「お、気がついたか」
 
「いや、アレを聞いて目が覚めないような不出来な弟子じゃないでしょ。無理矢理よ、無理矢理。てなわけで、もう少し寝かせておこうか」
 
 
声は佐伯の師匠兄妹。任務中にいきなりやってくるのは二度目でも、今回は味方ではなく。
 
腹部が疼く。かなり深刻なダメージで、2,3日は三課の仕事をやれそうにない。
 
気を抜いたところに佐伯ヒトミ、拳神の一撃を喰らって生きているのだから運がいい、というところか・・・洞木コダマは分析・・・・・
 
 
しようとしたところで、天地が逆になった。
 
 
実際には背負われていたところから、なんの予告もなくなんの遅滞もなく滑らかすぎる連動で、超高速バックドロップを喰らわされたのだ、と・・・・あらゆる意味で信じられない・・・・あの速度には確実に殺意があった・・・・・・と、いうことをあの世に飛ぶ前に知れたのだから、力加減はしてくれたのだろう。
 
 
 
もう一度、目が覚めた時には本部施設から離れた避難シェルターの中だった。
 
毛布に覆われて、右手をヒトミ師匠に握られて。周りには避難途中にケガでもしたような有様に見えることだろう。実際、疲労含めてひどいダメージを受けているわけだが。
 
 
「あ・・・・孤一は・・・・・」
 
任務は失敗、か。どこまで三課の仕事であったのか、実際、不明な任務であったが。
あれだけの戦力を投入されてきたところをみるに、重要な何かがあったのだろう。
奪われたか、破壊されたか・・・あの局面でどうにかなる、と考えるのは楽観ですらない。
 
だが、こうやって、とりあえず生かされているなら。部下の心配もせねばなるまい。
このまま眠ってしまえればどれだけ楽かとも思うが。
 
 
「あっちにいるよ。男同士で兄さんが見てる。そっちの方がいいだろ?」
 
「・・・ええ」
視線を巡らせてみると、向こうの壁際に完全に眠っている孤一とその隣にマコト師匠がいる。こちらの視線に気づいたようで、かるく片手をあげた。拝んでいるようにも、謝っているようにも、見える。
 
 
「あー、ごめんねえ。仕事の邪魔しちゃってさ」
 
兄の行動の意味を妹が解説してくれた。やはり、そういうことらしい。
 
ごめんですまないのだが・・・・・・
 
 
「出来の悪い生徒ほどかわいいっていうけどさ・・・・・・あんたくらい出来のいい弟子ってのもやっぱり無茶苦茶かわいくてさ。みすみす殺られるのを見過ごせなくってね」
 
 
この兄妹にして、どうにもならないような相手がやって来ていたわけか。
 
 
単純な裏切りではなく。
 
 
自分からすると、この兄妹がどうにもならないような相手なのだが。それが。
世界は広く、闇は深い。が、その判断を理解できそうもない自分は、将来、弟子など取らない方がいいのだろうか・・・・その気もないのだが。
 
 
複雑な裏切りである。
 
 
それにしても、ひどい人間に師事してしまったものだ。私情まるだしで、こんな本来は赤の他人である弟子如きのために、こんなことまでして・・・・・そこまでしてもらうほどの敬意を払っていたわけでもない。ひどい、弟子だ。
 
 
「と、建前としては、そうなんだけどさ。せっかく女同士だから体面なしでぶっちゃけると・・・、兄さんが言うとまたニュアンスが違ってくるだろうから誤解なく聞いておくれ」
 
 
・・・・・ぶっちゃけられた。規格外の拳力の持ち主でも神秘的属性やミステリアス風味に欠けるのはこのせいだろうか。
 
 
「本音を言うと、”持って行かれる”と思ったのさ。あんたをね。別に看板を継がせるつもりもないし、優秀な人材をどこでも求めてるってことでもない。あんな仕事してりゃ、いつか負けるなりしくじるなりして・・・・・畳の上じゃ死ねまいよ。
それはいい、あんたの問題だ」
 
 
「・・・・・・・」
 
 
「ただ、”ああいうもの”を予備知識なしでいきなり見てしまうと、魅入られる・・・・いやさ、あんたの場合は同化する、かな。空気が似てるんだよ。単純に力づくでスカウトって可能性もあるだろうけど、洞木コダマでいられなくなる・・・あんたをギリギリ、繋ぎ止めているものが一気にブツ切りにされて、本性剥き出しに」
 
 
「本来の姿を取り戻すのは、悪いことなのですか?」
 
 
「・・・・そこなんだよねえ。あんたは導いてやんなくても独学でどこまでもいけるタイプだしねえ。自分の本質というか容カタチってものを悟ってるから、最終的には馴染めないあたしたちの技を継ごうとはしていない。そうだろ?ひどい弟子だよ」
 
 
「・・・・・・・・・」
 
返す言葉がない。剣神拳神レベルの達人に師事しながら、確かに、そうなのだ。
真似事は出来るが、その境地を目指すとか言う考えはない。相手の弱点が自然に見抜けるだけに、そこを突くことだけにしか、突けるようになることだけにしか、興味はない。
それは武道や武術であるといえるのか。越境する意思をもたぬ、持とうともせぬ実用
 
