ずずずずううう・・・・・
 
 
ラングレーがうどんをすする音である。ラングレーが内心で悔しさが表に出ないように滲みそうになる涙を啜り上げている音でもあった。ずるるるるる・・・・・
 
ここはうどんのお店「やしましど」。讃岐うどんである。キツネうどんである。稲荷寿司である。碇シンジが予約を入れた店である。源平合戦チックな店内装が面白く、うどんも美味しいのでなかなか人気がある。ここの二階の座敷席に碇シンジとラングレーは向かいあってうどん食べていた。お世辞にも会話が弾んでいるとはいえない。二人とも黙ってうどんを食べている。こういう場合、碇シンジの方が話題をふればいいものだが、そうはせずに「キツネうどん」を食べるラングレーの様子を黙ってみている。稲荷ずしを千切ろうとしたラングレーにかんたんな注意を与えたくらいだ。自分は「たぬきうどん」を美味しそうに食べている。ラングレーの内心に燃える炎などおかまいなしに。
 
 
お昼の食事に来る前にちょっとやってみた模擬戦はどうだったのか?
 
 
二人の様子が全てを物語っている・・・わけではないので、物語ろう。
 
 
模擬戦(シルエッタファイト)におけるラングレーの目的は「碇シンジをボコボコにして力の差を認めさせつつ、こちらを頼らせて信用させる」ことだった。零号機の綾波レイと参号機の黒羅羅明暗の不在に、自分の実力に関して疑いを持ち自信をグラつかせれば・・・・コントロールは一段とたやすくなる。敵なのか味方なのかよくわからん発想であるが、ラングレーはそういう考え方をするのである。
 
 
人格の破断を起こさせる最も容易い方法は深く信頼信用していた人間に裏切られること。
 
 
碇シンジの実力を甘くみていたわけではない。高く評価していたのでもないが、ラングレーとしては碇シンジが最も苦手とする分野で挑んだのだった。
特殊武装、特殊能力を除いた素の戦闘実力・・・・まあ、これが低くて戦いに勝てるはずがないのだが、碇シンジと初号機は今まで勝利してきた。その点の数値はおそらくギルの初等訓練生よりも低かろう・・・・・とラングレーは判定した。おそらくマギも同じような判断を下しているはずだ。まあ、戦いは勝てばいいのだ。それにラングレーは異論なし。
 
 
初号機は試験機であり、搭載された危険で不完全な機能を使った勝利が望まれる。
 
 
それゆえ、碇シンジの戦闘実力が低かろうと、それで侮蔑する気はラングレーにはないし、それゆえに油断する気も毛頭なかった。碇シンジの戦闘特性は大パワーを生かした遠距離攻撃であり、都市に据えた巨大砲台のようなもので、接近戦は苦手なのもやむなし。
それに特化させた育て方をしていくのが正解だろう。万能兵器などこの世に存在しない。
だいたい使徒を相手にするのに、人類兵器を基調にした発想は敗北を招くだけ。
勝てばいい。とにかく勝てばいい。
そこまで分かっておいて、自分は「カンが狂っているかも・・」と不調をほのめかし(実際負傷中ではあるが)、相手の最も未熟で苦手な分野で戦おうというのだからラングレーの性根のほどがよく分かる。いくら遠距離攻撃で無敵を誇ってもいざ接近戦に持ち込まれれば、お前なんか終わりなんだぞ、と、いい気になってはいけない、そこであたしがお前ののど頸を守ってあげよう・・・ということを知らしめてやるつもりだったのだ。
 
 
よけいなおまけ(ゼルエルの鉾や実験機能など)のついていないシュミュレーション上のエヴァ初号機は、いってみれば裸の碇シンジのようなもので、ラングレーには敵しえないはずであった。こちらには左手のハンデもある。これであしらわれれば、どれほどバカでも実力の差がよく分かるというものだ。華麗なナイフ捌きでも見せてやるか・・・・
 
 
で、模擬戦のゴングが鳴ってみると・・・・・
試合開始わずか三十秒で。
 
 
碇シンジが、あおむけにしたラングレーを抑え込んでいた。
 
右手はその左胸、無垢な心臓にある。ドクン!!なんの無駄も情緒もない簡潔にして殺人的な集束衝撃が杭のように打ち込まれた。
エヴァ初号機がエヴァ弐号機をあっという間に戦闘不能に陥れた。
本物の機体ではない、あくまでシュミュレーションの仮想機体であるからダメージはマギが計算して、訓練者はそれに従うしかない。模擬戦終了、弐号機は戦闘続行不可能。
マギが判定を下した後で、信じられない・・・・・・ラングレーは遅かりし目を丸くする。
実際はATフィールドがあるし、そこからまた別の展開があるはずなのだが・・・・・
 
自分が、この惣流アスカラングレーが、碇シンジにのしかかられた、という事実は消せない。その力に押し込められた、無力に手込めにされた現実は。
すぐにその青い目はこの認めがたい、信じがたい事実の原因を探り、判明した。
わずかに上気したような顔の碇シンジの口から。
 
 
「明暗さんの技だったんだけど・・・・どうかな?」
シンクロしているわけではないから、肉体への痛みはない。だから男の子の好奇心として遠慮なく新しく覚えた技を使ってみたのだろうが(とはいえ、綾波レイ相手にはたぶん使わなかっただろう)・・・・・ラングレーのプライドは痛む。そのわずかな上気すらも、満面に勝ち誇りくさりまくった生意気さに映る。鼻すらピノキオみたいに伸びて見える。ヤル気満々の風船を見事に割られてしまった。とてもじゃないが、このまま引き下がれるはずもない。
 
