「・・・風がどうと吹き」
 
「・・・・木がひゅうとさわぎ」
 
「・・・・・草がざわざわとなびき」
 
 
 
「汽笛が」
 
 
「オーンと鳴り響く」
 
 
文部省特選の杉井ギサブロー監督作品のアニメーション映画「銀河鉄道の夜」の予告編の詩を呟く山岸マユミ。ここは第三新東京市立総合運動公園。トラックのど真ん中に立ち。発令中の市街をシェルターに避難もせずに走り抜いてここまできた。物語に入り込むことも世界の裏側へ通じる魔法に選ばれることもなかったけれど、ここまで走ってきたことで十分。この場所で天を見上げてこの詩を誰とも知らぬ誰かに捧げるだけで、自分は十分だと。この詩が言霊になって世界を支える細い柱の一つになるわけでもないのに、空の星を首飾りにしたような切なさ。世界を読み解こうとして、読み解いた。
 
それが必要だと、自分で感じて、自分のためにそれを成したことが。熱がある。
 
今夜の自分は電気ではなく、蒸気で動いている。
 
 
ここまで走ってきた軌跡が・・・・・ヘトヘトになって芝生に寝転がり座り込んでいる相田ケンスケと霧島マナがいる(つきあわせてごめんなさい)・・・・・・わたしの路線。
 
 
天に接続するあなたの線路が迷わないように、見上げておこう。
 
こんな、ふつうの、どこにもあるような、ただの黒い目でも、観測者の役割くらいは果たせるから。光にあふれた天上からなら、こんな色でも見やすいかもしれない。
理解することなんてできなくても、見守ることくらいはやらせて。
 
銀河鉄道の夜にはいくつかのバージョンがあるけれど、ジョバンニは戻ってきている。
 
カムパネルラはジョバンニを連れていったりしない。
 
自分には人生経験もないし、物語を透かして物事を見ているだけかもしれない。
自分は占い師でもなんでもないし、霊感もないけど、猛烈に悪い予感が、あの唐草模様の十文字の紙を見たときから、していた。運命の駆動輪(ベベルギア)の音を聞いた。
 
これは夢、夢にしておかねばならないほどに、哀しくてつらいことがおきる気がして。
本の中に綴じておきたいから、詩を天に向かって呟いた。
何かを失う夢。誰かを失う夢。そんな夢など見たくない。
 
 
・・・・・渚君にはもう、会えないのかもしれない・・・・・
 
 
ガラスのマントをはためかすような一陣の風が、山岸マユミの耳元で唐突に悟らせる。
失われた者は回復しない。
ジョバンニにはカムパネルラを連れて帰ることはできない。帰還なく再会は終になく。
朝を迎えれば永訣。
 
 
・・・・そんなことは、ないよね・・・・・碇君・・・・・・
 
 
山岸マユミは、そこらで寝転がっている相田ケンスケや霧島マナにいわせると、目をあけながら夢を見ている、ようなものだが・・・・それだけに多少の情報の欠落をものともせずに、草木の地にありながら風の中、真実近くに届いてしまっていた。それは瞬間的に未来視、予知地球儀のレベルにあったが、頭上に展開する現実はさらに上をゆく。
 
 
どこぞで人猫絶叫がして。
 
 
詩の詠唱終了と同時に、12の銀鉄が召喚されたのをモロにその目で見てしまい、
 
「あ」
 
と、ここまでの走り込みが祟り、とうとう、こてん、とダウンしてしまう山岸マユミ。
あまりのタイミングの良さに、コケの一念でマユミちゃんがこれを呼んだのかとさすがの幻想不信者・相田ケンスケも霧島マナも震え上がった。そして
「メ、メーテルって実在の人物なのか!!?ああっ、あーあーうー!」
「あ、あ、相田くん、落ち着いてってば、や、山岸さんも、た、倒れちゃったし・・・」
「カ、カ、カ、カ、カ、・・・・」
「カ!?なにどうしたの!?掛布さん!?カーディナルス!?ちなみにメーテルさんだけは絶対に実在してないわ!!。断言してあげるからねえ、落ち着いて?それになに?その指のカタチ?ちょっとこれ以上魔法っぽいこと禁止!!血の流れより赤いレッドカード!!」
 
「カ・・カ・・・
カメラをわすれたああああああーーーーー!!」
 
痛恨の叫びが黄昏よりも暗い夜空に消える前に、思わずあばれてしまった霧島マナの竜破の一撃が相田ケンスケの金色の混沌に叩き込んだ。
 
 
 
それは
 
さながら12の光鎖で天から吊された聖なる皿・・・・
 
 
 
