ぐるぐる
 
ぐるぐる
 
 
ぐるぐるぐる・・・・・・
 
 
十手つきの縄がぐるぐると泥棒をしばりあげていく。どんな軟体人間でも抜けられないような特殊な縛り上げ方であり、そうそうおいそれと真似できるものではない。ついでにいうならそこらに転がり月の光をやばい感じに反射している刺し貫かれた兵器人形の群れをそのようにした手裏剣術もそうそう真似できる、日本中探してもやれる人間は両手もおるまい、ものではない。意識は当然ないが死んではいないような泥棒の顔面中央部をドガン、と「陥没」させるのは馬や猪でもやるかもしれないが。まあ、このビルの屋上22階で先ほど行われた捕り物を圧倒的強さをもって開始三十秒で制したのは古風な得物を使うのは
 
 
垣根を越えてタイムトリップした佐武と市捕物帖の佐武、ではなく・・・・・
 
 
十・・・七歳の女子高生(第三新東京市市立第一高校三年)
 
 
「はい、捕り物、じゃなかった、現行犯逮捕、完了」
鼓膜の下にインプラントされた通信機に一応、口に出して報告する白のパーカー姿
大和撫子のようにまとめて背に流してある、ところどころ銀色に光る長い、偽髪。
装いの見えないところに業界最先端の技術をもちいているのが第三江戸っ子の心意気、
これでセーラー服だったら何かに対抗してるみたいである、という意識はない。
目立たず動きやすく、ただその肉体の中に異形レベルの武術技を秘めている
 
 
特務機関ネルフ 諜報三課 課長代理
 
 
洞木コダマ
 
 
第三新東京市、この街でなければ「恐るべき子供」と称されるはずの十代。ただ、この街にはさらに三つほど年下でさらに恐ろしい子供たちがいるので主役を張れな・・いやさ、呼ばれない。ちなみに、洞木ヒカリの実の姉である。別段、この技は洞木家一子相伝に伝わる殺人拳とかではない。とある道場に通って身につけたものだが、やはり人を傷つけることしか考えていない、それのみを考える技法は表看板で一般人に広く伝わってはいけないなあ、ということで人間的にもどうかと思われる兄妹でやっているその道場は規模はしょぼかったが底は知れなかった。少女の身で幸か不幸か、洞木コダマにはその暗い暗い技の穴蔵の底の底まで降りていき、ひとまず還ってこれるほどの才能があった。そういった暗いものまで呑み込んでしまえる心の胃袋といい、生まれついての忍者なのかもなあ、と言われることがある。
 
それ、ほめてるの?というのは別として。名前もコダマ、木霊だし忍者っぽいのは認める。
そりゃ足も速いよ。諜報、いやネルフ全体の運動会でもあった日には徒競走の主役を張れる自信がある。リレーのアンカーなんかやらせてごらん?奇跡をこの足で呼び寄せ・・・
 
 
花の女子高生セブンティーンともなれば、それくらいの内声は許されてもよいのだが、洞木ヒカリは課長代理などという役職も頂戴するほどに分別がありハードボイルドなのだ。
 
 
打撃飛撃を自在にこなす強者であり、得意技は「そんなこと、あるはずがないのに」
 
決めぜりふではない。どういうことなのかは、おいおい明らかになるであろう。
そんなことは、あるはず
 
 
 
「一体、最近、どうなってるのかねえ・・・・」
 
 
なんであたしがこんなことせにゃならんのよ、という一言はさすがに胸に呑んだが。
ここで紫煙を吐きだしても実に絵になるのだが、ニコチンごときでやられる身体ではないが遠景から目立つのはよくない。とりあえず、吐くのはため息だけとする。
 
 
最近、仕事が多い。それも、どう考えてもせんでいい仕事が。
 
 
これも体制が変わったせいだ。司令の入れ替えでネルフ本部はどの部門も激しく揺さぶられたのだが、それでも諜報部門はカラーが完全に塗り替えられた。もともと明るい色で塗られていない、実力最優先、機能さえすれば限りなく灰色、限りなく黒、かわたれたそがれ色ではあったが、それでも人は選んでいた。現体制のように、目の前にグルグル巻きにした、こいつのように、歴とした賞金のかかった犯罪者を入れるようなことはしなかった。
 
 
恥ずかしい、という言葉も出ないが、ここ数日付近を荒らし回っていたこの泥棒は諜報課の新入りだった。外国からやってきた腕利き兵器人形使い、ではあったがなんせ手癖が悪い。超法規組織をなにかと勘違いしているのか一般市民の家に押し入り、挙げ句の果てにはネルフ職員の家にまで入り込み金目のものを頂戴、と。確かに、戦自の工作員相手に手柄星をあげてはいるが、あさるのは敵の懐だけにしてほしい。いくらここが戦場とはいえ。
ちょっと調べてみれば国際指名手配中で昨日も押し入った家から出てきたところを見咎めた職質警官の指を三本、ちょん切っている。ここまでやっといてクビにもならない。
 
ちなみに、兵器人形というのは体長10センチから20センチほどの高速で動き回る小型人形にカメラやセンサーを積んで偵察などをやらせるのを目的に開発された代物だが、それに神経ガスだの毒針などを搭載して殺傷力を持たせたタイプも当然ある。障害物の多い野外ではカトちゃんぺ以下の代物であるが、都市部ではめっぽう使えてタチが悪い。弾丸雀蜂タイプなど二、三回で防弾ガラスを突進で突き破り対象者を突き殺してしまう。メンテナンスに手間がかかるので、人形使い、とまで呼称されるレベルは喧嘩の弱い技術者タイプと相場が決まっている。身の回りのどこに武器である人形を控えさせているか完全に掴んでいないと生かして捕獲するのは難しい。索敵用の人形の目をくぐり抜け、操作者である人形使いに接敵に、それが操る人形を撃破し、当人をノックアウトして意識のみを奪い、手足を封じる・・・・・・おまけに、洞木コダマは人形を一つ残らず破壊してしまっている。物陰に隠れていた「奥の手」人形も残らずに。弧をえがく手裏剣で貫いた。気配すら掴めば、小型だし装甲は速度を犠牲にするから薄いし、当たれば貫くのは別に驚くほどのことじゃない、と当人は言うが。当人も己の腕っ節の弱さは承知の上で逃げ足も早い。
人形に攪乱足止めされてまともに追跡もかなわない。少々乱雑に証拠を残そうと、根城に戻ればそれ以上捜査の手も届かず追われないのだから現行犯だけ注意しとけばいい、ときている。犯罪許可証でももらっているのかお前は、とつっこみたい洞木コダマであった。
 
 
これは一例で、現体制の諜報部はそのような人材の流れになっている。特化した極端な能力者を雇うが周辺への影響なんぞおかまいなし。機能的であることと当然のことながら隠匿を強く求めていた前司令とはえらい違いで、そのくせ、どういうわけだか部門への予算は増額されているのだから手におえない。その資金で裏世界に名の知れた怪しげな人間をゲットしてくるのだ。いつからこの部門は殺し屋集団になったのか。おかげさんで市内の犯罪率はグングン上昇中、当然のことながら検挙率は反比例する。いかんせん警察程度の知恵と勇気では相手が悪すぎる。
 
 
諜報三課、というのは、エヴァのパイロット「チルドレンの護衛」を目的として創設された。子供であり年若い彼らをガードするには、年季のいったプロだけでは安全距離を埋めきれないだろうという読みから、同年代でありながら訓練された人間をその近くに配置する、ということで揃えられ立ち上げられたわけだが・・・・・・その読みは、外れた。
 
見かけはホーンテッドでも幽霊でも、その実、近隣住人がいないだけに仕掛け放題に仕掛けてある警戒装置のおかげで難攻不落になっているマンモス団地跡に住んでいる綾波レイ、その地位から厳重なセキュリティをしいてある赤木リツコ邸に同居していた渚カヲル、最初は一人暮らしであったが、その後、サードチルドレン碇シンジとともに前作戦部長葛城ミサトと同居と相成った惣流アスカ、本部内の牢屋を改造して自ら囚われていた、という黒羅羅明暗・・・・・・おまけに、綾波レイ、渚カヲル、黒羅羅明暗には己の身は己で守れるだけの、いやそれ以上の個人能力があったし、惣流アスカもギルで己の身を守る術くらいは仕込まれている。君子危うきに近寄らず、剣林弾雨をかわすことなどしなくともそもそも自覚があるのが一番だ。それがあるなら、大人のガードとえらく変わらぬ。
 
残るは碇シンジだけ、ということになるが、これは同居していることもあり、行き帰りはたいてい惣流アスカと同じくする。それぞれ違うクラブ活動で遅くなる、ということもない。それに、人類最後の決戦兵器の操り手にしては、そのくせに、というのは違うかも知れないが、孤独っぽくない。どうしても集まるだろう煩わしい人の耳目を避けて暮らすのかと思いきや、そうではないのだ。そうではなかった。
 
 
まさか、自分の妹のヒカリがチルドレンたちの友人に、それも一緒にバンド活動までやってしまうような、関係になるとは思わなかった。偽の友人に偽の親身になる先輩、どうもそういうものは、いらなかった、らしい。
 
 
 
いやー、あんまり必要ないじゃん三課
 
 
と人にいわれるくらいならまだしも自分で認めてしまってはおしまいである。
 
幼少の頃から鍛えられて青春というか早春を犠牲にしてしまった・・・・・・
俺たちの早春を返せーー!!といいたくなるが洞木コダマはハードボイルドであるし、そう近くにいるわけでもない、友人の姉、という彼らからの好都合すぎる立ち位置がどうにもこそばゆかった。逆に距離をとっていたようなこともあったが、彼らの戦いは知っていた。一般市民よりも近い位置でそれを見ていたから。いくら腕がたとうと・・・・人類の敵、使徒にはなんの打撃を与えることもできない。武術で鍛え抜いた心魂が見るだけで震えた。アレは、恐ろしい。アレは、怖い。アレに対して逃げずにいられることは難しい。
 
 
かといって逃げてしまえばそこで全てが終わる。絶対の一線。人類の天敵と対峙する
 
 
チルドレン、人類を守るエヴァンゲリオンを駆るパイロットたち
 
 
それらを陰日向、日向がわで守る戦士・・・・・・・それが諜報三課。
 
 
ハードボイルドとは強いとか優しいとかいう以前に。
そこからすでに何かが芽生えることはない、ということだ。固くなってしまった。
 
 
それは、死んでしまった卵・アンリーズナブルエッグ・ストレンジ果物
 
 
そのままで、とどめてしまった。そのままの形で。頑ななだけ、かもしれないが。
 
三課を潰してそのまま二課に応援要員として吸収するか、コダマのように若年でも使える人間は戦闘専門の四課に配属するか、そんな話も進んでいる。四課でも給料は据え置きで課長代理補佐、くらいの役はもらえるだろう。こうやって二人組で動くのが鉄則の仕事において単独で動くのを許されるほど(部門全域で四人しかおらぬ)レベルの違う武芸者に。
 
