脇役は、悪役が現れるといじめられるだけなのだろうか、
 
 
と、時田氏は真田女史に決闘開始の前に語りだした。
 
 
がらんとした、会長室でふたりきりで。二人とも、この先の勝敗のことは何も思わない。
あれだけ荒れた会議のあとでも。その表情は、静かで、明るい。
少し、無駄話をしていたのだ。JA連合首脳部としては、そぐわないスローな話。
状況はかつてないほどにせっぱ詰まっているというのに。大人の現実逃避は見苦しい。
先に、折り紙でも折るようにして、真田女史がはじめたのだ。この無駄話を。
 
オレンジの髪の少女は先ほど到着した伝江タイゾウ専任課長に連れられて「ドクロタワー」へ。こうなればネルフの目の前であろうと使用する。いずれは分かることだ。覚悟を決めよう・・・・確かにレプレツェンの件はこちらに責任がある。レプレ代表は世間知らずの富豪のお嬢様育ちだが、こちらを責める言葉は一度とて吐かなかった。本当に弱い者はなんのかんのと責任の所在を迷走させてぶつけやすいところに衝突させて気を晴らす。そういなければ屈辱にさえ耐えられない。
自他共に認める冷血人間の真田女史はその役を任じていたのだが、用なしであった。
弱い者が強い者に牙を剥く、剥き続けるのはそう容易いことではない。
単に、愚かなのだと切り捨てることはできる。だが、冷血であっても心を捨てているわけではない真田女史はそれをやらない。
ゆえに、秘蔵のあの子、マル秘の連合運用計画を繰り上げても、極秘の手段を用いても、レプレツェンを全力で勝たせにいく。
 
今後の計算上では、戦闘用でもないレプレツェンが負けたとて連合の威光に傷はつかない。
むしろ、一見困ったレプレのでしゃばりは好都合であるわけだ。黒星が決定しても、負けでよく、連合所属の他の機体がなんらの損傷を受けるわけでもない。無人機であるから、人命を気にしなくともよいし、言い訳の方法などいくらでもある。自然保護団体の卑賤盗用ロボが破壊されたとあらばイメージ戦略の道具としても格好。脅し道具がしょうこりもなく、リングにあがってむしゃぶりついてくることになって相手方MJ−301の方が困惑しているかもしれない・・・・・。
 
 
裏の世界で年を経たU・R・U総裁などはそれが目的で、時田氏はレプレ代表を強く制止しなかったのであろう、とそれくらいの目で見ているかも知れない。
 
そして、いくらマッドダイアモンドより強いのだといっても、エリックと真・JAのタッグといえば聞こえはいいが、二人がかり二機がかりというのは、あまりにも・・・
それだけ電気の騎士など信用がおけぬ、ということだ。その相手の勢いに迎合した見せかけだけの信頼が時田という人物の真の値打ちだな・・・と小型化研究所の李・小光と打田野コヅチは理解する。二人組でやってきたからこそ、時田氏とリチャード・ポンプマンの薄っぺらな関係が見抜けるのだと。
 
 
連合内部の人間関係に悲観的になるのは、冷血であるからではなく、思考と願望に温度差が少なく曇りにくい真田女史の目には、だいたいにおいて正解の真実が映るからである。
 
 
それなのに、開始まであとわずか。パイロットは既にスタンバイしている状況で、こんな話は無駄話としかいいようがない。
 
 
そもそも
 
 
そもそも
 
 
こういうことになった原因、そのものが見えないのです。
 
そのものが見えたなら、こういうことになるのを防げ、展開は止まっていたのでしょうか。
 
誰かさんがアブソーバーの世界最高峰ノウハウを得ようとして、弱っちいレプレツェンを連合の仲間にいれようとしたことが。「そもそも」の間違いだったのでしょうか。
それとも、遅かれ早かれ、こういうことになっていたのでしょうか。JA連合を発足させようと動き出した時点で。もしくは、JTフィールドの実効性を証明した時にすでにこうなる運命だったのでしょうか。
 
