確かに、騎士というからには「馬」に乗っていなくては看板に偽りあり、ということになる。エリックは電気騎士である。ゆえに、その光景はごく当然のことである・・・・・
 
 
はずなのだが。
 
 
真・JAに跨ったその偉容は見る者すべてを圧倒させずにおかなかった。
葛城ミサトも、黒羅羅明暗も、綾波レイも、U・R・U総裁らJA連合の幹部たち、
おそらくは敵であるMJ−301の者たちでさえ。
 
それは、ありえない光景だったから。 さまざまな意味において。出来るわけがなかった。
カバが逆立ちするより、サメがごめんと泣きじゃくるより、それはありえない光景。
 
 
「なによあれ・・・・・」
葛城ミサトは時田氏の良識と常識を疑った。呟きには怒りさえこめられている。
真・JAはひらひら偽装甲のジャケット・アーマーで包まれているとはいえ、誰がどう見ても真・JAである。凱旋の軍馬として見ろ、イメージ的に、っていうか見てください、というつもりなのかもしれないが、JAはJAにしか見えない。どう見ても、悪あがきの悪化粧だ。まあ、それは趣味であろうし好きにすればいい。化粧まわしをつけようが横綱をつけようが真珠のガウンをまとおうが、まあ〜、好きにしてください。しかし。
 
 
あくまで二人がかりということを誤魔化したいのだろうが、あれでは機動力がまるきりだ。
 
 
真・JAはエリックよりは大きいが、それでも乗用馬と人間ほどには違わない。
背丈のある大人がポニーにのっているような、埴輪兵馬のような、きゅうくつな寸詰まりの感がいなめない。馬の首のかわりにジェットストリーム砲をあてがっているところなどにも無理を感じる。いくら節操のないのが売りのJAでも、基本の設計がそこまでは想定されてないのだろうに。これは無茶でしょう。
同じサイズの人型ロボなど背中に乗せて戦場を駆けたりしたら、手足がヘシ折れるのはまず間違いない・・・・。エリックの主武器は突撃槍ランス。もとより、小回りなどが利くはずもなく、残されるのは突進機動力だけなのは分かるが、これは朝霧や夜闇を破る奇襲ではなく真っ正面からの決闘なのだ。どんなバカでもかわそうとするだろうし、かわされて背中を撃たれたらそれで終わりだ。
 
 
はっきり言おう。二人がかりなら、前と後ろで挟み込んで同時攻撃がベストだ。
 
 
なんと言われようと勝てばいいのだ。勝たなくては意味がない。これは防城戦なのだ。
なにをくだらないことにこだわってんのか?!侵略強盗者に正々堂々ぶったってしょうがないってのよ。葛城ミサトの目には偉容は異様でさえあった。事態の根本を完全に忘れ去っているとしか思えない。確かに、JAなんぞドブのようにみじめにやられてもかまわないと言えばかまわないが、それでも、これは見ていて恥ずかしくなる愚挙だ。・・・・よもや、華々しく散ってやろうなどと考えておるんじゃあるまいか。
 
 
葛城ミサトの手元には着信したばかりのMJ−301のロボどもの資料がある。
肝心なヨッドメロンのが抜けているのだが、しょうがない。この仕事が誰か、即座に見当がついた。
三河やさんのあんちゃん並に便利な”あいつ”でも手こずるとは・・・・・相当なモンだわ・・・・・胸の十字架に手をやりながら考える。
 
 
で、その中にあるSUPERロボ・・・・・「弾よりも速く!、力は機関車よりも強く!、高いビルなどひとっ飛び!」というのが開発のコンセプトであり、キャッチコピーであるらしい。
その目指すところは「アイアム・No1」・・・・あらゆる面においてナンバー1のロボットであることを義務づけられているまさしく、スーパーなロボットであり、セクシャルバイオレンスナンバー1。この資料が本当ならば、・・・・疑う気になれないが・・・・シャレにならん機動力を持ち合わせているようだ。市街における直線ゼロセンダッシュだけならばエヴァをも凌駕するという。大陸弾道ミサイルも確実に弾き返すための大陸を駆ける速力を与えられている。弾丸より、は無理でもかなり速いのだろう。力はそりゃ機関車より強いだろうし、市街戦を想定して高いビルも超える立体歩法を実現できるわけだ。
「ハリケーン・マリリン・ウォーカー」竜巻まりりん歩法とでもいうのか、自分の足下に二つの竜巻を発生させてそれに竹馬のようにして乗り、(その微妙な交差具合が”マリリン”らしい・・・まあ、確かにモーレツな風が吹いているわけだし)浮き飛んでいく・・・・アラジンの魔法のランプみたいだが、その威力たるやそのまま攻撃に転用できるほど。実際、実験中にミスって暴走、実験場の外の罪のない市街を竜巻でボロクソにしながら「突発的な自然竜巻です」と誤魔化した顛末も加持レポートにはある。
それだけでなく、セカンドインパクトのおかげで地上のことで手一杯につき、このところとんと忘れられた宇宙兵器(スターウェポン)すらSUPERロボには、内蔵されている。
今日は星の巡りが合わずに撃てないらしいが、衛星からの大規模レーザーすら操るというのだから。そんなもんを照射されてはたまったもんではない。
 
 
さすがにスーパーなだけのことはあるし、MJ−301が他を抑えて一番手に出してきただけのことはあった。もちろん、装甲は最新鋭戦車の一斉射撃をまともに受けてもビクともせんくらい頑丈このうえないのはいうまでもない。
 
おまけに、未完成ではあるが、”地球の自転に介入して逆回転させる”、という何が目的なのか今ひとつよく分からないシステムまでついているし、「死んだ恋人でも生き返らそうっていうのかしら」あげくのはてにはマントをひっくり返してハリウッドもびっくりのSUPER〜SPAWNモードへの「変身」機能までついているという。そのモードに変身すると生物細菌のB兵器の最新鋭、”疫病兵器(パ・ズ・ズ)”まで使ってくるという。
 
 
エヴァと使徒さえいなければ十分に世界征服が狙える機体である。最新軍事技術の粋を集めた器はナンバー1にふさわしい。云うだけのことはありますよ。ただ、エヴァと、使徒がいなければ、ね。惜しいよ。
当然、ゼーレの世界統括部門が黙ってはいないだろうが、第二支部での四号機のあれがあり、その後継が正式にロールアウトしていない現状では既存の軍隊が怯えるのも無理はない、遮二無二JTフィールドを奪取しにくるのも納得できる。金は払うのだから素直に売ればよいものを、無理難題をふっかけて結局のところは底意地の悪い一部独占を計る時田氏、JA連合など小憎くたらしくてたまらぬ、世界の正義と法と平和の敵だー、というところだろう。
 
 
はっきりいって、SUPERロボは強い!。
膨大な資金の集中と最新技術の集約を父母にして、人の能力による使徒殲滅、というそれなりの大義、を教師にした優等生にして、元帥将軍幕僚長、将来を約束された幹部候補生、ロボットの世界の大統領間違いなしの逸材ロボである。生まれた瞬間、レーダー視覚機能を働かせたその時に既に、リーダーシップをとりたくてしかたがなかっただろう。
 
