「なんでワイがこんなことしとんのや・・・」
ジャミラのような妙なジャージの着方をした鈴原トウジが路面電車の運転席でツーハンドルを握りながらちょっと自分の行動についてこれからの展開について考えてしまうととなりのデブ黒猫から注意される。
路面電車に乗り込んだこのデブ猫は、いまや二足歩行して車掌の服など着てすっかり擬人化しており、なおかつそのサイズも相撲取り並。切符がなくとも話が通じるようになり、腹がでかい。
 
 
「考えながらの運転は事故のもとなのよ〜。いくら臨時駅ゆき特急で途中停車がないからって、他の車の侵入、とくに他県ナンバーには注意するのよ〜」
その巨大な腹が災いして運転席に入れずに、鈴原トウジに運転を代わらせたわりには偉そうであった。
 
「”これ”でそないな心配がいるかい!電車のミイラやないか!周囲一帯ヒキまくりや!」一理あるなとは思いつつ怒鳴りかえす。
 
この外見といい言動といい、どうみてもなまけものにしか見えないこいつに指図されるのは鈴原トウジならでもカチンとくる。運転やらされているとなればなおさらだ。まあ、ふとんでつくったサンドバックを叩くようなもんでまるで相手はこたえてないのだが。
 
 
黒デブ猫の後を追い、追い、近くの空き地に放置というか廃棄されていた路面電車の中に入り込むのをさらに追って二人が乗り込むと、運転席に乗った黒デブ猫が「出発なのよ〜!!」と鳴くと、お約束のように扉が閉まり、路面電車はふわりと、浮遊感を発生させると走り出した。
 
 
普通、というか、ファンタジー小説だとこういう時、びかか、とか、ぴかりこ〜、とか不思議な光を発してボロい路面電車は新品のように蘇ったりするのだが、鈴原トウジにツッこまれるのがイヤだったのか、洞木ヒカリに苦笑とともに首をかしげられるのがこわかったのか、ボロい路面電車はボロいままに走り出していた。電車のミイラとはよくいうたもので、錆の包帯でぐるぐる巻きにされたままの姿を世間様にさらしてるわけだ。
それでも内部は、意外に、多少埃っぽいものの、そう中にいて空気を吸って苦しいというほどの澱みがない。何者かが手を加えているのだろう、後部には棚などがしつらえてあり、キャンピングカー並とはいわないが、保存食や水や煙草などが配置されている。しかも双眼鏡まで。子供の秘密基地・・・にしてはなんか生活感というか苦労の残滓が忍ばれる。
 
「ご主人の隠れ家だったのよ〜。亡くなった奥さんがすごい焼き餅焼きで、怒ると包丁もって追っかけてきていのちにかかわるのでここでほとぼりがさめるまで隠れていたのよ〜ってパパりんから聞いたのよ〜」
つれあいを亡くしたあとも、たまにここにきては掃除などをしていたようだが、それはもう別の話で鈴原トウジや黒デブ猫の関知するところではなかった。この黒デブ猫の知り合いのものだと聞いて主観的罪悪感が薄れるくらいのこと。まるで無関係の人間のものを持ち出すよりは多少は気持ち的にましであった。埃っぽいのはこのごろご主人の体がすぐれないためであることなども。それは、別の時の輪の接する話。
 
 
「わわわわっ・・・・・ああああっ・・・・わわわわっ・・・・・わー、うわーっ」
驚きとためらいとほんの少しの罪悪感と、それらを遙かにうわまわる爽快感の興奮の声をあげているのは洞木ヒカリ。吊り皮につかまり車内をあちらこちら動き回りながら車外の風景をみている。いくら他の客が乗っていないとはいえ、とても委員長らしくない幼稚園じみたアクションであるが、確かにこういう自分が怪人になって一般人を追いかけ回すような光景を自分の位置からみるともうたまらんものがあるのだろう。怪奇電車ミイラに恐れをなして道行く車は次々と道を譲ってくれる・・・・たとえば黒のベンベンやへラーリでさえも。公園で子供においかけられるハトの群れのごとく。鈴原トウジがこれに困って自分の顔を隠すようにジャージをジャミラ着しているのはそのせいだ。洞木ヒカリは「となりのトトロ」の猫バスでも思い出して童心にかえっているのかもしれないが、こりゃあ確実に道交法違反であろう。まあ、何点くらおうがどうせ無免許だ。というか、横で指図するこの黒デブ猫の免許が取り消しになる程度のことだろうが。
ちなみに、路面電車の免許は「乙種動力車操縦者運転免許」といい、通常の電車「甲種」のものとは違う。線路ではなく道路を走るゆえの道交法がらみである。
 
 
その操作も電車のレバー操作、いわゆる一方向の「マスコン」ではなく、ツーハンドル、左手がアクセル、右がブレーキで、足はペダルで警笛を鳴らすようになっている。
アクセルはごつい金属製で「ノッチ」と呼ばれ時計回しにして加速する。ブレーキは木製で逆時計回しにすると制動する。ついでに言うともう一系統電気ブレーキがあり、これは車で言うエンジンブレーキのようなもんでモーターの抵抗の発電ブレーキ。ノッチを半時計回しにすると作動する。
もちろん、ATC(自動列車制御装置)ATS(自動列車停止装置)などついていない。
当たり前である。なんせこうやって走る、走っているのがだいたいおかしいのだ。
 
