目を覚ましてみても、子供にはいる場所はない。
 
真夜中には、子供に会わせちゃいけない、会ってはいけない「もの」が街をあるくから。
 
お日様のもととは違ったルールで動き出す世界。
 
 
その変容に数時間の睡眠休息から急速に目覚めて医師スタッフ連中の制止もきかずにダダダダッと速攻でケージまで戻るとスタンバっていたエヴァ弐号機に乗り込んで再起動をかけようとし、その作業手順の途中、地上の戦現況を映像で確認した惣流アスカは自分が異世界に迷い込んだんじゃないかと魔術的なことを考えてしまった。自分が寝てる間に何が起きた?起きてみたら別の世界・・・SF的に考えたら平行世界だ・・・の住人になっていたんじゃないかと。確かにここは日本の、第三新東京市なの?!・・・だろうか。
 
 
「エヴァがたくさんいる・・・」
 
 
ジャミングでもかけられたようにちらつき乱れた地上の様子を伝える画面には、確かにエヴァらしい巨大な人型が何体も何体も映っていた。それも、ひどく判別しにくいが、てひどくやられた敗残の野武士集団のように身体のあちらこちらが破滅して、まともな形状をしていなかった・・・。かろうじて、それが偽零号機のように使徒の一味でないのが分かるのは、彼らが初号機を中心にし、従っているからだった。そして、使徒と戦っている。
とりあえず、初号機が元気に采配を振るって無事らしいのは一安心だったけれど、あの連中はいったい・・・
 
もしあれが・・・エヴァなら、自分はあまり必要とされてないことになる・・・・
必要とされている、と思ったから身体は休息を必要最低限で切り上げ一刻も早く目覚めた。
好きなひとに実は必要とされていなかった、という事実は少女を傷つける。
地上の戦況の確認作業はギルに仕込まれた兵士の反射だが、それが鎧になってくれるわけでもない。その認識は紅の鎧をするりとかわしてやわらかい少女の胸を切り裂く。
味方の戦力が増えて良かったじゃん、と横浜弁で思う頭もあるにはあるのだ。が・・・・
それが分かっているから碇ユイはなるべくこの厄介な連中を使いたくなかったのだが。
悪夢の存在である。使徒にとっても、惣流アスカにとっても。
 
 
 
 
 
 
ゴクリ・・・
 
 
誰の喉の音だったのか、発令所は不気味な沈黙に支配された。
誰もが自分の隣に死神を座らせてしまったかの様な顔をしている。
見てはいけないものをみてしまった・・・あの映像が、あの姿が、あの光景が、ジャミングされてしかと判別できなかったのに、このザマである。真実を目にしたならどうなっていたか。強い緊張を強いられることが続く戦闘態勢。叫び声を奇声をあげてリタイヤする者があるいは、出たかも知れない。
発令所スタッフは基本的に剛毅だ。当初、そうでなかった者も場数を踏み、そうなった。
女性スタッフの多くは伏せて口に手をあてている。中には机の下のゴミ箱に吐いた者もいた。ありえない強い匂いが濃厚に発令所にいる人間の鼻につきぬける。土の匂いだ。
 
 
碇ユイはそういう戦い方もする。
 
 
「今のは・・・・・なんだったの・・・・・」
作戦部長葛城ミサトがやっとのことで声を絞り出した。喉がひりひりする。
ようやく夜が終わりかけたというのに、空気がどんよりと重い。
「最後の一体が・・・・マギによる識別名・・・<サタナイル=E>・・・・戻っていきます・・・」
まだ煙幕ジャミングは晴れない・・正面モニターにはエヴァによく似た・・敗残の野武士のような異形の人型が巨大な地下穴に飛び込んでいった。そしてユイ初号機が蓋を閉じた。
しかと判別しにくいが・・・その口には引き千切った使徒の肉をくわえていたような。
儀式における義務のような口調で伊吹マヤが報告する。そうでなければ彼女こそ机の下に潜っていた。声が、震えていた。50近くの使徒による大量爆撃降臨に対して圧倒的勝利をおさめた戦闘後とも思われない。その勝利を称える声は発令所のどこにもない。
倒された使徒の骸が街に散乱する。それが証拠。あれは夢ではない。現実・・・。
 
 
「埋葬者(ウシャ)よ」
 
 
と、地獄の釜の蓋をあける手引きをした赤木リツコ博士がこの場にいればそう言って説明してくれたのだろうが、いかんせん現在はセントラルドグマにお住まいだ。
秘中の秘過去の扉をあけたついでに、発令所スタッフたちの精神衛生の守護と機密がばれんように煙幕ジャミングをはったのも彼女で、発令所にいなければいろいろと暗躍ができてよろしかった。くせになりそうだった。
 
 
突如の使徒の爆撃降臨に対して、多勢に無勢というしおらしさにとんと縁のなさそうな碇ユイもさすがに面倒になって数で対抗する気になったのか、地下から子分共を呼び出した。
しかもぞろぞろと。
 