 
自分の
 
 
その、卑しさ
 
 
佐伯の門から、そのような人間を出すわけにはいかぬ、というのは理解できる。
早々に破門してしまえばいいのだ。この本性はどうにもならぬ。改善も解消もされない。
いっそ、見捨てておけばよかった。いや、そうなるとあの局面、孤一も死亡するからダメか。
 
 
「ただ卑しいだけの弟子なら、この拳でブッ潰してるんだけどねー・・・・・とっくに」
 
 
ぶっちゃける、とかいう素直さではおそらく法律的に許されないであろう殺意が。「ただ」
 
 
「なんのための卑しさなんだか、これだけ見てても、さっぱり分かんない、ときた。
これはあたしたち兄妹の未熟というか課題というか行というべきか・・・、単に弟子なんかとれるタマじゃなかった、て話なのかもしれない」
 
 
「・・・・・・・・」
 
まったくもって、えらいな言われようだが、その通りなので言うことはない。
さすがの眼力だ。
 
 
「なにをもってその卑しさをギリギリ支えているのか、・・・・・あたしたちがそれを見抜けたら、もう勝手にすればいいよ。それまでは、もうちょっと手元にいとくれ、ね」
 
 
ぽん、と頭をなでられた。力は込められていないはずなのに、一気に緊張の糸が切れた。
 
落ちる、というギリギリで唇を噛んで意識を繋ぎ止める。まだ眠れない。休めない。
 
 
 
「・・・・あれから、どうなったんですか」
バックドロップをくらされる前、いったん意識を取り戻した時、なにか、恐ろしく危険な音を聞いたような・・・・・精神の底がざらつき、ざわめいている感触が。
 
 
「今はネルフの職員でなくて、あたしらの弟子ってポジションを優先させるところじゃないのかい・・・・・と言っても、それも無理矢理ってもんか・・」
 
 
ずずん・・・・・
 
シェルターが揺れた。あちこちで悲鳴があがる。避難慣れしている第三新東京市市民であろうと怖いものは怖い。それは、この場所自体が潰れてしまえばどうにもならない、という恐怖だ。逃げようもない。ここにいるしかないのだ。
 
 
「使徒・・・・・ですか。そして、エヴァと・・・・・」
 
単なる地震でもなかろう。武装要塞都市・第三新東京市における最大の義務にして業務。
使徒戦。なんの前触れもなく、それは現れる。その理不尽を納得せぬまでも、呑み込むのが市民の責務になっている。「ナゼココニ」「ココニクルナ」「タマニハヨソニイケバイイノニ」いったん口にすれば、無限連鎖することを知っている。今さら言うほどのことではない。だから洞木コダマの言葉も断片であったのだが
 
 
ずずん・・・・・・
 
もう一度きた。2回も聞けば見当はつく。音の発生源は、四つ足だ。いつぞや出現した四足獣タイプなのかもしれない。とにかく、人間式の二足歩行のそれではない。避難シェルターまで響くような身の叩きつけられ方を考えると、今のところはエヴァが有利なのだろうか。それにしても、すごいパワーだ。もしかしたら、これでカタがついたのかもしれない。
 
 
衝撃音から弟子が何をどう推理するのか、解析したのか、その横顔から見当がつく佐伯ヒトミは気づかれぬよう嘆息する。
 
 
違うのだ。それは。
 
 
この状況でも冷静極まる弟子の解析は正しい。
 
 
間違っているのは・・・・・・・
 
 
「一体全体、どうなってんのかね・・・・・!」
 
堪えきれず、怒気を一瞬、吹いてしまう佐伯ヒトミ。
兄に睨まれるが、声は大きくなかったはず。だが、当然、そばの弟子には聞こえた。
死力を尽くしててめえの任務を果たそうとした弟子が傍らにいたからこそ我慢ならない、というのは言い訳だ。
 
 
「・・え?」
 
師匠の解析も同じであると確信していたからこその不思議の声の洞木コダマ。
解析しなおすが、間違っているとも思えない。どうなって・・・・いるのか
 
 
問う前に、もう一度、先の2回より徹底的な、
 
 
殺音がきた。
 
 
 

 
 
 
サインをしていた。
 
 
体内に火焔袋をもっていても、自他ともに認めるであろう冷血動物であるところの水上左眼が到着した時。しばらくの愛機との再会。そのタイミングで目撃したのだ。
 
 
霧島マナがいるらしいことは聞いてはいたが、人影は、ふたつ。
 
 
黒衣の霧島マナと、その影になってはいたが、おそらくは成人男性、武装の類は奇妙なほどに一切所持しておらず、ハンチングとぼろいコートもこれといった異能オーラを放っているわけでもなく、・・・・髪をボリボリ・・・どう見ても、一般人、カンだけでいうなら記者のような・・・・まさか、どのような腕利きや命知らずでも、こんなところまで潜り込めるはずもないだろうが・・・・・
 