 
「運転できないから代わってほしいのよ〜」と泣き鳴きつかれて(うそっぽいが)毒をくらわば皿までもはややけくその心境で上記の簡単な動作説明を受けただけの鈴原トウジが引き継いで空き地から出ようとしたところであやうく事故りかけた。それをなんとか天性の運動神経と十代の鋭い反射神経でかわして、こうやって運転を続けているものの・・・
 
 
「ちょいとやばいんとちゃうか・・・・・これは・・・・・」
普通、この手のミステリー電車は子供、霊能力者もしくは心の清らかな人間にしか見えないもんだが、あまり見えて欲しくもないこの外見の突如蘇った電車ミイラは思い切り普通の第三新東京市民一般ピープルのみなさんにも見えていた。眼球に映っていた。指さされて捉えられていた。 100メートルほどいったところではっと気づいて「どうやって動いとるんや、この電車は!」大声をあげてみるが、パンタグラフもない、電車といいつつ電気でもなかろうし、内部にディーゼルを積んでいるようでもない。多少の軋みはあるものの内部はやたらに静かなのだ。
 
 
「電車は電気で動くのよ〜」と黒デブ猫はへいぜんと。いきなりなこの無茶をやるこの猫に多少良いところがあるとすれば、それは「そんなことも知らないのかニャ、この愚かな人間は」てな顔をしないところである。肉が膨れた造作的にそんな知性的なポーズがとれないだけかもしれないが、「紅マグロ寿司たべたいのよ〜」というのと同じ顔でこんなことを言われるとそれ以上追求する気も失せる。
 
「くっ・・・・・い、委員長、あまり外に顔を見せなや!!あとで親御さんが泣くで」
「え?なんで?」
いくらなんでもそろそろ警察が動き出してくるだろう・・・・正面で運転しとる自分は言い訳のしようがないが、せめて委員長だけは・・・・・露呈すれば停学ではすまんぞこれは・・・途中で停止して下ろそうにも「到着するまで扉は開かないのよ〜、”リニャ”であぶないのよ〜」などと黒デブ猫がぬかす上に、ここまで目だった上で解放してもそれは放置とえらくかわるまい。だんだんと夏日も暮れてくるが・・・・・ワイたちに明日はない気分や・・・・・運転士の気分は確かにおもろいが、暮れなずむ街にある現実が浮かれさせてはくれない。これは鈴原トウジが冷静さを失っていない証拠であるが、だからといってその腕力で事態が好転できるわけではない。踏み込んではいけない領域にまでこの黒ジャージの少年は踏み込んでしまったのだから。完全に他の誰にも連絡できない状況。
 
自分だけでどうにかして・・・・・洞木ヒカリを守りつつ・・・・いかねばならない。
 
隣の黒デブ猫はどうも頼りになりそうもない・・・・というか、あてにしとったらえらい目みさせられるだろう・・・・幻想世界のナビゲイターはもっと気働きができると相場が決まっているのだが。とりあえず、行くところまでいくしかない。これはまだその途中。
 
 
ミイラ電車が走るコースは黒デブ猫が指示するのだが、あちらこちらをうねうねと、どうも行く先不明なのだがその割に迷いがなく「これでいいのよ〜はやく紅マグロ寿司たべたいのよ〜」とあの猫種族の平均知性度を一匹で大幅に下げているような口調でいわれると反論する気が失せる。もともとは「銀河鉄道」に乗るとかいう話だったはずだが、なんで路面電車を運転しているのだろうか?しかも切符をもつ自分たちは客だったはずだが。
 
 
ぱし、ぱしっ。車体の外を蒼白い光が糸くずのように舞う。「充電できてきたし、そろそろ電気をつけるのよ〜」そういうと太い猫指でスイッチを押すと車内に照明がついた。
 
 
「そこの不審な・・・・・で、電、電車!錆びだらけの・・・あー、ナンバーは・・・・・止まりなさい!周囲の車の走行に重大な支障を生じさせている!至急、停止しなさい」
とうとうパトカーまできてしまった。多少、遅かったのはおそらくこの異様な事態をしっかりと「それは幻だろーおまえ大丈夫か」という一言で片づけられて同僚に笑われ上司に叱られないように皆で確認して何台かで徒党を組んでやってきたせいだろう。なんらかのテロに間違えられて装備を整えていたのかも知れない。確かに異様、ワイも認めるが止まるわけにもいかん・・・・そのままノッチを時計回転させる鈴原トウジ。止まることを知らないミイラ電車は停留所も何も関係なく市街を疾走していく。これが爽快ではない、といったら嘘になるが、さすがに夕暮れの穏やかさをぶち壊している怪奇大作戦の自覚くらいはある。
 
「まさか催眠ガスとか撃ち込まれんともかぎらんしな・・・・・おい、黒デブ猫!」
隣で、太い猫指でポッケから眼鏡をつまんでちょこんとかけて、なにやら革表紙の古そうな本を読んでいる黒デブ猫をどなりつける鈴原トウジ。
 