 
そもそも
 
 
もそもそそもそも、そんなことを言っている間に事態は先に進みます。
 
だが。今回自らの誇りを捨て仮想敵であったはずのネルフの力を借り、死力を尽くしてなんとかきまぐれな天が味方して奇跡を起こしてその代償に肉体的精神的資金的にボロボロになりこれから先の人生一生分の運を使い果たして飢えたケダモノのように迫りくるMJ−301を退けたとしても。JA連合の相互信頼の崩壊はあきらか、瓦解は約束されたようなもの。
さて。そうなると未だ公的に口にしてもいなかった誰かさんのビジョンは砕け散るのでしょうか。JA連合の意味とは?
単なる烏合の衆であったのでしょうか。ふふ、やはり、トップの責任なのでしょうか。
 
 
そこまで遠慮なく言った真田女史に苦笑して、時田氏は語り出す。
 
 
脇役は、悪役が現れるといじめられるだけなのか、と。
 
脇役が主役を食う、という話はあるが、脇役は悪役を喰えるのか?
 
 
そんな話を。無駄話の極みである。今日も夏である外では、戦争でもないのに、憎しみをぶつける敵もいないのに、突撃行軍歌を歌われたように逃げもせず真正面からぶつかり合うよう仕向けられた機械の巨人たちが準備運動をしている。
人の願いと英知を結集して造られたはずのロボット同士が互いを破壊しあう準備を。
闘いで何を決めようと云うのだろうか。血が猛るのか?滾るのか?熱いのか?
 
 
戦う・・・ロボット・・・・・・戦わされる・・・・ロボット・・・・・
ロボット自身の意志・・・・それは機体に込められた願いそのもの・・・・・
そんなものには一切関わりなく。だが、時田氏の耳にもロボットの叫びなど聞こえない。
その時がきても、人の耳には聞こえることはないだろう。
ただ、想うことはできる。その、無念を、その、屈辱を、その、悲しみを
 
 
 
時田氏の目が一瞬、遠く暗くなる。その奥に、蒼白い炎がある。時間を超え距離を超えて、それが届くのは・・・・第三新東京市にある、一体の巨人。エヴァ初号機・・・・・
もし、あれが今回ここに来ていたら・・・・・・このように調子を保っていたれるか自信がない・・・。それを感謝すべきか呪うべきか・・・・
 
連合の誰一人として、時田氏にこのような身を焦がす炎があるのを知らない。
 
人生を狂わしかねない熱量をもった、テクノロジーの無限暗黒を照らす蒼白い炎・・・・
エヴァ初号機が体現する、最新鋭という単語がが辿り着くことはない「兵器が見る夢」・・・・その禁断の領域に、時田氏は足を踏み入れていた。JTフィールド開発の才質、その、資格はあった。
思想においては、本場ネルフの赤木リツコ博士より2,3歩先んじてすらいた。
それゆえに、レプレツェンという儀式ウサギを生け贄に用いて実験戦闘を行うことが出来た。それを決断できた。
 
かつて、自分が行われたことを他者にも行う・・・・良いことならばいいが、それがそうでないなら・・・・。躊躇いがないわけではないが、すでに地下鉄の冥路からオレンジ髪がハネ出てきてしまった。空間距離は封印にもなんにもならなかった。
 
 
人の意志だけがそれを行いうる・・・・・対化隷属体系
 
 
ふたたび、心を会長室の椅子の上に帰還させ、裏時田氏から表時田氏に戻って語りの続きを。
 
「脇役が悪役を喰ってしまう、ということは許されていない・・・残念ながらそうなのだ。
誰が決めたのかは分からないが、そういうことになっている。まあ、悪役というのはだいたい病気にでもならないかぎり強いものだと相場が決まっている。しかし、バカは風邪をひかないというからまた困る。悪役というのは元気なものだ。
 
だが、もし、脇役が悪役を喰ってしまったとしたら・・・・どうなのだろう、真田君」
 
 
「さて、どうなるのでしょう?風邪をひかなくなるのですか」
 
 
「その時は主役になるのだ。正義のヒーローの出番はなくなり、忙しくなる」
 
 
脇役が悪役を食べると主役になれるという結論を出して。ヒマな無駄話もここに極まれり。
 
 
「真田君、すまんな。今回のイベントで、私は一つだけ君に隠し事をしている」
 
 
「別にかまいませんわ。一つであろうと十や二十であろうと、それがJAに関わることでないのなら。僭越ですが、私もJAの乳母役くらいは自認しておりますので」
 
 
「真の、時の、・・・・・あまり変わりはないか。君がJAについていてくれるなら、何も心配はいらないな。隠し事の告白もやめておこう」
 
 
 
