「撃っちゃダメだ」
 
 
「はあ?・・・何言ってンの・・・・あ!!」
 
 
頑とした2P碇シンジの声にラングレーもつい撃つ手を止めてしまった。そのせいで絶妙の位置取りと弾幕でつくられたわずかな安全地帯が崩壊してしまった。その隙をついて9周目の敵ボスキャラの大口径レーザー三連砲がラングレーの操るキャラ「芝村・藍」を撃ち貫く!
 
言うだけ言って碇シンジのキャラ「名古屋・韻兵(いんべい)」が防御になるわけでもないので、さすがのラングレーもひとたまりもない。鬼神攻撃「鬼魂号」を繰り出して無敵状態を稼ぎ出そうとしても、わずかにゲージが足らなかった。やはり、シューティングは集中力が途切れるといけない。とくに初めてのプレイであればなおさらだった。
 
 
ここはいわゆるアミューズメントゲーセン。碇シンジに半分だまされてるラングレーが連れてこられて、次々とハイスコアを嵐のように更新していき、この「鬼神の城(開発アルパ・システム)」でもやはり全世界トップスコアを叩き出してどこまでいくのか熱くギャラリーが十重二十重の人垣になって見守っていた。
 
が、ここで伝説は終わった・・・・。
 
凄いのは外人っぽい女の子だけで、パートナーの男の子はシューターとしてはへたれもいいところだった。まあ、完全に足を引っ張って終わったということか。
ブーイングの嵐が巻き起こってもおかしくはなかったが、ここまでのスコアが十二分に凄いので、それよりは拍手歓声、お疲れ様という労いの声が先に場を制した。
かるく片手をあげて、それに応える新王者の栄誉のガウンをまとったラングレー。
どうせ、このスコアは当分の間、当人以外に書き換えられそうもない。パートナーにもっとましな奴を連れてくれば簡単に更新可能だろう・・・・。プロだろうか?
 
 
「なんであんなこと言ったのよ?・・・・・・・もう、飽きたわけ?・・」
スコアなんぞに拘りはないが、ふたりでひとつになれちゃう気持ちよいラヴファントムな一体感を感じてプレイしていただけに面白くないラングレーが碇シンジに腰に手をあてどアップで詰め寄る。表情は強気だが声は寂しいような囁き。熱くなりやすいだけ、当初の目的をすっかり忘れている。それだけ碇シンジを信用していた、ということかもしれないが・・・
 
 
「・・・・ごめん、あの敵が”反射攻撃”をしてきそうな感じだったから、つい」
真面目に言うとかえって信憑性がなくなる種類の言い訳というものがある。これがそう。
 
 
「なるほど」
しかし、ラングレーは三秒で許した。早い。たかがゲームのことでムキになったりしない。
碇シンジが自分と一緒にいるのに飽きたというのでなければ。かまいはしない。さすがにこっちも少しのどが渇いたし。・・・・精神集中で気も目も疲れた。お腹も減ったし・・。
攻撃性に特化されている代わりに、ある意味、赤ん坊なみに補給能力にかけている彼女。
 
ラングレーはゲーム画面にのめり込みすぎて、気づかなかった。気づけなかった。
 
これがちまセコちまセコと張り巡らされた自分を狙う罠だということも。
 
撃つな、と言った時の隣の碇シンジの瞳が、一瞬、夜雲色に変化したことも。
 
碇シンジの魂がここには、じぶんのそばには、なかったことも。
 
そして、同時刻、第二東京で、未完成品とはいえ、己の<炎名>が使用されたことも。
 
 
 
 

 
 
 
綾波レイの零号機が、明暗の参号機を、撃った。
 
参号機は意志をもつかのような魔弾を逸らすために左腕を自己判断で爆破切断。
 
 
この事実は重く、邪悪に病んだ象亀に噛みつかれたように身動きがとれなくなる。
バタンバタンとのたうち暴れ狂うノコギリ鮫のような現場状況を抑えるだけで葛城ミサトも手一杯。他に手を貸すどころか目をやる余裕もなかった。恥辱の泥にまみれながら。
 
 
「あ・・・・・・・・・・・、あ・・・・・・」
正気を取り戻して、自分がやらかした事実に、放心する綾波レイ。
白い顔がみるみるうちに悔恨と絶望の灰に、滲み、歪み、染まっていく。
 
 
「て、鉄砲はあぶないから・・・・よ・・・あんま、触るんじゃ、ねえぞ・・・・・な?
まあ、よそ様には・・・・迷惑、かけてねぇ・・・・から・・・・大丈夫だ・・・な?」
参号機から聞こえる明暗の、噛みしめた牙の間から無理矢理絞り出すかのような励ましが痛い。「心配すんな・・・・・これくれえ、毒手を・・・・食らったのに比べれば・・・」
 
 
自己判断とはいえ、神経接続されている腕を切り離せば激痛は並のものではない、
意識はとどめているものの、さすがに呼吸が荒い黒羅羅明暗。<魔弾>を食らって生き延びているだけ僥倖・・・・日々の鍛錬功夫と疾風の速度が成した奇跡といえるが。
だが、ATフィールドがたかが一発の銃弾で撃ち抜かれるとは・・・・・悪夢ともいえる。
 
 
何が起こったのか、理解も追いつかずその認識も半ばにひたすら己を保とうと葛藤する葛城ミサト。ちょっとでもそれが崩れたなら、<魔弾>が命中した相手を殺さなかったことに「暴発だったのか」などとほざくコーンフェイドをセーラームーン機関銃で射殺していただろう。
 
 
「とりあえず、明暗を参号機から降ろして。それから参号機の腕部の緊急チェック。あの銃の回収と・・・・ファンたム社コーンフェイドの確保、これは・・・そうだ、あの女騎士さんに任せて。こっちにはその権利がある・・・それから、衝撃波で破損した機材と怪我人の・・・・」
とりあえずは現場を抑えねば。あまりといえばあまりの不祥事だが、動揺している余裕はない。葛城ミサトが陣頭で指揮を執らねば、皆、へたりこんで動けもしなかっただろう。
 
