「続きはまたこんど・・・・・・」
綾波レイはその手紙・・・小説ともなんともつかぬ「それ」を読んで呆然とした。
どうやって届けられたのか、見覚えのあるムーミン切手のはられたその封筒は、夕食後、屋敷の中の自分の部屋に戻ってみると机の上にあった。おそらく、綾波の人間の手を介せばその場で焼却処分にされていたであろう郵便。差出人は「六分儀シンジより」などと。他の者の目に触れれば、まず、絶対、瞬殺で、処分されていたに違いない、手紙。
時節の挨拶などなんもなしで、ただ、この怪奇大作戦な”お話”が入っているだけ。
今時どこからさがしてきたのかワープロの感熱紙で印刷されたそれ。
よくもわるくもまあ、筆跡鑑定を恐れる必要もなく、こんな話を書いてよこしてくるのは、寄越してこられるのは・・・・彼一人しかない。
長さにして。せいぜい四頁のそれは、なにか悪い符合のようですらある。
だが、その破壊力たるや・・・・
綾波レイ、しんこうべ綾波脳病院の後継者の戴冠を待つ、赤い瞳の少女の心を、撃った。
撃ち抜いた。
どこから発射されたのかもわからない、その物語。
それを読んでどうしろとも書かれていない。ただ、それだけ。
物語を紡ぐためにひつようなもの。それは、筋立てや登場人物を詰めた、袋。
人によっては脳にあったり、心臓にあったり、胃臓腑にあったり、四肢にあったり、または頭頂三�兢紊砲△辰燭蠅垢襦�それは。
心。
まるで中学の国語のテスト。この作品の作者の考えてることを十三字以内で答えなさい。
そう、おそらくこの物語の作者は出題者でもある。この感性は。じっくり文尾を見直すとそんな設問が浮かび上がってくるのではなかろうか。
そして、震撼させられるのは、内容のみにあらず。
サイコメトリ
脳病院に来てから患者経由で200を越える特殊能力を「献能」された綾波レイ。
その中にそんな能力もある。残された物品から持ち主の思考を読みとる能力である。
なかば無意識でそれを発動させてみたが、検索ヒットは零。何も浮かびあがらない。
よほど巧妙に能力ガードが施されているのか、この物語の作者はなにも考えていないのかのどちらか・・・・または、この物語の作者にはその手の能力が一切通じないか・・・。
ここ、しんこうべに来て、どれだけ自分が強力になってしまったか知り抜いている綾波レイにとって、その力が通じない相手の存在というのは畏怖と嫌悪を足して二倍したような、異星人に出くわしてしまったような感覚を生じる。これは増上慢ではない。
酸ノ宮にある神社の神様にいわしても「そりゃそのとおりだろうなあ」といわっしゃること間違い無しにいまの綾波レイはすげえ。とにかく、ぶっちぎりにすごい。
だいたい、力の発動を「自分に対する記憶の消去」などという切ない方面に使ってしまった綾波レイであるが、これが「自分を崇めろ、この犬共め」などという世界征服方向へ使用していたら今頃ただでさえ領土が少なくなってしまった世界地図にはアレキサンダー大王もジンギスカンもびっくりの帝国が浮上していたはず・・・・。いかにもな悪役大王な行動であるが、世界中の誰も、いかなる鼻の利く正義の味方さえノーマークの少女の行動に邪魔は入らず、あっさり実行されるだろう。
つまり、やりそうもない人間がやるから、こわいのである。
備えも構えもできない。
増幅器である零号機を失おうと、いまは綾波トアがいる。
どちらかというと鬱気味で大人しく人生黄昏気味で隠者めいて陰気で誰とも縁なさそうな支配者級の催眠能力者が恐れられる理由のひとつとして、それがある。
不思議なことにハッピーでウーピーな催眠能力者というのは皆無なのである。
根暗。で、他者に害を与えることを嫌い、深い洞察と人に対する悲しみを秘めた賢者めいていて・・・・いざっつーときはガツンと一発、とやってしまう。人生崩壊的な一撃を。
レベルの高い催眠能力者ほど、「あいつはやらないだろー」と思わせてしまうのだ。
特に理由はない。それは身を守るための防御壁のようなもの。無攻撃。侮らせるわけでもなく、それは深い信頼と信用。危険性絶無。そうでなければ殺られてしまうから。
他の攻撃性の高い能力、パイロキやテネキネの支配者級も、催眠の支配者級には敵意害意を持つことができずにいいように操られて敗退するしかない。その後、能力を奪われて。
相手の能力を学ぶ、または奪う・・・催眠能力者の独壇場、檜舞台である。
読心能力で相手の能力の成り立ちを読みとって、それをトレースして自己催眠で自分の脳みそに叩き込む。簡単にいって、こんな手順で強い読心催眠能力者は自分の手駒を増やしていける。それはいわゆる超能力と呼ばれる特殊能力だけではなく、たとえばヴァイオリンなど音楽楽器の演奏、居合い抜きなどの剣術剣法、後天的努力研鑽時間経験を必要とする「魂」な能力すらコピーしてしまう。ただ、このコピー純度は能力に比例する。中途半端な者がやるとバグがでたり、する。まあ、ずるいといえばずるい。読みとられた方は当然、おもしろくない。弟子にして教えるのならまだしも、一瞬にしてこれまでの人生を完全模倣、ひとつの記憶媒体に凝縮されて思う存分にそいつに使われてしまうのは、よほど人格と人徳に優れていてもおもしろくないし、頭にくる。綾波レイは碇ゲンドウの付き人をやっていた時分に、温厚そうなチベットの高僧仙人にそれをやって逆ギレさせたことがある・・・。自らの思考、教えを忠実に伝達されるのは人類の夢でも、とりわけ宗教関連では、あったはずなのだが、現実はきびしい。
そこで、最高の能力コピー純度を誇る支配者級の催眠能力者がこれまでいかなる方法で時分の能力を増やしてきたか?
まず第一に、相手の許可も得ずにウムを言わせずとにかく、コピーする。
相手の恨みを買うが、戦ってもどうせ勝つのだし〜、と、とにかくコピーする。
この手の手合いは能力マニアのコレクターと化し、恨みは買うのだが特に悪事を働いて背中から刺されるようなことはない。収集だけが目的になるからだ。
第二に、能力を増やすのをあきらめる。というか、それに興味を持てない。
自分に襲いかかる、よからぬ意図を持つ者にだけ発動させ、勝利の記念とする。
かわいそうなことに、欲はないのに悲運の最期を遂げたりする。まさに能力の犠牲。
第三に、使えそうな能力、戦闘系の能力に限って、善人悪党関係なく、相手を力づくで拘束した上でその能力と生命まで奪ってしまう。自分がオリジナルになろうという考えをもつ。ことにこの手合いは黒魔術的な儀式を好み、当然のことながら最後には正義の味方に滅ぼされる。たまに滅ぼされずに寿命を全うしたりする。
第四に、相手の許可を得た上で、協力を求めつつ、能力を「献能」してもらう。
綾波レイ、つまり綾波党のやり方がこれにあたる。
そんな都合のいいことになるものか、という反論があろうが、それにはちゃんとした理由がある。代償といっていい。それこそが綾波党の党首に求められる能力、「能力治癒」。
「治癒能力」ではない。肉体ではなく、精神ではなく、「能力」を修復し治癒させる。
なんらかの原因で能力を破損させ、最悪、使用不可になってしまった能力者相手に綾波の当主はその一般の医者には治すどころか視ることも触ることもできない「傷」を、その力をつかって癒してきた。綾波一族が全国を放浪しつつも潰されも崩壊もしなかった理由がそこにある。伝奇小説的業界、神代の昔から続く異能の力をもつ有力氏族からも一目も二目もおかれていたのである。最後の救い手として。
ことにレイの母親、綾波ノイはこの能力治癒に優れていた
そんなわけで、能力を復活させたお礼お代として、納得ずくで能力をもらう。
これを献能という。
綾波脳病院の「脳」はじつのところ、「能」であるわけだ。
六分儀ゲンドウが都市計画の邪魔者徹底壊滅を、その存在を認めざるを得なかったのは、当時、能力を喪失しかけた重病人が何人もいた京都・六分儀本陣から袖を引っぱり込むよな強烈な制止があったせいもある。
病から救ってくれた人間に、それが赤い瞳をもっておろうが、恩義を感じるのは人間として当然のことで。余人に理解しがたい孤独な能力者ならなおのこと。
綾波党の世界中にひろがるネットワークはたとえ超法規的な特務機関だろうと侮れないものがあった。正式な組織な形はとっていなくとも。その内蔵する力は海を越えある意味、国家をも超越する。つまりは、B・Jならぬレッド・クィーン。そういうことだった。
順調に倍々ゲームで力を増していく・・・・自分が、あの都市にいたのと同じように、まったく変わらず同じように、自分の能力が、通用しない。
ことにそれはたいていの読心催眠能力者にとって恐怖である。能力の喪失を予感させる。相手を人間以外の存在として見なすしか、精神の安定を取り戻す方法はない。
ひとを呼んで能力が去っていないことを確認してもいいが、綾波レイはそれをしない。
べつだん、能力の喪失など怖くない。ただ・・・・
「六分儀シンジ(なぜ偽名)」・・・・・
彼の心がわからないことはおそろしかった。
意図が、理由が、目的が、謎で、不明で、予想すら不可能で。
どこまで知ってるの?・・・・・その限界を。なんなのだろう、この物語は。
神の物語を神話と呼ぶのなら、これは天使話、使徒話か。
「ネルフを売る」?・・・・そして、「ラーメンタイガー」であると己の正体を明かすサラリーマンのおじさん・・・・「何を売るのかも決めてなかった屋台」・・・・そして。
「ウ$エ$」、「サキゾウ」、「レリ」の三人の屋台従業員。なぜこの名前なのか。
「第十二使徒レリエル」・・・・自分と同じ顔をした、使徒の名が微妙に。偶然か?