 
この「子分」というのはお茶目な形容でもなんでもなく、そのまんまの意味で、ユイ初号機の言うことしか聞かない。初号機直轄の人造人間軍団だった。もともとエヴァの失敗作でプロトタイプにもなれずに地下の墓場で眠っていたところを「盾になるくらいできるでしょ」と碇ユイ駆る実験機エヴァ初号機に実力でシメられて配下にさせられた。ウルトラセブンにでてくる「カプセル怪獣」の凶暴かつ下克上風味である。旧造人間ともいえる。見方を変えれば廃棄されるところを救われたのだから恩義を感じてもよいくらいだが、性根がねじ曲がっていた。
まあ、碇ユイのほうでも要は「弾避け」に使おうというのだからお互い様。とにかくそんなわけでネルフの正式な装備と頭数に入っていない。かろうじて言うことを聞くのは墓場で面倒をみている管理人と碇ユイのふたりだけという有様。
誰がいちばん偉いか思い知ら・・・いや、教育する時間がなかったので残念ながらとてもじゃないが碇シンジや惣流アスカ、子供らに扱えるシロモノに仕上がらなかった。恐ろしく性格が悪い。従順な盾になるどころか使徒を前にして思いっきり裏切ってくれる可能性もあった。マギが認識するコードに悪魔の名が使用されているのも納得する。はたして、その実力は?・・・・というところだが、それは今、証明されたとおり。使徒対悪魔の名を冠する埋められ者たちの戦闘は、えげつないほどの圧倒的徹底殲滅勝利で終わった。
 
 
モー強。
 
 
剥き出しにされた野蛮な戦闘本能と原初より磨かれて鍛え抜かれてきた狩猟本能が一気に発動された戦場はユイ初号機の指揮のもと、凄まじいバイオレンスジャックな血の豪雨を降らせた。
未完成であり、ほとんどのウシャがまともな身体をしていない。中には脊髄と頭だけ、というとんでもないものもいたが、そのどれもこれもが凶悪な強さを誇った。ことに弱点や急所を狙うのが上手い。その上、単独では戦わないという墓場で眠る者のわりにはせこい戦法をとるので使徒群はひとたまりもない。中にはテナガザエルたちのように連携プレーの得意な使徒もいたが、あいにく人食のために四方に散っていたために、各個撃破された。とうぜん、人肉はおあずけである。
それどころか、逆にガツガツと食われた。ウシャは使徒を喰う。それで再生機能が生きてる者はその使徒肉で身体を再生させる。その光景がまたキモかった。そうして身体を造ったウシャの中では何を勘違いしたのか、指揮をとるユイ初号機に襲いかかって己が政権をとろうとしたりしたが、・・・・「ふりだしにもどらされた」・・・・具体的にどんな目に合わせたのかはあまりに残虐なラーメンマンのキャメルクラッチであった。
馬頭観音、開明獣、アフリカの盾、飛頭蛮、一反木綿・・・使徒の生態文化というのはどうなっているのか・・霧島教授はもうこりゃネルフを離れられまい。一生もののデータだ。
巨大腕、大魔球(「まさかBF団のガンガーとグローバー?ってことはこの中に八傑衆が」・・・・いかに仕事が苦しくても日向くんはもうネルフを離れられまい。社会復帰不可)
一番の強敵はやはり、降臨を三体そろえていた蛇使徒三兄弟だった。死角がない。
ガムエルは虹色で一つ目、自分の幻影を七体造れる。
カツエルは銀色で七つ目、血を赤い砂に変える毒牙をもち。
ノズチエルは深緑色で目なし、口の虚数空間で全てを食らう。
「大蛇退治とは・・・・神話がどこかで繋がっているのかしら・・・凄ノ王になった気分」
ユイ初号機がじきじきに動き、ガムエル、カツエルを疾風の動きでかわして零鳳初凰でノズチエルの尻尾を切り落とし、虚数空間吸い込みを封じた。
「なんか伝説の刀がでてくるのではないかしら・・・・ちょっとよく探してねえ。
それからザミエル=Eの魔弾を合図に包囲射撃開始!ビルに当てるな!撃てえっっ!」
ウシャたちに日本神話をモティーフにした探索と遠距離からの銃撃砲撃攻撃を命じる。
ガムエルカツエルは中・接近戦で絶大な力を発揮するが、遠距離戦ではその恐さは激減する。それをカヴァーするためにノズチがいるのだが、せっかくの吸引能力が封じられたあとは巨体で暴れまくるしかないのだが、そこに降り注ぐ鋼鉄弾雨。これまた試作品のアサルトライフルやジャイアントバズーカやライフルでたまに暴発を起こしながらもウシャたちが撃って撃って撃ちまくる。ATフィールドも削られ、鱗も剥ぎ飛ばされていく。肉にめりこむ。体液が噴水のように。命が削ぎ落とされていく。神話と異なり酒も飲ましてもらえずにパターン反応消滅す。
 
