「ボクたち二人は不倶戴天にして見敵必殺の間柄・・・・特にこうやって正体が喝破されたからには死んでもらうしかないのです・・・・・・・が」
 
バルディエルはあっさりとファイティングポーズを解いた。
 
 
「それに勝る”最優先事項”があって、そうもいかないんだよね〜。まあ、昼間さんざんバトルしたからお腹一杯ってこともあるけど。」
 
 
「・・・・・・」とりあえず寿命が延びたらしい碇シンジは相手の出方を見る。
気にかかることもいっているし。使徒がバトル・・・戦いと言えば、それは・・・・
 
 
「どうせキミとは”完熟した体”で戦いたいしねっ・・・・・で、本題です」
 
RPGのラスボスかリンゴジュースみたいなことを言っている。まだ、大丈夫っぽい。
 
 
「碇シンジ君、キミ、レリエルの行方知らない?・・・・・・たぶん、渚カヲル君と一緒にいるんだろうから、彼の行方とか居場所とかでもいいよ。教えて」
 
 
「そ、そんなこと急にいわれても・・・」
 
 
「使徒は寿退職なんて出来ないんだけどねー、歴史上はじめてのケースで上天も判断を迷ってるみたいだけど・・・・・・出来るかどうか分からないけど、レリエルはそれをやろうとしている・・・渚カヲル君と一緒に。出来るはずもないけど、やるかもしれない・・・・レリエルはつまんない智恵だけはしこたま貯めてる奴だったからね・・・・そんな虫のいいことやりつつ命長らえようなんて考えて実現するかもしれない・・・・・
議定心臓を外してもレリエルの存在が続いている・・・使徒の使命は命そのもの・・・
それを・・・・どうやってそんなこと
そんなことって・・・・・・許されると思う?・・・・・許されないよね?」
 
「”使徒が・・・使徒でなくなる?”それって・・・・」
 
 
「”反奇跡”なんて・・・・・・・使徒が・・・・起こしていいわけない。
だから」
 
 
「ぶち殺す。レリエルの分際で生意気だもん」
 
 
「もしかしてスネ夫・・・・・」聞こえたらレリエルの前にぶち殺されそうなので、最小音量でつっこんでおく碇シンジ。それにしても、とんでもないことになった。
とりあえずパニックになってもいかんので、状況を整理しよう。レリエルというのは・・・・・
 
 
「のんきに状況なんか整理してないで、教えて。シンジ君。おねがいっ!」
 
絶対正義であるところの状況整理をストップされてしまった。使徒のくせに拝み手のバルディエル。よほどレリエルが嫌いでぶち殺してやりたいのだろう。最優先事項と言っていたが。はたまた、ケジメとして指も詰めずに組を抜けたヤクザを追跡するヒットマンか。そんなのを認めておったら組織が立ち行かないのかもしれない。まさに抜け忍、カムイ外伝の世界。使徒に新撰組局中法度のようなルールがあるとは知らなかった。
 
 
「この世界のどこを探してもあの二人の居場所が見つからない。ネバダから第二支部を天上に浮かべて虚数空間の中を浮遊しているのは分かるけど、その領域はレリエルの専門だから計算系の使徒を百体投入しても捕らえきれない・・・・・徹底的に逃避行の構えなんだよね・・・監視役としては・・・・大恥だけど、ね」
 
 
「その二人を見つけられる地上唯一の人間・・・・・・それがキミ。だから今は戦えない。
キミは必ず会いに行く。二人もそれを待っている。その手段も持っている・・・・・よね?」
 
 
「いや、そんなこともないこともないです」
さすがにここまでズケズケ言われては対応に困る碇シンジ。見事な情報公開攻撃だ。明石家さんまのブラックデビルになった気分だが、ナチュラルにドツボにはまってしまうわけにはいかない。なんとかして状況整理して精神をおちつかせて・・・・さすがにラングレーと肉弾対決したあとなので、体力も気力も底を尽き欠けている・・・・
 
 
「状況整理は禁止だってば。で、どっちなの?・・・・・はっきりしてよ」
 
 
「う。その前に、昼間さんざん戦ったって・・・・もしかして、綾波さんや明暗さんと・・・・・・・それを教えてもらわないと・・・・」
 
 
「ああ、大人しく話すか子供のように戦うか気分が決まらない?それもそうかな・・・・・・・なかなか見所のある舞台(ステージ)だったし・・・・朝日のような夕日をつれて生命は荒ぶる籤のまま
 
 
 
第二東京

TOKYO-2
 
 
第28放置区域 JA連合発足式会場
 
 
VTOLは予定時間に到着したのだが、何かJA連合側にトラブルがあったとかで、こちらが迎えに行くまで機内から降りないように、と時田氏から連絡があった。
 
「招待しといて待機?冗談じゃない、帰るわよ」と啖呵をきりかけた葛城ミサトだが、
「ご招待しておいて不様な話ですが、今日ここでしか観戦できない、外国から”超”豪華ゲストを招いた”超”特別イベントをプログラムに”超”追加いたしましたので、ネルフの葛城三佐をはじめとしたパイロット、整備の皆様にはぜひご覧になっていただきたいのです。この不手際は幾重にもお詫びいたします、が、内容はご満足いただけると確信しております。世界最先端の”超”戦闘ロボットの”超”テクノロジーがいかんなく発揮された”超”素晴らしい・・・・」
 
と、モニタ越しとはいえ時田氏に”超”肉薄されては
 
「分かりました・・・・待てばよろしいのでしょう。へいへい、”超”待ちます」
エヴァを二体持って手ぶらで帰るわけにもいかない。だが、このスキにエヴァの覗き見なんてセコい真似をしようってんならタダじゃおかない・・・と言外に釘を刺しておいて仕方なく葛城ミサトは了承した。またはそれを種に因縁をふっかけることも出来る・・・・
別段、ここには仲良く親睦を深めにきたわけでも、技術見学しにきたわけでもない。
 
 
「明暗、レイ、そういうことになったから。いい?」
 
「・・・了解・・・・(ウルトラって・・・なぜいわないの、皆・・・・超・・)」
 
「オレたちも別に構わねえよ、・・・・どうも、本当にトラぶってるみてえだしな。どうも空気がキナ臭い・・・・・・まあ、敵地で順調に物事が進む方が気味が悪いからな。
ただ、参号機に勝手に触ったら、ここら一体何百年も立入禁止の”瓦礫場”になるって伝えておいてくれ。人間も全員一族郎党皆殺す」
 
「わ、わかったわ・・」
手綱を再確認する葛城ミサト。頼りになるのは間違いないが、こちらがヘタを打てばすぐに振り落とされるだろう。ヒゲもないのに赤兎馬に乗る関羽になった気分だ。
 
「よろしく頼む。で、提案なんだが、そういうことなら、ちいと早めだがここらで腹ごしらえをしておかないか?敵地で敵の飯を食うほどまぬけなことはない。時間通りに食えるとも限らない。
鼻羅に弁当を作らせておいたんだ。日本じゃまずお目にかかれない食材を選り抜いたんだ、どうだ葛城の姉貴。うめーぞお」
 
黒羅羅明暗は食の大国からやって来た宗教関係のトップである。桁外れの金持ち物持ち。
綾波レイはともかくとして、葛城ミサトの食指が動いたとしてもムリからぬ。
 
「生ものが多いからな、なるべく早めに食べてもらいてえんだ。鼻羅が、張り切っちまってな、一人で食うと腹八分を越えちまうんだ」
 
とまで言われては、ケーキは別腹、オスカルはベルばら、女が廃るってものよ。
お相伴にあずからせていただきやすか・・・・・けひひひ・・・・・
本陣を遠く離れた何が起こるか分からぬ敵地での待機状態、よくも食欲が起きるものだの野太い神経。明暗が持ってきたでかい重箱を開くと、そこは未味の領域、食のワンダーランドが広がっていた。馬味とかいて「うまい」と読む。好(ハオ)。
壺中の天にも似たその重箱の中の味世界に葛城ミサトと綾波レイは吸い込まれるハメになるのであった。好。
 
