消失した第2支部と渚カヲルとエヴァ四号機
 
約束された第2人格に目覚め始めた惣流アスカ
 
深く気を整えながら腕をふるう黒煙あがる戦の時を待ち望む黒羅羅明暗
 
そして、信頼と信用の絆が断ちきられたバブル後の銀行のような碇シンジと綾波レイ・・・・しんこうべの蜜月(はにーむーん)はありゃ、なんだったのか・・・泡と消えるか人魚の信
 
 
 
いろいろと火種のくすぶる内憂ネルフに比べて、時田氏のところはさらなる発展を目指し新たな計画(プロジェクト)を立ち上げるなどして、このところ絶好調であった。
その名も・・・・・
 
 
プロジェクトJA連合
 
 
あの連中まだいたの?そろそろ潰れて無くなったと思ってた、などというネルフの認識は甘かった。まさに大甘。親方国連旗・国際公務員の驕りであるといえよう。ピンチのあとにチャンスあり、我が人生にリベンジあり、が民間企業のモットーである。まあ、そう思いでもしなければ生き残れない。使徒来襲で猛烈に忙しく、国内のこととはいえそこまで構っていられない・・・猫の手は借りられても機械の手は借りられない・・・・
アウト・オブ・眼中のネルフアイズ。
対使徒戦略において、戦自もロボットを擁する企業ももはや「出る幕はない」というのがネルフ本部作戦部の一致した意見で、しかもあの参号機が来た以上、ますます・・・特に戦闘においては出陣どころか協力要請も出すこたあなかろう、と言うことになっていた。
これはすでに状況が、基本戦術ベースフォーマットが、多数の使徒来襲を設定してあるせいで、その観点を持たない人間、機械、コンピューターが出張っても足手まといのおじゃま虫になることは分かり切っていることだからだ。この点についてマギも賛成している。
 
なにも彼等の努力と執念の結晶であるところのロボット兵器が「役立たずのウドの大木」といっているわけではない。強いていえば、残念ながら「時代遅れ」といったところか。
ふつうは民間企業が公務員に浴びせる言葉であるのだが、この日進月歩どころかよく見りゃ地球は不思議のカタマリ的に事態が進む使徒殲滅業界においては、常に最前線に立っておかねば数ヶ月もせぬうちに骨董品となりはてる。ネルフは使徒の情報公開などせぬから余計にそうなる。ましてや実戦データーなどいわんをや、である。
 
 
こう、世界を見渡して、現在の所、使徒を倒しているロボット兵器は日本のJAだけである。世界には似たようなものを造ってる国がいくつもあり、幸運というか不幸というか、使徒と交戦したところもいくつかあった。だが、いずれもあっけなく敗退。使徒は彼等の国を蹂躙するところもなく、そのまま目的地に素通りするか、はたまた風のように現れて風のように去っていく所属不明の謎の人造人間・・・つまり強襲型のエヴァに、狩られた。
進路を阻むバリケードの役目もよく果たせない、というのがロボット兵器群に与えられた評価であった。これはどこの軍隊も研究所も秘密組織も例外はない。
ネルフ以外に唯一、使徒に対して勝ちを拾った時田氏のJA、それを考慮にいれるとすごいことなのだが、それも昔の話過去の栄光。戦略自衛隊が秘密裏に開発していたロボット兵器など、沖縄で暴走してたまたま修学旅行にきていた惣流アスカの弐号機にカウント3にキメられて沈められているのだから世話はない。
 
一応、使徒を倒したこともあるJAではあるが、その後、今ひとつもふたつもみっつもパッとしない。JA、JA二世号、JA二世号RX、と新機能を搭載してモデルチェンジを重ねてはいるのだが、いかんせん使徒は強かった。そして、その使徒を倒しまくるネルフのエヴァはもっと強い、ということになるからだ。エヴァの影に埋もれ、日陰の存在となる機械の巨人・・・・いろいろ維持費にも大金がかかり、巨大な戦闘力を秘めつつもそれはどこか滑稽で悲劇的であった。ベンチを温めるのに原子炉は必要ないのである。人肌で十分。
 
 
しかし、時田氏とその部下たちはJAをさらに強化した。開発に終わりはなく、歩み続けた。無力感と徒労感に打ちのめされることもあった。エヴァがあるのに、なぜ?という自問自答の声に押し潰される日もあった。彼等は二軍、機械農場にいる日々。
育て造り上げてもまた使徒に不様に倒されるのではないか・・・・・我が子を戦場に好んで送る親がおろうか。また、子の恥は親の恥。過去の戦歴をハーケンとして苦難の山を穿ちつつ登ってきたが、それもさすがに錆びつつある。新たなる栄光を砥石にして勝利の歓喜を油にして磨いてやらねばならない。
 
 
きずつきうちのめされても はいあがるゆうきが〜ほしい〜 
ひとはみな〜 よわむしを〜 かくして〜いきている
ほーるど ゆあ らすと〜ちゃ〜んす
テーブルに飾られたバラより〜 野に咲くレンゲ草のほうがいい〜
 
 
なぜ、そこまで頑張らねばならんのか。はっきりいって、これは畑違いの出来事だろう。
同じく一生懸命やるなら、ほかの製品をつくったほうがいい。ネルフをサポートできるような・・・それこそが「脇役の王道」・・・・・人はがんばれるところで、できることをすればいいのだ・・・・・縁の下の力持ちに徹して滅私奉公・・・日本の美徳ではないか。我が我がナンバーワン、と出しゃばってなんの益があろうか。だが・・・・
 