それだけならまだいい。
「ウ$エ$」・・・・これも問題あった。筆記具がワープロであることから、打ち間違えの可能性もあったが、「売る」ときて「$」ときては、その心は・・・といった感じで、とてもただの偶然とは思えない。なんらかの意味意図があるとみて間違えはないだろう。
高位(ハイレベル)かつ、有名な天使の長の名を容易に連想させる。使徒との戦闘という異常事態への喝破か?・・・・・・・・
「だめ・・・・・」
全然、わからない。暗号なのか?それとも・・・考えるだけ無駄なような気がしてきた。
実際、六分儀シンジの「六分儀ノベルズ」を読んでここまで真剣に考えるのは世界中探しても綾波レイ唯一人であっただろう。ユトたちもこれを読ませてもらっていたが、当然理解できるはずもない。二人にのみ通じる「何か」だとすれば納得するしかない。
世の中には深読みをすればするほど誤った場所へ誘導されていく文章というものも存在する。推理小説や魔術用語なんかではそれを「ミスディレクション」・・・・ディレクションさんはまだ結婚してませんよ、という意味だ・・・(てなことを信じてはいけないわけである)と呼ぶ。しかもまだこれが続くのだという・・・・
その目的は?自分の位置はすでにばれている。郵便物を密かに送りつけるほどしっかりと。
彼が、ここに、しんこうべに、きている。自分にコンタクトしようと?している・・・
脱藩者を追跡する刺客のように。一瞬、白い着物姿で紫の鬼面をつけ、初凰をブラ下げた若い剣士の姿を幻視してしまった。「ふふふ・・・・見つけたよ、綾波さん」と微笑み。
・・・妄想である。
そんな隠密行動力、剣腕戦闘力が彼にあるはずもない。なんらかの協力者が彼に添うているのか。もともと、個人データが全て抹消されている自分の足跡をどうやって知ったのか。
手紙をもういちど、指先でなぞってみるが筆者の思惑はなにひとつ読みとれない。
祖母ナダには完全否定されたが、これで確定。彼は、来ている・・・。
それなのに、なんなのだ、これは。
こんな思わせぶりなことを書いてこないで、もっと直接的に言いたいことを言えばいいのに。それは、ついぞ覚えたことのない苛立ちの感情。この物語は使徒による「特殊な侵攻方法」で第三新東京市がネルフの知らぬ間にピンチに陥り始めている・・・・と読んで読めないこともない。そのため、ファーストチルドレンに救いを求めている・・・という意にとれぬことも。ないこともないが・・・・・この文面から焼きたてパンのようにぽわぽわと香る”余裕”はなんなのか。誤解かもしれないが、作者の心を反映しとるなら、この物語には切実さというものがない。だいたい、「続きはまたこんど」である。まるで、「楽しみにしといてねえ」とでもいわんばかりの。青春ラジオドラマのような展開である。
う〜・・・・・・・
・・・・奇襲のあまり綾波レイらしくない思念に溺れてしまう綾波レイであった。
たかだか四ページの素人物語であるが、数々の謎が秘められている。
確率的にいえば、ワープロの上で猫にカンカン踊りさせてシェークスピアの戯曲を打ち出す可能性も零ではない。零では。世界の始まりから終わりまでそれをやらせばいつかはそういうこともあろう。この物語も適当に目をつぶりながらピアノを弾くようにして作製されたものである、という可能性も零ではない。だけれど、世界が終わるまで待つ余裕はない。どこまで続くのか知らないが、読まずには死ねない。
故郷に帰ってきたとて、己の責務を忘れられない、真面目人間綾波レイであった。
神様でなくとも、人類の行方を気にかけることくらいはできる・・・・。
この物語の作者が、なにかの間違いっぽくはあっても、人類最後の決戦兵器に搭乗して、人類の天敵との戦いの最前線に立っている・・・のでなければ、速攻でゴミ箱行きなのだが。
何か、不安にさせる・・・この物語・・・など
いかんせん、支配者級の能力をもってこの世に読心できないのは、物語の作者だけではなかった。
自らを読み切ることができたなら、こんな初歩的な罠にはひっかからなかったであろう。
まずは、六分儀シンジの綾波レイおびき出し作戦、第一段階、”強印象化”に成功した。
大橋でズタボロにやられた戦術的大負けから学んでつかんだ、政治的小さな勝利といえよう。小さなことからコツコツと。影にかくれてセコセコと。やってることは脅迫である。こりゃあ。
だが、いかんせん六分儀シンジはこれで己の有利カードをみんな使ってしまった。
実在と情報のはざまを行き来しながらチマチマとブラフをかけるようなこともせず。
あとは、将棋にたとえてみれば、飛車をいきなり相手陣地に放り込んでおいて、あとは「歩のない将棋は負け将棋」とほざきつつ歩しか持っていないようなものだった。
対して、綾波レイの方は、ここしんこうべではありあまるほどの力を所有していた。
龍も馬もウヨウヨ飼っていたし、金将も銀将もゾロゾロいた。ないのは成金くらい。
そこらへんのところを六分儀シンジはまるで計算にいれていなかった。
第三新東京市ではたしかに、少年の方が戦闘力の面で卓越してはいたが。
碇シンジが六分儀シンジに変身しているように、ファーストレイは綾波レイに変化している。
彼女は昔の彼女ではないのである。まさに革命シンデレラ。それを、知らない。
銀橋旅館
「で、その人は空が飛べる人だったんです。それも、天狗のように高速で。でも、意地の悪いひとだったから、デートの時なんか・・・・とはいってもこういう業界ですから普通のカップルみたいな街中なんかとんでもなくって、人が来そうもない山の展望台とか、終園した植物園とか動物園とか水族館とか、そんなところに行き先だけ告げて一人で先に行っちゃってわたしを待ってるんです。塀を乗り越えるところで警備員のおじさんに見つかっておいかけられたりしたら、助けてくれましたけどね、そのあとはもー、罵詈雑言の嵐ですよ。自分が飛べるもんだから、こっちはミミズ呼ばわりですよ。あはは」
