「あーあ。遊べなくなったにゃあ・・・・」
ここで、完全にバルディエルは手を出すタイミングを失った。
 
 
使徒バルディエルが新弟子の稽古を見物するようにして、このロボットのぶつかり合いを見下ろしていたのは趣味以上の理由があった。本来の目的、レリエル狩りである。
使徒であることを放棄して、渚カヲルとともにいずこと姿を消してしまったレリエル・・・・・虚数空間をも操るレリエルをまともに捜索し追いつめることは不可能。
 
 
それが、ここに姿を現す・・・・・・・その可能性をじっと数えていたのだ。
この世界とのアクセスを完全に閉じてしまったわけではない。
綾波レイと碇シンジ・・・・もしくは惣流アスカ。これらの人間に、必ず接触をしてくるはずだ。 そのまま、消えてしまうことはない。使徒らしくはないが・・・・使徒でなくなったのだから当たり前か・・・別れの挨拶でもやる気なのかもしれない。
なんにせよ、なんらかのアクションがあるはず。それは、ネルフ第二支部の消滅、というあまりにもあからさまな、目立ちすぎる行動でも明らかだ。なんらかの意志が。
虚数空間の果てに逃げるなら逃げるで、ひっそりと消えていればいい話。
まさか、レリエルとてその行動に祝福が与えられるなどと考えているほどバカではあるまい。
 
 
そして、使徒でなくなったものと共にいるはずの・・・・・渚カヲル
 
 
お前は一体なんなんだ・・・・・・?もちろん、すでに人間ではない。
だが、与えられる使命なくして使徒になることもできない。使徒としての存在核・コア・・・議定心臓を失いながらその存在を続けるレリエルと、議定心臓を得ながら、その使命に縛られることのない渚カヲル。
 
それは、すでに使徒と呼べたものではない。使徒ではなく、人間でもないもの。
 
 
二人の存在が合一のものになった、というならばまだ話は分かる。そのようなケースは希にだが確かに存在した。使徒と人が交わり、といっても、結局は同じ使命に動く使徒が一体残っただけのことなのだが。この場合でも、レリエルが議定心臓を失って、渚カヲルがそれを継承したということで、渚カヲルが新・レリエルとなったというなら納得できる。
レリエルのカタチをなしていた線は、塵芥となる。これでいい。そのはずなのだ。
 
 
だが、融合することもなく、二つの存在が確かに感じられる。
 
 
もしや。遙かなる時の果て。
人間も、使徒も、その種の寿命が尽きたことを告げに来る、最後のシ者にでもなったというのか。
 
 
まあ、いい。捕獲してみれば全てが分かることだ。最強の幻想冠をもつこのバルディエルに敵うはずもない。アクセス地点さえ判明すれば・・・その接触瞬間をおさえてやる・・・・・その可能性として最も高いのが、チルドレン。特に、この間までレリエルが心肺機能に同化していた綾波レイ。次点が、碇シンジ・・・・こちらは渚カヲルからの接触が高確率で期待できる・・・・・逆に言うならば、この二人に「何事か」あれば、待つ時間は短縮できるかもしれないわけだ。相手が死んでしまえば意志を伝えることも出来ない。
 
 
人として、最後の、そして、最初のことばを伝える前に。
 
 
伝えたいその相手が、消えてしまえば?・・・・・生命の危険にさらされれば?どうかな
 
 
かといって、あまりにも露骨にこちらが待ちかまえていればバレてしまう。こちらの存在を気取られぬように。・・・・・その慎重さが仇になった。
おかげさんで、このロボットバトルは非常に面白くないものになった。つまらない。
第一回戦で介入してSUPERロボと騎馬エリックを痛み分けくらいに調整しておけばよかったのだが。
 
 
ジグジグジグジグジグジグジグジグジグジグジグ・・・・・・まだ頬肉が傷む。
魔弾の跡
 
 
人間の武器がこの身を傷つけるどころか、このような治りが遅いダメージを与えるとは・・・・・まだ信じられないが、命中させたことにはもう驚くほかない。人の怨念、執念。霊長類などとほざくだけのことはある。それで試合は一瞬で終わったのだからもう手の出しようがない。さすがのバルにも「あ、今のナシ。ノーカン、もう一回」などという力はない。それに気づいてやったわけではあるまいが・・・・・それだけにレリエルの影を感じるのだ。人の運命を見続けてきた監視役ならではのタイミングではないか。
痛みを与えられることには怒りはない。バルディエルにとってそれは、どちらかといえば、喜びであった。ただそれが、自分の力を分け与えて育てた挑戦者であればの話であり。
これがレリエルの引き金だったら、タダではおかない・・・・・また頬肉が傷む。
 
いたたたあたたたたあたたたたあたあたたた・・・・・・ーい!!膨れ上がる片顔。
 
 
そんなわけで、深夜の虫歯にやられたように、いいところで介入のタイミングをずらされてロボットバトルは戦の歌のごとくならなかった。機能強化はバルディエルの十八番だというのに。使徒に痛撃を与えるのはエヴァの仕事であるから、それを考えるとどこまでも任務に忠実な綾波レイであったわけである。
 
 
そして、その綾波レイがいよいよ出場する第三回戦・・・・・・
バルディエルにしてみれば、仕事と私情ががっちと組み合わされたまさに腕の見せ所、力の振るいどころであったのだが、それがそうもいかなくなった。
 
