綾波レイは零号機のエントリープラグの中で唱え続ける。
 
 
ゆるせない、ゆるせない、ゆるせない、ゆるせない、ゆるせない
 
 
ほんとうの勇気はゆるすことだというけれど
 
 
ゆるせない、ゆるせない、ゆるせない、ゆるせない、ゆるせない
 
 
それしかできない綾波レイは零号機のエントリープラグの中で唱え続ける。
 
 
機体はパイロットの意思を無視、正確には機体の一部が思いきり反旗を翻すようにして意図するのとは全くの正反対に移動し続けている。パワーの根本的違いと、そしてバランスを完全に奪われているせいでいいように。外からの見た目ではてめえの片足ケンケン飛びのようであろうが、当人のイメージとしては連れ去られている、というのに近い。
 
 
目的地すら分からない。それとも、ただ、逃げているのか。だとしたら。だとせんでも。
 
 
ゆるせない、ゆるせない、ゆるせない、ゆるせない、ゆるせない
 
 
八号機はとんづら、
 
使徒は現れ、
 
参号機は奪われ、
 
 
それで自分の零号機までこの有様では。全くもって救いがない。
 
 
これは、裏切りだった
 
 
確かにいろいろといいたいことや望むべき事があるだろう、もうなんと呼んでよいやら・・・槍というか義手というか義足というか・・・・こちらの望むことを微妙に叶えようとしない魔法ステッキというか・・・・外見はもういい、肝心なのは中身とその性根だ。
 
けど、使徒戦を片付けてから、ということで話がついたはず。そういうことで、と。
 
 
理想の刀、とかいっていたくせに。
 
つまり、将来的愛刀というか交渉的懐刀、というか、相棒というか、とにかく共に信義をもって
 
 
自分とともに戦うべきものが、敵の面前で
 
 
逃げくさるとは
 
 
ゆるせない、ゆるせない、ゆるせない、ゆるせない、ゆるせない
 
 
騙した方も、騙された自分も。この灼熱の感情は。なぜ人間は炎が吹けるように造られていないのか。真剣に考えてしまうほどに。・・・・・そんなことを考える場合でもなかった。状況が悪夢コントであろうとも、それに呑まれず屈服せず、別のことを思考するべきだろう。いくらなんでも地球をひとまわりするほど逃げはしないのだろうし。
 
腹の立つことに、ATフィールドなのか、現場の状況を把握する妨害もされていた。当然、通信も入らないし届かない。・・・・・・・・・・・・・・・・嘆いても
 
 
 
 
参号機を奪った黒羅羅・禁青のことを考える。
 
 
直接、やり合って・・・・正味、殺されかけた・・・・確信したが、参号機には本物の適格者が乗っている。遠隔操縦の類ではない。一度バラバラにされただけあって使徒の再感染でもない。あれは、魂のある人間のやったことだ。参号機もそれに応じている。強い。
 
 
人に名前を与えられる前の、ひたすらに恐怖の塊であった頃の、虎のような。
 
 
人間がまともに戦って勝てる相手ではない。某空手の達人でも、「あれは目玉に指をつっこむくらいしかない」とか言っていた。スケールが同じなのだから比喩も同じく通用する。
 
 
勝てない理由を分析しても仕方がない。にしても、なぜこのタイミングで戻ったのか。
 
本人にしてみれば元の正当な椅子に座っただけのこと、という頭しかないのかもしれないが。お前たちが満足に機体を守れそうにないからだ、と。預けるに足らぬからだ、と言われれば返す言葉もないが。
 
 
違和感が、あった。
 
 
あの毒を吹く土墓で対面した折に感じたものとは異なる、底無しゆえの静けさ、のようなものがなく、もはや決して人の舞台にあがることなく、舞台そのものを根底から腐らせ砂にし雲散霧消させる法を・・・・参号機を使うしても拳士や戦士の如く駆るような真似は、断じてするまいな・・・・と思わせた廃の感じがない。えらく元気な。息もせぬから濁りのような泡が立つこともなく、微かな雑音すらないはず。有線からの強制制御を考慮してケーブルを己で腐食切断させる小技もどうにもらしくない。
 
 
黒羅羅禁青が、禁青らしく参号機を使うならば、さほどの時間はかからない。
その望みを叶えるに。
 
 
使徒が来ているのだから、出しゃばらずに任せていればいい。
下手に目をつけられる可能性だってある。無駄な動きをする人物には見えなかった。
計算外の動きをすることで、打ち付けられて発火する事象の熱や明度を認めぬようで。
 
 
堂々と舞台の真ん中で。戦闘世界の中心で。・・・・・それが隠された本性だったのか
 
 
はたして
 
 
明と暗。昔日の記憶を辿るがごとくの、その操りは
 
 
それとも、洞木ヒカリと、鈴原トウジを認めた、再生参号機との間で折衝が行われたのか。
怪人は再生すると成長インフレの関係でたいだい弱くなるものだけど。
いや、参号機は怪人じゃないけど。・・・・・妖怪人間はどうなのか。どうでもよい。
 
 
・・・・・・・・自分は、少なくとも、ほとんど、成長がない。
 
むしろ、こうもあっさり騙しにのっているところ、退化しているかもしれない。
 
 
 
違和感も謎解けず、こんなところでもしても仕方がない反省などしていると、暴走特急ならぬ暴跳機体が止まった。正確には左足が止まったわけだが・・・・・
 
 
 
「ここは・・・・・」
 
 
考え事をしていたせいで飛ぶが如くの外の風景も気持ち半分にしか把握していなかったが、停止すれば分かる。分からぬはずがない。とんでもないところに連れていかれていた。
 
 
 
「どんだけ・・・・」
 
 
日本語的には繋がらない、おかしな表現ではあるが、それが正直なところ。思わず。
 
 