 
「ワタシはネルフが嫌いだ!」時田氏は言う。
「エヴァも嫌いだ!!」時田氏は言う。
「奴らの嫌らしい秘密主義ががまんならん!!!」時田氏は吼える。
「子供を人柱にする連中が大嫌いだ!!!!」時田氏は言う。
「今に追い抜いて、出番を全て無くしてやる。来週からJAが主役だ!!!!!」と叫ぶ。
「!」が少年マンガの次回予告の如くに多いが、それだけ時田氏は・・・・
 
 
本気である。
本気でないのに、これほど苦しいのに人がついてくるわけがない。逆風にあった時に、なぜか人材が集まっていた。アンチ・ネルフ集団のシンボル機としてJAはさらなるパワーアップを施された。「巨人の反対は阪神ではなく、アンチ巨人である!!!」
 
 
「その例えは・・・・・分かりにくいと思われますが」
ゼーレの世界統括部門からアバドンの上席を用意されてのヘッドハンティングを蹴った真田サナコ女史の冷静なつっこみ。このところの仕事は赤木ナオコが気まぐれのように時田氏に残した「小メギ」の管理と、「JTフィールド発生装置の販売」である。
 
冗談抜きでネルフを負かして業界トップに立つ気でいた。
それは道化の努力。花形スターの空中ブランコを見上げたその姿、笑うか涙をさそうしか。
ゼーレもネルフの諜報部もそんなもんは放っておいた。他にいくらでもやることはあった。
万が一、目障りになったらなったで叩き潰してやればいいことだ、くらいに考えていた。
超法規的権力をもつ者の思い上がりであったし、何より使徒には勝てまい・・・・。
残念ながら、自分より相手が強い、と常に考えてその裏を読むことを怠らない方を勝負の女神は好きになるのである。灯台もと暗し、さすがの碇ゲンドウ、冬月コウゾウの目も謀略渦巻く海外にあり国内の方には油断があったといえる。小メギが定期的に行われるネルフを含む外部からの全てのハッキングやピーピングを適度にあしらっていた効果だ。
なんといってもメギはメギであるから、その能力たるやマギも本気を出さねば誤魔化される。報告された情報が間違っていれば判断の下しようもない。もとより重要度危険度が低い・・・つまりはなめていたのだが・・・エリアの話。だが、真実が伝わっていれば相応の戦力を持って時田氏とJAをえげつない手段を用いても叩き潰しにかかっただろう。
小メギをもつことはもちろんだが、JTフィールドの外部への供給・・・これがまずい。
もともと使徒の遊び相手にもならぬJAに監視をつけていたのはそれが原因なのだ。
JAそのものは脅威でもなんでもない、はっっきりいって暴走してエヴァに攻撃をしかけてきても全然問題ない。エヴァ初号機がいる限り。それは手駒にすらなる。碇ゲンドウと冬月コウゾウは知っている。人類最後の決戦兵器、というあだ名が伊達ではないことを。
兵器を支配する兵器・・・・力の鼬ごっこを終わらせる力・・・・・「操支配力」。
雷の攻撃力と霧の防御力・・・・戦争を神話の時代に逆行させる、「気象兵器化」
七つの実験によって埋め込まれた力を持つ初号機があれば、ロボットなぞいらん。
それに、その危なっかしい原子炉搭載という点をなんとかしてくれ。国内で使うな。
ただ、その二人にしても、JTフィールドには厄介なものを感じていた。
未だにネルフの開発部でさえあれと同じものは造れない。確かに時田氏は天才に違いない。
 
ATフィールドを反転させて自分のものにしてしまう「JTフィールド」。
同じATフィールドで中和させてしまえばそこで素の殴り合いがはじまるわけだが、JTフィールドの場合、相手の盾を奪い自分だけ持っているのだからそれで防御しながら一方的に相手を殴れるわけである。しかも、ATフィールドというものは絶対領域と称されるだけのことはあって、多少の攻撃ではびくともしない。ずるいといえばずるいが勝てば官軍、原子炉内臓の身でまともに殴り合いを開始するよりはまともであろう。
これがあるかないかでは大いに戦況が変わってくる特α級装備である。
ただ、エヴァに装備させることは・・・・やってやれないこともあろうが、かなり重くなり動きが鈍り、それなら中和して一撃離脱で戦った方がよい、とマギのシュミレーションには出ていた。兵装ビルの中に仕込むという方法もあるし、作戦部の葛城ミサトなど一時期あれが欲しくて欲しくて夢にまで出たという。それでいて、ネルフが本腰をいれて徴発にかからなかったのは、弐号機・惣流アスカにまつわる悪夢のような「人生一発ガツンと教えられ事件」があったせいであるし、赤木リツコ博士の推論によれば原子炉と密接な関係があるのでは・・・・本人たちも実はよく分かっておらずに使うだけ使ってるんじゃないかしら(感情素子の29%が不鮮明です)・・・ということであるらしいので今までネルフは適当な距離をおいていた。真面目に考えてこようとしなかったのだ。わかろうとした?
 
 
だが、そのツケがとうとうまわってきた。いやなことから にげているのね・・・・
 
 
第2支部の消失の件で使徒も来ないのに未だに騒然雑然とするネルフ本部にその報がもたらされた。レベル「ちきしょう、手遅れ!」の赤い判子を押されて。それを聞いた葛城ミサトの第一声。
 
「なにいいいいいいっっっっ」
 
とても昨夜、碇シンジを抱きしめながら事件のことを切と告げた同一人物とは思えないドス。ほとんど敵の鉄砲玉に頼りにしていた若頭のタマをとられてしまった極妻姐である。
 
「JA連合(じぇいえいれんごう)発足(ほっそく)ううううううう!!なにそれ」
日向マコトの持ってきた招待状、という名の挑戦状に目を通す葛城ミサト。眼光紙背。貫く。あまりの驚きでルビまでついている。そこには五体のロボットが子供むけ絵本であるような飛び出し絵で浮かび上がっていた。性能を女性の声で読み上げてくれるのは昔のメロディー電報にどこか似ている。
「これら四体のロボットには我が社の製品・最新式のJTフィールド発生器が搭載されております・・・・・だと?!!・・・・・”外部供給”・・・・・やられた・・・資金難でトチ狂ったの?・・・・くそ・・」
 