それくらい綾波レイ、零号機のやらかしたことは重たい・・・・。
 
恥の上塗りであるが、この際そんなことを言っていられない。顔に噴き上がる血を下腹に抑えつけて己に赤面を許さない。現場に人が足りない。JA連合から人を呼ぶ・・・。
これがどれほどの恥じっさらしであるか。さようなら三佐、降格は間違いあるまい。
 
 
「それから・・・・・時田氏に連絡して」
 
決闘前に銃器をぶっ放しているのだ。連合本部に詫びをいれぬわけにもいくまい。
もし、弾道が明暗の参号機に防がれず、決闘場のど真ん中へ走っていたら・・・・
どういうことになっていたか。それを考えることで耐える。自分は甘かった。
悔やんでも、悔やみきれない。指揮者としての自信が揺らぐ。
 
 

 
 
「・・・卍固めも追加してほしいようですな」
 
 
現場のネルフから連絡を受けた時田氏は壇上からギロリとMJ−301,UBダイアモンドを睨みつけた。ズビシ!と人差し指、あんだこのヤローと顎まで突き出すその眼光の鋭さは、これまでとはまたひと味違い、時田氏の底の知れなさを伺わせて、射抜かれた本人はもちろん会場出席者も身震いする。
 
 
”使徒殲滅業界のヒットラー”という異名が任務を果たしたUボートのごとく再び浮上する。ただの技術者系企業人ではなかったのだ。チョビ髭も伊達ではない。
 
 
しかし、どういう連絡を受けたのか知らないが、勝手に追加されても困るUBダイアモンド。それはどうせ実現しないのだからいくらでも言わしておけばいいとはいえ。
 
 
「ネルフさんになかなか汚い”爆弾”を仕掛けてくださったようじゃないですか。
さすがは兵器商だけのことはありますね。度胸がおよろしい。しかし、ネルフさんは国連直属の特務機関。式典終了後に、超法規的に反撃されてもわたしは知りませんよ・・・」
元来、時田氏には似つかわしくない、相手の一番嫌がる弱みをついた、虎の威を借りるような脅し文句も板についている。
 
 
「く・・・・・なんだと」
ベアハッグをかまされたように背骨が軋むような重圧を感じるUBダイアモンド。
ちなみに、そんな覚えはない。ネルフのエヴァはヨッドメロンに一任しているのだから。
言いかがりもいいところだが、悪の脅迫者を自認している身としては、ここで潔白を証明するわけにもいかない。頭に来るがしょうがない。悪はとにかく悪なのだ。
うちはやってない、などと言い返しても見苦しいだけで悪の威厳が下がってしまう。
MJ−301が否定しないので、「おめえたちはもう、あやまったって許さねえぞ!」とばかりにますます調子に乗る時田氏。
 
 
葛城ミサトから詫び入れの連絡を受けた時田氏は、すぐさま動かせるだけのフォロー人員を事故現場によこすことを約束すると、葛城ミサトがあっけにとられるほどに真摯な声で「子供たちは大丈夫なんですか?!」を連発してチルドレンの心配をしてきた。
鬼の首をとったようにネリネチネチネチ言われるかと覚悟していたのだが。
 
もちろん、時田氏が考えたのは謀略である。しかも現在目の前にはいかにもそれをしような連中がいるのだし。いくらなんでもこのタイミングで武器の暴発などそれしか考えられない。わたしにだって、それくらいのディープスロートな裏世界への知識はあるのだ。
 
常識人である時田氏は<魔弾>がどうこうという話こそ受け容れがたい。
 
時田氏はエヴァもネルフも嫌いだが、坊主じゃないので袈裟まで、子供まで嫌いというわけではない。というより、子供まで嫌いなら関わり合い自体を避けるだろう。
子供を平然として人柱として使徒の戦闘に使って恥じることがないネルフはいつか追撃して後ろから膝カックンして追い抜いて糾弾してやるつもりだ。
今回の参戦を認めたのも、あくまで真田女史に迫られて、仕方なく渋々と。子供の命がかかった責任を転嫁したいわけではない。救出確率が高い方をしょうがなく、選択したのだ。
その点は、真・JAの今後の課題だ。いずれは解決せねばなるまい。だが・・・・
現にこうして悪辣非道そのものの、この連中に、子供が罠にはめられた、となると・・・正義の怒りのファイアーを燃え上がらせる時田氏。
 
しんこうべで手に入れた超極秘情報、零号機パイロット、ファーストチルドレン、綾波レイが実は「使徒に蝕まれている」・・・・・という点も頭から吹き飛んだ。事故情報を入力したせいで、トコロテン式に抜け出た、ともいえるが。
妙な話だが、事故にあった人間を人間はほうっておけないし、信用してしまう悪癖がある。
人を騙す悪人は事故に落ちない、という奇妙な確信があるのかもしれない。
どうしても、助けようと、手をさしのべてしまう。苦く甘く塩っぱく酸っぱくこれが人間の味としかいいようがない。
 
ここにきて、はじめて時田氏は心の底からネルフの参戦を認めた。
心の友、などとはとてもいえぬが、まあ、「心の助太刀」くらいは。
 
 
これで、第一回戦SUPERロボに勝てればもう、人生苦あれば楽あり、ピンチのあとにはチャンスありの予定調和劇的に、まさに言うことはないのだが・・・。
 
 
会長の風速だけは高いが、戦力的には・・・均衡とも言い難いうえに、この事故で大幅に減衰してしまったわけだし。どちらかといえば、人生ガツンと教えられパターンである。
 
 
「そう言っていられるのもあと僅か。皆さん、決闘場にどうぞ注目を。JA連合の彼等の勇姿を今のうちに目に焼きつけておいてください。それは間違いなく貴重な記憶になるでしょう。おそらくは一撃で勝敗はつきますのでね・・・・・・」
配下の兵器人間からネルフの陣地で起きた事故の連絡を今受けて、余裕を取り戻して不気味に笑うUBダイアモンド。MJの仕事ではない。退屈した他の組織の仕業だろう。軍の連中のやりそうなことだ。恨みを買うのは連中、こっちの知ったことではない。
底冷えのする声で、主導権を奪い返す。帝都財団の大学天測、小型研究所のオリビアも逃げた。残るは錆びて動けもせんらしいU・R・U、多少、目障りであったネルフのエヴァも躓いた。いくら改造しようが元来が戦闘用でないレプレツェンなど眼中にすらなし。
この戦力比を考えれば笑いが止まらぬ事はあっても、威圧される理由はない。
 
