緑や橙や紫や赤色・・・
 
魂蒸気の煙が濃くなっていく中を駆ける、碇シンジを追いかける惣流アスカ。
 
なんらかの加護があるのか、天上切符の効果なのか、碇シンジが駆けたあとにははっきりと煙のトンネルが出来ており、あとを追うのはたやすい。
 
あたりを漂う馥郁とした香りに魂をもっていかれそうになるが、迷わずに追う。
記憶にないが、母親の匂い・・・・
 
むこうから聞こえる懐かしい人の声に耳とコースを傾けてしまうそうになるが、追う。
記憶がおぼろだが、母親の声・・・・
 
駆ける足下に、柔らかな肉の感触。思わず足を止めてしまいそうになるが、追う。
覚えているはずもない、子宮の暖感・・・・
 
 
星も見えず、星も見ずに、ひたすら、碇シンジの背を追う。
 
少し、坂を上がったと足が教える。その次の足先の感触が融けるように消えた。
途端に、視界が開けた。
 
 
銀鉄臨時駅舎
 
 
臨時駅というから、無理矢理足場を組んででっちあげた無人駅のようなものを想像していたが・・・・惣流アスカの目の前に広がるのは・・・
 
 
「バザール・・・?」
 
 
あっちこっちにある燐光の大きな三角標を屋台がわりにして商売が行われ、奇妙な仮面をかぶった旅人たちが大勢行き交う市場だった。もちろん第二支部にはこんなところはない。駅という公共施設に求められる一目瞭然さなど微塵もない無秩序。いや、これまた鮮やかな光を放つあちこちに描かれた地上絵、色の違う三角標からするに、それなりのルールや案内になっているのかもしれないが、どこらへんが乗り場であるのか全く分からない。
 
とはいえ、予定もなにもない地点に12も路線をぶちこめばそうならざるを得まい。
 
機械化された自動改札口や案内嬢のいるインフォメーションや赤煉瓦のルネサンス様式は期待していなかったが、もうちょっと整然としたものを性分から予想していたのだが。
まるで西部劇のインディアンに捉えられて村まで運ばれてきた戦利品状態というか。
三角標屋台で切符を売るのか、それともただ土産物だけ売っているのか。聞いたことがあるようなないような耳に懐かしく、意味はとれずとも不安を感じない不思議な言葉が行き交っている。碇シンジの後を追わねばならないが、煙トンネルのような跡は途絶えているので自前のカンでなんとかせねばならない。そのカンが教える。旅人たちがいくら親切そうでも、彼らと語ってはいけないと。彼らに道を、誰かの行方を聞いてはいけないと。
それは禁忌。胸の内で熱く秘めて燃える生命の炎が教える。
女性の方向感覚は男のそれにどうしても本能的に劣るというが、その分は知恵で補う。
葛城ミサトのようにカンピューターばかりではない。
 
 
シンジのやつはどこにいったか・・・・・
 
三角標の並び方がこの空間に旅人の流れを、道をつくっている。
 
三角形や四角形、あるいは雷や鎖の形、たまに生きているように光をちらつかせたり、震えたりする。この配置と設営が臨時駅長の仕事なのだとしたら、あのヤニとかいうのはかなりの力持ちだということになる。皮肉な口振りといい頭脳労働者タイプに見えるが、猫はみかけによらない。
 
 
ある算段のもとに走っていく。警察犬のように。ひくひく・・・・鼻を利かせて。
 
すりぬけ、追い越し、すれ違う旅人たちがこれからどこへくのか、考える余裕はない。
あえて考えないようにした。今は、シンジだけを。
 
 
あいつがどの列車に乗るのか・・・・・察しはついている。おそらく・・・・
 
あの時の臨時駅長の注意事項に”出てこなかった”車両だろう。その名前を出してこなかったのは、乗せるどころか、近寄せることもさせたくないから。お召し列車以上の破格。
困ったことに(べつにアタシが困るワケじゃないけど)、あのバカが乗りたがるのはそういう「破格」のものであると相場が決まっている。碇シンジはそういう奴だ。
そもそも12本も引き寄せてきたのは、その「なまえのない列車」を必要としたからじゃないのか・・・・そんな気がする。
 
加持さんから聞いた日本仏教の話で、空海とかいう坊さんが自分が求める仏さんがくるまでは次々訪れてきたせっかくの他の仏さんを断った、というのがあったけれど。
要するに、名前すら出してこなかったのは秘匿しておきたいからだろう。まさか単に忘れてた、とかいうオチをつけるタマじゃない、あの緑の目は。
 
