「あれが、臨時駅・・・・か」
 
 
それ以上言葉がない鈴原トウジ。ミイラ路面電車はその怪物めいた速度で官憲をまき姿をくらまし、市街を抜けて、牧場のはずれまでほっと一息。若い学者とインド人の奥さんが二人でやっている、ハーブ園などもあるがあまり大規模なもんではない。サイレージに天体望遠鏡などをくっつけてあるあたり、半学半酪といったところか。で、なぜ「牧場のそば」だったのか、山岸マユミであったらまたそそこに意味や見立てたところだが、鈴原トウジとしては人目がないのがありがたいだけの話。マサムネの言うには「もう充電は十分なのよ〜、あとは”天気輪”がまわるのを待てばいいのよ〜」ということで、もう駆け回る必要はないということで結局、このコースになんの意味があったのか。確かに市街という「境界」は越えたが、それは物理的な距離にすぎず、目標たる碇シンジの影もない。
 
 
自分たちが境界線(ボーダーライン)を越える予感は勘違いだったのか・・・・・
 
 
あれだけ派手な暴走劇を演じながらも、今ここにいるのはのどかな牧場。
いや、確かに現状でも”いろいろ”と越えているが、それでもまだ追いかける相手の背も見ないうちは・・・・足を止めたのとさして変わりない。こいつにバカされたんと違うか・・・・・猫と言うよりはすっかりバケ狸のようにしかみえない車掌の格好して直立歩行するマサムネを不信と疑惑まるだしの目でみやる鈴原トウジ。それもまた童話っぽい。
銀鉄を信じるのならば、狐狸の化かしを信じないわけにもいくまい。
 
 
もはや夜、高度のせいか妙に冷える・・・・いいんちょはなんと言われようと2,3発張り手をくらおうと、家に帰す頃合いやな・・・多少怪しまれてもあそこの牧場で電話でも借りるか・・・と運転から解放されて頭が現実に戻りかけたその時、鈴原トウジは「それ」を見た。市街中央部に屹立した巨大な黄金の武骨な柱・・・・・兵装ビルなどと比肩してもその巨大さが分かるが、その柱状のものの上空に浮かんでいる・・・・・・・「雲」・・・・・孤立して低空飛行する夜の雲らしき”何か”・・・・
 
 
もちろん、自分たちの知る第三新東京市にはそんなもんはない。
使徒、といいかける前に、別の言葉を口にしていた。臨時駅。高いところにある、とマサムネが言った。そこに銀鉄が停車するのだと。
 
 
「きれい・・・・・・・・・」完全に少女以外のなにものでもないコメント・洞木ヒカリ。
 
 
これが教室内や昼間の街中であるんなら、「おーい、かえってこいやあ」と三味線のひとつもペケペケ弾いてやらねばならんけど、こっちの足下もフワフワすでに浮いてしもとるのだから、どうしたもんかい。とはいえ、不見転(みずてん)よろしく、オカルトミステリオラクルミラクルなんでもよろしおすぇ、もうアンタはんのすきにしてえ〜んというワケにもいかん。ワイは男や。鈴原トウジは足を踏みしめる。
ちなみに、不見転とは客をえり好みせずになんでも相手にする芸妓のこと。祖父がたまにこんな昔言葉を使うので知っていたのだろう。
 
夢をみる少女ないいんちょの横顔は・・・・・・うぐぐ、悪くない、これが悪いというなら何が悪いんや、この世に正しいもんなどないという道理になる。しかし、これ以上現実から遊離してしまわんためにも、このネコダヌキにだまされんためにも、ここは鬼となって一発きついツッコミをいれねばなるまい・・・・・・えー、こほん・・・・
こういうワケのわからん状況だからこそ、なんでも受け容れとったらあかんねん、ええもんんはええけど、いけんもんはいけん、とハッキリと己をもっとかんと流されたらあかん。
こうビシャッとピシャッと、シャピッとシャビッとや。脳内シュミレーションが高じてバーチャヌンチャクをふるう鈴原トウジ。それに対して
 
 
「雪・・・・・・・・・・」マッチは売ってないけど少女なコメントを続ける洞木ヒカリ。
 
 
なぬ?そんなアホな
 
 
だが、車外を窓のそとを見てみると、雪が降っている。
 
 
「そういえば、寒いのよ〜。暖房いれるのよ〜・・・・・と思ったらついてなかったのよ〜、寒いのよ〜寒いのよ〜」
もはや幼稚園の歌う童謡にしか残らぬ風情、猫はこたつで丸くなる、毛皮のわりに耐寒性の無さを目の前で実証してみせるマサムネ。いかんせんその巨大さでかい腹のために泣き言ぬかしてもぜんぜんかわいくないうえに、同情心をそそらない。
「お客さん、寒いのよ〜、なんとかして欲しいのよ〜」
「お前、乗務員の自覚ないやろ。そないに寒いんならSLの機関士でもやっとれ!・・・・しかし、ホンマに寒いな・・・・汗が冷えたんとは全然違う寒さや・・・ん?・・・まてや・・・・よく考えたらこれもお前の仕組みやないんかい!?おぶっ
 
