停車している何台かある蒸気機関車型銀鉄の噴き出す煙で、あたりはかなり見えにくくなっているが、その二人は見間違えようもなく。
 
 
鈴原トウジと洞木ヒカリ。
 
 
臨時駅・ステーション地点で思いもかけぬ面子がそろった。
 
 
惣流アスカに碇シンジ。
 
 
なんでこんなところにいるのか
 
 
碇シンジと惣流アスカ、鈴原トウジに洞木ヒカリ。列車の発車時間があってもさすがに互いに互いの状況を説明し合うことが必要でしばらく。特に、碇シンジ惣流アスカ組の衝撃が大きい。驚き轟きジャックの豆の木である。動揺の激しいわりには頭の回転が速い惣流アスカなど「ヒカリ・・・死んじゃったの・・・」と、何を勘違いしたのかいきなりじわっと涙腺を緩ませたくらいで、「ちょ、ちょっと待ってアスカ!」「勝手に死なすなー!!」「トウジがはいってないし!」周りの三人が大慌てで否定なぐさめにかかったり。「ね?アスカ、ね?そんなことないよ、わたし、生きてるよ・・」しばらく洞木ヒカリが抱いて落ち着かせないとならなかった。非常に味気のない言い方をすれば、まあ”プッツン”きてしまったのだろう。だから逆に碇シンジが「何でトウジたちがここにいるの?」という問いをたんたんとやってきて話がスムーズに進んだ。へたに頭が切れる人間が事情を知らぬとかえって話はまとまらないものだ。
 
 
鈴原トウジの話は、今朝洞木ヒカリが碇シンジの奇行を目撃して不審に思ったことから始まり、幽霊マンモス団地での天上切符の拾得、駅での車掌マサムネに声をかけられたこと、その指示に従いミイラ路面電車を走らせて市街をまわったこと、まるでゼンマイを巻き終えたように市街外れの牧場で一休みしていると、雪が降り・・・・・そこに雪国仕様の銀鉄が現れて路面電車を連結し、そのまま臨時駅まで運んでくれ、あとはそのまま必ず来るだろうステーション地点で自分たちを待っていた・・・・・・碇シンジでなければとても信じられぬようなものだった。
 
 
「そうか、団地で切符、落としてたのか・・・」そこが運命の分岐点。いくら怪しもうとそれがなければ鈴原トウジたちがここまでこれるわけがなく。境界を越えた、ここに。
今日今夜を境に、鈴原トウジ、洞木ヒカリとも、通常の運命と切り替えられた線を歩むことになる。踏み入れたが最後、ただの若者の冒険心ではすまない場所がいくらでもある。
こんなことなら、これ以上ないほど信用できる相談者、綾波レイに相談しとけば良かったのだ。なんなら切符を預かってもらえばよかった。だがもうあとの祭りである。
 
 
「ここで、ごめんだの、巻き込んだの、言うたら本気でシバくで?」
何か言う前に鈴原トウジに凄まれてしまう碇シンジ。碇家の人間の本性を見抜くのは非常に難しいが、息子に限れば若き黒ジャージの観察眼は碇ゲンドウ専門家である某特務機関副司令に匹敵する、かもしれない。
 
 
「その前に、そっちの事情の説明してくれ・・・・・惣流まで連れてきてからに」
 
 
その言葉に洞木ヒカリの胸からぴくん、と惣流アスカが顔をあげる。
 
そして、碇シンジを見る。
 
もし、それを話せば完全に戻れなくなる。今ならまだ、自分たちの行動に巻き込まれた、ということで説明がつく。ここには見あたらないが路面電車とやらもトロッコも肝心なところは自動で、内蔵機関をもたず、つまりは勝手に運ばれてきたのだから。ここが「消滅したはずのネルフ第二支部」でシンジの目的が「渚カヲルに会いに行く」ということであれば、鈴原たちは・・・・今夜の神の恩寵、強運は向こうにある。なんなんだ切符拾ってここまでこれたってのは。絶対に何かが味方してるに違いない。こまごませこせこと用意をしていたわりにまるで計画遂行がうまくいかない今夜のシンジは天誅殺、いや天中殺だったかな、とにかく運の悪そうな・・・今ならアタシだって勝ったためしのないジャンケンが勝てそうなくらいに。「・・・・・シンジ」
そのくらいのとこは弁えているだろう。切符はもともとアンタのもの、返してもらうの。
それで話は終わる。そういった想いを目にこめたつもりだが、このバカは。
 
 
「説明する」
 
 
「シンジッ!!」想いなど口にしないとやはり通じない。目と目で通じ合うなど夢の。
 
 
「説明するよ。トウジたちはここまで来たんだ。でも、その後で助けてくれる?
どうしてもトウジたちの手が必要なんだ。できれば、全員助けたいから」
呼びかけの、たち、複数形の中には自分も入っていることを惣流アスカは感じ取る。
碇シンジの夜雲色の瞳。このバカ本気だ。この期に及んで置き去りかまそうっての・・・
 
