葛城ミサトたちを見送り・・・・・・
 
 
「さて、行ったわね」
惣流アスカの顔をしたラングレーはいよいよ行動にいよいよ移ることにした。
綾波レイ、黒羅羅明暗、葛城ミサト、おじゃま虫三点セットがいなくなった。
これでなんの邪魔者もなし。あえて言うなら碇ゲンドウもそうであろうがどうせ不在だ。
まさに天から降ってきたような大チャンスであった。これをモノにできなければラングレーの名が廃る。神がやれ、と第三人格の扉を開けよ、と命じているようなものだった。
 
 
たぶん、これは運命なのだ。
 
 
この時期に約束された第二人格であった自分がこの退屈な人類優勢の時に覚醒し、サードチルドレンと二人きりになる、というのは。
願わくば、せっかく扉を開けて出てきた別人格が退屈なヤツでないように。
 
 
はっきりいって、現況の碇シンジはラングレーの好みではなかった。ほど遠かった。
そもそも、日本人という点でもう大幅マイナスであった。100メートル短距離走においてスタートで転倒するくらいのハンデであったし、碇ゲンドウという未来予想図がある・・・それを考慮すると、そのコースだけ障害物を配置しているようなもので、とてもとても最速の一等賞にはなれっこない。奇跡でもおきない限り。
 
 
だが、そのラングレーとて碇シンジの美点を認めないわけでもなかった。
情愛がないだけに公平なモノの見方をするし、それができるのだった。
エヴァ初号機に搭乗し戦闘し負けを知らぬという点はまさに問答無用であったし、こっちの言うことは聞いてくれるし、年齢と性別を考えるとその家事の腕前も悪くはない。自分の面倒を見れぬ奴は戦場で戦えない、戦士ではない。数回の入院歴があるようだが、戦闘拒否もなく戦線に必ず復帰している。なんだかんだと逃げたことがない。
 
 
なるほど、大幅なハンデを乗り越えて、アスカが気に入るわけだ。特性としてこやつらは「防御型」であり、人や都市を守ることに命をかけ歯を食いしばり堪え力をそそぐ。
そういった共通認識がこやつらを結びつけているといえる。
 
 
だが、守ってばかりで戦に勝利はない。バカどもめ。一つ二つの都市を守護するだけでなんの満足か。相手を根こそぎ絶滅させてやる気力なくして勝利は掴めぬ。来襲し続ける敵を永遠に撃退し続ける気か・・・・愚か者ども。もっと大きな戦をやる必要がある。
こそこそと裏で蠢動する闇の切れっ端でつくった紙人形どもを表舞台にあげて派手に。
 
 
正式型であるエヴァ弐号機こそ真のエヴァ。これで収集されるデータ、得られる勝利こそ真の福音。終末だけを暗示する黙示録を改竄する字印になろう。紅の礎だ。
 
 
これで遠征に連れていける気性であったなら・・・・都市を離れて世界で戦を続ける・・・攻めて攻めて攻めまくり、勝つまで戦い続ける・・・・終わる日まで。
腹心になれる資格はある。ラングレー第一、とはいわなぬが第二の部下くらいは。
けれど、こいつはこの都市から離れはしないだろう、自分が命じても誘っても呼んでも。
 
そして、このまま傍にいても退屈で・・・・・なんの変化もない。だろう。覇気がない。
去勢されてるんじゃなかろうか。このときおり感じさせる、女のような風情は。
つまり、荒々しさが足りぬので、飼い慣らす楽しみがない・・・・・
 
 
なにより、災厄の匂いがない。
ラングレーはことにその匂いを好む。人格の善悪はさして問題にしない。
不幸な人間が好きなのだ。災厄を招き、災厄に踊る、一秒たりとて目を離しておけない、退屈な平穏をくびり殺す、油断のならない、そういう人間こそ自分にはふさわしい。
それで世界で二番目くらいに強ければ言うことはない。
 
 
ひどく簡単に要約すると、「アクション映画の主人公」みたいなのだったらいい、ということであった。「西部劇系」ならさらによし。つまり、非家庭的・ハードラック系。そんなのがこの世に実在すればいいのだが。
 