「濡れ衣なのよ〜、こんなことまで知らないのよ〜。寒いのよ〜ひたすら寒いのよ〜」
熱源を求めて逃げようのない運転席の鈴原トウジにのっかかるマサムネ。
 
「ぐぐ・・・・くるし・・・・・の、のけ・・・・・・」
変身した自分のサイズを見当にいれてないのか、相撲取りにやられたのとえらく変わらない。圧死体と化すところの鈴原トウジを救ったのはやはり洞木ヒカリだった。
 
 
「雪って・・・空の上でホワイトチョコをけずってるみたい・・・・」
 
 
「ホワイトチョコ?食べたいのよ〜!」
図体にあわぬ素早さでのくマサムネ。ただ単語に反応しただけのようで、あたりをキョロキョロ見回している。洞木ヒカリの乙女詩心を理解できるわけもない。
 
「た、助かったで、イインチョー・・・・おおきに」
 
 
「たぶん、雪女がジャックフロストへの愛の贈り物の下ごしらえをしているのね・・・」
ニクロム線なみに抵抗の高い乙女回路のスイッチが入っているのかどうか、洞木ヒカリはうっとりと、またはぼうっと外の雪景色を見ているが寒くないらしい。
 
「ほ、ほうでっか・・・・」
その横顔を見てると、さっきとはまた”違う感慨”にとらわれる鈴原トウジであった。
 
 
「・・・・・ホワイトチョコ、ないのよ〜・・・・・」
心の底からがっかりしたような声をだすマサムネ。こちらも結局は寒さより食欲食い意地が優先されるようで。「そないに食いたかったら、あっちの牧場でもらってきたらどうや。そんなことより・・・・・・って!おい、ホンマに行くなや!!お前みたいなバケ猫が挨拶したら牧場のひとが驚くやないか!心臓弱かったらショック死するかもしれん」
下りようとするその巨体をあわてて引き止める鈴原トウジ。
 
「そんなことないのよ〜。二本足で歩いて口をきけば、猫でも犬でも人間のおともだち、なのよ〜。影から声をかけて、姿を見られないようにすればいいのよ〜」
 
「あ、それって、きつねのてぶくろのお話?私、好きだな」
洞木ヒカリはそう言うが、これはあくまで感想であり、賛成ではなく、内実は即却下である。
 
「今日の朝、とどいてなかった牛乳をもらいにきました、と、ねじこむのよ〜。それで、おわびの印として、ホワイトチョコとチーズをもらえるのよ〜」
 
「目が細いくせに、極悪なやっちゃな・・・・・なんちゅう腹黒な。ま、そらいいとして、や。この雪はワイらと、・・・・ちゅうか、銀鉄に乗り込むのとホンマに関係はないんか?」
雪で寒くなったとはいえ、ぼた雪があたり一面を白く銀世界に支配しているわけでもない。
なにか季節の扉が間違えてひらかれたような、超巨大な冷蔵庫があきっぱなしになったままになったような、イレギュラー的な唐突さであったが、これが大地に深く浸透し何日も人々に深刻な影響を及ぼすようなものであるなら、大したことが自分に出来るわけでもなかろうが、ちと考えねばなるまい。無知の故に迷惑をかけるなら、引き返すことも。
 
「関係したくても、できないのよ〜。こんなことは、人間にも猫にも、できないのよ〜」
嘘をついているようには聞こえない。もともと嘘ついてまで隠したりするものがないに違いない。紅マグロ寿司さえ食べられればいいのだろう。こいつは。
 
 
「たんなる、偶然なんか・・・・・それとも、”あれ”が・・・降らしとんか・・・?」
市街に立つ黄金の柱・・・・・その上空にある、「雲」・・・・実際にそれがなにであるか、この距離ではこの夜では分からない。降る雪が判別をますますあやしくする。
 
 
「でも、ちょっとおかしいのよ〜。雪国仕様の銀鉄がここに来るはずがないのよ〜」
 
そして、はじめてマサムネが車掌らしい説明ゼリフをしゃべった。表情もわずかに、ほんのわずか、引き締まっているようにも、見えないこともない。もしかしたら、雪国仕様とやらには紅マグロ寿司が売ってないのかもしれない。
 