 
「これは横公魚っていってな、食べると疫病を防げる」
そう言って明暗は、赤い鯉の刺身にしたそれを綾波レイの皿にとった。
おいしそう、とも、食べる、とも言っていないのに。疫病を防ぐ、健康にいい、だから食え、という論法で、食事に淡泊な綾波レイは、いや、淡泊と言っても今まで見たことも聞いたこともないものを勧められてなんといっていいものか迷って葛城ミサトの顔を見るが、そちらも苦笑いしているのみ。頼りにならない。好。
 
「これは鮨魚(けいぎょ)食べると狂気が治る」
「これは豪魚・・・チョウザメに似ててな、食べると白鮮が治る」
「これは此魚魚(せいぎょ)・・・これを食べると驕らなくなる」
「これは青虫夫(せいふ)酒・・・・飲むと金持ちになれる・・・・ってか、使った金がブーメランのように戻ってくんだな、これが」
「これは赤弊鳥(せきへい)・・・胸と腹が赤くて緑の頭に金のトサカをもつ派手なヤマドリだが火除けのまじないになる」
「これは丹遺魚(せんいぎょ)・・・・魚身蛇頭で六本足、馬の耳のような目があって、これを食べると夢にうなされなくなる」
「これは仙鼠(せんそ)・・・齢500を越えて頭が大きく白くなった蝙蝠のことだ。
食べると仙人になれるぞ・・・・退屈だがな」
「これは魚巣魚(そうぎょ)。鯉に似てニワトリのような足がある。食べると、こぶ、いぼ、まめが治るぞ」
「これは謄魚(とうぎょ)・・・・目と口が大きくて青い斑紋があって尾が赤い、食べるとできものができないぞ」
「これは悠魚(ゆうぎょ)・・・・尾が三本で足六本、目が四つで食べると愁いがなくなる」
「これは幼鳥(よう)・・・・体が青くて目が赤い鴨のような水鳥で、食べると安産間違いなし・・・葛城の姉貴、一丁どうだい」
「これは魚陸(りく)・・・・牛のような形で蛇の尾と翼を持って陸上に住む魚だ。食べるとむくみが取れる」
「これは木礫(れき)・・・・黒斑紋のあるうずらで、食べると痔が治るぞ」
「デザートに龍肝果、外は霜のように冷たく、中は蜜づけのように甘い。食べると喉が乾かないぞ。」
 
 
・・・・このような調子であった。好(ハオ)。
そして、この席に「出来ればお招きにあずかりたかったけど、むこうはこっちを知らないので参上するしかなかった」、さながら人間になりたいロボットのよーな”お客になりたかった客”が押し掛ける。
 
 
 
さて、ネルフの人間が早めの滋養強壮栄養補給リポビタンな昼食を摂っている間、JA連合は大わらわであった。もともと式典の準備というのは大わらわになるものだが、それに加えて「特別イベント」とは名ばかりの「決闘」をやらねばならないのだから。
それも、この勝ち負けで連合の将来未来が決定固定してしまうとなれば・・・・・
おまけに、連合の足並みはそろっていない。首脳部が完全に真っ二つになっている。
これが人間ならば身動きならぬ植物人間だ。一丸となって組織への脅迫者に当たろう、という気迫気合いがない。一部では沸騰し、一部では冷凍のまま、互いを補完することもなく、連合は火傷と凍傷を交互に負い続けるみじめであわれでかしこくないデカブツだった。
 
 
時田氏の重圧はいかほどのものか。「挨拶でとちったらどうしよう」レベルの生やさしさではない。緊張感でビリビリと、モノホンの一戦をやらかす本陣と化していた連合会長室。
 
時田氏、真田女史、リチャード・ポンプマン男爵、レプレ代表が、「決闘」に関しての最終打ち合わせを行っていた。元来であれば、四人ともこんなとこで集まって相談していい時間帯ではない。会場をせわしく行き来しなければならない立場の人間だ。
それはそれで、決闘の重大さの表れであるのだが、その場所に他の首脳たち、U・R・U総裁夫妻、帝都財団の龍宮兄妹、小型化研究所の内田野コズチと李 小光がいない、というのがハッキリとした連合の断絶を物語っている。JA連合がどれほどの代物か。
また、「決闘」にどれくらい勝率があるのか。もともと義のためとはいえ、こちらからふっかけた決闘ではあるが、龍宮シンイチロウに指摘されたとおり、向こうは自分たちに最有利な条件を出してきた。はめられた、と言ってもよい。
 
 
「せっかく多くの優秀有能なロボットを擁しておられるJA連合さんとの決闘であるから、こちらも出し惜しみせずに全機体を出場させていただきましょう」
ただのUFO技術の転用を謳ったにしてはとんでもない資本力。エンタープライズの牙を剥き出しにして、MJ−301はなんと三体のロボットを決闘に出してきた。
 
 
「一対一の決闘なんて云った覚えはないですなあ。一切。その条件で受けた覚えも」
 
 
よくあるパターンの汚さであるが、いちいち喧嘩をやらかすのに契約書を交わす人間もいないわけである。ただ、テレビアニメや漫画だと正義が一体のロボで対抗するのに悪の組織は毎回違うロボで襲いかかってくるわけであるから、製造能力はダンチであるというのはお約束ではある。まあ、現実はそこまで不経済に出来てはいないわけで・・時田氏真田女史の油断と言うより向こうの金持ち度と狡猾な慎重さを評価すべきであろう。
 
もちろん、こちらはマッドダイアモンドと電気騎士エリックとの一対一の決闘を想定していただけに向こうの条件は呑めたものではない。なんとかして真・JAをリングの上にあげようというせこい戦術だが、それでも、あと一体足りない・・・・・
レプレツェンはなんとか応急修理したが、もともと戦闘用ですらない。
 
 
「もちろん、電気騎士エリックとこちらは三体ということでもかまいませんが」
 
 
マグニチュード7以上の揺さぶりであった。もちろん、そんな話は受けられない。
U・R・UのU・R・U(ややこしいが)、帝都財団の大学天測、小型化研究所の人型サイズ「オリビア」、これらのどれか一体、出来ればU・R・Uに出てもらいたいがとりつくしまもなく冷然と淡々と拒否。手は貸せぬ、と。挑発の通じぬ枯れきった相手だ。
その逆に弱いくせに「なんとしても決闘に出ます!!」と聞かぬのが甘苦愚者のレプレ代表。その説得もせにゃならんのだから、時田氏は頭が痛い胃が痛いホントにハゲてきそうだ。
 
 
しかも、MJ−301の新しく繰り出してきたロボット二体は・・・・時田氏、真田女史も唸るほどの、一見してその実力を計りかねる程に奥深い・・・・・唸るしかない上に、一体はパイロット搭乗型ときている・・・・
 
 
青を基調として、赤いマントをつけた、黄色でラインを引いた・・・マッチョな胸に「S」のマーク。発音が難しいが、”スーパーロボット”。建前では「クリプトン星からの技術提供で製造された」とある。ふざけんな!と全員で説明書を叩きつけたが、それで相手の数が減るわけでもない。だが、アメリカ人大好きなこのカラーリングをした以上はそれ相応の実力を持っている、と考えた方がよかろう。制作者はクラーク・ケンタッキー博士だという。
「泣かす、しかありませんわね・・・・」真田女史が呟き、皆がうなづいた。
「”コップロボ”、という線もありえたな・・・どちらにせよ偽装だろうが」問題は中身だ時田氏は顎をなでる。
 