 
確かに、確かにである。
結局のところは、JA連合は一致協力どころか、ただの分数となって散り砕かれる運命であったのか。ネルフに追いつくどころか、後から来〜たの〜に追〜い越され〜、だ。
戦車にパッシングされておるのに、あくまで我を張り道を譲らず言うこと聞かず、そのまま追突されて踏み潰される・・・・・十万以下で買える市場帰りのただの中古軽トラであったのか。組織のハンドルを握る時田氏は、吼えることは吼えるが、身の程を知らぬただのプロレス雑誌を読むのが趣味の八百屋のオッサンにすぎなかったのか。
だとすれば、本職の、しかもWWWA(ワールドワイドな悪者で悪党)に勝てるわけがない。
 
 
何より、時田氏は相手の実力を知らない。全く知らない。研究もしてないし。
 
だとしたら、「よっこらしょ」と四つ足になった真・JAなど、
八百屋のおっさんの商売あまりもののしょぼいニンジンで育てられた、軍馬(デストリエ)でも儀仗馬(パルフロワ)でも、乗り馬(ルーサン)ですらない、荷馬(ソミエ)にすぎないということになる。本人たちが荷馬を軍馬と言い張るのは勝手である。戦をする馬は全て戦馬である、というのも正しいのだから。
 
 
ただ、それに跨る騎士の気持ちは・・・・・・
 
 
電気騎士エリックと、それを操るリチャード・ポンプマンは決闘場の蒼穹に祈りを捧げていた。逞しい横顔は、これ以上なく静かな祈り。それは神聖な緑に彩られた別れの言葉。
 
 
「朗らかにして気高いお殿様、貴婦人の皆様 
いまここに、皆様に祝福を送らせていただきます。
幾千、幾万も感謝の辞を申し上げるとともに、皆様のすこやかなる日々をお祈りいたします。陸を歩むときも、海を往くときも、神が皆様を導き、悲しみを消し去られますように。
ここで賜りました多大のご厚誼、ご友情に感謝し、心ならずも、私はここにお別れを申し上げます。
 
 
賜りましたあまたの友情とご厚誼、数々のご馳走と美酒に感謝いたします。
十字架に上げられた主が、皆様をつつがなく保たれますよう。
陸を歩むときも、海を往くときも、主が皆様を導き、悲しみを消し去られますよう。
賜りましたさしもすばらしい喜びに感謝し、心ならずも、私はここにお別れを申し上げます。
 
 
心ならずの別れといえど、そもそも、永久にこちらに留まることはかないません。
何事にも終わりの時があり、友と友もいつしか別れねばなりません。
いかに親しく互いに睦み合おうとも、死が現世から我らを連れ去りて、柩がはこばれる時には、心ならずも、別れはやってくるのです。
 
 
いまこそ、さらば、すばらしい皆々様
いまこそ、さらば、老いも若きも
いまこそ、さらば、貴きも賤しきも
幾千度もの感謝を申し上げます。
もしお気がかりのご用がございましたら、皆様のために喜んで私が果たしましょう
主イエスよ、皆様を苦難よりお守りください
いま、ここに最後のお別れを申し上げます・・・・・・・」
 
 
アーサー王の甥っ子、サー・ガウェインの別れの言葉である。
騎士として最後に捧げる挨拶としてこれ以上のものはない。
 
晴れやかに、エリックと真・JAを見る。心の底から、熱くこみ上げてくるものがある。
滑稽な見た目だが、生まれてこの方、これほど美しく、自分を感動させるものはない。
ロボットが、ロボットを、支える・・・・・・この思考の清らかさと素晴らしさがどれだけの人間に分かってもらえるだろうか。どれだけのロボットへの愛情がそこにあるか。
 
 
ロボット三原則、”第二条 ロボットは人間の命令に従わなければならない”・・・・確かに、ロボットは道具なのであろう、だが、同じ道具を支え助けるとき、ロボットの機械の体には人の良き心が宿るはずだ。ああ、便利なだけなら、ロボットである必要はない。
少なくとも、電気騎士エリックと、時田殿の真・JAは違う。
 
 
人の未来の活路も、おそらくはそこにある。曙光が、見える。その光をこの身に浴びることはないだろうが、それを感じられただけで十分だ。電気騎士の栄光はそこにある。
 
決闘になれば。
 
おそらくは、自分のサイボーグ馬の方が速く戦場を駆ける。真・JAはエリックを支えるだけでかなりのパワーを喰うはずだ、その速度は戦車ほども出るか、どうか・・・・
外見からは伺えなかったが、敵は遠距離用の兵器を内蔵していた。同時狙撃能力も大したものだ。エリックたちと自分を十分、同時に狙えることだろう。遮蔽物もなく、あけっぴらげの決闘場では、槍と銃なら、銃をもった方が絶対の有利。楽に勝利するだろう。
 
 
・・・・・相手の一瞬の隙をつき、とりつく。多機能ゆえの混雑部分を、心眼で見抜き、一撃で貫く。
 
勝機はそれしかない。
生存確率などそもそも計算しない。すでに、死中にある。骸が魂に動かされているだけ。
何を恐れることがあろうか。リチャード・ポンプマンは大きく息を吸った。最後の呼吸だ。
奥のエミハや副団長のトム・アーミッド、その他電気騎士団の面々の顔が思い浮かぶ。
そして、最後に時田氏の顔が。結果的に犬死にというか”馬死に”させてくれる人物なわけだが、悔いはない。電気の騎士が馬に乗る。そのロマンのために命を懸けて惜しくなし。
 
実際のところは、真・JAの騎馬モードの企画立案作業実行その他もろもろ、真田女史の行ったことなのだが。大地を掴む腕部のほうは、綾波理化学研究所の製作であるし。
 
 
この期に及んでリチャード・ポンプマンは、自分が、エリックがその背に乗っているのが果たして「何なのか」、よく分かっていなかったわけだった。
 
真・JA、JA連合の大事な旗機・・・・その程度の認識しかなかった。
 
この決闘を見守るほとんどは、それ以下の認識もなかったし、当の対戦相手であるSUPERロボを操るスーパーエリートたちも、よく分かっていなかった。
時田氏も、SUPERロボのことなんかよく知らないのだからお互い様といえなくもないが。
 
