せみもなかない
 
くれがたに、
 
ひとつ、ひとつ、
 
ただひとつ、
 
キリリ、キリリと
 
ねじをとく、
 
みどりのつぼみ
 
ただひとつ。
 
おお、神さまはいま
 
このなかに
 
 
 
最初、その金子みすず・夕顔的善美な音楽がどこから聞こえてくるのか、分からなかった。
 
 
単なる音、というよりは、神域の霊波であるかのような、耳にするだけ快く疲弊しきった心にやさしく染み通っていく、干天の慈雨のような、オーラとでもいうべきか
 
逆に気づくのに遅れた。あの、不快極まる蠅の羽音が聞こえぬことに。
 
マイナス刺激が無くなったところに、プラスの快感がきたために余計に効果があったのかもしれない。人間精神の天秤の妙なところではある。
 
が、原因はすぐに分かった。このド修羅場のネルフ本部発令所で、よく考えんでもそんなことが出来るのは、当の音源でもある蠅司令こと、ル・ベルゼしかいなかったからだ。
 
この局面でクラシックのハレルヤ系音楽を放送されても、それは気遣いでもなんでもない。
少々の消臭で間に合うはずもなく、必要なのは正確な現状認識と片付ける段取り手配。
生体であれば、また、群体であればあるほど、「こわれている」という認識に欠けやすい。
根本的に生命というものが、理に挑むものであるからだろう。修理すればよい、という話にはなかなか、なりにくい。ほとんどが、死というオーバーホールを待つことになる。
 
 
 
「ああ・・・・・・」
 
地獄を描いた文豪のごとき、呟き。それは、真の意味で常人には理解しえないが、とりあえず、後悔しているんだな、程度のことはニュアンスで分かる。同じ人間であるから。
 
 
「なんという・・・・無意味なことを、していたのだ・・・・・・・」
 
声の張りも違う。いきなり80は若返ったような。いかにも洞窟の奥で蝋燭一本だけ灯して呟いていた感の陰々滅々声が、光を映す湖のごとく、澄んだ声に。女神の鍛えた金の斧と銀の斧が大量に沈んでいるかのように。なんかキラキラしている。
 
 
「砦の中に人あり・・・石にあらず塩にあらず蛙にあらず・・・また、柱にあらず・・・この局面に槍の秘儀を守ることなど、なんの意味があろう・・・・・天の使いと対峙して一歩も引かず怯えず揺るがぬ、この鎧の街という砦は・・・・人の類の、まさに誇り。千年永久に刻まれるべき、偉業・・・・・本部施設は第一級世界遺産に指定するべきであろう・・・・・」
 
 
・・・・・演技でやっているとしたら俳優に転職した方がずっといいだろう。
 
いろいろ問題のありすぎる司令ではあったが、嘘だけはつかなかったわけだが。
 
 
何を今さら、という者はいない。
 
 
ラブストーリーが突然に、起こっても、ギターが一回かき鳴らされるなら誰も不思議に思わぬように。
蠅モノリスの回心が唐突に発生しても、そういうこともあるだろうなあ、と。これまでの使徒戦でさんざんトワイライト大作戦みたいな目にあってきた第三新東京市民として、納得できんこともない。
 
 
ただ、これは前段として、明らかに。
 
 
「愛おしい・・・・・・・・そう、この魂の奥から尽きぬこの心情は・・・そうだ」
 
 
使徒の放った黒い羽で、ぷすり、とやられているわけで。
 
 
「諸君たちが・・・・・愛おしい」
 
 
愛情の反対は憎悪ではなく、無関心だというが・・・・この反転ぶりを見るに、それは本当だったらしい。蠅の羽音の代わりに聞こえてくる、この素敵に妙なる神聖LOVELOVE音はまさに当人の魂から響いてくるのだろう。裏を返せば、ツンデレでも深謀遠慮でもなんでもなく、徹頭徹尾、司令職にありながらこちらに無関心だったことが知れる。ある方面からすれば、情にほだされることも感化されることもなく、利益交渉すら受け入れる余地がないのだから何者を据えても問題が生じるだろうネルフ本部司令職にこれほどの適役はいなかったのだろうが・・・・・・その下で働く者にとってはたまったものではない。
 
 
が、
 
 
 
「ありがとうございます。作戦中ではありますが、我々も”それ”に応えうるよう尽力いたしましょう・・」
 
冬月副司令である。知能犯系悪魔が全力で営業かけるような顔をしている。
 
それに従う日向マコトや青葉シゲルもまた。生え抜きスタッフたちはしれっとしてその後列に。
 
「ええええ?」さすがに新体制後に入った者たちには途惑いがある。司令のソレはもちろん、それにこうもあっさり受けてしまえる先任たちの面の皮に。まさに、もんた級G。
 
これを「好機」と「チャンス」ととらえるか、許すゆるさんの感情の始末をつけるためにこのタイミングを使用するかの違いであろう。発令所、ここもひとつの戦いの場であると思い知っているのなら。どれを選択すべきか、知れきっている。
 