 
理由はヨッドメロンにある。
 
 
たかだか人間の「空間遊び」などと侮ってはいたのだが・・・・・またしても影の作為を感じる・・・・・どえらいところに「貫通」させてしまっていた。原子の火遊びすらも黙認してきたバルディエルであるが、さすがに顔色が変わった。人間の分をわきまえない能力の拡張というのは・・・・主が指先一つ動かさずにそのうちお前たち自身を滅ぼす!。
 
くそ・・・・・「月」なぞに。あそこになにががあるのかしっているのか?。
アドニム・アイオーン
何者であろうと簡単に触れていい代物じゃあないんだぞ・・・・人間ども
地上の道にあるものは何一つとして恐れるものがないバルディエルが弱っていた。
 
 

 
 
 
ナギサの月。
 
 
その月は大気があって人が住めたが、不幸な月であった。
 
その月には神がいないので使徒もいなかったが、その代わり「月怪」という人間の天敵が存在しており、夜になると空から鱗のような雲をちぎってマント代わりにはおり、それで地上にゆるりと降りてきては眠っている人間を食った。ビルをまたぐようなものから犬程度のものまで、サイズはさまざまで、人間の美的感覚とは完全に縁を切った異形のカタチをしていた。共通するのは鱗の夜雲をマントにしていることくらいでそのバリエーションは豊かで、強いのもいれば弱いのもいた。拳銃で倒せるのもいれば、原爆を落とされても平然としているような魔神めいたものまでいた。それがほぼ毎晩、月の全世界の至るところに数百、数千、多いときには数万の単位で降りてきては眠っている人間を喰らった。
 
 
ただ月怪には、一つルールがあるようで、どのように巨大で凄まじい力を持った者でも、眠っていない人間を食べることをしなかった。催眠光線を浴びせかけて強制的に眠らせる、という真似もしなかったから、人間はなんとか食い尽くされずに絶滅せずにこれまで生き延びてこられたといえる。夜の間、眠っている人間を探し、朝になれば月怪は空へ戻って行く。
 
 
人々の暮らしは昼夜逆転を余儀なくされた・・・・・ということにはならなかった。
ここの人間は昼寝をすることができなかった。昼間には眠れないのだ。月怪が眠っていない人間を食べることができないように。ナギサの月の人間は眠ることがない・・・・。
 
 
昼間には”かならずやっておかねばならないこと”が、ナギサの月の人間にはあったのだ。
 
 
その結果、人々の瞳は赤くなる。月怪の恐怖は遺伝子に刻まれ、胎教もあるが、現在、生まれてくる子供の目は99%既に赤くして、生まれた直後より眠ることがない・・・。
動物としての摂理に完全に反しているその生活パターンは、てきめんに寿命に響いた。
人間はどんなに生きても30歳まで。昼夜生きて二倍速で人生を駆けているとはいえ。
夜、食物連鎖の階梯をもう一段階上がって、月怪に脅かされずに穏やかに眠ってのんびり夢を見ることは、人間の悲願であった・・・・。
 
 
休眠することを許されず、月怪の恐怖に刺激され加速された人間の戦闘本能は、その悲願の達成方法を、蝕の日に発見した。蝕の日にはどういうわけか、月怪が調子を悪くしてかどうか、何十体か空からドサドサ落ちてくるのである。鱗雲のマントがないとゆるりと降下できないらしい月怪は地面に激突して死亡、もしくは半死のところを恨み重なる人間の手によってたかってトドメをさされて蟻にまみれた蛾のように死亡、とこういうあえない最後を送っていたし、人間もそれが当然でその日は祭りさえ行って憂さ晴らしを楽しんでいたのだが・・・・・・
 
 
とある知恵者があることを考えついたのである。
 
 
この落ちた月怪どもを、飼い慣らして、自分たちを守る手駒、もしくは月怪を追い払う番犬にはならないだろうか、と。その知恵者は、ストレートな性格であったから、愛情を持って接してケガを治してやって恩にきせる、などという方法はとらずに、「脳天を刳り貫いた」・・・・そこから、命令を伝える金属管を通してみたり、いろいろ工夫はしてみたが、その実験に耐えられず月怪は死亡。それでも諦めずに、知恵者は助手とともに実験を重ねた結果、とうとう墜ちた月怪を自分たちの手下にすることに成功した。肋骨の隙間部分から心臓を死なぬようにして貫いてやるのが一番良いようだった。この方式を「エヴァ方式」といい、そこから転じて、墜ちた月怪を支配したものを、「エヴァ」と呼んだ。
月怪の襲撃、これは自然の摂理でどうにもならぬ、という者もいたが、とりあえず相手とやりあえるレベルの武器を手に入れて、人間の反撃が始まった。勝てる戦かどうかは不明だったが。
 
 
知恵者は助手の婚約者だという軍人に記念すべきエヴァ初号機に乗ってもらった。
月怪の心臓に打ち込んだ巨大な杭の中に操縦席を拵えてあった。
今まで一方的に食われるだけだった月怪に乗り、そして月怪と戦う・・・・尋常な度胸と神経ではなく、もちろん教科書にも載り、この後続くエヴァの戦術教本の裏表紙にその顔写真が掲載されることにもなる・・・・つまりは英雄だ。実際のところは、記録に残っていたとおりの単独出撃ではなく、心配に心配した許嫁の助手が、実験機であったエヴァ零号機に乗ってついていったのだが、それでもその戦果たるや目覚ましいものがあった。
その夜。
 
