<ハッ>としてしまっていた。
 
 
<ハ>ミズノミドリエルである。
 
 
ここまでガンパレードな感じに無敵進行していたのだが、足が止まってしまっていた。
 
 
体のパーツ分量的に言えば、足が大部分を占めるわけであり、それが止まっていた、ということはもはや、行動停止という表の状態のみならず、内面の、いわゆる「やる気」までなくしてしまったのか、と怒られても仕方のないところであった。
 
 
誤解を恐れない言い方をするならば、使徒は「やる気」で出来ているのだった。
 
 
地に希望を、天に夢を取り戻すために生まれ出たわけではない。
 
 
それがない、というのは使徒として終わった、と評価されても仕方がないんだもんね、とこれまた東海林さだお先生調になってしまった。
 
 
足が止まっていたのは、<ハッ>としていたせいだ。単に驚いた、というわけではない。
アンビリーバボー、オーマイゴッド!!とかいって天を仰いだわけでもない。のだが、説明のしようがないので、もうそれでよい。それでいいのだ。天を仰いでいたのだ。ああっ。
 
 
 
バルディエルを感じたのだ。
 
 
 
使徒でありながら、己の使命、己の定義を忘れた、くるぐる使徒。
 
 
力はあった。以前はただのミズノミドリエルであったこの身も一度、破られている。
位階破綻・カイダンゲコク・天使相手の最強の幻想。それを破るために辛い修行を乗り越えて、得たのが<ハ>の名冠であり。
 
 
かの異端風船をつつき殺すのは、自らの役目だと。あまり思い詰めすぎるとサキエルのようになってしまうので、ちょうどいい頃合いをキープし続ける・・・それもけっこう大変ではあるのだが・・・・そのうち出番がまわってくるであろう、と。思っていたら。
 
 
このクチバシから永久に逃げられた。
 
殺意のくちづけ、シスキスを与えようと思っていたのに。
 
 
そうか、もう君はいないのか、じゃない、キスはできないのか
 
 
それを残念無念に感じる機能は、議定心臓にはない。だから、それも残念ではない。
 
 
はぐれ使徒・バルディエル
 
 
もう、いないはずなのだが。己の使命を果たすことなく、自壊した。
倒せたのなら、経験値も凄かっただろうと思われる。たぶん、メタル凄く。
 
 
それは間違いのないこと。ゆえに、それを感じることもないはず。
 
 
そのはずなのだが・・・・
 
 
感じるのだ。己に嘘をついても仕方がない。いたらいたで、事のついでに始末するまでのことではあるが、そこまで強く感じるわけではない。とぎれとぎれの輪郭線のようなもの。
 
 
使徒の幽霊・・・・・・・・そんなものは、ありえないが。
 
 
ホ・バエルとジブエリルに相談してみる。同じタイミングで進行停止したのだから、彼らも感じていないはずはなかった。
 
 
 
Karakarakakaka・・・
 
ホ・バエルからは嘲笑の波動がかえってきただけで、進行停止理由の説明もない。
まあ、接近戦をするわけでもない、むしろ距離がなければならないくらいであるから止まったのだろう。もともと、期待もしていなかった。そういう奴なんですよ。そーゆー奴ですよ。大事でもないけど二度いいました。知恵はあるんだろうけど、笑い方がキモくて陰湿だし。
あくまでガブ様対策なのだ。
 
 
 
そのあたり、ジブエリル御大は違う。なにせ長生きでいらっしゃるから小賢しさとは違い、本当の知恵というものがおありなのだ。というわけで、御大、あれはどういうものなんでしょう?ほんとうにバルディエル・・・・・・
 
 
考えている・話しかけるな
 
 
最強に強まった物凄い拒絶パワーで拒絶されました。<ハ>化してパワーアップしていない以前のミズノミドリエルでしかなかった自分なら自閉封鎖して議定心臓止まっていたことでしょう。
ホ・バエルの反応がちょっとかわいく萌えて感じられるほどです。
 
 
ジブエリル御大が考えねばならぬような状況に、自分だけ先行してよいものやら。
急ぐことはない。御大の思考時間を削ってもらわねばならぬほどには。
くだらぬことを伝えてくるな、と激怒されぬだけよしとするか。
 
