この期に及んでも、まだヨッドメロンの能力、その中にいるであろう、パイロットの意志が読めないことに葛城ミサトは苛立つ。表に出すことはないが。
出せばそれは容易に恐怖へ転化する。
 
 
届かない。クライ・フォー・ザ・ムーン。
 
 
ボロボロになったエヴァ壱万号機を光円より出現させる、というのは一体いかなる能力により、いかなる意志によるものなのか。・・・・一体全体どういうつもりなのだ。
エヴァに似ているが、やはりエヴァではない、似て非なる存在。
加持が最後まで情報を掴みきれなかったのも納得するしかないし、
これを相手にしてレイは本当にパイロットを無傷で救出などという離れ業を成せるのか、
そして、それを相手にするに自分の能力は・・・・・・及ぶか否や
空の色を吸う銀色の光の中で、精神は圧力鍋のごとく短時間で沸騰する。
必死でそれを抑え込みながら、オリビアが受け止めた「エヴァ壱万号」の、ある意味、「ドふざけた」パイロットに近づく。遊園地の入場者じゃあるまいし、そんなに適格者が見つかってたまるかってのよ・・・・・
 
 
だが、オリビアに抱き上げられたままのパイロットの顔を見て、葛城ミサトは凍りつく。
 
 
もちろん、こんな子は知らない・・・・・十代の、子供の顔だった。左腕が「大きな鍵」になっている。身を包むのはプラグスーツに似ている・・・・・もとからそうなっているらしい左が青で右が赤、というアンドロセンスがなんか怖い・・・・機体の流液にまみれたせいでかなり凄惨な有様で、光量は十分だったが顔立ちもそのせいではっきりしない。
けれど、分かるのだ。この顔は・・・・・この顔がどうやって、どうやったら造られるのか
 
どこかで見た顔なのだ。いや、それはもともと、自分の想像の中にあったのかもしれない。
右眼に既視感、左眼に未視感。それを強制混線させて浮かび上がる顔立ち。
 
 
もし、もしだ・・・・、この使徒との戦いが終わる日が来て、シンジ君とアスカがエヴァに乗らなくてもよい日が、どういう幸運か、平穏のままにやってきた、とする。そのためのストーリーは空からいくらでも零していいし、そのためのおとぎ話を構成するために千夜を眠ってもいい。仮定のままに、ふたりが家庭をつくった、とする。あいだをやたらにはしょってはいるが。子供は家庭をつくれない、家庭をつくるくらいには大人になった二人は、まあ、自分たちの子供をつくったりする・・・・・ふたりとも、思う存分に自分がこれまで培ってきたことを、子供に注ぎ込むことだろう・・・すべてを。使徒との戦が終わろうと、エヴァの操縦技術もなにもかも。人が人を守るということがどういうことか。
何も隠さずに、夜雲色の瞳と、蒼穹の瞳が見守っていく。
一般人に戻って安楽に過ごせばいいものを、我が子を誇りあるひとりの「世界の守護者」、暗いと不平をこぼすより必要とあれば、愛の灯火をもって人の先頭にたつ器量の持ち主に仕立ててしまう・・・・・ものすごく分かりやすく言えば、正義の王女様を守って戦う勇敢な若者・・・そのわりにはどこか底が知れなくて・・古風なヒーローの血脈法灯を継いだ者、に育てた、とする。碇シンジ、惣流アスカの二人が、協力して。
 
 
まあ、そんなおとぎ話があったとして。それを、どこかの画家がたわむれに、絵本にしたとする・・・・それはいかなる奇跡か、予言書となり、今、ここに受肉をなして人間の体として、ここにある。
 
 
たかが顔ひとつで、そこまで断定的に考えるとは、葛城ミサトも想像の翼を広げすぎだろう・・・・・、という意見も当然あろう。あまりにも偏りすぎている、と。
まあ、何を考えるのかはその人間の自由であるわけだが。
 
 
ただ・・・・・
 
 
スーツの左胸のあたりに白糸ででかく縫い取りがしてある・・・・
おそらく当人の名前であるのだろう・・・・・
 
 
緋狩・・・・緋狩シング、と。単純に読めば・・・ひかり・・・・・
ひかり・・・・・ひかり・・・・いかり・・・・・ひかりしんぐ・・・・・いかりしんぐ
 
 
SF小説、スペースオペラなどでたまにあるではないか。遥か遠い未来の世界から助けを求めに過去世界にやってきた者たちが示す英雄の名が、誰かいな?そんなのはおらんでー、と首をかしげつつトラブルをこなしていくと真実が判明し、実はそれはかなりなまっており、英雄はすぐそこにいた、その名も青井鳥ノ介、という話が。
 
 
・・・・・いかりしんじ
 
 
小説がたまにある、ということは、現実ではそうではない、ということでもあるわけだが。
 
または平行世界、パラレルワールドからやってきた人間とか。ここと同じような世界がページ一枚分離れた彼方にあり、そこでも残念なことに使徒の来襲があり、それに備えたエヴァがいて、それとある種の盟約を交わして、暇な時分にはこちらに来てもらうことで戦力を水増し・・・というか完璧に近い代用品による戦力増強というか、・・・・・そういったことを行う「賃貸契約兵器」・・・・なんだかドラえもんの道具みたいだが・・・・
それがヨッドメロンの能力・・・・・?まさかな・・・・・
 
他人に聞かせれば絶句するほかないようなことをかなり真剣に考える葛城ミサト。
 
 
さらに顔をよく見てみる。胸のあたりはさっきみて、「男」だと分かっている。
 
 
それでいて、顔つきは惣流アスカに似ているのだから、その想像も確かに広げてはいるだろうが、ダチョウのごとく暴走はしていない。はずだ。冷凍庫の中の保存焼き鳥串のごとく、凍るしかない。
 
 
「なんなの・・・・・一体・・・・・」
とりあえず、その顔をもつ者を放置しておくわけにはいかない。できるわけもない。
かいまみた幻想を、アイスキューブのごとくクラッシュする。とりあえずは動く。
 
「救護班!」切実に緊急に事情と正体を説明してもらいたいが、衰弱しきったこの有様では・・・・レイに「読んで」もらうか・・・・だが、この状況下で零号機から離れられるわけもない。ヨッドメロンの生体眼からはあいもかわらず虚無しかみてとれない。
 
 
「オリビア、彼は、この子は・・・人間なの?」
ふと、ロボットの彼女にそんなことを尋ねてみる葛城ミサト。返答は即座で簡潔。
「人間デス。生キテイマス」
「ん。そっか。助けてくれて、ありがと」
「名ヲ、呼ンデイマス・・・・、機体ノ内部、モウ一名イルヨウデス」
 
 
「・・・なにいっ!?まだいんの?レイ、落下機体の中の残存確認!」
 
 
運ばれていく者のうわごとのような小さな呟きをアンドロイドの耳は聞き逃さなかったのだろう。
にしても二人乗りのエヴァか・・・・、いや、内部というならそれは操縦だけを意味しない・・・生体部品・ヨッドメロンのように
 
 
・・・一瞬浮かんだその予想は杞憂だった。すぐに生存者確認の返答があった。
綾波レイにしては歯切れの悪いが、無理もなかった。
零号機のモニターアイから転送される映像に、現場はまた驚きの声をあげる。
 
 
「こんどは・・・・・」
 
 
九羅波レエ・・・・・
 
 
主副の二席になっていたらしいパイロットシートの奥の方で死んでいるのか気を失っているのかは分からないが、ぴくりとも動かない少女がいた。
空色の髪に、黒いプラグスーツに何本か白黄線を走らせている・・・・・閉じた瞳はおそらく赤く。パレオに腰にまいた呪文めいた紋様を浮かばせた黒布が侵された喪服を連想させる。
 
まさか、とは思うのだが・・・・・
 
これで大阪弁などをしゃべりはじめたら、どういう縁がもつれたか、綾波レイと鈴原トウジ君がくっついてしまって、紆余曲折あってまあ、こうなってああなって誕生してもうたんかなー、とも思ってしまいますがなしかし。葛城ミサトの衝撃の度合いがよく分かるやっさんな感想である。もちろん、こんなこと口には出せんがなしかし。あくまで腹の中で思っただけである。
 
 
「・・・・・・・」沈黙する綾波レイ。さすがにこうしたものがいきなり空から降ってくるとたいていの人間は話すべき事はない。自我幻影分身・ドッペルゲンガーをみると数日で死ぬというが。撃たれた雁のように凋落するシンクロ度。自分も触れたくはないが、他人にも触れさせたくはないだろうその者を、気を使ったのかオリビアが運び出してくれた。
その気働きにもはや拝みさえする葛城ミサト。家を売って一緒にテントで暮らしてもいい!くらいの購入意欲が湧いてくる。
 
 
「この調子で、傷物でないエヴァをぽこぽこ千体くらい出してきたらさすがに皆殺しなんだよん」朱夕酔提督がてきとーに言い放つ。そして、てきとーに、事態の中心線を言抜いた。「・・・・・できないなら、わっちらがやってあげるぇ?」
 
 
チルドレンに似た者が降ってこようと、提督はいっさい構わない。その心、大海腹である。
ヨッドメロンの能力は計りようもないが、戦力は見抜いた。この参号機の敵ではない、と。
一気に近接戦闘に持ち込んで、破壊する。それしかない。少なくとも、メジュ・ギペール式生体眼さえ潰しておけば。少なくとも、能力の源であるパイロットを潰しておけば。
綾波レイに対する脅しでもなんでもなく。提督は戦の潮の変わり目を読む。
事情を聞いてから、などと悠長が許される状況ではない。
 
白参号機は獲物を狙う肉食動物の低い態勢に移行していく。加速度を貯めて、そこから力が解放されれば、一爪で一瞬。おそらく、考えすぎれば敵の術中にはまる・・・そういうことでもなく、朱夕酔提督の体の中で警鐘が鳴る。地にありても海にありても恐れるものはなにひとつないフォースチルドレンが拙速を選ぶほどに恐れる気配は天にあり。
そう、力ではたどりつけぬもの。
 
 
あの月は、どうもおかしい・・・・・・・まるで・・・・・
 
 
それらを承知で白参号機の踵が地を蹴った。ヨッドメロン目がけての矢のごとく吶喊である!。
 

 
 
ようやく最終頁まできた。ジャムジャムの説明は、なんせ長い。人生をこれまで忙しく駆け抜けてきた加持リョウジであるが、ヒマな人間の恐ろしさというやつをつくづく思い知った。
 
外界と隔絶された、ポリバケツ少女との対話・・・・おまけに話題は救いというものがない物語について。鉄の精神力がないととても耐えきれるものではない。加持リョウジは千日回峰行にも匹敵するこの行を越えた暁には密教の阿者梨位をもらってもよいだろう。
そして、月怪についての第一人者、という称号も。
 
 
月怪読本最終頁。そこにはどのような幕閉じがあるのか。試され続けてきた注意力を好奇心に転換して加持リョウジは聞き入った。予想はつく。ただ、それが外れて欲しい、という願いをこめながら。自らを投影した部分に、最も力は籠められる。それが黒竜の宝石。
 
 
「と、いうわけで月怪に苦しめられてきた人間は、とうとう月怪と戦わなくて済む方法を考え出したんだよ」
月怪を改造して月怪にぶちあてる、という逆仮面ライダー方式を採用している以上、和解などは成立しようもない。その方法とは・・・・・
 
「赤鍵博士、という智恵者が月怪をナギサからべつの世界に送り込んでしまう、誤誘導するというか、・・・・捨てるというか、ね。とにかく、目の前からいなくなるようにしたんだよ。そういう装置を造ったんだ」
 
やはりそうなるのか。加持リョウジの背に戦慄が走った。このジャムジャムは己の立つ位置についての理解がある。廃棄物の中にいようが、それが廃棄物であることを理解している。己の世界の外から持ち込まれた、好ましからざるもの。自分もきらいなもの。
 
 
べつの世界、というのは、つまり・・・・・
 
 
なにも難しい話ではなかった。やられたからやりかえす。月怪というものが今まで自分に捨てられていた兵器群のことであるなら、これほど分かりやすい話はなく。投げ捨てられたものを投げ返してくる。それだけのこと。おまけに、さきほど自分にくれた苺どうふシェイク・・・・・そんな些細なものに至るまで、ジャムジャムは自分に、ヨッドメロンに投げ込まれた廃棄物を完全に”管理”していることになる。その几帳面さは読本を読んでも分かることだが。また、それはこの任務、といってよいか、強制的にやらされているには違いないが、ジャムジャム自身、その意義は十分に理解はしていることを意味する。
廃棄兵器などを自分の中にぶち込まれて喜ぶ女の子などがこの世にいるはずもないが、それを理解し、我慢し自制することは今まで出来ていたのだろう。今までは。
 
 
この祝園(ほおぞの)の月で。
 
 
加持リョウジは顔色を変えずに思考を続ける。
 
最終頁ということは、これで終わり、というわけだが、これはいわゆるハッピーエンドといってもよいのか。あえていうならクールエンドとでも。「どこの世界」に月怪が送り込まれることになったのかで、呼ばれ方は異なることになるだろう。送り先でも予想もしない異形の侵攻により無防備人間がガツガツ喰われるというのもあまり気分の良いものではないが、そこまで期待してはいかんだろうか。ただ、ジャムジャムは人間にも月怪にもどちらにも肩入れしていないようだが。
 
 
・・・・・それにしても
 
 
「その、”赤鍵”っていうのは不思議な名前だね」
アカカギ。どこかで聞いたような名前だ。そして、その発想といい。どこかで。加持リョウジは問うてみた。
「ん?最後だから、”最後にされる島”・・・・ああ、ニッポンにあるネルフとかいう組織で一番頭のいい科学者の名前からとったんだよ。最後だから」
ジャムジャムは解説を続ける。ジャムジャムの知識はひどく偏っており、箱庭世界の元ネタを探すにもそこらの民話神話の破片なく、理知識や世界の裏機密で構成されている。
アバドン内では、そんなものはそこらにいくらでも転がっている。流れている。
それこそ、ゴミのように。
 
 
「それを最後にさせたくない人間もいて、エヴァのパイロットたちなんだけど、”よその世界に迷惑をかけちゃいけないっ”って別の世界への月怪誘導に反対してエヴァで転送誘導路に立ち塞がるんだけど」
 
けれど、頁は最終。その企て、というべきだろう、は潰えたのだろう、か。
 
それを問う前に、加持リョウジは非常にイヤな予感がして、エヴァのパイロットの名前を問うた。
 
 
「ん?詳しいプロフィールは読本を読んでもらえば分かるけど、最後まで立ちはだかった記念すべきエヴァ壱万号機のパイロットは緋狩シングと、九羅波レエ。両方とも月怪を滅ぼす、天敵たる最高の血の結晶、そして、人間の敵・・・・・」
 
 
「なっ!?」
赤鍵といい、緋狩といい、九羅波といい、わざとなのか、斜めに情報が伝わっているのか、単に聞き違えか・・・・人類最後の決戦兵器エヴァ、もしそれが用済みになればヨッドメロン、この少女のもとへ運ばれることになったのだろうか。だとしたら。
 
「ん?どうしたの、カジリョジ。へんな顔して。そりゃそうだよ、せっかく皆が平和に眠れる世界を手に入れようっていうのに、綺麗事ぬかして邪魔しようっていうだもん。そりゃあ敵視もされるよ。決まってるじゃない。・・・・・でもね。
当初の予定では、最後までがんばったこのエヴァ壱万号機が、月怪を押し返してよその世界にいかせないことに成功するはずだったんだ」
 
それはそれでまた、全然ハッピーエンドではないわけだが。世界は眠ることを許されず。
 
 
「でも、いろいろと諸事情があって、終わらせることにしたんだよ。エヴァ壱万号機は失敗する。人間の天敵たる月怪は別の世界へ行ってしまう。そういうことだね。
 
赤い瞳の人間が住む月、ナギサ・・・・わたしのだいじな箱庭。
ほんとうに・・・・
だいじだったんだよ?
 
でもその目的もなくなったし・・・・・だから、月怪は別の世界へ誘導される。ラストは、人間全部が、赤い瞳を閉じて、覚めることのない幸福の眠りにつく・・・・ことになるんだけど」
 
「その・・・月怪の誘導妨害に失敗したエヴァ壱万号機はどうなったんだ?」
 
「ん?力押しに失敗したんだから、そうだねー。たぶん、月怪と一緒に別の世界へ送り込まれたんじゃないかな・・・・もしくは立ち往生とか・・そのあたりはあまり考えてない・・・・裏切り者だしね」
 
 
話ながら、加持リョウジはジャムジャムの姿がだんだんと見にくくなっているのに今、気がついた。説明を受け取るのに集中していたためだが、それが終わり注意力が全天に分散できる余裕が戻ると確かにそうなっている。ジャムジャムの姿が小さく、いやさ、ポリバケツの中にはまりこんでいっているのだ。・・・・・おそらく、そのバケツには底がない。
目の前にいるこのポリバケツ少女はおそらく、ヨッドメロンに搭乗しているパイロットとしての実物ではあるまい。いわば己が造り出した世界内での自己を示すイメージキャラクター。その身がだんだんとポリバケツの中に潜り埋まっていくというのはつまり。
 
「カジリョジ、・・・・・おじさんはこれからどうする?そろそろヨッドメロンを動かさないといけないから、ナギサの月も閉じてしまうよ・・・・・ここをもう少しまっすぐいけば、街があるからそこでずうっと眠っていられる。もう月怪はこないわけだしね。永遠に」
 
「まっすぐといわれても、こう見通しが悪いんじゃね・・・」
対話の時間の終わりがきたらしい。いつまでもいつまでも、とせがまれてもまた困るが。
こう物わかりが良すぎてもすこし物足りなさを感じてしまう。勝手ではなくこれは責務。
まだ、この子と話すべき。
 
「見通し?・・・・ああ、おじさんの眼は赤くないからね。ぼんやりとしか見えないのかな?・・・”ここ”の有様にも気づいてないんだ。ほら、ムーングラスあげる」
サングラスではなく、ムーングラス。よく分からないがまたバケツの底から赤い眼鏡を取りだしてくれた。周囲の状況が見通せるのは願ったり叶ったり。こんなものがあるなら最初からくれればよかったのだが・・・・・などと軽口を叩こうとした唇が凍結する。
ムーングラスに瞳を透した途端。
 
 
「!!」
 
 
周囲には巨大な死体が・・・・見知らぬエヴァの残骸が、何体も転がっていた。
派手に破壊され、ほとんどが四肢がちぎれてバラバラに転がっている。慌てて頭部の形状を確認すると、どれもこれも、零号機初号機弐号機参号機・・・ネルフのものではない。
知りうるエヴァシリーズのどれとも一致せぬ、異形のエヴァ頭。神経の通わぬ巨大な目玉がじっとこちらを見つめていた。常人なら一発で発狂しそうな圧迫感がある。”死気”。
こんなところでのんびり話をしていたのか・・・・墓場という名の廃棄場
 
 
「これが月怪の誘導を妨害したエヴァたち。月怪の攻撃に曝されとうとう天から叩き落とされてこうなったんだ」
 
「中にいるパイロットはっっ!!」加持リョウジが吼えた。
その後でしまった、と思ったが、ジャムジャムは怯えも不安の様子もせずに、どこか満足げにほほえんだ。それを見て大根役者になってしまったような恥ずかしさを覚える。
 
「優しいんだね、おじさんは。でもね、心配いらない。あの・・・半透明装甲の機体・・・・延髄のところに女性の顔が彫りつけてあるあれだよ・・・エヴァ9999号機に乗っているのが赤鍵博士の娘だったから、とりあえず見殺しにはされずに救助されたんだよ」
 
 
そういう筋書きになっているわけか・・・。思い返してみれば、子供の作った夢に怒鳴ったとて仕方がない。今、その夢の中にいるのだとしても。
それに、ジャムジャムは、怒りを「優しい」といった。人の情けの機微を知るのか。
ヨッドメロンの生体部品として人生を封じられた人間としては信じられぬほどの寛容。
もっと奇形の精神をもっていてもおかしくはない。ヒマにあかせた、砂糖のようなくどさはあるものの、恨み言の類はまったく口にしていない。アバドンの人間もこの従順さを信じ切っていたことだろう。哀れとしか、いいようがない。世界の極点、針の椅子。
さんざんゴミを投下されてきた魂から何が生まれてくるのか、その証拠がここにある。
人間の心の、精神の汚濁の在処。
だが、それだけに、これからやろうとしていることに、説得する言葉がない。
自分をゴミ箱扱いした者たちへ、それらがすむ世界へ、恨みも怒りもない。
自分をこんな体にしたアバドンの連中に対する恨みを晴らしてやる・・・・という話であれば分かりやすい。加持リョウジはもうそこで手綱がとれる。だが、そうではなく。
 
 
許容量が限界に達したような苦しさも感じられない。処理速度が低下したわけでもない。
底なしゆえに。その口がどこをむくかは、ジャムジャムの想いに左右されるのだろう。
つまりは気分次第。彼女の中の決めごとに従って。月が迷わぬ北極星。孤独を慰める地蒼。
何か今までは、彼女の気まぐれをつなぎとめていた、”なにか”があったが。
それが、消えた。
 
 
ムーングラスを填めた眼で遠くを見る。なるほど街がある。奇妙なカタチをした・・・白狐のお面のような巨大なドームアンテナをあみだにかぶっているような街が。うっすらと天にのびる曼陀羅状の光がおそらく月怪を誤誘導するのだろう。
 
 
赤い目をもつ人が住む空気のある月・・・・・”ナギサ”
まだ続くはずだった世界。人々は赤い瞳を閉じて覚めない終わりの眠りにつく。
月は岩の塊だが海の名を多くもつ。その名に今こそ符合を感じる。
新世紀の世界、陸海空、世界は狭くなったと言うけれど。
世界は、月にまで届くか。
加持リョウジは問う。
 
 
「ナギサっていうのは・・・・もしかして、フィフスチルドレンの渚カヲル君のことかい」
 
 

 
 
「た、助けてほしいんだよん!いたたたた」
 
白参号機が月・・・ヨッドメロンの光円からぼここっと月幼獣を堕胎したように現れた、今度はエヴァに似ても似つかない完全にエヴァではない「異形のものたち」にフクロにされていた。「それ」は、ロケットに足が生えたようなカタチをしており、うずくまった白参号機を寄ってたかってケリまくっているわけだが・・・・いるのだが
 
 
「なんなのよ、あんた・・・」
葛城ミサトはあぜん、としてしまい、零号機への援護指示が遅れた。
「いきます!」
指示されなくとも綾波レイは駆け、白参号機たちをフクロにしている異形のもの・・・・パターン反応も異なるので使徒とは云いがたいがこの敵対行為・・・完全に「敵」とみなすべきであり、綾波レイはプログナイフを抜き放ち、敵を攻撃し白参号機の援護にまわった。
ロケット足は零号機にケリ攻撃で応戦してきたが、零鳳がない現状、格闘戦が必ずしも得意ではない、(まあ、碇シンジとどっこいどっこいであろう)、綾波レイがその冷静さを十二分にいかしたのだとしても、相手が自分から当たってくれるのを期待しとるかのようなケリであり、それを次々にあっさりかわして、ナイフで切りつける。装甲が薄いらしくプログナイフでもおもしろいようなダメージを与えることができた。
綾波レイは自分の腕に増長するような性格とは縁遠いのだが、こう結論づけた。
・・・・・弱い。
 
 
どんどん倒していく。
ナイフで切りつけたその質感は機械で計測可能な確かなものであったにもかかわらず、倒れ動かなくなった敵、ロケット足はぼわん、と煙を噴くと消えてしまった。
 
 
・・・そして、そこに残るは錆びついたミサイルを束にしたような「廃棄物」・・・
 
 
事態が変化した。
 
 
朱夕酔提督が、自分で戦の変わり目を読み独断で、ヨッドメロンを潰そうと速攻を仕掛けたのである。が、それに自動防衛したのか、それとも墜落したエヴァ壱万号機を追ってきたのか、タイミング的にどちらか不明だが、空に浮かぶ光円から突如、あのロケット足の異形が数体降ってきて、ヨッドメロンの前に着地するとちょうど突っ込んできた白参号機とエンゲージすることになったわけである。その瞬間、葛城ミサトが心配したのは、新たに出現したロケット足の異形など問題にもせずに一蹴して、ヨッドメロンを双方向ATフィールドなり、その腕っぷしなりで引き裂いてしまうことだけだった。
 
