答えというのは、脳がこさえるものでも、心から振動のように発したりするものでもなく、
 
 
そもそも人の体に宿るものではないのかもしれない。
 
 
こうやって、身を投げ降ろす時になって思う。
 
 
自分は答えをもってそれを選択したわけではなく、身を投げ出したときにようやく見えた先にある「答え」を追いかけているだけなのだと。死中に活だの開眼というには無責任であろうが。そう、自由落下の状態で、自分は今、責任の鎖から解放されている。
これからやることは、己一存の好き勝手でやることだ。まあ、これからやることも、か。
 
 
この、水上左眼なるバカな女のやることだ
 
 
あえて、そう名乗ろう。もうすぐ。左も右も、なくなるのだから
 
 
答えに、呑み込まれて
 
 
そうか、要するにサイズの問題なのだろうな・・・・・多数の人間をまるごと呑み込んでも平然とする大きさのものもいる、ということだ。それを追えば、ただですむわけがない。
 
 
夢の化身にも似た巨大な魚・・・・というと、さだまさしになってしまうなあ。まあ、
 
 
大口あけた運命巨星・・・・・・これも稲垣足穂っぽいが。竜に乗って、それものの伝説生物をあげるのも照れるものがある。竜を呑むのは金翅鳥であるけれど、それは、独逸の娘ではなかった。
 
 
過去の己、未来の己がみれば、それこそ消滅したくなるような究極の愚行であるだろう。
あのようにすればよかったのに・あんなことをするはずではなかったのに。
現在の他者衆目でさえ。
あんなことをするはずがない、あれはやらねばならない・これをするはず、ここまでしかできぬはず。
 
 
おそらく、それは「水上左眼」を正確に判定してくれているのだろう。その、限界を。
予想し、対策を立てる。まったく、有能だ。万事取り逃がしのない完全の罠。
 
 
しかしながら。
 
 
水上左眼を、やめるとなったら、話は違ってくる。役目というか役名というか。両方か。
 
 
 
それは、宇宙とかに移住するための頑丈設計だ、などと。ユイ様は、吹いた。
 
 
法螺であるが息吹でもある。
 
 
旅をせよ、とあのひとは言ったのではないか。言い方が例の如くどんぶりであったけど。
 
生きろ、でも、死ぬな、でもない。上も下も左も右もなくふらふらしなさい、と。なんの誤解も恐れずに。どっちをむいても宇宙、どっちをむいても未来、とか。
 
 
いのちの際に旅せよ乙女、といったような。なにせ、ここは文字通りの瀬戸際、ときてる。
その意味で、ユイ様は近くあることを認めてくださったのだろう。客人として。
 
 
行き先を、知っているけど、分からない。両目でものが見えてしまえば。目移りする。
 
 
本来であれば・・・・ここまでくれば・・・・・命長らえる・・・・それしか見えぬはずなのに。
 
 
なぜか、この期に及んで、他のものが見える。竜につけられたヒゲの意味も分かった。
 
 
 
人刀ヒトカタナであることをやめるのか、と、長く己の片眼であったものが問う。
 
孫六殲滅刀の破片。臓腑を焼く炎で叩き続けても融けもせず代わりに写し身を造らせた。
 
結局、同じものは鍛造できないのだから面白い。何を造ろうが、己自身を造れない。
 
 
 
答えの選択はもう、問題ではない。
 
 
答えを呑み込み消化するのではなく、答えに呑み込まれて消化される。
 
 
この世に生まれ落ちて。喰らい続けるだけ、というバカな話もない。喰われる日もある。
 
 
そんな、日もある。
 
 
それだけのこと。思いや事情、挙げていけばキリのないその他諸々をまるまると。
 
 
両眼で、海を見る。
 
 
何色だか、分かりはしない。
 
 
だからこそ、その色の名を探したくもなる。その折々の、答えの存在するところに。
 
大した望みなど無い。宇宙にも世界の果てにも興味もない。冒険などしたくもない。
 
 
ただ、ここにいたい。いたいだけ。いや、それもやはり大それた望みであったのだ。
 
身の程知らず。考えて見れば確かにそれは、そこに居続けたいなどというのは。
 
 
流れる石ころ。ライク・ア・ローリングストーン。
 
 
歩ける代わりに地盤を穿つ根がない人の。なかなかに困難な夢現であったのだ。
 
 
「此処」を「続ける」ことを、許された。奇跡はやはり二度はない。ゆえの、
 
 
人の手作りの、「抜け道」。なんというか、魔界営業というか、違法転生というか。
 
 
隠れ里はそれらしく、最後まで消え去るまで滅びるまで、隠れ里のままでおれ、というのがルールなのだろう。たぶん、世界の。やばいから隠れるのやめた、などと。そんなのは。
 