 
この時点では、正確には<ハァ〜・・・>としていたわけである。
 
 
だが。
 
 
虚鎧が。
 
 
虚ろな鎧、真の名も与えられぬその姿は、そのように呼称するしかない。
 
議定心臓、使命もなく、ただ巨大な力だけを備えて存在するだけ、というバルディエルが宿るにはふさわしい、そも己の甘美な寝床として、火よりも禁忌の知恵を人に与えて造らせたのではあるまいか。
 
 
聞くに堪えぬ雑音を詰めるだけ詰めた虚ろな鎧同士が戦いを始めた、瞬間。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
視界がまっくらになった。それは、議定心臓からの命令。瞳を閉じ、その場に止まれ、と。
 
 
 
祭儀が、はじまるのだと。
 
 
 
使徒である身には、手も足も出せなくなる。それがいかなる邪道であろうとも、主の居ますそこに至ろうとする、一歩を踏まんとする生命に、触れることは出来なくなる。それが妨害であれ、または手助けであれ。見届けることすら許されなくなる。
それは、同じ使徒存在になるかもしれぬ可能性。結局は登れもせず階梯に足をかけただけで終わるかもしれないが。
 
 
 
祭儀を行う生物こそ、この星の
 
 
 
だが、直前に見た、あれが、あんなものが「祭儀」であるというのか?
 
ただの同士討ち、同族殺しが祭儀の一であるのか。・・・・あるのだろう。
 
この瞳が閉じられるのなら。そのように議定心臓が命じてくるのであれば。
 
<ハ>化したため、置換が終了していないこともあるが以前の記憶が曖昧なのだ。
 
そのあたり、御大に問うてみたいところだった。また怒鳴られそうであるが。
 
 
正しくは、祭儀を潰す儀式よ・・・
このようなことを編み出す生命なぞ、ついぞ・・
しばし、観察だ。青いクチバシを出すなよ・・・
 
 
しっかり聞かれていた。御大の心臓は許可を出されているのか、それとも年の功でなんぞズルでもしたのか、虚ろ鎧の様子を見ているようだ。こちらは待機と言われずとも動けもしない見えもしないのだけれど。
 
 
 
karakarakara・・・・・・
 
また、ホ・バエルの嘲笑う波動が。拡散しすぎて何に対してなのかまでは不明だった。
単にそれっぽく笑ってみたかっただけかもしれない。いるんですよ、いるんだよ、そういう奴。お前さんだって目をつぶっての金縛り状態なんだろうが。ミエハルエルとかに改名しなさいよ!またはミスターエルとか!?・・・・・いけない、また東海林さだお先生調に怒ってしまった。
 
 
こんなことではいけない、その程度のことでいちいち目くじらをたてて叱っていては。
東海林さだお先生が悪いのではないけど、反省せねば。もっと使徒心を大きくもって、
たとえば。そう、ジブエリル御大のように。ような。ジブリエル、とちょっと間違えて呼んだだけで「違うだろ!!!殺すぞ!!!」ビッグバン激怒するような大きなココロ・・・・・・大きくないよね、それは間違える方が悪いけど。間違えられてもしょうがないような名前してるんだから。”本日のいいまつがい”ということで笑って許すとか。
 
 
ウォ・・ウゥオオ・・・・
こ、これはウオオ・・・オーーーム
 
 
とかなんとかシャドーマウスを叩いていたら、御大がなんか苦しみ始めた。マニペメ・フーム、とか別にそういう真言とかを唱えているわけではあるまい。歳だから考えすぎると発作が出たりするのだろうか。
 
 
オオ・・・オーーム・・・・ウォ・・・オオームム
 
 
だ、大丈夫ですか!?、と一応声をかけておく。もしかしたら議定心臓が「目を閉じよ」と命じているのに強引に無視してたらこういうことになるのかもしれない。それにしても尋常な苦しみ方ではない。しかし、まだ一戦もやってない内からこれでええんかいな。
好奇心は使徒をも殺す、ということなのか。逆らうのもホドホドにした方がいいんではないしょうか、ジブエリル御大。
 