 
アナクロの騎士くずれロボなどがまともにやって敵う相手ではない。
決闘の事情が事情であるから、なんとかしてエリックに華をもたしてやりたいのは分からないでもないが・・・・・・それにしても、ここは真・JAが盾になるなりして、一太刀浴びさせてあとは下がらせておくべきだろう・・・・・
 
 
真・JAの詳しいデーターが(妙な話であろうが、現場ではこんなことがよく起こる。味方より敵の方が詳しく迅速に分かったりするのだ)分からぬので、断言は出来ないが、JAはそれなりに使える。別に弐号機がやられたから言うわけではないが。
おまけに、というか、大体、ケンカを売られたのはJA連合に対してなのだから、その親玉というか母艦というか旗機である真・JAが矢面に立つのは当然である。馬のカッコなど欽ちゃんの仮装大賞じゃないのだからやってないで、真っ正面に立ち向かえばいいのだ。
 
 
それが、「馬」・・・・・・UMA・・・・・ザ・ウマ
 
 
角が成ったわけでもなく、ただ八連敗の電気騎士の股ぐらに。なにふざけてんだ・・・・。
・・・・繰り返すが、別に弐号機の件があるから怒っているわけではない。
まあ、この場にアスカがいたら止める間もなく速攻で飛び出していったのは間違いない。
 
やる気であるのか、ないのか、あるのなら、なんで「それ」なのか。
 
葛城ミサトは説明を求める。切に。切に。切に。切れるほどに。蟹の女王のように。
ブクブクブクブク・・・・・口の中で不平不満不信の泡(バブル)をふく。
戦始において、言葉して吐き出すほど葛城ミサトも仁義知らずではないゆえだが、
にしても。
せっかくの二人がかりというアドバンテージを捨てたとしか、思えない。カバの逆立ち。
 
 
 
「これは、韓信ならぬ、”時田氏の股くぐり”アルね。大志がなければなかなか出来るこっちゃないアル」
真・JAのザマに空気がキナ臭くなるほどに不機嫌顔の葛城ミサトに、アル中国語で話かける綾波李白。かなりの酔っぱらいでも今の葛城ミサトに近づこうとはしないだろう。
素面ならなおのこと。おまけに、ネルフ関係者でさえないし。綾波関係ではあるが。
 
「我慢して頭の上をすぎてくような状況じゃあないでしょう。ここを一歩間違えれば、連合は瓦解じゃすまない目にあわされますよ」
葛城ミサトの声は零度以下。並の者では震え上がるくらいでは。しかし李白は動じない。
 
 
「あにさま・・・・・”股くぐり”ってどういう遊びですか」
後ろの綾波瑞麗も怯えずに、兄貴の今の耳慣れぬ言葉の説明を求める。
彼等兄妹を守護するべきガードのチンとピラという若い衆は、まるで女豹相手にブチュウとキスしてこいと命じられたように、かわいそうなくらいにビビリまくりで腰がひけまくりだというのに。
 
 
「うっ・・」
不機嫌の極みの葛城ミサトも幼子を前にしては穏やか風味を醸さ出さざるをえない。
昼食の一幕、とある律(ルール)を思い出したためもある。ここは口だし無用・・・・
しかし、”股”が重要なテーマになってもらっても困るのだが・・・・・うーむ
 
 
「遊びではないのことよ、瑞麗。大昔、漢の名将、韓信がまだ市井にある無名の剣士だったころに、ごろつきに喧嘩を売られたのアル。お前に度胸があるならその剣でおれを切り捨ててみろ、その度胸がなくてできないなら、おれの股をくぐれ、と。
現在でも白昼堂々の通り魔は捕まりにくいアルから、警察機構の整っていない大昔だったら大丈夫だったかもしれないアルが、今こうやって語り伝えられているところを見るとその時は人がたくさんいて、周りで見ていたのだろうアル・・・・・・」
 
「うん。うん・・・・それで、どうなったのですか」
 
「韓信は腰にさげていた剣を置き、四つん這いになると、ごろつきの股ぐらをくぐったのアルよ」
 
「そんな・・・・・韓信さんはけんかが強くなかったのですか。なんのために剣をさげていたのですか」
 
「それは、正直なところ、大昔のことであるから分からないアル。単にその日は体調が悪くてお腹がピーゴロゴロだっただけかもしれないアル。ただ言えるのは、その後、韓信は直接的にも間接的にも、名将として大量の人間を殺したことアル。その時にごろつきを切り殺していても、活躍はしたと思うアルが、殺さず剣を抜きもせず、ただ黙って股をくぐった・・・・そういうことアル。大志を抱いて股をくぐったなら、大量に人を殺す覚悟を決めていたはずアル」
 
「・・・・・時田氏も、単にあの騎士さんの意見に押し通されただけって可能性もあるアルよ、あれ?」
すこし移ってしまった葛城ミサトでアル。
 
「それなら、それでいいアル。肝心なのは、ここが人の注目を集める戦闘ロボット業界の十字街路であるという点アルよ、葛城部長サン」
 
「なんでいいアル?」
 
「評判というのは大事なものアル。外はもちろん、内にも・・・・と、いうことアル」
理屈は分かるが・・・・・どうも机上の空論、というか竹林の清談というか、飯の最中ならそれも楽しいが、キリギリの現場においてそれを言われても鼻白むしかない。
呑気の香気など嗅いでいる余裕があるのかね?今、この危機を退かねば。評判しようにもそのモノ自体が店じまいしとるんじゃ、どうしようもあるまい・・・。
 
さすがに葛城ミサトもまだ若い。李白の真意がそれだけでは分からない。
 
本当にJA連合がやばければ、こんなところに居残るわけがないのだ。その中華的聡さが。
赤瞳がしたたかで強い光を放つ。綾波レイと同種でありながら違う類の赤瞳。
 
 
「もちろん、機構的にもあの体勢は、間違ってないアル。二足歩行制御より多足歩行の制御の方が遙かに簡単で、安定するアル・・・・・何より、大地についた”手”と”腕”はしんこうべを吊り上げる、綾波の神腕クレーンアル。どんな超重物体がのっかかろうとどんな激しい負荷がかかろうと軽々と支えきってみせるのでアル。そして駆ければ・・・」
 
 
「SUPERロボのハリケーン・マリリン・ウォークより速イーアルか?」
 
 
「マネしちゃダメアル。葛城サン・シー」
明確に返答はせぬものの、自信ありげに薄く輝く赤い光が。葛城ミサトも薄く笑う。
おもしろくなってきた。確かに、人間じゃあないだから格好を気にすることはない。
肩車するより速いのだろうし、(エヴァは肩車した方が速かったが)獣じみた必勝決意の証と見えないこともない。どれだけのスピードで一撃を繰り出せるか、それが問題。
ロボットは人間と違い、正面に顔パーツがついていてもどうせ全方位でレーダーサーチするのだからあまり関係ない。前と後ろからではなく、上と下での同時攻撃というのも一興かもしれない。・・・・確かに、良くも悪くも、葛城ミサトは圧倒されていたようだ。
 