自分たちに供給されないのが悔しいのではない。その結果どうなるか読めるがゆえの呻き。
ATフィールドを持つのは使徒だけではない・・・・・エヴァもそう。
それがエヴァに対して使用されない保証はない。彼等は言うのだろう、エヴァの戦力をもって自分たちに襲いかからない保証はない、と。ああ、その通りだ。将来の、未来の話であっても。これは悲観的なものの見方だろうか・・・・・エヴァがどこかのロボット兵器のJTフィールドで己のATフィールドを奪われて、人造筋肉を破壊する薬液を打ち込まれて動きを止められ捕獲される光景が見えるのは。パイロットもろとも。JTフィールドは自らフィールドを発生させることは出来ない・・・・ロボット兵器のみならずエヴァを欲したとしてもおかしくはない。それは自然な欲望だろう。それを自然に考える、もし自分がネルフ所属ではなく、どこぞのゲリラやテロ組織に所属していたら、それを実行するだろうか。捕らえられた子供は悲惨な目にあうことだろう・・・・待つのは洗脳か拷問か。
 
通常兵器でもうまくやれば使徒やエヴァに勝てるかも・・・・知れない・・・・
 
その思いは危険だ。子供に全てを託すのを潔しとしない勇気ある人間にとっての福音だろうさ、そりゃあ・・・・・。葛城ミサトの目が殺気を帯びて日向マコトを凍らせる。
その先には久遠、ないしは自分の姿があるのだが。
 
アスカの件のことで、冷静さを失ってない?・・・・頭の隅で自分で自分を注意する。
 
妄想で自分の判断を狂わせてどうする?それはあくまで局面のひとつにすぎない。
フィルムの一こまくらいの重さしかない。落ち着け、落ち着け・・・・・考えろ
それでいて、脳の別の部署では予想される悲劇を回避する対策シナリオを構築中・・・
JAに絶対の自信を持つ時田氏にはエヴァ強奪などという考えは微塵もないが、他者がそれをやる可能性についてはまるで考慮していない。その分だけ葛城ミサトの方が世界の暗部に近いところにいる。子供らの十年先を考えているだけかもしれないが。
 
JTフィールドの外部供給・・・・・ネルフにとって愉快な出来事ではないわけだ。
普通に考えれば・・・・それは使徒に対抗する力を持った「ナカマ」が増える素敵な出来事のはずなのだが・・・・・まあ、罪深い我が身、だ。葛城ミサトは苦笑する。
 
だが・・・・葛城ミサトの楽観バージョンは言う。さして脅威に思うことはないんじゃない?結局のところ、自前でフィールドの展開がやれるわけでもなし、とどのつまりは、フィールドを張ってもらえなければ意味はなく、自前の戦力でエヴァと使徒を凌駕しなければ・・・・ロボット兵器の存在価値はない。ネルフ開発部でも造れないJTフィールド発生装置を売りに出した目的は、やはり資金集めが第一なのかもしれない。オンリーワンの優位を生かして言い値でさばけば相当な利益をあげるはずだ。金があって欲しがるところはいくらでもあるだろう。そのあとメンテで食い込めば・・・・・それは、この使徒撃滅業界でひとり勝ちする道かもしれない・・・・・この手の戦略は時計業界でのシチズンが有名で、他分野からの参入に苦しんだシチズンはなんと時計の心臓部・駆動部分を外部供給したのだった。完成品のみならず部品メーカーとしても生きていく道を開いたわけだが、その結果、香港など大きな市場を手に入れて成功したという・・・・うーむ・・・勇猛果敢な判断であろう・・相当な覚悟がないとできることじゃない・・・・だけど
それにしても・・・この・・・・
 
 
JA連合
 
 
という名前はなんとかならんのか・・・・、仲間を集めて反使徒反ネルフ的第三勢力に成り上がろうという魂胆はいいが・・・・見え見えで・・・・・。しかもチバラギ県あたりの暴走族の集会みたいだし・・・よくこんな旗印のもとに集まったもんだな・・・・・
 
 
改めて招待状を見る葛城ミサト。発足記念パーティーをやるからぜひきてくれ、という話なのだが、場所はあの因縁の第28放置区域。JTフィールドをそこで売ってくれる、という話ではない。単に見せびらかしたいのだろう。自分たちの陣容を。確かに数だけいえばネルフ本部に現在エヴァは四体・・・・JA連合はとりあえずロボットだけで五体。
 
 
まずはJA・・・・正式名称は真・JAだそうだが、まあどうでもいい・・・・それよりもちいっとこれは問題あるぞ的に目をひくんは協力企業の中に「綾波」の名があることだった。同姓だろうか・・・・アンバランスにでかくなった腕部分を担当したらしいが・・・・「これ、しんこうべの島吊りクレーンの神腕・・・・ですよ」日向マコトが説明した。
はあ、そうですか、関係しているわけですね。綾波が。やれやれ・・・・
「足の部分はオランダの地面製造メーカー、グレイグラスセンチュリーフェッド社のボーリングマシーンを使ってるようです・・・そう簡単に国外に出せる代物じゃないですよ。・・・・どうやって協力を得たのか」「使徒との戦闘で削られた大地を蘇らせる・・・バビロン・プロジェクトでも開始できそう・・・・ますます可愛げがなくなったわね」
「これこそ新世紀の知的集積というやつですよ!がっはっは」と時田氏は笑うだろう。
ちゃっかり使徒との戦歴を「三勝」、としてあった。まあ、嘘ではないが・・・・
 