 
・・・・・・・・・話なんぞ、あとでまとめればいい。
 
 
今は、こんなに燃えさかっているのだから。やばいのだから。真っ黒になろうと、コトを収めにかからねばならない。敵を撃退せねばならない。
 
 
群体としての免疫ならば、このようなことはすでに受け入れがたく、この変異物を攻撃排除にかかったことだろう。だが、このひとつの集団を導く立場の冬月コウゾウ氏は、緊急修正かけてそれをさせなかった。今はこのパーツを取り込んで、役立たせるのだ、と。
 
勇者の仕事でむろんなく、仁者の解法でもむろんなく、悪魔の袋知恵であろう。
 
 
もし、あの席に碇がおり、それにあの使徒の黒羽が刺さったら、どうなっていたか・・・・・・また、自分でも・・・・何を言い出していたか・・・・・・
 
 
「司令職としての信はとうに失っているのであろうが・・・・・・諸君らのために我に可能なことは全て成したい・・・・直言してくれぬか、副司令フユツキ」
 
愛なのだろう。垂れ流すほどの、愛。燦々とビューティフルエア・スカイラークというか。しかし言うことにきちんと抑制が利いているあたり、どう見てもそうにしか見えなくとも、別に発狂したわけではない。だから、恐ろしい。
 
 
アレは治るまい。
 
 
どういった起源の力なのか、分からないが、呪いだの魔術だのそれらに関して間違いない専門家、泰斗であったはずのル・ベルゼが、遠隔間接にもかかわらず、
 
 
「ああなった」のだ。
 
 
人の本質を根本から変様させてしまうのだろう。問答無用の恐怖。
 
あの鳥籠使徒は、それ専用、だったということかもしれない。対群体・必殺の狂毒。
バベルの塔建設に携わった旧人類の共通言語が乱されたように。それを畏怖、というのかもしれない。人の科学はそこまで及ばぬし、解明しようにもそれを受け入れる立場にもない。有り様や評価はさまざまでも、そこまで生きていた年月のカタチを、たったあれだけで反転させられる・・・・・なんとも、残酷な話ではあった。それを利用する自分たちも含めて。夢と違って毒は覚めることがない。
 
 
「そう仰ってくださるのを、待っておりました・・・・・お願いしたい事案があるのです・・・・・・山ほど。とりあえずはコレコレのコレモノでいかがでしょう?」
「ああ、なるほど。確かにそれは困っていたであろうな・・・・・了とした。すぐさま対処しよう」
 
悪徳家老と老人惚けした藩主の図、のようになってしまっているが。この機会にル氏起源の懸案事項を一気に片付けてしまおう。とりあえず戦闘局面は日向君に任せることにする。
 
 
鳥籠使徒を完封した参号機はそこで動きを止めていた。単に電力が切れたのか、乗り手の事情かはこちらから判別がつかない。通常であれば、洞木・鈴原の合体一人前デュオにリレーするところだが・・・・そこまで踏み入れられない。そこはまだ渾沌。底が無いのかも知れぬし抜けているのかもしれぬ。葛城君であっても二の足踏む判断であろうよ。
 
・・・・参号機が防いだゆえに、あの一枚だけで済んだわけだが、あれが大量に市内、本部施設内に入り込んでいたら・・・・・・人の営みというものが、完全に破壊されていた。
 
 
・・・・・参号機、今の参号機にしか、防ぐことは出来なかった、わけか・・・・・
 
 
「参号機は現段階で監視のみ。パイロットリレーのスタンバイは維持!弐号機のサポートに集中する!・・・・シゲル、飛んできた方の弐号機パイロットは補足できたかい?」
 
まるで、”よいジャイアン”を選んじゃった「その後」みたいだなー、などと考えながらも任された仕事する日向マコト。泉の女神に返してもらえなかった、わるいジャイアンははたしてどうなったのだろう、などと「ドラえもん」の一話のことを考える余裕などむろんない。
 
「ダメだ。どーゆー足の速さだよ。カメラが全注視してる中を駆け抜けて眩ませるってな。エイトマンみたいな奴か、それとも加速装置みたいな奴か・・・・あのダッシュ力を考えると、黒人系は間違いないだろうな。農耕民族の足じゃねえよ・・・名前もカール・ボルト、とかそんな感じだろ。どっかのシェルターにまぎれたんだろうが・・・・・探すか?」
 
「いや、いい。そこまで手間はかけられない。あとで副司令に聞けばいいさ。・・・逆に交代した後があっさり回線開いて正体ばらしてくれたのが意外だったけど」
 
「シンジくん・・・いや、トウジくんたちのクラスメート、転校生、犬飼イヌガミ・・・・・名前も凄いけど・・・・解禁されたプロフィールも凄いな・・・・”獣飼い”・・・・・その通りの能力ではあるが・・・・これが弐号機ってんだから・・・・」
「だな・・・・」
 
前のパイロットが見たらなんというか・・・・・・というのは、完全な余計ごと。
裏コード用の裏パイロット、裏チルドレンとしての「獣飼い」
何事もバックアップは必要であり、機構システムが更新されたなら人間もそうだ、というなら操り手はどちらになる?・・・・・・という人生問答もあとにするしかない。
葛城ミサトの新たな旅路を「見ィてござる」といったような・・・・、それも、いい。
 