 
 
 
まさに手負いの竜虎対決であった。イメージ的に。
 
 
竜号機とエヴァ参号機との、戦闘。とはいえ、実際問題、ドラゴンとタイガー、竜と虎が戦えば、どう考えても竜が勝つに決まっている。もし、まともにやりあって勝てるとしたら、それは野球くらいしかあるまい。
 
 
口をヒゲで封じられ人間をのせているせいで片手が使えない竜号機は、しかし空が飛べるし刀もある。
 
口は使えるがまさか脅し文句で怯むような相手ではなく、不意を突かれて片手を斬りとばされてエネルギー消費も気にせねばならないわ、飛翔刀対策のためか影獣めいた低い態勢の参号機は、常識的竜虎セオリーを考慮するまでもなく、不利なはずだった。
 
 
しかしながら、ほぼ互角に戦っていた。一歩も退かぬ。魅了されとる場合ではないのだが、発令所の人間を職務以上にモニターに釘付けにしてしまう、凄まじい戦闘能力であった。
 
カンフー映画もチャンバラ映画も、当分見れたものではない。あまりの攻防の速度に発令所のほとんどの人間の目がついていかない。無意識にコマ送りのスイッチを探したりするが、終了後の検討研究会でもあるまいし、リアルタイムの実戦でそんなことができるはずがない。使徒戦といえば、ATフィールドの押し相撲、というのが常識であったが。
 
 
これは、使徒戦ではない。双方共に、異形であるが、これは
 
 
エヴァ同士の戦闘。それも、隙をついて手を切り落として始まった、という、収めどころのない潰し合いだった。仲裁など、ありえるはずもない。黙って竜と闇虎がやり合い続ける光景を見ているほかはない。
 
 
 
それは、使徒たちも同じだった。
 
 
その進行が、停止していた。
 
 
 
自分たちがどんどんと迫ってきているというのに、人類の使徒たる「虚鎧」が何を考えているのか、互いに喰らいあっている・・・・・・。それに途惑いを感じたのか、疑問を生じさせたことで進行プログラムになんらかの不都合でも生じたのか、とにかく、動きが止まっていた。その距離から砲撃や光線攻撃、という可能性も考えられたが、今のところはそれもなく。
 
「ぴぴー、”想定サレテイタヨリ、ヒドイデスヨコレ”がぴー」人類の愚かさチェック度を変更し、自らを使わしたものへ訂正送信しているようでもある。
 
「自滅シタイナラ勝手ニヤットレ、コチラハ高見ノ見物ダ」的、文字通りの上からアイなのかもしれない。
 
「ウワー、バトルジャンキー菌ガウツルゾ、クチャイクチャイ、エンガチョエンガチョ」レベルの小学生発想ではないと信じたい。なんらかの知性があるなら、確かに理解に苦しむ光景ではあろう。いったん足を止め、判断を上に仰いだとしても、自然な行為であるだろう。
 
 
・・・・・・・・・・・・実際のところは、どうなのか。
 
 
ただの人間には、計り知れない。
 
 
同等以上の力を持つ巨人と同一化する者たちの心には、それが映るのか・・・・
 
 
この戦闘の意味
 
 
それを解析し、分かりやすく都合のいいように解釈し、スタッフたちに伝えることができる唯一の人間、冬月コウゾウ副司令は、しかし黙っている。
 
 
黙って、竜と虎の織りなすその死の舞踏をみている。
 
 
互角に見えるが死線をギリギリ渡っているのは、竜号機の方だった。それを見抜いた青葉君と日向君が目で「なんとかしなくていいんですか?」と訴えてくるが。完全不意打ちの先手をとったが、接近戦では分が悪い。悪すぎる。・・・・悪いに決まっていた。
 
 
外付けの人影、霧島マナというハンデがでかすぎるのだった。
 
 
どこかに置いてくればいいものを、普通ならばすでに三百回以上、死んでいる。というか、どういう心臓をしているのか、マンモス心臓なのか、普通ならあんな距離であんな戦闘された日には、緊張と重圧に耐えきれず血流パンクのショック死するだろう。どんな処刑だ。
ジャイアントロボの草間大作君ではないのだから。あのポジショニングは無謀すぎる。
 
 
が、それにもまた意味があるのだろう。彼女もまたこの奇妙なバランスを保つ一角。
 
 
ただ、利得、ということを考えるならば・・・・・・とくに、竜を駆る左眼の代価は。
 
 
ここで参号機に退治なんぞされた日には・・・・・早々に立ち去れ、というべきなのだろうが、この状況で抜けられればどうなるか・・・・考えたくもないが。考えるなら。
 
 
竜と虎ともなれば、漁夫は利を得られない。近寄れば、喰い殺されるか踏みつぶされる。
それによって稼がれる時間のみを、ありがたく頂戴するだけだ。
 
 
弐号機の到着と、零号機のUターン。それまで・・・・・「保ちそうもない、な」
 
天秤が傾き始めた。霧島マナ、人間を狙うことに一切の躊躇がないどころか、それを有効なフェイントとして使ってくる参号機の猛攻に、2本目の刀が削られ折れた。
 
 
竜号機が、うろたえた。
 
 
ように、見えた。強面の機体がそう見えたのだから、中にいるパイロットの動揺は相当なものだと思われた。それが当然、伝染したのか、そろそろ限界がきていたのか、竜の掌にいる霧島マナも不安げな表情で竜を見上げた。怯めば、敗れる。それは隙よりタチが悪い。
 