 
本来の任務はそういうことであるはずなのに・・・・・・
 
 
こうやって、身内のアウトローを狩っていたりする。カモメの水兵さんならぬ、コダマの憲兵さんだ。二課からの頼まれ仕事だが、ヘタに怪我人が出るより自分が出て行った方が機能的であるのは認めつつ、スジが違うと思う。意味がないとまではいわないが。自分がやらねばこの先もこの泥棒は好き放題に盗みをはたらくだろう。市民の幸せには貢献している、と思う。だが。
 
組織自体がすでに混沌として廃棄ゴミの匂いをさせて極道化してきているというのに。この調子では遠からず自分が外れ者となるだろう。上の方ではいろいろと暗闘しているのだろうが、どうもこのところネルフは自律する鉄の柱のようなものが消えてしまった。骨がない、というか。力はあってもグネグネと。
 
動脈硬化を起こすガチガチ組織もなんだが、ドロドロ組織も身をおいていて気味が悪い。
 
こうやって捕獲したとしても、切り捨てられるのは別として処罰自体はされぬだろう。
そんなことは百も承知で雇い入れているのだから。それどころか逆に本来の浄化作用として動いたこちらが任務の妨害上現行犯逮捕、などと因縁をつけるようにして言い訳をせねばならぬのだから、おかしい。最近、力関係がそういうところにまできている。さらにおかしいのは、そのようにして阻まれようと新部長らは全く気にもしていないらしい、ということだ。ハメを外すのもそれを押しとどめるのも好きにやれ、というような無責任放任、それ以上のデタラメぶりが感じられる。そのくせ、正体不明な新司令諜報部長らの周辺を洗おうとすれば、即座に猟犬が送り込まれる。司令直属のル課、という名前だけ聞くとハリボテっぽいのだが、これがレベルが違うのか、あっけなく旧体制に操をたてようとした者たちはお陀仏引退を余儀なくされた。もちろん、政府、戦自、その他組織の潜入者も綺麗に骨も残らずに。この類の徹底ぶりは確かに旧体制のぬるさほど比較にならない。泳がせてどうこう、という発想は微塵もない。副司令が生きているのが不思議なくらいだった。チルドレンのそばをふらふらしていた、政府関係かと噂が絶えなかった加持兄弟が姿を消すのもうなづける。それと入れ替わりに国際賞金首、指名手配クラスの者がぞくぞくやってきている。諜報関連のネルフ職員になってしまえば法の番人とて手出しができない。治外法権などというレベルではなく、政治でもないほとんど梁山泊、しかもなんともイヤな梁山泊であった。超法規的組織が無法組織になってしまっている。新司令の神経を疑うところだが、もともと赴任すらしてきていない、という話であるからもはやなにをかいわんやである。第二支部がおっこちてきて仕切る規模がでかくなったのを差し引いても、今度の司令はやる気がない。ただ無能であるなら早々に副司令に取って代わられているだろうから、保身には長けているのか、混乱を楽しんでいるのか混雑をそのまま愛する奇矯な性癖の持ち主なのか・・・・・十七歳でも一応、課長代理であるからこういうことも考える洞木コダマであった。
 
 
 
「あーあ・・・」
 
 
現在、第三新東京市にいるチルドレンはファーストチルドレン、綾波レイ、唯1人。
これがもうどういうわけか学校にもいかずに派手に動き回っている。その行動はパイロットの枠を越えており、三課の出る幕はない。その赤い瞳は使徒を殲滅する特務機関ネルフの機能を保証する作動ランプのようであり、それが閉じれば「もうお終いだなー」ということは衆目の一致するところ。誰からも手出しはされず、誰も手出しはできないところに彼女はいる。それは、孤独よりも孤高よりもさらに遠く隔絶された、絶対の領域。
 
 
セカンドチルドレン、惣流アスカが弐号機とともに独逸に配置転換。
 
これもよくわからないが、精神汚染で廃人寸前で、とかいう噂もあり、実戦にはもう使えないのだろうという、それなら納得できる意見もある。別れの挨拶もなかったヒカリが寂しがって心配しているのだが、便りどころか電話もないのだ。
 
 
サードチルドレン、碇シンジ、
 
 
フォースチルドレン、黒羅羅明暗、
 
 
フィフスチルドレン、渚カヲル、
 
 
この三名は「行方不明」扱い。第二支部落下の混乱があったとはいえ、公式発表がそれであるのだから、よくよくパイロットなどやるものではない。もったいぶって謎でくるんでないできっちり葬式くらい出してやるべきだろう。得られる情報は断片であるが、あれだけの巨大物体が落ちた現場のど真ん中にいて命があるわけがない・・・・・まあ、その内部にいた研究員たちが「そのまま生きている」・・・という事実はおいておいて、だ。
 
一番騒ぎ出しそうな、なんとしても事の真偽を確かめ白日の下にさらしそうな作戦部長の葛城ミサトがこの一件の後、大飛ばしをくらったのも奇妙すぎ奇怪すぎる。
その後の作戦部長六人体制ってなんだそりゃ。合体ロボってのはよくあるが、指揮官が合体したってしょうがない。首をひねるしかない現体制。チルドレンたちを守れなかった、悔恨などはない、それはあまりに僭越すぎる。正直、自分たちの手に負える、手の届く相手ではない。性にもあっていたのだろうから、鍛えた技とそれに要した時間を後悔する気もない。それがなければ、今こうやって立っていないだろうし。
 
 
ただ、このままこうやって、闇の中、ゴミ掃除を続けるのは・・・・
スイーパーっていうと、市街の狩人みたいでかっちょいいけどさ。
やせ我慢と高楊枝は武士の理念で、忍者のそれじゃないからなあ・・・・・
 
 
そのうち、現体制の流れにすっかり染まってしまい、任務以外になんの疑念も感じなくなる、技を使っていさえいればその欲が満たされる闇匠のような己が鍛まれてしまうのではないか。前体制の理念も、そんなわけで大ハズレだったわけで、三課の中には喜んで移転する者も少なくない。守るべき者もいないのに三課の看板に固執することもない。
 
 
 
ちろ、と洞木コダマは捕獲したぐるぐる巻きを見下ろす。
 
 
いっそ、身元素性が分かるようにしてここから地上まで突き落としてやろうか。
 
 
その人の酷薄さ冷酷さ、などというものをぽっかり抜け落ちさせた、虚の眼。
この若さにて歴戦の相手の殺意怨念に縮むどころか、微塵も揺らぐこともなく対してこれたのは、それをそのまんま、かえすことができたのは、この眼。夜にあり世にあるさまざまなことをそのまま吸い込んできた、風穴。どこぞに通じるか洞木コダマ自身も知らぬ。
戦闘自体に喜びを覚える性質でもない。技の冴えに比べてあまりに淡泊な。
びょうびょうと胸の内が鳴る。風の音は変わることはない。
 
 
バタン
 
 
「課長代理〜、おつかれさまです〜」
 
 
屋上に通じるドアが開き、排気ファンやら氷蓄熱機の一群の向こうから声がした。
 
樹海の霧のような眼の色が元に戻り、扉の音と同時に抜いた手裏剣を、声の主を確認と同時にまたしまい込んだ。ガラン、ガラン、と聞き慣れた金属音がするから間違いない。
 
 
「山彦、お前が来たのか・・・・・今日はダンスの練習日じゃなかったか」
 
 
「いえ、今日は将棋の日です。ダンスは明日ですよ。それで明後日がお茶で」
 
 
頭になぜか重ねた金属のバケツをかぶった、ブレザー姿の線の細い少年が答えた。
 
かぶったバケツで台無しだが、美少年の範疇にはいるだろう。それも猫系真ん中高めで。
第三課員、山彦ツバサ。チルドレンが習い事に通っている場合にそなえて、さまざまな習い事に通っている、放課後仕様の人員であったが、ただでさえ検査やらシンクロ試験や訓練やらあるのに、さすがに習い事までやる時間の余裕などチルドレンにあるわけがない。
万一に備えてはいいが、あまりに先走りすぎた。幼い頃からアイドルマスターもびっくりなほどに多彩な習い事をやらされた彼の早春もそれなりに悲惨であった。今も、一応上司である洞木コダマが把握しきれぬようなスケジュールをこなし続けているあたり、戦闘一芸に特化したコダマの対存在のようなもんであった。ちなみに、荒事は苦手。というか、そもそも完璧に戦闘する必要がないほどに相手に自らを無視させる能力が高い。こいつこそ忍者だろ、と洞木コダマは思う。得意技能は接敵、というと格好いいが。諜報員としてはちょうど良くのびるのだろう。目下、高校一年であるが、両手にバケツをさげて廊下に立っていれば小学校にでも入り込める。日中、その無視され能力をもちいて中学校に入り込んでチルドレンを監視することもたまにある。が、あがり性で女に弱く、わずかでも女の色気を感じるとすぐに鼻血を出す。バケツはそれを受ける道具でもある。便利だが、その性質では見張れるのは碇シンジだけだった・・・・確かに、中学生といえど綾波レイや惣流アスカは・・・・・。
 
ちなみに、いくら洞木コダマを見てもへいちゃらな彼であった。多彩な習い事修得生活になれてしまっているせいで、この日中校内監視を完遂できない己を許せずに、こうして道具のバケツを頭にかぶって暇さえあれば修行に励んでいるナイスボーイでもある。
こいつも野に放たれたらやばい口だな・・・・・と洞木コダマは内心、考えるが口にはしない。この格好で街歩いても誰も注目しないときているのだから。・・・いろんな意味で敵にしたくない奴であった。片目だけ赤くて、目立つはずなんだがなあ・・・・
 
 
それはともかく、この泥棒を連行するのに人手を要請したのだが、運転手くらいはついてんだろうけどこの腕っぷしなどからきしのがやってきてもしょうがねえなあと思いつつ洞木コダマはこのタイミングで声をかけられたことに感謝した。
 
 
「二課の人間がくるはずじゃなかったか・・・・もともとあっちの頼まれ仕事だ」
 
 
が、口に出しては不平の響き。それに対して返ってくるのは常ならぬ態の拍子。
 
 
「それが、なんかあったみたいですよ。ちょっと本部の方じゃハチの巣をつついてます。なんか、ル課の人間が、っていっても一課と四課からの徴収組のみなさんですけど、任務中に襲撃されて病院送りだって」
 
 
「へえ・・・・どこ?誰?」
洞木コダマの眼が細くなり、霧を宿し始める。徴収組というのは、強引極まるやり口で創られたはいいが基本的に人数が足りないル課の数を増やすために一時的に他の課から見繕って引き抜かれた者たちだ。通常業務をやらせるためだろうが、その選びは適当で五十音で上から必要分だけ引いてあるだけ。精選はしていないが、それだけに腕利きも含んでいた。意思を強くするほどに光を潜めて虚になってくる他に類を見ない眼で見られて、山彦ツバサ、この少年もどこかおかしいのか怯えるどころか逆に嬉しそうに答える。
 
 
「やったのは誰か分かりませんけど、場所は幽霊マンモス団地・・・ファーストとサードの住まいですよ」
 
 
「なんだそれ」
といいつつもある程度の理解は及ぶ。頭の回転が遅いとこの業界では生きにくい。心の回転は遅ければ遅いほどいいけれど。どうも自分は完全にカヤの外にあったらしい。
怒りなどは沸いてこない。市民の皆様の不幸を防ぎ、お役にはたてたのだ。
たかが三課の課長代理程度で組織全体の浄化など望むべくもないがの未成年。
 