「でも、そんなお話は来賓の方の前でなさらないでくださいね」
 
「退屈な私の話なぞ誰も聞くまいよ。客は皆、ロボットの壊しあいを望む闘技場の観客のつもりでいるのだから・・・・楽しみにきているのだ、彼等は」
 
 
そして。
能書きは終わり、戦闘が始まる。
 
 

 
 
「武器商人だから信用できるってのも皮肉な話かもしれないわねー・・・」
 
危ういところで射殺されかけたのだから、半殺しにしてもお互い様、ということでファントム・オブ・インフェルノ社からラングレー専用の銃を運搬してきたというC・H・コーンフェイドを見あげて、葛城ミサトが遺恨を残さずしみじみと。
 
 
ここはJA連合ゲスト用格納庫。なんと、お客様用にロボットの格納庫があるのである。
伊達に放置区画ではなく、設備の方も気遣い時田氏の指示でなかなか至っている。
十人までは無料で整備スタッフもついてくるし、希望すれば美声のオペレーターもついてくる。連合の助太刀に入ったかたちの葛城ミサト、ネルフはここを決闘の陣とする。
野球でいえばベンチ、ボクシングでいえばコーナー、レースでいえばピットである。
 
 
戦闘開始まであと少し。作業員が忙しく動き回っている。ゲスト用ロボット格納庫があるようなJA連合でも、第三新東京市とはやはり勝手が違い、特に電源関係、アンビリカルケーブルソケットやら電源ビルなんぞ当然ないから、強襲型の後弐号機、参号機の十字架型や棺桶型の巨大高性能電池を参考にして開発された零号機用の三日月型電池(ちなみにデザインは葛城ミサトである)の調整に慌ただしい。初号機と違ってふつうのエヴァは電気がないと動かないのだから。その点は念に念をおしてもらっておかないと困る。だが、ネルフのスタッフも場数を踏んで優秀であるからこの期に及んで葛城ミサトが口を出すことはない。
 
 
その活気ある中で異彩を放つのが、赤い工房服を着たファントム・オブ・インフェルノ社(長いので、この先は葛城ミサトの考案した、”ファントムたちで、ファンたムっつーことで”を採用してそのように呼称する)の人間である。機密であるエヴァの、ネルフの陣に協力会社でござーい、という顔をして入りこんでいる。諜報部が見ればギックリ腰になりそうな、加持リョウジが知れば、しおしおのぱぁ・・・になりそうな光景であった。
 
まあ、尋常ではない。零号機、綾波レイが出陣する、ということで綾波李白など綾波者たちがカンバックしているし。すぐに帰ったのだが、渡すべき手紙は破いて捨てたくせにメアリー・クララタンが訪れて、綾波レイに何やらプレゼントしていった。
 
「子供の声こそは魔法、大人はそれを聞けばなんだってしてあげたくなるんですの」
呪文より不思議なことを云うと、何やら綾波レイのその声を録音していったが。
 
状況が状況だけに、葛城ミサトに報告してすぐに開けてみると、
「?マリークワントかしら・・・英国だからロンドンとか・・・・黒いルージュなんて」、
ちょっと語弊があるが、中身は黒い口紅だった。
これからエヴァを駆ろうというのに、優雅なことだ。しかも、ちょっと大人だし。
花束よりはましかもしれないが。魔女の考えることはよく分からない。味方属性?
まあ、会議には出席してたんだし。たぶん、敵では。意地悪されそう?
 
