使徒来襲の報が駆け抜け戦闘配置につくネルフ本部発令所
その中で忙しく動きながら、皆が皆、言いたいことを黙っていた。
使徒の来襲さえなければ、誰しも問いたださずにはいられないことを。
祈りにも似た透明な叫びは天上にむけて収束していく。
さまざまな人の絢爛たる感情糸をからませて、運命の女神のように立つ。
発令所、頭上にあるその姿。碇ユイ。セントラルドグマ見物をすませたばかり。
 
 
よりにもよって到着のわずか数時間後に深い霧を裂きながら使徒が現れた。
濃霧を切り裂いたのは、光。光の階段。俗にヤハウェの梯子と呼ばれる雲間から地上に降りる光があるが、第三新東京市に差したその光は、直線ではなくカクカクと曲がっていた。
光の階段は霧の結界を一掃した。天の目からは何者も真意を隠すことあたわず、といわんばかりに。その「光階段」から使徒反応、強烈なパターン青が発せられた。
おいおい、こんなんとどがんして戦えばよかバッテン、と思わず九州弁になるくらいの神聖度の高い使徒だった。天に通じる階段、というのは、それがこの都市に降りた、というのは強烈に「死」をイメージさせた。天国に一番近い都市、それすなわち。
葛城ミサトも惣流アスカ弐号機単独でどがんすればよかと、と戦闘イメージが湧かなくて困った。
 
 
「まさか、あいつは・・・・」司令席の碇ゲンドウと冬月副司令の顔色も悪い。
裏死海文書使徒名鑑、綴じ込み封(ゲームの攻略本で言えばラスボスより強い隠しキャラの情報をモザイクして綴じ込みにしてあるようなもの)記載の”最後”から四番目に掲載されているやつだ。「だとしたら・・・・・今はまずいぞ・・・・碇」いつものように耳元でささやくヤバ系の情報。しかし、すぐそばにいる碇ユイが悪戯っぽくききとがめる。
「あららら、お二人でなにをこそこそと。仲がよろしゅうございますこと」
冬月副司令のまねをして、ふたりのみみもとでささやいてみせる。
 
「ユ、ユイ・・・・」「ユ、ユイ君か」
悪かった顔色がそれだけで元に戻る・・・。あ、元より血色が良くなった。
 
「この都市では”絶対負けることがない”あの子が今いませんからね・・・ここぞとばかりに戦力を投入してくるでしょう。あの子も有名になったものです。使徒の情報網も侮れませんね、あなた」
「う、うむ・・・・」
「まあ、ユイ君、代わりに君がいるからなんということもなかろうが・・・・・」
「あら嬉しい。冬月先生、そんなに信用してくださって」
「”左腕”を使わせるのが心苦しいが・・・・例の鉾もある・・・初号機さえあれば・・・ユイ君、君の息子はいったいどこへ行ったのかね」
「大事な、とても大事なことですわ。エヴァを質に入れてもネルフを売り払ってでもとりかえさなくてはならない大事なことをしに行ったんです。あの子・・・」
「他の者に行かせることは・・・・・いや、愚問だな。彼にしかできないことだからこそ、
君がヒロシマから出てきたのだろうからな」
 
 
「・・・・あの子の代わりはわたしにしか出来ませんから」
 
 
「なるほどな・・・・ところで、碇・・・なにを科学の力で守られて原罪の穢れなき浄化された世界・南極にほっぽりだされたような顔をしている」
 
「・・・・・・・」
この非常時になぜか絶好調な冬月副司令の言葉に傷ついているわけでもない、いつものポーズの碇ゲンドウ。だが、ユイの言った「大事なこと」というのがどうにもヒゲにひっかかる。ユイは丼勘定の女だが、それは自分の緻密な計画を一足お先に光の速さで明日へダッシュするようなところがあり、たいていユイのいうことが本塁打の威力で当たる。
まあ、それが大外れで痛い目死にそうな目にあったのは一度や二度ではないのだが。
自分の毎回ヒットか、ユイの三振または本塁打か、と問われれば後者をとる。
母親と息子とで組んで感じる疎外感、という家庭的な感情には慣れていない。
大事なこと、を確かに忘れているような気がする。妻と息子だけは忘れずにいる。
・・・・自分の誕生日だろうか、というオチがついたら冬月先生は笑い死ぬだろう。
 