 
なんといっても、彼女たちのすぐそこに、竜号機がいるのだ。
 
 
空気は凍りついている。関係性というものが常に人肌以上とは限らない好例だ。
好例すぎた。繋がればたちまち熱量は消失し、養分は根こそぎ奪取される。そのような。
 
 
サインといっても色紙にするそれではなく、契約書のそれにする約定の一筆だろう。
に、しても。えらく血なまぐさいインクだ。ここまで匂ってくる。
 
 
霧島マナの表情は、読めない。
 
 
書類をさっさと懐にしまい込んだ「記者らしき」男も何を言うでもなく。こちらの到着が分からぬはずもなかろうに、完全無視で、「記者らしくもない」好奇心の無さで、向こうの方に去っていった。巨人の腕でもつっこまれたような力づくで不器用なトンネルがそこにあった。そちら側の壁面だけ、氷に覆われており、「記者ではないのだろう」男が出て行ったトンネル貫通を防ごうとして結局、虚しく果たせなかった気配があった。あんなルートがあるなら、と思いかけて悟る、なかったのだろうそんなものは、つい先ほどまで。
 
 
「現在、コノ場ノ気温、摂氏2度デス。体調ハ大丈夫デスカ」
 
カリビアが尋ねてきた。もちろん当人が寒いはずがないから、よくできた気遣いだ。
ただ。この場合、この局面、この空気、完全に無用ではある。
 
 
冷血動物であるところの水上左眼には己に馴染む、心地よい温度のはずだった。
 
が、寒気がする。悪寒と言った方がよいか。まあ、実際にまずいところで凍死させられかけたのだが。まあいい。切った張った殺ったとかいう世俗の空気ではない。
 
 
きろ
 
 
霧島マナがこちらを見た。その目は、揺るぎのない天狼めいた、星の光だ。
謎を解いた、解き明かした、明察の輝き。裏を返せば、今の一幕について語る気はない、ということ。事実を蝕する。くるり、と。まあ、友人でもなければ親兄弟でもない。
沈黙したければするがいい。ムリに聞き出すつもりもない。
 
 
なにか、
 
非常にまずいところにきて、まずいものを見てしまった、といったところか。
落とした心が拾いもできず凍土に残されるような。それでも。
 
 
「ここで、シンジ殿を、待ち続けるのか・・・・・・最後まで」
 
 
それでも言葉をかわさぬわけにもいくまい。こちらの言うことは理解されたのか。
意志題目が最優先の綾波レイとちがって、こちらの方が柔軟で、聡い。おそらくは。
 
 
「あなたの仰るとおりでした・・・・・仰っていたことが、理解できました」
 
「そうか・・・」
 
謎が解けたからと言って問題が解決するわけでもない。人類皆が探偵でもなし。
ある人間にとっては大層な事件でも、違う人間にとっては何も変わらない些細な一幕光景にしかすぎないこともある。
 
 
「彼を待とうと思っていたのですが、そうもいかなくなりました」
 
 
ふられた、だの
待ち人来たらず、といった
乙女の風情などない。あるのかもしれないが、この目には見えない。
 
 
「そうかね」
 
 
先ほどの謎の男と霧島マナがどのような「契約」を取り交わしたのか・・・・・。
 
ネルフのような謎の基地の奥深くに「禁忌の何か」があって、それを奪い取りもせずに、ある意味、対等な関係性として、契約だけして立ち去る・・・・・普通ならば、こんな剥き出しの小娘、小脇に抱えて連れ出されるのが当たり前だ。自分が到着したから慌ててこの場を逃げた、というようでもなかった。あくまで己の用件が済んだため、次のスケジュールに移行した、という気がする。それは、こちらも時間に余裕があれば男を追っていて捕獲の一つでもして尋問くらい、出来たらしてもよかったが。複雑の要因で不可能だ。
 
 
「ドノヨウナ手段ヲ使用スレバ、コノヨウナ貫通ガ出来ルノデショウカ・・・・時間的ニモ強度的ニモ施設内ノ位置的ニモ予算的ニモ・・・・・」
 
いつのまにやら、カリビアが男が去っていったトンネルというか侵入口といったほうがよいか、横穴をのぞき込んでそんなことを言った。追跡しないあたりは、使えないというより賢い、といった方がいいだろう。意識するポイントも第三者的というか。いやまて、それを塞ぐ仕事が彼女たちに課せられるなら当事者視点といえなくもないか・・・とあれ、
 
 
竜が傷つけられなくて、よかったなあ、というのがこっちの当事者視点だ。
 
 
ただでさえ、無断改造なんかされて調子が心配なのだ。こちらの肉体に反響がくるほどの深い領域まで弄ってくれているあたり、かなり心配だ。戦闘能力を剥奪されたとしても、最低限、飛行能力は維持されていないと話にならない。
 
 
竜号機がなければ、ここから脱出することもできない。ただ、己の足でのっし、のっし、という選択肢はない。そうであってほしくない・・・・・・おや?竜号機の外見になんか変化が。いや、改造されたのだからなんらかの変化はあるだろうそれは、なのだが。
カラーリングなどはそのままで、いきなり金色や赤に塗られていたり、ということはなかった。そこまでやられていたら、むしろ霧島マナや男のことなど完全にアウト・オブ・眼中であっただろう。そこまでの大っぴらな変化はなかったものの・・・・・・・・
 
 
ヒゲ
 
 
がついていた。
 
 
竜のヒゲ、というと、細長い二本が、みょーん、と伸びているのが定番だろうが、これは、クジラのそれに近い。頭部の半分を覆い隠すようにして首、それから胸のところまで伸びている。この長さでいえば、べつにここの前総司令であったゲンドウ殿をモチーフにしたわけでもなさそうだが。不要と思ったら、千切ってくれればいい、とは言われてはいたが。
 