 
強い、強い、強い、強い、強い、強い・・・・・・完全な奇襲であるのをさっぴいても、エヴァ初号機はビルより大きいサイズであり、その夜の月怪は数は多くともその大半が動物サイズであり、初号機と同じサイズのは9体しかいなかったとしても・・・・・
鬼神のごとく、阿修羅のごとく、エヴァ初号機は月怪どもを薙ぎ払い叩きのめし続けた。エヴァ零号機とともに、殺戮のダンスを踊り続けた。これも公式記録には残っていないが、この時の撃破スコアは初号機より零号機の方が多かったという。
 
 
これだけで終われば、晴れがましい人間の勝利、誇らしい初陣となったのだろうが。
 
異変に気づいたが、月怪どもにも連絡のネットワークがあったのか、眠ることのない人間の造り出したこの「悪夢のかたち」によってたかって増援攻撃を続け、途切れることはなかった。月怪どもも、仲間の死体をこのように使う人間の邪悪さに怒りを感じていたのかもしれないが・・・・・激闘死闘の夜となった。初号機も零号機も互いを守りながら一歩も引かずに月怪を迎え撃ち続けた・・・・。
 
 
そして、二機背を守り寄り添いながら朝を迎えた。月怪もわずかな数となって戻っていく。
月怪の死屍累々。大勝利であったろうが、人々の歓声は途中で消えた。
杭の中から応答がない。二人は、中で息をひきとっていた。助手のほうはもともとあまり体がつよくなかったための過労死と思われる心臓麻痺、後半になって獅子奮迅の働きで零号機を護り通した軍人の方は、体が半分溶けていた・・・赤い流れの跡を辿る、血になって初号機の心臓に流れ、注ぎ込まれていた。強いことは強かったが、限界を越えていたのだろう。やはり、研究の余地がまだまだあった。そうまでしなければ、支配したはずの月怪の戦闘熱狂を抑え込むことはできなかったのだろう。初号機も、零号機も激しい戦闘の消耗で戦闘用としては使いものにならなくなって、研究用として一線を退くことになった。
 
そして、いまだこの初陣後半戦の初号機の撃破レコードは破られていない・・・。
 
ふたりは手厚く一つの墓に葬られた。周りにはたくさんの桜の木が植えられて、そこはエヴァを駆る者を育てる訓練学校兼研究所が建てられた。
初めての人間側の反撃に恐れをなしたのか、月怪は半年間、夜空から降りてくることはなかった。その間に、人間はエヴァの製造、乗り手の育成に全力を注いだ。
それは、通常兵器の進化強化とは根本的に違う、月怪の殲滅を念頭においた戦略の根本的変化を意味した。いつかは逆にこちらから攻め入って根絶やしにしてやる、とそのためには月怪と同じレベルの、それを凌駕した戦闘力及び、飛行能力が必要だった。そして、エヴァはそれを可能にする。たとえ長い時間がかかろうと・・・・
初号機と零号機に乗った軍人と助手が最後まで逃げずに戦闘を続けたのは、その意思を示したものだと、人々は了解したし、教本にも書かれることになった。貴い犠牲のこの二人がそのうち神格化されていくのも当然のことだったのかもしれない。
知恵者は月怪の捕獲と支配の技術を体系化したところで早い寿命が尽きた。この知恵者の遺体も訓練学校兼研究所の一角に埋められた。奇妙なことに、その周りの桜だけ青い花を咲かせた。月怪の脅威を退けるという大義名分のもと、私有であった訓練学校兼研究所はすぐさま国有化され、巨大な組織となり、技術は世界中へ高速伝播された。蝕の日の月怪の落下はどこで発生するか分からぬし、エヴァとして使えるレベルの月怪が墜ちてくるとは限らない。それでも、月日が過ぎその数が千体を超えたとき、月怪を支配使役する技術体系はとりあえずの完成をみた。それは、予め操縦者が自分の血肉を喰わせておいて、戦闘中の月怪の自意識覚醒を防ぐ、という荒っぽい部分を残していた。初陣の悲劇を克服しきれなかったわけだ。
 
それくらいの気性の烈しさ、いやさ魔性がなければ確かに月怪を操れないのかもしれぬが。
エヴァが月怪を狩れば狩るだけ、確かにそれだけ襲撃回数が減り、人は眠ることができた。
逆に、眠る人間をエサにして、罠をしかけてそこにやってくる月怪をまとめて倒す、という豪な戦法をとる猛者エヴァもいた。
 
そのうち、”眠巫女”という昼間眠ることが出来る、特殊な才能をもつ人間が生まれるようになり、そこに月怪捕獲神殿をしつらえて、ふらふらと昼であるのにたった一体でやってくるボケた月怪を捕らえてエヴァ化できるようにもなった。眠りフェロモンでも出ており、非常な鋭敏なものが感知できるのかどうか理由は分からないが、どちらにせよ突然変異なのだろう。ボケているだけにあまり強力な個体ではなかったが、それによってかなり数が揃えられるようになった・・・・。
 
 
一進一退、じりじりじわじわと、月怪を圧し始めてきた。たとえ輪番であったとしても、眠ることが出来始めた人間は強くなった。寿命もわずかに伸び始めて、三十を越す人間も出始めた。特に強力なエヴァ数体が守護する地域に、世界中の赤ん坊を集めてそこで寝かせておくドーム都市も建設された。そこで育つ子供たちは眠り巫女などの才を持つ者の誕生率が高く、生命力が旺盛で、微量の血でも月怪を支配しエヴァと契約し得た。
 