にしても・・・・・・
 
 
黒羅羅・明暗・・・・・・あいつの「技」。
いつ仕込んだのかは知らないが、この技は・・・・虎の口と大地の間をすり抜けて心臓を穿って反転させる、南方における四足獣殺しの技・・・・
牙のようにナイフを閃かすこっちに対して、エヴァ初号機はバグって3Dから2Dへ変化したような体勢の薄さを見せると、もうアッという間だ。ひっくり返されて心臓の急所を一撃されていた。いや心臓を一撃されたからひっくり返ったのか、それすら分からない。
 
 
「あ・・はは・・やっぱりカンが狂ってるみたい・・・・シンジ、もう一回いい?」
「お昼までまだあるから、カンが戻るまでいくらでもつき合うよ」
 
 
ぴきっ。カンにさわる・・・その言いぐさ
そのスポーツマンシップ協力的マインドがおんどれの命取りじゃい!!と西独逸ボン方言で毒づくと、ラングレーは再セットアップされた模擬戦に神経を集中させる。もー、手加減はなし。今日のランチは流動食でもいい!!となりでトロロでも食うちょれ!!とにかく勝ち逃げされてたまるもんか。
 
 
だが・・・・碇シンジが黒羅羅明暗に伝授?されたのはそれだけではなかった。
アスカが相手だから大丈夫だろう(根拠は特にない)、と碇シンジは明暗に動物園で見せてもらった技を次々に繰り出していく・・・それをいちいち受けるラングレーはたまったもんではない。
拳士として新米最低レベル碇シンジであろうと、プロデュースが明暗である。その技を純粋そのままにイメージしてシュミュレーション機体に使わせているのだから強くて当たり前。ラングレーも善戦するが、格闘戦最強の黒羅羅明暗には勝てるはずもない。
モノホンの虎を目の前にして虎を相手の明暗式虎拳は碇シンジの脳の深いところへ刷り込まれた。最強のイメージトレーニングをしてきたわけであり、まさにスピードラーニング。その点、明暗は最高の師匠といえた。ただ、まあ、
あくまで模擬戦は訓練ゲームであり、碇シンジは自分だけ隠しコマンドを使っているようなもんだったが、頭に血が昇ったラングレーにはそんなことは分からない。
一番自分の得意な中距離で戦えばいいのに、拳法使いの間合いで戦ってしまう。
何が何でも屈辱を晴らすため、碇シンジを同じように仰向けに倒して、抑えつけて気が済むまでマウントポジションでポカポカ殴ってやるつもりだった。思う壺。
別に負けているわけでもないのに、「負けた」と考えてしまう。相手の苦手分野を選んだだけにその思いは強烈にラングレーの意識を蝕む。
 
 
技が一巡して、再び黒羅羅式虎拳でラングレーが仰向けにされて、時間になった。
 
 
「変ね・・・・・シンジ君が手加減しないなんて」赤木リツコ博士が首をひねる。
「ああも徹底的にやるなんて・・・・・もしかして、将来は熱血テニス部とかバレー部の冷血コーチですか」と伊吹マヤ。どっちなんだ。
「うーん、シンジ君は亭主関白の素質があるんじゃないですか」と日向マコト。
 
碇シンジが黒羅羅明暗の技を使用したことにも、このエヴァ弐号機が初号機にいいように押し込められたことにもさして驚きもせず、のんきにそんな会話をするネルフのスタッフ連中にも腹が立つラングレーだが言葉が出ない。
これは、普段の惣流アスカと碇シンジの関係を知っているため、つまりはラングレーの考えとはまるで逆、「碇シンジを強気にさせるために」「もっと自信をつけさせるため」こんなカンフー映画みたいな新技をドカドカ使わせてそれを受けさせた・・・・いわば、トレーナーとボクサーのミット打ち練習みたいなもんだ、と周囲のスタッフは思っているためだったが、ラングレーにはそんなことは分からないので、ひどく傷ついた。
 
 
「アスカも苦労するわね・・・・・」赤木リツコ博士のその暖かな呟きも聞こえない。
なんだかんだいいつつ、碇シンジをパイロットとして育てたのは惣流アスカである。
葛城ミサトたちがあの因縁の場所へ行っている間、さぞ落ち着かぬであろうが、それを碇シンジにぶつけるではなく、育てる方向へ持っていける・・・・・この歳でそんなことが出来るとは尋常の器量ではない。何が全体の利になるのか見渡していないと出来ない。
自分が負傷しているだけに、よけい碇シンジに求めるところがあるのだろう。
 
それに比べて碇シンジは・・・・・
やはり、どうにもまだ、お子さまだ。二代目ジュニアは幼い・・・・ぼんぼん、と。
苦労がたりないなあ・・・・・しすぎて歪むのも困るけど。
大器晩成すればいいか・・・・惣流アスカと碇シンジ、この二人のコンビがあればまず、大丈夫だろう。周囲の認識はそういうものであったが。真実とのギャップが著しい・・・
 
 
ショックを与えるつもりで与えられてしまったラングレーは、すっかり食欲がなくなってしまったが、修復中の左手が栄養補給を猛烈に欲するので、昼食をとらざるを得なかった。
そして、またショックを受けることになる。
 
 
う・どーん
 
 
麺類であった。そりゃ確かに消化にいいし、急速に吸収されるけど。パスタの方がお洒落でいいわん、という軟弱さにも縁はないが、”予約した店”でそりゃないだろう、とラングレーは思ったが、「ここだよ」と碇シンジに手を引っ張られると入らないわけにもいかない。じゅうじゅう熱々のステーキや高級中華も今は入りそうにないのだ。なんかいいように一杯くわされているような・・・。
 