刀使いが刀を折られたのだ。心もそうなったとしても、ムリはない。左眼は特に。
 
 
これは逃げの一手だ。幸い、竜は空が飛べる。追う者は飛べない。それしかあるまい。
 
 
逃げろ、と言ってしまえれば。
ただ、そんなことは許されない。
立場上。これは、傍観せねばならない。ただ、念じる。
 
 
逃げろ、
逃げてくれ、
逃げていい、
 
 
強く、強く。祈るように。
 
 
死ぬな、と。
 
 
ウインタームーン神聖父性念波が。形而上の愛のように。・・・・・だが
 
 
受信設備が整っていなかったのか、チャンネルがもともと合っていなかったのか、その切実な思いは届かなかったようだ。代わりに、竜は悲痛な声で発令所に呼びかけた。
 
 
「シオヒト様!わたしの、槍を!お願いします!!あれさえあれば・・・・・ッ」
 
走った動揺は、さきほどの竜号機が示したものと比べものにならない。激震津波レベル。
 
ほとんどの者が足下震えてまともに反応できない。「シオヒト・・・様?」「槍・・・?槍ってまさか・・・」「チョールが聞いてたら、また面倒なことに」「しかもわたしのって・・・・」「いやあのマカロニなんとかいう方だろう」「なによマカロニなんとかって!?ウエスタン?銃じゃなくて槍の話をしてるんでしょ今!!」「思い出した!ホウレン草だ!」「報連相?いや、そりゃこんなこと副司令が判断するんでしょうけど」「いやだから、マカロニホウレン・・・」「なんの呪文よ!魔法とかもうええっちゅーんじゃ!」呑み込むのも一苦労で脳に届いていない。
 
 
 
「副司令・・・・・・どうされますか」
 
こんなタイミングで・・・虚々実々の極みのようなセリフだ。落ち着いて聞けば、それは非常に嘘くさい。下手な芝居のようでもあるが、それが追いつめられた本性のようでもある。しかも、私の槍、などと。この切迫危急の刻にもかかわらず、どちらにもとれるような、曖昧さは。確信犯の演技のようでもあり、共犯者に裏切られたようでもあり。
これを読み切るのは、男では難しいのではなかろうか・・・・
 
・・・・・葛城さんの専門分野なんだろうな、これは。と思いながらも野郎二人は。
右往左往することもなく、黒白呑み込み仕事するからこその三羽ガラスの男組。
 
”やばいな”、”ああ、やばい”、”かなりやばいな”、”ああ、超やばいぜコレは”・・・・日向マコトと青葉シゲルが互いにディープなアイコンタクトし判断を仰ぐ。下から上にあげたとて、それは丸投げとはいわない。
 
 
「時間稼ぎにはなっている。イレギュラーだが、槍装備・南方槍主・・・・用意してやれ」
 
しかし、この件に関しては一日の長がある冬月副司令はすぐさま判断を下した。
 
とはいえ、かなり投げやりな指示である。日向マコトと青葉シゲルが顔を見合わす。
装備を受け渡す相手にコンタクトもとらずに・・・・・言うなれば、「そんな装備受領で大丈夫か?」というところだ。適当に、ぽい、と投げて渡してもいいことにはなるまい。
 
下手すればとんでもないことになりかねない。・・・・それが分からぬ副司令でもあるまいし、その、投げやりな感じにこそ、意味があるのか・・・・・・上司の真意は。
何十手先を読み切った上でのことなのか、それとも単に疲労のために脳が大ざっぱになっているのか・・・・・その真意。これを違えて実行したら大変なことになるのが分かっている二人である。
 
 
信じるしかない。この状況でいちいち詳しく真意の説明など受けられるはずもない。
 
 
副司令が指示するとおりに、「なげやり」な感じで竜エヴァに槍を渡してやる。
 
 
それは、考えるまでもないが、かなりのバクチだった。
 
 
参号機だってバカではない。先の悲鳴通信を傍受している可能性も高い。有利になる追加装備を相手が受け取る前に、それを先に横取りするくらいの頭は当然、あるだろう。
それを防ぐためには、竜の乗り手と十分に打ち合わせて煙幕などを派手に打ち上げて参号機の裏をかくくらいのことをせねばなるまい。そして・・・・
 
 
何より、南方槍主とかいう槍は、もともと参号機のための兵装なのだから
 
 
主の手に戻りたい、と槍が願ったとしても、無理からぬこと。
十全に己を扱える使い手の元にありたい、と乞うるのは、マグネティックに自然なこと。
 
 
それが分からぬ副司令ではあるまいし。その雑な穴だらけ対応にはなんらかの意味が。
 
あって欲しい。
 
あって欲しかった。・・・・・副司令の判断を補完すべく、なんらかの献策をすべきではなかったのか・・・・・・迷いがないわけではないが、もうやってしまった。
 
 
竜虎の戦闘領域に、ノープランで投入されたエヴァ用の巨大槍は
 
 
完全にタイミングを読み切っていたとしか思えない参号機が、あっさりと手にした。
 
 
もしや、その機会。槍に意識が逸れた”その一瞬の隙”を狙っていたのかもしれない竜は何も出来なかった。運歩法、間合構築術の差もあろう、外付けの人間というハンデが足を引っ張ったせいもあろうが、何より参号機は、槍の出現場所を知っていたとしか。単に野生のカンなのかもしれないが。本部内に参号機を秘密裏にサポートする者がいる・・・・こんな状況では発見しようもないが、「このことだったのか・・・?」日向マコトはシロパトキンの奇妙な命令を苦渋の念とともに思い返す。まあ、不可思議としかいいようのないタイミングで再登場した竜のこともあるのだが・・・・追求はあとでやればいい。
 
今は、参号機のことだ。
 
 
槍との馴染み方。その立ち方。南方槍主、などという大層な名がついているだけあって名器なのだろう、それと対となれる器であるということは・・・。制式型がソニックグレイブを構えているのとは全く異なる、寓意を秘めた一枚の絵のような決まり方。それでいて放つ威圧、貫禄が違う。専用兵装以外の何ものでもなく、多少の策など弄そうが、自然の帰着としてこうなるのだと、絶対運命的に決まっていたのだと思わせた。・・・・そう思わねば、耐えられない。額のあたりの戦線も深刻だ。ザクザクと刻まれていく心持ち。
 