 
次は「大学天則」・・・・日本で最も古いロボットである(異論はさまざまあろうが)西村真琴(1883〜1956)博士の「学天則」をでかくしたロボットで、それゆえに大・学天則。大自然を礼讃する緑の冠をかぶり、宇宙を意味するコスモスを胸の花章に、左手には霊観灯、右手には鏑矢のペン、太陽とヤタガラス、雄雌の記号、火炎と水流、樫の木,蛙、蛇、雉、ムカデ、などが刻まれている記録机までついている。まるで御堂子太郎だ。「神は人を造れり、人は人の働きに神を見出す、神を見出さざる文明は呪はるべし」と理知的ながら物騒な文句の書いた西洋盾をもっている。顔はあらゆる民族のいいとこどりの集合体だが、江戸川乱歩の黄金仮面と仏教象を足して二で割ったような顔だった。
いろいろと謎の資金源を持つ帝都財団の所有する歴史あるご先祖さま万々歳でご機嫌斜めなロボット。(意味不明)。JTフィールド発生装置を備えてはいるようだが、他のものと一線を画してこれは自分で「結界」をはれる、という。それがATフィールドなのかどうかは不明だが、帝都財団のガードが堅く今まで真偽のほどは不明だったのだが、ここにきてその秘密のベールをはずすことになったわけだ。設計は順当にいけば西村一族がやっているはずなのだが、真琴博士の息子は水戸黄門の役者になったのでそれは他の人間がやっている。ロボットの身で「結界」がはれるというのだから順当な才能ではあるまい。
説明には龍宮シンイチロウ・ユカリ・・・夫婦ではなく兄と妹らしいが・・・とある。
詳しいことはリツコに聞いてみるか・・・・、にしても、なんかカラー違わない?
 
 
次は「人型サイズ」・・・・ロボット兵器、といえば巨大、というのが枕詞につくものだが、これは小さい。二メートルたらず。宇宙服をきているようなフォルムで、ヘルメットにあたる頭部は、水に七色の数字が不規則な流動をもって点滅する。
「メトロイドに頭を喰われたサムス・アランって感じですね」と日向マコトがいつもの調子。「なにそれ」またか、と顔をしかめる葛城ミサト。まったく、上司の顔が見たい。
しかし、それはニュータイプのように真実的を射ていたのである。
これを開発したのは「内田野コズチ アンド 李 小光 小型化研究所」である。
ここは世界に名を知られている特殊な研究所で、持ち込まれたあらゆるものの小型化をする。ものを開発するのも才能が必要だが、小型化という分野もまたかなり特殊な才能が必要で、打田野コズチ博士と李小光博士のコンビはその道で世界最高であり、人間スモールライトの異名をもっていた。この二人が手がけたゆえにロボット兵器も小型であり、たとえ兵器としてぽしゃっても、このサイズならば家庭用メイドロボとして己の過去を誤魔化して生きていけないこともない・・そういうわけで宇宙飛行士かスペーススーツのような外見の中には女性形のロボットが入っていた・・・・が、小さいのは小さい利点があるのでそう馬鹿にしたものではない。的が小さければそれだけ敵の攻撃はあたりにくいものだし。しかも、JTフィールド発生装置をコンパクト化してしまっているのだから。
ちなみに、これは有名な話であるから葛城ミサトも知っていたのだが、内田野コズチ博士と李 小光博士は研究に反して、ふたりとも雲をつくような大男なのだという。
ちなみに、二人はさらなる戦闘ロボットの小型化を考えており、そのためのプランを時田氏に提出してあった。
 
 
次は「電気騎士エリック」・・・・イギリスからやってきた。鎧騎士のような姿でいかにもロボロボしている。ロボットで騎士というとたいてい人間に反逆するようになるのだが、今まで英国を進路にとった使徒と8回槍を交えて勝ったためしがない、という名誉も誇りもない連敗レコードを更新中。まあ、JA以外のロボットは似たようなものだがとりあえず数字上ではこのロボットが一番使徒に負けている。それだけ性懲りもなく挑んでいる、ということだが。
渾名は「使徒撃滅業界のドン・キホーテ」。ラ・マンチャ産ではない。
それだけに、使徒を一度ならず破っているJAと時田氏を敬愛すること甚だしく、今回の招待にはイの一番で駆けつけた。到着したと同時に出迎えた時田氏に鼻水と涙混じりで抱きついて「ユーとは永遠にフレンドです!」という名文句を捧げた。
ちなみに電気騎士エリックはロボット馬に乗った騎士道のハートを持つリチャード・ポンプマン男爵が戦況をその目で確認しつつ遠隔操縦する。主装備はエネルギーソード・エクスカリバー。円卓に招かれた騎士・・・外国人であるからランスロットのような気分なのかもしれない。となれば時田氏はアーサー王か。ちなみにランスロットはギネビア王妃とならぬ恋に陥るのだが。まあ、葛城ミサトにはぜんぜん関係なし。
 
 
最後に「U・R・U」、ロボットの名でもあり、会社の名でもある。
世界で最初にロボットという名が用いられたカレル・チャペックの劇作からとったのだろう。ロッスムス・ユニヴァーサル・ロボッツ社。劇中のロボットは人間にそっくりで産毛まであり、いわゆるアンドロイドタイプなのだが、時代が進むと怠ける人間を敵視するようになり、挙げ句の果てには団結して組織化して人間をひとり残して絶滅させてしまう・・・・・それでは困るので、そういった時に団結ロボットに対抗する巨大ロボを造っておこうと、いうので誕生したのが秘密ロボット結社・U・R・Uである。
 