 
「・・・・もし、よかったら」
欲しそうに見えたし、自分が使うこともなさそうなので、綾波レイは葛城ミサトにあげることにした。祖母の名を出したので受け取って礼は言ったが、もらうおぼえはなかった。非礼にはなるまい。
「こんなルージュが似合うような女になって男を騙すようになるまで元気で長生きしなさいっていうオマジナイなんじゃないの?顔に怪我とか傷とかつかないようにー、とかさ」
確かにそれは魔法のルージュなのであるが、メアリー・クララタンの目的は綾波レイの声の生録にあるので、そういった意味はあまりない。葛城ミサトの願いである。単なる。
 
 
「・・・・・・」
しばらく、なんらかのイメージやシュチュエーションを頭に思い浮かべてだまりこむ綾波レイ。
 
 
「どしたの?」ちょっと軽口がすぎたかな、と反省する葛城ミサト。彼女の精神集中を乱してしまったかもしれない。やばぁ・・。
 
「いえ・・・・どちらかというと、騙されるのを、目を覚ますようにするのが・・・・
しないと」
一体、何を、誰のことを考えているのか、葛城ミサトにはよく分からない。精神集中?
「あんた分かる?明暗」中学生の娘の悩みを高校生の姉に聞くよな賞味期限寸前の主婦口調。
 
「騙される、ダマされやすそーうな男のことだろ、オレじゃあないし。他には一人しかいないだろ」
 
「はあ、まあ、いるわね。ここにはいない約一名・・・・ま、もらっておきなさいなレイ。
アスカなら興味津々かもしれないけどね・・・・・・・アスカ・ラングレーか」
 
 
零号機から離れると、和んだ顔を手際よく収納して戦闘指揮者の顔になる葛城ミサト。
 
 
多少フラフラしながらも、ダメージからたち直るとコーンフェイドの方も作業にかかり、
高所作業車でスタンバイしているエヴァ零号機の指先に近づいていく。ネルフの作業スタッフでもない者がここまでエヴァに近接するのはかなり異例のこと。非常識に近い。
 
 
この状況でありながら、葛城ミサトは突発的に出現した、この撃鉄の舌をもつ人間弾丸の言葉を100%受け容れた。
エヴァ零号機の指手サイズの計測の許可と、はるばる銃の国から運んできた深紅の拳銃の・・・・・・ラングレー専用、つまりはエヴァ弐号機専用になるわけだ・・・・「試射」。
 
”このような”状況でなければエヴァに触れさせるどころか、そもそも会いもしなかっただろうが。
 
計測は決闘イベント前にやらせて、試射はイベント後に行わせる・・・・実質的に足止めだ。ファンたムは専用機に山ほど補充用の武装やミサイルやら弾丸やら電源燃料などを積んできていた。おおっぴらに商売やろうってんだろうが、そうはいくか。コーンフェイドはビジネスチャンスを潰してでもやらねばならない義理があるらしい。
・・・・ラングレー専属のガンスミスという、過去の絆が。ゆえに、その足下を見る。
 
「魔弾製造師」とかいう肩書きももっているあの暴発オヤジにつき合うことは、イベントをひとつ追加するようなもの。
 
魔弾というのは、魔界を行くバイオニックソルジャーの使う、敵の体内で膨れ上がって爆発するという凶悪なだけのあれではなく、オペラ歌劇で長く伝えられているあれである。
 
伝説の、ブツである。
 
十発がセットになっており、その中の七発はどんなスカが撃っても必ず標的に命中する。
けれど、残りの三発は射手の大事に想っている、つまり愛する人間に命中してしまう。
じゃあ、その三発は色でも塗り分けて使わなければいいじゃん、と素人は考えるがそんな解決法が許されるほど世の中と魔弾は甘くない。なんだかんだと必ず撃つハメになるのである。七人の敵を撃ち滅ぼす代償として、三人の愛する命を失う・・・・・取引としては妥当なところだろうか。
 
それを現代の世で発射する。その取引を弁えながら、撃つことを選択する人間がいる。
 
あの深紅の銃は魔弾を装填できるそうだ。もちろん、試射はただの空砲、通常の弾丸で行う。もちろん、もちろんだ。いくらサービスでもらったからといって試し打ちできる代物ではない。その弾丸はいつか必ず愛する者を撃ち貫くのだから。・・・・・そして、三人以上、愛する人間がいない人はそもそも魔弾を撃つ資格がない。
世の中、うまく出来ている。
 