 
もう一体は・・・・こちらがパイロット搭乗型、しかも十代の少女だという・・・エヴァに似た仕掛けで時田氏を激怒させたこの機体は「ヨッドメロン」。エヴァに酷似した人型で、全身に目玉模様のペイントがされており、頭部と腹部中央に大きな「生体目玉」が。
時田氏と真田女史の慧眼はそれとよく似たものを思い出させた。
エヴァ四号機の「義眼」。サイズは異なるが、あれと、よく似ている。製造ルートをどれほど追跡しようと途中でぶっつりと途切れてしまうところなど。
そして、「神経接続技術」が用いられていることなど。エヴァに、とてもよく似ていた。
カムフラージュされたエヴァなのではないか?と騒がれたが、時田氏は一蹴。よく似せてはいるが、とても及びもつかないものだ、と。その本質において。パイロットの少女の名は「ジャムジャム」・・・・コードネームなのだろう・・・その操縦席に人道人権という名のクッションはおいてあるのか・・・それ以外はまったく分からない。
 
 
そして、「マッドダイアモンド」・・・・・レプレツェンを半壊させて脅迫してきた第一の機体。龍宮シンイチロウの情報によればこれで「前座」というのだから、あとの二体は当然、これより強いわけである。これを基準にしてものを考えれば敵の術策にはまるしかない。これを撃破したとて、あとの二体が控えている以上、なんの意味もない。
最悪、真・JAと電気騎士エリックと、レプレツェンで相手するしかない・・・・
だが、真・JAの勝利は確実だとしても・・・・あとの二体は・・・・・まず第一に、決闘を挑んだ張本人である電気騎士エリックが勝利せねば意味がない。
真田女史がマッドダイアモンド相手にエリックが勝つ方策は立てていたのだ。だが、これでは・・・・。
 
ストレスのあまり腸捻転になってしまいそうな時田氏である。
 
 
こういうゴイスーすぎる状況であるので、これ以上ややこしくならぬよう
出来れば、ネルフの連中には待たせて腹立てて帰ってもらいたかったのだが、こちらの腹の底を読んだのか、こちらの”超”念力が足りなかったのか、あのいかにも短気そうなネルフの作戦部長が”待つ”などと言ってきた。ああいえば喜んで帰ると思ったのだが。
くそー、留守の折に使徒が来襲してきたらどうするんだ?!危機意識に欠けとんじゃないか!!と怒る資格はともかく時田氏にはない。身勝手も極まるが、復活逆転賭けた男の人生の晴れ舞台でここまで嵐に蹂躙土足されなくてもいいじゃないか!と時田氏は内心、泣きたくなっていた。
 
が、これも世間というもので、やはり、超法規的組織でもないのにJTフィールドの販売などやってはいけないのだろう。JA連合加入を断られた者たちが影でこぞってMJ−301に手を貸していることまでは時田氏は知らない。MJ−301とはその内実は「反・JA連合、出る杭を打つ・時田をぶッ潰す会」なのだった。ヨッドメロンなど、アバドンが密かに一枚噛んでいた。アバドンでも製造不可能なJTフィールドを造る時田氏に憎悪に近い嫉妬をもっていて、連合執行部に上席の誘いを蹴った人間がいるとなれば・・・・・ファイトが燃えないわけがない。完全に、真・JAは狙われていた。愚かしくも熱い、人の争い諍い。
 
 
「で。どうされます?」
冷静を通り越して冷血を感じさせる真田女史の決断要求。
 
 
もう時間もない。身の程知らずの甘苦愚者レプレ代表はあくまで決闘出場に拘るし、電気騎士団団長、リチャード・ポンプマン男爵は何を考えとんのか、自信満々威風堂々で後頭部を張り飛ばしてやりたいくらいに現状を理解せずに余裕に満ち満ちている。
 
必要とあれば、エリック単騎で三体まとめてなで斬り・・・おっと、ヨッドメロンとやらにはいたいけな少女が乗っているということなのでそれを救出してから、ということになりますな、
家族が人質にとられているのか、それとも生活が苦しく大金を与えると騙されているのか、なんにせよ、少女が戦の人柱など・・悲しいことだ許すことはできません・・・・・
 
ともかく我等英国電気騎士団ににお任せあれ、という決意を秘めた爽やかな顔をしている。
 
一戦に及び慌てたり迷ったり愚痴ったりせぬその姿は美しい。確かに美しい。・・・・・だが、業界の黒星大王、目下八連敗、というレコードの持ち主でもあるわけで。
 
味方の頼りがいに時田氏はのどがカラカラになる。もはや涙もでない。目の奥が熱いんだ。
だが、決断せねばならない。初戦が決戦とは・・・・・人の世界の厳しいところだ。
 
人間同士争ってもしょうがないのだが、いまさら引くわけにもいかない。
結果を選び取るまで、あみだくじのように、後戻りはできない。やるしかない。
真・JA一体だけならば、こんな苦しい思いをしなくても済んだのに。
連合という寄り合い集団の長となってしまった以上、しかたがない。
JA連合の看板を死守するしかない。だが・・・・時田氏は敵の術中にはまって抜け出せない己を自覚している。
 
 
ヨッドメロンのパイロット・・・・・・「十四の少女」・・・・・人の生命の内蔵。
 
 
それがなんだというのだ。以前、お前は同じようなケース、エヴァンゲリオン弐号機のパイロット・・・あれも少女だった・・・惣流・・アスカといったか・・・・・情け容赦遠慮なく倒したではないか。フィールドを奪い、スキをつき、相手を自分のコントロールに置き、事故の危険性は少なかったとはいえ、皆無ではない。手加減はしたが、JAに潰されていた可能性がないわけではない。人は完璧ではなく、機械は万能ではない。
今さら、恐れることはあるまい。お前はそれを冒したのだから。一線を越えたのだから。
綺麗事で大事の判断を狂わすなど、愚の骨頂。・・・・敵方の心理作戦だ。
そんな手にのってたまるか・・・・バカめ。バカめ。・・・・真・JAのパワーをもってすれば。あんなロボットなど一撃で四散だ。跡形もなく・・・・・操縦席も・・・・
心臓が痛い。龍宮シンイチロウ・・・・あの気にくわない若造の目を思い出す。
反・JA連合にまさにふさわしいやり口だ。その長である自分が知れきったその方法に対応できないとは・・・・あの不健康な若造でなくとも嘲笑するだろう。
UB・ダイアモンド・・・あの男の目。真・JAが最低限の出力でヨッドメロンを抑えつけたとして、敗北を認めるか。あの時のネルフの作戦部長と同じく、鬼気と叫ぶか。否や。
 
 
「ウがっ・・・」
 
決断を求められているのに、こんなフランケンシュタインの怪物のような意味不明な言語を吐くのは人と機械の上に立つ、長としてふさわしいか。
レプレ代表は苛立ちとともに強い軽蔑の眼差しを叩きつけた。時田氏の内心を計るには若すぎる。真田女史はそれが分かるが、ほうっておいた。目は凍るほどに冷たいまま。
 
 
がしいっっ!!
 
だが、リチャード・ポンプマン男爵は熱く!、熱すぎるほどヒートに!!、燃えたぎるほどホットに!!知らん者が見たら誤解されるほどラブリーに!!!、熱血色の波紋がオーバードライブ!!!するように時田氏の技術者の手を握りしめた!。
なにか迸る熱いものが伝わるが、話によると彼はオランウータン並に握力があるそうで、ひしゃげるほどに痛い。ごきっ。ウリリリリィィィィィィィ!!!時田氏腹中絶叫悲鳴。
 
「今は、ここにいる三名で戦いましょう。いずれ、他の者たちも追ってくれます。我らの未来へと続く熱き足跡を。必ず・・・・そう信じてください。そして、それをこの女王陛下から祝福を受けた英国電気騎士団団長、リチャード・ポンプマンが保証します・・・・この磁光真空剣にかけて・・・・・
 
さあ!」
 
剣を抜いて天上に掲げると、他の三人にも「なにかのアクション」を要求しとるらしいリチャード・ポンプマン男爵。その目は燃え上がり、質問も許してくれそうにない。
何を要求しとるのか、薄々分かっていたが、映画の中ならともかく現実生活でしかもこの歳になって・・・・たじろぐ時田氏と、つき合いが短いので要求自体分からぬレプレ。
 
すうっ・・・・・・
ケレンじみたことが大嫌いなはずの真田女史の腕があがった。その手には説明用の指示棒。
「三銃士」よろしく、それをポンプマンの剣に合わせる。そうされればレプレにも分かる。
「あ、そういうこと。・・・・・よしっ!!」
ベルトに差していた万能森林ナイフを電光の速さで抜きだして、二人に合わせた。
 
シビレの残る手で時田氏は・・・・・・まだ迷いがあったが、リチャード・ポンプマンの目を見て、それをうち消した・・・若い頃からこういう友人がほしいと思っていた・・その夢が叶ったのかもしれない・・・机の引き出しから「印鑑」を取り出すと・・・
 
 
カシイィィィィィン・・!
 