 
この勢いでいつかは月怪を全滅に追い込める、・・・・・と人間が調子に乗りはじめた時。
 
 
月怪側の大反撃が行われた。当時世界で最も強いと謳われたエヴァ666号機とエヴァ999号機とエヴァ一千号機とエヴァ3776号機が一夜にして「喰われた」。
その四天王の四体が守護するドーム都市で眠る赤子も同様に。ごっそりと。
 
 
歴戦をくぐり抜けた勇者四機が、あっさりと。
敗北したのではなく、新式の、これまでにないタイプの月怪に「眠らされた」のだ。
その一夜の被害は絶大なもので、配備されていたエヴァのおよそ四分の一がやられた。
対面した一機たりとも、その新式月怪の睡眠念波に対抗できなかった。
エヴァに乗っていない人間は眠ることはなかったが、これは対エヴァ用の月怪の新兵器なのだろう。これで一気に人間の勢いは凋落。振り出しに戻る、でエヴァのない時代まで。
 
 
この状況を打開するのは相当な勇気が必要になる。だが、エヴァの出撃を躊躇する操縦者たちの前に進み出て、一人の眠り巫女がこう言った。「昼間、寝ているからわたしなら大丈夫かもしれません」。操縦者たちも指揮官たちも彼女の言を無視した。戦術的に言ってそういうことではないのだから。「なにを寝ぼけているんだ」・・・彼女は有史以来、はじめてそれを言われた女。にこっと笑って人々の前から退出すると、残存する中で最も強力なエヴァの所へ行って「わたしをのせてください」と願った。眠巫女が先任の契約を解除し、新たに自分との契約を結ばせるのに何を代償としたのかは分からない。彼女は一人で夜に出ていって、新式の睡眠念波月怪を倒し尽くすまで戻ってこなかったから。戻ってこれる体ではなかったのかもしれないが、公式の記録にはない。
 
 
・・・・・このような鼬ごっこが延々と続く。
ついてつかれてつきころされて。ひいてひかれてひきころされて。まいてまかれてまきころされて。やってやられてやりころされて。
子供が遊びでつくる歌のように。
現代の、「この日」まで。
 
 

 
 
「・・・・・・・」加持リョウジには珍しい、苦渋の表情。余裕の風が止んでいる。
止まざるを得ない。この少女の作り話の前では。だいたい先が読めてきた。この結末を。
いや、ストーリィとしてのタイプが分かってきたというか・・・・この話には
終わりがない。幸福な幕切れは、月怪に最初からすでに奪われており、人は苦しみ続けるようになっている。その構造が。なんの救いもなく。
 
 
「どしたの?おじさん」
無意識のうちに、片手をあげてその話を中断させていた。ジャムジャムはそれで気を悪くしたふうではなく、なにか質問があるのだ、と考えたのだろう。
結末が知れたとしても、加持リョウジはまだ対話する必要があった。
 
 
「あ、そ、そうだな・・・・ちょっと不思議に思ったところがあってね。
昼間、人々が”どうしてもやらなくちゃいけないこと”ってなんだい?」
 
ジャムジャムは、よくぞ聞いてくださった、注意深い聞き手を得てあたしゃ幸せだよ、とでもいうように、にこっと笑って答えた。
 
「人間は、昼間、いっしょうけんめい兵器を造ってるんだよ。学者の中では、月怪はそれが気にくわないから襲いかかってくるんだって人もいる。実際に、夜のうちに月怪は兵器工場を探してはそれを使えなくしたりするんだよ」
 
答えるその笑顔を見れば分かる。
箱庭の主は、人間にも月怪にも、どっちにも味方していないらしい。それが哀しかった。
これ以上聞くに耐えない・・・・が、少女の話はまだ続く。聞かねばならない。
主導権は完全にあっちが握っているうえに・・・・理解する必要がある。この子を。
話すことは作り話ばかりだけれど、この子には真実がある。世界の最も片隅に追いやられた、それゆえの四方の主。兵器のお城に閉じこめられた茨姫。流れることも動くことも許されなかった極点の欠片。それを血が出るほどに握りしめている。指が切り込まれボトリと落ちかかっている。誰にも相手にされることもなく、そして自分にはその時間がある。これもなにかの縁だろう。その手を、ひらかせて、太陽に透かせてみることをおしえることくらいはできるはずだ。もし、それ人とは人のからだであると、そういうならば誤りであるように、さりとて人はからだと心であるというならば、これも誤りであるように、さりとて、人は心であるというならば、それも誤りであるように、と言って正体の知れきった月を月天子と称した童話作家の話をすることくらいは。
 
 
「なんでつくるのかは、よくわからないんだけどね、そうなんだ」
設定というものはそういうもので、ジャムジャムがそう決めたならそうなのだろう。
 
「ふーん・・・そうだったのか」感情の喫水線ギリギリをこらえて、加持リョウジは興味深そうに肯いた。
 
「おじさん、いいひとだね。目は赤くないけど。あっ、そうだ!」
ジャムジャムは一人でガッテンすると、ポリバケツの底から何やら冊子を取りだした。
「これ、非売品の読本だよ。おじさん熱心に聞いてくれたから、あげる」
 