「・・・・・なんやて?いきなりまともなセリフをしゃべりよるから頭がついていかんかった」
 
「鈴原、マサムネ君の話、ちゃんと聞いておきなさいよ」
 
「・・・・いいんちょも元に戻っとるし・・・・・ウム、頭が冷えてきたんやろな。
で、雪国仕様ってなんや?銀河鉄道っっちゅうんは、いわゆるシュポシュポ煙吐いて走るSLやないんか?なあ?」
洞木ヒカリに同意を求める。「ええ・・・・・確か、そんな感じだったような」
名前からすればスーパーエクスプレス・ザ・新幹線をぜひ挙げたいところだが、記憶するイメージはそんなもんだった。
「それに、来るはずがないっちゅうんは・・・・今の日本は年中夏になっとるけど、SLの走っとった時代は冬もあれば春秋のある・・・・・」
 
「違うのよ〜。そんなの時代遅れなのよ〜、残酷なのよ〜・・・・・ふーむ、ほんとにおかしいのよ〜、目がよく見えないのよ〜、耳もよく聞こえないのよ〜」
鈴原トウジの問いにまともには答えず、マサムネは車掌服のポケットから眼鏡を取り出すと、でかい顔に、チョコンとかけた。そして、市街中央部、黄金の柱と雲の様子を見た。
首をかしげる。それから、皮表紙の本を取りだし、なにやら確認する・・・・・。
猫の目には人間の眼に映らぬものも映るのか、その様子にさらなる寒気を覚えるふたり。
なにがおかしいのか・・・・・このバケ猫がそういうのだから、それよりもっと常識外れのやばいことに違いない。もしや、天変地異の始まりか?
 
ただ、いつもは夏である第三新東京市に雪が降り、それに素早く対応すべく雪国仕様の銀鉄が登場する、というのはべつだんおかしいとは思えない。道理には適っている気がするが。
だが、マサムネの言うことをそのまま受け容れて考えると・・・・・・、
 
この雪は「雪国仕様の銀鉄」が”降らせている”のだが、年中夏の第三新東京市に雪国仕様の銀鉄が来る用事がない必要がないはずなのに、「来ている」・・・・・だから、おかしい。
 
と、いうことになる。いずれにせよ、知識がなければ判断のしようもない。
 
この目で見てみれば分かることだ。銀鉄も老朽化して新型車両に変えたのか、時代のニーズに適応してその形を変えたのか・・・・帰ったら、山岸に教えてやらんといけんな。
 
 
「ふーむ、間違いないのよ〜、確かなのよ〜、信じられないけど、ほんとなのよ〜」
猫手を自分の頬にあてイヤイヤをするマサムネ。一応、職務したらしいが、いちいちセリフが聞き捨てならずに不安を煽る。
「うれしいけど困るのよ〜、困るけどうれしいのよ〜」
 
 
「なに一人で納得しとんねん。忘れとんかもしれんが、こっちはお客やで?」
埒があかんので、印籠がわりの天上切符を見せつける鈴原トウジ。やはり二本足で立ってもどちらが偉いか調教してやらねば・・・・。だが、バケ猫車掌は
 
 
「今回の銀鉄はすごいのよ〜。だから、お客さんは楽しみにしていいのよ〜」
 
と、まったくこたえていない。サービス精神をどこかに置き忘れてきたか誤解しているのだろう。葛城ミサトに弟子入りさせるといいかもしれないが。サービスの基本は適切な言葉をお客に配ることなのだが、マサムネはかってに自分だけで喜んでいる。
今回は、って言われてものう・・・銀鉄なんぞ初めてみるワイらにとってはどこがどうスゴイんか分かるかいな・・・・・車掌に同調しようもなくそう考えていた鈴原トウジや洞木ヒカリにとっても・・・・・掛け値なしに。
 
 
今回の銀鉄はすごかった!!
 
