「ん〜〜〜〜〜・・・・・・・」
 
 
さすがにそこに喜色はなかった。
 
 
 
「ニ、ニコニコル様・・・・・」
 
さすがのエリート部隊も呆然としている。目玉の紋章の入った旗がはためいているのは、このミッションの失敗をこれ以上ない形で示していた。天領化するための結界が崩された。
 
 
正確には、逃げられた、というべきか。
 
 
ゼーレ直轄の封印地帯、天領とするはずの「地域」が、逃げた。
 
 
尻に帆でもかけたかのように、海へ。
 
 
地域が・逃げる、こと自体は予測されていた。常識はずれていようが、いやさ、そのような常識を凌駕しているからこそ天領に指定されたのだ。それはいいだろう。そのために調調官の一部隊が派遣されたのだから。動く島、というものは他にもゼーレ天領にはある。(ただ、その島は動かなくしてはあるのだが)ありえなくは、ない。ゼーレ的には。だが。
 
 
すさまじいスピードで、逃げていた。
 
 
存在率のバランスを通常確率に戻しながら、つまりは、隠れ里であることをやめながら、
竜尾道、と称された一帯は、あれよあれよという間に、瀬戸内海を抜けてしまった。
奇妙なことに、その大きさと速度を考えれば、破壊に充ち満ちているはずのその航跡に、被害がほとんどなかった。一般の漁船やら海上海中の設置物をいちいち避けられるはずもない・・・・そのカラクリはあとで分かるのだが。
 
 
実時間にしておよそ一時間。その間、「あれよあれよ」と言うだけで何もできなかった。
調調官エイリ・アンハンドが急な別件でこの地を離れていたせいもあろうし、大権力をもって人手を駆り集めようとしても第三新東京市では使徒戦の真っ最中、そのような子供向け人形劇のような話を「現実」だと信じさせることはまだしも、それを「幻想」の中にもう一度閉じこめるとなると・・・・・
 
 
「ん〜〜〜〜〜・・・・・・・」
 
 
島を船と化す、魔法と言うよりは無法に近いテクノロジー。それを把握はしていた。
エヴァ・ヘルタースケルター。第六実験、「生態の埋設」。人類史上から数えても上から五本の指に入るのは間違いない、バランス感覚の黄金才能、水上右眼。変形都市の大権威、赤木レンタロウ。
 
 
 
だが、最後のピース「水上左眼」・・・・・異形の竜を駆る片眼の女はそれを選択しない。
 
 
 
そのはず、だったのだ。間違いなく。
 
 
それをお膳立てした者の願いとは相容れぬ・・・・器の違い、といった方がいいだろう。
 
いかなる考えを吹き込まれようと、最後の最後に回心を得たとしても。
器は広がることはない。・・・・それを見極めてしまえば、予測がはずれることはない。
器以上に水は汲めない。それは、絶対の真。いかなる欺瞞も通じない。
 
 
水上左眼には、海へ出る、という選択は不可能。
 
山にて眠る、ということしか出来ない。とうに、そうなっているはずだったのだ。
竜と里の陰のもと、なんとか死神の目から隠されてきただけのこと。
 
 
いかなる願いが届けられようが、器からはこぼれ落ち、当人は望みのままを果たす。
 
 
眠りにつく、という定命本性の誘いを断り続けられる者は、あの碇ユイくらいのもので。
 
 
その元で眠りにつく、という、原初の欲求に抗えるはずもない。彼女はそうするものだ、と、調律調整官も確信しており、そのための手配をしていた。
 
 
竜は姉の骨と接合するだろうが、その後、骨を砕き、無限の蚯蚓となって地に潜りながら山を霧の山街を目指すのだと。失った目で迷いながら。これが周辺地域にどれだけの破滅を呼ぶか、己がかつて味わった同じことを引き起こしてみせる、と決意したのかもしれぬが。亡者の考えることというものは、そうしたものだ。ひたすらに同化を求める。
 
 
それをさせぬのも、仕事のうちだった。それが世界の管理というものだ。
 
 
サタナウェイクでその山潜りを止め、内包するO=エヴァ、オルドオルタの福音丸もろとも回収、アバドンの技術者の手で余分なものを削ぎ落とし生産機能のみに特化させる・・・・純正の天領工場として再生・・・・というものが、妹であるエイリの最悪回避バージョンのシナリオだったのだが・・・・ここまで待たねばならなかったのは、戦闘力として厄介極まるネイキッドであるヘルタースケルターが「重荷を支える」束縛から操り手とともに解放される局面を避けねばならなかったためだ。重荷を支える立場はそのまま、重荷の内容だけを変える・・・・竜の寝床から機母の寝台に役割を変わってもらわねばならぬ。その海縁にて支え続ける力を、前線での戦闘力に転化させれば、業界のパワーバランスは一気に崩れる。いくつもの計画群が膨大な変更を余儀なくされる。骨の姉が竜の妹を見限る時・・・・業界関係者はそれを昔から注視してきたが、
 
 
それは、とうとう。
 
 
 
に、しても・・・・・
 
 
彼ノ娘は山で眠る・・・・・・この大前提が崩されるとは。
 
 
エイリ直々に、碇ユイのもとへ最終確認にいったわけだが、まんまとはぐらかされたわけだ。なにが「そんなものだから」だ。やはり、人間ではない。その身ひとつで根幹クラスの大計画を阻もうというだけのことはある。自分たちのようなものがいうのもなんだが。
 
 
とにかく、ああも明確に海になぞ出られては、もはや天領にはならぬ。
 
 
こちらが呆然としている間に、「ネモ艦長」を名乗る謎の人物による工作によって衛星攻撃その他の軍事手段で沈没させられぬ程度の政治的防護幕を張り終えてしまった。ヘルタースケルターもそのバランス神通力をほぼ全て、島々を航行させることに限固定させてしまっているようだ。蜃気楼もいいところだが、もはや天領の工場としての価値機能はもたない。それを乗り込んで強行すれば、崩壊し海に沈んで終わる。幻想を固定することにどれほどの・・・。まあ、すでにオルドオルタ自身も機能停止に追い込まれているし。
やらかしたのは、エヴァ八号機。
 
 
 
「ん〜〜〜〜〜・・・・・・・」
 
 
愛する妹にこの悲惨な事実をどう伝えたらよいものか・・・・・
 
 
「な、なにを喜ばれておられるのですか、ニコニコル様・・・・このような時に」
 
ただでさえ悲しい顔の上司がさらに悲しくなるとなるともはやどうなるのか・・・・胸が潰れそうなエリー徒部隊がさすがに咎め口調で。顔がそうなのは分かっているのだが。
「い、いえ、すみません。お顔自体がそうであるのをつい失念しまして・・・・・え?」
 