 
分かるわけもない、と時田氏は言ったかどうか。時田氏の目はどこを見ているのか。
 
真・JA。それは、使徒を倒し、エヴァを超えるために育てられたロボット。
 
使徒を倒し、エヴァを超えるためには、どれほどの力が必要になるのか・・・・・。
時田氏ほどよく分かっている人間はいない。理解している人間はいない。
その眼光が貫こうとするのは、使徒であり、エヴァである。
今ここにある危機などに安っぽく向けられていない。時田氏の志は。
正直なところ、人の造ったロボットなど眼中になかった。ロボット同士の決闘など所詮は競争であり、戯れにしかすぎなかった。使徒の恐怖を肝に刻んでいる、その使徒を撃破するエヴァに焦がれている。そして、それゆえに八連敗と嘲笑されても使徒に立ち向かい続けた、電気騎士エリックを仲間に迎えたのだ。その意志と勇気を誰よりも認めていた。表からは分からないが、たぶん、リチャード・ポンプマンが時田氏を認めるよりもずっと、時田氏はこの前しか見てない騎士団長を認めていた。
 
だから、使徒殲滅業界のトップに立つべき機体、真・JAを下に置くこともできる。
使徒と戦ったこともないヒヨッコなどに土をつけさせるわけにはいくまい・・・・。
 
 
電気騎士エリックは、そういうものの背に、今あるのだ。これが、いずれはエヴァを下がらせて、人類の天敵、使徒の目の前に立ち塞がる最前線、先陣一番槍の位置。
フルメタルフロントライン。
エリックが望みに望んできた、使徒をも討ち倒せる必殺のポジション。天にも駆け上がる心地がして騎士震いをするしかない。エリックの回路に計測不能の熱いパトスが漲った。真・JAに繋がれた手綱を強く握りしめる・・・・鋼の命を燃やす時は今!。
恐れるものは、なにもなし・・・・・!
 
 
決闘開始の時刻になった。<第一回戦>が始まる・・・・・
 
 
「くそ・・・・・・・」ここで手をこまねいて見るしかない葛城ミサト。
 
JA連合の浮沈なんぞ知ったことではないが、一応自分たちの助力する陣営のロボットがメタクソにやられて楽しむ不義理な趣味はないし、人の命が巨大な力に蟻のように潰され消えるのを見るのも我慢がならない・・・・。
だが、あのSUPERロボのスペックは半端ではない。
あの巨大なバリエーション。エヴァとは全くコンセプトが異なるが、戦争用のロボットとしての現時点で極点位にあるのは間違いない。あれ一体あれば一週間もあれば十かそこらの国を支配下においてしまえるだろう。ありゃまさに、どんなタイプの攻撃も可能な歩く軍事帝国。弱点らしい弱点もなく、それに感づく前にパワーでもってやられてしまう。
小回りが多少きかなくとも力で押す場合、実力の二倍三倍を出してくる国民性もある。
大きさ、スケールからして違いすぎる。単一地域を守るのが精一杯で一生懸命のロボ騎士とは比べるのが可哀想だ。強大な多機能軍神・・・・・こいつもまた人造の神か。
ATフィールドがなければエヴァでさえやばい・・・かもしれない。
 
だが、助力する余裕もない。参号機も零号機も、たった一発の弾丸が使用不能にしてしまった。
 
 
明暗の様態がよくない。
あの双方向ATフィールドをも貫く弾丸は単なる激痛以上に毒のような影響力を持って明暗の神経を冒していた。痛がる、というより急速に生命力を削り取られたような衰弱・・・・拘束した制作者に理由を尋ねたが「<魔弾>をまともに受けて生きている方が不思議だ」などとぬかすコーンフェイドを今度という今度はズタズタの八つ裂きにしてやりたかったが、そんなヒマも惜しい。
苦しむ明暗ももちろんだが、通常では考えられぬ、どうしても信じられないような「無警告先制対人攻撃」をやらかした、やらかそうとした、綾波レイから目が離せない。
 
事故だのミスだのという言葉で片づけることができない・・・・これは犯罪だ・・・・事情を問い糺すまではとても使えたものではない。「命令無視」ならばまだいい。だが、「状況無視」というのは・・・これは戦場においてはいかに高い機能を持っていても、欠陥機や故障者として扱うほかはない。少々頭を冷却した程度ではおいつかない、これは。
 
 
・・・・だが、あれはもともとアスカの弐号機用として造られたものだという・・・あの破壊力・・・・使徒どころかエヴァをも狩ることができるだろう・・・・
 
「妖銃」・・・・そんな言葉が思い浮かぶ。妖刀のごとく、絶大な威力と引き替えに、手にしその輝きを見ていると人を撃ちたくなってくる魔性の銃・・・・・使徒を倒せる武装がそう単純な履歴をもつはずもない・・・・あの鉾といい・・・・にしても、だ。
あまりに危険すぎやしないか・・・・自らの意志をもつかのごとく空に消えたあの軌跡。
契約を終えて帰還する悪魔のように。そんなもんをアスカが手に入れる・・・?
現在のことだけで十分に胸が重いのだが、・・・・先を想う未来が鉛色に、鈍くなる。
イヤな、イヤすぎる予感。当たって欲しくはないが。作戦部とすれば強力な武装が手にはいるのは何よりの福音、エヴァなどその象徴であるはずなのに。
 
 
・・・・いや、今は目の前の事態収拾に全力を尽くそう。葛城ミサトは埒もない鉛色の予感から頭を振って切り換える。
 
 
「ヨッドメロンの救出作業は再考・・・無期延期・・・か」
だが第一回戦でJAが負ければそれで終わるのだ。それを引き際とするか・・・・
なんらの収穫もない撤退・・・・零号機、参号機の件を考えると・・・腕斬り損のくたびれ儲けか。信頼できる補佐もなく、負け戦の算段はどっと疲労する。だが、それを遅らせれば被害ではすまず、まさしく命取りになる。こっちは戦闘力が大幅に減衰しているのだ。
 