 
「ほんとは今朝早くにファーストは病院を抜け出して、何を思ったのか学校に顔を出してそこからクラスメイト二名にタクシーで送られて自宅に戻ったんだそうです」
 
 
「初耳だな」
虚は大きくなり、目の前の相手の声を全て吸い込もうとする。
 
 
「まあ、昨日の戦闘のこともありますし、ファーストも出歩ける状態じゃないはずなんで、早急に自宅から本部に連れ戻すように、というお達しが出ていました。課長代理にはその件をお伝えしない方向でと課長が」
威圧して吐かせる気もない、その眼で見られると訓練を受けた者でさえたやすく口を割る。こうやって喜んでばらすのと結果は同じだが。技能として自己評価しない洞木コダマの特技だった。
 
 
「なるほどねえ」
当人に出歩ける体力があり、それも自宅に戻ったというのなら誰が文句をつける筋合いでもなかろう。人間には自由意思というものがあるのだ。・・・・ふん、寝てなどいられぬほどに当人がなにかしようというのだから、いまさら誰に止められるか。昨夜の戦闘が勝利などにはほど遠い、痛み分けに退けた、というのも調子が良すぎるものであったのは知っている。さすがにいい加減イヤになって家に隠ったとしても、それは仕方がないだろう。
 
もしや自宅にて世を儚んで一筆したためているのかもしれない。
 
 
信用して待つしかない。
 
というか、そのあたりは作戦部がどうにかする話だろうに。まあ、ドングリころころ、じゃない、あの球体が市街をゴロゴロいくわけにもいかんのだろうがそれにしても。偉そうにいえた義理でもないが、人材がいないのかな、と思う。
 
 
 
「で、お前をここに寄越したのも課長、と。あの鉄拳狸め・・・・・・ふーん」
 
 
「課長代理、怒ってますか?」
もし腹いせに一発、洞木コダマに殴られたとしたらそれで昇天する自信がある山彦ツバサ。
自慢じゃないが習い事で忙しくて身体なんて鍛えていない。そういう意味では、的確な人員配置といえた。おまけにあの眼の色の時はまったく思考が読めない。元来、まっすぐ太く堂々とした気性の幹に、才能というウロが穿たれた。それは大きく幹の太さ以上の大きさがあった・・・・こういった組織の檻に閉じこめられてないと辻斬りでもはじめてるんじゃないの、この人、と同年代の上司をそう評価する。
 
 
「いいや、別に。まあ、そういうことならゴタゴタしてるわけか。こんな小物に関わっていられないか・・・・・・どうする?面倒だから、このまま捨てちゃうか、ここから」
 
 
「冗談にしてください。とりあえず。落下地点に折り悪く通行人とか通行猫とか通行蟻とかいたら可哀想ですから・・・・・ね?ね?課長代理」
 
 
「まあ、そうだな・・・・・猫とか蟻とかいたら、かわいそうだな・・・・じゃ、運ぶか」
 
 
「ああ、台車を拝借してきます。ぼく達二人とも膂力はありませんから・・・・・、と、こういうことを言っても課長代理はお前それでも男か、とか、このオカマ野郎め、とか言わないから好きですよ」
 
 
「膂力がないのは事実だからな。無駄な体力も使いたくない。そのための解決策を考えたお前を誰が非難するんだ」
 
 
「・・・・・課長代理ってお家でもそんな調子なんですか。姉妹げんかとかもしないんでしょうねー」
 
 
「しないな。速度が違うんだ。180キロ、230キロ、270キロ、と私が一番遅くなる・・・・・そうだな、無駄口を叩いたから非難してやろうか?」
 
 
「はっ!!山彦ツバサ、運搬用台車を用意してきます!・・・にしても、この男、全然目覚めませんね。それなりに名の知れた強者なんでしょうに。そろそろ縄抜けして狂気に目を血走らせて逆襲してきてもおかしくないタイミングなんですが」
 
 
「それでお前が私を助けてくれるのか?芸達者なことは認めるが、・・・・私はたまにお前が頭が悪いんじゃないかと思うときがある。好んで就いた役職でもないが、課員の心配も仕事のうちなんだがな」
 
 
「いえいえ、洞木コダマ課長代理、あなたの腕の冴えを賞賛していたのであります。では」山彦ツバサは駆けていった。
「バケツのかぶりすぎかもしれないな、あれは・・・」洞木コダマの真面目な声を背に。
求められる役割に忠実にあろうとするのは、これもまた長女性なのかなあ、と考える部下は聞いてない。
 
 
 
そして、視線は懐から取り出した印籠型薬箱の時計へ。午後9時27分。
 
 
 
「今日はこのまま帰ろうかと思っていたのに・・・・・」護送までせねばならないとは。
 
昨夜の使徒が現れて、エヴァは敗れて市街は蹂躙されて、そんなことはどうでもよくなるかもしれないが、これも任務。受けたからにはやり通さねばならない。とりあえず課長のところまで運んでしまえばあとは勝手にしてくれなさい。私は知らない。仕事はしたからあとは寝る。
 
 
だが、今夜はそのまま眠れないことを、洞木コダマはまだ知らない。
 
 
 

 
 
 
「な、なんか迷路だね・・・・あんまり見分けがつかないし・・・・照明も、ちょっと暗いかな・・・・・ね、ネルフも節電とかしてるんだ、やっぱり」
 
薄暗いネルフ本部内通路をゆく少女の影が二つ。そのうちひとつは前を見据えて小揺るぎもしないが、その隣はさきほどから落ち着かぬげにキョトキョトしている。出来れば帰り道が分かるようにパンくずでも落としていきたいような不安げな顔をしていた。
 
 
「あまり、っていうか、全然、人と行き交わないね・・・・・・まるで無人みたい・・・」
 
 
揺るぎのない方が何か口にする前に次の感想が隣から出てくる。沈黙を恐れるがゆえ。
ここで、効率というか都合が良い発電機であったエヴァ初号機がいなくなったからこんなもので、彼がいた頃はここいら深部に通じるいかにも人が通らない通路もガンガンに明るかったのだ、とかいう話をしてもしょうがない、もっと気が紛れることを話した方がいいか、けれどもそれはどんな話題?と考えたりするので相方の反応が遅いせいもある。
 
 
 
「綾波さん?・・・いるよね?そこに・・・」
 
 
「ええ」
 
 
返答がないことにふと、いらぬ想像力が刺激されたのか、洞木ヒカリはいくら暗いといっても真っ暗なわけでもない、姿形は十分に浮かんでいるすぐ隣に知れきったことを問い。
綾波レイはそれに答えた。
 
 
「大丈夫、ここにいるから」
 
 
唇にのせられる、口にできる最大限の誠意をもって。おそらくは世界で一、二を争うほどに無謀な少女に。わずかでも不安を和らげるならその手をとろうかと何回も考えたけれど、やめておいた。その役目は、たぶん、自分ではない。感情がないゆえに同情ではない。己の感情を投影しないことで、かえって相手の恐怖が読める。感情で相手を包んでしまったほうがかえって苦痛も苦悩もない。思考は警告するのだ。こんなバカな話はない、無駄死にさせるだけだからやめておけ、と。こんなことに時を使う余裕があるなら、「八号機」、すでに用意してあるという正当な戦力を引きずりだすための行動に使った方がよほど正しいと。時間は限られて動けるのは己の身一つ。最良の行動を選びたいし選ぶべきだ。
 
 
「地下だと・・・・やっぱり・・・寒いね。ふ、深いのかな、ここらへんは」
 
「そうね・・・」
 
 
深く、そして日常生活から、あまりに遠いところにきてしまった。ここで引き返すことは・・・・できないし、望むまい。そして職員も近寄ることもない参号機復活の儀式の場「シュタインフランケージ」に近づいていく。そろそろ空気には深度からくる圧迫感のほかに妖気のようなものが漂っている。外調機の運転音も耳をすませば意図のある死霊の呼び声に聞こえてくる。もし、綾波レイがうっかりさんであったりしたら、ここからいくのは「霊安室みたいなもの」などとズバッといってしまっていたかもしれない。
 
 
 
結局、二人で来た。
 
 
 
鈴原トウジはおいてけぼりにした。洞木ヒカリが「今日は綾波さんのところに泊まるね」ということで夕食をこなしたところで、参号機パイロット関連の話はせずに追い帰してしまった。綾波レイもこれに難色を示そうとしたが、洞木ヒカリの意思を優先した。鈴原トウジがこのことを知れば、一悶着あっただろう。乗るなら自分1人で乗るからいいんちょはそないなこと、せんでええ!!、とか。容易に想像がつく。自分もなぜ参号機に2人必要なのか詳しい説明を受けていない以上、その感情論をうまく抑えることができない。当初はその通りにしておこう、という腹づもりでいたのだし。これが後々、不和の種になるかもしれないが、それは自分が引き受けようと思った。とりあえずは、参号機の復活具合をこの目で確かめるのだ。・・・・・子守歌で眠ってしまったのは、つくづく不覚だとしかいいようがない。確かに、気力体力ともに問題なく復調したが。それとはまた逆に。
当人は認識してないが。完全素人の手をひいていかねばならないこの綱渡りの状況下において・・・・誰かを導くというシュチュエーションは綾波のお家芸であるからその血脈のためだろうか、普段とはまた異なる気合いが張り満ちてきている。
 
 
ゆえに、気づけた。
 
 
自分たちをつけてくる者たちの気配に。途中幾度もセキュリティゲートを抜けてきた。
 
 
それでもなお、ひたひたと。
 
 
自分はもちろん、洞木ヒカリの認証まで言ったとおりにきちんと出来上がっていた。この階層まで抜けられるのは、行きたい行きたくないを別にして、本部でもそう数はいない。技術部が仕切る、というかその親玉、赤木リツコ博士が支配するこの闇の領域に諜報関連の人間がチョロチョロすることはありえない。一応、ここも本部内であるのだから連れ戻すだのいうことにはさすがにならないし、用があるなら上で待ち受けていればいい。
 
洞木ヒカリ、参号機パイロット・・・候補・・・・・の中学生、一般人がここまで入り込もうとそれに関して異常を感じるのは人間の肉眼だけである。機械システムの類は主の命のもと沈黙する。目立たぬルートをわざわざ選ぶようなことはしなかった。自分の戻りを待ちかまえていた人間もいたが、「赤木博士に緊急で呼ばれています」の一言で黙らせた。そう言われれば黙って見送るしかない。自分の身体に真摯に対応してくれようとしている医療スタッフの皆にも悪いことをしたが、そこで謝罪する時間も惜しい。いつかまわってくるツケも払おう。けれど、急がねばならない。心配する声すら凍らせる、頬を切る寒風のように。
 
ここまで吹き抜けてきた、はずだったが。
 
 
しつこく、同時に技術的裏付けをもって、追いかけてくる者たちがいる。
 
まさか副司令・・・・・・は、肉体的能力からして除外してよい。気配を潜める、というのはけっこうな重労働である。上手い具合に赤木式セキュリティを突破してのけた、どこぞの敵対組織の人間か・・・・まあ、たとえ仕掛けてきても、この復調具合ならば撃退する自信はある。感情を引き替えにして取り戻した綾波能力は伊達ではない。
隙さえつかれなければ問題ない、こうして捕捉しているわけだし・・・・それに
 