 
「これは・・・・初撃の優位が消えたぞ」
呟くのは青葉シゲル。立ち方で分かる。格闘戦最強の看板はそのままに、無手にこだわることもなく、・・・・・少年マンガと違って、これでパワーが数倍にアップする、ということはないが・・・・・ただ、数倍、相手を”殺しやすくなっている”、ことは分かる。
 
こうなると、斬りとばされた分の片手ハンデが完全に消える。
 
殺されたくなければ、逃げの一手だ。
そもそも、あの竜がなぜ参号機とやりあっているのかもよく分からない。
互いに何か気にくわないことがあったのか、というか、先制攻撃したのは竜の方だが。
 
 
これで、よかったんすか・・・・?
 
直属の上司を見上げる、そろそろ毛髪がザワザワきているロンゲ。
勝負は見えた。これ以上やりあえば、竜は突き殺される。それは、「ふははは、実を言うとピンチを演出してみせただけのこと。今から真の力をお見せしよう!」とかいうことでもなければ、決定された流れだ。が、問答無用の先手を打って、それもあるまい。
 
 
なんとも、渾沌、だ。オカルト本部が、カオス本部になっている。オカルトにはオカルトなりのルールがあるのだろうが、今は、それすらない、といった感じだ。「星が、気が乱れておる・・・」とか言い出すと一気に老けそうなのでやめておく。
 
 
 
使徒の進行が止まっている。
 
 
 
この一幕には、なんらかの意味があるのだろう。おそらく。
単にその位置が目的地でした、というオチもないだろう。
自分の目には、見えないが。修行が足りないのか。
 
 
上司の目には、見えているのか。見えていてほしい。
そりゃ、人間である以上、万能であることを望んだりはしないが。
 
 
この闘争が終われば、使徒の進行が再開されるのだと、したら・・・・
 
 
 
竜が、飛んだ。
 
高度と速度は、まぎれもなく逃走のそれだ。
方角は、西。引き際を弁えている、と言うべきか。
 
 
参号機は。
 
斬りとばされた片手を拾いにいくよりも。
槍を構えた。背を見せて戦場から離脱にかかった竜に向けて。
いくら槍を扱こうと、届く距離ではないが、投擲するならば。
 
 
だが、違った。
 
 
槍の穂先に赤い球体の光が灯った、と思いきや、見る間にグングンと巨大な火の玉となった。使い古された表現であるが、さながら地上の太陽であるような。その熱量は周辺のビルなど実は氷で出来ていたかのよう。デロドロに溶かしてゆく。参号機当人はATフィールドでも張り巡らせているのか熱の影響を受けているようでもない。受けていたら蒸し焼きになってパイロットがくたばっているだろう。暑い。見ているだけで暑い。北風など問題にならぬ悪意殺意てんこもりの太陽。月は無慈悲な夜の女王であるなら、地上を絶対支配する無慈悲な独裁者。北方ではともかく、南方では、その輝きは愛され女神などではない。
 
 
反逆反抗する相手を、その超熱量でもってとろけるように平伏させる原始王技
 
 
これこそ、南方槍主・磨華路貳砲錬槍の奥義のひとつ「日陽」
 
 
発令所の武装関連のスタッフが目をむいて言葉もない。当然、保管するにあたり解析はしてあったが、どう計算してもあのようなバケモノじみた熱量が発生するような機構にはなっていなかった。その、はずだった。だが、実際はこの有様。
 
竜尾道産のエヴァ武装の恐ろしさだった。いまさら感心してもすでに遅いが。
 
 
その地上の太陽、大火球をこれからどうするか・・・・・・・・
まさか市街をアメ細工のように変形して遊ぶつもりではあるまい。
それは、飛んで逃げた竜に向けられているのだ。
 
 
「太陽砲、とでもいえばいいのか・・・・・・・・」
 
 
誰かが言った。惜しかったが。
 
 
格闘戦最強の看板があろうが、それは飛び道具を使わぬということではなかった。
 
これで飛行する物体に命中させられる腕だか機能だかがあるのなら、まさに死角なし。
 
参号機は落ち着き払っているようにも見えるし、また、当たらぬのならそもそも構えたりもせぬだろう。当てる自信があるから、狙っているのだと。今、機体の内部にいるパイロットは確かに、参号機を知り抜いている。操りきっている。新米など及びもつかない境地で。先の戦闘で思い知らされた。エヴァの戦闘というのは、こういうものであるのかと。
決めゼリフの一つもないのが、不思議なくらいに。
 
 
大火球はさらに大きくなる。竜をも、焼き滅ぼせる頃合いまで。
 
 
これは、失敗だった。こんなもんを不用意に戦場に出すべきでは、なかったのだ。
往生際の悪さは、上司たちに叩き込まれてきたはずだったが、日向マコトと青葉シゲルは悔いた。このタイミングで空になった参号機に搭乗したパイロットとその一党も大したものだが、それでもこの悪手の責は・・・・・
 
 
 
ばーーーーーーーーーーーーーん!!
 
