もし、たった一発の弾丸、最小の攻撃力で、戦闘を、この戦闘を終わらせることが
できるのなら。できるというなら。
 
 
それは<銀の弾丸>
 
 
その弾丸を装填した銃を手にすることができたなら。
その者は、それを、迷わずに撃つべきだろうか。
その代償として、愛する人を近いうちに、ひとつの劇が終わらぬほど近く、
撃ち抜くはめになると分かっていても。
 
 
それは<魔弾>
 
 
はやく、帰らないと・・・・・・
 
胸の奥に焦げ始める、帰都を求める気持ち。焦り。四肢を的確に操る覚めた情念、状況を即座に判断する冷えた思考の温度がじりじりと上昇していく。心拍数が一度、上がる。
早鳴る心臓。LCLに消える一滴の汗。明確な言葉にならぬものが身体を支配していく。
 
 
綾波レイには焦りがある。
かつて、感じた類のない焦り。エヴァ零号機・・・・・現在の自分の手にし得る最良最強の力とともにありながら、感じる無力感がじわじわと腰のあたりを蝕む。
焦りが集束して胸を破り、そこからのぞく黒い予感。
 
 
碇シンジと惣流アスカ。あの二人。あの二人が隔離されずに、ともにいる。
 
 
赤い瞳にちくちくとした痛みを感じる。あの二人の姿が、暴力的な赤色に塗りつぶされる。
碇シンジはエヴァ初号機に乗ってこそ無敵な存在だが、そうでなければ・・・・
あれほど、これほど、危なっかしいひともいない。アンバランスにもほどがある・・・
念炎による炎のこともあるが、レリエルと渚カヲル、彼等のこともある。
事情を知る唯一の自分の不在のおりに、どんなことを仕掛けてくるか・・・・・
そのまま連れさらわれてしまったら・・・・・・・・・・
 
 
それをいうなら、最初からこんな出張など参号機と明暗に任せておけばよかったのだ。
人間、身体はひとつしかないのだから、そうあれもこれもできはしない。
しんこうべで学んだ技能は強力で、零号機も確かに凄いが、綾波レイはそれだけに、まだ力を収め抑えきっていない。良い仕事は全て単純な作業の堅実な積み重ねなのだ。
いかんせん、ユイおかあさんがいればそうやって指導師匠してくれたろうが。
 
 
それをいうなら、もしその場に自分がいても、果たして何事のほどができるのか、と。
そうも思う。碇シンジと惣流アスカを無理矢理引き剥がして、隔離してやるのか?
碇シンジの目の前に説得に降臨してきた渚カヲルを退散させることができるのか?
 
 
・・・・・・できはしない。そんなことは。できはしない。
 
 
見限っているのだから、目的さえ果たせば、嫌われようと憎まれようと構わないはずだ。
碇シンジには自分の力が通用しない。ならば、心で抑えつけるしかないのだが・・・・・
 
 
自分の心は碇シンジの心より強いか?その意志をねじ曲げるほどに凌駕しているか。
 
碇家の人間は誰しもとんでもなく意志が強い。司令も、ユイおかあさんも、そして息子も。
 
 
焦りと無力感の混交・・・・・・最もタチの悪い色の混ざり合いである。
どちらか片方ならばまだなんとかなるが、本人にもどうしてよいか分からなくなる。
こういった場合は思考停止して、目の前の事柄に全力を傾けるべきなのだが・・・・
任務に集中すべきなのだが・・・・・心がそれを邪魔する。ゆえに、ろくなことを考えない。普段ならばとても考えられないような、窮鼠思考、袋小路の虎めいた、ろくでもない悪魔なアイディアを脳はひねりだしてくる。事前に、それらしいことが吹き込まれていれば、なおさらである。
 
 
兵器が見る究極の夢としての、<銀の弾丸>、愛する者の命を代償として必殺の<魔弾>
 
 
とても、普段の綾波レイがまともに相手に、触れようともしなかっただろう。
妖しすぎる。そんな都合のいい代物があるわけないし、値下がりしない株券のように、なにかの詐欺の道具に違いない。・・・いえいえ、お客さん、値下がりしないのは絵画も同じじゃないですか。世の中の裏にはそういった無敵の価値を誇る本物だってあるんです。
上がり下がりの浮沈を繰り返すのは、それがメッキのにせ者だからですよ・・・<魔弾>これは本物中の本物。めんどくさい戦闘なんか、これ一発でほら、パーン、とね片がついてしまうんですよ。ほら、すごいでしょ?ちょっとリスクが高いのも本物の由縁、なになに残る三発まで使わなければいいんですよ、きちんときちんと残弾を数えればそんな悲しいことは起こりっこない、そうでしょ、奥さん。よそ見運転してれば自動車だって事故ったりしますよって。何事も危険はありますし。万が一、失敗しても撃たれるのは自分じゃあ、ないんですから・・・・・・悪魔の囁きが綾波レイの耳元そばで。
使徒レリエルがなぜ自分のところに悪魔がいるならやってこないのかと不思議に思っていたが、悪魔はこのとおり勤勉で得意先のところにはすぐに駆けつけるので忙しいのだ。
それに、陥とすのは古今東西、汚れを知らぬ乙女か、己を他者のために犠牲にするのを恐れない高徳の者にかぎるのは変わっていない。それを両方とも満たす綾波レイなど特等の客であっただろう。・・・・だから、ね、奥さん。ここはひとつ冒険してみましょうね。
これも、愛する家族の皆さんのためですよ、そう、これは奥さんひとりのためのことじゃないんです、たくさんのヒトの幸せもここに、この決断にかかっているんですよ。
ね?ね?ね?ね?ね?ね?だから・・・・・・・「ほんとうに・・・・」
 
 
誰が奥さんやねん、なめんじゃないわよ!と言い返すこともできずに、誘いの魔声にのめりこむ綾波レイ。
 
 
だが、これが正真正銘の、悪魔の誘いのとおりの商品であるのなら・・・・・・
人間の三次元感覚器ではとらえきれない使徒バルディエルの「糸」を見抜きそれを導火線化して、居場所を突き止め、この戦闘の最大の見物客兼プロモーターである第十三使徒の急所を撃ち抜くことができるのだろうか。使徒の疑問に悪魔らしい皮肉を手みやげにして、来訪する・・・・・。だとしたら、まさしく<魔弾>の名にふさわしい。
 
 
それとも、十九万回の兆弾を繰り返して、この戦場にいる者全てを撃ち貫き、戦闘不能の魂を回収し地獄へ送りつけて、戦闘を終わらせてしまうか・・・・・それもまた<魔弾>。
 
 
にしても、・・・・。綾波レイの綾波たる、異能力の鑑定に長けた血筋の目が稼働する。
あの魔弾を造ることが出来る、らしい銃職人・・・・武器商人、C・H・コーンフェイド。
あのヒトにはそれらしい魔力を感じない。暴発するのを差し引いても、優秀な職人以外の気配を感じないのだ。それほどの、伝説を製造できるとは・・・闇に紛れて追実験や確認のしにくい裏の世界にありがちの、ただの宣伝文句にすぎないのかもしれない。
 
 
ただ、<炎名>・・・・・あれはただごとではない。自分たちの<初凰>、<零鳳>に勝るとも劣らない、専用兵装のもつ凄みという以上の・・・・・強烈な物騒さを発散しながらも、ヒトを魅了する霊的な美しさ・・・戦場以外の場にはとても安置できない、嵐のような、花のような戦争を呼ぶ銃とでもいうのか。攻撃能力以上のシンボルとしての風格がある。使徒戦という”棒たおし”の”棒”にあたるあの鉾のように。
あれを、弐号機、惣流アスカが扱う・・・・・・紅の戦のシンボルを、その姿を仰ぎ見るだけでヒトを好戦的にするだけの炎の影響力をもった偶像(アイドル)に。
戦を収めるのに、さらなる戦を引き起こして、ぶつけてのみこませて衝撃粉砕するような
深紅の狂気で育てた華の色で染め上げたラグナの火と炎を噴き出し続ける凶器。
 
 
弾丸が装填されていないただの金属の鉄筒になにをそれほど、恐れるのか。
だが、綾波レイの直感は大当たりで、ラングレー専用兵器である<炎名>はかの血筋の者が使えば弾丸などなくても超絶の攻撃力を誇る。ATフィールドをも無効化させる”特別な攻撃モード”が使用可能になる。それは、石を投げればガンマンにあたる裏の銃撃社会のまっただ中でガンマンとしてその雷名を轟かせた父親の能力。
 
だから、恐れる。
 
同僚である、仲間である、同じパイロットである弐号機が強化されることが怖いのか。
それが、最も納得できる、すくなくとも己を納得させることができる、理由。
あれが弐号機の、惣流アスカの手に渡ることを、恐れる。
自分が撃たれてしまうんじゃないか、という単純な恐れであればよかったのだが。
真実は、考えさせることも忌避させる。いやなことからにげているのね。
恐怖から逃れるために、あえて、触れておく・・・・
確かめておきたかったのかもしれない。どれほどの、きょうきなのか・・・。
 
「あれに さわっちゃ いけないよ」
 
すぐ耳元で、そっと後ろから抱きかからえてそこから囁かれたような、近さで
碇シンジの声を聞いた。
そんなはずはない・・・・・ここはエントリープラグの中・・・・
 
空耳だろうか
 
「撃っちゃ だめだよ」
 
 
今度は、もっと近く、耳の中に 響いた。なぜ・・・・・・
 
 
 
 
「おい、大丈夫か?」
 
 
「え・・・・?」
参号機の黒羅羅・明暗から通信が入っていた。決闘場への徒歩での移動中だった。
すこし、相手に不審を感じさせるほどに反応が遅れたらしい。
 
 
「ヨッドメロンのことは・・・・・あまり考えるな。戦況で出方が変わる可能性も高いしな・・・純粋戦闘用というより、ロボットどものサポート用の能力を使用して最後まで座ってるだけかもしれねえしな・・・・だから、よ」
自分で敵をブッ壊してまわったほうがよほど気が楽なのだろうが、そんなことはおくびにも出さずに、なるたけ安心させるような、それこそまさに自分がサポートに徹した者の声かけに綾波レイの反応はそっけない。
 
