なでなでなでなでなでなでなでなで・・・・・
 
 
なでなで
 
 
「あの・・・・何をやっておられるんですか」
ちょっと沖縄の堺マサアキっぽい発音で葛城ミサトが碇ユイに問うた。
 
 
発令所の正面大モニターには、ユイ初号機が例のガッツのある使徒、タパエル→ガッツエル変化をなした使徒がいよいよ強化して体中に何本も砲身を生やしたνフルアーマーV2アサルトバスターゼロカスタムXXな装備をつけて現れたそれを・・・・赤い入道雲の数々のコアから放射される赤い力線を収束し展開させた鏡翼で増幅反射する強烈無比のバスターサテライトライフルミラージュキャノン光撃(発令所のモニターが視覚保護のため自動的に光量補正をおこなったほどの凄まじさ、十秒ほどモニターが灼けた)を左腕のひとふりで「あっさり」跳ね返して虚空に消し去ってしまうと、かつかつと近寄って寝かしつけてしまった。そして、だだっ子をあやすようになでなでと使徒の額のあたりをなでなでとやる光景が大写しに映っている。エヴァ弐号機は足の修理とパイロットの休息のため、ひとまず地下に回収されていたが・・・・。
 
 
「甘やかしてるの」
他人に理解を押しつけることはないが、”求めること”がかなり強力でパワフリャな感じは碇シンジ、これは母子でそっくりだ・・・と思うしかない。
使徒をなでなでしているユイ初号機の姿はまさに・・・・大和なでしこ・・・・七変化
なわけはなく、新興宗教の女巫女がいやがる病人を無理矢理癒してやっている、という感じだった。始めはジタバタしていた使徒も微妙に関節を極められて諦めたのか抵抗を止めてなでなでしてもらっている。いろいろな使徒を相手にしてきたネルフだが、使徒に対してのこんなアプローチは初めてだった。それになんの意味、なんの効果があるのだろうか。
 
 
「甘やかして、ダメな使徒にしてるのよ」
碇ユイは断言した。
 
 
うっ!・・・・・
 
 
発令所の全ての人間が碇ユイの深遠を告げられて呻いた。それが貴女の・・・。
「誉め殺し」ならぬ「尽くし殺し」という言葉がある。
尽くして尽くして尽くして、相手がそれに頼り切り、ダメダメ人間になってしまったところで捨ててやる、という北斗神拳より恐ろしいお水業界の必殺技である。
とてもじゃないが、碇シンジや惣流アスカ、いやさ渚カヲルでさえよく使いうる技(テク)ではない。かなり教育に悪い精神攻撃だった。それはハッタリでもなんでもなく、実際に効果があった。惣流アスカが百年戦っても勝てなかったであろう、己の鏡のような苦手属性、ガッツのある使徒に対して。甘やかすことでダメダメにする手法は・・・当たった。
 
せっかくνフルアーマーV2アサルトバスターゼロカスタムXXに進化した使徒はみるみるうちに退化をはじめて、あれよあれよという間に、最初の垢人形のようなちっぽけで薄汚いやつに戻ってしまった。それでもなでなでしていると、分解して砂と消えてしまった。
「生まれてこなければほんとは良かったの状態」まで戻ってしまったわけだが・・・・
 
 
Dont be
 
 
もしかしたら、惣流アスカがこの場にいたらこの方法は使わなかったかも知れない。
それくらい、破壊光景よりある意味残酷でショッキングな光景だった。
こんな真似は、碇ユイと初号機でなければ、できなかっただろう。
単純にそれが「左腕」の力である、と考えられればどんなにいいか・・・・。
シンジ君、あなたのお母さんは・・・・・
葛城ミサトはその底知れぬ力に恐怖する。それは根元的な、同性としての恐怖。
弐号機・アスカとの共闘は、おそらく強い影響を少女に与える。大人でありながらエヴァを駆る存在というのは・・・・チルドレンにはどのように映るのか。正味、ほんとうに彼女たちを抱きしめてあげられるのは、碇ユイさん、あなたしかいないのかもしれない。
嫉妬というには、その力はあまりにも圧倒的すぎた。だから・・・
 
葛城ミサトのカンは当たっていた。
 
「あの人といっしょなら、やられてもしょうがない、しょうがない・・・そんな気がする」
後腐れのないような顔をして惣流アスカがこんなことを言い出した。弐号機の修理を待つ間、エントリープラグの中でその眼はモニターに釘付けになっている。葛城ミサトら発令所からの呼びかけにも心ここにあらずのぞんざいな返事しかかえってこない。自信を喪失したわけでもなく、
「これまでにない・・・・なんか身体が燃えている感じ・・・負ける感じはしないのよ。こんなに不利な戦いなのにね・・・なぜかな・・・・戦いたい・・・」
エヴァのパイロットである責任感使命感という強靱で冷たい鎖にがんじがらめにされているはずの少女に、確実に碇ユイの影響、丼(ドンブリ)化が進んでいる。そして、碇ユイへの強い信頼感がその表情に。漢が漢に惚れているというか、漢に女が惚れているというか、女が女に惚れている・・・というか、とにかく、惣流アスカの碇ユイに対する感情には掛け算積み立て効果があった。
ただ強いからではない。使徒相手にその強さというのはあまり意味がない。
求められるのはいかなる状況に陥っても対処できるなくようぐいす平常強。
特殊能力に苦手なつぼをつかれてあっさり敗北、と言うことも十分にありうる。
ユイさんが自分より遙かに多角的に戦える、というのは喧嘩講義を聴いて分かった。
こりゃプロだ。だけれど、それでも全ての面をカバーできるわけもない。
話を聞くと、初号機の操縦はエントリープラグではなく、遠隔操縦でやってるとか。
それがもし、断ち切られたら初号機は糸の切れた人形になる・・・・。
そんなことには断じてさせないけどね!・・・・・この人なら喜んでバックアップする。
 