 
 
突如、大火球が四散した。参号機が火焔に包まれたところをみると、意図したものではなく、それは暴発、・・・・槍が曲がってしまったところからするに、技のコントロールのしくじりよりも故障の類かもしれなかった。各自、声もない。参号機が燃えている。燃えながら踊っている。踊るように燃えている。その凄惨さに。これは偶然なのか、はたして・・・・・・
 
 
 
おそるおそる自分たちの上役を見上げる日向マコトと青葉シゲル。
 
これで口元に「してやったり」な笑みでも浮かべられた日には。
 
おそらく、上司は人間ではなく、モノホンのガーゴイルかメフィスト何とかだ。
 
 
”お前、見てくれよ”、”イヤだよ!!オレだってこええよ!”見ようとして見れなかった。こんな神算鬼謀、頼りになるというよりは、代価に魂とられそうだった。
 
かといって、これが偶然のまぐれ当たりとかだったら、まだ心配になる人の勝手さ。
 
 
そんなわけで、この時、冬月副司令が、どんな表情をしていたのか、
 
 
発令所の誰も知らない。
 
 

 
 
 
「これで帳尻があったかな」
 
 
水上左眼は快哉をあげるでもなく、誇るでもなく、むしろ寂しげにそう言った。
 
 
南方槍主の自爆は、むろん偶然でもなんでもない。そうなるように仕向け、分岐を読み、自爆に繋がる一連の出来事までの計算を含めての帳尻だった。算数の授業ならともかく、現実の計算がぴったり合うことなど、そうはない。ほとんどはうっかり間違いか、単なる負け惜しみで。
 
 
なるべくシオヒトが困り果て枯れ果てるように間違っても再起などできぬよーに、その名を使い、ロンギヌスとも南方槍主、どっちともとれるような曖昧な武装指定で、裏を読まれない程度にわざとらしく、参号機の手に渡るような、適当具合で
 
 
そんな、こちらの意図を
 
 
それら全て読み切って、ドクターは指示出しをしてくれたのだろう。または、うまくその真意を掴むことに長けた、使える部下に任せたか。
 
 
南方槍主・磨華路貳砲錬槍が「どのように・どこまで」不完全な仕上がりであるのか知っているのは、それを手がけた自分だけ。制作者以外には単なる紋様にしか見えぬ部分、金鴨と土鴨しか彫っていなかった。それであんな奥義など使えるものか。技に驕ったな。気功だけで何でも出来ると思ったら大間違いだ。これだからアチョーの国はアチョーなのだ。
 
また、アチョー以外の国でも、完成品の姿、実際能力を知らぬ人間がいくらチェックしようと分かるはずがない。通常兵器とはまるで次元が異なるシロモノであることはネルフ本部の人間もこれで思い知ったことだろう。メイド・イン・竜尾道。使い手を選びはするが、武器なんてもんは、本来そんなもの。扱えない者が触れていいものではないのだ。アイアム・水上左眼、ソードクラフトマイスターズ、だ。
 
 
まあ・・・・
 
 
これでもう二度と造られることはないだろうけれど。
 
 
 
 
「ともあれ」
 
 
洞木ヒカリや鈴原トウジではない参号機の操縦者が何を考えているのか、は分からない。
 
殺意や狂気を装っているのか、なんらかの病なのか、とにかく割に合わないことをやっているのだけは確かだ。機体が目的ならば、早々に立ち去れば、追う追える者はいない。
 
 
この鎧の都の王が帰るまでに。それとも、それを待っているのか。幻想を追うように。
 
 
あれだけ生死のやり取りをすれば、心も通じる、とかいうことは、なかった。ない。
剥き出しハンデの霧島マナのガードでそこまでの余裕がなかった、というの正直なところだが・・・・
 
 
 
・・・・霧島マナは霧島マナで、なんともぞっとするオーラを放ちながら、明らかに「何か」やっていた。目の前のエヴァなど眼中になく、おそらくは三方角の使徒どもに。
 
 
同じ轍は踏まぬように、問うことはしなかった。だいたい予想もついていた。
 
 
これで良かったのか、と考える資格も己にはないだろう。
先に同じようなことをやっている。あの時は、怪物のたまご。
今回は、少女のかたちをした黄昏。竜が運ぶには、ふさわしい。というか、竜にしか運べまい、こんなものたちは。
 
 
「一息に飛ぶが、大丈夫か」
 
風猛る速度に殻が破れて大丈夫ではなかろうと、ゆるめる気もなかった。
言ってみただけだ。ここまでくれば、一気だ。・・・・そうでなければ。
 
 
「話をしなくても、大丈夫なんですか」
 
 
が、掌の小娘は、こう返してきた。
 
 

 
 
 
はあーっ、はっはっはっ・・・はあっ・・・ぜっ、はっ、はあっ・・・ぜ・・・
 
 
 
折り重なっている若い男女が熱く荒い息をついている・・・・・・と、くれば世の中たいていの物事は十八禁なことになっているはずなのだが。葛城ミサト、加持リョウジ、この男女ふたりはそうではなかった。
 
 
馬車馬、というよりは今時は人間エンジンというか、エンジン人間のように働かされて、息も絶え絶えに疲れ果てた結果、折り重なっていたのだった。ちなみに、下は加持リョウジ。
 
 
二人がいる、ぶっ倒れている場所は、巨大な水族館に、見えた。
他に人影はなく、息がこうも荒れていなければ、泳ぐ水棲生物たちのなまめかしさに興奮し、始めてしまったイケナイ観客、のように・・・・・
 
 
二人の前の水槽を機械で出来たシーラカンスが泳いで去った。
 
 
続いて機械でできたイワシの群れ、機械でできた鯛が、それから機械でできたタコの一団、それから機械できたアンモナイトが・・・真面目に泳ぎ去っていた・・・ただの見せ物ではなく彼らがなんらかの「機能」を担った存在であることは相当に感性鈍い人間でも分かったはず・・・なので、誤解されることはなかっただろう。足がライザーパイプになっているイカの群れ、トランスポンダとしか思えない黄色いフグ、LNGタンクを呑み込んだようなマンボウ、バルバスバウのような頭部をもつ巨大なサメ、ビルジキールのようなエイ、フィンスタビライザーが化けてでたよな超巨大トビウオ、・・・・などなど。見ていると感受性はともかく確実に遠近感がおかしくなってくる。客などおらぬ奇怪な水族館。
たとえば、ここに多感な少年少女、碇シンジや惣流アスカがいても、とっても大丈夫であった。フケツ、とか言われる心配は全くなく、
 