 
これはただの皮膚感覚でしかないのだけれど・・・・・・あまり、敵意は感じない。
綾波者の気配に似ているせいか・・・・・・けれど、さすがのあの連中もここまでは通れないだろう・・・。たぶん。
 
 
 
「綾波さん?・・・・・・ここ?」
 
 
ここまできてしまった。シュタインフランケージ。
 
部外者立ち入り禁止、どころか問答無用で必殺、であるところの極秘地帯。エヴァ参号機再組み立て現場。基本的には科学技術の工場であるはずの空間だが、それらが稼働する音も気配も全くなく、静まりかえっている。ここで「ボコオコボコボコ・・・・」釜が煮える音や「うぎゃああああ!!ぐええええっ、も、もうやめててえええっっ!!ゆるしてえええ」責め苦に呻き苦しむ声やら「ビシビシビシバシバシ!!ガンガンガンドンドコドン!!」鞭や金棒が振るわれる音がしても困るが、何というかもう少し電子音とか整備する人間の立ち働く声とかが聞こえて欲しい。
 
人を連れてきてはじめて気付いたが、なんともまとも感がない場所であるなあ、と。
 
 
洞木ヒカリの顔色・・・・さすがにここまでくれば電力のラインが豊富であるから照明の方にも余力があるのでわかる・・・・を見るに、今更ながらそうであって欲しかった綾波レイである。心の贅肉であるのは分かっている。分かっているが、一見の素人さんを連れてくるにはあまりに雰囲気が不気味すぎた。なんとも景気が悪いというか、およびじゃないというか。いくら秘密事項とはいえ、こんな人気のないダークなところだと想像してなかっただろう。問いには、この場所でいいのですか、という確認の意味もあった。
ここまできて、まさか綾波レイが道を間違うなどというポカをするわけもないのはわかっていたが、それでも。あまりに、この空間は物寂しかった。それとも、エヴァの格納庫(言葉はなんとなく洞木ヒカリも知っているのだ)は実用本位で飾り気が無くこんなものだろうかと考えたり。
 
 
「そう、ここよ。・・・・・・赤木博士、綾波です。洞木さん・・・と、一緒です」
 
 
扉の横のインターフォンに呼びかける。
連れてきました、といいかけて、言い直す綾波レイ。
 
 
「来たわね。・・・・あら、鈴原トウジ君は一緒じゃないのね・・・・まあ、いいわ。入って。待ってたわ」
 
 
返答は当人からすぐに。作業に興が乗っている場合はカリビアたちが返答したりするが。
その声はごく平常、状況は全て異常かつ急を要して砂の城を崩すようだというのに。
定期的な健康検査、ちょいと問診して血液検査でもして終わるわよ、とでもいうような。
これからひとりの人間の人生が大幅に狂い始めるというのに、その平常さは。
頼もしい、と評価すべきなのか、せめて一言いってやるべきなのか。綾波レイは
 
 
「・・・・・・」
口を噤んだ。とりあえずは、説明を受けてからだ。これで参号機に二人要りようの話がただのデタラメで嘘でフェイク、単なる引っかけであるとかいうことになったら・・・・
 
 
 
二人の少女が参号機復活の儀式の場に消えた。扉は閉ざされ、何者の侵入も拒む。
 
 
 
しばらくして
 
 
 
扉の前に複数の影がさす。
 
 
 
「・・・さすがに、ここからは入れねえんだよ。インターホンで呼んで向こうが開けてくれねえ限り、このカードも役立たず、とな・・・・・というか、こんな物騒なカードいらねえんだけどなあ・・・なんかもう持ってるだけで寿命が減りそうで胃がいてえ・・・」
「もし、落としたり無くしたりしたらちょっと大変なことになるっすね」
「レイさまーの、ごえいーのためにはー、ないとだめだ。なくしたらーころすー」
「じゃあてめえが持ってればいいだろ!・・・・・あの、超速で槍をつきつけるのはやめてくれなさい・・・言葉がこれでも、気が長いわけじゃねえんだよなこの女・・・・ひいっ!鼻が鼻が!!ブタの鼻に沖縄料理ーーーーー!!」
「いや、さっきのバトルで血が燃えているんじゃないっすか?・・・ねえ?・・・兄貴、やっぱりそうですって。刺激しない方が・・・」
「てめえは誰の舎弟だよ!!・・・・・いやわかりました、大事に大切にもっておきますので安心して、ね?だから槍をおろして」
「彼女だとこうした行動の場合、遅れが生じるからな。戦闘は彼女に任せきりなのだし、仕方がないだろう。そして、私もこれ以上の責任分担は御免蒙る」
 
 
複数の影たちは、わりあいにでかい声で話す。赤木印のセキュリティカードを持ったチンピラ風の若い男など若い女に槍を突きつけらえて悲鳴すらあげている。ちなみに、影は五つでその中の四つはピザ屋の服装をしており、皆、赤い瞳をもっていた。
 
 
「あまり騒ぐな。気付かれる」
残る一つの影、洞木コダマの知る限り、このようなネルフ本部職員はいない。
 
実際に、ネルフの職員でもなんでもない。それがこんな極秘深度区域まで来ている、いやさ、来させているこの事実、そして、それに自分が同行しているこの現実。
時間は夜の十時。夢を見るには早すぎる。それに、自分に残る頬の傷・・・・槍の傷。
 
確かに、これは現実だ。夢ではない。繰り返すが。
 
 
 
妹のヒカリがこんな時間にネルフ本部に綾波レイとやって来て、誰も近寄りたがらない極秘区画にまで入ってゆき、こうして・・・・・手の届かない、目の届かない闇に消えた。
まさか、見学なんぞでは、ありえない。何度も何度も目をこすったり、「臨兵闘・・・」催眠破壊の自己暗示をかけ直してみたりしたが・・・・・世の中の、どういう皮肉か。
 
 
捕獲した泥棒諜報課員を三課長に投げつけてあとは引き上げるつもりだったが、洞木コダマは帰り際にとんでもないものを見た。自分の妹ヒカリと綾波レイ。もともと、ものに驚くということが少ない気性ではあるが、この世界に入ってもあれほど仰天したことはない。
 
それでもそこで声をかけてしまわなかったのは、日頃の習いというやつか。とりあえず確認のために家と三課に連絡をいれてみる。ヒカリは友達の家に泊まるということで家に戻っていないし、三課長もそんなことは天地神明に誓って絶対に知らないと言い張った。この事で嘘などつかれようもんなら課長代理職など惜しくもないついでいうと課長の命も惜しくない、今日という今日は勝負つけてやるやれるところまでやってやろうかと思ったが、どうもほんとに知らぬらしい。一筋縄でいきそうにもないが、コダマの妹のことなら三課全員を緊急招集して対応する、とドラマみたいなことを言ってくれたが、最後まで聞かずに追跡にかかった。
 
 
 
自分の妹になにをさせようというのか・・・・・・・・
 
 
まさか中学生日記じゃあるまいし、弱音をはいてそれを聞いてもらいたいわけじゃないだろう。あまり冷静とはいえなかったが、それでも日頃の習い性は高速で駆けようとした己の身を諫めた。足を鈍くさせた。
 
 
ここで会えば、お前はどう妹に説明するのだ、と。
 
なぜ、自分がここにいるのか、その理由を。諜報三課、課長代理としての姿をさらして、
正体を明かすのか。
 
 
追いかけて追いついて妹の肩に手をおくことなど、その足をもってすればわけなかった。
 
向こうはなんせ、特にヒカリがおっかなびっくり、歩いているのだから。
 
急がねばならなかった。どこへゆくつもりなのか分からないが、向こうは、綾波レイはおそらく本部の大半を自由に移動できる権限を持つカードがあろうが、こちらはそうではない。課長代理カードとチルドレンカード、どちらか強いか・・・・・・微妙な問題であった。エヴァ関連の技術棟の奥に入られてしまえばそこでこちらの足は止まる。
 
分かっていたが・・・・・諜報三課課長代理カードの効力が途切れる直前まで、追いつくことが出来なかった。保身するほど惜しい立場などではない。妹の身と引き替えならば熨斗をつけてもいいくらいだ。そのはずだが・・・訓練された習い性が情に勝利した、とは思いたくない。ただ単に知られたくなかったのだ。この影の仕事を。
 
 
この仕事には謎がある。たいそうな謎ではないが、自分には切実で未だに解けない。
 
 
三姉妹の中、唯1人、なんで自分だけこんなことをしているのか?ということだ。
 
 
発案者は父だった。バクチや借金のカタに自分を売り飛ばした、というなら分かる。
だが、動物病院と鍼灸治療院を営む家は、さほど裕福でもないが苦しくもない。長女を売らねばならぬほど困窮した時期もなく、祖父母も母もまっとうかつまっすぐな人でそんなことを許しそうにない。しかしながら父の案は実行されて、自分はこのようになった。
妹たちふたりには内緒にしてある。これは誰に言われたわけでもない、そうするべきだと知っていたのだ。この影の仕事プランが発動して三年ほど家を離れて道場で鍛えられた。さんざん投げ飛ばされたせいか頭を打ったのかどうも、そのあたりの記憶は曖昧だ。
その間、まさか姉は人格破綻した道場主が経営する虎の穴のようなところで武術を学んでいる、などと妹たちにいえるはずがないので、「専門の病院で治療を受けている」ということになっていた。というわけで、妹たちからすると「身体があまり強くないコダマお姉ちゃん」ということになっている。自分ちが動物病院かつ鍼灸院なので皮肉だが。もちろん、家族と離れて寂しくないわけがない、せめて言い出した父親くらい付き合って単身赴任してくれないかと思ってもみたが、(口には出せなかった)入門してすぐに父親は外国にいってしまってそこで事故死してしまった。一途な人であった、らしい。
 
師匠兄妹にそれを聞いても、涙も流した覚えもない。泣いたのか、泣かなかったのか。
 
そんなイメージも薄れてしまってあまりないのだが、父の言葉、「お前は人類を守る子供たちを、さらに守る戦士になるんだ」・・・・これが真実の言葉であったのか、最近、自信がない。どうも自分で造り上げた妄言ではなかったのか。子供のように単純なそれ。
こういうことを言うのは自由であるし、煌めくほどに輝くほどにいい言葉だと思うが。
ただ、それが真実であるのか。心の底から、そんなことを思って、自分の背に乗せたのか。
自分の娘に。金で売られたというのなら、許しもするし納得する。だけれど。
 
正義に売られた恨みと激情、誰にも知られぬように、虚空に拳を、振り上げていることを。
 
真顔でそんなことを言う人間がいたのか、そして、今もいるのか。
 
そんなことを謎とする自分も・・・・・子供なのだろう。後生大事に未練たらしい。
 
「もし、お前が道を違えたら俺たちが始末してやろうと思ってたんだが、どうも最近、そうもいかなくなってきたなあ」などと師匠兄妹は言って笑うのだ。いよいよ”やばく”なったら自分で自分に拳を打ち込めと。
 
 
意外に、その日は早く。今日だったり、するのかもしれない。
 
 
こんな、夜に。
 
 
 