第三新東京市に現出した第二支部・臨時駅と12線の銀鉄が織りなす光景は、見上げる人間、いやさそれ以外の理を知るものたちの魂を奪う。リアルを侵食する突如の幻想に対抗するべくあれほど猛回転していたネルフ本部発令所でもあっさりと陥落し時は止まり、静まり返って人はまぬけの群と化してモニタを見つめている。だけれど、その表情は子供のそれ。”ただの異変”ならばここまで心囚われたりしない。そんな体験は使徒相手にいくらでも腐るほどしてきた。この戦闘経験を、いわゆる神秘体験の内に数えてよいのなら今日からこの場のわたしもあなたも全員が教祖様である。場数だけは踏んでおり、外から来る異変には強い耐性がある。対神秘系無痛症鉄面皮。その彼らが。自分たちが及ばないものを素直に認める顔をして。今まで忘れていたが、自分たちはあの鉄道を知っていた。使徒と対抗する術をもつ歳になる前の己は確かに知っていたし、いずれはあれに乗ることになるという強力な予感。あれは、そういうものだ。(しかし、そのことを忘れずにいるおとなは、いくらもいない)
 
ただ、鉄道が空から現れた、という目に見える現象などは、論ずるにも値しない。
誰に告げられずとも、本能的に理解する。たいせつなことは、目に見えない。
あれは、そう見えるだけで、そんなカタチをとりあえずとっている異端。現実の終着。
” ”から現れて、” ”に消えていく。どのような人間も例外なく。ひとりの例外なく。
この空白に一字を。一語を。終わりをしめす己の言葉を。
 
 
” ”
 
 
これだ。そこから生まれ落ちて、いずれはそこへいかねばならない場所。
 
” ”
 
 
”  ”
 
 
あの列車はそこに向かって走るもの・・・・・科学の砦の住人達がひとりの例外もなく分かっていた。だからこそ、動けない。この中でずば抜けた生命力を持つ赤木リツコ博士も、葛城ミサトも指先一本動かせない。意気軒昂旺盛であるからこそ、突如、なんの前ふりも連絡も説明もなく現れた” ”のカタチに射すくめられ打ちのめされ羽交い締めにされた。
 
 
もしくは、” ”
 
 
その一字を入れても構わない。答は最低でも12以上ある。いずれにせよ、相対するに迎え入れるに静寂が必要になるしろもの。精神に舞い下りるは荘厳。黙祷の代わりに、その光景を邪念なく雑念なく見つめている・・・・。だが、状況は時計の針は容赦なく動く。
獣ではない以上、いかなる人間もそれについて考えないことはなく、その想念が絡めとる。
空白に返答を強制される。選ばねば、ならないのだろう・・・・” ”に何かを・・。
 
 
「まいったのう、こりゃあ・・・・」
迷える若人を導くのは老人の知恵。この場で一番、棺おけ側に近い人間は、こうする。
右手がキギリ、と動く。伸ばした指先は、人生を載せても折れぬよう厳しく硬く。
野散須カンタローの敬礼。それに葛城ミサトが習い、オペレータたちが習い・・・発令所内に式礼の花が咲いていく・・・・それに習わないのは少女のような顔をした赤木リツコ博士だけ。「・・・・なんで、12なのかしら・・・」そんなことを呟いている。
横目でちらりと葛城ミサトがその顔を見ている。もとより咎める気などない・・・礼の花は花として、適当なところで茎を断ち切るような薄情な真似をしているのはこちら。墓場の中で面影追わずに墓石の数を数えるのもまた一興。
この冷血女と今まで友だちづきあいしてこれた理由がわかったような気がする。
感傷を断ち切る。
もともと礼なんてのはそのためにある。いつまでもそうしているわけにはいかないから。
さて、人間として機械に戻ろう。現実を処理するために。我らは地に這う回路なり。
驚きタイム終了。怪異はこっちが驚けば驚くほどつけあがる。
 
 
「さあ、有限の地べたでやっていきましょうかね、こちらは!」
あんまり澄んでもいなかったが、葛城ミサトの目には命が燃えている。その飛火一喝でオペレータ達が無限に向かってぼんやり携えていた式礼の花が燃やされる。静寂が破られる。自分たちがこの先どこへゆくか、この先になにがあるか、なんて思索はあとでやってちょうだいよ、と。そして、その目はモニターに映る暴走弟妹、碇シンジと惣流アスカを睨みつける!!
 