 
「まあ、な・・・・・正直、ワイらが切符拾うただけの、招かれざるお客さんってのは・・・この周辺の様子、雰囲気をみれば分かるわな。助けたいから助けてくれ、か・・・・
シンジい、オノレもいっぱいいっぱいやなあ・・・・・・分かった」
最後、ヒカリの方を見て、うなづき承認を得たあとで了解する鈴原。
う、アイコンタクトですか
いくら普段があんなでも、この目の時の碇シンジは人類の天敵を尽く滅殺してきた、ある意味、どんな神浸りの狂信者でも道を譲るくらいのヤバさがある・・・・・それに友人として対することができる、というのは・・・・鈴原、こいつもどっかおかしいに違いない。
それとも、こいつのホラーさは業界外の人間にはかえって分からないもんなのだろうか。
 
 
「言うてみ」
 
「うん」うなづいて、ちろり、とこっちを見るシンジ。くそう、何考えてるか読めない。
鈴原たちは・・・・・どうやってんの?
あー、このバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカの100倍
自分で思っておいてなんだが、ここまでバカだと全宇宙がバカで満ちてしまうような気もする惣流アスカである。
 
 
 
「実は、
    事故があったんだ」
 
 
碇シンジの説明が始まる。アメリカはねばだにある第二支部が「爆発事故」で空に飛び上がってしまい、そのまま高空を彷徨い続けるというなんとも奇怪な事件が起きたのだ、と。
さまよえるオランダ船、って伝説があるけど、あれの地域一帯版、みたいなやつだよ、と。
分かったような分からぬようななんとも大ざっぱな。
 
 
「ラピュタみたいな」と洞木ヒカリがいえば
「そう、ラピュタみたいな」はたと手を打つ。
 
(ふん、この天空の城バカ)そのいいかげんなぬけぬけぶりにまたにくたらしさが再燃してきて思わず途中で「ところで”ねばだ”ってどのへんよ?」と惣流アスカは突っ込んでやりたくなったが、なんかやばい結果を引き起こしそうでやめといた。
当然、分かっているとは思うが、不安。
北方四島の返還を叫ぶ、右翼の真似したニセ右翼を警察が騒音でとっ捕まえて取り調べをした折に、ためしに北方四島はどこか指さしてみろ、と地図を渡してみると「マダガスカル」を指さした、という笑い話にもならない話があるが、そのようなことになっては鈴原トウジたちを前にちょっと腹いせですまなくなる。もしインドあたりを挙げたりしたら。
いや、いくらなんでもそこまでバカだとは思わないが・・・・・・説明は続く。
 
本当は、その説明を聞くのがこわいのだ。
 
こわい。
 
正直なところ、止めさせたい。
 
だけど。
 
 
「ちょうど事故があったその時、カヲル君もその場にいた・・・・
・・・・この、第二支部にね。なにかの実験中で。そこが爆心地だったそうだよ」
 
 
くそ・・・・・
 
 
云いやがった・・・・・
 
 
 
もしかしたら、いやきっとたぶん、鈴原とヒカリのふたりにとって、今日一番の衝撃。
 
ここいら一帯の空気が薄くなったように、苦しそうに、でも、言葉が出ない。
 
夜雲色の瞳はまるで見てきたかのように続ける。なんでこいつはこんなことまで言うのか
黙っておけば分からないことなのに。切符を拾われた意趣返しに、真実という名の凶暴な獣の首輪を外してけしかけたように。きまぐれでおろかな飼い主。聞かなければ穏やかに眠れたはずだ。ギュ・・・義憤と癇癪を綯い交ぜにして惣流アスカは拳を固める。
ぶん殴る前に言葉が紡がれる。巫女が神託でも受けたような無表情。
 
 
「その爆心地にエヴァ四号機とカヲル君がいたことは、幸運なことだった。
 
あらゆる不幸と破壊から人を守るATフィールドを使えるカヲル君がいたことは。
 
ATフィールドがどこまで広げられるものなのか、僕にもよく分からない。
 
自分一人だけ助かることも出来たんだろうけど、皆を守ろうとした。
 
ATフィールドを使ってね。
 
 
このまま行けば死にゆく誰かの代わりを果たした
 
 
川に落ちたザネリを助けたカムパネルラのように
 
 
どのようなカタチにしてしまったのか、
果てのない迷宮のように、
底がない塔のように、
増殖し続けるメビウスの輪のように、
自殺遺伝子を組み込まれて墜落する天使の羽のように、
 