 
とにかく、負ける気ではないわけだ・・・・・・・・・・・ふん。口元が満足げにゆがむ。
 
 
しかし。
だけど、電気騎士エリックには、あまりにもあからさまな「弱点」がある。
 
 
それをカバーできるか。どうか。もし、それをカバーできない、しようとも、気づきもしないのならば、JA連合はカスの集まりだ。これが終わったら遠慮なくぶっ潰してやる。
股くぐりなんかで誤魔化されるか。葛城ミサトは時田氏の真の器を見極めようと、今一度ぎょろりと、戦闘的に目玉をこらす。
 
 
エリックと真・JAの騎馬(パーン)モードに。
 
 
「よおしっ!こっちも出るわよ!」
 
 
ゴキゲンな出航を命じる海賊船の船長のように、景気良くエヴァの出撃を宣言する葛城ミサト。使徒と戦い抜いてきた戦闘指揮官の気合いがケージ中に満ち走り、作業の者の熱気がカン高い蒸気となって噴き上がる。それが零号機、参号機の機体を誇らしく輝かせる。
 
 
 
・・・・・・・・
無言のままに赤い瞳に気力を充満させていく綾波レイ。その片隅には、葛城ミサトと、少し斜めの位置で零号機を見上げている綾波の者たち。妙な感覚だとは思うのだけれど、高揚を覚えないといったら嘘になる。
 
 
守れと
葛城ミサトは言った。ロボットを守れと。エヴァのATフィールドで。
守れと。
 
純粋に単純にその庇護を求める者たちを、守る。いつぞや・・・・しんこうべで・・・
碇シンジに優越感について問われたことがあった・・・・けれど、今は、この時は
このにじみ出る想いは僭越だろうか増上慢だろうか思い上がりだろうか。
にじみでる想いは胸のうちで水たまりとなり、そこには天から鉾をつきさす。ああ・・・
深さがなければ、その鉾は自分の胸を突き破る。戦闘ロボットは己の身を守れない。
もし、彼等の言葉が聞こえるなら。守ってくれ、と言うだろうか。助けたからとて、もちろん恩義に感じるわけもない。無償の危険行為。それは、人間にしかできない。
パイロットの乗った機械にしか出来ない。機械はゼロからでは動けない。
人間はゼロから動ける。そして、ここにあるのはエヴァ零号機。
そんなことのために、エヴァを使っていいのだろうか。
 
・・・碇マギに議題をかけてみる。
 
碇司令はなんというだろうか。
 
ユイおかあさんはなんといってくれるだろうか。
 
そして、碇君は・・・・・なにをいいだすだろう?
 
 
・・・・いや、こんなことは考えるべきではない。碇君はもう・・・・。
 
 
綾波レイは碇シンジを見限ることに決めたので、余計なことは考えないことにした。
ゆえに、シンクロ率が下がったりエヴァ零号機の起動に問題が生じたりすることはない。
実に好調である。ATフィールドも問題なく使用できるだろう、・・・・おそらく。
しかし、わずかに顔が紅潮する。早く、この事件が片づけば、早く、帰れる。
 
 
A10神経が、震える。
 
わずかに、熱をもって
 
 
結局のところはエヴァに直接乗り込んで操縦するわけではない葛城ミサトではしかたがないのだが、ATフィールドは俗に言う「バリヤー」とは違い、スイッチぽんではい発動、というわけにはいかないのだ。パイロットの精神と直結したややこしいというかデリケートな代物であり、これは守るに値しないなあ〜、と内心で思っているようなものを守れるかどうかはなはだ微妙なところであった。エヴァには嘘がつけない。
砕けたい、と彼等が願う声を聞いたなら、そのようにしてしまうかもしれない自分がいる。
戦闘存在として生まれた身を悔やんで滅びを望むなら、どうするか・・・・・・
 
 
心底真面目で、手抜き適当という便利概念を知ってはいても使うことをしらない、電気炊飯器があるのに、薪を集めて竈で飯をたくようなことを考える、時をかける少女、綾波レイであった。葛城ミサトもそれを実感体感できるなら、「できない場合はしょーがないわねえ」とあっさり訂正したであろう。
ただ、そのように丁寧で懇切にものを考えるから、綾波レイの絶対領域は緻密できめ細かく、いってみれば熟練主婦の操るサランラップのように、指先一本でもダメージがこないように、ぴったりと対象をくるむことができた。
(これが初号機の碇シンジであるなら、ボスの命じたとおりに動くちょっち足りない三下サンピンのごとく、対象をコンクリ詰めにするよな守り方をしたであろう)
 
 
無口な綾波レイの胸の奥にあるだけで、残念なことに表にさらされることがないのだが、それはJTフィールドに対する強烈なアンチテーゼ。
 
その気になりさえすれば、エヴァは自分のみならず、他の、エヴァでもない機体を守れる
・・・・そういうことなのだ。ATフィールドの正常展開、進化形・・・・葛城ミサトはこの機会にそれが見たかった。ギルチルドレンの見せる双方向フィールド・・・・・ならば、こっちの子供たちもできないはずがない!というのが葛城ミサトの魂胆のひとつ。
これを契機に参号機から吸収できれば・・・・という。
貪欲に愛子たちの成長の機会をうかがっている度合いは孟母もかくや、である。
 
 
というわけで、葛城ミサトのロボットを守れ、というのは打算がないわけではなかったが、そもそも心に何もなければ取引という打算すら浮かばぬものだし、代価には価値あるものを相手に渡そうとするのは人として当然の心得だった。言うなれば、このような魑魅魍魎の徘徊跋扈する使徒殲滅業界において、葛城ミサトはひどくまともなのだ。
素人呼ばわりしながらも、ロボを無価値な粗大ゴミだとは考えていない・・・・・
奪いたいなら、与えてあげる・・・・・まるで、神の嫁さん、教会シスターのような思考で似合わないかもしれないが。やはり、明暗が予想し、綾波レイが反論したとおり、JA連合を使徒汚染に仕立て上げて永久に叩き潰す、というやり方は葛城ミサトは選択しない。
 
 
不機嫌は既に晴れている。瞳の中にはまっすぐに戦の海路がひらけている。
侵略者に立ち向かう戦士たちを祝福する戦女神のように目は燃える・・・・・
 
 
だが、その燃える目がふいに、不審げなものをとらえた。
 
 
「オッサン、あんた何やってんの?もう出撃するんだから、ささっと離れて」
 
ケージ内の作業員はもう作業を切り上げて出撃の邪魔にならぬようエヴァのそばから離れているというのに、まだ高所作業車で梯子をたたみもせずに零号機のそばにいるC・H・コーンフェイドに声をかける。
 
 
「誰かさんがケリを食らわしてくれたおかげでな、降りられんのよ!!」
 
怒鳴り返されたが、言われてみれば確かにそうだ。放熱しろ、とまで言った覚えが。
 
「そう言われれば、そうね・・・レイ」
納得して、綾波レイに。それだけで零号機は了解したようで、そうっとコーンフェイドを指先でつまむと、床面に下ろした。その動きはさすがの静かさで、コーンフェイドも暴発せずにすんだ。「!おおうっっ・・・・・こりゃ、予想を修正せねばならん器用さだな」
 