 
「手順の再確認をしていただけ・・・・・気にしないで」
意外のほかに言葉が尖ってしまった。そうだ、言われた通りなのだ。今はそれを考えないといけないのに・・・・・なぜ、<魔弾>のことなど。たった一発の攻撃力でここまで累積された状況が消失するわけがないのに。嘘ではないが、嘘よりも罪の深い言い訳が口にでてしまった。
 
 
「そうか、さすがに冷静だな。安心したぜ」
明暗は逆に、いかにも喜んだ声で返した。もちろん、そのまま信じているわけではないのだろうが。強者にして侠者であるこの人に魔弾のことなど言えば一笑されるだろう。
 
 
「ここまでくればヨッドメロンの情報はどうも期待できそうにないが、ロボたちの情報は葛城の姉貴もどうやったのか揃えてきたからな、さすがにネルフか。で、第一回戦の電気騎士と真・JAのコンビのSUPERロボへの二人がかりはどうなるもんかねえ。
なんせ、一回でも負ければJA連合の負けらしいからな。これで終わる可能性もある、と」
まだ話を続けるのは、言い訳を信じてもらえない証拠。
強襲型の、闇に紛れての破壊攻撃すら行うエヴァ参号機が戦闘前にダベるというのだ。
綾波レイのかすかな違和感を感じ取った葛城ミサトもそれを咎めはしない。
 
 
「さて、お前さんはどっちに勝ってもらいたい?」
 
 
「え・・・・・、そんなこと」
不謹慎ということではない。一応、連合側で戦闘しようというのだから・・・・・
明暗のダッシュかけた問いは綾波レイの常識がついていけなかった。
 
 
「オレは正直な話、どっちでもいい。どっちが勝っても負けてもな。使徒戦に出しゃばるようなら邪魔だから叩き潰すことになるだけだからな。どっちも一応は人類だからなあ、使徒との生存をかけた戦いってわけにもいかねえ。・・・・お遊びだな。
だから、好きな方を応援していいんだぜ」
野球解説者が巨人応援席にいる人間にむかって阪神応援をそそのかしているようなもんだが・・・・なにげにスルーしとけばいいのに、それが出来ない綾波レイ。
 
 
「・・・・それは」
そんなこと言われても、先にいわれてずるいとおもうが、こっちも本音をいえばまあ、
・・・・・しかし、一回でも負ければ連合の負け、というなら一回戦で負ければそれ以上戦う意味はなく、戦闘は終了する。そうなれば・・・・・・
 
 
「ま。焦るなよ。慌てて善いことは何一つねえからな・・・・シンジの奴も心配いらねえ。あいつも男だ。てめえの身くらい守れるだろうよ。・・・それじゃな」
一方的に通信は切れた。はなから解答を期待されていなかったようだ。見透かされていたのだろう・・・・自分では心を読むなと言っておきながら。
とはいえ、出発時の様子を見れば誰でも分かることだよなあ(明暗・談)。
 
 
さて、どうなることやら・・・・・怪奇複雑至極厄介面倒御苦労な荒事状況に慣れている黒羅羅明暗でさえ、これからの展開は読み切れなかった。
 
 
「余計なおまけがついてるせいか・・・・・?」
業、と参号機から後方を図々しくついてくる<炎名>搭載のトレーラーを見やる。
弾丸は込められていないはずだが、背中をつけ狙われているようでしょうがない。
なんつー好戦的な得物だ・・・まだ胎盤も剥がれず羊水も抜けきっていないはずの、生まれたばかりの魔銃の気配に僅かながら、刀を寝床に剣山を枕にして眠れる自分が苛立ち、圧力感を感じる。孔雀をも喰い殺す毒蛇の大王がキバを剥き出しにて睨みつけている。
確かに、ラングレーにふさわしい代物だ。一号が反応するのも無理はないか。
近寄るだけでこれだけ気を乱されるとなると、あんなもんに触れればどうなるか・・・・
 
 
永遠に続行する殺意。標的を撃ち抜こうが止まることのない敵意の輪廻。
 
 
標的を必ず撃ち抜くなどという悪魔の軌跡の代償はたかが人の命みっつほどで購えるものかどうか。暗殺機体である参号機の専属操縦者はよく知っている。
かならず、その契約は裏切られるハメになるだろう。
 
・・・まあ、正真正銘本物の<魔弾>など滅多にあるものではないが。
サービスでつけられる代物じゃあない、それは安心していいか・・・
少しの間、不愉快なプレッシャーを我慢すればいいだけの話だ。
できれば、今スグ振り返ってトレーラーを見えない場所まで蹴り飛ばしてやりたいのだが。
 
 
参号機のズームモニターにはトレーラー運転席のC・H・コーンフェイドの「必ず撃たせてやる。銃も撃たれたがっているんでな」という自信ありげな顔が懲りずに弾丸を葉巻がわりにくわえているのが見える。金でどうにかなるただの武器商人であるほうがまだ扱いやすい。<魔弾製造師>というのは技術者の肩書きではなく現存する魔性の代名詞だ。
明暗とて元暗黒街の教父、現在は足を洗った相談役の長老からそんな話を聞いただけだけで、実際にその弾丸を見たわけではない。だが。
見るべきはあの暴発オヤジが体内に宿しているはずの「世界で初めて銃で撃ち殺された死者」。ゆえに、魔弾は必ず標的を貫くことができるのだと。しかし、古の射殺死体との契約がろくな結果におわるはずもない。魔弾の力は射殺死体を増やすことだけに捧げられているのだから。ラングレーの未来の扉はそういった方向にウェルカムカムに開かれている。
ああいう類の人間を寄せ集める匂いがある。弱者を守らずして強者のみをその麾下におく。
小さな島国に封じておけるタマじゃない、いずれは大陸を席巻する炎暴風となるだろう。
 
まあ、<魔弾>とは武器を使い造る世界全域に対する性悪の罠のようなものだ。
 
ちょっと考えれば分かるはずだがなー・・・・・・使う奴はバカだ。それも破滅的バカ。
 
 
それだけに、まさか綾波レイが<魔弾>に関わるとは、予想だにしなかった。明暗でさえ。
<炎名>を手にとり、それを撃つなどと。
 
 

 
 
真・JA の 二足歩行制御が 解除 されました。
 
 
モニターに表示されたその一文を見ると、自分の肋骨が全て外れたような気さえする。
その瞬間、真田女史のその想いを知る真・JAのモニタールームのメンバーは全員、気遣わしげに見た。真・JAの、いまやJA連合全体のバランサーとなっている、確実に天秤座であろうこの冷えた血の女性を。ライプラレディを。地味ながら、実は真・JAの最重要機能である二足歩行制御プログラムを組み上げた、不倒の女を。安全作業マドンナを。
JAと言えば、もっぱらJTフィールドについて語られるが、実は最重要の点を他に譲る。
 
 
それは、JAはその内部構造上、派手に倒れることが許されない。絶対に。
自重で自分の身体をちょっとでも破損したが最後、大爆発が待っている。
原子炉内蔵兵器の辛いところだ。それが肉弾戦をやろうというのだから。
 
 
JAをJAたらしめているのはJTフィールドであろうが、
JAをロボットたらしめているのは、二足歩行制御技術である。
 
これの開発責任者である真田女史が時田氏や周囲からどれほど信頼されているか。
せざるを得ないか。
 
はっきりいって彼らの人生、地獄にいくも天国にいくも真田女史の胸先三寸である。
 
天秤が平均的中庸を意味するとは限らない。それを仰ぎ見る高地に据える人間もいる。
彼女の能力が劣っていたりヘボいものしか造れなければ、JAはいまごろ人類最悪事故の記録の一頁に記録されているかもしれない。JAに関わる全ての人員の命も、人としての名誉も、彼女が預かっていたといえる。ネルフの赤木博士とはまた違う責任の重さとポジションをもっていた。たかが二足歩行制御、されど二足歩行制御である。
真田女史は超一流の技術者であるが、天才ではない。
努力をするのは当然であるから、それだけのものを預かる資格は努力によらなかった。
冷血な性であったから、多彩な人徳でもない。
私情がないのは言うまでもなく、史上希なほどに、精神のバランスをとるのが巧みだった。
好かれることも少ないが、嫌われることもごく少ない、仕事一徹で文句のつけようがない。
精神の中に超高性能に敏感な天秤があり、それでいつもバランスをとりつつ、必要があるならば、己の中から余分な感情をそぎ取り落とし、または天秤皿に乗せる、増やし減らす・・・・・こういった心的作業を昼夜間断なく行う人間に太刀打ち出来る人間は少ない。
無心になることしか取り柄のない寺の坊主などではとてもとても。
鍛え方が違う、というやつだが、JAのバランサーは真田女史の極めた精神平衡をそのまま写し取ったかのような見事さを誇り、時田氏がどんな無茶苦茶なアクションをさせようが、JAは倒れることを知らなかった。
二足歩行制御には真田女史の、それだけは熱い、心血が注ぎこまれていたといえる。
その情念ゆえに、時田氏も社員も人類最悪事故の一頁を飾らずに済んでいるのだ。
 
 
だが、今回、その、二足歩行制御を、一時的にとはいえ、カットすることになった。
代わりに真・JAにいれるのは急ごしらえの多足歩行制御プログラム。
それも当然、真田女史自身が組んだとはいえ。心血を注いだ魂を引き抜かれて痛まないほど、時間は彼女を裏切っていない。応分に、技術者にしか分からぬ痛みを与えた。
四足の、多足歩行といえば聞こえはいいが、その体勢は四つん這いの「馬」であり、不倒の誇りがどこへやら。また、そんな安いもんを手足に注がれる真・JAの身にもなれば。
真田女史自身が言い出したことであるから実現したが、もし他の人間が、たとえそれが時田氏であったとしても、とても面と向かって言えもせずに実現しなかっただろう。
こつこつと蓄積してきた努力の成果を、一時的とはいえ、リセットしろと?誰が言える。
この冷血女史は、それなりに連合内で恐れられているのだから。
 
 
天秤であるからこそ、安っぽい同情はしないはず。時田氏もなんで真田女史がエリックにそこまで肩入れするのかよく分からなかった。決闘を売ったのは電気騎士団、リチャード・ポンプマンの名において、というのだから、本人に責任をとってもらって下さい、私は存じません、というのが普段の真田女史のスタンスであるはずなのだ。
冷血であることと、冷静であることと、計算高いこととが見事に調和している彼女ならば。
 