 
碇シンジ、こいつは幸せそうな顔をしている・・・だから、興味がない。
確かに、幸せそうなアクション映画の主人公はいないし、幸せな顔でアクションこなしていたら、それは別の映画になってしまう。また、女に弱いのもいけない、が・・・・。
 
ま、自分にメロメロになるのは仕方がない、としてだけど。それは勘弁しよう。
なんせ、自信家のラングレーである。自分が勝負の場に立てば必ず勝つと思っている。
碇シンジをこの魅力で籠絡するなどちょろいちょろい。イチコロだと。というより、この魅力の虜にならない奴は不感症である!と断言する。美を感じる能力がないのだ。
 
 
しかし、ラングレーは肝心なことを忘れていた。
女性の肉体における美と魅力をうんぬん・・・・というなら、碇シンジは葛城ミサトにとっくに骨抜きにされているはずなのだ。年齢制限を考えねばならないこともあるまい。
赤木リツコ博士の家にしばらく居たことも考えると・・・・おまけに伊吹マヤという中間層も微妙な位置にいる。
美人は三日天下、三日見れば飽きる、という格言もある。
 
 
それは抑圧されているだけ、解放の誘い水をむけてやれば、本性むき出しにするに決まっている、とラングレーはせせら笑うことだろう。なんせ今夜は二人だけなのだから。
 
 
「さて、シンジ。これからどこ行こうか♪」
 
とてもじゃないが、「元気なら学校にいこう」などと男なら口が裂けても言えない。
それくらいの虹のような笑顔、レインボースマイル。これを消し去るくらいなら、機関銃もって気象庁にダッシュで討ち入りをかけるだろう。その後はインドで修行。今さらあとへはひけないぞ。だから、ゆくのだ。あなたのいないきれいな虹がだいきらい。
 
それに、これは碇シンジの方から誘ったこと。
家にこもってばかりだとなんだから、今日は少し気晴らしに遊んでこよう、と。
どういうわけだか、この日、碇シンジは葛城ミサトのあずかり知らない、けっこうな金額を所持していた。
気張っちゃって・・・・かわいいもんだ、とラングレーは金貨の音まで聞こえて上機嫌。てくてく歩く貧乏なデートなぞ願い下げなのだ。リムジンとはいわんがまあ、タクシーを足代わりにする程度にゴージャスにいきたいな。ある意味、脳天気なラングレーである。
 
 
平日に中学生が堂々とデートなぞ誉められたものではないが、咎める大人はいない。
多少の一般常識は惣流アスカの左手の包帯の前に口を閉ざされる。
 
あれは・・・・
 
「狙撃」された、というのがネルフ本部での大方の意見であり、状況から常識で推測して判断すればそれくらいしか思い浮かばない。まさか惣流アスカの第二人格が碇シンジに挨拶かわりの念炎を放射したのをあやうく惣流アスカ当人がそれを防いだ、などと分かるはずもない。本人が告白でもすれば別だが、とうぶん真相は闇の中。
惣流アスカが碇シンジ相手にベタベタしだしたのも、狙撃の恐怖、その反動ではないかと・・・というのが大方の見方であり、まさかいきなり・・こんなに近くにいたのにどうして気づかなかったの?恋ってミラクル!的に魅力再確認、惚れた・・・などという話を信じる者は大人じゃんであるところのネルフ職員には誰もいない。謎は解明された。
また、解明されたゆえにチルドレンの登校を止めさせる方がよかろう、という至極まっともな意見も出始めた。これは明暗の例もあり、大卒並の学力をもつチルドレンにその必要もなかろうし、護衛の面やらなんやら考えると面倒が多すぎるし、学校いかなくとも立派に生きていけるし死にはしない、という実にまっともな意見である。
 