まずいな・・・・
 
顔色を灰にしたレイはショックが抜けきらぬため沈静化と見かけ上の戦力バランス保持のために零号機に搭乗させたままにしてある。これで己を失って暴走された日には・・・と思うが、似つかわしくないその顔色が逆に、普段の彼女、命令を確実に遂行する冷静なファーストチルドレン、に戻ったことを証明している。
 
「なぜ撃ったのか」と問いつめるべきだろうが、心神喪失からたった今復帰したような有様の子供には・・・・・酷だろう。また、理性的に説明されても弾丸の痕跡、殺意の軌跡が消えるわけでもない。厳然として、より残酷な事実が屹立し聳えている。仲間を撃ったなどと。バケモノじみたあの弾丸、あの赤い銃に原因をどうしても求めてしまう。それは対外的には、銃弾を装填して追走してきたコーンフェイド、ファンたム社に全責任をおっ被せて処理することになるだろう。ネルフ内部としては別の腹の切り方になるだろうが。そのくらいの役はあの暴発オヤジに担ってもらう。だが・・・・思考はループに入る。
<魔弾>は狙った相手を確実に仕留めるというなら・・・・なぜ参号機に命中したのか?
あの空に消えた生命をもったような、参号機の腕を食い破って進むバケモノめいた炸進能力、非常識な飛弾能力を見る限り、参号機を<よけて>真に狙った目標に命中すべきではないのか・・・・・それとも、暴発でホーミング性能だけが働かなかったのか・・・・・
 
 
「・・・・・葛城の、姉貴・・・・・・・」
寝かされた簡易救急カプセルベッドから苦しげに明暗の呻き声が自分を呼ぶ。
 
「だいぶ、苦しい?明暗・・・・・」
あの<魔弾>とかいう弾丸はコーンフェイドは断固として否定するが生物兵器の一種だったのではないか・・・・明確な有効打撃を与えるだけで済まさずに、その後もじわじわと敵に出血を強要するのかのようなダメージはそれを強く連想させる。
<魔弾>について考えすぎることほど<魔弾>の望むことはない。
 
「あんま、り・・・・怒らないで・・・やってくれ・・・よな。魅入ら・・れた・・・・だけだ・・・・から・・・・・餓蛾!・・蛾っっ」
激しく咳き込む。見たこともない色の黒い血痰らしきものを吐き出す。続いて濃緑のゼリー状の塊を。それを交互に。人間の体からこんな色彩のが合成されるのか?
 
「明暗!!」
なんだこれは・・・・・”呪い”でもかけられたようじゃないか・・・・尋常ではない。
早急に特別設備が整った病院にいれねば、生命の危険がある・・・・遂に敵前逃亡にも等しい撤退を選択する葛城ミサト。自滅、の二文字が脳みそを切り裂くが、構ってられるか。
 
 
だが
 
 
「ちょっと・・・待って・・くれ・・・・・・・これで・・・いいんだ。これで峠は・・・越えられる・・・からな・・・・参号機も・・・・・再・・・起動させ・・・・・る」
 
 
「バカいってんじゃないわよ!!待ってなさい、今あのオヤジをシメあげて解毒剤を用意させるから!!」
思考をぶっとばした脊髄反射で駆け出しかけた葛城ミサトを明暗の声がとどめる。
400万の信徒の上に立つ者の声。それは命令だった。踵が地に縫いつけられる。
 
「待て・・・・聞け・・・・・」
 
「え・・・・?」
 
 
「”オレたち”・・・・は・・・しらばく休眠して・・・・回復する・・・・・
それまで・・・もう一組の・・・”オレたち”が・・・・・・出てくる・・・・・」
2かけ2は4,フォースチルドレン・・・・その名称とカラクリを思い出した。
 
 
「零号機に・・・・・撃たれたのは・・・・秘密にして・・・・おけ・・・・・
知れば・・・・・殺される・・れらは・・・・幼い・・・・・聖杯の・・・・いや・・・海が近い・・・・・朱夕酔提督・・・・・すう・・・」
 
 
聞き取りにくい断片情報をぽろほろ零すと、黒羅羅明暗はそれまでの咳き込みや呻き声が嘘のように、安らかに眠りにはいった。一瞬、冗談ぬきで永眠したのかと葛城ミサトはギョッとしたが、生体反応は引き続いている。
「おどかして・・・・・・・・・・・・・・・おい」
 
 
カプセルの中の明暗の黒髪がみるみる白くなってゆく・・・・・・・・
それだけならば、まだいい。エヴァ参号機もそれにあわせて黒い装甲を白く変化させて。
金色のさまざまな漢字が浮かびあがる・・・・・「上邪」「風当其灰掲」「満天花雨」等々
暗から明への変化は見知っているが、昼食の時も見たし、だが、これは何か違う・・・・。
白い髪の明は、豪放磊落な暗とバランスをとるように、理知的で落ち着いている雰囲気を表していたが、この白い髪が発散させるエネルギーはとても穏やかなどではなく、威圧的で攻撃的・・・・いや、支配的というのか。同じ白色でも、礼式をもってもてなすのに用いる陶器のそれ、薬になる花のそれのような明の白さとは違う。他者の色など冷厳に塗りつぶしてなんの感情もない光の白。光のようにとまることをしらぬ攻性白痴の皇帝白。体のつくりは何一つ変わっていない、ただ髪の色が変わったというだけのことで、これほど印象がかわるものか・・・・それに、衰弱の坂を滑り落ちていたはずの明暗が、安らかな寝息のもと、すっかり生気を取り戻している・・・・うっすら輝きさえしている・・・頬に赤みがさしてきている・・・これは演技していたのではないかと勘ぐるほどの変わり様だった。髪の色が変化する、わずかの間のこと。驚くことはまだ続く。
 