 
それならば、なぜ
 
 
理由は単純
 
 
一連の騒ぎの真の責任は自分にある。
誰にも言うことはないが、真田女史はそう考えていたからだ。
 
 
戦闘向きではないレプレツェンを、優秀なアブソーバー欲しさにJA連合に招いたことが、今回脅迫者につけ込まれる隙となり、発端だったのだが・・・・・
そもそも時田氏がなぜ優秀なアブソーバーを欲したかというと・・・・・あのバトル大好き人間が、そこまでして、重要ではあるが攻撃性が高いわけでもないそんな地味な部品を真・JAに取り付けようとしたのか・・・・・戦いはそれほど長時間戦うわけでもない・・・・・真・JAのパワーを使えば、戦闘は数分で片がついてしまう。その自信こそ販売できるほどにあるというのに。
 
 
何かの折りに・・・・・つい、言ってしまったことがあった。
 
連合を結成する前の話。
 
 
欲しいものはないのかと時田氏に聞かれて、「森の中で活動しても鳥が逃げることがないほど静かに機動できるレプレツェンという機体のショックアブソーバーが欲しいですね」と答えたことがあった。「ほう、それはすごいなあ」などと時田氏は平然と返してはいたが、どうもそれを覚えていたらしい。レプレツェンのアブソーバーにはどうも革命的に優れた秘密の化学物質が使われている、という話で、化け学の合成は多分に運の要素がある。自分にもそれが巡ってくるとは思えない。精進の領域でないのなら、諦めるほかない。やるべきことは他にいくらでもあった。・・・・・・それを。
 
人の上に立つ者の必要な才質に部下へのプレゼントのセンス、があげられる。
欲しいものを見抜くのはちょいと頭がよければ出来るが、それを最良のタイミングを見計らってあたえることはセンスの問題で、それを備えているかどうかはリーダーとして深く考慮すべき問題であろう。あるはずだ。会長には、猛省を促したい・・・・・・
 
 
ともあれ、結果的に男たちを唆した責任はとらねばならない。少々、胸が痛もうが。
 
 
「”ラ・ピ”、”カンタカ”、”アカシア”、”リゼット”・・・・多足歩行制御の様子は・・・・よろしいようですね」
あの意識の一部が病的に肥大した脅迫者を蹴散らす程度には。
それぞれに歴史に残る軍馬名馬の名を冠した四足に対応させた制御プログラム。
それらで構成される「JA最速理論」・・・・。
なんせナポレオンの愛馬から、ブッダの王子様時代の馬まで。馬パワーはだから絶倫。
それを注ぎ込まれた真・JAの手足が、必ず電気騎士に勝利の栄光を掴ませることだろう。
 
 
「馬だ、馬一頭に 我が王国を与えん・・・・」
リチャード2世がボークスの戦にて叫んだことばを真田女史は呟いた。
 
 

 
 
 
JA連合崩壊の時刻になったぞ
 
と、いわんばかりの陣容であった。決闘場に電気騎士エリック、少し遅れてエヴァ零号機とエヴァ参号機が到着した時、対面にはすでにMJ−301の勢力が揃っていた。
 
 
決闘場は第28放置区域の最もはずれにある。海に面しただだっ広い、暴れ放題エリア。
その海側にMJ−301が陣取り、闘技場の観客席にも似た廃棄されたビルの群れをぬけてやってきた、いわば陸側にJA連合。式典会場から離れているので、廃ビルの中にいくつも設置された撮影機材が、招待客の目となり耳となる。これで臭覚センサーがあって鼻が利けば完璧だが、血の匂いを待ちかまえている者たちにはかえって好都合なのかもしれない。これからの戦闘で展開するであろう、破壊されて飛び散るロボットたちの機械油や冷却液からそれを想像するのであろうから。彼等の嘆きも悲鳴も聞こうともせずに。
 
 
上陸する方とそれを阻止すべく迎撃する方。侵そうとする者とそれに抵抗する者。
破壊しようとする者と、それに対してさらなる破壊で立ち向かう者。
 
 
意志のあり方考えはさまざまあるが、それを決するには力が最後にものをいう。
力こそ世界の共通言語である。それは人の限をこえて、ロボットにまで通じる。
人間の力で会話できない相手は神様くらいなものである。現在のところ。
 
 
MJ−301が揃えてきた戦力は、旗艦クトゥルーフを壁にして、その右隣に空母「赤壁」
甲板に板状の手足を折り畳んで板状の頭とつぶらな目でこちらをうかがう「先攻者」、
その左隣に戦略自衛隊の新型トライデント”あやかし”が巨体をうねらせ顎を開き、
 
 
・・・・海上は完全に封鎖されている・・・・・そして、上陸機体はオレンジ髪の幼子の言ったとおりに三体追加されていた。
 
 
フランスの「地底の鉄管より朝は手を上げる」、ロシアは「人影のない戦場」、ブラジルは「殺人光線・(ヴァニッシングシャドウ)」、三体とも極秘裏に開発されて能力はもとより姿形もほとんど業界にも出ていない。さながら暗黒ロボット博覧会と化してきた。
 
 
そして、SUPERロボット、マッドダイアモンド、白い棺桶にまるごと封印状態で機体を外界にさらすこともないヨッドメロン・・・・・
 
 
 
それに対するJA連合の戦力は、真・JAと電気騎士エリック、二体で一騎の騎馬モード、エヴァ零号機と参号機、建前上は決闘に出るのは零号機一機だけ、あとはまだ調整に手間取っているレプレツェン・・・・・・これだけだ。
ことここに及んでも、まだ連合所属の他の機体、U・R・UのU・R・U、小型化研究所の人型サイズ、オリビア、帝都財団の大学天測は力を貸すどころか、救助活動その他フォローのための会場入りすらしていないという有様だった。
この状況は危機というものであろう。そして、本当の危機とは、危機にありながら立ち上がる人間が少ない、ということだ。そんな人間しか、そこにはいなかったことが。
確かに、この時点でもう終わりであろう。大事なものが終わってしまっている。
 
絆。
 
ガラスの手錠にもたとえられるそれ。好んで手錠をうたれる人間などいやしない。
出会ったことがすでに罪。
覚えのない罪などしらぬ、と、引きちぎるのは簡単だが、それを再び繋ぐのは。
イヤイヤながらでも、葛城ミサトがエヴァを動かすのはそれを知っているからだ。
多羅尾判内もそう言っていた。
 
 
「あーあ、・・・・・ほんとにマジで他の連中は動かない気かね?」
葛城ミサトが誰ともなく愚痴った。それは愚痴りたくもなる。だいたい、なんで関係ない自分たちが矢面に立って、肝心かなめのてめえらが閉じこもっていやがんだか。
本日のクライシス定食、いっちょう!
こちとら子供たちの同伴で決闘場まできちゃいましたですよ。海風が気持ち悪いですよ。
 
「まあ、逃げ出さないだけましか・・・・・・いや、そっちの方がタチが悪い」
会議でのオレンジ髪の少女の檄にも応えず、血が多少薄い、またはヌルイ連中はなんの動きも見せようとしない。こそこそと無断撤退したり内通でもしているならまだ可愛げもある。そうすれば、こっちも正々堂々と不義理でかえしちゃるというのに。
現実的判断には現実的判断でやり返してやる・・・・・。弱いのならまだしも・・・・
葛城ミサトが頭に来るのは、だんまりを決め込んでいる三体がけっこう強いことだ。
あのオレンジ髪の檄のとおりに、単独で「どうにかできる」と思える実力を備えている。
だからこそ、逃げ出しもしないで、待っているのだ。日和っているわけだ。
こいつらが出てくれば、MJ−301ともそれなりに均衡の勝負が出来るだろう。
こっちがバラバラだから駆け引きもできずにつけ込まれることになるわけだ。
こっちもいいかげん寄り合い所帯だが、向こうだってそうなのだ。確かに、露骨な利益で結ばれている分、ビジネスライクにドライで動きやすいのだろうが。
 
 
「葛城三佐」
レシーバーに式典会場に残してきた人員から連絡が入る。
 
MJ−301が短気起こして武力突入でもやらかして、時田氏をハチの巣にでもしたであろうか。「・・・・はい、・・・・・うん、うん・・・・・・なるほど、了解」
 
 
大したことではなかった。大学天測とオリビアの格納庫が”空”になったらしい。
 
整備員たちも姿をいつの間にか消している。なかなか迅速な逃げ支度だ。式典の途中でいなくなるとは、なかなか素敵じゃないの・・・・・。
 
 
「くそっっ!!」
残してきた人間は本職の諜報員ではない。広いJA連合をカバーしきれなかった。またしても葛城ミサトは情報収集で後手を踏むことになったわけだ。諜報部員を普段から大切にしないからこういうことになるのである。携帯も沈黙しているし。
 
評価を修正だ。まったくコソ泥以下!ぶっ潰す価値もないわ!!あんな連中を仲間に組み入れる時田のおっさんの目のフシ穴か!代わりにチョコの銀紙でも張ってればいい。
 
ただ、U・R・Uはまだ岩間に填り込んだ山椒魚のように残っているそうだが・・・・・
時田氏との関係はどう見ても良好友好とは言い難い・・・・役にはたつまい。
そういえば、山椒魚の化石は頭が大きくて、なで肩の人間の骨のように見えたから”ノアの箱船に乗り損ねた人間の骨”と命名されていたとか・・・雑学好きの加持にそんなことを聞いたことを思い出した。
 
作戦部長どのもまだ甘いかのう・・・・・野散須カンタローが聞けば苦笑しただろうか。
 
 
なんにせよ、集中しなおす。どうせ戦力に期待はできなかったのだ。向こうの戦力が増強されたことだけ考えればよい。どうする?弐号機を呼ぶか・・・・・いや・・・・
 
 
 
「そなたが葛城どのか?」
臨、とした女声が判断思考を両断する。こんな時でなければ聞き惚れたかも知れないが。
 
「ああ?」
まるでヤンキーが中指おっ立てたような声を出してしまう葛城ミサト。
見ると、そこには・・・・真・戦国自衛隊の撮影でも始まってしまたのかと錯覚するような騎馬の女武者が。鎧のデザインが和風だが、エンブレムが電気騎士団のものだ。
 
「英国電気騎士団・武芸指南役、エミハ・磁光・ポンプマン・・・・そなたたちを護衛する」
「はい?」
この会話するのもヤになるほど忙しいのに、一応、聞いたり尋ねたりせにゃならんのか。
つうか、ポンプマンというと、団長の名だけど・・・・・肩書きもそれなりだし。
しかも、「させてくれぬか」ではなく、「する」という一方的決定形。貴女(あんた)嫌われものだろう?
 