 
くくっ
こころなしか、横腹がこそばゆいのは深く眠っているはずのアスカがこの様子を夢で見ていて大笑いしているせいか。そんな気がした。
 
 
碇シンジは、そういう奴よ、と。
 
 
そして、その碇シンジがラングレーをキツネうどんを食べに連れてきたのは、やはりこれも「こっくりさん祓い」の関連である。こっくりさん、というとキツネとタヌキとイヌの集合体みたいなものであるが、キツネ憑きにはよく稲荷神社にいってあぶらげを奉納するとよい、というおばあちゃんの豆知識があり、碇シンジはどこぞでそれを聞いたか日向マコトから借りたつのだじろうの本でも読んだかしたのだろう。
それが効果がある、と碇シンジが考えているわけではない。これもまたペテンの舞台のひとつであり、カンパの領収書に記載されることになる。キツネうどん、稲荷ずし代が。
皆が納得してくれればそれでいいのである。
お互い腹に一物あるもの同士、まさにキツネとタヌキの化かし合い。それらが向かい合ってうどんすすっているのである。
 
「あぶらげが美味しいねえ・・・・うーん、ここのあぶらげは絶品だね」
「・・・・・・・・・・・そう?・・・・・・・・・まずくはないけど」
 
24時間戦える、がモットーのラングレーは健啖家であり、毒さえ入っていなければいつ絶食状況にあってもいいように食えるときには食べた。これで太るなどというナマのろい生き方をしていないので肥満を心配しなくてもよい。
 
「へぇ・・・・ワインもあるんだ・・・・さぬきワイン・・・」
うどんとワインがあうかどうかは別として、この店、ワインもおいていた。碇シンジの企画通りにあぶらげを大量にたいらげたラングレーは、ふと品書きに目を留めた。
全くどういうセンスなのだろうか・・・・・この店を予約した碇シンジへの怒りを再燃させるためにこんなことを考える。
 
「飲んでみる?」
まんざら冗談でもなさそうに碇シンジ。言ったとたん
 
「今、呼集がかかったら酔ってエヴァに乗るつもり?・・・
調子にのるな!バカシンジ!!」
 
柳眉を逆立てる惣流アスカラングレーに怒られる。その後で、しまった!という顔と満足げな顔、両方する目の前の少女に、「ごめん」なぜか嬉しそうに謝る碇シンジ。
 
 
その後、会計をすませて外に出る。まだ自由な時間、気晴らし御祓いデートは続くのか。
 
 
ぱらっ。2014年度のヒット商品、年中夏になってしまった炎天下を二人で歩く日本のカップルに向けて造られた「あいあい日傘」を開く碇シンジ。UVカットは当然として、この日傘のつくる影の下にいればなぜか涼しい優れものである。
その影の下に入りながら、碇シンジへの対応を考え直しているラングレー。
酒は敗北と油断に通じるので嫌悪する、特に下僕が飲むなどもってのほかの嫌酒家であるラングレー。中学のくせに小生意気に酒など勧めるのが癇癪にさわった。に、しても。
あのさっき、怒鳴ってしまった後の「ごめん」という嬉しそうな顔・・・・こやつ、もしかして「いじめて」やった方がいいんじゃないか。そういう好みなのか・・・うーん。
子供こどもした顔でキショい奴だったのか・・・・・ラングレーの好みは前回の通りで、ストローを折り曲げたような屈折した精神からは出来れば離れたかったが、なんせ暑い。
財布は碇シンジの奴がもっており、ここから近いので歩く、といって聞かない。
だだをこねたろか、と思ったが、だだを聞くのは大人だけで、子供は子供のだだに非寛容である。財布を奪って、パイロキで燃やしてやろう、こんなに暑いなら自然発火したんだ、ということで十分ごまかせるだろう。通行人も軍隊警察も納得するだろう・・・・
そうしよそうしよ・・・・・攻撃性が高いだけに忍耐に欠けるラングレーであった。
 
 
だが、念炎が発動する前に、到着してしまった。命拾いする碇シンジ。なるほど近い。
しかも・・・・この店は・・・・・
 
 
超高級宝石店・川内七十年代
 
 
と、看板に書いてある。説明は不用な感じだ。その風格はトウシロの浅慮を拒んでいる。
大型スーパーの一階にテナント入居しているようなのとは迫力が違いすぎた。
秘密性というか犯罪性というか、ただ者ではない雰囲気が店の前にでん、と固まっている。
とにかく、ここは超、のつく高級な宝石店で、その店名は「川内七十年代」という、ことしか分からない。それ以上のことは、店内に入ってみないと、分からない・・・・
 
 
「いこうか、アスカ」
「え?、でも・・・・」
気後れ、というより、あまりのギャップについていけない。うどん屋と宝石店。どうせ手の届かない憧れをウインドー越しに消化しようというのではないのだ。店内に、店の中にぬけぬけと入ろうとしている。「いいからいいから」このバカが身の程を知らされて大恥じかくのはいいけど、こっちまで同列と見られてはたまったもんではない。ラングレーは異議を唱えようとしたが、その前に魔力に捕らえられてしまった。強力な魔力、輝く宝石の魔力である。もともと名声や財宝好きな派手なタチである。魅力も力であり、力あるものをラングレーは愛する。人間を涼しい顔で自滅や破滅に追い込みつつ、我関せずと永久に輝くその有様が好きだった。見ていると退屈しない、悪魔的なところが。
 
 
中にはいると、そこは死体安置所かと思った。それも、人間の死体ではない。いろんな模様の入った仮面をかぶった、ラングレーは知らないが、特撮ヒーローのような格好をした人型の物体が、各々意思があるように立ち、座り、横たわり、店をうろんに眺めるように配置されていた。煌びやか、とはいいがたい、物悲しいが崇高な心持ちがする、孤独な芸術家のアトリエのような店だった。宝石は、その人形たちの体に埋められていた。もちろん、値札などついていないが、指輪や首輪などに細工されている宝石は、飾った時の感触が一目でわかり、意表をついたようでそれなりに合理的でもあった。
江戸川乱歩の小説に、インドの寺院の仏像の額に輝く宝石が盗み出されて、持ち主の間を転々とする間、血も凍るような凄惨な出来事を引き起こした話があるが、イメージはそんなものかもしれない。とにかく、こりゃあ紹介者もいない一見が来ていい場所ではない。
だが、ラングレーも最早そんなことは気にしない。個人経営にしては信じられないグレードの石ばかりの光景に心を奪われている。というより、女性なら誰しもこれは経済力のある男とくることを夢に見る。日常の境界線をハイヒールで飛び越えて。
 