「あとはこのコースをグルグルまわるだけなのよ〜。それで”雷脈”は辿り終えるのよ〜。今、何番ホームに乗るのか確認しているのよ〜。ここを間違えると紅マグロ寿司が食べられなくなるのよ〜」
好き放題なことを言い、緊急時にも我関せずのマイペースだ。もしや・・・・鈴原トウジと洞木ヒカリに両者同時にぴん、と閃くものがあった。もしや・・・・・この怪バケ猫は・・・・・
 
 
碇シンジが「バチがあたって」変身させられた姿ではあるまいか・・・・・
少し、おそろしくなって聞いてみた。
 
 
「そ、そういえば、あなたのお名前をまだ聞いてなかったっけ。なんていうの?」
洞木ヒカリの問いに、黒デブ猫は、うれしそうに細い目をさらに細めて答えていわく。
 
「マサムネなのよ〜。拿園マサムネ、なのよ〜。そういえば、お客さんの名前もまだ聞いていなかったのよ〜」
 
 
碇シンジなのよ〜、とか言い出さなくてすこしほっとする二人。
 
 
「ほ、ほうか。ワイは鈴原トウジ、こっちの委員長は・・・」
「洞木ヒカリ。で、その”こっちの委員長”ってのはなに?」
「ま、言葉の綾や。すまんすまん。でな、マサムネ、改めて聞くが”銀河鉄道”ってのはこれのことや”ない”んやな?」
 
「これはただの路面電車なのよ〜。臨時駅が高いところにあるからそこにいくための”つなぎ”なのよ〜。銀鉄には臨時駅に到着してから乗り換えるのよ〜」
 
 
ぱしぱしぱしっ。車外に舞う蒼白い光糸がだんだんと寄り集まったように塊まり、球状になっていく。それにともない流れる風景も跳ね飛ぶようになってくる。バックミラーで見えるこちらの勇姿に恐れをなしたのか他は車線を譲って前方が開けているからいいものの、
 
「おうっと!これは・・」あわててノッチを緩めにブレーキをかける鈴原トウジ。
「充電レベルがあがってきたから、スピードには気をつけたほうがいいのよ〜。制動距離もグンと伸びるのよ〜」
 
パトカー連もアッという間に引き離した。・・・これで本気にさせたかもしれん。
 
「そういうことははよ言わんかい!!」
「なかなか上手なのよ〜。無免許ではじめてとは思えないのよ〜」マサムネはそう言って笑う。おだてているというより本気でそれだけのことしか思っていないらしい。目的のためにはほかのことには一切気をまわさないタイプかもしれぬ。
 
 
「なんかこれって・・・・・人魂ににてる・・・・」洞木ヒカリが外をみながら車体の周りを浮かぶそれらをみて呟く。銀河鉄道は死んだ人が乗る列車・・・・それを思い出す。
 
そこへ至る経路のどこで碇シンジと合流できるのか・・・・・そこはすでに境界線を越えた地点ではなかったか。命の零里標識。そこを離れてどこまでいけるのか、いくことを許されているのか・・・・運転に気を取られている分、紛れているが、そのようなことをちらっとでも考えたら男の鈴原トウジはおそらく、足が竦んで動けなくなるだろう。
女はより強い魂の緒をもつから、多少は耐性がある。
自分たちの道行きがかなり”やばい”ものになるだろうことが、洞木ヒカリには直感的に分かった。ここで帰り道を失えば、神隠しにあうのだろうな、と。
 
「おかあさん・・・・!」
高速で飛ぶ風景の中にふと、ひどく懐かしく愛おしいものをみたような気がした。
 
 
 
”リニャ”、”雷脈”・・・・・興味がそそられんから鈴原トウジも洞木ヒカリも流していたが、それこそがこの錆びたミイラ路面電車が走るカラクリに他ならぬのだが。
 
もし、ここに相田ケンスケか霧島マナがいればうるせーくらいにつっこみまくったであろうが。さて、別行動をとった彼らがいまごろ何していたのかというと、「碇君はここで”らっこの上着”を購入する可能性がありますね」と、第三新東京市唯一の冬物専門店”ピーカヴァヤ・ダーマ”のウインドーの前にいた。綾波レイが北欧旅行の前に闇雪姫の衣装を買ってもらった店である。ここに来るまでもいろいろと「三角標」に見立てることができるような看板を探してみたり、ブルカロニという名の博士を捜してみたりといろいろやってみたのだ。それにしても、山岸マユミの元気なこと。さんざん歩いてほとんど休憩もいれないのだが、サバゲーで鍛えている相田ケンスケやもともと運動得意の霧島マナが驚くような体力を見せている。やはり好きこそものの・・・というやつだろうか。
 
「ザネリといういじわるな子供がジョバンニをいじめるセリフとして出てくるのですが、それは父親との関連性の象徴であり・・うんたらくんたら」
山岸マユミのらっこの上着についての推理というか蘊蓄を聞きながらの半分休憩みたいなもので、相田ケンスケも霧島マナも「はあ、そうすか」と山岸マユミには悪いのだが半分以上流しながら聞く。「実は、このザネリという子供が死にかけてそれを助けるために、カムパネルラが代わりに・・・というわけで因縁で・・・・・」本を読まないわけではないが、正真正銘純粋培養の文系娘の前では軍事オタクも教授の娘もかたなしである。
配役からすると、彼らの中の誰かがそのザネリを演じることになるわけだが、山岸マユミの推理がそこまで行く前に・・・・・
 