「葛城三佐!」「どうしたの?」弾丸に刳り貫かれた参号機の腕をチェックしていた整備技術員から慌てた連絡が入った。・・・・・・参号機本体が白く染まるのと同時に信じがたい速度で爆破切断された左腕が自己再生修復しているというのだ・・・・今にも完全に修復されるペースで、ことによると応急レベルなら接合可能かもしれない、という・・・時間の流れがここだけ狂って早回しで回ってるんじゃないかと疑いを抱くくらいにご都合の良いことになっている。そんなことってあり?・・・・それに
 
「なに・・・・この香り・・・・・」
不思議な、それでいて、妙に馴染んだ匂いが、漂い始める。カプセルの中の白い髪から。
「酒の・・・・・?」
休眠した明暗の顔は、その酒香とともに、ますます赤くなっていく・・・・・
まるで体内で酒精分を自己合成して、それに酔っているような・・・・・
だが、アルコールと訳せないほどその香りは春風駘蕩として不快感が全くない。
嗅ぐだけで、精神の憂さを晴らし、疲弊した細胞を復活させていくような
レイの誤射撃もいいかげん異変だったけれど、これもまた・・・・・これはまた、か・・
さすがの葛城ミサトもいい加減にしてよと泣きたくなってきた。
なんとかこれまでの経験と、そして予感と、鼻孔をくすぐる香りがそれを慰めとどめた。
 
 
白い手が伸びて・・・・あくびのついでに当たった、という感じだが・・・・カプセルを開けようとする・・・・その隙間から酒の香気が強く流れる・・・・・
 
 
カプセルの中から出てくる奴が誰なのか・・・・・・
黒羅羅明暗はフォースチルドレンであり、四つの人格が存在することに”なっている”。
マイスター・カウフマンの判別によると、それは思いこみにしかすぎないというのだが。
”オレたち”というのが、通常、表に出ている明と暗のことであるなら、
これから表に出てくるのは、今まで裏にいたことになる・・・・・三番目と四番目の人格。
どういう精神構造しているのか、それが”目に見える形で理解できる”、という点が黒羅羅明暗の人生の大半を支配しているのかも知れない。みるみる白く染まった参号機を見るがいい。リツコ大先生でもこのトリックを説明出来るかどうか。ステルス装甲であるから色を変えるのはお手の物だろうが、シンクロ度が高いという数字では説明できないあの機体との特異な結びつき。機体に搭乗してシンクロ接続していないのに、この変化はどう説明できる?・・・気のせいか、まるで黒い参号機と白い参号機の二体があって、片方は普段は影となり、出番がくればそれを目にもとまらぬ早業早化けで入れ替えているような・・・・・そんな気さえするのだ。ほんとうに参号機は一体だけなのか?・・・・
もしくは、チルドレンからエヴァへ侵食を起こしている・・・・・体調悪化した己が覚醒したままであると、参号機にも悪影響が出るゆえに、意識を切り離して眠らせた・・・
確かに伝えられたように扱いが難しい・・・・・明と暗とが当初の予想に反して話は分かるわ使えすぎて頼りになりすぎたツケを払うがごとき、イヤな予感を通り越して、悪寒がする。
あたしは心理学者でもなんでもないんだけど・・・・・
 
 
綾波レイの話を聞いていないこの段階では、どうあがいても正解が出るわけはなかった。
「あの時、一体、何を狙って、何を撃とうとしたのか?」その答を得ずして考えるだけ、時間の無駄。
 
 
順序で言えば、「三番目」が出てくる・・・・・べきだろう。つまり、サードだ。
”朱夕酔提督”・・・・・眠りがけに明暗はそんなことを言った。
誕生間近の竜の卵でも見るように、周囲のスタッフ全員がカプセルを注視する。
突発的強制イベントにより参号機再起動の望みが立ち上がるのを見守ることに集中しすぎて、一瞬、第一回戦のことも零号機の綾波レイのことも、頭から飛んでしまう葛城ミサト。
 
人の処理能力、情報受信には限度があるとはいえ、「さすがにもうこれ以上は、非道い驚くようなことは起きないだろう」という油断があった。起きるときは変異事象は畳み掛けるがごときバタバタと起きるものだ。まだ、打ち止めではなかったのだ。
 
 
驚くべき事は、まだまだ、これから起きるのだから・・・・
 
 
だから、あやしい「人影」が高速で走り込んでサーカス芸人顔負けの連続大ジャンプしてエヴァ零号機の肩の上に乗って直通回線を用いて、今にも孤独死を迎えそうに打ちひしがれている綾波レイに「話しかけた」ことにも気づかなかった。
碇ゲンドウに知られたら打ち首ものである。
 
 
 
実際のところ、真・JAがエリックを、ロボットを一体乗せて、どれくらいのスピードが出せるのか・・・・真田女史の編み出した「JA最速理論」がどれほどの効果を持つものかどれくらいの速度を稼ぎ出すのか・・・・
 
 
「見ているといいアルよ、瑞麗。神腕クレーンが大地を掴まず、叩いて打つときどれほどの突進力が生まれるのか・・・(戦闘地震の吸収がどれほど上手くいくか、真田サンのお手並み拝見ネ)」
「はい、あにさま・・・・・でも、瑞麗はレイさまのことがしんぱいです・・・・」
小器用に衝撃波現場の混乱をさせて、ちょっと離れたところに移動した綾波李白たち。
ガード役のチンが自分たちが乗った車に飛行衝動を与えて鮮やかに逃げたのだ。
 
「そうっスねえ・・・・いきなり赤い銃なんかぶっぱなしちゃって・・・・ストレスたまってたんスかねえ」
当たらずとも遠からずのことを言うピラ。無生物への勝手の違う力を使いすぎてへばっているチンを団扇であおいでやってる。
「その件はちょっとほうってさしあげた方がいいアル。へたな同情は後継者のためにならないアル。その前に自分たちの仕事を果たすアル。チン君はよい仕事をしてくれたアル」
「ど、どうも・・・・へひへひ・・・・」
別にネルフの一員でもない綾波者たちはあえて、視線を既に勝敗は決まっている決闘場のほうへ。後継者が何を考えていようと綾波者はついていくのみ・・・・・・それゆえに。
その意志で仲間の機体を撃ったというならばそれでよいし、後継者がなんらかの精神コントロールにはまり道具に使われたというならあとでしんこうべに報告するだけだ・・・全綾波者に非常召集がかかるだろう・・・取りあえずあの銃職人は潰す。
 