 
 

 
 
最後の渦を描くようにして市街中央部からだんだんと遠ざかっていくトロッコ。
 
そこで碇シンジはこれまでの顛末をダイジェストで語った。
 
”雷脈”を辿り終えたというトロッコはすでに自動運転に入っており、碇シンジもフッ君もシーソーから手を離しているが、快調に走り続けている。仕掛けは”ボルタルク”なる金属を車部分に装着していることだけ。それだけで、こんな魔法めいた走行が可能になる・・・・・渚カヲルの天才ぶりがつくづく思い知らされる。
 
 
「カヲル君に会いに行く」
 
 
碇シンジは半バラした。ネルフ第二支部が、渚カヲルが乗ったエヴァ四号機の実験中に消滅してしまったこと。惣流アスカが息を呑み、その事実を受け容れて感情が精製される前に、綾波レイの二刀一閃にも比肩しうる速度で、「それでも、皆、世界のどこかに現れて帰ることを信じてた。僕みたいに」と言の葉でできた大刀を振るった。それで胸に燃え上がるだろう黒い炎が吹き飛ばされると願うように。女房役としてはここは憤懣やるかたなしの想いをぶちまけさせて鬱憤を晴らさせてやらねばならないのだが。僕、男ですよ。
 
消滅したからって消えたままにはならないだろう、と碇シンジは確信していた。それしか信じることはない、というほど単純に。そして、碇シンジには信じる根拠があった。というより、その根拠が自分自身なのだからこれほど強いことはない。事情を知りながら、絶対に、心の底からそう信じていたのはおそらく世界中に碇シンジただ一人なのだから説得の資格を持つ者もまた。中途半端な嘘や迷いはすぐにその青い瞳に見抜かれる。
 
惣流アスカが、なんで自分にそんな大事なことを黙っていた、と激怒するのは当然で当たり前で無理のない話だが、物事にはタイミングというものがある。同様に、いまこの狭いトロッコ上で、すぐ顔が目の前にきているような状況で激怒爆発されてはたまらない。
だいいち、危険であった。胸の内で踊り狂う怒りのファイアードラゴンを抑制するか、解放するか決めかねているような、まことに剣呑の表情で肝が冷える碇シンジ。まったくもって携帯なんかとるんじゃなかった、と後悔する。とはいえ、惣流アスカの確認に迂回したこと自体に後悔はないまったくバカはすくいようがない。
 
その逆に、その時間がなかったとはいえ、綾波さんには今回のことを知らせておくべきだったかも、と反省する。路面電車に乗り損ね、予備のトロッコでギイコギイコやっていたら、なんと零号機の二刀流でもって、鉾を切り倒そうとしたのには背筋がカチンコチンに凍った。あれほどの恐怖を味わったのは第三新東京市に来て初めてだった。いやー、綾波さん怖すぎ。あれで切り倒されていたら、全てがパーになっていたところ。
今夜は冷房いりません、ほんとうに。
 
惣流アスカが態度を決定してしまうまえに、休まずに連打をいれる碇シンジ。
 
「僕が知らされたのも、アスカがやけどして病院にかつぎ込まれた晩だから」
「四号機の実験中というと、やはり同じエヴァに乗るパイロットとして僕たちが動揺するだろうから・・・・・、てまあ、もちろん僕らは機械じゃないから動揺しても当たり前で動揺して悪いことはないんだけど、消滅なんていきなりいわれても困ったと思うし」
「あ、でもアスカがないがしろにされてたとかそういうんじゃなくて、僕は男だから。
それから体験者というか経験者だから」
 
息もつかずに必死である。現在の惣流アスカが非常にナーバス神経質になっており発火しやすくなっているのは先の携帯のやり取りで分かる。あれが演技ではない、と碇シンジにもまた分かっている。だからやっかいなのだが。言葉の取り扱いには厳重注意だ。
 
 
「・・・・・」
第二支部消滅という重大事件が発生したのを知らずにここまできた、というのは惣流アスカのプライドをズタズタに傷つけた。信頼していた人間の裏切り・・・それが人格の破断を起こさせる最も容易な方法・・・・・・人間不信・・・・柔らかな嘘の産着でくるまれてぬくぬくしていた自分が許せない・・・・・だが、それでも。
 
 
「続けて・・・・」話を聞くべきだろう。聞き続け、こいつの話す全てを聞くこと。
破れた内心、誇りの旗をギュッと握って寄り集めて、破れ目からこぼれないようにして。
もはやここは現場であり、泣き言は許されない。自分で望んで飛び出してきたのだから。
消えたのが現れたからいいじゃん、と楽観的にはなれそうもないが、聞くくらいは。
惣流アスカはじっと碇シンジを見つめた。自分がなくした何かをそこに見つけるように。
激しく。日常は自分が見なかったところで激しくうねっていたわけだ。
 
 
「それから、カヲル君に帰る前に聞いてたんだ。そうなった時に、どうすればいいか。
呼び戻す方法を」
 
 
「・・・・・この野郎・・・」おもわず、口をついてしまった。小声であったが。
 
 
「え?なにか言った、アスカ」
 
「なんでもないわよ・・・・でもアンタ、さらっと言うけど、・・・・一体なんでそんなこと渚は・・・アンタに・・・アンタだけに」
なんでここで恨みがましくなるのか、惣流アスカ当人にも分からない。
 