夕食中。ユトが「三番目に自分を抱いた男」の話などして場の空気を攪拌していた。
野郎四人に女一人である場にはあまり適切な話題ともおもえないが、年長者なのに「愛の幸福を知らない」とからかわれるチンが仕返しにユトに「じゃあ、てめえはどうなんだ」とふったところ、「一番目と二番目は大切な女の子の思いでですから秘密ですけど、三番目ならお話しますよ」と思いもよらぬ経験談を話はじめたのだ。
「おかげさまでけっこう高いところは好きになりました・・・煙突の上でデートしたこともありますよ〜
zabadakの”点灯夫”なんか歌ってくれて・・・灯りともして歩く らせんの階段に
ひとりぼっちの夜を いくつ数えただろう・・どこまで行けばいいの 三日月の窓
水色のかげぼうし ためいきさえきしんで・・・なんちゃって。あ、それから登山も得意になりましたね。ほんとにまー、情け容赦ない人でしたよ。ところが、アレのときは・・・反転するっていうんですかねえ、こちらがまずリードしないと・・・」
六分儀シンジとピラは「へー」という顔をして聞いていたが、タキローとチンはなぜか機嫌が悪い。
「ああ、分かった分かった、分かりましたユトの姐さん、あんたがおモテになられますのはよーくわかりました。だがまー、ここには中学生と小学生がおるんでな、そういう十八禁な話はやめてくれ」
赤い浴衣から艶っぽくのびる腕と指先でなんか妖しい情景を微細に語りそうだったのでチンはストップをかけた。
「では、やめておきましょう。わたしも十八になってないんですけど」
「・・・・六分儀は乱れてやがるな・・・・まあ、そりゃあいい。マジな話をしよう。
おい、シンジ今日も御精がでたな。朝から晩まで、よくやった」
「ん?ありがとうチンさん。今日は調子がよくて六話まで一気に書けちゃったよ」
「なるほど、それはよくやったな・・・・・なかなか出来ることじゃねえぞ・・・・・なんかまるで悪いモンに憑かれたかのよーな気色悪い速さだった・・・・
だがなあ、シンジ・・・」と、ゴポポポ、と息子に説教くらわす十秒前の親父のようにコップに酒をついでいくチン。
「なに、チンさん」
「オレたちはお前さんの原稿待ってる編集者じゃねーんだ!!。あのトンデモ小説を後継者に送りつけたのはいいが、まるきりのノーリアクションじゃねえか!あのあまりの謎さにちょっと度肝を抜かれて期待もちょっぴりしちまったが、思い切り黙殺されてんじゃねえかぁっ!!どーすんだ、この先。六話まで書いたってしかたがねーだろ!!アホッ」
「飛んでも小説・・・チンさん、うまいこと言うね」
チンの兄貴の悪口は人に頼りたいから出るんだ、とピラから教えられてるので怒らない六分儀シンジ。
「でも、大丈夫。あや・・じゃない、レイはきっと来るよ。それも、一人で来る。きっと、来る」
「その自信はおめえの頭のどこから湧いてくんだよ・・・・ちったあ凹めよ墜落しろ」
「あの話はそんなに危険なものなんですか?」タキローが問う。あれを読むには読んだが。
危険というものはある種の人間を誘う。抗えぬ誘蛾灯のようなもの。
自分たちの業界よりさらにイっちゃってる感じが、その断言を分かるような気にもさせる。
後継者、綾波レイは真面目人間で責任感も強い己の任務に従順、と六分儀の資料にはある。
爆弾の解体方法を知るのが己だけで、そして、その爆弾の設置場所を知るのも己だけなら、時間がくるまでに、彼女は必ず現れる。・・・そういうことだろうか。
とくになにかを示唆するような、暗喩をふくんだ、おとぎ話にも思えなかったが。
もし、もしの話・・・・タキローはちょっと考えた。自分だったら・・・・
もし、ユト姉さんが欲しいなんて・・・・願ったら・・・・・
「なにタキロー、お前赤くなってんだ?」頭の回転が速いとこういった折りに困る。
回転数でいうならかなり劣っているチンにつっこまれる。「べ、べつに・・・・・」
「スパイ映画じゃないんだから、読んだとたんに煙になって消えたり爆発したりはしないよ。とにかく、レイはそういう人なんだよ。無責任じゃない、ああやって書いておけば絶対に自分の目で確認しにやってくる。僕らと違って、それは堅実なんだから・・・・
待てよ・・・・・ほんとうに危険じゃないのかな・・・・このテレビ、しんこうべのことしか放送しないんだよね。普通の新聞もないし・・・危なくなってないかな・・・・大丈夫かな・・・・・」
自信をもって断言したその次に、急にそんなことを言い出して考え込みだした六分儀シンジにピラがひとこと。
「まさに、キャプテン・ノーフューチャーって感じっすか・・・・」
「うまい!ピラさん、ざぶとん一枚!」
とほんとにざぶとん出してくるユト。円く笑ってる場合ではない。
六分儀シンジとしても、”危険”といわれて、いつもそれと隣り合わせの懐かしの都市、第三新東京市を思い出しただけなのだが。
ホームシックともまた違う感情が少年の胸のうちで騒ぐ。テレビも新聞も使徒襲来など報道しないが、周辺の情報からその輪郭気配を読みとる術を相田ケンスケから教わっている。
異郷に対応しようとする身体にふっと起こる、揺り戻しのようなものかもしれない。
六分儀シンジが急に塩をまかれた青菜のように(つまりは碇シンジに)なってしまったので、ユトがふたたび。
「そういえば、チンさんの”ほんとうに一番の望み”ってなんですか?」
「なんだあ?いきなり新興宗教の勧誘員みたいなこと言いやがって・・・・ああ、例のトンデモ話のアレか・・・・はー、そうだなあ・・・・・って、ちょっと待て!