 
ユイ初号機の指揮は軍曹鬼のように的確で、そんな調子で自軍にほとんど損失(自滅をのぞく)を与えずに大勝してしまった。このデータは当然、初号機の頭の中、マギの中に蓄積され整理され変換され、戦闘用に・・・つまり碇シンジでも使えるようにされる。
う゛ううううううう・・・・・・んんと、ゼルエルの鉾を振り回す初号機の姿を見ればいかなウシャたちでももう誰が乗っていようが条件反射的に従うだろう。パブロフ躾け。
碇ユイはドンブリなようでも、何歩も先を見越してことをおこしている。
それが分かるから、赤木リツコもこの無茶な、ゼーレにばれたらただじゃすまない暴挙に手を貸すのだ。エヴァ、それに準ずる人型兵器も何十も隠し持っていたなどと分かれば。
だが、本能的にわかる。最終的に勝つのはこの人だと。
ただ、その人にはあまり時間がない。最後に生き残った者が強い、勝利者などという低次元の話をする気はない。ほんとうに、ユイさんには時間がなかった。それだけに息子に出来るだけのことを伝える。ほんとうに周辺だけのことになる。「フェムリューの風天嘯」などユイオリジナル必殺技を伝授する機会はもうない。一代にて失伝するしかない。
 
ユイ初号機はウシャたちを墓場に戻らせて、天を見上げた。煙幕はすでに晴れた。
腹筋を鍛えて待つはモーニングムーン。
さすがに入道雲の輝きも目に見えて衰えてきた。兵力のかなりを失ったのだから。
だが、撤退もせずにそろそろ朝日の差す時間を迎えている。朝型の使徒が降臨してくるだろう。・・・・殲滅されるまでやるつもり・・・・それもいいでしょう。
だけど、ここらでちょっと”戻って”おかないと・・・わすれてしまう。
 
 
 
ひとのかたち、こころのかたちを
 
 
 
「葛城さん、エヴァ初号機、いったん戻らせてもらっていいかしら?」
「え・?あ、はい。もちろんです・・・」
いいのか悪いのかこの乱戦では神様だって判断できまい。だが、碇ユイが戻るというのだからそうするしかない。絶大というしかない、国民栄誉賞、いやさ国連名誉世界市民コスモポリタンヒーロー賞をもらっても当然な戦果をあげてきてくれたのだから。英雄、それも超英雄だ。それもほとんど機体にダメージを受けることなく・・・・なんなのこのひと・・・・こんなに強いんなら最初からこの人が戦ってくれればいいのに・・・・という場違いとは承知しつつ怒りにも近い疑問が浮かぶ葛城ミサト。神か悪魔か・・・・陳腐な言い回しだけど、もはやそう言うしかない。回収指示を出しながら・・・・・どちらかといえば後者・・・魔王のお后って感じだけど。
それでも疲労を感じて下がるあたり、やはりこの人だって「人間」なんだ。
バカすぎることを考えるのはやめよう・・・アスカだって起き出して第2ラウンドに備えてるっていうのに。そちらの方に神経を集中しよう。シェルター内の野菜騒ぎもあらかたおさまったし・・・・
 
 
「弐号機は・・・あら、もうスタンバイできてる・・・さすがはセカンドチルドレン・・・・」碇ユイはすぐさま回収が来たことに少し驚いた。それはつまり、後詰めの弐号機がすでにスタンバイしているということだ。アスカちゃんが臨戦態勢になるまで少しは立ちんぼしてようと思ったんだけどね。さすがに連続爆撃降臨はないと思うけど。彼らのプログラムから察して・・・・ん?・・・あれ・・・エントリープラグ内のアスカちゃんの様子が変だ・・・・どうも今ひとつ熱気というか戦気覇気に欠けた虚ろさがある。葛城ミサトとやり取りする冷静な兵士の顔を押し立てて平静な演技をしているつもりだろうけど、ばればれだ。葛城さんももうっと踏み込んでやんなきゃ・・・・女同士なんだし。
碇ユイには綾波レイのような心を読む能力があるわけではないが、鼻が利くのだ。
はあ、これはこのまま戦ったら死ぬわね。この次に強いのが出てこないとも限らない。
まあ、惣流アスカが落ち込んでいるのはウシャをみたせいで、碇ユイのせいといえなくもない。短時間で天才少女の心をこれほどまでに掴んでしまったことが。悪いのか。
 
 
「アスカちゃん」とSOUND ONLYで呼びかけると
「あ、はい」・・・・どこか、気後れしたような返事。らしくない。葛城ミサトも気づいたようだ。
 
 
「虎と戦うにはどうしたらいいか、知ってる?」
 
 
「え?・・・いえ、知りません」戦闘に対するアドバイスなんだろうか・・・でもなぜ虎。
碇ユイの話題の展開には慣れてないとちょっとめんくらうところがある。昔、碇ゲンドウも冬月副司令もこれをやられてぜんぜん答えられなかった。達人の会話だ。
 
「虎ってのは、ああ見えてもゴムまりみたいに柔らかいのよ。虎を飛行機で運ぶ際に体格キチキチの檻にいれても、到着してみると頭と尻がまったく反対になってたりするわけ。
それから、その爪はドーベルマンをちょっとなでたら吹っ飛んで顔の半分が無くなってたりするくらい鋭くて包丁みたいなものなのよ」
 