 
なんだこれは
 
 
なんでこんなものをつけられなければならないのか・・・・・・・・・
それから、つけたのか。これで戦闘能力や飛行能力が抑制されているようでもないが。
いや、位置的に炎が吐けなくなるのが・・・
 
 
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
 
 
目があったが、霧島マナに聞いても分かりはすまい。
 
 
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
 
 
実際に取り付け作業を行ったのであろうところのカリビアに目をやったが、問えなかった。
どうせ乗ってみればわかることだ。シンクロしてみなければ分からない。長々と説明を聞いている時間もないことだ。別に聞いたら負けだ、などと意地を張ったわけでもない。
 
 
 
「君も、行くか?」
 
 
乗り込む前に、義理のように聞いてみる。このままここにいても「碇シンジ」が迎えにくることはない。けれども、待つのであれば、この都市でしかありえない。
 
それが、分かったのなら、そうするだろう。この娘は。だから、受けるとは思わない。
 
眠るがごとき停滞は似つかわしくない、とは思うけれど。単なる挨拶だった。
 
 
「はい」
 
 
と、受けられて少々困った。「実は、お江戸払いになりまして」古風な言葉を知っている。
 
つまりは追放。ネルフに囲いこまれ隠れることさえ許されなくなった、ということことか。ならば、先の男についていけばよかったのではないか、とも思ったが、「あの人たちは、そこまで介入してこないんです。要求事項を呑みさえすれば、あとは自由にさせてくれます。こわいくらいに」
 
 
迷える黒羊
 
 
ふと、そんな言葉が思い浮かんだ。適当な造語はよくないと司馬遼太郎先生も言っている。
 
 
招A、ショーア、言葉には適切な読み方、読まれ方、というものがあるのだろう。
そんなふうに呼ばれたくない、という気持ちも分からないでもないが。
 
 
この小娘、これからどうなるのだろう。世界に一頭だけの迷える黒羊乙女。
探してくれる誰かはいない。黒い色は闇夜に紛れて見つからない。光の人でも。
 
 
少々白髪でしわがれても、導きの月がなければ
自分と姉には、太陽も月も幻ではない道もあった。
 
 
面倒な荷物だな、と思いつつも、心のどこかで軽く抜けるような場所を感じるのは弱気か。
とはいえ、二言はない。口にしてしまったことだ。
 
 
「ならば、急ごう」
 
あの人たち、とやらの素性は聞かない。聞いたところでどうにもならない。
ただ、シャレにならない超絶の権力を持っているのだろう。己らで作成したルールを何者であろうが強制できるほどに。それから、あの急造横穴。常識も伏して従う単独破壊力も。
どっちか片方もっていれば十分だと思うが、両方もっているような奴だ。ろくなものではなかろう。美学に欠ける。この水上左眼が言うのだから間違いない。
 
 
霧島マナは「あれっ?聞かないんですか?あの人物に関して」みたいな顔をしたが、聞かぬ。急ぐのだ。聞くヒマなどない。竜号機のヒゲのことも気になるし。
 
 
「アノ人物ハ、ハタシテ何者ダッタノデスカ」
 
 
にもかかわらず、いつの間にか戻ってきていたカリビアが。睨んでやったら
 
「ますたー・りっちーニ報告スル必要ガアリマスノデ」などと涼しく言い訳。
 
 
「公務員だそうです」
 
 
同行するのであれば、ここでグタグタ会話をしている時間がないのは承知の筈。
それゆえの、霧島マナにしては要領を得ないグレーすぎる解答。だが、
 
「モット詳シク願イシマス」
 
アンドロイドは承知しない。「個人的ナ契約ニ立チ入ルコトヲ許サレテオリマセンガ、侵入者ノデータハ提出スル必要ガアリマス」
 
「侵入者、というか・・・・立ち入りの権限自体は持っているんだと思う。言って大丈夫なのかな・・・この名称を認識しただけで、記憶データが弾け飛ぶとかの3ザル処置とかされてないよね?」
 
できれば無駄な施設破壊もしたくはない。ここから竜をなるべく穏便に発進させるスタッフとして、必要な頭数ではある。霧島マナはそれ以上の観点からこういうことを言うのだろうが・・・・別に、この期に及んでもったいつけとるわけでもあるまい。
 
「大昔ノスパイ映画ノ見過ギダト思ワレマス。ソンナコトハ、ドラマダカラ出来ルノデス。
ダイジョウブ、問題モ心配モナイデス」
一応、魔法とか呪いとか、とは言わないようだ。その自信の源泉が不思議だが太鼓判を押して見せた。生みの親の顔は・・・・すでに見ているわけだが。
 
 
「ゼーレ世界征服部門・狂律粉砕官・キッシャー・5W1H、と名乗っていました」
 
 
霧島マナが神妙な表情で口にした名称に、カリビアは怯むこともない。確かに、公務員だなあ、レベルの感慨しかないのだろうか。頭から煙が出たり、目からおかしな光をピカピカ、ということもない。にしても・・・・・・
 