そばにいたい!!”ユイおかあさん”のそばにいたい!
その魂のある場所へ。
使徒との戦闘がその代償としても喜んで支払う。多少の傷など問題にもならない。
 
「早く、早く、早く・・・・・・」
かつてこれほど待ち遠しく天使を屠ろうとした人間もおるまい。懸命な天逆の処女声。
蒼い瞳の少女は母と共に戦う時間を乞うた。赤い瞳の少女と夜雲色の少年をさしおいて。
 
 
 
モニターの中のユイ初号機は局地地震を起こすやっかいな使徒相手に足止めをくっていた。よろぼろと逃げた飛行型使徒は、なんとアイロン使徒の方へ飛んでいった。そして、なんとかアイロン使徒を倒して元にもどそとしている。もし、そうなったら手始めに「ゼルエルの鉾」をぺったらこに・・・できるかどうかは別だが傷物くらいにはするだろう。
渚カヲルとの美しい男の子の友情のメモリアルであるところの地上最強の放電兵器であるところの「鉾」なのだ。そうなると碇シンジは本気でわーわー泣くかもしれない。
「それは困ったわね・・・いったん泣くとなかなか泣きやまないからあの子・・・」
それを防ぐために、ユイ初号機は駆けてトドメさしにいったのだが・・・・・
その途中でまた使徒が降ってきた。
まともにユイ初号機に立ち向かおうものならおそらく、瞬殺されていただろう。母は強い。
 
だが、その形があるのかないのか、その使徒は降臨したのは確かだが、地につくなり地面に溶け込んでしまった。ナマズには似てなかっただろう、たぶん。
ただ、その能力は明確に分かった。地震を起こしてくれるのである。しかも強いやつ。
 
 
ぐらぐらぐらっっ
 
 
第三新東京市が揺れた震えた震撼した。地下の震源地からエネルギーが放出される通常の地震と異なって、揺れるのは地面の上だけで、地面から下、地下はいっかな揺れないことだった。ほんとうに地面と同化し”割り込む”ことでプレートをずらして地震を起こしているのか、風水地脈のつぼでもついたのか、奇怪な地震であった。もぐらがもごもごと地面から顔を出してコンニチワするようなかわいい攻撃ではない。慌ててユイ初号機が地面を両手で抑えつけて都市の揺れを止めようとしなかったら兵装ビル群、エヴァ出現回収口などは全壊していたかもしれない。とんでもないパワーだ。
 
しかし、ユイ初号機の両腕のパワーで抑えつけていられるのだから、どうであろうか。
ユイ初号機がその手をちょっと離してみればすぐに結果がでるだろう。まだ使徒は地震エネルギーを放出し続けている・・・・。ちなみに、第三新東京市市役所にある地震計は針が振り切れたそうだ。
杞憂ということわざがある。大地が落ちてくるんじゃないかと逆立ちをして支える男の話だが・・・地震をその腕力で抑えつけようと言うのは憂杞、とでもいうべきか。
こんな真似ができるのはエヴァ初号機しかあるまいが。外目にはクラウチングスタートの構えでもとっているかの初号機に、発令所スタッフや惣流アスカは「?」疑念を覚えたが、地面上の都市震度のことを知ると、それが驚愕に変わる。
 
「地震をエヴァの腕力で止めるなんて・・・・・できるのか?」
さすがのオレにもそれは不可能だろう・・・と青葉シゲル。
「しんこうべには人工島を持ち上げる超巨大クレーンがあるけど・・・それでも地震を抑えるなんて・・・人間業じゃないわ・・・」赤木リツコ博士がいない代理の伊吹マヤ。
 
「まずいですよこれは・・・・!」日向マコトが顔色を変える。
「まーね・・・・都市質っていうかビル質っていうか・・・・計測値を見る限り、とっくのとうにビルなんか全部崩壊してるはずなのに・・・・地震のエネルギーを抑えこんでるんだわ・・・・どうやってんのかはわかんないけど」
こうやってる間、ユイさん初号機は動きがとれない、飛行使徒はアイロン使徒をいよいよ元の位置に戻そうとしている・・・・。気ばかり焦って考えがまとまらない。
 
「まいったわねー、発令所の葛城さーん、どうしましょう?」
やばいっっ!!しかも当のユイさんから通信(音声のみ)がきた。
こっちがききたいくらいですっっ!と返答したいところだが、そうもいくまい。
ここで弐号機を出して・・・・も、ダメだろうな。しかもまだ修理が終わってない。
地震なんかどうやって相手にせいっちゅうのよ?!大声で喚いたらさぞ爽快だろう。
実は内心、地震なんてたいそうなパワーはそう長時間保つわけもなく、もしかしたら初号機との力比べの間に自滅してくんねーかなーとか、いつしかひでーことを考えてました。
すいません。
「どうも、この体勢だと電流が掌からどうしても地下に流れてしまって・・・・このままだと根負けしちゃいます」
「そ、そうですか、ではですね・・・・」
カチ、カチ、カチ、カチ・・・・・タイムショック2015年、葛城ミサト。
 
 

 
 
「地震、雷、火事、親父・・・・・そういうわけで、地震は雷よりも強しっ。
ラシエルくんってば美味しすぎ!」
使徒戦場となった第三新東京市を山中の送電塔頂から見晴らすのは一人の少女。
影波、いやさ、綾波レリエル。まるでこの戦の審判のように黒白のツートンカラーの服。
ふくらんだ”こげぱん”帽子がかわいい。きちんと煙もふいている。
 
「それにしても・・・・・」
と、飛行型使徒とアイロン型使徒との様子を赤い横目でズームしながら。
「あれま・・あちらベタベタしちゃって・・・・いくら恋使徒同士だからって使命中にそういうことするかな・・”傷ついても君は美しい・・・?オレの身体を使え?”うわー・・うわっ・・・抱き合って・・・合体してやんの・・・・みてられない・・・と、いいつつ見るわたし。後学のために・・・・うふふ」
 