 
ものすごいズルであろうし、なんというか、せこい。美学がない。文学的でもない。
 
が、以前からそうであった。島国根性よりひどい閉鎖根性であったことを認めるにやぶさかではない。ははは。そんなとこだけ気前がいい。
 
 
もう少し、いることにしよう。魔界営業するとしよう。違法転生するとしよう。
 
 
 
・・・・・いなくなったあとのことまで、考える。これからのそれから、だ。
 
 
伏したところに誰に何をされようと
 
 
己の屍ぬけがらを何に使われようと
 
 
ユイ様のおられる場所は、遙かであっても迷う余地もない。
 
 
戻る余地もない境界の極点。がんじがらめの・・・・どこかのマリオ姉と同じように。
 
 
それにしても、なんて非効率なのか・・・。融解していく竜の中で「骨」とそれに付随するHHJシステム・・・神経部門の情報を受け取りながら思う。
 
 
それを飛び越した先に棲む力の世界の住人はともかく。碇ゲンドウ以下、吹けば飛ばされ火炙りになれば焼かれ地に挟まれれば潰される身の者どもが、寄り集まってこのような。
効率と計算の境界の内で生きていくしかない者たちこそがこのような。
 
全ての準備を調えて、待っていた。うーむ、爆沈スイッチの用意までしてあるのだから。
押す係は葛城・ミサトと加持・リョウジ・・・・余所者ならではとはいえすごい采配だ。
にしても、子供の数が減っていないのが意外というか疎開させろと思いもしたが、人のことは言えないか・・・・
 
 
信用の無さと、期待の準備。
 
 
どちらか一方でいいではないかと思うけれど。
 
 
・・・・・・どこのカバチがこのような無駄で非効率なことをするのだ。すさまじい。
 
 
どれくらいかというと・・・・喩えがむつかしいが・・・・そう、海の世界のふしぎなゴールデンルールというか全てを輝かすジュエルなお約束として、「船長と呼べ」といわねばならぬところで「艦長と呼べ」とかやってしまったレベルだろうか。繰り返しても宇宙に行く気などないのだ。
 
 
どちから一方でいいではないかと思うけれど。それも、片眼だけでモノを見るような、か。
 
 
 
とろろろ
とろろろろ・・・
 
 
融解は順調。まあ、それもそうか。その名の通りのモノになるのだから。
唯一の新規部品、ネルフ本部でつけられた「ヒゲ」も違和感なく融けていっている。
 
とろろん、とろろん、でろでろばあ、だ。
 
 
「なにが、でろでろばあ、だって?」
 
 
姿は見えぬが、声がする。超骨伝導による伝わる、意思。完全融合は間近・・・の証拠だが、もうすこしマシなことを聞いて欲しかった。姉妹ならではとはいえ。もう少し。
 
 
「分かっているくせに。ヒゲ・・・取り込み保護膜柵のことに決まっている。変態率は?」
 
「今現在33%・・・・ああ、今、37になったよ。これくらいでも行けないこともないけどねえ、予定性能が出てりゃの話だけど。まあ、多分だいじょうぶだろうよ」
 
「出てなかったらどうするの・・・・100になるまで待ちますよ、姉さん」
 
「その間に気が変わられるのが怖いんだけどねえ・・・・・・・とはいえ、もう遅いけど」
 
 
 
山を向かずに、海を見た。それが選択の全て。己は答えに呑み込まれた。
 
 
 
「・・・あの鬼ババに脅されて決めたんじゃ、ないだろうね」
 
「せめて鬼ミセスとか。恩人であることは、間違いない。命の」
 
 
とろとろとろ・・・・
 
 
「鬼なのは異論ないのか・・・・・・鬼ハハに脅されて決めたんじゃ、ないね?」
 
 
とろろろろ・・・・・
 
 
「そう。誰に乗せられたでも、絆されたわけでもない。自分で、呑み込まれた」
 
 
ろろろろ・・・・・・
 
 
「呑み込まれたか、そうだねー・・・・たとえ、鬼でもこんなことは強制できない。開くでも飛び込むでも足りない。・・・その先、続けてもらわなくちゃいけないから、そうだね。長いのか、短いのか・・・・」
 
 
ろろろ・・・・・
 
 
もう、会話の意味もなくなる。その前に、これだけは聞いておこう。これももう遅い話。
 
 
「姉さんこそ、こんなので、良かったの?」
 
「こんなの?」
 
「いや、こんな、才能の無駄遣いというか・・・・たった一人にこんな・・・・自分のためにもっと・・・・・他のことに使えば・・・」
 
「才能ってのは天の贈り物なのか負債なのか・・・・・まあ、いいんじゃないの?たとえ厄ネタの類でも。使い方には後悔ないけど、あの鬼ババに見込まれちまったってのが・・・いや、それも込みだね。あの鬼御前じゃなければ、あんなことも出来なかった・・・・・ああ、100パーになったか・・・・・ま、正直ここまで続くとは思ってなかった、てのもある。あんたの根性なめてたよ」
 