 
「あっ・・・・・」
 
目の前の道路を、異形の路面電車がスピード違反のスピードでぶっ飛んでいった。
ほとんど音らしい音もなく、車体に蒼白い球体を何個もまとわりつかせたその姿はなんらかの怪奇現象をおもわせるが、時刻はまだ夜というには気が早い。
 
「なんだありゃ・・・・・新型車両のテストなんかにしちゃ・・・・時間は早すぎるし第一ボロすぎるし・・・にしても音が静かだったなー」
路面電車は未来の乗り物、とはいえ、あれはあまりに規格外。
 
「運転席になんか黒いジャミラみたいなのが乗ってたけど・・・・・大きな猫の着ぐるみとかも見えたけど・・・・なんだろ?」
霧島マナの動体視力をもってしても黒ジャミラの正体を見抜くには至らなかった。なんせ突然のことであったし、予備知識無しで見抜けたなら霧島マナは世界が獲れるだろう。
 
 
「洞木さんが乗ってた・・・・・だから、運転席の黒い人は、たぶん鈴原君・・・・!」
眼鏡の割に言い切りの山岸マユミ。目が底光している。相田ケンスケと霧島マナはおいおい・・・と思ったが、ビンゴであった。アレに乗っているのは、あまつさえやんどころのない事情により操縦さえしているのは彼らの友人であった。ちなみにつけ加えさせて頂くが「銀河鉄道の夜」には「ジャミラ!」とかいってジョバンニが上着で頭頂を包むようなシーンは存在しない。断じて。これはひたすら、彼女、山岸マユミの天啓である。そして
 
 
「追いかけましょう!!」
なんと、駆け出す。昨今、熱血サラリーマンでさえやらないような。暴走であるこりゃ。
 
 
「ま、マユミちゃんってば!」驚いてそれに続く相田ケンスケ。自分の彼女(にしたいなあ、するならこの子しかいない、するしたいするしかない絶対する!、・・そのうち)の意外な一面をみてしまった。何が彼女をそこまで動かすのだろうか・・・・まさかシンジのことを・・・・・・・・・・・・・・・・・って、そりゃないな、わはは、なんて安心してる場合じゃない!!けっこう足速いし!疲れみせないし!。アラレちゃんだよ!。
 
わずかに遅れて続く霧島が走りながら携帯を使っているのは、内部にいるのがほんとにトウジたちかどうか確認しているのだろう。おーい!!待ってくれーーーー!!
 
 

 
 
「あ!寅さんですかわたしです伊吹です社長です!で、さっそくなんですがクライミングクレーン四次元シュミレーション運行管理システム・・・ああ、いえ商売じゃないんです仕事です・・ってやっぱり商売になるんですかねえこういう場合、ああ、それはいいんですけど、こないだ造ったあれを、いまからいう形式でブツ切りにして初号機経由でこっちに送ってほしいんですよ。あ、まとめてじゃダメなんです。分割してるヒマないからそちらで分けてほしいんですよ・・・・いいですか」
 
 
ネルフ本部発令所では葛城ミサトの号令のもと、忙しく各部署が動き回っていた。
使徒の来襲と同レベルの態勢がとられたことで活動レベルも緊迫度も待機時とは桁違いのものになっているが、その中でも伊吹マヤの仕事ぶりは際だっていた。周囲のオペレータ達も畏怖の目で見ている。伊吹マヤがどこぞへ電話をかけるごとに各端末に今日のこの日この事件を予見していたんじゃなかろうか、というほどの便利ツール、便利データがごじゃまんと送られてくるのだ。嫉妬羨望というよりはここまでくると畏怖するしかない。だいたい赤木リツコ博士のオーダー出しがそれだけムチャクチャなのだが、それを律儀になおかつ適格にこなしていくのだから自然とこうなる。
 
 
エヴァ零号機が鉾を切って、その余波を参号機が抑える、というのが作戦の骨子である。
出来れば大人しくもとのあった場所へ収められればいいのだが、そうもいきそうにない。
プロテクトされてるか通信機器が死なされているのか鉾内部の情報がほとんど分からないが、もともと単独自動で屹立するような代物ではない。使徒のドタマを一撃で粉砕できるほどにあれは重たいのだ。鉾といいつつ通常のエヴァが持ち上げようとすれば腰をやられるのは間違いないし、なんとか自在に振れる初号機にしてもあれは腕力もあるがそのための磁力システムがあるためだ。正規の使用の場合は、埋設した道路を解放して、エヴァ初号機が右腕と接続してシステムを作動させてもちあげる、と碇シンジに渡された「エヴァのすすめ・応用編」には書いてある。「鬼の居ぬ間の金棒よ」などと葛城ミサトと惣流アスカがバリケード用に無断使用したようなのは論外。ロケットみたいに鉾が飛んでいけば確かにかっこういいが、そのためにカタパルトをつくるような無駄金はネルフにはない。
 