 
三人に合わせた。異様な光景であったが、ここで他人に見られようと一向に構わない。
迷いも弱気も失せ、あとは燃える心意気があるのみ。もちろん、恥ずかしいなどという羞恥心も弱気の内だ。全然、怖くないぞ。怖くない怖くない、なんとかなる!なんとかしてみせる!今日はJA連合の発足なのだ、なにをウジウジすることがあるのだろう。
初戦が決戦、関ヶ原、上等ではないか。それはあとで楽が出来る、先憂後楽、責任者の責務と言う奴だ。
 
 
「こうやって誓ったからには、あたしたちも戦っていいんでしょうね?・・・・・
こんな恥ずかしいマネさせたからには・・・・」
レプレ代表が赤い顔でねじ込む。眼が輝いている。同志の眼だ。
 
「それは・・・」
「もちろんだ。君にも戦ってもらう・・・・・戦う誇りがあるのなら、君自身の名誉のために」
イイ感じで調子をあげてきたのに、やはり弱っちいレプレの出しゃばりに口ごもってしまうのは時田氏が正直な技術者であるからだろう。リチャード・ポンプマンのようにあっさりと無責任・・いやさ政治的なことは言えない。口先で壊れた機械は治らない。黙々と動く手と長い時間が機械を治す・・・それを知っているから。どうせ負けて壊されるに決まっているレプレツェンが哀れである。お嬢様のプライドのために再び破壊される機体が可哀想だった。
 
・・・・ここは断固として言わねばなるまい・・・・もとはてめえが元凶であるところの時田氏は決意した、のだが・・・・・ポンプマンのウインクで止められた。この男は十分に映画スターでやっていけるなあ・・・・
 
「そのための方法を副団長、トム・アーミッドが考案しています。彼とその点を相談してもらわないとなりませんが、よろしいですか?レディ」
 
単なる人徳バカじゃなかったんだ・・・・・・三人のうち二人が彼を見直した瞬間であった。一人はやっぱりあれが人徳バカであることを知っている。切れ者は副団長なのだ。
だが、なにか緊急の所用とかで英国に帰っている。式典までには戻るという話だが未だ。
 
 
「あまり時間もありませんが」真田女史は指摘する。八連敗しても騎士団を維持していける副団長、トム・アーミッドの有能優秀さは知ってはいても、事前の相談もなし、時間は迫っている。機械的装備的な変更はききそうもない。もっとも、根底から改造しないとまともな手段でレプレツェンが敵うわけがないのだが。・・・魔法でも使わぬ限り。
 
 
「トム・アーミッドは信用に値する男です」リチャード・ポンプマンは言い切った。
 
 
「必ずやレディの無念を晴らし、ダイヤの頭を卵の殻のごとくに砕き、レプレツェンを勝たせるでしょう・・・・」
それでも、弱いのは弱いので、弱い同士前座のマッドダイアモンドにぶつけるのだった。
 
「ほら・・・・耳をすませると、我々に輝かしい勝利を運ぶ彼の足音が、聞こえます」
騎士団の団長として、分かり易いくらいにロマン能力に優れているポンプマン男爵である。
彼を評して英国一のロマンチストと評する新聞もあるくらいだった。
「あたしも耳を鍛えてる方だけど・・そんなの聞こえな・・(って、ああ、こういう人なんだね・・・)」
「あと十分もすれば到着しますよ・・・・その前に最終の陣容を決めておきましょう」
 
 
「そうですね・・・・マッドダイアモンドはレプレツェンに当たってもらうことにして、あとの二体はエリックと真・JAでそれぞれいくしかないですな・・・・Sの方をエリックに、ヨッドメロンを真・JAが・・」
すっかりリチャードの熱血ポンプに圧されまくりの時田氏であったが、ようやく判断の時が。ここにおいて、連合の他ロボットの助けを頼まないのが悲しいと言えば悲しい。
 
 
そして、そこに真田女史が悲しみの追い打ちをかけた。
 
 
「いえ、会長。真・JAは使えません」
 
「そうか、真・JAは使えないのか・・・・・・・って何いっっ!!!???真田君、そりゃどういうことだ!!!」
 
「エリックに勝利してもらうためです。単体ではエリックはマッドダイアモンドにも勝てませんから・・・・元より、この決闘は英国電気騎士団の団長の名で最悪のタイミングで申し込んだもの。
それが敗北すればたとえレプレツェンと真・JAで二勝しようと向こうの勝ちですから」
 
 
真田女史の辞書には和の心、という文字はないらしい。熱血による忘却、という項目もないようだ。さっきの剣の誓いはなんだったのか。それはそれ、これはこれ。熱伝導はせぬ
 
冷静の極地、絶対冷血。コトバがない時田氏、ポンプマン、レプレ。「いやまあ、それはそうなんだが・・・・」
 
 
「そのトム・アーミッド副団長の”冴えた方法”はエリックに使って頂きたいところですが、そうなると頭数が足らない・・・・こちらのスペックはむこうに知れきっており、向こうのデータは未知数・・・操縦者という人柱のハンデもあります。
提案です・・・・・ネルフのエヴァを参戦させてヨッドメロンにぶつけるべきです。
そのための双方への説得工作にはむろん、私が直接、あたります」
 
 
「そ、そんなことができるかあっ!!
見損なったぞ、真田君!」
激高する時田氏。ポンプマンもレプレも目を見張った。ここが時田氏のプライドかと。
だが、そんな単純なものではない。複雑怪奇な使徒撃滅業界を表も裏も光も闇も伊達に歩いてきたわけではない。過去の含みが多分にある上に、しんこうべ、綾波トアのもとで聞いた零号機操縦者、綾波レイに関する”超”極秘情報のこともある・・・・
 
 
「それが最も損害の少なく、利益の多い方法です。ネルフもただでここまで来たわけではないでしょう・・・・JTフィールドの技術拡散をなす連合は彼等にとって目障り以上の組織なのですから」
うまうまと漁夫の利をやらせるほどJA連合は甘くない。真田女史は一歩も引かぬ、その眼はまさに人が頭を打てば尾で立ち上がり、尾を打てば頭で立ち向かうという常山の蛇女。
 
「それに、人柱の扱いは彼等の方が手慣れているでしょうし」
 
「いや、しかし・・・・」
 
「しかしもかかしもありません・・・・どうぞ」
 
 
決断を
 
 

 
 
「こっちとしては、”素人さんに勘違い”して欲しくないだけなんだけど・・・・・JA連合、時田社長、いや会長か・・・・どっちでもいいけど・・も大変なのねえ」
 
 
注ぎすぎたビールの泡のようなダダ漏れの内部情報を食後に一杯やった葛城ミサト。
これで待たされる理由も分かった。レイを連れてきたのは正解だった。ここまでなんの労もなく詳細な情報が得られていいのかいな?と自らを省みてしまうくらいに、カモネギ。
 
