「それじゃ、行って・・・くるんだけど・・・」
葛城ミサトによる出陣の挨拶にしては歯切れが悪い。天気は文句のない快晴、ネルフ専用VTOL発着場。これより第二東京、28放置区域で行われれるJA連合の発足式に列席するため葛城ミサト、綾波レイ、黒羅羅・明暗が出発する。だが、これから自分の陣地を出立しようというのに、三人の表情は今ひとつ集中しきれず優れない。後顧の憂いがある顔だった。このまま行ってしまって、果たしていいものやら・・・・
 
 
「いってらっしゃーい」
送る方は元気で笑顔でにこにこと、子供のような無邪気さで手を振ってくれているのに。
ネルフスタッフの中で、そこだけ異彩を放っている。惣流アスカと碇シンジ。
二人の距離が近すぎる。包帯を巻いた左手で絡まる。いわゆるカップル腕組み状態で密接。
その絵だけ何も知らぬ人間が見れば、微笑ましいとしかいいようがない学園構図。
笑顔の美少女と、ほんのり赤面している少年と。だが、それこそが「後顧の憂い」。
 
仲良きことはいいことだけど・・・・・・これは異常・・・なのでは。
 
あの大火傷のショックのせいか、以降惣流アスカが異様なほどに碇シンジにベッタリと頼るようになった。甘える、といいかえてもいいかもしれない。今までのが家族的なそれだったものが、より一線を越えて、もっと近しいもの、もっと寄り添うものに態度がとろけているような気がする葛城ミサト。遠慮がなくなった、というより、アスカの方がポジティブにシンジ君の方へ近づくようになった、という感じだろうか。距離的にも、精神的にも。
左手の不便さでかなり苛つきがあるかとも思ったが、アプローチは普段とかわりない。
薬のせいで一日のかなりの部分を眠るはずが、アスカは平然と起きて日常を過ごした。
それでいて、傷の治りも・・・・医者の話によると気味の悪いくらいに順調らしい。
それでも、学校にはまだ行っていないので一日中、シンジ君と一緒になるわけだ。
重傷には違いないけどえらく調子がいい。洞木さんや鈴原くんたちがお見舞いに来てくれれば、嬉しげに談笑する。漏れ聞くその様子にすっかり安心して、この数日、JA連合対策に費やすことができた。少し、妙だな、と思ったのはアスカの話がやけに達者で、皆を魅了しつつ笑わせていたことだった。男の子を笑わせるような話もできたのか・・・・急に話のレパートリーが増えたような・・・一瞬、アスカの声をした別人が話しているような錯覚に囚われたが、それも元気になった安堵が消し去る。そんなバカな・・・・・と。
 
セカンドチルドレン・・・・・明暗のような分かりやすぎる実物を見ているだけに、それにアタマがいかないわけではなかった。が、別にムチをもって碇シンジをしばきつつ奴隷労働させとるわけではなく、好意的かつうち解けているところにそれ方面で口出しするのは同居している人間として憚れた。二重人格だからってジキルとハイドとは限らない。
明暗のような分かり易すぎる実物をみているだけに、アタマがいかなかったのだ。
その、取り扱い激注意の危険性について。特に、セカンド以降のチルドレンが他のチルドレンに及ぼす影響というものについて。チルドレンはチルドレンを知る。常人とはまるで異なったアプローチが可能なのだから。自分に埋め込まれた「鍵」を他の子供に使ってみる・・・それは独特の好奇心かもしれないし、同種の友人を求める寂しさかもしれない。
封鎖されていた人格の更新・・・・・血の水底で眠っているキミに会う
チルドレン=エヴァのパイロット。その認識は偏り、間違っている。渚理論を読み解ける唯一の人材が天上に上がってしまった現在、認識の代償は誰が支払うことになるか。
そこまで女神でもない葛城ミサトに理解せい、というのはあまりに酷だろうが。
まさか、惣流アスカの約束された第二人格、ラングレーが、サードチルドレン・碇シンジ相手に「黒ひげ危機一髪」よろしく、「第三人格引きずりだしゲーム」に興じているなどと夢にも思わない。それと平行して、未だに「アスカの左手はなんで燃えたんだろう」などとつまらないことを忘れない碇シンジ相手に「犯人は誰でしょうゲーム」をやっているともいえる。また、己の裡にあるアスカ相手にも「家族奪い取りゲーム」を挑んでいるともいえる。全ては今のところ静かな、望まれない戦況で覚醒してしまったラングレーの退屈しのぎの暇潰し。これに飽きれば他の人間にも・・・・綾波レイや黒羅羅明暗、葛城ミサトや赤木リツコ博士にもゲームを仕掛けることになるだろう。または、碇シンジと惣流アスカがラングレーのゲームに負けてしまえば。炎は壱秒たりとて大人しくしていられない。
薬が効いて強制的な眠りに陥り、惣流アスカはほとんど起きていられない。その間、ラングレーは元気で好き放題やれるのだ。睡眠時間をアスカの時間に割り振っているのだから出る幕はない。ゲームは特に、時間制限があるのが面白い。その分だけテクニックや智恵を使う。だから、ラングレーは時間制限を決めた。とりあえず、今回の葛城ミサト連中の出張がチャンス。その間に、碇シンジを「陥落させる」!。オトす!!、ともいう。
一晩もあれば十分だろう・・・・・・ふたりの火夜・・・・・そのとぼけた仮面を燃やしてあげる
帰った来た時には、”本当の”サードチルドレンとご対面だ。ふふふ、楽しみ。
 