「そうかい?ありがとう」
開いてみると、細かい字でびっしりと設定が書いてある。ちょっとした歴史書なみだ。これを読むのに老眼鏡が必要になったらほんとのおじさんなんだろうな、と軽口を叩いておいて、内心は別のことを考える・・・・この能力、この想像力は兵器処理場のような単調なことに使われていい力ではない・・・・この才能が本来、どのように使われるべきだったのか・・・・開花されるべきだったのか。考えながら頁をめくり、最後の頁へ。口で話す分には終わりがないが、こうやって製本されてしまえば必ず終わりがある。たとえ、次巻へ続くであったにせよ、だ。
 
 
そして、最後の頁には・・・・
 
 
「推理小説じゃないから、最後から読んでもいいんだけどさっ」
その前に頬をぷうとふくらませたジャムジャムから注意が飛んだ。ジャムパンだ。
 
「あ、いやいや、もちろん、聞かせてもらえるかな、続きを」
 
 
だが、加持リョウジはこれに目を通しておくべきだったのだ。最後の頁に何が書いてあったのか、それを知っていればこうものんびりジャムジャムと対してはいられなかっただろう。それが幸であるのか不幸であるのかは誰にも分からないにしても。
ヨッドメロンの情報が最後まで届かなかったので、葛城ミサトは不幸だっただろうが。
 
 
それこそが、ヨッドメロンが至高聖所から追放された原因なのだから。
そして、それがゆえに、葛城ミサトたちの前に立つことになったのだから。
 
 
 
月怪読本の最終頁には
 
 
 

 
 
 
こんやは、ほんとうに、つきが、きれいだーーーーーーーーーーーーーーーーー
 
 
一瞬だけ、そんな惚けた想念にとらわれてすぐに葛城ミサトは眼前に展開する現実を捕らえなおした。その目はすでに、ヨッドメロンから、それが産み出した光円に。夜空を背にする巨大なそれは、言ってみれば「月」である。どのくらいの高度と距離があるのか、ひどく近いような気もするし、果てしなく遠いようにも見える。
黒檀の櫛で髪をすくこともない、満月(フルムーン)
 
 
さうっ・・・・・・・
 
 
銀色の光が吹いた。浮かび上がる人の風蛍。あざやかに、かつは仄か。いきのこった心中のかたわれをよぶかのような、冷やっこい風。死火山塊から、きた光。光に濡れた手が、重たくなる。射抜かれた目は幻想を見る。山のススキに、栗が落ちる。畑をわたる狐、野路の果て、遠樹の上、電話線の上にびしょぬれの小鳥、波打ち際に落ちているボタン、青にふるえるくらげ、回転の衰える風見、枕元のジャスミンの花、破れ窓の障子から外面を見渡す女、猫目石を胸の底にしまいこむ敬虔な詩人・・・・・大急ぎでそんなヴィジョンで覆わなければ、魂の機能が確実にひとつかふたつは押し潰されていた、それほどの狂気の月光。狂気に対抗できるのは幻想のみ。精神に幻想成分の少ない人間はバタバタとやられる。恐怖に震えながら蹲ったり昏睡状態に陥ったり、とアルコールに強いかどうかみたいなものだが、その点、やはり使徒と戦い続けてきたネルフスタッフはレジストしきった。
 
 
 
「へえ・・・・・このレベルの現魔象を耐えきるとは、大したものですの」
魔女・メアリー・クララタンが賞賛する。ここはレプレツェンの格納庫、の屋根の上。
いろいろと騒がしいのはお断りなので自分の仕事を終えるとここにいたのだが。
魔女の感覚にはここまで離れていても分かる。事態はもはやロボット同士の、いわば科学技術を基底とする一般人の手に負えるものではなくなっている。限りなく魔法よりの、人界においては禁断の領域に入ってしまっている。つまり、「ただの力ではたどりつけない世界」だ。「用事は済ませましたし、このまま英国に帰ろうと思いましたけれど・・・・・」
好奇心は猫をも殺す、というけれど、魔女はそれを使役する立場。
 
「この一幕を見逃す手はありませんの・・・・マーリンズのためにも」
 
マーリンズマーリンズマーリン・・・・・現段階では確かに”どうにもスカ”としかいいようがない我らが魔法の若様ではあるが、おそらく最弱のチルドレンであろう、だけれど、それは彼がエヴァにのって戦士や騎士として振る舞おうなどとするためだ。なんだかんだと子供であるから、あの電気騎士団の団長に影響されているのだろう。魔法使いは魔法使いでしかない。それは人類最後の決戦兵器に乗ろうが変わることのない真実。その才能と適合しない独逸のギル・プログラムは使えないこともある。だから、時間をかけてでもそのメソッドを自ら編み出していくほかない・・・・その才質を有効に開花させることができたなら彼に敵する者はいなくなる・・・・巨人のサイズで用いられる魔法というのはそれほどの威力がある。文字通り、世界を変えることすら。魔法使いの復権を果たすことも、無論。・・・・・まあ、そういう使命感も理解もないから、進歩がなくて遅れてて、スカ、なのかもしれないのだけれど。
 
「でも、そこらへんがいいんですのっ」
どこからか取りだした、マーリンズ人形をおもいきり抱きっ!とすると、しばらく浸る。
・・・魔女でなかったら、確実にオトコをダメにしそーな感じである。
 