「日向君!シンジ君たちの乗ったトロッコをアップにして!」
「は、はい!」
その声にキックいれられ発令所が再起動、大量の情報が行き交う喧噪に包まれかえる。
 
こっちがぼんやりしてた隙にトロッコは鉾に到達、そのままいかなる仕掛けか、鉾に沿って垂直に登っている・・・・ちょっとシャレになっていない。上昇速度は先ほどの暴走速度からぐんとゆっくり・・・運動エネルギーを得る前の登頂途中のジェットコースター、いや、重力落下絶叫マシン・上昇中のフリーフォールに近いか、ともあれ安全ベルトなど装備しているようでもないトロッコはひたすら電磁力だけを頼りに引力に逆らっているようだが・・・・・あそこから落ちたら・・・・・・・・・・・・・・・・・おい。あそこからはどのような景色が見えているのか・・・・・なんつーか、こわくないのかあの二人・・・かなり風速もある・・・・高所恐怖症のケがあるオペレータなどはその光景を直視できずに俯いている。それでも、高いところが平気な人間でもありゃあ怖気がするだろう。やれ!百万円やるからやれ!と言われてもお断りだ。見ている方が不安になってくる・・・・親という文字は木の上に立って子供の姿を見る、という造りになっているが、これはちょいと心臓に悪い。悪すぎ。しかも、こちらからは今からどうしようもない。手の出しようがない。
 
境界線。それを、越えようとしている・・・・・なんというか、上方向へ。
 
ずいぶん、遠くへ。これは、成長なのだろうか。それとも、進化・・・・だろうか。
 
夢が散らばる無限の夜をのぼっていくエレベーターと化したトロッコの中に、
蓋を忘れた棺桶のように見えなくもないトロッコの中に、
 
 
惣流アスカと碇シンジ。
 
 
なぜ、このふたりなのか・・・・・・たとえ他の者が分からなくても、自分は分かってやらねばならないのだろう。コトの是非はともかくとして、だ。ふたりでいくことを。
惣流アスカが碇シンジを抱いている。おそらくは、落っこちぬようにしているのだろう。役割が逆だとは思うが、碇シンジはひたすらに天の星を見ているだけで、魂はすでに出発してしまっているよう。ん・・・・ふと
 
 
アスカと、目が合った。
 
 
もちろん、モニターに映っているのだから、発令所にいる全員に見られている。以上、その表現は適当ではないが、それでも葛城ミサトは確かにそう感じた。
 
 
ごめん、ミサト
 
 
テレビ目線で拝まれたわけでもないが、惣流アスカがそう謝ったのをその耳で聞いた。
アスカほど賢ければこんな事態になれば自分たちが観測されていることなど百も承知の上だろうしね・・・・。それがどんな影響を及ぼし、どんな結果を招くのか・・・それが分からないほど子供じゃあない。・・・・こんな夜に出てこれるくらいに。できれば、眠っていてほしかった。家の中で、無事に、安らかに。
何者に強制されたわけでも、誘われたわけでもない、己を失っていない、あれは正気の目。
多少の苦難などものともしない、地に届く強い意志の輝き。
激怒はするけど許してあげる。シンジ君ひとりならとてもこんなに落ち着いてられない。だけど、アスカがいるなら。たぶん、大丈夫だ。・・・・アスカ、任せたわよ。
そのまま行って帰らない、なんてことはない。連れ戻してくれるはずだ。
もう十字架を握ることもなく。葛城ミサトはいつも通りの作戦部長の顔に戻った。
 
 
碇シンジと惣流アスカが鉾に沿って上昇、第二支部に向かっている、という事実を踏まえ行動計画を練り直す。状況は一変している。マギに計算させずともあの子の目的は分かる。
 
行くはずだ
 
そのために
 
こんなことを これほどのことを する
 
必要があった だから やった。どんなにバカらしくても
 
 
渚カヲル フィフス・チルドレン
 
 
彼に会うために。それが出来るのはあの子だけ。目的のために手段、選んでないけど。
葛城ミサトは考える。大幅に水をあけられてしまったが、せめてあの子の思考を追えるように。なにせ大仕掛けだけに、そこにはそれなりの道理やルールや目的があるはずだ。
あの一直線ぶりからみて、周囲を騙す余裕などなくひたすらに目的を果たすだけに用意されたブツは配置されているはず。そこから、何かを汲み取れないだろうか・・・・・。
 