「別に、いいです。ダンナさんの応援でもしててくださいよ。こっちゃ忙しいんで」
手をひらひら振って、世が世なら打ち首もののアクションでお断りいれる葛城ミサト。
 
「何名このまわりを囲んでいるか、把握しているか」
気位が高そうだが、エミハ・磁光・ポンプマンは冷静にそんなことを言った。
それだけで葛城ミサトの背筋が冷える。「・・・18人よ」
そんな気配はしないのだが、適当な数字をでっちあげる葛城ミサト。今さっきから殿上人お姫様系の人間には反感を抱くことに決めたのだ。
 
「惜しいが外れだ。正解は20だ。片づけたのが20だからな。記者にまぎれて軍人もここらを巡っている・・・・手ぶらでは帰らぬつもりなのだろう。犬のように残飯でも漁る気でいる」
 
「・・・・あの、もしかして、お斬り捨てあそばしたので?」
 
「丁重に戦域外に案内しただけだ。機材その他を没収してな」
観戦するだけなら、高いチケット代を払って式典会場で見ればいいのだが、直接その目で見たいかデータの収集をしたいか、あわよくば決闘場でなにかを拾っていきたいバカもいるのだろう。新聞ネタになるようなことではないが。葛城ミサトは思考を切り替えて、改めて女騎士というか、武者に向かい合った。ヤンキーだった自分は忘れて。あれは間違い。
 
 
「護衛していただけるのはありがたいですけど。リチャード団長の方はよろしいんですか」
 
「殿は一対一の決闘へ赴かれた。あとは当人のお覚悟だけが全てを決める。他の者ができることは何もない。それよりは、無償で我らの助太刀をしてくださる葛城殿の護衛をしたほうが殿も喜ばれよう」
 
天晴れとしかいいようのないその笑顔になにも、なにひとつ言い返せない葛城ミサト。
こういう心持ちになれたれば、どんなにいいか・・・・・無限のうらやましさを感じる。
 
「信じておられるんですね・・・・・ダンナさんの勝利を」
いやー、こういうのもいいなあ。浮世離れしてて。まてよ?ほんとに現世の人間か?
戦場の高揚感圧迫感が見せる幻覚なのでは?・・・・だが、葛城ミサトの迷い言は一刀両断される。
 
 
「いや、違う。勝利することなく、殿は帰られることはないのだ。信じるはそこにある」
 
 
「ふむ?」とてつもなく不穏なセリフを聞いたような。
「もしかして、リチャード団長は腹にダイナマイトとか巻いてないでしょうね?」
イヤな予感だ。ここに至っては的中率十割を誇っているのだが。
 
 
「騎士の誇りは、巨大な鉄人形をも砕く、ということだ」
 
 
「なんじゃそりゃあ!!偉そうにいうことじゃないでしょうが。そんなことしなくたって馬の足役の真・JAがなんとかすんでしょう?」
やばい、この連中・・・・・葛城ミサトは電気騎士団長が何を考えているのか、この短い会話から感じ取った。なにか決定的な落差というか、食い違いが、連合内部の最も近しい仲である、馬の足と乗り手の間にすらあるのを。奥方様の声には真・JAへの信頼や信用が感じられない。口先だけの儀礼的なものはあるが、肉迫する熱く生々しいものがない。
 
 
距離感。
 
 
予想していたそれをこんなせっぱ詰まった状況下で、もう始まろうというタイミングで理解してしまった、外様の苦痛。たぶん、こいつらは・・・・
 
「まさか、操作役のリチャード団長が相手ロボットに近接してどうにかする、なんてバカなことを考えているんじゃないんでしょうね!?これはロボットのケンカなんですよ?」
くそ、もしそうなのだとしたら・・・・・操作者が対人兵器で狙われまくるのは常道で、誰でも考えつく・・・・それを逆手にとろうというなら・・・・巨大ロボット同士のぶつかり合いに人間の身体で割り込む・・・危険、いや賭けというのも愚か、パンツァーファウストで英国戦車を喰っていた独逸兵じゃないっての!精強ならぬ聖狂か。
 
 
「真・JAは時田殿の、連合の大切な旗機・・・・それを地に伏せたばかりではなく・・・・、傷をつけることは許されぬ」
 
ちっきしょう・・・・・・葛城ミサトはエミハ・磁光を放っておいて、決闘場の全域を頭に思い浮かべて距離の再計算に入る。電気騎士を視認しながら操るポンプマンの距離はそうなると、敵の間近となる・・・・・と、なると対人兵器を頭から浴びる格好になる彼を守護するATフィールドは敵のスレスレ・・・・・戦闘に介入、一気に乱戦になる可能性になる。MJ−301はここぞとばかりにその点をつけこんでくるだろう。
 
ある程度距離をとった操作者を守ることと、敵に接触した操作者を守護するのは違う。
 
「冗談じゃないわよ!あたしたちはあんたのダンナを守ってやろうと思ってたのに!!」
怒鳴りあげてにらみつける葛城ミサト。だが、英国電気騎士団の武芸指南役は揺るがない。
 
「それは、余計なお世話だ」
確かにその通りではある。騎士が守られてはそれこそいい笑い話だ。
「ボロ雑巾みたいに機関銃で穴だらけにされて死んでも、事故で片づけられるわよ」
「もしくは、非拡散式のゾル状毒ガスでのたうち回って死ぬかも知れぬ。だが、いいのだ」
 
「なにがいいってのよ!!このアマふざけんなっっ!!」
葛城ミサトの本気の怒号は、そこら中のJA連合陣地に響き渡った。指揮官のやることではない。高校のバスケットボールの試合ではないのだ。熱くなれば判断を誤るだけ。
スタッフはもちろん、ここまでついてきた綾波者たちや<炎名>のグリップを起こしているコーンフェイドらも目を丸くする。
 
もう間に合わない。電気騎士エリック、真・JAの騎馬モードコンビは決闘場の中央に進んでしまっている。SUPERロボはまだ陣地で胸をはりながらふんぞり返っているが。
モニターで確認すると、サイボーグ馬に乗ったリチャード・ポンプマンはエリックの後方ではなく、離れた横にいる。SUPERロボがリング中央に進み出てエリックと向かい合えば、細長い二等辺三角形ができあがる。世界一度胸のあるスタントマンでもそこで足が竦んで一歩も動けなくなるだろう。巨人同士の対峙というのはそれくらい迫力がある。
そこから敵に向かって駆ける・・・・・・ロープなしバンジーと変わりない。
 
 
「人はいずれ死ぬ。葛城殿も、この世で唯一人の男を見出せば、分かるであろう」
葛城ミサトは最後までエミハ・磁光・ポンプマンを揺るがすことも出来なかった。
彼女の方が正しいからだろうか。
 
「人の身で機械の巨人を倒そうとする男の勇姿。目にとどめる幸福のため」
この女・・・・ロボットなんじゃあるまいか。もしくは雛人形と武者人形が結婚してできた魂の入った生き人形とか。
ロボット三原則の第一条に「ロボットは人間に危害を加えてはならない、また人間が危害を受けるのを見過ごしてはならない」とあるってのに、これではロボット以下じゃないの
・・・ロボットでも守れることが人間には守れない・・・・
雑多であったり迷ったりすることが、そんなことが人間の証明というわけでもあるまいが。
 
「そなたらの気持ちは嬉しく思う。返礼には少なすぎるだろうが、護るに値する者たちだ」
生き人形にしては美しすぎる笑顔を向けてエミハ・磁光・ポンプマンは踵をかえした。
 
「念のためにもう一巡、してこよう。それまでには決着がついているだろう」
その背は凛と伸びきっており、葛城ミサトの意見に曲げられる箇所など微塵もない。
またまた悪い予感がする。魔女の預言者になった気分だ。髪の色が白銀に染まりそう。
 
「もしや。”決着がついた”後に、電気騎士団は連中の旗艦に切り込むつもりなんじゃ、ないでしょうねえ」
 
「案ずるな。私は団員には嫌われておるからな。殿亡きあと従う者はおるまい。副団長のアーミッドを昇格させて英国に帰るだろう・・・・では、葛城どの。人の情けあらば、くれぐれも決闘に余計な助力をしてくださるな」
エミハ・磁光は行ってしまった。口でも腕でも敵わない。考え方が違いすぎる。
桜の花が散ろうとするのを誰がとめられるだろうか。
 
何より、葛城ミサトは傲慢である。そんなことに気を回す余裕があるなら、自分の部下、零号機・綾波レイの様子をきちんと見ているべきだった。
 
 
「く・・・・・・」
こうなった以上、真・JAに任せるしかない。綾波李白が仄めかしたとおりの力があるというのなら。引っ込みがつかなくなった騎士の野蛮な行いを止めさせることが出来るだろう。まるでゲリラじゃないか。だが、戦いでことを決めようと云いだした張本人は責任をとるべきなのかも知れない。
剣林弾雨の中、雷火を浴びて果たさねばならないものがあるなら。
余計な手出しをすべきではないのか。確かに、こちとら電気騎士団とはなんの義理も恩もない。今からでも副団長のトム・アーミッドに言ってやるべきか?いや・・・・・
 
 
「なかなかおとろしい奥方だったなあ・・・・・で、どうするよ葛城の姉貴」
参号機まであの怒声は届いたらしい。飴のような笑いを舌先で転がしたように明暗が問う。
先ほどの不様を嘲笑しているようでもある。
 
 
「どうもこうもないわよ・・・・」雑兵のようにぶすっと葛城ミサトが答える。
「こうなったら・・・・・」とはいえ、かつてない論理で切り裂かれたので復活には時間がかかる。あれを認めてしまう自分が去らない。
 
 
「こうなったら?」
それを百も承知で追いつめる明暗。ここで納得するようならば、そこまでだ。
ヨッドメロンも何もかも放って離脱するべきだ。迷い時が退き時だ。
 
 
「うー・・む」
決闘は一方の勝ち負け以外にも、両方負けの相討ち、という決着のつけ方がある。
それを狙うのが一番被害の少ない正解のやり方なのかもしれない・・・・
バクチでそれを己の体を張って当てようというなら、文句をつける筋合いはない。
この普通の人間は想像もしない空をも飛ぶ羅刹めいた奇襲は、へたをすると上手くいくかもしれないし・・・
 