なんでオレが一番最初なんだ!って、いうか、その質問は全員に行き渡るんだろうな?」
「わかりました。チンさんのほんとに一番の望みは”子リスのように小心なところを直したい”ですねっ?」
「て、てめえユト・・・・なんちゅーことを。ンなわけあるかー!!・・・あんまりンなことばかりぬかしてると仕舞いにゃ深夜三時くらいに夜這いかけるぞ夜這いー」
タキローのギロヌリと輝く視線を頬に感じながら強気なところを見せるチンだが。
「いいですよ、チンさんなら。草木も眠る丑三つ時から三つ指突いてお待ちしてます」
役者が違う。まあ、時間を指定などしたらタキローに制止させられるに決まってはいるが。
「な・・・じゃじゃじゃ・・・・」シドロドグラモドロマグロ赤身になるチン。
「じゃーん!ってハクション大魔王ですか?」
「いや、ユトさん。これはボスボロットっすよ。そ〜れそれそれ、いくわよーん!ってコトっすよ。お別れっす、清かったチンの兄貴、そして、おめでとうございます」
「てっ、てめえら・・・・あ、いや、おっと、タキロー、お、おまえの”ほんとうの一番の望み”ってのはなんなんだ?・・・・言っとくが、こりゃ姉貴が始めたんだからな」
”ユト姉さんに不用意に近づく不潔な野郎どもの抹殺”・・・・とタキローの顔に書いてあるのでチンも先手を打った。なんとか場を沈静化させておかねば冗談抜きで寝首をかかれかねない。
「フン・・・・なんだか舞台演劇みたいなノリだけど・・・・・僕は・・・・・
ユト姉さんが無事ならなんでもいい。なんでも・・・」
まあ、予想された、若年ながら頭のいいタキローらしい答えだ。
「じゃあ次はユト。お前は」
「そうですねえ・・・。”一ヶ月くらい、家に閉じこもってみたい”ってのはダメですかね。それで、家の中でひたすら、たれゆくままにたれるんです」
「なんだそりゃ・・・ダメですかねって言われてもな。怠けメーテル・たれぱんだみたいなこと言いやがるな・・・・・もしオレが演出家だったら、もっと自分をさらけ出せ!!感情の爆発がなっとらん!とかなんとかダメ出しして灰皿を投げたりするところだ・・・が、気持ちは分かる。と、いうところで、シンジ。次はお前だ」
「ええっ?チンの兄貴。次はオレじゃないんすか?爆弾発言の前のちょうどよい緩衝剤としての一般市民のささやかなほんとうの願いの出番じゃないすか?」
「・・・・自分で言うなよ(か?)(ことはないんじゃないですか)」
チン、タキロー、ユトの三位一体ツッコミ。
「オレはパターンが大嫌いなんだ。なるべくお約束的な行動は避ける主義だ。おまけに、埒もない思考に溺れてへたれている小僧、団らんの場から一歩遠ざかっているジベタリアンな若者、そこの一人でジュースをすすってる淋シイ君に尻を蹴り上げ手を差し伸べるのは年長者の責務だからな・・・・つーわけで、シンジ。お前の本当に一番の望みはなんだ?いちおう、あのトンデモ話の作者なんだからそれらしいモチーフとかあるんだろ?」
「よく考えたら、チンの兄貴はまだ答えていないよーな・・・・」ピラの意見は却下。
「ないよ」
ずいぶん、あっさり水のように六分儀シンジ。
「ああ、モチーフはないのか。いちおう、小生意気にオリジナルとほざくわけだな。
で、シンジ、お前さん自身のほんとうの望みってのはなんなんだ。遠慮はいらねえ。
オレたちは赤の他人だし、将来一緒に暮らすこともまあ、ねえ。消滅的にゼロだから安心しろ。少々青クサいこといっても腹かかえて笑うだけだ。言うは一時の恥、言わぬは一生の恥だ。ほれほれ、言ってみれ」
「だから、ないよ」
なんとなく顔が赤い。
「そういうこといってると一度きりの人生の主人公にはなれねえぞ。中学生日記じゃあるめいし・・・ってお前中学生だったか・・・くそー、年齢制限ギリギリセーフじゃねえかー・・・・しかし!!人の望みを聞いておいてだな、自分だけ言わないってのは調子よくねえか?」
「じゃあ、世界が平和になりますように まる」
「そういうこと言っていいのはなー、世界を征服したやつだけなんだよ」
「えっ!?そうなの?」
六分儀シンジはけっこう驚いたようだ。
「そうだ。だからいつまでたっても世界は平和にならないの。社会科の教科書に載ってるだろーが。まったく・・・・近頃の中坊は何習ってんのかねえ・・・ふう」
「チンさんのざぶとん、全部とっちゃいなさい」ユトが命じてタキローとピラが動いた。
「ちょっと、ちょっと待て!まだ続きがある!これからの続きが実は素晴らしかったりするんだ!だから聞け、とにかく聞け!・・・・だからな、シンジよ。人間は等身大の望みをもつことが大事なんだ。自分の腕で抱けて、持ち運べるくらいのな。だから、現時点でお前がほんとうに望まなきゃいけないのはだな・・・・・
”チンさんとピラさんを無事に生きてここから帰すんだ!”ってそういうことだよ・・・
ッテ、なんだてめらその目は・・・・感動的だっただろうが。悩める少年へ爽やかにも確固たる解答を与える姿はフーテンの寅さんだってもらい泣きするぞ!!」
「丑三つ時のお話はキャンセルさせていただきます、はい」とユト。
「なんで僕たち二人ははいっていないんだ・・・・そういう魂胆か・・・」とタキロー。
「チンの兄貴い、そりゃないっすよ。この期に及んで・・・」とピラまで。
「あ、いや・・・そりゃ別におめえらは強いし、こいつの実力を考えりゃそれ以上はちょいと望みすぎだろうと思っただけで、べ、別に、他意はねえんだぞ。ほ、ほんとだぞ」
本来、そんな言い訳をしなくてもいいのである。これがチンの小心のせいなのかどうか。
うろたえ気味のチンをみてにっこり笑ってユトは話を変えた。
「シンジさんの”一番のほんとうの望み”はレイさんと会うこと。それ以外にないんですよね。それで、ピラさんの答えの前に申し訳ないんですけど、シンジさん、レイさんに会えたあと、どうされますか?会って、すぐに疑問その他が解決しなかった場合は?」
ほんとうの望みうんぬんの問いは、「あなたの背骨をみせてくれ」というようなもので、そこに翼が生えているか鱗がひしめいているか貝殻がくっついているかなんの変哲もないか・・・本質に迫りつつもやってもやらなくてもいいような問い、心理ゲームのようなものだったが、これは肝心なこと。この場にいる全員が知っておかねばならぬこと。
「ここで話しても・・・いいの?」
夜雲色の瞳が潤んでいるのは気のせいか。
「ここは向こうさんの結界の中ですから。どんなに注意したところで向こうさんには全て聞かれて記録をとられて綾波党の首脳部へ一言一句違わずに伝達されることでしょう。
けれど、かまいません。すべて話して下さい。シンジさんが動け、というならいますぐにでも動きます。ここ一帯の空間を区分しているあの四つポストを”誘拐”し、それでもダメなら銀橋氏たち従業員全てを”誘拐”し、それでもダメならこの旅館をまるごと”誘拐”して、ここから移動しますけど」
「ユト姉さん・・・?」
動く、というのはこの場合、もう一回アタックをかける、ということだ。
こちらからもう一度会いにいく、という選択をとれるかどうか。とれるわけがない。
だから、そんな脅迫状でのおびき出し作戦などというプライドにかかわるチンケ作戦にのろうというのに。ユト姉さんの目つきがおかしい。タキローはイヤな予感がした。
「正直な話、綾波さ・・・レイに会うより、レイのお母さんとかお父さんとか肉親の、事情を知ってる人に会いたくなったよ。一番じゃないけど、それはかなりほんとうに望んでる・・・・いろいろ、ワープロを打ちながら考えたんだけど、どこか、おかしいよ」
六分儀シンジは夜雲色の瞳で人の顔にも見える木目の天井をぼうっと見上げる。