「じゃ、悪いけど試射のほうはこっちの仕事が済んでからね。端末とか勝手に使っていいから準備でもしていて・・・」
 
「いや、動作を見られる貴重な機会だ。決闘場に同行させてもらうが、かまわんな」
 
「かまいます。悪いけど、こっちは乱入も覚悟してるの。とばっちりで怪我しても補償なんかできないわよ。見物なら、モニターで十分でしょ。おことわり」
 
「こっちはお前さんが生まれる前から戦場と暗黒街をくぐり抜けてきとる保険いらずの武器商人よ」
許可があろうが却下されようが、どっちにしろ勝手についていく、というツラである。
 
「それに、あの赤目の連中もいくんだろうが。不公平じゃないか。アンフェアだぞ」
赤目、綾波李白らは真・JAの腕部の開発者なのだから、それは当然の権利だろう。
行使するのも自由だし、無関係ではないが、そもそもこっちの面子ではないのだから。
 
「・・・・ふん。じゃあ、好きにしなさいよ」
自己主張の強いこって。じろ、とにらみつけて好きにさせることにした葛城ミサト。
敵陣側でウロチョロされるよかまだマシかも。
見ると、嬉々としてコーンフェイドの太った赤い工服姿がトレーラーに走っていく。
 
「炎名」を載せている。状況を見計らって、あれを撃たせるつもりか・・・・
 
ツラを見るに、すぐにでも零号機に撃たせてみたくてしかたがないのだろう。
あの「魔弾」とやらの実験台にでもするつもりかもしれない。
そんな物騒なもん誰が使うか。たった一発の銃弾が大乱を引き起こすこともある。
ロボットの戦華雪崩だ。
 
 
「葛城の姉貴」明暗から個人通信が入った。零号機には聞かせたくない話か。
「ん?なに」
 
「電源の充電具合のこともある。零号機はヨッドメロン戦を控えている。初戦のフォローはオレと参号機だけで征った方がよくはないか」
 
さすがだな、こいつは・・・・・と葛城ミサトは思う。本当に強い。己への揺るぎない自信と他者への気配りが調和している。ウムをいわせぬ説得力。それでいて、その指示がなんであんたから出ないのか、という賢しげな気配も微塵もなし。この歳でどれほどの苦労と辛酸をなめればこういう風韻が出せるのか。実に頼もしい。
 
「ああ、乱入をメインで考えなくてもいいから。それに、ダブルノックダウン!ってこともあるでしょ・・・・・まずはエリックの「弱点」にだけは注意して」
 
「ああ、分かってる。そして・・・・・敵のロボもできるなら守れってか。まったく、葛城の姉貴、あんたって人は大したお人だよ」
 
「はあん?別にわたしらJA連合の味方ってわけでもないでしょ。どちらかといえば、敵に近いんだし・・・・・時田氏もわりあい熱狂的になりやすいタイプだしねえ」
 
「漁夫の利を狙おうとは思わないのか?」
 
「狙ってもいいけど、そこから利益分割のフラクタルがはじまりそうな予感がしてね・・・・無限に続く奪い合いの三角形・・・・大事なあなたたちを使ってまで、好んで参加する気はないの・・・・・・それからさ明暗。ついでだから聞いておくけど」
 
「?なんだ」
 
「あの、会議のテーブルに潜っていたオレンジの髪のちびっ娘、あれは誰?」
 
「・・・・・・・聞けば気が散るんじゃねえかな、あんたの場合」
 
「あ、そ。じゃ、やめとくわ。ごめん、集中しないとね」
 
 
そして、ネルフのエヴァも不格好な機械仕掛けの騎士の後を追い、決闘場へと赴く。
選手兼立会人兼レフェリー兼救護班という、忙しく微妙な立場で。
 
 

 
 
それは戦の女神を想いながら成す、兵器の自慰・・・・・・
 
乾ききった軽蔑の念は、時田氏の、真・JAの有様を見て変質を余儀なくされた。
 
U・R・U総裁、ここにも騎馬JAの姿に圧倒されている人間がいる。
 
病的な堅忍を長いこと、あまりに長いこと続けてきたこの人物が驚くことが、心動かされることがまだこの世の中にあったとは。人類の危機を救うほどの力をもちながらそれを行使する機会がないままに、長い時が過ぎてしまった。結成時の、炎のように新しく初々しい理念を持ち続けるのは、とても困難なことだった。唯一の目的のためだけに用いられるべき力は、その他に世の中に溢れ支配する不幸を粉砕するに使われることは一度たりとてなかった。建造されてより、一度もその能力を奮うことのない機体は眠れる恐竜の化石。処女戦を行うこともなく、ただ業界内に密かに伝えられるだけの、闇の深窓に座り続ける鋼でできた修道女。内側に鍾乳洞のように伸びゆく棘は、自らの魂を穿っていく。
 
安易な力の行使を、挑発された力の開放を、錆びる恐怖に破れるゆえの力の発動を、
 
求める心との争いに、総裁はひたすらに疲れていた。
 
いっそ、何もできぬほどの鈍り、無能化してしまえば、悟りの境地に至って心は渇くこともなく平穏を手に入れられただろうが、総裁はカラカラに乾ききっても己の能力を鈍磨させることは一瞬たりともなかった。強大な知識を得ながら、それを目的外の事象に対して用いることを許さない・・・・機械科学者というよりも限りなく、古の魔導師に近い。
また、そうでなければ人類全体を襲う大破滅から救うことなどできはしなかっただろう。
ロボットの人類への反乱、という事態が起きさえすれば、総裁は人類史に永劫に記録されるべき大英雄になっていたことだろう。ひとたび事が起きれば、迅速に疾風迅雷に鉄火の道を駆け抜ける・・・・・そのための予兆を見極め続ける行為は、瞳の一ミリ前に研ぎ澄まされた刃物を突きつけられ続けるに等しい・・・・・絶望的にまで続行する緊張状態。
弛緩することなく、張りつめる神経の代償として、乾く。乾ききる。人の精神から一切の水夢の気を奪う。総裁は無力な人間が理不尽な強大な力に蹂躙されて死んでいくのを見殺し続けてきた。U・R・Uを動かしさえすれば救えたはずの人間のために動くことを許さなかった。総裁の目は遍く世界をみてきたが、夢を見ることはない。無敵の予備役。
夢を見ない分、ゆっくりと、狂気が総裁を侵しはじめた。夢を見ない人間は速度に差異はあれど、狂いはじめる。果たしてなにが正常なのか判別がつきにくくなる。
 