 
「理解不能のものを理解しようとするのは、儂らにとっては害毒にしかならん」
 
野散須カンタローの、先ほどまでとはうってかえって隠った声、江戸の盗人が使う響きが限定される闇がたりにも似た、作戦家がたり。日向マコトにも聞かされぬそれは。
 
 
「碇の坊とアスカのお嬢のあの行動は、まだ捕捉できるのだがのう・・・」
 
言われなくとも分かっている。明暗の参号機に追わせればまだ間に合う。鉾を走るトロッコを摘み上げるなど、菜の花につくテントウ虫を潰すより簡単だろう。
作戦指揮官がここに百人いれば百人とも、あの二人を、事情を知っているとなればなおさら、捕獲して情報を収集してからコトに当たるだろう。この異常時にエヴァのパイロットが本部に来ていないというのは重大な違反。いくら適格者だろうと後でそれ相応の、保護者である葛城ミサト三佐には相応以上の厳罰が科せられるのは目に見えている。
これはどう見ても判断ミスと断ぜられて文句がいえない。文句をつけたくてつけたくてしょうがない連中から見れば、喜んで首を刈りにくるだろう弱み。更迭、ですめばいいが。
おまけに、この女は情報を全解放解禁してしまっている。通常人ならば指一本にまでかかるだろうプレッシャーをものともしとらんのは大した腹だが・・・逆に誤魔化しようも、庇いようもなくなっている。発令所内でさえ、サードチルドレンとセカンドチルドレンがそろってトロッコに乗っているのはなぜ?と全員が疑問を口にするのを耐えているのだ。ここがもし、第三新大阪市であったら、ツッコミ不可とされて悶絶死する人間が多々出たであろう。
 
ともあれ、碇シンジ、惣流アスカの二人の安全を考えても、これは捕獲するしかない。
のんきに親の気分で見守っている場合ではない。理解不能のものを理解しようとするのは時間の浪費であり、それは作戦家にとって害毒以外のなにものでもない。
真偽の確認。作戦家に許される時間を最大限に活用していいのはそれにおいてのみ。
集団は混乱に弱い。真偽を見誤れば、水鳥の羽音に一軍が逃げ出す。平家の故事をひくまでもなく二次大戦中でもあったことだし、野散須カンタロー自身、その手を用いて有利な敵を逃走に追い込んだこともある。真偽の確認を怠ればそれは即、集団の崩壊となる。
 
 
理解できるかもしれない・・・・・それは、甘美な誘惑だが。判断が狂っているなら直言してやらねばならない。捕獲しかない。・・・・それを成さないというならば・・・
百戦錬磨のギョロ目が光る。剛にして鉄の軍人たちを尽く屈服させてきた眼光。
生半可の返答など、喉に運ぶことさえ許さない威圧。葛城ミサトの檄も気合いが入っているが、年代を経て格が違う鬼気に身体の方で反応して席を半立ちになるオペレータたち。
こりゃあ、下手なこと口にしたら投げ飛ばされるくらいじゃすまないぞ・・・・思わず盾に即席SPになるべく引き出し奥の銃に触れる日向マコト。うわあ・・・野散須顧問、とにかく怖い・・・・・いきなり最終奥義を授ける直前覚悟はいいか師匠みたいなオーラ放ってるし・・・・二人で禅問答でもやってたのか・・・・・参号機はスタンバってる。
 
 
そして、葛城ミサトの返答は、
 
 
静かな笑顔ひとつして、
 
 
「私は・・・・・碇シンジ君を信じます」
 
 
「いえ、正確には、惣流アスカを同行させた碇シンジを、その行動を、信じます」
 
 
凛として、言い放った。いくら地べたで行こう、といってもあまりに落第発言であった。安易にすぎる。人としてはそれで正解だろうが、それで作戦家が務まるはずもなし。
昔、子供のことで悩む葛城ミサトを人造湖に投げ飛ばしてやったことがあるが。
野散須カンタローは葛城ミサトには厳しい。それも、期待、信用してのこと。
ゆえに落胆がある。このような美しい言葉を聞いて落胆する我が身の罪深さを嘆くが。
 
 
ニヤリ
 
 
葛城ミサトは野散須カンタローのそんな様子を予想していたかのように、性格は悪いがカタチの良い胸をはる。ご老人、心配ご無用とばかりに。エッジの輝く笑顔を見せる。
 
 
「実際、私たちはすでに、彼の術中にハマってますから。途中で止めてしまうとかえって危ないですわ、こりゃ。正直、レイも含めて、地べたのこっちはなああんにも、彼の考えているコトが分からないわけですが、・・・・帰還ルートだけは確保してるはずです絶対」
 
 
はずです絶対、などというのはあるまじき予断なのだが。こちらが鉾の屹立からいいようにハメられておるのは、まぎれもない真実であるからの。それを、この女は認めるか。渦の中にあって強引に切り取って抜け出そうというのはそれはそれで下策だと、いうわけか。
 
 
「まあのう・・・・綾波のお嬢の抜刀と、それを交差制動させたタイミングがわずかでも狂えば今の現状はなかったわけだしのう・・・・」野散須カンタローのギョロ目はそのままで鬼気だけはすうと抜けていく。とりあえず鬼難が去り、椅子に座り直すオペレータ連。
「それから、なんでか起動しとるエヴァあ初号機の再接続、あの鉾への電力の供給のことを考えると・・・・下手に碇の坊に手出しすると、鉾の調子を狂わして、空に浮かぶ第二支部を支えきれずにズドーンと落っこちてくる可能性もある・・・かの」
 