「今までずっと放っておいたくせに、なんでいまごろ大事に匿うのさ!!」
すっくと立ち上がると、目に雷ためて怒鳴りあげた。
「綾波さんが第三新東京市でどんな苦労をしてきたか、あんな身体の弱い女の子だよ?・・・それがエヴァなんかに乗って戦うんだよ?・・・そんなバカな話ってある?ねえ」
「おい・・シンジ・・もしかして、こいつ飲めねえのか?なんだよエヴァって外車か?」
「チンさん、飲ませたんですか・・・・なんかまずいかもこれは」
「いや、オレじゃねえぞ、ピラだぞピラなあピラ」
「へ?オイラもべつに・・・・タキロー君じゃないっすか」
「まさか。よそ見しながらシンジさんのコップに酒を注いだのはお前じゃないか綾波チン」
書き忘れたが、この四人はかなりいける口で和風料理なのをいいことに、日本酒をいっていた。なんせしんこうべは酒が美味い。党首の名がナダであることには関係ないが。
幽霊も酒は飲むので銀橋旅館はよい銘柄をたくさんおいてあった。
「「簫輪唱」」
口当たりの良い日本酒を対アルコール肝機能が未熟な中学生がやるにはけっこうな量を摂取してしもうた六分儀シンジはクダ巻くかわりに、なんと鬼喚び始めた。
銀橋旅館のまわりの竹林が不自然極まる速度でざわめきはじめた・・・・。
「げげげっっ、やばい!ここで約束破ったら追い出されるぞ!!」
結局、自分のせいであったチンが悲鳴をあげる。しかも問題なのはそんなことではない。
「しかも・・・この呼び方は・・・簫を重ねて何十にも増幅されてる・・・喚ばれるとしたら半端な数じゃないぞ・・・・!なんでこんな訓練もしてないのに・・・才能か!?」
「のどもいいし、歌もうまいみたいですからねえ、シンジさんは」
ヒュヒュヒュヒュッッ・・・竹林が急速かつ強烈な召喚に耐えきれずに鬼の形態を産み出す前の約束手形のように竹葉を手裏剣のように飛ばしてきた。それは必死の懇願の証。鬼を大急ぎで寄越すからそんなに引っ張らないでください、裂けてしまいます、という頼み。
「の・・・のんきに分析してねえで、なんとかしろー!」
あやういところで竹葉に頸動脈を切断されるところだったチンの声が震えて響く。
「べつにそんなおびえなくても・・・・やめてもらえばいいだけのことですよ。
シンジさーん、ところでエヴァってなんなんです?レイさんはやっぱりご苦労だったんですかー?」
すい、とユトは六分儀シンジに近づくと耳元で大声。それで簫はぴたっと止んでしまう。
「エ、エクソシストみたいだったっす。・・・ディレクターズカット版は怖いっす」
胸の前でがっちりと指を組んでピラ。
「じつは、そうなんです・・・・綾波さんは・・・・」
以下、
ド延々と。おーばーないとで。
人類最後の決戦兵器・人造人間エヴァンゲリオンと人類の天敵・使徒との戦いの話を四人は聞かされることになった・・・・当然、酒飲みながらの貫徹というのは凄まじいわけで。
「はあ?!じゃにかー?オレたちが今現在生きてるのはみいんなお前らのおかげってワケかあー!?異議あり!ずえったいに信じねーからな!なーにが使徒だ!日本は由緒正しい神の国なんだぞー!ちなみに今現在軟禁状態にあるのはキリスト様のせいかよーって、芥川だアクタガワ、文学だぞコラわかってんのか、コラシンジ〜とす」
「べ、つ、に、感謝なんかしてもらわなくたっていいよーーだ!!芥川賞も直木賞もいらないよーだ!でも、猫神さまと話せるから絢爛舞踏章はほしいかなっと」
「それからなー、霊ものとロボットもの!これが両立すると思ってんのかあ!?どっちがひとつにしなさい!おめーの言ってるのはなー、あれだよあれ、ガムとチョコレートを一緒に食べたらガムが溶けるってあれだよあれ、とゆーわけでロボットは却下する!とす」
「綾波チン・・・お前の言ってることのほうが不明だぞ・・・シンジさんに負けるなよ・」
「その第三新東京市・・・っすか?そこだけ狙われるってのはやはり・・・」
「狙われるわけがあるんですよー。使徒というのは天使でつまりエンジェルだから・・・・・わかりました!わかりましたよ〜、なんと!そこでは恐るべき陰謀、”日本インド化計画”が密かに進められているんです!だから縄張りがおかされそうになったキリストさんは戦兵を派遣してきたってわけですね。タキローちゃんもそう思うよね?」
「いや、ユト姉さん、そんなこと真面目な顔でいわれても・・・・ふわぁ・・・」
「で?、いってえ使徒ってなんなんだ?ようするに怪獣か?なんか遺伝子で巨大になっちまった昆虫とか動物とか・・・そんな感じの害獣なわけか?一種のバイオハザードなわけか?なんでそんな大捕物をテレビでやんねーのかな?視聴率すげーぞ・・・」
「わからないけど、僕らの敵・・・・」
「降りかかる火の粉ははらわなきゃならないわけですけど、火事を消すのが先か、火事場から離れるのが先か・・・どちらにせよ、ほとんどの人にとっては対岸のお話です」
「ピラ!おいピラ、あー、こいつは実はイラストがすげーうまいんだ。ちょっとこいつにいって絵をかかしてみろ・・・あ、おい寝てやがる」
タキロー、ピラが陥落し、チンとユトがなんとか根性で聞き抜いた・・・その途中、なにか重大なことを忘れているような気もした・・・が、六分儀シンジの語るその物語の破天荒さに洗われてすぐに忘れてしまった。もとよりその可能性を信じてなかったのかもしれないが。六分儀シンジが語り疲れてそのまま眠ってしまうことで夕食はお開きとなった。
どころか、外みてみれば明るくなりかけている。
「貫徹になっちゃいましたねー」とユト。基本的に足を折られた怪我人のくせに元気だ。
「ああ・・・・ありゃ告白上戸ってのか」実のところ、六分儀シンジの夢酔話など耳を塞いで寝たかったのだがユトへの対抗心・・というのも変だが、で起きていたチン。眠い・・・暗黒のように眠い。
暗黒ネムネム大将っす・・・とはよくピラの言うセリフだが意味は不明。今日は寝よう。
どーせ、することはない・・・。いや、まてよ、なんか忘れてるような気もするが。
「それにしても・・このガキ、いい暮らししてやんな。ミサトさん?アスカ?後継者一筋かと思えばほかにもいんのかよ・・うら」
毛布をかけられた六分儀シンジのケツに向かって起きない程度のケリをくらわすチン。
「う・・うん・・・」
「さ、さあ〜、今日の天気はどんな天気だあ〜?」
寝返りうった六分儀シンジに思わずびびったチンはポチッと今時四本足のテレビをつけた。悪電が社長やってる綾波放送一社独占状態のチャンネルは迷う必要がない。
ちなみに、しんこうべ綾波放送は番組が毎日ランダムで、というか悪電の好みで決められているので時間が一定しない。なおかつ平気で特番をズンドコ入れる。CMがないのでその間天気予報やら街の情報やらをいれる・・それで平衡をとっているわけだが。「勉強しないと悪電のようになる」と第弐位の実力者でありながらそんなことをいわれるのはここらへんに問題があり、悪電自身も「わたしが強くなったのは大勢いる兄弟の中で好きなチャンネルを勝ち取るためであった」と自伝で語るくらいであるから正解だ。80年代のお笑い番組「オレたちひょうきん族」がことのほかお気に入りで朝から晩まで24時間平気で放送するし、「徹子の部屋」の同じ相手のものをずうっと流したりもする。「お達者くらぶ」と「すくすく赤ちゃん」を交互に放送して人生の悲哀を表現したりもする・・。しかし、誰も悪電に番組のことでは逆らえないのでだまって見るしかない。悲しき情報統制。
赤い瞳の女性天気予報士が今日のしんこうべの天気を教えてくれた。綾波ジュンコ。
ことしんこうべにおける彼女の天気予報は100%的中する。通称・綾ジュン。