 
なんのこれしき・・・・このジブリエルが、
人の子にコウベを垂れるなど・・・・ありえん・・・
この紅の心臓が従うのは天の「主」のみ・・・人の世の主などに断じて・・・断じて・・・・
 
 
しかしながら、逆らっているのはどうも「別の何か」のようだった。それも限界ギリギリまで責め立てられている。当の本人が自分の名を間違えているのだから。やばいぞこれは。
その攻撃がなんなのか、全くもって正体不明。目が開かないのだからしょうがないが。
しかし、あの御大にここまでせっぱ詰まったことを言わせるとは・・・・・
 
 
あの虚ろ鎧たちがなにかしたのか、それともまた別のなにかが・・・・・・
 
 
一体で悩んでいても仕方がない。御大がこの様子ではホ・バエルしかいない。少なくとも自分よりは昔日の記憶も知識もあろうから、なんらかの手だてとか・・・・むしろ、そっちのほうから連絡してくるべきではないだろうか、と思いもしたが、黙っておく。叱るポイントを目聡く発見しつつも、いらんトラブルを発生させるのは、東海林流ではない。
そんなわけで、CQCQ、こちら<ハ>ミズノミドリエル、ホ・バエル、応答ねがいます、どうぞ
 
 
しーん・・・・・・・・・・返答はない。あの嘲笑の波動すらない。
 
 
いくらなんでも御大の苦しむ声は届いていようし、それに関しての問い合わせにガン無視とは。これはもう性格が悪い、とか、ちょっと周囲に馴染むのがヘタ、というレベルではない。問題だ、問題ですぞ!・・・・・・・もう一回やってみるが、結果は同じく。
 
まあ、戦闘能力はない奴であるから、御大が苦しむような事象に心底恐れをなして声もないのかもしれないが・・・そんな自分も<ハ>化しない以前の姿であれば、恐怖に怯えてすわり小便をもらしていたかもしれない・・・・・・・確かに、謎の支配攻撃は怖い。
こう、視界がきかないうちに、物事が進んでいく、というのは恐怖だ。
 
便宜上、トリフィド攻撃と名付けてみたり。人の世の主、とかなんとか言っていたが、そんなことがあり得るのか・・・・・うっすらと覚えがあるような、ないような。まだ知能をもった怪奇植物の仕業である、という方が納得できる。
 
 
しかし、ジブエリル御大が、トリフィド攻撃をかけてくる謎の存在の支配下におかれた、としたら・・・・・命じられて、ホ・バエルや自分に襲いかかってくる、ということになたら・・・・・どうなるだろう。さて。なぜ、こんなことを考えられるのか。
 
 
まあ、ホ・バエルは、瞬殺だ。一撃で薙ぎ払われるだろう。攻撃力防御力共にケタが違いすぎる。位置的に守りようがないし。・・・・思っていたら、いまごろ返答が。
 
 
 
shimura・・・・
 
 
 
しかもダイイングメッセージのように短い。意味も分からない。なんだシムラって。
 
どうも完全に怯えて錯乱しているようだ。狂気ポイントが満期入ってしまったのだろう。
自分がやられてみると、まったく免疫がなかった、というのはどういうこだ。狂気系が反転してしまうと、単なる小心者になるということか・・・・・・・・悲しいことだ
 
 
・・・・自分は、<ハ>化した自分は、悲しいことだが・・・・・・ほんとうに、悲しいことだが、御大をおそらく、返り討ちにしてしまえるだろう・・・・それほどのパワーアップを果たしてしまっていた。まだ誰も知らないけれど。いや、ほんとにそんなことにならないのが一番なのだけれど。戦端が開かれたなら、この瞳を開けてもよくなるだろう。
 
 
 
はて。なぜ、このようなことを考えているのか・・・・・・・・これではまるでバルディ
 
 
 
<ハッ>と。
 
 
 