需要と供給。
 
そんなもんを造れる人間が世界には二人もいるのだ。そして、その一人が、C・H・コーンフェイド。アスカの前に近づかせたくない暴発系オヤジだ。しょうこりもなく葉巻がわりに弾丸をくわえている。・・・・・零号機装甲に傷でも(つかんだろうけど)つけたら作業車の電源を切ってやろ。どちらかというと跳弾して他の人間に当たるかも。こわ。
 
 
「・・・・・」
片膝をつかせた参号機の掌で明暗がじいっと敵意警戒の目でその作業を見する。
くるくる、と伸ばした右人差し指には戦輪がまわってる。わずかでも不審な動きを見せたが最後、C・H・コーンフェイドの頭は真っ二つにされるだろう。明暗は反対したのだ。
ファントム・オブ・インフェルノ社の中立性、そして、ラングレーの血筋の関係を明言しながらも、エヴァに触れさせることには断固反対、拒否した。
 
「すぐ終わるわよ。それに、信用できるって言ったのあんたじゃないの」
だが、葛城ミサトはかまわず押し通し、零号機・綾波レイに協力を命じた。
参号機のトラウマがあんだろうね・・・・、と、あまり深くは追求せずにおいたのだが。
 
 
「あんまり時間ないからちゃっちゃとすましてよねー」
職人のこだわりというやつにつき合っていたら時間はいくらあっても足りないので、釘をさしておく葛城ミサト。計測というわりには重たい機材もなく、身一つとメジャーとメモ用紙だけという軽装だが、まあ念のためだ。できねば時間を繰り下げればいいし。
 
「ああ?まぁだ一回戦も始まっておらんだろうに」
手際よくやっているところにちょっと弾丸がかすったくらいで自分をひしゃげるほどブチ殴ったバッファローウーマンに言われて不機嫌そのもので言い返すC・H・コーンフェイド。
 
「さてね、JA連合は人手が足りないらしくてねー。決闘の立会人やらレスキュー要員も込みで依頼されてんのー・・・・・」
 
そこまでいいかけた時に大音響の駆動音が格納庫に飛び込んできた!
 
 
ドムドムドムdムドムdムドムドムdム!
ヴォVヴォVヴォVヴォVヴォヴォ!!
 
 
鋼鉄でできた巨竜の骨格に巨人がエビぞりキャメルクラッチをきめていくような力感に満ちあふれた、溢れすぎてあちこちにドボドボ零れて、ちょっとした衝撃で大爆発を引き起こしそうな予感のあるド迫力音。それにまぎれるようにしてBANGという火薬音。
それは魔弾ではなく普通の弾丸であるから葛城ミサトの頬をかすめて、なんとか外れた。
 
 
「・・・・・・・・」
もちろん、射手はC・H・コーンフェイド。駆動音に驚いてまた舌が弾丸を打ってしまったのだろう。その先に葛城ミサトがいたのは故意ではなく、話していた方向だから。
弾丸が床にめり込んでいる。その途中に人体があったなら。関係なく押し通っただろう。
にしても、これで二回目。駆動音に対して驚き、頬をかすめた弾丸に怒りを沸かし・・・
 
「降りてこいコラアっっっっ!!」
高所作業車に強烈なケリをくらわす葛城ミサト。怒るのも当たり前だが、その怒声は謎の駆動音より遙かに格納庫内の全員の心魂に響いた。つまりはビビらせた。超こわい。
 
「うわっ!落ちる!や、やめろ、今のは不可抗力だ!やもうえん事故なのだっ」
 
「オヤジは大人しく煙草でも吸ってろ!弾丸なんぞ吸うんじゃない!!禁弾しろ!!禁弾」
五十の星を誇る国の人間にてまえの新造語などを振る舞う葛城ミサト。怒りが分かる。
もう一発ケリをくらわすと、梯子の部分に歪みが生じて、台籠ゴンドラが下らなくなった。
 
「しばらくそこで放熱しとれ!・・・・で、オペレータのお姉さん!!」
振り返って突如ネルフの”本性を現した”鬼女部長にご指名されて「は、はひっ!」ウグイス美声が震えるJA連合レンタルオペレータ。
 