「本日のしんこうべはお昼すぎから”天気雨”になります。傘のご用意を忘れずに〜」
「はあ〜ん、天気雨、狐の嫁入りってやつだな。中途半端だよな、家に閉じこもる気分じゃないのに外に出たら濡れるんだからなー」
「そうですねえ。こういう天気は綾波レイさんもおびき出されてはくれないでしょう・・・・はぁ、ちょっと眠いです。さすが・・・」
「そうか!なんか忘れてるな、と思ったらそれだよ。まー、もともと限りなくゼロに近い話ではあるが、今日来られても困るよなー、せっかく六話まで熱筆したんだからよー」
そういって、縁側からさす朝の日差しを浴びながらカラカラとチンは笑った。
「チンさんはもうちょっと長引いて欲しいですか?この状態」
ユトがポチッとテレビを消した。音が消え、朝の和風の静寂が戻る。
「べ、べつにんなこたねえが・・・まー、人類最後のロボットのパイロット様と同じ屋根の下で過ごすのは貴重な経験ではあるが・・・・とにかく今日は”やばい”だろう。
いろんな意味で。特にこいつ。どこの世界に二日酔いで再会する少年少女がいんだよ。
こんなザマじゃ百年の恋もさめちまう」
「恋なんて・・・・この子たちにはまだ早いですよ」
「おかあさんかおめえは・・・」
ガリガリとチンは頭をかいた。
「てなわけで、オレは朝湯にでも入ってくらあ。途中で片づけと朝飯でも頼んでくるが」
「はいはい、チンおとうさん」
「けっ!言ってろバカ。はーどいつもこいつも、一般人のオレには行動原理がわかんねえ」
チンはタオル一本で階下に下りていった。その様子に軟禁罪人の緊張感のかけら、裏切り綾波の悲壮感は微塵もなかった。ちょっくら顔も赤く元気にハイにすらなっていた。
「一般人ねえ・・・じつは「封印指定者」だったりするんですけどね。
知らぬは本人ばかりなり、と。皆にバカにされる燕や雀どころか、あなたはシムルグなんですよ、チンさん」
もしかあなたがすきならば 風におねがいつぶやいて
もしかさびしくなったなら 夢にやくそくすればいい
こころはたまご、ちいさなたまご、あしたまであたためりゃ、
鳥にもなれる、雲にもなれる・・・・もしかあなたがすきならば
ふんふん・・と日曜日の主婦のように、「ジェットマン」のエンディングテーマを謡うユト。主婦はジェットマンなど歌ったりはしないけど。
綾波脳病院 院長室
「チン・・・・面倒なのが仲間になったもんだよ。キチロー、あんたなんとかしてくれないかい」
ナダは院長代理、略して院代であるキチローに愚痴をこぼしていた。
時間は前日の深夜である。
年間2000人の患者を治してしまう脳病院最高の医師。内科高目耳鼻科だろうと外科低目肛門泌尿器科だろうとなんでもこなす万能の医者。しんこうべの礎にしてナダの右腕である。
「彼の存在は病院内でも浮いておりましたから」
「しゃれかい」
「治癒能力のない綾波の赤瞳者が病院の下働き・・・どのように接してよいのやらスタッフたちも迷っておりました」
「しょうーがないじゃないかい。あの子の能力を安全値に抑えられるのはピラしかおらんのじゃから。ケトルやかんのようなもんだ」
「あの事件の被害者も何人か病院内におりますから」
「事件というても、膝っ小僧をすりむいたくらいのもんじゃろう、一番重くて鼻血ブー。
いつから綾波の人間はそこまで軟弱になりおった!レイを見習え!」
「数が多いですから・・・・しんこうべ小学校のほぼ全校生徒、それと教師を含め、ほぼ300名を転校初日に宙に浮かせた・・・・あの飛行事件・・・」
「・・・・そうなんじゃよな・・・・一人や二人ならまだしも、ケタが違う。それなら有効に使える職はなんぼでもあるが・・・・・」
「その日に彼をしあわせのむらに連れて、トアに封印処置を施させたのは正しい判断だったと思われますが」
「半分以上、己で封じておったのだから世話はない。あやつは自分の能力を嫌っておる。
母親を父の元に飛ばした己の能力をな。愚か者め・・・・トアは暴走を封じただけよ。
親の、ユキトの判断を仰がなかったのは今も悔やまれるがな・・所詮、あの手の子供を導いてやれるのは親だけだからな・・・」
「夫婦揃ってどことも知れぬ空を飛び続けているのですから仕方ありますまい・・・・・まるでコウノトリのようですが」
「産婦人科もおのれの範疇(ストライクゾーン)であろうが・・・」
「いっそ、そのまましあわせのむらに住まわせた方が彼のためだったかもしれません」
「巫女神のそばに住めるかよ・・・あやつの気が狂うわ・・・それはいいとして、能力を封印された挙げ句の疎外感の果てに銀行強盗か・・・確かにの、完全に役に立たぬのであれば外への逐電を見逃してもよかったが・・・人ひとりを浮かせる奇術師としてささやかに食うてはいけよう・・が」
「人工島からのひとの避難手段として、彼の能力に勝るものはありませんからな。データによればトアの封印さえ解除されれば彼の飛行補助、介護翼の能力は・・・」
「8000人でその速度はマッハ10・・・・・・チン・・あやつは生きた箱船だ・・・・長い綾波の歴史の中でもこのような能力をもった者はおらぬ」
「父のユキトが無限飛行者の能力ですから・・・・おそらくは、母親の強い願いでしょう」
「そうだな、たかが一代でのこのような能力の発展の仕方は通常、ありえん。まるで別物だからな・・・・まあ、昔話はこれくらいにしてだな、よりにもよってなんでゲンドウの倅の一味にまじっておるのじゃ?あやつは」
「巻き込まれたのでしょう」
「・・・いい方がまずかった。病院勤めはもう無理だとすれば、チンのやつをどうしてやればよいと思う?院代」
「彼の心根が信頼できるのであれば、しあわせのむらにて能力の封印を解き、他の者と同じくトアの増幅を受けさせ、水上署なり党内のセクションに所属させ緊急避難のエキスパートとしての任務を与えるのがよろしかろうと思われます」
「できずば?」
「稀代の殺人者を誕生させることになりましょう。彼は好きなように人間を浮かべ、そして落とすでしょう。それも、何千人単位で大地に血の花を咲かせて。住民を大根を掘るように引っこ抜き、しんこうべを無人の野に戻すことも可能です」
「なるほど、天下無敵の旅行会社がひらけるねえ・・・・客が望むと望まざると好きなところへ・・・もろに大橋の上で党の人間に目撃されておるからな・・・・うまいこと離陸地点をつくってやらんとまたつまらん孤立をしてしまう・・・うーむ、いっそ嫁でもとらすか。メガトン級の錘になるのを」
「女と男が添いさえすれば問題解決になるとは・・・・趣味ですか」
「わしの人生経験からいわせてもらえばな、おさまるところにおさまるのだから、それでいいのだ」
中国の仙人に生殖機能だけを不老にしてもらい70を越える子供をもうけたナダの言葉だ。愛だ。愛である。党首がこんな主義であるので、綾波党はかなりストレートで、”夜中の後継者”に”ぜひお会い”したい、という無謀かつ豪快な吸血鬼チックな連中も結構多い。ツムリら護衛役はそれらを叩き出すことも含まれる。護衛役が”転んで”寝所に入り込もうとしたという恐るべきケースもあった。それは綾波遊鎖、という鎖で百合を束にしたよーな戦闘系美女だったが、ツムリの角槍で磔にされたので危ない展開にならずにすんだ。
「25年、人間も、とかく男は四半世紀も生きておればなんらかの結果を出さねばならぬ。
今回の件がいい教訓になろうか・・・・よし・・・」
と、チンの処遇に関して決断をしたところに、院長室の扉がガンガンと強く叩かれた。
人間の手ではない、もっと重く硬い金属製の物体で叩く音だ。トンカチのような。