 
そんな中、JA連合と名乗る組織から加入の勧誘がきた。
 
総裁は一顧だにするまい、という大半の者の予想は覆された。
 
U・R・Uとともに極東の地に降り立った。
 
だが、それはやはり己を蝕みかけている狂気のゆえの、誤った判断であったようだ。
東の地に光あり、と思ったのは。外界の光と風を浴びるU・R・Uは不服な顔をした。
人がロボットを戦闘の道具に用いるという、ロボットの最も単純な電子頭脳以下から命令された行動を目の当たりにして。人の愚かさに裏切られたように、苦悶をもらした。
その気持ちを例えるなら、サルから人が進化して、神が人を造ったなら、神はサルに似ているのか?と問われた神父のような気持ち。独立思考機能があるわけではないが、人への反旗を破り燃やし尽くす人類の守護神(デウス・マキナ)たるU・R・Uは人を嫌悪する。
その悲しさと怒りと失望。
 
総裁にはそれが分かる。せっかく懸命に人を守っているのに人に裏切られて地球を爆発させてしまったマーズのような、ノンストップ超極端な気持ちが。
バランスというものが欠如していた。に、してもそんな都合の良いもんを持っているのは人間だけで、機械にそれを期待するうのはちと無理なのかもしれない。
 
総裁も、徹底完璧完全主義で、いい加減というものを許さない人物であったから、いったん嫌気がさすともう完全にまったく全然、連合のため、時田氏のために力を貸すことなど思いもしない。勝手にさらせ、コリャという気分であり、それをもうちょいと小難しげにいうと冒頭の一句となるわけである。確かにもう、近寄りたくもないのが分かる。
 
 
だが・・・・・真・JAのパーンモード・・・・・あの光景を見て
考えざるを得なくなった。張りつめた病的神経をもっているだけに、反応も鋭い。
 
総裁は総裁と名がつくだけあって、U・R・Uにおいて、完全に独裁を敷いている。
逆らう者はいない。その強大な知性ゆえに、部下との関係に苦労したこともない。
その乾いた目で見つめられて、乾いた声で話されると、たちまち逆らう気力が枯れてくる。
この現代において、特殊の精神性を備えている。五世紀くらい大昔にタイムワープしてもかなり平然としてやっていけるだろう精神格。
 
 
JA連合において、真・JAが旗機であることは総裁も認めている。電気騎士エリックより性能が上であることも。ロボットは人間ではないから、見た目に拘ることはないとはいえ、それを見る見物客は素人であり、見た目通りに判断することだろう。旗機を下においた、というその点が重要であり、そして、エリックは使徒相手に八連敗した無能なのだ。
風評を恐れる脆弱な人間のできることではない。そして、何より。
 
ロボットを愛する人間にはできないことだ。ロボットをロボットに従属させるなど。
 
パートナー、という綺麗事ではなかろう、と総裁の乾いた目は喝破する。
不必要な闘争を望む愚かな騎士に鼻先を引き連れられてこうなった・・・・・という汚名を被ってでも、時田氏は、己のロボを使って騎士とともに戦うつもりだ。
代わって戦う方がいくらか気楽であろうに。砂を詰めたカカシを背負った闘牛だ・・・
 
 
健康的な暴力と、病的な堅忍をまぜ合わせ涙と苦渋の糊で貼り合わせた、骨を軋ますような無理無理の半病の堅忍が
 
そこにはあった。理不尽な脅迫を前に、血を燃やし熱狂し、力をもって暴れた方がどんなに心安いか、総裁は知り抜いている。時田氏という人物も最後にはそれを選択して安易なその場限りのハッピーエンドを求めるものだと思っていた。だが。
彼の人物がどこを見ているのか、再考の必要がある。この身は独裁者であるが、時田氏はどういった指導者になる気でいるのか。ただの技術者あがりにしては妙な人材を配下においている点もある・・・・ただの幼子ではあるまい
 
 
総裁は、おそらく時田氏の代弁をしたのであろう幼子の言葉を思い出しながら、ゆっくりとラディウスに話しかけている妻のところへ戻っていった。
 
 
その背を、久方ぶりに電火を灯されたU・R・Uの機瞳が見下ろしていた。
 
 
 

 
 
 
「殿ーーーーぉ」
 
 
決闘場に向かう電気騎馬エリック・JAの横をサイボーグ愛馬「ニックジャガー」で往く英国電気騎士団リチャード・ポンプマン。その凛々しく逞しい鎧に覆われた三角筋に時代劇風な声が追いかけてくる。しかも同じくサイボーグ馬蹄音つき。声で察しがついたため、止まりもせずにそのまま駆けてくるのにまかせる。すぐに白い馬が追いつき平行する。エリックの横を往くのは少々馬術がいけてもかなり危険なのだ。団員の乗る動きの鈍い装甲車「イエローサブマリン」などではとてもついていけない。がさすがに電気騎士団武術指南役にして、我が愛する妻だけのことはある、とリチャード・ポンプマンは満足げに笑む。長い綺麗な黒髪をすみれ色のリボンと鉢巻きでまとめた、白い鎧の若い女武者がそこに。鎧のモデルも西洋のそれではない。どう見ても英国人ではない。
 
 
エミハ・磁光・ポンプマン。
英国籍は取得したが、生まれも育ちも純粋日本。忍者武術十八範を伝える磁光家の長女であったが、磁光の家と昔から武術つながりで交流があったポンプマン城で英国武者修行中に逗留していた時分にリチャードに誘われ、ライ麦畑で告白されて、頭数が足りないので入団。騎士団というわりにはその性質上、整備工学部系の人間が多く、まーなんというか、騎士ではあっても戦士ではないような、どうしてもアベレージ的に喧嘩が弱い電気騎士団が(対抗戦でもやればそこらの警察署にも負けるであろう)誇る武闘派である。
最精鋭の特殊部隊員が束になっても敵わないくらいの武芸の冴えを秘めている。
 
 
「奥か。どうしたね。出陣のキスはあたえてもらったが」
 
「殿、これをお忘れとはどういうおつもりですか」
 
そんなわけで、この奥様に歴史ある名刀、磁光真剣をつきつけられるとかなり怖い。
この刀、磁光家とポンプマン家の旧くからの友情を示すもので、話によると戦国時代から続いていたとかいうが、それは話半分にしても忍者武術と騎士武道の交流の結晶のようなもので、それにふさわしい者がもつと、強い磁力を発して相手の剣を吸い付けてしまい血を流すことなく決闘に勝てる、という最強の剣であり、現在はそれにふさわしい者としてリチャード・ポンプマンが愛刀としている。その前は磁光エミハがもっていたもので、嫁入り道具、結婚指輪の代わりとして妻が夫に与えたものだ。もちろん、それ以来肌身離したことはない。もちろん寝室でもだ。
このような大事な一戦で忘れていっていい代物ではない。もちろん、直接戦うのはエリックだとはいっても。リチャード・ポンプマンはいつもこの刀をもっていった。
UBダイアモンド率いる兵器人間の脅迫から時田氏を守り、退けたのもこの刀のおかげだ。
使徒戦のときももっていった。勝てはしなかったが、使徒の侵攻ルートをねじまげ、リチャード本人も怪我もせずに死にもしなかった、立派なおまもり刀だった。
城を守るのが役目、と弁えて、このように前線まででしゃばることは決してない奥が馬を駆けてまでくるのは。
 