つくづく、葛城ミサトは戦闘の女神ではなかった。これでは威勢がいいだけの金切り虫である。
 
 
「エヴァがロボットを守ります。・・・・・ロボットが、人を守るなら」
その迷いを祓ったのは、綾波レイの一言だった。
あまり感情も含みもはいっていない、いつものように淡々としているが、それで十分。
十分である。
 
 
「おし。明暗、命令」
 
「何だい」大口をあけて待ってのみこもうと明暗。
 
 
「エヴァ零号機はロボットどもを守ります。で、それに関してグタグタゴチャゴチャぬかす連中をシメなさい。ことごとく」
 
 
「ことごとく?というか、尽くかあ?・・・・くくくくく・・・かかかかか!!」
同じことを聞き返したあとは、耐え切れぬように腹をかかえて笑い出す明暗。
 
「あに笑ってんの。文句あるっての?」
 
 
「けけけけけ!・・・・・まさか。あるわけないだろう。まさに、”そんな”命令を受けるためにオレがいるんだろうが!・・にしても、あははははは・・・・葛城の姉貴あんた最高!・・・ことごとく、だってよ、あんだそりゃ!かはははははは」
やばい毒キノコを呑み込んだように参号機のなかで笑い転げる明暗。
 
 
「・・・・・」さきほどと逆に心配げに参号機を見る綾波レイ。
 
 
「笑うなバカ。・・・くそ、・・・宇宙と書いて”そら”と呼んだら年齢がばれた。笑え」
逆療法で”今週の最新ヒット小咄”を披露して明暗のバカ笑いを鎮めようとする葛城ミサト。なんせ日向マコトから聞いた話なので効果は絶大だった。ぴたり、と止んだ。
 
 
「奇襲暗殺機体である参号機にそんなセンスのねえ命令下すのはあんたくらいだろうなあ・・・あー、わかった分かりました。参号機はゴチャゴチャぬかす連中をシメます・・・・うくく」
まだ余韻があるらしい。こんな殺伐とした命令でこれほど楽しげに笑えるものだ・・・・綾波レイは呆れを通り越していっそ感心する。
 
決闘などムチャクチャにしてやっても騎士を救う、乱戦上等。葛城ミサトの決断はこれだ。
ヨッドメロンを治療するのも、巨大木馬にあげられたあとで梯子を外された騎士を救うのも大した違いはない。もともと外部の人間がJA連合の面子に配慮しすぎることはない。
どうせJTフィールドが欲しいわけでもない。ロボットが破壊されるのも見たいわけでもない。できれば早く、第三新東京市に戻りたい・・・・・ただ、それだけ。
 
 
ATフィールドをどれくらいの距離範囲まで発現できるか・・・・・
ロボットの遥か後方で動き回るというなら、まともに壁をつくればいいわけでやりやすいのだが、これが接敵する気でいるというならまた話は違ってくる。
渚カヲルが得意としたフィールドを巨大手裏剣のように飛行させる・・・・・あれなら
だが、攻撃ならともかく守護に使うには、保持の面でかなり難しいイメージだ。
練習する間もないぶっつけ本番になるわけであるし。伸縮する紐のようなイメージ・・・追尾する影のようなフィールドの形成イメージ・・・・・むつかしい
 
一番いいのは・・・・・JTフィールドを使わせて、ATフィールドを反転、自分に使用させることだ。これが一番楽ちんで確実で、まあ、勝利間違いなしの方法だ。
電気騎士が納得しさえすれば、事前の会議でそのような打ち合わせもできただろう。
 
人を救うというのはなかなか困難なのだ。
だが、エヴァはロボットをも救う。人を救えないはずがない。
 
「んー・・・・・こりゃア・・どうだかな・・・・・あのなあ、葛城の姉貴」
笑いをおさめて本気の参号機戦闘準備に入った明暗が迷ったような声を出したので、不思議に思う葛城ミサト。「どしたの?まだ笑える?」
 
「いや、気を取り直して、目の曇りを晴らして見てみると、連中の数がな・・・多いような気がしていけねえんだ」
正式な黒羅羅明暗の洗眼方法というやつは小冊子になるくらいの何十種類の水や目薬を用いる戦化粧の儀式めいたものだが、ここはもちろん文字通りの意味である。
 
「・・・・・明暗、あんたが言うってことはそりゃ、勘定が合わない、って意味ね」
いまさらビビって敵の数に不平を言ってもしょうがないし、そんなタマでもなかろう。
 
「ああ。海の二体、先攻者、あやかし、仏露伯剌西爾の三体、決闘出場の三体・・・
8体だよな。だが、オレには”多い”ような”気がする”んだ・・・・」
 
「・・・まだ隠し玉があるってこと?その可能性もあるだろうけど、極秘の仏露伯剌西爾の三体が表にでてる政治バランスを考慮すると、ここまでくればそれは単なる出遅れにしかならないだろうしねえ。目の前にある機体より強いってことはちょっと考えにくいかな・・・・どちらかといえばパイ分けに与れなかったおあづけ君って感じじゃないの」
 
「どう言えば伝わるかね・・・・確かに目では8を数えてんだが、頭のなかでは9、が出ちまうんだよ。隠し玉っていうのともまた違う・・・・・あやふやな話で悪いんだが、どうもこりゃ、危険信号だ」
 
黒羅羅明暗は隠し玉だの伏兵だのを恐れるタマでもないし、その匂いがしたのならそう言うだろう。だが、葛城ミサトはこのところ的中率の高い悪い予感を閃かせた。
「まさか・・・・・・連中の旗艦そのものが”最終ラスボスロボ”・・・・ってんじゃあないでしょうねえ。どっかの彗星帝国みたく・・・・・さすがに鋭いわね、明暗」
 
「い、いや・・・・・そういうのともまた違うんだがな・・・・」
とはいえ、説明が出来ないのでそれ以上は言わぬ明暗。あくまでカンだ。そして、それは葛城ミサトのカンピューターに余計な仕事をさせてしまったようだ。それを感じるのが己だけなら、また対応できるのも己だけ。敵戦力の四則計算数字を書き換えるのはコンピューターの仕事だが、戦場の戦力範囲図を線引き塗り替えるのは、カン、感性の仕事である。
MJ−301の戦力範囲を頭のなかで変更する明暗であった。
まあ、確かにあの移動基地だか要塞だかわからん連中の旗艦に手足が生えて”我もロボット”と言い張ってきたら、かなり面倒なことになりそうだが・・・葛城ミサトの予想もまるきり無駄というわけではない・・・・
 
 
葛城ミサトと明暗がそんな話している、わずかな隙に「その事故」は起こった。
 
 
「すまんな、お嬢ちゃん。これで最後だ、グリップを握ってくれ」
暗黒街を生き抜いてきた武器商人の抜け目のなさで葛城ミサトの注意が僅かに離れたのを見計らいC・H・コーンフェイドは零号機に<炎名>搭載のトレーラーで一気に駆け寄ると、綾波レイに勝手に命令した。子供だから舐めているというよりは鉄砲のための度胸のゆえといったほうがよいか。威圧されて動くような単純な子供ではないのは分かっている。
兵器や暗殺者として育てられた種類の子供というのも数多く見てきている。
こんな巨人に乗って動かすのだ。タダ者であるはずがない。目も相当に利くはずだ。
だが、それゆえに、この<炎名>を無視できまい。
強い力と優れた力は共鳴し合う。<炎名>・・・・・正確には、それに装填した<魔弾>が少なからぬ興味を、青い巨人を動かす少女に抱いている。コーンフェイドにはそれが分かる。現在のところ、このサイズの<魔弾>を撃てる銃は<炎名>しかないのだから同じことだが。ここにやってきたのはあくまで採寸のためだが、実際にラングレーの血筋ではないにも関わらず、子供でありながら<魔弾>に魅入られる資質の持ち主を見てみると、彼女用の新式銃の製作意欲が湧いてくるC・H・コーンフェイドであった。
<炎名>はどうせラングレーにしか使いこなせない、あれはそういう銃の領域を超えた銃・・・・あらゆるものに、銃としての意志と意識を与えるもの。ラングレーが決闘の相手を銃に変えて、心臓を口から撃ち出させたのを見たことがあるし、50階高層ビルを銃に変えて26階のあるフロアだけを発射させたことを見たことがある。そして、 たまに自分で自分を、または妻を撃って遊んでいたこともあった。
これだけでも厄介極まるのに、<炎名>はその妻、惣流キョウコの御守護銃でもあったので史上最強伝説の火炎放射器としての機能もあった。ものには全て<口にするだけで炎に包まれ燃えてしまう名>、<炎名>というものがあり、惣流キョウコが嫁入りの時に持ってきた<それ>が浮かび上がる魔鏡をいったん溶かして銃に組み込んだ時点で運命は決まったのかも知れない。いったんはコースティック・ブリムストーン、地獄の業火に消えた銃ではあるが、ラングレーが呼び、こうして蘇った。この銃の<炎名>を唱え、最後の灼きを入れたときに、銃は燃えることのない名前を与えられ完成する。
ともあれ、ラングレーの手に渡るまでは、この銃は単なる<魔弾>が装填可能な銃であるにすぎない。蛹のようなものだ。蛹に触れさせても、<炎名>の精度向上にさして参考になるべきことはない。<炎名>に触れることは、弐号機の利益になるでもなく、ただ単にコーンフェイドの趣味を満足させるだけで世界平和の役に立つことは何一つなかった。
 
 
綾波レイにそれが見抜けなかったわけではない。
この場を預かる指揮官の葛城ミサトからの指示もない。
ネルフの人間でさえない、飛び込み暴発系の武器商人の命令など聞くいわれはない。
冷静に考えれば、誰だって分かることだ。
 
 
だけど、あの声・・・・・・あの、空耳。
 
 
それが判断を誤らせた。
ふれるな、といったあの声が、碇シンジのものに聞こえたからこそ。
第三新東京市で、なにかあったのか。ムシンジの知らせ、というものなのか。
死者の魂が、危険を知らせてくれる、という愚にもつかない考えが目の裏にちらついた。
炎に焼かれた蝶のように、ふらふらと、ここまでたどりついたような、あの声の儚さ
使徒となった友人に招かれて、空へ軌跡を登る途中の、ふいの寄り道で伝える注意
第三新東京市、あの都市から使徒撃滅の神事をなす幼な神主がいなくなる・・・・・
 