 
総司令碇ゲンドウがそんな内省をしているあいだに事態はもっと凶激に悪くなった。
最高位階梯の名前を持つ「光階段」使徒は単独出現したわけではなかった。
露払いならぬ、霧祓い。こしゃくな霧結界を切り裂いて都市を白日の光のもとに曝してしまうとゆうゆうと消えてしまった。パターン反応消失。それは単なる挨拶だったのかもしれない。あとは若い衆に任せよう、とばかりの余裕。
霧が消えると、青い空にはモクモクとした入道雲。だが。 色が、変だ。
 
 
「なに・・・・・・赤い入道雲・・・・・・?・・・・・・・!!!」
最初、その雲らしくない赤い色に驚くが、正確には「赤玉まだら模様」というべきか、赤の強さに明らかな強弱があるのが分かり、その次には発令所にいるネルフの人間はその雲の中の「赤玉」の正体がパターン反応により分かってしまうと驚愕を超えて恐怖した。
 
 
コア
 
 
巨大な入道雲を染め上げるほどの数のコアが輝いている。夜になればさぞや見物だろう。
脈動する赤い光は雲というより宇宙船を思わせた。雲の中にあれだけの数の使徒がいるのか、もともと雲型の使徒でコアをぎょうさん抱え込んでいるのか肉眼では不明。
ただ雲の周囲をはんぱでない強出力のATフィールドが泳いでいる。
使徒の戦船かもしれない。いままで忽然と使徒が現れてきたのは雲に乗ってきたせいで、誰にもばれずにすんだが、これだけ大勢乗ってくるとさすがにバレバレというわけだ・・・・・十や二十ではない、スコアが大幅に伸びることになる。撃退さえすれば。
 
 
さすがの祝日もパーである。本来業務に反することをするから罰があたったのだろうか。
ストならぬシト。だが、逆に今日は本来ひさびさの非番であった人間さえ碇ユイを一目見たさに本部に詰めていたくらいで、各部署人員の不足はない。最優秀一線級の人間が配置についていた。代表的な部署はやはり、青葉・伊吹・日向のオペレータ三羽ガラスであろうか。
 
 
だが、エヴァ初号機のパイロットがいない。話によると母親と入れ替わりに碇シンジは特別列車に乗ってどこかに行ってしまったらしい。未確認の話だが確認するまでもあるまい。葛城ミサトと惣流アスカがここに来ていて、少年ひとり到着していないのだから。
だが、その事情が不明。特不明。葛城ミサトにも惣流アスカにもその理由が分からない。
「聞かれたって答えようがないわよっっ」と戦闘準備に入りながら怒鳴る惣流アスカ。
「なんつーバッドタイミング・・・・いえ、もしかして、狙ったの?」葛城ミサトは忙しい中赤木リツコ博士と意見を交換する。「その可能性も否定できないわね・・・・」
使徒来襲の緊急事態となって、なんの深謀遠慮な意図があるのかしらんがさすがに碇ゲンドウに説明を求めようとしたが・・・・・・碇ゲンドウにも碇シンジが「行ってしもうた」理由が分かってなかった。それを単独断許可し認めたのは、奥さんのユイであるから。
 
 
使徒を前にして、エヴァを三機も擁しながら使えるんは弐号機だけ・・・・
雲のように、というか雲そのもので湧いてきている大量の使徒。
この恐るべき事態に対して、その原因張本人碇ユイはこともなげに言ってのけた。
「大丈夫ですよねえ、皆さん。
息子を預けたネルフの実力、とくと確かめさせていただきます」
 