「状況は!?」
ネルフであればそれで通じるのだろうが、ここは本陣ではなく、借り陣なのだ。
 
「は、あ。あのー・・・・」烈気におされるだけでうろたえまくりのオペレータ。
 
”あの異常な駆動音が起きた原因を可能な限り調査した情報の報告と、それによって変化したであろう現在状況をお願いします”と正式名称を丁寧に全部言ってくれれば答えることもできただろうが。・・・・葛城ミサトの方が先にそれに気づいた。まあ、爆発音じゃないし先制攻撃でもなかろう、そんな慌てることもないか・・・ここは借りの陣なのだし。
思い直して、顔つきを凛々しくもすこしはやさしく、口調をキビキビとしつつまろやかに、正式名称を全部丁寧に言い直した。
時田氏も後ろめたさはあるのか、ゲスト格納庫によこしたサービス人員は優秀なのをみつくろってつけてくれていたので、気を取り直しさえすればオペレータもすぐに応答できた。
優秀な人材を萎縮させるほどの鬼は損するわ。どうせ自分の部下じゃないし。
そうはいいつつ、雑多な面子が行き交いして混沌としていたゲスト格納庫の雰囲気が一変した。だれが頭であるのか、皆々思い知ったのだ。この式典が終わるまで、この集団は葛城ミサトを長として動くことだろう。
 
 
「駆動音の発生源は英国電気騎士団の使用格納庫です。整備のタイムスケジュールと音源分析の結果、電気騎士エリックのものではなく、同行している真・JAのリミッター部位の再設定がわずかに遅れて機体が駆動音を吸収しきれなかったものと思われます。英国電気騎士団に確認の連絡を入れていますが、返答はありませんでした。本部の真田博士に通報済み、二分以内に現地確認の情報が入ってきます。MJー301側の奇襲攻撃ではなく、連合全施設に異音以外の物理的被害の連絡、感知ともになし、本部から緊急最優先連絡もなし、状況そのまま進み、以上です」
 
 
「ありがとう。敵襲でなければそう慌てることもないか。使徒も現れそうにないし、格納庫にいってみたら、誰も、機体も、なくなってた、なんてことになってないならね」
安心させ、冷や汗をかかせる、というのはやはり現場を生き抜いてきた人間の重みか。
にしても、事ここに至ってまだ機体の調整なんかやってるのか。ほんとに大丈夫かいな。
会議場でも具体的なことは聞いてないし。後で渡される資料も来てないし。ほんとに。
まあ、最善をつくすための微調整なんだろうけど、機械はそれが厄介だよね。
ただ、あの駆動音は・・・・音で機能が計れるわけじゃないけれど、使徒戦をくぐり抜けてきた葛城ミサトの耳には、発する音で気合いのほどやそれを基礎とする力のほどが聞き分けられる。凄い音は凄い奴しか発することはできないのだ。簡単な道理だが。
 
 
「・・・・・・」エントリープラグ内の綾波レイも、その音を聞いていた。
LCLに満たされるだけ、音の秘めた純粋な力の魂を、律動を、感じ取っていた・・・・。
 
 
「強者音・・・・・やりやがったなあ・・・・」黒羅羅明暗も。目を妖しく輝かせて舌なめずりした。バルディエルに選ばれる資格のある、美味なる力の存在を。
 
 
「え・・・・?」
席でモニターを見ていたオペレータが驚きの声をもらす。JA連合の人間のあんたがなんで驚くのだ、と葛城ミサトは思ったが、彼女にもそれは知らされていなかったのだ。
真・JAがどのような改造を受けて、なんで一人枠で出場できなかったのか。
秘密にされていた。魔法に頼ることよりも秘密にされていた。その理由が。
人々の目に今、明らかにされる。最新情報が公開される。
 
 
「電気騎士エリック、真・JA、共に、出ます!!モニター、出しますっっ!!」
葛城ミサトの方式を理解したオペレータが、格納庫内の進行用大型モニターに映像を転送する。そこに誇らしげに映っていたのは・・・・・・
 
 
真・JAに跨った電気騎士エリック
 
 
または
 
 
電気騎士エリックの騎馬となった真・JA
 
 
 
人馬一体のその姿であった。