 
「おや・・・・碇の坊や」
ゆらり、と白髪に黒眼鏡の店主が現れた。人形の一つに命が宿ったのかと、真摯に見ていただけに肝を潰したラングレーが碇シンジにぎゅっと抱きつく。これは演技ではない。
 
「こんにちは、おじさん。母さんの指輪の催促にきましたよ」
 
「すまないね。まだ、イメージが浮かばないんだよ・・・・でも、坊やの顔を見るとすこしづつピースが埋まっていく・・・・これも、エディプスの導きだろうかね」
 
「母さんの、指輪・・・・?催促?注文してるの?」
 
「そう、父さんがね。母さんに会えた記念に、このまえ、ここで注文したんだよ。
銘は”結闇(ゆうやみ”)」
 
「子が光の中をゆけば、親は闇に残されることになる。人が繰り返してきた営みだ・・・・・」
 
「ふーん・・・」それならさっさと指輪をプレゼントしてやんないとやばいんじゃないの、とラングレーは思うのだが。妙なことを言うこの店主もすっごい怠けもんなわけか。びびって損した。それにエディプスというと・・・・すこし、危ない
 
「おそらく、指輪は碇の坊や、坊やの選ぶ女性に渡すことになる・・・・だから、ゆっくりやらせてもらうよ・・・・ここにはたまに顔をだしてくれればいい・・・・」
職人らしくもない堂々としたなまけもの宣言だ。芸術家気取りなのか。
「おじさん、長生きしてくださいね・・・・・もう少し見ていっていいですか?」
「ああ、茶も出せないが、見るだけならば存分にするといい・・・。時を忘れるほどに。そして、石に時を吸い取られぬようにな」
追い出されないだけ御の字なのかもしれないが、まあ愛想がない。気味の悪いセリフを残して店主は奥に消えていった。
「ありがとうございます。じゃあ、アスカ。こういうのって・・・・・退屈かな?」
「見直したわ。父親のコネってのがあれだけど、あんたにしては上出来、うん」
当初の目的を忘れたわけではないが、碇シンジと宝石、どっち!!と争奪戦やればそりゃあ宝石くんが勝つに決まっている。葛城ミサトの一般庶民宅ではやりたくてもできない目の保養をさせてもらおう。機嫌が上向きに転化するラングレー。そのうち、大金を手に入れてこの店の宝石を全部買い取ってやろう。そうだ、そうだ、そうしよう。
にしても・・・
 
どくんどくんどくん・・・・・
 
この胸の鼓動はどうしたことか・・・・急に高鳴りだした。アスカが反応したのか?
碇シンジがどこのどの娘を選ぼうが知ったことではないだろうに・・・・出来上がってもいない指輪に価値なんぞあるか。まったくもって、よく分からない。バカか。
それは碇シンジも同じことで、美術館てのも定番だけど、ここで宝石見物ってのはどういうセンスをしているのだろう。そういうのが好きなのか?ちょいと気になってラングレーは探りをいれてみた。
「・・・・でも、アンタの方が退屈じゃないの?」
碇シンジが意外にも「お金大好き!」の若守銭奴というなら、それも計算にいれておかなければならない。宝石が好き、という男の子は相当珍しい部類に入るだろう・・・。
 
 
だが。
 
 
「いや、そうでもないよ」
そう言って、碇シンジは両眼にブルーダイヤを填め込んだ海影色した青い人形の前に立ち何やら唱えて拝み始めた。おいおい・・・・・・
ほっとけばいいのだが、つい気になって耳を澄ましてその呪文らしきものを聞く。
 
 
「外道照身霊波光線、怨霊逃散洗霊光線、外道照身霊波光線、怨霊逃散洗霊光線・・・・」
 
 
 

 
 
あなたは愛する人と電車に乗っている。やがて、愛する人の住む駅に着き、愛する人はホームに降りる。あなたはついていきたいと思う。すべてを捨てて、ついていきたいと思う。
その時、あなたが強く思った時、世界は分裂する。ホームに降りたあなたとホームに降りなかったあなたの世界に分裂する。
 
「鴻上尚史・ファントム・ペイン」・・・・・を読んでいる山岸マユミがいる
 
 
新箱根湯本駅
 
 
こちらでも授業をさぼってきた鈴原トウジ、相田ケンスケ、洞木ヒカリ、山岸マユミ、霧島マナ、たちが碇シンジが頼んだ「御祓い師」の先生の到着を待っていた。
まあ、人生を学べるのは学校だけではない、ということで委員長洞木ヒカリもこの場に。
「わてら二人でええっちゅうのに」と鈴原トウジは言ったのだが、「行・き・ま・す」と言ってきかない。きいてくれへん。普段の行いのせいであろうか。因果応報であろうか。
「いいんちょが授業サボるっちゅうのはやばいんやないか・・・こないな怪しいコト」
珍しくブツブツと愚痴る鈴原トウジ。男らしくない。
「あきらめろよ、トウジ。別に御祓い師っていっても女の子をとって食べたりしないさ」実は山岸マユミに鈴原トウジに同じことを言って退けてられている相田ケンスケ。そのセリフは自分に対する気休めでもある。「シンジの”知り合い”らしいし・・・そんなに無茶苦茶なのは・・・・・・・・・来ないといいなあ・・・・」
 