それに、ラングレーとしても学校なんぞ行く気は全くなかった。完璧なし。時間の無駄。
バカバカしくてやっていられない。勉学なんぞ自分一人で十分出来る。
左手さえ完治すれば、弐号機と共にネルフ本部で寝食してもいいくらいだった。とりあえず組織を完全に把握することから始めよう・・・・・子供と遊んでいるヒマなんぞない。
ラングレーは何かと対決や勝負を好む性癖があるが、勤勉であり、力を蓄えることが大好きときている。使徒が来ようと来まいと、ラングレーはとにかく戦うし、戦いを始める。
それが第一であり、世界は激動しているのだ。
たかが学校のことなど・・・・・ラングレーにしてみれば、眼中どころか、睫毛にひっかかる藁くずのようなもんであった。保護にも値しない灰色によごれた小鳥の巣箱。その中でもぞもぞ群れている子供も同様だ。
 
 
 
ところが、ぎっちょん。
 
 
 
その「たかが学校」のせいでラングレーは世にも恐ろしい目にあわされるのであった。
 
これから。
 
この、今腕組んでる南の風が吹いてるよーなノンキ顔をしている碇シンジによって。
 
 
おんなじめにあわせるから
 
 
その誓いを発動させ、目にものを見せることになる。
 
 
 
「うーん、最後には海を見にいくことになるんだけど・・・・・アスカの水着は見られないねえ」
「ねぇ・・・・やっぱり、見たいの?」
用心深いラングレーは聞き流したわけではないが、後半のセリフに気を取られすぎて、碇シンジごときの真意が見抜けなかったのがラングレーの敗因と言えるだろうか。
この時点で既に勝負は決していた。
まさか、碇シンジが自分に”あそこまでひどいこと”をするなんて予想だにしなかった。
あまりのショックで、葛城ミサトの頼みでなんと今晩泊まりにきた赤木リツコ博士の膝元で火がついたように大泣きに泣いてしまうのだった。
 
 

 
 
 
さて、話は数日前に遡って碇シンジのアタマの中。
 
 
「こっくりさんがいいかなあ」
 
いろいろと考えて結論を出したため、脳の中でそれが大文字となって浮かび上がる。
ここに至る思考を語るとキリがなくなるのでやめておく。数学の試験じゃあるまいし、要は命題と解答さえあればいいのだ。で、解答が「こっくりさん」である。
で、命題は「惣流アスカを再び、穏当に、学校に行かせるにはどうしたらよいか」であった。
              
学校と言うところは、突如、火の気のない教室内で左手が燃え上がったという怪奇現象に襲われた少女の行きやすいところではない。そんなもんは、埋もれ木真吾、悪魔くんの通う見えない学校くらいのものであろう。いかんせん、碇シンジの通う中学は目に見える普通の学校であった。エヴァのパイロット、チルドレンが通うとはいえ、その点は普通だ。
笑ってすませてもらえないのだ。
「やや、理科室でもない教室でいきなり手が燃え上がっちゃったのカイ?それは大変だったネエ、ま、そういうこともあるかも、ダヨ」
では、すまんわけなのだった。
 
そして、怪奇現象、ということではなく、もっと散文的にあれは「物理的手段・狙撃」ということにされてもまた、笑ってこらえてもらえない。それはそうだ、身に危険が迫るのだから。同じ教室にいて狙いがそれて頭を撃ち抜かれてはたまらない。そりゃそうだ。
だが、間近で見ている者はそれでは納得できない、奇妙な力の炸裂を感じている。
言葉にはできないけれど、なにか、見えないなにかが、あの場所で破裂した、というような。中学生だけあって感性は鋭い。説明の出来ない怪奇現象、であるとした方が真実に近いことを肌で感じている。一瞬の炎。スプリンクラーによる強烈な水幕で記憶があやふやになっても、それだけは忘れようがない。そして、惣流アスカの奇妙なアクション。
何があったのか・・・・・本当のことを知りたい・・・・真面目な洞木ヒカリなどはそう願ったが、肝心要の碇シンジはその点、いい加減であった。本当のことなどどうでもいい。
 
 
アスカにこんなことしただれかには、おんなじめにあってもらう。
 
そのことと。
 
こんなことになった惣流アスカのフォロー、
 
これである。
 
フォワードとバックアップは一心同体。助けないと。あんな驚きの怪奇現象を起こしたからには周りからどんな目で見られることになるか・・・・だいたい見当がつく。僕が盾になる。盾があちこち動くわけにはいかないから、アスカの前に立たなくちゃいけない。しばらく。アスカを優先する。
今までの、元気に学校行っていたような、アスカに戻ってもらう。もらわないといけない。
 