 
<魔弾>・・・・・現代現在現実に存在する必殺必中の魔性の弾丸。
魔性、というのは人を騙すのが仕事であり必須技能であり、つまり得意である。
人間がどう言うときに銃を、魔弾を撃ちたくなるか、よく、よおく知っていた。
世界で初めて射殺の殺意を向けられて、それが自分の肉体を貫通した、人間であったがゆえに。いったん、手にすれば決して逃れられない・・・・射手も、標的も、同じなのだ。
彼女を浸してゆく超高速の毒。魔弾製作師の手を借りて、それを産み出す。
 
 
「ハヤク カエラナイト トラレテシマウゾヨ」
 
 
綾波レイの脳を貫く蒼い死のイメージをまとわりつかせた言霊の弾丸。純粋の魔性。
小さな子供が初めて「死の商人」と聞いて思い浮かべる死悪冷血のイメージをそのまま形にすればこんな声になるだろうか。確かに<魔弾>を商うにふさわしい人でなしの声。
 
”誰?”
こちらも声に出して返答すればまた不審に思われる。言霊の弾丸が放たれた方位を逆探知して心の声をそちらに送り返す綾波レイ。これは人間の出せる声ではない。限りなく怨霊や死霊に近い。強かな生命力に溢れたあの技術者ではない。それにこんな、人の内心を見透かしたことが言えるわけがない・・・・。
 
 
「イマスグニデモ カエリタイケレド カエレナイ。アワレゾヨ」
 
 
言霊の弾丸は今度は頭頂から。声の発生源が掴めない。いや、これはエヴァの中に響く、己の声、幻聴なのか・・・・・それとも、精神兵器・・・・ヨッドメロンの特殊能力とはこれのことかもしれない・・・・エントリープラグの中で身を固くする綾波レイ。
 
「どうした。早くしろ。気づかれてしまうぞ」
偉そうに命令するコーンフェイド。だが、さすがに葛城ミサトに見つかりたくないらしい。
魔性は葛城ミサトを恐れたりしないであろうから、違うのだろう。他の・・・・どこから
気がついた。
 
 
<魔弾>
 
 
<魔弾>そのものが語りかけてきている・・・・・
赤い瞳に霊力をこめて見つめると、そこにぼうっと異形の人の姿が浮かびあがる。
 
「・・・・・・」
 
見なければ、見えなければよかった。世界で初めての女性射殺死体がそこにいた。
黒色火薬色のドレスに、古今東西ありとあらゆる火器を縮小封印した玩具でコレクターのように飾り立て、黒皮の肘手袋が握っているのは首輪の鎖、痩せこけて半裸の子供を犬のように従えて、・・・・子供はひっきりなしに弾丸をしゃぶっている・・・・
女性の顔には大きな孔(あな)が空いている。頬には弾痕で構成された呪いの文句。
悪夢を直視した綾波レイは気分が悪くなり、もうすこしでもどしそうになった。
系統は異なるが、ユダロンシュロスの人外家族なみのパワーを感じる・・・・・
世界の舞台裏でずっと軌道装置を回してきた者だけがもつ、隔絶の雰囲気。
少々、邪悪であろうが非道であろうが、世界の構成要素の人柱を長く務めてすぎてしまい、倒すことができない、許されない類の魔性。人類が宇宙に住もうがどうしようが、つき合っていかねばならん種類の魔性。かんたんにいうと、歴史的怪物だ。どうしようもない。
関わらないことが、一番である。たとえエヴァの力でも対抗できないものはある。
 
 
話かけられても、無視するに限る。話相手になってしまったら最後だ。
綾波レイには明暗が危惧したとおりに、怪異にも冷静に対処する精神力がある。
挑発にほいほいのるほど、バカではなかった。
この魔弾と魔銃がそばにあるからいけないのだ。離れてしまえば、触れさえせねばなんということはない。それには、葛城ミサトに知らせるだけで、それだけで済む。今度は完全に撤去させられるだろう。参号機をけしかけるかもしれない。それで、済むはず。
 
 
だが。
<魔弾>は、これまで、これぞ、と見込んだ人間には必ず己を使わせてきた。
そして、その者の愛する人間の命をかならず召し上げてきた。自分しか愛しとらん、という寂しい奴は、そいつ自身の命を奪ってきた。成功率100%。綾波レイでしくじる理由が何一つなかった。
 
 
「ハヤク カエラネバ オマエノ イバショハ ナクナルゾヨ」
 
 
「・・・・・・」
どういうことをいえば人間が揺るぐのか、魔弾は知り尽くしている。なんせ百年ほど前に「人間これを言うと揺るぐ!キメセリフ666」を執筆したくらいだ。現代もこれは黒いセールスマンの業界ではバイブルとされている。それから、その魔性の力をもってビジュアル的にも説得できるのが何より強かった。
 
 
「証拠ヲ ミセテ ヤロウゾヨ」
 
 
くすぐりセリフを連発しとるひまはないし、契約はスパッと決めるのがコツ。
戦闘が始まれば説得する時間がだいたいなくなる。押し押しである。
この娘、年の割には欲得関連の隙らしい隙もないのだが、人間であり限りなにかしら弱点はあるものだ。硝子の手錠で制約される人の弱さよ。綾波レイが誘いの重力を振り切り、
葛城ミサトを呼ぶのはわずかに遅かった。一つだけならまだしも、ふたつも心配ごとがあると、人の心の耐久力はがた落ちになる。惣流アスカか、渚カヲルか、その迷いが隙をつくった。誰も好んで隙を作る人間はいないのだが。
 
魔弾は、第三新東京市・・・・・こっちでは厄介面倒極まることになっているというのに、てめえらはデートなんかしている碇シンジと惣流アスカラングレーの様子が、綾波レイの心に強制送信される。神様が公平な方ならば、天罰のためにむこうでは大雨どしゃぶり雷なりまくりでどこにもいけないような天気になっているはずだが。
 
 
どくん、どくん、どくん・・・・・・・
 
浮気調査の結果を聞きに探偵事務所の応接室で待っているような、あのあのあのの奥様のような心境になる綾波レイ。術中にはまりまくっている。・・・・・・ダウンロード完了。
 
 
 
うどん屋でうどんを食べる碇シンジと惣流アスカラングレー
 
 
・・・・のヴィジョン。効力*全ての敵キャラ味方キャラの行動停止・ターン終了。
トレーディングカードではないのでそんな説明はなかったが、力が抜ける綾波レイ。
それはお昼になればうどんくらい食べるだろう。なんで二人でうどん食べたからってハヤク帰らないといけないのか。葛城ミサトに連絡・・・・・
 
 
「マチガエタ コチラダッタゾヨ」
 
 
一瞬、ほんわかなネタで相手のガードを下げさせて、改めて強烈な一撃で横っ面を張る。
これぞ、セールスの極意なり。翻弄される、初心者綾波レイ。
 
 
 
超高級宝石店・川内七十年代にはいる碇シンジと惣流アスカラングレーのシーン。
 
 
「・・・・・」
これぞマブネタというやつである。その店の存在は碇ゲンドウから聞いたことがある。
それだけに衝撃が強い。内臓にまでズシン、ときた。「う・・・・・・・・」
店主と碇シンジの会話など、聞いているだけで涙が滲んできた。
 
ユイおかあさん・・・・
 
ヘタにキスシーンなんぞ(しとらんけど。最近の魔性技術によるSFX合成はむろん可能)を見せつけられるよりは百倍も千倍も効果がある。
 
 
「結闇(ゆうやみ)」・・・・・おそらくは、ユイおかさんの形見になる、それ。
 
 
それが、惣流アスカの手に、指に、はめられることになる・・・・・将来
それを考えると・・・・・・胸が、締めつけられる。心臓が、壊れそうになる。
その光景を、もし、目の当たりにしてしまったら、自分の口がひらいて、どんな言葉が飛び出すのか・・・・・想像するのがこわい。
 
 
「ドウゾヨ ハヤク カエラネバ マズイゾヨ」
「カエルニハ 決闘ヲ オワラセル チカラガイルゾヨ」
「ソレコソ <魔弾> ・・・・・妾ヲ 手二 帰途ヲ邪魔スル者ドモスベテ
ウチツラヌクゾヨ」
「クダラヌ戦イガ ハヤクオワレバ ソレダケ コワレルロボットモ ヘルゾヨ」
「タッタ一発ヲ 撃ツ勇気デ スベテガ ヨイホウコウニ カタムクゾヨ」
 
 
そこを狙うマシンガンセールストーク。個人的事情からだんだんとレベルアップしてこれが全体の大義であるかのように持ち上げていく説得力。勇者と意志をもつ伝説の魔剣とのやり取りにも似ているが、そこには共に歩く者への成長を願う気持ちなど欠片もない。
魔弾は魔弾であり、これからも魔弾でしかないものであるから。これを従えるにはラングレーのような銃と弾との相互依存関係を築いてその内で力で傾けていくしかあるまい。
 
 
綾波レイ、零号機の手が動き、指先が、<炎名>のグリップにのびる・・・・・
赤い瞳は半催眠状態になっている。見ているだけで撃ちたくなってくる・・・・
 
 
葛城ミサトも、明暗も気づくのが遅れた。スタッフが排除しようにも、ファンたム社トレーラーには銃器という分かり易い実行力があり、コーンフェイドは暴発系オヤジだが、ぬけぬけと連合内部までやってこれるほど腕が立つ。この絶好貴重機会を邪魔する者は本気で手足くらいは撃ち抜いていただろう。自分たちの後継者が外国の武器商人風情に触れられたり命令されることに腹が立つ綾波者たちも、さすがに場所柄をわきまえていたし、いかんせん肝心の戦闘力であるガードがチンとピラでは実力的にどうしようもなかった。
 
かくして決闘を前にして、最悪の不祥事が起こる。
事故というのは、いつもアッという間に起きてすんでしまう。
あとに残る惨状だけがそれを教えられるほどに、短い、刹那の時間に。
だから、それをギリギリで食い止めることは非常に困難・・・・奇跡に近い。
 