気づいた時には遅かった。
 
 
背後に、大口をあけた紅鎧が立っていた。
 
ただ、虚ろ、などではない。断じて。
 
 
その内に、これ以上のない破壊の魂を、鼓動させながら。うしろの、つまり、こちらの意識の無風状態を電撃突破されたのだ、と分析する間もなく。
 
 
グリゴリっ
 
 
噛み砕かれた。コアと魂。奇妙にシンクロする双音。
 
それは、捕食攻撃という第一級の敵対行動。
 
同時に、明らかに喰らいもせぬのにその形を砕いておこう、”とりあえず”、という本能まるだしの破壊衝動。
 
 
それらがうまくマッチングしない、破壊衝動の方が強すぎるアンバランスさで、流れた。
狩りを生業とする獣にはありえない不始末で、噛み裂く動くが合わなかった牙が一本、折れ飛んだ。
 
 
 
「あいたっっ!?虫歯だったかっ?」
 
紅鎧からそのような波動を感じたが、もちろん、それどころではない。
 
 
痛いで、すまない。
 
 

 
 
 
人として生きていく上で、さまざまな人間と、様々な関係を結ぶことになる。
 
 
 
いわゆる、「絆」である。
 
 
親子関係など、はじめっからもうどうしようもない関係もある。どのようにがんばっても誰かは誰かの子供であり、それは変更も抹消も出来ない。誰かの兄弟姉妹であるとかも。隣の家の子供と幼い頃からの馴染みで腐っても切り離されることもない縁、というものもある。この手の「環境系の絆」というのは、当人にどうしようもない事が多く、長じてからの上司と部下の絆、というやつも理屈からいえばいつでも切断可能ではあるが、妻子を養い老親の面倒をみていたりするとそう簡単にもいかないのも現実であろう。
 
 
その他の、たとえば、芸事習い事における師弟関係というものは、「そこに入門しなければよい」という点で、まだ救いがあるといえる。芸事の家元に生まれてしまって、と言う場合はまた別であろうが。入門する前に、じっくりと考える時間があるならば。
 
 
とにかく、「絆」である。
 
 
自然発生的に結ばれてしまうものはともかく、まだ選択の余地がある場合は、よーく考えて結んでいかないと、「絆」、と書くとき、つい「傷な」、などと書いてしまうハメになるわけである。
 
 
一時の感情や、不自然極まる閃きなどに、惑わされると、えらい目になる・・・・・。
その程度は、綾波レイだって知っている。とりかえしのつかないことになるかもなどと。
 
 
「ユーしかいないざますっっ!!」
 
 
人の顔を見るなり、いきなり泣き出しながらこんなことを言い出した、キンキラ服の出っ歯男・・・・目が赤くないから、綾波者ではないようだ・・・・・得体の知れぬ感激と高揚感に包まれている名前も知らぬ相手になんと言えばよいものか・・・・・そうとうなおしゃべりスキルがあってもこれは難度が高そうだった。宗教や商売の勧誘は、まさか、このしんこうべで、綾波党党首の孫娘相手にするタワケはおらぬだろうし、何より、巨大ロボットに乗っていた謎の美少女(別に自任しているわけではないから、少女でもいい)に気後れもせずに、モノが言える、という時点でこの出っ歯男、タダモノではないのだろう。
内面も外見も。どっちかひとつで十分すぎる。よくぞ21世紀に渡って来れた、というか。
 
 
・・・・・いや、それは、お互い様かもしれないなあ、と考えるくらいには綾波レイも冷静さが残っては、いた。これは明らかに、故郷に錦、の類ではない。故郷にプラグスーツ?どんなオリジナル故事成語であろう・・・・・まさに、超・どんだけであった。
 
 
とりあえず、思いきり地元を騒がしているこの現状を落ち着かせるべく、なんらかの説明を党本部の誰か(出来れば祖母に直々は避けたかった)にせねば、と機体を降りると・・・・・他の綾波者の誰より早く、着替えも中途半端(しかし、なんだかフィットしている)に駆けてきたのか、その出っ歯男が、目の前に現れて、告げたのだ。
 
 
「ミーの業の全てを!引き継ぐに足る才能の輝きが見えるざます!!まぶしすぎるざます!直前の弟子がおそ松だったから余計に、ざます!!」
 
 
「え?」
 
ある意味、それはそうだ。技能など、すぐにコピーしてしまえる。そんな、異能がこの赤い目にはある。・・・・・しかし、なんの技能なのか。いかなる技能の道でも達人ともなればそれなりの格というか、オーラがあるものだけれど・・・・この人物からはまったく感じない。フツーのおじさん、というか、そこまでも到達しきれてないような・・・
 