 
肝心なのは、死にもせず使徒とやりあえている、という事実。
 
 
その機動。ビーストモード、としかいいようのない変形をなし、四つ足になり縦横無尽に駆け回り翻弄する。言うなれば、「都会の赤豹」・・・・・・・普通であれば、「サバンナの黒豹」よりもつっこめるツっこむしかないこのキャッチフレーズに発令所全員が、生まれも育ちも大阪のスタッフであっても、ツっこめない・・・・・・パーペキつっこみようのない動きを見せていた。
 
 
「ウルトラマンというよりは、スパイダーマンかな。糸じゃないけど。いや、レオパルドンに乗らない方・・・・」
「そうだな・・・・・」
友人が調子に乗っているわけでも、皆の緊張を和らげるためにあえてこんなことを言っているわけではないことを、青葉シゲルは知っている。
 
「比べると悪いけど、反応反射スピードだけで言うなら、ただのうしおと獣の槍をもったうしおくらい違うな・・・・」
「そうだな・・・・・」
 
こうだからこうなのだマコトなのだぐわし!!てなわけで。友人だから受け止めるが適度にスルーする青葉シゲル。
 
 
赤木博士がいれば喜々として解説してくれたのかもしれないが、いないし。
三羽ガラスじゃなくてお嫁サンバをご希望というわけでもないのだろうが、まだ伊吹マヤも戻っていない。
 
ちなみに話ながらも犬飼イヌガミが要請してきた電力補給その他サポートの手配は同時進行で行っている。現地入りしていただけあって、武装要塞都市での戦い方を非常に弁えている。こんなサポート、あんなサポートができる、ということを説明せずとも、必要なタイミングで向こうの方から求めてくる。自前での研究という限度枠を軽々越えている。それだけ内部情報がダダ漏れていた、ということでもあろうが。
 
 
”パイロット”もバージョン変更されている・・・・・んだろうな、と男二人で思う。
その有様が、アップなのかダウンなのか、似て非なるものなのか、知らぬ。
これも赤木博士がいれば説明してくれたのかもしれないが。
 
 
それにしても・・・・・その戦い方は、なんなのだろうか・・・・・
これが機体のバージョンアップのせいなのか、パイロットの真価なのか、全く。
 
 
先ほど、都会の赤豹がどうの、ということを言ったが
 
星界まで至るロケットの打ち上げにも匹敵するだろう爆発的キック力をもつ水飲み鳥使徒相手の、狩猟動物めいた動き・・・・・細かい傷をつけながら、相手の体力を削ぎ、急所のガードが弛んだところにトドメの一撃、牙を打ち込む・・・・そんな戦い。ある意味単純明快なATフィールドでの押し相撲とは一線を画する。そんな戦いを弐号機が今、もし、やったとすれば、瞬殺だろう。間違いなく。使徒戦を多く見てきた日向マコトと青葉シゲルには見当がつく。のんびりフィールドを中和しているところ蹴り殺されて終わりだ。同じ土俵にあがろうとしたが最後、なのだ。
 
 
パワーの内蔵量からすると、もう大人と子供どころか、アフリカ象と小型犬くらいの差があるのではないか。希望的予想値で、だ。マギの計算はもっと絶望的にひどい。
実のところ、これは、勝負になっていない。それは、ちがうもの。
 
 
おそろしく動きが速い、異常なまでに動きがしなやかな、なんべん一撃死確実の威力を振り回されようとあきらめない、狂犬が噛みつきにかかっているだけのこと。決して退かないのは、餓えているからだろう。餓えて、目の前の獲物を倒して、その骸に食らいつくしか、ないから。そうとしか思えない。細かな傷を。細かな傷を。そこから流れる血の一滴を。なめるように・・・・・・
 
 
そのはずなのだが
 
 
それだけで戦闘がこうも保つはずがなく、実を言うと、水飲み鳥使徒こと<ハ>ミズノミドリエルにも、触れたものを凍らせるとかいう温度コントロールの技だってあり、ぶんぶん空振りしたあげくの確率の女神が味方したクリティカルヒットだってあったのだ。
 
 
それで終わっているはずなのだが
 
 
 
終わらなかったのは、弐号機が、その戦い方を「スイッチ」することがあるせいだった。
 
 
 
ほんの、2,3秒程度であろうが、赤豹がいきなりパワー大魔神に変化することがある。
 
そのパワー度合いはケタが違い、片手でミズノミドリキックを受け止めたりするのだ。
 
え?なんじゃそら、と。某初号機じゃあるまいし、そんなことしてええんかい?と。
なんか物理的にムリっぽい光景なのだが、実行してしまっているのだからしょうがない。
なんらかの”ズル”が行われているようでもあるが、文句をつけられる人間は誰もいない。
 
 
実際にやりあっている使徒からすればそのズルを訴えたいところであろうが、これは
試合でもなんでもない。あえていうなら、死合いなのだから。ルールなど無用。
 
 
そんなパワー具合なら逆に使徒を瞬殺できそうだが、それも秒単位で失せるシロモノらしく、絶好の追撃機会であろうと弐号機はそこで押さず、必ず引く。態勢と呼吸を調える時間にあてる。それまでの戦闘スタイルと矛盾する、コレまでの努力はなんだったのか?それに関して発令所から犬飼イヌガミに問うても返答はない。せいぜい分かるのは彼女が非常に冷静であることくらい。プロフィールは解禁しても、全てを通じる気もないらしい。
もしくは・・・・
 