「そういう虎と空手家が戦うってイベントが昔、計画されてたんだけどね。ま、途中で有名な女優が会長やってる動物愛護協会からのクレームがきて中止になったんだけど。結局。その際に空手家に牛殺しの大山マスタツがアドバイスしたの。”ありゃ駄目だ、死ぬぞ”って。そりゃないわよねえ、あはははは。どうしても戦わなくちゃならないんなら”目玉を引っこ抜け、それしかない”だって」
笑い事ではない上に、ぜんぜんオチがない。
「それじゃアスカちゃん、気合い入れ直してがんばって。あとはお願いね、3時間ほどで戻るから」
一方的にお願いすると通信は切れた。
 
「あ・・・・はい!!」
それだけで惣流アスカの機嫌は直った。喜色満面で請け負った。その笑みは確かに碇ユイが惣流アスカの中で特別な区画を占有していることを証明する。碇ユイが戦えというなら戦う。気合いを入れ直せというなら入れ直す。
インターバルは終了、惣流アスカの第2ラウンドが始まる。
 
 
 

 
 
 
「あぐぅ・・・・・・・・・」
 
母親が大勝利をおさめた頃、息子の方は大敗北を喫して逃亡もならずに囚われていた。
ここは大橋近くの水上署。現在は警察署でも消防署でもなく、綾波党の警備部門の砦になっており、武装化されている。はっきりいって治外法権超法規的施設。
ここの地下牢に袋叩きにされた六分儀シンジらは放り込まれた。
当然、六分儀ユト、タキロー姉弟も、そして、綾波チンと、ピラも・・・・・
 
 
「なんでこんなことになったんだかよお・・・・」綾波チンが嘆いている。
「兄貴い・・・・ずびー」とピラが激動の運命の変転に抗議するように鼻をかんだ。
 
 
「なんなんだよ、こいつらは・・・」綾波チンがやられすぎてたまに呻き声をあげるだけで目覚めもしない、ちょっとやばい感じの三人の子供に目をやる。女の・・・女子高生だが・・・方は神鉄直々に脚まで折られている。神鉄の力だ。なでられても骨がコナゴナになって二度と歩けまい。女には甘い神鉄がそこまでやる・・・いや、やらなきゃ神鉄の方がやられてたんだから当然か。・・・・よほどの悪か。こいつら。いや、確かに悪だ。オレたちを巻き込んだのを手始めに、大橋の上でのあの激闘はなんなんだ?フレイエが橋番をやってるってのに、神鉄と悪電まで陣容に加わっていた。戦闘系の能力持ちと戦党員もほぼ総動員。しかも戦支度を整えて。まあ、尋常な体勢じゃない。まさに、戦闘態勢だ。だが、それはこいつらを前にして当然の体勢だった。思い出しても身震いがする・・・・すでに8時間ほど経過しているが・・・
大橋を車で半分を渡ったところで、前と後ろを塞がれた。当然、一般車は遮断だ。
網を張っていたところにド真ん中にやってきたんだから狩りにも漁にもなってねえ。
獲物はたかが子供三人、おれたちはあくまで巻き込まれた員数外。
それでも死にたくねえから、今月の橋番がフレイエだってことを思い出すと即座にガキ共に車から逃げるように言った。こっちの形相に納得したか、即座に車を離れたところで燃え上がった。超々炎距離射程をもつ「焼き者」。一睨みで人間なんざ消し炭にする。普段は陶芸家ってんだから綾波党ってのはやっぱりどこかおかしいな。こいつが焼くガラスも陶器もえらく内外で評判が高い・・・・てのはこの場合は関係がない。町内会の役員のようにまわってくる橋番だが、こいつの番にあたるのは不運としかいいようがない。
赤い瞳で炎を生むこの能力はことに綾波好みで、羨ましがられるし、敬われる。
迫害されない土地を探すあいだの長い長い船上生活で培われたのだと年寄りは言う。
不知火とよく誤認されたようだが。まあ、そんなマメ知識はどうでもいい。
問題はフレイエのパイロキ(発火能力)がとんでもなく強烈だってことだ。
機動力がお釈迦になったところで、一気に前後から戦党員たちが捕縛に押し寄せてきた。
橋の上では逃げようもなく、まあ、海に飛び降りるってえ手もあったが、そこもあの陣容じゃマログやミサメのような強い連中が張ってたに違いない。あるいは真珠歌くらいのお偉いさんがこの捕り物の見物に愛船ででばってきていたかもしれない。
「どうすんだ、てめえらこのガキ、よりによってこんなデンジャー環境に巻き込みやがって、謝れ、いますぐ謝れ、土下座して謝ればガキのことだ、赦してくれるかもしれん!」
こっちのセリフなんざ完全無視で前だけむいて突っ込んでいく・・・おかしな服のあの中学くらいのガキ。アントニオ猪木より強気・・というか無謀だ。なんつうか、ありゃなにも考えてねえ!。神鉄や悪電なんざ、一目で”怪人”だって分かるだろうが。特撮ヒーローものの身過ぎかっ!?最近は世相を反映してかどこかヒーローも姑息というか計算高くなっているような気もするぞ。とにかくこれほど無謀じゃない。ランボーより乱暴だ。武器もないくせに。小学くらいの学生服チビとブレザー女子高生はもはや身を捨ててこそ浮かぶ瀬もありわれてもすえにあわむとぞおもふ、な顔をしてその暴挙に従ってたが・・・
 