無限展開する大波のようなフィールドに押し流されて・・・・
 
 
エヴァ四号機とカヲル君はもうここにはいない。
 
 
本来、爆発でコナゴナのバラバラになるはずの第二支部がここまで形を保って空飛んでいられるのは、ATフィールドの力なんだろうけど、
 
こうなるともう人間の仕業じゃない・・・・
 
たぶん、スイッチが入ったんだと思う。
 
カヲル君に」
 
 
嘘だ。碇シンジののいうことが嘘であることを惣流アスカは知っている。
第二支部は消滅したのだ。その原因も不明のはず。でなければネルフが主導で動くはず。大規模な救難計画が発動されてこんな穴あきだらけのことなんてしなくてすむはず。
なにが爆発して空飛んでる、よ。この嘘つきめ。
 
けれど、その情報もまた碇シンジにもたらされたものであることも承知している。
 
消滅したのが突然現れたのも、今まで観測されずに空飛んでたのも、あまり変わらない。
 
ほとんど同じことであるが、そこに修正をいれたのは・・・・”どうして”か。
今は黙って聞いておくしかない。けれど、なんでこんなに体が震えるのか・・・・・
 
渚のやつにスイッチ・・・・どんなスイッチよ、それは。人間であることを切るみたいな
 
誰に対しての説明なのか、
夜の雲はなにかを隠しているようでもあり、
なにかをほんとうに露骨にさらけだしているようでもある。
 
 
「ATフィールドっていうのは、エヴァがもっているバリアーというか見えない盾というか攻撃を防ぐものだけど、上級者が使うと攻撃にも使えたり、わりあい何でも出来たりするんだよ。僕はあんまりだけど、カヲル君はすごく上手だった。けど、万能なわけじゃない、天を覆うようなことはしちゃいけなかった。代わりに、天に梯子をかけてしまってそのまま昇っていかなくちゃならなくなった。天国にある階段に手を挟まれたのかもしれない。シジフォスの逆だね」
洞木ヒカリや鈴原トウジといった基本的にネルフに関係ない相手にする説明なので、説明内説明も織り込むことになる。ただ、理解されているかどうかは別だ。
 
 
「つまり、カヲル君はここよりさらに高くて遠いところに飛ばされたんだ。
ものすごく遠くて、この切符ならいけるところ・・・・要するに、これは”あの世の往復切符”なんだ。それを手にしたなら、この鉄道も見える」
ここが通常の生命圏でないことは、まともなところじゃないことは、分かっているね、と。
その目が云う。「今、ここにいる僕たちも半分死んでるみたいなものだし・・・いや、そんななまやさしい分かりやすいものじゃないなあ・・・・ああ、そうだ・・・ここは」
 
 
「消えるか消えないか、現れるか現れないかの瀬戸際なんだよ」
当人はそれなりの重みと迫力を込めて言ったつもりなのだろうが、碇シンジである。
どれほど正確に伝えられたか。三人の顔を確かめてから、首を2,3回振ってみたり。
 
「で、大空をさまよえるフライング第二支部を捉えられるのは、何者にも妨げられず定刻に規定の路線をゆき死者を乗せる銀河の鉄道だけなんだよ」
力説するわけでもない。碇シンジはごく当然のことのように。魚群センサーを先端につけて海中を自動追尾していく大きな釣り針と竿を想像してもらえばいいかな、と。
なんでもないようにつけ加える。相手が理解してようといまいとおかまいなしだ。
 
 
「銀鉄を呼ぶためには、天気輪を回せばいい・・・それも、物凄く巨大で、力のあるもの・・・一回しで季節を変えてしまうほどのエネルギーを引き込んで注ぎ入れて・・・天気輪はこのエヴァ初号機専用の鉾で代用した。僕にはあまり霊感とか霊能力とかないんだけどね男だし、エヴァのいいところは人間の持っている力をそのまま増幅してくれるところ。不幸な時もあるけれど、幸運なことに、僕はエヴァのパイロットなんだよ。
誰が無理だといっても僕はやるし、僕は呼ぶ」
 
 
「カヲル君を呼びに行く・・・・天の川の底を潜ってでもね」
 
 
碇シンジは言いきった。鈴原トウジと洞木ヒカリは顔を見合わせた。
 
ハッキリ言って今の説明で納得できるようなところはひとつもない。
だいたい理解すら超えている。もっともらしい嘘をつかれても判別しようがない。
ただ分かるのは、論より証拠であり、自分たちの体験であり、経験である。自分たちが境界線を越えた自覚はある。丑三つ時の墓場のど真ん中がおもちゃが散乱する子供部屋くらいにかわいく思える。自分たちはきてはいけない場所に立っている。
 
 
そうであっても、逃げる気にならないのは・・・・
 
自分たちがここまで来たのは、碇シンジが理由だから。
友人が海中沈没に続き、空中分解する危険性があったから。
ひどい例えだとは思うが、そのとおりになった。
 
そして、碇シンジがこんな、探偵小説の怪人もびっくりのこんなド派手なことをしたのは、
ひとえに渚カヲルのため、となれば。それに関して嘘をつくことだけは絶対にない。
使徒と戦う以外のことでエヴァ装備を引っぱり出すことも厭わない。
 