同行する綾波レイの威光というか静かなる迫力というか、いかにも場違いな中学生の存在も咎められることなく、進んでいく。他力本願は性に合わないが、誰か止めてくれと心の奥で頼み祈っても、誰1人として止める者はない。全くもって、まともな組織じゃない、常識ある人間はいないのか、と叫びたくなったが、自分だってその中の1人なのだ。
 
 
「・・・・・・リ」
決心しきれなかった。心を割り切れなかった。己のスタイルを裏切れなかった。
 
全て、固く固く固くなってしまっていたから。声すらでなかった。呼び止めることさえ。
 
 
閉ざされた赤木式専用エレベーターの前で、5秒、躊躇した。
 
 
 
6秒後に、後頭部めがけて槍が突き込まれた。
 
 
 
あとで聞けば「レイさまたちにいつまでもこそこそついていくから、悪い奴かと思った」ということらしいが、あんな威力と速度、かわせる人間はそうそういない。金属バットで全力打撃されたトマトのようになっていたに違いない。幸運なことに自分がその中の1人だったが、頬を裂かれた。本部内でここまで本格的な対人攻撃を受けるとは思っていなかったが身体が反応した。
 
 
洞木コダマのコダマたるゆえんである。
 
 
二十秒ほど戦った。相手は槍を持ったピザ屋の格好をした、若い女で赤い瞳。
カタツムリのような結い髪におっとり鈍そうな顔だが、槍は神速殺気は鉄壁。
手裏剣を全てかわされたのは、師匠以外には久しぶりだった。しかも槍などで。
 
 
ここで懺悔しなければいけないかもしれないが、この十秒、ヒカリのことは頭からとんだ。
 
 
ストップは、赤い瞳の女の仲間からかかった。「もしや、この姉ちゃん・・・・」
「要注意人物のリストに入っていたな・・・・・・洞木コダマ、洞木ヒカリ嬢の実姉にして諜報三課の課長代理・・・・・・信じられない経歴だが、この対戦を見れば疑うわけにもいかない」
「それよりも、追いかけた方がいいんじゃないっすか。こんな薄暗いところで素人の女の子を連れてたら、ふいをつかれてひとたまりもないってことも・・・・・こういう場合、普通、案内役の大人とかついていかないんすかねえ・・・・心配っすよ」
「やめろやめろ!!ンなことするためにきたんじゃねえだろうが!ガキ娘なんかほっとけ!このバトルデンデン女!!後継者がいっちまうぞ!見逃したらやべえだろうが」
 
 
ぴた。女の槍が「後継者」、という単語が出た途端に停止した。その唐突さに、何か必殺技の構えかと一瞬、疑ったが・・・・
 
 
 
「あーそうだー。レイさまー」
 
 
槍を止めて十秒ほどたってから、若い女はそんなことを言った。槍捌きの速度からは信じられぬほどの遅い反応だった。
 
 
「なんだ、お前たちは・・・」
構えを解かずに問うが、かえってきたのは「ピザ屋だよ。見れば分かるだろ、女子高生はお家に帰って受験勉強してろ。大人の世界に首つっこんでるとケガするぜ」というハードボイルドに決めているのだろうが、どうも今二つほど貫禄の足りないチンピラの返事。
 
「・・・そうっす。ピザのピザナミをよろしくっす」
それより賢そうであるのに舎弟のように振る舞う男が箱入りピザを見せてきた。
ヤバさでいえば、今夜捕獲したあの泥棒の方がランクが二つほど上だ。敵ではない。
逆にランクが六つほど上の槍使いは完全にやる気がなくなってエレベーターの方をぼーっと見ている。
 
 
「こっちの立場が分かっているのなら・・・・・」
チンピラ二人に若い女よりは話が分かりそうな年かさの銀総髪の男に問い直す。
ピザ屋などといわれて、これ以上なく怪しく部外者まるだしの者たちを納得して見逃せるわけもない。こちらの実力は読み切れない・・・得体の知れぬ圧迫感があるが。
 
 
「別に構わないと思うがね。私たちは注文主様によって配達の折に使用できるようにカードを支給されている。なんの問題もないはずだろう・・・・ここの認証も、この通り」
銀総髪の男が促して「ああ、ほいほい呼べよゴマ、と」チンピラ風が手先を装置に押しつけるとエレベーターが反応してカゴを呼んだ。「あー、行っとくがこれはオレたちが呼んだんだからお前は乗るなよな」と、己の手柄のように胸を張って言う。小物らしい。
 
 
「どうするかね?ここで待っているか?それとも、私たちと一緒にくるかね」
エレベーターに乗り込むと男が呼びかけた。
「ええ!?おいおい・・」チンピラは目を剥き驚き女は興味なさげに。
「依頼を受けたピザ屋とはいえ、私たちは十分に怪しい。同行監視するのも仕事のうちではないのかな」
 
「依頼主は・・・・・・」ふいに襲撃した詫びなどではない、これは取引なのだろう。自分たちを騒がず静かにいかせるならば、そちらの事情も考えよう、という。
この赤い瞳の者たち。工作員などでは、ありえない。こんな態度は・・・・・この理解は
 
 
「答える必要もないだろう。で、どうするかね」
エレベーターの中なら槍を振り回すこともできまいし、女は階数盤をよそ見している。
攻撃するに絶好の間合い、絶対の状態であった。直の二連撃で終わらせられる、か。
足の指先に力の渦を想う。増幅されて足を駆け上る衝撃は腕を伝い解放され・・・
そのままエレベーターのカゴは自称ピザ屋四人の棺桶に変わる。
 
 
はず、だった。
 
 
 
が、実際はこうして最後まで洞木コダマは四人の怪しいピザ屋と連れだって綾波レイと妹のヒカリのあとをつけていった。四人の希望が綾波レイにばれないように護衛する、ということであったので声をかけるのは安全圏である赤木博士の個人工房に到着してからにしてくれ、という条件を呑まされたが。
 
 
結局、声はかけれず仕舞い。赤い瞳の四人は「これでとりあえず一仕事終わった」などと言ってネルフのガード体制の甘さについて文句を言いながら回れ右している。
 
悔しいが、正論であるから洞木コダマの胸にグサグサチクチクするがしょうがない。
 
もし、この四人自体が刺客であったら、全くその通りなのだから。
 
言うのはチンピラの兄貴分で舎弟は相づち、総髪男は三課がどういうものであるのか当然承知しているらしく様子を窺って来、槍の女はまったく興味がなさげだった。
 
「もし、敵がよー、使徒とかいったっけ?その使徒がよ、この瞬間を狙ってミニサイズになってよ、基地に侵入して後継者を襲ったりしたらどうすんだよ、なあ」
正論ではあるが、もとの土台が崩れてきているのだからチンピラの話は的を外していた。
 
 
そんなこと、あるはずがない。敵というならむしろそれは・・・・・・
 
が、この赤い瞳の連中が綾波レイを大事な身体と考えていることだけは分かった。
 
なんせ、自分に対しての突っ込みは全くなく、これでいいのかあんたは、ということを全然言ってこない。綾波レイが無事であるなら、あとはどうでもいいらしい。妹の、ヒカリのこともまあ、おまけ程度にしか考えてないのだろう。いっそ気味がいいほどに単純だ。
 
 
とぼとぼと力なく、ついてくる自分など完全無視。思念はぐるぐる回る。
 
その扉の向こうでは何が・・・・・もしや怪しげな実験の餌食にでも妹がされているなら・・・・・チルドレンの近くにあった妹のこと、影響も受けやすかろう、もしや自分もパイロットに・・・・とかそんなことを志願して、いまいち何を考えているのか傍目から分からぬ綾波レイも、その気になってしまって、じゃあシンクロテストだけ受けてみる?夜だと機材が空いてるから頼めばなんとかしてくれるかも・・・・・・・・・・とか・・・・・・・・いや、無理すぎる。自分で妄想しといてなんだが、それは無理すぎる。
二人ともそこまでトチ狂ってはいないだろう。いないと信じたい。いやしかし、その上の、技術部長赤木リツコ博士・・・・最近とみにマッド化したとかいう怪しい噂が絶えない。
噂によるとエヴァに使用されるLCLという液体は血の臭いがするという。もしや、若い娘の生き血を絞ってプラグ内にたらしこんでいたり・・・・いやいや
 
 
そんなこと、あるはずがないのに
 
 
それを否定する鉄の精神力を備えてはいるものの、ネガティブな妄想は脹らむばかり。洞木コダマは十七なのだから。
 
 
「はいな」
 
 
そんな洞木コダマの目の前に、ピザの箱が突き出された。
 
 
「え?」
槍であれば反射的に身体が動いただろうが、そんなもんであるからかえって止まった。
 
 
「あげるー。捨てるの、もったいないから」
ほんとにそれだけなのだろう、槍で突いて頬を傷つけた詫びなどではない、ようだ。
燃費はいいしエネルギーのこまめな補給、もしくは飢えに耐えるは忍者の基本なのでここで乙女キャラクターのようにお腹が「くう」などと鳴ることはハードボイルド・洞木コダマにはありえない。しかも何がはいっているのかわかったもんじゃない代物に
 
 
くう
 
 
そんなわけで、こんな音もありえない。洞木コダマがそんな怪しい食物を受け取るなんてこともあるはずがないのだった。
 
 
 

 
 
 
「オ待チシテオリマシタ」
 
 
そこには、普段の高所作業に向いた海賊ルックではなく、販売目的そのままの制式メイド装備でカリビア、サリビア、ソルビアが待っていた。意表をつかれて洞木ヒカリのみならず、綾波レイもこれにはぎょっとした。顔には出さないが。
 
 
「あ、あの・・・・」
「赤木博士は?」
最後の最後で別種の揺さぶりをかけられて動揺する洞木ヒカリをおさえて、綾波レイが聞く。ちょっと考えればこのだだっ広くただでさえ人手がいないのにわざわざ入り口に出迎えるなんて時間の無駄をあの人がやるわけがなかった。カリビアたちが提げている大袋の中にはたぶん、”あれ”が入っている。赤木博士はやはり完全に割り切っている。鈴原トウジを連れてこなかったことを少し後悔する綾波レイ。
 
「ますたー・りっちーハ参号機ノ正面ニオラレマス。全体ヲ見ナガラ説明サレタイト」
要するにもっと奥の方にいるわけだ。説明してくれる気は満々らしい。
 
 
「あっ、じゃ、じゃあ、い、いきましょうか、綾波さん」
エヴァのような巨大人型、人造人間は何回か見ているしこれからそれに乗ろうという話になっているのだからそれなりに覚悟もあったのだろうが、まだご家庭に浸透していないメイドな人型サイズロボットには慣れていない、それらにじいっと何やら計測されるような目で見られるのはなんとも落ち着かないのだろう、洞木ヒカリは歩を進めようとした。
 
 
「オ待チクダサイ。洞木ヒカリ様ハ コチラノ方ヘドウゾ」
 
 
さすがはオリビアの姉妹機というべきか瞬時に高速移動したカリビアに阻まれて「ひっ」と怯えた声をもらす洞木ヒカリ。この速さはほとんど西洋風番長皿屋敷だった。
カリビアの案内する指先には、いつ組み立てたのかプラスチック製の小屋があった。
 
「男性ガ 御一緒デナカッタノデ必要ナカッタカモシレマセンガ 暖カクシテアリマスノデ ドウゾ」
サリビアが隣に立ち、続けた。音もしないその移動はなめらかすぎて、怖い。家庭で働く場合はもう少し足音を残した方がいいんじゃないか、と綾波レイはふと思った。
 