しかし、そんな事態はいつまで待ってもおこらず、そのうち人類の天敵「使徒」などというものが出現してしまった・・・。
 
確かに読みは良かったし、備えあれば憂いなしではある。が、現状を認めないといけない。「そんなこともあろうかと」というのが科学者であれば一度は言ってみたいセリフであろう。だが、現実に起きたのは似て非なる現象であった。親兄弟殺しを運命づけられた悲劇の機体なのであるが、神様の慈悲か、その運命は回避された。
「まあ、黙ってればわかりはしないしな」というわけで、ようやく表の世界に出てくる気になった。ロボット開発業界では伝説の老舗中の老舗である。頑固爺といっていい。かなり気位が高い。それが時田氏の招きに応じたのはやはりJTフィールドの威力だろう。
老舗だけあって、「石橋を叩いて人に渡らせる、」ようなところがプンプンにあった。時田氏としては、U・R・Uの名前が欲しかったのであり、今まで影に隠れていたような寝ぼけマナコはあてにしていない。もちろん、顔には出さないが。
 
 
「詳しくはリツコに聞いてみないとわからないけど・・・・なんか凄い面子なのねえ」
使徒を殲滅できるかどうか、エヴァに対抗できるかどうか、は別にしてひとくせふたくせありそうな・・・・・紹介された新規四体の中に軍のそれが入っていないことが少し腑に落ちなかった。まあ、何を考えておるのやら。あの連中には連中のワケのわからん規定があるのかもしれない。
 
「行かれますか?エヴァも呼ばれてますが・・・・」と日向マコト。
JTフィールドはATフィールドあればこそ。時田氏が用があるのはエヴァなのだ。
この時期ですし、自分が代行でも・・・という意を込めながら。
 
「行かないわけにもいかないか・・・・気はすすまないけど」
単なるロボット兵器大集合!ならばほうっておけばいい。そんなヒマはない・・し、この時期にこの都市を離れたくなかった。正確に言えば「家」を、だ。
ただ、JTフィールドとなると・・・それを供給される連中の顔を見ておかないと・・。
数日先の安定か、十年先の危険か。葛城ミサトは判断を下す。正しい保証もなにもなく。
「レイ・・・・・いや、明暗を、あの子を連れていこうかしら」
「え?それは・・・・」
エヴァ、ましてや参号機、というのは日向マコトには意外だったらしい。この場合のエヴァの同行というのは威圧的護衛の意味がある。思い出したくないが惣流アスカの件もある。同じギルの子供を伴うのはあまり縁起がよくない。来てから日の浅いフォースチルドレンを遠隔地で信用できるかどうか。元気はいいが、どうにも剣呑でそのまま葛城ミサトをさらって中国に戻るくらいの芸当はやりそうだった。嫌いではないが、油断がならない。
それならいっそ、シンジ君の方が・・・・・とも思うが・・・・まあ、ムリだなあ。
昨日の件がある。碇シンジ、惣流アスカ、両方とも今日は学校を休んでいるそうだ。
 
辛いだろうな・・・・・日向マコトは葛城ミサトの顔をみて思う。
 
使徒の大量降臨を退けたとおもったら・・・・一難去ってまた一難・・・・
 
「それじゃ、そういうことで準備お願いね」
「はい」
できるだけフォローをしよう。それにしても、JA連合か・・・・・厄介な話だよ
 
 
 

 
 
本部通路をゆく赤い瞳の少女
横顔が、厳しい。
 
 
綾波レイも今日は学校にいかなかった。おとといも休んだから今日も、だ。
夜間に教室で起きた「異常事件」の連絡が入った。赤木博士からだった。
碇司令の承認が下れば惣流アスカの精神を探ってもらう・・・・・かもしれない、などと蛇足はない。ひんやりと、蛇のようにしめやかに、つめたく。そのつもりでいて、と。
言葉にわずかに焦りがある。事態がそれだけ急を要するのだろう。
けれど、碇司令の承認を待つ・・・それだけ深く潜るのだろう。
そうしなければならない。
確かに、左手が突如、発火するなど・・・・・尋常ではない。
その目の前には碇君・・・・・彼がいた。
彼が。
 
想うだけで力が抜けてくる・・・・・魂が傾いていて、零れている・・・感覚
零れた水はもとへはもどらない・・・・・
 
頭をふって、思考を元に戻す。セカンドチルドレン、惣流アスカのことだ。
エヴァを動かすほどの異能が彼女の中にある。そして、第二類適格者・・・・無意識の海に眠っていたもう一つの人格が戦闘の異常緊張が続く中、現出した・・・可能性がある。
エヴァを動かすほどの異能のコントロールがままならなくなったとしたら・・・・
エヴァ搭乗時、戦闘時、睡眠時ではなく、日常生活でそれが噴出したとしたら・・・・
外壁のある空間での爆発は「作動」と呼ばれ、それがない場所での爆発はその「まんま」で呼ばれる。エヴァという巨人を動かす以外の発露を示すこともあるだろう。
彼女の生誕系譜から考えると。・・・・・赤木博士から極秘資料を読ませてもらった。
 
パイロキネシス
 
それとあわせて先日の戦闘・・・光階段を駆けあげる恐れを知らぬ別人のような戦いぶり・・・・それが本来の彼女の姿・・・・戦乙女・・・そんな認識を抑えつけておけない。
強烈かつ強力な第2人格・・・・下手をすると正面切って対決して、あげくに廃人にしてしまうかもしれない・・・・こっちがサトリの化け物なら、むこうも火炎のメデューサ、出来ることなら真正面に立ちたくない。焼かれる、と恐れが出たら、反射的に相手の精神臓腑を切り刻んでしまうかもしれない。本能的に。かといって、自分以外にこの方面のアプローチで勝る人間はいない。ユダロンやしんこうべの祖母たちを別として。危険性は変わらずだ。退治・・いやさ対峙の場所は大容量の液体の中がいい・・・・プール・・・または海の中か・・・・憂鬱に綾波レイはその算段を考える。才能とはまったく苦労を招き寄せる負債だ。「うちは世界一不幸な少女や・・・」そうつぶやく資格がある。
碇司令の承認が下ればやるだろう。何が起ころうと。
 