 
惣流アスカを学校に行かせる・・・・・
 
この一件について世界で一番誰より真剣に考えているのは碇シンジである。
行って白い目で見られたりひそひそ噂されたり怖がられたりされないような形で。
天香穏和であることを。瑞気集門、恵まれた風がアスカの明日に吹くことを。
これは誰にも相談せずに碇シンジが自分一人で考えた。とりあえずたたき台を造るのは自分の仕事で、友人たちに相談するのはそれからだ、と。
対症療法をするのか、根治療法に切り替えるか、その判断もしないといけない。
それもないうちから「アスカがこの頃変なんだけど、どうしたらいい?」などと聞けない。
身内と友人の境界線を碇シンジはわきまえていた。また。
「へー、どないな感じに変なんや?」と鈴原トウジあたりに問われて、「お風呂に入っている時に、”左手が使えないから、背中を洗ってくれ”って言われた」などと答えるハメになっても困るからである。思い切り本題から逸れてしまうのは分かり切っている。
詳しく言うと、それは碇シンジが風呂に入っているときに、大して広くもない風呂場だ、そこにタオルを巻きつけただけの惣流アスカが入ってきて、そう言った、ということであり、この先一体どうなったのか、男子も女子もオバタリ現象を起こして主婦の好奇心を発揮して根ほり葉ほり聞かれるに決まっている。
じゃあ、それは避けて言わなければいい、他の例を挙げればよかろ、ということにもならない。惣流アスカの異変とは、だいたいにおいて”そのよおなこと”であるからだ。
言葉はわるいが、”発情的”といってもいい。
葛城ミサトのいう積極的アプローチ、とはあくまで碇シンジの自制心あってのこと。
「アスカを心おきなく学校にいかせる」ことと執念深く「犯人をおなじめにあわせる」ことで頭を悩ませている若きシンジ碇であるからこそ、そのよおな雰囲気にならずに、いわゆるひとつの劣情の波にさらわれたり流されたりせずにすんでいるのだ。
 
いまいち、二人の波長があわないせいで、事件にならないですんだわけだ。幸運なことに。
サードチルドレンとセカンドチルドレンの第?種接近・・・・それは業界を震撼させる大ニュースであるに違いない・・・。
 
せいじん(あえてこの部分ひらがな)になるための試練をくぐり抜け、碇シンジが考えついたのが、冒頭の「こっくりさん」であった。だいたい、碇シンジが思いつきを実行すると不幸になる人間が出るようになっている。なぜか。この場合はラングレーがそう。
 
 
火の気のない教室でいきなり惣流アスカの腕が燃え上がったのは、「こっくりさんのたたり」である・・・・そういうことにしよう、と。碇シンジは勝手に決めた。
 
とりあえず、あれは「怪奇な霊現象」であり、炎は「キツネ火」である、と。
 
たまたま放課後、調子こいて皆が止めるのも聞かずに「こっくりさん」を行うアスカ・・・・やり方も礼儀も知らないアスカはこっくりさんを怒らせて取り憑かれてしまう。
 
 
多分に日向マコトから借りた「うしろの百太郎」「カルラ舞う」の影響がある発想だった。
 
事情を”たまたま”知っていたシンジ君は(自分で言うとりゃ世話ないが)、ネルフの人たちに理由を説明するが”大人は分かってくれない”し、”非科学的”だと一笑に付される。そんなことを言ってると”エヴァに乗れなくなるよ”とまで言われショックを受ける。
困り果てたシンジ君はこれまた”たまたま”知り合っていた有名な御祓い師に保護者である葛城ミサトさんに黙ってアスカの御祓いを依頼しようとする・・・・・のだけど、お金がない・・・・知り合いであるからサービス価格にはしてくれるのだけど、葛城ミサトさんに黙ってはそう大金は引き出せない・・・・まったくもって困った碇シンジ君は、皆から”カンパ”をお願いすることにした・・・・・アスカから「こっくりさん」を御祓いしてもらうために。
 