 
ボクハ タタカウ
 
 
おかしげな服の中学生くらいのが袖口から「でんでん太鼓」を取り出す。
オレはその時、「ベストキッド2」を思い出した。深い意味はないからべつに観なくてもいい。猫のマークが入ったそれに限りなく、悪い予感がした。
「みんな!耳をふさいで!それから、伏せて!!」
みんな、というのはオレたちも入るんだろうか?ガキの目はそう言っている。
勝手に「みんな」にするなよコラー!と抗議をかます前にピラと耳をふさぐ。
中学生くらいのが勇者の剣のような顔をして、でんでん太鼓を振り回した、瞬間。
 
 
大橋上空の大気が引き裂かれた・・。空の渦潮。太鼓の模様。
ひ・きゅーーーーん。ぐあーん。
大鬼が顎をひらきキバをむくような予兆音。そして。
 
 
カカッ
グワラグワラドーーーーーーンンッッ
 
 
しんこうべ中に聞こえたんじゃねえかっ?てくらい物凄く馬鹿でかい雷音・・・この先制攻撃で戦党員が軒並みやられたからな・・・・なんちゅう悪だ。激悪だ。思い切り敵であることを表明し、最早泣いて謝っても許してはもらえまい。耳を塞いだくらいじゃとてもおっつかないその激音のせいで意識がふらついた。幸運なピラはすぐに気絶した。
現実感覚が猛スピードで失せていく。
半分、夢が入っているかもしれない。
学生服のチビが下駄を転がしまくって雨や雪を呼んでいたことや・・・
赤いブレザーの女子高生がその赤い靴音を高らかに踊ると、敵が次々とかき消すようにいなくなってしまったことなど・・・・・・まるで透明人間に誘拐されたように・・・
 
 
「綾波さんをかえしてもらうっ!!」
 
 
お気に入りっぽいでんでん太鼓音波兵器を振り回しつつ、強い意志で宣言する中坊。
こいつが発する声は逆に拡声器の働きでもするのか、恥ずかしげも無く大橋上に響いた。
ここにいる大半は「綾波さん」なのだが・・・かくいうオレもそうだが・・・
 
まあー、その余計な一言で戦闘はヒートアップした。耳を押さえて呻く戦党員たちが「巨人の星(運動会の種目のひとつ。地方によってはぜんぜんなかったり、呼び方が違うかもしれないが。額をバットの尻につけてそのまま十回回転して三半規管をマヒさせてダッシュ100メートルするという、見物客にはうけるが競技者当人にはちょっとつらい種目)」をやったようにフラフラと、しかし戦意をしこたまあげて向かってきた。中には方向を違えて橋から落ちてしまったやつもいた。しかし、こいつの言う「綾波さん」は誰なんだ?
 
 
戦況は結局、神鉄の拳一発であっさりとひっくり返った。
戦闘とはいってもしょせん、力が違いすぎる。こんなガキ三人にやられるくらいならしんこうべの綾波党などとっくのとうに絶滅している。神鉄の拳は空を裂き、風神のハンマーのように三人のガキを吹き飛ばした。手加減してなければこれでバラバラの挽肉になっていたはずだ。伊達に「悪いことすると神鉄が来るよ」と、しんこうべの綾波の子供をその名だけで躾けちゃいない。「勉強しないと悪電みたいになるよ」とも言われる。
でんでん太鼓の中坊は受け身もとれずに頭ぶつけて気絶。
学生服チビは受け身をとり、さらに反撃に移ろうとしたが、若長の呼び名も高い虎兵太に叩きのめされた。赤い靴の女子高生が神鉄じきじきに脚を折られると一気に逆上。冷静さを失っては、虎すら素手で殺す、虎の血が混じったトラトラトラの虎兵太に勝てるはずもない。それ以降は、戦党員にかこまれての袋叩きだった・・・。
さらに、それ以降はオレたちの尋問。いろいろ聞かれた。何発か殴られた。
 
 
何が目的だったのかしらねえが、無茶苦茶な連中だ。事務車とはいえ、病院の車が手に入ったんだ。頭をひねりゃあもうちょっと上手いやり方があったろうに。おかげさんでこっちも共犯者になっちまった。脅迫ですらない、単に巻き込まれただけなんだが・・暴走に。
 
「だが、ガキだしなあ・・・・・おい、ピラ」
「なんすかあ、兄貴い・・・・・ずびー」
「こいつら、ちょっと治してやれよ・・・おまえの能力で」
「はあ?なにいってんすか!おれたちがこんなところにいるのはこのガキのせいじゃないっすか!これで綾波党に対する裏切り者決定ですよ獄門さらし首の刑っすよ」
「銀行強盗やっても同じだろーが!!ピラ、てめえ覚悟決めてたんじゃねえのかっ!
いいから治せっっ!オレはガキの呻き声なんざ聞きたくねーんだ!」
「へえい・・・・」
 
しぶしぶとピラは三人の子供の治療にあたる。かなり手加減されてはいるが、よってたかってやられただけに、純粋な暴力にさらされたことのない子供の身体ではたまるまい。
特に、娘は脚を折られている。
 