「鉾のいかなる機能が突如現れたあれだけの巨大物体を浮かせているのか・・・・それとも第二支部自体に浮上させるなんらかの力が働いているのかは分かりませんけどね、あの鉾があの位置にあるのは牽制にゃあなってますね。・・・・これは確実です。
使徒をまとめてコナゴナに砕く放電兵器の実力・・・・・精神的に、助かりますよ。
豆の木が伸びた先の雲の上には、巨人のおうち・・・・・やれやれ、シャレのつもりだったのに奇しくも、ですね。豆の木が伸びさえしなければ、雲の上のお家にあるなんてことはどうでもいいことなんですけど。・・・・渚カヲル君が造った鉾が渚カヲル君が消えたあれを召喚した、というのはいささか出来過ぎてます?・・・・ま、なんにせよ、あんな物騒なものを野放しにしすぎました。あれに首輪をつけるってのが緊急の課題になるでしょうね」
 
ここだけ、ボソボソと声を低めて葛城ミサトは返答してきた。般若の影がある。
・・・・・こういうことを考える女が碇シンジと近しく一つ屋根の下で暮らしていた、というのはある種の救いなのかもしれん、と野散須カンタローは思った。
 
 
葛城ミサトも、綾波レイに伝えられた切迫したイメージを信じ切らなかったわけではない。
だが、レイが自ら零鳳初凰を止め、天への道を断ち切らなかったこと。
そして、あれだけ捕まらなかったシンジ君が、眠りアスカに捕まるはずはなく、おそらくは自分からコースを変更してまでそのもとを訪れアスカを同行させたこと。
それから、なにより。アスカがその道行きを認めて、同行したこと。
 
 
確かに。
二人の旅立ちは、どう見てもタナトスの道行きで、黙って見送れるようなモンではない。
 
だが、あの夜空に輝く線路。あの12の鉄道。生まれる前に知っていたような懐かしい。
 
 
12。
 
 
リツコもとっくに考えるのやめて「次の算出ポイント」に頭を切り換えているみたいだけど。なぜ、12本なのか。その数字には未来のおさるさんじゃないので特に意味はなかろう。あるかもしれんけど、わかるわけもない。ただ分かるのは・・・・
 
「そんなにたくさんあったら、迷うんじゃない?」ということだけだ。そうだろう?
 
もし、死出の旅路におバカな碇シンジ君が誘われ招かれているのだとしても、あんなにたくさんの路線を用意する必要がどこにある?単線で十分だろう。レイは連れ去られる、と伝えてきた。力づくの拉致ではなく、碇シンジのキャラクターを見越した謀略による誘拐だとしても、こんなに豪華にする必要はなかろう。妹じゃあるまいし、いくらなんでも多すぎる。そうなると、答は唯一つ。・・・・あれほどの数を呼んだのは、碇シンジ。
その数を必要としたのは、シンジ君だ。何を考えているのか・・・どういうつもりなのか・・・・うっすらと、夜雲に虹む月の輪郭のように分かりかける。これがちんぷんかんぷんならば、一つ屋根の意味もない。
 
 
「リツコ」
おそらくもう取りかかってんだろうなー、とは思いつつ、葛城ミサトは念のため。
 
「”落下してもいい”地点の算出しといて。いつまでも空浮いてられないっしょ。
いつかは落ちるわ・・・・アレも」
静かな、なにげない口調の指示が、発令所を震わせる。事態としては確かに知れきった、簡単に予想されることではあるが、こう明確に作業化を指示されると先の先まで天の境界を前にまぬけ群れと化していた身としては動揺するほかない。
あの巨大物体が”落下”なんぞすればどうなるか・・・・このまま直下に落ちてくるのは論外だとしても・・・緩やかに降下させる方法でもあれば、いや、あるとしても・・・そこにいる人間達が衝撃でどうなるか・・・・・考えたくないが、葛城ミサトは考えろという。消滅したものが現れ、その中の命に一筋の光明を見ようとする人間からすれば、その希望を雑草かなにかのように刈り取る無情の掃除機人間にしか思えまい。
 
 
「・・・・もうやってるわ」それに応じる声もまた、そっけない。
 
12の鉄道。その数字の意味を解析し終えたのか、諦めたのか、葛城ミサトの無情に反応する急先鋒たるべき赤木リツコ博士は淡々としている。
 
 
「先輩・・・・」
大量の人間の無念を運搬するために、常ならぬ数の路線が必要になった・・・・・単純に数字の意味をとるのなら、それしかあるまい。多数の乗客があそこに待っているから、臨時便を多数発着させた・・・・、電卓ですむような簡単計算に、伊吹マヤが苦渋の顔を。
 