 
はあーっ、はっはっはっ・・・はあっ・・・ぜっ、はっ、はあっ・・・ぜ・・・
 
 
ひたすら尊い労働のエグゾーストであった。
 
二人の周囲は多用な工具や部品が曼荼羅のように配置されていた。入るのも初めての謎の現場において下される究極膨大な仕事量をこなすために、自然とこうなってしまった。普通の人間ならばここまでになるまでにショートするか自爆するかしている。移動手段であったのだろう使い潰され転がるチャリンコが哀愁であった。そして、大量のカニ型ロボットの残骸と半魚人ゾンビのようなものの死骸・・・ゾンビで死骸とはこれいかに、とかいう一発ネタにしては数が多すぎた・・・
 
 
ふたりは、ミッションを完遂、やりおおせた、という満足げな表情を浮かべ・・・・・
ることもなく、ただひたすら「ああ疲れた・・・」「しぬ・・・・オレを布団がわりにするな・・・しぬ・・・どいて・・・」「だって、もう動けないし・・・まぢで・・・・」限界だった。互いを誉め合ったりすることもない。かろうじて男女の見分けがつくボロゾウキン状態であった。泣く一歩手前、三秒前、むしろ女である葛城ミサトはもう泣くべきなのだが、気性というものなのか、なんとかこらえていた。前職ではデスクワークが多かったとはいえ、気力は当然、体力なども売るほどあるような葛城ミサトであった。
だから胃も髪も強い。眼鏡の元部下はそこにシビレ憧れていた、かもしれない。
加持リョウジとていくつもの修羅場を乗り越えたタフガイであり、多少のことは鼻歌でこなす。のだが、この有様。今回は、ケタが違った。シャレにならなかった。
 
 
ちなみに、ここまでの超過酷労働を課したのは、二人の学生時代からの親友である女性の父親だった。ゼンダマンに出てくる裁判マシーンではなかった。
 
 
「ちくしょう、リツコめ・・・・・・・・」
 
昔の上司の真似をしてしまう葛城ミサト。恨むのならその父親を恨むべきなのだが。
その娘も父親におんなじような似たような目に合わされているのだから。
 
 
「おいおい・・・・・それはないだろ・・・・」
 
一応・・・、一応、なんとか、男のプライドを総動員して、つっこんでおく加持リョウジ。
 
 
「・・・・・・まあ、それはそうかも・・・・」
 
言ってみただけなので、素直に撤回する葛城ミサト。疲れすぎてすべてがどーでもいい状態でもあった。まったくもって子供に見せられた姿ではない。
 
 
「ここまでやって、なんの役にも立ってませんでした、ってことはないわよね・・・・」
 
弱音の極みのようなことも、言ってしまう。ようやく、目の隅に涙が浮かぶ。
本心でもないのだろうが、嘘でもない。心のムーンプールが開いたのだろう。
 
 
「そう願いたいもんだがなあ・・・・・・オレたちも、誰かにそんな願いをかけられて、いたとして、叶えてきた、とは、言い難いだろうしなあ・・・・・」
 
 
「まあ、そうかな・・・・・・誰か、願って、くれていたかな」
 
 
なんにせよ、これ以上、語る力もない。誰かが回収してくれるのを待つばかり。
 
 
「稼働」を始めれば、この地点が安全なのか、そもそもあの忙しい博士は説明もしてくれなかった。ここだけパージなんぞされた日にはかなわない。ここが不要部分でない保証はない。底辺の裏方が働く場に案内板などないのも道理だが。
同じくこの船板世界で手際よく働いているのであろう半被着たおっさんたちに期待だ。
口は広島テイストだけど、それもカープの吹き流し。
そのあたりは実は、そんなに心配していない。
 
 
なんで、ここまで全力を尽くしてしまうのか。適当にやっておけばよいのだし、そうするべきだった。ただ、それでは「間に合わないのだ」という、カンが働いても、いた。
何に対して、何が間に合わないのか、それは分からない。重要なことであるのか、それともくだらないことであるのか。
 
 
「・・・・お前もよく、やるよなあ・・・・」
 
連れ合いが、感心するように、誉めた。呆れもせずに、寄り添って。
 
 
さすがの体力、復活力というべきか、激しい呼吸ももうおさまり、なんとはなしに、濃厚な生命の匂いが漂い始めた・・・ところで
 
 
 
 
「いい?」
 
「それって、いいの?」
 
 
赤い目をした小さな子供が、ふたり、見下ろしていた。
 
 
ぎょっっ
 
先とは別系統の信号で心臓がドラドラ打ち鳴らす。驚愕にして警鐘。照れや恥じらいは後だ。おかしい。こんな、子供が。銀色の髪と、赤い目と、白い肌、その顔立ちはふたりでよく似ていた。服装でなんとか男女の別がつくが。・・・・・・それに、この「感じ」は。
 
 
赤い目をした知り合いなど、そうそういるはずもない。もったいをつける必要もない。
 
 
V・フィフス・・・・・渚カヲルに、彼に子供の頃があったとしたら(あるに決まっているのだが、あのままの姿でこの世に降りてきたような気もしていた)、まさに、こんなのであろうなあ、という具合のクリソツさであった。逆の意味で、あの少年なら、十そこらで子供をこしらえていても、「そんな伝説もありかなあ・・・・リツコ泣くけど」と思わせてしまうところもあった。(葛城ミサト・談)
 