 
上司の顔から消えたことがない満面でも足りず鼻にも盛った懲りない喜色が、消えていた。
 
浮かんでいるのは、別のものだ。喜色とは似て非なるもの。これは・・・・
 
 
「面白い・・・・・・・・君たちとエイリには悪いんだけど、これは、面白い」
 
面白がっていた。この任についてより、この掌から零れた事案というものはない。片手だけでも十分だった。すくい上げることまではせぬこともあるが。予測通り、計画通りに、コトを運び、コトは運ばれていった。その様子を翻ることを知らぬ旗とともに見てきた。
 
 
それは喜ばしいことではあった。それがあまりにも長く続きすぎてきたから、この顔は。
 
だが、今回のコレは。こういうことが、あるのだ。あの娘は、生贄になったわけではない。
そんな気など全くないに違いない。ただ、誘き出す、くらいのつもりはあったかもしれぬ。
 
 
・・・・剣を落として
 
 
出し抜かれた、というより、持っていかれた、というのが正しい。
いまさらどうにもならぬ自らの身を喰わせて、動く糧にする。捨身ともまた違う。
 
 
・・・・舟を刻む、はずだった。
 
 
「レビアタン、いや、リヴァイアサン、というべきか。ウイルスをビールスと呼ぶごとく」
 
 
「はあ・・・・」
面白呼ばわりされても怒れない。いまだショックが抜けきらず、ショッカー戦闘員ほどにも気合いが戻っていないのだろう。それに構わず、さらに顔を未知のものにする。
 
 
海を、割って見せた。
この、聖書がえり、ともいうべき出来事。
 
 
「大義無敵や万能正義といった概念が縮小傾向にあったからねえ・・・・単純な生欲を呑み込めず、逆に呑み込まれてきた。それを・・・・・やはり深い底にいたのか、この度、生まれたのか・・・・竜を、呑むほどの」
 
 
 
海蝙蝠だ。
 
 
神獣幻獣、という世に馴染んだものとも違う、旧神獣、邪神哺乳類、とでもいった世代外れた、その食い違いの摩擦力をもって人界を震わさずにはおれない怪妖。原始の偶像。
 
 
それに、喰われてみせることこそ。
 
 
古く硬すぎる殻をとうとう脱いでみせたところは、黄昏の時代を管理する蠱のようでもあるが
結局は、擦り切れ果てることを承知の上で、人の近くにあることを選んだ。
 
 
呼ばねば、求めねば、それは、現れない。エサにも「活き」が求められる。
 
 
その現出と、
 
 
アポロ以来のエクソダスらしいエクソダス
 
 
この事実を、祝ってもいいくらいだった。
 
 
 

 
 
 
 
気分は、紅炉雪・・・・・
 
 
紅炉雪、というのは赤く燃える炉に、一片の雪を投ずると、一瞬のうちに消えてしまう・・・このことになぞらえた、美しげな表現である。
 
 
同じ雪でいうならば、笹の雪、
同じ笹でいうならば、笹の露、
 
似たものつながりでいうならば、竹の葉霰
 
または、古袈裟、破絹、籠釣瓶、棚橋、舟橋、浮橋、踊り仏に鵜首。
 
年代的に何を言うておるのか、というものも多いが、それはやもうえまい。なにせ、
これら全て
 
「切れ味の異名」であり、銃刀法なぞなかった時代の刃物イケイケの言語センスなのだ。
 
うまいこといっているのか、単にまわりくどいのか、綾波レイにはそこまで判別できないが、ただ。気分としては、まさしくそんな感じであり。切実に過ぎるのは圧倒的実力差。
それが分かるのはべつに技量が増したわけではなく、単に目の曇りがとれたからだろう。
 
 
この距離までくれば、もう吸刀術など通用しない。いかようにでも斬られて終わる。
 
 
あと十数世代を経ても、目の前の剣技を吸えるかどうかは分からないけど、とりあえず
現時点では絶対ムリ。・・・・・完全に習得したゆえに悟ってしまえる。これを後代に伝える義務がそういえば、自分にあるのかー、と。そんな理解はいまさらながら。
 
 
{おらー、さっさとせんかい。呪いのキズ、解いてやらんかいわれ。はようせんと、ブチ曲げてしまうどー}
 
 
・・・伝わってほしくないのに、高シンクロで伝わってしまう鞘ロンの脅迫交渉。
それにしても最低だ・・・・・三下、サード下とはよういうたものだ。
 
 
{ええんか?それでもええんか?ワシらもそないにヒマとちゃうんやで?最近は、どっちもキレキャラで抑え役がおらんのがハヤリなんやで?このまんまやと、ホンマにまるまるっとしてしまうで。翔天させてしまうで。☆っと書いてキラーと読むんやでこの姐さん}
 
 
最悪だ・・・・・・邪悪の化身か地獄の使者かこいつは。いや、この身を案じてくれているらしいのはいいのだけど、他のことを考えていないのが・・・・・それがこの期に及んでフェイクでなかったというのは・・・・真心というより魔心なのだろうけど・・・・悪に報いはある・・・・悪に報いはあるざます・・・おっと語尾・・・
 
 
とはいえ、元々、コレをこちらに引き止めたのは、自分だ。邪悪だろうが地獄だろうが、付き合わねばなるまい。責任とって。
 
 
 
対峙はどれほど続いたか・・・・・・・・・・・
 
 
 
降る斬撃で一帯は結界と化している。もはや人界ではない。あえていうなら、さらし首県チョンパ市打ち首町ムラマ三丁目、といった異界である。都合の良い助太刀は勿論、屍を拾う者どころか通信すら届かない。時の流れすら、刀持つ者たちに都合良く流れるのだ。
 
 
ひょいっと
 
 
もとより主導権はあちらにあるわけだが、それでもその動きに機体が凍った。
 
 
ガタイとしては人間なみの、大使徒(VΛV)リエルが、その移動台座とする双面獣使徒から飛びたち、脅迫中の鞘ロンそのものに降り立ったのだ。
 
 
(どうするの?)
 