 
「彼女がそれをコントロールできていない・・・なら、そうするだろうな。愛想の問題じゃなく」
「暴走、の類なのか・・・・瞬間発火を不定期に起こすような・・・・あえて半分だけコントロールを放棄してリミッターの解除・・・筋力の全開を狙う・・・それでも、あの腕っ節は・・・・装甲自体がもたないだろうし・・・・なんなんだ?」
 
 
繰り返すが、赤木博士はここにはいない。ので、説明してもらえない。青葉日向の野郎ガラス二匹は首を傾げるしかない。言うまでもないが、首を傾げながらも高速で手は動いている。連続回避・連続攻撃を忙しく繰り返す弐号機のサポートはむろんのこと、鳥籠使徒とともに活動を停止している参号機の現在状況を調査判断せねばならぬし、何より、しんこうべの方へ、こんな状況で里帰りなどやっている零号機と綾波レイのこともどうにかせねばならない。この流動激動状況であるからこそ、最後のシメは彼女しかいない・・・そんな予感があった。いうなれば・・・
 
 
最後のシ女
 
 
である。
 
 
 
 
「参号機はもう、動かさない方がいいです」
 
 
聞き覚えのある女の声が野郎ガラス二人の背後から。少し息が荒いのは走ってきたせいだろう。声を聞けば分かるのでいちいち振り返ったりはしない。代わりに
 
 
「「「席を、代わって」」」三羽ガラスの声がハモった。
 
 
言われたのは、上海に行くまで伊吹マヤが座っていた席にいたオペレータ。後釜に座るくらいであるからそれなりに優秀であり名字も戦艦だったりするのだが、それでも素直に席を譲った。各エヴァどもがこうも自由勝手に動き回っていれば内部モニタリングどころではないし、それを拒否弾いてさえしてくる状況では本来業務になっていない。表層をなぞる程度のことしか出来ぬのであれば、この席に固執することもなかった。「はい!」
仕事人として力量不足の悔しさもないわけではないが、それでも返答には輝きがある。
 
 
これでネルフ本部オペレータ、三羽ガラスが復活したのだ!
脳内ファンファーレが鳴ってもいい!だろう。
 
 
伝説になるほどの時間が経過してるわけじゃないけど!とにかく有能な人手は大歓迎であった。いつの間に着替えたのか、博士ルックからオペレータ制服になっているあたりはやはり青葉シゲルとは違う。席についた瞬間、電光石火に十指がコンソールを疾駆する!
引き継ぎにはなかったよーなプログラムが次々と立ち上げられていく・・・・。
細かい事情など求められようはずもない、機械よりも機械らしい全力仕事モード。
 
これ以上ない本人証明。顔かたちは似せられても、このスキルはどうにもなるまい。
この混乱状態に「人間の敵」が入り込む可能性もないわけではない・・・・考えるだに悲しくなってくるが、その手腕はそんな心配を見事に切り裂いてくれた。「うん」
 
 
「赤木博士は?」
それでもそれは問わねばなるまい。三羽ガラス復活を喜ぶ間もなく日向マコトが。
「着替えたのかい、なかなか似合ってたのに」
ほぼ同時に青葉シゲルもそんなことを言う。
 
 
「もう少しすれば起きてくると思います・・・・・これはネルフの仕事ですからね」
 
 
味気ない声には抑えた怒りがある。おそらく、本部のあまりのていたらくにいろいろとブチ切れそうになっているのだろう。苦労をともにしてきた同じ三羽ガラスであるからそれが、分かる。と、野郎ガラスふたりはそう解釈した。オペレータ服に着替えなおしたのと社員たちをここに戻さなかった理由も。
 
まあ、女の考えることは、ちょっと違っていたりするのだが。とはいえ、
 
ここで伝説をクラッシュするほど、伊吹マヤもフレッシュガールではなくなった。
参号機を動かすな、という理由を、野郎ガラス二人がなんとなく勘付いてくれるだけで。
 
 
あの新司令をたった一枚だけで「あれほど」狂わせる黒羽をあれだけ大量に纏い付かせて、なぜ参号機は「平気」なのか・・・・・遠隔間接は関係ないのは、司令で証明済みである。
 
 
なぜか・・・・・・・
 
 
それを考えた結果、日向マコトも青葉シゲルも似たようなことに思い至り、とてもこの場で口に出せぬコトに気づいた。そのおぞましい予想は錬磨の足らぬ者にはとても耐えられまい。
 
 
 

 
 
 
弐号機は、ビルの上で狛犬のポーズ。これでも敵のモア鳥形使徒を見上げることになる。
 
 
格闘の思考枠に入る体格差ではない。そのような人の思考に拘泥したなら一瞬でケリがつく。文字通り。構造が簡潔なだけに動きも速い。直線的な駆け比べであれば、負ける。
ATフィールドの強度に、少々の傷をつけても治癒していく速度は、簡潔構造の強みか。
 