 
鉾が自分で屹立しているのは元来は初号機に接続して作動するはずのシステムを独自に、外部からのコマンド指示かもしくはあらかじめ今日この日がスケジュールで設定されていたか、作動させたためだろう、とマギは言う。さすがに手堅い。言うことが鉄板です。が、事態好転のためにつながるようなコトでもない。つまり、作動中のシステムを、外部から、物理的に、強制停止させねばならない、ということで、だいたい動いているものを急に止めるとそれなりの衝撃があるわけで。あれだけの代物を持ち上げたシステムである、それを急に止めた反動も相当なものであろうなあ、と予想できるわけである。・・・・・正確にそれをネルフ発令所の面々は知りたいわけだが・・・・・単純に大木が倒れて地が揺れる、というレベルではすまないのは分かり切っている。だが、このまま放っておくわけにもいかない。発電元のエヴァ初号機と断線させたとはいえ、鉾内部には絶大量の電力が貯まっている。金の成る木のすぐ隣においておいた貯金箱のようなものだ。鉾内部の様子がモニタできない、ということはまさかとおもうが勝手に発電兵器としての側面がぐるりと顔を向けて大口開けて笑い始める、ということがないとはいえない・・・・どこかの地方都市、もしくは国外に向けて攻撃を仕掛けてしまったら・・・・・碇シンジが絡んでいるとして、その当人にその気がないとしても、このような無理をしてどこかシステムが”異常作動”してしまった場合は・・・葛城ミサト一人が腹切っただけですむ問題ではない。ソドム、ゴモラ以上の悪徳の都、全世界に宣戦布告した悪の秘密基地都市として歴史に名を残すことになるだろう。まさかこの情報化社会で「あれは古代アトラス人の陰謀です!神の打擲なのです!」とかなんとか誤魔化せるわけもない。
 
棒倒しのようにして紐でもかけてエヴァ二体がかりで引き倒してもいいのだろうが、屹立の原因が解明されて作動停止命令を効かせぬ限り、何度でも起きあがってくるだろう。
 
 
なおかつ、フォワードを任された綾波レイは任務に精神集中しもはや剣神の域にある。
切れといわれたからには必ずや切り倒すであろうし、本人もなんせその気である。
引き倒せ、と命令されても折をみてへし折ろうとしただろう。とにかくその赤い瞳には鉾とはまさに悪魔の鎚鉾、コードネームそのまんまの存在であった。
 
それを成すことで第三新東京市の武装要塞都市度(比較になるものがないが)が大幅に低下しようがかまわない。どうせ使い手が去ってしまえばそんなものは潜水艦の模型につけるマブチの水中モーターほどにも意味はないものだ・・・・。
 
 
黒羅羅明暗にはそれが分かっている。この鉾が失われることで、喜ぶ存在がどれだけいるか。これは都市の碇。その重みによりて容易の遷都を許さない。ここの住人にはおそらくピンとこないだろうが、彼らの都市が世界に対してどれほどのプレッシャーを与えているか。使徒の来襲から人類を守る侵攻を防ぐ盾でありながら、その裏には都市をまるごと貫くに足る巨大な天の鉾を隠し持つ・・・・・矛盾の都市。委員会もゼーレも内心、恐れを抱いている。この都市に。足で踏みつけ抑えられなくなっているのを敏感に感じ取っているはず。世界を順当に正当に管理している彼らだからこそ感じる違和感・・・・・
あえていうならば、不思議の数をどんどん増殖させていく「お化け屋敷」。
 
都市が、化ける。
 
彼らが望んだ機能を満たすだけではなく、報告のデータの皮を被って何かそれ以上の異形のものへ。自らも一つの都市を統べる存在であるからこそ、明暗は理解できる。
その気になりさえすれば、その他あらゆるまもるべきものを捨てる覚悟をして、エヴァ初号機の振るう鉾は、世界の地下室、ゼーレの司令塔を正確に一瞬にブチ抜くことができる。渚カヲルはそのための羅針盤を内蔵させている・・・・そのくらい見抜けなければ支配階級は務まらない。が、だからといって、おいそれと手が出せる代物ではない。
あれは碇シンジの「私物」であり、政治の高みから「寄越せ」といえるものではない。
表立ってやれば略奪であり、碇ゲンドウも黙ってはおるまい。逆ねじをくらわされる。
「子供の玩具を奪うのですか」と。おまけに輸送の手段もない。
 
鉾を切り倒せ、と葛城ミサトは叫んだが、これを聞けばそうした者達も快哉をあげただろう。厄介ものを自分らの手で始末してくれるというのだから。いろいろと好き放題やる小生意気で小癪なネルフの作戦部長を見せしめや牽制のために事故死やクビにしなくてよかったなあ、とつくづく思っただろう。愚かな鈴は、壊れた鈴よりよく鳴るのだ。
下策であろう、とは思う。切られた鉾の破片は、わっとばかりに派遣されるアバドンかどこかの学者どもに持ち去られるハメになるだろう。そして、そのおこぼれを頂戴しようと各組織がまた暗躍する。悪魔の遺産の形見分け・・・・・醜悪極まる喜劇。
不出来なコピーがこの業界に出回ることになるか。
鬼ヶ島から金銀財宝を回収してくる桃源郷・・・じゃねえ、桃太郎の気分なんだろうな。
そういった舞台で踊るのが本来の仕事である教主様であるところの明暗は苦笑。
総司令碇ゲンドウ、副司令冬月コウゾウの不在が完全に仇になった。
葛城ミサトと赤木リツコは天ばかり見上げて足をすくわれて後で泣くハメになるだろう。
 