早く行ってしまえ。とりえあず、これからの予定は・・・・ぎゅっと碇シンジの腕をさらに自分の十四のわりにはかなり豊かな胸に抱き寄せるラングレー。顔は無邪気なのだからまさに悪魔。
火薬庫で花火大会、どころか原発で銃撃戦をやるのとえらく変わらない、
世界で最も危険なデートをしようというのだ。
 
笑顔で送られるからこそ、葛城ミサトはその事態の異常性を思い知った。
強い信頼から来る明るさ、というより。まるで、邪魔者が去るような晴れやかさ。
そりゃ、この場面、状況で思い切り不安そうな顔されてもまた困るわけだが・・・・
なんか、姑になったよおな気分じゃのう、加持爺さんや・・・・じゃねえっっ!!
明らかにおかしい。アスカなら、強がりつつもかなり心配げな顔をするはずだ。なんせ向こうでは「何が起こるか分からない」のだから。たとえば、人生をガツンと一発教えられたり。異議あり・・っていうか異議しかなし!!証人、いやさ見送り人は嘘ついてます!
 
しかし、この場に裁判長はいない。そもそも仲の良いことは、罪ではない、のだから。
なんなのだろう、あの楽天的な笑顔は・・・・まるで、何が起ころうと自分の知ったことではない、というような。そりゃ、心配してくれ、なんて言わないし、こっちは心配無用天地無用、と言わねばならない立場なのだが。それでも。強い違和感がある。
 
 
「気づいているか?」
明暗が綾波レイにだけ聞こえる特別の裏声で問う。
あの、なんの脈絡もなく碇シンジの魅力に目覚めたらしく、それとなればさっさと周囲の「公認度」を高める疾風怒濤の行動に出ている惣流アスカが誰なのか。
 
「ええ・・・・・・」
シリアス極まりない、それでいて明暗にしか聞こえない声で答える綾波レイ。
あれは・・・・
 
「・・・シンジの方じゃないぞ。アスカの方だぞ」
 
「え?・・・・ええ・・・・」
 
「そんなにドリルみたいに見つめたらシンジの顔に穴があくぞ。・・・・にしても、余裕だな。しかし、このまま放っておいていいのか?あいつの血には本場の魔女のそれが混じってる・・・・。戻ってみたら、シンジの奴、とんでもねえことになってるかもしれねえぞ。
なんなら急な腹痛とかでキャンセルしてもいいんだぞ。もともと葛城の姉貴はお前の同行に気が乗ってねえんだし。
どうせこの先の仕事は参号機向けだからな」
 
「・・・・・あなたの考えているようなことは、葛城三佐はしない」
綾波レイは静かにこたえた。とりあえず、碇シンジから視線を外して明暗を見上げた。
 
「JA連合に”使徒”の汚名なり嫌疑なりをかけて、スクラップにする・・・・
特務機関ネルフにしてみればそれが一番手っ取り早くて簡単で確実なやり方だろうが。
強襲型の参号機が選ばれるわけだ。
あの立場にありながら、それを決断出来ない奴は無能といわれても仕方がない」
これ全て一言一句楽しげに明暗は言う。
「とりあえず、それでJTフィールドの拡散は防ぐことが出来る・・・・それに手を出すのは割りに合わない、と知らしめればいいわけだからな」
 