 
それがまさか。
 
 
逆に、繰り出されるケリをよけれもせずに、低いダッシュ態勢の顔面にまともにくらってもんどりうってひっくりかえって、そこをよってたかってケリいれらえるなどと・・・・
世界は広い、いや、相手は月からやってきた異形、インフレをおこしたような強さを誇っていてもおかしくなかったかもしれない。乗り手の人格こそは変わったが格闘戦最強のエヴァ参号機、それがああもたやすく・・・・ゲロヤバ、と葛城ミサトの血の気がひいたが。
だが、結論は零号機が出してくれた。
・・・・・弱っ。こいつら弱っ。
 
 
「た、たすかったんだよん。感謝するんだよん」
強弱は比較的なものだが、それでもエヴァとしては使徒がベースになると考えると、ロケット足の異形はお世辞にも「手こずる」分類にもいれることはできない強さというか弱さ。
ロケット足のケリを見れば素人にも分かる。だからこそ、葛城ミサトがあぜん、としたのだ。わざとやってんじゃないか、と思ったが、それは助けをもとめる通信が否定してくれた。現場のスタッフに動揺が走る。はじめから弱いのであれば、まだ納得もできる。だが。
 
 
「後続、きます」
綾波レイの緊張した通信が人々に天を仰がせる。やすやす撃退できたロケット足、そしてそれとも違う異形の影が続々と、光円から出現してくる。その速度は重力を遮断操作しているものか、意識的なのろさ。列をつくって一直線にこちらへ。ヨッドメロンが着地の目印にでもなっているというように。その数・・・・・・ざっと30。
先日の大量使徒降臨のケースを思い起こさせる・・・・・あの時は望みうる最高の戦力が揃っていたけれど・・・。まずい、一体どうしたのか、参号機がこんなにアレだったとは。
 
 
そしてまた、やられると廃棄物に化けてしまうというのは・・・・・一体・・・?
いや逆に、廃棄物があの異形に化けていたのか・・・・もったいないおばけでもあるまい。
ヨッドメロンの能力というのは・・・・なんなのよ・・・・葛城ミサトが唇を噛む。
 
 
「うーん、忘れていたんだよん。ここは海の上じゃなかったんだよん。陸の上の戦闘は苦手なんだよん・・・」
朱夕から思い切りの弱音が届く。苦手とかいうレベルではなかったが、確かに海上であるのとは動きが違いすぎた。呼吸だけはできる魚を陸にあげたようなもんか。華麗に鰭を動かせてもそれでぶん殴れるわけじゃないし。技の冴えと戦闘力とはまた別物か。
 
「明暗には代われない?」
甘えているわけではない者を叱咤しても意味がない。あの数を考えると零号機一体ではきつすぎる。だが葛城ミサトの切実な問いに白参号機は首を振った。
 
「あれだけやられて動けるのは、酒精で清められるわっちだからだよん。無理に代わると反動の逆凪で死んじゃうんだよん」
海上戦闘能力と酒好きの神蛇のごとくの解毒能力がこの朱夕酔提督の売りなのだろう。
どうも極端だがそれも陰陽というものか。
 
「だから、海の方で戦うんだよん。こっちは任せるんだよん」
そう言いながら、白参号機は着地する異形を避けながら遠回りしてひょっこりヒョウタン島コースをとりながら海に向かった。くじけずに泣かないのはいいけど、笑える状況でもない。だけど進む。最新の研究によるとひょうたん島は死後の世界らしいが、だけど進む。
提督として戦意を捨てたわけではないらしいが、飛び道具がない以上、海上からの援護射撃というわけにもいくまい。どうもやばいかもしれない・・・・・ロケット足の問答無用敵対行動を考えると、あの傷だらけのエヴァ壱万号機も実のところこっちを好きになってくれるとは限らないかも知れない・・・つーか、先に襲いかかったのはこっちだしなあ・・・・今さらあやまっても勘弁してもらえるかどぅーか?・・・・戦術脳をフル回転させる葛城ミサトに朱夕酔の恐るべき一言が。
 
「海上ならばわっちは誰にも負けないだよん!大津波を呼んでそこら一帯皆洗い流すから少しの間、がんばってほしいんだよん」
 
「はあっ!?大津波い!?ちょっと待ちなさい朱夕!」
 
それがヨッパライの戯言ですまないのはエヴァに乗っているためだ。戦術を超越し戦略を塗り替える兵器の夢、気象兵器としての能力をこの参号機が振るわない、振るえない保証はどこにもない。それでこの異形たち(空からきたからには多分泳げないだろう・希望的観測5割り増し)、とヨッドメロンもいい感じで流されて戦闘力を奪われるだろうが、同じ地面にいるこっちも同じ運命だ。世界を敵にまわしても戦えるが、その分周りのことを考えない・・・・葛城ミサトの杞憂ではないことは、白参号機をモニタリングする機器が教える白参号機が内部で高速の被害計算をやっている事実が証明する。有義波特定計算、遮蔽理論、不安定機構理論、同調機構理論、クノイド波理論、いつ作製したのかここら一帯の屈折図や深浅測量図に海底摩擦値、砕波限界値、サビール仮想こう配法、サンフルー簡略式、広井公式、ミニキン公式、モリソン公式、港湾セイシュ(固有振動)、・・・・津波学者でもない葛城ミサトにその高速で輪転する巨大にして膨大な数式の羅列が読み解けるわけもないが、朱夕酔提督の結論だけは分かる。その、意志と。
第二東京の海難記録にそれらをからめて、被害の最小値と最大値を求めようとしている。
勝敗なんぞ関係なく、戦場自体をズタズタのコナゴナにしてしまえるそのパワー。
誰かに、似ている。その誰かと重ねた経験が葛城ミサトの判断に煌めく雷(イナズマ)の反射速度を与える。
だから、たぶん起きたであろう大津波を止めることが、できた。
 
 
「津波はナシっ!禁津波!!飛び魚拳でも海鉄砲でも海坊主でもなんでもいいから、とにかく相手の注意を惹いて海上で戦えるようにおびき出して。そうすればこっちもその分楽になるから!・・・・それから、双方向ATフィールドを展開しといて。片方、使わせてもらうわ」
その間も現場スタッフ相手に、手振りで陣地の後退を指示する。コトがこうなった以上、ここは近すぎる。ヨッドメロンがどれほどの数の異形を繰り出してくるのか読めないとなると・・・・ネルフに連絡してエヴァを呼ぶか、それとも「現地調達」するか。即座に決断を下す。メンツもへたくれもない、せわしく手が携帯を探り、「手をだすな」とつい先ほど言うた相手の時田氏に向かっての緊急連絡をいれる。
 
 
「委細承知・・・・でも、黒曜壁に白牢壁なんだよん」
「部外者を・・・・巻き込む?」
いちいち説明などされなくとも綾波レイと朱夕酔提督には指揮者の考えが分かった。
白参号機は海上に到達し、零号機は襲いかかってくるロケット足を切り裂きながら。
降ってきたエヴァ壱万号機と、その中にいたパイロット、そして光円から出現する異形・・・・謎が元来相手にすべきヨッドメロンとの距離を遠くする。メジュ・ギペール式を解く間も与えずに。
確かにこんな状況では無意味に「がんばれ」などと言われるより指揮者にメンツを潰して恥をさらしてもらったほうが助けになる。初号機と違い、通常のエヴァは電源の問題が解決されていない。
遠征の地で長丁場になると・・・・モーニングムーンを見るのは零号機の目玉ごしかもしれない・・・・巻き込むことになろうと、JA連合の力が、必要になるのは明らか。
朝帰り・・・・・なんて。
 
 
どうせここが抜けたなら、異形と対抗するのは彼ら・・・・・・そんな考えができれば綾波レイも楽になれるのだが。不服の響きがわずかにあったのは、裏をかえせば、エヴァを、特に無敵のエヴァ初号機を呼んでくれないことに不満があったのかもしれない。
魔弾のこともあり、まだ精神が本調子に戻っていない。せめて零鳳があれば、と。
それと対になる刀をもつ者がそばにいてくれれば、と。願うのは弱さか。
 
だが。
 
あの魔弾ならば、この状況を一変できる。ヨッドメロンの射殺によって。
葛城ミサトも腹の底の底の方では、その黒い選択を考えてはいる。
 
 
 
ばしゃーーーーーーーーばしゃーーーーーーー
 
 
海上からの白参号機の援護射撃ならぬ放海水が始まった。なんのことはない両手の平で水をすくって落下してくる異形めがけてぶっかけているだけなのだが、これが朱夕酔提督の技なのか、威力が半端ではないようで、まるでこいつら海水が弱点なのか?というあっけなさで重力の支配下に囚われる。海面に落ちれば、いらっしゃ〜い、てなもんで白参号機の独壇場で強力な渦潮に呑み込まれて消えていく。先の醜態はどこへやら汚名は洗い流され海の果て。海の上にさえ居ればこうらしい・・・極端すぎる地形適応性である。つまりは、朱夕が駆る白参号機ではヨッドメロンを倒せない、ということだ。レイの零号機だけでヨッドメロンと、次々に召喚されてそれを囲む異形たちを相手にせねばならない、と。葛城ミサトが判断する。
 
 
退かせるか、行かせるか。最早、一気にカタをつけさせてしまうか・・・・・その機会は一度しかない。やはり電源の問題があるからだ。一対一でなくなった以上、そのメジュ・ギペール式の解呪、退化の十法とやらをのんきに行う余裕も余力もない。
先程、それを朱夕がやろうとしたことだ。戦術的にそれは正しい。いかんせん、陸上ではそれをなす力がなかっただけで。明暗ならばすでにカタをつけていただろう。
ヨッドメロンの殺害、という形での幕引。なにをグズグズしてんだよ、という暗の声が。
ヨッドメロンの能力と、意図。それすらつかめない状況では。未知のエヴァと異形とを繰り出してきたことが一体なんの意味があるのか。それとも、単に機能暴走しているだけか。
 
 
・・・・・そして、オルタめいた子供たち。緋狩シングに九羅波レエ・・・・。
なにか悪い夢でもみているようなその名前。エヴァ壱万号機二人乗り。
 
 
なにはともあれ、ヨッドメロンがこの異常事態を呼び寄せた張本人であり、招き入れた扉であることは間違いない。と、なると異常を収めることができるのもまた。エヴァ壱万号のコトは分からないが、異形は弱くても数が多い。このままではいずれ押し切られる。
おまけに戦場はどんどん殺伐というより、ゴミゴミしてくるし。雷管の類は解除してるんだろうなあのミサイルとかは・・・ここが本部ならばすぐに分析してもらえるが、人手が。
日向マコトら、オペレータ三羽ガラスの諸君の顔が浮かぶ。直後、弱音を噛み切る。
ネルフの看板背負ってきているのになにを不様な。
 
 
正解の選択は分かり切っている。零号機を突っ込ませてヨッドメロンを破壊することだ。
二者択一であるのなら。そうすれば、全てとはいわないが多くのことが片づくだろう。
心を悩ます多くのことが。さて。次々に異形が現れる光円を見上げる葛城ミサト。
 
その眼は未知の恐怖を百も承知で恐れなし。そはまさに領域の狭間に杭打つ番人の眼。
 
 
 
きいいいいいいいいいいいいいいいいいいーーーーーーーーーーんん
びゅごーーーーーーぶーーーそにっくぶー
 
 
 
そこに突然、風速四十メートル級の大風が吹いた。
「うわあっっ!?」「ひょええーー!!」陣地後退の作業にあたっていたスタッフは何事かと大いにビビッたが、葛城ミサトは髪をはためかせても背は小揺るぎもしない。しかたねえなあ、というように会津小天狗のごとくニヤリ、と笑い。大風に瞬きもしないその眼には、空間転送でもしてきたように突如として真・JAパーンモード、電気騎士エリックを乗せていた、が映っていた。
 
 
「いやー、お待たせしました。真・JA到着いたしました。状況は変わりないですかな?
葛城三佐」
そこに入ってくる時田氏からの通信。早い。というより早すぎ。さすがは民間。というより、オリビア経由で状況を聞いていてすでにスタンバっていたのだろう。でなければエリックまでついてこれまい。
 
「時田さん・・」
おそらくは世界で五本の指に入るくらいの恥知らず女の口を時田氏は先に封じた。
「いやいや、なにもいうてくださいますな。この時田、禍福は糾える縄のごとし、人生楽ありゃ苦もあるさ、挫けりゃ誰かが先にいく、あとから来たのに追い越され万物流転森羅万象臨機応変、この業界で生きる者の一人として貴女の立場の難しさはよく分かっておるつもりです。真田の方からお伝えしたとは思いますが、今一度申し上げますと、JA連合はどのような助力でもさせていただくつもりだったのです。”今回の件に関しては”なんの遠慮も必要ありませんよ」
「そうですか。”今回の件に関しては”ですね・・・・ではこちらも状況が状況ですから率直にお願いします」
 
手を出すな、と言うておいて舌の根も乾かぬ内に、やっぱ手伝え、・・・これである。
その鉄面皮さをぐちぐち論評できる余裕のある、け・じ・め〜ケジメなさい、あなたの近藤マッチな人間はそもそもここに馳せ参じない。わけである。
自分とこの庭先で暴れられても困るのもあろうし。時田氏も葛城ミサトもそのあたりで手打ちにした。時田氏がもっと計算高くて愚かであれば、もうちっと様子をみながらエヴァがやばくなった時点で恩着せがましくカッコよく登場、という筋書きを選んだだろう。が、時田氏はふつうにそろばんを弾くので、戦力を集中すべく早々の登場と云うことになった。
 
 
「その通り!、威風堂々、見事な心の開き具合ですぞ。受けた恩を返さぬのは人の名折れ。そもそも葛城殿たちは招かれた客人という立場であるのですから、困難を前にして我らに助力を仰ぐのはなんの恥じでもありませんぞ!この戦、貴女の指揮に従いましょう!」
サイボーグ馬で現地に疾走中らしい電気騎士団・リチャード・ポンプマン団長からも通信が入ってくる。隣をエミハ・磁光が併走しているのは間違いない。
 
「・・・・はあ、ありがとうございます、ポンプマン団長」
もし、この騎士団長夫婦がマンションの隣の部屋に越してきたら、即引っ越しだなー・・。
管理人とかだったら面倒見良くてよさそうだけど・・・ちょっと距離おきたいナー・・。
それでも、こちらの指揮下に入る、と明言してくれたことは有り難い。
ファンタジー物語のように、相手は闇の軍勢、うりゃさー!一気呵成に蹴散らせー!という風にやられても困る。最終的には、これは零号機のレイの「解放手術式」にもってきくことが目的なのだから。一番分かってなさそうなのがこう断言してしまえば、それより多少は頭がまわる方も従わざるをえない。時田氏である。何かに気づいたように一つ咳。
 
「ああ、エヴァの電力補充の方はまかせてください。バッテリーはもちろん、アンビリカルケーブルもありますよ。送電オプションもつけとりますので真・JAをコンセント代わりにしてもらっても構いませんから」
・・・・なるほど、分かっている。分かりすぎるほど分かっている。そのうち売り込みにでもくるつもりだったのかアンビリカルケーブルまで用意していたとは。侮れぬ時田氏。
 
「それじゃ、JTフィールド使ってかまいませんから、海上の白参号機から一つ反転させて使ってください、相手は大した強さじゃありませんが数が多く未知数ですからくれぐれも注意してください。白参号機は海上から援護を、零号機がメインでヨッドメロンを見極めますから、ケーブルを接続して電力を補充しつつその護衛をお願いします」
通信は全方向で流している。それを指針にここにいる全ての人間が同時に動く。
それは、生命を与えられたばかりの機械のように。感情があり感情はなく。
使徒ではない異形との戦い・・・それはかつてない精神的重圧をもたらす。逃げ出す者がでてもおかしくない光景であるが。そこはメアリー・クララタンが評価したスタッフたち。
勇敢であるという以上の、人としての徳目がここにあり。
白参号機・朱夕酔提督、そして。
零号機・綾波レイ。現場に戦気が満ちていく。
 
 
ヨッドメロンを救助する、方向で事態を進めることが指揮者の意志であることを理解して。
それはかなりの力業になるだろう・・・月に吼えフンドシを締め直して腕まくりをする。
 
 
「あー、それから朱夕、白参号機の電気が少なくなったら、そのまま海を渡ってショートカットルートで・・・バッテリー交換ついでに・そうねぇ、電気騎士団さんの格納庫のところで武器もらってきて武器。銃器なんてぜいたくはいわないから、グエエと肉を潰すメイスとかウラウラと血に飢えたモーニングスターとかカポーンと弱みを射抜く弓矢とか、サイズは同じだから多分エヴァでも使えると思うんですけど、ポンプマン団長、時田さんよろしいですか?」
時田氏を加えたのは、JAがエヴァを真似ていろいろその手の肉弾兵器を製造して隠し持っているのをちゃーんと葛城ミサトが知っていたためだ。火器は期待薄だが、なんでも巨大ウクレレまでもっているとか。
 
「表現が一部アレですが・・・・手配しておきましょう、特急で」
「委細承知だよん」
 
できれば魔弾、炎名も回収してきてほしいところだが、さすがに無理か。
葛城ミサトが考え、それを察しはしたものの、その「悪魔の保険」のことを自分の口から言い出しかねる綾波レイがぐずぐずしているうちに、エヴァ壱万号機のパイロットたちが目覚めたという連絡が医療班から入った。正確には先に目覚めた九羅波レエが、
「なに寝とん!はよ起きんかい!」
と無理矢理緋狩シングをびしびししばいている、という状況らしいが。
 
やはり関西弁ですか、などとのんきにつっこむヒマもなく「そっち行くから!!」駆け出す葛城ミサト。「それは禁断っていうか、現場は封鎖!わたしが行くまで誰もいれるな!」
えらいことになってきた・・・・・。まあ、とにかくエヴァ壱万号機の二人が味方か・・・・そうでないのか、分かるのは有り難い。使徒と戦うこっちのエヴァと同じく、あの異形と戦う者たちであってくれればなお。もしや廃棄物回収業者だったりしてね。まさか。
 
 
 
テントを乱暴にはぐって葛城ミサトがその場に急行してみると、
簡易ベッドの上の緋狩シングの額に魔女・メアリー・クララタンが手をかざしていた。
ヒーリング、という単語がごく自然に頭に浮かんだ。
 
驚きはしない。もはやここは日常とは切り離された、まともな計算の通じない、どんなことでも起こりうる、一瞬も油断できない非常空間になっている。空気の匂いからして違う。
 
ここにいる、あるものたち全てが加速しているのだ、思考もそして行動も。運命は一定の速度で動いていないらしい・・・それにより加圧される・・・だから、驚きはしないが。
 
面識があるとはいえ、部外者に診せてどうしようというのか。
誰も入れさせるな、と命じていたはずなのに、と責任者を睨みつけるより先に、立ちはだかった赤い瞳に睨みつけられた。これが九羅波・・・・
 
「なんやねん、あんた」誰何と敵意を等分した声と同時に腕肘への関節技が奔った。
なかなか見事な速度で、相手が気の立った、つまりはシュート入っている状態の葛城ミサトでなければ完全に決まっていただろう。
「葛城ミサトよ文句アルっ?」もはや反射的に頭突きをかましていた。がすっ!
「ちなみにここの責任者」その速度こそ化け物じみている。膝から沈み半泣き半ピヨ状態の関節技使いを迫力満点の眼で見下ろす。「それから、言っておくけどそこからアキレス腱狙ってきたらたたじゃおかないからね・・・・・」
 
「ちっ・・・・・」多少ダメージが残るのかよたつきながら立ち上がる諦めのわるい関節技使いこと九羅波レエ。口元が悔しさに波打っているが、確かにこの顔は・・・・どう遺伝子が転がったものやら、この口調とこのケンカっぱやさは。自然に緋狩シングの壁になろうとする立ち位置と心意気はどこか聞いたことがあるような、ないような。
 
「現状の説明をしてほしいなあ・・・・・うちのスタッフはどうもこの子にノされちゃってるので、魔法使いさん、あなたに」
医療スタッフは恐るべきコトに、ことごとくKOされていた。急いできたから時間はさほどたっていないから見事な手際だ。察するところ、魔法使いとの連携なのかもしれないが、それだと呑気に緋狩シングのデコに手をかざしているのもおかしいし・・・・この子がやったとみてよいだろう。拘束衣でも着せておくべきだったか・・・しかし、この顔だしな。
 
「私もいまさきほど到着したばかりですの。マーリンズの名にかけて、スタッフの方々をやっつけたのはそのお嬢さんですの。私は関係ありませんの。テントの中から大人と子供がケンカするような声が聞こえたものですから、乙女らしく魔女めいた好奇心のままにのぞくと、見知らぬ世界に降り立った混乱と不安と恐怖の心で友人に一刻も早く目覚めてもらおうとしただけなのに、それを横から妨害されて感情を爆発させてしまって実力を行使してしまった後悔に泣きべそをかいている女の子が一人・・・・おまけに、友人には平手打ちよりも今は適切な治療が必要で、それに気づいて自責の念と不安の心はますます大きく孤独な少女は」
 
「って、脚色しすぎや!!・・・・泣きそうにはなったけど、泣いてへんやんか!」
慌てて抗議と弁解いれる九羅波レエ。分かりやすい。芝居だとしてもベタすぎる。
エヴァ壱万号機、にはふさわしくない。通常考えれば。魔性成分が足りない?
 