「兄貴い、 オレたちこれからどうなるんす・・・・」
「こいつらの正体次第だろうな・・・あのシチュじゃ俺等がこいつらに手を貸したように見えただろうからなあ・・・あの神鉄たちの目え見たか?まさに問答無用だな」
ここに放り込まれる前、どこか上の方から指令でもきたのか三人には麻酔がかけられた。殺されることはないようだが、積極的に治療する気もないらしい。敵を治療する義理もなかろうが。だが、どうも対応が中途半端だな・・・あれだけの面子で待ちかまえていた割にはこんなところに放り込んでおくだけとは。・・・どうせ移送前の時間調整の間の短い縁だ。あーあ、強盗なんざやろうと思ったのが間違いだったんだな・・・人間、地道が一番だ・・・
 
「だがなあ、ピラ。お前は大丈夫だ。大丈夫なようにしてやる。オレが一人で銀行強盗に入ろうとしたところを通りがかったお前はオレをこいつらから助けようとして、たまたまやむをえず巻き込まれただけだって証言してやるからな・・・おお、結構説得力のあるストーリーじゃねえか、大丈夫、それでいけらあ。だからな、心配するな。お前の体潮治療は病院好みだから、きっと寛大な処置にしてくれらあな」
「・・・・だとしたら、こうやってこのガキどもの治療をしたらまずいんじゃないす?思い切り味方だと思われちまいませんか?」
「い、いや、それはだな、いわゆるひとつのレッドクロス、赤十字の精神でな、怪我人を見捨てられない立派な病院マンだと印象づけるんだ・・・・まあ、イヤだったらやめていいぞ・・・」
「やり始めたことは最後までやんないとだめっす」ピラは少し笑った。
 
 
しばらくすると、タキローが目を覚ました。やはり幼少からの鍛え方が違うらしい。
 
「くっ・・・・くっ・・・・くっ・・・・」目を覚ましたとたんに悔し泣き。
「くそっ・・・・綾波神鉄・・・よくもユト姉さんを・・・・地震が起ころうとしんこうべが海に呑み込まれようと・・・・見てろよっっ・・・・・かならずお前を殺すっっ」
 
「おいおい・・・」麻酔をきかせたのは正解だ。なんちゅう物騒なチビだと思った。
だが、綾波チンとピラもこれが六分儀の人間だとまだ知らない。
 
チンとタキローの目があった。
 
「お前は・・・・・ここは・・・・」
「遅いよ、お約束が・・・・ここは綾波の水上署。あの橋の近くサ。オレは綾波チン、こっちがピラ。お前等の仲間だ」
 
「・・・・、と綾波党から思われちまった哀れな二人組だよ。とりあえず、こっちのピラに礼をいっておけよ。ボコられて気絶したお前等の痛みをやわらげてくれたナイスガイに」
 
「なんでそんなことをする?ますます味方にみられてしまうだろう」
 
「いわゆるひとつのレッドクロスっす」誇らしげにいうピラの顔も何発か拳の跡がある。
 
「ふつう、人質に見られないか?あの状況で、しかも同じ綾波・・・」
別に礼をいうのが嫌なわけではないが、気まずいタキロー。
「そう好意的に見てもらうにはちょいとスピードが速すぎたな、ありゃ。綾波党じゃなくってもガードを固める。単純に見ても道交法違反だしな」
チンとピラ、タキローがそろって、未だ呻いている回復の遅い六分儀シンジを見下ろす。
 
「このぼくちゃんとお前らは一体何なんだ?この期に及んで”ただの”なんて形容詞は使うなよ・・」
凄んだつもりだが、あまり効果はない。返答は平然と。
 
「治療の礼に教えてやる。僕は六分儀タキロー、こっちが姉の六分儀ユト、そして、こちらが六分儀シンジさん、僕らのガード対象者」
 
 
「六分儀・・・ってあの・・」
 
 
「そう、それもシンジさんはゲンドウ様の実の息子・・・碇シンジともいう」
 
 
「碇いっ?・・・うおー・・・」
こりゃどえらいことになった。確かにあれだけの陣容を張るわけだわい、とチンは納得。
このぼくちゃんは両親の因縁を知っておるんだろうか?よくもまあ、ぬけぬけと・・・。
 
まずいっっ!これ以上聞いてしもうたら、マジで引き返せなくなる!
「ピラ、耳ふさげっ、六分儀のタキロー、そのへんでもういい!お前らやばすぎだ!」
 
 
「それで、こないだ十何年ぶりに戻ってきた後継者たる綾波レイさんを連れ戻しに・・・」
 
 
「後継者を?・・・・ギョエー!」
現在のしんこうべにおいて、それ以上の悪行はちょっとない。酸の宮に巣くう相当な悪党でもそこまでは想像することもできないくらいの極悪行動だ。快楽猟奇殺人者以上の邪悪の塊を見るような目でタキローを見るチン。それらと同じにされたということは・・・・
自分たちの未来が真っ二つに断ち切られることを意味した。まさか後継者の拉致とは・・・・・なんちゅう恐ろしいことを・・・・今こうしていられるのも、党本部で”最も苦しみながらくたばる死刑方法”について熱い議論がかわされているせいではないのか。
たぶんそうに違いない・・・・もうだめだ・・・・うなだれるチンとピラ。よく考えてみればそんな邪悪なこいつらと隔離されてないっつーことは同類にして同罪だと認定されてるっつーことだ・・・・もうだめだ・・・・
 