「・・・・・・・・・」
 
「にしても、最後までバカだねこのチャンバラ妹は。他のことに使ってたら、あんたがくたばるじゃないか・・・・・・ま、もう言っちまってもいいんだろ?あんたは、この事を」
 
 
「知らない。知らなかった」
 
 
「大事なことでもなかろうに、二度言いやがった。強情ってのは意志が強いのとはワケが違うんだけどね。・・・まあ、いいか」
 
「姉不孝かな・・・・・・?」
 
「そんな不孝はないよ。ま、あるとすりゃあたしより先にくたばることだけだろ」
 
「私は・・・・・・姉さんのことより、滅んだはずの街のことを優先した。ずっとずっとずっとずっと・・・・」
 
「いるんだよ。そういう優先順位自体がない奴。一等以外は目もくれない奴。センスがないんだ。そのくせ領土拡張に興味がないときてるから、昇竜志向の刃源のシオ公は面食らっただろうよ。そういえば、あいつこそきっちりくたばってんだろうね?どうせ、ぶった斬ってきたんだろ?」
 
「斬ったことは斬った。けど・・・・・・」
 
「チャンバラ妹の名が泣くねえ。ま、そりゃいいか今さら。いろいろと長い手使ってやってくれたけど、これで全部御破算だ。あたしら姉妹をなめんじゃないよっての。ははは」
 
「姉さん、ごめん。そして、ごめん」
 
「なんだそりゃ。そこは、ありがとう、とかなんとかだろうに」
 
「ごめん・・・・・・」
 
「いいんだよ。街のコトやら他に気になることがないわけじゃあないけど、これが、一番、あたしのやりたいことだったのさ。くたばったはずの妹が、くたばってなかった。・・・・・これ、どれほどのことか、分からないだろ。もう、これだけでいいんだ。少々、鬼の影を踏むことくらい、なんてこたあない。さ、そろそろ行こう・・・・シオ公の上役連中、本物の魑魅魍魎がカンづく前に」
 
 
 
とろろっ
どろり・・・・・どろ
 
 
 
「そうだね、行こうか」
 
 
竜と骨が、完全にとろけて一体化した。竜骨。それは大海を征く一本の槍。
 
竜のパーツが山を向いていればまた別の働きをしたであろうが。
 
それは、海を見据えている。もはや空を飛ぶことは叶わない。武具を造ることも、またそれを振るうことも。戦闘兵器としては完全な死に体、死骸、といっていい。
空前にして絶後のサイズであるエヴァ・ヘルタースケルターと合一したことで得たものは
 
 
唯一つ
 
 
しかしながら、代償と確かにつり合う。自在無敵の竜であることを捨てたとしても。
それこそが
 
 
 
「発進」
 
船長帽子をかぶっていてもいつものポーズで本人はちょっと満足げだがどうにも威厳はともかく景気のカケラもない皿山以外には完全ヒかれている碇ゲンドウが告げたことしてもまったく問題にならぬくらいの
 
 
魔界転生的推進力であった。
 
 

 
 
 
その歩が止まらない。
 
 
これまでの苦闘がまるで芸であったように嘘であったように
 
 
あっさり、うまくいくようになった。これが開眼というものだろうか。
 
 
「お目々はバッチリ開いてたと思うのざますが・・・」
「別になにも有益なアドバイスとかしてないですよね」
応急セコンド役と突然トレーナー役がこんなこと言っているのだから、それは実力。
 