 
だが・・・・・・・
 
 
この超危険・バイオもマシーンもハザードしまくりの先端作業区域にこんな子供が入り込めるはずがない。なんかの間違いで入り込めるような甘い場所ではない。
 
 
「それって、いいの?」
 
だが問いかけは続く。耳は確かにそれを聞く。とらえどころのないが、声は。
 
 
「・・・悪くはないな。・・・ちょっと重いが」
 
加持リョウジが答えた。律儀というか。幽霊とかだったら知らん顔するのが一番。この状態でつきまとわれても・・・・薄情と言えば薄情だが。「あなたたちは・・・・・・」
 
 
「いいんだって、サギナ」
「わたしたちも、やってみる?カナギ・・・・・・あ、ナギサが呼んでる」
「じゃ、戻ろうか」
「そうね、ナギサはさびしがりやさんだから」
 
 
正式な返答ではないのだが、答えにはなっていた。サギナとカナギ、と。
この年齢にしてなかなかの説明ゼリフね、とつっこむ間もなく、子供ふたりは現れたのと同様、手を繋ぎながら唐突に走り去っていった・・・・。来れたのだから当然だが、周囲の惨状に怯えもせず。
 
 
幻影か・・・・・・・疲労を抑えるための脳内麻薬が見せる音声付きまぼろしにしては。
なんかピントはずしているような。
 
 
「なんだったのかしら・・・・」
「いや、待て。あの姿でナギサ、というのは・・・・・にしても。夢、か?」
「二人そろって?」
「こうやってくっついているからなあ。うつったのかもしれない」
 
 
 
「ここにいたのか」
 
 
一撃でムード破壊、雰囲気霧消であった。
感情の色があまりない、必要な材料が紛れていて、しばしの探索のあと、見つけたような。
 
 
声が届く距離までその接近に気づかなかったのは、やはり疲労のせいだろう。そうなると先ほどの昂ぶりもろうそくの最後の輝き、というやつかもしれない、やばい自分たち。みたいな。「え・・・?」葛城ミサトと加持リョウジはその声に聞き覚えがあった。
 
 
態勢が態勢であるから、知った人間に会うのは、ちょっちアレだったが一方的に見下ろされているのだからいまさら取り繕いようがない。この態勢の男女にこうも平然と声をかけられるのだから、この人は、というかこのヒゲは・・・やはりタダモノではない。なんか似合いもしない帽子をかぶって・・・・・しかしながら、その「帽子」・・・・・
 
 
もはや、無職でないというのか・・・・・・・・・・・
 
 
前・特務機関ネルフ総司令、碇ゲンドウ
 
 
昔は、上司と部下の関係であったが、今は関係ない。そんなのただのヒゲ眼鏡だ。
「見せ物じゃないんだよ、あっちいけ」くらいのことは言ってもいい。というか、TPOをわきまえましょうよ。まだ立ち上がる力がないのは、べつにわざとではない。
「あ、あのー」
「こ、これはですね・・・」
 
別に言い訳をする必要もないはずだ。にしても、この貫禄。この、揺るぎの無さ。
この手の司令人種に一般人の物差しで測ることもバカバカしいが。ただ、この人がこんなところにいる、というのは・・・・・その、息子は
 
親を亡くした子供の顔ならイヤになるほど知っているが、その逆は。
鉄面皮を看破するほどは。
 
 
「急だが、仕事を頼みたい」
 
この有様を理解していないわけではなかろう。仕事などできるものか、と思った。
が、
 
 
碇ゲンドウは「帽子」をいったん外し、体を、深く、折った。
 
一瞬、なんの体操かと思ったが、それはお辞儀。つまり、自分たちに頭をさげているのだと理解するのに、少々かかった。
 
 
え?
 
目を疑う。これもまた先ほどの子供ふたりと同じく、なんらかの幻影ではないか。
過労死直前の状態で、なんとかくたばる前に碇司令の頭さげているとことを見たい・・・・・・とか、深層心理では考えていた、とか・・・・・・・うーむ・・・・・
 
 
「碇司令、頭をあげてください」
 
こーいうことを言うのは男だ。加持君ですよ。自分ならもうちょっと見物しておくかなあ・・・・・・・・いやいや、この人がこんな状態の自分たちにここまでやるってことは。
表の世間が相当ヤバくなっているのか・・・・・とはいえ、緊急事態になってから引き受けた仕事なんてのは、ろくな結果に終わらない。だいいち、頭をあげてもらうどころか、自分たちに起きあがる程度の体力もないっちゅーのに。
 
 
なに、させる気だ・・・・・・・・・・?
 
 
もし、それがシンジ君関連のことなら・・・・・・・・・あら、なんとか起きあがる力が出てくるから・・・・・「おぷ!」加重バランスが変わって呻く布団男。ごめんねえ。
 
 
「足、早すぎですよ〜、社長〜・・って、なんじゃこのFPSの戦場みたいな作業場所!!うげえっっ」
 
 
若者、それもあんまし頭良さそうでない系の若い男の声が。リアクションは正しいから素直な気質なのだろう、単純ともいえるが。ぞろぞろと何人も気配を引き連れて。けど、社長って碇(元)司令のことか?
 
 
とりあえず、全然知らぬ人間相手。初対面であの態勢もなかろうから、なんとか立ち上がる。まさに、人という字は、互いに寄り添って、という。そうでなかったら立っとれん!
 