”後継者”綾波レイを一目みようとやってきた綾波リーポーと瑞麗の兄妹、そして護衛役とは名ばかりの緊急脱出経路役の生きた逃走エアポートこと綾波チンとピラのコンビ。
彼等が知る限りのすべてを話してしまった。基本的に綾波理化学研究所は連合傘下というわけではない。あくまで真・JAの協力という立場での出席であり誰を相手に何を話そうと自由であろうが、
 
 
「あにさま、おいしいねおいしいね」微笑む瑞麗に
「お顔を拝見できれば満足でしたアルが、まさかこんな最高等のもてなしを受けるとは感謝感激ですアル。舌がとろけるアル〜」驚喜するリーポーに
「お、オレたちもいただかせていただいてもよろしいんでしょうか」小心なチンに
「おうよ、その赤い目・・・妹分の親戚筋とくりゃ遠慮はいらねえ、食いねえ飲みねえ」森の石松よろしく勧める明暗に
「親戚筋なんて恐れ多すぎるっすけど、ごっちゃんっす!」相撲取りのような一礼してピラ、
「なるほどねえ・・・”綾波”ってこのこと」興味深そうな葛城ミサト、
と用意された珍味を皆でほぐほぐ味わいながら。
 
 
綾波レイが特に求めたわけではないのだが、ほぼ自動的に。JA連合の現在状況が。
そして、同情ともざまみろともどっちともとれぬ先ほどの一言になる。
 
一機だと思っていたのが、タイプの異なる三機・・・・・いくらでかくて資金があったとしても、とても一組織のやれるこっちゃない。おそらくは・・・・・
ネルフが強権実力行使をする前に、連合に振られた連中が一大勢力に結束して意趣返しに来た、というわけだ。まあ、なんという分かり易い図式だろう。葛城ミサトは明暗の方をそっと見たが、「そんなことだろな」とかるく首を傾け、わざと大口をあけて仙鼠を丸飲みにして見せた。JA連合を一気に取り込んでしまう腹づもりなのだろう、と。
交渉ができなければ丸飲み、いやさ、丸飲みができないから交渉する、大国主の理論。
意志統合、チームワークのない少数精鋭は、数には勝てない。なんせ、少数ですらないのだから。単一であることよりもタチが悪い、文字通りの”分数”である。
 
 
「にしても、他の連中は薄情すぎやしねえか?面と向かって暴力込みの脅迫受けて、それに対抗するやつを高みの見物知らんぷりてな・・・自分たちの面子も潰されてんだぞ?」
過去の含みがない分、明暗のその考えが自然なのかな・・・・葛城ミサトは考えていたが
 
 
「イヤー、ですが、他の人たちの意見も分かるアルよ。帝都財団、小型化研究所、そして、U・R・U・・・あの人たちは何よりロボットを争いの道具にしたくないアルよ。ロボットはそんなことのためにあるんじゃない、むしろ、人間がその脆弱な肉体ゆえに追いきれない夢や精神性を代わりに手にするためにロボットはいる、と思うアル」
 
 
「ああ、キカイダーの良心回路とか!」チンがよせばいいのに、余計な知識を披露する。
小心ゆえに、早めにいいこと言って場を仕切る者たちに認めてもらいたい、場違いの違和感から逃れたい、という心のあらわれである。しかし
 
 
 
しーん・・・・・・
 
 
 
「・・・・・え?違ったか?違ったのかあ!?すんませんすんません!的はずれですんません、知ったかぶりしてすんません!」
別にしんこうべ某旅館で一時期流行ったチンいじめがここでも流行したわけではない。
 
 
「ロボットをけんかに使ったら、いけないのですよね、あにさま。・・・・”きかいだー”はよくわからないけど・・」
瑞麗が口をひらく直前のタイミングで、皆がそれを待っていた微妙なエアポケットにつっこんでしまった、というわけだ。「普通、幼い少女がとつとつとピュアな心でなにかいおうとしたら待つものっす、常識っす・基本っす・重要っす・テーマ性、メッセージ度が高いっす」とピラにつつかれようやく悟るチン・ザ・小心。もしやオレはいたいけな少女に恥を?余計な知識を挿してしまった?アウチ!!それでもこっちに笑顔むけてくれてるし・・・・ああっ!オレはああっ
 
 
「そうアル。瑞麗。人の逃れ得ぬ病、宿阿を知らぬ機械の体は、健康的な暴力を求めることなく、病的な堅忍にも堪えることができるアル・・・・・そうでないなら、ロボットはロボットの意味がないアル。ただの人に使われる機械アル・・人に変化と進化を教える黄昏の晩までつき合う友人、・・憎しみを覚えぬままに成長を続け、朝の道で人の耳のそばで素直に教えを垂れる背負い子・・・ロボットを争いの手段に用いるのは二流三流の人物アル」
 
 
「確かに。力を用いるのは快楽でもあるからな。それが単なる反動反撃であっても。それも、肉体の限界域を超えた思う存分、とくればその暴乱に果てはない・・・・・
働かぬ労働せぬ機械・・・・それが理想の戦闘ロボットのイメージだとすれば・・・おもしろいですわね・・・暴力の健康性と、堅忍の病性との相克」
いつのまにか明に変化していた。
 
 
「七人いる・・・・」竹林でもなく、もとより賢人がそろったわけでもない、そして話は現実的な対応策についてでもない、ただ、この場に七人の人間がいる。
綾波レイはこの場で交わされた会話を覚えておこうと思った。
世俗現実にどんな展開になろうとも。それとも、エヴァならロボットの戦争を止められるだろうか・・・・そのためにはそれを凌駕する力が必要になってくる・・・・これが宿阿というものか。風雲は急を告げてきて、ざわざわと竹林を鳴らす音を聞いた。
 
 

 
 
「シンジ?」
「え?」
 
 
腹ごなしと、あんまり遅いので様子を見に来たラングレーの声に振り向いて見ると、碇シンジの心は第二東京の午前中から第三新東京市の夜に戻ってしまった。想念が、破られた。
もう一回天球を見回してみてもバルディエルの姿はない。最優先事項がレリエル探索にある以上、余計な接触干渉はせぬということか。用があるのは碇シンジ、唯一人。
渚カヲルへのアクセスポイントを聞き出すには、どうすればいいか。
碇シンジと使徒バルディエルのコンタクトを目撃させることが近道になるわけもない。
監視役、というだけあって、対人面倒ごとをさける頭をもっているらしい。
「いいところ・・・・というか、状況説明が終わってこれから事件がはじまる、ってところだったのに・・・・安否とか肝心なことは分からずじまいだし・・・・」
「なにブツブツ言ってんのよ。そろそろ帰るわよ」
 
 
これで、おわる・・・・はずもないか・・・・・
 
 
一件が片づけば、また一件。男は死ぬまで仕事を片づけながら生きていくわけだが、相手が相手だけにちょっくらキツさを感じる碇シンジであった。連戦、一息つく間もない。
バルディエルに新型に変えられた携帯をこっそり隠しながら、碇シンジはラングレーのところへ歩いていった。カヲル君のところへ行くのはいつになることやら・・・・
「こっくりさん計画」に「済」の赤判を押して頭の中でスケジュールをこさえる碇シンジ。
 
 
その隣で、ラングレーが自分に力づくで施された鬼の傷痕を再確認していた。
 
「自分の前でだけ、アスカでいてくれればいい」
 
こいつがやらかしてくれたことは、ラングレーとアスカ、二つの人格の融合を後にも先にも全く認めず、真っ二つに引き裂く、ということだ。自分の前でだけ、アスカでいてくれればいい、というのは実のところそういうことであり、ラングレーにしてみれば己の影をまるごと盗まれたようなものだった。そして、己の進む正反対に逃走された・・・・その先は闇、暗雲の中で追撃してやる必要さえない。約束された第二人格、未来はラングレーとともにある。それと並ぼうとしない男は過去の存在になるしかない。所詮、その程度。
 