 
してるというのに、心配してるのに、白衣金髪の女科学者と黒髪赤服の女作戦部長は続けて、おもしろくもなさそうに、寝言をほざく。
 
「本部のこんな近くに、第二支部が引っ越してくるなんてね・・・・・
ますます敵が増えそうだけれど、ますます、手が出せなくなるわね・・・・・」
 
「まあねー、再編成の途中でバカな横槍も入れさせてやんないし・・・・・って、こーゆー渋銀系の発言は副司令の領域なんだけど、まだ帰ってこないし・・・・そういうわけで、代理で、ふふふ」
 
 
・・・寝言に違いない。まだ事態は収束の予感すらないのに。終わった後のことなど。
碇シンジと惣流アスカの乗るトロッコがまだ鉾を登り切ってもいないのに。
 
 

 
 
ミサト、ごめん
 
 
惣流アスカは夜を登っていくトロッコエレベーターの中で見下ろす夜景の中、どこかで自分たちを観測しているに違いない葛城ミサトにむけて、心の中で謝った。それでたぶん伝わる。自分たちがどう見られているのか・・・・・・・考えるだにおそろしいが、仕方がない。いまさら下るわけにもいかないし。あんまり余計なこと考えてバランスを崩すと・・・・・ひゅーうー・・・・・・・・そういった直接的肉体の危険に考えればまあ、おそろしいといってもたかがしれている・・・・ここで墜落死したらどうなるんだろうか、・・・・いろいろと・・・・いくらあの渚といえどそんな展開は予想だにしてないに違いない・・・・だからといって試してみる気は、むろんない。上昇速度は緩やかだが、もとがトロッコなだけに、狭い、密接、イヤな意味で天国に近すぎる空間。自分たちを重力の誘いからかろうじて守っているのが強靱とは言え細いワイヤーと、身体を張って覆いとなっている風船人形だけというのは。吹き飛ばされないようにだろう、あれだけ大口のビッグマウスのこいつが固定作業に専念している。今のこれがどれくらいヤバイ乗り物か分かる。確かに、二人乗りじゃあないわ、これ。横のものを縦にしちゃあ、やっぱまずいわよね・・・・っていうか
 
 
なんでアタシがシンジを抱っこしなきゃなんないわけ・・・・・生命優先の態勢では、あるんだけど・・・・・これをネルフ本部の発令所で、皆が見てると思うと・・・・
 
 
惣流アスカ、一生の不覚・・・・・・!!
 
 
トロッコの上昇とともに、惣流アスカの顔の赤色も明度が上がっていく。へたに動くわけにもいかずに、そのツケは鼓動と心拍数にまわってくる。くそ・・・・早く上がりきれ。
念じるも速度は変わらない。逆に緩やかになった気すらする。あああああああーもう!
 
 
「アスカ」
 
ふいに碇シンジが口をひらいた。もちろん、顔は天を向けたまま。振り向くのも危険な態勢であることはこのにぶちんにもよく分かっていらっしゃるようだ。そして
 
「この上にある臨時駅に着いたら、そこで引き返して」
「なっ・・・!?」
この期に及んで、こんな事を言う。ここで、はいそうですか、というくらいなら最初から誰もついてきやしない。かなり人をなめくさった話である。もちろん、惣流アスカとしてはただじゃおかねえ・・・・つもりであるが、なんせこの態勢である。どうにもできない。
 
 
「その方がいいよ。ミサトさんも心配するよ」
地の利は我にあり、とばかりに続ける碇シンジ。相手が手が出せないことを見越して好き勝手なことをほざく。はっきりいってひきょう者の外道のやりくちである。
 
「!っ・・・・・・・」
今さら遅すぎるっちゅうんじゃい、そんな心配はああっっ!!と後頭部をどやしつけてやりたい誘惑を必死に耐える惣流アスカ。この有様も実況中継されとるわいぼけナスー!と蹴りたい背中の気分であるが、必死に堪える。夜景と一緒に点滅する男の本性をかいま見た。この・・・・・・・・・・・・・・ばああああああああかっっ!!
 