 
「消えてしまわないように。僕はもう経験者だから大丈夫だけど、他の人はどうだか分からないでしょ?・・・・そのための初号機の<鉾>なんだよ。正直、カヲル君と第二支部の人とかよその人に使うことになるとは思ってもみなかったけど・・・・・
らしいよね。カヲル君は、みんなのことを心配してるんだ。してくれてるんだ。今も」
 
少し嫉妬した。それくらい、きれいな笑顔。たとえ真空の冷気の中でもかわらぬ星のかがやき。今の自分にそんな顔をみせてほしくなかった。なんちゃって敗北感・・・・。
 
 
「じゃあ、アンタの・・雷電鉾の・・・上にある、あのばかでかい皿みたいなのは」
第二支部・・・(渚カヲル・四号機込み)・・・・・・・・・・・
 
 
「<鉾>はほんとうは武器じゃない、あれはお祭りの道具なんだよ・・・・」
確かにそう言われてみると「おう!シンジ、ワシはもう去るがこの”鉾”で襲い来るダボどもを締めあげてやらんかいワレ〜」「ガハハ!!まかせときんしゃい!カヲルどん!」夕日をバックに破れ帽子にマント姿にゲタのバンカラ学生ふう渚カヲルと碇シンジのやり取りを想像してみるが、似合わないことこの上ない。
 
 
「お祭り・・・・・つまり、儀式のコトよね。・・・・・でもねえ・・・・消滅を”はしか”みたいにいってるけど、消滅抗体なんてあるわけないし、アンタ一人ンなこと承知してたってしょーがないでしょこのバカ!!・・・渚もほんとうはアンタのために、あんなご大層なモンをよこしたんでしょうが、この・・・・・・・・・・・
アンドロメダカ天文級バカ!!!」
 
 
「宇宙に知的生命体が存在するかどうか・・・・・そんなことどうでもよくなってくるスケールだね」
危険レベルを越えたのであろう、いつものセリフが出たので安心する碇シンジ。今夜の自分は「おりこうのはんたい」であることに自覚がたいへんあるので素直に受け容れる。
 
 
「で、アスカは使徒がどこからくると思う?朝はまたたく希望からくるけど、使徒はどこからくるかしらって」
返答にはしばらくかかるのを見越してか、碇シンジは今まで空気を抜いていた風船人形に再び呼気を吹き込みはじめる。
 
 
「え?・・・・・あー、えと、その・・・・・」
それがわかれば世話はないわよ、と切り捨てとけばいいのだが、明確な時間稼ぎなのはみえみえであるのに、言葉につまる惣流アスカ。バカ呼ばわりしておいてその問いに答えないのはアンフェアの極みであるから。バカ以下ということになる。二本足りないタコだ。
 
 
「現れいづること、消えて無くなること・・・・・・この二つは同じだよ。まだ聞きたいことがあるだろうけど、そろそろ最終段階になるから・・・・・天気輪を回して、銀鉄を呼ばないと・・・・・フッ君、あとは頼むよ」
「まかせておけ!!銀鉄安全行路における貢献賞状授与者の筋力みせてやるぞう!」
そう言ってひとりでシーソーを上げ下げしはじめた。夜景に一本背負いをかましたようにスピードがより増す。
 
 
碇シンジが立ち上がるのと同時にカカッと夜天に稲光。「ちょっ・・・・!」なにか非常なやばさを感じて同じく立ちあがろうとする惣流アスカだが碇シンジの瞳の色を見て黙り座り込む。夜の雲の色・・・・威圧されたわけではない、むしろ逆、魂が抜けたこの身体を揺すれば、拡散し、二度と元に戻らぬような不安感・・・・・意識を全天に解放した代償として肉体が非常に無防備になっている・・・術に集中する魔法使いのように・・・・
 
「くうっ!なんなのよ!」
惣流アスカはギルジャケットの懐からワイヤーを取り出すとそれを器用に碇シンジと自分をつなぐ命綱にする。自分はしっかりとトロッコにつかまっておく。これで離ればなれになることはない・・・・・が、凄まじいスピード。身体が風に直接煽られていることもあろうが、・・・ひょぇ〜・・・これは、悲鳴を喉の奥に押し込んでおく努力がいる。振動が奇妙なほどにないが、そんなのに首をひねったり驚く余裕はない。図形でも描いていたような今までのコースと異なり、どこかに一直線に突っ込んでいる。遠慮も外聞も何もない、道路のど真ん中を高速でブッちぎっている・・・・走行車が他にない、市街が警戒態勢に移行している現状ならではの無茶だが・・・・・高速トロッコは、その元凶たる「鉾」に向かって爆走している・・・・。
 