だが、見当がついたからといって、それだけに探すのは相当に厄介なことになるだろう。
 
その列車を探していたら必ずおいてけぼりを喰らわされるに決まっている。
 
まずはシンジだ。先回りしてやろう、なんて奢ったことを考えてるとやられる・・・。
 
だから、その為には・・・・・ヒカリにもらったヒントがある。それからするに・・・
 
ひくひく・・・・鼻をうごめかす。
 
あまり女の子っぽしぐさではないが、ンなことはいっていられない。シンジはまず列車よりもヒカリたちをここまで連れてきたマサムネとかいう「車掌」と合流するはずだ。あの場にはいなかった、ということは鉄道を運行させる立場にあるのだろう。いくら碇シンジでも勝手の知らぬこの混雑の中、なまえもあかさない列車を見つけだして乗れるとは思えない。今まで使徒と激闘を重ねてきたが、こんなところとは馴染みがない。いやさ、ここに詳しくなったらばもうおしまいよ、ということ。
 
シンジを探すには、まず車掌を見つけることだ。駅舎の中で”食べてるだけ”の車掌を。
 
ということは、食物の匂いを辿れば・・・・(少しお腹も減っていたし鼻はよく利いた)
 
 
 
「まだなまえもついてない試作列車に乗るなんて反対なのよ〜。危ないし第一、食堂車ついてないのよ〜」
 
 
「でも、”光馬天使駅”にいけるのはそれだけなんでしょ?僕はそこにいきたいんだけど」
 
 
ビンゴ!きちんと日本語で意味がとれるあたりもダブルであたり。無能な車掌、つまりは仕事する気ないのがまる分かりの声と、聞き逃すはずもない碇シンジの声。行き交う旅人たちもなにごとかいな、と足を止めて壁ができている、美味そうな匂いのする駅弁でも売っているらしい三角標の連のところへダッシュする惣流アスカ。
 
 
「いくらその切符があっても試運転中だからお客は乗せてくれないのよ〜。それに、そんな駅は聞いたことがないのよ〜」
 
「聞いたことのない駅にいくための”なまえのないぎんてつ”なんでしょ?銀鉄は天上のいかなる場所にも届かぬことを認めない。どんなことをしても、どんな苦労をしても、どんなに時間をかけても必ず路線を通すって、そこに至る車体を造り出すって」
 
「かっこいい宣伝文句に現場のものがくろうするのよ〜おどらされちゃうのよ〜。うう〜、めそめそ、無茶なことをいって車掌をいじめるお客さんがいるのよ〜」
 
 
目標を捕捉した。
ここまで来れば逃げられることもなく、逃がすことはもちろんない。一気に踏み込んでやろうかとも思ったが、うそ泣き真似などするあきれた車掌に足止めされている碇シンジがちょっとざまあみろな感じであるので、巨大なバイヨネットを背負った大きな旅人の後ろに隠れてお手並み拝見といく惣流アスカ。
 
ちろ、と車掌の顔を見てみたが、車掌らしい服を着てでっぷりとした、これまた猫で駅長と違って目が細い。相撲取りくらいの巨体であり、泣き真似しても・・・そこいらに散乱してる何十という弁当ガラとドンブリがこいつの本性を明らかにしている・・・・同情のしようがないうえに
 
 
「うわー・・・・・まったく可愛くないわね・・・・・なにあの腹」
 
 
小娘のサガとして、ここまできて”マスコットキャラクター”みたいなのを想像していただけに。ちょっとショックでもあった。まあ、星の世界はそんなにファンシーではない。
顔を見ればヒゲからソースだか汁だかがたれてるし・・・せめて拭いてから泣け。
 
 
ゆえに、まわりから旅人の非難の視線を浴びることはないが碇シンジも時間が圧しているところで多少困ったようだ。なんせでかいので首筋を持ち上げて運ぶようなまねはできない。「困ったなあ・・・・」などと頭を掻いている。
 
 
しょうがない、助太刀してやろうかな・・・・と、エヴァのパイロットとして熟成させてきた共闘意識が頭をもたげて惣流アスカがお蔵入りさせていた仏心を発揮させて出ていこうとした時、
 
 
「あの、お代は・・」
 
 
駅弁の売り子なのだろうか、鼻が2本ある奇妙な象の仮面を斜にかぶった眼鏡の女の子が遠慮がちに告げた言葉が状況を一変させた。よく見るとそこの三角標屋台にある駅弁は全て食い尽くされていたし、ドンブリの重なり具合からして、全ての売り物は車掌の腹の中にあると見て間違いないだろう。・・・・どういう腹をしているのか、ブラックホールにつながっているのかもしれない。
 