 
「殿。時田様の為に死ぬおつもりか」
 
この奥は、無駄口をほとんどきかずに物事の急所のみをねらっていきなりズバッといく。
その真剣勝負、居合い切りのような会話手法は武芸の生徒である騎士団メンバーにきわめて不評であるのだが、リチャードはそれが好きだった。もちろん、もったいぶった千分の一に希釈されたフリルドレス貴婦人の美辞麗句も嫌いではないが。
途中過程が大幅に省かれているので周りで聞く者はその意図がよく分からないのだが、どうせ今は他に誰が聞いているわけでもないのだ。これを聞いてギョッとする者もおるまい。
 
 
「そうだ。奥よ。此度の戦は騎士としてではなく、時田殿の友として戦う。
敵はエリックの力を十分に知り尽くし、”弱み”を狙って攻めて来るであろう。
そして、JA連合の名誉を守るには、相手を退けるだけでは不十分なのだ。
敵の力にたとえ屈しようが、その中にある悪を思い知らせ砕いてやる必要がある」
 
 
「身を砕かせて悪を断つ・・・・・と仰るのか」
 
 
「守るものを見極め、守るために槍ともなり盾ともなるのが騎士。
このJA連合というのは今は生まれたての玉子の殻をつけたヒナのようなものだが。
その理想はいずれ融和の大空をかける。電気騎士としてエリックが守るべきものだろう。
その、価値がある。わたしはそう信じる。ただの一装置の販売組織でおわってよいものではない」
 
 
「電気騎士は英国の財産。女王への献身はいかになさいます」
このあたりが、この武芸指南役が騎士団メンバーにきわめて不評な最大原因なのだろう。
その目。中途半端な返答をしようものなら、誰であろうと切り捨てご免という目が。
 
 
「代償として、英国電気騎士団・団長リチャード・ポンプマン、この身を捧げよう。
我が友、時田殿は旗機の誇りを地に捨てて、エリックをその背に載せて歩んでくれた。
電気騎士に込められし英国の真の財産は紳士の・・・いや、人の誇り。
それを天に掲げた真・JA機に我が魂と技の全てをかけて応えてみせよう
未来への融和の道を閉ざす愚かな暴虐を切り裂く黄昏の剣は、我が心の中に」
 
 
別にシャーロック・ホームズ宛の暗号文ではない。リチャード・ポンプマンは苦しんでいるわけではないが、本人のやろうとすることと理想とがかなりかけ離れていることを示す。
 
 
リチャード・ポンプマンとて実のところは、いくら許せないとはいえ、その暴虐に怒ったとて、同じ人間の造ったロボットなんぞと戦いたくはないのだ。世界ロボット同盟のような協力体制を造り、人類の明るい未来へ貢献したいし、ロボットはそのために存在する、と信じている。U・R・U総裁にどんなに蔑まれようと、リチャード・ポンプマンと電気騎士エリックが使徒に立ち向かったのは事実である。・・・・負けはしたが。
 
世界ロボット連盟・・・そんなもんができたとしても、綺麗事ではすまんのは分かっている。出来た瞬間に我も我もとナイフをいれられる美味しいケーキのようなもの。
 
端的に言うと、現状でMJ−301を加入させるようなレベルの代物になるだろう。
 
パワーバランスの駆け引きを四六時中考えぬとならぬ犯罪結社より気が休まらない剣呑で物騒な集団になるのは目に見えている。過渡期においてJA連合もその道を辿るのは間違いない。基礎固めが終わっておらぬのに、レプレツェンのようないかにも「ここからつけ込んで下さい」という機体を連合に入れたのは失策以外の何でもない。また代表が幼すぎる・・・・森や砂浜ならばいいが、政治の鋼鉄板で滑らぬように踏ん張る脚力を持たない。
 
だが、やってしまったことはしかたがない。これから先、苦難はいくらでも起こるのだし、苦痛にのたうち回ることもあるだろう、地上の地獄を見ることもあるだろう、屈辱の雨に打たれずぶ濡れになり、涙が涸れるまで泣く羽目にも陥るだろう。
強い力をもち、なおそれを束ねようと言うのだ。それくらいの苦痛の覚悟は必要だ。
 
ここから、絶望の道を歩むのだ、と。
 
ゆえに、すでに絶望の道を歩む先達、総裁などはこの度の争いに意味を見出さないのだ。
そんなことをして、なんになる。相手は、相手の本質は、歴史の必然という地上の地獄から来る狂える犬、少々追い払おうといくらでもやってくる。そのようなシステムになっているのだから。戦うもの、剣をとる者は知らず強制的にそのシステムに組み入れられる。
今回、そのシステムのエンジニアは第十三使徒バルディエルなのだが、乾いた心眼と山椒魚の狂気をもつ総裁はそんなことを感じとっている。
だが、碇シンジには及ばず、その存在もその位置も計測感知できない。
 
 
人間離れした聴力を持つ超人、使徒との戦歴もあるリチャード・ポンプマンにもバルディエルの戦歌は聞こえるだけでその歌詞までは解読できない。わずかに体温があがるのみ。
 
やりたくはないし、やらぬ選択肢がないわけでもないが、やるしかない。
 
分岐した未来は同じところに行き着き、重ねられて忘れられ、残るは無惨な傷痕のみ、ということが分かっていても。
こちらを頭から痛快丸かじりにしようという戦の狂犬のアゴに噛みつかれながらも、その内側を、口内炎になって何日も何日も何日も、飢え死にしかけるまでものが食べられないように、深い傷をつけてやろう。思い知らせてやるのだ。痛みを分かち合う。人の理解の方法はこれしかないのかもしれない。善は悪に勝つ。リチャード・ポンプマンは命をかけてもそう思う。それは間違いない。間違いないのだ。だが。
 
勢いに乗った大悪は停滞した善意では防げない。物理的に、ちょっと無理なのだ。
歴史の大波にのった悪意は人の善意をものともせずに超えて、呑み込む。
悪選択を剣として用いても、その勢いを削ぎ殺しておかねばならない。現時点で。
でなければ、先の未来は汚染され、少なからぬ人間が死ぬ。
ヒトラーの強引な要求を宥和の心をもっていれたあげくに大破壊戦への安全装置を解除してしまったミュンヘン会議のアーサー・ネビル・チェンバレンのようなことになる。
 
 
勝てるかどうかは問題ではない。
同じ人の英知を結集させて建造されたロボット同士なのだから。
機械の母神というものがいれば、兄弟同士の争いにさぞ嘆いたことだろう。
 
罪深い。
 
ゆえに、先陣をきるのは電気騎士でなければならない。
罰を受ける覚悟のある者でなければ。勝利も敗北もなんの意味もなくなる。
溶かされ砕かれた鉄屑に化そうとも、我は異形のフェイルセイフとなる。
 
 
「・・・・・・・」
急所狙いの必殺の奥方、エミハ・磁光・ポンプマンはリチャードの覚悟を見極めた。
なんのために、誰のために、この男が死地にいくのか。
 
 
電気騎士エリックには、わかりきった「弱点」がある。敵はそれを狙うだろう。
正々堂々戦おうとするエリックを嘲笑うように、傷一つつかぬ勝利を手にするために、
その楽勝の手段を選ぶはず・・・・・。
 