「スタッフの方々を起こすことも考えましたが、どうも通常の医学よりは私の領分に近いようなので沸騰する現場の効率を考えて私が対応することにした、ということですの」
 
通りがかっただけなんだけど、鍋に火がついたまま焦げつきそうで、このままいくと火事になりそうだからやむなく火をとめるべく立ち入ってしまいましたの〜、ということなんだろう。言いたいことは。善意の第三者か。こういうのもおジャ魔女といってよいのか。
 
「それはどうも・・・・・」魔法使いには関節技その他は通じないのだろうか。どういうわけだか知らないが、九羅波レエはこの魔法使いに心を開いているように見受けられる。
仲間であるところの緋狩シングの身を任せていることが何よりの証拠だろう。
自分に対しては警戒心ピリピリだが。どうも力で制することができない人格らしい。
うれしいようなめんどいような。葛城ミサトは現場の封鎖指示が裏目に出たことを知る。
 
魔法使い・メアリー・クララタン。自分たち東方の島国ネルフ本部とは違うカタチでエヴァとアプローチする迫害の島の女。エヴァつながりで敵よりは味方に近い。油断はならんが。「ですが、部外者は立ち入りを禁止したはずですが」
そう言うと魔女は笑った。自らの価値を知り、世界の危機だろうとなんだろうとビタ一銭も己の価値を値切ることを許さない魔の女の笑みで。
「帰れ、というならば帰りますの・・・・・・けれど」
 
 
「あの月に、呼ばれましたの・・・・天文の理からはずれた、あの月に」
 
 
うわ、この女あたし苦手。リツコよりタチ悪いわこりゃ、と葛城ミサトは腹の底で。
どういう方法か知らないが、戦場の異変を知り、なおかつヨッドメロンのあの月をどうこうするのに一家言あるらしい。そのくせ帰れ、と一言でも言おうものなら箒に乗って飛んで帰ってしまうのだ。なおかつ、その言を聞くには相応の代償を払うはめになる。
この世に魔法があるかは知らない、問われたって答えない。でも、この魔女の薬は確かにダイアモンドを柔らかくした。逆行錬金とでもいうのか。・・・はあ。見料タダで高みの見物されるよりは巻き込んでやったほうがいいんだろうか・・・・確かに、常識ではエヴァ壱万号機なんてもんは出現しないし、使徒でもない異形が大量発生することもあり得ない。
多くの領域の専門家が必要になるのか・・・・常識外の。
 
 
「・・・・ご協力願えますか。マーリンズの名にかけて」
「戦闘の助力は拒否いたしますが、助言くらいならば。喜んでいたしますの・・・・おや
シングさんも良くなったみたいですの」
 
 
「ほんま!?ほな、いくでえ、シング!!今度こそ月怪どもをまとめて押し返すんや」
鍛錬によるすぐれたバネで、ぴょん、と緋狩シングのもとに跳ねる九羅波レエ。
ブラック・アンド・ホワイト。確かに別者すぎるくらいに別者だ。
 
「あ、ちょっと待って・・・」
悪気はない、ほんとうに悪気はなかったのだが、そんなおきゃんな行動をその空髪がとるとは思わずに自然に出してしまった葛城ミサトの腕がラリアット気味に九羅波レエの細い首に決まる。
 
「ぐえ!」うめいて沈没。これにて友好度限界ゼロ、敵意度200%アップ。
「な、なにすんねん・・・・・・これは・・・ちょっと効きすぎや・・・・うぇ」
涙目になっている。葛城ミサトの腕が太いのか、太すぎるのか、どっちであろう。
 
「いくらなんでもひどすぎますの。実力差は明らかな相手に」
魔女の非難ただし笑い付き
 
「ご、ごめん。わざとじゃないのよ、わざとじゃ・・・・・ま、まあ、これでさっきの襲撃もチャラ。おあいこってことでお互い恨みっこなしで水に流しましょう・・ね?」
肉体ダメージからすると、えらく割にあわない調子のいい話であった。
相手がいいとも悪いともいわんうちに、手をさしのべる葛城ミサト。またなんか仕掛けてくるかもなー、と思ったが、意外にも九羅波レエは素直にそれを受けた。
 
「ま、あんたの本気の腕やったら、うちのこけしみたいな細い首やこ、ヘシ折れとったやろしな・・・・・・・・わざとやないのは信じたる・・・・うわっ!!」
 
九羅波レエがせっかく信じたのに、葛城ミサトは一方的に握った手を離した。ひどい。
それは絶妙なタイミングで、ぶざまに九羅波レエを尻餅つかすために計算しきったとしか思えない行動だった。「こ、この・・・・今のは完全にワザとやな・・・・・」
赤い瞳が怒りと殺意をこめて紅に光を強くしていく。
 
 
反対に葛城ミサトの顔色は曇っていく・・・・・・・「あんた・・・・」
 
 
「気づかれたんですの?」魔女の声が重く反響する。通常の世界では冗談やおまけにしかならないこの女の存在の度合いが増すのを感じる。幻覚やトリックではないのは自分の腕の感覚が証明する。目の前に確かにラリアットかましてしまったこの子は存在する。
なのに。
 
 
「なんで、影がないの・・・・・・」
 
 
見開く瞳に黄色が閃く。透明人間の写真家に無断でフラッシュ焚かれたように。
テントの中の光景が、ばかのように大きな古い絵本ではさみこまれてしまったような。
脳みそに影絵切りの鋏をいれられたような非・現実感。傷を視認するための強い照明にさらされても、この子のからだは影をつくらない。体質の問題なんかでは、あるまい。
 
 

 
 
「くぅーっ・・・・・・・・・・・」
使徒バルディエルがヨッドメロンの有様、戦場一帯を見ながら悔しがっていた。
「ありえない、こんなのありえない・・・・・」
 
 
このまま放置しておけば、確実に世界は、その自覚もないままのヨッドメロンに滅ぼされる。破壊や殺戮を行うわけでもなく、ヨッドメロンに今まで放り投げ捨ててきたものを投げ返されるだけの話で、自業自得といえば自業自得で、因果応報といえば因果応報なのだが。まだ中身が完全に刳り貫かれた、場所とるだけの完全の廃棄物、無害兵器を変化させた雑兵しか顕現していないが、これがまだ未処理、いやさ分解どころか手を出すことさえ憚られてアバドンに泣きついてヨッドメロンに廃棄してもらったような、危険というのもなまやさしい地球を一呑みにできるような黙示録神々の黄昏輪廻停止全人類七生七殺祟り級の兵器がヘンゲした大将級のものが顕現するようになればもうお終いである。
 
 
地球が真っ二つに割れてしまったら、監視もなにもない。第一、ひますぎる。
 
 
そうなると、レリエルの後任として、人類の監視役となったバルディエルもその使命上、かなり困るわけである。
邪魔者は片づけてしまう。戦闘力というものを実験研究しつづけてきた折り紙付きの戦闘使徒であるところのバルディエルにはその力がある。つまり、殺ってしまうわけである。
自分の手を使うよりは、最強の幻想冠を操作することで、それに踊らされる戦闘バカを使ってコトを処理するのを好むバルであるが、これは明らかに力の劣る相手と戦うのが興にのらないだけの話で必要となればいつでも自分で鉈でも鉞でも牛刀でも振るう。
 
 
現在の状況は、その実力を出すべきとき。今をおいていつ、という緊急レベルであった。
だが、バルディエルはどうにもできなかった。ヨッドメロンをその手で叩き潰すことが。
いくつか理由があるのだが、最大の理由として、もしそれをやればヨッドメロンが内蔵する未処理の廃棄兵器がまとめて爆発する、というのがある。もはやヨッドメロンはその機能が本来ないのだとしても既に古今東西世界最強の生体爆弾と化してしまっている。
ヨッドメロンを叩き潰すくらいなら、まだしも地球の核をえぐり出した方がましである。
さすがにどれほどの絶対領域をもってことにあたろうと、自分もただではすまない。
知らぬ上でやったこととはいえ、さきほどの朱夕酔提督の攻撃は超ヤバキチであったわけだ。
 
 
おまけに弱るのが、ヨッドメロン自体は戦闘兵器ではないことだ。
ということは、バルディエルの十八番、最強の幻想に操られることはない。最強であることに価値など認めないだろう。専門領域外の相手で、コアが煮えくりかえりそうだが、レリエルならば巧くあしらうだろうが・・・・。
どのように時が進もうと時代が変わろうと、人間が、戦士が、最強の二文字を求めるのは変わりない。だから、永遠に自分の手のひらの上で踊り続けるはめになる・・・・ふふふ。
いや、笑っている場合ではない。
 
さらにさらに弱るのが、めくらめっぽうに空間を探るうちにヨッドメロンが、天の金脈空の銀脈主の水脈霊の葉脈の四脈を辿り、月の裏側にある立体の終着地点、「主影倉庫」に手をつけたことである。手をつけた、といっても扉に触ってその指先のほんの少し、ひっかけて帰ったくらいなものだが、人間でそれをやったのはヨッドメロンが初。
そこにはあらゆる影が仕舞われている。詳細は役目違いのバルディエルはよく知らない。
影、というものはとてつもなく便利で都合の良い「動力」であること。獲物を狩り巨石を動かすなど、これに勝る仕事方法はなかったのだが、どういうわけだか廃れてしまった。
進歩の道筋をほんの少し違えただけで、人間は火から始まる光系統の文明ではなく、影を基調とした闇系統の文明をつくるはずだったのだが。まあ、この手の話は限界がない。
問題なのは、ヨッドメロンの身の程知らずの能力の拡張による、「もしもの連鎖」で繋がれた世界の向こう側に手をのばし、それが届いてしまった、ということにある。
現在のヨッドメロンは、機能に内蔵されていない能力も使える。わけだ。
元来、脳内に対応するコントロール機能がないままに、強大な能力をもってしまう・・・これがどれほど恐ろしいことであるのか・・・・・だが、まだそれは許容範囲内だ。
人間なんぞ200年も生きない。どうせ一時代のものだ。すぐに消えてゆく。
わずかな量ではあるけれど、世界を創造する欠片、部品のひとつ。アドニム・アイオーン。
想像したものを世界に現すことができる、主らしい大らかな力をもったもの。
雫のごとく剥落落下してくるものを受け取った人間は何人かいるが、そのものを手にした人間は絶無。
無から有を生んだ時、それはもう人などではない、別の名で呼ばれる。その資格を得る。
そして、その資格を手にしながらそれを「放棄」して、人でありつづける方法を選択する。
人間が、これまで、そして、これからも他生物他生命に恐れ続けられるだろう特質。
それは・・・・・
 
おしゃべりであること。
 
ペラペラと
黙っていられないのだ。必ず、口先がウズウズして、自分が手に入れたその秘密を他の人間に話してしまい、その者はまた隣の他の人間へと、時代を越えて連鎖していく。
世界の秘密の共有、または生命の共犯化。これまでも、これからも、これほど口の軽い生物はうまれないだろう。話さずには、バラさずには、伝えられずにいられない。
たまに、その資格を抱え込んだまま消える人間もいないでもない。
だが、ヨッドメロン、ジャムジャムが、その異能の力のゆえに拾った「情報」を公開しない保証はどこにもない。影を動力に使い、命のように 動かす・・・その方法を。
 
 
「ありえない・・・・」
 
 
それで造られた月怪どもには使徒たる自分は手が出せない。影の意志を感じるが・・・
頭に来るが、月怪というのはつまりは使徒だ。ぱちもんであろうとまがいものであろうと。人間の想像し創造した、使徒。使徒の影。それが人間を襲うからといって使徒である自分が動くのも妙な話だ。因果が狂ってしまう。影が踊るとき、その主はその名にかけても固定する・・・。
 
 
そんな詩的な理由のほかにも、もっと実際的な理由もある。月怪の寄り代たる廃棄兵器、兵器というやつには自分の種がかなり混じっている。最強の幻想を得るために。叶えられずに滅びの眠りについたわけだ。
自分が手を出せば、その存在を感知した兵器どもが目を覚まして吼えだした日にはどうなるか・・・ヨッドメロンがどういう保存をしているのか知らないが、発動後、誘爆につぐ誘爆の連鎖をやらかす・・・玉突きビッグバン・・・可能性はかなり高い。
 
 
ヨッドメロンには手を出せず、月怪にも手が出せない。
けれど、このまま放置しておけばどえらいことになって、地球は崩壊する。
自業自得的に因果応報的に。純粋戦闘・破壊活動系の議定心臓をもつ使徒ならば、願ったり叶ったり心安らかにこの状況を傍観していられるのだろうが。
 
 
と、なると、出来ることは、こういった状況を得意とする使徒に降臨を願うか、
 
この状況を虚数空間の何処かで見ているに違いないレリエルが介入してくるのをギリギリまで待つか・・・・
 
または、人間に助力してやるか・・・・・
 
はっきりいってどれもいやであった。
 
だが、選ぶしかない。
このまま見過ごしては監視役としての任を果たしたとはいえない。自分の議定心臓が壊れていない限り、それは許されないこと。使徒は使命を果たすためにある。
 
 
「くう・・・・・・・」やむをえず緊急措置としてバルディエルは戦場の数点に向けて力を放った。機能強化。目標を何世代か強制的にバージョンアップさせる。そうでなければとてもこの数では戦えたものではない。はやいところヨッドメロンを止めないとまずい。
 
 

 
 
「え・・・・!?おじさん、あの子のこと、知ってるの・・・!!?」
ジャムジャムが受けた衝撃と動揺はかなり大きなものだった。そろそろ消えるべえ、とポリバケツの底にひっこもうとしていたのが一気に跳ね上がって加持リョウジをほとんど抱きつかんばかりにした。
 
「おっとと・・・・・ああ、知っている。同じ職場で働いていたことがあったからね」
微妙な表現であるが、ジャムジャムの興味は離れない。どころか、べたっと、強力接着剤のようにその緑の眼は加持リョウジの瞳をしっかりと、しっかりと見る。
いやはや熱烈ファンなんだなあ・・・・「ういむいういむいういむい〜・・・・・」
謎の言葉で、(圧縮言語かもしれない)歓喜をひとしきり現すと緑の瞳は若宮に燃えて「渚カヲル生情報」を乞い願った。そのあまりの輝きに、取引などで間をおくこともなく、加持リョウジはしばらく第三新東京市での少年の物語を語った。
 
まさに、”むさぼり聞く”ジャムジャム。これほど切実に幸福に話を聞く人の姿を加持リョウジは今まで見たことがない。聞かねば死ぬ、とでもいうような。生まれてこのかたダムの底で圧縮ボンベの空気しか呼吸してこなかった人間が、はじめて風の吹く山の空気を吸うような。同じ空気であっても、そこには思わぬものが混じっている。それを感じたジャムジャムは、加持リョウジが一瞬、曲がった針金のように固まる質問をする。
 
 
「ふーん、で、その”友だち”ってなにをするの?」
 
渚カヲルの第三新東京市での生活を語る上で不可分である碇シンジたち、友人のことに話がいった時、ジャムジャムはその”単語”について問うた。初めて知った言葉のように。
形状記憶合金のごとくに元に戻る加持リョウジ。ジャムジャムが碇シンジや綾波レイの名を伝え聞いているだけに、よけいにその問いの異常性が分かる。人間は結局、自分の心にアクセスできる同程度にしか他人の心にアクセスできない。
 
 
問いは友だちというものの機能について。
 
 
物事を説明して理解させるには、ある程度の条件が必要になる。一年中、冬である土地にあってそこの住人に夏と春と秋の違いを口で理解させるのはかなり難しい。理解したとて「あ、そう」で終わる。人にものを教えるのはむつかしい。辞典の角で頭をつついてやるか、手をとってやるか。やり方はいろいろある。
 
 
「いろんなことをするのさ。いいことも悪いことも、好きなことも嫌がることも、楽しいことも楽しくないことも」
人に四季がある、といったような説明である。居住地が一年中冬であり、なおかつそこでも冷蔵庫にいれられているようなジャムジャムには理解しようもない。
 
「悪いことも?嫌がることも?楽しくないことも?なぜ?」
しかし、ジャムジャムは懸命に理解しようとする。針の椅子に座って推理して真実に至ろうと努力する。「いろんなことがあるからだよ。会うこともあれば別れることもある。下界ではいろんなことが起こる。・・・・捨てることもあれば、拾うこともある」
 
 
「拾う?」捨てられるだけのジャムジャムにはない対極概念。固定されたその座にある少女にはあまりにも酷な言葉。それは外界を自由に見て歩くこと自分の意志で選ぶこと。
ジャムジャムは不思議な、これ以上ないほど不思議そうな顔をした。白痴と理知の混交。
 
 
「そう、君はここにいる。下界に降りてきたからには、いろんなことが君にも起きる。
今までとまるで反対のことも、起こる・・・」
明確な単語などではジャムジャムが今まで蓄積してきたものと、おそらくとても釣り合わない。ある程度のヒントを出して、己で考えさせた方がよいやり方もある。
 
 
「誰か拾ってくれる?下界の人間の誰かが」それはあまりに危険な問い。弱々しく猛々しいアンバランスな復讐の女神の問い。だが、加持リョウジは恐れない。もっと危険で気合いの入った女神を知っているから。自爆スイッチに手をかけているのも承知の上。
 
 
「そう、だから心配いらない。必ず君を抱き留めてくれる者がすぐそこまで来ている」
葛城。すまないが当てにさせてくれ。この子をこのまま自分に捨てさせるわけにはいかない。自殺することも許されない、ゆえに自棄。自分で自分の中に捨ててしまう。ポリバケツの中になんかいるのはその象徴だ。この子はアバドンに捨てられたことを理解している。
無責任というかなんというか、手におえなくなった至高聖所はこの子を捨てた。ペットに飼っていたけれどでかくなりすぎた輸入ワニじゃないんだぞ・・・・・。
上位組織だろうが真実に近かろうが心の底からの軽蔑と怒りを覚える加持リョウジ。
 
 
まずなによりも、この子の不安をとりのぞく、捨てさせる・・・いやさ、拾って自分の裡に。人間の本性は、雑多、であるが、そこに至らないうちに様々なものを削り単一のものに特化させたときに、偽の聖性が生まれる。それも真実必要な機能なのだろうが、いつまでも祭り上げているととんでもないものになる。適当なところで降ろしてやらないと。
頃合いだろう。
今までいいようにコキ使われてきて、それで手に負えなくなれば捨てられて、死して屍拾う者なし、・・・・人界のど真ん中で・・・そんなバカな話があるものか。それではナギサの月と同レベルではないか。伝え聞いた断片で再構成できるほど、世界はやすくない。
 
 
「もう、何も捨てられたくない・・・・。それでも、拾ってくれるの?」
特化させられた聖性の行き着く先。片道切符の高速グリーン車に乗せられて。
自分で戻って来られない。不安を不安と思わないほどにそれしかない。ジャムジャムはなんて奇特な、という顔をしている。加持リョウジも鏡に映したようにそう思う。
機能を求めているわけではない、だから語る言葉を変えよう。
 
 
「そうだなー・・・・拾う、というよりは君を、助ける、だな」
 
下界におとされた時点でもはや遠慮はいるまい。神は拾うが、人は助ける。
ここに葛城が、葛城ミサトがいたのは僥倖としかいいようがない。世界中探してもそれが可能な指揮官は彼女しかいない。
「まだ、いろんなことが”できる”だろう?渚カヲル君はいなくなってしまったが、彼のことを教えてくれる碇シンジ君たちに会ってみるなんてどうだい?」
 
 
「サード・チルドレン・・・・・」
ジャムジャムの緑の瞳にはじめて迷いらしきものが浮かんだ。
森の中に風が吹いたような揺らぎざわめき。太古のシダの森に恐竜の踏む地響きが伝わったようなゆらぎ。
 
 
「碇シンジ・・・・・終時計・・・・”昔昔昔”・・・・」
ぼうっとしてちいさく呟く。ジャムジャムが何を思うのかは伺い知れないが、情報は収集したし、そろそろ本気で脱出の算段を始める加持リョウジである。
 
 
「そういうわけで、ちょっと彼に連絡してみるから、ここから出してくれないかな?
ここ、圏外みたいだし」
真剣かろやか、加持リョウジ。交渉話術の精髄がここにあり。そういうわけで、じゃ。
 
 
「だめ」
 
 
真剣しめやか、加持リョウジ。交渉話術の精髄がここに終了。
 
 
「ごめん、話すぎたよ。時間ない。もう始まる・・・・・・でも、そのかわりに・・・・」
ジャムジャムの言葉が終わる前に、一つの世界が閉じられる、大きな振動がきた。
 
 

 
 
「全ては自分の不徳のなせるところであります!
誠に申し訳ないであります!!この場で果てよというならば割腹して果てるであります!!」
 
 
緋狩シングのこのセリフで葛城ミサトは完全に実感した。こいつら異世界だと。別人すぎ。
九羅波レエに影がないのに気づいて驚いた葛城ミサトであったが、その後目覚めた緋狩シングによって事情の説明を受けると納得した。もちろん、ジャムジャムが加持にしたものと完全に同じだった。
 
 
使徒に来襲くらっているこの世界と同じようにあの異形・・月怪に襲われている世界があって、そこにも天敵を撃退すべくエヴァがあって、けれど、この世界より科学者のデキが良いらしく、なんと天敵の月怪を追い返してどこかよそへ行かしてしまうというとんでもなくはた迷惑な設備をつくってしまい、その「どっかよそ」がたまたま「この世界」であったという・・・・・・確かにウルトラ迷惑な話だ。だけどまあ、自分たちもそんな設備を造れたら同じことをやっていただろうなー、とも思う。なんとかそれを阻止しようと頑張っただけ、この子たちは立派かもしれない。天晴れな責任感だ。失敗したとはいえ。
それにしても、緋狩シングの似合わないダブダブの制服を着たこの帝国軍人みたいな口調、どうにかならんのか、ちょっと言ってみてやろうか、とも思ったがやめた。別人なのだ。
重量のある徹底教育を素直に受け容れながらも、その素地には、その血にはまだ軽すぎるようで、当然あるべき、プレスされた固さのようなものが感じられない。彼は別人で、なおかつ、その話を信じれば、命令違反の反逆者、ということになる。
 
「うちら、人類の敵やな」と九羅波レエは言ったが。
「悪役であります・・・それも極めつきの」とシングが満足げに答えて。こやつ、九羅波のいくところならどこでもよかったのだろう。
 
 
エヴァ壱万号機、そしてパイロット二人・・それから、月怪・・これらが実物の証拠があるから、これはヨタ話ではすまない。できればヨッドメロンで手一杯なので無関係を押し通したいがそうもいくまい。しかし、異世界とはなあ・・・・・なんでもありだなこの業界。葛城ミサトちょっとため息。医療スタッフはまだノビたままだし・・・・まあ、魔法使いの方から彼らの位置づけを後で聞いておこう。敵でないならとりあえずだ。
 
そして、責任取って腹を切るなどと言い出した緋狩シングにむかって
 
「あほ!!そんなの単にみせかけだおれの責任逃れや。うちらのやらなあかんのは、あの月怪どもを追い返すことや。ここであんたが腹かっさばいてもしょうがない。うち一人じゃ壱万号機も動かせんしな。分かっとんのか!」
と、どこからか出してきた黄色いメガホンで緋狩シングの後頭部をしばく九羅波レエにはいまひとつ馴染めないものが正直あったが。言うことは正論だ。あんたが正解。
 
緋狩シングの片腕を見る。己の腕を喰わせてパイロットの認証と契約と成し起動鍵とする・・・・凄まじい、鬼気迫るテクノロジーだ。
でも、みせかけだおれ、って何語?
 
「分かっていなかったのであります。レエ殿、お気の済むまでしばいてほしいのであります」
男らしいは頭の悪いことではない、と思うのだが。この潔さは誰にとっても古き友良き友になれそうだが。なんにせよ、相手の手の内を知った者と共闘できるのは有り難い。
「あほ!ひとをサドみたいにいわんとき!とにかく壱万号機再起動や。こっちにもエヴァがあるみたいやけど、うちらほどには戦えん!」
 
 
・・・・にしても、異世界とは・・・・・それを拒否反応も違和感もなく素直に即座に素直に受け容れるには自分はちょいと歳を取りすぎてるなあ・・・・三十路はまだだけど。
二人のやりとりを聞きつつ、葛城ミサトは覚めていく。同時に夢に没入していく。
速度は100キロ以下に落とすこと許されずに、これからコースは急カーブクランクばかりの下りサンダーコースになります、みたいな。いくら怖くても座っていればよいジェットコースターなんぞとワケが違う。この肩にかかる重圧が。
ひしぎそうだ。
 
 
あの月を視たときに、ヨッドメロンに強烈な夢を観させられた。
夢を直列だか並列だか、数珠繋ぎに連結することができるのだろう。それが能力。
 
夢に対抗できるのは夢のみ。
 
とりあえず、このエヴァ壱万号機コンビが月怪を押し返すまでは夢を「視ていなければならない」・・・・もし、精神空間と物理空間とを行き来可能な橋を繋ぐことができたとしたら、それはもはや人間業ではない。自分たちが救出しようとしたのは人間のはずだ。
 
 
ジャムジャム
 
 
現世(うつしよ)は夢、夜の夢こそまこと・・・・・か。
報告書を書く必要もなく、コトが片づいたら忘却するほかなし。
 
 
「ねえ、あなたたちがこっちの世界に来たのは、誰かに呼ばれたからじゃないの?」
 
 
ヨッドメロン
 
 
「あ・・・・、だから、ちゃうねん。迷惑かけたんは謝るけど、別に月怪なんぞと悪巧みしてこっちに攻め入ったとかそーいうんやのうて・・・」
九羅波レエは相当に誇り高い性分らしく、そう言われて傷ついたようだった。
 
「いや、そういうんじゃなくて、ね。・・・・そう、ヨッドメロンってあなたたち、聞いたことはない、それから、ジャムジャム、とか」
 
「しらん・・・聞いたことない・・・・シングは」
「さて?その二つの単語は初めて聞いたであります。習ってないであります」
 
それで関係性が分かる。彼らはヨッドメロンが発した光円から現れた。
エヴァ壱万号機は逃亡を望んだわけでもなくまさしく月怪にやられて不様に叩き落とされたのであり、月怪の方も関西薄味に飽きたら今度は関東濃味、みたいな新たなテイストの開拓を望んで自力で移動しているわけでもない。赤鍵博士とやらにインスピレーションを与えた、囁きの悪魔の名前がヨッドメロンでもジャムジャムでもなく、てめえの頭でその大迷惑なアイデアを考えつき実行したのだとしたら。
 
その都合の良すぎる絶妙すぎるタイミングはどこで計っているのか。
 
作戦家たる葛城ミサトが何よりも気にするのはそこである。
 
ジャムジャム・・・・もしや筋金入りの大ギツネかもしれない・・・・・
 
ヨッドメロンが呼んだ、というのならば異世界も平行世界もワールドタイムゲートも信じてもいい。
 
けれど、仲間とともに耐え続けたという彼らの敗北時間が分かるわけがない。
エヴァ壱万号機コンビとヨッドメロンとの出来レースでもない限り。
あまりにもタイミングが良すぎる。第三回戦開始になってエヴァ壱万号機がやられてこちら側に叩き落とされる・・・・・そんな話があるもんか。
 
筋書きが決まっていてもそんな真似はできまい。考えられるのは唯一つ。
 
敗北を決定する、彼らの運命を決めている者がいる。
それはジャムジャム以外にない。神を信じない自分にはそれしか思いつかない。
ジャムジャムの意志なのか、ヨッドメロンの能力なのか。朧気ながら見えてくる。
 
 
だが、そんな葛城ミサトも、月怪がやられた後に錆びついたゴミっぽい「兵器」に姿を変えることに不安を覚えないわけではない。夢であるからには全て納得できるが・・・・
 
まさかヨッドメロンの異次元腹の中には、今まで全世界レベルで廃棄された兵器が”しこたま”入っているなどと思いもよらない。全てが無害化できていればいいが、処理が追いつかなかったりジャムジャムの気まぐれにより処理されなかったものも多数ある。
 
 
ちろ、と緋狩シングと九羅波レエを見やる。
・・・・・もしも、この子たちがやられたら、何か、他のものに姿を変えるのか・・・
もしや、それこそ「影」になってしまうんじゃないだろうな・・・・・・
 