 
だが、取引としてはこれほど気味の良いものはない。完全なる二分割。さながら悪魔と農夫が行うそれのように。地上の収穫は農夫のもの、地下の収穫は悪魔のもの、その契約がなされたときはキャベツを植えて、地上の収穫は悪魔のもの、地下の収穫は農夫のもの、その契約がなされたときはカブを植える・・・・。完全なる二分割の誓いは悪魔をもひれ伏させ異議を唱える顎を封ずる。ただ、相手を「悪魔」と罵る権利くらいは残される。
 
 
悪魔の信義、人の信用。ねじくれてあわされてそれは宿り木のように。
こちらを絡め取り、縛り上げる・・・・マングローブの森においてけぼりくらわされたみたく
 
 
「自分の前でだけアスカでいて」
 
 
この言葉にはなんの力も制約もない。この言葉の主にもなんの魔力があるわけでもない。
たんなる希望にすぎない。小さじ一杯くらいの。こんなもんを遵守してやる義理はない。
騙され罠にはめられた仕返しに、それを逆手にとって手痛い目にあわしてやることもできる。この場合、アスカを”演じる”ことが、最も的確な復讐方法になるだろう。はらわたが美味なる音がするウインナーになるような苦しみを味わうがいい・・・・だけれど。
 
 
信頼しているからこそ、この言葉が吐けることをラングレーは知っている。
これが、人の本音なのだと。なんとも虫の良い。
 
 
信頼する相手にむかって、もう会わないと。もう会わない人間に対しての信義というのは。
どんな意味があるかというとそれは。
まあ、死人に対する約束事と同じ。それは、遺言なのだと。
 
 
「それはながいことではないから」
下の句はこれだ。返済は相手が思うより早く指定するのが取引のコツである。
 
 
こいつとはもう会えない。会うことはない。この世界で。
確信がある。これは、遺言、と唐突に理解した。それを受け取る相手に指名され指定された。タイムカプセルのようなもの。そんなものにされてしまった。
 
 
自分は生の光の中に取り残されて、こいつは消滅の闇の中へ落ち込んで。
あの海の中で、アスカとシンジは心中したのではないか。後追い自殺というのはあるが、先行心中。あれは、予行演習だったのかもしれない・・・・。
自分には未来があり、こいつには現在があるだけで。
 
 
勝負は最後にリングに立って、拳を掲げた者が勝ちなのだ。ラングレーはこの期に及んで、碇シンジの戦の運気、生命線を読んだ。新たなデータを取り込めば運命も変化してくる。中はぶっといが先細り。・・・・・いける・・・・非蓄積型のこいつは、それを補佐する味方が現れなければいくら強くても大したことはない一発屋・・・・・勝てそうだ。
執念のない奴は恐怖するにも値しない・・・・。
 
 
「あは、あははは・・・・・・・・・・ははあ・・・・」
高笑いするつもりが、のどが灼けている。塩のせいだろう。海の。乾きすぎた笑い。
 
 
「ごめん・・・・・」
 
 
「なんであやまんのよ・・・・百万べん謝っても取り返しのつかないことをしたくせに」もともと、24までの封印は取引納得ずくでかけられていた。この時間帯に目覚めたこと自体がトラブルならば、おかしな事が起きてもそれもやむなしかもしれぬ。
まだ、時代は戦況は自分を必要とはしていない・・・・・双方が適合していないのだから。
まだ他に、エヴァのパイロット、チルドレンが生存しているなら、己の戦闘スタイルを考慮するに彼等と競合し機能不全に陥る可能性は高い。今回のケースはそれを誘発する何者かの作為ではなかったのか。ラングレーはその気になればいくらでも頭脳明晰になれた。
 
 
だが、その頭脳と口が直結しない。出発前の綾波レイを嘲笑してぐずのろ呼ばわりしたラングレーであるが、うまく言葉がでてこない。さらなる恨み言を言うべきか、二度と枕を高くできないような呪いの言葉を贈ってやるべきか。それとも今後の使徒との戦況について語っておくか。不思議に念炎の補修についてはなんども確認する気にはならなかった。
こいつは必ずやるだろう。自分から奪ったように、癒しもする。・・・なんて奴だ。
バカの大足とはいうが、こいつのはバカの大掌だ。そのたなごころの上で、今日一日を過ごした・・・ことになる。
 
 
家に着いた・・・・・・タクシーも使わず、けっこう歩いたが、会話はない。
マンションを見上げるとこまで、きてふいにラングレーの口がひらいた。
 
 
「ねえ・・・・・どうして」
 
 
それは、いつぞや宜保イイコが鈴原トウジたちの前でうたったような。
 
 
「ん?なに?」
こいつにはうしろめたさというものがないのだろうか。まるで、命がないもののように。
そう考えると一瞬、碇シンジの姿が透き通って見えて、ラングレーは口を閉ざした。
 
 
「いや、なんでもない・・・」
今日一日のことを思い返す。シルエッタファイト、模擬戦・・・・うどん屋、宝石店、未遂アクアリュウム、ゲームセンター、学校、教室、海の中、喫茶店・・・・・
 
 
どくん、どくん、どくん・・・・・・心臓が高鳴る。理由は不明。思うだけで胸が苦しい。
そのままエレベーターに乗って・・・・・ドアの前まで。どくん、どくん、どくん・・・
別にドアの向こうがガス室だったり、天国への十三階段上がろうというわけでもない。
こいつのまえだけから消えるだけのことだ。最後の火を灯して。
メイドインジャパンの怪物からおさらばするだけで、胸が清生するはずだ。
 
 
「あれ、鍵があいてる・・・・ただい・・・」ま、という前にラングレーに引っ張られて、エレベーター前まで引きずられた碇シンジ。
 
「あたしがいいって言うまでここ動くな・・・・いいね」
反射で体が動いてしまった。何が待ちかまえていようが、こいつを保護してやる義理はない、むしろ盾、弾避けに使うべき・・・・いや、守る必要があるのか、念炎の修復者に連絡をつけるまでは。話が違うな・・・なんであたしがこいつを守ってやらなきゃ?
その躊躇がいけなかったのか、碇シンジに手首をつかまれて止められた。
 
「僕が行くよ。ここで待ってて・・・」
もしや、バルディエルがさきほどの続きをやりにきた・・・・碇シンジはふと、思いついて引き留めたのだが、そんな力はなかった。実のところ、もうへとへとで一刻も早くブースカ眠りたかった。引き留めた方も引き留められた方も実はへろへろであるから、両者体勢が崩れて、派手にイヤーンな体勢になった。ちなみに碇シンジが受け。
 
 
そのまま十秒ほど固まる。
 
 
「あら?お楽しみだったかしら」
かちゃ、と家のドアが開いて赤木リツコ博士が顔を見せなければもう少しその時間は伸びていたに違いない。
 
「寝むれっっっ!!」
超反射的に碇シンジのどてっ腹に炎の正拳を叩き込むと、意識を失わせるラングレー。
エヴァさえなければやはり碇シンジなど敵ではない、相手にもならないはずなのだ。
「なんか、遊ぶのに調子にのりすぎたみたいで、もー、シンジ、おきなさいってば」
碇シンジ・カクカク。
 
 
だが、この期に及んで演技などする必要もなかった。
 
 
「あなたが、”ラングレー”ね?」
炎など、微塵も恐れぬ声色、第二号出現。
 
 

 
 