 
ネルフ。その一言の中に全てが凝縮されている。碇ゲンドウが総司令の、冬月コウゾウが副司令の、葛城ミサトが作戦指揮する、赤木リツコが科学的な面倒をみる、さまざまな一流の専門家が補佐し、使徒戦で鍛え抜かれてきたスタッフたちの一所懸命命がけ職場。
そして、それらを背負って武装要塞都市を駆け抜ける紅い機体と天才少女パイロット。
機体数が足りないと泣き言いうてるひまはない。気合いを、入れ直した。
この事態を切り抜けないことには、聞きたいことを聞くことも、できない。
なぜ若いのか?スタイルいいのか?なぜ片腕なのか?なぜ白衣にプラグスーツか?
なぜゲンドウなんかと結婚したのか?なぜ今日いまごろになってやって来たのか?
なぜゲンドウはああいう性格なのか?なぜシンジはああいう性格なのか?
謎は、多すぎる。
 
 
 
「あ、それから初号機はわたしが動かしますので、スタンバイお願いします」
責任もとる、と言う。立派な社会人の義務だ。さすがに碇シンジの母・・・・
 
 
え?
 
 
真剣かつ悲壮系シリアスに動いていたスタッフたちの口があんぐりと。O次郎に。
今なんつった?ばけらった。「うそらった・・・・」赤木リツコ博士がおもわず言ってしまうほどにみな仰天した。年齢のあれはあれで大人のミリキで理知的せくしーであるとかなんとかの白い特別実験着(早い話がプラグスーツ)はなんのためかと思っていたが。
まさか・・・大人がエヴァを動かせるとは・・・・・惣流アスカの衝撃が大きい。
「リツコちゃん、セントラルドグマまで一緒におねがいしていいかしら。さっき、ひととおり見てきたんだけど、設定が変わってるマギとの連結がちょっと自信ないから」
「・・・え?あ!!は、はい!!」
東方賢者、赤木リツコが女学生のような返事をかえす。
「それじゃ、いそぎましょう」
白衣をひるがえして、碇ユイが総司令席から消えた。遅れじと赤木リツコ博士も駆け出す。
 
 
初号機が、使える・・・・?
 
 
エヴァ初号機は母子で使えるのか・・・・・?まさか碇ゲンドウも・・・・
皆の疑念が不気味に集中するが、そんなディズニーランドじゃあるまいし、家族みんなで使えるなんてファミリアーなことももあるまい、とその鉄面皮を見ながら思い直した。
 
「エヴァ初号機、出撃準備・・・急げ」
碇ゲンドウの命令が下る。あまり具体性に欠けるが優秀なスタッフは従った。
どちらにせよ、具体的な指示は赤木リツコ博士からくるだろう。博士自身も虚をつかれた感じだからその出撃は時間がかかる。状況にもよるが弐号機の後詰めになるだろう。
とにかく、これで稼働可能な機体は二体。戦力は二倍。だいぶ、分が良くなった。
皆、その言葉を叩き込んで脳をだました。状況は未だやばいの二乗。碇ユイがどれほどに初号機を操るのか、それが生き残りの鍵となる。
 
 
 
使徒殲滅に向けて、唸りをあげてネルフ本部が動き始める。
その稼働の中で、碇ユイの姿はスタッフ達の疑念をまたたく間に解消していく。
ただでさえ神経を尖らせる必要のある戦闘態勢の本部内に、いま到着したばかりの「異人」、「部外者」がいるというのに、気にならない。それどころか中枢に恐れを知らない勇気と元気のホルモンでもしみ通らせていく。やたらに親和性が高い。セントラルドグマからやにやら赤木リツコと秘密機械を操作しつつ、格納庫の初号機整備スタッフと連携を築き上げていく。おおまかな段取りだけを伝えて「あとはお任せします」と全面信頼。
 