 
どんな御祓い師が来るのか、よく分かっていないため不安なのだ。
だいたい名前さえ聞いていない。
出来ればそんなハプニング暴発しまくりそうな現場に好きな子と同席したくない気持ちはよく分かる。二人の頭の中には「アフリカの妖術師」と「山伏」を足して二で割ったような異様なイメージがあった。そいつが炎で湯を沸かしてチキンラーメンを食べている。
もちろん、ノー特撮で。
 
 
大体、碇シンジが「ほんとに」御祓い師などを呼ぶとは思っていなかったのだ。
 
 
どうせ碇シンジが神主のコスプレでもするのだろう、と勝手に決めてかかっていた。
普通、神社やお寺の子でもない中学生に霊能者の知り合いなどいないはず。そんなのはオカルト漫画やジュブナイル小説の中だけの話だと、民俗の土っ気のない都市生活者の子供たちは思うわけである。あくまで、それは話を進める方便なのだと思っていたのだが。
それはおいておいて、碇シンジがどこやらのインチキ・オカルト雑誌で適当に料金の折り合いそうなのを呼んだんじゃあるまいか、と鈴原トウジと相田ケンスケは最初それを心配していた。もしや、予想外にお金が集まったため、計画を変更したのではなかろうか。
もちろん、それはインチキである可能性が高い。
 
 
いや、インチキである、ないの話ではない。惣流アスカの「炎」あれがほんとにこっくりさん、つまり霊の仕業であるなら、誰にも知られず秘密裏にことを行うのが一番だ。
こう大っぴらにして上手くいっても、惣流アスカにはこっくりさんに憑かれた、というこれまた好ましくないイメージがつくからである。本人は笑い飛ばすにしても、だ。
鈍感で無神経に見えて、碇シンジはそれを考慮にいれないほどおろかでもない。
大恥をかかされた形の惣流アスカにどんな目にあわされるか、想像がつく。
 
霊なんかより、もっとタチの悪いものが原因であろう。
だからこそ、碇シンジはこのペテン芝居の演目に「霊現象」を選んだ。
そこまでは分かる。が、その先、「それ」が何かは分からない。
 
自分たちはどこまで近づいていいのか。あのパイロットの子供たちに。
何を信じればいいのか。碇シンジの言葉をどこまで信じていいのか。
あんな火が燃えた「程度」のことで全てを終わらせていいのか・・・。
学校に来なくなれば、もう接点はなくなる。話が合わなくなるだろう。
パイロットはムリして学校くることはないのか。使徒が現れるまでずうっと待機してればいいのか。なにはともあれ、同じパイロットである碇シンジが、智恵をしぼって引き上げようとしている。それを助力しない理由は、何もない。分からないづくしであっても。
分からぬコトに納得しているわけではないが、今回は役割がある。縁の下の力持ち。
 
縁の下の力持ちになろうとする者は男だろうと女だろうと歯を食いしばる必要がある。
歯をくいしばっていれば、余計な口をきくことはできない。黙々と、やるしかない。
霧島マナはそれを意識して、いつものように元気な無駄口を叩くことが少ない。口を開けばいうことがいくらでもあった。惣流アスカと対決してでも、だーっと行ってしまいたい。が、抑えた。
謎の解明なんかが目的じゃないから・・・・
でも、火の鳥を巣箱にそのまま戻そうとすれば、巣箱も他の鳥も全部燃えてしまう。
どーんと任してはみたものの、シンジ君はどうする気なんだろ・・・・
 
 
最終的に碇シンジが今回の原因であるラングレーに何をやらかす気でいたのか、それを聞いていたなら助力どころか全員で阻止にまわっただろう。あまりに乱暴な強攻策・・・・
そのシンジ、凶暴につき、だ。
この世全ての炎にまつわる怪奇現象は震撼沈黙するしかないような解決法を碇シンジは選択していたのだ。
 
 
御祓い師がどうのこうの、というのは最後の「アレ」に比べればまるで問題にならん些細なことやった・・・・と鈴原トウジは後で述懐するが、今は緊張で体も固い。まるで面識もない、一癖二癖ありそうな、世間とは距離をおいているであろう人物を出迎えるのだ。
人生経験の少ない中学生には試練の時間であった。越えるまで、しばらく。
 
 
「ところで、今頃になってなんですけど・・・・御祓い師さんって・・・・・どんな方なんですか」
 
山岸マユミには鈴原トウジたちのようなカツオ風味の山出し、なイメージはないらしい。
どちらかというと、ミステリアスな美青年ないし、スピリチュアルな大人の女性、または距離をとって、普段は漢文や古文の高校教師をしている兼業神主、または古道具屋や古書店の店主でありながら人に乞われて拝み屋の真似をする渋めの男性、というリアル路線を想像していた。
 
「それがなー、ワイもしらんのや。シンジが言うにはジャージを目印にして向こうが見つけてくれるって話でな」
「写真もないしね・・・・詳しい到着時刻も分からない、と来てる」
「それで今日は朝早かったのね」と洞木ヒカリ。弁当を人数分つくってきた。
「除霊会は放課後だから・・・それに間に合うように来るんだとしたら」
希望してついてきただけに、待つことが苦痛とはいわないが、段取り悪すぎシンジ君、と今頃アスカと気晴らし御祓いデートをしている彼に苦言の霧島マナ。準備はすでに整っている。
 
 
「連絡はついた”はず”だけど、来てくれるかどうか”分からない”・・・・とも言ってたからな」
 
「ええっ!?」相田ケンスケのその言葉に驚く女子三名。そんないい加減な・・・
碇シンジがそこまでいい加減だとは思わなかった。そんないい加減なことに友だちを出迎えに向かわせるなんて・・・・、鈴原トウジもガリガリ頭をかいた。
女子のその反応が予想済みだったからこそ、今まで言わなかったのだが、時間も昼を過ぎて微妙なところだ。確かに、いい加減だが、それこそ「本物の反応」であるような気もする。金目当てのインチキはそういう点だけはキッチリしてそうだし、な。
 