 
「カヲル君に何か伝えたいことはある?必ず会って伝えるから・・・・・今のうちに聞いておくよ」
ワイヤーでこのバカの言葉が漏れないようにクビを締めたい・・・・格好つけた気かもしれないけど十年早いってのよ・・・・・アンタだって、ミサトに、皆に心配されてる。
気づかないのか、このバカは。星ばかり見やがって。あの星のどこかに渚がいるのか。
 
 
言うだけ言って、考える時間を与えたつもりか、それ以上言ってこない。
 
 
しばらく、ぽっかりと間があいた。もちろん、惣流アスカの考えるのは、トロッコが上がりきり、広い足場を得た後でこのタコスケをどうしてやるかの算段である。いや、タコにしてやるのである。焼いてやるのである。タコ焼きにしてやるのである。シンジの分際でここまでなめた口をきくとはイイ度胸。鉄道に乗る前にお星様に旅立たせてやろうか。
なんならこのアタシがもう一本、火星の王子様のお召し列車を呼んでもいい・・・・。
 
 
「・・・・呼吸が、あわない・・・」
 
しばらくして、碇シンジがぽつり、とそんなことを呟く。夜の銀盤から落ち零れた星のように。「・・・・・アスカ、僕のいうこと聞く気がないんだね」
 
 
「ふん・・・・・聞くわけないでしょ」
聞いてたまるか。これ以上そんなふざけたこと抜かす気ならこっちも・・・・
 
 
「・・・・そんなにカヲル君に会いたい?」
 
 
「・・・・・・・・え・・・・・・・・・それは・・・・・」
 
 
あれだけ脈打っていた鼓動が止まった。
作戦指令書でも渡されているのか、碇シンジの言葉には淀みがなく惣流アスカの弱い脆いピンポイントをついてくる。まるで悪魔の正確さで。その表情は見えない。
 
 
「でも、切符は一枚しかないんだよ」
 
 
「あ・・・・・」
 
最初は二枚あったのだ。なんと落としてしまったので一枚しかないだけで。しかし、惣流アスカはそんなことは知らないので、そう選択を迫られると、自分をさしおいてまで渚カヲルに会いたいのか、と、言われたような気がして、口ごもるしかない。
こういう時は多少あーぱーの方が強くなれるのだが、あいにく惣流アスカはバカ呼ばわりするだけあって賢かった。理解してしまうがゆえに、外道の毒に痺れてしまう。
 
 
・・・・・勝ったな
 
 
などと、心の中で碇シンジがつぶやいたか、どうか。ともあれ、碇シンジは惣流アスカをうまいこと言い負かすことに成功した。天の時と地の利を生かした、一方的な見事な勝利であった。
 
 
20秒ほどの間は。
 
 
これがプロレスならば場外カウントをとっても勝負はついていたのだが。トロッコの上昇は緩やかで、その程度ではまだ臨時駅にはたどり着かない。不屈の闘魂をもつ惣流アスカが態勢を立て直してしまう。
 
 
「いや、それならなんとかするから」
 
 
ひらがなで書くとなんか賢くなさそうだが、それだけに碇シンジには十分な効果があった。
自分のドッペルゲンガーに背中で口をきかれたような衝撃、驚き。
 
「むぅ・・・・・なんとかって?」
 
「ナンとかよ」
 
「具体的には?」
 
「パンとか」
 
恐ろしいことに、惣流アスカがこれを適当に、悔し紛れに、何ふり構わずヤケで言っているわけではないらしいことだ。この短い間に、まっとうな対抗手段を考え出したらしい。
その声で分かる。先の仕返しに適当に遊んでいるだけで、惣流アスカには不足分の切符を補えるほんとになんとかしてしまえる方法があった。それも、碇シンジの切符を奪う、などという短絡では遊べない。
 
 
「あー、でも、アスカにはこの上の臨時駅にいる人たちを地上に降ろす誘導役をやってもらわないと・・・・せっかくこんなに銀鉄が来てくれたんだから、別々の列車に乗ってあとでその感想を教えあう、とか」惣流アスカの腹の内を読めず、バカなことを言う碇シンジ。
 
「そこらへんのことがよく分からない・・・・なんせ何一つ事情も知らずに駆け込み飛び込み乗車だったからなー・・・とにかく、渚はアンタのいう臨時駅、第二支部の中にはいない、別の、もっと上空にいるわけね?で、第二支部には消滅当時のままにまだ内部に研究員やスタッフが生存している・・・・・鉄道がこんなに来てるのは、自分が乗って渚に会う上り列車と人を地上に運ぶ下り列車の二系列にするつもりだった・・・・、と、これでいいの?」
 
「だいたい、そんなところだけど・・・・」碇シンジは内心で舌をまく。あれだけ稼いでいた距離が一気に縮められて文字通りにすぐ背に迫っているのを実感する。空にある鉄道に対して疑問を呈することもない。怪奇ターボばあちゃんなみの追走といえる。綾波さんといい、アスカといい、油断も隙もないなあ・・・・あだやおろそかに扱えません。背筋が冷え冷えて、女の子の身体の感触にドキドキする余裕などはない。アスカ恐るべし、などと素直に感心して自分の劣等を覚えるわけでもないのはさすが碇シンジといえるか。
 