 
ちら、と魔女・メアリー・クララタンを見やる。
すっかり腰をすえて全部聞かれている。その間に医療スタッフを目覚めさせるとか気働きをしてくれりゃいいものを・・・・まあ、部下でもなんでもないから無理はいえんが。
 
 
”影はけっこう動力としては使えますの。意外におしゃべりですしね”
途端に、頭の中に声、テレパシーか、で返信がきた。心の声も聞かれてたらやばいなー、とか思ってみたりするが、”そんなことないですの”とかお約束な返しはなかった。
 
”月の光のもとでは、命のまねごともできますの・・・・まあ、夢だと思った方が一般の方は賢明ですの・・・・あまり情はこめないで”
 
 
「うーむ」
この子たちの使うエヴァがもともと月怪であり、それを馴致したものであるのは聞いた。
どえらい皮肉が効いているともいえる。
 
 
「話はもうええやろ?うちら早よいかんと」
九羅波レエが緋狩シングをひっぱる。うーむ、女房関白。けれど、緋狩シングの方はまだ顔面蒼白、身体は拭いてもらったがかなり疲弊している。機体はボロボロ、操縦者もこのザマじゃあ足手まといもいいところだ。もうちょい休ませる必要があるだろう。逆にいえばなんで九羅波はこんなに元気なのか。仕事の役割分担が不公平なのではなかろうか・・・。
作戦部に一考を求めたくなる。責任者でてこい!
とはいえ、ハッキリそう言えば反発を買うのは目に見えている。後半指摘は特に。
ゆえに、つっかかる。レイと朱夕と時田氏ならばまだもたせてくれるだろう・・・。
 
 
「正直なところ、月怪を狩ってもらっても、こっちはあんまり嬉しくないのよねー」
 
「なんやて?」
 
「迷惑かけたおわびなら、やってもらいたいことがあるの・・・・」
 
それより、ヨッドメロンをどうにかする必要がある。早いところ。
 
戦闘意欲が旺盛なことはけっこうだが、ここは引け目につけこんで言うことを聞かせる。
 
「ま、座ってジュースでも飲みながら聞いてちょうだい・・・・あ、クララタンさん、使ってわるいんですけど」
「ふふ、魔女をメイドに使うなんてそのうち地獄におちますの。どうぞサバトのコーヒーを。山羊のミルクも忘れずに。精がつきますの」
やっぱり読まれているのかな、というほどの対応の早さ。魔法のように出てくるコーヒー。
「ありがとうございます・・・」コーヒーは四人分。完徹は間違いなさそう、か。
 
 
「話は聞くけど・・・・ええの?うちらが行かんと月怪は寝る人を喰うで。こっちの人間はうちらみたく眠らんことに慣れてへんのやろ?夜は眠れるんやろ?・・・だからうちらは・・」
「それはとてもうらやましいのであります。とても・・・・このコーヒー、美味しいであります元気がでてくるであります・・・・ずーっ」
送り先のことはある程度、赤鍵博士とやらに聞き及んでいるらしい。また、それゆえに袂を決定的に分かつことになったようだが。
 
「大丈夫、こっちのエヴァも戦闘には慣れているから。しばらくなら問題ないわ」
ヨッドメロンの月・・・光円から直接第二東京都心部へ飛行襲撃された場合にはかなり面倒なことになるが、今の所はヨッドメロンの周囲に布陣するように降下してきている。
エヴァ壱万号機には砲が装備されているが、飛行タイプが出現した場合、それで撃ち落としてもらうことになるか・・・・実際のところ、用意も準備も万端とは言い難い、こんな戦闘になるとは予想もしていなかっただけに、不安は強い。震度は強。
なにはともあれ最高の情報源がここにいる。根こそぎ吸い取ってやるわよ・・・・・!
それも、ヂュウヂュウと!!腹をすかしたカブト虫のような眼光の葛城ミサトに
「な、なんや・・・・」少しおびえる九羅波レエ、と。
「み、身の危険を覚えるであります・・・・た、食べられるのは壱万号機とレエ殿だけにしたいであります・・・」身を固くする緋狩シング。
 
 
 
”物好きな方ですの・・・・・”魔女・メアリー・クララタンが葛城ミサトの足掻きぶり藻掻きぶり影絵劇を賞賛する。見物料がわりにもう一働きと、医療スタッフたちを起こしていく。
とりあえず、怠け者はこの場にいる資格はない。
 
 

 
 
 
「こうやってケーブルで繋がれてみると・・・不思議なものですな。私は正直いって、エヴァは苦手なのですが・・・・なんとしても守りたくなってくる」
 
ぼそっと、感情を抑えた珍しく派手さのない時田氏の言葉に、返事はしなかったものの、零号機の中で綾波レイは無意識に肯いた。よもや時田氏が母性本能を発動したわけでもあるまい。
 
 
元々、腹の中に隔意がある同士。時田氏はもともとネルフもエヴァも嫌いであるうえに、しんこうべで綾波レイに関する極秘情報を掴んでいたし、綾波レイにしても弐号機、惣流アスカのメンツを丸潰しにしてその自信をコナゴナに砕いたJAに友好の情を感じているわけではない。隔意がある同士の、呉越同舟にお為ごかしの言葉はいらない。
けれど、時田氏は述べ、綾波レイは肯いた。意は同じく。不思議なものだった。
共闘する上で。互いのそれ、は最大限の信頼表現であっただろう。
 
 
真・JAはパーンモードを解いて、人型に戻っている。そこからアンビリカルケーブルを伸ばしてエヴァ零号機に接続。騎馬から降りた電気騎士エリックはリチャード・ポンプマンの操縦のもと、エヴァ零号機綾波レイの守護を固めつつ、次々に降下してくる月怪を屠っていく。強い。ロケット足類のヘリコンだけでなく、虹色の蠅を無数にいれた鳥籠タイプの「ゲンマフリシウス」、高速回転する円錐をピラミッド状に組み上げた「ラペイルーズ」など、その他のタイプも出現するようになってきた。
 
まだ苦戦はしない。もちろん、事前の打ち合わせや訓練などやったはずもないこの三機の連携は奇跡に近い、三位一体を実現していた。互いに足をひっぱらない最低必要レベルをあっさりと跳躍越えできたのは、やはり互いが互いを守ろうとする思いの故か。
または、白参号機よりJTフィールドで受け取った白いATフィールド、「白牢壁」活用のおかげか。これでかなり安心感が違う。
 
 
それで「退化の十法(コセイドン)」精製に集中できる綾波レイ。
それは、メジュ・ギペール式を御破算にできる失楽の毒。減圧剤、降下薬。アッパーに対するダウナー。加速に対する減速。エヴァの掌指先で体内の体液、生体部品を合成変化精製して、対象に投与すると式は強制解除される・・・・・と渚カヲルは言っていた。
解毒剤では、ないのだけれど、と皮肉な笑みをうかべていた。加速しすぎた進化。
粛々と神へ至る階梯を、ドタドタと池田屋の階段落ちさせるわけである。乱暴に約すと。
もともとバイオスフェアの実験場で監督役をやっていた管理用エヴァ四号機の専属操縦者の特殊技能だったのだが、何かの折りに必要になるかもしれない、と伝授してもらったもの一つ。零号機は綾波レイが搭乗する限り、とんでもなく広範囲の技能を使用可能な、まさに科学万能の体現者と化す。まさに技のデパート、舞海綾波。
 
 
碇ユイが乗る初号機ならば、「なでなで」して相手を甘やかすことで、堕落弱小化させる、というとんでもない絶技が使えるが、さすがにそれにはまだ及ばない。
 
 
零号機の単眼が極限までズームされる。対象を呑み込まんとする。蒼い機体の赤い瞳。
ヨッドメロンのメジュ・ギペール生体眼に星幽的にリンクするほどに。
エヴァの目で対象をじっくり分析させないと精製には至らない上に、投与の方法もそれをもって解除式を指先で塗りつけていく神経網を毒爪で琴弾いていくという魔術めいた手間がかかる・・もとよりエヴァの体液を操縦者の意志の力で目当てのものに化学変化させるという怪しげなインチキ聖者のような芸当がすでに・・・・元来、戦闘のついでにやるようなことではない。準備万端整えて神経を集中させてそのために丸一日つぶすくらいの仕事なのだが。戦闘術式・・・・渚カヲルほどに戦場と戦闘を支配できるかどうか・・・・
仕方がない、やるしかない、としかいいようがない。
 
他に選択の道はあるのに。ないでのあれば、動くのは自分の体であっても行うのは運命とか都合とか神様とか、何かほかのものだ。束縛されるが同時に解放もされている。
あるから、やるしかない。自分が。神様でもない自分が。それは二重の束縛。
 
 
零号機の指先に退化の毒を結晶化させて、生体眼に叩き込んで術式解を塗り込むようにしてねじ回す・・・・・もろにそれをやれば想像を絶する苦痛によくて発狂、悪くて即死、魂までも崩壊するかもしれない。それを防ぐために特殊精製する麻酔をかけることになるが、それだけ術式が歪みぼやけて解が導きにくくなる。その技術に錬磨しているなどととてもいえない。こんな真似は初めてやる。成功するかどうかはまさしく神のみぞ知る。
 
人体実験、といわれてもかえすことばはない。いつか、同じ目にあわされるだろう。
そして、成功すればしたで、エヴァ四号機と同等の技術の使用を公開した自分に上位組織からの強制召喚・・・新たな実験施設の管理役の後釜としての任がまわってくるかもしれない。そうなったが最後、第三新東京市、ネルフ本部に戻ることは永久にないだろう。
 
 
 
零号機の体内を滝のように轟音をたてて落ちてゆく膨大な量の化学式
発芽(ゲンミナティオ)形成(フォルマティオ)結合(コンユンクティオ)黒化(ニグレド)赤化(ルベド)投企(プロイエクティオ)・・・・錬金古桜の終わらない散華。
 
人間に投与すれば一分とかからずに「死なないタコ」に変えてしまう猛毒が人差し指内で精製されている。これが第二法。これからさらに法程をすすめてゆく・・・・
今、この状態の綾波レイ、零号機が、もし、もし、「くしゃみ」などしたら・・・・
世界全体にまき散らされて、地球は「死なないタコの惑星」と化すであろう。
多少、救いなのは加速させるよりかは減速させるほうが多少たやすいことだ。
本人に人としての正しい停止位置さえきちんとイメージできていれば、なんとかその螺旋から飛び降りることができるはず・・・・・戻るべき場所。降りる場所。
 
もし、それがないのだとしたら・・・・・・
能力に自我がとろけきっていたとしたら・・・・・精神が赤ん坊レベルであったら・・・
さすがに自分はそこまで用意できないし、面倒も正直、見きれない・・・・と、おもう。
いや、できない。自慢じゃないが、金魚だってうまく飼えそうにないくらいだ。
パイロットが機体を降りてきても、抱きとめてあげることは・・・・・できそうもない。
 
もし、ユイおかあさんだったら・・・・・・・碇司令・・・・・碇君だったら・・・・
でも、ここにはいない。
葛城三佐、あの人にまかせる。自分ができるのはそこまでだから。
 
 
・・・・というわけで、あの九羅波、それから緋狩、というエヴァ壱万号機の二人についても考えないことにした綾波レイであった。これは逃げ、ではなく、精神の集中である。
 
・・・・法程をすすめていく
 
 
ドドカン!!
 
 
強烈な衝撃がATフィールドを揺るがした。体内行程に集中している分だけどうしても強度や厚さが低下してしまうが、なんといっても絶対領域である。敵の攻撃が威力を増してきている・・・・ナイフ一本でサクサク狩れていたロケット足はやはり一番の下っぱ、雑兵レベルであったらしい。後続で出現する新タイプの方が強くなっている。悪い傾向だ。
 
 
亀ムカデ、とでもいえばいいのか金属製の、戦車のような砲塔をもつ首なし亀をつらつらと連結させた月怪(レギオンモンタヌス)の一斉射撃。しかも狙いがとんでもなく正確。
 
 
ふわふわとしたアドバルーンに、ごっちりがっちりしたマッチョに太い腕を一本だけつけた、地に足のつかない、だから力が入るわけがないのだが真・JA、時田氏が唸るほどのとんでもないパンチ力を誇る月怪(フラマウロ)のコンボ攻撃。
 
 
地をぬめるように這う、緑灰色の平面ナメクジ。その背にはぷちぷちとして、いかにも見ているとつぶしたくなるようなつぶつぶがあり、それを踏ませようと足裏にうごめく。
リチャード・ポンプマンが切り裂いてみると、大量のM128式廃棄地雷に化けた月怪(クラプロート)。
 
 
一対一で戦うのであれば、やはり使徒よりは弱い・・・・・が、なんせ数が多い。
 
同タイプの敵が続々と補充されてそれを相手にせにゃならん、というのは肉体とともに精神が消耗してくる。おまけに、現場はますますゴミゴミとして山が築かれ、倒せば倒すほどにヨッドメロンとの距離が離れていく、という案配である。その混線の中で零号機の精製は進んで行くが、敵はますます多く、ますます強くなっていく。ネルフになにか秘策があるのを信じる時田氏であるが、「それまで保つかどうか・・・・」保たない場合は・・・真・JAの最新必殺技を発動させる覚悟を決める。標的は、・・・・ヨッドメロン。
真・JAのダメージゲージには確かに反応はあるが、倒した異形の敵は、廃棄兵器に化けてしまう。出所を真田女史に早急に洗わせているが・・・・どうも、とんでもない事実が浮かび上がりそうだ。あの異形の敵は十分に、十分すぎるほどに「攻撃兵器」ではないか。
それなのに、なぜその裡に「捨てられた兵器」などを宿す必要があるのか・・・・・
ヨッドメロンというのは。もしや・・・・・
 
 
その事実を隠すがごとく、自分たちは幻影を戦わされているのではないか・・・・・その源を断つしか、終わる方法はないのではないか。時田氏とて、JTフィールドを造り、エヴァを超えようとする人物である。その頭脳はそういつまでも惑わされはしない。
UBダイアモンドを戦場のど真ん中に投げ捨て転がしてきてやりたい気分を噛みしめて。
 
 
「それにしても・・・・」
同時にリチャード・ポンプマンの機動を見る。無謀というか勇気の塊というか、同じ人類とは思えないほどに勇敢な騎士の動きに驚きを禁じ得ない。縦横無尽、絶妙な位置取りを実現する速度・・・・信じられないがF1より速い・・・おまけに、騎馬のままで真・JAやエリックの肩に駆け登ったりするのだ・・・・・引力とか重力は勇気の前に無力化するのだろか・・・・リチャードは平然としており。これもまさか幻影じゃあるまいな。
 
 
 
「近くにいるんだよん・・・・・」
充電と武器の配達を終えて海上に戻った朱夕酔提督が天を見た。正確には、天から流れ星のようにこの地に下され指名されたバルディエルの欠片を。船乗りは目がいい。
落下点を確認する・・・。
 
 
それが与えられた者を、黒羅羅・明暗は闘い、倒さなければならない。
 
 
それは呪いでありゲームである。バルディエルただ一体のために延々と催される闘技大会。
その優勝者には晴れてバルディエルと闘う資格が与えられる。そのように、命は運ばれる。
逆さに読めば、運命だ。
黒羅羅・明暗はいま、眠っている。そのダメージを癒すにはその虎牢鉄壁の体をもってしてももうしばらくかかる。そして、月怪どもより一番近い、最前線のその眠りの匂いをかぎつけて月怪は遠方の街へゆかずに、ここでわざわざ戦っている。恨み骨髄のエヴァ壱万号機がいるせいもあるが。明暗がもし、目覚めてしまえば・・・・
 
 
落下地点には・・・・・・人型サイズ・オリビア・・・・・サイボーグ馬「ニック・ジャガー」・・・・・そして、グシャグシャに互いに砕けてもはや一体化した感のある「レプレツェン」と「マッドダイアモンド」・・・・・「レプレモンド」とでも便宜上呼んだ方がよさそうなかろうじてデータが生き残っているだけの残骸・・・・・
 
 
バルディエルのイヤさ加減がよくわかる人選というか機選、焼け石にチェイサーである。
せめてこれにエリックくらいは追加してほしいところだった。
 
 
「いろいろと、かなり面倒なことになりそうなんだよん」
自分のことであるのだが、朱夕酔提督はひとりごちた。月怪はますます数が増えて、単体の強さも増しているが、それについては問題にしていない。こと海の上ならば提督に敵はなかったからだ。海に落とした月怪を十二、三体まとめて渦潮に叩き込んでしまう。
どうも月怪も泳ぎは得意でないらしく、溺れ死ぬのを原潜のスクリュー音紋解析も軽々こなす音で聴きとる白参号機。もしかしたら1965年の「空母タイコンデロガから水爆抱えたA4Eスカイホークが喜界島南東海域に転げ落ちました事件」みたいなことになるかもしれないけど、そこまではフォローできないんだよん。あとでチョビ髭のおじさんがなんとかしてほしいんだよん。
だよん、だよん、そんなもんだよん・・・・。
 
 
「よんっ!?」
 
朱夕酔提督の尋常でない視力の目が見開かれる。陸上の戦闘光景の中に「ズタ袋に赤い帽子かぶせた」というサンタクロースが仕事を放棄して失踪したようなかなしすぎるデザインの月怪を視認したためだ。名前など知らないが、危険を察知した本能が警鐘を鳴らす。
「赤い帽子」・・・・それが意味するのは。毒ガス。まさか、という油断こそ害毒。
こっちはヨッドメロンに対して何一つ知らないのだから。
 
だが、その単純な外見から機能の予想はつく・・・・ヨッドメロンの能力そのものにもそろそろ勘付くところがある朱夕酔提督である。自分の敵を見極める能力こそその名を許す。
陣地は距離をとったが、まだ戦場のど真ん中に毒ガスマスクもつけずに駆け回る騎士・ナイトライダーなリチャード・ポンプマン英国電気騎士団団長がいる・・・・これまたなぜか化け物じみた速度だが、ガスが充満すれば意味がない。高速離脱、もしくは白牢壁の中に退避を全方位回線で伝えようとしたその時。
 
 
 
「全軍・ナルコン1、用意!!するであります!!」
 
聞き慣れない大声に先に回線を奪われた。しかも大きな声で響き渡る耳慣れぬ単語。
ナルコン1、とは・・・・・通達を受けた全員がそれを問い返す前に戦場には大変化が起こっていた。何か巨大な戦力が追加投入されたことが肌で分かる。戦闘用に調律された神経がビリビリとそれを敏感に感じ取る。敵か味方か・・・・・月怪どもがおののいている・・・・山おろしの風に薙ぎ払われる薄野のごとく。利というものと隔絶し、ひたすら動くだけ損するこの状況で今さら第三戦力もあるまい。・・・・・というわけで、味方だ。
 
その真剣に懸命な声が保証する。
 
人が魂の底から言葉を放てば人は足を止め信じるほかなし。
 
朱夕酔提督も。
 
時田氏も。
 
リチャード・ポンプマンも。
 
そして、綾波レイも。
 
 
頼もしいかどうかはまだ未知数だが、とりあえず頭数が増えることは歓迎する。
そして、彼らがこなければこの戦闘が終わらないことも。
 
来なければ、現れなければならない「役」。それがようやく出てきた時は、拍手喝采すればいいのか、それとも淡々と受け容れればいいのか・・・・とにかく、その出現は当然のことで、驚くにはあたらなかった。生まれる前からは知らないが、生きている以上それは自然と頭にある。フィールド・オブ・ドリームス。真夏の夜の夢。一夜の異夢。
夜の空を見上げる。ヨッドメロンの月のさらに上空。ほとんど霞んでしまったモノホンの月をバックにして浮かんでいる・・・・・影・・・・・・ああ、それはまぎれもなく
 
 
夜魔の王の羽根をもったエヴァ壱万号機
 
 
腕砲の口が戦場を見下ろしている。位置取りとしては最上等。
戦術的にも、そしてビジュアル的にも。機体はボロボロであるがそれは圧倒されるしかない。が、目玉のある奴はともかく、視覚をもたない月怪などは危機を感じはするがわざわざ上空をみあげることもなく、「はっ!あやつは!エヴァ壱万号機!やはり生きておったか!?」などと突っ込むこともなく自分のやりたい攻撃を淡々と続行する。
 
 
というわけで、どちらかというと綾波レイたちの方がバカ正直に受け容れてしまい、そこに油断と混乱を生じさせることになった。中でも朱夕酔提督の警告が陸に届かなかったのはまずかった。「赤帽子ズタ袋」こと月怪トリースネッカーが零号機たちに向けてガス放出してきたからだ。モクモクとした、白い羊の群れを連想させるガスであった。そして、それに包まれたエヴァ零号機綾波レイと、サイボーグ馬に乗ったリチャード・ポンプマンは
 
 
くう
 
 
眠ってしまった。エントリープラグ内であろうとそのまんま顔をさらしていようと関係なく、即座に。戦闘アドレナリンの放出中の人体に向かってとんでもない効き目であった。
いかなる不眠症もたちどころに、であろう。だが、そのガスを分析して特許をとって販売して儲けるような余裕は月怪相手にはうまれない。眠る人間は食べる、それが月怪のルールである。そして、眠る人間は無抵抗となる。話はかなり単純明快になる。キミ、眠る人、ボク、食べる人。ほら、こんなにも。
 
 
これが月怪読本における、第一次月怪大反撃・ドーム赤子四天王補食事件における、「真犯人」というか「真犯怪」であった。オリオンに対するサソリのような輩であるが、効果は絶大。やり方がせこいが、功績としては月怪の勇者といってもよかった。
 
例の如くに淡々と廃棄兵器を処理していたヨッドメロンに、どこかの国の首都近くの秘密研究所で所有していたがある事情で早急かつ完璧に隠匿処理せねばならないということで泣きつかれたアバドンが仕方なくドタンバのスケジュール追加した、大量の、それもかつてないほどに多様の毒ガス兵器が持ち込まれていた日にジャムジャムが考えた月怪であった。ジェノサイドにしてエコサイド(生態系総破壊系)、なんのためにこんなものをつくったのかは、既に考えないようにしている。けれど、漂うは狂気の腐臭・・・ジャムジャムはそれを感じて、「洗って・・・ほしいの。なんだか変な匂いがする・・から」と頼んだけれど聞き入れてもらえなかった。「そんなはずはないなあ」と。それは化学式にはあらわせないからだ。アバドンの人間には感知も理解もできなかった。
強化改造天然痘、インディア3入りのMIRV(複数弾頭個別誘導型再突入体)装着ミサイルを処理した時も平然としていた君が何をいっているんだ?と質問さえされた。
 
その”どこかの国”でジャムジャムが生まれたコトなど彼らはすっかり失念していた。
肉体におけるケアには細心の注意を払っていたが、精神に関するそれは微塵にも。
なぜなら、もともと精神がなければ狂気に陥る心配もないからだ。
それはそうだろう、まともな神経、ふつうの精神ならばこれほど多量の兵器を宿して平気でいられるわけがない。唯一神の教区で呼ぶなら超人、ということになろうか。それも実験される超人だ。人を超えながら神経を繋がれ人の手元にある皮肉な存在。
 
 
ドウッ、ドウッ、ドウッドウッドウッ
エヴァ壱万号機の連撃砲。
「あ〜〜!!なにしてんの。ナルコン、つまりは催眠戦だっちゅーとんのに、ボサッとカッくらってから。自分ら鈍すぎ」
 
「さ、催眠戦?・・・じ、自分らだけ分かる用語使ってんじゃないわよっ!!」
そういう戦は彼らの世界にはあるのだろうが、異文化コミュニケーションの困難さをつくづく感じている・・・ひまがない葛城ミサトであった。「連携よ!!連携」雷を落とす。
 
「え?そうなん?・・・そら悪いことしたなあ、そゆわけで、シング、気いつけてや」
「すでに時遅いのであります。寝ちゃってるであります、極睡であります」
ヨッドメロンの光円に向けて腕砲を連続でぶっ放すエヴァ壱万号機。空中回転で衝撃を吸収しつつ、出現しようとした月怪の侵攻を停止させる。相当の威力の砲らしい。月怪の出現地点を最初に叩くあたりやはり戦闘慣れしている。ぼやきながら攻撃を止めず、地上のフォローに回ろうとしないあたり戦闘慣れしきっているといえる。
 