さすがに慌てた綾波レイが鞘ロンに問いかける。こんな行動は予測もしてなかった。
どこぞの和尚さんに騙される昔話「三枚のお札」のヤマンバとは違い、攻撃力にまったく関係ないのは知れきっている。そこをギュッと掴んでひねり潰して豆飲んで終わり、というわけにはいかない。これはちょっと要相談であろう。
 
 
{どうしよう!!}
 
返事は速攻だったが、特攻でもあった。こっちに来るんかい、と思わないでもなかった綾波レイであったが、口にも思考にも出さない。どうどうラリーを続けてもしかたがない。
 
覚悟を決めるしかない。
 
 
鞘ロンそのものを、こっちがやったように、まるっと呑み込まれる、という可能性。
 
 
思い至ったのは、事が済んでからだ。
 
 
鞘状態のロンギヌスから、あっさりと牙の剣を抜き取ると、ぺたり、と剣の腹を零号機の左足切断面につけた。それだけで、呪いというか牙顎変化が解け、元に戻った。
 
 
 
元に戻れば戻ったで、あまりにもそのまま元に戻ったので、大慌てでロンギヌスがまたロンギヌソクに戻って義足化しなかったら、大量の体液噴出とそれにまつわるショックで零号機も綾波レイもその場でくたばっていただろう。しかも、痛みがないわけではない。
 
 
 
のウ
 
 
能ではない。この世とあの世の狭間を行き来する、といった意味合いでは近いだろうが。
幽玄も深淵もなにもない。ただひたすらに、堕ちていくだけ・・・・・坂に口づけアンゴの世界。
 
 
しばらく、ブレイクダンスを踊るように、その場で転げ回っていた。のたうちまわるうちに体色も青に戻っていく。とてもじゃないが、目など開けていられない。
 
 
気分は紅炉雪、どころではない。もっと生焼けで生殺しだ。花のように潔くなどなれない。
 
 
{痛くないようにもできるけどねえ}などとロンギヌソクは伝えてくるのだが、拒否する。
それはまずい、という予感がヒシヒシとしたせいだ。ぎっと耐えるほかない。
 
 
ちょうど痛みが途切れてダンスを終えたころに、結界も晴れた。
 
 
使徒は、消えていた。
 
 
無様に転げ回っているこちらを無視して、進行を続けた、というわけではない。ようだ。
結界が晴れてしまえば通信も回復、情報もとれる。解禁された情勢の流れは強烈なものがあるが、じっくりと咀嚼する。その時間があることを、まず知ることができたからだ。
 
 
使徒は、消えた。
 
 
この地点から忽然と。接敵するほどの距離にいた自分がいうのもあれだが。
 
まさか、こちらの当初の一念が通って、そのまま帰ってくれた・・・・というのは公言しにくいものがある。ロンギヌス・・・・これがなにかてめえの言い分を貫いた、と考えるべきか・・・・いまさら姿を隠して不意を打つ必要もないだろう。人の目などいちいち気にして。観測するのは向こうなのだろうし。
 
 
第三新東京市を三方包囲に食い込んでいた使徒達も北東方面に引いた後、再侵攻を計るのかと思いきや、他二体の使徒を収納した雲つく巨大使徒はしゅるしゅると小さくなってしまい、辺りの森にまぎれるほどのサイズになったとかで、そこで反応は消失。完全にロストしたとの事。これまでにないパターンであるが、それを逃げられた、と悔しがる余力などボロボロの本部にあるはずもない。参号機も弐号機も、一歩も動けない有様らしい。
 
 
首の皮一枚で、つながった、というところだろう。自分もふくめて。
 
 
とにかく、帰らねば。
 
戻らねば。帰って、態勢を調えなければならない。使徒が、またくる前に。
 
 
綾波レイはそう思っていたし、とりあえず繋いだ片足でひょこひょこしながら帰路を急いでいた。とりあえず、の接続であるから、かなり違和感と痺れ、痛みがあった。
{痛くないようにもできるけどねえ}まだ言っているが、無視することにした。
 
 
 
まさか、帰った矢先に、もう一戦やるはめになるなどと・・・・・
 
 
 
しかも、その相手が・・・・
 
 

 
 
 
 
弛緩があった。
 
 
緊張の糸が燃えつきるまえに、なんとか、その手前で、これ以上の負荷を続けることだけは避けられた、というか・・・・。こうしてみると、人間の神経強度というのは偉大ですらある。もし、精神負荷をそのまんま肉体表面が表示することになったら、一例としてあげてみれば、日向マコトの額などとっくに消失してしまい、落ち武者どころか出家入道になっていたことだろう・・・・・本部の人間はそのような有様であり、理由は不明であるがとりあえず、使徒がどこぞへ撤退、消えたことを警戒どころかうかつに喜ぶ体力もない。
 
 
ゆえの、弛緩であった。
 
 
仕事がこれで終わったわけではないのだ。使徒は去った、また来週、ということにはならない。また来襲、の方を心配せねばならないのだ。だが、人間の機能限界として、これはどうしようもない。体力的限界のないマギがここで「モットハタライテクダサイ」などとケツを叩いたとしてもどうしようもない。歓声一つあがらぬ、生乾きの空気。冬月副司令が、「こころをいれかえた」司令モノリスとどこかへ行って発令所におらぬ、ということもあるが、日向マコト、青葉シゲル、伊吹マヤの三羽ガラスにしても、ここで皆の気合いを入れ直すには、実務処理能力が高すぎた。状況が終わっていない以上、どうしてもダレてくる各所どうしてももはやフォローいれねばならない場所に、的確な指示を出すのに忙しすぎて、総括やら演説などしとる間もない。分析どころか情報収集だけで死ねる。
その間を外せば、一気に疲労ドミノ倒しになるのが目に見えすぎていた。そこらは踏んだ場数の違いであろう。作戦部長連が機能していない、というのも凄い。
 
 
戦闘が終わったのか、終わっていないのか・・・・・・
 
 
なんとも奇妙な、テンションを保ちにくい状況ではある。
 
 
分かりやすい例をあげると、エヴァを回収するのか、しないのか、ということがある。
 
 
現地・第三新東京市にいるのは、本部から正式に出撃しているわけではない参号機とザ・ビースト、改造に近い改修されたらしい弐号機。
 
 
この地におらねばならぬはずの零号機はよたよたと、出ていった時には雲泥の速度で戻りつつあるが、八号機などは完全に行方をくらましている(と、いう建前になっている。実際、副司令経由で三羽ガラス周辺はその居場所を把握している)
 
 
使徒戦が終わったのなら、エヴァは回収するべきではあるが・・・・・
 
 
本部所属でなくなった弐号機は早々に、必要量の充電さえ済ませてしまえば少々のダメージは構わず本部には寄らずこの場を去ることを伝えてきているし、すでに腹立つほどの手際よさで空路・海路、両方の迎えが来ている。ここでこの弐号機が来てくれなければ、どれほどの損害が出ていたか・・・・それを思えば、感謝感激雨アラレ、本部内に招いてありがとう式典の十や二十ひらきたいところであるが、戦闘中は必然であったパイロット犬飼イヌガミとのやり取りは完全にシャットアウト状態。まあ、そうだろうなあ、こっちも逆の立場ならそうだろうなあーと業界の常識的に思っても、人情はまた異なる。一筋縄では、いかぬものだった。
 