 
それでも勝負がつかなかったのは、こちらの奮闘というよりは、向こうの「迷い」のおかげであろう。それは、迷うだろうな、と。同情はしないが。こっちも交代当初は驚き迷いもしたが、先に真希波がスジをつけてくれたことが大きい。なんとか抑制できた。乗りこなすにはほど遠いレベルではあるが、振り落とされることは踏みとどまれた。
 
 
「・・・・そろそろ潮時か」
 
犬飼イヌガミは呟く。この都市での初陣とも思えぬような落ち着きぶり。当然、この独り言は通信カットしてある。それなら呟く必要はないのだが
 
 
「あとは任せろ・・・・・といいたいところゼットが」
 
プラグ内のどこかから聞こえる、設定された機械音声ではありえない声色が。
応じる。そのために、口に出した。
 
 
「もう少しがんばって時間稼ぎしてほしいゼット」
 
勝手なことを、業界注目の魔神玉がほざいている。まあ、魔神だからそうなのだろう。
善良ではありえない、邪悪。てめえの都合絶対優先。もちろん、発令所には聞こえない。
 
 
敵鳥形使徒より攻撃。ミズノミ・ネリチャギ。とでもいいのか、脳天かかと落とし。
まともに喰らえば、ビルごと地下本部まで「埋められる」だろう。深く、深く。
 
 
「では、そちらも仕事をしてもらわねば」
 
一通りの戦闘データは収拾し終えている。エントリープラグを射出し機体を捨てようが、こちらは全く構わない。そうなったら、この魔神玉はこの機体を完全に支配して勝手に戦い出すのではないか、とも思うが。そうなれば・・・・・・・どうなるのだろうか。
そのあたり、引き継ぎに否やもなかったわけだが・・・・・さすが、魔ノ牙。
 
「もう少し、こちらに寄り添うかたちで。気まぐれに助力してもらうのもいいが」
 
「もう少し、リズムアクションゲームっぽくゼット?」
 
どんな喩えだ。つくづく聞かせられない対話だ。まあ、魔神だからそうなのだろう。
あまり、関わるべきではない。「そうだな・・・音楽でたとえるなら、ブレーメンの音楽隊のように、か」適当に流しておく。言った後で、なかなか的を射ているかもしれぬ、と。
 
 
こんな、のんきなことを言っていられるのも
 
 
鳥形使徒の超激威力のかかと落としを、左手一本で受け止めてられているからだ。
 
 
逆算すると、片手一本で受け止められる攻撃が超激、とか、小学生的形容詞を使ってしまってもいいのか、ということになるが。実際にやったのが自分ではないため、詳しい検証は不可能。この、魔神玉の「仕事」だ。邪悪ではあるが、対話が可能なレベルのスジを通す。
 
 
受け止めてなお、その威力重圧、衝撃を他に散らさず通さず、インパクトの瞬間に完全破砕してしまっている。狛犬ポーズでとどまっているビルにヒビ一つ走らないのはそのせい。
ATフィールドの発生を確認できなかった。なにか別の特殊能力を使っているのか・・・・・それは、エヴァの肉体を経由しても発動できる・・・・・これもまたデータの一つ。
機体と同調する自分の精神にも刻まれる、確かな証拠。
 
 
ぱっ、と受け止めた鳥形使徒の足を放すと同時に、とんぼをきって距離をとる。
 
 
その不思議な力、力といっていいのか、攻撃力を帳消しにする、むしろ別世界からの反則といったような、それは、いかにもな派手な演出も機体への負担もない。いくら人造人間であろうが、機械部分が音を上げるはずなのだが、それもない。その発動に馴染みきっている。改修直後であるからこそ、その異様がいや増す。
 
 
当然のことながら、魔神玉は味方ではなく、契約すら交わしていない、袖を摺り合うがごとくの、雨の降るバスの待合所で時間つぶしの無駄話をしている程度の、関係だ。
 
 
魔神玉は、何かを、もしくは誰かを、待っている。その、時間が欲しいらしい。
 
こちらの用件は一区切りついている。待つことなどせず、立ち去ってしまったところで。
活動停止になった参号機に期待はできまい。自分がいうのもなんだが、不確定要素もいいところ。渾沌極まる。八号機、零号機が戻らぬこの現状で、弐号機が戦闘不能となれば。
 
 
その後、使徒がこの都市を蹂躙し尽くそうと・・・・・・・・
 
 
「一時充電完了、34番、ウォールを。77,78,79番と、3連続で、飛びます」
 
 
その声は発令所に。魔神玉ではなく。
 
知ったことでは、ないはずだが・・・・・とうに真希波も安全圏に離脱している。
 
 
「ああ〜、さっきから言ってるように、電力のことは心配しなくていいゼットよ?
キャンセラーの方はとにかく、電力だけはお腹いっぱいにさせる自信あるゼル」
 
 
「・・・・これでいいんだ。獣はとかく腹が減るのさ」
おそらく、そうなのだろう、という言葉を呑み込む。睨まれる程度ならまだしも。
煮られてもかなわない。鎖から解放された獣がどういう運命を辿るものか。
 