ズドオドドドオドドドドオッドドオドドドオオドドドドドドドドドドドド!!!
腕砲のモードを光線機関銃に変えて動きの止まった零号機と電気騎士エリック、リチャード・ポンプマンの周囲に援護射撃をばらまく。砲手は九羅波レエらしいが、その射撃は神業で、月怪どもの足を止めると同時に情け容赦なく急所をブチ抜いていく。
鳥籠の中にいる虹色の蠅が弱点だったらしい倒すのに手間と面倒がかかっていたゲンマフリシウスも次々にあっけなく。一弾一弾に魂と意志が込められているとしか思えない、知識が殺意に完全転化している命中精度。
 
「早よ起きんと、喰われてまうで」
「そうは言っても、一旦トリースネッカーのガスにやられるとちょっとやそっとでは目が覚めることはないのであります」
「あ〜〜!も〜〜、!なんでこんなドシロウトが一人でエヴァに乗ってんねん!トリーとやるときは片方が起きといて片方をどついて起こす!当たり前の真ん中やないかー!
気合いが入っとんのはいいけど、随伴兵もあまりに近づきすぎや・・・馬が元気すぎるんか?」
「一人しか乗っていないのでありますから、それはちょっと無理なのであります。馬に起こしてもらうのもちょっと無理でありましょう、レエ殿」
 
これで、制海権も制空権を完全に手に入れたわけだが、状況はさほど好転しない。
 
肝心要の綾波レイが眠ってしまって、退化の十法の法程が中断してしまったからだ。
現在、第五法程、「黄昏フクロウ」・・・これを投与された者は昼間、存在できなくなる。
と、いうことは逆に綾波レイ当人に精製途中の毒がまわってくることも・・・・・
 
 
「どつけば起きるのね?!・・・朱夕・・・・・いやさ、オリビア!!」
会話だけを聞けば余裕シャクシャクっぽい壱万号機コンビを降ろすことなく、海上の朱夕酔提督をフォローに回そうとして、一瞬だけ考えて、オリビアを呼ぶ葛城ミサト。
 
とりあえず再突入ギリギリの体力を取り戻した(と、思える)緋狩シングと九羅波レエの二人に葛城ミサトが頼んだのは、ヨッドメロンの光円の封じ込め。あれをどうにかしないといくらでも増援がやってくる。もし、ヨッドメロンの能力が自分の予想通りならばそれはちょっとやそっとでは底が尽きないはずだ。時田氏経由で送られてくる真田女史の調査データをもとに想像の輪郭が浮かび上がる。闇に消えた兵器の轍。この業界が人類の天敵、使徒撃退という光の裏でふと見せる、いっそ真暗闇の方がまだましであると思うほどに救いがない薄暗闇。
使徒と戦うわけでもないものを、このロボットのケンカ大会に送ってきたアバドンの真意。
ヨッドメロンは戦闘兵器では、ない、というのが葛城ミサトの結論。
それにともない、魔弾と炎名、この二つによる「悪魔の保険」使用の可能性は遠のく。
この異形の乱戦状態で、葛城ミサトが最も恐れ、早急に見極めなければならなかったのは、ヨッドメロンのATフィールドの使用についてだった。これが何より重要なことだった。
月怪が使うようであればもう話にならないが、こちらが零号機と白参号機でフィールド展開して攻撃を防いでいるのに、それに対してぼーっと看過している、というのはパイロットの戦闘センスの問題ではなく、単にその機能がないのであろう。本気でこちらを害しようと考えるならば、絶対領域には絶対領域で対抗するしかないのは分かり切っている話、ATフィールドを作動させるはず。・・・・やれるならば。力場を中和させて、数に任せて押し込んできた日には・・・苦戦どころではない。撤退を考える。
白参号機、朱夕がヨッドメロンにつっこんで返り討ちにあってフクロにされた時も、ATフィールドを使わなかった。・・・・・その機能がないのだろう。
もともとアバドンで秘蔵されてきた機体である。防御のことなどほとんど考えていないのは、ある意味弱点であるメジュ・ギペール生体眼を剥き出しにしてあることでもわかる。あれが機体の内部奥深くにあれば面倒なことになっていたわけだが。
 
 
ATフィールドを持たぬ、ということは、使徒殲滅業界の第一線においてそれは、そのものが兵器であることを意味しない。戦闘の舞台に立つ最低限の資格。敵すべくもない。
その理を上位組織が知らぬはずはない。
 
 
戦闘兵器でもないものが、人類最後の決戦兵器たるエヴァの前に立っている。
中に人を乗せたまま。これは、どういうことか。どういうことなのか。
そして、戦闘兵器でもないものが、救助を求めるでもなく明らかにその力を用いて、異形の存在を召喚し、戦闘兵器に向かって戦いを挑んできている・・・・・その事実。
まるで、廃てられたものたちが復活を求めるがごとくに。・・・・けれど、葛城ミサトは上空を見あげず胸のなかで天を見る。エヴァ壱万号機・・・・あの二人はなんなのか・・・・・・・あの魔女は「情をこめるな」などと言ったけれど、心の奥底に恐怖がある。
戦うだけで、ケリがつかない問題が手に残されそうで・・・・作戦家として純粋に敵を粉砕することだけに頭を使ってよいのなら、ATフィールドの使用の可否で既に指し終わっている。
 
この世界の他の世界があって、そこにも使徒に似た人類の天敵がいて、ある日頭のいい科学者がその天敵をよその世界に流してしまう方法を考えて、そして実行しようとした。
善悪は問えない。もし、リツコあたりがそんな装置を開発したら、止められるだろうか。
その自問の後でやるべきだろう。
 
 
あの光円・・・月の門はエヴァ壱万号機コンビの手によって閉じられるべき。
機体の損傷度から見ても、機能特性からみても、地上でウゴウゴしてもらってもしょうがない、それが正解であるし、彼らの問題は彼らで解決してもらうほかない・・・・・。
 
 
・・・・遅い
 
 
・・・・・うーん、さすがに遅いわね。間をもたせるためにいろいろと考えてるんだけど。
今回、オリビアはなかなか現れなかった。オリビア?オリビアさん?オリビアちゃん?
出番ですよ〜〜?っと。
 
首をひねる葛城ミサト。さすがに三杯めともなると「そっと出し」の慎み回路が働いてしまったのだろうか。ご家庭でも働けるような細やかな気遣いもこういう時は困るわねえ・・・やっぱ朱夕に走らせた方がよかったかしらん・・・・
 
 
「どないしたん!?誰も起こさんの・・あ〜〜・・装甲に傷がいくかもしれんけど、一番口径を絞って飛礫撃ってみるけど、ええ?かなり痛いけどな・・・っていうか、むっちゃ・あ〜・・もしかしたら・随伴兵の方はそれですまんかな・・・・・」
「眠ったままだと本当に喰われるのであります、ミサト殿!!」
責任感が強いのかどうか、エヴァ壱万号機、九羅波レエがとんでもないことを言い出す。エヴァの特殊装甲に傷がいくような一撃をくらっていくら電気騎士団長でも無事ですむわけがない、よくよく巨人の銃器に狙われやすい人だ・・・・それに随伴兵呼ばわりだし。
 
 
「大丈夫、あなたたちは光円への攻撃続行、援軍の足止めお願い」
「あ〜え〜、知らんで、警告はしたからな、うち」
 
 
さて。
 
LCLに浸かっているレイまで眠って、どつけば起きる、てんだから・・・・
そして、あの赤帽子・・・・倒せば何に化ける・・・・?そこまで考えて、葛城ミサトは決断。さらに陣地を下げる。予想が正しければ、あれはシャレにならんくらいの高濃度の毒ガスに「化ける」はずだ。真田女史から転送されてくる情報が勘の後押しをする。
戦場にいまやゴロゴロ転がる廃棄物兵器・・・・・完全に抹消されていないナンバー類と形状をを拡大分析してみると、・・・・それは、異世界の兵器でもなんでもなく。
 
 
どうーーん、どうーん、どうーーん!壱万号機の援護射撃の余波衝撃によって一山いくらの地雷と化した月怪の「屍」が誘爆した。巨人の戦場において大した爆発力ではないが・・・
葛城ミサトの目が細く鋭くなる。独逸製鋼鉄球地雷・シュプレングミート48に混じって、見慣れた日本の「石川」が混じっている。・・・・・なんだこの乱雑な出鱈目さは・・・いや、これが乱雑でも出鱈目でもないのだとしたら・・・・・月怪に襲われて夜に眠ることもできないほど困窮している彼らがわざわざパチもんでも対人地雷なんぞ造るわけがない。
それをヨッドメロンが繰り出して来るというのは・・・・・相手のサイズ、その巨大さをそろそろ正確に感じ取り始めた葛城ミサト。
まさか、月怪というのはいうなれば・・・・
 
 
「卵の殻、フライの衣、または、防護容器・・・・とでもいったほうがよいのかもしれませんの」
 
いつの間にか魔女が横に立っていた。メアリー・クララタン。呼ぼうと思ったら。
 
「卵の殻と防護容器ってのは分かりますけど、フライの衣は?」
 
「フライ・ミー・トゥー・ザ・ムーンですの」
 
「分かってたんですか?」
 
「いえ、ただ言ってみただけですの。とにかく、こうやって幻影のオブラートに包まれるよりも直接的に剥き出しにして落下させたほうが効果的だとは思いますの」
 
「ヨッドメロンの・・・・パイロットの意図したことだと・・・・思いますか?」
もし、もしの話、仮定だ。ヨッドメロンの能力、役目が世界中から不必要となった兵器を貯蔵なり処理するなりすることであり、いわば人類最後の決戦兵器エヴァとは対極の存在であり、生命の光溢れる戦場から隔絶された亡者の薄闇の中に閉じこめられることを強制されていた・・・・そんなある日、とうとう裏方を続けることに嫌気が差して表舞台に上がろうとして、アバドンと諍いになり、それで出奔してきた・・・・・
 
時田氏的な話の展開だが、十分ありうる。理屈は分からないが、空間を圧縮する能力なりがあって、底なしに破壊兵器を内蔵したとなると、己の実力を過信してもおかしくない。
兵器開発史の2,3ページもらってもおかしくない膨大な火力を秘めているわけだ。それも政治的になんの拘束も遠慮もなく使用できる火力を。己を見失い、呑み込まれてもおかしくない。
 
そうなると、エヴァなぞは光の当たる表舞台でのざばる小憎たらしいライバルでしかない。
押しのけ打倒するべく、ここに現れて立ちはだかったのであれば・・・・
または、単に自分の実力を誇示すべくもしくはウオーミングアップがわりに、とりあえずロボットを、とりわけ時田氏の真・JAでもシメておくべくやってきたとか・・・・。
 
 
「・・・およげ!たいやきくん、じゃありませんの」魔女のつっこみ。
葛城ミサトの顔に出るのか心を読むのか。だとしても返しは
 
「なんで知ってるんですか!?」
 
「・・・ふふ、名曲は海をも越えますの。けれど、生き物は住処を遠く離れて生きてはいけませんの」
 
そうなのだ。ケンカして飛び出してくるのはいいのだが、エヴァにしてもヨッドメロンにしても自然の中で野晒しにして生きてける代物ではない・・・・例外がないではないが、やはり高度の科学力による手入れ、メンテナンスが不可欠であるし、第一パイロット一人がどうやって維持していくのか。本人も飲み食いせねばなるまいし。
 
 
そういうわけで、通常の仮定ではヨッドメロンの現在地には届かない。
情報が足りない。十中八九、アバドンに捨てられたのは間違いない。だが、機密の塊、生き証人でありながら消されもせずに、ここに来ている。まるで、放り投げだ。
となると、考えられるのは一点。アバドンには手が出せなかったのだろう・・・・・危なすぎて。だらしのない奴らめ・・・・とは思うが、自分も当初はかなり気張っていた。
ヨッドメロンがどの程度危ないか・・・・・目の前に十分すぎるほど大展開されていて理解しきりである。・・・・こんなものをてめえらの庭でやられた日にはかなわないだろう。
 
 
だから、捨てた。
 
 
だが、目の前の光景・・・・それは単なる能力の逆流にはとどまらない。
月怪単体ならば、対使徒戦用の訓練ドールと納得できなくもないが、倒された後に、化けるとなれば。・・・・そこに、ヨッドメロン、パイロットのジャムジャムの、意思表示があるのではないか・・・・・
 
 
「どういう意味か、さっぱりわかんないんだけどね・・・・」
碇シンジと惣流アスカ、二大チルドレンと暮らしている自分でもこれなのだ。
手の込んだ嫌がらせ攻撃、と言えなくもないが、殺意や攻撃意志があるなら処理済みだろうと故障品だろうと、もっと兵器性剥き出しで次々爆撃してくるだろう。
 
 
月怪・・・眠ってしまった人間を喰ってしまう・・・確かに怖いと言えば怖いが、その世界の住人には命のかかった切実な問題なのだろうが、民話にでてくる鬼レベルだ。
眠りさえしなければ、食べられることもない、わけだから。
眠るな坂本、眠ると死ぬぞ高橋の冬山レベルだ。坂本高橋は仮名の方向で。
 
 
大気のある、赤い瞳の人間が住む月・・・・ナギサか・・・・・ナギサ・・・・
まあ、月は海を模した名が多いから・・・・・偶然だろう。作戦家の頭脳は余分の思いつきを排除した。
 
 
 
「・・・・・来たわね・・・・・・ああっ!?
「あららあ・・・・」
綾波レイとリチャード・ポンプマン補食の危機にものんびりだべっていたのは、オリビアの到着を信じて待っていたからだが、(ちょっとは時田氏の奮起にも)その通りにオリビアが現れたのだが、驚きの声、というのは、毎度おいしく、いやさ、おなじみ疾風のスピードでなかったこと以上に、思ってもみなかった「連れ」がいたからである。
 
 
オリビアはその「連れ」の肩にのっていた。
 
おまけに、その「連れ」は「炎名」を手にしていた。
 
 
「フフ。第二回戦で使えなかった分、存分に暴れさせてもらいますよ、こうなったら」
時田氏の、ヤケクソ!!、自慢げ!、心配げ・・、の三拍子通信も耳に入らない。
 
葛城ミサトをはじめとするスタッフ全員が、信じられない、という驚きの目で見ている中、オリビアは「連れ」の肩から降りると同時にダッシュ、戦場を一気に駆け抜けるとどこかから調達してきたらしいピコピコハンマーでリチャード・ポンプマンの頭を一撃、覚醒させる。「うおっ!?はっ、わ、私は・・・
 
 
ぽーん!
 
 
電気騎士団長のその問いはぽんぽん菓子の加圧音にも似たその音にかき消された。
エヴァ零号機の顔面にぶつかって空気が破裂した音。装甲に傷がつくことはないが衝撃は軽やかに機体を透過してパイロットを目覚めさせた。
 
 
「ぴみゃっ!!」
 
綾波レイの声であった。・・・・が、聞き間違いであろう。ネルフスタッフは聞かなかったことにした。あえて。心の奥底に刻んで。それよりもつっこむべきは他にあり。
 
 
今、炎名を用いて、零号機の顔面めがけて空気砲を撃ちかました機体・・・オリビアの「連れ」のことだ。「なんで・・・・・」葛城ミサトにしてあっけにとられている。
 
そんなバカな。あんたがここにいるわけがない。皆、同じ考えで、幽霊、もしくはゾンビを見るような目でその機体を見上げている。ファーム落ちした選手が試合控え室に突然やってきたような目で見る。その機体でここにこれるはずがない。その足で立てるわけがない。天をも恐れぬご都合主義により助太刀追加支援として他の機体が現れるにしても、それは、その機体だけは除外されてしかるべき・・・・・
 
 
レプレツェン・・・・(元)。
 
 
カッコ書きをつけねばならんほどに変容してしまった、元レプレツェン、現・レプレモンド、通称モトレプ、愛称レモンちゃん(嘘)であるが、かろうじてデータだけ生かしてもらっている棺桶に片足つっこんだ廃棄処分一歩手前のガラクタであるはずの元レプが、それなりに元気に立っている。オリビアを肩にのせ自分の脚で歩いてきたのだろう・・・
 
「うわ、ロボットのゾンビだ」葛城ミサトがいかにもキモそうに。
 
圧壊したマッドダイアモンドの名残を機体に張りつけているその姿は、悪いのだが一見してその復活を喜びたくなるよーなものではなかった。
というか、機構的にあれだけぶっ潰されて動けるはずがないのだが。納得してはいけない。
 
 
「どう、起きた?」
通信にここにくるはずがない人間の声が、映像が。鼻っぱしらの強い女性ガンナー。
どちらさんですかい?と思ったら、レプレであった。
背景からして連合本部ではない、どこか別の場所らしい・・・・送信元は・・・
 
「ドクロタワー」・・・?なんだこりゃあ?おいこら時田!なんだこの怪しすぎるタワーは!!何企んでんだ!!葛城ミサトが怒鳴る前に本人から説明が。
 
 
「詳しい説明はまた後ほど」
 
これもまあ、説明の一種である。実際、のんびり説明している余裕はない。エリックが眠っていた分、敵が押してきている。時田氏も白参号機、朱夕酔提督からの通信で赤帽子型
の敵を倒すのは「絞め技」で、という注文を受けて大変だったのだ。時田氏もこれらの敵をあまりバカ正直に倒しすぎるとどうなることか、勘付いている。自家中毒をおこさせる芸術的な高専柔道絞めは各地で修行を積んだこの真・JAにしか無理でしょうなあ・・・うーむ、などとお気楽にいいつつも、状況がかなりせっぱ詰まってきていることを考慮し、ドクロタワーに<絶対機械圏>発動の許可を出したのだ。機械のための絶対領域、対化隷属大系・・・・その正体は、実験機時代のエヴァ初号機の隠し封印技能の発掘、ないしは”横取り”・・・・非常に聞こえが悪い話であるが、結果的にはそうなった。
 
エヴァ、おそらくはエヴァ初号機だけだろうが、時田氏がみるところ、「日本全国の機械の兵を力づくで動かせる」力がある。兵器の夢、操支配力(テレコントロール)の実現。
 
 
力づくの力、とは能力、のことではなく、そのまんま、自分や他のものを動かす作用をする働きのことであり、あらゆる運動のもとになるもの・・・である。
エヴァ初号機は実験機時代に敷設しておいた”とある特殊な設備”に、その「純粋の力」を貯めておくことができた。いうなれば「貯力」、とでもいうか。それを大量に保存しておき好きなときに引き出してきて対象に寄り憑かせて動かすのである。
ちなみに、その”とある特殊な設備”は日本全国に張り巡らされているものを転用(当然、無断無許可であっただろう)で、おあつらえ向きであった。
まずその網から逃れることは出来ない。廃線を含めた全国の鉄道路線は、エヴァ初号機実験チームにいいように細工・・汚染されていた。その凄まじい行動力はもはや畏怖賞賛するしかない。衝撃の永続〜力の保存、というのがエヴァ初号機が行う七つの実験のうちの一つであったことまではさすがの時田氏も突き止めてはいない。当時の碇ユイたちのテーマがそれだったのだ。
 
 
「ホネロック操典」機構・・・・またの名を「肉襦袢二人羽織システム」・・・・
 
ある東北の廃駅で時田氏はいたずら書きのようにして錆びた信号機にかけられていた金属プレートからその名を見つけたときに体が震えた。「全国制覇記念・いえーい」とあった。
走り屋のキャノンボール終点のような無邪気さをそこに見つけて、なお。
 
ちなみに、赤木リツコ博士など現役ネルフスタッフはほとんどこれらのことを知らない。
実験機時代と現在の戦闘の季節とではえらく隔絶されたものがあるのだろう、が、それは時田氏の知ったことではない。どちらかが純粋でどちらが邪悪であるかなどは無論のこと。
 
 
ただ、有用に動かすには対象物は「人型」に限られる。その力にはあらかじめパターンが決められており、そう難しいことはできない。パターンを増やせば難しいこともできるのだろうが、当時のエヴァ初号機の実験スタッフはそこまではやらず、「左足あげ」「左足さげ」「右足あげ」「左足さげ」「右なぐる」「左なぐる」「方向転換」・・・リモコンの玩具レベルであり、小難しい作戦行動などは命じられない。パターンとは型であり、それにあてはまるように力で押し込めているので、そのモーションは非常に不自然極まった。途中で何枚も引き抜かれたパラパラマンガのような奇妙な動きを見せる。お世辞にも人類に友好的というか格好いい系の動きではなかった。目的は対象を、将棋でいう「歩」におとしめることであるのだからそれでかまわなかったのだろう。現地まで行進させて、目の前の敵にパンチをくらわす・・・おもちゃの軍隊らしくこの程度ができれば。
おまけに、人型でないものにこのシステムを影響させれば、それはそれでおそるべき「関節技兵器」と化す。
人型でない機械がその機構道理に反して強引に人の動きを強制されれば・・・・
 
 
使徒相手の能力ではない。もしや実験機体時代には、人類最後の決戦兵器の座をかけての他機関との競争があったのかもしれないがそこまでは時田氏には分からない。痕跡を調べて分かるのは、確かにそれを用いた形跡があったことだけだ。そこには豪華絢爛希有壮大に「碇ユイ」の名がある。未来のこのような現状に備えただけの代物ではない。確かな実行力を保って、母親から子供に伝えられる遺産は誰の目にも見えて、同時に誰の目にも見えない形で存在していた。エヴァ初号機には遥か遠方より機械の兵・・・ロボットを操作支配する力がある。時田氏がそれに気づいたのは、実際に己のJAがいいように操られたことがあったからだ。使徒に追いつめられて絶体絶命の危機の折りに、その力は無言のままに近づき、JAの手をとり、勝利を握らせた・・・。
 
助力というレベルではない、あれは単なる支配。魔王が小悪魔に任務遂行のための魔力を一方的に与えてきたようなものだ。天にも、人にも、知られることなく透明に極秘裏に、
そして、狡猾に。あれは、奇跡と呼ぶべきものではない。断じて。時田氏のプライドはズタズタにされたが、立場上そんなことを公にできるはずもない。
そこで、なんとしてもその原理を解明して、二度と操られ支配されることのないように、と研究をすすめてきた。その成果としての第二東京の<絶対機械圏>。それはロボットをエヴァの操支配から守る結界。葛城ミサト、この作戦部長はどうか知らないが、ネルフを牛耳る碇親子はこの有様を第三新東京市で嘲笑っていることだろう。
 
まさしくエヴァ初号機にとって、戦闘ロボットなどブリキの人形とえらく変わらないのだから。競争、いやさ戦闘にもならない。対決するその時がくれば一方的に手駒にされるだけ。とりあえず、彼らには人類の天敵、使徒の撃退殲滅という大義名分がある。
・・・・だが。それが終わればどうなるのか。その巨大すぎる力はどこへ向けられる?
我々は自衛する。どこまでいっても結局のところネルフは信用ならない。
 
 
・・・・というわけで、碇ユイをはじめとする実験機時代のエヴァ初号機スタッフの労作であるところの操支配力設備<第二東京エリア>は我々が占拠させてもらった!。わはは
 
 
その機能中枢が「ドクロタワー」である。その名は、たとえ髑髏になろうとも、我々は我々のロボットをエヴァ初号機の手下などにはしない!断じて!という意志の顕れ。
その執念といい、いくら同じ人間のやったこととはいえこの短期間で原理をある程度解明して自分のものにしてしまうあたり、まさしく時田氏は天才と凡才の間をつなぐミッシングリンク繋才といってよい。が、その重要な魂の生命線たるドクロタワーがネズミ害で使えなくなってたりしたのは、やはりそうはいってもその起動に気がのらないためであろうか。ネルフから横取りしたことについては別段プライドも痛まないし良心の呵責もない。
それどころか、非常にウーピーでハッピーで爽快な気分ですらある!もし”パワー泥棒”として訴えられたとしても、かかってこいや、ウラア!手裏剣しゅしゅしゅのしゅ・・このような気分である。
引かれ小唄っぽいが。
 
だが、唯一点、心が重いのは。
ウラを返せば、第二東京においては時田氏、真・JAこそが機械の兵、ロボットたちの支配者になれるのだから・・・・その事実。ドクロにはその自戒もこめられている。
エヴァ初号機はその力をもって介入してくるだろうか・・・・以前のように。
力のない自分たちが足掻く姿を哀れんで。もしくはその無力さを理解できずに。
池でアメンボたちが揉めているところにドボンと石を投げ込むようにして、その力を。
観音の慈悲のようにして、その力を蜘蛛の糸にして垂らしてくるのか。
なによりも、それを恐れる。時田氏は、誰よりもエヴァの恐さをよく知っている。
異形の敵を降らせるヨッドメロンも恐ろしくないわけではない。その正体、バケの皮もそろそろ剥がれるだろう・・・・だが、真・JAの敵ではない。
 
 
真・JAを操作しながら
 
誰かに、何者かに見られていることを感じる。理屈でも科学でもない、第六感だ。
この戦場をなにか巨大なものが睥睨している感覚がある。自分が宗教者や神学者ならば、これを宗教体験と呼ぶのだろう。光や香気はその証ではない、そんなものは麻薬で代用できる。光輝も栄誉も感じない。ひたすら、プレッシャー、重圧を感じる。それが焦りを覚えさせる。第一線にいる高揚感もたまらずに押し潰されるほどに。ネルフの作戦部長はこれを感じているのかどうか。早急にカタをつけねば、何かとんでもないことが起きる、という確信。例えるなら、津波警報が出ているのに砂浜でとっくみあいの大喧嘩を続行するようなものか。葛城ミサトは逆にそんなもん全く感じていないのだが、時田氏は天才の仕事を分析追随できるが、やはりそこらへんは常人なのだろう。
 
 
「これだけ教えて下さい、・・・・・使えるんですか。”あの”二の舞は・・・ちょっと」
レプレには前科がある。足手まといが増えてもらっても困るだけだ、と如実に葛城ミサトのその顔は。だが時田氏は即座に断言。
 
「腕力、耐久力ともに、折り紙つきです。真・JAの隣で戦ってもらってもかまいませんよ・・・・ATフィールドも必要ありませんしねえ」
ある意味、今の元レプはエヴァ初号機並の”パワー”を有しているのですから・・・・言ってやりたかったが、もちろん言えるはずがない。唇のはじがムズムズする時田氏。
 
 
その事実を知らない葛城ミサトは
 
まあ、ゾンビなんだからそうなんでしょうねえ。にしても、ドクロタワーとわ。
隣の魔女が楽しそうな顔をしているのがむかつく。あ、今レプレの背後にオレンジの髪がちょろっと踊ったような。・・・・まあ、そこらへんは見なかったことにしよう。
月怪の戦力がますます増えている現状で、レイの零号機を守護する機体は多ければ多いほどいい。当初からすると思ってもみなかった大乱戦になってしまったが、その中に墨守すべきは綾波レイ、零号機によるヨッドメロンへの接敵、そして退化の十法とやらの術式をぶちくらわすこと。相手を単に倒せばいいのなら、とっくにカタをつけている。
こっちが指示もしないのに炎名なんぞよく持ってこれたもんだ・・・・しかも、きっちり零号機の顔面にあてるあたり、使いこなしているわけだ。あの壊れたレプレツェン、コワレプレで。さて、どうしましょうかね・・・・一秒だけ考えて葛城ミサトは結論。
 
 
「それじゃ、その”コワレプレ”もエヴァ零号機のガードにまわってもらえる?
あともう少しでこちらの準備も整うから」
・・という、現場最高指揮官葛城ミサトの指示にレプレからの真っ向からの反論が返る。
 
 
「”コワレプレ”ってなんなのよ!!誰よそれ!!」
 
尤もな反論である。時と場合を考えていないが、譲れないものは誰しも確かにある。
しかもレプレの強情さは筋金いりだ。
 
 
「壊れたレプレツェンだから、コワレプレよっ!。今からその機体の認識コードだからよく覚えておきなさい」
しかし、葛城ミサトもことネーミングセンスにおいて揺るぎない自負がある。
副司令をはじめとする特務機関ネルフのお家芸といってもいい。かもしれない。
 
「な、なによそれ・・、もうちょっと何か言いようが・・・」
あまりの断言度と自負度にさすがのレプレもたじっとなる。これが、芸の力?
 