 
そういう相手と未成年がサシで契約かー・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
 
まあ、ろくなもんじゃないだろう。たとえそれが今後の世界を激震させるとしても。
 
 
「ソレデ?ソノ、”キッシャー”ナル人物ノ、得意技、マタハ、弱点ハ?」
 
己の予測世界にはまっていなかったら、つっこんでしまうところだった。
 
「・・・・いや、そういうことを聞くと、あとあと彼女の方が始末されたりするんじゃないのか」
 
なんとか冷静に指摘するだけに止めておけた。確かに有益すぎる情報ではあるが。どう考えてもそんな相手と仲よく同等に手を結ぶ日がくるとも思えない。
 
「黙ッテイレバ分カリマセン。人間ハ、シャベッテシマウカラ、バレテシマウノデス」
 
自信たっぷり、に見えるのは僻目、というものか。まあ、確かにそれはそうだ。
 
「ふふふ・・・・・・キッシャーさんの得意技は、”世界にひとつだけの、剣より強いペン”で捏造記事を事実にしてしまうことです」
 
霧島マナは笑って。面白かったのだろう。周囲のオーラが黒い分だけ、その顔は。
 
「弱点といえるのか、そのペンに使えるインクが、最近はとても珍しいものとかで量が少なくてあまり多用が出来ないことと、捏造記事をこさえるには、現地入りする必要があること・・・・・ですかね。あ、これは弱点ではないかも知れないですね。少なくとも、この街にいれば、エヴァや使徒の攻撃、その発動時刻と場所を捏造して、インクが許す限り、自由に使えるんですから。・・・・・そこのトンネルもそんなふうにして作ったんですよ・・・・さすがに、初号機左腕の貫徹パワーは止められませんでした」
 
追跡しなくて正解だった。そんなことを知らず、ただの事件記者などと侮っていれば。
好奇心は竜をも殺す、というハメになっていた。にしても、よくこんなことまでこの少女は聞き出せたものだ。・・・・・キッシャーとやらは少女に弱いのか?それとも。
 
この、黒い聖母のような、笑顔が。ただの村の羊ではあり得ない。
 
 
「分カリマシタ。ゴ協力、アリガトウゴザイマシタ」
 
聞きたいことを聞けて、満足、というわけでもなくその表情は変わりないのだが、カリビアは丁寧に頭をさげた。これで終わりだ。時間をくってしまった。しかし・・・・・
 
 
この小娘、ここに置き去りにした方が正解なのではないか?
 
 
ふと、思い返す。てめえで誘っておいてなんだが。メリットはないわ、明らかに面倒だわ。
 
 
足手まとい、には少なくともならないだろうが・・・・・こっちの身の保証すらない。
 
 
・・・・そもそも、連れてしまっていいものか。いわゆる最後の霧札、いやさ切り札を
 
 
こんなものを匿える場所などそうそうない。途中で、うっちゃるくらいならばはじめから同行などさせぬこと・・・・・・分かり切っている。この水上左眼は、己に何かメリットがあるから、そのような誘いをかけたのだ。この少女の口利きで竜が無事だった、という可能性はこの際、無視する。
 
 
疑いの次は、迷い
 
 
霧と違って自然に晴れることなどない、自らの速度で振り切らねば
 
 
そして、その速度で、どこへ向かうか・・・・・・・・その判断材料に使おうとしている。
 
 
さらに迷うことになるかも知れない
 
 
 
「そういえば、どこに向かわれるんです?」
 
 
霧島マナが問うた。
 
 
はい、と返す前にそのことだろう、とも今さらだ。ここではないどこかへ、といった少年少女の目ではない。下半身が根に変わった不動の国の女王陛下のように。それは、いつでもどこでも誰にでも問える原初の問いかけ。どこから来た、などとは今さらすぎる。
 
 
とはいえ、問われたなら答えねばなるまい。もはや、ただの、帰還ではない。
 
 
「とりあえず、今さらながらの答え合わせに。そもそも謎かけだとも思ってなかったが」
 
 
明解などとはほど遠く、ちぐはぐなのはやむを得ない。
我ながら、なんとも、「おっとっと」な答えだとは思う。
 
 

 
 
 
アクション的には、義経八艘飛び、のようで少し格好がよかった。
 
 
ただ、誰もそのように感心してくれなかったのは、やはり飛ぶ方向と距離と速度とが、あまりに予想とかけ離れ、むしろ正反対だったせいだろう。
 
 
参号機にいきなり斬りつけたあと、その反撃をとんでもない反応速度でかわした!やるじゃないイケイケ!!、と思ったら、なんとそのまま。エヴァ零号機は
 
 
「もどって!!もどるの!前に!!後ろじゃ・・・!」
 
綾波レイの必死の呼びかけにも応じずに
 
 
ぴょーん
ぴょーん
ぴょーん
 
参号機に向きだけ正対して、とんでもない脚力で「後ろ向き」に距離をとり続けていた。
 
背を向けているわけではない、いや、単に向けていないだけで、やっていることは明らかに逃走のそれ。間合いをとる、というレベルではなく、参号機が追わないのはとても追いつける速度でないことを理解しているせいか。追う理由もないのだろうが。
 
 
どこへ行こうとしているのか分からないが・・・・・方角でいえば、西へ。
 
 
綾波レイが必死に機体に、正確には非常識なジャンピングとホッピングパワーでコントロールを奪ってしまっている左足に、呼びかけ命令するが、何処吹く風の完全無視で、跳ね逃げ続ける。接地するのは左足のみ、いくら足掻こうと腕と右足は空を掻くのみ。
まさに暴跳。その光景だけみるとコントのようだが、笑っていられる人間は発令所のどこを探しても一人もいない。交戦圏内からまともなエヴァが消えた。この事実。
 