 
「僕には、その義務があるんだ。この手が使えるどんな方法でも使う」
 
 
やるといったら絶対にやる、周囲のことなどお構いなしにやってしまう。
既にいってしまった人間を追うのは、迷いであり、狂いであり、妄念であろう。
これが、手の込んだ後追い自殺でない、と言い切ることができるだろうか。
だとしたら、その言葉すべてが誑かしであり、行動は全て狂言。星を幕にしようとも。
渚カヲルという大親友を失ったショックでおかしくなっている、それがへたに力のある、それも世界でも指折りの、幻想を実現できる黄金だとしたら・・・・碇シンジは
 
 
さらに上にゆく、という。
 
 
このタイミングで、切符を拾い、先回りが出来たのは、コイツを止める、止めてやるためだったのではなかろうか・・・・天命ちゅーもんがあるとしたなら。鈴原トウジは考える。まだこの手には切符があり、先に到着した分だけ、このステーション地点には詳しい。
臨時駅舎で駅弁を嬉々として漁っている車掌の顔も見知っている。ふいをつき、ジャージを頭からかぶせて、ジャミラ封印をかけ、そのまま地上行きの下り列車に連行する・・・・・・シンジが泣こうとわめこうと暴れようと、やらねばならんか・・・・
 
 
もし、碇シンジひとりで来ていたのなら、鈴原トウジと洞木ヒカリは問答は最小限にして、スキと油断を見計らい、そのようなことを実行しただろう。
 
だが・・・・
 
惣流アスカが同行している。碇シンジは惣流アスカを連れてきていた。
海の下に連れ込んだ彼女を、今度は空の上へ連れて上がってきた。
 
と、いうことは・・・・明日はある、ということか。
 
そのへんどうなのか、とっくりと聞きたいところであるがさすがに碇シンジの前では。
多少のアドバンテージがあろうと、これはもともと碇シンジの仕組みであり、気分はいつ押すか分からない時限爆弾のスイッチを手にした怪人を目の前にした刑事。友人である碇シンジのことを心配してここまでやってきたはずだが、因果な話である。
 
 
「そうか。だいたいの事情は(ホンマはわからんが)分かった。で、ワイらに何を助けてほしいっちゅうねん」
もう少し情報を引き出す必要があるだろう。惣流アスカの顔をみるに、こっちも全て聞き出して承知してきとるわけでもないらしいしな、と。鈴原トウジは話を続ける。
 
 
「第二支部の人たちの救出をしてもらいたいんだけど。ここまで救助ヘリコプターとかこれないし、高度は問題ないんだろうけど、臨時駅の入場切符をもってないから、たぶん無事に着陸できないし。うまくいったらいったで帰ってこれなくなるから二重遭難だし。ほとんど意識がないひとばっかりだと思うんだけど、その人たちを運んだり誘導したりして、地上行きの下りの銀鉄に乗せてほしいんだ。ここで銀鉄に乗せておかないと意味がないから。上りは僕が一本乗るから、あとの11本は下りで使える計算になる・・・、臨時駅・・・第二支部が地上に誘導墜落するまで、なんとかがんばって全員残らず救出してほしいんだけど・・洞木さんとアスカと三人で・・・できる?」
 
むろん、惣流アスカの牙を剥くまいことか
「ぬわっ!?シンジアンタはっっ!」
 
「あとは僕ひとりで大丈夫。もう一枚の切符は下り用につかって。
・・・だいにしぶは、ネルフの第二しぶなんだよ。僕は旅立ち、アスカは誘導だって役割分担したじゃないか」
 
「くっ・・・・(納得なんてしてないのにっ)」
臍をかむ惣流アスカだが、ネルフの、と強調されてしまえば返す言葉はない。
まったくバカに対抗できるのは、あーぱーなのだが、それになりきれない。
 
惣流アスカも、
 
鈴原トウジも。
 
 
非常に、一言一句
非常に重要なことを云われたのは分かる。なんか緊急を要する風味であることも。
 
だが・・・・
 
なんかものごっつくコキ使う気でおるらしい・・・・・なんじゃその仕事量は
ここに何人留まっとんのかしらんが・・・・救急車と霊柩車を足して二で割るなおかつ、車なしとなると・・・連結されたミイラ路面電車が使えればなんとか・・・いやいや!
それをたったのワイら3人でやれっちゅうんか・・・・惣流は納得しとらんみたいやが・・・銭金の問題はええ、ボランティアとしても・・・時間制限付きかい!?
 