 
インチキ度300%を超えてまだ上昇中・・・・・
 
 
皆からのカンパまで計算に入れているあたり、これはペテンの類に入る。
実のところは皆、恐れて出来ることなら目をそらして誤魔化して忘れてしまおう、としていた事件をえぐり出してこんなペテンにかけようというのだ。
これを買い物と称してラングレーの腕と胸から抜け出してきた碇シンジにモスラバーガーにて召集され最初に聞いた鈴原トウジらいつものメンバーも呆れてものがいえない。
この場に綾波レイがいないことがせめてもの救いか・・・・にしても
 
とても承服、首をこっくりできたような話ではない。
 
「こないな形でサラシもんになってよう我慢出来るヤツとは思われへんけどな・・・・」
ふざけて言っているなら殴り飛ばしているところだが、碇シンジは大まじめなのだ。
多少しばらくは居心地の悪い思いをしても、人の噂は七十五日だし・・・洞木ヒカリや山岸マユミはそう言う。
「皆からお金をとるってことは、皆に冷静な判断をしてもらうってことだけど・・・・・」
霧島マナがその本質を分析して見せた。学校というのは皆のいるところなのだから。彼等に認めてもらわなければいけない。ギクシャクせず、しっくりしてもらわないといけない。痼りや疑惑の残ったじめっとした所にアスカさんを着地させたくないみたいだけど、シンジ君は。
過保護だな。
ぎくしゃくした笑顔でも、構わないじゃない・・・・少なくとも、わたしは・・・・
炎の炸裂する間近にいた霧島マナにはまだ震えと怯えがある。カンが鋭いだけに受け取る恐怖量も多かった。何より、あの一幕の”真実”を本質的に見抜いていたゆえに。
一歩、間違えたらシンジ君・・・・・キミが燃えていたんだよ・・・・・
 
 
「でもそれは逆に考えることもできる・・・・・金銭を払ったからこそ、その判断は冷静なものなんだと、ね。無理矢理に認めさせることが」
言葉遊び以上のものではないが、他にフォローしてやる人間もいないのでしょーがない自分が、というように相田ケンスケがでっちあげた。
「事件は結末を欲している。このまま尻切れトンボで終わってしまうのは皆望んでいないよ。他ならぬ、科学の巨人、エヴァンゲリオンのパイロット、碇シンジが言い出したことなら・・・・・聞いて、くれるかもよ。科学は万能じゃなくて、畑違いのトラブルで困っている、ってのも同情心を引くだろうしね」
恐怖の現場に人を引き込むには物見高い好奇心しかない。勇気を持って現場の真ん中に立てる人間はそう多くない。
 
「確かに、なんのケリもついてへんからな・・・・そして、惣流はあの後、来んようになった・・・なしくずしに・・・・・もし、あいつの隣に席替えやって言われたら多少、引くかもしれんな・・・・」
「そんな・・・・・!」
「だけど、分かる気がします・・・・それは、つらいですけど」
人が燃える、それは尋常でない恐怖。映画でもなんでもない間近で見たそれは脳裏に刻まれている炎に対する動物的な恐れを誘発する。強烈な炎はそれだけで人の意志を挫く。
 
「あれはキツネ火だよ」・・・・碇シンジの思いつきは穿った見方をすればそれを皮肉っているようにも思える。単なる人の心を配ることで対抗できる現象でもない。
 
「アスカ・・・本当は薬が効いて一日のほとんどは寝てるはずなんだけどね・・・・・ムリしてるようでもないのに起きてるんだ・・・・寝てたら出撃できないでしょ、って言うんだけど・・・・たぶん、他の人に怖がられるくらいなら、もう学校にいかないと思う」
もともと惣流アスカは大卒であり、義務教育とは言えムリして行き続けることはないのだ。
平安を乱すことない。少しばかりの強がりを言って、あとは諦めてしまうだろう。
 
地球防衛バンドを組んでいた鈴原トウジたちは、惣流アスカのその時の強がりセリフが正確に思い浮かんだ。どんな顔して、何を言うのか、分かってしまった。
 
怪奇現象を起こした少女にとって行きやすい場所ではないのだ。学校は。
ただ、学校というところは怪奇現象の起きやすい場所でもある。手遅れにならぬうちに。
それは終息させられる怪奇現象なのだと皆に断定させ語らせる必要がある。
そして、それが何より大事なこと。
 