その作業の本質は、「戦闘用」から「実験用」へのクラスチェンジ。
 
エヴァ初号機、本来の、使用方法へ。TEST MODEへの切り替え。
 
碇シンジには使用不可能のため眠らされていた、数々のプログラムが立ち上がる・・・
 
それに対応して腕部にあるTESTの文字が七色にゆっくりと変幻していく・・・
 

 
<レインボーマン・・・・いや・・・これは・・・スーパー1か・・・・>
その作業の様子を見ながら・・・口で言うと誰かに聞かれて不幸な目にあうので、メモ帳
のすみにこそこそっと書いて急いでそれをゴミ箱に処理する日向マコト。これなら。
しかし、投げたゴミ箱から外れてしまい、丸めたメモ帳はころころと・・・・
葛城ミサトの足下へ。まずいことに気づいてしまった。そして、それを拾って。
読んだ。・・・・アラミタラサンミャクサンボダイ。アオイサンミャクサクランボダイ。
 

 
ゆえに、さほどの時間はかからない。操縦者は、とても似たもの同士であるし・・・
各部門の最高責任者クラスは碇ユイを知っているのから出来た芸当だが。それにしても。
 
使徒来襲が始まってより、最初からすでに”いつも、そこにいた”かのように。
碇シンジ、初号機専属操縦者不在の事態にもかかわらず、欠落感不安感を覚えない。
弐号機単独でも十分いける、という根拠のない気合いが発令所に満ちている。
 
 
それは、彼我の戦力に最も過剰に反応すべき葛城ミサトでさえ。その姿に、追い風に吹かれているような不思議な高揚感と一体感を感じていた。
シンジ君がいないのに?
サードチルドレンを呼び戻す命令はより高位の権限によりキャンセルさせられた。
変更はない。エヴァ弐号機だけで勝算あり、と見ているのか。あの人は・・・・・
そうでなければ、何しにいったのか分からないが、シンジ君が戻ったときにはすでに第三新東京市・・・・帰って来る場所が消滅しているという可能性も・・・・・まてよ・・・・・敵わぬと知っていたから、彼だけ疎開させた・・・?それなら、わたしたちにも何も告げずにあんなに急に行ってしまった説明もつく、か・・・・それを思うと暗澹となる・・・暗澹となるはず、なのだが・・・・なぜかならない。おかしい。母親が代わりに来ているからといって、本人のかわりになどなれるはずもないのに。
 