目の前に、碇君・・・・・彼がいた。
 
念炎は能力コントロールの突発暴走ではなく、彼を狙ったものだとしたら・・・・・・
悪意ではなく、それは子供が銃をもっているようなものなら・・・・
目に見えぬ能力の厄介な点は、基点となるトリガーも見えてないこと。それは容易に高い凶暴性へ転化する。親愛の情から氷の刃が突き出すという暗殺者向き能力を持つ者が綾波党にもいる。笑顔を見せれば好きな相手にドスンと氷の刃が突き刺さる寸法である。結果、どういう人格を持つに至るかいうまでもなかろう。能力と、人格、それは密接に、そして強烈に影響を相互に与え続ける。完全に目覚める前に、封じてしまうか・・・・・
 
それが、たとえ、エヴァを動かす能力そのものも麻痺させてしまうのだとしても。
その可能性はかなり高い。けれど・・・
碇君、零れてしまった水だけど、燃やされるわけにはいかない。
やるか、やられるか・・・
こっちの意図が露見すればただではすむまい。・・・・昔、碇司令に連れられてそういう世界に生きてみたけれど・・・・その当時の緊張感が視線を研ぎ澄ませ背筋を鎧っていく・・・・
真っ白に灰になるまで焼かれるかもしれない。エヴァを動かす程の力・・・・つまりは専門領域が違うだけで、ほぼ同等同量の力を持っているのだから。
レリエルから解放されたと思ったら、今度は同じ人間の同士討ち・・・・いつものようにお菓子でも食べながらへらへら見ているのだろうか。・・・・・
こうしているうちに・・・・二人は同じ家に住んでいて、今日は二人で学校休んで家にいる・・・惣流アスカの方がガンとして入院を拒んで帰宅を望んだ・・・・検査の類を嫌い恐れたのだろう・・・からだが、碇シンジが焼かれて灰になっている、という可能性だってある。
そうなった場合、葛城三佐はどう責任をとるのだろうか。
赤い瞳が強い光を放つ。赤、それはニワトリの冠の色、だけれど、雌には冠はない、無冠なの。完全にトサカに来ている。あんくらうんど・無冠の女帝、綾波レイである。
惣流アスカが火傷して可哀想、などという思考は微塵もない。容赦がない。
もちろん、本人には自覚はない。視野狭窄に陥っている。ゆえに、この時点で考察せねばならない”もうひとつの可能性(碇シンジの場合)”について思いもよらなかった。
 
今の綾波レイの姿を、目の色をみれば碇シンジなぞ大ビビリに震え上がって惣流アスカを慌てて戸棚にでも隠すだろう。それくらい、いまの綾波レイはおっかない。とてもじゃないが、任せておけない・・・アスカがこわされちゃう・・・・
 
 
 
「いよー、すげえ闘気だな」
 
「力士二人半、くらいか。パターン・チャンコ鍋」
そんな綾波レイをまったく恐れない人間もいる。黒羅羅明暗である。
ハナから学校など行く気もなし、かといって本部に詰めているわけでもなし、人質といって隔離施設に住みながら好き勝手に移動しているようだ。猫神出鬼没といってよい。
確かに使徒を呑み込んだだけのことはある。人を食うなどなんでもなかろう。
 
 
無視する。というより、応対する語彙をもたなかった。
おとついの夜は失敗した。さすがに今、胸に秘めていることは話せない。
向こうは口がうまく、読まない、という約定がある以上、まともに対抗できない。
 
「いそいでいるから」
それだけを口にして、去ろうとする。
 
「どこへ急ぐんだあ?さっきからこのへんをぐるぐる三周はしてるぞ。サーキットトレーニングじゃねえんだろう」
 
呼び出された赤木研究室から出て・・・・気づかなかった。それに、急ぐところなどない。碇司令はまだ戻らないし、いくべきところには足が向かない。・・・自分には行けない。
あのふたり いま なにをしているの
家に戻る気にはならない・・・・だからただ歩いていたのだろう。まさか、こんなのを期待していたわけじゃない・・・・王様の耳はロバの耳・・・木の虚を探して・・・
ノースポールをさがしていたわけじゃない・・・・
 
 
「冷凍餡饅みたいな顔してるぜ・・・・ヒマならつきあえ。ついでに稽古つけてやる」
 
喧嘩を売っているのだろうか・・・・冷凍餡饅とは・・・・ごく微量だが、精神状態が精神状態なので、ぶくうっと頬を膨らませる綾波レイ。といっても普通の人間に見分けがつくレベルではないが。それを見分ける明暗はかかかと笑った。笑い事ではないのだが。
 
「得手は居合いだったかな。真剣でやろう、真剣で」
やはり明暗は口がうまく、ベルトコンベアに乗せられたように無表情のまま連れていかれる綾波レイであった。役者が一枚違う。
連れられた先は・・・・・・「訓練室道場」・・・・畳やら板敷きの広い空間になっており、まあ、武芸を磨く・・・というより身体を鍛える程度の施設だ。その隣に銃関連の訓練施設がある。使徒と戦う特務機関ネルフにおいてそれは好きな人間が好きな時間に使う・・・肉体で使徒に勝てれば世話はなく・・・ほとんど義務的な建前で設置された一種の精神修養レクリエーション施設であった。本部内でドンパチ本格訓練をやられても困るのもある。
オペレーター整備員その他に竹槍銃剣訓練を施すようになればネルフも終わりであろう。
たまに野散須カンタローが槍を振るったり、葛城ミサトがストレス解消と腕慣らしに銃をぶっ放してたりする。そこに道着姿の人間が山積みになっていた。死んではないようだが・・・顔を見ると警備や諜報の猛者だった。
 