正直なところ、クララタンにとって、魔法使いの復権なぞより、将来10年計画で美青年になったマーリンズが自分のものになることのほうがよっぽど重要なのであった。
 
「さて」
そこから、ふわりと地上に舞い降りると、そこらにあった整備員のバイクで一番良さそうなのにこれまたどこからか取りだした「顔面シール」を張りつける。ぺた。そこにハンドルも握らずに横座りすると「では、マートスさん、発進してくださいですの」とキーも回していないのにエンジンは駆動し「へい!合点だ」とばかりに疾走しはじめた。振り落とされることもなく、魔女の他にバイク泥棒という肩書きを加えてメアリー・クララタンは第三回戦の渦中へ向かった。
「あ、英国の法典では、持ち主が気づかないうちに戻しておけば犯罪にはならないんですの。そこのところ、よろしくですの」
嘘つきという肩書きも加えながら。
 
 
「あ、月からなにか落ちてきた」
これは、ほんと。
 
 

 
 
使徒を相手にしているから、たいていのことには慣れっこになっており、いちいち相手のアクションにビビッたり過剰反応していたら戦闘にはならないのだが、それでも、葛城ミサトは目の前の「もの」に目を丸くした。人間として許された肉体能力限界まで、ズームする。一瞬、日野日出志のマンガもびっくりの目玉ぐあいであった。
 
ヨッドメロンの産み出した「月」から、なにか黒い影が見えるなあ、と思ったらそれがだんたんと巨大化して・・・・・それは重力にひかれて落っこちて、つまりは墜落しているのだ、とそして、その影は・・・・高速度撮影カメラのようにはっきりと見えた・・・・エヴァに酷似している・・・・・実のところ目玉超人でもない葛城ミサトの肉眼に映ったのは正確詳細な映像ではなく、その事実一点のシルエットなのだが、脳は仲間だと判断し、葛城ミサトは咄嗟に命令した。
飛行しているのではなく、その能力を喪失もしくは全機能停止寸前にまで追い込まれたボロボロの破損具合を見抜いたせいか・・・・商売柄、どんな遠方だろうか細かい傷だろうが見えてしまう・・・・あれは。単なる墜落だ。このまま放っておけば。
 
綾波レイに、朱夕酔提督。打てば響く、といったタイミングで二機が動く。
 
「わっちの黒妖壁と白牢壁で落ちてくるのを”包む”から、それを受け止めてほしいんだよん・・・・できるぇ?」
「了解」
簡単に朱夕酔提督は言うが、それがどれだけの超絶技巧であるのか・・・・・
包んで、こっちに受け止めるように、渡す、などと・・・・野球をしながら料理をするようなもんだが、そうでなければあの巨大質量の衝撃は中和しきれない・・・・これは、落下してくるものの中に、エヴァと同様に「人間が乗っている」ことを前提にしている。
でなければ、別にこんな手間をかけなくとも、ふつうに落下点でフィールドを張ればいいだけのこと。その代わり、落下物はただではすまない、というか自分で落下のエネルギー全てを引き受けることになり粉砕されることになるだろう。内部の人間もひとたまりもなかろう。・・・・これは事実確認したわけでもない、ただの想像にすぎない。内部に人間など乗っていないかも知れないし、なんせ、ヨッドメロンの生んだ月から出現したものだ。
怪しさ満点で、人間落下傘爆弾ならぬ、エヴァ墜落爆弾でないという保証もない。
墜落にみせかけて、急に襲いかかってくる可能性も捨てきれない・・・・
常人ならば、かくのごとしの疑いと警戒を捨てきれず、コンピューターもその二つの間を高速でグルグル回転するだけで、一歩も足を踏み出すことなく、グラウンド・ゼロに至っただろう。
 
しかし綾波レイは即答する。人格と色は変わってしまったが、操作するのがあの明暗で参号機ならば・・・・たやすくやってのけるだろう。突如現れた巨大質量の落下物をくまなく包み、ダメージが内部に完全に及ばないようにしつつ、こちらにいかなる攻撃もされぬように封じてしまう・・・・これはもう人間業ではない。機械の速度でも為しえない、”何か”が必要になってくる。が、黒羅羅・明暗、いやさ今は朱夕酔提督か、はそれを持ち合わせている・・・・そんな確信がある。極めの技、というものを。
 
「フィールドをうまく中和してほしいんだよん。・・・・人の戦気の残り香がある、けどかなり衰弱してるみたいだよん」
 
とはいえ、それにのんきに感心、または信用している場合でもない。自分もまた、そうされているのだから。綾波レイ、零号機、ともにATフィールドの中和技術などない。
それをいきなりやれ、という。語尾こそあれだが、人に命令しなれた者のやることだ。
微塵の甘えも許さずに。やれといったらやれと。・・・・そう、やるしかない。
 
「いよっと」
「はい」
 
実際には、臼の餅を杵で突いて、ぺったりと水手でひっくりかえすほどの時間しかない。
碇シンジとも、惣流アスカでも、為しえなかっただろう類のコンビネーション。
 
あっさりと。
 
ズガガガガーン、とか、ゴズズズズーン、とか巨大な音や衝撃波を覚悟していた周囲はあっけにとられるが、そんな音がしたらそれは失敗なのだ。いかな高性能の機械でも為しえない技。ロボットなぞにはとてもできない真似だ。どうだすごいだろザマミロ。とりあえずは、人命救助。完了はしていないが、任務成功といって良い出来。
 