 
ワケがわからんなりに、時間が惜しいはずのコイツが丁寧に長々と説明するわけがわかった・・・・
毒をくらわば皿まで、とはいうが、はたしてこのまま行かせていいもんかどうか・・・
 
 
うーむ、シンジの奴、平然としてこっちの「よし、後のことは全て任せて頭スッカラカンにして行ってこいや!」というセリフを草野球の外野手のごとくに待っとる。
ドンマイ、どんまい、どんとまいんど・・・か。こっちが手を貸すことは決定事項らしい。
ここまで来て、それはやぶさかではないが・・・・
 
 
あかん、判断がつかん。鈴原トウジは決断する。
できんものはできん。
 
 
「惣流」
 
あとは、オマエに任せた、と。行かすのも引き止めるのもオマエが決めてくれと。
 
これが夢だとしても、えらく割りに合わないことを頼まれているおかしな夢だ。
渚が消えていなくなったなどと、それをシンジが連れ戻しにいくなどと。
あの切符を拾ってから、なにか悪い夢を見ているようやな・・・・・ん?
 
傍らを見て。
しばし、考えることを中断して手を伸ばす。「大丈夫か、いいんちょ・・」
「う、うん・・・・・うん・・・・」
大きな事故があって、そこに渚カヲルがいた、と聞いて以来幽かに震え、ずっと呼吸を止めていたような洞木ヒカリの背をゆっくりとやさしく撫でる。
 
夢を食べる動物、ちゅうのがなんかおったような・・・・どんな名前だったか
撫でながら、そんなことをふと、考える。
 
 
「アタシもいくわよ。よく考えたら、なんであんた一人身軽に楽してんのよ!。急ぐんだったら、四人で誘導仕事してから、カタつけ終えてから出発するのがスジってもんでしょーが!!いい気旅立ち?ふざけんなっっ!!」
 
指名を受け、いいところに気づいた惣流アスカが反撃に移ろうとするが、
 
「上りも急ぐから。誘導っていっても、籠やさんみたいにえっさほいさと第二支部中を人探していちいちここまで運んでくる必要はないんだよ。だってこれだけの規模、十人や二十人じゃないんだから・・・・・ほら」
碇シンジに指先ひとつで迎撃される。
その指先につられて惣流アスカたちが振り返ってみると、いつの間に来ていたのか、結構な人数、50人以上はいるか、ほのかに光る白いローブをまとった者たちが一列になって粛々とこちらにやってくるのが見えた。
光のオアシスを目当てにやってきた砂漠の隊商・・・・というわりには生気のなさすぎる
俯き加減のそれらは殉教者の行進を思わせる。
 
「ちょっ・・・・あの人たち・・・・・生きてんの・・・・?」
「気配っちゅうか、声とか音とかまったくせえへん・・・・・足、あるんか?」
 
「しつれいだなあ、アスカは。トウジも。光ゴケの生えた月光ゾンビの群れなんかじゃないよ。第二しぶの人たちだよ。ただ、間違えてあの人たちが”上り”に乗ってしまわないように気をつけて・・・ここらへんで寄り分けてくれればいいんじゃないかな・・・・次々に来るよ。けっこういい集まり方だよ、これなら三人でも十分にさばけるよね。じゃあ、僕は上りのホームを車掌さんに聞きにいくから・・・」
「あ、ああ、あのデブ猫なら駅舎で駅弁かっ食ろうとるはずや・・・って、しもうた!」
 
「ありがとう、トウジ。それじゃ、あとは頼んだよ」
首尾良く情報を聞き出すと、臨時駅舎に向けて走り出す碇シンジ。スプリングでもついてるかのような邪悪なダッシュ力であった。
 
「ちょ、ちょっと待たんかい!!というか・・・待ってくれシンジ」
 
「え?なに?」
誘導業務範囲からはしっかり離脱したところで、停止しての、その場駆け足態勢。
 
「男に二言はないよ?」
 
「もちろんや。それで最後に2つだけ聞かせてくれ。いいんちょは切符をもっとらんが、渡しておいた方がええんか?入場券がどうのいっとったが、・・・・身体に障るようなことはないんか?寿命が減るとかなんとか」
 
「障る場合は、もう影響が出てると思う。洞木さんの場合は、たぶん、切符をもってるトウジが通ったり停まったりする”駅”だからじゃないかな。だから大丈夫、影響が出る時はそんな中途半端なものじゃすまないよ・・・・それで、もうひとつは?」
 
惣流アスカの「アタシの場合は?」という問いは黙殺して碇シンジは次を促す。
 
これが本当の最後の質問になる。救出者の団体は無表情にすぐそばまで来ている。
ローブのフードに隠れて口元しか見えないが、皆、仏のような微笑を浮かべており、この行進を誘導するのは精神的にかなり骨が折れそうだ。一番厄介なのは、これで6割ほどこの話を受け容れてしまったことだ。助けるべき人間が目の前にいる。ここで黙って見過ごせば全員が碇シンジのあとをしずしずとついていくのだろう。上りへ。皿の毒を呑む心境。それゆえ、もはやどうでもいい天の邪鬼なことを聞いてやる鈴原トウジ。
ドンマイの代わりに。
 