 
「おいおい・・・・・・・」
「おいおい・・・・・・・」
発令所実務系ツートップである日向マコトと青葉シゲルからしてこれしか言葉がない。
 
零号機が参号機に問答無用で斬りつけたスタートダッシュでもうついていけなかったが、さらにこんなこと。肝心要の綾波レイの零号機までこの調子となればどう希望を繋げばよいのか。その速度はまったく衰えがない。おいおい、とか言っている間に、エヴァ零号機は第三新東京市の領域から離脱した。綾波レイが風速44メートルの臆病風に吹かれたわけではない。なんとかしようとした発令所からのあらゆる緊急コマンドをATフィールドまで張ってはねのけた明らかにあの左足、ロンギヌシュのせいだ。足であるからロンギヌソクとかいうべきか。
 
 
なんのつもりなのか・・・・・・冬月副司令の表情は厳しい。当たり前だが。
さすがにこの局面まで碇ゲンドウのせいにはできないのもあった。
 
 
”これならやれるかもしれない!”と偽りの希望を見せておいて、そこから”やっぱりコレだってばよ”とか急遽の三十六計などと・・・・・・・これはもはや邪悪。蠅司令があれほど危険視したのも当然だったのか・・・・・・・発令所には不穏の空気。同じエヴァ同士で闘うことを、拒否したのか・・・・・という考えもなかったわけでもないが、そのわりにはあまりにアクションが元気すぎた。やむなく退いた、という悲壮感がまるでない。
 
むしろ、目的地にまっしぐら、といったような・・・・・目的・・・あるのか・・・?
 
単にベルゼの再封印を嫌って、距離をとった、というか、その程度であるなら・・・
 
 
3方向からの使徒の進行は変わらない。三体もいるのだから一体くらいナマケモノであるとか調子コキであるとかのキャラクター設定で一休みくらいしてもいいものを。
 
 
おまけに都市の中心部に陣取ったエヴァ参号機は明らかに狂っている、ときている。
 
 
・・・・・スタッフたちもうすうすは気づいているだろう。
 
謎の助っ人などではないことなど。複雑怪奇な現体制を考慮しての演出ではないことを。
いや、あの咆吼を聞けば誰でも。本来の使用方法で巨人を用いる者であると。
 
 
使徒の血を求めて、三体のうちのどれかへでも突撃してくれればまだいいのだが・・・
あー、こういった考えは邪悪ではないのか、と問われても困るが。
 
 
暴走、ではない。機体が、ではなく。搭乗者が、だ。まだ使徒に乗っ取られている、とかの方が心理的に納得できるが。エントリープラグ排出信号が効かないのはいつものことだ。さっさと電力切れになってしまえばいいのだが・・・・そうなれば、強引にでもパイロットの交代が出来る。任せるには、重すぎる局面ではあるが・・・・・・いつものことか。これは長丁場になるかどうか、早々にカタがつく、という夢も見られない以上、そうだと想定して、弐号機がいつ到着するか・・・・・・・早々とやってくる、というのもまた儚すぎる夢。
 
 
「赤木博士はまだか」
 
 
使徒はともかく、零号機までいなくなったとすれば、参号機をどうにかせねばならない。
 
こういった局面に備えて「こんなこともあろうか」的ギミックの十や二十、彼女なら仕掛けているだろう。まあ、毎度のようにエントリープラグ排出信号が”効けば”無用のことなのだが。これはもう政治力ではどうにもならない。
 
 
 
「先輩なら死んじゃってますよ」
 
 
「なに?」
 
 
聞き覚えのある若い女の声が、なんかとんでもないことを。しかも背後から。
振り向くと、マギ内部に繋がる点検口から知った顔がのぞいていた。
 
 
伊吹マヤ
 
 
ネルフ本部発令所、オペレータ三羽ガラスの一人。転任先の水があったものか、素質のゆえか、本業以外の活躍が特大すぎた。北欧の青葉君にもいろいろあったようだが、得たものが違いすぎる。立場や給与面を考えると、一オペレータには戻りたくとも戻れまい。
おそらく、戻りたくもないだろうが・・・・とにかく。
 
 
「・・・・よっと。お久しぶりです、副司令。先輩、いえ、赤木博士は死んだも同然の極眠状態ですから、ムリに起こしても・・・ほんとに心臓止まるかもしれません」
 
 
そこから押し上げられるようにして、全身を現した。ネルフ制服ではなく、黙っていても職業は女社長であると一目で分かるその装い・・・それでいて髪を金に染めているのは師の影を踏む度胸がついたためか・・・・ほんとに青葉君とは差がついたなあ、と。
彼の方は事前知識なく普通に公平に見れば、逃亡中の犯罪者にしか・・・・、とすまぬ。
 
 
「いくら最近の本部でも、そうなった後で降霊術でもかけてアドバイスを求めるとか、突拍子もないオカルト太郎みたいなことを考えて、ませんよね?」
 
なかなか迫力がある。以前なら、とてもそんな口はきけまい。まあ、前提からして昔とは異なっているが・・・あまり反論できない。ベルゼがいなくてよかった。
 
 
「よっと」「おいしょ」「さあ次」「やれやれ・・・手をかしておくれ」「ここが社長の元職場」「あまり機能的ではないな」ぞろぞろと部下らしい者たちが次々と点検口から、つまりはマギの内部から現れた・・・・・この事実。角度的に今のところ他の者には気づかれていないが。彼らが赤木博士、父親のレンタロウの方の、を探し出した面子か。
 