「でも、なんであいつがこんな時期に投入されるかなあ。整地大王のあれに飛行能力が合体したら作業時間が思い切り節約できて工期短縮で面白くないってのに。
・・・・まあ、ウエ様も気がお早い・・・・そんなに早く”家”がほしいかな・・・あきたらず」
胸のポケットからシガーチョコを取り出すとくわえる綾波レリエル。
「とにかく、シンジ君の・・・彼のイナイ間に・・・・この都市は頂いておきましょう。
本日をもって、この街は我ら使徒の家になる・・・・”シトロポリス”なんてどうかな。
・・・・ほんとうに怖いのは彼だけ・・・・だし・・・・・ありゃ?」
 
だが、綾波レリエルは知らなかったのだ。地震雷火事親父、とくれば、雷は地震より弱くとも「親父」は地震に強いということを!この世はそうやってバランスがとれているのだ。
 
 

 
 
姿のない地震使徒ラシエルにさほど野散須カンタローは驚かなかった。
 
 
これは海中での相手の姿が目に見えない潜水艦戦の深い経験からくるもので、葛城ミサトを責めるにはあたらない。もし、即座にユイ初号機が対応せず、使徒がビルを振動破壊させていたらその光景を見て葛城ミサトも対応策を考えついただろう。キャリアとして、似たような「音だけ使徒」との戦闘もある。しかし、ビルが破壊されたらなんにもならんので、振り出しに戻り、やっぱり「親父」の野散須カンタローが考えるのが一番良かった。
戦闘時には敵と、さらに時間との三つどもえの争いとなる。
それに勝利するにはカンだけではどうしようもないこともある。
葛城ミサトは目に見える敵には異様なまでに強いし、脊髄反射並の判断スピードを誇るのは使徒零号機のことを見れば分かる。だが、目に見えない、見えにくい敵には・・・・
 
「さっき頼んだ索敵は完了したかのう」と、オペレータにでかい声で確認。
頼んだときは小声で、確認は大声。決して大声だけの人間ではない。作戦部長殿に聞かせるための大声だ。はっ、とする葛城ミサトと日向マコト。地震能力に気をとられて基本中の基本を忘れていた。コアがあろうとなかろうと地震波を追っていけばそれは分かるはず。
そんなことも思いつかなかったのは、どこかしら碇ユイ初号機の圧倒的能力に気圧されて萎縮していたせいかもしれない。作戦顧問の一喝はそれを破った。
特務機関ネルフが「お客人」に頼ってどうしたもんかの?言葉にはしないがギョロ目が。
親父の強さはそこにある。スタッフの背筋がシャン、と力入った。それで、善し。
じゃが、作戦部長殿のそういった点を補佐するには日向君にもうちっと育ってもらわにゃいけんかのう・・・。
野散須カンタローの索敵方法の指示は十五通りにもおよんだが、その中の6つでヒット。
第45発進回収口の周辺の地面に染み込むようにして化けていた。地面と一体化することで、己を揺らし、そのエネルギーを周囲に伝導させているだけのこと。地震エネルギーを発生させるナマズ使徒、というよか「地面使徒」というほうが分かりやすい。だが、初号機からは遠すぎる。そして、ここまでヒントが与えられればあとは葛城ミサト。
 
「税金は、こういう時に使うもの!!遠路はるばる来てくださった司令の奥様に職場(ネルフ)のいいとこ見せるわよっっ!!ミサイル集中ピンポイントで叩き込めっっ!!」
使徒にはミサイルなど通じないと云うのが定説でありお約束であったのだが、これが効いた。地面と一体化していたおかげで容赦なく抉られた。土がコア色に赤土になっていた。
 
パターン消滅。
 
かくしてラシエルは”ミサイルでやられた”というなんとも低価格破壊使徒になった。
 
「口上も狙いもお見事!葛城さん、それじゃわたしは鉾をこちらに回収してきますね」
「初号機でいけるならバリケードはもったいなさすぎるシロモノですからお任せします」
地震から解放されたユイ初号機は再び息子の友情のメモリー鉾を取り返しにいくため駆けた。その前に立ちはだかるは、合体して飛行能力を手に入れたアイロン使徒。
 
 
「デビルマンの妖鳥シレーヌと妖犀カイムを彷彿とさせる姿だ・・・美しい・・・・」
と日向マコトがうっとりと呟いて、それをデビルイヤーで聞いてしまった葛城ミサトにあやうくデビル世界への片道出張を命じられるトコロを碇ユイの剣閃が救った。
 
「比翼の使徒に連理枝の使徒それを裂くのは気の毒だけど・・・・
 
はいよ、ごめんなすって・・・・
 
ヴンッ
いつの間に引き抜いてきたのか、零鳳、初凰の二刀流。
それをもって、目にもとまらぬ剣閃で合体使徒をたたっ切った!!。
 
・・・・・・くださいね」確実に、エヴァ起動のレベルが違う。息子のそれとは月とガメラくらいにちがう。初号機もここまで華麗に使ってもらえば本望だろう。
 
 
「美しい・・・・・・」ほへっと呟く日向マコト。すでに目的語は切り替わっている。
「よね・・・・・・・」日本人で良かったわあ、と葛城ミサトもみそ汁のCMのような場違いなセリフをあやうく言うてしまうところだった。
 
 
くどいかもしれないが、セントラルドグマでは赤木リツコ博士が記録している。
 
 
「碇流抜刀術・・・・・・」冬月副司令が最高の旬を封じた短歌を読み上げるように。
ほぅ。
 
「そんなものはない・・・・あれはユイが勝手に自分で造って開祖になってるだけだ」
碇ゲンドウのそんな文句も耳に入っていないようで、もう一回「ほぅ」。
 
 
戦闘は継続する。
 
 

 
 
 
しんこうべ 緑腕管理事務所内・綾波理科学研究所
 
 
「時田サンの熱意にはとうとう負けたアルよ・・・・。
”大兄細胞”、”烈鋼人骨”どうぞ、持って行ってくださいアル」
 
有名な喫茶店らてんくを模したような時計だらけのその応接間にはふたりの男が。
ひとりは白い中国服の三十代前半の若い男。目がとても細く、糸目。名は、綾波リーポー。
漢字で書くと綾波李白。
 