 
「あ、はい・・・・・・じゃあ、僕の分」
碇シンジもそこで買っていたらしい。手に提げている風呂敷包み。たぶん、食べ物、弁当か。財布から代金を支払った。自分のぶんを。そして、売り子の目は車掌の方へ。
 
「あの、お代を・・」
これだけ食べればかなりの金額になるだろうが、それはもちろん承知の上で食べたのだろうから・・・・まさか・・・・・
「あ〜お代・・・・お代・・・」
車掌、マサムネの顔にはた目にもわかる大きな汗玉が浮かぶ・・・・・・・
それでもまさか・・・・・・・
 
 
食い逃げなどと
 
 
巨体のわりにはかなり早い逃げ足だった。「あっ!?」一瞬、碇シンジでさえもあっけにとられて距離をとられたくらいだ。「あ・・・・・あっ・・・・ま、まってください」売り子の女の子もあわてて追いかける・・・・が、転ぶ。確かに同じ銀鉄職員にしてやられるとは思ってもみなかっただろう。動揺もあったのかかなり派手にころんで、飛んだそのショックで眼鏡にヒビがいった。旅人たちは誰も助け起こそうとしない。つっかえの外された笹舟のようにまた流れのままにさらさらいってしまおうとする。「あ、・・・あ・・・どこ・・・・」売り子の女の子はそうとうに目が悪いのか、転んだまま手を伸ばすが、眼鏡をなかなか拾えない。そのおぼつかなさは、このまま百年経っても拾えそうもなく
 
 
車掌と碇シンジの足はそうとうなもので、次の三角標の向こう、さっさと流れの向こうに消えてしまう。どう見ても共犯にしか思えない。すぐに追わないと見失って追いつけない。
が、・・・・・分かり切っているのだが、惣流アスカは売り子の女の子を放っておけなかった・・・・。このタイムロスが逃走に特化した地理を知ったる食い逃げ犯とそれを直ぐに追った者を相手にするに絶望的であることも。
 
 
「こ、こんなマンガみたいなことで・・・・・・っっ」
 
歯がみして悔しがる惣流アスカだが、詰めが甘かったのだ。あの時、さっさと捕まえておけば・・・・いやいや、ただ、この売り子を放っておけばよかっただけのこと。別段、誰にも責められたりはしないだろうし、何より売り子自身、眼鏡を拾ってくれて、助け起こしてくれてくれる人間がいるなどと思ってもみなかったようで。「あの・・・あの・・・」ひたすらびっくりしてあわせ象の面を被ってしまいまともなお礼の言葉もなく。
 
 
ちなみに、銀鉄の中は治外法権であり外で罪を犯しても車内に逃げ込んでしまえば車内にいる限り罪は帳消しとなる。まことに無法地帯とはよくいったものであり。
 
 
「ちっくしょおおおおおお!」
 
 
無念さに吼えてみるが、流動する時空間に正義は存在し難く、それこそ幻、山谷の汽笛よりも幽かなもので、行き交う旅人の足さえ止められない。宇宙は厳しく、プロ中のプロしか生き抜いていけないのかもしれない。
 
 
ずいぶんとあっけなく、惣流アスカの追走劇は幕を閉じた。
 
 

 
 
 
地上ゆき銀鉄”ひなゆきせ”の臨時ホーム
 
 
「この列で最後、全員か・・・・終わった・・・いいんちょー、お疲れやったなあ」
「鈴原こそ、おつかれさま・・・・・なんていうか、眠いって思う余裕もなかったね」
 
 
雪国対応の銀鉄のため、ホームにはうっすらと雪。ベンチに座るふたりも肩を寄せ合う。
 
 
光るローブを着た巡礼と化した第二支部のスタッフたちを地上行きの銀鉄に全て誘導して乗せ終えた鈴原トウジと洞木ヒカリであった。聖職者でも会場整理の警備員でもないのに夜っぴてこんな仕事を任された二人の顔には疲労以上に達成感と満足感が浮かんでいる。
 
 
「声がすこし掠れとるやんけ・・・・・あの音量で怒鳴りっぱなしやったからなー・・・」
「どなってなんかないけど・・・・・皆さん、素直すぎるから惑わされやすくて・・・・」
 
 
出発時間になれば自分たちは連結された路面電車の方に乗る。その方がよい、と”ひなゆきせ”の車掌に言われたのだ。とても親切でとても綺麗な女車掌さんに従うにやぶさかではなかった。地上行きの四本の銀鉄車掌は皆が親切で協力的だったが、地上から運んでくれたひなゆきせは二人にたいして特にそうだった。銀鉄の評判など知る由もないが、ひなゆきせこそ銀鉄の全路線でも最も心根がやさしくて暖かい、といわれている。運転手が雪だるまだったのは少し驚いたが。
 