いかん、みなみなそろって脳みそトコロテンになってしまったのではなかろうか。
碇ユイさんからそんな念波が放射されているのかも・・・・
 
それに、不思議に碇シンジに対する失望や怒りがわいてこない・・・・当然、感じるはずの負の感情が。使徒が出現したのはべつに彼のせいではないのだが。人間はやむない。
何をしに行ったのか分からないが、「何か」しに行ったのが分かる。逃げたのではないと。
理屈、そして信頼さえぬきで。えらく土台のしっかりした予感だ。なんだ、これは。
何か、ひっかかりがある。
「野散須作戦顧問・・・・」
よく分からない。人生経験百戦錬磨の野散須親父にお伺いをたててみる。
「怯えて萎縮するよりはまだいい。儂らは熱に浮かされるわけにはいかんがの。
・・・・儂も感じておるよ。熱の正体は何かを待つような心境じゃの。
母上殿はそれが来るまでの守り神さま、ということをみな、分かっておる。
作戦部長殿、天候を良く見ておかれよ。いつぞやの再現ではないが・・・似たような戦気を感じる・・・・」
同じようなものを感じているわけか・・・・この深海の作戦家も。作戦者を補佐する副長、ナンバー2の役職にあるものはその判断ミスを防ぐために片っ端から疑いの目で反対するような機能も要求される。こういう場合は、常識が遠心力で浮かび上がらぬよう、抑えの意見をするべきだが。
いきなりの都市全域を包む濃霧に、それを切り裂く光の階段、そして赤い入道雲。
天気というのはそんな便利自在なものではなかろう。その反動がやってくる・・・・ということか。使徒相手に、そんな通常作戦行動のようなものを気にしても仕方ない、と思うのは素人のあさはかさ。気をつけておかねばならないのはこちらなのだから。雨になればやはりやりにくい。天気ごときに影響される弱っちい人間が使徒に刃向かう・・・あのときもさんざ苦労したが・・・・。あの時。あの、戦い。
心臓の鼓動が記憶を再現する。
いつぞやの・・・・あのときの・・・・水晶の使徒との総力戦。最後の一幕を。
その幕を演じた「彼」がいないというのに・・・・・なぜ?
そして、「誰か」がいない・・・・渚カヲルではない、ほかの・・・・誰だろう?
いかんいかん、頭を切り換えないと。碇ユイさんがどれほどの戦力か不明、そして使徒の戦力も。分かるのはアスカのことだけか・・・・アスカは怒り心頭だ。冷静さを失っている。単独出撃の心細さをカバーする演技ではない。モノホンの怒りの気迫が炎に。
試合前のボクサーのようなオーラに包まれている。雲さえ焼き尽くすような。
シンジ君が帰ってきたらただではすむまい。むろん、その前に使徒も。
 
 
「弐号機、出撃準備完了です」と報告が。
 
 
「さーて、どうやって戦いますかねえ。大砲でもぶちこんでみようかしら」
アスカには悪いけどいまだ勝利の方程式が浮かんでこない。雲なんてものは見上げるもので元来、喧嘩するものではないからだ。出来れば、敵の出方を見てみたい。いかなる攻撃を仕掛けてくるのか・・・だが、それをやるということは当然、被害を受けるわけだ。
その様子見で一切のケリがつかない、という保証はどこにもない・・・・。
こう考えるとネルフの作戦部長ほど胃の痛くなる仕事はないであろう。
あの雲がどういった機能を持つものなのか・・・・戦闘用か、それとも兵器運搬用か。
霧を散らすのが光なら、雲を蹴散らすのは雷。あの数え切れぬコアは、あのコア一体一体が使徒なのだとしたら・・・・初号機のように底なしの電体力をもたぬ弐号機は。
ATフィールドに阻まれてあらゆる観測はリセットさせられ、肉眼目視以上の情報はもたらさない。ここで三ツ目の四号機がいてくれれば・・・・。
 
 
赤入道雲使徒が先に動いた。単純な戦闘プログラムに従って行動しているだけかもしれない。少なくとも葛城ミサトのような苦悩とは無縁だろう。使徒にはなんの遠慮もない。
 
 
砲っっ
 
 
いきなり撃ち込んだ。照準機が狂っていたのか、もともとその位置の方が都合が良かったのか、第三新東京市から3キロほど離れた山の中に「それ」は撃ち込まれた。
見張りカメラがすぐさまその映像を送ってきた。
 
 
アイロン。
 
 
それも超巨大なアイロン。いわゆる使徒サイズだ。そして使徒らしくデザインされていたがアイロンであることにかわりはない。エヴァと比較しても人間とトラックくらいの違いがある。じゅーじゅーと猛烈な湯気をあげている。山の中だが、ほんとに山の中で着地した山ひとつをぺったらこにして平地にしてしまっていた。山の字の真ん中の縦棒をとっぱらうと考えると分かりやすい。建築やさんのイデアが固まってできた使徒かもしれない。コアは持ち手のところにオンオフスイッチのように燦然と輝いている。それは進路を選択するように先をぶるぶる振るわせていたが、座標固定した。目的進路、第三新東京市。
アイロンはゆっくりと・・・人間が歩く程度の速度で侵攻を開始した。
それが通った後は・・・・・ぺったらこと、見慣れない輝く金属の床となり、草木一本も生えない。天国のロードローラーなのかもしれない。そこらに隠れていたミサイル砲の攻撃を受けてもなんとも効かないのはいつものパターンとは言え、かなしい。
 