「あ・・・ああ、ありがとう、ありがとうございます・・・・・ああ、これで・・・」
もう一人は時田氏であった。その業界では云わずと知れた巨大ロボットJAの父親である。
社長である。しかし、体調が良くないのか疲労がたまっているのか顔色がよくない。
はっきりいって、今にも「死にそー」であり、今ここで”ばったりくたばった”としても綾波リーポーはあまり不思議に思わなかっただろう。それくらい死人のように悪い。
「時田サン、そんなに感激すると心臓に悪いアル。ここでポックリいかれても困るアル」
まんざら冗談でもなく綾波リーポーは忠告した。「ここでは死亡診断書がかけないアル」
それもそのはず、時田氏はここ「しんこうべ」にはもともと療養のために来たのであって、もとから商談のためではなかった。「仕事はしないでください。いいぇ、療養が仕事です」と真田サナコ女史からしっかりと釘をさされたのだが、ここにきてはじめてその目で「あるもの」を見てしまってからもうだめだった。療養どころかかなりやっかいな交渉仕事を始めてしまった。 ここにくるのも、いつも監視の目を抜け出してくるのだ。
 
交渉相手は、ここしんこうべで最高の権勢を誇る、というかほぼ半分を支配をし、もう半分も勢力下におさめつつある・・・・・「綾波党」だった。そのうち、ここは「あやなみのくに」とかなんとかいう名称になるだろう。「埼玉」が「さいたま」になったように。
少し違うような気もするが、それは時田氏が熱に浮かされているからだった。
 
いくら巨大ロボットを擁する企業とはいえ、何のツテもない死にそうな社長一匹にあうほど綾波党はひまではなかった。どころか最近は念願の”後継者”が戻ってきて、ないやらと忙しかった。それに、だいたい企業家のいうことはいつも同じで、今回も同じだった。
 
「あの超巨大腕型クレーンのノウハウを使わせて欲しい、この荒廃した地球環境を再生させるためにぜひとかなんとか・・・・」
人工島とはいえ、それを持ち上げるクレーンの力を誰もが欲した。しかも、その神腕はだんだんと成長する。(ちなみに、一回の食事に神戸牛五頭をこのクレーンは”食べる”)数さえあれば四国くらいの島も持ち上げるようになるだろう。持ち上げずとも、海面から上になればいいのだから第二次天災後の世界、今の自然環境ではそれを欲しがる国はいくらでもあった。事実、オランダや台ピンなどの国には技術者込みで無償で貸与している。植物のようで、人の肉体のようで、または機械のようで、それを一から「育てる」のは非常にむつかしい。奪われる可能性を考慮して、神腕制作者がその中にアポトーシス、自壊細胞を仕込んでるせいともいわれる。兵器への転用も当然考えられた。
 
もちろんそんなことをストレートに言ってくる人間などいやしないアルけれど・・・・・
と、思っていたらこの時田氏はストレートに、モロに「巨大ロボットJAにおたくのクレーンの力を加えたいのです」などと申し込んできた。アポアルか?
 
最初は会いもせずに、雨の玄関前にずーっと待たせておいた。なかなか帰らなかった。
夜になって部下らしい連中が車に無理矢理運び込んだ。次の日も次の日も次の日も来た。
三顧の礼ならぬ、四顧の礼。
 
それで始めて中にいれた。話だけ聞いてあとは・・・・・の予定だった。あまりにしつこいのに加えて、JAの話はたしかに技術家として興味があったからアル。
 
だが、wake up hero・・・煌めく稲妻、愛の社長時田氏の熱にうもれた瞼が一気にカッと開かれた。
JAの話をさせると時田氏は止まらなかった。海千山千の社長としての交渉技術も病身の弱った身では体力がともわなかった。ただ単にJAの父親であったから、我が子を救うために奔走する父親の気迫で言葉が迸っていただけのこと。現在、JAは危険な状態にあった・・・・。危篤状態にあった。一刻も早くなんとかする必要があった。そのために、必要だった。しんこうべの病室から見えた超巨大クレーン、見た瞬間に閃いた。こいつだ!と叫んだ。神腕に使われている強靱な技術、大兄細胞と呼ばれる成長する人工筋肉、とそれを支える強い強い強い骨、烈鋼人骨。その二つが。
 
身体は衰弱。なにがどうしたのか、時田氏の身体は弱りきっている。髪もうすくなっている。
 
だが、その目だけは幽鬼のように落ちくぼみつつもギラギラと執念怨念と輝いている。
なんとかと紙一重の狂気。人外の、本来、ひとの脳の想像力にだけ棲むことを許される存在をこの世に引きずり出すことの出来る力のギッシュな輝き。
 
オランダと台ピン政府など危機に瀕している国以外、いかな企業軍隊研究所にも、あの悪名高い謎に包まれた特務機関ネルフにさえ欠片すら渡すことのなかった綾波理科学研究所の秘蔵の品”大兄細胞”と”烈鋼人骨”を日本の一企業に渡す気に綾波リーポーがなったのは、この目の輝きのためだった。あと他にも理由がないでもなかったが、それはけっこう大きかった。時田氏は追いつめられており、自棄になってそのJAとやらでしんこうべの腕をもぎとっていく可能性もあるアルアルね。
 
 
しかしながらそこから紡がれる「真・JA」の祝福されざる誕生の物語は一気に綾波李白を引き込んだ!!。「宇宙から注がれたJA線の影響を受け・・・<ここから100ページ企業秘密>・・・・まさに、奴こそ”銀河の魔神”というにふさわしい・・・・奴に比べればどこかの特務機関の人型兵器などリカちゃん人形のようなものです・・・・・へのつっぱりはいらんですよ・・・・」
「なんだかよくわからんアルが・・・とにかくすごい自信アル」
「そうでしょう、信じがたいでしょうがこれは真実の話なのです」
「・・・・アンドロメダ病原体に取り憑かれてもこれほどのハッタリはかませないアルね。ところで時田サン」
「なんでしょう。JA線の説明ですか?未だ解明できてない部分も多いですが喜んで」
「宇宙人にご先祖の守護霊はついてるアルか」
「はあ?あいにくわたくし技術屋あがりなものですので、その領域は不勉強でして」
「いやいや、ちょっと言ってみただけアル。時田サンは合格アル。この土地を誤解している外部の方が多くて・・・」
「まあ、噂はいろいろと聞いておりますが・・・・」
時田氏は顔をしかめた。
日本屈指の「オカルト」都市・しんこうべ。大笑いだとしかいいようがない。
広大な墓場があるだけのことではないか。神聖視するのも忌避敬遠するのも愚かなことだ。
巨大ロボットが闊歩する・・・というかうちで闊歩させているのだが・・・この新世紀になって・・・クレーンで持ち上げることで成立する、悲しいほど科学の街だろう、ここは。
 