 
「ふう・・・・・・・」てめえがやったわけでもないのに、冷や汗をぬぐうのはその技術高度を知っている証拠。葛城ミサトは油断なく、落下してきた巨大人型を見直す。
「エヴァに・・・・そっくりだけど・・・・・EVAってペイントしてあるけど・・・・これは・・・」
 
 
エヴァ壱万号機・・・・・・
 
 
その武骨で傷だらけで三本角を持つエヴァは、「壱万号機」なのだという。
左腕が砲になっていたり、装甲棘などがあったりするが、確かに、これは・・・・
 
 
「最小限度の衝撃で受け止めても、弱ってるから早く助け出したほうがいいよん」
敵意戦意のある無しを完全に見極めた様子で、朱夕が進言してきた。おお、こいつもけっこう頼りになる?やるときはやるのか?・・・・ヨッドメロンにも、月にもこれ以上の動き、異常はない。突如の落下者にどう対応するべきか・・・・葛城ミサトはちょいと考える。やはりヨッドメロンの能力を事前に知れなかったことが痛い。判断に苦しむ。
 
「中に人がいる・・・・・そうなの?レイ」
「エントリープラグじゃない・・・・・胸の方から入れているみたい・・・」
助けるならば、そこから出してやらないといけない。なんにせよ、情報が欲しい。
月を生んでみたり、そこからエヴァ(壱万号機)を落下させてみたり、ヨッドメロンはムチャクチャだ。それが能力なのだといわれても、はい、そうですかと納得できたものではない。一体なにがしたいのか?なぜアバドンから出てきたのか。事情を多少なりと知っていそうなあのオレンジ髪の小さな子はどこかに雲隠れしているし、時田氏もあの子に関してだけは口を割りそうもない・・・・
 
 
目玉に覆われたヨッドメロンを見る。あの中の、メジュ・ギペール式生体眼・・・
それと生体リンクしているというパイロット。レイは、それをどうにかできると言った。
ここまでくれば、機能を停止させてネルフに秘密裏に移送するのもアリだろう。
だが、”月”を生み、そこから確かな質量をもった巨大な人型物体を出現させる・・・・
 
 
月は、自らをみることができない地球の、鏡だとも、
どこか違う世界へとつながる回転ドアだとも。
 
 
その存在の正体の見極めがつかないうちは、危なかったしくてとてもこの場からどうにかできるもんではない。アンビリーバボーとはいわぬが、デンジャラスなのだ。
まいったぜ、おい・・・・・・自分が、自分たちが、ある種の、悪意ある罠に完全にはまったことを感じながら、葛城ミサトは腹を括りなおす。この時点ではまだ自分のエンディミオンがどこにいるのかさえ分かっていない。ヨッドメロンが歩く火薬庫というのも生やさしい世界最大級の膨大な爆発火力を持ち合わせていることも知らない。
だが、やるしかない・・・・・
「とりあえず、レイ。注意しながら、操縦席をひっぺがしちゃって。こんなに壊れてるわけだし、少しくらいならば勘弁してもらいましょう・・・・あ?」
 
 
ごぽぽっ
 
 
そんな血泡の音をたててエヴァ壱万号機の肋骨部分から屹立する金属の巨大杭。液体にまみれており、杭が起きた反動で胸の方に流れていく・・・・血を容易に連想させる。
金属杭の一部がスライドして開くと、中からヨロヨロと人間が出てきた。その足取りは非常にやばく、見守る者たちの案の定、胸部を濡らす液体の流れに足をとられてすっころんだ。それだけで済めばいいが、そこからローリングして胸部から流れ落ちる!よほど日頃の行いが悪いのか破滅的にドジなのか・・・・やはり弱り切っているのだろう。だが。
 
 
「おいおいおいっっ!!」横たわった胸部からとはいえ、かなりの高さがある。大怪我は間違いないし、落ち所が悪ければそのまま昇天、空に帰る、という可能性も。貴重な情報源であり、人命は尊重せねばならないので葛城ミサトは慌てた!。
突然のことで綾波レイ・零号機のキャッチも間に合わなかったし、ヨッドメロンとエヴァ壱万号機の方を警戒していた朱夕・参号機からは距離と角度が悪すぎた。
まさかダブルで落っこちるとは、弱りに弱っているはずの中の人間が自力で出てくるとは思いもよらなかったのだ。「あっ!」「よんっ!」
 
 
どさっ
 
こういう音が聞こえたらもうアウトである。
 
 
ぐしゃ
 
こういう音も聞こえたらもうダメである。諦めて下さい。
 
 
・・・・・・
 
だが、音が聞こえない。もしかして、内部の人間は非常に軽い物質で出来ていたのか?
 