 
けれど、こういうののが与し易い。思い切り陽動っぽいのがあれだが。
あれを撃退するため出て行くところを・・・というパターンだ。
赤入道雲使徒のコアは一個減った。バードウオッチングが趣味の発令所オペレータが目視で数えてみると、188個あったそうだから現在数は187。
水晶使徒の例もある。あの赤雲使徒に187個のコアがあって、残るはひとつでアイロン使徒一体という可能性もある。あることはある。逆に、雲はただの雲で、188の使徒が雲中に控えている・・・・という可能性もある。だが、それならば、賢い作戦家なら、戦力は小出しにせず、一挙に降下させる。188体の使徒、全てを。
アイロン使徒の鈍重極まるあの速度、あの能力はどう考えても偵察用ではない。
どころか戦闘が終了した後の地均し作業都市制圧用にさえ見える。問題なのは弐号機にあれを止められるかどうか、だが。
そして、さらに重要なのは一番に偵察用ではなく、あんなもんを出してきた、ということだ。どこかの勝利の雄叫びをあげる犬のようにランダムに出撃選択したならまだしも。
使徒の意志を読もうというのは愚かな作業だ。だが、考え無しに戦うことはできない。
向こうが口を利いて「ふっふっふ、この圧倒的な戦力差の前に我々は余裕をこいて、一体一体でしか貴様らを攻めはしないぞ。絶対の恐怖に打ち震えるがよい」とかなんとか言ってくれればいいんだけどなあ、などと葛城ミサトは考えるが、それではあまりに使徒がバカだ。神は沈黙を好み、それに従う使徒が饒舌なはずがないのだ。
 
 
葛城ミサトは考える・・・・・・始めの一手を。
 
初号機が出撃準備を整えるまで、待つか・・・・アイロン使徒が直線コースをとるならあと三十分ほどでここまでやってくる。相手の戦力をどう見極めるか・・・
こちらの戦力をどこまで使うか・・・・シンジ君と渚君には悪いけど・・・
 
「”例のやつ”の準備しておいて」
 
「”例のやつ”をですか・・・・とうとう実戦に」
一部のオペレータがざわめき、それに向けて関係部署に連絡する。
 
「仕方ないでしょ・・・”鬼の居ぬ間の金棒”よ!!アスカ」
「なによ」
「主装備はシンジ君の”ドルアーガの塔”!!四十二階まで遠慮なく使ってやんなさい!」
悪魔の鎚鉾・・・・通称というか符丁である、”ドルアーガの塔”。渚カヲルから贈られたそれは武器兵器というより確かに建築物というのに近かった。あまりにでかいので格納庫にも兵装ビルにも入らずに大通りの地下に埋設して、初号機が発生する底なしの電力を貯蓄している。信号機や街路照明、はたまた電話ボックス自販機、街路ぞいの店舗などの電力はそこからまかなって有効利用されていたりする。それらを管理接続切り離ししたりするパスワードも「どるあーがの塔」。スパイが聞いたらなんのことやら分かるまい。
惣流アスカなどはどーせ人のもんだし、単純に「雷電鉾」とドイツ語で呼ぶ。
 