 
で、「どうするか」・・・・である。
 
 
だが、ここでそれを進言することは出来ない。自分の立場がある。マイスター・カウフマンの立場がある。二枚看板を背負う身はこれで辛いのだ。
あくまでそれは「命令」されねばならない事柄である。
 
 
「お主、隠匿してくれんかの」
 
 
参号機に乗り込む直前に、野散須カンタローから「命令」がきた。
隠匿。切り倒して混乱する現場のただ中で、鉾の破片はいずこともしれぬ場所へ消えてしまう。そんな芸当をやれるのは参号機の自分だけであり、それを無断でやれば猫ばばとなる。「簡単にいいやがるな・・・・・タネなしで大魔術をやれっていうのかよ」
綾波レイのほとんど零に近く、気力でなんとか保たせている体力残量からして、単独でそれをやらねばらない。後でなんの証拠も残らぬように。そのような器用な真似が
 
「隠すのはタネではないからの。”お客”がくる前にやるのは手品とはいわんのう・・・・どうかの」
 
「そうだな・・・・・」明暗はちょっと考えていわく。
 
「がんばりすぎの妹分を運んで、ちいと元気がすぎた弟分をぶん殴ってからな・・・。
まったくちっぽけな島国のくせに騒がしすぎるぜ、天京がなつかしい」
 
「すまんのう」
客分にこんな闇の陰仕事を任せねばならないというのは、野散須カンタローのような古い人間にとっては恥以外のなんでもない。ハゲ頭が下がる。
 
「いいさ。あの金棒はシンジのもんだろ。知らねえ連中に持っていかれたら、あいつ泣くだろ・・・・言ってもらって気が楽になったところだ!じゃ、行くぜ」
一陣の疾風、という言葉がこれほど似合う若者もおらん・・・・大陸性のおおらかさに引け目以上に圧倒される野散須カンタロー。葛城ミサトの若さに苦さを感じもすれば、黒羅羅明暗の若さに魅されたりもする。
 
「・・・・いずれにせよ、勢いかの」そのどちらもこの親父には十分いとおしいものだ。
冬月先生よ、早く戻られねば若いもんがとんでもないことになりますぞ。
だが、それ以上に感じたものは「武の道をゆく」ものの共通項。
この対話は「綾波レイが鉾を切り倒す」ことを前提としている。つまり、それが可能だと。
それを成すと。言うまでもなく。あの衰弱しきって、寝間着姿で背負われてきたあの少女が天に屹立するあの巨大な鉾を切断できる、と。誰が信じるのか。それはたったの三名。
黒羅羅明暗、野散須カンタロー、そして、綾波レイ本人。
葛城ミサトはああは言ったが、それを主眼においているわけではない。鉾破壊活動メインならば惣流アスカを呼ぶだろう。作戦家はそうでなくてはならない。
 
だが、一点、読み違えがある。
 
綾波のお嬢は、鉾を斬る。
 
それだけの剣気があの赤い瞳には宿っている。科学的に強度がどうだろうが、斬る。
本人の体力がどうであろうと。ただ一撃、ただ一閃。
人の技の深奥よ。エヴァあ零号機がそれを体現して、儂らにまざまざと見せつけるじゃろ。
もっていったのは「零鳳」「初凰」。
その名の由来4000本の赤羽刀を溶かし込み、伊賀守金道系譜の鍛冶師が鍛えた日の本最強の使徒斬り日本刀。英語辞書のような名の短刀や短剣なんぞとは格がどだい違う。
 
 
それを選ぶ、ということは、おそらく目の前にエヴァあ初号機が立ち塞がって邪魔しようとしたとしても、・・・・・そのまま振り下ろし斬ってしまうに違いない。
 
ギョロ目が見るモニタにリニアレールで射出される零号機の姿。
 
 
人造人間が、人造の剣神になる様がこの目で拝めるわけだがの・・・・
余人に理解せよ、とは言わぬ。その目で見てみねば信じられぬものがこの世にある。
 
 

 
 
陽縛殺・鷹羽構え
 
 
腕を交差させ、両脇から刀を靡かせた二天一流の構え。零鳳と初凰を装備した綾波レイの零号機がとった構えがこれである。刀の銘を考えると鳳凰構えといってもよいかもしれない。速さは静なるに発す。そこから微塵も動かない。夜景を反射して刀身が胡蝶のごとく輝く。あるいは、死んでいるのかもしれない。・・・・・これからやるのは、まさしく死にたくなるようなひどいことだ。だが、死人なればそのような生者の都合など考えない。良いも悪いもなく、ただ斬るのみ。
 
 
赤い瞳に映るはただ街夜を背景とした黄金の線。あれを断つ。
斬る。その一念のもと、すべてのことがおぼろになってゆく・・・・・
黄色く塗った竹なのか夕日に輝く藁束なのか、それとも碇シンジが大事にしている鉾なのか、その判断も曖昧になってゆく。零鳳初凰から流れ込んでくる魔性はこれまでにない密度と速さで見える世界をひたすらに純粋化、または単純化してゆく。刀が刀でなくなり、その銘どおりの永遠の生命をもつ鳥になってゆくのを感じる・・・・その鳥をもって蜘蛛の糸を切る・・・・・彼は望みを果たしにいくのだろう、救いを求めにいくのだろう。
それを妨害する権利など誰にあるというのか。自分にはあるというのか。
この都市のどこかにいて、今、この時の自分を見ている・・・・・・碇君
 