「この切符は一体どこで買うたんや?」ほんまにどうでもいい。大事なことは
 
碇シンジは即答。
 
「みどりの窓口で!じゃ、いくよ」
おねえさんのような笑顔、だった。
 
ここよりさらに上へ。
 
そこがどんな場所か。
エヴァに乗り使徒と戦ってきた奴でも小便ちびりそうになるほど未知で恐ろしい場所ではないのか。上へゆくのに地獄は変だが、極楽や天国といったあんまり楽しそうなイメージではないのはなぜか。さらに苛酷で峻烈な厳しく激しい光が直接、心を滝打つようなところではないのか。魂の根源、光の瀑布。
 
一人で怖くないんか。
 
 
・・・・・シンジが消える・・・・・シンジも消える・・・・・
 
 
それに比べれば、こんな星明かりの幽霊を誘導することなど、どうということもない。
 
 
・・・・・止めることが無理なら、一人で行かせるべきではない。
 
 
閃くように決断する。洞木ヒカリがいる以上、自分がついていくわけにはいかない。
これが自分の責任である。「おい、惣流!!」
 
「え?え?あ、なに、なによ・・・」自分が怒鳴られるとは思ってもないうえに、鈴原トウジの剣幕にたじとなる惣流アスカ。引け目がある、という思いは火を弱く。
 
 
「自分、なにボサっとしてんねん!あのドアホを一人でいかすんかい!!」
 
 
「で、でも・・・・誘導を・・・これはネルフの・・・」
背を押されているのは分かる、が、子供の時分より刷り込まれた義務感はそれより重い。
あくまで巻き込まれた鈴原たちにはそこまで任せることはできない・・・・はず
 
惣流アスカの足は動かない。調子づいて駆ける碇シンジはどんどん遠くへ。
 
 
「ああ、そうかい。あとでバイト代はネルフへ請求やな。夜間料金含めてせいぜいふっかけたる。半年分の小遣いくらいは稼がせてもらうで。妹にプレゼントしたってちょうど今月ピンチだったんや・・・・・なあ、いいんちょ」
「行って、アスカ。碇君がやろうとしてることは正直・・・・よくわからないけど、一人でいかせたら危ない・・・碇君が帰ってこない・・・・そんな気がするの。ここは私たちに任せて・・・・・・あ、すいませーん、ここでネルフ第二支部の皆さんは一旦停まってくださーい!えーと。こ、ここで整列して待ってくださあーい!、あ、アスカは待たないで、行くの!行きなさい!!」
グズグズ話しているひまはいよいよなく、空気を読まない、呼吸もしている怪しい団体は静かに突入してきた。それを持ち前の委員長魂を発揮してさばきにかかる洞木ヒカリ。町内運動会の役員のノリである。ローブの団体は素直に健気なその言葉を聞き入れて、停止してくれる。
「鈴原、駅長さん呼んできてくれる?一応、許可もらっておかなくちゃ」
「お、おう!」
 
「駅長?許可?」碇シンジを追走しなければならない惣流アスカだが、ついつっこんでしまう。要するに、この第二支部を勝手に牛耳っているやつがいるのだとしたら聞き捨てならぬし、役職名からしてこの一連の騒動のキーパーソンであるなら・・・・その顔を拝む必要が
 
 
「その必要はない」
冷静に突き放された。団体の接近に気づかなかったのと同様に、また声のする方を向いてみればそこに、駅長の服を着た緑の目をした直立の猫が。ほぼ人間の大きさで。
 
 
「浮いて・・・」
 
 
ゆっくりと宙を下りてくる。今までこちらの頭上にいたらしい。ゆっくりと下りてくる。
両手に、手旗の代わりにプラチナに輝く十字の指揮棒をもっていた。
その輝きが、団体をここまで導いてきたことに直感で気づく。あんまり見つめてるとこっちまで昇天させられそうだ。あわてて青い瞳をそらす惣流アスカ。
 
 
・・・・なんじゃこやつは・・・・・「あ、駅長さん」ヒカリと鈴原は違和感ないらしい。
 
 
 
「太陽系第三惑星地球というのは、これほどの無法地帯だったのか?」
 
 
臨時駅の駅長は、怒るでもなく嘆くでもなく、ただガイドブックの記載を変更する必要があるな、程度の感情しか表に表さない性質らしい。ちなみに銀鉄の基準で云う無法地帯とは廃線地域を意味する。銀鉄に乗るべき善人がいない場所なわけである。
 
 
「むっ、無法地帯というとアウトローの星ゾナっ!?」
そげなことを云われると頭に来るし、嘆きたくもなるのだが、相手が猫なので語尾が微妙の惣流アスカ。臨時駅長の緑の目と合う。値踏み・・・区間運賃の計算でもしているような目で、無法地帯地球産の美少女を見ても感じるところはなにもないようだ。猫だし。
 