「ああ、最初は鼻羅と太極の息合わせしてたんだが、ネルフの人間はつくづく親切だな、腕自慢がそろって練習相手になってくれるってんでちょいと手合わせしてみたんだが・・・・・どうもなあ」
学校といい動物園といい、いろいろと暴走してくれるフォースチルドレンにここらでちょいと灸をすえるつもりだったのかもしれない。なんだといっても相手は子供だ・・・・・という油断があったにしてもこりゃあひどい。まるで使徒にでくわしたロボット兵器だ。
 
「拳法で終わっちまって、”黒腕法”を使うまでもなかった」
「部風風風風風・・・・・」
「まあ、そのためにお前をわざわざ天京から連れてきたんだけどな」
鼻羅の鼻息に答えながら明暗は、綾波レイの方を向き直ると
「じゃあ、刀が相手となると明の”白械法”向きになるが、いいか?素手だとオレが稽古つけてやれるが、明がやりたいそうなんでな」
この手に都合良く日本刀があるわけではないが、とても素手の稽古などこの怪物君相手に行う気にはなれなかった。明が出てくる、というのも暗に停止をかけるつもりなのだろう。それがパターンなのかもしれない。綾波レイはうなづいた。
「そうか。じゃ、刀を用意してくる・・・・・その間、鼻羅、お前相手してやれ」
そう言って暗はすたすた更衣室に消えてしまう。徹底的に体育会の行動パターンだった。
 
「部朋朋朋朋・・・・・」
この鼻羅というのはほんとうに言葉をしゃべらない。「オムカエデゴンス」とさえ言わない。意志疎通の一切が鼻息だが、なんとなく意味が通じてしまう。さすがは神秘アイヤーの国の人民。
 
「部封封封封封封・・・・・」
鼻が大きく膨らむ。息を吸い込んでいるのだが、大型掃除機でも向けられたような勢いで綾波レイの空色の髪が引かれる。ぎょっとするほどの吸引力だ。とてもこれを人間の鼻がやっているとは思えないが、種も仕掛けもない。あるのは四千年の伝統に培われた人の技だけ。まさか鼻を機械改造したサイボーグでもあるまい。・・・・・・気が吸われる・・・・・・肩がすううっと重さと硬さが抜けていく・・・・・そう、闘気が抜かれているのだった。どんなに強い拳法家でも肝心の闘気を抜かれてはろくに戦えない。鼻羅はこの吸気術に長けていた。この術で負かせないのはこの世に主である無限の闘争心を持つ黒羅羅明暗唯一人。つまり明暗は手下の中で最も強いのを同行してきたわけだった。もちろん、吸うだけでなく、逆に給気することもできる。過剰な闘気を送り込んで風船のように相手をパンクさせてやることもたやすい。それは、元手いらずの完璧な暗殺術でもある。
とっさに習い覚えた綾波の戦闘技法が身体を突き動かそうとしたが、抑えた。
生兵法は怪我のもと、相手に殺意や害意があるわけではない、任せて受け流すのが一番。
 
しばらくすると明が戻ってきた。鼻の吸気もそれで終わった。
「鼻羅、この人たちを運んでおいて」
主の命令のとおりに動き始める鼻羅。が、その運搬の仕方に人並みはずれた怪力が分かる。
まとめて全員を運んでいってしまった・・・・・見送りながら身体がずいぶん軽くなっていることに気づく綾波レイ。それでいて、風の祝いを受けたように足下がぽんぽん、と弾む。
 
 
「それじゃ、やりましょうか。それとも、その前に着替えてきますか?」
明はとんでもなく長い刀を持っていた。自分の背丈より長い・・・・緩やかに反りのはいった2メーター超の。青磁色の鞘におさまった美しく妖しい刀剣だった。こんなもんが抜けるわけがない・・・・鞘に金字で「東方剣主・幻世簫海雨(げんせいしょうかいう)」とある。
 
 
「・・・・・・」
で、こっちに手渡されたのはふつうの練習刀である・・・・刃も潰してある・・・・
怖じ気づくわけじゃないが、こりゃあまりに不公平では?と綾波レイも思う。
それほどに向こうの刀は業物中の業物だった。ハッタリをかましていないのなら、東方剣主のその名は、東方で最も強い刀、ということになる。まさか本気?ハンドルを握ると急に人が変わる人間がいるが、こと武器をもつとその変身度は高くなる。明がその傾向がないとは誰も言えない。お付きの鼻羅は行ってしまったし。東方剣主の刀からは嵐の岬にたったような激しい殺気が見えない風雨となって叩きつけられる・・・・・
わずか十数秒の邂逅で、サウナ風呂に三十分もはいっていたような大汗が流れる。
 
明はそれでも綾波レイを解放しようとはしなかった。
 
「こっちを使ってみますか」
軽々と東方剣主を放ってよこす。綾波レイとしては背中から剣山地獄に突き落とされたに等しいが受け止めないわけにはいかない。犀でも斬れそうな2メーター超の化け物刀・・・・・・重い・・・・やはりこんなもん抜けるわけがない。
しゃらしゃらしゃらしゃら・・・・・・雨の音がする・・・・鞘から。自分の裡から。
 