 
「そろそろミズノミドリエルも<ハ>ラをくくって<ハ>たる本気を出してくるゼット。それから、とうとう御大も動き出してくるゼット」
 
 
「・・・・・・・・・」
 
不明単語は多いが意訳で意味は通じる・・・・絶望的なことを言ってくれているのだと。
魔神のくせに。腹ぺこの痩せイヌがどこまで尻尾を巻かずにすむか・・・・・・・とか、もっと挑発的なことを言えばいいものを。
 
 
「あと、もうちょっと!もうちょっとゼル!今でたとこ!今でたとこ!もうすぐ到着するゼット!もうちょっとなんとかがんばってほしいゼット!」
 
人頼み。神頼みならぬ。しかも、言い訳がそば屋の出前くさい。如実に、”実はまだ出てない”っぽい。誰が来るのか、誰が来てこの場をまとめつけるのか、つけられるのか・・・・
 
 
魔神玉たるお前がつけるものではないのか?と問いたくなるが。そんな余裕は、鳥形使徒のケンカキックで吹き飛ばされた。喰らっていたら衛星軌道に乗っていたかもしれない。ケダモノのカンでなんとか回避したが、今のは魔神パワーでどうにかすべきタイミングだったが、これだ。「で、電力は任せてほしいゼット」信用ならぬ・・・・・・びみょうに。
 
 
発令所から「警戒レベル最大」タグつきで送られてきた望遠映像には、これまで定位置で沈黙を続けてきた巨大使徒・・・おそらく魔神玉のいう「御大」・・・・が、動きを見せていた。こちらに向けて「世界でも七日間で焼き尽くせそうな、人間なんかまさにアリ・・・というかもう菌類にしかみえないだろう砲」を展開していた。とにかくでかい。
 
 
獣の反射機動でどうにかなるものでは、明らかに、ない。おそらく都市ごと殲滅される。発令所からもどうにかしてくれ的な無茶な要請もない。さすがに、慣れているだけのことはある。これはもう、あれだ。死合い終了時刻のホイッスルのようなものだと思うしかない。諦めないのはそこまでだ。
 
 
「腐海大砲ゼットか・・・でも、キャンセラー対策のヴェクタころしを念入りにかけてるゼット・・・・さすが御大・・・・ああ、そうでないと迎えの階陣が立てられなくなるゼットね・・・でも、このままだとゾンビになってしまうゼット。うーむ、有効ゼット」
 
「来るのは、間違い、ないのか!!456番、458番ウォールはキャンセル!!480番台ウォールをランダムで連続!タイミングはこっちで!」
 
不明単語を解説させている間もない。回避のための壁蹴り反射が、先を読んだ鳥形使徒による冷凍攻撃で封じられた。キャンセルさせた壁面を使っていたら足をとられて動きが止まり、そこを踏みつけられてジ・エンドだっただろう。様子見を終え、狩りにこられた。
 
 
こちらの狩りは、終わった。
 
 
逃げるか、不安定極まる反則パワーを攻め手にするか・・・・・相手はそれを恐れていたようだが、それも止めたらしい。迷いが、消えている。誘いではない、と見透かされたか。
武器も手にせぬのは、手負いの演技ではなく、単に弱いのだと。モノ狂いの反撃の心配もない。
 
 
「来るゼット。それは、間違いないゼット!・・・・遅れることはあっても」
「それは、致命的だなあ・・・・・」
 
 
まあ、逃げ損ねた。このタイミングなら背中から踏み殺される。獣にしては無様な。
人との和と地の利だけを生かして、逃げ回るしかない。すでに殺敵圏内にある。
袋小路の実験迷路をえんえんと駆け回るマウスの心持ちがしてくるが、ねじふせる。
 
だが、どう組み立てても、目には映るあのコアを砕く算段が、つかない。
 
 
「迎えがどうとか言ってたけど・・・・さらに向こうの戦力が増えるということ?」
参号機はまだ復活しない。八号機も零号機も影もなく。発令所からもなにも。
 
「それも、間違いなく・・・ゼット。出来れば、そこで落着して欲しかったゼット」
 
 
・・・・零号機の左足をぶった斬った奴か・・・・・・それが今回の使徒戦のはじまりのはじまりといえなくもない。
 
 
 
だとしたら、おわりをおとすケジメをとるのは・・・・・
 
 
 

 
 
 
 
「家族って、なんなのかな・・・・・」
 
「ああ・・・・・?」
 
このようなことを照れもせずにいえるのは、それだけの体力もないせいと、状況のせいだろう。碇ゲンドウに頼まれて、どう見ても自爆スイッチにしか見えない怪しいスイッチのある怪しい小部屋の葛城ミサトと加持リョウジである。寝転がって天井を見上げている。
 
「碇しれ・・・・ま、碇司令でいいか、船長とか艦長とかもなんか違うし、で」
「で?」
 
「碇司令もなんでここまでやるんだろう?どう考えても、これって大損でしょ」
「・・・単に、読み間違えただけかもしれないねえ。あの人だって、人間だ」
 
「いや、これって身内の後始末以外の何物でもないでしょ。スケールは度外視してるけど」
「大物な家族をもつと、大変ってわけだ」
 
「ねえ・・・・滅亡3分前の地球と、宇宙船に乗っている家族の命、どっちか選べっていわれたら、どっちをとる?」
「うーむ・・・なんとも宇宙に引き裂かれた選択だなー、というか、脅迫者の神経を疑う」
 