 
「・・・お前ではないようだ。どこにいる?海賊王にも曲げられたことがない銀鉄路線を曲げた怪物は。捕獲して剥製にするように管理局から云われているんだがな」
 
お前たあ何よ!!・・と言い返してやるところだが、相手の腰にはなんと光線モノらしいSFチックな大型銃。ただ、いかにもおざなりで職務義務で仕方なくさげている感じで、脅す気もやる気もないようだった。惣流アスカはあっさりバクロした。
 
 
「アンタと入れ替わりに駅舎の方へ行ったわよ。ただ剥製にする気なら、そいつがここ無法地帯地球でも最悪最凶の部類に入る大怪物だってのを覚悟しといた方がいいわね」
 
「なるほど。広報室は残念がるだろうがオレの知ったことじゃない・・・剥製づくりは断念しておこう。そんなヒマもないしな」
 
 
「いちおう、その怪物でも切符をもってる客なんだけど?結構な云われようね」
 
「普段は客あしらいとは別の部署にいるんでな。駅が臨時なら駅長も臨時だ」
 
 
「ふうん・・・・」どうもつかみどころがない。分かったのは碇シンジと結託してないことくらい。それはともかくアウトロー呼ばわりにまだちょっとご機嫌斜めな惣流アスカ。
 
一発はっきりケンカ売ってさっぱりしとこうかなー、というところで
 
 
「惣流やめとけ。ホンマに駅長はんは忙しいんや。ワイはあれだけ働く人間・・・ちゅうか猫を見たことがないで。駅舎の中に入ったら分かると思うがな・・・・働いとんのは駅長はんだけなんや。12の列車を全部ひとりで面倒みとるんやからのー」
「車掌のマサムネ君は食べてるだけだしねえ・・・・」
二人のフォローがあるのでやめとく。さほどの歳にも見えず(猫だがなんとなく)、この口の利きようでなおかつ実務高速系無敵型労働者だという。やばい突発仕事を押しつけられ回避もせずに、またそれをこなす力量がある・・キラワレキレ者・なんだかそんな感じだ・・組織内の人事バランスというものが無重力のキラキラ星の上でも変わらないのだとしたら・・・さて・そっちの方がアウトローなんじゃないの?ふふん
 
 
「避難民はあと一時間ほどでこの駅広場に全員集合するはずだ。特別措置で銀鉄への無賃乗車を許可する。ただし、下り路線に限らせてもらう」
惣流アスカを通り越し、臨時駅駅長は両手に持っていた十字指揮棒を鈴原トウジに投げて寄越した。
「これで下りの車内まで誘導することだ。地上降下用に手配したのは銀鉄”火ノ瀬”、銀鉄”エルゴベルツァー”、銀鉄”くろは”、銀鉄”ひなゆきせ”・・この四本だ。オレが手配したのは火の瀬とエルゴベルツァーの2本だが、くろはとひなゆきせは自ら協力を申し出てくれた。・・くれぐれもいっておくが、銀鉄”斧白骨(おのしろぼね)”、”剣剣剣(ブレイズ)”には近づかせるな、あれは戦死者用だからな。迂闊に近寄れば攻撃される。それと魂蒸気を動力とする銀鉄”ゲのいち”、”ポッポ・ヤン”、”メーテルドライバー”・・・外見に煙突があるものだ、釜に吸い込まれるかもしれんし、オールドを妄愛する機関士連中が燃料の軽減にわざと放り込むかもしれんからな。
あとレッドアルコオルを燃料とする”月小姫”にも近寄るな。お前たちが吸われる。
お召し銀鉄”命宮(いのちのみや)”にも無論、・・・いや、これは見ることもするな。代償に何かを奪われる。貴人は存外、欲が強い・・・・従うも従わないのも勝手だ。以上、注意はしたぞ。
 
それでは、臨時駅が完全崩壊するまで臨時駅長としての短い栄誉を楽しませてもらうとするか」
 
立ち居振る舞いにスキがない。指示するだけ指示して注意するだけ注意して駅舎に戻っていこうとする臨時駅長。12本もの列車をいきなりこんな無法地帯に引き込まれて臨時とはいえ駅を立ち上げ再出発の手はずを整えるということがどれほどの仕事なのか惣流アスカには分からない。それは存外簡単なのかもしれないし、一人の人間が一生をかけても終わらないのかもしれない。それもまた領域外のことで、エヴァに乗る苦闘の様子をいくら語っても意味がないように。
ある意味、こやつもシンジの犠牲猫、か。
 
 
「アンタ、名前は」
 
「オレの名?駅が無くなれば役職自体無くなる臨時の駅長の名を聞いてどうする」
 
「記念に覚えておいてあげるわ。・・・・なんか、うちの怪物が苦労かけたみたいだから」
 
「全くだ。車掌は無能で乗客は怪物、こんなところには二度と路線を架けたくない、な」
苦労も誇りも愚痴もなく、臨時駅長は告げる。
 
「地上に着く頃には忘れるだろうがな・・・・・オレの名はヤニだ。
銀鉄に馴染みがないようだから繰り返していうが、タダになるのは地上ゆきの下りだけだ。ここから天上にあがる線は切符が要る」
 