 
ろぉんしい・・・・まいらぁ・・・・んん・・・・しばぁいらぁ・・・・んん・・・
 
ろぉんしい・・・・まいらぁ・・・・んん・・・・しばぁいらぁ・・・・んん・・・
 
 
ほら、イヤホンもはめていないのに、耳に直接、コーランだかお経だかアーメンだか分からないが放送声が聞こえるくらいに「科学な街」じゃないか!耳に直接ラジオ!科学だ。
 
「ああ、トアが起きたようアルね」
綾波李白氏にもこの声は聞こえているようだ。自分ひとりの幻聴ではない。
”トアが起きた”・・・その意味がよく分からないが、あまり踏み込む必要はない。
 
「それでは、詳しい契約はのちほど、関帝廟にお参りにいっている兄と姉が戻ってからということでよろしいアルか・・・」
「そ、それはもちろん・・・・待ちますよ。ここまでくればいくらでも!」
 
 
その時、部屋中の全ての時計が鳴り出した。
 
 
「?・・・・この半端な時間に。ご用でしたか」
「いえいえ、うるさくして申し訳ないアル。これは緊急事態を知らせるためアル」
 
「緊急事態?強風でも?」ここは神腕クレーンの管理所も兼ねている。時田氏はそのことかと思ったのだが。本日の天候は晴れ。なんの問題もなさそうだが・・・
 
 
「さて、・・・はるばる山の向こうから”鬼の子”でもやって来たのアルかね?」
そう言った綾波李白の糸目が開かれた・・・・そこには、爛々と輝く、赤い瞳が。
 
 

 
 
 
屍徒累々
 
ユイ初号機、エヴァ弐号機のまわりの光景である。すでに赤い夕焼けが二体を染める。
使徒の返り血がそれで消えるわけでもないが。凄まじい光景である。
 
 
アグニエル、アンマエル、サラクエル、アラジエル、アサエル、アザエル、エクサエル、エゼクエル、ガドレエル、コカベル、ペネムエル、ウシエル、タルマクイエル、クシエル、
ラハティエル、マキエル、キトリエル、ドビエル、カカベル、ガザルニエル、カマエル、
メルキダエル、ドミエル・・・・・・・・・これ全て二機で倒して。
 
「さすがに疲れたわねー、アスカちゃん、元気い?」
大丈夫、とたずねないのが碇ユイ流らしい。
「はーっ、はーっ、はーっ、・・・あっ・・・・はっ、はいっ!!」
さすがにこれだけ戦闘するとトライアスロンよりもきつい。たぶん天国にはいけまい。
使徒がなんなのかは分からないけど、こんなに、こんなに、これだけ殺しまくっては。
でも、かまわない。信じるのは今、共に戦ってるユイおかあさんだけでいい。
バカシンジなんて帰ってこなくていーわよ。・・・かなり本気で思ってる。
 
「よーし、いい返事ねっ。・・・・・あと、この”夏の夕方風物詩コンビ”をシメたら休憩にしましょう」
一群の中でも運がいいのか悪いのか、弱いのが残った。弱いから後回しにされたのだが。
”夏の夕方風物詩コンビ”とは?
 
 
「ザアフディエル・・・夕立を司る者の意、シャクジェル・・・は水辺の昆虫てか、藪蚊です」(西日が暑いので、練乳アイスをたらしながらの綾波レリエル・談)
 
 
ザアフディエルは、十数メートル四方の小型の雲形使徒で、エヴァの頭の上にまとわりついて夕立をかます。夕立と言っても単なる雨なら、暑い戦闘中のこと、水分補給とばかりに気分をリフレッシュさせてくれる素晴らしいアクエリアスな使徒なのだが、その夕立成分は極悪にして邪悪きわまる麻痺毒液であった。使徒でも「こりゃちょっとかなわんぜ」級の強烈さであった。幸いにして、生物にしか効かないで破損した装甲に染み込んで生体部品にかかられなければエヴァは大丈夫だし、街中に飛び散ってもしばらくすれば蒸発するので世話はない。だが、戦闘中で、エヴァはいくらでも装甲を破損する危険性はあったし、事実弐号機は修理後もあちこちを裂かれて破損しもした。早々に片づけないとヤバ系の使徒であるはずだったが、碇ユイはそれを後回しにした。そして、意外な指示を伝えた。
 
 
「エヴァ初号機専用のトランペット・”シヴァ・セリム”
あれをちょっと細工して用意してもらえる?」
ネルフの全装備を知り尽くしているらしい。おつきの赤木リツコ博士のがギョッとした。そんな裏アイテムまでチェックしているとは・・・・ほんまもんの戦乙女・・・というか、戦夫人というか。装備課の人間が嬉々として動いたのは言うまでもない。
そして、用意してもらったトランペット”シヴァ・セリム”でユイ初号機が何をやったかというと・・・・フィールドで一段高い足場をつくって頭をたかくすると・・・
 
 
ふっぷうーーーーーーー
 
 
音なんか鳴らさずに、一気に空気だけをザアフディエルに吹きつけた。吹風。
口のない弐号機にはこれは無理だろう。その吹き矢のような高速吹風は夕立雲使徒にぶつかるとそのまま突き抜けた。その際、麻痺毒液をそちらに連れ去って。
 
じゅじゅゆうーーーーーかっこいい炎の鞭のようなクシエルと「燃え上がるもの」の異名をとるラハティエルにその麻痺夕立は消火されるまで吹きつけられた。ユイ初号機の肺活量はどこくらいあるのか計測不能だが、向かい風の兵装ビルがギシギシ揺れた。
 