 
いやいや、そんなことより、はやいところ説明と、それを終えたらなんとか戦場の第三新東京市に戻らないと。ここまで人を強引に導いた槍は何が目的だったのか。ここに何があるというのか・・・・・じろ、と赤い左足を睨んでやると
 
 
ケリが飛んできた。
 
 
「え?」
 
そこまでバイオレンスな反応をとられる覚えはない。むしろ、こっちがそうしたい。
しかし、異議を唱える時間もない。その速度は。シャレや意地悪で済むものではない。
正確に言えば、脚部をそのまま当てに来た、というわけではない。もっとタチが悪い。
 
 
ビュゴッ
 
真空衝撃波、いわゆる、かまいたち、だ。
 
 
それも、発現元が発現元であるから、ヒフをちょっと切り裂く程度ではすまない。
骨ごと、すっぱり切断されるのは間違い無し。しかも、軌道など読めるはずもない。
殺意の一撃。いきなりの後継者の危機に反応しようにも、綾波者たちも距離がある。
それほどに、速い。素人には、その風が刃であることも分かりはすまいが・・・・
 
 
 
「全く、なんざます」
 
 
もしかして、狙いは、自分ではなく、
 
 
「苦節ウン十年・・・・真の才能をもった真の弟子にとうとう巡り会えた、この」
 
 
この、出っ歯人物なのでは、ないか
 
 
「ミーの!魂の!勧誘の邪魔をするなざます!!」
 
 
ビキビキビキビキ・・・・・・・・ッ
 
 
放射線状に足下の地面にひび割れが突如、走ったのは、このおじさんのセリフの暑苦しい言霊のせいではなく。言葉の重み、という点では、碇ゲンドウあたりのそれに慣れている身にとしては、悲しくなってくるほどの軽さであるのだけど・・・・どうも、それを補ってあまりある・・・・・「業」の持ち主であるらしい。
 
それは、単なる実力。
 
残心なのか奇怪なポーズ。
 
その奇妙な手の動きがどのように強烈なかまいたちに作用したのか、分からないが・・・・目に見えるかたちで地に這わされたのだから・・・・文句のつけようがない。当人も周囲の者たちも傷つけず・・・・・あるいは、自分は、守ってもらったのか・・・・・
 
 
この人物は、綾波者ではない。
これも、なんらかの異能では、ない、ようだ・・・・・
 
 
なんらかの、技能・・・・・・それも、社会科ではなく、むしろ国語の教科書に載るようなレベルの。
 
 
次のかまいたちはこなかった。赤の足は、そんなことなどなかったかのように。もし唇がついていたら、口笛を吹いていただろう。何がしたいのか・・・・・・まさか、
 
 
自分と、この怪人物とを”引き合わすため”、などと察するには、
 
 
さすがの綾波レイとしても、甘さがあった。
冷凍みかんではなく、それは砂糖菓子のような。
 
 
 
「まさか・・・・・・・」
 
その点、同年代の綾波としても、綾波コナミの方が現地情報を得ている分、カンが働く。
ただ、現時点の彼女は、思わぬところで目にした巨大人型兵器と後継者の姿に、びっくりぎょうてんの尻餅ダウン中であるから、あまり役には立たなかったのだが。
 
 
 

 
 
 
「船を、山に、登らせたい、と思っていた」
 
 
これが最後の会話になるな、と互いに思っている。
 
 
「船頭さんが多いわけでもないのに?」
 
 
水上左眼と霧島マナである。
 
 
竜の飛行速度であるなら、時間はもう、あまりない。
翼を遅らせ、造ろうと思えば造れるが。多くの調整を経て駆動させる会議でもなし。
他人の意見に流される二名でもなかった。それでも話すことが必要だと思ったのは。
 
 
最後の、確認のようなものだろう、と。
 
巨大な力を持つ者同士にしか分からぬ。
しかも、他に類を見ない。巨大な単相。
スイッチは、こんなところにあったのだ、とその相手だけには知らせておきたいような。
相互確証的に、押す必要のない相手に。
分かちがたい孤独を、互いに照らし出すように。
 