 
人間が変化するものである以上、その集合体を形容する表現もまた不定、化けまくるのは道理だ。よほど感受性がクリアな状態でなければ。問いかけの本意は、加入条件や構成要件についてだろう。葛城ミサトがうにょうにょと前戯のように本意に入らぬのは、それだけの体力もないのと。または、終了条件についてか。加持リョウジはこの乱暴でむつかしい女を理解している。
 
 
「水上姉妹ってのは、アスカみたいなものかな・・・・・」
「まあ、どうかな・・・・」
この場合、シンジ君は当然除外になるなあ。にしても、それは女のカン、というか予感なのか、水上姉妹がアスカのなれの果て、というのは。そして、その時、と思うのだろう。
 
 
「碇司令にしか分からず、また、君にしか分からないことだな」
「そうよね・・・・」
缶コーヒーを噛みながら行儀悪く飲む。
 
 
「ただ、前提条件が違いすぎる、というのはある。アスカたちの有り様は、炎が温度で色を変えるようなものかもしれないが・・・・・水上姉妹の妹の方、水上左眼は」
「・・・・まだ信じられないんだけど、そういうことって、アリなの?」
 
 
「リッちゃんもノーコメントだろうな・・・・けれど、隠れ里は存在した」
「秘密基地が前の職場だった身からしたら言いにくいけど・・・・・それでもさ」
 
 
「隠れ里を主宰するのが、復活した死人であっても・・・・・・不思議じゃない」
 
「不思議よ・・・・・・エヴァはそんなことまで、できるっての・・・・・・?」
 
 
「正確には、刹那のはずの黄泉がえりを別の手段で長期間維持しているということなんだろうが・・・・」
「にしても、無茶苦茶よ。死にたくないから、頑張るってのも非常によく分かるけど・・・・・当人はそれを知らない・・・・・・エヴァをまるまる1個人の生命維持装置にって」
 
「その使用法は理想的だと思うが・・・」
「そう、理想的。理想だわ・・・ありえない」
 
 
「知りたいか?お前なら」
「知りたくないに決まってる」
 
 
「家族の義務として、知るべきか」
「どうだろう・・・・・・即答できないって、ダメなのかな・・・・」
 
 
「誰だろうが、迷うに決まっている・・・・・知らされた当人だってな」
「ああ、それでか・・・・・・碇司令も」
 
 
「あのスイッチを押す感情を理解している・・・・・・・まっとうな健やかな成長を祈りながら、ダメになる心配をいつもしている・・・・というか、それが八割かもしれないな」
「アスカが聞いたら怒るだろうけど・・・・そうなのよ、そうなんだよね。言えないけど」
 
 
「水上左眼が竜号機とともに帰還し・・・エヴァ・ヘルタースケルター、骨号機と合体する時、最後の選択を迫られる。・・・・・正確には、合体時にどんな合体をするかで行く末が決まるわけだが・・・」
「本人が、己を既に死人であると認識すれば・・・・・望む墓場へ至る道を選び、まだなんとか生き延びようと欲するなら・・・・ほとんど可能性もない旅路であろうと・・・」
 
 
「墓場へ至る道すがら・・・・・かつての災害で降り積もった死の代行者として全ての怒り恨み怨念を撒き散らしたとしたら・・・・ドラゴンテイルオーバーロード・怪獣戦車の大進撃だ・・・・西日本は壊滅だな・・・・・・使徒どころじゃない」
「そうなる前の、そんな選択をしてしまった時の、予防措置としての、自爆スイッチ・・・・・・なんて用意がいいのかしら、ね」
 
 
道連れを欲することも。お前らもしんでしまえと思うことも。耐えきれずさけぶことも。
そうなるのも、闇の感情にとらわれるのも、無理なかろう、と、あのヒゲは考えている。
 
だから、ここに自分たちを配置した。確かに、そんな谺に抵抗値の高い自信はあるけど。
ここと反対側の場所にいるのは、当人以外の意向なのだろう。碇家はおそらくカカア天下。
 
 
「ところで」
「なんだよ」
 
「このスイッチだけどさ」
「ああ」
 
「押したら、この部屋ごといきなりドカンと吹き飛ぶってことはないわよね?」
「・・・これだけでかけりゃ自爆だってよほど計算してないと。だからな。その点は、心配してないさ。なんせ天才の父親の設計だ。サビ落としにあれだけコキ使われたのもあるし、な。最悪、カウントダウンくらいあるだろ・・・・多分」
 
 
内からは扉が開かないソリッド仕様ときている。
 
 
「天才だって人間だから、ポカとかあるかも」
「・・・・・・そんなこというなよ」
 
「そういえば・・・知ってた?”ほんとうはこわいひょっこりひょうたん島”の話」
「今そんなこというな!今そんなこというなー!!」
 
「なんだ、知ってるのか。つまんない。HHJシステムって、やっぱりそっから取ってるのかしらねー」
「かしらねー、じゃないっ!というか、取ってるならHHI、になるはずだろ」
 