「いいけど、手伝ってもいいけど・・・・・もう、あんなことは起きないんだよね?!
ね?シンジ君・・・・起きないよね?絶対!・・・・・」
珍しい霧島マナの激しい剣幕。モスラバーガーの店内に「もすら〜や」BGMだけがまぬけに響く。皆に注目され痛いところをつかれたはずだが、碇シンジは確とうなづいた。
大嘘つきだ。ペテン師だ。ラングレーを放っておけばそんなことはこの先いくらでも起こるのだから。気に入らない人間はゴミのように燃やしてしまうだろう。善人も悪人も。
だが、碇シンジは左腕を天に突き上げ、こう断言した!
 
 
「どーんと来ーい!!」
 
 
そんなわけで、碇シンジ発案の「惣流アスカ・こっくりさん計画」がスタートした。
ラングレーは負傷を言い訳にして学校に来ていないので本人に知られずおおっぴらに活動できる。実際にやるのは惣流アスカ、つまりはラングレーのそばを離れられない介護碇シンジに代わって鈴原トウジたち。とはいえ、こればかりは相田ケンスケと霧島マナが仕切った。どうにもこんなペテンは熱血快男児・鈴原トウジには向いていないのだ。
 
カンパというか募金というか、「御祓い師を雇う代金」は予想外に集まった。
 
こんな嘘臭いものによく金を出すものだと相田ケンスケは自分でやっといて呆れたが、やはり相手が惣流アスカだからか、けなげにブタの貯金箱・全財産をカンパする一年生や、バイトで貯め込んだ大金を注ぎ込む三年生もいた。中には例のウ$ェ$金貨を募金したバカな二年生もいた。・・・・・「まいったな・・・」細かく人名入りの募金通帳を計算していきながら相田ケンスケはタメ息つく。ここまで集まるなどと思っていなかった。
カンパや募金など、十円、百円の単位で考えていたのだが、どいつもこいつもけっこうな金額を出してきてくれるのだ。生徒全員がカンパしてくれたわけではないが、してくれる人間の最低金額がでかい。平均して月小遣いの半分は出してくれたんじゃなかろうか。こんな嘘芝居に。いや、嘘芝居であるからこその観劇料なのかもしれない。金払ったからには知る権利がある。そういった感情も確かにあるのだろう。あの超常現象にいかなる幕を引くのか。怖いモノ見たさ。トリックの解明と怪奇の終息を。
 
けれど、予想を超えたこの金額は相田ケンスケや霧島マナの見立てを変更させる。
当初、どうせ数千円単位だろうと思っていたので、それで惣流アスカにプレゼントでも買ってやろう、ということだったのだ。発火現象の方は、碇シンジがああも自信をもって宣言した以上、どうにかするのだろう。それとも、スマイルフェイスで「あんなこともう二度と起きるわけないもん」とタカをくくっているだけなのか。
 
「どないする気なんや・・・・」男として責任感のある鈴原トウジがこのペテン計画に今ひとつ歯切れ悪く身が入らないのはその不明にあった。無責任の匂いがプンプンとした。
目的を達成するためなら他の者に迷惑をかけてもかまわない、という考え方はすかん。
これが渚カヲルなら安心して任せていられるが、碇シンジである。だからこそ自分たちが助力せねばならないわけだが・・・・
 
相田ケンスケ、霧島マナが帳簿つけなど実際行動をしている裏で、鈴原トウジは碇シンジにそのあたりをサシでずばっと単刀直入に聞いてみた。自分たちがしていることは人としての最低限の義理を欠くことにならぬのかどうか。・・・大げさだが、そのくらい言ってやらねば碇シンジにはまるで応えないことを知っている。やわらかいが、食べても食べてもなくならぬ餅のようなもんで、適当に噛みきってやらんとどうにも食えたもんではない。
喉につかえて呼吸を止められてしまう。鈴原トウジの人物観はなかなか達者だ。
惣流を優先するために、他の皆を無下にする気なら、ワシはゆるさん。
 