 
僕も使徒になりたい
 
 
連れて行ってよ、カヲル君。
 
 
彼が、本心から、心の底からそれを望んで、だから誰にも何も告げずに勝手にこんなことをしたというなら、誰が止められるのか。止める権利をもつのか。
 
 
自分は使徒に同化されていたくせに
 
 
そう彼に言われたら、自分の心臓は止まると思う。面と向かって、彼の前に立てるか。
たった一言の言葉の楔でコナゴナに砕かれる自分が、敵う相手ではない。
 
初凰、零鳳、自分たちはその名の通りの永久につがいの鳳凰ではない。
もともとは基礎材質の特殊玉鋼にまじないがわりに、と国立博物館に眠っていたアメリカ軍第八兵器補給廠に二次大戦敗戦時の武装解除で回収された通称「赤羽刀」を溶かし込んだ時につけられた洒落のようなものだ。いつぞやの巨大バイオリンなどと同じだ。
比翼の鳥連理の枝として身を引き裂かれるなら文句を言う資格もあるだろうが。
機械のように、工業マシンのように、心を封じて刀を振っても鉾に弾き返される。
赤木リツコ博士が頭で考えているように、まともにいけばあの巨大鉾を使徒斬りとはいえ刀で一閃できるはずがないのだ。人の限界を越える必要がある。
心を念で塗り固めても、同じこと。心を流せば、彼に触れ、心を流さねば鉾に届かない。
人の絆を断とうとするなら、自らの魂を裂かねばならない。罪だろうと、思う。
贖いようのない。
 
いかに正当な理由があろうとも。彼はエヴァ初号機の専属操縦者としてこの都市の住人を守らねばならないことなど、いくら挙げても彼の足を止められるとは思えない。
そのような理屈の盾はあっさりと、紙のように突き破られるにきまっている。
 
静まりかえりながら、うろたえていた。
この期に及んで、彼が何を考えているのか、分からない。なにか閃くものがあるかなと、幽かな期待がなかったわけではない。が、どうも根本的に波長が合わないと言うのか、縁がないというのか、相性が悪いのか、感じるものが何一つない。ユイおかあさんと碇司令ならば、こんなことはないのだろう。閃くのは刀剣のみ・・・・そういう関係なのだろう。
鉾を斬ることはできるが、それをやらかした当人に対して、何も言うことができないと。
不合理というか、乙女の心情ここにあり、というしかない。
他人が聞けばあきれるほかなし。
 
葛城ミサトはおおうそつきであるが、その正逆に綾波レイはうそがつけないのだ。
 
碇シンジの行動だと確信し、おおまかな目的も推理しながら、このような破壊活動に走るのは、はっきりいってまともな判断ではない。こんな大掛かりなことを実はせずとも、元凶である碇シンジをその能力持って探し出して叩き潰してやればいいのである。
そちらのほうに精根は傾けるべきで、おそらく十人が十人とも、うそをつきつき、その選択をしたはずである。中庸というか。現在の綾波レイの精神は極端域にある。シンクロ率もかなり高い。剣の神様が宿るに十分な精神状態。神様はプロゴルファーと違って風が強いからここはクラブを変えて飛距離も抑え気味で打つか、などということは考えない。
要するに、あまり状況は勘定にいれない、ということである。やる、といったらやる。
ゆえに恐ろしいのだが。それをやるのも、やりたいからやるのである。
 
理由はやりたいから。 斬らねばならないから、斬るのではなく、斬りたいから、斬る。
 
こういう境地に至った人間は底なしに強いのを、明暗も野散須カンタローもよく知っている。自由自在の境地。・・・・というと、なんか聞こえがいいが、いってみればそれは同情の余地がないということである。綾波レイとて人間であり、少女であるから、言い訳や題目や高尚な理由が欲しくない、といえばうそになる。だが、それだけでは足りない。
それを承知で精神の加圧をやめるようなたまではない。さらに上がりつめる・・・・。
何者にも侵されない魂の座。どれだけ他人が嘆き悲しむか百も承知でやりたいからやる、の状態にまで硬度を高めていく、孤独な人の錬業。あらゆる理由を焼き捨てて、無念無想。
同情のしようがなく、孤高の意味を思い知る。
 
 
もはや鳳凰の構えは力を完全に貯め込み、いつでも鉾を叩き斬れる状態となった。
 
 
綾波レイの赤い瞳がその狂地、いやさ境地に至ってしまったからだ。
いまさら葛城ミサトが止めようが、碇シンジが謝ってこようと、止まりはしない。
 
鉾は斬られることが決定づけられてしまった。もう変更は不可能であった。
 
赤い瞳に映るのは天に伸びる黄金の線。それを、断つ。運命がいかに頑丈だろうと男の子同士の友情がいかに強固だろうと、今の綾波レイの敵ではなかった。
 
 
 
零鳳初凰が、鉾めがけて飛翔する。
 
 
 

 
 