 
 
そして
 
 
エヴァ参号機・・・・・・・
 
 
こちらは天然100%で本部所属であり、本部施設内に回収するに迷いなど
 
 
 
「どないなっとんですか!!」
 
 
鈴原トウジの苛立ちが爆発する。本部スタッフ、つまりは大人達の、不要のはずの、意味不明の待ちを。・・・何か、ビビっているように見える。どうせ、戦場に立つわけでもないくせに。口に出すほど子供ではないが、これで終わった、などと決して思えないし、どうして思えるのだろう。いや、自分たちには、分かるのだ。あの夜から、これは続いている。今こそ、あの機体、あの力が、必要に、なるのだと。不相応だろうがなんだろうが、結局、その資格にも足りずに半人前が二人でようやく一丁前なのだとしても。それどころか、相方の方には隠されていた光り輝く有り余る次世代才質があり・・・・それを発揮させぬための、影となり陰となり足手まといのように張り付いているだけなのだとしても。
 
 
「いつまでここにおりゃ、エエんですか!もうやることがないんやったら帰りますわ!
けど、まだ終わっとらんのとちゃいます!?気い弛んだところを隠れとった裏拳でバコン、なんてなケンカの常套手段でっせ?そんなんでやられるなんてまっぴらご免ですわ!!あいつらに申し訳なさすぎですわ!マヌケすぎますわ!乗せてくださいよ!乗せてくださいや!」
 
 
にしても、あの参号機は、あまりもワケが分からなすぎる・・・・・・
というか、敵チックすぎる。色まで変えて何がしたいのか、
 
 
参号機に乗り込めない・・・・・・・ケージもおらず、謎の誰かを乗せたまま出陣したまま戻らない。それは、強奪されたというべきか。・・・・なんにせよ、自分たちでなくとも動かせる・・・・・比較にもならぬ高いレベルで・・・・人間がいる、というのは。
 
 
怒るべき、なのだろう。様々な意味で。これは耐えても毒になるしかない類の怒り。
 
 
「すまない・・・・・・もう少し、待機していてくれ」
 
日向マコトがモニタごしとはいえ相手をするのは、人間力というべきか。おそらく、今の現状であれば、他の者ならえげつないことを言い出してしまう。言ってしまう。
 
 
実際、現在立ち入ることも許されない参号機ケージの惨状を見れば、鈴原トウジの感想も違ってくるだろうのだろうが。迂闊に手が出せない、というのが正直なところだ。ネルフ本部の人間も参号機だけは早々に回収してしまいたかっただろうが。
動かすべきではない、という伊吹マヤの言もまた生半可な重さではない。
 
 
 
「ぬおっ!?」
 
ぎゅっと、隣に立つ洞木ヒカリが鈴原トウジの手を握った。
かなり、強く。
プラグスーツの生地ごしだろうが、伝わるだろう。
 
 
千里眼でもあるまいし年相応の人生経験しかなく、そこまで察することが出来たわけでもないが、彼を抑えた。この局面で自分たちに、鈴原トウジに搭乗させない、というのは、顔色悪い大人達がゲロ吐く直前まで疲れきって弱りきっていても、思考停止せず、判断力をなんとかキープしている証だろう。意地というべきか。痩せ我慢というか。
 
 
怖がっているなら、勇ましい盾がほしいはずだから。
それが、砕け散ろうがかまわずに。
 
 
・・・・相当に、手に負えない何者かが、自分たちの機体に乗っている。今も。
 
 
我がものにするつもりなのか・・・・・・・って、普通は、そうだよね。
あれだけ動かせるなら、ホイホイと山越え谷越え海も越えてどこかへ行ってしまう。
ヨタヨタの綾波さんじゃあ、止められそうもない・・・・・
 
 
あの機体が、他の誰かのものになったら・・・・・自分たちは、乗らなくてすむように
 
 
なる、の、かな・・・・・・・
 
 
ぎゅー〜〜〜〜〜〜〜・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
 
「痛い痛い!委員長、すいません、マジ痛いんですが!むちゃ握力ありますがな!コング並みでんがな!冗談抜きで手の骨、ズレますがな!ダンプ松本さん並みですでマジで!」
 
「あ、ごめん」
別にそういうつもりはなかったのだ。尻に敷くくらいならともかく、腕力とかでは。
「でもコングって?ダンプって?松本さんって?」
 
「すいません。大昔、タコ焼きラーメン、というものがありまして・・・・・て、それはどうでもええねん!」
 
 
「・・・・松本さんって?ダンプって?コングって?」
目玉がこわい。どうでもえくないらしい。
 
 
「すいません。涼しい気が注入されてきた、という感じで落ち着きましてん。逆説的に」
実際、頭が冷えた。なぜかダンプさんと松本さんとをまっ二つにちょん切るあたり。
 
 
 
 
「けど、出番は、くるで」
「うん・・・・かならず」
 
出番は来るからテンションをあげておくべきなのか、体力を温存しておくべきなのか。
むつかしい判断ではある。一人なら。けれど、ふたりなら。
 
 
「シンジを」
「碇くんを」
 
 
腹の底でくくっている思いは同じ。
このままでは、すむまい。これは、心配性なのか、責任感なのか。
以前は、それだけだった。今は。
 
 
知識がある。西からやってきた善いのか悪いのかわからん魔女のような友人の祖母に囁かれた、知るはずもなかった、禁断の知恵の実。それは、目玉の色を変えてしまう。
 
世界を見る瞳色を。馴染んだそれと明らかに、異なるそれを、恐れない、必要以上には、怖がらない、勇気凛々の色、瑠璃である。
 
互いに見合わせているから、今は、それが、分からないけど。
 
 
 

 
 
 
「だから乗せたくないんだよなあ・・・・・・勝手なんだけど」
 
 
「そうだな、超勝手だな。何様だよ」
「そうですね、銀河に勝手ですよ。何様ですか」
 
 
日向マコトの男の万感を込めた呟きに、光速で追い打ちクチバシがくる。三羽ガラスであるからこそ、心のやわらかい部分であろうが遠慮容赦なく、突っつく。もちろん、三人とも仕事の手が止まることはない。視線も合わせない。が、胸の内は読める。
 
 
「乗せろ、といっているのになあ・・・・・・まあ、ここに司令も副司令もいなくてよかった」
極疲労の中、日向マコトの表情はあえていうなら、泣き笑いに近い。ほろっと。
 
「いたら聞こえないよーに処理してたけどな。適当に差し替えて」
「そうですね、どう利用されたか分からないです・・・・・私たちがいうのもなんですが」
 
 
鈴原トウジ。あの少年は、希望の星だ。苦労の中、苦難の近くにあろうとするから。
 
 
ああいう若手がいるのなら、自分たちももう少しやってやらねば。年寄りぶっている場合ではない。
 
 
だけれど、近くにいるだけ、苦難の闇に「ばっくり」やられる可能性も高い。
無策イケイケ無謀上等で玉砕ゴッドスピード10代、とかそれはなかろう。
それをどうにか避ける率を高くする、サポートも自分たちの仕事だろう。給料関係なし!
ボーナス査定?鼻でぷー、じゃいっ!なんぼのもんじゃい!
 