 
「ヤニね。変な名前。でも、忠告は感謝しとくわ・・・・じゃあ、ヒカリ、鈴原、まかしていい?」
 
「そう云うとろーが!!、さっさといかんかい!!あーいいんちょー、そこのとこ、もう一列増やそうか・・・」
「はーい、ここが新しい列9番になりまーす、はいはい、ここです、こちらまで来てくださーい!・・・・・アスカ、がんばって!おいていかれちゃダメよ!碇君って意外と往生際悪そうだし・・・・あ、鈴原、アスカに切符」
砂地に整列ナンバーをふりながら新任の保母さんのように必死な洞木ヒカリ。
さすがに本職がやるようにはうまく十字の指揮棒(サザンクロス)を振るえていないのだ。
 
「いらない。それが入場券の代わりになってんでしょ?手放したらどうなるか分かったもんじゃない、鈴原、あのバカみたく落とすんじゃないわよ」
「オノレはどうすんねん?上りは・・・」
 
「我に秘策あり。任せて、じゃねっ!」動きを止めた火は不自然極まる。悩んでいるよりそうして駆けだしている方が百倍も惣流アスカらしい。
 
 
「なんだか、完全に元に戻ってる・・・ね」
「変わらんものなんてないけどな」
実を云うと、惣流アスカのことも、そう十全に信頼できたわけでもなかった。あの手のことがある。ダメージが癒えてないとしたら。碇シンジに完全に籠絡しきられてからここに来たのかも知れぬし。半病人に手綱がつけられるほど甘優しい相手ではない。顔にはださんかったが、なんなんだあの「トロッコ」は。あんなんでよくここまで来れたもんだ。
その執念には正直、怖気を感じる。それについていける対抗できるパートナーはやはり
 
 
「”あいつ”しかおらんやろ・・・・・」
 
 
傍らの洞木ヒカリに気づかせないように、その言葉はほの明るく。やせ我慢のように信頼を灯して。鈴原トウジの内心は重たい。最悪のケースを考えるとそうなる。
 
 
碇シンジは帰らず、それを引き戻せず引きずられて、惣流アスカも帰らない・・・・
 
 
そうなった時、自分はどれほど後悔するか。止められないと分かってはいても。
その決断など、つまるところは刺身包丁で襲われるか肉切り包丁で襲われるかくらいの違いしかない。引いて切るか押して切るか。引くか押すか。
 
黒ジャージの胸が冷える。その恐怖をあやうく口にしてしまわないのは、なんとか耐えていられるのは、碇シンジの胸にも同じ、それ以上の冷たさがあるのを感じるから。
腹にいくら抱いていても融けることはおろか暖まることすらない金属塊のような。
 
 
状況からすれば、ここは、なんらかの「取引現場」である、とも考えられる。
第二支部の人員を解放する代わりに、碇シンジが自分から出向いてくる、というアンバランスな。渚・・・・・その名が出なければ、もう少し喰らいついたはずだと思う。
ちんけな騙しには、あまりに舞台が大掛かりすぎる。そこにかかるも大芝居。
 
だが、最良の結末は・・・・・・・不思議にそれが思いつかない。
 
 
碇シンジは確かにそれを口にしたというのに。
 
 
友人たちはそれを掴みに行ったはずなのだが、送り出した自分にそれがないのは。
 
何が一番良かったのか。そのイメージが奇妙なほどに浮かばない。碇シンジの言葉通りにいくことはないのだ、と理性ではなく、心のもっと奥の部分が否定している。
 
話が突拍子もないせいだろうか、それなら、猫の車掌や駅長も、目の前のこのローブの団体も十分に突拍子もない。なんで一律でローブ姿なのか分からない。いや、この十字の指揮棒を持っていると聞く気が失せるのだ。こんなところにいながらわかりきったことを、と。今は全力で少しでも良い方向に持って行くしかない。避難者をすこしでも多く、いやさ全員地上に降ろせばそれだけ、そのぶんだけ最良の結末に近づけるだろう。
 
 
「いいんちょー!かなり集まったしな、そろそろ乗せていこう。一列ずつ、一番こっから近い”火の瀬”に先導して乗せていってくれるか」
「あ、はい。分かったわ。それじゃ、この列の皆さん、いきますよー!」
 
 
上りと下りでは運命が大きく異なるだろうが、また同じ場所で重なることをどんなに祈るかわからない。街にいるよりは少しは天上に近いこの場所で、新世界交響楽団よろしく鈴原トウジはガラにもなく
きれいだけれどさびしい光をふらせる星に向かって呟く。
 
 
「ハレルヤ」
 
 
と。