう、機械の身体はタダでもらえても、お金はただではもらえないんだ!!僕には分かる。たまには現物支給だったりするんだ!!ちきしょう!!」
 
葛城ミサトや野散須カンタロー、日向マコトなどあくまで使徒をブチ倒す智恵を働かす。そんな彼らのその背には貧乏神の式神が愛しげにくっついている・・・。
冬月副司令の目にはそう「見えた」。
”いかん・・・・彼らを止めなくてはならん”・・・・金銭の有り難みを理解しない彼らを!・・・・・お金のこわいところである。
 
せっかくネルフが・ネルフリッチへの進化の階段を登ろうとしているところを・・・
もし、その懐になんかの間違いで弾丸を装填した拳銃なんぞあったら”つい出来心で”背中から心臓を狙っていたかもしれない・・・・・お金のこわいところである。
 
 
お金さえあればなんでもできる。
ただ、使徒を倒すことはできない。完全に魔力に侵食されてしまっていた。
 
 
そして、使徒の方でもこう考えていたのではあるまいか。
お金を払えば、手に入れることが出来るのだ、と。お金さえ払えば。人は、逆らえまい。
なによりそれは人のつくりし掟。
 
 
「その選択もあるな・・・碇・・・・・」
かなりマヂになって、金成る木使徒(そう、名称はまだ未定なのだ!認定されてない!!・冬月コウゾウ氏談)の飼育を提案する副司令。作戦部の連中がまたぞろどこから考えつくのか「必殺の」アイデアを声高に叫び出す前に。声のでかさでは負けてしまう。
返答もなく、モニターから碇ゲンドウの方を向くと・・・・そこには
「碇・・・・?」
いつのまにか碇ゲンドウの姿は消えていた。