 
ほんま、シンジのやつ、”本物”を呼んだんか”ニセもん”を呼んだんか・・・・
それすらはっきりせんと来とる。困ったやっちゃなア・・・・ただ、来るかどうかは分からんが、その御祓い師とやらはシンジの”知り合い”で、出来れば自分で迎えに行きたい人物なのだ、という。嘘ばかりの芝居の中で、それだけは「本当」なのだと。
 
このあやふやさに乗るのは男の義理としかいいようがない。無駄になってもしょうがない、という考え方は男しかしない。バカを承知で、というやつだ。だから、今まで切り出せなかったのだが、「御祓い師さんが来なかった場合」も碇シンジは鈴原トウジに伝えてあり、その場合は学校での除霊会は中止、「芦ノ湖に直行」という段取りなっている。
「学校にはいかないんだ」という言い方が気になったが、碇シンジが自分で御祓い師を務めるということはないようだ。そうなった場合、「あとは僕に任せて」と協力を拒否してきていた。「見られると失敗する・・・・鶴の恩返しと一緒だね」わけのわからん言い訳までして。非常にヤバイ予感がある。かなり無茶をする気でいるのだと。なりふりかまわず。
 
炎はどこから来たのか。ガスの元栓はどこにあるのか。シンジは知っとる・・・・
 
 
最も肝心なのは、惣流アスカを穏やかに登校させることではなく、
あんな現象が二度と起きないようにすること。だから、ペテンなのだ。
御祓い師がその現象を封じるとは碇シンジは一言もいっていないのだから。
 
こっくりさんも、御祓い師も重要なファクターではない。ペテンの道具だ。
碇シンジがその思いつきを心の底から信じ切っている顔をして行動しているのにごまかされてはいけない。だけれど、碇シンジにこの芝居をやらせないといけない。
そうしないと、なりふり構わずに目的に突っ走るのが分かっているから。
そうなったが、最後、誰も追いつけない。ズタズタになろうがズタボロにしようが目的を果たすだろう。碇シンジが、惣流アスカの、異常を食い止めるのだ。
 
決意の程はあの寒さが教える。だが、同時に欲深も相当なものだ。
 
異常を終わらせることと、平常を取り戻すことはイコールではない。かなりの距離がある。
 
碇シンジが魔法使いならばいい。話が分かる。魔法の力で異常を、怪奇現象を終わらせるのだろう。けれど、学校で授業中、一度も魔法など使ったところを見たことがない。
 
じゃあ、エヴァの力か?それならネルフの本部内でカタをつけるだろう。
 
ただの人間の力。それを用いるから、こわいのだ。何をしでかすのか、読めない。
言葉にならぬ、形にならぬ動きであるから。その分、何かがこもっている。
 
頭がいいのか悪いのか、ふたつの結果を手に入れようと画策したくせに、ころっと
最優先課題を果たすためには次点課題など忘れて放ってしまうようなところがある。
「第一目標はもちろんやけど、第二目標も忘れんよーにな」と注意したるのがワイらの役目やな・・・・・鈴原トウジは物事の根幹、肝を掴んでいる。
 
むこうにつきあっても、こっちは、まとも、でいなければならない。
 
友人には、身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ、などとそう簡単に言わしてはならない。
 
ともかく、これが失敗すれば惣流アスカのみならず、碇シンジも学校行くのやめる、ということになるのだ。出来れば、御祓い師にはぜひ来て頂きたい。だが、夕方になっても駅に姿を現さない場合は、碇シンジにその旨の連絡を入れねばならない。
 
だが、碇シンジは「手紙」で呼んだと言っていたから、最悪、郵便事故なんてこともあるかも。人生はうまくできているけど、ちょっと皮肉なところがにくいのだ。
 
弁当も食べてしまい言いにくかったが、来るかどうか分からない。来て芝居を続けさせて欲しかった。それは願いのようなものだった。それが叶わない場合、狸と狐が戦うようにして碇シンジの孤独な勝負が始まる。鎮守の森のような、自分たちには助太刀しようのない領域で。これ以上、皆で待つこともない。女の子を帰らせるつもりで相田ケンスケはそのことを言った。「だから、後はオレたちに・・・・」
 
 
「あれ・・・」
 
線路の方を見ていた霧島マナが喜んでいいのか不思議がっていいのか、どっちかな分からないな〜という声をだした。その視線と指の先には・・・「もしかして、あの人?」
 
 
真夏の線路の上を歩く、赤いブレザーの女子高生らしき人影、茶色の長い髪、赤い靴。
よろよろ、ふらふらと、両手でやじろべえのようにバランスをとりながら
 
もちろん、そんな行為が許されるはずもない、列車が来れば跳ね飛ばされるわけであるし、監視カメラに映ってすぐさま駅員に追い出されるはず。機密列車も走るこの路線はことにセキュリティが厳しいはずなのだ。だが、そんなもんおかまいなしにその赤い陽炎は
ひとのように 歌などうたいつつ
 
もう家にはもどらないと泣きながら電話するきみの横顔みてる
 
五年後のぼくたちがこころに うまくうかばない
 
レールの上をあぶなげにわたる 確かな場所へふたり 辿り着けるとしんじていたね
 
ねえ、どうしてあいしたひとと ねえ、どうして むすばれないの
 
 
国安修司の「ねえ」という実に切ない歌なのだが、線路の上の赤いブレザーの女はじつに楽しげに歌っている。これが霊能の証でもなかろうが、まともな神経ではない。
 
何より、その女と同時刻に到着するはずの列車の姿がどこにもない。まるで、その女が列車を跳ね飛ばしてここまで歩いてきた、というように。単なる時間遅れにしては・・・
そして、ここまで見えておきながら駅から誰もこの女を排除に来ないのは・・・・・
暑さが見せる幻なのか。けれど、幻が歌うはずもない。全員そろって幻聴など。
 