当然、スピード違反を摘発する警察でもないネルフとて、その様子はモニターしていることだろう。ジャミラ化してごまかす努力も特になし、その暴走物体に誰と誰が乗っていることなど一目瞭然・・・
うわ、ミサトごめん!内心で拝んでおく惣流アスカ。こりゃこれ以上ない裏切り行為であろう。だがもう引き返せるわけもない。危ないと言われて相乗りしたのだから。
 
・・・・だが、そこまではいいとして、もし碇シンジが綾波レイの団地に寄ってその帰りに切符などを落としてそれを鈴原トウジに拾われて、入れ替わりに自分が乗るはずだった路面電車に乗られてしまい・・・・などというくだりまで知れば薩摩守ではすまなかったであろう。洞木ヒカリまで巻き込んだと知れば、「このッ・・・・・無料でもらえる機械のからだバカ!!」トロッコの上だろうとまな板の上だろうとボコボコにしていたはずである。
 
だがもはや判断力の的確さが仇となり、一蓮托生モード入ってしまっている。
綾波レイ、惣流アスカの二大関門を突破して、碇シンジの予備手段であったトロッコは黄金の輝きを放つ鉾めがけて突っ走る!!このまま行けば、正面衝突まちがいなしのコースで。
 
 
碇シンジが右手をかざす。五指を強く開いて、夜空に爪をたて、黄金の鉾を握らんと。
 
途端。
 
トロッコ後部に十円玉でもセットされたかのように一気にウイリーする!。
 
「うわたたあたたあっっ!!」「しっかりつかまってないとあぶないぞお!!」
もうムチャクチャである。このまま空でも飛んでしまうのではなかろうか。自分はともかくなんかカッコつけたポーズの碇シンジを必死で抱き留める惣流アスカ。今、アタシが捕まえなかったら絶対コイツ放り出された!何考えてんだこいつらは!!
 
 
「ぎ・・・・」
「ぎ・・・・」
碇シンジが歯を噛みならしている。スピードはまったく緩まない。・・・もしかして、これって・・・このまま離陸するつもりで・・・失敗・・・とか?ウイリーはまずいの?
ぞお。空冷された以上に顔が青ざめる。が、直後、惣流アスカはとんでもない声を聞く。
 
それは、人の耳では解析不能の、境界線を切り変える絶対魔力の絶叫。
 
 
ぎにゃああああああああああああっっ!
 
 

 
 
 
「シンジ君!?」
 
とうとう発見させることもなく、自らその姿を市街のモニタのもとにさらした碇シンジを見たときに葛城ミサトはさまざまな強感情を塗り込めることなく、発令所に叫び放った。
それは先ほどの綾波レイの微笑みにも匹敵する強烈さでスタッフの精神を揺さぶった。
長年生き別れていた姉と弟が艱難辛苦の末にようやく再会できた声のようでもあり、
百年の仇、この身を鬼に食わせてでもぶち殺すと決意した相手を見敵対峙した声でもあり、
旗本の三男坊だと思っていたのが、じつは暴れん坊将軍ではなくネズミ小僧でしたと告白されたような声でもあり、悪代官がじつはにせ者であり、帯をくるくるまわされていた腰元こそがじつは真の黒幕、悪の総元締めであったことを知った風来坊のような声でもある。
時代劇を百連発で観させられたようなイリュージョンが脳内で炸裂したが、すぐに自分たちの任務に戻る。驚いているヒマはないのだ。碇シンジが今頃ノコノコ現れてもそれに律儀に反応できないほどに現在の発令所は忙しい。全能力をもって、突如、出現した・・・巨大物体・・・・消滅したはずの第二支部の解析、対応にあたっている。もはや輪番も何も関係なく全ネルフ支部はこの事実を知らされた。ネルフ全関係者はフルスタンバイをかけられた。秘匿して動くにはスケールがあまりにでかすぎて、対応するには人出は足りなすぎる。情報解禁して動ける人員は全て動かした方がいい・・・・・もちろん、このようなことになれば発令所オペレータは楽になるどころか、パンク寸前まで追い込まれる。
脳みそに血流が一時期にドクドク異常集中し、エスパー同士の精神決闘のように破裂・・・・・してもおかしくなかった。これで破裂すれば葛城ミサトの解禁判断は最凶最悪なものになったが、スタッフはこの信頼に応えてなんとか堪え忍んだ。
やるべきことは山ほどある。が、その中でも、最優先でどうにかせねばならんのは、「あのばかでかい第二支部が落っこちてきたら、どうなるか解析」である。赤木リツコ博士・マギはこれに使われた。次点として「あの鉾はどれくらい支えていられるのか解析」であり、データ不足などと泣き言もいえずに伊吹マヤと武蔵野秋葉森に眠る旧マギがこれにあたる。鉾の影響か、第三新東京市周辺で異常気象が発生している・・局地的豪雨強風竜巻なんぞは序の口、オーロラが見えたり、・・・なんと雪が降っているところすらある・・・・・
 