 
 
”ラ・ピ”、”カンタカ”、”アカシア”、”リゼット”・・・・多足歩行制御の四名馬柱
それを書き加えられた手足、人工島しんこうべを持ち上げる神腕クレーンのノウハウ、大兄細胞と烈鋼人骨を綾波理化学研究所から供与されて製造された特製の腕部、一踏みで海を退かせて新たな領土をオランダにもたらす陸神巨人の足、グレイグラスセンチュリーフェッド社の秘蔵のテクノロジーを埋め込んだ足部・・・が、どう応えるのか。陸を空に浮かべる腕と、海より陸を産み出す足とが。
 
 
「近・現代戦においてもっとも多くの戦争を経験しているのはイギリス人だよ・・・・」
U・R・Uの格納庫で総裁が乾いた声で語る。妻に、ラディウスに、そしてU・R・Uに。
「大勝はしないものの、一度として決定的な敗北を喫したことがない。いったん戦争となれば彼等ほど勝利のために執念を燃やす国民も珍しい・・・・。自国の戦力が弱体であろうが保有戦力が旧式であろうが力の限りに戦う・・・・スピットファイアでルフトバッフェを完璧に打ち破るようなこともできるが、フェアリー・ソードフィッシュのような時速250キロにも満たない低速低性能の複葉機を用いて地中海の制海権を掌握していたイタリア海軍の戦艦三隻を一夜にして沈没させるような真似もしてみせる・・・・・」
 
 
「タラントの夜襲を見ることができるか・・・・・・または、B・O・Bバトル・オブ・ブリテンか・・・・君たちの力をとくと拝見しよう・・・・”鋼鉄法廷”を開くのはそれからでも遅くはない・・・・」
語りは全く興奮も強調もなく、淡々と古代の法典のように乾ききっている。
U・R・Uの電火眼以外に、殆ど明かりらしい明かりがない格納庫に総裁夫婦、人形ラディウスの服装が朧気に浮かぶ。歯車や機械部品をモチーフにした特殊なそれは、「法服」・・・・連合の勝利も敗北も、さしたる興味はない。ただ、その力を裁くのみ・・・・
山椒魚めいた得体の知れない意志に濡れた目が。そう告げる。
 
 
JA最速理論・・・・・始動・・・・RUN
 
 
一番近い予想をしたのは、やはりそれを肌で感じることができたSUPERロボの迎撃観測用システムだったが、そのケタが違ったし、結果は連続フォルトを出したあげくにすぐさま何十もの緊急重度のエラーメッセージで赤書きされて廃棄された。汝ら、意味なし。
カウンターステルス用のOTHレーダも、インパルス・レーダも、バイスタティック・レーダーも、高周波レーダーも、一気に沈黙させられた。「感知不能」「認識不能」を交互に繰り返しやがて・・・「吹き消された」。風が、吹く。吹き抜ける。
 
 
それは神風。使徒を薙ぎ祓い、エヴァを転倒させて追い越す、主役の座を奪う鉄の神風が。
 
 
超・音速分身突撃(オーバーソニックパラレルディレイタイフォーンチャージ)
 
 
見える見えない、速い速くない、のレベルではなかった。
電気騎士を背に乗せた真・JAの残像が超ド級ウラウラウラとSUPERロボに迫り。
あまりの常識外れの速度ににわか造りの空力対策装備が刹那の空白に浮き剥がれていく。
JA連合軍百万騎が怒濤となって押し寄せる蜃気楼ミラージュがSUPERロボを呑み込んだ・・・・・と思ったら、
 
 
めどん
 
沖合十五キロで異様な音が発生した。深海から怪獣が浮上してきたわけではない。
単に、ランスで突き飛ばされたSUPERロボがその後ろの旗艦クトゥルーフにぶつかり半分埋め込まれても、まだ与えられた突進力が消えずにそのまま艦ごと沖合に押し流されたのだった。もちろん、プレゼントされた衝撃は艦のあちこちに波及し弱い部分を破壊した。
特に、デリケートな半重力装置などひとたまりもない。これが壊れると派手にこんな音がするのだった。そこを突進衝撃波によって海を掻いて生まれた逆津波が覆う。
超高速巨大メカジキターボに乗せられて海に強制退去させられたようなものだ。
ちなみに、ソードフィッシュとはメカジキのことである。
真・JAとエリックは機械のスピリットにファイアーを燃やしてランスを高く天にあげ、戦闘妖精の祝福を受けている・・・・・時田氏の目にはそれが見える。
 
 
ゆっくりとゆっくりと沈没していくクトゥルーフ。その名の通り、善神に追いやられ深海の神殿にしぶしぶ休眠しにいくかのように。
悪夢的外観はともかく、内部には生きた人間が多くいるわけで、ここで「正義はやはり勝ったのであった」で海に沈む夕日を見ながらのエピローグで、エンドマークをつけてしまうわけにもいかない。海にある「あやかし」と「赤壁」が大急ぎで救助に向かって封鎖も一気に解除。これぞまさに大地が鳴動する聖書崩壊級の巨人の戦い、巨大ロボット戦の醍醐味である。
 
 
どんなわからんちんのついでにとんちんかんでもこれは理解するしかない、いきなり支離滅裂に見せつける圧倒的絶対余裕勝利であった。
 
 
<第一回戦>電気騎士エリック・真・JA組 ○ VS SUPERロボ ●・・・・(と、MJ−301旗艦クトゥルーフ)
 
 
何が起きたのか理解することに時間がかかる。初めから予想していたのでその通りになって理解する必要もないのは、時田氏と真田女史と綾波李白くらいなものである。
これが意図的にやったのであれば海上衝突予防法違反であるが、ともかく戦果として文句のいいようもない大勝利である。いくら恥知らずでもこの敗北の原因が「2対1だったから負けたんだぞう!そうじゃなかったら勝ってたんだもん!わーん」などと言えぬほどのビッグVであった。
 