 
一応、言うだけのことは言うとチンとピラの今後の人生など興味もないタキローはさっさとユトの脚の治療にかかった。学生服のポケットから薬草を煮染めた緑色のハンカチを取り出すとそれをクチャクチャと噛んで、折れた部分にあてる。そして、ゆっくりとさする。
「宮武製薬の接骨薬・・・・効けよ・・・・」
焼き鳥軟骨をコリコリするような音がユトの脚の患部から聞こえてくる。骨がくっついていく音だ。もちろん通常の薬屋の、人間の薬では、ない。六分儀の人間専用の怪薬だ。
 
 
「う・・・・」ユトも気づいた。
「ユト姉さん!大丈夫?・・・・」。
「うっ・・・・痛っ・・・・・」
「まだ動かないで。・・・・くうっ、鞄があればもっと強い薬が・・・」
しばらくユトは歩けそうにない。大人しくしてないとすぐ折れる。
「これじゃ”踊れ”ないか・・・ユト姉さん・・・歩包結界法が・・」
「だいじょうぶ、タキローちゃん・・・・”赤い靴”は切りとられてないし」
「こんなところで足止めかっ・・・・なんでこんなことに・・・」
 
チンと同じようなことを言っている。理由はかんたん。
未だ目覚めない、そこの六分儀シンジのせいだ。
 
気がつかないうちに何発か殴っておこうか・・・・・暗い想念が頭をよぎるタキロー。
こっちの言うことを聞いてもうちょっと計画的に上手く立ち回ってくれれば・・・
ユト姉さんが脚を折られることになんてならなかった・・・・真正面からつっこむなんて
無茶苦茶だ・・・ちくしょう・・・ユト姉さん・・・・ユト姉さん・・・
それを想うと天下駄で踏みつけて蹴りつけてやりたくなる・・・・やってやるか・・・・
ゆら・・と立ち上がり、六分儀シンジに近づき・・・足をあげる。下駄歯を六分儀シンジの顔をめがけて・・・・・・
 
「おっ、おい・・・・!!」ただならぬ雰囲気・・・ほぼ殺気・・・に気づいたチン。
べそっていたピラは気づかない。
「・・・・・・・・・」その行動にむろん気づいているはずなのにユトは止めない。
 
 

 
 
「グヘヘエ・・・やっと行きやがったか・・・死体の匂いぷんぷんで朝の光ににゃ弱いと踏んで死んだふりしてたが正解だったぜ・・・どうも連中、ゾンビみたいなもんだったらしいな・・・」
 
むく。ぶっ散らばる使徒の骸の中からテナガエルが起きあがった。戦闘なんぞにはなから興味がない悪知恵のきくテナガエルは自分だけ難を逃れて美味しい生活をするべく死んだふりでウシャの一群が退くのを待っていたのだがいよいよ成功したようだ。なんとおまけに一番手強そうなあの紫の一角までいなくなっている。代わりに赤いのが出てきたが、身のこなし風格で分かる、奴は紫の奴より数段落ちる。当然、その落ちた先は自分より低位の弱さ。かっこうのいたぶり餌食レベル。グヘヘへ。兄弟たちもやられちまったみてえだ。
まあ、まず腹ごしらえと行くか・・・死んだふりも腹が減るモンだ。
テナガエルはウシャにやられ散乱する使徒の骸を掴むと・・・バナナのようにモキモキと喰った。
 
 
「なに・・・・・あいつ・・・・仲間の死体、喰ってる・・・」
せっかく高揚した戦意が嫌悪感によってドブ水をひっかけられたように冷めていく惣流アスカ。それはまた、恐怖でもある。同時に、強い怒りを呼び覚ます。それは良くない兆候だった。惣流アスカの頭の中には「強敵イコールある程度の風格、数学的な品格」という
式があり、「下品イコール強いことない」という油断があった。下品だろうと賤しかろうと強いもんは強いのである。事実、碇ユイの目を逃れウシャの一群から生き延びたのだからテナガエルはそれが誉められたものでないにしろ、強いといってよかった。しかも、したたかで惣流アスカ駆る弐号機の実力を完全に見切っていた。それゆえに、ノンキに腹ごしらえなどやっていたのだった。もし、弐号機の実力がテナガエルを上回っているのならこの大敗状況ではさっさと逃げ帰っている。つまり、弐号機なんぞ倒して人食にとりかかる気でいるのである。さすがに紫の一角、初号機が戻ってくればすぐにトンズラする気でいるがそれまでにどれだけ食べられるか・・・時間制限ありの大食い競争、見事食べきったらお代はタダ、というやつだ。テナガエルはチャレンジャーだった。
ただ、その眼中に弐号機はいない。
「”蟹”は食べるのに手間がかかるからなあ・・・・せっかく本場にきたんだから、やっぱ人間ってモンだ・・・それとも連れ帰ってアムリタにでも漬けてやるかあ?」
 