 
つまり、”エリックの付近で戦闘を視認しながら操縦する者の命を奪うこと”。
当然ながらに搭載されているであろう対人兵器で、リチャード・ポンプマンを狙撃する。
 
 
我が殿はそれを逆手にとるおつもりらしい・・・・・・だが、
 
敵は、たとえ一瞬、その裏をかかれたとしても、倒せるほど、甘くはあるまい・・・・・
 
 
いくら超人的な肉体能力を誇っても、単身で斬り込んで、人の身でロボットは倒せまい。
「特攻」・・・・美しい響きだとは、思えない。だが、我が殿にはそれを行う気力体力知力の三拍子がそろっている。最高速で戦場を駆け抜けて装甲にとりついて、ナイフで切り裂きながら内部に潜り込み機能中枢を破壊する・・・・・・。
そうであればこそ、JA連合の旗機、真・JAに傷をつけることなく済む・・・・・・
勇気も何もない、ただ誅すべくただ一つの道をゆくのみ。
真・JAなる時田様の機体の上に跨ったことで、我が殿は弱き人の子、唯国の騎士であるのを許されなくなった。無上にして、無情なるかな。天の騎士にして、忍び地虫のような。
友のため、というは、畢竟、己がため、というに。
磁光真剣が要らぬのも道理。帯刀しながら、そのような恥知らずな真似は行えない。
成る程・・・・・無理はないな
 
 
あの暗号めいたセリフから、ここまでのことが分かるのだから、この武芸指南役は騎士団のメンバーにきわめて不評なのだ。そして、それが分かりながらメンバーに伝えず自分ひとりの胸にしまっておいて黙ってしまうようなところも。いくらおなごの胸は殿ひとりのものだとはいえ。皆、団長が好きなのだからそれはないんじゃないか、と弾劾したとしてもこの女性には通じない。唯一人、面とむかって文句のいえる副団長、トム・アーミッドは魔女メアリー・クララタンとともに必勝工作のためレプレツェンのケージに詰めていた。
 
「励まれませ、殿。わたくしも真剣を持ち冥土の途中においつきましょう」
そう言うと、サイボーグ馬を翻して去ってしまう。磁光真剣は渡さず。
 
ひおうっっっ!
と、後続の騎士団装甲車を飛び越えて。「おさらば」「うむ、奥よ」
今生の別れとしては、あまりにも互いに簡潔な晴れやかな笑顔。
 
正真正銘の騎士や武士というのは、現代にいるはずもない、幻の生物なのかもしれない。
なにかの間違いで現世に迷い込み、時が至れば帰ってしまうような。そんな類の。
 
 

 
 
一方、その頃、彼らの命をかけた、心の友であるはずの、JA連合会長の時田氏は発足記念式典パーティー会場で、ステージの大型モニターの決闘中継を今か今かと舌なめずりしていている者たち相手に、あたりさわりのない天気から始まる現世の挨拶をしていた。
 
「・・・・でありまして、わたしくどもJA連合では人類の未来への・・・・・」
 
が、完璧なまでに誰も聞いていない。時田氏はステージ上で挨拶しているのだが、招待客の視線は見事なまでになんの抵抗もなく素通り貫通し、モニターに向けられている。
誰も彼もの顔にお国の言語で「はよ終われ、はよ始めろ」と書いてある。JTフィールド供給の条件やその理念についても語りはしたものの、専門家の興味さえひかなかった。
モニターで今から中継されるのは、戦闘巨大ロボット対戦闘巨大ロボットという、なんとも血沸き肉踊るメガ神話級の見せ物であった。ラスベガスにいっても、世界中どんな歓楽街に行こうがこんな見せ物はない。しかも頻繁に見れるわけもなく、戦闘のプロである軍人でさえこのような見せ物は初めてだった。すっかり興奮してしまい、いかにもくたびれた風のチョビ髭の話など真面目に聞けるわけがない。せっかくの晴れの舞台であるというのに、うつむき加減で元気がないとなれば、なおさら。時田氏は、元気がなかった。
 
 
耳ざとい客の中にはこの決闘の経緯やら、「なんと、脅されて泣く泣く応じたらしいですよ・・・なんせ」連合の団結状況について「所詮は供給販売の関係とは云え、ずいぶんと”麗しい”内部状況らしいですよ・・・なにせ」周囲の者にしゃべくる者もおり、それがザワザワと会場を巡り、不可視のナニセ槍となって時田氏をグサリグサリとやる。
べつだん、不思議なことではない。なんせMJー301の人間も会場に来ているのだから。
所有ロボットのついでに、時田氏という人間性を傷つけてやるのになんの遠慮もない。
 
 
「えー、やはり戦闘ロボットにはパイロットは不要であり、その点ネルフのエヴァンゲリオンは・・・・」
 
元気がなく、中傷攻撃でグサグサやられているその割には、時田氏の挨拶は長い。
連合とは直接関係ないエヴァの批判までやり始めた。客の視線が非好意を越えて敵意に変わる。この挨拶が終わらぬ限り、決闘は始まらぬのだ。それが分かっていて時間稼ぎをしているのか。
 
 
「それはともかくとして、時田さん」
 
冷酷で厳格な声が、無遠慮に時田氏の晴れ舞台挨拶を断ち切った。
怒鳴ったわけでも、とりわけ大きな声でもないが、強制的に挨拶は終わらされた。
MJ−301のUBダイアモンド。そこにあるのは、強者が弱者を、勝者が敗者をいたぶるような、人を人とも思えぬような、非人道の目。他の客から避難の目は向けられなかった。暴虐学部の横柄科の脅迫教授の魂をもつ男を目に映して、いいことなど何一つない。
出来れば、声すら耳にいれたくもない。暴力をもってどれだけの人間の意志と尊厳を踏みにじり冷凍粉砕して己の要求を呑み込ませてきたのか。どれだけの無念の涙を降らせてきたのか。正義という概念がこの人物のそばに寄れば三秒で枯死するだろう。
脅迫の権威、などというものがあれば、この人物にこそふさわしい。出来れば関わり合いになるべきではない。良識があるなら、絶対回避するべき、兵器人間を従える外道人間アウトサイダー。そこらの総会屋など比べものにならぬ。悪寒の次元が違う。
 
 
「この決闘にわたしどもの三体、SUPERロボ、マッドダイアモンド、ヨッドメロン、この中の一体でもあなたたちJA連合の選んだ機体に勝利した場合のそちらに呑んでいただく条件をまだ伝えておりませんでしたな・・・・」
 
 
会場がざわついた・・・・・・そうなのであろうか。だとしたら、迂闊にもほどがある。
この決闘というのは一体・・・・・・単なるショウではないのか・・・・・
 
 
「そうでしたな。聞き忘れておりました。そちらの希望を」
挨拶を終わらされた時田氏はそれを咎めることもなく、大人しく返答してしまう。
さすがに暗黒の暴力世界を生き抜いてきたアウトサイダー相手には引いてしまうのか?
JA連合会長ともあろうものが、位負けするというのか?邪悪の経験値に屈するのか?
 