 
「あ、綾波さん・・」
小声で助けを求めるように洞木ヒカリ。
 
「大丈夫、心配ないから」
しかし、その救難信号をあっさり無視して1人奥へ歩を進める綾波レイ。
 
「あ、綾波さんっ!?きゃっあ!!」
「時間モ圧シテオリマスノデ」
「トイウ、ますたー・りっちーノ指示デス」
両脇をメイドロボにホールドされて連れて行かれる洞木ヒカリ。「あ、あ、あのあのその!」
 
 
「怖クナイデス」
「怖クナイデス」
そんなこと言われても無茶苦茶怖い。本能的に逃げようとしても腕力はケタが違う。
なんの説明もなしに自分を置いてサクサク先にいってしまう綾波レイを少し恨んだり。
鈴原トウジがここにいてくれれば、と少々都合がいいが、そんなことを願ったり。
これからいろいろあるのにこんなことで怖がっていてどうするの、と己を叱咤してみたり。
 
洞木ヒカリ、十四歳、初体験はいろいろあり。
 
 
 
 
「え?レイ、あなた1人?・・・・・・・待ってあげるくらいの時間はあるわよ?」
 
さすがに黒衣の作業衣からいつもの白衣に着替えて髪など梳き身繕いもしていたらしい赤木リツコ博士が呆れたように見たが、綾波レイに返答はない。ただ、参号機を見上げている。
バラバラに天から降ってきて、その欠片をつなぎ合わせて復活させた、まさしく人造の。
人工人間といったほうがいいのかもしれない、その・・・・参号機を直立させるための
 
 
 
 
からっぽの・・・・・リフトを
 
 
 
 
「ステルス装甲をオンにしてあるのは、別に演出のためじゃないわよ」
 
「・・・・・そういうことは先に説明した方がいいと思います。ただでさえ・・・」
 
不安がっているのに、これで機体が目に見えない、などと言ったらどれほど混乱し気が挫けるか。はだかの王様じゃあるまいし。こんな真似して・・・頭の中で魔弾の残弾を数える綾波レイ。復活参号機のカラーリングはおそらく赤木博士の現状の精神状態を鑑みて艶消しの黒とかになるのだろうと思っていた目には意外だった。演出だろうと思った。どうせ演出なのだろうと思った。この人もやはり科学者なのだからと。
 
「言いたいことがあっても、説明まで待つ。その態度は賢明だと思うわ、レイ」
赤い瞳の輝きに威圧もされずにさらりとかわす赤木リツコ博士。
 
「先に説明してもらってもいいですか」
 
「そんなに時間はかからないでしょう、入れてしまえばあとは一瞬なわけだし」
 
「心の準備もあるでしょうし」
 
「そうね」
二人の視線は参号機がいるはずのリフトより下部足下よりもうちいと左にいった所にある、エントリープラグを二つ並べたような特製のシミュレーターに。
 
 
「シンクロテストまでやってしまうのかと思っていました」
事情の説明で終わらす気はないのは先ほどの一幕で分かったが、さすがに手加減はしてくれるらしい。
 
「さすがにそこまではね、今夜は認証だけで手一杯。いきなり徹夜をさせるのもね・・・・・・今の現状で暴走されても止めようがないしね」
 
 
「その認証なんですが、ほんとにエヴァ一体に二人のパイロットが同時期に必要な」
 
「来たわ。やっぱり早かった」
 
「む」
 
 
ずいぶんと心の準備も早かった。ただカリビアたちに囲まれるのが怖かったからかもしれないが、
 
 
「よ、よろしくおねがいします・・・」
 
 
夏みかん色のプラグスーツに身を包んだ洞木ヒカリがこちらへ来て、赤木博士と目が合うなりお辞儀をした。緊張と、かなりの恥じらいがある。
 
もしかしてあの格好は恥ずかしいものなのだろうか。・・・・考えたこともなかったけれど。綾波レイはそんなことを考えた。彼女のその様子を見るに。どうも。少なくとも「似合っている」とかいう所ではない。
それが死装束になるかもしれないことを考えると・・・・・・。色は誰が考えたのやら。
何種類かあって、彼女が選んだのかどうか。まあ、そんなことはどうでもいい。
付き合って着替えるくらいのことはしてもよかったかもしれないが。
 
 
「よく来てくれたわね。それじゃ、早速、あの機械の中に入ってもらえる?レイ、案内をお願い」
機械というのはシミュレーターのことだろう。二連になっている構造がいまいち謎だが、だいたい勝手は分かる。「じゃ、こっちに」「う、うん」先導するとあわててついてくる。
 
やることは赤木博士と機械システムまかせであるから、シートに座ってもらえばあとは操縦桿を握らせてLCL注水について教えておくことくらいしかない。洞木ヒカリが物わかりのいい質でよかった。この段階で根掘り葉掘り聞かれても答えようがないし。参号機の姿が見あたらないことをつっこまないあたり、よほど緊張しているのかこれからやることのアウトラインをカリビアたちから着替え手伝いのついでに聞いていたのか。
 
 
ついに、ここまで来てしまったが・・・・・・・彼女にしてみると凄まじい運命の変転だ。
普通の人間なら取り乱して暴れ出すくらいのことは、どんな出来た聖女でも愚痴や恨み言の一つでもでるだろうに。余裕がないからそんな自然なことすらできないのか。
 
 
「・・・・・がんばって・・」
 
 
胸の内にあるものをかき集めて積み重ねてなお、この程度のことしかいえない己をつくづく恥じる。これが碇シンジなら惣流アスカなら。オゾンの香りする胸に抱ける小さな森林と大輪の勇気の花束を贈れるだろうに。それでも。伝わるものは伝わるのか、洞木ヒカリは静かにうなづいた。
 
シミュレーターの蓋が閉じ、彼女の姿が消える。参号機はこの姿を見ているはずだ。
拒絶してもらいたいのか、深く強く守るように受け入れて欲しいのか。
 
どうして彼女だったのか。彼女なのか。答えを知る機体はステルス機能などという小賢しいものを発動させて姿すら見せないときている・・・・・・子供1人ではあきたらず2人よこせという強欲の機体・・・・・。これでもし納得しかねるふざけた説明だったら。
片足が利かなかろうと・・・・、零号機で勝負するしかない、と綾波レイは思った。
 
 
 
・・・・・分かって、いるわね
 
 
 
「はじめるわよ」
主操作席についた赤木リツコ博士の声が参号機との対話を打ち切った。向こうが納得したかどうか。
 
 
参号機復活儀式の最終章、呪文が唱えられるでもなく天に稲光が百列するわけでもないが、山吹の衣に包んでほんのりにきびの少女を巨大な人型に捧げて始まった。もはやそれは誰に知られようと構わない。堂々と易々と制御の鎖など引きちぎりマギの中枢領域を使い倒し、第二東京の旧マギ、上海の蟹マギをはじめとした子分賢者機を儀式に参列させて電子の祝詞は朗々と。綾波レイのように傍目から見ている分には当然、そんな大がかりなことになっているなどと分からない。参号機の復活と新パイロットの選出・・・・それがこの使徒殲滅業界に与える衝撃がどれほどのものか。この一夜の出来事で人生が変わるなり狂うなりしたのは何も洞木ヒカリ唯1人ではない。それらに対しての先手必勝先行逃げ切り処理である。朝が明ければ誰も文句がいえなくなっているはずだ。それに、そうしてもらっておかないと困る。横やりが入っても守れる体制に洞木ヒカリを入れておかないと。それが分からぬ綾波レイでもないが。ただ、目の前の巨大な人型、ケージの景色に紛れて不可視であった参号機の姿がだんだんと明らかになっていくのを見守るだけ。
 
 
 
「色が・・・・・・この色は・・・・・」
 
 
機体の色が明らかになっていく。元々ステルス装甲の参号機にカラーリングをどうこういうこともないのだが、黒羅羅明暗使用時の参号機は、明が白色、暗が黒色、ということになっていた。基本の機体色について特に要請も出さなかったしそのまま黒が採用されるものだと思っていたが・・・・
 
 
「光・・・・・・・の色・・・・・・」
 
 
オレンジとも黄色とも山吹とも夏蜜柑色とも黄金色ともなんともいえぬ、あえていうなら来迎の日の色とでもいえばいいのか・・・その使用目的、機能性として隠密機動強襲型であるはずのエヴァ参号機ではありえないカラーであった。ゆらゆらと色彩がうごめき、何の色だと明言しにくい。道や心を照らす色、と詩的に表現しても訳が分からないだろう。
 
少なくとも、闇に紛れて敵を襲撃、という用途には使えそうにはない。まあ、それも操縦者のイメージでもスキルでもないが。とにかく、どうにも敵を威圧する効果はなさそうな色だった。初号機の紫、弐号機の赤、四号機の白銀、皆、色は異なってもそれぞれ戦闘機体として威の配色が、闘志が見えにくい者にはそれなりに、闘志が旺盛なものはより印象づけるような。乗り手の心の有り様が反映されるというなら、まあ納得も出来るが。
蛍の光、といってしまうとこれまた終わってしまいそうなイメージで、それを打ち消す。
・・・・とにかく。なんというか。料理の得意な彼女のこと、半熟卵の黄身の色というか。
 
兵器として、見る者を和ませるような色はいかがなものか。その色には広がりがあり、練習機の黄色橙に教える、これは準備中なのですよ、といったような縮こまった感じもない。
それが正式、まさに洞木ヒカリの乗り込んだ参号機の姿なのだろう。自分と赤木博士以外(つまりは感激性の人間はいないということだ)誰も見ていないこんな場所だが再生の晴れ姿・・・・・こまかく見ていけば、腕や足の装甲に影絵が、草木花動物人・・・それが浮かび上がっている。明の白参号機の場合は金文字の漢詩らしきものが浮かんでいたが。
 
 
あ、それに発見。
 
 
「目の周りが・・・・・」
 
 
鷹のようにというか悪者っぽくというか、キリリリと吊り上がっていた目のまわりがその角度を若干、落としている。色との兼ね合いでそう見えるだけなのかあとで赤木博士に確認してみないと分からないが。それでずいぶん感じが変わるから顔はやはり大事だ。
零号機の単眼に瞼さがっているように防護パーツがついたりしたら、眠たそうでなんかやる気が失せてくるものだし。
 
なんにせよ、この色彩の発現というのは、やはり参号機が洞木ヒカリを認めている、ということなのだろう・・・・・シンクロ率にすればどれくらいの数字になるのかは分からないが、こうも機体にダイレクトに発色させるというのはなかなかのものではないかと。
「これは・・すこし、意外だったわね・・・・・・ここまで・・・・」
何か興味深いデータでも見つかったのか、赤木博士の声が聞こえる。順調らしい。
 
 
 
と、思ったら
 
 
 