 
「まさか、な・・・・・」
ぞくり、ときた相田ケンスケ。その姿この光景を写真に収めれば死ぬ、と直感的に思った。
見てはいけないものを見た、と。他の者の認識も似たようなものだった。
自分たちの待っていた「御祓い師」の到着を知りながら、声もかけられない。
中学生にはきつすぎる試練だった。これが碇シンジの”知り合い”・・・・・
 
 
鈴原トウジの黒ジャージに向かって、赤い靴で歩いてくる・・・・・・・
 
 
「シンジさんの、お友達ですか」
 
「そ、そうです。鈴原トウジいいます。よろしゅう。・・・・頼まれて下すった御祓い師さんでっか」
多少、声はうわずっている。が、相手の目をきっちり見ている。茶色・・・なのだが、赤にも見える不思議な瞳だ。表と裏で昼と夜の自転しているかのよう。
 
 
「はい、はじめまして。悪霊でも二重人格でもなんでも誘か・・・・じゃない、御祓いしてしまう有名で有能な霊能御祓い師の”宜保(ぎぼ)イイコ”と申します。これ名刺です」
有名な人間は名刺など渡したりしないし、それがいかにもそこらのプリクラで作ってきたようなのとなればなおさらだ。時がとまったような幻想と緊張が一気に途切れた。
 
なるほど、碇シンジの知り合いだ。ただ、いかにも”偽名”使っとるなー、というのは彼等にもわかった。本名ではまずいような人物らしい。それに線路を歩いてきただけにすでにヤバイ人だし。しかし、芝居に本物を呼んでしまっていいのか?ただ、やりかねない。
 
 
「あの・・・握手してもらっていいですか」ふいに霧島マナが言った。べつに本人の言う有名で有能、という看板を信じたわけではない。
 
「はい、いいですよ」宜保イイコは霧島マナと握手した。実体があるのを確認。
ついでに、どうして線路を歩いてきたのか、時刻になっても列車がやってこないのか、理由も聞きたかったが、今回の目的は謎の解明ではない、ので、黙っていた。
どこでシンジ君と知り合ってのか、なれそめは、くらいは聞いていいかなとは思ったけど。
やばいかな、やっぱり。
 
 
なにはともあれ、これで芝居は変更なしで続けられる。ふたつの結果を手にするために。
欲張りな。虻も蜂もとるためには一人の懸命な努力では荷が重い。人手が要る。
なぜ、彼女なのか。遠路はるばる呼んできたその理由を彼等は知らない。
だが、今回の仕掛け人総合演出である碇シンジの指示通りに彼女を案内する。
自分の都市侵入を当局に察知されぬために列車丸ごと一つを線路上から忽然と平然と消し去ってしまった危険というのもなまぬるいこの、女を。呼んで、来てしまった。
 
 

 
 
この時点の碇シンジと惣流アスカ、つまりはラングレー。
 
次はアクアリューム、水族館に行こう、という碇シンジのコース設定に「断じてノー!!」を出したラングレーはそれを見透かしていたような碇シンジの「じゃあ、ストレス解消に拳銃やバズーカ砲やレーザーライフルを撃てる場所へ行こう!」という誘いにまんまとのってしまう。ノコノコと音がするようについていった先には、アミューズメント・ゲーセンが。アと小さいユが同じだ。ダマされた、と今度はゆるさん!!と念力集中ピキピキドカーンしそうなラングレーの目にふと、出来のよいガンコン(ガン・コントローラー)が映った。人を殺せぬゲームの玩具にしてはなかなかこの造形はよろしかった。どこのゲーム会社かは知らないが、碇シンジの命はそれでまた救われた。火事にならんですんだ。
ラングレーが子犬や子猫に触れるように銃に触ると同時に、碇シンジがゲーム筐体に百円玉を投入した。画面から立体化したゾンビがラングレーに襲いかかった・・・・・「ぬあっ!?・・やるかあっっ!!」そこからが伝説の始まり。「ダイナマイトゾンビ刑事」今日初めて触れたゲームであるのに店の記録など軽々とうち破り、そこからリンクした全国レコードも軽々と破り、あれよあれよと全国一位。それは新型であるゆえにまだ国内でしか記録はないのだった。日本でトップになっても(あまり・それほど・いやいや)嬉しくないラングレーであるから、おだてる碇シンジの勧めるままに全世界でヒットしたシューティングゲーム「鬼神の城」に嬉々として取りかかる。ただ、これは二人コンビプレイが基本であるから碇シンジもやらされた。「そのくらいのハンデがあってちょうどいい」と強気のラングレー、確かに強い。化け物じみた反射神経とゲームの制作者と結託しているとしか思えない読みを見せすぐさま日本記録に到達し、ギャラリー八重垣そのまま店から紙袋に入った賞品お土産を渡される間もなく、世界スコアに挑戦!。
碇シンジに模擬戦でやられたこともけろっと忘れて上機嫌。右手一本、足を引っ張られつつも、世界の頂点へ。この記録は当人以外には破られそうにない。ラングレーの名はシューターの世界の伝説(エターナルチャンピオン)となった。ついでに碇シンジ、の名も伝説となった。完全に付録、おまけだが。
ともかく、このゲーセンの中ではラングレーは無敵であった。碇シンジが歯が立つものなど何一つなかった。クレーンゲーム、レースゲーム、競馬ゲーム、情けないことにパンチ力を競うパンチングゲームでさえそうだった。とにかく、さんざん遊びまくった。
少し休憩して、ラングレーにはジュースを買い与えて、碇シンジはなにげにトイレへ。
そして、携帯をのぞく。
 