「ロシア風味を加えてなんか、強そうでしょ?」
どこらへんがロシア風味なのか不明だが。もしかして脳みそを入れ替えられたロシア人殺し屋のでてくるハードボイルド小説あたりからとったのかもしれない。葛城ミサトは自信に満ちている。「ううっ・・・・」悪意がないので、レプレもそれ以上食い込めない。
我が儘の奥深さが違うのだ。
 
「もしもじ?」注目点はそこじゃないんじゃないですかーと内心で叫び時田氏。
 
「指揮所から全スタッフへ。現時点から、復活したレプレツェンは”コワレプレ”と呼称します・・・繰り返します」
凛々しく言おうと冷静に言おうと、やることは「みんなー、今日から○○さんのあだ名は◎◎よー!」と休憩時間の教室内で皆にむかって告知する女子学生と変わりはしない。
 
 
「くう〜〜〜っ・・・・え〜う〜!!」なんともいえない鳴き声をあげながら突進するレプレとコワレプレ。べつだん雪は降っていないのだけれど、真実だけを埋め尽くされて。
 
 
「あ、あんたらなあ・・・・」九羅波レエからの天月つっこみ。やってられへん、というのをなんとかこらえてくれたようだ。その間も砲撃は止まない、さすがにプロ。
 
 
「あなたたちもさすがにいい仕事してくれるわねえ・・・・ただぶっ放すだけでなく、月怪同士の相討ちを誘導するように・・・・ポンテクーランとメーラン?だっけ、話通りにこいつら目も悪けりゃ頭も悪いみたいね、腕っぷしは強そうだけど・・いよっ!この相討ち師!」
 
「え?・・・・ああ、相討ち技能の国家試験も通って免状ももろたけど・・・師なんておこがましいわ。うちはただの士、まだまだ腕、磨かんと」
「レエ殿は一発で合格したのであります。すごいのであります。自分は地方試験もまだ通らないのであります」
「うちは必須やからな。砲手でもないくせに相討ち取る方が珍しい。そんなになんでもかんでもうちの真似せんでええねん・・・。でもなー、こっちのほうでも相討ち技能試験があるとわー、なんか意外やったな。こっちの月怪は単体で顕れるって聞いとったから」
 
 
いやー、こりゃあ単なるヨイショで口からでまかせなんだけどねー、と伝えたものやら。
にしても、この二人の関係は・・・・
真面目というか狭く隔絶した環境で戦うことしか教えられてないと言うか純粋培養というか、無駄口の間でも一切攻撃が止まない攻撃本能に直結しているようなその砲口がこっちに向けられてもやだから、黙っとこうっと。葛城ミサトはそう決めた。じつに卑劣。
 
 
「・・・・・」
だけれど、朱夕酔提督や時田氏、真田女史、見る目がある者、聞く耳がある者にとっては今の会話は一瞬、慄然とさせられる。自分らの現場指揮官がタイコ腹だったからではない。この短い時間で指揮官が敵性体、月怪についての詳しい情報まで引き出して戦場を見ていることだった。エヴァ壱万号機パイロットたちの事情説明と共闘の契約までもっていければ御の字であったろうに。敵の情報を知るのは作戦家の王道とはいえ、それをこのせっぱ詰まった状況下で平然と教科書どおりにやれるというのはまた・・・・目立つことはないがとんでもない能力だ。だが、葛城ミサトにそれを問えば、「そんなの当然じゃないの、誉めても何もでないわよん」と言い返されるだろう。
 
 
 
「昆虫の復讐者・・・・・第六法程終了」
「胎蔵された竜蛇・・・・第八法程完了」
葛城ミサトが当然自然とするその能力の、おそらく対極にある綾波レイの能力。
とても白日の人界にさらせたものではない、影月の闇に隠されねばならない、
人の進化を促進する科学を後ろから迫って延髄を一撃して昏倒させようという呪毒。
この作業中のエヴァ零号機はある意味、ATフィールドがあるといえ、ヨッドメロン以上に危険な物体であった。
 
メジュ・ギペール式の解除。夜明けの光を闇筆で塗りつぶすような暴挙。
 
これから行うのは人体実験。何一つ保証はない。出来れば、出来れば、出来たなら、ここに渚カヲルを呼んで代わってもらいたい。碇シンジでも惣流アスカでも、役に立たない。
 
自分がやるしかない。・・・・奇妙な話だが、使徒を相手にする方がよほど気が楽。
 
だが、やるしかない。綾波レイは決意とともに精神集中の深度レベルを倍増させた。
 
ラストスパート。この混乱は時間をかければいや増し、自分たちを簡単に呑み込む。
目の前に天を支えるガラスの柱が見える。ヒビが入っている。もし、その柱が倒れれば、天から混沌の雲が地を覆うことになる。ガラスの柱、とは他の何物でもない。自分の常識、あるべき意識状態。それを保つために。分かりやすく言うと、仕事をはやく終わらせて第三新東京市に帰るために。分かりやす過ぎたかもしれないが、そうなのだ。もっと分かりやすく言うと、こんなワケの分からない状態は一刻も早く終わらせる!、ということ。
綾波レイはこれでなかなか常識人なのである。フェイクの月から化け物が大量に降ってきたり自分のドッペルゲンガーみたいなのが頭上でドンパチやって心穏やかでいられない。
もうイヤ!、と逃げたりしないだけの話。嫌悪を耐えるので精一杯で。葛城ミサトのように「しゃーないから」と取りあえず受け容れて善後策を練るような真似はできない。
任務に対する忠誠心が霧散するわけではないが、精神集中のレベルを高めるとどうしても素直な自分がでてくる。暗雲の中でも幽かな光を保存しつつ曲がることを知らないガラスの柱。雷雲に抱かれれば一発でコナゴナになりそうだが。さて。
 
 
第九法程までくると、段取りとして、そろそろ精製のほかに対象であるヨッドメロンに術式のマーカーを引いておかねばならない。零号機の瞳孔内で。退化毒を塗り込む下書きのようなものだが、これが複雑極まる・・・だからマーカーを引くのだが・・・・できればこんなことは芸術系のエヴァにやってもらいたい・・・・そんな機体ないけど・・・・つくづく戦闘のど真ん中でやることではないが、しょうがない。軍医にでもなったと思うしか。つくづく使用技能が増えれば増えるだけ苦労が増えている綾波レイであった。
己の赤い瞳に力を込める・・・・。渚カヲルの使徒のコア透視法に綾波党の透視術を加えたアレンジ版。それでヨッドメロンの内部を・・・・「視る」
 
 
パイロットの位置を特定・・・それがまず肝心・・・特定・・・・・特定・・・・
 
 
特定・・・・・・・・・・・・・・・・・・・できない
 
 
「むっ・・・」綾波レイの赤い瞳がわずかに見開く。見間違いでなければ・・・・・
 
現在、ヨッドメロンの内部には「二人」の人間がいる・・・・。どういうこと?
 
メジュ・ギペール式生体眼を一人分と間違えて勘定している・・・・わけはない。
 
確かに、人間がふたりいる・・・・最初からそうであったのか、分からないが。
最終の法程直前まできて、この事実は・・・・・LCLの中であろうと肩に重くのしかかる。退化毒はあくまで進化促進能力増進された肉体を持つメジュ・ギペールリンク者への代物で、そうでないものに用いた場合・・・・一匹の虫けら程度にでも体が残れば幸運、一個の肉体内部で輪廻の転界を巡った者がどういう形象をもつのか予想もつかない。
 
 
「誰・・・・・・・・・・・・?」
たまらずに、長く息が続くまで、問うた。が、返答はむろんどこからもない。
 
 

 
 
「ここは・・・・」
強い振動があったことは覚えている。その時、意識の方も一気にもっていかれたらしい。
気がつくと、ゴテゴテした装備のついたジープの運転席に座っており、周囲を見渡すと落書きのある蒼い柱と緑の金網に厳重に囲まれたそこは小部屋。正面の特殊ガラス窓には、こちらに背を向けた赤毛の少女が映っている。おそらく、こちらをむけばそばかすがいくらかあり、その瞳は緑のはず。ガラス窓一枚隔てたそこが、ヨッドメロンの操縦席・・・・メジュ・ギペール生体眼とのリンクシステムの場所。ジャムジャムの居場所。
 
ポリバケツの代わりに、今は茶褐色でシワのよったマントをはおっていた。首のあたりを黄金のネックレスで縛り、・・・・どこか、田舎パン屋の手作りジャム瓶を連想させる。
・・・・マントのせいだろうか、・・・腕が、見えない。
 
 
「ようこそ、加持リョウジさん」
背を向けたまま、赤毛の少女が声をかけた。声に含まれる感情は薄く親愛。
 
「君が、ジャムジャム・・・・か」
どうしても乾く。暑い日に残されたコッペパンのように。この親愛に応えるためには振り向くことを、顔を見合わせて話すことを頼むべきか・・・・。
 
「・・背をむけたままで失礼します。わたしもずっと前をむいておかなくちゃならない身なので」
先手を打たれた。
 
「やはり生身の人間の転移はむつかしいですね。できればクトゥルーフに返してあげたかったんですが、ここが精一杯でした。起こしてあげることもできなくて。ごめんなさい」
謝られてしまった。加持リョウジは言葉がない。「いや、そんなことは・・・」
なんせ勝手に入り込んで情報を収集しようとした、いわば産業スパイなのだから。
 
「ど、どのくらい気絶していたかな?ちょっと恥ずかしいけれど、ぜんぜん記憶がないんだ」
転移というのは空間転移のことか・・・・・、などと思い越して愕然とする。今何時だ!?
ヨッドメロンがこうやって現状のままにあるということは・・・・葛城たちは
加持リョウジの浮かんだ焦りを背を向けたまま・・・・・ヨッドメロンには、ジャムジャムには見えるのだ・・・「そのジープに今の状況を映してみましょう」なんでジープがここにあるのか問うのは後にして、加持リョウジは食い入るようにジープに装備されている液晶モニタの映像を見た。
 
 
特撮・・・・・・?
 
 
一瞬、そう思った。ジャムジャムがまだ「続き」をせがんでいるのかと。しかし違う。
 
エヴァ零号機が映り、真・JAが映り、その他大勢が映っている・・・・。
エヴァ壱万号機のところで目が止まり。錯覚ではない・・・・本物だ・・・・
 
そして、異形。あれは・・・・この目で見るのは初めてだが、よく知っているモノ。
 
「これは・・・・」
 
「今の現状です。・・・ごめんなさい、もうがまんできなくて・・・・
 
 
出しました」
 
 
「そうか・・・」
今までジャムジャムからさんざ聞いてきた話と現状の映像とを頭の中で繋げる。
・・・・なると、あのエヴァ壱万号機というのは・・・・・
 
 
映像カメラが移動望遠したらしく戦場から距離をおいた陣地の葛城ミサトの顔も映った。向こうでも何かモニタを見て・・怒鳴ったりしている・・・・何者かとの連絡だろうか・・・元気らしい
「すこし調べてみました。この方のこと」
「そうか・・・いっ?」
 
 
モニタの中の葛城ミサトは相手に何を言われたのか、相当頭に来たらしく、備品である通信用モニタに真正面から正拳突きを喰らわして破壊していた・・・・・おいおい・・・
 
 
「・・・少し情報を訂正します」
「ご自由に・・・」
見えないが、緑の瞳が丸くなったかもしれない。そう思う。
 
 
うわ、それでも飽きたらず壊れたモニタをさらにさんざんケリつけて躙りつけている。
この調子ではそのうち、ライターでパイオツを焼いたり線香で全身の毛を焼いたりするのではあるまいか。スケ番刑事も裸足で逃げ出しそうなハクリキであった。
本物が目の前にいなくてよかった。その剣幕にスタッフの誰も止められないが、そのうち奥から白い鎧・・・電気騎士団の団長奥方だったか・・・・が見かねて制止してくれた。あれはやる気以上にそれ相応の実力がいるんだ・・・・加持リョウジ経験より語る。
 
 
「・・・かなり情報を訂正します」
「ご随意に・・・」
見えないが、緑の瞳が半目になっただろう。・・・そう思う。葛城。
 
 
「冷静かつ冷酷な作戦の実行のためには何を犠牲にしても厭わない優秀な作戦指揮官だと・・・・情報では」
「どこの誰がつくったデータベースがすぐに分かるなあ・・・・実物はあんな感じだよ。
にしても、あいつをあそこまで怒らせるとはなあ・・・シンジ君たちと同居してかなり忍耐力がついたと思うんだが・・・」
 
加持リョウジは尋ねたわけではない、これはぼやき。しかし、返答はすぐに。
 
「通信相手はアバドンです」
 
「なに?」ヨッドメロンがアバドンのチャンネル解析コードをもっているのは当然のことだが、今頃通信してきたアバドンに戦闘中の葛城ミサトの感情をここまで高ぶらせることが出来るとはとうてい思えない。鼻であしらわれて終わりだろう。そういう女だ。
 
 

 
 
「至急、その場から退避したまへ」
 
 
高位の通信コードなんぞを使ってこのくそ忙しい折にどこのどいつがかけてきたやがった!・・・殺る気満々で葛城ミサトが秘匿回線使用の通信モニタ(ネルフ備品)の前に立つと、そこには陰鬱極まる蜘蛛の目をした科学者がいた。一瞬、モノホンの毒蜘蛛がモニタの前に蹲っているのかと思った。
 
「アバドンだ。諸君らに命じる。至急、その場から退避したまへ」
 
アバドンの人間はほとんど個人名を名乗らない。もっていないのか捨てたのかどうか知らないが。だから葛城ミサトも名を問わなかった。今は忙しいし時間の無駄だ。
 
ふん、なにをてんごうぬかしとんじゃいこのぼけがあ・・・通信妨害と見せかけて口パクで悪口雑言を吐き出す葛城ミサト。こういうのは無駄ではないのだろうか。
 
「後のことは調律調整官殿が終息させてくださる。こうなっては諸君らは邪魔以外のなにものでもない」
しかしアバドンは下界の者のやることなど一切に脳みそに、いやさ眼球にさえ映してもらえないらしく、一向にかまわない。だが、葛城ミサトはやり続ける。
 
調律調整官がなんぼのもんじゃい、そんなリアル水戸黄門がでてきたってなんの解決にもならんわいたわけが・・・もちろん、口パクである。権力的にいえば自分の首などなで斬り用の大根、ワラ人形くらいなもんだが、それにしてもいくら偉くても人間が一人やってきたとて・・・護衛代わりの軍隊を引き連れてきてもなんの腹の足しにもならない。レプレ以下。あ、もちろんこれは悪口ではない。コワレプレ、はなかなか頑丈でパワーあって助かってまーす。ゾンビから、フランケンに昇格。人工妖怪人間でも可。攻撃はパンチとチョップとキックだけと新人レスラーみたいな初々しくてシンプルなところがまた好き。
 
 
問題は、そんなお偉いさんの降臨なんぞを待っていたら好機を逃すということだ。分かってんの!?なんせ時間との勝負で、事態はやばい方、ヤバイ方、夜馬異方へと押されていっている。倒して廃棄物に化けたはずのものがあとで爆発したりと・・・・港湾修理費とかはアバドンに請求してください・TO時田様・・・・とにかく早いところヨッドメロンを活動停止に追い込まねば。
 
それをなんだと?えらいひとが視察にくるから目障りなおまえら帰れ、消えろ?だと。
いいでしょう、わたしも大人です、怒りはしません。けど、きえません。うれしくないでしょう。わたしから自由にしてあげません。アバドンとしては立場上、調調官に見せておけば同情が買えそれらしい言い訳ができる機会がつくれるわけだからそれでいいんでしょうが、そうはいくか。こっちはもとより、お前らの立場なんぞしるもなか。ちょこもなか。ぜんざいより甘すぎる。まさに、あんまん大元帥といってよいでしょう。脂肪遊戯。
 
 
アバドンはその蜘蛛型機械眼で葛城ミサトの顔をじっと見ているが腹の底はむろん読めない。読んでいたら今スグに更迭させるべく走りだしていただろう。
 
 
「へへん」
葛城ミサトは口を開いて言葉を発した。正確には、意地の悪い嘲笑を鼻の穴で。
至高聖所の毒蜘蛛が蠢いた。未知の生物を発見したように。ナンダコヤツハ。補食可能かどうか考慮するような動き。
 
「すでに作戦行動に入っておりますので・・・・撤退の機微は現場の者だけが知るところ。いくら至高聖所の命令とはいえ、実現実行はしかねます。しかし、私ども現場の者も一丸となり、全力全知を尽くして暴走したヨッドメロンからパイロットを救出したい、と考えております」
 
だけれど、毒蜘蛛にだって人の形をしている以上、人の情けはあるだろう。
 
出来れば波風たてずに迅速にコトをすすめていきたい。逆ねじをくらわす言葉はいくつも考えつくが時間が惜しい。時田氏やレプレも貴重な機体を投入し、レイや団長はひとつしかない自分の命を張っているのだ。それを思えばいくらでも冷静になれる。
腑と脳を茹でる熱量は他の場所で使うべき。
 
 
「その必要はない」
 
 
「はい?」
 
 
「調律調整官殿の始末は諸君ら下界の者の遙かに及ばぬもの。元来ならばこの警告も行われずにその終息に取り込まれるべきであるが、エヴァを擁する諸君らに調律調整官殿の格別のご厚意によって知らされただけのこと」
 
 
なんとか発火を耐えられた。はぁはぁ、そうですか、上のひとはそうでなくっちゃ。
おありがたいことです。なんまんだぶ、あんまんでぶ。
 
 
「その場所にとどまることは無意味にして無駄だ。”アレ”の救出などとクダラヌことは考えないでよろしい」
 
 
「”あれ”?」代名詞がここまで発火点の高い言の葉だとは知らなかった。脳の中で絶え間なく枯れ葉が舞う。「クダラヌ?」枯れ葉は踏まれて削削と次々次々次々砕ける。
 
 
「アバドンの外にあるアレはゴミだ。我々は使えぬアレを捨てたのだ。ただ、調律調整官殿の限りない愛によって再び拾われることになる・・・・それだけの話だ。
掃除人どもはすぐさま去るがよい。諸君らの仕事時間は終わった」
 
 
調律調整官というのがどれほどの実力者か、よくわかる。人間ではないのかもしれない。おそらく、ずいぶんと気前のいい虎なのだろう。その皮がタヌキのあそこより伸びる。
それでも葛城ミサトは大人であり、その傲慢にいきり立つ周囲を肩の動きで制止さえした。
たんたんたぬき、たぷたぷたぬき、たぶたぶたぬき・・・・・真言を唱えながら。
 
 
「最後に一つ聞いてもよいか」
 
 
「どうぞ・・」
 
 
「エヴァもいずれ用済みになれば、廃棄されるべくヨッドメロンの所へいく。そこで待っていれば、いずれ必ず会えるぞと教え込んでいたのだが。それほど執着しているとは思わなかった。・・・・・・これは、子供特有の妄執だと思うかね?」
 
 
「・・・・なんの、話です」
 
 
「子供の心理だ。君の専門なのだろう。フィフス・チルドレン、ナギサ・カヲルのことだ・・・・・今回と同じようなケースが君のところでは起きなかったのか、今後の参考と予防策の立案のために聞いておきたい」
 
 
子供の心理などしらない。自分の心理のことしか、わからない。
 
シンジ君・・・・・。あの子のことが頭に浮かんだ瞬間、拳が動いていた。
 
モニタを破壊して。毒蜘蛛の顔面を粉砕する。四肢が地獄の火炎と燃えるのに反して頭の中と魂は冷え切る。新たなタイムリミットが刻まれたことを知る。どういう方法でかは知らないが、アバドンはさらなる上位者の力を借りてヨッドメロンを再び手中に収める気でいる。最早その手の中から逃がしはしないだろう・・・・・。脚が激しくモニタの破片を砕くのは義憤ゆえではなく、単に震えを隠すためだ。猛烈にイヤな予感が胸に渦を巻く。
 
・・・・・大至急、撤退を命じるべきかもしれない・・・・
 
どういう方法をとるのか全く分からないが、連中にはそれだけの力が・・・ある?
月を我がものにするほどの・・・・・藤原のミッチーみたいな奴・・。
 
大失態にしてはアバドンの態度はあまりに余裕過ぎる・・・・免罪符を手に入れたのか。
葛城ミサトは決断を迫られる。
上位者が来る前にすべてにカタをつけるか、それともその「始末終息」に巻き込まれぬように撤退するか・・・・どうする・・・・どうする・・・・・!
 