その光の色がどんどんと弱くなり・・・・・・がしょんっっ!!・・・・・でかい音がしたとそちらを見れば洞木ヒカリの入っている方のプラグ席、シミュレーターの蓋が開いていた。その唐突さは予定されたものではなく、強制排出、エヴァの方で拒絶かましてプラグを吐きだしたものだと容易に推察された。内部を満たしていたLCLはごぼごぼ零れるし、何が起きたのかさっぱりだろうの洞木ヒカリは「え?え?え?」ときょろきょろ周りを、外を見回し混乱しきり。単に驚いたびっくりした程度ならいいが、これがもし精神汚染、ショック症状その他諸々の悪い予感に血の気がひいて大急ぎでそちらへ駆け出したが、到着はタオルや掃除道具を抱えたカリビアたちの方が早かった。・・・・・・予想はしていたらしい。さすがに振り返って主操作席の赤木博士を睨み付ける。が、当人はおかまいなし、ひたすら手元の画面と参号機だけを見ている。その手は忙しくコンソールを動き回る。
 
 
う゛いーん・・・・・・・二連のプラグの空席の方から作動音がする。人がいない分ダミーでもいれたのか。洞木ヒカリのところに駆け寄るか、このまま参号機の変質を見届けるか。薄情だが、後者を選んだ綾波レイ。対処はカリビアたちに任せてこの成り行きを。
見る責任がある。
 
 
参号機はみるみる機体の光色を消して、今や真っ黒な装甲、暗が駆っていたそのままの機体色でそこにあった。
 
 
 
オオオオオオ・・・・・・・・・・・
 
 
 
見上げると吹きつけてくる確かな殺意悪意にぞくっとした。確かに無人であり、認証用のシミュレーターさえ空っぽでそこには誰の意思もないはずなのに。
 
 
がしょんっ!!洞木ヒカリが光色を保っていた時間より遙かに短く、装甲が完全に黒く染まったとほぼ同時にプラグが排出された。蓋は開くがLCLも零れずやはり無人でダミーだった。それどころか、モクモクとそっちのプラグから煙が出始めるし。
 
 
「!!」さすがに洞木ヒカリのもとへ走りかけたが、これも想定の内だったのかソルビアが消火器であっさり消し止めてしまう。一応、洞木ヒカリはカリビアが抱きかかえて安全圏に逃がしてはいたが・・・・・・・・・・・
 
 
なんだこの実験は・・・・・・・・・・・・・
 
 
言葉がない綾波レイ。今、目にした事実からどういう結論を得ればいいのか。
 
 
このまま参号機が暴走するんじゃないかと身構えたが、指一本動かすこともなく参号機は赤木博士が何やら操作すると大人しくステルス装甲の状態に戻った。ただの巨大な人型に。
人に悪意や殺意を吹き下ろしてくることもなく。完全に操作下にあったらしいが・・・。
いや、エントリープラグも入れてないのだからエヴァも動くわけはないと知ってはいるが。
自分で破片を回収して、それを届けて組み立ててもらったが、参号機は恨んでいるのか。
この世に復活させたことを。正当な操縦者もなく継ぎ接ぎに甦らせたことを。
 
それにしては、洞木ヒカリにえらく馴染んでいたような・・・・・・
 
 
それを突然の拒絶・・・・・・まるで、専用機に別人が乗り込んだような、主人以外を乗せぬ馬がよその乗り手を振り落とすように。はじめからそうであるなら納得できた。
しかし・・・・・
 
「実験終了。とりあえず、これで参号機と洞木さんの認証は終わったわ。あとは鈴原トウジ君だけね」
 
「これが・・・・」
 
 
しかし・・・・・・この機体の極端な変わりように、頭に閃くことがあった。
 
 
その理由を知る科学者は実証ができてご満悦らしい。洞木ヒカリの様子を見るに、エヴァのカラクリを知らぬだけにただひたすら驚いているだけで後に残るような強いショックは受けていないようだが、今はやりたそうなカリビアを制してお下げをといて自分で髪をタオルでふいている。目が合うと、金色の髪の科学者は語り出した。
 
 
「そういうこと。参号機は認証パーソナルパターンを二種類持っている。人間は当然のことながら一つの魂しかもっていないから・・・・参号機を運用していくには、二つの魂、二人のチルドレンが必要になってくる。参号機専属として、ね。この状況でただ機体を組み上げただけの制式の二番煎じなんか造っても仕方がない。盾にもならずにただ乗り手を死なせるだけだもの。格闘戦最強の機体のデータをそのまま生かせる、黒羅羅明暗が残した戦闘記録をそのまま使える機体でなければ、復活させる意味なんて。ないわ」
 
 
「・・・・・・・」
弐号機、後弐号機といった制式タイプのエヴァならば、認証パーソナルパターンというのは重要ではあるがパスワードくらいの意味しかない。制式兵器であればある程度の(チルドレンの絶対数が少ないゆえ選択の余地はほとんどないのだが)操縦者の入れ替えが出来なければならないわけだが・・・・・そんな利便性を求めた制式タイプでさえ二種類のパターンなど持っていない。理由は簡単、二体のエヴァを融合させたような・・・そんなことが現時点の技術では出来なかったからだ。エヴァのほそいボディの中に完全独立の二系統回路など組み込めるはずがなかった。そんなことをやるくらいならもう一体エヴァをつくったほうがいいし、はるかに安上がりであっただろう。
 
それらを解決したのが参号機のバラバラパーツであり、それらはバルディエルの能力、機能進化が宿っており、テクノロジーにおいて、2世代ほど先をいっている。そんなことは誰も知らない。知らぬうちに急いだのもそのせいだ。むろん、公表などできた話ではない。弐号機と惣流アスカの慰撫だか調教に忙しいのかギルが横槍をいれてこなかったのは幸いだった。回収作業は感傷ではなくひたすら戦闘のための補給行動だった。さながら餓鬼の。
 
それから、実験機の初号機やプロトタイプの零号機、本来戦闘用ではない四号機などの認証パーソナルパターンは変更の利かない唯一つのもの、引き剥がすことなど出来ない”流れ”とでもいうか。専属、の名が冗談でも何でもなくそれらの機体が本人のものになってしまっている。入れ替えを最初から想定していない、その者にしか使えない使う意味がなく・・・プロトタイプの指定意味はあの二人と異なるが・・・・・本来の戦略でいえば使用することもなかったのだろうが、カスタムチューンを重ねた参号機もこれら後者グループにはいるはずだが、それが・・・・。ややこしくなってきた。頭を整理する綾波レイ。
 
 
要するに、データの書き換えやら中枢部分の改修といった手間をかけずに、二人までならこのままパイロットを入れ替えて使用できますよ、とっても簡単ですよ、という大変結構な話であるのだが、・・・・・・怪我だろうと疲労だろうと使徒がくればそのまま代わりもいないので乗るしかなかった今までのことを考えればエヴァ運用のそれは悲願といえる・・・・・・ここで喜ぶわけにもいかないのだろう、どうせ。ここで悲願が叶うなど。あるはずもなく。
 
 
「ただ、問題があるのは・・・・・・今さっき見たとおり、認証のパーソナルパターンの切り替えは、”参号機それ自体が行う”・・・・・・という点ね。どれほど保つのか期待していたんだけど・・・まあ、ね。明と暗はそれを完全に制御できていたけれど、まあ、当然といえば当然ね、実戦投入が遅れた分、専用機としてカスタムされチューンを重ねてきたんだから。その蓄積を失う覚悟があるならパターンの単一化もできないことはない。それほど参号機のパーツひとつひとつに深く染みこんでいるから。新しく機体を組むのと変わらないわね。それは、パーツをひとつひとつ回収してきたあなたが一番良くわかっているのでしょうけど」
赤木博士はふだんよりもむしろ、ゆっくりと話した。ゆっくりと、崖から突き落とされた方はかなわんが。真綿で首を絞めているのかもしくは。再生組み立て作業の激務をやらせた仕返しなのかこれは。
 
 
「・・・・・・・」
巧妙に巧妙に、もはや天然自然と言うほどに人の肉体に馴染んだ使徒バルディエルを宿したそれでいて天下無双に己を使いこなすパイロットである黒羅羅明暗の魂を選んだ格闘機体として、使徒殲滅を使命とする存在としての本能の鬩ぎ合い兼ね合いがそのようにねじくれたことになったかどうか。バラバラになろうとその性が全く変わらないというのは。
なんという頑固さ・・・・・・それが参号機の、個性、なのかも知れないが。
 
どうにかしてください、とはいわない。できるくらいなら、やっているはずだから。
 
しかし。
 
しかしである。
 
 
参号機が勝手に切り替えるって・・・・・・なんじゃそりゃあ・・・・・
 
 
そんなのあるか!!ふざけんなこのパツキンサイエンスゼロ!!分かりやすすぎるだろ!!専門用語や難解な理屈をこねてもっと何言っているのか理解でいないように話せ!!すぐ分かってしまったら困るじゃないか!!リトマス試験紙!!などと綾波レイでなければキレていただろう。乗っていた馬がいきなり荒れて乗り手を跳ね飛ばすような先の有様はそういうことだったのか・・・・そういうことを考えて冷静であろうとする。
 
 
「切り替えの間隔、タイミングはとりあえず、周期化してみたけれど、完全にランダム。参号機の気まぐれね。パイロットを乗せて馴染ませていくしか、今のところ方策は思いつかないわね・・・・まあ、出撃の時にどちらになるのか分からない以上、洞木さんと鈴原君にはなるべく行動をともにしてもらいたいんだけど・・・・・」
 
 
「さらに、戦闘中に切り替わることもありうる・・・・・と」
 
 
なめたらあかんぜよ・・・・、参号機ッッ、と思ったが当然、口には出さない。向こうにしてみればこちらの強引な行動をあざ笑っているのかも知れない。さすがにあの明暗が乗っていた機体だけのことはある。気ままに吹き荒れる強風をねじふせることなど、誰にできるのか。
鈴原トウジを連れてくるべきだったか、なかったか、・・・・・答えが出ない綾波レイ。
 
 
「そうね。接近戦を担当することになれば・・・・・引き際が難しいわね。
・・・ミサトが。いえ」
いれば良かったのか、いなくて良かったのか、どちらともとれぬままに口を閉ざした赤木リツコ博士。とりあえず自分は責任はたしたんだもんね、な顔をしている。あえて心は読まないがもはやそれで十分だ。
 
 
「とりあえず、洞木ヒカリさんはパイロットとして参号機に認められた。あとは鈴原トウジ君だけど」
 
まだそれが残っている。もし、彼が認められずにパイロットに落選したとしたら、参号機は使い物にならなくなる・・・・・・いや、まだ乗りこなせていないだけかもしれないが、当分の間、主導権は参号機の手にあるだろう・・・・・から。赤木博士が二人連れてこい、といった意味が今分かった。遅い、と博士が咎めることはなかったが、後悔はある。
確かに、この目で見ねば、話だけ聞いても信じられなかっただろう。こんな種類の厄介ごとが待ち受けていたなどと。信じたくなかった。先に結果が出てしまった方が・・・・良かったか・・・・精神的健康からすると。「その点は、あまり心配していないけれど」
赤木博士のその言葉も慰めにもならない。どう転ぼうと悩むことには変わりない。
 
 
・・・・・まあ、目の前にあることから、すでに分かっている事柄から片付けていくほかない。彼のことはとりあえず、夜が明けてからにしよう。洞木ヒカリ、彼女もこれでもう家に帰した方がいいだろうし・・・・・・・・・・・まだ彼女の身分は安定しない、このまま自分が送っていったほうがいいだろう・・・・その責任もあるだろうし・・・・
 