 
「現状維持で限界だと思っていたんだ。その次が見えてもいなければ、そんなことが可能だとも思っていなかった。・・・・だが、どうも、そう考えているのは私一人くらいだったようでなー」
 
「それがなんであるか、大事な、最も大事なパーツである、あなたが知らなかった・・・・・・・・そんなことって、あるんですねえ」
 
「そのための、用意、下準備はされていた。大事なモノは海の中にあった。私は甲板だけ見て、船底を見なかった・・・・・・・・今は何故か、もっと目が見えている」
 
「まるでカルネアデスの国。領土は木板一枚きり。陸の法律は手が出せない・・・・こんな反則すぎる暴力装置があれば出せないに決まってるけど」
 
「なぜ、そこまでしてくれる?・・・・この、見返りに何を得る?得るモノなどない」
 
「義務を越える分は、おそらく趣味や好奇心。それすら越える分は、おそらく好きで」
 
「こちらなりに積み立ててきた分は、今回のことで全て使い切ってしまった。とても、足りない」
 
「気にすることはないと思いますけど?何をしろ、とも言われていないのでしょう」
 
「だが、無償なんてことはありえない。取引での増減はあったとしても」
 
「受け取り方は人それぞれ。思いも寄らぬような受け取り方をすることで、投機的に増やしてしまえる心をもった人間もいるのかもしれない。・・・・それはもう人間の領域ではないのかもしれませんけど」
 
「いや、そんな孫の折った折り紙を見て驚喜する祖父母じゃあるまいし・・・・なんにせよ、全て終わらせる。陸に、上がるよ。元に戻る・・・・・竜は不在の街に戻る・・・・最後の力を振り絞っても、あの方のそばで眠れたなら・・・・・姉は嫌がるだろうがな」
 
「竜は竜でも、恐れる竜、ですか。何をそんなに恐がっているのかな」
 
「ははは、なかなか上手い喩えだ。そうだ、化石だな。私は。この、水上左眼は」
 
 
 
この女・・・・・
 
 
数知れぬ皆の努力や願いを全て踏みつぶしても、自らの休眠を優先しようとしている。
 
それが、悪である、とは霧島マナにも言い難い。そういう女がそのとおりに行動しようとしているのだから、止めようがない。墓場をどこにしようと文句のつけようがない。
しかも親兄弟でもなく友人でもなく義兄弟でもなく、愛人でも恋人でも師弟関係でもない。
 
ただの道連れ。互いの二人同行。
 
いや、そんな大層なものでもないか。・・・・・目覚まし時計だ。自分で自分のためにセットしておいた目覚まし時計。その程度の。無自覚に。止めようと思えば止めれる程度の。
 
 
次号、鳴るや、鳴らざるや・・・・・・・・・って、いや、そんな時間はない。
 
 
本人は、目が見えるようになった、とか言っているが、どうせ半分ぴんぼけているのだ。
 
 
眼帯の左眼はもとより、竜機体とリンクする右眼も見るものを竜側から選択制御されていた。正確には竜にそのような機能を埋め込んだ人間が、ということだが。今はそれも赤木博士の手によって取り外されているけれど。ともあれ、本調子のはずがない。
 
 
ちょっとでも魔が差したなら、今すぐ霧の山街に向けて隕石のようにスーパー墜落してくれるだろう。この女・・・・わがままがすぎるので、「ひと」とかルビをふったりしません。
 
 
隠れ里の維持など、ある時期からどうでもよくなっていたのではないか。それとも、「天才にしても偶然の産物である」奇跡は二度と起きない、ということを思い知ることにでもなったのか。または、奇跡の代償に奪われるものの巨大さに恐れおののいたか。
 
 
それは現状維持であったのか、螺旋の助走であったのか、それとも単に逃げ損ねただけだったのか
 
 
・・・・・まあ、最後のトドメをさしてくれたのが、一応、助太刀したネルフによる、どんな恩知らずの悪役もここまでせんよーな「簀巻き捕獲」であったかもしれぬことを考慮すると、そこまでいうのも公平ではない、か。
やはり、年長者に敬意を表して、「ひと」とルビをふったことにしておこう。
 