 
「あんな重ったいモン、どうやって使えっていうわけ?ミサト。景気の良さだけじゃ使徒には勝てないわよ」
スペック的には腕力は制式型の弐号機の方が優れているはずなのだが、実際は初号機の方が化け物じみた怪力を発揮する。それに加えて、初号機の右腕に鉾を操るための改造が施されているので扱えるだけなのだ。威力は折り紙ものだろうが、使えなければ意味がない。
42階とはこれまた符丁で放電兵器の放電レベルを指す。
「振り回さなくってもいいわよ。腰がやられるだけだし。なんとかしてあのアイロン使徒の進行方向に置いておいて。ま、バリケードがわりにね。迎撃戦の基本です」
「あの二人のあれを・・・そ、そんな風につかっていいわけ・・・どこらへんが主装備なのよ・・・・」
「少なくともアスカにはその資格があるでしょうから気にしなさんな」
トホホな感じで惣流アスカの怒り肩の力がぬけていく。それにかまわず葛城ミサト。
「アスカ、返事は?」
「了ー解」
 
 
「それから、出撃の際は念のため、全てのルートを使用します。雲上から光線兵器での出現地点を狙った第2撃が予想されるためです」
いつぞやの二の舞を踏むのは、ごめんだ。野散須カンタローもうなづく。
総司令碇ゲンドウの方を見上げる。このまま戦端を開くがよろしいか、と。
勝機がまるでないなら、ここで逃げ支度を始めるのもひとつの選択ではある。
だが、問題ない、やりたまえと頷く碇ゲンドウ。ユイがいるのに負けてたまるか。
 
 
「エヴァ弐号機、発進!!!」
 
 
いつもの手順で地上に射出されるエヴァ弐号機。葛城ミサトの指示通り、どこから出てくるかわからんように全ての射出口が開かれ、また先行して三体ほどのダミーバルーンが入ったやつも出された。
この、地上から出る、この瞬間が一番隙ができやすい。なにせ固定台にとらわれたこの瞬間だけはパイロットの自由にならないからだ。ここを狙う射程と頭があれば狙うなと言う方が無理だ。実際、今日の使徒は射程もあれば知能もあったらしい。狙ってきた。
 
 
いなずま・キーーーーッック!!
 
 
と叫んだかはどうか不明だが、赤雲使徒からまた撃ち出されてきた。
とんでもない速さで今度は方向も第三新東京市中央部にどんぴしゃ。
誤差修正したのかもしれない。それは、先行したバルーン入りの射出口に”めりこんだ”。
これが本物の惣流アスカの乗る弐号機だったらえらいことになっていた。
打ち上げる速度と、降下物体の速度、この二つに挟まれて空のカニ缶詰のようにペシャンコにされていたところだった。実際、その射出口は壊滅の使用不可状態に陥った。
そして、灰燼の煙から現れたのは・・・・
 
 
「ああっっっ!!」
今日はなんだか驚くことが多い。しかし、それも仕方がなかった。
中央部に降ってきたのは・・・・・人型。そして、エヴァ型であった。
エヴァ零号機にそっくりな一つ目の。しかも、色は青。顔面中央に輝く赤の目がコアか。
発令所では一瞬で照会を終えたが、そっくりだがありゃ零号機ではない。まねものだ。
「ふうっ・・・永久に秘密兵器と呼ばれて出番のない零号機が出番欲しさに使徒の味方にまわったかと一瞬、思っちゃったわよ・・・って、あっ!汚い!!」
使徒零号機は高速降下に足を痛めることもなく、忍者のように駆け出すとちょうど地上に出現したエヴァ弐号機の前に立った。まだ固定が解けていないところを・・・・
 
 
殴った。使徒零号機の左ストレート。
 
 
避けようもなくモロにくらった弐号機。まずい。パンチの力も相当ものらしく、弐号機の四眼の右上部が叩き割られた。緑光の破片が流血の代わりに散じる。
 
もう一発殴った。使徒零号機の右ボディ。
「うげっ!」弐号機と高い%でシンクロしている少女の腹筋が波打った。
ATフィールドを発生させていない分、ダメージはもろに装甲にくる。
 
そのまま連撃に入ろうとする使徒零号機。だがそのままやられっぱなしの惣流アスカではない。「こんちくしょーーーーー!!」とにくいあんちくしょうの顔めがけてカウンター。
 