 
「もし失敗したら、もう僕も学校に行かないよ」
 
 
そうなると、碇シンジの学歴は小卒になるわけだが、それでもかまわずにケジメをとると。
それだけの覚悟があると。
ほかのこと、こいつ見えとらんな・・・・惣流だけや。迷惑も無下も省みる気なしや。
友人の夜の雲色の瞳を見て、鈴原トウジは思った。放っておけば一人でもやるだろう。
腹が立つやら喜ばしいやらうらやましいやら・・・・・腹の底からなんともいえん感情が沸き起こる。ホンマ、どうしよーもないやっちゃな・・・・脇目もふらず走って、転ぶで。
 
 
「もうキツネ火なんかつけさせない・・・・」
そのくらいでないと、あの火には対抗できへんのかもしれん。多少、狂っておかんと。
碇シンジに恐れはない。コイツの方こそ何かに取り憑かれとんちゃうか。こういうことを興奮も激もせず、普通に言うのだ。そういう世界に普段から生きているのだ、というように。嘘芝居の中にある真実。夜の雲の向こうにある夜明けを呼ばぬ赤い月。魔性。
一瞬、ほんの一瞬、碇シンジの瞳が赤い、渚カヲルや綾波レイのそれに、見えた。
 
 
ぞく・・・・・
遠浅の海を歩いていたら、突如深いみよに足をとられたような寒気を感じる鈴原トウジ。
 
それは碇シンジの現在の心境にリンクした結果。同じ所に繋がった証拠。
悲しみ、悩み、痛み、他者に知られることのない涙のたまった場所、真珠の墓場。
惣流アスカがこんなことになって、碇シンジはひたすら悲しかったに違いない。
誰にも知られぬ場所で、今までがたがた震えてべそべそ泣き続けていたに違いない。
この寒気は。
人のことを気にする余裕なんぞあるはずがない。
あまり勝ち目のないケンカをやろうとする身ならばなおさら。
確かに碇シンジは成否を別として、自分を賭けるに足る方法を持っているらしい。
それが分かればいうことはない。やってみねば成功か失敗か分かるわけもない。
ただ命題を完成させるには、それを誰もいない観客のないところでやってもしょうがない。原因を排除するだけですむなら碇シンジがさっさとやっているだろう。
こっくりさん、といいつつただの除霊ではすまないのだ。多くの生徒に知らしめないと。
魔法は人の知られぬ場所でかけられるが、マジックは観客がいないと成立しない。
ただ、肝心のマジックが失敗するとお客は怒って、あとで怖い金返せ、ということになる。
一発勝負。ペテンと呼ばれるかマジシャンと呼ばれるか、いずれに奇跡は必要ない。
 
ビビリ、恐怖を取り除くのは人の力しかない。人外の、超常の力で難を避けてもらっても今度はその力に恐怖しないといけないから。
 
 
「よっしゃっ!!裏方はワシらに任せとけ!!バンドに続いてこんどは芝居か・・・・
そやな・・・・・芝居、演劇・・・ここは”地球防衛オリオン座”ってとこやな!!」
苦悩や真剣さを考慮してみたのだろう、鈴原トウジにしてはなかなかハイソなネーミングであったが、演劇漫画のバイブル「ガラスの仮面」では主人公北島マヤが演じる地下劇場に客をとられるという、あまり縁起の良くない名前であった。
 
「うーん、地球防衛一座、でいいんじゃないかなあ・・・・または地球防衛歌劇団」
「ほー、歌劇団・・・そら過激やな・・って違うやろ!・・・って歌うたうんかい!!」
「あ、V3ダブルつっこみだ。これでトウジは三十分、つっこみができません」
 
とにかく、地球防衛から離れた方がいいような気もするが
 
 
この時点では募金額は途中集計もできていないので鈴原トウジはもうひとつ肝心なことを聞き忘れた。
 
 
「知り合いの”御祓い師”って誰や?」・・・・・・ほんまに呼ぶんか。
しかも、サービスしてくれるほどの知り合いっちゅうんは・・・・
 
 
まあ、今の大坂モード入った碇シンジに聞いても、
「スカーレットさんだよ」と、軽くいなされしまうだろう。
「なんや、外人さんなんかいな・・・まあ、惣流もあっちで暮らしとったわけやしな」
つっこみエネルギーを再充填中の鈴原トウジでは。
「そうなんだよ〜、外国ではウィジャ盤っていうのを使ってこっくりさんやるんだよ」
碇シンジののりボケにいいように。
 