マギを使おうと赤木リツコ博士が算出しようとやっていることは要するに「逃げる算段」である。天災相手にはこれしかない。とはいえ、本部に羽根や足をはやしてよその県に移動することもできないから、求めるのは、被害をどれほど抑制できるか・・・・これにつきる。赤木リツコ博士を筆頭とした技術スタッフがこれにあたり、
 
そして、葛城ミサト率いる作戦部がやるのは、「第二支部には人間は生き残っているのかどうか偵察」。半径8,9キロと言うから単純計算して十分の一のスケールに縮んでしまっている第二支部であるが、よく見てみると、アメリカの広大な土地を生かして離れに離れまくっていた各施設の間の距離が縮んでおり、まとめられた、という感じが強い。
うかつには近寄れないため撮りまくった衛星写真から推察するに、一律で縮小されているわけでもないようだ。・・・・・・また非情なようだが、または人情か、ネルフにとって肝心なのは最重要で確認を求められたのは・・・・・エヴァ四号機の実験棟が「無事」であるかどうか、結果から言えば、それが解析を早くした・・・・・縮小率「1」・・・・四号機のある・・・消滅事故当時にあったはずの実験施設はスケールの歪みはない。
あえて例えるなら、おにぎりのように、外側しっかり中はほんのりと握られた、と。
縮小は鉾からの影響によるものか、どうか分からない。が、その事実に、スタッフは小さくも歓声をあげる。まだ事態は緊急のまっただ中にある。安心など、できようもないが。
 
 
けれど・・・・・
 
それを知らされた赤木リツコ博士の白衣の背は・・・・顔は冷静にモニタを凝視してこゆるぎもしなかったが・・・・・泣いていた。まだ生存が確認されているわけでもないが。
 
 
けれど・・・・・
 
人のあえかな期待をこのような形で裏切り、嘲笑うほどに神は・・・・自らの使いを返り討ちにしてきた人間を、憎んでいるだろうか。その問いは誰の心にもあったが、口に出せない。食料や水はともかく、空気の問題や、内部の人間の精神の強度の問題・・・・
あれからどれくらい経ったか・・・・・・忘れてなどいないが、それが人を救うとは。
問いかければキリがない。事実はいつも苛酷で酷薄。それに最前線で立ち向かい、その手で握らねばならない葛城ミサトは・・・・・・無意識に、十字架を握りしめている。
 
 
お願い・・・・・
 
なにに願っているのかわからない。悪魔はそんな人間のそばにやってくるのが大好きだ。
そして、碇シンジを見たのもそんな時だ。おまけに・・・・・
 
 
「アスカ・・・・・・・」
見間違うはずもない、惣流アスカ。ギルのものらしい特殊ジャケットをまとったその姿は傷ついた小鳥の弱さなどどこにもない。一体全体どうしたことか、二人してトロッコに乗っている・・・・・ちなみに葛城ミサトビジョンには風船人形は映っていない。
 
エヴァ初号機専属操縦者、エヴァ弐号機パイロット、二人して、この緊急時になにをしているのか・・・・・・異様というか、この天に浮かぶ異常にも相当するが、二人の目には迷いがない。・・・・本気の目だ。トロッコは世界の壁を突き破る速さで走っている・・・・・現国で読んだ芥川だと、ちょーしこいた子供が一方通行ともしらずにトロッコのドカチンおっさんたちについていって山越えしてあとで泣きをみる話だったけど・・・だったかな・・・・。
 
おまけに、そのままいくと鉾に激突するしかないような・・・・・・
 
チョロQみたいにウイリーまではじめたし・・・・・・・おい
 
 
「葛城三佐!」今夜は社長っぷりを見せに見せつけたはずの伊吹マヤが悲鳴をあげた。
 
何事じゃい!まだこれ以上なんか怒るっての!?じゃない、起こるっての!?そろそろこっちもオーバーペースで脳内変換も変よ!?
 