「双方向ATフィールドは・・・・・相手に・・・奪われることはない・・・?」
 
「また視線が向こうむいてるぜ・・・・そんなに気になるなら・・・」
 
「別に・・・・関係、ないもの。・・・・・それで」
 
「声が殺気を帯びてるぜ・・・。まあ、試してないからなんともいえないが、おそらくオレたちのには黒妖壁、白牢壁には通じないだろうな。あんな煙、かわしてやればすむことだ。何より、奪われたものはすぐに奪いかえせばいい・・・・そうだろ?」
あれば便利だが、それで戦闘の雌雄を決することはできない・・・・それだけの代物だ。
トロくさい機械なんぞに人間相手に何が出来るか・・・・明暗は智恵をもつ年経た狼のようにニタリとした。
 
「碇君のことも同じこと・・・・・いくわ」
そう明確に意志を表明しておかないと、なにかとお節介でしかも強い力を持つ明暗はすぐ勝手なことをしてしまいそうだし、するだろう。綾波レイは反論に決然とつけ加えて。
ただ、その反論は短い上に整理されていない意思が表立って、まるで碇シンジの所有権を主張しているようにも聞こえた。それは、あくまで、セカンドのセカンドによりセカンドためのセカンドステージに連れて行かれたとしても、もとのファーストステージに引き戻してみせる・・・ということなのだ。あくまで。私情なく。サッカーでいえばJ2に転落したからといって、応援をやめるわけもない、ということだ。
まさか、そのセカンドがサードステージの扉を開けるとまでは考えの及びもつかなかったが。
「ふーむ・・・・・」
明暗には大量の人間の上に立つだけに、躊躇というものがない。黙っていれば急な腹痛を起こす秘孔でも突かれそうだ。
 
とにかく、碇シンジと惣流アスカ・・・・あの二人の様子を見ていれば、留守の間、焼き殺される、ということはあるまい・・・・左手を負傷した彼女は世話焼き人間を必要としているし、それには好意的であり、生活に慣れた人間が適役であろう、つまりは碇シンジ。
 
惣流アスカの第二人格が、本当に碇シンジに恋してしまった、ということはあるのか?
腕を組んだ二人の姿に唖然としつつ不思議に思う。別人格が違った好みをもつ、ということはよくある。というか、それでこそ別人格の別人格たる由縁。碇シンジが第二人格の好みのプロ初打席投手投げ損ねストライクゾーン直球ど真ん中満塁さよならホームラン、ということはあり得る。惣流アスカが「こしひかり」であるなら、第二人格が「ひとめぼれ」ということはあり得る。第二人格がいつ目覚めたのか分からないが、卵から孵ったばかりのひなが初めて見たものを親だと思うように、何かと近くにいる碇シンジを「初めて」見て、ラブひな、ひなラブ、まあ、どっちでもよいが、になってしまった可能性もあり得る。
 
ラングレーのことをよく知る黒羅羅・明暗はその可能性がゼロに近いことを知っている。
そんな可愛げのあるやつではない、と。悪魔がアルトリコーダーを吹いてるようなもの。
何を考えてそんな行動に出ているのか・・・・サードチルドレンへの調査、探りを入れているのだろう、戦乙女が死に損ないの勇者をその容姿と種族維持本能を刺激された恋心の発動を利用して人格と能力の鉱脈を調べるように、そんなとこだろ、とあたりをつけている。自分の周囲が負け戦で荒廃していないと気が済まない性分なのだ。
明と暗、黒と白、混じりけのない両性、雌雄をもつ黒羅羅明暗の眼力。
「呪恋擬態」・・・・・お子さまのシンジなどひとたまりもなかろう。
 
綾波レイとしても。
正直、ああいう状態に陥った二人のあいだに、領域に踏み込んでまで、どうこうしようという気力が湧いてこない。実効的なことをいうならば、二人を隔離しておくべきだ。二人きりのあいだ、突発的にパイロキネシスが暴発するかもしれない・・・・その可能性はむろんある。骨も灰も残さずに。その姿・・・・ユイおかあさんの面影すらも消えてしまう・・・それを考えると、たまらなくなる・・・・・胸が、切なくなる・・・・
 
なにか、いっておこうか、
なにか、やっておこうか、
 
ええと・・・・・たとえば
たとえば・・・・・・・・
 
気はあせるが、やりなれていないことは、とっさにできるものではない。
そんな綾波レイの心境を見抜いたのか、ラングレーが誰にも見えぬようにかすかにほくそ笑む。唇がゆがむ。「ぐずのろ」。それを見逃さない明暗が、ポケットから指弾を食らわしそうになったとき。
 