碇シンジを二人で運んで、自分の部屋に寝かせた後の会話はひどく事務的なものだった。
十四歳のアスカを演じることを止めたラングレーは、葛城ミサトよりよほど有能な作戦指揮者の顔になり、これまでの経緯と、マイスター・カウフマンとの契約通りに24まで深層意識内に留まることを告げた。それから立てつづけの引継事項。
密かにここまで動いていたのか、内心赤木リツコ博士が舌を巻きながらそれを受ける。
個人で運用出来る資金を膨張させることから、エヴァの神経接続、精神汚染影響対策の克明なレポート、今後の戦術戦略地図作製、それを基にする組織改編を含む百五十を越える提言・・・・そして、なんと・・・・
「弐号機の新型装備を独断で新規注文させてもらったわ、ファントム・オブ・インフェルノ社。C・H・コーンフェイドの名で交渉してきたらコードスペル・123321213321231で返答しておいて。それで納得するから・・・・ミサト、いや、赤木リツコ、貴女の方が適任だろうから後交渉はよろしくね」
 
 
このまま生かしておけば、十年経たぬうちに司令の座をも得てしまうのではないか。
とてもじゃないが、ぼんぼんの碇シンジの敵う相手ではない。競争じたいが間違っている。これに対抗できるのはやはり、渚・・・・・驚きなど顔に出さぬ赤木リツコ博士のそを思えば唇が厳しくなる。
 
 
「・・・・・伝えておくのはこのくらいかな。ああ、アスカはこの間のこと覚えてないあからフォロー方よろしく」
そうなれば、この緻密な引継の意味も分かる。目覚めてみれば、混乱するしかない。
ラングレーはその混乱を嫌ったのだろう。自分への気遣いというのも妙な話だ。
 
 
「ええ・・・・確かに」
状況は自分が厭世しているうちに、驚くほど進んでいて。現実は止まらずに。先へ。
思い知らされた。赤木リツコ博士は今は眠っている碇シンジを思う。
 
彼は、死なずに生きている。生きている。生き、延びている・・・・
 
 
 
「もしかして、こいつとあたしが海の中で、しねばいいと思った?」
 
飛躍ではない。ラングレーは頭の回転が恐ろしく速く切れる。念炎は一時休止とはいえ、人の瞳の中に燃える炎を見逃すはずもない。理性では制御しきれない、情念の炎を。
 
 
バシッ
 
 
赤木リツコの平手が飛んだ。ラングレーはそれをよけずに受けた。実際、その体力もなかったが。己の裡に投げ込まれる人の炎を受けずにかわす道理もなかった。
こうやって人の怒りをかき立てるのは狂える外燃機関ラングレーのお家芸である。
注がれる憎悪と怒りは最高級の燃料になる。それをこの血に溶かしてまた、燃やす・・・・・ラングレー、その名で呼んだからには本性を出してみろ
 
 
「渚カヲルだけが消えて、ほかのチルドレンが生きてるのが。気にいらない?」
 
 
手が伸びた。白い、両手が。ずうっと前、葛城ミサトは同じような時、手を伸ばして。
記憶が発動する。アスカの記憶だ。第三新東京市・・・・ここでの、記憶。
 
あの時・・・・ミサトが近づいてきて、手を伸ばして首に手をかけた・・・・・それから行き過ぎて、肘を確かめるように曲げて、からギュッと抱きしめた。
力が強くて、なにより熱かった。人間の体って暖かいなんてもんじゃない、熱い。
「あなたには、なにも言えないし、なにもしてあげられないわ。ある意味、あなたたちは私たちを追い越しているんだものね。でも、いや、だから、かな。
これだけ、は覚えておいて」
 
 
これだけ。ミシルシ、感触の記憶。熱い。そして・・・・・・冷たい白い手が。
 
 
ラングレーの首筋に。爪が、頸動脈を確認するように。青い瞳が白い女の顔を見る。
 
 
「そう、そうかもしれない。否定しないわ。・・・・いえ、そこまでの気力もなかった。
ただ、呆然と見ていただけ。現実が意識を焼いて白骨にしていく様を・・・・・」
 
まるで猫にやるように、喉を指先で撫でていく。わずか二十も生きねども、家族になったいきものたちへやるように。葛城ミサトと似たようなことをいいつつ、影のよう。
が、赤木リツコは相手にしない。炎は外に向かうことなく、己の内に向けられて。
思考に邪魔な意識を荼毘に付して。立ち上る煙に瞳を閉ざし。白く、骨になるまで。
 
精神が白骨になるほどモノを考えたのは、今世紀に入って赤木リツコ博士が始めてだった。
神に愛されもせず、天啓を下されもせず、未来視の助勢もなしに、一個の人類頭脳が、絶対領域の向こう側の出来事を看破しようとしたなら、それしかない。語り合う者のいない賢者の孤独・・・・あの少年の脳髄を誰よりも愛していた。心より。
いや、これではレクター博士みたいだから、頭脳、知性、ということにしよう。
だが、死後の世界、死んでもモノを考えたい考察したいとか思わない一般の凡俗と同様に、この情念はラングレーにも理解しがたかった。体を動かして気を紛らわすことさえ許さない冷徹の知性というものは実在する。ここに。目の前に。事象に振り回され駆けめぐることを慰めとせず、発生地点に心を留めて思考を続ける・・・・停滞だと嘲られても。
 
消失消滅、神の指に摘み上げられたのだと考えれば楽になるが、それを己に許さない。
 
そうなれば、彼の魂をどこへ収めてあげればいいの?その他多くの者の命も。
 
余計なことは一切考えない。それゆえにラングレーの炎も恐ろしくはなかったし、挑発が挑発にならない。外ズラからは分かりにくいが脳を極端に酷使し栄養を独占しているので、その他の部分は奇人変人でくのぼう状態になっている。一流の学者にはよくある体質である。だから、割合スグに手が出るのであった。これは頭に血が昇りやすい赤木家の血であるので本人だけのせいでもないが。
 
ともあれ、赤木リツコ博士が情念の炎をそのようにてめえで活用しているなどと思ってもみないラングレーは人の炎を吸い込むべく、挑発を続ける。
 
 
「渚カヲルがおなじことをやろうとしたら、それを知ったら、あなたは止めた?
いいぇ、愚問か。こんなことをやるのはあいつひとりだけだもの」
 
「ミサトもそうでしょう・・・・・セカンドの本当のことを知り、シンジ君がいなければ、動いていたのはミサト・・・たぶん、もっと乱暴な手段を用いるんじゃないかしらね・・・・
わたしは、なにもしてあげられなかった・・・・・帰すべきじゃなかった・・・・そこまで、出来なかったのは・・・・」
 
「悔恨なんて聞きたくないわ。そういうことはあの世にいって渚カヲル本人に直接言えば。
どうせ、あんたたちはわたしよりも確実に先に死ぬんだから」
 
すい、とラングレーは赤木リツコの指先から離れた。もう、吸い取ってやるほどの炎はない。なかなかの炎であったけれど、なぜか大した量ではなく念炎復活にはほど遠い。
 
碇シンジが眠っていることは、両者にとって良かった。
彼が起きていれば、赤木リツコもただ葛城ミサトに頼まれた目付役としての相(フェイズ)しか見せなかった。葛城ミサトもここまでのことは言えない。未来から届けられた確実の予言。約束された第二人格、惣流アスカ・ラングレー。人類が絶滅しても一人生き残る気迫を持つ者はすでに人間以外の者であろう。これと正面対決して、引き下がらせることに成功した、サードチルドレン、碇シンジは。第三新東京市限定・無敵許可証でも与えられているのだろうか。
 
 
「そうね、そうなればいいわね・・・・・」
ろくでもない、そして凄まじい、二酸化炭素的会話である。燻りまで、消えた。
赤木リツコ博士が隠遁を止めて東方賢者の看板を入り口にあげ、本来の職務に完全復帰した。煙のような妄念が終わった。碇は巻き上げられた。彼の動向を注視しておけばいずれ。
 
 
実のところ、今晩ここにやって来たのは葛城ミサトに頼まれてどうも様子のおかしい二人が不純異性交遊に走らぬよう劣情の波にさらわれぬよおに(白々しい・・・)見張りにきただけではない。
 