 
 
こんな話をしている間に、選択を終えた水上左眼がその答えを内包した機体とともに急降下してきていることを、二人は知らない。
 
 
 

 
 
 
「レイちゃん、おひさ」
 
 
自分と同じ顔ではなかった。あまり考えたこともないが、それより少し歳をとった感じの。
顔よりももっと目につく部分があったせいもある。腹部だ。大きくふくれている。いた。
 
 
「やあ、おひさしぶり」
 
その隣にいる銀髪の青年・・・・・青年だ。目は赤く、口は大きめで肌も白い。笑みの作り方は変わっていない。
 
 
そのままの姿に見覚えはないが・・・・・・知っている。知っていた。そのしゃべり方。
 
 
レリエルと渚カヲル
 
 
そのような名をまだ使っているのかどうか。にしても、ぬけぬけと・・・・。
 
よくこんなところに現れた・・・・・・・・・・・・・・・と、ここはどこだ。
 
 
明らかに、場所が変わっていた。確か、しんこうべは綾波党本部前にいたはずだ。
 
それが、無限の視界は青。その一部分を白く丸で切り取られた部分に、自分たちがいる。
 
白い円盤の上に乗せられて、蒼空に浮いている・・・・という認識で正しいのか・・・・
足下の、さらさらとした砂っぽさはやけにリアル。
半径は100メートルもなさそうだが・・・その先から離れるとどうなるのか・・・・
 
 
「夢、と思うか、ヒントコーナー、と思うかは、任せるけれど」
 
 
渚カヲルが言った。「クライアントは、シンジ君だ。頼まれちゃ、断れない。100万年たってもね」
 
 
ごうっっ
 
その名を聞いたとたん、左手から蒼い炎が噴き出して、それが止むと刀を握っていた。
そんな能力に覚醒した・・・わけではなく、やはり夢なのだろう。彼が言うように。
 
 
蒼い鞘の、どこかで見たような刀だった。手に馴染んでいる。重さを感じぬほど。
 
 
「どうすれば、この夢は終わるの」
 
ヒントだかなんだか知らないが、こんな夢などみている場合ではない。すぐさま第三新東京市に戻らねばならないのだ。・・・・・こう思えるあたり、夢は夢でもどこか地続きなのだろう。意識は覚めている。やるべきことを、おぼえている。やらねば、ならぬことを。
 
 
目がレリエルの腹部に引き寄せられるが、なんとか引き戻す。一応、人間のカタチをしている青年に問うた。
 
 
「この夢の登場人物である僕たち二人を、その刀で切ってしまえばいい。それで終わり」
 
 
「そう。動かないで」
 
構える。気配をさぐるが・・・・笑みをうかべている。動作を予測するが・・・・・おなかがおおきい。まるで、素人、というより、切ってください、といわんばかりの。
 
 
「レイちゃんは頭が硬いから。ハワイ語でいうと、ダイアモンドヘッド?」
 
ちがうだろうと思う。どう対せばいいのか、迷う。これは夢であり、あれは、使徒だ。
 
かつて使徒であり、かつて人間だったもの。今は正式にどういうものか、知らないが。
 
互いに混じり合った比翼連理は。堕天使というのは、もすこしインテリだろうし。
 
 
 
”抜けば、無限地獄に落ちる可能性、90%”
 
 
不思議な声が、刀から聞こえた。まさか碇シンジの声色ではあるまいが。似ては、いた。
 
 
「うわ。なんてよけいなことを・・・・」
「レイちゃん、今のはナシ!聞こえなかったことにして!」
 
二人はそう言うがそんなことできるわけがない。聞こえたものは聞こえたのだ。
 
 
地獄上等。あれだけ天使ころしやらかしといて今さら
そんなこと言われて怖じ気づく綾波レイでないことは
 
 
てくてく・・・・・・・
 
 
鉄板。絶対の。世界の真実であったはずだが・・・・
 
 
綾波レイは刀を抜かず、そのまま鞘を握ったまま白い円形の端まで歩いていった。
 
 
「「?」」
夢の登場人物であるところの二人が仲よく首をひねる。なにするつもりか、予想つかない。
すぐそこ先のビジョンがみえない。
 
 
ぽい
 
 
「「え!?」」
 
綾波レイが刀を、投げ捨てた。とくだん透明な力場で一帯を覆われていたわけでもないらしく、刀は投げ捨てられたそのまま、ひゅーと蒼い底に消えていった。
 
 
「さて・・・・」
珍しく、綾波レイが髪を掻くように。してやったり、とニヤリと笑みを浮かべることこそないが、暁光のようなアルカイックスマイルで。
 
 
「どうすればいいの?こういう場合」
 
 
丸い目のピジョンブラッドがそろって感心していた。そんな反応こそ予想していなかったので「レイちゃんが・・・・・・」「綾波レイが・・・・・・」何を言い出すかと思いきや。
 
 
「「成長してる!!」」
 
 
本気で驚いているようなので、かなり頭にきた。
どういう意味だ。いろんな方向で異議がある疑問がある。
 
 
 
と、問う前に、夢が覚めた。