 
ぷっぷくぷくぷーの、ぷっぷくぷー、ぷっぷくぷくのぷー
 
 
もちろん、炎対策だけではない、その麻痺毒は多くの生体系の使徒を苦しめた。
そこを一気に惣流アスカの弐号機、今日の当たり武器!ソニック・グレイヴが切り裂いていく!タイガーウッズも森の影で唸るしかあるまいその鮮やかさ。
ザアフディエルが口をきけたら「やめてくれえ!わたしの力で味方を苦しめるなんてやめてくれえ!!」と泣いて頼んだろうが、ユイ初号機は聞く耳もたぬ。距離をとって初号機から離れればよかろうが、性質上、いったん位置におさまったら移動できないのだろう。
 
金田一耕助の推理小説ように鬼が来たりてペットを吹く。ふっぷうーーーーー。
 
そのフットワーク、機動力は黙示録の四色騎士もかくや、という敵に与える絶望度強し。
空を飛ぶわけでもないが、フィールドを用いて次々に足場をこしられての移動は、レッキングクルーやロードランナーを思わす高速パズルゲームのようであり(その計算はじつはマギにやらせていた。碇ユイはそういうのが苦手)、分身の術でも使っておるんじゃないかとおもうくらい第三新東京市のあちこちへ出現し、使徒をホレホレと翻弄し、惣流アスカ弐号機を惚れ惚れさせた。それだけでなく、確実に「学習」させていた。
自分のひざあたりまである階段を子供は一人で昇れないが、親が手を引いて昇り方を教えてやると、それをもとに自分一人で昇ることを練習し、そのうち脚力がついてきて右足と左足を交互に出して昇れるようになる・・・。それは、データの蓄積とはまた違う。
そんなことさえ親に教えてもらってようやく出来たのかー、と、思い返すことが出来ればA10神経が刺激されるわけである。戦闘中のことで、べつに手をひいて運用を教えてもらっているわけでもないが、確かに惣流アスカのA10神経は快い響きを感じている。
 
 
そんなわけで、有力武将っぽいのも混じっていた使徒一群を次々と片づけていき、残ったのはザアフディエルとシャクジェル・・・・弐号機のまわりをヴンヴンと藪蚊のよーにまとわりついている藪蚊(まんま)。弱いと云うよりうざい。なんでそうなるのかよく分からないが、こいつにまとわりつかれると操縦者の身体がかゆくなる。実際にエントリープラグ無しで動いているユイ初号機はともかく、惣流アスカの弐号機はたまらん。
乙女の柔肌を傷つける、とんでもない使徒だ。こいつも早めにATフレイムかなにかで倒しておきたい(戦術的にはともかく精神的に)やつだが、これもユイにとっておくように指示された。「使徒は同士討ちをするのかどうか、データがほしいから」、と。実際、まとわりつかせておくと、何回か、使徒がためらったような気もする場面もあった。
しかし、かゆいので、許可がでると同時に惣流アスカはフレイム発動、焼き尽くした。
ぼんっ。
そして、いいように性悪女碇ユイに利用され利用されきりされつくしたザアフディエルは。
「だって、無駄使いは主婦の悪徳ですもの〜」と、碇ユイの言葉を聞いてか聞かざるか。
「ちきしょう!こうなったら首をくくって死んでやるーーー!!」
ということにはその体質上ならず、碇ユイの”雷帝掌”で叩き潰された。あわれ。
 
 
「碇式柔(やわら)・・・・・・」冬月副司令が雲海に朝日さす祝詞を寿ぐように。
ほぅ。
 
「そんなものもありませんよ・・・・・」愛する妻が大活躍しているのになぜか碇ゲンドウは面白くなさそうだ。その理由を冬月副司令はもちろん、知っている。
 
 
「それじゃ、アスカちゃんは下に降りて休んでおいて。あとはわたしが見張るから」
次群の使徒の降下はない。さすがに恐れをなしたのかもしれない。だが、単に夜の方が力が出る使徒が出番を待っているだけかもしれない。いずれにせよ、惣流アスカは弐号機もろとも限界だ。ここらで最低六時間は休息が必要だった。
「あとは・・・・っって。おばさまは!!」さすがに口に出してあの呼び方をすると、いろいろと問題が起こるであろうから自主規制する惣流アスカ。
「別にわたしはエントリープラグでエヴァの中に入ってるわけじゃないからね。
大丈夫よ・・・・それとも、わたしが心配?」
反問は惣流アスカを封じるため。それと、あなたの助力がなくても兵器、いや平気、という印象を少女に与えるわけにもいかなかった。この子、かなり神経質だから・・・・
碇ユイに比べるとたいていの人間は神経質なのだが。まあ、あたっている。
「いえ、そういうわけじゃ・・・・」
ヒートアップし、高ぶった感情はなかなか元に戻らない。まだまだ殴り足らない、拳がうずいてる、というずいぶん凶暴な精神状態にあるので、休めと言われても休めるかどうか。
それにもまして、碇ユイのそばを離れるのがイヤだった。
「アスカ・・・・」
葛城ミサトが口をだそうとしたが、碇ユイがそれを制した。ある意味、純粋な戦闘子供になっている惣流アスカに道理を説いても無駄だ。子供に言って聞かすにはコツがある。
 
「そういえば、洞木ヒカリちゃん、鈴原トウジ君、相田ケンスケくん、山岸マユミちゃんだっけ?いつも仲良くしてるのは」
碇ユイはいきなりそんなPTAなことを言い出した。一応、専用回線で。
「えっ・・はい・・・・仲良く、してます・・・・」
この場に当人達がいたら大笑いしたであろう。
「どんな子たちかな・・・一緒にバンドを組んだんですってね・・・・アスカちゃんがたしかボーカルで・・・」
もしかしたら、碇ユイは全部知っているのかもしれない。けれど、友人達のことを語らせるのはかくじつに少女の気を落ち着かせる方向へもっていった。それ以上に、やはり碇ユイになにかしてあげられる、話してあげられる、ということが大きかった。恐ろしく早口で惣流アスカはあれもこれもと友人達について話し続けた。使徒は降臨しない。
碇ユイは警戒を怠らずに、その話が妨げられないことを祈りながら、ほかのことならともかくとしてね、あなたたち、この話を邪魔しようものならヴァニッシュ・ザ・スタンピードで八つ裂き間違いなしよ・・・と無言の背中で天を威嚇しつつ、いとおしく聞き続けた。
 