 
「そういうわけだから、アスカにはせいぞんしゃの救出にあたってもらうけどいいよね」
碇シンジとて、第二支部の人たちの心配をしていないわけではない。だからこそ、フルパワーかけて人と猫の声響で二乗して銀鉄を12も召喚したのだ。要は二系列、2本くれば十分なわけで自分でも呼びすぎたとは思ったが。雷脈の影響かもしれないが、やっちまったものはしょうがない。黙っておけばわかんないし。数字になんか意味があるだろうとかってに周りが推理してくれるものだし。そして、それよりも優先されることがある。自分にしか出来ないことだ。
 
 
「・・・・ううーん・・・・」惣流アスカ長考にはいりました。
 
碇シンジの言うことはごくまともで適格で必要不可欠で文句のつけようがない。
それなりに誠意が感じられる。
せいぞんしゃは、生存者、のことだろう。なんでそんなことが分かるのか。
 
どこまで問いつめてやるべきか。・・・・・こいつ、まだ肝心なことをうたってない。
 
なんかひっかかる。このままこやつのいうことを素直に聞いてしまってはいかんよーな気がしてならない・・・自分一人だけでそんな大仕事やれってのか、なんてことはいい。自分しかできないならばやり遂げて見せよう・・・・だけれど、なんかおかしい。
考えがまとまらぬうちに、ぽっと口に出していた。何の気なしに。
 
 
「もし、アタシがついていかなかったら、どうするつもりだったわけ?」
 
わずかに、シンジの身体が固くなる。ほんのわずかだが、ここまで密着してればわかる。
考えの不備隙間を突かれたせいではなく、そんなことは考え済み計画済みであるからこそ固化した、柔道着の下に鉄の鎧を着てましたばれました、そんな感じ。
 
「そ、それは、駅員の人に頼もうかなーって。やもうえなく!。仕方なく!。探しても見つかるかどうか分からないし!」
まるっきりの嘘ではないようだが、もちろん本当ではない。なんなんだ駅員ってのは。幽霊とか死神のことだろうか。どうもこいつの計画も十全に遺漏なく進行しているわけでもなさそうだし、欠けた部分を都合良くアタシで補おうとか考えてるんじゃ・・・・そういえば、最初はなんのことかと思ったけど、「トロッコじゃなくて路面電車でいく予定だった」とかほざいてなかったっけ。そんな電車は見あたらない。
 
 
「ふーん・・・。もう少しで到着しそうだし、あと一つだけ。まさかと思うけど、鉾を軌道エレベーターがわりにして第二支部はラピュタみたく、いつまでもあのまんまなの?」
 
「まさか。いつまでも浮いてなんかいられないよ。それに使徒がきたら困るし。
使徒に削られて空白になったところとか、どこか適当なところに下ろすか・・・・
全員の救助が終わったら、鉾の一撃でコナゴナのバラバラに粉砕しちゃうとか・・・しばらくは砂の雨が降るだろうけど、街を歩いててぶつかって頭をケガすることはないと思うよ」
 
「はあっ!?前半部分と後半部分でなんでそんなに発想に距離があんのよ!!この100億の昼と千億の夜バカ!!」
「安全と難度でいえば、壊しちゃうほうがずっと確実なんだよ。中途半端に救おうとしたら、すごい被害がでることだってある・・・・うわああああああああっっっっ!!」
「・・・・それ以上、そんなヘナチョコエッグなことアタシの目の前でほざいたらマジで叩き落とすわよ」
少し身体を押し出し胸を押しつけてやったらこれである。・・・・ふん、ヘナチョコめ。
 
 
 
「だから、臨時の駅なんだけどなあ・・・・・はあ、驚いた。
まあ、とにかくこれでアスカはせいぞんしゃと第二しぶの両方の誘導をしてくれる、ということだね」
 
「・・・アンタ、渚に会うためならほかのことはどうでもいいわけ。もう少し優先レベルをあげてもいいんじゃないの」
 
 
「いやだ。カヲル君のことは一旦、後回しにしてたんだから、もう誰にも何にも譲らない」
 
 
「・・・え?」
なぜか、その一言で顔が火のように燃える。なんで・・・
 
「さあ、もうすぐ到着するよ。心の準備をしておいて。今夜限りの銀鉄臨時駅、ここからは自分たちの足でダッシュになると思うから。僕も車掌を捜さないといけないんだ。何番のホームに乗ればいいのかもわからないし」