 
「てああああああっっっ」
そのおぞましい思考が聞こえたわけでもあるまいが、惣流アスカはソニックグレイヴで上空から斬りかかった。テナガエルは使徒骸を手にかぶりついている。必殺の一撃!。
「よっしゃ!ナイスアスカ!後かたづけ終了お!」
葛城ミサトがおもわずガッツポーズをとるほどの見事な奇襲だった。
 
 
だが・・・・・
 
 
「食事中に騒いじゃいけませんってママに教わらなかったかあ?」
テナガエルはやすやすとその一撃をかわすと、あっさりとグレイヴを取り上げて、捨てた。
まるで大人と子供だ。だが、惣流アスカの弐号機はそれでもかまわなかった。
手の長いこいつの内懐に入りさえすれば。その鬼のようなツラめがけて弐号機の紅拳が飛ぶ。速く、そして強い右ストレート。同じ仲間の骸を食らうその頭が、口が、許せなかったしおぞましかった。コナゴナに砕いてしまいたかった。冷静さを欠いてはいるが、それゆえ暴力的で強い威力をもった、惣流アスカの正義を込めた熱い一撃。
 
 
なのに・・・・
 
 
「トロい攻撃だぜい・・・・蟹の赤身は寝てろっち」
どうもテナガエルには拳法の心得があるらしい。一瞬の身さばきでその一撃をあっさり左脇に抱え込むと入れ違いに右の手で弐号機の顎を思い切り突き上げた。えらく単純な動きだが、威力は絶大。弐号機の顎はもちろん、背骨の方までダメージが貫いて、モニター機器がダメージレベルの悲鳴を上げた。テナガエルが抱えた手を離すと、弐号機はがっくりと地に倒れた。まさに、一撃必殺。大宋国を建てた太祖趙匡胤伝来の秘技、短打に接する至善の技とされた高探馬によく似た技だ。まさに拳味無限の境地なり。ちなみに「探馬」とは先駆けとなって敵の内情をさぐる密偵のこと。馬上から遙かに草原を望む姿が由来なのだが、テナガエルの場合、単に人食がしたいだけ。そして、簡単に邪魔者を片づけてしまった。「グヘヘエ・・・それでは楽しい食事会だぜ」テナガエルの鼻は正確に人の潜むシェルターの位置を嗅ぎつける。
あまりに見事な技のために、神経接続カットなぞ間に合うはずもなく、搭乗者の惣流アスカはモロに脊髄と背中とにかなりやばいダメージを食らってしまった。下品でも仲間喰いでも強いもんは強いのである。
 
 
テンカウントでも起きあがれない・・・・・
惣流アスカ、2ラウンド 48秒でKO・・・・
 
 

 
 
天下駄の軌道はそれて、六分儀シンジの後頭部すれすれのところに落ちた。
かなりでかい音がしたが、それでも六分儀シンジは目を覚まさない。
 
「なんで止めないの、ユト姉さん・・・・」
「タキローちゃんはそんなことしないって信じてるから・・・
タキローちゃんも分かってるって知ってるから。シンジさんがたとえ自分ひとりでもああしただろうってこと・・・・たとえ六分儀を一時的に名乗ってもシンジさまは六分儀の若様じゃないってこと・・・わたしたちが守るんだってこと」
 
「自分勝手だよ・・・・無茶苦茶だし・・・・綾波レイと会わせたところでユト姉さんが・・・」
 
「それでもわたしはシンジさんを守るよ・・・・足手まといになっちゃったけど」
 
「ユト姉さんは今、この僕たちを守ってくれてる。あの橋の上で勝ち目がないのを承知で歩包結界法を使ったのは、身の保証のためでしょう。姉さんが”誘拐した”綾波の連中がいなけりゃ僕たちはこんな牢の中でさえない・・・交渉の余地もなく今頃海の底だ」
ちろ、と牽制するようにチンとピラの方をタキローは見て。
「あれさえ使わなきゃ脚を折られることはなかった・・・」
やっぱり、何がなんであろうと理性の制止があろうと、その一点で許せんらしい。
 
「もし・・・・ユト姉さんの脚が折れてるのを知って涙ひとつも流さなかったら、僕はこの人ためにもうなにもしない」
「いちおう、シンジさんは生きてるよね」
「大丈夫、連中は医者の集団でもあるんだから。本気でやるなら首を落としてるさ・・・・なにせ六分儀の純血種なんだ」
「それで・・・・この人たちは?だれだっけ」ユトはチンとピラを忘れていた。
「え・・・・同一視?術の標的から外してたんじゃないの?運が良かっただけか・・・・
なんていうか、銀行の前で車を借りた人、名前はチンとピラ」
「よろしく、チンさん、ピラさん、六分儀ユトです。その節はどうも・・・料理人の方ですか?」
 
チンとピラはこれ以上ヤバイ話を聞かないように目をつぶって耳を塞いでいたが、ユトの言いようにとうとう踏ん切った。人生の踏切を変更した。右手で仁義を切りながら。
 
「ちょおおおっと、お前らとは腰をすえて話をせんといけんよーだな・・・今後について」
 
「え!コンゴまで逃亡ルートが・・・?いつの間にそんな手はずが。すごい、タキローちゃん、この人たちって国際的スパイの極悪人?」