そして、ひとしきり話が終わると、こう言った。
 
 
「アスカちゃん、みんなと一緒に休んでおいで」、と。
 
 
のんきな霧の休日だったはずが、一転して阿鼻叫喚の三千世界に。街の人々はいつものようにシェルターに避難しているが、地上で行われる戦いをどんな気持ちで見上げているだろう。不安、恐怖、何千種類もの負の感情に耐えながら。その大勢の中に、友人達がいる。その一言で、存在を感じる。そして、その一言で目が覚めた。自分には休息が必要だと。
そして、弐号機にも。足手まといになるわけにはいかない。
 
ユイおかあさんなら、大丈夫・・・・・このひとはわたしを裏切らない・・・・
 
「分かりました・・・・」
エヴァ弐号機が地下に収納されていく。惣流アスカは地下に到着したとたん、張りつめていた気が緩んだのか、眠りにおちた。張りつめきった神経の疲労が激しい。眠るのが一番の休養になる。救護班は最上級の丁重さをもって、ネルフの誇る深紅の戦少女を搬送した。どうぞ、少女が自分の眠りから覚めぬうちに使徒が現れませんように。深く祈りつ。
 
 
「アスカちゃんは眠ったかな・・・・・」
こんな、こどもこども扱いの言い方は使徒をなで斬りにした弐号機パイロットにそぐわないかもしれない。だけれど、じっさいに子供なのだから、しょうがない。
弐号機も去り、この都市を単機で守護するユイ初号機には絶大なプレッシャーがかかっているはずだ。尋常な人間には、こんな時、震えがくるだけで口もきけまい。
ましてや、こんな優しい声は・・・・。
 
「はい」碇ゲンドウにも使ったことがない、最上級の敬意の気持ちで返答する葛城ミサト。
初対面でありながら、ここまで気をつかってくれることに。碇ユイは奥が深い。
ギルのセカンドチルドレンではなく、ネルフの惣流アスカを見抜いてくれたことに。
まだ戦闘続行中でありながら、子供の身を案じてくれることに。それは無上の優しさだ。
 
「零号機の準備は整いましたか?」
「はい、指示通りに」
 
夜だろうと一人だろうと、碇ユイはまだ戦う。結局のところ。大人は僥倖に頼らない。
最後まで戦い抜く。闘争心や勇気や根性でどうこうなる領域ではない。
戦闘は戦闘力がものをいう。冷厳なる事実とつき合うだけのこと。そのために。
 
 
ダブル・オペレーション。初号機と零号機の同時遠隔操作。
零号機の方にダミープラグを挿入して、二体を同時に動かす。
使徒が夜に襲撃してこないであろう保証なぞなにもない。いや、夜間の方にこそ。
だが、そんなことが出来るのかどうか・・・・出来るのだろう。
「レイちゃんのパーソナルデータがあるから、なんとかいけるでしょう」、と赤木リツコ博士にも謎の言葉を告げる碇ユイは自信ありげだ。
 
凄い、という言葉は碇ユイさんのためにある。つくづく、そう思った。
そんな母親にたった十秒ほど、すれちがうほどの時間しか会えなかったシンジ君。
もったいない、もったいない、もったいなさすぎる。一体、どこへいったの?
息子の不始末(?)は母親が十二分以上にとってはいるけれど。
 
葛城ミサトの短い感傷は使徒降臨によって強制切断された。
 
 
輝く輪のような使徒。重力変動をおこすほど超高速回転をしており、シンクロトロン輻射が発生していたりする。人の搭乗が許されないほど果てにゆく宇宙船のような使徒だった。
「スピニエル・・・・しかないだろうな」
ズシリ、と王手飛車角にはまるようなネーミングをすかさずの冬月副司令。
 
 
エヴァ零号機が発射台に載せられる。
すでにシンクロ完了で、碇ユイの操作下にあり、ユイ零号機となっている。
それは、碇ユイの指示なのか、普段と異なり特殊な装備をさせられている。
黒子だ。
黒い装甲服(ドレス)を着せられている。四号機に装着してあるステルス装甲をネルフ本部で初号機弐号機用にかんたんに装着できないかと思案したすえのすえの新物だ。
こんなもんまで碇ユイが知っているとはもう、感心するしかない。
 
初号機と零号機がならぶと、母鬼と黒子でこれはもう浄瑠璃歌舞伎のように見える。
しかし、二台同時のオペレーションなんて出来るのか・・・・
「よっ」「よっ」 「はっ」「はっ」 「ほっ」「ほっ」
シンクロナイズドで鏡のように連動は完全だ。だが、それは空手の型や拳法の式ではなく、夜のラジオ体操。よーくからだをのばしていた。
 
 
スピニエルが二機の前にやって来た。ちょっとでも近づこうものなら、さわるもの皆傷つけたーああ、分かってくれとはいわないがそんなにオレが悪いのか的回転速度だった。
ボディーもギザギザなATフィールドに守られており、頑丈な丸ノコのようなもものだった。もちろん、ホームセンターで売ってるようなやつより数億倍は危険度が高いが。
または、マジシャンの使用する人体切断のノコギリ。あれだった。
 
 
「お約束としては・・・・」と葛城ミサト。
「そうねえ。だいたい、こんなところなんだけど」と碇ユイ。
 
 
ユイ初号機は取り出したプログ・トンカチで回転する使徒の”面”部分をぶったたいて破砕しようとした。が、スピニエルはその弱点は承知の上か、回転直径を広げると、初号機を腹を真っ二つにかかる。あやうく飛び跳ねてかわす。それと入れ替わるようにスライディングしつつ使徒の下面にはいってきたユイ零号機が同じくハンマーで割ろうとしたが、
今度はそれに合わせて縦になる。あやういところで零号機の腕が切断されるところだった。
 