「踏んじまったよ!踏んじまったよ!猫じゃねえよ!魚ゾンビみたいなの!」
「皿山うるせー!!その程度でわめいてんじゃねえ!そもそもてめーが社長を見失うからだろー・・・・・・あいたっっ!!ロボの破片で足の小指・・・・・いつつ・・・」
「人に文句言う前にちゃんと足下見てろよ、アホか真剣川!!・・・・爪、割れたりとかしてないだろうな・・・あ、歩けるか?か、肩かしてやる」
「て、てめーの情けなんぞ受けねえよ!けっっ!!」
「ああっ!?先頭のおれたちがここで追い抜かれていいと思ってんのか!だから言ってるだけでなー」
「そんならてめーだけ先にいきゃーいいじゃねーか・・・・・あ、もう社長見えたし」
 
 
先頭にいかにもこんな現役爆走族というか烈風隊みたいなのを配置して、よくここまでこれたものだ。しかも、ここまできてつまずくとは・・・相当に運がいいのか悪いのか。
 
 
「・・・・お先に」
「おねえちゃん、足、大丈夫?」
「彼氏におぶってもらえるチャンスだから大丈夫だろう、かまうなよ委員長」
「シねーちゃんがいうなら、そうなんだな」
 
レースをやっているわけでもないのだろうが、直前で追い抜かれるというのは、爆走族系の若者にとってはどういう心情になったものやら。いやー、コメントに困る。あえていうなら水戸黄門?ご隠居がいなくなった助さん格さんのような・・・
 
 
追い抜いたのは、大中小と体のサイズは違っても、だいたい十代の範囲内だろう四人、女子二人に男子ふたり。しかしながら学生服ではなく、半被を着ている。見た覚えのある半被だ。この作業場で何度も見た。ただ、染め抜いた文字がそれぞれ違う。「弓削」「向」「生名」「大三」と。この地域における特殊な名家。子供であろうとそれを羽織るということは。よもや遊びにきたわけでは、あるまい。
 
 
「ほんとうにこんな領域をたったの二名で?信じられませんが・・・」
「たぶん、サイボーグとかだろう。加速装置でも使ってんじゃないのか」
「皿山さん?真剣川さん?こんなところで何やってんですか?スタートダッシュだけ好調でも仕方がないでしょー」
まだ続いている。爆走族系の仲間らしかった。が、どう考えても、碇ゲンドウが引率するような面子ではなかった。そもそも、最年長でも成年しているのかどうか。地元の人間を徴用するにも・・・って、まあ、もう権力ないし。
 
 
それで最後かと思ったが、まだ続いていた。三つの影が。
 
 
「・・・・・どうなってんだ?」
「聞かれてもねえ・・・・・・」
互いに寄り合ったその姿が若人たちにどう見られようが、反応する余力はないが。
 
 
・・・・これは、さすがに。言わずにおれなかった。
 
 
「渚君・・・・・」
「君たち・・・・」
 
 
先ほど見た銀髪赤目の子供ふたりに手を引かれて、いやいや、といった感じで現れたのは・・・・・フィフスチルドレン、エヴァの乗り手の匂いがした、渚カヲルに似た、少年。
活発なスモールサイズの者たちと違い、どこか迷いがあるような。「男はつらいよ」的な。
 
 
なにを、させる気か・・・・・・・・・・・?
 
 
もう一度、自問する。すでに、予期せぬ「お辞儀攻撃」で、なんとなくわけもわからん頼み事を受けるよーな空気になってしまっている。弁護するつもりはないが、日本文化の弱点を突かれた形だ。相手はすでに上司でもなんでもないただのオヤジだ。十代の子供にてめーを社長なんぞと呼ばせていい気になっているただのヒゲだ。こわくもなんともない。
空気がないと人間は死ぬけど!空気を呑まないと人間は死ぬけど!それに呑み込まれてはいけない。酒と同じだ。空気も呑んでも呑まれるな、だ。
 
 
まさか、この十代連中の面倒を、こっちに押しつけようとか、言うんじゃ、
 
 
ない、でしょうねえ・・・・・・・・・
 
 
どうなんすか!!そのあたり!!!
 
葛城ミサトは百万ボルトの眼光を帽子をかぶり直したヒゲ眼鏡に叩きつける!
 
スケバンやらレディースなんぞとは渡った修羅場のケタの違うハクリキである。
とくに意図したわけではないが、これ一発で大人と子供、上下の区別がバッチリついた。
 
 

 
 
 
 
「・・・・・・・・・・」
 
 
エヴァ零号機が暴走というか暴跳から解放され、停止できたのは、戦場である第三新東京市を遙かに離れて、信じられない速度であるのだが、”しんこうべ”、綾波一族の本拠地である綾波党の党本部前だった。
 
 
「・・・・・・・・・ありえない」
 
 
盆と正月とルミナリエがいっぺんに来たどころではない、「超騒ぎ」になった。
怪人ならば自分のところで育ててもいるが、巨大人型ロボットとなると免疫が。
桃太郎をモティーフにしたボードゲームに出てくる巨大貧乏神が退去して押し寄せてきたようなビックリ具合であろうか。
 
 
綾波レイの心情やいかに。怒濤であった。胸の奥から大噴出してくる感情を抑制するのが精一杯で、ここから何をどうするのか、冷静な判断など、出来ようはずもない。
 
 
「ありえない・・・・・・・・」
 
 
日本中のほかのどこであろうと、たとえ、ヒロシマは霧の山街であろうとも、停止したその瞬間にきびすを返し、戦場に駆け戻ろうとしたに違いないが。ここだけは。
 
 
頭脳が働かない。虚ろな目は、それに連動する零号機の一つ目は、何の気なしに党本部の一室を見る。何を探していたわけではない。むしろ党首の執務室あたりは無意識に避けて。それはただの偶然。そのはずだった。
 
こちらの信頼を平気で裏切るどこかの邪悪存在が仕組んだのでなければ
 
 
その一室にいた、金ぴかな服を着た、おかしなポーズで固まっている、ずいぶんと前歯が出っ張っている中年男と、
 
 
目が、あった。
 
 
党本部にいながら、その目が赤くなかったことが、ただ不思議だった。