「はやく帰ってきてね、綾波さん」
 
碇シンジの言葉が。これまた無邪気に。しかし、現場の空気は固マってしまう。微妙だ。
いい方が微妙なのだ。たとえるなら、ボーリングでヘロヘロ玉のくせにあちこちよろけてガーダーしかけてストライクとるようなタマ。もし、芝居でこのセリフを言うのなら役者さんはそうとう苦慮しそうな響き。確かに綾波レイに呼びかけたはずなのだが、それが、「母さん」と言っているようでもあり、「あなた」と言っているようでもあるのだ・・・。
もちろん、惣流アスカという美少女の胸に片腕を埋めつつ言うのだからそれも考慮せねばなるまい・・・・・というわけで、現場の空気はゴマ豆腐のように、またはピーナッツ豆腐のように固まった。微妙な固形化。
異議あり!!・・・っていうか、異議しかなしっ!!という顔を綾波レイと黒羅羅明暗をのぞいたその場にいる全員がしたっ!にもかかわらず。
 
「怪我せずに帰ってきてくださいね、ミサトさん、明暗さん」
 
これは、別に怪我さえしなければ、そのためには百万光年の回り道も許可しますよ、ということではむろんない。もちろん、これも碇シンジのまじめな、祈りだ。
 
「あ、うん・・・・・それじゃ、行ってくるから。二人とも風邪とかひかないように。海藻や根の野菜も食べないといけないわよ・・・・って何いってんのかしら・・・・・」
 
「いってらっしゃい♪」
フラダンスをする南国の昼下がりの椰子の木のように手をふる碇シンジ。
これからハンモックで昼寝でも始めそうな笑顔だった。ここまで信頼されてもなあ・・・特に、君に。葛城ミサトは苦笑する。けれど、それで意気は晴れた。よし!!
どっかおかしなアスカと、いまのところはヒマな第参新東京市、任せたわよ!異議は認めません!!判決!!
 
「行ってきます!頼んだわよ!」木槌の代わりに葛城ミサト・サムズ・アップ。
その隣で「・・この野郎、リンボーダンスの刑に処す!決定!」という顔のラングレー。
 
と、いうわけで、風雲急を告げる第二東京へ出発した葛城ミサト一行であった。
後ろ髪を多少はひかれつつ。
 
 

 
「困ったことだが、手は貸さぬよ、時田君」
 
U・R・U総裁夫妻の穏やかだがカサカサに乾いた声が会議を締めくくった。知れきった結論であった。JA連合の結束度を再確認したようなものだ。JA連合とは、真・JAを頂点とするロボット戦闘組織でもなんでもなく、JTフィールドの販売供給組織でしかない、ということを。互助会ですらないことを改めて思い知らせる。目の周りのアザが消えないレプレ代表の姿を見ても、電気騎士団リチャード・ポンプマンの熱い演説を聞いても。
その他の帝都財団、小型化研究所、U・R・Uの反応は真空管のように鈍い。
 
「この件は、時田会長、貴方に一任しますわ・・・・式のプログラムも以前の打ち合わせ通りで構わいませんし・・・楽しい見せ物ができて・・・ほほほ・・・楽しみねえ、ラディウス」
総裁夫妻のところには席が三つ用意されている。その真ん中には「ラディウス」という夫妻の息子であるところの「人形」、動きもしなければ話もしない純正の人形、が座らされていた。会議中、何度も総裁夫妻はこの息子人形の方を見る。もちろん、この「息子」に向かって「その人形」というのは禁句中の禁句であることを、列席者全てが弁えている。
トップである総裁夫妻が病んでいるのだから、U・R・Uの人間は皆、元気がないわけだ。
 
 
連合会長である時田氏は発足イベントの最終確認を行うはずだった会議上でレプレツェンとマッドダイアモンド・・・・連合への強制加入を力づくで迫るMJ−301の件を最初の議題にもってこざるを得なかった。だが、会議は紛糾することもなく、あっさりと片づいた。別に、MJー301のような脅迫組織が連合加入しようと彼等は一向に構わないらしい。代価を支払い、時田氏の定めた面倒極まる条件を守る、というならあとのことはどうでもいいらしい。時田氏にすれば、責められる事がない分、助かるといえるが。
これは、今回エリックがマッドダイアモンドを退ければすむ、という話ではない。連合の今後のことを考えれば大揉めに揉めるはずの話であった。
鉄腕アトムやキカイダーがこの場にいれば、なんと言っただろう・・・・時田氏は思った。「楽しい見せ物」・・・・・電気騎士エリックと脅迫ロボ・マッドダイアモンドの決闘がそうと言えるのか。どういう神経してるんだ・・・・時田氏はラディウスの古ぼけてとれかけたボタンの目玉を見た。
 