通常、どんな頭のおかしくなった重度の精神入院患者が迷いこんだとしても、綾波党の党首にして脳病院院長の綾波ナダに対してこのような無礼を働く者はいない。
この、しんこうべの人間なら。そして、このガン音に礼節はない。
ナダの赤い瞳が強く光った。かつて六分儀ゲンドウさえ戦慄させた輝き。
「お入り」
「しーつれえー・・・・しまーす・・・・・」
入室許可に応じて入ってきたのは・・・・・頭部を朱に染めたツムリと・・・ツムリの右手にしっかりつかまれて半分引きずられるような・・・・レイだった。対照的に蒼白の顔。
ツムリの左手にはトンカチがあった。赤い、トンカチ。・・・ただごとではない。
静かな修羅場。すぐに扉は閉じられて、追従しようとした通路の喧噪が封じられる。
「なにがあったんだい・・・」
「はやく・・・・!はやく・・・・この人を治してください!!」
ツムリにつかまれたままのレイが祖母の前に駆け出すようにして、叫んだ。
初めてみる、剣幕。だが、ご自慢の角槍ももたない、頭部から血をじわじわと流し続けるツムリの意志は強固で「やー・・・ですよー・・・」とふだんかわらぬ口調で断る。
そして、ガン!とトンカチを振り上げると自分の頭にくらわした。無意識の手加減すらない一撃。血が飛ぶ。数滴、レイの蒼白の顔にふりかかる。
「やめ!!て・・・やめて・・・・!」
レイは止めようとする。だが、腕っ節の戦闘力ならツムリは六位の実力者。少女の細腕のかなう相手ではない。支配者級の催眠。赤い瞳。それは使えない・・・・。なぜなら。
「わたしたちに・・・ことわらずに・・・どこへも・・・・いかないって・・・・・
約束して・・・・くださるならー・・・・治してもらって・・・も・・・いい、です」
使おうとしたから、意志を無視して従わそうとしたから、彼女は精一杯の抵抗をしている。忘れないように、眠らぬように、自分の頭にトンカチを打ちつけて。
しんこうべ一、思考速度の遅い人類、綾波ツムリ。彼女だからこそなしえる必殺のレジスト技。元来、瞬間で決まる催眠効果が、彼女の場合、思考速度が遅いためにタイムラグがあり、催眠効果に組み伏せられる前にツムリは実力で、腕力で、意志で、抵抗できた。
六分儀シンジからの手紙。あれを確認しようと、独りで彼に会いに行こうとしたところ、ツムリに見つかった。ほかの者は後継者の行動に疑問すらさしはさまなかったのに。
どういうわけか、見抜かれてしまった。「戦闘のように」効率を重んじたレイは能力を用いて眠らそうとしたが、そのまえにトンカチで抵抗されてしまった。そのまま腕をつかまれ・・・ここまで引き連れられた。その間、なんべんも自分の頭を打ち続け。綺麗に渦を巻いた髪型も崩れ、お気に入りだったヘラクレス大カタツムリの髪留めも砕かれた。
そして、六分儀シンジの目論見も。
滅多にないことだが、レイはうろたえた。使徒も恐れなかった精神がツムリを恐れた。
じぶんのためにそこまでやるにんげんのそんざいに。
自分がかんたんにやろうとしたことは、相手の意志を砕くことだったのだと。
「キチロー」
命じられると同時に、しんこうべの万能医師は動いた。白衣のポケットからスプレーを取り出すとしゅ、とツムリに一吹き。それでツムリの身体は力を失い、へたりこんだ。
「レイ」
後継者教育の一環。ナダはレイを無茶苦茶に叱った。深夜の脳病院の各室の灯りが一気に全点灯したくらいの映画館なみのド迫力で、叱りあげた。綾波レイの人生でかつてここまで叱られたことはない。しんこうべ中探しても今夜の綾波レイくらい叱られた人間はいなかった。だが、それを院長室前の通路で綾波党の人間は一言一句漏らさず聞いている。
遠くユトが指摘したように、それが出来るのはナダしかいない。孫を教育できるのは。
十四で完成などありえないし、もし、完成されているとしたら、それは不幸なこと。
夜明け近くまで叱りあげた。教えること伝えることすべて。濃密の時間であったが、叱られる方にしてみればたまったものではなかった。泣きこそしないもののレイはふらふらになった・・・。 瞳が赤いのは、いつものことだ・・・・
「だがまあ、あの倅が来ていたのを黙っていたのは悪かったよ。あやまる。
知ったからにはこのままじゃおさまりがつかないだろうから、行っておいで」
そして、最後に意外なことを言った。ククク・・と魔女系に笑いながら。
「それも、思い切りめかしこんでね。しょせんはザ・盆地山出しの六分儀の小倅が自分のみじめさをビビって恐れて二度と近づけないくらいに、ファッショナブルにスタイリッシュにビューチホー決め込んで、しんこうべの”文化”ってのを思い知らせてやるんだよ。金と霊の力でなんでもうまくいくと思うなよ・・・・鬼の小倅め・・・・連中の弱点はファッションセンスのなさだからねえ。白衣とタートルネックのセーターしか着るものもってないんだから。月とスッポンだってことを思い知らせてやる。そちらの方がダメージが深いだろう。身の程知らずの自信も喪失し・・・近づくこともなくなろうってものさ。よし!そうと決まれば!!」
なんでナダがこんなに元気なのか知らないが、不眠のレイはふらふらで、頭のかたすみにはツムリの見舞いにいかなくては・・という想いがあるだけ。・・・あやまらないと。
窓の外を見ると、晴れている。天気予報を見てないから、昼から天気雨になることなど、
知らない。
「アスカっ!今度は右!かわして左足ひいて!」
葛城ミサトの指示にあわせて惣流アスカの弐号機が動く。事情を知らぬ素人が見れば、葛城ミサトの声で弐号機がコントロールされているように見えただろう。そのくらい惣流アスカの反射速度は速い。指示に対する「当然あるべき」迷いがない。川の流れのように。
今回の使徒は「クロコエル」。
クロコダイルではなく、黒子の方でクロコエルである。姿の方も人間型で歌舞伎浄瑠璃などで観られるものと頭の四角い感じが似ている。熱線や光線を出すでもない、シンプルに殴りかかるくらいの攻撃方法しかもたないが、奇妙な性質があった。
「見えない」のである。
ほんとは見えていても見えないふり、存在しないふり、をするのがお約束であり、眼球には映っているわけである。それが、黒子。
だが、このクロコエル、当の戦闘相手である惣流アスカには見えなかった。
発令所の葛城ミサトをはじめとするスタッフたち・・・・ある意味、「観客」たちにはしっかり見えているというのに。
使徒の接近を知らされても、己の視界にも、センサー機器にもなんの反応もない。
隠密性の高いステルス使徒か?!と緊張したところ、「こらー!」発令所から怒られた。
その瞬間、もろ顔面に黒子パンチをくらった。
「なにをボケッとしてんの!シンジ君のことでも考えてるー?」
などと「ハナハダ」不愉快極まる怒られ方で。
「見えないんだからしょうがないでしょーが!!。ステルスなのよステルス!!」
と言い返しても「どこらへんがステルスなのよ、丸見えじゃないのー!コアもはっきりしゃっきりと。すげえ親切な奴よ?」
「こっちは見えないのよ!ウソだと思ったら眼球反応みてみなさいよ!」
「あ、ほんとです。反応無し。アスカは使徒の姿、視認できていません」
伊吹マヤが即座に証明してはくれたが、使徒の攻撃はやまない。
「まさ黒子じゃのう・・これが人間サイズで街中に潜んではさぞやっかいな敵じゃったろうが」
野散須カンタローのその一言を聞き逃さず、即座に「クロコエル」の命名権ゲットするハンマープライス冬月副司令。
クロコエルは弐号機の後ろへまわりこみ、バックをとった。黒子らしい位置だ・・・が。
ガキッと後ろから両手をまわし、弐号機の腰をとるとジャーマンスープレックスで投げ飛ばした!!