第二東京が厄介なことになって、しばらく調査に時間をとられるハメになったのだ。
エヴァ二体が必要となる。いやさ、帰れないのだ。霧島教授がすでに現地へ飛んでいるが、これまでにないパターンの来襲で、葛城ミサトの言葉を借りれば、”ちょっ〜〜〜ち面倒な”、ことになった。そのため、留守を預かるエヴァ初号機と弐号機には、特に初号機には大事のないようにしておかねばならない。それを動かすパイロットはもちろん・・・・
 
それを海の中にドボンダイブである。
 
ちょっと人生中ダルダルであった赤木リツコ博士でなければ「なにしとんじゃい!このガキャー!!大人しゅうしとらんかい!!」と青筋血管ブチ切れるところである。常人の神経ではのんきに見過ごせない。アクシデント発生の連絡があったのが夕方で、学校からいきなり二人が消えたのも夕方で、監視の者は騒然となったが、首謀者と見られる宜保イイコなる人物を捕獲もできずに右往左往。ナナセから知らされ位置は知っていたものの、それを見て見ぬ振りして、この部屋にまっすぐやってきて待っていた。
 
好きなように、やらせておいた。こちらの方も未来を占う重大事だったのだから。
占う、というのは正確ではない、検証と言った方がよいか。既に賽は投げられている。
 
 
今回の碇シンジの行動は誰にもその動きを止められなかったという点で、電撃的といってよい。様々な助力を得ながら、その中の誰一人として。
 
 
おうさまはあちこちいろんなわなをはり、かりをしました。えものはひとりのおんなのこ。
 
 
病んだ好奇心は猫の王をも殺す・・・・・アスカより機能的に数段優れているラングレー・・・それをわざわざ捕らえて封じ込める。パイロキネシスはこれからの対使徒戦で強力な武器になっただろう。それをあっさりご破算に。己の玉座を守る者の特有の発想か。
 
 
碇シンジにも<転換期>が近づいてきている・・・・・?
 
 
さだまさしの歌じゃあないが、なによりそれが、何より一番、気がかり。
悪魔よばわりされていても、まだ会話が通じるラングレーはましの方だった。
 
 
「シンジ君は、・・・・どうだった?」
 
 
「科学者と思えないほど頭悪そうな質問だけど・・・・どうだったって云われてもねえ・・・・」
ラングレーご自慢の頭の回転が急に遅くなる。質問の意図は十分に分かっているのだ。が、うまく言葉が出てこない。うまかった、ごちそうさま、とでもいえばいいのか。第三人格について聞いているのだろうが。
もとより、それが遊びの目的だったはずなのだが・・・・多重人格が同じ多重人格にどのようなアプローチをしてどのような感触を得たのか、情報が得たいのだろう。
腹いせに、ふたり濡れたあとで、男にしてやった、とでも云ってやろうかとも思ったが、あの赤い着物の女が脳裏に浮かんで、やめた。
 
 
「まだ早い。・・・あらゆる点で・・・・・それが、結論かな」
誰も見てはいけないものだ。あえていうなら、それが許されるのは、24になった自分だろう。それ以外の誰も対抗できそうもない。あいつを閉じこめる包囲網が完成しないうちに解き放つことは許されない。第三新東京市・・・・この都市をまるごと封印できる方法が編み出されぬ内は。眠っている間にそれを考案しておこう。あいつを敵にまわしても勝てるように。正邪は関係なく、敵対すれば倒すだけ。こんな策には二度とはまらぬ。
 
 
「けどまあ・・・・・・ひどいやつだよ、あいつ・・・・・」
 
 
「あんなにひどいやつだとは思わなかった・・・・・」
 
 
「シンジ君が?」
疑問は、否定ではなく先を促すために。確かにご自慢の伝家の宝刀、火眼パイロキネシスを強奪されたラングレーにしてみれば。しかし。
 
 
「真っ二つに裂かれた・・・・・」
あいつは絶対にアスカとラングレーの融合を認めない。何があろうと。本来、不可分のものを裂いた。セカンドだろうがなんだろうが、関係ない。サードの分際で。
 
 
その目からぼろぼろ涙が流れ出し、口元がぐしゃり、と歪んだ。アスカよりさらに幼く。
 
 
おそらく、アスカの方も碇シンジとともにそのうち、時の闇過去の影に落ちるだろう。
海の中でもぎとられたのは、パイロキのみならず。アスカは自分とともに浮かばなかった。
確かに、後天的に造られた防御人格。ラングレーにしてみれば蛇蝉の抜け殻、空薬莢ほどの価値しかない。それでも、そこに塗り重ねられた記憶は。悔しいが、あの冷たい塔の中よりここは遙かに熱く、快かった。ゆえに言葉が迸る。時間は逆巻き、想いはお門を違わせる。約束された第二人格、24まで凍結させられていた人格が、2015の現在時点、正しく十四の年に矯正、重ねられた。アスカではなく、ラングレー十四歳の心。現在は未来を引きずり下ろした。ラングレーとは、「こうこう、これはこうであるからこうなるに決まっている」という最小誤差の予測として脳と深層意識で造り上げ血で記された設計図から一ミクロンの揺るぎない精度で浮かんだ惣流アスカラングレーという一人の少女の姿にすぎない。”予測”は外れることが許されていない。そして、取捨選択速度が最高だったもの。規制と速度。それが、ラングレーの根幹であり、自由不定を旨とする炎の性とはもとより。かけ離れていた。
 
だが、
 
今のところ現実は2015年でしかないのだから。
 
規制は緩和され、速度は乱されることもある。
碇シンジは「アスカはこうだったらいいなー」などという楽観的希望的シュミュレーションをなんぼでも造る。葛城ミサトだって造るし、他の者も造る。それをなんらかの形で本人の前に手を変え品を変え提示していくことだろう。今までも、そして、これからも。
いい例が今回で、惣流アスカはこの先学校で「こっくりさんに憑かれた少女」としてデビューすることになる。それはラングレーの予測経歴の中にはない。許されざる。だが、これはもう確定したことだ。わずかでも過ぎ去った昔のことであるから。消えない。
 
思い切り”ぺったり”と捺された現在の烙印、陵辱された未来。
 
未来は確定されていたのだから、現在に顔を出すべきではなかったのだ・・・。
そうすれば・・・・こんなことにはならなかったのに
 
 
シュミュレーションされ続けるアスカ像。それは無限に広がる紅の森をイメージさせる。
世界樹の紅葉。その麓で、のんきにのんきに暮らす、自分・・・・・、と碇シンジ。
 
 
求めていたパズルが完成したように。ぎょっとするほど違和感なくハマったその光景に愕然とする。なんでアスカだけ焼け野原で戦い続けないといけないの?碇シンジの囁きが聞こえた気がした。あの女に甘噛みされた感触が蘇って、上気する。
 
アスカも他者に対して、シュミュレーションを行ってきたはずだ。碇シンジなど少なからずそれを受けいれている。
 
 
だからか・・・・・・・・・・
 
 
たえきれない。熱い塊が胸に轟く。たえきれずに、えづきだしてしまう。
 
 
「アスカをとられた・・・・あいつにとられた・・・・
あいつにとられた・・・・あいつにとられたのよおお!!!もっていかれたあああ!!」
 
 
まるで一緒に遊んでいた男の子に気に入りの人形をとられた女の子のような泣き悲鳴をあげるラングレー。理性をかなぐり捨てたあまりに唐突な変化に、あっけにとられる赤木リツコ博士。火がついたように。情愛と言えば自分に対するものすら知らなかった少女は。
 
 
「し、シンジ君が起きるから・・・・」子宮がうずく・・・・ようなことはないが、このまま放ってもおけないので、ラングレーのそばに近づくと、膝で泣かせる赤木リツコ博士。
なんとも不器用な光景。東方賢者、天才の頭脳をもってしても、眠る子供に泣いた子供、かんむしちちはきこまったな、子育ての経験値はないので他に思いつかなかった。
 
 
だが、たぶんそれは最良の方法だった。