 
これはあくまで三羽ガラスの内心での協定のようなもので、他の者が聞くことはないので「じゃあ、洞木ヒカリちゃんはええんかい他の子はええんかい」的ないちゃもんが発生することはないのであった。
 
 
 
「・・・けど、ほんとに参号機は、このままでいいのかい?」
 
 
日向マコトが伊吹マヤに、問う。鳥籠使徒を潰して以降、参号機はぴくりとも動かない。
 
こちらからの通信に応じないのも変わらず。プラグ内の状況すらモニタできない。状況は変化した。使徒がとりあえず距離をとり、その姿を消した、となれば、参号機もまたその行動を、本来やるはずだったことをやり出す可能性も。モノリス司令を見事なまでに「反転」させた黒羽が,どうしてあの機体あの操縦者には効かなかったのか・・・・どうして
 
 
 
「ええ。このままで、もう少し・・・・・彼の全てが揃うまで」
 
 
明らかに赤木印のブラックボックス、許された弟子にしか扱いようもない参号機に直結しているらしい謎データで埋まっている多重展開高速スクロールするモニタから目を離さずに伊吹マヤ。舞うコンソール上の指の神速は巫女のように謎めき、完全にイッてしまっている眼光は古代の預言者よりも「者ども、一切のツッコミ禁止!」の気合いに満ちていた。
 
 
三羽ガラスの領域からも遠く離れているので、彼女が何やっているのか実際のトコロは分からないが、他のスタッフの手前、そんな顔もできないので、いかにも百も承知、青葉シゲルと分けて五十も承知、といった面をするしかない日向マコトであった。キツい。
 
 
今さらながらではあるが・・・・・・奇特な話だ。
 
 
バラバラ死体となって天から降ってきたエヴァ参号機。
 
それを回収して、繋ぎ合わせて組み立てた、というが・・・・・修理修復の域を超えて、これはもう再生だ。邪教の館めいている・・・・百万の業を01だと言い張るような。
その作業は赤木博士が単独で行うことで、記録らしい記録が残っていない。
 
適格者はおらぬのに、それに合わせた調整はそのままで。そもそも、そんなことが可能だとは誰も思っていなかった、というのが正直なところで。ただでさえ混乱する状況に疲れ果て、直視もしたくなかった。偉業ではあろうが異形でもあった。通常の組織では考えられないが、それだけ異常だったわけだ。・・・・過去形にしていいのかどうか。
 
 
そして、いつの間にやら搭乗することになっていたのは、鈴原トウジと洞木ヒカリ。
 
 
鈴原君はとにかく、洞木ヒカリ・・・・彼女は、「他の機体のシンクロ率を上下させる」という業界の常識をひっくり返すようなことをして見せた。これが何を意味するのか。
 
綾波レイ、惣流アスカ、碇シンジ、渚カヲル、というこれまでのエヴァチームがベースとなって組みあげられてきた本部の戦略が全く変わってくる。根本から。ただ。その四人が揃わなくなったのだから戦略の変更は当然のことではあるが・・・・・
 
その意味でも彼女に、(まだ、ただの少女である)付きそう、というか、相方であるところの鈴原君は、希望である。流されるしかないほど巨大な流れに対抗できるかもしれない、という。もし、そんな時が来たならば、そうであってほしい、という。勝手な願いだが。
 
 
マッドサイエンティストは、てめえの創造物に反逆される。ことが多い気がする。
 
 
勝手ついでの勝手な印象であるが。マッドである以上、ほのぼのと仲よくやってはならぬ決まりでもあるのかもしれない。
 
 
普通考えれば、半死半生どころか、バラバラになっている己をまた元の姿に戻してくれた人間には恩義を感じるべきでは、あろう。生の続行もしくは新たな生など望んでなければ別かもしれないが。人造人間、エヴァンゲリオン。それに「普通」を適用するのもおかしいが。
 
 
エヴァは、人工筋肉と特殊装甲とその他もろもろの生体機械による構築体、というには・・・・・あまりにも謎な、なおかつ、目には見えないようなオプションがありすぎだ
 
 
人間に、目には見えないたましいだのこころだの、といった謎オプションが付属しているのをまさか模したわけではあるまい。
 
 
、と、こんな視点がすでにかなり偏ってはいるわけだが・・・・・日向マコトは首をクキクキする。なんの肉体疲労だけだ、という納得で耐えてしまえるのは何かの目覚めなのだろうか・・・
 
 
 
「なんで、バラバラだったんだろうな」
 
青葉シゲルがぼそっと、呟いた。
 
秘孔、ツボをついた、空から愛が落ちてくるほどの一言ではあったが、
 
 
「推理小説だと被害者の身元を誤解させるため、とかだけどなー」
「まー、そりゃ意味ないわな・・・っと、そろそろ弐号機の充電が終わりそうだぞ、と」
 
フェイズが移ったことで、意識の方も切り替わってしまった。惜しい。とはいえ、彼も別に「謎をチョッキン・チョッキンナ、人呼んでTHEロンゲ探偵」といった役割をふられているわけではないので、これは仕方がなかった。オペレータ業務優先である。
 
 
 

 
 
 
「・・・血肉に、なってる・・・・と、思いたい・・・・」
 
 
「いやいや、よくやってくれたゼット。おつかれおつかれ敢闘技能殊勲、3賞まちがいなしゼット」
 
エヴァ弐号機、エントリープラグ内では別れの挨拶が交わされていた。
 
ネルフ本部からの通信に返答しなくなったのも、業界内の裏仁義というだけではない。
 
 
 
「は、・・・・・はぁ・・・・・・は・・・」
 
極限の綱渡りを終えて、疲労の極地にあった。ギリギリのギリで保った、というべきで、正直、任務だろうとあと十年ほどはこの都市に足を踏み入れたくない。魔神の感謝で何が報われるわけでもない。専門技官の仕事になるのだろうが、こんな極端なデータが有益なものに転化できるのだろうか・・・・そうでなければ、せめて経験の血肉とするしかないが・・・・これを貴重といえるほどには太っ腹にはなれそうもない。二度はいい。
 