 
賢者の英知か魔女の奸知か、その思考を読み取ったのか、
「彼女の周りのことは気にしなくてもいいわ。都合のいいことに、今夜も彼女にお迎えがきているし・・・・・レイ、あなたと同じように」
そんなことを赤木リツコ博士は告げた。
 
一瞬、鈴原トウジが感づいてあとをつけていたのか、とも思ったが。悪いが、彼ではナイトはともかく、ガードは務まるまい。どちらかといえば若武者、いや冗談はともかくとして。エヴァのパイロット、チルドレン・・・・・兎に角、エヴァと呼応するという金の卵宝石の才能を、その片鱗輝き一つとはいえ、示して見せた彼女の身はもう平穏を知らぬ。本人の知らぬままに風を呼び嵐を呼び災いの闇を招くことになる。
かといって、現状の無法色を際だたせる諜報部員に一任するのは・・・・・避けたかった。
 
 
「レイ、あなたもそんな体力、残ってないでしょう。いくら若くても」
 
ゲージでも確かめたように断言赤木リツコ博士三十路。その目にはどこかに浮かんでいるファーストチルドレン体力ゲージが見えているらしい。レッドゲージで点滅だと。
そう言われると、赤い瞳もしぱしぱしてくる。一眠りしたとはいえ、身体はまだ欲しがっている。睡眠を。しかし。
 
「それは、かまいません」
 
そんなことで彼女を危険にさらすわけにはいかない。ここから一歩出れば七つの目玉の敵がいるのだ。作戦部長が頼りになれば・・・もしくは葛城ミサトがいれば、それに任せて済む話だが。独断専行で進めば当然他からのフォローも期待できないわけだ。
気合いと誇りと義務感と責任感をけなげなほどに束ねたその言葉を赤木博士は無視。
あっさりと視線を髪を拭き終えてついでに服にも着替えたこちらにやってくる洞木ヒカリに向ける。
 
「洞木さん、お疲れさま。今夜はこれで終わりだから帰っていいわよ。お家の方へは連絡しておいたからお姉さんが迎えにきてくれるみたいよ。詳しい話はまた明日に」
初日であるせいか、自分たちとはえらく接し方がちがうなあ、ちがいますねちがうんですね赤木博士、と思う綾波レイ。やっかみなどではない。そうであってよかったなあ、と少し安心さえした・・・・が、それとは別に自分の危惧した点をまったく理解されていない点に大いに困った。おまけに先ほどのシミュレーションがどういうことを示すのか説明しないし。
 
「え?お姉ちゃ・・・・いえ、姉が・・・ですか、そう、なんですか・・・・はあ」
ここで家族のことを出されてかるく驚き、さらに自分がエヴァに乗って動かせる、あなたは間違いなくチルドレンです!と太鼓判を押されるでもなく帰ってもいい、とあっさり言われると惑うしかない洞木ヒカリ。割合にこちらから問わねば答えてくれないような・・・・そういう人はたぶん頭が良すぎるのだろうけど・・・・人だとは電話口のやり取りで分かっていたが。
 
 
「それで・・・・・・私は・・・・・・合格、なんですか・・・・・・」
 
 
ここではっきりさせておかねばなるまい。人生の一大事だ。うやむやにはできない。
 
 
真正面から問われて、赤木リツコ博士は目をぱちくりさせた。演技でもない幼子のように。
そんなことはわかりきっているのに、といいたげだが、わかりきっているのはあんただけなのだった。
 
「あ・・・・・」
綾波レイはここで自分が口をはさむべきだと思った。なんせ二人の間には何百光年もの知識の開きがある。いや、ここまでいうと洞木ヒカリがウルトラノータリンみたいだが、実際に見ている世界が違うのだから。簡単なようなその問いに答えるのは実は難しい。正確に答えようとするなら、それはかなりエッジの鋭いものになり予備知識なく聞く者の耳と心を裂くだろう。今までの使徒戦の流れ、JAに負けたあとの惣流アスカの一件など考慮すればそう簡単に答えていいものではない。だが、赤木博士は。
 
 
「あなたのほうが、よく分かっていると思うけど」
 
意外なことを言った。
 
「シミュレーターの中にいた間に、あなたは、”何を見た”の?」
 
「え?・・・少し、夢を・・・すごく凝縮された夢・・・・・・あの、変だったですか?・・・・エヴァって・・・そういうものじゃないんですか?」
 
「ゆめ・・・?」
初めての実験で極度の緊張にあったはずの人間があの中で眠り夢を見た・・・・・?意外に洞木ヒカリは神経が太いのか。そういえば、自分をのぞくチルドレンは皆、常人離れして神経が太い気がする・・・・綾波レイは今更ながらの共通項に気付いた。プラグ内をモニターしていた赤木博士には当然、内部の様子、外面のみならず脳波やら心拍数やら体内データも分かっていたのだろうから、そんなことを言い出したのだろうか。
それは・・・・参号機からのアクセス、語りかけだったのかもしれない。
 
「タイプで言えば・・・・・そうね、あなたは、シンジ君タイプかしら。サード・・チルドレンの分類じゃない・・・・私の直感だけど。才能を言葉に置き換えるのはむつかしいから。プラグ内のLCLにとても馴染んでいた・・・・・のは確かね。あとは参号機を動かして、使徒を倒してもらえれば、満点ね」
 
 
実のところは試験すら始まっていない、ただ願書受付してもらっただけの段階であるが、さすがにそこまで言わなかった。ミサトがいればこんなことは任せて自分は一服するのにな・・・・頭脳の大部分では休まずに回転し続けてさきほどの実験データをまとめたり今後の展開を思考しているのだが、頭の片隅ではそんなことをおもう人間赤木博士である。
ズバッと真実を言わず、婉曲な物言いになったのは、洞木ヒカリが見たという夢、とやらが興味を惹いたせいもある。ダミーが参号機制御に使えないことも同時に分かって時間は無駄にしていない。出来れば、朝イチに鈴原トウジの認証をやってしまいたい。夜の内に話をつけてしまってくるか・・・・・地下に隠るのもさすがに飽きてきたし。美しい大人の笑顔の裏でそんなことも考える。参号機を指揮するために参画したという孫毛明、彼も動き始めたとマヤから連絡が入ったし。・・・・・さてさて。
 
 
「仰々しくネルフの車で送るのも、かえって迷惑かとおもったんだけど」
立場から言えば、自分が送ってもいいのだが、ソッチの方がはるかに巨大な迷惑をその周辺にかけることになるだろうから自粛する。だいたい、「そのための彼女」がいるのだから無理はいらないのだ。横顔を刺すレイの視線が冷たいが、あえて無視。
 
 
「あ、いえ。お姉ちゃん・・・・・あ、姉が来てくれるなら、大丈夫です、も、問題ありません」
なんとか、それらしい言葉を使おうと思うのだろうか、今までのチルドレンと比べるとなんと新鮮なのでしょう。そのほんわかとした気持ちが冷気が襲う肌を防御してくれる。
 
「ああ、今夜の実験のことは、レイのつきそいということにしておいたから」
大人としてはご家族の方に恐れ入る必要があるのだが、その点、洞木ヒカリのご家庭の事情は少し複雑なのだ。妹がこうなってしまって、姉の方は以前から。まあ、いろいろある。
隠しておきたいならそうすればいいし、話すタイミングくらい自分で選びたいだろう。
 
 
「あ、はい・・・・ありがとうございます」
 
その姿を見て、いい子ね、と思う。いい子だから、自分はあまり触れてはいけないな、とも思った。運転技能その他もろもろは棚にあげておいて、今夜の帰りを葛城ミサトが送らないのはなんとも惜しい、と思った。・・・あー、鈴原君の方もちょっと考えないといけないかとも。頭脳の回転が速すぎて、浸っていられるのもごく僅かだ。これは不幸かも。
 
 
「そういうことで、いいわね?レイ」
 
これで異論をはさめるわけがないだろうが、という目を綾波レイはしたが、態度としては静かにうなづいた。まあいい、何も言わずについていけばいいのだ。姉だろうと親だろうと責任上ついていく、ということでゴリ押そう・・・・決めた。なんでもかんでも自分1人でやろうとすればいずれけつまづくか、ここぞというところで体調を崩したりするのだが、それにも気付かない。あまり働きのない諜報三課のことなど知らないのだから仕方がない。こんなはずじゃなかったのに、こんなことになった、なってしまった洞木ヒカリのことを気にかけているのもあるが。
 
 
 
「綾波さんはネルフ本部に急に呼ばれて、体調悪くて咳き込みながらも戻っていったのをわたしがわがままいってついていった、ということになってるらしいんだけど・・・・・」
 
「いいの」
 
 
シュタインフランケージからの帰り道、自分の隣ではなく微妙に後ろ斜めについて普段より仏頂面をしている綾波レイに、カーブで「心配せずに綾波さんも休んで」と伝えてみる洞木ヒカリだが、一蹴される。その青白い顔に「あくまでおくっていく」とかいてある。霊力のある坊主がもしここに通りかかれば、おぬし、疑心暗鬼にとりつかれておるぞ、と喝破しただろう。・・・そんなことは絶対にないが。
 
洞木ヒカリにしてみれば、どうも情は深いのだが、昔話の飴買い幽霊でも背負っている気分でどうも気分が梅雨っぽくなる。アンタ、ちょいウザ、などと口が裂けてもいわないが。
なにか神経を集中させているらしく、ずうっと無言のままついてくる。
操縦席の中で見た夢について相談したかったのだが、どうもこれでは・・・・・
綾波さんも外見では分からないけれど、興奮しているのかも、しれない・・・・
パイロットが1人だったのが、半人前以下の素人でも仲間が増えるのだと思えば。
絶対、それに対して「うれしい」などとは言えないだろう彼女であるなら。
 
 
実は、綾波レイが難しい顔をしていたのは、上層へ戻ると参号機復活の報が駆けめぐっており人が慌ただしく動いており、すれ違うその流れをつぶさに綾波能力で見て聞いていたからだ。もうフランケージから通常のエヴァケージに移してしまうらしい。まさかの再生再使用の命令に整備の人間はおおわらわ。どういう形でそれを赤木博士が発表したのかは知らない。だが、鈴原トウジのそれが済んでいない状態でこうも話が広がってしまうと・・・・もし、彼でなかった場合、どうするのか。
 
 
認証のスイッチが戦闘中に切り替わるのを承知の上で・・・・・・なんのレクチャーもなく、碇シンジのように使徒戦に送り込むのか。それは、ほとんど爆弾だ。
 
 
自分が、単機で、どうにかするしかない・・・・・・・
あの黄金の牙剣をふせぐ手だても考えつかないが・・・・・・それでも
 
 
このストレスはとっくに胃に穴をあけてほんとに血の咳をさせているはずだが、なんとか耐えきるあたり、やはり綾波レイも常人ばなれして神経が太いといわざるをえない誉め言葉である。だが、自然、どうしても高純度高濃度の、空を焦がし血の雨を降らせ世界をうち殺すほどの尋常ならざる殺気が体内からじわじわしゅーしゅーと漏れてしまうのは仕方がなかった。
 
 
 
そして、綾波レイと洞木コダマが相まみえることになる。