 
ここで、スローモーションとなる。別に時間を操作されたわけではないが、そうなる。
 
 
固定されたままの弐号機の拘束は火薬の爆砕で一瞬にして解かれる。惣流アスカ弐号機のカウンターは絶妙の間合いと威力をもって、使徒零号機の顔面、赤いコアを砕こうとしていた。使徒零号機の攻撃は弐号機の腕で軌道を外され、なんのダメージもあたえずすり抜ける予定だった。だが、ここで使徒零号機はパンチの軌道を外されつつ、ニタリと笑った。
正確には、ニタリと笑ったであろう、と。そしてここで、鉄壁のディフェンスならぬATフィールドを発生。弐号機のフィールド発生は間に合わず、接近による中和もなく弐号機の攻撃はなんのダメージもこれまた使徒零号機に与えない・・・はずだった。
放ったカウンターを止めることも、今のナシにすることもできずの弐号機の無防備な顎に強烈な脳震盪必至の使徒零号機アッパーカットを放つ体勢に入っていた・・・・・
 
 
だが、弐号機のカウンターはそのまま見事に使徒零号機の顔面にヒット!!
一撃でコアに大きな傷をつけた。
「そ、そんなバカな・・・」と使徒零号機は口もきけずにダウンする。
 
「ざまーみたかっっ!!この卑怯者!あんたみたいに根性ナシのズルい奴が零号機にっっ・・・」言いかけて何をいいたかったのか、思い出せない惣流アスカ。
まあ、いいか、と切り替えて。そのまま起きあがろうとする使徒零号機の顔面に一撃。
 
 
本気で痛いぜ・ジャングルブーツ攻撃
 
 
を食らわす。いつのまにかその足にはプログレッシブ・ジャングルブーツが装備。
もちろん、惣流アスカ専用である。本気で痛いので使徒零号機の顔面コアは破壊された。
 
 
「よしっ!まずは一体!!」
赤コーナー、ネルフジム、惣流アスカ 一ラウンド20秒ほどのKO勝ちである。
 
だが、これにはセコンドである葛城ミサトの闇の手口がまわっていたのである。
闇の手口ゆえ誉められたものではないが、その判断速度だけは特筆に値する。
零号機のそっくりものだと判別した次の瞬間、葛城ミサトは別のことを考えた。
そっくりそのまま同じだし、停止信号を受け取らないものかねえ、と。
そしてダメ元でエヴァ零号機の停止信号コードを発信してみたのだが、これがドンピシャ。
まんまと使徒零号機は機能停止した。張りかけだったATフィールドも消滅し、もろに弐号機の攻撃を食らってしまったというわけである。
この手の発想は葛城ミサトの独壇場で、よりによって使徒である敵に対してそこまで期待する図々しさは男脳のちょっと持ち得ない領域だった。ゆえに誇るべきことでもない。
 
 
それに、もう三体目が現れた。
今度はちと厄介そうな、ずりずりと移動する砂山型の使徒だった。構成物質は砂というか粉というか、小さな粒のあつまりだ。体積としては兵装ビル一個分もあろうか。
科学捜査隊ものによくありそうな、切っても突いても死なない相手タイプの使徒。
あの、悪夢の最強最悪の怪物「這う小麦粉」によく似ている・・・・・
コアもこの粉山の中のどこかにあるんだろうが、まさかエヴァ弐号機に飴食い競争のような真似をさせるわけにもいかない。
「うーん、なんだかエジプトっぽい使徒ね。あの中掘ってみると考古学の教授が埋まってたりして」
「ピラミッドもありますしね。まさに第三新東京砂漠ですね」
「そうそう、日向君上手いこと言うじゃない・・・ちうわけで、準備よろしい?」
これもまた作戦部長葛城ミサトの頭脳は「楽だ」と迎撃してみせるのだが、その詳しい様子はまた次回。