 
魔神玉情報によると、使徒たちはとりあえず去ったらしい。その力は圧倒的だった。今さら姿を隠して奇襲、などというせこい真似をする必要はないだろう。使徒には使徒の掟なり律があるのだろうが、人に理解できる代物でもあるまい。獣ならばなおさら。
 
 
「・・・・ここに投下する、ということでいいか?ネルフ本部には寄れそうもない」
 
業界注目の魔神玉であるが、ここまで厄介な代物となれば、ここで現物を手放すことになっても真希波は何も言うまい。下手をすると、弐号機を奪われかねない。
 
 
「出来れば、この兵装ビルの屋上にそっとやさしく置いておいてほしいゼット」
 
戦闘地図に勝手に市内図を呼び出して、勝手に指定地点に赤丸でマーキング・・・・これでエラーの一つも出ずネルフ発令所にも察知されぬのだから、機体の掌握具合が知れる。出来れば、も、そっとやさしく、もあったもんではない。
 
 
そこは、かつて<鉾>なるコードネームがついた巨大兵装が飛び立っていった場所。
長らく、もう長いこと、不在である巨人の安息所が直下。
閉じてはいても、それは、力の目。業界における嵐の目。見開けば無尽の紫電を放ち始める・・・
 
 
「・・・・・・分かった」
 
いかなる因縁か・・・・・それをやれば、どのようなことが起きるのか・・・・・見届ける気力も体力もない。弐号機自体、改修したばかりであるが、かなりの直しが必要だろう。
欲するは、深い眠り。己にも機体にも。魔神玉は好きにするがいい。要求自体はそう難しいことでも時間を取られるようなこともない。早々に終わらせるに限る。零号機が戻ってくればまた面倒なことになるだろう。動かぬ参号機は相変わらず不気味だが・・・・
 
 
「お願いするゼット・・・・これでお別れゼット・・・・・最後だからいわせてもらうゼットが、犬飼さんは不思議な肉食系ゼット」
 
「・・・不思議系なのか、肉食系なのか、どっちだといいたいのか・・・・・」
相手にすべきでないのだが、つい言い返してしまう。
 
 
「このマジンな力を、自分のものにしたいと、思わないのゼット?」
 
 
言葉を与えたことを後悔する。やはり魔神玉だ。こいつは。長く付き合うべきではない。
 
 
「確かに凄まじい力ではあるが・・・・・その代償も高そうだ。払えそうもない、さ」
 
牙を剥いた。理解せよ、とはいわないが、スナック感覚で呑み込まれるほど地にある誇りは・・・塩分高すぎるぞ、と。なれど、こいつに同調する綿菓子ばっかり食べている世間知らずもいるんだろうなー、と思う。
 
 
「なるほど。犬飼さんは、バランス栄養系だったゼット」
 
人をカロリーメイトみたく言うな!!とやりたいのをぐっとこらえる。その口にのるか。
ここの特産バルタン包帯による簡易治療に充電完了、帰る算段もついた。最後のついで仕事だ。この魔神玉がいなければ、データは生きても機体もろとも己は死んでいただろう。さほどに走っていなくとも煮られるまえに。
 
 
「洞木さんや学校の皆に別れを告げなくとも、いいゼット?」
 
 
「・・・・・・」
 
なんでそんなことを・・・・・・と、返しそうになるほど、声は天使で。
 
しかしながら、心は魔神。分かり切っている。相手にすべきではない。
 
しかしながら、その感性は・・・なんだろう、これは。子供、というか、若木のような、というべきか。天使も魔神も学校に通ったりはしないだろう。見えない学校とか・・・。
 
・・・・まあ、いい。知るものか。
 
 
「共闘には感謝する」
 
そっけなく答えて、指示の通りに行動開始。最後の最後に何があるか分かったものではないから、最大限に警戒しながら。このタイミングで捕獲される可能性もある。油断などできるはずもない。けれど、頭の片隅でふと思う。この作業はなんなのか、と。
 
 
 
竜が、ここから「それ」を持ち去り
 
いろいろあって、結局
 
獣が、「それ」を、ここに戻す
 
 
 
冒険譚ではない。もちろん、英雄なども出てこない。童話というか童謡にちかい。
 
裏返しにした手順。微妙に何かをずらしながら。
 
 
だからこそ、何か・・・・・・魔術のようではないか、と。
ふと、そんなことを。
 
 
思った時。歌が、歌らしきものが、降ってきた。呪文と思えないのは声が幼いせいだ。
 
 
 
 
”かごめ”
 
”かごのなかのとしは”
 
”心中の力は其”
 
”んしうゅちのらかちはそ”
 
”いつになってもでられない”
 
”かごめかごめ”
 
 
 
「!?」
「何ゼット!?」
 
魔神玉も驚いている。こいつが驚く理由は不明だが、こっちがまず驚かねばならないのはこの歌が外部スピーカーから拾ってきたものではなく、閉じてあるはずの回線を貫いてこの耳まで届かせている、という点。こんな真似までして聞かせねばならぬ・・・・もしくは、聞かせるつもりもないのだが、そういった機能を”基本”で所有している、ということ。
 
それは、絶対上位機種。
 
 
アダム
 
 
歌は人のもの・・・・・・おそらく、使徒は歌わない。
原初の人は歌ったか。人はいつ歌を歌うようになったのか。獣だって、歌わない。
魔神はどうか。歌うかも。
 
 
ただこうやって驚きキャラのように驚いているあたり、こいつでもない。発生源はどこか・・・・・獣ではない方のカンで天を見上げる。歌は、降ってきた。だが、何も見えない。
 
 
 
”かごめかごめかごめ”
 
 
”かごめかごめかごめじゃのめ”
 
 
”じゃのめじゃのめじゃのめじゃのめかごめ”
 
 
”とおりゃんめとおりゃんめ”
 
”とおりゃんせとおりゃんせ”
 
 
”ここはどこのぶそうとし”
 
 
”このこのめ”
 
 
”あのこの、ななつのめ”
 
 
 
”あのめ”
 
 
”あのめ”
 
 
”このめそのめあのめ”
 
 
”あのめが、ほしい”
 
 
歌うならば、人。
だが、その歌は。
 
 
”そのめは、いらない”
 
 
”かごめ”
 
 
聞いていた弐号機の四つ目を全て潰した。「危ないゼット!!」のみならず、パイロットの二つ目も。魔神の力も間に合わなかった。反射で展開したATフィールドも何の役にも。
六つに切り裂かれた。
 