 
よりにもよって、あげくのはてに、このタイミングで零号機・綾波レイから「ヨッドメロン内部に人間二名の存在を感知」の報が。思いきりガードを弾かれてよろめいたあとの左フックのごとく決まった。がふ・・・うう・・・・・頭がくらくらする・・・
血ぃ・・吐きそ・・・・・
 
 

 
 
バタバタバタ・・・・大急ぎで逃げ支度を整え始めるバルディエル。
 
巨大で強力な力が超高速でこちらへ第二東京へ接近しつつある・・・・。
しかも、戦闘力の専門家である己がかつて感じたことのない波長パターンをもっている。
なんだこれは・・・・・兵器・・・のそれとも微妙に異なるような・・・・
人か機械かすらも、読み切れない。わずかに使徒のそれが混じっているような・・・
 
 
それも、東西南北・・・・四方向から。さすがのバルディエルも顔色が変わる。
せいぜい鯛を釣る気でいたのに、それが大きな鮫みたいなものが迫りくるとなれば話と用意が変わってくる。これだけのエネルギーをもつ存在に四方を同時に固められてはさすがに分が悪い。こちらの存在を気づかせないためにあまり強力な身体はもってきていない。
感度もさほど高くない、四つのパターンの分析も同時には行えずに順に行う時間はない。
戦場に向けて種を播いたのが感知されたのか・・・・使徒がここにいる、と。
 
 
レリエルの気配は完全にない・・・・・・ここで網をはっていたのは間違いだったか。
議定心臓を手放した時に、その記憶や精神すらも失っていたとしたら・・・・・
あまりにも人に近い発想であったか。買いかぶりすぎていたのかもしれない、監視役を。
自分もレリエルも長く人の近くにありすぎた。それが予想を誤らせたのか。
まあ、いいさ。ここで綾波レイごとロストしても、まだ第三新東京市には碇シンジがいる。
 
 
あとは、完全に暴走しきったヨッドメロンだが・・・・十中、六七は、こっちよりもそれを目当てに大急ぎで飛んできているのだろう。ということは、これらがなんとかする、ということだ。知識はんぱに漁夫の利を得にきただけ、という可能性もあるが、この力の波動を考えるにそれは低い。もうしばらくここにとどまればその存在を明確に感知できるようになるが、それは向こうも同じことで、こちらの居場所がばれるかもしれない・・・・この有様で戦闘なんてまっぴらごめんだった。おそらく、こんな事態に備えて用意しておいた対ヨッドメロン対策班、ヨッドアップルだかヨッドパイナップルだかが来るのだろう。・・・・小賢しい人間どもめ
 
なんにせよ、もう少し強力な身体を用意しておかないと何もできない。
さすがに四対一では、相手が悪い。ヨッドメロンと同タイプの「何か」であれば幻想冠がつかえないわけであるし。
 
または、もう少し人間に近い、繊細で便利な身体を。今回の事件は突き詰めていえばヨッドメロンのパイロットの「故障」。能力ないし精神の再調整を行えば済む話だったが、すっかり及び腰になった管理者が野に放してしまっただけのこと。
レリエルならば、簡単にやれただろう。影となってヨッドメロンの内部に入り込み、パイロットの精神を凍結停止してしまうことなど。中途半端に精神が残っているからこのような面倒なことになるのだ。能力を残しつつ精神を破壊抹消する・・・・人間たちが必死こいてなにか足掻いているが実際のところ、ヨッドメロン自身にしかこの後始末はできまい。
廃棄兵器に影を動力にもちいて疑似の生命を与えたあの「月怪」どもをどうする気か。
世界の暗部は闇に葬るしかない。
 
バルディエルとしては、ジャムジャムなどには死んでもらった方が都合がよい。こういう人間離れした人間がいては非常に都合が悪い。人は人のままでいれば十分だ。おまけにそれを拡大増幅してくるのだから手に負えない。そんな力は古代より秘められ迫害されてきたもんだけど。なんて凶悪な時代なのだろう。だが、この手の能力は当人にしか止められない・・・正直に言うと、空間操作系の使徒ならばできるが、自分には出来ない。肉体と精神を操作するのは得意なのだけれど。大昔ならば魔法使いが扉を開けても黒い翼を持った変な奴がヒヨヒヨと迷い込んでくるくらいで、己が睨むとビビって帰っていったものだけど・・・・物言わぬ妖兵器物となると・・・・時代は変わったなあ、浸っているヒマはなかった。結局。
 
人間のしでかしたことは人間が責任をとるべきだ、たとえ連中が失敗して地球が真っ二つに割れてもしょうがない、という結論に落ち着き、離脱することにした。
 
一抹の不安は残るけど、まあ、さんざんバトルは見たし。基本的にやはり使徒は使徒であり、人間の考えはしないのである。腹いせにエヴァ壱万号機とやらを撃墜させてやろうかとも思ったけれど、あれもまたあれで超物騒な兵器の「なれの果て」なのだ。やめとこう。
と、いうわけで、バルディエルは第二東京を去った。
 
 
 
だが・・・・・
バルディエルは最後まで気づかなかった。かなり惜しいところまでいったのに。
 
 
レリエルは、この現場にきていたのである。
 
 
当然、その姿はバルディエルも見ていたし、読者諸兄の前にも堂々とさらされている。
しかし、気づかなかった。ノーヒントであるから仕方がないかもしれない。
 
そして、今も、戦場のど真ん中に。にひひ、と知られぬように笑った。
 
 

 
 
「騙されて、いたことになるんでしょうか」
背を向けたまま、ジャムジャムは言った。
 
 
加持リョウジは先ほどのアバドンと葛城ミサトとの通信内容を問うた。ジャムジャムはそれを教えるのを渋ったが、そのあとの自分の問いに何を思おうと「ちがう」と答えてください・・というのがその条件だった。好奇心に負けたなどとは思わないが、加持リョウジはその条件を呑んであとで歯がみして後悔した。
 
 
「ち、がう・・」
 
 
「そうですね。単なる思いこみですよね」
 
 
今日の今日までヨッドメロンのオペレーションを続けてきたのはひとえに。
ジャムジャムの名を与えられた赤毛の少女は。
 
 
「ただ一目、もう一回だけ、会ってみたかった・・・・
そして、・・・・なんであんな嘘をついたのか、聞いてみたかった」
 
 
「嘘?」
 
 
「だって、月に人間なんか住んでないですよ。それなのに・・・」
 
 
加持リョウジの弁舌をもってしても、「それは彼一流のジョークなんじゃないかな」とは言えない。今さら。冗談ですまない娘さん、もいるんだ。渚君。心の内でシ者を呼ぶ。
 
 
「だけど、彼は消えてしまった。べつに約束してたわけじゃないし、たぶん彼はわたしのことなんて覚えてもいなかったと思うんです・・・・・けれど、どうしてもその面影が捨てきれなくて・・・ヨッドメロンのわたしが」
 
 
こちらを振り向こうとして・・・・やめて
 
 
「こんなことをするのは・・・・少し、恨んでいるからです。この世界を。
なんなんですか、消滅って。そんな事故ってあるんですか。・・・・誰か、犯人がいるんですよ、それをやった人。わたし、その人を許しません。頭の上に爆弾が降ればいいと思います」
 
 
こちらを振り向こうとして・・・・やめて
 
 
「 移動が出来ないとき、ストーカーはなにをしでかすか。爆弾を編むのか・・はたまた毒のスープを煮込むのか・・・・ふふ」
 
 
こちらを振り向こうとして・・・・やめて
 
 
「彼が消えてしまった砂漠の研究所の代わりに、彼の名を冠した月を現そうかと思ったんですけど、そういうことになると分かっていればもっと・・・彼は歌が好きだったんでしたね・・・・歌の満ちた楽しげなところに造っておけばよかった・・・・あまり覚えていないのですけど、わたしそんなことも出来たような気もするんです」
 
 
結局、振り返ることはなかった。
 
 
「ふう、・・・吐き出してしまいました。ごめんなさい、お耳汚して」
 
 
「いや・・・」
 
 
「長い間つきあわせてしまって、ごめんなさい。でも、そろそろお別れです」
 
 
「え」
 
 
「後ろのハッチを開けますから、そのままその車でバックして出てください。そこはもとはわたしとアバドンの人間との・・対話室だったんですけど、殆ど使われることもなかったし乱暴にいってもらってもかまいせん。地雷除去用のまだ動くものが在庫にあったので無理矢理詰め込んでみたんですけど、サイズが・・・まあ、汚染対策で頑丈にできていますし・・・・出たあとがちょっと大変かもしれませんが、ドライビングテクニックで頑張って一刻も早く皆さんと一緒にこの地域を離れてください」
 
 
「このゴテゴテした装備はなるほど・・・いや、そうじゃない!」
なにがそうじゃないのかは分からない。加持リョウジ本人にも実は分かっていない。
その豪快な脱出方法をヨッドメロンの操縦者本人から指示されたことではない。
彼がそこにいると、綾波レイをはじめとして周囲の人間が非常に困るのだが。
そして、まだ月怪軍団との戦闘が続行中のど真ん中へ出ていけ、と言われても加持としてもまた困る。しかもスピードメーターが60までしかないじゃないか。
 
 
「どうしたんですか?あまりぐずぐずするとわたしといっしょに抹殺されますよ」
 
 
「抹殺?そんなバカな」
 
「うーん、処理済みの第一層の廃棄兵器分の逆流はだいたい終わったんです。これから不完全兵器の逆流が始まりそうですから・・・へたな制式兵器よりタチが悪いのが多くありますので・・・・この地域は地獄に変わります。あの世の地獄、じゃなくて、この世の地獄、です。わたしも見るのは初めてです。月怪のレベルも跳ね上がりますし、そうなると皆さんも本気出してかかってくるでしょう。何より加持さんが仲間の危機をみかねてわたしを撃つかもしれない・・・・・このガラス、殺菌力は高いんですけど強度は大したことないんですよ」
 
 
「やるかやられるか・・・・だって・・・!一時的にでも停止できないのか、その間に」
自分がそこに含まれていることを悲しいとは思わない。なにからなにまで捧げ尽くして、見つけたひとかけの思慕さえ利用され、骸骨どころか、眼球しか残らない少女がここにいる。万が一、その任から解き放たれる日が来ても彼女が乞えるのは目玉しかない。
 
 
「その間になんですか?エヴァンゲリオンが二体もいる、ということはヨッドメロンを使徒として、人類の敵として認めているんじゃないですか。白い機体は攻撃もしてきましたし蒼い機体は毒物を精製していますし指揮官もやる気まんまんですし・・・・その他にも、まだ強い力を持ったなにかが近づいてきている・・・・・これが使徒というものですか」
ヨッドメロンには未完成だか予算の折り合いがつかないかで採用されなかった高性能検知器感知器レーダーの類も捨てられており、それをジャムジャムは流用しているようだ。
エヴァ初号機もいいかげんなんでもありだが、ヨッドメロンもそんなところがある。
人間の悪智恵のゆくところ、なんでもできちゃうぞ、みたいな。
 
だが、拳銃くらいは所持しているが、亀のようにレーダーを背負っているわけではない加持リョウジにそんなことが分かるわけがない。思い至るとすれば・・・・シビレを切らせた葛城が、第三新東京市から切り札中の切り札、エヴァ初号機を呼んだ・・・・か。
しかし、こういったデリケートな状況にシンジ君を呼んでも・・・期待三分恐怖七分。
だとしたら、大バクチになるだろう。
 
「か、かんべんしてくれ・・・・・」
 
「なにがですか」
 
「い、いやこちらの話だよ・・・・とにかく、・・・・そうだな、月怪たちは君の指示に従うのかな」
 
映画のように「とにかく、落ち着こう」などと言おうものなら即座に見きられるだろう。
神経は職業柄太いほうだと思うが、さすがにシャレにならんプレッシャーに胃がキリキリしだす加持リョウジ。まずいことにジャムジャムはかなり頭が良くて、おまけにアプローチに何か間違いでもあったのか、葛城たちに不信感を抱いている。まあ、葛城たちもヨッドメロンのことなどぶっつけ本番でほとんど知らぬのだから無理はないかも知れない。
パイロットが乗っている、くらいの情報を手にしていれば御の字だ。
 
「考えたことも・・・ありません。月怪に意志はありませんし。どんな指示を与えるんですか?」
だろうな、月怪の現出そのものがジャムジャムの意志なのだから。
 
加持リョウジがここで引き出したい答は、「もう一度、月怪を誘導できる」ということ。
ここまできたら、折り合いはその点でしかつけられまい。実際的にも道義的にも。
ジャムジャムがヨッドメロンでの廃棄兵器の処理を放棄した以上、この世のどこかで処理するしかない。だが、恐れをなしてどこの軍隊も引き取り手身元引受人にはなるまい。
最悪のシナリオとしてはテロリストに嫁入り、だがそんなもんは当然、除外するとして。
ネルフで一時保護して、身の振り先を考えるしかあるまい・・・・アバドンと交渉できる人間は限られている。交渉して黙らせる人間はさらに。利益としては、機密性を考慮にいれてもこのヨッドメロンを懐にいれておけばどこの軍隊もちょいと口出ししてこれなくなることか。貴重な世界の安定器、バランサーを失うことになるが、本人にその気がないのだから仕方があるまい。アバドンならば他の手段を模索し実現させることだろう。そのための至高聖所だ。・・・・・しかし、このメジュ・ギペール式生体眼に接続された身体はどうしたものか・・・アバドンが放り捨てて取り立てて行動しないのは、ジャムジャムの機能不全から来る衰弱死をまっているのではないか。いわば見殺し。賢い選択だ。
 
 
その問いに「イエス」が出たなら、葛城との交渉はグッと楽になる。
どうも状況を見るに、ジープでこのまま出ていって、「やめてくれ!この子は悪くない!」と両手をあげて叫んでも速攻で黙殺されて交戦続行となる可能性が高い。真・JAなどJA連合のロボットが絡んでいるとなればなおさらだ。それに・・・・
こと、やる気になった葛城ミサトほど敵にまわしたくない人間はいない。情実がどうこうより、単純に手強いのだ。時速160キロを超える火の玉のようなものだ。手ぶらでいってとても打ち崩せたものではない。あ、加持君が出てきたわね、そんなことにいたの、それじゃ遠慮なく、てなもんだろう・・・。
 
 
ジャムジャムを説得して納得させるにも、また交渉でグッと楽になった葛城の顔を見せる必要がある。現状のジャムジャムは自棄気味にて怖いもんがなく、脅しは通用しない。言葉は悪いがなだめてすかす・・・しかない。思うにジャムジャムの能力はほかにいくらでも有益転用可能だ。ここで人生放棄させるにはあまりにももったいない。神様の授かりもの、などと年寄り住職めいたことをいっても信じてはもらえないだろうが。
 
 
「そういえば、彼、渚君はどうして、月に住んでいる、といったのかな」
 
 
「え?どういう・・・・」ジャムジャムの肩が震えた。我ながらくどいとは思う。
 
 
「行く手の闇は、夜は、黒い両手を広げるように大きく、
 深く、ぼくらをのみこもうとしていた。何を恐れることがあるだろう。
 待ち受ける夜、それに向かっていくだけだ。ぼくは知ったのだ。
 夜が教えてくれたのだ。行く手が果てしない荒野であることともに
 彼方の夜は、ぼくの親しい故郷であることを・・・・・
 
 
”夜のこどもたち”という本の引用だけどね」
 
 
「・・・・・外では、月怪と加持さんの仲間が戦っているよ」
 
 
「ほうっておけばいい。彼女たちは絶対に負けない・・・・。話を聞いてくれ?」
 
 
「・・・・・!」ジャムジャムの肩が跳ねた。信頼は少女の肩を座禅の棒のごとく静かに激しく打ち据える。喝。
 
「実際に、彼の住んでいるのは月孔城という城だった。クレーターを模した大実験施設。
そこで彼はたった一人で住んでいたという・・・・なんというか、掛け値なしに彼は特別な子供だったからね。孤独と自由を制御しながら与えられた使命を果たし続けた。
・・・・似ているね、君たちは。おれたちの目からみると、君たちはとても、似ている」
 
 
「え・・・」
 
 
「このあとで、おれは小細工的なことを言うから、その前に言わせてくれ。
君が自分を、そして、想いを結晶化させて造り上げた世界を捨ててしまうようなことをするのは、おれたちにとっては二度辛い。そして、二度哀しい・・・・
人には、遠いふるさとがあって、そこで出会う前でもなかよく暮らしていた、どこかにいっしょに仲良く暮らせる場所があるんじゃないか、というささやかな願いを捨ててしまうことが。
それだけだ。さて小細工に移らせて・・・」
もらおうか、という前に、ジャムジャムから待ったがかかった。
 
「あ・・・・・待って、待って下さい・・・今の話をもう少し・・・・」
 
「渚君、彼が月から来た、もしくは住んでいる、というのが嘘かほんとかはあまり大事なことではないと思う。おそらく、天に孤独に浮かぶ荒涼の月に、”自分も”住んでいると言ったからこそ、君は彼にそれほどの想いを投影することになったんじゃないかな。天に二つの月はない。だから、心の水鏡にそれを映した・・・・月にナギサの名を冠しても、その中に彼の姿はどこにもない・・・・自分自身をわざわざ影にうつすことはないからね。だから、想いに殉ずることが悪いとはいわないが・・・それは」
実際のところは、それでかなり助かっている。幻影のコロモに包まれることで捨て去ったはずの世界の暗部の復活は剥き出しの目にさらされずにすんだ。もっと直接的に逆流を起こしていれば、事態はエヴァの手にも負えなくなっていただろう。
 
だけれど、あのような救いのない世界を能力を使ってまで造ることはない・・・・読本を隅から隅まで説明受けた自分にはそう言う資格があるぞと加持は。その目で、背を。
 
「もし、この先があるなら、その能力は別のことにつかった方がいい。多分、最初からそうではなかったと思う」
 
「こ、この先って・・・・」
 
「答えてもいいのかい?」
 
 
「・・・・・・・・・・・・・はい、教えて下さい」
 
 
「簡単なことなんだがなー、それでもいいかい?聞いてびっくりするほど、拍子抜けする」
 
 
「それでも、お願いします」
 
 
「とりあえず、朝を迎えよう。真夜中は陰謀向きだが、今後のことを考えるのは朝の光で顔を洗いながらが一番だからな!」
 
 
「・・・は、はあ・・・」
 
 
「それでもいい智恵が浮かばなかったら、昼飯を一緒に食べよう。例の苺どうふシェイクはけっこう美味しかったよ」
 
葛城ミサトが横にいれば、よくぞ言ったコノヤロコノヤロコンチクショー!!と限界赤ザル剥けになるまで背中と尻を叩かれるような言説である。その感触を思い出したわけでもあるまいが、
 
「朝起きたら、太陽の光と、おまえの命と、おまえの力とに、感謝することだ。
どうして感謝するのか、その理由が分からないのだとしたら、それは、
おまえ自身の中に、罪がとぐろを巻いている証拠だ、
と嘘をつかないインディアンのとある族長もいっているし」
と、紀伊国屋の智恵の手帳みたいなことをつけ加える加持リョウジ。
 
 
「はあー」
 
 
「で、そうなるためには、あの凶暴な指揮官の葛城ミサトをなんとか静めなくちゃならない・・・あの通り、いったん頭に血が昇るとなかなか勘弁しない奴だからなー・・・
月怪を誘導することは出来るかい?」
 
あとで小細工的なことを言う、と予告はしておいたのだからこれは騙しではない。
 
 
「月怪は眠った人間に向かう性質があります・・・・それを利用すれば・・できると思います・・・今もこのあたりを散らばっていかないのはあの白いエヴァの中で眠っている人間がいるからですし」
 
成る程な・・・・・加持リョウジは内心で膝を打つ。だが、まだ欲しい答えではない。
しかし、エヴァの中でパイロットが居眠りしてなんで機体が動くんだ?・・・
 
「もともと誘導装置が内蔵されてる・・・ロケットなんかはコードが判明してるから侵攻先をコントロールできますけど、もともとないのはコントロールしようがないですね・・」
これも違う。
 
 
「君からは?」
酷だとは思うが追求して聞く。頭のいいジャムジャムはたとえ出来ても「できない」と答えるだろう。やれる、と言ったが最後、世界最強の恐怖の大王軍隊のできあがりだ。どのように太っ腹な人間にでも敵対視され受け入れを拒まれるはめになる。やれる、と言えば
 
「じゃあ、どこかよそへやって」と言われるのは分かり切っている。けれどその「どこか」がジャムジャムには分からない。
 
 
ヴン・・・加持リョウジは全身に強い視線が突き刺さるのを感じた。
 
 
ヨッドメロンが己の内部をじっと走査してこの男の様子を探ったのだろう。
その「どこか」、「ここではないどこか」を知っているのかどうかを。
背を向けた、この男を信用するかどうかの分岐点。
 
 
「できますけど・・・・・どこへ誘導するんですか」
南極だの北極だのと言い出したら、この男をそこへ送ってやろう、と。
あるいは、最後にひとつだけ、試してみようかと思ったのかも知れないが。
 
 
「エヴァ壱万号機に聞いてみよう」
 
 
予想もしない加持リョウジの答えに、ジャムジャムの息が止まった。
 
 
「あの中には・・・・パイロットがいる。緋狩シングと九羅波レエのふたりが。
君の物語に逆らったふたりが。君がその行方を知らない、といったふたりが。
こちらに出てきている・・・・彼らに聞いてみよう?」
 
彼らはおそらく明確すぎるほどに明確に、ジャムジャムの言葉を代弁するはず。
 
いかに揺さぶろうと、どんな金言をつきつけようと、ジャムジャムは認めはするが応えない。ジャムジャムには弱点らしい弱点はなく、加持リョウジでも喝破しつけいる隙がない。とてもじゃないが、ジャムジャムに勝てるのはジャムジャムのみ。加持は見誤らなかった。
ならば、当人がすでに用意したものを使うしかない。時間がないが。
 
 
 
沈黙がおりる。長く。加持リョウジはジャムジャムの返答を待つ。
夜気に紅茶の葉を混ぜて、露が色を含み垂れるのをじっと待ち、それでカップ一杯煎れるような時間がたとうと。ここは待つ。正念場だ。
 
 
「ずるいですよ」
ジャムジャムは口をひらいた。
 
 
「ずるいんですよ、加持さん・・・」
 
 
「かもしれんがね。おれも、あの二人には興味があって、ぜひ会ってみたいのさ・・・で、どうだい」
 
 
「わたしも、友だちがいたら、こんなことは止めてもらえたのでしょうか・・・?」
 
 
「たぶん、力づくでね。友だちってのは、けっこう荒っぽい生き物なんだ」
 
 
「そうなんですか?あの作戦指揮官みたいに・・・・・ふふ。ふふ・・・・」
 
 
ジャムジャムはころころと笑った。角砂糖をくちにふくんだように。
紅茶がここちよく冷めるほどの時間をおいて
 
唐突。
 
「・・・当初の予定通り、エヴァ壱万号機に押し返させて月怪はヨッドメロンの中に戻させます。少し、トラブルがあったけど、それは外伝っていうことにします。廃棄物も残さず回収しますので、心配いりません。」
 
 
「・・・・え?」
なんだそのあまりの綺麗さは。ヨッドメロンの吐露はロボットが小人に見えるくらいに膨大なものだが、彼女の吐露はまだほんの少し。人の掌にもうけられるほど。
 
 
「アバドンに連絡をとります。些少の罰は与えられるでしょうけれど、こちらから機能の正常回復を告げれば回収にきてくれるでしょう・・・・きっと」
そんなはずはない。調整調律官がすぐそこまできているのだ。終時計式エヴァを伴って。
与えられるのは慈悲の欠片もない極大の天罰。「終息」
 
 
「だから、加持さんは早く脱出してください。急がないと、巻き込まれてしまいますよ?いろいろとお話してくださって、聞いてくださって、どうもありがとうございました」
 
 
ひゅ
ろくろ首、いやさ、ろくろ腕、とでもいうのか、とんでもなく長いロープのような腕が伸びてきて勝手にジープの動作キーをまわした。一発で起動するエンジン。加持リョウジの目が見開かれる。ギアのコントロールを操作する小さな手指は少女のもの。変異改造されたこの長い手でジャムジャムはヨッドメロンに封じられたまま自分の箱庭を造った。
 
そして、いま、人を放り捨てるために使う。
 
 
「わたしは、反対ですね。友だちになりたい加持さんを止めることはしなくて、追いだしてしまうなんて・・・・でも、これでいいのかな・・・でも、わたしはゴミしかもってないから、あんなにたくさん話してくれた加持さん・・・・なにもおかえしできない」
 
躊躇が残る口調と裏腹にヨッドメロン背部ハッチが開かれる。
加持の背に強く吹きつける戦場の風。
「おい!ちょっと待ってくれ!・・・・くっ!」地面を抉る用の鋼鉄製のロボットアームが車体を強烈にバックにもっていく。完全に隙をつかれて、飛び降りる間もない。
 
「月怪の方には加持さんを襲わないように言っておきますから、ヨッドメロンから離脱直後にすぐに保護するように指揮官さんにでも連絡してください・・・・・ジャマーも切っておきます」
頑丈かつ器用なアームのおかげで地面に車体が叩きつけられることもなく、ヨッドメロンの装甲ぞいに器用にスパイダーマンよろしくぺぺぱと降りていくのが見える。
 