 
 
「霧島マナ。最後には、君がシンジ殿を手に入れるのだろうか」
 
「そ、そのつもりです」
 
心を見透かされたわけではあるまいが、少し、動揺してしまった。
 
 
「”ゼルエルライダー”・・・・・・・なるほどな、なるほど。流石だ」
 
そして謎の言葉を。ひとりで納得している。なにが流石なのであろうか。
 
 
「もうすぐだな・・・・このあたりで下ろしても問題ないだろうか。先ほど、何体か、ゲットーしたのだろう?と、なれば空を飛べるものは定番だしな」
 
「人をゲッターロボみたいに・・・・あの状況でそんなガッツありませんよ」
 
どういう眼力だ。たしかに伊達ではない。センスといい、碇ユイの懐刀たり得ただろう。この竜女。見た目はあれでも、やはり世代が違うのだ。
 
 
「そう言われても、下ろさせてもらうのだが」
 
己の分の目覚ましが鳴らないことを悟ったのか、それとも鳴る前に。
こっちの分の目覚ましは十分に鳴らしたつもりでいるらしい。なんだそのドヤ声。
恐るべし、マイ・ジェネレーションギャップ。
 
 
このままいけば、この女、「やる」と言った通りのことをやるだろう。
 
それに関して何か言う立場にはない。利害もなければ同情もない。
やりたければ、やるがいい。数多くの願いと努力を踏みつぶしてでも、眠ればいい。
 
 
ただ、役目は果たさねばなるまい。ここでの、役割。目覚ましとしての。
 
 
選ばれた、(というか単に手近にあるのが自分だけだったからだろうが)、目覚まし時計として。
 
 
今、鳴らねばなるまい。目を覚まして、明けた世界を見るつもりがあるならば。
 
 
ガチガチに固まった鋼鉄の布団に拘束されたような眠りから、起こすべく。ガッツリと。
 
 
ひっくりかえしてやらねばなるまい。鋼鉄布団には鋼鉄、鋼鉄の幼なじみのよーに。
 
 
・・・・・なんか、男の子向けアドベンチャーゲームの冒頭部分みたいだけど。
 
 
しかしながら、どうやって?人の話など聞いて従うタマではない。あくまで己の目でみたものから判断というか、信じ込んで行動するタイプだ。それゆえ、その「己の目」を操作するのはこの女相手に非常に有効な手段であったのだが。
 
 
困ったなー・・・・・・なんかいい方法は・・・・・・
使徒の能力なんかをヘタに使うと、ぶった斬られそうだし。
 
 
・・・・・・・・
 
 
「投下、十秒前、だ。さらばだ、霧島マナ」
 
 
爆弾落とされて沈没する戦艦みたいなんですけど!。いや、つっこんでいる場合ではない。
 
 
・・・・・・・・
 
 
だめだ、そんな都合良く思いつかない。こんな時、
 
 
シンジくんなら・・・・・どうするだろう?・・・・・・いや、
 
 
たぶん、どうにもできないし!どうかしよう、とかいう発想すら湧かないタイプだ。
そもそも想定相手を間違っている。もうちょっと対応力のある、説得スキルのある・・・・・・自分自身でも納得するような人物を想定しないとアイデアも・・・・・
 
 
 
そのとき、天啓が、きた。
 
 
ズバーン!!と十里四方にイカしたミットの音が鳴り響くようなドカ迫力で。
あ、あやうく、取り損ねるところだった。な、なんというか・・・それは
 
 
ちゃぶ台をひっくりかえすような、問答無用の”上からパワー”だった。
 
 
その”上からパワー”は、こっちの唇を、勝手に動かす。物凄い、豪力だった。
その豪力が、問わせた。
 
 
 
「あなたは、それで、いいの?」
 
 
 
と。それは、どんなバカバカしい夢もどんな情けない弱音もどんなねじ曲がった勘違いも、とりあえず最後まで聞くことは聞く、限りない忍耐と底知れない包容力と何より計算不能の慈愛・・・・まさしく、それは
 
 
超オカンの声
 
 
だった。