「勝てるんですか?」
龍宮シンイチロウ氏・・・一応経済博士号を持っているらしいが、この場で博士と呼ぶには似つかわしくない・・・・ロボット製作には関わりのない、三十代、この若さで帝都財団の金銭面を取り仕切っている病的に頬のこけている鉛色の顔色で今にもくたばりそう・・・・が皮肉な笑みを浮かべた。総裁が結論を出した後に聞くことはあるまい・・・時田氏はこの男があまり好きでない、というか嫌いだった。社長であるから時田氏も相応に計算高いから、それゆえではない。この男の目の奥にある暗い輝き・・・・貴様ら全員不幸になってしまえ・・・、というような自暴自棄光が気に喰わなかった。それで気に入る人間もおらんだろうが。自暴自棄で計算高い・・・・両輪にするにはあまりに食い違ったふたつを無理矢理に回転させようとする軋みを耳にして不快いなのだ。・・・・不幸な若造め・・・・
 
それを輪にかけているのが、隣の龍宮ユカリだ。大学天則を設計したのは二十代半ばのこの娘・・・・博士号もなければ工学系の大学にも通っていない、そして、時田氏の見たところ、独学さえしていない・・・・。そして、カムフラージュでもなんでもなく、確かに大学天則を設計したのは彼女だというのだから・・・・。白衣ではなく、大正時代の女子学生のような袴姿・・・・その目はこの世の、もちろん、この会議の中身など耳にも届いておらず、なにものも見ていない・・・かろうじて、兄の言葉だけが耳に届く・・・会議中、何度も兄のシンイチロウが窘めなければ、まともに席に座っていることもできまい。今は机に広げた大きなスケッチブックに、絵とも文字とも知れない得体の知れないものを書いている・・・ときたま兄の袖を引き、感想を求めていた・・・・その中に数式や化学式のようなものも見受けられた・・・・心も、その肉体の中にないのだろう・・・・
時々、同じく机の上に置いたもってきたあられや金平糖をぽりぽりと。その音が。
もし、この妹がいなかったら、龍宮シンイチロウ氏はとっくのとうに自殺しているのではないか・・・・そんな不吉不謹慎極まることを誰しも感じてしまう兄妹だった。
 
「アメリカの銀行にいる友人に探ってもらったのですがね・・・・・あのマッドダイアモンドというのはあくまで、”前座”だそうですよ・・・・それに、連合の加入前ならば、騎士殿の戦闘意欲を削ぐためにロボット内部に操縦者を配置させてあってもおかしくは、ありませんね・・・・一杯食わされた可能性はないでしょうね・・・ビジネスの常道ですが?」
 
「なにいっっ!!?」
 
 
その「お前もお前も不幸になれ」系の皮肉の視線はリチャード・ポンプマンから時田氏へ向けられて停止する。見られているだけで不健康になりそうだが、その情報は栄養満点。
だとしたら、真田女史の意気込んでいる騎士エリック必勝作戦は根底から変更を迫られる。奥深い脅迫手段に翻弄される時田氏とリチャード・ポンプマン、それを黙って観戦するだけの連合メンバーは果たして騎士エリックを勝利させられるのか?
 
同時刻、会議を欠席した英国電気騎士団・団長より騎士度では負けても理性度では負けない副団長、トム・アーミッドは彼等の偉大なる母国である女王陛下の国、英国へ魔法使いに国際電話をかけていた。本人、ブチち切れているが、回線はつながっている。
「・・・・だから今回くらい助力してくれてもいいだろう!!こっちがなんべんお前たちを助けてやったと思ってるんだ!だいたい、”あのアタマでっかち”が毎回こっちの足を引っ張らなきゃ使徒なんぞにエリックは負けなかったんだ!武器の威力を増す、とかなんとかいってエクスカリバーをテニスラケットに変えちまったこともあった!転んで電源ケーブルを引っこ抜いて動けなくなったところを何度フォローしてやった?遠くまで飛んでいっちまって泣きべそかいてるところを背負ってロンドンまで連れて帰ったのはどこの騎士団だ?それから新聞社に手を回して悪いところは全部こっちにまわしてきやがって!団長が底抜けのお人好しなのをいいことに!!八連敗?なんでオレたちがそれを全部引き受けてやんなきゃいけない?不公平にもほどがあるぞ!!これを断るならそれでかまわない、ロンドンに戻ったら騎士団全員で討ち入りにいって大切な本と時計を全部焼いてやるからな!!!・・・・・・はあーはあー・・・・ようやく分かってくれましたか、マーリンズ。さすがは英国一の魔法使い・・・・”なんとかしてください、その偉大な魔法の力で”」
 
 
ムリ、だろうか・・・・・・
この場に鉄腕アトムがいたら、なんと言うだろうか・・・・