 
<炎名>射撃を望んでいたコーンフェイドでさえ、この結果は思いもよらない。
事故というのは。だから、恐ろしい。こんな結果は誰も欲していなかったのに。
<魔弾>が<魔弾>である、由縁。
 
 
零号機の指が触れると同時に、<炎名>は意志をもった毒蛇のように零号機の手に絡みつき、胴と尻尾で締めつけ肘を固定させると適正な位置に指をトリガーに収めさせると、不可視のキバを突き立てて殺意の毒をたっぷりと射手の脳に注ぎ込む。
<標的>の確認。射手が撃ち貫きたい者は何か?・・・・魂の契約による安全装置解除。
<魔弾>は必ず、それを撃つ。ただ、目的は射殺体に変えるべく。増やすべく。
命中率を百の座から落とさぬために。シンプルな目標のために機構がフル稼働する。
まだ”最後の焼き”を与えられぬ、重たい殻を被せたままの未完成形であるが、射撃機能に問題はない。<炎名>は身体をうねり震わせ、零号機の身体を操る。
”敵”への正対線へ。必中の道へ両足を配置。あとは・・・・狙いを定めて・・・
 
 
決闘場の中央・・・・・・・電気騎士エリックと真・JAの騎馬モード・・・・・
 
そこから横移動・・・・・零号機の目がそこで停止する。
 
サイボーグ馬に跨った、電気騎士団団長、リチャード・ポンプマン・・・・人間だ。
 
エヴァ独特の長い手が、<炎名>をぶら下げている。あまりに自然体で、違和感を感じるのに葛城ミサトでも一秒かかった。
 
 
黒い疾風、参号機が駆ける!「なにしてやがるっっっ!!」叫びが自分の機体を追う。
黒白の双方向ATフィールド、「黒妖壁」「白蝋壁」を全力高速展開して身体を覆う。
韋駄天俊足の風圧とフィールド衝撃波で周囲が荒らされまくるが、構っておれぬ。
 
 
零号機の手がゆらり、と持ち上げた<炎名>の照準を合わせる。
 
 
空砲では断じてない。明暗の耳には銃が魔弾を撃ち出す歓喜のオペラさえ聞こえる。
殺気が込められた武器とそうでないものは一目見れば分かる。
あんなもんを決闘場のど真ん中に撃ち込めば・・・・・全面戦争になる。
必要とあれば参号機一体でロボットどもを全てスクラップにしてやることもできる。
だが、終わった後の処理はどうなるのか?というか、そんな真似してお前さん、シンジたちに顔向けできるのか?・・・・・・零号機の立ち居は、あれは尋常でない、すっかり惑い潰されている。・・・・・・・あの暴発オヤジ、あとで必ず天誅食らわしてやる。
 
 
月光を呑み込む黒雲のように零号機、綾波レイの前に立ち塞がった参号機の黒羅羅明暗。
 
「撃っちゃだめだ!!!」
「碇君!?」
碇シンジの声を聞いた。魔法を弾きかえしたように赤い瞳が覚醒した。
だが、神経はすでに零号機の指先を動かして引き金を。
 
 
<炎名>が轟音を発した。狙った敵には必ず命中する<魔弾>が撃ち出される!!。
 
 
<黒妖壁>と<白蝋壁>との双方向二枚重ねでそれを防ごうとする参号機。
同時に右足を蹴り出して、<炎名>を零号機の手から跳ね飛ばす。
 
 
片方だけ巧くいった。蹴られた<炎名>は廃ビル群のところまで吹き飛んだ。が。
<魔弾>はなんと二枚重ねのATフィールドをものともせずに、貫通すると参号機の防いだ左腕装甲を砕き潜り込み、さらに命を奪うべく急所めがけて腕肉の中を猛進する!
 
 
人は声もだせずに見ていることしかできない。これは刹那のできごとだから。
 
 
「・・・・肉を潜らせ、弾捨てる・・・ってなああ!!」
フィールドが破られることも予想していたらしい、明暗は参号機の左腕をゴムのように伸ばしてわずかな時間を稼ぐと、手動で左腕を肩付け根から爆砕切断してしまう。
伸ばされた腕の中をズムズムズムと食い荒らすようにして<魔弾>が進む。肩口の切断面から結局のところは出てきたが、それで一応気が済んだのか、追跡機能がリセットされたのか、<魔弾>は高速で空に消えた。初速も何も関係ない推進力の凄まじさ。
 
人にできるのは、その軌跡を沈黙をもって見上げるだけ・・・・・
 
「レイ!明暗!!」
空からの呪縛が解き、駆け出す葛城ミサト。現場は一気に混乱騒然となった。
どうしてこんなことに・・・・唇を噛みしめて考える余裕もなく、状況を収拾するために矢継ぎ早やに指示を飛ばしていく。まだ決闘が始まっていないというのに陣の機能麻痺。
これ以上の恥はない。だが、エヴァが同じエヴァの腕を撃ち飛ばした・・・・・・
その事実の衝撃に比べれば何ほどの事でもない。
これは、傲慢の罰があたったのだろうか・・・・
 
 
 
 
 
だが、あまり悠長に考えている時間はない。とうとうSUPERロボが動き始めた。ゆるゆると陣地から進み出て決闘場中央に。
 
 
いよいよ決闘開始・・・・・か。皆、息を呑んだ。どういった結末になるのか、どれほどの破壊行為が行われるのか。人類の英知の結晶たる、巨人の力の激突がこれから・・・・
始まる。
 
 
 
PiーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーM
 
 
 
と、いうところでいきなりSUPERロボから何十条もの青いレーザーが放たれた。
ただし、標的はエリックではなく、空中のあちこち、廃ビルなど。その出鱈目な狙いは作動ミスか?それとも単なる挨拶か?と見る者が不審に思った直後、レーザーの貫通した箇所から次々に爆発が。
 
 
 
「高価なチケット代も払わずに覗き見をしようという輩を排除しただけですよ。
元来はJA連合の仕事ですが、サービスとして我々が代行させてもらいましたよ」
式典会場でUBダイアモンドが時田氏にイヤミたらしく説明した。
 
式典の余興という体裁ではあるが、ロボットたちは軍事機密の塊のようなもので、おいそれと見せられる代物ではない。恥じも外聞もないMJー301は構わないが、スポンサーや協力組織の方々が困るのである。何よりSUPERロボも後々自分が困るのでやったのだろう。クラーク・ケンタッキー博士が開発したわりにはマスコミに厳しい。
さきほど、エミハ・磁光・ポンプマンが言ったとおりにこの一大イベントは各裏業界の耳目をひいており、さまざまな人種が決闘場周辺に入り込んでいた。その最有力がC・H・コーンフェイドのようなファンたむ社である。クトゥルーフからは偵察衛星からの目もブラックアウトする妨害チャフまでまかれており、確かにそういった機密保持の点ではJA連合はそれどころではないのもあるが、MJ−301には及びもつかない。
 
「別にくやしくなんかないぞ。私たちは何も天に恥じることはやっていないのだから」
バトルモードに移行している、時田氏は平然としているが。
ドン・ガバチョなみの面の厚さである。鼻じろむUBダイアモンド。今スグこの指であの面を引き裂いてやりたいが、まだ我慢だ。絶望に満ちた顔を裂いた方が面白かろう・・・
 
「まあ、宇宙人の技術を転用したというあなたたちは秘密てんこもりで人目にさらされるのは心配でしょうがないのでしょうなあ。あなたなんか宇宙特許許可局から指名手配されていそうですしねえ。でもまあ、もちろん代金はお支払いしますよ。
税金混みで8ペリー・ローダンくらいですかな、なはは」
くそ・・・・なんだこの男は・・・・・手のひらを返したようなこの好戦的な態度は。
主導権をすっかり握り返した時田氏は元気いっぱいに会場を沸かしている。
空気というのは不思議なもので、護衛の兵器人間も居心地悪げにそわそわし始める。
 
 
だが、ご自慢のポンコツが二体、SUPERロボのナショナルパトリオットクリプトンボンバーで粉砕されてもそんな口が利けるかどうか・・・・楽しみだよ
邪悪そのものの角度で唇を歪めるUBダイアモンド。面倒なネズミ掃除も終わった。
 
 
ヘタにマスコミなんぞに取材させてこの悪行を世界に暴露されるのが最も困る。MJ−301自体は困らないが、協力組織の方々が困るのだという。
この決闘が終わればどうせ連合の施設を全て接収してやるので、現地情報さえ封じ込めばいくらでも情報操作は出来る。多少目障りなネルフもヨッドメロンがなんとかする。
SUPERロボがなかなか動かなかったのも、じらしていたわけではなく、ネズミ掃除をやっていたためであった。そして、先ほどのレーザー一斉射で全て片づいた。
 
 
 
これで、心おきなく、狂人科学者トキタの組織に従うオンボロ騎士ロボを叩きのめせる。
 
 
素直にJTフィールドを公開販売すればいいものを、選択販売などというふざけたまねをするから痛い目をみるのだ。こういう狂人が便利兵器を管理するのは間違っている。
クトゥルーフ内でSUPERロボをコントロールする、とある大国軍隊のスーパーエリートたちはそう考えている。自分たちは(多少強引ではあるが)正義であると。
もちろん、正義のロボット、SUPERロボは無敵だと信じて疑わなかった。
 
 
だって、正義は勝つのだから。
 
 
航法担当のキムドール・ケムスンはひとりごちる。
二対一でも文句はないどころか、エヴァンゲリオンだのほかの連中もまとめて相手にしてもよかったし、そちらの方が時間の節約にはなるけれど楽しみが減ってしまう。
今回の戦闘はビデオに撮っておくように部隊の仲間から言われている。
スーパーエリートであるから、エリックが真・JAの背に乗って現れても口笛吹いて終わり、一向に驚かないし、すぐさま有効な戦闘パターンを弾き出してロボにインプットした。
あとはアイスクリームでも食べながらモニターを見ていれば今日の仕事は終わり。
 
 
モニターに映るは哀れな電気騎士エリック。時代遅れとしか言いようがない。
オズの魔法使いのブリキの人形とカカシを混ぜたような、子供むけのその姿。
背に乗るのはライオンの代わりに、不細工なトレゴンシーときている。
 