うつむき加減の時田氏はUBダイアモンドと目を合わさない・・・・・。
ここにはリチャード・ポンプマンも真田女史もいない。時田氏唯一人。
 
したがないのかもしれない、時田氏は連合の人間にも初対面で拍子抜けされるくらいに、会ってみると、いかにも技術者あがりの普通の人間なのだから。
じらすように、その怯え気味のザマを楽しむように、ゆっくりと口をひらく。
 
それはこちらの絶望になるのは間違いのない要求に決まっている。
しかも、こちらの全勝以外は向こうの勝利になっている。確かに、形式上はこちらが売った喧嘩であるが・・・・
 
 
「JTフィールドに関する全てを委譲していただく・・・・単純なことですな」
 
どんなに邪悪な吸血鬼でもこれほど貪欲ではなかったはずだ。会場の空気が瞬間冷却された。心臓に注がれる暖かい良識の流れを堰き止めるように。放たれる言葉が時田氏の首を強烈に締め上げる。視線に込められた悪意と侮蔑は気の弱い者ならたちまち膝から崩れ落ち、床に泥水を啜る体勢で束縛されることだろう。こいつは人間ではなく、悪夢について電話帳くらい分厚く記された書物の中からやってきた夜の魔物じゃないか・・・そんな疑念を持った者さえいた・・・会場の中の誰かが正義の呪文を唱えて、元の姿に戻してくれればいいのだが、そんなことは誰にもできない。指がダイアモンドであろうと、この男が歴とした人間であるから。
 
 
「それから、一つ。この決闘における”人命の損失事故”の責任は一切、こちらでは負いかねますのでご承知下さい、時田会長・・・・・ククク」
 
悪事を働きつつ長生きするには、頭が良いことが必要で、なおかつその頭脳から得られた結果になんの疑問もなく従い即座に実行する、純真な実行力が必要になってくる。
だいたい善人はこの逆だが。そして、UBダイアモンドはこの原則に忠実な男だった。
さっそくの第一回戦、初めの脅迫の邪魔をされた復讐もあろうが、電気騎士エリックの戦闘時の「弱点」、操縦者リチャード・ポンプマンを狙わぬ理由は何一つなかった。
ヨッドメロンはともかく、SUPERロボの命令指揮系統はMJ−301で使用可能だった。
さすがに、会場の空気も時田氏に同情的になってきた。塩分控えめ、限界ギリギリまでの消極的なものではあったが。自分たちの目の前での堂々とした殺人宣言。いくらなんでも反感と不快感を覚える。これは、犯罪だ。だが、それをいうなら最初から犯罪であったのだ。捕縛不能の悪。ああ、どうせここまで云われてもこのチョビ髭会長は反論もできないのだろうな、という諦めもある。喰う者と喰らわれる者。あからさまな補食の図式がそこにあった。
だが・・・・・
 
「JA連合は安全第一がモットーですよ。ヒヤリハットの危険予知は当然のこと。ISOも申請中ですよ。”そんなこと”には絶対にならないので、ご安心を・・・・・時に」
 
 
時田氏の額に青筋がたっている。顔だけはステージ挨拶用なのだが。会長としての演技の仮面に入った亀裂。それは、悪を断つ正義の青い稲妻の象徴。血管ピクピク。うつむき顔がゆっくりと上がり、燃える目がUBダイアモンドの方を向く。
 
「ダイアさん・・・こちらもひとつ、勝った場合の条件を一つ付け加えさせてもらいますよ。よろしいですね」
 
「甘苦愚者のレプレ代表への謝罪に加えて、ですな。構いませんよ、なんですか」
もちろん、万が一にも負けるわけがないとタカをくくっているゆえに、戯れに聞くだけは聞いてやろうとしたUBダイアモンド。どちらにせよ、力づくでケリをつけるのだから。
言葉や契約などになんの意味もない。時田氏のセリフなど負け犬の遠吠え以下であった。
だが。
 
 
「これから戦うロボットたちの苦痛の百万分の一にも満たないでしょうが・・・・
 
あんたにコブラツイストかけて背骨腰骨ゴキゴキいわせてやる・・・
 
 
「わっ、笑わせるナ・・・・・!」
脅迫者にあって、重圧の声は絶対。それが、噛んで、あまつさえ、一部裏返ってしまった。
呪詛怨嗟威圧脅迫、あらゆる類の脅し文句を聞いてきたが、こんなのは聞いたことがない。
しかも、ポケットから真っ赤な「必勝」鉢巻きさえ出してきて、びしいと頭に巻きだした。
 
何がコブラツイストだ、何が背骨腰骨ボキボキだ、馬鹿なことを。この決闘が終われば貴様など脳だけ切り取りバイオコンピューターと連結された漿液ケースの中で暮らす羽目になるのだ・・・・。そのような戯言、歯牙にもかけぬぞ・・・・UBダイアモンドは氷の矢のような視線を時田氏に撃ち返す。
だが、ボディーガード役のウエポノイドたちが反応して内蔵兵器の安全装置を解除した音を聞く。主人がステージ上の時田氏に気圧され返されたことの何よりの証明。彼等は正確。
 
 
「さあて、そろそろ始まりますよ・・・・・ふふふん♪へのつっぱりはいらんですよ」
ステージの上時田氏から放たれる、これまでとはダンチの気合い、輝くばかりの心意気が、七色のオーラが、挨拶の時とはうって変わって客たちを圧倒魅了する。今までむりやり着せられていた拘束着を脱ぎ捨てて本性を、顕わした。苦手分野が終了して、得意分野に突入するとき、人はこんなにも一変し輝きを放ち始める・・・・・・裏でゴソゴソする陰謀というのは時田氏の好みではないし、どうも苦手なのだ。歴史の裏舞台の策動などに真実はないし、陰謀史観など中高生の読むオカルト雑誌の特集で読めば十分だと思っている。
陰謀だの脅迫だのいう今ひとつやる気にならない苦手分野では遅れをとっても、いざや得意分野となれば、目の前のダイアモンド野郎など、時田氏にとっては単なるオカルト太郎(A)であった。真昼の妖怪、水を抜いたプール掃除中に出現したカッパのようなもんだった。こわくもなんともない、なんか妖かい?てなもんだった。現金と言えば現金だが、人は万能ではないのだ。せめて得意領域に入って威張って胸張って何が悪いのだろう。
 
 
時田氏の得意分野、それは・・・・・・
 
 
JA連合の会長に就任し、それなりに政治力を発揮しなければならん立場となり、自覚し自重し我慢していた・・・・また、外見もそれらしく見えないので、初対面の人間などにはまず分からない・・・・当初は提携を考えて時田氏の人格を研究していたはずの各戦闘機関すら読み違えていたのだが・・連合に参加したメンバーでさえ理解しきれていなかった・・・・・時田氏は、
 
 
実は、バトル大好き人間であるということを。