「エヴァ初号機が起動!おかげさまで彼女の頭の中・・”初号機領域”がつかえません!なんとかしてください!!」
 
「はあ?・・・・・してくれったって・・・シンジ君乗ってないし・・・・リツコ先生、なんとかして・・・・いや、説明してくれるだけでいいから」
伊吹マヤの剣幕にちょっとタジる。マハーる。
 
しかし、赤木リツコ博士完全シカト。聞こえているのに聞こえないふり。忙しい上に、伊吹マヤの事情も分かるだけにあだやテキトーなことはいえない。この混乱時に情報の交錯知らずの底なし領域を持つ初号機がオペレータにとってどれだけ有り難いか。いつものことじゃないの・・・などとは、ちょっと。マヤ、こわいわよ。
 
 
「・・・・とりあえず、当人になんとかさせるから。捕まえるまでちょっと待って。
初号機もケージで暴れてるわけじゃないんでしょ。・・・・・ますます発電量を増やしてるだけで・・・・だけで・・・・って!!・・整備班は退去して念のため耐電装備!。
リツコ!!初号機と鉾、再接続させて!」
「もうやってるわ!」
聞こえないのではなくそのフリであるのを見事に証明した呼吸だが、つっこむ勇者はなし。
日向マコトでさえも。もう一段階、これはなにかある・・・・。全員が覚悟した。
 
 
そして、鉾が回転をはじめる・・・・・・
天気輪が、回る。
 
 

 
 
「拿園」と表札のかかった家の塀で歳ふる猫が夜空を見ている。
普段は飼い主のそばにいる時間だが、今夜だけはそうせずにおれない。
 
 
銀鉄が来る、今夜・・・・・・
 
 
あの人間の子供はそう言った。そして、トラブルもあった。
 
・・・・あのバカせがれめ・・・・・・切符を落とした、というあの子供にもあきれるが・・・・たとえ切符をもっていようと、”乗せていい相手”と”そうでない相手”が見抜けぬとは・・・車掌として失格だ・・・・ニャ・・・せがれのしくじりに老いた身体がじくりと痛む。その目がないことは致命的。せがれは、銀鉄の車掌資格を奪われる。
だからこそ、銀鉄の車掌は猫なのだ。その目ゆえに。境界を越えるゆえに。
もとより、あの”腹”にはなんの痛痒も感じぬだろうが、代が絶えたことはつらい。
いとしいはずの、それゆえにあまりに見なかった星の光が猫目を刺す。
 
 
予備倉庫からトロッコと相方の風船人形をあわてて引き出してきたものの・・・・
あの子供は間に合うだろうか・・・・天気輪が、まわりはじめる・・・・・
あのように強力な天気輪は見たことがない・・・・・銀鉄は、来るだろう。
けれど、それを取り巻く、それに乗ろうとする者たちは、あまりに未熟で、おそまつで。
やはり、自分が先導するべきだったのか。ああ、銀鉄が、来るというのならば。
 
 
ぴき。
鋭い耳が、飼い主の咳をきいた。飼い主が、自分を呼んでいる。多くの人間に囲まれて生きてきたせいか、飼い主はとてもさびしがりやで、ぬくもりをもとめる、さむがり屋だ。
もう、戻らねば。未練は猫に似合わない。それでも、わずかに、塀を下りる足が鈍った。
この目が、銀鉄を見ること、二度と叶わぬと思えば。
 
 
・・・・・・その時、人の口から放たれた猫語が聞こえた。遠いが、確かに。
 
あの子どもの声で。「空を見よ」と。
だから振り返り、見上げた。夜空を。
 
 
この猫目が砕かれたのか、と。光より早く音がきた。不信の想いが疑念が無尽に砕かれる音、そしてなつかしの汽笛の音色。あれは、それは、銀鉄の。間違うはずもない。
 
天気輪の輝きに応答して天球に走る光のひび割れ
猫の目が天気輪を撃つ稲妻たちを映す。
 
だが、それがなんなのか、すぐに分かった。
この世ならぬ12本の光線。幻想第四次銀鉄の路線。何物にも侵されずそれのみに車輪を乗せ回し無限の虚空を往き乗客を運ぶ、鉄道。それが、この街へ。臨時駅へ。来る。来た。
 
 
 
闇空が紫天に染め上がる。統べての毛が逆立つ。「そんニャ・・・・・・ばかニャ」
 
歓喜と驚愕と困惑が一どきに押し寄せて老猫を翻弄する、ほとんど塀の上で痺れている。
マタタビを山と積まれて埋められてもここまで酔いはしない。あの人間の子どもは。
 
あの12の光線上の、12の車体は
 
 
12本の主要銀鉄を、呼びつけた・・・・
 
 
もちろん、乗るのは一本で十分・・・いくらなんでも呼びすぎだ・・・・・ニャ