スーパーエリートの目には離れて現地で馬に乗る人の姿など映らない。
 
 
ランスには上級騎士のつもりか、バナー(台形旗)などつけている。下級騎士のペノン(三角旗)で十分だろうにさ・・・・・。 背には改修してつけ加えたらしいポーランド騎士(コムラーデ)のような羽根飾り「ウィングフッサー」が。
スーパーエリートだけあって知識が豊富である。ちなみに、こんな話も知っている。
 
1415年のこと。フランス軍とイギリス軍とのアザンクールの戦い。
立派な甲冑を紋章や軍旗でかざりたて、鋼と金で奇妙に姿を変えた騎馬に乗る威風堂々たるフランス騎士たちは軽装のイギリス軍を迎え撃とうとした。フランス軍はまさに金属が形作る光り輝く海、ならず者に釘が生えたようなイギリスとでは装備の面では比べものにならない・・・・勝敗はそこで決したように思えた・・・・・。ところが。
いざ、戦が始まってみると、フランス軍はそこから微動だにしない。装備が立派すぎて重たすぎて軍馬は四本足の蹄を地面にめり込ませてしまい、そこから動けなかったのである。
 
・・・・悲しい話である。で、ここから学べることは何か。
 
それは、「重装騎馬は敵をびびらせて退かせることが目的の衝撃力重視の運用をすべきであるということ」。のこのこと敵の前に登場させて、どうだ!というものではない。
いずれにせよ、過去の教えであり、天敵である「銃」の出現で騎士という存在自体がナンセンスとなった。どこをどうつついても、最新鋭のSUPERロボに勝てる要素はない。
性能は言うまでもなく、その運用においても。それを発見できたなら確実に今年のノーベル平和賞がとれるだろう!。いやさ物理学賞か?人類がいまだ知らぬ未知なる粒子が作用したに違いない。偉大なる、あまりに偉大すぎる発見なのだから!宇宙人が大挙して押し寄せても、その勝利要素を用いれば必ず敵を倒せるに違いない。素晴らしい!
 
ここで、キムドール航法担当が知識を生かしつつもう少し注意深さを発揮していたら、馬役の真・JAの偽装めいたジャケット・アーマーに刻まれたリプレット(空力を高める微細な溝)に気づいただろう。
バナー、ウィング・フッサー、そして、リプレット・・・・それらが何を意味しているのか・・・・疑問に思いさえすればスーパーエリートの彼の頭脳は答を弾きだしただろうに
ただのお洒落でこんなことやっているのかどうか・・・・それくらいは
 
 
「そろそろ時間よ、いいわね」生物兵器の担当、グレイス・ポルタータワーが愛用の髑髏をモチーフにした懐中時計を見ながら仲間のスーパーエリートたちに告げる。
 
 
「ああ」「どうぞ」電子情報担当のエリント・スピルバーグと通信情報担当のシギント・スピルバーグの双子がうなづく。気象兵器担当、重火器、光線兵器担当、と次々にオーケーの答え。スーパーエリートであるから、ケンカするほどバカではなく、チームワークもなかなかよろしい。
 
最後に、クラーク・ケンタッキー博士が埋設してあるベッドに確認が求められる。
頭脳は光速で地球を駆けるのに、四肢はピクリとも動かないのだ。
 
 
「もちろんだ・・・・やってくれたまえ」
 
 
「”英国に敬意を表して”・・・・・一撃で終わらせてあげよう。
”ナショナルパトリオットクリプトンボンバー”を使用する」
 
 
「”英国に敬意を表して”、ですね・・・・・了解しました。博士」
宇宙航空兵器担当のティラ・ポー・Xがホログラフで地球儀を浮かび上がらせる。
そして、英国に標準を合わせて、軌道計算を行う・・・・・・さすがのスーパーエリート、やたらに速い。だが果たしてこれはなんの操作であるのか・・・・・
 
これは、ほんとに敬意を表しているわけでは、ない。第一義にこれは”ナショナルパトリオットクリプトンボンバー”を”どこ”に使用するかの指示なのである。
”だれ”の間違いではむろんない。これを理解するにはエリックがやられてみれば一目瞭然で分かり易いのだが、それではあまりに不公平なので説明しよう。スーパーエリートの人ならばここまでの事実から推論して真実にたどりつけることであろうが。
 
 
”ナショナルパトリオットクリプトンボンバー”・・・・(長いので以下NPKボンバーと省略する)は、ぶっちゃけていえば、「投げ技」である。ミサイルもレーザーもブラスターも放たない。ただ、相手と組み合って、投げ飛ばす・・・・・これだけの話なのだが
 
 
その、飛距離が半端ではなかった。
 
 
今、彼等が真面目に指示して指示され、設定を実行しているように、第二東京から英国までぶん投げることも可能。地球は丸いが、もっと遠くまででも出来る。
 
そして、狙ったところにピンポイントで叩きつけることが出来た。要するに、大陸間弾道ミサイルにしてしまうのだ。相手を。
 
ちなみに、そのまま引力圏を振り切って宇宙に投げ捨ててしまうことも出来る・・・これぞ逆SDIのIDS、ウォーズ・スター、新しい時代の新しい発想の地上発進の逆宇宙兵器というわけである。目障りな敵がほんとに目の前から消えてしまう。本国を防衛するのにこれほど向いた反撃方法はない。たとえ侵略してきた敵を倒しても、自分とこの国で爆発されて汚染されてはたまったものではない・・・・という、ガチンコ本音兵器でもある。
もう一ついいところは、侵略敵を母国に帰すのではなく、関係ない第三国、もしくは仮想敵国に投げ飛ばしたらどうか・・・・・一石二鳥とはこのことだ。まさに夢の兵器。
彼等スーパーエリートでなければ開発はできなかっただろう。セカンドインパクトの混乱期に何度も実験を繰り返し、ようやく成功にこぎつけた。さすがにこれはどこの国も真似できないだろう・・・・。
 
 
”ナショナルパトリオット”そして、”ボンバー”の部分はこれで納得していただけたと思うが、間の”クリプトン”とはこれナンゾや、教えてクリクリというスーパーエリートには当分なれそうもない方もおられよう。そんな方のために説明すると、これは先の実験期のある妙な結果に由来する・・・・。NPKボンバーでパイロットの乗る機体を飛ばす代わりに実験動物を何度か投げ飛ばして、砂漠の真ん中で回収してみたところ、不思議なことに実験動物が若返ったり、変異(ミューテーション)を起こしていたことが何度かあった。その理由は全く分からない。詳しく追実験調査しようも予算が切れてしまった。さすがに人間の乗った機体を投げ飛ばすのはそうそうなかろう、という人道的判断もあった。
スーパーエリートも資金がないとどうしようもない。ので、諦めた。その代わりに、”クリプトン”という不思議ワードを間に記念の栞代わりに挟んでおいた、というわけだ。
 
 
とにかく、豪快極まる技であることは間違いない。
 
 
これをいきなり使おうというのにはもちろん、理由がある・・・・・
どこの国のどのロボットが世界最強であるのか思い知らせ見せつけるためだ。最短時間で片づけた方がデータ的に納得しやすいだろう。残念ながらスーパーエリートになりそこねた人々の頭にも。
 
 
「ビル、いいわよ」ティラ・ポー・Xが格闘戦担当の、現役プロレスラーでもある、ビル・ダンサーバードに繋げた。頭もいいわ、腕っぷしも強いわで、彼がこのスーパーエリートたちのメインの一人であるのは間違いない。ポキポキと指を鳴らすビル・ダンサーバード。「馬乗りの二機まとめてでいいんだったか」「そのつもりで計算してるけれど?」
「へへ。そうこなくっちゃな。今晩の試合には間に合いそうだな・・・・ティラ、今日こそは観に来てくれるよな」「さて。貴方がこの間の天体観測歌会をすっぽかしたことを忘れていないのならわたしの返答は分かると思うけれど?」
「おっと、そんな悲しいこといわねえでくれよ。手元が狂ってロンドン橋に命中させちまうかもしれねえぞぅ」「そうね・・・・たまにはいいかしら。暇つぶしの息抜きには。大英帝国最後の日をテレビで見るよりは、エキサイティングなのでしょうから」
 
 
「・・・そうこなくっちゃな。さあ」「さて」
 
 
グレイス・ポルタータワーの懐中時計に教えられる必要もなく、二人のスーパーエリートは会話を終了させて、電気騎士に向き直った。その目には油断だの余裕だの単純すぎる人間的な感情などない。エリートがエリートたる理由、完璧に任務を遂行するだけ。
彼等は自分の力で自分を設計し造り上げる。それゆえのスーパーエリート。
その血には夢と意志が流れて止まることはない。肉体は未来に向かい果てない建設を続ける。精神は人類という種の知らぬ領域を開拓するべく、常に眩い光を放ち続ける。
彼等はスーパーエリート。まさにSUPERロボを操作するにふさわしい若者たち。
ベッドから彼等を見るクラーク・ケンタッキー博士の眼差しは慈愛に溢れている。
 
 
 
そして、決闘が始まった。
 
 
<第一回戦>電気騎士エリック・真・JA騎馬モード 対 SUPERロボ
 
 
それぞれに、人の英知と想いが結集された巨人たちが、激突する。
その光景を光の蜘蛛の巣でつくった仕掛け部屋からバルディエルが見物する。
 
 
 
人に浪費される二つの正義は真正面からぶつかりあい、猛り火花を散らし歪んだ鏡像であるはずの互いを激しく食い合って消える寸前に、空に向けて己らの存在証明代わりの烈句を放つ!
力を導く軌跡を描き、互いの主どもに届けよと。
 
 
”悪解せし者、恥辱にまみれよかし”。
 
 
 
 
「んア・・・・ぎ・・・・・ぺっ」
第十三使徒バルディエルがなにかを舌でねぶって、歯で噛みつぶし、それを吐き出した。
<魔弾>の弾頭半分。
空に魔の軌跡を描いて到達して、耳たぶと頬を撃ち抜いたそれは、使徒の舌に受け止められてようやく止まった。ずぷっ。残りの半分が頬の弾痕からこぼれ落ちる・・・・
KOパンチをくらった敗北ボクサーのマウスピースのように唾液にまみれて輝くそれは、すぐに鉄の砂になる。
 
 
「さすがに効いたわね・・・・・・」
空間に奪うべき人の命がないので、魔弾は念を失い、ただの弾丸となった。