 
「自販機でもあればジュースでもおごったるんやけどなあ・・・・・喉いたくないんか?」
「いいよ、そんな気つかわなくても・・・・こほ」
駅舎のほうに下りていけば三角標屋台がたくさん出ているので飲み物やら食い物やら買うことができるだろうが、なんせ出発の時間を気にしなければならない身で、乗り遅れることが許されないと来ればそうホイホイと出歩けない。それでも相方の小さな咳に、パパッと駆けてこようかと立ち上がった鈴原トウジ。そこに、
 
 
「誘導業務ごくろうさま、はい、よく働いた君たちにごほうびの流星コーヒー」
 
 
赤いベレーと赤い制服が目に眩しい、”火の瀬”の女性車掌がコーヒーを差し出した。
コーヒーの熱はもちろん、彼女が近づいただけで暖かくなる。さすがに太陽対応銀鉄。
 
「銀河コーヒーにしようかな、とも思ったんだけど、手紙が届くその前に君たちは地上に帰るんだものね」
 
「はあ」
 
コーヒーにどのような違いがあるのかは知らないが、この流星コーヒーはうまい。コーヒーの甘みが疾って疲れの原子までコナゴナに砕いてくれる感じが非常にいい。
 
「おいしい・・・・こんなおいしいコーヒー、はじめて飲みました・・・」
洞木ヒカリにも非常に好評。喉も潤っているようだ。
 
「アタゴオルの星街に寄ると必ず買っていくお気に入りなんだけどね、ごほうびというか、お礼でもあるかな〜、異なる路線の銀鉄乗務員同士が会うことなんて滅多にないからね、久方ぶりに旧交を温めさせてもらったのよ。ありがとう」
 
「は?あ、えー、いやいえ、ワイ、いやボクたちのご友人がそちらに多大な迷惑をかけてしもうてこちらこそまことに申し訳なく・・・・・」
 
「あはは。トラブルの対応は車掌の業務なんだから大丈夫。そのくらいの余力は銀鉄には十分にあるわよ。気にしないで・・・・・・さて、そろそろ臨時駅長さんのアルタルフが聞こえてきたわ・・・・臨時駅の解体が始まり・・・私も火の瀬に戻るとしますか。
銀鉄乗車はしばらくおあづけにして、がんばって長生きしてね。あと、これは”くろは”から預かってきたお土産ね。それじゃ」
 
カップを回収して火の瀬の車掌が離れると、ぬくもりもじわじわじわと消えていく。
その様子がなごり。たぶん、それが冷め切るとひなゆきせが出る時刻になるのだろう。
 
どこかでバイオリンの音が聞こえる。誰が弾いてるのか知っている。
 
臨時駅長のヤニが、駅舎を組み立てていったように、今度は組み立てたものを、同じように演奏によって操る大きなカニたちに解体させているのだろう。だからアルタルフ。
 
 
「ねえ・・・・鈴原、これ、ほんとに夢じゃないんだよね・・・・」
 
「夢やったら、ここにはシンジも惣流もおるはずや・・・・・・・」
 
 
皆で地上に戻る、というのが正しい夢の幕引きというもんだろう。
 
 
「うん・・・・・」
 
 
「ここよりさらに上、か・・・・・」
 
 
天上を見上げる鈴原トウジ。やれることはやったけれど、だからといって失うべきではないものを失えば、それはどんなプラスでも補えない。ぽっかりと穴のあいた不良品の結末。
 
「碇君たち、どんな列車に乗ったんだろう・・・」
お土産に、ともらった黒曜石の線路地図に目をやりながら洞木ヒカリがつぶやいた。
 
「そやな・・・・・」
どんな列車でもええけど、必ず戻ってこれるやつに乗ってくれと願う。
 
そして。
 
それもあるが・・・・・
 
 
「ちゃんと目当ての列車に乗れたんやろうな・・・・」
なぜだろうか、そんな心配もあったりするのだ。なんでやねん。
 
 

 
 
三角標を何回も越えて、光る地上絵を何回も踏む。食い逃げの途中ながらもさすがに車掌だけのことはあるのか、その魔術めいた手順をひとつも狂わせずに、一番外れに秘匿されていた銀鉄関係者以外立ち入り禁止ゲートを突破して、目的の列車ホームに辿り着いた。
息が荒いマサムネと碇シンジである。その様子はどこから見ても罪を逃れるために駆けてきた犯罪者のそれ。とても誇りある銀鉄職員と天上切符をもった特別客には見えない。
 