 
・・・・ふむ
 
 
その、超金持ちになってしまった彼女がなにゆえ、そんなポジションにいるのか。
個人にあまる資産程度ではとても務まる席ではないのだよ、ここは。別に心配したわけではない。・・・・・女は化けるのか。尊敬していたはずの赤木博士に死ぬ死ぬと連呼してもよいのだろうか。いや、そのへたりきった三十代女性を酷使する私に対するあてつけもあるのだろうが・・・
 
 
「では、君が赤木博士の代理を務めてくれるというのかね」
 
苛立ちは抑えても、つい口調が嫌味になった。弟子や秘蔵っ子レベルでは代わりは務められない。しかも参号機のことは彼女が不在時にあったことで詳細機密どころかアウトラインも伝わっているか。いかんいかん、彼女も赤木君のことを気遣っているのだ。それを
 
 
「代理はムリですが、現状の参号機については少し、情報を持っています」
 
驚いた。女子であっても刮目する。いやいや、小娘目線で見ることがもはや。
女社長しかかけてはいけんような色付き眼鏡がキラと光り。
 
 
「だから、参号機がこれからどう動くか、予想がつくんです。マギも賛成してくれました」
 
 
「うむむ・・・」
赤木君とも葛城君ともまた異なる芸風であるが・・・・・・とにかくすごい自信だ。
「それは・・・・」オペレータの職分でもないだろうが、こんな事態だ。聞いてやれと思い「一体・・・・・」
 
 
「手始めに、後釜に座ったパイロットと、おそらく望まぬ再生を成した赤木博士の殺害を」
 
 
ここでバサッと部下の者から渡された白衣を羽織るあたり。
 
 
「参号機はほかのエヴァとは違って、要塞の中に籠もった人間を一人一人特定して甲壁を透過し破壊するような技を身につけています・・・・・削除しておけばよかったのに」
 
 
「・・・・・・」
あの咆吼からは無差別性しか感じられなかったが、考えてみればその通りだ。逆にバラバラにされた機体の再再生を果たした赤木博士は感謝されてもよさそうなものだが。・・・・いやまあ、やはり邪魔者か。闇の知恵袋的に考えると。それは、独占してなんぼ、だ。
 
 
「先輩は安全・・・・確実ではないでしょうが、現時点では最も回避確率の高い場所へ避難してもらいました。あと、代理はムリだと先ほどは申し上げましたが、影武者というか影学者くらいの役は務まると思いましたので、一時的な認証コード偽造のご了承を。裏の裏、先の先を読んで小細工が通じるか・・・・併せて、後継パイロットの保護と安全確保を推奨します」
 
「う、うむ・・・・・パイロットの件は無論のことだ。ただ、一時的とはいえ赤木博士のパスの貸与は・・・・」
 
まんまと引っかかれば、あの状態の参号機に狙われるのは、彼女、ということになる。
 
どこぞのスパイが変装でもしてこんなことを言うておるなら、遠慮なく握りつぶされるなり衝撃波に叩き潰されるなりされればいいわけだが・・・・・
 
 
などと考えたのが、通じたわけでもあるまいが、進軍を続ける使徒には目もくれぬ参号機が、ヨーヨーでもやるように、己の腕を何回か弾力的に伸ばし、
「なんだ?あのタメは・・・・まさか!?」青葉君が解説する前に、
 
 
掌を「ぺたり」と地面につけただけで
 
 
十秒後、赤木研究室が圧壊した、という報告が入った。
内部に誰かいれば、殉職決定の威力。
 
 
鎧通し、とかいう格闘戦の技術を恐ろしく高度に凝縮したようなやり口だ、と青葉君は解説してくれたが、対応策がない以上、ただ場の空気を凍らせているだけだった。
 
巨人がおおきな使徒ではなくちいさな一個人を狙う、という天逆発想がもはや。
 
 
 
「うーん、的中しましたね、予想。子供よりはまず大人、か。では、副司令」
 
見た目だけで言えば、赤木博士のコスプレ、うまく化けた、とはいいたがい、が、参号機とその操り手の目にそう見えれば十分なのだろうから、分厚い電子情報の化粧を施した
 
 
「おさらばです。あとは、よろしくお願いします」
 
 
彼女は、微笑んだ。人の見せる最も美しい表情のひとつ。なれど。
視界は黒い茨に巻き付かれたように狭くなる。あまりの不吉さに。
最近の流行ではこういった「思わしげなこと」をしても大丈夫、というが。
こればかりは伝統よりも最近の流行を重んじたい。が、
 
 
「・・・・・そこまで、やらねばならぬのか。君が」
 
三羽ガラスに復帰もせずに、青葉、日向に挨拶もせずに、撃たれにいく母鳥のように
部下たちを従える身として、それでいいのか。ここを忘れて他の大道で生きることも
 
 
「そうですよ。だって、赤木先輩はすごいんですもの・・・・生きててもらわないと」
 
確答された。女の凄みというやつだ。ユイ君を思い出させる。
 
 
「いや、ほんとは。向こうでだいぶ勉強もしましたし、人材も集まりましたから、ちょっとは肩を並べられるかな、とか思ったんですけど。ちょっと、かなわないですね。あの竜のヒゲ・・・・・なんで、あんなものが造れるのかなー・・・・嫉妬もできません」
 