 
闇の中の蒼い輝きがある・・・・
 
 
鷹に「お前と名前が似てるからやだから”市蔵”にしろ。でなきゃころす」などと改名を迫られて自殺を考えるまでに追いつめられて、遠く遠くの空の向こうへと逃亡をはかりあちこちの星に庇護を求めてたらいまわしにされたあげくにみずから燃えて星になったよだか・・・ではなく、
 
 
コンフォート17マンション
 
 
闇の中に蒼い瞳が開かれた。惣流アスカが覚醒した。真打ち登場、と見栄を張るには遅すぎる目覚めであった。実際のところは、都市中央部に炸裂したあまりに強烈な戦の気に反応したラングレーが身の危険を感じて脳にエマージェンシーを発令し、アスカを目覚めさせたのだった。強制的な覚醒が記憶を混乱させて夢か現か幻か、などと呑気なことを考えさせる前に、身体が動いていた。葛城ミサトのことも、碇シンジのことも頭になく、反射である。一直線に、ベランダへ。久方ぶりに身体が震えるほどの戦の気は、市街から。
振動も何もない透徹なそれは時代一級品の兵器だけが放つ敵の戦意を喪わしめる「咆吼」
 
 
夏の夜気などかまわずに、寝間着のままに目をこらす。
双眼鏡などないが、十分にみてとれる異変。
「な、なによ・・・・・・・あれは・・・・・」
 
 
遠目にも分かる・・・・・なんで初号機がいないのに姿を現してるかは別として・・・・
「雷電鉾」・・・・・いうまでもなく第三新東京最終極悪碇シンジの放電兵器・・・・形容詞の順番はあってるから訂正の必要なし・・・・そこで向かい合うエヴァ零号機・・・
何か構えてるような格好だが、さすがによく分からない・・・・・し、それはどうでもいい。問題は・・・・・雷電鉾の上・・・・・浮遊している巨大な、はんぱなでかさではないキロメートル単位のでかさ・・・・円盤というか・・・・島というか・・・・それだ。
 
鉾から高圧の酸素でも噴き出しており、それで超特大サイズの皿回しに挑戦している・・・・とか。この遠景でも「でかい」と表現しなければならないというのがすでに。
 
言葉が続かない。使徒の重力爆弾だとしたら、・・・・・ちょっとどうにもならない。
あのサイズの物体があの高度から落下すれば、戦闘態勢に移行していようが市街中心部は壊滅だろう。当然、張り子の島、というか、あの巨大物体がやたらに軽い、それこそ自重で宙に浮かべるくらいのものであればいうことはないが。零号機の動きが楽観を放逐しその予想の甘さを証明してくれる。あれは逃げるに逃げられない位置・・・・・だから、あの奇妙な構えのままに静止しているのだ。なんにせよ、寝ている間にえらいことになっている。なんで自分に呼び出しがこないのか。ミサトは・・・・シンジは・・・・あの現場にいるのか・・・・・。
「くっ!」限界速度で身支度を整える惣流アスカ。左手の痛みなどこの際言っていられない。コトは一刻一秒を争う。どう見てもどう自己卑下してみても自分を抜きに解決などできそうもない。
 
「ミサト・・・一体どうしたっていうのよ・・・」もどかしく携帯の直通番号で葛城ミサトを呼び出す。とにかく状況の説明と迎えをよこしてもらわないとならない。秘密のシュート口を滑り降りるとすぐに基地にたどり着く秘密部隊の主人公がうらやましい・・・。
 
 
だが、携帯は繋がらない。通常、作戦行動中の指揮官に携帯がつながるはずもないが、惣流アスカのもつこれは特別で繋がるのである。そのはずだが・・・・うんともすんともいわない。充電を忘れていたわけでも、むろん圏外でもない。
惣流アスカの顔色が変わる。この沈黙の種類は、指揮官どころか、電線の一本たりとて惣流アスカの相手をしていられる余裕もない類のもの・・・・・・やばい、これは。
よく考えれば、この状況になってネルフが自分を呼ばないはずがないのだ。それが・・・
血の気がひく。まだ本調子でない身体は、目眩をおこしかけるが、こらえる。
 
 
「シンジ・・・シンジは・・・」
ここでまた、碇シンジの短縮登録番号を押してしまったのは、これまた反射で理由はない。
碇シンジもネルフ本部にいるのだ。いるはず。だから、葛城ミサトと同じくになる。
あまり惣流アスカは認めたくなかろうが、心細かったからだ。だが、この一大事の張本人であるところの碇シンジがこれまたノンキに携帯なんぞにでるはずもない。
惣流アスカは起き抜けに二重の精神的ショックを受ける羽目になるのだ・・・・・
 
 
「シンジ・・・」
 
一応、呼び出し音があった。だが、どうせ出るわけがない。銀鉄に乗るために張本人シンジ・ザ・外道は忙しいのだ。しかし、せめて留守電モードにしておいてあげればいいのだが・・・・それすらも
 
 
 
「はーっ・・・・はい・・・・碇、シンジです・・・・・・はーっ・・・・」
 
 
やたらに息が弾んだ碇シンジが出た。宮尾ススムのまねではない、留守番電話ではありえない、熱い息の荒れ方、確かに生のシンジ声。惣流アスカが聞き違えるはずもない。
こちらも一体どこでなにをやっているのであろうか・・・・・