 
「はあ、はあ、はあ・・・・・さすがにここまで来れば追ってこれないのよ〜。
車掌じゃないと他の銀鉄乗務員はこのホームに入ってこれないのよ〜・・・・あ〜、でも走り疲れたのよ〜」
 
「な、なんで同じ銀鉄の仲間なのに代金払ってあげないの・・・・・・すぐにばれちゃうじゃないの」
 
「食い逃げほどうまいものなし・・・・・じゃない、いつもの調子でついやってしまったのよ〜、悪気はなかったのよ〜、初任給が入ったらそれで返すのよ〜」
 
「まあ、僕はここまで案内してもらったからいいけど・・・・・ちょっとあの子気の毒だったなあ・・・・」
 
「一時停車中に車外販売するところをみるとたぶんあれは魂蒸気銀鉄・メーテルドライバーの乗務員なのよ〜。だから怒らせると魂を抜かれてこわいのよ〜」
 
「・・・・僕は代金を払ったからこわくないけど。じゃあ、ちゃんと働かないと」
 
「こ、ここまできたからにはしかたがないのよ〜。魂を抜かれるよりはいいのよ〜。
ここからは心を入れ替えてきちんと働くのよ〜」
誠意のかけらもない表情でいわれても、だが、とりあえず列車に乗ってしまえば車掌がいかに大食いでも無能でも関係なくなる。あとは車体と運転手の問題になる。試験列車に客を乗せるなどまともな乗務員なら嫌がるどころかなんとか断ろうとするだろう。その意味ではマサムネのようないい加減でデタラメな車掌は都合が良かったともいえる。
 
 
”なまえのないぎんてつ”に乗るのはマニア垂涎の反則。編成マニアであれば激写激写激写しまくったことであろう。試験機体の特徴である内部を覆う飾り気のない無地のカバーアーマー、先頭のみ隠しようのない巨大な蒼レンズが。その内部に生きているような虹彩。
大宇宙の深遠の闇と対話する深い深い知性を感じさせる光。一般開放もされておらず快適さなど望むべくもないが、これが現時点で銀鉄中最高の目標天点への到達力をもつ車体。
 
 
この星に停まることなどないはずの列車。だが、いま碇シンジの目の前にある。
 
 
なんとなく、雰囲気が綾波さんに、いや、零号機にか、似てるなあ・・・・・・
そんなことを思いながら、乗り口に歩を進める。車掌マサムネが開口スイッチを押す。
ドアが開く。小さな一歩であるが、渚カヲルに会うためには大きな一歩・・・・
 
 
 
そこに般若がいた
 
 
「シーーーーーーーンーーーーーーージーーーーーーー」
 
 
「うわあああっっ!!」
腰をぬかす碇シンジ。そこにいるはずのないものがそこにいた。目の前に。車内に。
 
 
惣流アスカas蒼い目のはんにゃ
 
 
「ななななななんで・・・・・・・!?」
幻影にしては迫力ありすぎる。あいたい、と心底から思って幻視するにはまだ時間が経っていない。
そのうえに、どこをどうやったらこんな先回りが・・・・おまけに誘導仕事をほったらかしにできる性格じゃないのに。紛れもなく実物本人だと認めつつもその登場が信じられない碇シンジ。このトリックの説明を求めて、マサムネと顔を見合わせるが「先回りなんて信じられないのよ〜不可能なのよ〜」と全く役に立ちそうもない。怒れる惣流アスカも無論のことそんな親切なマネをしてくれるはずもなく。その説明はもっと冷静な者が行うことになる。
 
 
「オレが管理している以上、食い逃げなんてせこい悪事も許さない。いくらここが無法地帯でもな」
その声に振り向くと、車掌よりさらに臨時駅に詳しくさらに上の権限をもつ臨時駅長がパイプをくわえて立っていた。どうもこの「駅内犯罪」を察知して処罰に来たらしい。惣流アスカたちをショートカットして連れてきたのも彼であろう。
 
「女の子見捨てて食い逃げ犯の黙認たあ・・・・・・見損なったわよ!!歯あ、食いしばれ!!」
「え?」
また向き直ると惣流ハンニャ、いやさ、アスカの電光石火のビンタが飛ぶ。
びたーん!!そのアームストロングな威力に碇シンジの目からキラキラ星が飛ぶ。
 
 
「あの、お代を・・・・」
惣流アスカのうしろから、おずおずと食い逃げされた売り子が顔を出す。
「ひいいいいいーーーーーーー魂をぬかれるのはかんべんなのよ〜〜〜〜〜!」
 
 
と、いうわけであと一歩、というところで碇シンジは目的の”なまえのないぎんてつ”に乗れなかった。