正確に言えば、竜のヒゲを造らせたのは彼女の父親なのだが、黙っておく。コンセプト七割、技術力三割くらいで敬服しているようだが。まあ、同じ赤木だ。
 
 
そして、こちらに背を向け、移動する伊吹マヤとその部下連。
 
 
参号機の目は、地下に向けられている。
 
潜った獲物を選別するように。あてずっぽうで発令所めがけて先ほどの透過衝撃波攻撃なんぞを放たれたらたまったものではない。勤務ポジション的にはそれが正しいのだが。
 
 
「どのくらいの時間が稼げるのか、マギでも計算できませんでしたが、なんとかお願いしまーす」
 
そういって現れたのと同じく、マギの内部にぞろぞろと消えていった。そこからどこぞへ移動を続けるのだろう。こちらが参号機をどうにかできるまで。どうにかせねば。
 
 
切り札を、使うべきか・・・
 
 
しかし・・・・・・・・
 
 
躊躇している間に、位置特定を終えた参号機が、ピンポイントで三人を狙うかもしれない。
無闇に暴れたりしてむだなエネルギーを使わぬあたりがまた憎たらしい。
参号機の嗅覚のみならず、確実に本部内に存在する黒羅羅・禁青への助力者が情報提供することもあろう、この判断は・・・・・・・・
 
 
参号機が、先ほどのように腕をヨーヨーにして、タメをつくった。
感知されたのか?赤木博士か、伊吹君か、洞木ヒカリか、鈴原トウジか?
 
 
「副司令!指示を」
 
日向マコトの鋭い声。もはや参号機を敵として認定するのか、それとも暴走ということで抑えにかかるのか、判断を求めにきた。出来れば一時的な暴走として機体をなんとか捕獲の上、パイロットの乗り換えをさせたい、という願いがこもった声であったが。
なにせ、八号機は飛んでいったわ、零号機は跳ねていったわで、使徒三体が接近する中、現地にいるエヴァはこれ一体しかないのだから。
 
 
だが。
 
 
暴走、己を見失っているだけだ、という甘い認識では、皆殺しにされるだろう。
向こうは、自然体で、ごく冷静に、己の力を十分に把握しながら、欲するところを成そうとしているのだから。しかも、格闘戦最強。全盛の気合いを取り戻している。実際、零号機がなお対峙していても、・・・・・・・・倒され、喰われていた可能性が高い。
十分な距離から、狙撃するしかあるまい。ただ、零号機は手ぶらで跳ねていったが。
 
 
隠していた、切り札を使うは、今か・・・・・
 
 
「これも、これから通る道なのか・・・・」
 
 
エヴァと対峙する武装要塞都市・・・・これから、そんな世界が始まるのかも知れない。
巨人殺しの都市。天使と戦うだけでもいい加減アレだと思うのだが。呟きは部下たちには届かない。示して、やらねばなるまい。その時。
 
 
「・・・・うむ?」
 
画面上の参号機が、天を仰いでいた。先まで、じっと地下世界で標的を探していた双眼が。
腕をだらんと伸ばしたまま、顎をあげている姿は一瞬、どことなくユーモラスであった。
 
 
もしかして、弐号機がもう空輸されてきたのか?などと高機動幻想を見そうになったが。
 
 
 
雨だった。
 
 
雨が降ってきた。
 
 
 
みるみる空は闇曇り、ドバドバの豪雨になった。
 
 
 
当然の暗天に、参号機が咆吼した。これは、人にむけたものではない。明らかに。
人以外のなにかに。”邪魔を禁ずる”と。邪の霊を切り裂くがごとく。サイズからして多少の豪雨であろうが、その行動に支障が出るはずもないが・・・・・
 
 
ただ、「隙」ではあった。
 
 
この雨と示し合わせたかのような、超低空にして都市内部ではありえないいくつも兵装ビルをなぎ倒す速度で吹き抜けてきた竜の刃をかわすには
 
 
あまりにも、大きな
 
 
右腕を犠牲にして、首を狩られるのを防ぐのがまさに手一杯。
 
 
「「「「な、なんだっ手ーーーー!?」」」
 
発令所の全員がいっせいに。言わなかったのは冬月副司令だけだった。遅れて
 
 
「なんだと?」と反応したのは年齢のせいではなく、視点が違うため。なにせ隠匿した張本人のひとりであるからいまさら竜の存在に驚くはずもないが、ただそこに。竜号機の掌に載せられているのは黒衣の少女。シートベルトもないのによくそんなところで吹き飛ばされもGで潰されもせずにすんでいるな、と疑問する必要もない。それゆえに、驚いた。口元も黒布で覆っているが、その程度で誤魔化されるはずもない。その目は。自ら同行の意思を表している。「頃合いでは、あったかもしれん・・・・」その存在を察知されてしまえば。盲点だったはずのこの都市で。いずれ、安住の地にはなり得ない。通り過ぎて。
 
 
 
竜号機と、参号機
 
 
片手が使えぬ同士の、激闘が始まった。