 
「ああう〜・・・・」葛城ミサトがこんな拾われたかわいい子犬たんみたいな声を出したから現実が変化したわけではない。そんなもんで変わるほど現実は甘くない。世の中は冷たいのだ。だから、人間よりももっと冷たいものが現実を変化させてくれた。
 
 
「オリビア・・・・」綾波レイのつぶやき。
 
 
帰ったはずの人型サイズ・オリビアがなぜか舞い戻ってきて、二度も落っこちたドジ野郎を抱きかかえていた。べつに「おいしい場面探知機」が標準装備されているわけではない。
 
 
「たとえ愛車を質に入れても発売されたら絶対買うから!!」
葛城ミサトならずともこう叫びたくもなるオリビアの都合がいいほどの有能さである。
通常の頭で考えれば小型化研究所の情報収集を行っていたのだろうが、今はそれはいい。
人命を最優先させた彼女に免じて。とにかく、オリビアに命じてその人物をこちらに運ばせる。一体、どういうことのなのか、せめて話を聞かねば。思い切って動きも取れぬ。
 
ヨッドメロンはただの攻撃兵器などではない・・・・・・アバドンで一体何をやらされてきたのか・・・・その目玉から読みとれるのは、およそろくでもないことだということだけ。3本角のエヴァ壱万号に視線を移す。その数は不吉すぎた・・・・数は悪くない、葛城ミサトもお年玉にもらえるなら千円より一万円のほうがうれしい。誰もくれないけど。
 
ただ、その数は・・・空を覆い尽くせるほどのその数は
 
 
なにがエヴァ壱万号よ・・・・そんなにエヴァが必要になるってどういうこと?
 
 

 
「これが、アペツネラ、これがアブールフィダ、これが、アルタルキデス、これがアルマノン、これがアルペトラギウス、これがアリアデウス、これがアルザッケル、これがバッベージ、これがボーモン、これがブランカヌス、これがブランキヌス、これがブーフ、これがブリアルドス、これがカリボス、これがクラヴィウス、これがコンドルセ、これがカーティウス、これがキュヴィエ、これがキリウス、これがドランブル、これがディオファントス、これがエゲーテ、これがアインマルト、これがエピゲネス、フィルミキス、これがフラムスティード、これがフォンテネル、これがフラマウロ、これがガンバール、これがガッサンディ、これがゲミヌス、これがゲンマフリシウス、これがゴダン、これがゲーリッケ、これがハンステーン、これがハルバルス、これがハインシウス、これはヘリコン、これがヒギヌス、これがインギラミ、これがヤンゼン、これがクラプロート、これがラランド、これがラペイルーズ、これがルトレンヌ、これがレキセル、これがロンゴモンタヌス、これがマギヌス、これがメーラン、これがマラルディ、これがマスケライン、これがメルカトア、これがメッサラ、これがメトン、これがオーケン、これがピクテ、これがプラナ、これがポンテクーラン、これがプロクロス、これがプルバッハ、これがレギオンモンタヌス、これがレイタ、これがリッター、これがサクロボスコ、これがサントベック、これがシッカード、これがシルサリス、これがゼンメルンク、これがストラボ、これがテェーテトス、これがトリースネッカー、これがウケルト、これがヴィエタ、これがヴィトロヴィウス、これがヴラーク、これがウルツエルバウア、これがツアッハ、」
 
 
ジャムジャムによる月怪の説明が続く。ほとんど月面地名からとらえたようだが、加持リョウジにとっては子供からポケットモンスターの説明をされているのとえらく違わない。
 
 
「で、カジリョジ。この中で、”これが”じゃなくて、”これは”ってわたしが説明した月怪はどれでしょう?」
まさしく子供の相手である。手抜きというか聞き抜きというものを許さない。それから、おじさんから昇格したのか下降したのか今ひとつ判断がつかないが、”加持リョウジでカジリョジ”という栄誉あるニックネームまでもらってしまった。正直、焦りがないわけではないが、子供相手に焦ってもどうしようもない。
 
 
「ヘリコンだろう?」ニヤリ、と笑って答えてみせる。読本には、ロケットに足をつけたような月怪のイラストとその能力がのっている。必殺技はロケット・シュートだそうだ。
バカみたいな話だが、これはかなり危険度の高いテスト。
ここで失敗したが最後、確実にジャムジャムはへそをまげるなり、いじけるなり涙ぐむなりして、どこかへ消えてしまうだろう。帰還方法もいまだに探り出せていない。
 
 
「正解ー。ご褒美に、これをあげましょう」
ごそごそとポリバケツの底から苺シェイクがでてきた。有り難く受け取る加持リョウジ。
普通の人間ならばそれを払いのけて「そんなもんはええから、帰り道をさっさと教えンかい、この広島花子がぁ!!」とブチ切れているところである。どういう原理かは不明だが、一応ゴミ箱っぽいポリバケツから出てきているわけだし。まさか四次元ポケットでもあるまい・・・。だが、人間、空気があっても水分がなければくたばるわけで。
 
 
ずう・・・・・・・・微妙な味である。まずくはないが、甘いと言うより滋味というか。
 
 
「新製品の苺とうふシェイクだよ。おいしい?おいしい?」
 
「・・・え?まあ、おいしいよ。健康的でいいじゃないか」
惣流アスカが見れば瞳キラキラで惚れ直すような笑顔を浮かべて答える、加持リョウジ。
 
「おいしい?じゃあ、わたしも飲んでみようっと」ごそごそと自分の分も取り出す。
まるでモスバーガーにて新製品の和風メニューを同行の男の子に毒味させてから自分のを注文する女子中学生みたいだが。ここは街中ではないのでほほえましい、ではすまない。
 
「でも、なんでそんなものを持っているんだい?新製品なんだろ?」
 
「ん?打ち上げ直前で廃棄を決められた有人宇宙攻撃衛星の中にあったんだけど、なんかドタバタしてたみたいで中のものを掃除しないで全部まとめてヨッドに捨てたみたい・・・・・最新型だったから、これも新製品じゃないかな」
ジャムジャムはこともなげに答えた。