「それが海の音に聞こえるようになれば、抜けますよ。・・・・じゃあ、いきましょうか」すうっと近寄って東方剣主を受け取ると明は出口に歩き出した。
「え・・・・どこへ」
声が掠れている綾波レイ。とんでもない体験だった。どんな刀でも扱えるはずだったのに。極意が通じぬものがある。それは道の終わり、道のはじまり。
惣流アスカのことも、碇シンジのことも、頭からすっとんでしまっていた。
 
 
「汗を流しに、ですよ。すこし、湯気をあてたほうがよいようです。心も、からだも」
そうして明に誘われて、綾波レイは本部内の浴場「ネルフ湯」へ。
 
 

 
 
「のぞいたら死刑っ!」
 
まるで「がきデカ」のようなことを言われた碇シンジは死刑にされては困るので惣流アスカの部屋をのぞかなかった。一応、葛城ミサトからは様子を見るように言われているのだが、部屋に籠もられてはしかたがない。・・・・・・のんきだと責められるだろうか。
 
それでも、碇シンジはそう言われてすこし、安心した。心配量はそのままとして。
惣流アスカが思ったより元気だったからだ。
 
なんせ原因不明の自然発火で(使徒の攻撃じゃあないらしい・・・怪奇現象Xファイル?ルビーを使用した特殊なレーザーライフルで狙撃されたのかも・・・とか。よく分からないし、そんなことはどうでもいい・・・肝心なのは)アスカの左手が大火傷になった。
一時は左手を切断するかもしれない、なんて言われたけど、なんとか治るらしい。
特殊な薬とかを埋め込んで、当分、左手が不自由らしいけれど。治療室から出てきて包帯を巻いて「待っててくれて・・・ありがと」いつものように強い笑顔を見せる惣流アスカに、碇シンジは自分の中にある自分専用の神社に一つの誓いをたてた。
 
 
おんなじ目にあわせるから
 
 
夜雲色の瞳からもひとすじ涙が流れた。葛城ミサトはそれを単なる安心と見たようだが。
それがどれだけ愚かな誓いか、サードチルドレンは知っていたせいかもしれない。
本懐を遂げることはない。自分が火だるまにされかけたことなど知らぬ少年は。
 
ショックのあまり治療室の引きこもりとか記憶喪失とかなるかと思ったけど、アスカは検査入院も拒否するくらいに元気が良かった。「とにかく家に帰りたい」と「こんなの本当になんでもない」と繰り返して早朝の帰宅になった。結局、薬が効いて帰ったとたんにばたんきゅーで眠り続けたけど。ここ一週間ばかりは16時間以上眠らせるのが一番いいらしい。バカボンのパパよりたくさん眠ることになる。火傷とは関係ないけど、疲労もたまっていただろうし。学校も休んでいいらしい。
食事の世話や薬、包帯の取り替えもあるので二、三日は休んでつき合うことにしよう。
碇シンジはそう決めた。
渚カヲルが消えた世界が激動を始めているようだが、宣言したとおりに惣流アスカを優先。
カヲル君に会うのもちょっと後回しになる。いささか心が痛むが、綾波さんに謝るのも。
 
 
むくり。
 
 
十六時間眠らぬうちに惣流アスカは昼頃目を覚ました。準備のいい碇シンジはお昼をこさえていた。トランプしながらでも食べられるというサンドイッチである。
「まだ寝てれば?」というべきか「おはよう、お昼があるよ」というべきか。
考えている碇シンジを後目に、惣流アスカは自分の部屋にこもってしまった。
「なにこれ・・・鍵がない!?・・・・いや、そうか・・・・そうだったわね」
碇シンジに匹敵するとぼけたことを言いつつ。それから、異邦人エイリアンチックな笑顔を浮かべて例の調子で覗き見を禁止したのだ。碇シンジはそう言えばその通りにする奴であることは「知っている」。万が一、その通りにしない場合は警告通りにしてやるだけ。
綾波レイが心配したとおりに。
 
 
「さて、と・・・・」
先に立ち上がったのはラングレーの方だった。アスカの方はまだ眠っている。
攻撃したのはラングレーで、それを防いだのはアスカの方なのだからどちらがダメージが深いか言うまでもない。そして、片方の手で机の上の端末を立ち上げる。
「多少、不便だけどあいつにやらせるわけにもいかないしね・・・・・」
それでもキータッチはしなやかで、目的の連絡完了まで2分とかからない。
ギルの中枢コンピューター「ルドラフ・ケムター」と「エァー」への外部接続。
少々、ここのマギにばれてもかまわない。これはギルチルドレンとしての正当の権利内だ。
それにやることは別にハッキングでもなんでもない、単なるメールを2通送るだけだ。
検閲不要・中身は分からぬようにして。宛はマイスター・カウフマンへ。一通。
時間は早いが、それは向こうの設定ミスだ。こちらが約定を破ったわけではない。
目覚めた以上、契約は果たしてもらう。やりたくもない眠り姫の役を何年も演じたのだ。
その代償として、約束の物を造ってもらう。世界に一丁しかない、「赤い銃」を。
それが欲しさに我慢してきたのだ。自分の身体を。茨のような退屈に。・・・そうだ、おまけとして赤い軍服もつけさそう・・・・。追伸カタカタ・・わすれるな、と
 
 
もう一通は・・・・こちらは多少の細工と警戒が必要になる。それはエァーにやらせる。
さすがに「子供・チルドレン」が勝手にエヴァ装備品の注文などをやればまずかろう。
ネルフにもなかなかの得物は揃っているが(なかにはアホっぽいのもあるが)・・・・
いい銃がない。銃文化のない日本ではムリもないか。そういうわけで、アメリカだ。
ラングレー御用達のガンスミスがいる。父親を爆死させたそいつへの注文だ。
弐号機専用の銃(ファントム・オブ・インフェルノ)を。