 
「第2のお約束としては・・・・・」と葛城ミサト。
「そうねえ。だいたい、こんなところなんだけど」と碇ユイ。
 
 
ユイ初号機は「棒」をもってくるとジャンプしてスピニエルの輪の中心部分に投げ突き刺した。こうすると、いつまでもいつまでもその場で回り続けるだけの存在になり、そこからいつもより多く回して遠心力で吹き飛ばしてやることもできる・・・・・。
だが、スピニエルは回転数を上げると、輪の中心にむき出しの特異点を作り出すと、ズズズズ・・・棒を吸い込んでしまった。さすがにお約束攻撃の対策はできているらしい。
 
 
「ここはやはり、正々堂々と、回転には回転で対抗するしかなさそうね」
夜色に染まった入道雲から次々と赤い流星が続いて尾をひいて都市に降ってくる。
あまり時間をとられているわけにもいかない。ユイ零号機に倒した使徒をスピニエルめがけて投げつけさせて切断させることで時間を稼いでいたが・・・・・
 
「それが、”回転の掟”ですものね」
 
 
「”回転の掟”・・・・・・」って、どんなのですか?と質問しそうになる葛城ミサト。
だいたい、重力変動を起こすほどの超高速回転している使徒にどうやって対抗するのか。
だが、「なるほど・・・・”回転の掟”ですね」日向マコトが我が意を得たり、というふうにうなづいている。ほかのオペレータたちもなるほどなあ、という顔をしている。げっ、野散須親父までしたり顔をしてるところを見るとわかんないのはわたしだけ?やばい。
「何なの、日向君、”回転の掟”って?」
「え?”回転の掟”は”回転の掟ですよ”・・・・まさか、葛城三佐、ご存じないとか」
「ご存じないわよ、悪かったわね。で、なんなのよ、それあもしかして・・・・」
 
 
<回転の掟>
第壱条、回転するものはより早く回転したもののほうが偉い。上位。立派。
第弐条、回転するものは回転を止められると大人しく諦めなくてはいけない。
 
 
というようなもので、超高速回転使徒に筑波山のガマ油よろしく「鏡」を見せて、「おっ!なんだお前は!オレより速く回ろうってのか!!」と、本能に訴えてどちらがより速く回転するか競争させて、最後には自滅してもらう、という・・・・
 
「・・・・・・」
日向マコトは信じられないものを見るような顔をした。バターになった虎じゃあるまいし。
いまだに真っ正面から碇ユイを理解しようとする上司に同情を禁じ得なかった。
碇ユイの言葉は、至上の美味と必殺の毒をあわせもつふぐの肝のようなもので、常人は距離をとってその言葉に触れる必要がある。まともに聞こうものなら痺れてしまう。
あまり計算しない木こりが倒した大木のようなもので、ぼさっとしてると魂が押し潰されてしまう。やばい、と感じたら早々に逃げねばならないのだ。安全の訳知り顔領域へ。
もっと、謎めいて宗教めいて理解不能に言ってもらえた方が救いがある。
なぜ、それほど分かりやすく言ってくださるか。それだけの力ある託宣を。
 
 
ユイ初号機はトンボを捕まえるように左のひとさし指でぐるぐると円を描いている。
時計と逆回りに。初号機をサポートするマギ三台が一瞬、本部のアブソーバーを最大にするための過計算に悲鳴を上げる。普段とは異質の「言語」が体内をまかり通っていく。
オペレータたちの端末から「鈴の音」が。初号機の電力使用量レベルが跳ね上がった。
実験機たるエヴァ初号機の<機能>が久方ぶりに使用されたのだ。
 
 
ギ・ミュニイ
奇妙にギクシャクした音が超高速回転使徒から発生した。
それだけでスピニエルの回転が止まった。完全停止。その隙を逃さずにユイ零号機のハンマーが使徒を破砕した。
 
 
「なんなの?日向君、”回転の掟”って?」
「え?”回転の掟”は”回転・・・・・・あっ!!零号機が使徒を!!」
いつの間にか零号機が使徒を破砕していたが・・・・いや、さっきも葛城三佐に同じことをたずねられたような・・・・日向マコトは首をエクソシストのようにぐりぐり回した。
 
 
 
「同じ速度、超高速の”逆回し”をかけられたら・・・・・それはひとたまりもないでしょうね・・・」
セントラルドグマで赤木リツコ博士は記録を続けている。昔、エヴァ初号機でさまざまな実験が行われた・・・・その名残が、いま、この都市をとおりすぎていった・・・・
「0,07秒・・・・当時とほぼ変わりなく・・・・」
初号機に仕掛けられた七系統の実験、七つの極限界の壁に僅かにつけられた爪痕。
世界を世界たらしめる規律にどこまで逆らえるか・・・昔、そんな<実験>が行われた。
何者も逆らえないはずの、覆されることのない王座に座る黄金律の王者に対する挑戦を。
シンジはシンジでも谷村で、そう、アリスのように。
<実験>用に対抗処置の施された計測器の懐中時計を確かめながらつぶやく。
 
 
「ちなみに今のは別に”時間を逆回し”したわけじゃないわ・・・・。
初号機が行ったのは、”若化”、老化の反対ね。ひたすら己の生命を回転のみに費やす使徒を若返らせてしまえば、結果的に起こるのは急ブレーキをかけたような逆回転・・・」
と、監察医のように記録に添えるコメントを吹き込む赤木リツコ博士。
「事実は彼女にしか分からないけれど・・・・・おそらく・・・」
 
 
 
夜はまだ長く、使徒降臨は続く。
 
碇ユイが仁王立ちに天に立ちはだかり、惣流アスカがインターバルの間に、
使徒は思いもよらぬところから大増殖を始める。それは、第三新東京市市民の前。
 
 
洞木ヒカリ、鈴原トウジらがいる、避難シェルターの中に。
彼らにとっても長い夜、眠れぬ夜、そしておそらくは戦う夜になる・・・。
 
 
 
 
         <続く>