 
「うー・・・・む」
勝ったはずのリチャード・ポンプマンが、遠い海を見つめながら、なにか考えている。勝利の実感がわかないのだろう。決闘はまだはじまって一分も経過していないわ、誰も勝利をコールしてくれないわ、で。相手の悪辣な作戦の一種ではないか、と騎士の本能で感じ取ってしまい、未だ警戒が解けぬ状態。だが、相手はいつまで待っても戻っては来ない。
クトゥルーフに当たらなければ、そのまま太平洋を横断して自分の国に帰れたかもしれないほどの目にあったのだ。戦意もねこそぎ喪失しているだろう。これでまだ戦おうと考えるのだとしたら単なるバカである。首をひねっても答はでない。もう勝負はついたのだ。
 
これが、使徒殲滅業界の第一線級のレベルである・・・・。
 
 
 
「そんなバカな・・・」
招待客によく見ろ、といったのは自分であるからきちんとモニターを見ていたUBダイアモンド。そして、そこに映し出された驚愕というのもなまやさしい驚天動地の光景。
大人と子供のケンカというのもおこがましい、とんとん紙相撲の力士とモノホンの横綱がやり合った以上の差での大負け。実力うんぬん以上にケンカを売った事自体がすでに間違っていたのだ。・・・・その割には横綱は遠慮も大人げもなにもなかったわけだが。
 
「まさに東洋の神秘・・・・」「イッツ ミラクル!」・・・・招待客もようやく勝敗がのみこめてきたようで、会場のあちこちでJA連合への称賛の声があがる。それに反して、あまりに一方的な条件を突きつけてきた、フィンランドに対するソ連のようなMJ−301へはハープーン冷笑ミサイル、エグゾゼ嘲笑ミサイルが突き刺さる。ダイアモンドの面の皮もさすがに一部破損する。
時田氏が悔し紛れにでっちあげたトリック映像なのではないか?・・・・一瞬、そう考えたが、最高緊急度の連絡がクトゥルーフから届くとそれが嘘でも幻でもトリックでもなんでもなく、まぎれもなき真実、ノンフィクションドキュメンタリーであることが分かった。
旗艦がああなった以上、撤退するほかない。・・・・・だが、陸揚げしているからいいが、運搬してきた協力組織のロボットはどうやって帰ればいいのやら・・・・いきなり立場的に追いつめられた。逃げ道がなくなってしまった。・・・・前に進むしかない。
ここを占領するほかない。・・・・・多少の流血はやむをえんだろう・・・・
この冷笑嘲笑を停止させるためにも。・・・・・・・一瞬、そこまで追いつめられたUBダイアモンドだが年季の入った悪党らしくすぐに己を取り戻した。
腐ってもさすがはJAだというか・・・・、エヴァ以外に使徒を倒した唯一の機体である履歴は伊達ではないということだ・・・・・あれはエリックの実力などではない、馬の足を務めた真・JAのパワーだ。確かに連合の代表機だけのことはある・・・・
SUPERロボの予想外の愚鈍なクズぶりもあろうが、その力を認めぬわけにもいくまい。
 
 
だが・・・・・勝負はまだ終わっていない。
次はレプレツェンだ。どういうつもりであんな園芸用を出してきたのか知らぬが、余計な助力さえなければ、マッドダイアモンドならば確実に勝てる!なんせ実戦経験が違う。
やはり実際の戦闘では機能より経験がものをいうのだ。テストと実戦は違う。
UBダイアモンドの顔に余裕が戻ってくる・・・・・・・連中の意外な善戦に惑わされてしまったが、こちらの勝利は約束されているのだ。だが。・・・・・万一ということもある。二度と同じミスは侵さない・・・・JA連合の連中がどのような卑劣な手を使ってくるか分かったものではない・・・・園芸用を出してくる以上、それなりの用意はしてくるのだろう、それともそれ自体がなんらかの罠か・・・・いや、旗艦を失った状況では少しでも早く制圧にかかった方がいい、協力組織が騒ぎ出す・・・こうなれば・・・・
 
「裏で手を回す」
 
 
「ふふふ。第一回戦はこちらのいただきですなア・・・・・二回戦も楽しみですねえ」
満面得意の時田氏。だが、
「それは、どうですかな・・・・・・・・・・」
凄惨な笑みを浮かべるUBダイアモンド。人間のものではない思考を作動させているのが時田氏にも分かった。
「クトゥルーフからの連絡によれば、SUPERロボのコントロールメンバーは全員生存しています・・・気絶してはいますがね」
 
「・・・・?それがどうしました」
反撃できないように、コントロールルームのあたりに機体を叩きつけてやったわけだが、真田君の仕事であるからその程度は当然だ。艦だって乗員が全員救助されるくらいの時間は余裕であるはずだ。「安全かつ強力かつ高速」これこそJA最速理論なのだ。
当たり前だろう、という顔の時田氏。そのド真ん中に言葉の毒ダーツが突き込まれる。
 
 
「クトゥルーフからの連絡によると、SUPERロボの火器管制が故障したようです。・・・・・・第一回戦の勝利は真・JAに敬意を表してお譲りしてもよろしいが、もし、電気騎士エリックの操縦者であるリチャード・ポンプマン氏が着弾時の爆発に”巻き込まれて死亡”した場合、この勝利は・・・・・」
 
 
「!!」
時田氏は最後まで聞いていなかった。この本格的ゲス悪に必殺の真空飛び膝蹴りを食らわす時間もない!”管制故障”とSUPERロボに責任をなすりつけたクトゥルーフのしぶとい悪の最後っ屁砲撃が飛んでくる!!狙いは・・・決闘場の一地点。マイクを握りしめて調整すると力の限りに錯乱ぎみに叫んだ。
 
 
「逃げろ!!リチャード・ゴーホーム!!」
 
 
沈みゆくクトゥルーフから可能な限りのミサイル、レーザー、飛来する砲撃が海より決闘場に叩き込まれた。エリックと真・JAも咄嗟に反応したが、いかんせん距離がある上に全てを防ぐことは不可能。盾となった騎馬巨人の脇をすり抜けて、一発のミサイルと一条のレーザーがリチャード・ポンプマンのもとへ届いた。炎が、爆発した。
 
 
あまりにも速すぎる速度で回転する事態。とても人の手におえなかった。
電気騎士団、団長リチャード・ポンプマンの姿が、炎と煙塵の中に、消えた。