「いきなりプロレス技かい!!」と葛城ミサトが抗議の声をあげたが相手の姿が見えないのでは不意打ち同然、弐号機惣流アスカは受け身もとれずにもろに後頭部を打ちつけた。
伝統芸術の香りにごまかされてしまった。いや、ザ・カブキやサスケの例もある。緑の毒霧殺法に警戒の必要があるやもしれぬ。
「あぐぐぐぐぐ・・・・・」
ATフィールドがある以上、打撃技よりこういった投げ技の方がよほど効く。延髄からのエントリープラグに強衝撃が雪崩れ込んで惣流アスカを翻弄する。セントラルドグマにていまだ冷却中にして夫であるゲンドウとの会話中であるエヴァ戦闘の元祖・碇ユイに解説を願いたいところだが、おそらくエヴァは投げ技には強くない。
だが、組んでからの格闘術もギルで叩き込まれているのでなかば無意識にプラグナイフを走らせて敵に突き刺す惣流アスカ。黒子エルもさるもので、接近していれば「自分の姿を対戦相手に見せない」という特殊能力が生かせないは百も承知のようで、さくさく離れた。
クロコエルの攻撃は、「姿が見えない=バックにまわる=投げ技」という三拍子が確立されており、それだけに洗練されていた。このまま術中にはまれば投げ殺されるか後頭部がグシャグシャに潰されるかするまでエンドレスワルツが続いただろう。
惣流アスカも無様に投げ飛ばされたのがよほど悔しかったのか、
「こうなりゃ”心眼”に目覚めてやるんだからー!!」と武道小説のようなことをほざきつつすっかり冷静さを失っていた。とうぜん、これでは目覚めるわけもなく、「姿が見えない=今度は横から=投げ技」で、裏投げをくらって目をまわした。
「あぐぐぐぐ・・・・」
この調子でまた投げられるであろうところを。葛城ミサトが仕事した。
「べつにそんなのに目覚めなくても・・・・アスカ、右足一歩引く」
葛城ミサトの指示に脊髄反射的速度で応じた惣流アスカ。クロコエルは突如、的確な対応をしてきた弐号機に躊躇したようにあとずさる。大きな動きでなくてもいいのだ。要は反応できるところを見せてやれば。
葛城ミサトの指示の下、惣流アスカの弐号機はクロコエルの投げを封じ続けたわけだった。
相手の動きの一歩先を読む葛城ミサト(目に見える敵なら強い!まかせなさい!)の指示に完全な信頼をもって動く惣流アスカ。これが碇ユイの指示ならまた、期待に応えようと余計な力みや見栄が入ってうまくいなかっただろう。野散須カンタローが満足げに笑う。
もしかしたら、クロコエルは自分が観客に見られていることを知らないのかもしれない。
それとも、観客が黒子の動きに口を出すことはルール違反なのか。
「そんなこたあ、こっちの知ったこっちゃないもんね・・・・で、そろそろいいかな。
アスカ、そこで背を向けてしゃがんで」
突如の”奇動”に目隠し状態の惣流アスカはそれを行うだけで、クロコエルはまんまと罠にはまった。しゃがんだ相手は投げられない。リズムが狂って、それをぴょーんと、飛び越えようとしたのだ。
「立って」
そのタイミングは絶妙。弐号機は飛び越そうとしたクロコエルを肩車する形になった。
見えない相手を攻撃する、というのは口でいうほど簡単なことではない。ことに投げる、などというのは不可能に近い。おそらく、頭で考えても筋肉が動いてくれない。
そして、あとは平衡感覚が支配する。身体に突如のしかかった邪魔者を平衡感覚は全ての力を用いて排除にかかる。バランス感覚にも攻撃性が存在する。それも強烈な。
横文字のかっこいい技名は必要なかった。原初の猿人が喧嘩に使っていたような荒削りなそれは。ただそれだけに、相手を叩き潰さずにおかない。コアも砕けた。
日本には発生するはずもない印度洋式竜巻サイクロンのど真ん中に放り込まれたように。
破片は赤い北斗七星になった。
「名付けてJ・I・サイクロン。アスカ、やったわね」
葛城ミサトの絶妙なネーミング。どこから頭文字をとったのか、探してみよう!
と、いうわけで慣れない投げ技を用いつつ、今ひとつどうやって自分が勝ったか、それと相手の姿も不明なままだったが・・・・ふらふら気味でも惣流アスカは勝利をおさめた。
「へ・・へへ・・・ざまーみなさいって」
「こりゃあ作戦部長とアスカのお嬢が組んだら世界が獲れるのう」と野散須カンタロー。
「どんな世界ですか・・・・」と青葉シゲルがつっこむ。
「ふたりのシンクロ率、計ってみましょうか」と伊吹マヤ。
スタッフの会話にも余裕らしきものが戻ってくる。そろそろ碇ユイが戻ってくる時間だ。
ちなみに、赤木リツコ博士は初使用でフル稼働をさせられた弐朱雀の修復にあたっている。
碇ユイが戦線復帰する前にはドグマに戻っておかなければならんので、大忙しだ。
セントラルドグマ
「もう忘れない?」
「ああ・・・・」
碇ユイが碇ゲンドウに問いかける。ほぼ確認に近い。さすがに元・六分儀。きっかけさえあれば最早あのような力任せに乱雑な術にはまるわけはない。
綾波レイの失踪・・いやさ、しんこうべへの帰郷。そして、それを追った自分の息子のシンジ。あの複雑な傷跡を残す土地にシンジを・・・護衛役に六分儀・・・タキローとユト。
火中に発電器を放り込んだ挙げ句に、爆弾をセットにつけてやったようなものだが・・・
確かにユイの言うとおり、そのくらいでなければ護衛の役には立つまい。
しんこうべにおける綾波の能力は特殊で、対抗できるのは赤い瞳の綾波の者しかいない。
そして、恨み骨髄の気力がなければ同類の屍を踏み越えて頂きに手が届くまい。標的に会えば護衛は暗殺者に一転するかもしれぬ。「誘拐」その能力こそ憎悪の証明なのだから。
それはいい。自分が記憶を取り戻した時点でこのケリはついた。レイもシンジも呼び戻す。
綾波のナダにはそういった契約をかわしてある。契約を破棄するならば考えがある。
ユイを戻し、ヒロシマに派遣していた六分儀の者をそのまましんこうべへ・・・。
だが。
「レイが何故・・・・」
その理由が分からない。
「あなた、填めて下さる?」
「あ、ああ・・・・」
溶けてしまった赤い儀腕のスペアを装着する。あと一つしかない。だましだましつかわねばならない。だましだまし・・・
「無駄な戦闘をするな・・・・ユイ・・・」
「基本的にエヴァというのは無駄なものですから。使徒を相手にしては・・・・・
効率的じゃないわ」
「・・・・・・・」
それは幾度も交わされてきた過去の議論。今は無意味の。
「シンジがレイちゃんを連れて戻らない限り、わたし、ずっとこっちにいますから」
それは、この件に、介入するな、ということだ。シンジの独力に任せよ、と。
おそらく、ネルフの諜報部の精鋭をその任にあてたとて生きて帰りもせぬだろう。
そのままゆきみる墓場へ直行することになろう。人間の能力が解禁された世界。死者に近く、深く、神の戸を叩く世界。夜脳を詰めた髑髏の街。
分かりやすく言えば怪人・化け物の巣窟だ。異能人の本拠地。約束の地。
「あれだけ」の半裂き抗争をやりながら、数年もすれば力を取り戻している連中。
その玉座につくであろう、「綾波レイ」。その血筋は赤い瞳を守るためにある。
手放すわけもない。何を引き代えにしようと赤い瞳の者どもはその血筋の最後にして最新の血統者を守り通すはず。・・・・・または赦さず葬り去るか。「あの争乱」の源を。
「他の者がレイを思い出すのは、レイが死んだ時か・・・皮肉に過ぎる」
こうして記憶阻害が続行しているということは、能力使用者が生きている証拠だが。
ナダの庇護にあるとみて間違いはないだろう。ならば、たかが子供一人に護衛をつけてどうにかなる話ではない。待つだけ無駄で、時間は貴重だ。とりわけ、ユイの時間は。
記憶を取り戻し、周辺情報を摂取整理した碇ゲンドウの判断は明晰にして端的。
「親っていう字はどう書くか知ってますか?」
毎日会っていなくとも、腹の底まで読める。この人も成長してない。碇ユイは。
「たまには・・・というより、これが最後になるでしょ。
親としてあの子を信じながら見守るなんて」
「お願い」
まさに茶番、と知りつつ碇ゲンドウに逆らえるはずもない。確かに、最後なのだから。
彼女が人生の「打席」に立つのを見るのは。ホームランか、三振か。それしかない。
運命は魔球のようなものだ。そこに成功失敗の確率なぞ存在しない。碇ゲンドウの最も嫌う種類の勝負方法。だが、それしかやらないやろうともしないユイをなぜこんなにも。
シンジはどちらに似たものか・・・・ふと、そんな感慨がうかんだ。
半ば母親にだまされるようにしてしんこうべなんぞに突入してしまった息子を。
獅子は我が子を千尋の谷に突き落とすというが・・・・
「そろそろ時間ね。運動不足のヨロヨロ足音・・・リツコちゃんも戻ってくるし」
「ユイ」
「はい」
「・・・・シンジは成功すると思うか」
こういうことを聞くのはたいてい父親だ。理詰めでものを考える人に多い。
「並大抵のことじゃ無理だから、並大抵じゃないものを持ってないと、むつかしいんじゃないかしら」と母親はあっけらと答える。道理のようでいて、道理でもなんでもない。
「たとえば、炎のような愛とか」
「まあ、戻ってきたときに分かるわよ。だから、行かせたんだけどね。面白いから」
碇ゲンドウには1000年たっても到達できない境地だ。歩いて月にいくより遠い。
そして、碇ユイはふたたびエヴァ初号機を繰りはじめる。