 
「サ・・・・・・・」
 
突如包まれた闇の中で、白く輝くのは寸前までの視界の記憶。疑う目ももうないため、再確認もできないが・・・・見間違いなどでなければ・・・・・あれは・・・・・空にあるあれは・・・・あれらは・・・・・
 
 
「サーカス・・・・・・?」
 
 
翼を生やしたぬっぺりと白いエヴァが左右三体づつで、ブランコを支えている。
色は白いが、黒子役であろう。自分一人しか観ていなくとも、間違いなく主役は。
 
 
その、宙ブランコに座っている六眼のエヴァだ。
 
 
十二枚の虹翼があっても使わずに、ぬっぺりと白ゲリオン・・・再生五号機とでもいったほうがいいか、にしても再生させすぎだろう・・・六体を使役する。無人だからできるのだろうが。六体もいるわりにはブランコを支えるのにかなり必死ぎみに見えた。よほど中身が詰まって重たいのか・・・バランスの問題か。もしくは、ピエロ的演技なのか。・・・・・・・にしても、エヴァが七体とは・・・・・・・ここで、こんなところで、エヴァが七体とは・・・・・・・・ああ・・・・・ビーストモードを再動したくなる。
 
 
 
「極まるなあ・・・・・・・・」
 
業界の理不尽。仁義の無きは。
 
 
「なにしにきたんだか・・・・・・・」
 
 
六眼のエヴァ。十二号機。フィフス、渚カヲルの四号機を封じるための祭司機だという。
四号機が消失した今、どういった役割を担っているのか・・・・・消えた使徒たちを見敵必殺サーチ&デストロイ・・・・?まあ、違うだろう。人の目まで潰して。解説役はもちろん、驚き役にすらなれない。
 
 
 
「お祝いですよ」
 
 
すぐそばで聞こえたのは、これも制式機体を従える権利を所有するゆえだろう。
わずかに時計の針を刻む音がする。となると、これが噂の終時計式エヴァというやつか
 
「・・・・・・」
魔神玉も黙っている。見抜かれているのは承知なのだろうが・・・・こういう時にこそいらぬ無駄口を発揮してもらいたいものだが・・・・・これで計8体・・・・・
 
 
「誰のためのなんの祝いか知らないが・・・・・・・なんとも盛大なことだ」
 
実質2名の参加者であろうと、その戦闘力は。問答無用で相手の視界を奪うようなことができるなら、それはもう一方的だろう。その上に、数だ。再生五号機どもが見たとおりのピエロでも・・・・
 
 
「こいつが例の、”魔の牙”、とかいう恥ずかしいアダ名がついてる奴か?その割りには大人しいな。音を頼りに食いついてくるくらいのことはするかと思ったが」
 
・・・・・まだいるのか。真希波の事も知っている上、こういうことを考える辺り、こいつは武闘派のようだ。実は、そんなことを考えていた。こいつも時計の音が聞こえるが、先に話した方には、傍観者的な隙が感じられた。ワタクシは一歩引いた位置から計測を任とするだけ、といったような。そちらの都合など知ったことではないが、「そうなのですか」隙が消えた。これで御破算だ。
 
 
これで9体・・・・・・なんなんだ・・・・?やはり目がないのは不便だ。
 
 
「もう来てたのどん?みんな、早いどん!」
 
なんだこの語尾10体目。時計仲間で勘定するなら三番目になるが。バラバラに到着しているということか・・・・まだ増える可能性があるなら・・・・・・この都市は
 
 
「ちょい様子見みてきたけど、サタナの方は完全にスカ引かされてたよ。ははは、可哀相に」
 
11体目にして四番目。まだ仲間がいるようだが、別の任務があったようだ。スカったらしいが。・・・・わずかに共感を覚えてしまうのはやもうえまい。
 
 
「それにしても楽しみどん!早く時間になるどん!ようやくこれで部隊のフルメンバーそろうどん!」
 
「十三号機が到着しませんとね・・・・・十号機とニェ様に挨拶してくるとかで」
 
「ええ?カッパラル・マ・ギアなんてすごい寄り道じゃないどん?」
「ニェ様も何考えてんのか、わかんないとこあるからねー。今頃、殺し合ってたりして」
「ああー、そりゃあるなあ。あるある、あるぞそれ!オレも付き合えばよかったな!」
 
 
 
「・・・・・・これは、はめられたのか?」
魔神玉に向けて、呟く。時計式たちはこれだけしゃべるにも関わらず、魔神玉は眼中にないのか語りかけぬし、魔神玉の方も呼びかけもせぬ。あれから黙ったままだ。
 
 
「おい・・・・」
 
「ああ、すみません。声をかけておいて貴女を失念してしまって。予想よりメンバーの到着が早くて」
 
魔神玉のつもりだったのだが、誤解したらしい。時計式の一番手が反応した。
 
 
「話を続けますと、祝いの場に、その気もない者が同席されるのも双方にとって不幸な話ですし、大人しくこの場を離れていただきたいのです。それに、今回は参号機だけですから」
 
「?・・・・・こちらはそのつもりだった。視覚を奪い、動きを鈍くしてくれたのは、そっちだ」
 
「見境のないこと・・・・・いえ、こちらの話です。分かりました。弐号機と貴女の視覚の返還は伝えておきましょう。制式機など用のないことですし、こちらの儀式が終わればすぐに返されることでしょう」
「おいおい、それも不親切だろうが。いったん取り上げたモンを返すようなタマか。あれが。ハッキリ言ってやれよ。戻ってくることなんざ一万年待ってもないだろうよ」
「誤解を招くようなことを・・・・」
 
 
視覚が戻りそうもないのも埒もない会話を聞かされるのも苦痛なので、疑問で刈る。
 
 
「お前達の話を聞かせるのは何のためだ?代わりに歌が聞こえなくなった・・・・もしや」
 
 
「カンがいいねえ。えーと・・・、魔の牙、じゃなかったんだっけね。犬の獣飼いか。ああ、そうだよ、今んとこ、アタシらでアンタを囲ってる。カンに触る言い方かもしれないけど、守ってやってるのさ。噛んだりなんかしないでおくれよ。とりあえずアンタというか弐号機に消えられちゃ、まだ困るんだ。困るっても正味、アタシらが困るわけじゃないけど。順番だからね。四の次は、三、そういう風に決まってるだろ?お約束だろ」
 
 
「・・・・口の早いことだ。どこで同意すればいいのか悩むが」
守られている、というのは確かなのだろう。眼のない獣に遠慮する必要もない。
 
「十二号機の到着は早すぎました・・・・あれでなぜあの速度が出るのか」
「そもそも、なにやるのか誰が相手なのか、分かってねえんじゃねえか?あのボーカロイド人間は」
「・・・・アンタも言葉をしらないねえ。それから到着が早かったのは五号機ズががんばったからだろ単に・・・・・今回は、残り物に福がある、の逆だからねえ。いや反転か」
 