 
「・・・・言うまでもないかな」
正面を向いたまま、振り向くことのないジャムジャムの緑の瞳、メジュ・ギペール生体眼には、蒼い機体のエヴァがとうとう毒素・・・おそらくはヨッドメロン内部にいる自分を生かさず殺さず半死半生に活動停止させる類の・・・・精製を終了し、内部にいる人間が解放されたことを確認し、ロボットの守護騎士たちを従えてこちらに突進してくるのが見える。メジュ・ギペール生体眼が震える・・・・感情などない生体部品が・・・・もしや、あの毒は・・・ル氏13札や、それに類するものなのかもしれない。
 
完全に「ヨッドメロン」を打ち砕き「ジャムジャム」の息の根を止める毒・・・・
 
本気なわけだ。ここに送られてきたのは、このためか・・・
 
廃棄物を再処理することはできなくなるけど、これ以上ナギサの月との連結を断つことにはなる。ヨッドメロンは戦闘用ではない、こんなに堂々と弱点をさらしているのだから。
今さら、防ぐ気もない。ゴミの山を踏み越えて突進する一団は、月怪たちを蹴散らし、速く、強い。その勢いは凄まじく止まらない。ちょっと心配になってきた。けれど、
加持リョウジのジープは海からやってきた白い機体のエヴァに無事に保護された。
 
 
「待ってたみたい・・・・よかった、拾われて。さよなら、加持さん」
 
他の三機を盾にして月怪を押し退けて、中央をエヴァ零号機が走り寄ってくる。目前。
毒の爪を月光に濡らせて輝かせるその姿は、悪魔そのもの。その悪魔を天上からのエヴァ壱万号機の援護射撃の数億の乱反射がさらに輝かせる。それは、応援と諦観の距離。
ただ、悪魔にしても、ひどく謹厳な悪魔だ。毒の爪を振るその動きには作法が感じられた。
礼節。誠意。自分に対する丁寧さ。・・・・なんの情けも躊躇いもない代わりに。
そんな風に見えるなんて、目が、曇っているのだろうか。蒼い毒爪が走る、直前。
 
 
 
「さすがはレイちゃん、見事な執刀の気合いだね」
 
 
背後から、声がした。むろん、加持リョウジのものではない。女、しかも子供の。
その存在に気づかぬはずがない。開いたままのハッチに、人影が立っていた。
 
 
人間ではない、ロボットだ。人型サイズ・・・・・オリビア。
 
 
「ブラックジャックがよろしく、みたいな。クランケ、はいりま〜す、てね。よしょ!」
ヘルメットを脱ごうとしながらなんか意味不明のことを言っていた。
 
すぽん。
 
あまりに脱ぐ勢いがつきすぎて、ひっくりかえる人型サイズ。「あいたた・・・でも、おかげで一気に二重覆面が脱げたよう」などとほざきながら立ち上がり、指先でくるくるビニール状のものを回転させる。そこには・・・・・
 
 
蒼銀の髪をした、白い肌、そして赤い瞳の・・・・・「ひとかた」が
 
それは使徒でもなく、ましてや人でもなく
 
 
かつて、レリエルとよばれたもの
 
 

 
 
 
「誰かいるって・・・・・ほかに誰がいんのよ・・・・・」
そのお邪魔虫にもはや怒りを通り越して憎悪すら覚える葛城ミサト。責任者心理である。
ヨッドメロンの内部にいるお邪魔虫がまさか、加持リョウジであるなどと。
 
「そこまでは・・・・わかりません」
とりあえず、マーカーを引く作業だけは先にすすめておく綾波レイ。葛城ミサトの怒りと苛立ちと迷いは痛いほどに伝わるが事実は事実。それを判断するのは指揮官の仕事。
 
だが、時間はない。
 
月怪の勢力はますます大きくなっている。エヴァ壱万号機も懸命に足止めはしているが、それをくぐり抜けてやってくる個体は当然、強い。ふくれあがった脾臓がブラッドソーセージのようになった月怪「バッベージ」、保存液に漬けられた疱瘡まみれの子供の腕入り広口瓶「ウルツエルバウア」・・・・強さとともに罪の度合いも上がっている・・・・
直感的にそれらと戦う者たちは感じる。
 
葛城ミサトの率いる現在戦力は、エヴァ零号機、エヴァ白参号機、真・JA、電気騎士エリック、コワレプレ、オリビア・・・・そして、エヴァ壱万号機。エヴァが三体もあるところだけを見れば大したもののようだが、相手が使徒一体だけならともかく、今回のは相手が悪い。次から次へと湧いてくるうえに、倒した骸は物騒極まるゴミとなる。二度手間。
そして、指示された基本戦法は、エヴァ零号機の守護。どう見ても諸悪の根元、原因であるヨッドメロンの撃破ではないのだ。実際に戦場に立つ者にとっては過大なストレスを感じさせる指示であるが、葛城ミサトは厳守させたし、時田氏以下現場スタッフ含み、全員がそれに従った。エヴァ零号機に、なにか一撃必殺、いや、殺してはいかんので、逆転する秘策がある、と信じればこそ。異界の月から降りてくる恐怖に耐えつつ、愚者と化して戦った。中でも、当初の大方の予想に反して大車輪となって戦うコワレプレには敢闘賞、アンド、あんたを見直したで賞をあげたくなる。なんというかパワーが凄い。戦い方自体はそれはそれは稚拙としかいいようがない、機体も動きもギクシャクとしてなんか変だし。今まで零号機ら三体で作ってきたトリニティ・バランスを崩しかねないほどの戦下手というか、操縦者のキャラクターが出るというか、とにかく、それら「困ったもんだ」的ファクターをひっくり返すほどのデタラメなパワーと頑丈さをコワレプレは発揮して大暴れしている。
 
「初号機なみのパワー・・・・?」葛城ミサトの眼力を持ってしても現在手持ちの情報でドクロタワーの全貌が見抜けるわけもない。そこらは地道に研究開発してきたものの優位。
コワレプレの繰り出すパンチはえらくその衝撃が長持ちするような、銃弾が重ねた杉板をぶちぬくように月怪の間をどんどん透過してどんどんぶち抜いている・・・・たまにはその威力がカーブを描いたりもしている。なんだろうな・・・葛城ミサトはそのあたりをしっかり脳に焼きつけている。しかし、どんなマジックを使えばあのボロい機体にあのパワーを発揮させてなおかつ、その負荷に耐えきれるようにできるのか・・・・・
壊れた方が壊れる前より強力になっている、なんてことがありうるのか。
 
確かに、会議では「ラベルの違う絶対科学」とかなんとかほざいてたけど・・・これか?
 
リツコ先生のご専門なんでしょうけど・・・・時田め・・・・なんかしやがったな
兵器の夢。もはや矮小な人間相手ではなく、巨大戦闘兵器同士が争い、互いの存在を絶対否定するために用いる力・・・・・JAもそれに目覚め始めているのか・・・・・
それで、エヴァ壱万号機とどっちが不思議かと問われればかなり難しい。
 
ついでにいうなら、弾丸もない炎名は戦場の渦中にあってはほとんど意味をなさずに、コワレプレは臨場してよりもっぱら銃把でもってブチ殴るのに使っており、相当に頑丈にできているのだろうが、さすがにパワーに負けてところどころ変形する銃身。コーンフェイドが見れば怒りのあまりに脳の血管が切れたかもしれない。
 
それに負けじと獅子奮迅なのが電気騎士団長、リチャード・ポンプマン。オリビアから兜ガスマスクを届けられてそれを装着し、戦場を駆け続ける・・・・いやー、いいかげん退避されてもどこからも文句はでないと思うんですが・・・・しかし団長は止まらない。
ここでエリックに抜けられてもまた困る葛城ミサトは内心で必死にその無事を祈るほかない。なんせ奥方とこれまたおっとり刀で駆けつけた団員たちがすぐそばで見ているんだし。ちなみに、「おっとり刀」とは、刀を差す間も惜しんで、ということで非常に急いできたことを意味する。語感のとおり、のんびりきたわけではない。状況と機密を天秤にのせれば左方が遙かに重い・・・ここまでくれば来る者拒まずでやるしかない。彼らに廃棄兵器の分析を任せる。真田女史だけでは手が足りない。戦場に転がるもののなかには、どんな市場で売るつもりなのかよくわからない代物さえある。後の始末を考えると戦闘と平行して行う必要がある・・・・・当分の間、ここは厳重に封印されるハメになるだろけど。
重汚染地域指定は・・・・免れないかなー。なにはともあれ。
 
死んでくれるなよ・・・・団長さん、頼むから。現場に力が集束されればされるほど、己の身も拉いでいく・・・。う・・・・翌日の肩コリが凄そうだ、これは。
代わりに、拳をコキコキ鳴らしながら葛城ミサトはタイミングを計る。
零号機・レイの準備は整った、という。ヨッドメロンの中にいる「もう一人の人物」・・・ミスターXとでもしとくか、正体不明だし、まさかこのドンパチの戦闘状況でぼよ〜んと出てくるとは思えない。自殺行為だし。・・・・・ここは、腹を決めるしかない。
 
人間にはできることと、できないことがある。指揮官にも、いやさ指揮官だからこそ、止められない流れがある。・・・・・葛城ミサトの身体から蒼白い剣気が迸るのを、本陣警護役・エミハ・磁光は見た。それは、必殺の決意。葛城殿は誰かを殺すことに決めたらしい・・・。じろ。ふいに葛城ミサトが陰斬極まる目で振り返り、エミハ・磁光を見た。
その恐ろしさは先ほど、アバドンの顔面モニタを砕いた時の比ではない。
 
岡山弁で言うと、それが「きょうてえ」ならば、今のは「ぼっけえ、きょうてえ」である。
で、こんなことを言い出した。
 
「ごめん、旦那さん死んでもらうかも」
ふりむきざまの抜き打ちである。エミハ・磁光ならば受けられた。
 
「どうぞ。すべてはいくさばに」
ざん、と音がするほどに激しく正面に戻ると葛城ミサトは団長に指示を出した。
「・・・・・・・」
周囲の者全て、その指示を聞いて息を呑む。確かにしねだこれは。しぬぞそれは。
けれど即座に応と騎士は。騎士の長は。
 
 
礼も言わずに続けて冷然の目の葛城ミサトは
 
今の今まで隠していた「切り札」の投入を宣告。現場の緊張が最高潮に。
 
ヨッドメロンの解放術式・・・・追加決定された「ミスターX救助作戦」
 
今まで耐えに耐えてきたこの異常事態の強制終了へのゴーサインが今。
 
これで綾波レイが失敗すれば、その苦労は報われず水の泡となるわけだが・・・
 
不安要素が多すぎる。口にはしないものの、肝心要の綾波レイが「人体実験といわれてももんくいえない」などと自信なさげなことを考えているのだ。ついでにいうなら、エヴァ壱万号機とても、このドタンバで裏切る可能性だって十分にある。なんでこれで逃げてしまわないのか、そろいもそろえて、もしかして頭が悪いんじゃなかろうか。
ゼーレの調調官がなんとかする、というのだから任せておけばよいのに。
 
 
勇敢な悪夢に、月の車輪の下、その身を砕かれる、蟷螂女。
 
 
そんなバッドエンドを予期してか、戦場から離れる者もいる。
 
魔女・メアリー・クララタンである。脱兎のごとく、箒で高速離脱する。震えながら。
 
「・・・特級の現魔象が起きますの・・・・・ここで起きたことは・・・・・
誰にも内緒にしますの・・・・・だから・・・・・」歯の根があわぬままに呪文を唱える。
津波の前で傘をさすほどにも効果はない、気休め。これからこの領域で行われるのは、史上かつてないほどの深度の「支配」・・・「弄び」・・・・「命の玩具化」。
空間に対する感受性が高ければ高いほど、その恐怖感は高まる。世界に対する理解度が深ければ深いほど脅威に強く共鳴して震えることになる。悪魔を恐れない魔女が恐れる者。
 
 
しゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃか・・・
しゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃか・・・
 
 
どこかで・・・・いや、耳の奥からかもしれない、ノートにペンで筆記する音が聞こえる。
速記。急いで急いで大量にとてつもなく大量になにかを急いで書き留めて記録する音。
魔女の耳には聞こえる。「できるだけ・・・多く・・・・書き記しておいて、あげないと」
懸命で、真摯な声。「時間がない・・・・ああっ、インクが・・・・・こんなときにっ」
音はいつまでも追ってくる。逃げられない。どこまでも聞こえる。
 
 
しゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃか・・・
しゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃか・・・
 
 
音の速度はいや増す。けれど、魔女の箒の最高速度はなんとか主を脱出場所である上野公園まで運びきった。途端にバラバラに砕け散ったが。そこから英国に逃げてしまえばさすがに特級の現魔象も追ってこれない。おそらく、その力が爆散するのは戦場とJA連合の会場周辺。その場にいた人間に余波の追跡がかかるかもしれないが、英国まで逃げてしまえば大丈夫だ。ゼーレの恐ろしさは骨身に沁みて知っている。なにせ魔法使いの魔法使用を地域限定にしたのは連中なのだから。逆らう者は片端からユダロンで魔法の呪文を失わされた。その点、マーリンズは早くから恭順して現代まで生き延びたわけだが・・・・
調律調整官が出てくるとなれば、その場にいるべきではない。その姿をみるべきではない。
退避警告を無視したあげくに、パンチなどくらわして、葛城ミサト、あの女は・・・。
足早に、空間通路をつくった桜の大木に急ぐ。早く逃げねば。早く消えねば・・・!
 
 
「!!」魔女の足が止まった。目的の桜の大木まで来て。氷つく。既に、時遅し。
状況が一変していた。桜が咲いている。桜吹雪。咲き乱れている。浮き世のなにもかにも美しく見せる月と桜と夜と人と。魔女は既になにもかにも終わったのだと、観念した。
 
 
時計のオーケストラ
 
 
数々の時計が、アナログデジタル砂時計水時計日時計月時計とわず世界中から集められたのだろう様々な時計が美しく弓なりに配置されて、指揮者のタクトに従って時を刻んでいる。時間と幻想というのは食い合わせがあまりよくないのだが、この光景は十分に幻想的といってよかった。時に縛られたものが現実ならば、あまりにも現実離れしている。
進んだり、戻ったり、早周りしたり遅れたり。だが、奏でられる一つの曲は涙が出るほど美しい。違う、自分の記憶の美しい部分だけが思い起こされるのだ。これほど無敵の曲はない。その中央の指揮台に背を向けて立つ、大燕尾服を着た長い紫髪の人物・・・・・
問わなくても分かる。これが調律調整官。間近の聴衆に選ばれたことを光栄に思うべきか、それともこれから払うことになる対価について恐れるべきか・・・・・
魔女・メアリー・クララタンは曲にあわせてハミングしながら調調官の言葉を待った。
 
 
そして、魔女・メアリー・クララタンが英国に帰還することはなかった。
 
 

 
 
「切り札」とは、ずいぶんもったいをつけたものだが、実をいうと大学天測であった。
その隠行結界の能力もて、ヨッドメロンの「簡易手術室」をこさえて零号機・綾波レイのサポートをするのが葛城ミサトから頼まれた仕事だった。
 
具体的に言うと、相手から見えなくなる「結界の場」をつくって、そこに後ろからヨッドメロンをどつくなり押すなりして、そこに放り込んで月怪どもに術式の邪魔をさせないようにするのである。いわばステルス滅菌テント。当然、零号機が術式に入ればヨッドメロンを動かぬように抵抗せぬように抑えつけてもらうわけだ。今の今まで戦場に潜行してじっとその時を待っていたわけだ。こちらもまあ、尋常な神経ではない。どこかおかしい。
が、こういうことを民間人に頼む葛城ミサトもおかしいのだから、おたがいさまであろう。
 
 
そして、さらにリチャード・ポンプマンに命じた仕事であるが、その「隠れ手術場」にヨッドメロンを放り込んだあと、オリビアとともに馬でその場に突入して、背後からヨッドメロンの装甲を切り裂いて潜り込みつつ、面倒厄介な「ミスターX」を救出してちょうだい、という殺しのライセンスをもってる人でもかんべんしてちょーよ、と逃げ腰間違いなしのスタントなしの一発本番勝負。それを、やれという。
そりゃ、SUPERロボにやろうとしたのと同じだが、人を内部から救い出して逃げるというのは難易度が違いすぎる。ざっと百倍くらい違うのではないか。いや、千倍くらい・・
だが、それを電気騎士団の団長は引き受けた。危険というのも愚かなこの役目。
ミスターXが加持リョウジであることを知りもせぬのに、葛城ミサトは考案した。
 
その義務があるからだ。
 
巻き添えをつくるような状況でレイの行うシアン六法、じゃない、「なんとかの十法」がうまくいくわけがない。・・・・・こっちが黙っていればさらに重荷をしょいこんででも、単独自力でその厄介面倒なミスターXまで助けようとするに決まっている・・・。
 
たとえ寿命を縮めようが魂を削ろうが禁忌を犯そうが。レイの力は底が深い・・・・
そういう子だ。レイは。綾波レイの心など読めるはずもないのに断言する。
 
そうなるなら、いっそこちらでお膳立てを整える・・・しかない。
 
ヨッドメロンの解放術式を成功させるために、それは必須の段階。苦渋の選択。
目を限界まで見開いて、光を求めようとしているのに、閉じて見なかったことにせよ、と誰がいえる。
未来は、暗闇の中で待っている、たぁ云え・・・・ここから星も見えないけれど。
 
精神的にはもう最終ラウンド・グロッキー状態の葛城ミサトである。最後にグがとれてロッキーになれればいうことはないのだが・・・・・アポロ、月を征服できるか。
 
 
「右手に陣取るは外国製の大砲、左手に陣取るは外国製の大砲
前方の敵陣からこちらを向くのも外国製の大砲、ここはクリミア
いっせいに火ぶた切り、天地轟く!!」
 
絶望を砕く烈火の気合いを込めながら、詩うがごとき葛城ミサトのゴーサイン。
詩を大砲のごとくに放てる軍人は二百年も前に絶滅したはずだったのだが。
 
エヴァ零号機を守護しつつ、真・JA、エリック、コワレプレがヨッドメロンにいよいよ突進。リチャード・ポンプマンとオリビアは回り込み、大学天測のつくりだす隠行結界の内部へ。天からはエヴァ壱万号機の援護射撃。電気騎士団団長の手際が全てを決する。
なんでこんな巨大ロボットがウヨウヨしとる現場でたかが一人の人間がこんな重要な仕事を任されるのか、よく考えてみればほとんどの人間が不思議に思った。
その時。
 
 
ばぐ
 
 
ヨッドメロンの背中のハッチがいきなり開いた。「なにいっっ!?」皆が叫ぶ。
 
もしかしたら、その面倒厄介なミスターXが自力で脱出しようとしているのか。
 
それとも、完全に通信が効かないヨッドメロンからの「白旗」、意思表示とか。
 
 
「なんにせよ超チャンス!!団長!!オリビア!!いけいけいけいけいけいけいけ!!
入れ入れ入れ入れ入れ入れ入れ入れーーーーっっっ!!いくいくいくいくいくいく!!
あるあるあるあるあるあるーーーーーーっっ!!自慢のマシンは傷だらけ頼むぜかわいいコータローーーーーーーーーーーーーーーっっっっっっっっっ!!!!!」
 
 
どちらかでも、ヨッドメロン内部に入ればかなり状況は好転する。する!に違いなく!。
したい!!というか断固としてするべし!・・・・この葛城ミサトの魂からの叫びをあさましいと笑える人間はこの場にいない。
たとえ後から聞けば本人昇天、悶絶ものだとしても。
 
 
だが、葛城ミサトは今、この場で昇天しかける。ヨッドメロンの内部から、なんとロボットアームのついたジープが飛び出してきて、そこに知った、知りすぎた顔・・・・加持リョウジがいるという事実。「か、・・・・・・か・・・・・・・か・・・・・」
たいていのことには驚きはしないが、さすがにこれは・・・・
 
 
確保、というべきか、加持、というべきか。脳内言語中枢で正面衝突事故を起こす。
完全に走り出した零号機の一軍は止まろうにも止まらない。団長もオリビアも同じく。
だけれど、急がないと加持君が潰されてしまう。
どちらの単語も一番先に出したくて。だが、人間の口はそのようにできていない。
人間の想いだけがそういう横着便利なことを実現する。
 
「行くよんっ!!」
朱夕酔提督である。どちらにせよ、保護にはATフィールドが不可欠になる。
己の絶対領域を放棄して、陸にあがって駆け出す白参号機。壱万号機の援護をもらいながら、なんとか加持リョウジープの保護に成功。不思議に月怪たちの動きが鈍い。
それを押し退けはね除け、零号機たちがヨッドメロンに肉迫する!!。
 
 
 
「よっしゃ!!レイ、これはもう問題なし、心おきなくやっちゃって!!!」
 
「待て!!葛城!!待ってくれ!!」
 
「退化琴弾(たいかのことひき)・・・・・冥夜影道(めいやのしゃどう)」
 
 
叫びが二つに、呟きひとつ。それをとりまく声にもならぬ数多くの視線の蚕糸。
 
 
ヨッドメロンからのジャムジャムの救出、それにともなう怪異の強制停止。
成功か、失敗か、まだ夜は明けぬ、夜の奥、暗闇から未来がごそごそ這いだして、彼らに結果を伝えることになるはずだが・・・・・
 
 
しゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃか・・・
しゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃか・・・
 
 
ノートにペンで記録する音にそれらは人の夜からかき消された。
 
 
しゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃか・・・
しゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃか・・・
 
 
音がするたびに、現場から、月怪が、ロボットが、そして、人が、消えていく。
 
 
「いいかげんにしろよ、もういいだろー」
「まだ、もう少し。あともう少しだけ!いいでしょ!!」
 
 
エヴァが消えて、光円が消え、ヨッドメロンが消えた。残るは夜の闇。そして、月。
 
 
「べつにいいじゃねえかよ、記録なんてよー。なんか意味あるのか」
「・・・意味はないわよ、ただパラドクスの傷がつかないようにしてるだけ。どこかに保存しておかないと魂のバランスが崩れるから・・・それで因果が保たれる。ユファネル先生の教え通りにしてるだけ・・・・・これは”なかったこと”になるけれど、あったことだから」
 
 
月影に浮かぶ、二体の終時計式エヴァンゲリオン・・・・・・・
四本の腕に、四本の小義手をもつ、顔が時計盤になっている「バエルノート」
その腕をひっきりなしに動かして輝くペンで、羽衣のようにゆっくりと輪回する使徒記録体(ノート)になにやら書き記している。装甲の基礎カラーは金色で、どこか委員長眼鏡をかけた千手観音を思わせる。
 
 
もう一体が、同じく顔が時計盤になっている「サタナウェイク」。喉や側頭部から捻れた角がいくつも生えている。右手だけが異常に大きい。右手は、顔の時計盤の針にかかっている。それをゆっくりと逆回しに動かしている・・・・・・・・・・
装甲には黒地に血の色で生贄の絵がかかれていた。二体とも汎用性は皆無で、特定機能に特化されている。未だ機動実験中とはいえ。これが手始めの・・・・
 
「もう時間切れだ!いくからな」
「ああっ!!」
サタナウェイクの右手が一気に時計の針を逆回転させる。
 
 
チャイルド・リセット・プレイ
 
 
上野公園の桜の大木の前で演奏されている調律調整官ユファネルの指揮演奏にあわせてここいら一帯の領域時を逆回し。現場にいた特務機関ネルフの小者がなにをしたかったのかはよく分からないが、ヨッドメロンを無傷で、なおかつ労働意欲を失わせないように手に入れるにはこれしかあるまい・・・。アバドン内部の粛正はすでに終了している。
 
 
事態はこれにて終息した。さわがしくこざかしい人の夜などひと吹きにされて。
暗のなかから明けるまえに、時計は合わされて。七眼正史の通りに進みだす。
そして、朝。何者にも反論を許されないほどに正しいその光。旭は夜に潜む悪しきものを撲滅する。もう迷い苦しみ足掻く必要はない。静かになにも気づかず眠っていればよかった。そのまま邪に荒ぶる魂を静めておくがいい。目を閉じ、口は安らかな吐息だけを。
神の力に祝福された目覚ましを鳴り響かせる。
 
 
後発にもかかわらず、他をゴボウ抜きに抜き去って「誰しも納得する他はない唯一の正解」を手に入れた調調官。影を千切るように意志が根こそぎに刈られていくことになんの抵抗も発生させない。・・・星をころころ手に転がす、これが人外地球儀第一線級の舞台。
そこで踊ることのできる人間は神の代理人を名乗ったとてほとんど問題がない。
 
 
だが、そこまでやっても全知全能というわけではない。いつくか、見落としもしていた。
 
現に。
 
夜闇の中に暖かく脈動した紅と白銀の双星には気づくことなく。
その輝きと動きを掴むことはできなかった。
なんにせよ、それらも暁の中に消えてゆくわけだが・・・・・