 
「・・・・・来てくれたんだ」
御祓い師の学校到着の知らせメールが入っていた。
確率として五割はなかった。しんこうべ・銀橋旅館にあてた往復はがきは確かに威力を発揮してくれたし、無茶な頼みも聞いてもらえた。有り難いと思う。そして、いったん表情を引き締めて、また元に戻す。そして、ラングレーの元に戻る。そして嘘八百夜町狸日記。
 
 
「ごめん、アスカ。これから学校にいかないといけなくなったんだ。まだ学校休むんだったら、その理由を書いた書類を出さないと留年しちゃうんだって。晩ご飯も外で食べる気でいたから、一緒に行ってくれないかな・・・・あんまり待たせないと思うけど」
 
たかが紙切れ一枚のこと・・・・・ラングレーはそう思ったが、留年の恐怖に負けて家政夫がいなくなるのは困る。ここは呑むしかあるまい。ただ、一つ注文をつけておこう。
 
「晩ご飯は・・・・回るお寿司がいい」
「くるくる寿司?・・・・いいけど・・・・いいの?」
「ムリしなくていい・・・・待たなくていいし」
本音を言えば、今スグ食事にしてもらいたいくらいなのだ、昼がきつねうどんなどと軽いものだったし。ここで学校なぞに寄ればそのぶんだけ遅くなる。おまけに妙に見栄をはられて出来上がるまでに一時間もかかるような凝ったレストランに連れていかれた日には。
かといって、おべんと買って家でたべよう、安上がりだし、などという庶民じみた考えはラングレーには馴染まない。回転寿司は、せめぎ合うギリギリの贅沢選択であった。
もちろん、ゲットするのは絵皿オンリー。攻撃性が高いだけにカロリーの消費も激しい。
弾薬を激しく使うから攻撃力が高い、ともいえる。とにかくラングレーはペコペコだった。
 
 
ぱしゅっ・・
 
碇シンジがポケットから時代遅れのマッチを取りだして、擦った。燐の匂いが漂う。
この匂いが「最近どっかおかしいアスカ」つまりは「ラングレー」のお気に入りで、精神安定剤代わりに吸うのを好んだ。
 
「ああ・・・・」これで少しは気分が落ち着く。妙な習性だが、本人はおかしいと思っていない。空腹のため、「これが罠である」という可能性への注意力が散漫になっていた。
自分の力への自信はもちろんだが・・・・・・悪魔の火子として育ったラングレーは感じていた。腹もたったけど、今日これまでこやつ、碇シンジ相手に念炎を炸裂させずに済んだという事実。タイミングの神に守護されているのだろう、普通の凡人ならばとっくに燃やされているところを今日まで生き延びている・・・・・これは何を意味するのか?
”はじめての遊び相手”を見つけて、ラングレーは浮き立っているのかも知れない。
アスカよりラングレーの方が、こやつと相性がいいのではないかと。ふと、そんなことを。
 
 
愚にもつかない。
 
 
碇シンジが、自分そのものを「罠」にしてしまっていることに気づきもせずに。
必勝を期して自分を罠に同化させる。外面では決して分からない覚悟の程は。
碇シンジの内にある炎の狐を捕らえる、虎鋏。強い力を持つ炎の狐、体を同じくするアスカを傷つけることも厭わない、気迫の持ち主。追いつめれば平気でアスカを燃やすだろう。
失敗は許されない。大事なことを後回しにしても、これを優先させているのだから。
じりじりと冷徹にその時を待ちかまえている。それが発動したとき、ラングレーはそれを裏切りと感じる。不思議なことに。
 
 
人格の破断を起こさせる最も容易い方法は深く信頼信用していた人間に裏切られること。
 
 
そんなことは分かり切っているのに。自分のために火をつけてくれる人間がいることに。
 
 
「・・・ありがとう」
ラングレーとして感謝を。わたしの前で暗くはなるな。一度くらいなら、お前のために万象の夜を燃やして照らし出してやってもいいから。ちっぽけなマッチ一本、百万個のバースデーケーキの蝋燭にも勝る、火事のもと。火の悪魔と忌み嫌われてきた身にこれほどの嬉しさはない。ただ単に煙草のけむりよりは(世間的に、不良と思われたらまずいし、グレタ・ガルボならぬ、グレタ・アスカになったら困るし)いいだろう、ということで碇シンジもそこまで読んでいたわけでもないのだが。ちなみに、惣流家のお姫様であった惣流キョウコがならず者の外国ガンマン・ラングレーにイカれてしまったのは、やはりこれが原因だった。いったん燃えだしたら原油満載の座礁タンカーのように燃えまくる。
念炎能力者の前で火を焚くのは、味方の証明のようなもんで、本能的に安心するのだ。
ただ、よほど度胸がないとこんなことはできない。やはり人間は炎に本能的な恐れがある。
 
 
罠にはめるには、とにかく近くにきてもらわないと、その中へ足をつっこんでもらないと始まらない。罠の鉄則である。碇シンジは名前のせいか、たまたま偶然か、ラングレーの信を得ることに成功した。別に至誠を見せたわけでも裸一貫になったわけでもないが。
 
 
とにかく、第一段階は成功した。
ラングレーにきつねうどんを食わし、前世魔人を退ける御利益があるという神聖なるブルー・ダイヤに祈りをささげ、水族館ゆきを断ることでやはり”水”が苦手、ということを証明し、ゲーセンで体力を消費させた。
計画にはなかったが、最初に模擬戦で叩いて調子を狂わせておいたことが勝因のひとつかも知れない。それがなければこうもうまくいったかどうか。
 
 
そして、懸案であった「御祓い師」も来てくれた。心おきなく、第二段階に進むことが出来る。ここから先は自分一人の勝負となる。
 
 
「留年しちゃう」といういささか情けない言葉で、異常アスカことラングレーを罠の最後の舞台である学校に誘い込むことに成功した碇シンジ。碇ゲンドウが見たらこの息子の姿をなんといっただろうか?