関西圏以外の読者の方のために、正解のつっこみを明記しておきますね。
「ほー、スカーレット・御祓い師さんでっか・・風と去っていくばかりで来てくれへんという・・・って、ええかげんにしなさい!!」
 
 

 
 
碇シンジの頭の中でこのよーな計画が蠢動し、このような「罠」が待ちかまえていることなど露知らぬラングレーである。知れば最後、速攻で焼き殺していたことだろう。
こっくりさん、のことなどラングレーは知らないが、自分を「キツネ」扱いしたことを許
すようなお優しいラングレーではない。つけあがる下僕に身の程の烙印を焼き入れてやる。
 
 
「あ、そうだ」
突如、ラングレーは思いついたように。実は最初から計画していたのだが。
「シンジ、せっかく本部まで来たんだし、模擬戦(シルエッタファイト)をやっていかない?カンが狂ってないか・・・・ちょっと不安だし」
きちんと感情の五線譜を引いて、相手の好反応を得るような音符を配置して、その通りに歌うような才能がラングレーにはあった。もちろん、大衆を支配する用の能力である。
好感度で言えば、アスカより1、34倍はアップしたものの言い方。
外面如菩薩、内面如夜叉とはまさにラングレーのためにあるような用語であった。
ぼけぼけっとしてても、男であるならこういう少女の健気さには弱いもんよ、と。
 
 
実際の所は、「碇シンジをボコボコにして自信を喪失させてやる」のが目的だった。
 
そして不安を煽って心がグラついたところを頼らせる。こういう点、葛城ミサトや綾波レイの不在は実に具合がいい。悔しいが格闘戦最強の明暗の奴も言うまでもない。
お膳立てが整いすぎている。運命がボコれと言っている。
モノホンの初号機に乗らせれば万が一、ということもあるだろう。わけのわからん武装が配備されているわけだし。または暴走されても困る。妙な実験が施されているし。
だが、シュミュレーションの機体を操る模擬戦ならば、万が一もない。戦闘の実力がものをいう。フロックのはいる隙間はない。どちらが「上位」か、はっきりさせておこう。
エヴァ弐号機のコントロールについてラングレーは自信があった。シンクロ率をコントロールすることだってやってのける自信が。伊達に精神の深奥にいたわけじゃない。
たとえシンクロ率が低かろうと、増幅される本人のパワーが強大であれば問題ない。
結局、弐号機は自分のための機体なのだから。それを偽人格がムリをして搭乗するから失敗したりするのだ。
 
 
「うーん・・・・・いいよ。じゃ、お昼は予約してあるから、それまで、やろうか」
ちょっと考えてから、碇シンジは答えた。まさか目の前の惣流アスカがそんな邪悪なことを考えているとは思いもよらない顔で。まあ、策謀はお互い様なのだが。
 
予約か・・・ということは、それなりに張り込んだのか・・・・では、あまり痛めつけても食事が出来なくなるな・・・・食事の途中で吐かれても困る・・・・実力の差が分かる程度に、適当にあしらってやるとするか・・・・・精神的ショックで食事中だんまり、というのも体裁が悪いし、さみしいしな・・・・・。ラングレーは計算する。だが。
 
 
碇シンジがどんな店に予約を入れたかここで話したら、期待したラングレーは全力を出して叩きのめしにかかったであろう。
 
 
葛城ミサト、綾波レイ、黒羅羅明暗、作戦部長とエヴァ操縦者二名の不在時の模擬戦・・・しかも左手を負傷中の惣流アスカが言い出したとあっては、本部スタッフも感心してすぐさま準備してくれた。
 
 
というわけで、エヴァ初号機・サードチルドレン碇シンジと
エヴァ弐号機・セカンドチルドレン惣流アスカラングレーとの
 
 
 
お互い特殊能力特殊装備抜きの純正実力のみの模擬戦(シルエッタファイト)が始まる