 
「ここで、何が起きる?・・・・・使徒戦にも出ないお前達が何をしようというんだ」
目も利かず、動きも取れぬ状態でそんなことを聞いても実際仕方がないのだが・・・・
それを知りたい者もいるだろう。者というか玉というか。
 
 
 
「エヴァは兵器ではありません。・・・・・・これだから獣は」
 
 
なんだか不思議なことを断言された。女教師的口調には絶対の確信がある。まあ、終時計式、という謎の括りを別に与えられている以上、その言動も謎なのはムリもないか。
 
「いや、兵器だろ。むしろ超兵器だろう。これが兵器じゃないならこの世に兵器はねえ」
とはいえ、武闘派の指摘も盤石過ぎる。・・・・・これだから、の一言は宙に浮く。
 
「・・・・そんなに誤解を招くのが好きなら、将来、誤解と結婚されたらどうですか。子供の名前はゴカイコネクトなんていうのはどうでしょう・・・いえ!、そうしましょう今しましょう。決まりですー」
「やめろ!!お前が言うとシャレになってねえんだよ!!いいな、絶対にノートに書くなよ!」
「どうしましょうかね・・・・・先ほどの発言を一部訂正していただければ、こちらもそれに応じるのも・・・・」
「ああ、分かったよ・・・・。終時計式エヴァは戦闘兵器ってだけじゃねえ。歴史における役目がある。・・・・・・これでいいだろ。くれぐれもノートに書くなよ・・・・」
「わたしたちのメンバーの中に、まだ役割に対して自覚のない人がいたなんて・・・・自覚が大事なのです。かの東の幻人はいいました。真に自覚するものが五人もいれば地球は救われる、と」
「いや!!自覚があったらむしろ、身内発動はおかしいだろ・・・・だからペンしまえよ!!ノート出すなよ!!なにが地球だよ!まずはオレを地獄に落とすなよ!」
 
 
・・・・・・なんだ、このやり取りは。
 
 
「このやり取りはなんだ、って思ってるんだろうけど。まあ、その通りだよね。聞きたいことを誤魔化す気はないんだよ。久々に一同に会してちょっとはしゃいでるだけでね。
あ、そういえば、アンタの名前を聞いてなかったね」
 
「・・・・犬飼イヌガミだ。それ以外にはない」
 
「ふーん。まあ、いいか。アタシらも人のことはいえないしねえ。そのうちご大層な名前をかぶらなきゃいけないし。とはいえ、今の名前くらいは聞いてくれるかい?スラージュマリアだよ。長いから、スラでいいよ」
 
「それで、何が起きる?何を待ってるんだお前達は」
 
「頭の回転の早い娘は無駄な説明しなくていいから楽でいいねえ。それから、潔い」
「同感どん」
 
 
間が開いているのか、これ以上は集合予定にないのか。次の機体が降りた気配はない。
歌は聞こえない。十二号機はもう地上に降りたのか、それともまだ宙づりブランコに座っているのか・・・・おそらく、ネルフ本部は大混乱だろう。出来ればそちらを傍受したいが余裕はない。
 
 
「潔いところが気に入ったから、正直に答えるけど。分かる範囲と許可の出ている範囲を重ねてね。・・・・・何が起きるか、というと、いろいろ起きるんだ。何か起こるってのはそういうもんでね。起きないときは起きないけど、起きるときは一斉に、多重連鎖して起きるのさ。まあ、ベースになっているのは、”この機にいろいろと片付けておこう”、って考えだろうけどね。役目ってバエがさっき言ったけど、それぞれ人には役目がある。全部統括するような役目は、めったに現場まで降りてこないけど。いや、そういう変わり者もいることはいるけどね」
 
 
お前達の役目は、とは問わなかった。それはもう答えが出ている。
 
 
「この機、を用意したのは、ここにいない人間。人間、といっていいのか、フィフス・チルドレン、渚カヲル。未来が見えたらしいから、こんな機を用意したんだろう。当然、本人の望みを叶えるためにやってんだろうから、別に地球を救う、とかいう話じゃない。
 
ひどく、個人的な・・・・・・それでいて、世界の行く末にも直結する・・・・・”治療”、といえば、それが一番近いのかも知れない。魔法っていえば、手っ取り早いけど・・・・・・いや、早くないか、むしろ逆なんだ。治療、だねえ。やっぱり」
 
 
「・・・・治療?いったい、何を・・・・・」
 
魔神玉は沈黙を続けている。この期に及んで。いや、なにか観念しているようでもある。
 
 
 
「化け物を、人間の子供に戻すんだよ」
 
 
 
スラージュマリアの返答は、第三者的で、無理な力みも芝居がかった歪みもない。
儀式ではない。作業手順の明確な、ひとつの仕事であるように。
なぜ、そのように言えるのか。
 
 
「そんなものは、バリエーション豊かな歴史上にもいなかった、まさに世紀新の化け物」
 
 
また、うたが来た。
 
 
 
「あめは、ちのいろ」
 
「ちのいろの、あめ」
 
「あのいろの、ちめ」
 
「いろのちは、あめ」
 
 
 
「おーい、反響結界ゆるんできてるよー。バエー、ハウー、アタシらの目もとられちまいますよー、特にハウー、アンタにかかってるんだよー、わかってるー?」
「分かっています!!」
「分かってらあ!!ちょっと気いそらしただけだ!・・・・・・・・くそ、まだ歌眼圧が上がってきてやがる・・・」
 
 
「ほんとに見境ないのか・・・・役割が違うんだな」
「まあねえ、あの子こそ終わりの方で来れば善かったんだけど・・・ま、微妙な所さ」
 
 
「やりは、おもい」
 
「おもいは、やり」
 
「おもくて、かるくて、あかいやり」
 
「にじゅうらせんのろんぎぬす」
 
「ろんぎぬすはでてこられない」
 
 
「あの渚カヲルの仕掛けともなれば、どんな邪魔者排除の仕掛けがあるか、分かったものじゃないしねえ。アタシらもグレーゾーンだしねえ、アンタみたく見境なくやられない保証もない・・・・あの子の封じも頼りには、なってる。けどまー、主役が遅いね。ニェ様にやられたかな」
「ありえるからこわいどん!」
 
 
「その、化け物というのは・・・・・」
 
 
「碇シンジだよ。といっても、化けうんぬんは本人の責任でもないんでね。そこのところ、よろしく。必要な部分をひとまとめて、不要な部分をとりのぞいて、人間に戻れば、アタシらの部隊に配属になるからね」