 
しばしの、まっ白く燃え尽きてしまったかのようなインターバルから目覚めてふらりと
立ち上がって
 
 
綾波レイの歩みが止まらない。零号機に向けて、速くもないが遅くもない自然速度。
 
むしろ、薄目である。意思を映したはずの眼光も、熱のある収束をやめている。
 
爆発が秒読み段階であった周囲の綾波者たちもその光景を目にしてほっとクールダウンしている。
 
 
はじめの一歩、から、二歩三歩、四歩・・・・
 
 
それを阻むケリックブームは相変わらず、手加減ならぬ足加減なし。異議も抗議も吹き潰し呼ばれておらぬ者をなんとしても吹き戻そうとする護衛烈風を
 
 
吸、と書いて、Qと読む、がごとし
はたまたオバケの太郎のごとし
 
 
ばくばく呑み込む。目には見えぬ魔法の壺だかひょうたんだかを装備しているかのよう。
だが、その手には何もない。手ぶらで。もはやファイティングポーズもとらぬ。
 
 
なんらか悟る、ところがあったのだろう。
つまりは自己解決。言語に変換しづらく、他者には理解され難かろうと。
当人がそれを語ることもなければ。
 
 
「いやー、ミーは信じていたざます!!そうざます、できないはずがないのざます!ちょっとした勘違い、ボタンの掛け違い程度のことざます。なのに、こちらのコムスメときたら・・・」
「あー、もう、わるぅございました。お弟子さんはボタンのかけ直しくらいラクショーでひとりでできるもん!ですよね!信じてなくてすいませんでした!おみそれしましたー」
 
イヤミ・コナミのなかなか韻を踏んでいるコンビの言い合いを背に、綾波レイは到達した。
エヴァ零号機まで。さすがに諦めたのか猛風の結界は消えた。零距離でくらわしてくるようなえげつない真似はさすがに・・・・ちょっと警戒したが、それもなかった。戻れた。
 
 
そうだろう。自分は謎を解いたのだ。
 
悟りや自力推理とはほど遠い、ヒント盛りだったにしろ。
 
 
綾波レイは、知っている。「お礼は、また、あとで・・・」
 
 
「弟子に技を伝えるのは、師として当然のことざます!・・・・しかし、こう、月謝的なナニかをミーに届けたい、というのならもちろん、受け取るにやぶさかでないざます」
「え?なんですかそれ!お金とるんですか?習い事の塾じゃあるまいし・・・けど、月謝っていっても実際の教授時間はほぼ一瞬じゃないですか。これはもうお試し無料ダウンロードみたいなモンじゃないんですかー?タイムイズマネーでしょー?」
「な、なんてことをいうざます!!お、おフランスでは違うざます!短気なアメリケの諺を引用してはノンざます!これはもっと優雅な師匠と弟子との生活の絆ざます!」
 
 
この局面で、こんなところに拉致られてきたのは、この二名の存在ゆえであったこと。
 
絶対に戦わねばならぬ場面で、わざわざ修羅の時間とられて、非戦闘の者と触れあわねばならぬ理由は。
 
 
元来、縁もない、こういった関わりが生じるはずもないところを、無理矢理、接続してきたのだろう。電線工事じゃあるまいし、絆を。この槍は。この魔手は。この赤足は。
 
 
その、魂は
 
 
「それが、望みなの・・・?あなたの」
 
 
夢の中で渚カヲルたちは、それを「成長」と評したけれど・・・・・
 
そんなことが実行できるのか・・・・できるのだ、と、出っ歯の人物から習得した術は言う。断言してきた。無責任というなかれ、術というものの本質であろう。できるのだ、と。
 
 
先ほどまで、その声、断言はなかった。己には迷いがなかったものの・・・・術をそのまま素直に使うつもりがなかったのだから、ある意味、当然と言うべきか。使っていいのだ、という考え自体なかった。それは術への冒涜だったのかもしれない。敵の武器を吸った後でどうかする・・・・ということまで考えてしまうのは。
 
 
理解できるが・・・・・・・納得しきれない部分もある。
 
 
というか、かなり大部分。どうにも・・・・・腹が立つ。いろいろといろいろといろいろと。地元民の目の前でゴロゴロ転がされた程度のことは・・・・・まあ、すこしは、かんべん・・・・・・・・・・・・・・・・・・・できなくもないけれど。怒っている。
 
 
できれば、それを解放したい。が、全解放するわけにもいかない。そういった類の、なんだかやっかいな感情なのだ。いくらかはとどめ置いておきたいような・・・・。
 
まさか、そんなことを地元民や師匠やコナミに聞くことも出来ない。
 
早々と戻らねばならない身でもあり・・・・・・・うー、と親指を中に握りこむ中途半端な拳をつくる。肥田式強腱術の央拳、ではない。
 
 
いわゆる、「おともだちパンチ」であった。それでもって・・・
 
 
ロンギヌシュ、いまはロンギヌソク、とでもいうべきか、ちょっと韓流っぽい。つまりは自分をここまでムリヤリ連れてきやがった悪しきアッシーに、
 
 
”一撃”かましてやった。
 
 
”あいたー!波紋キター!!”悲鳴が聞こえた気がしたのでなんか気が晴れた。
それでチャラにする。今は。
 
地元民たちもそれで完全に溜飲を下げたようだ。悲鳴を聞いたのかも知れない。
 
 
それは奇しくも先に洞木ヒカリが内々けしかけていたこと。愛をもって。
ド阿呆な男を駆逐しつつも優雅な生活をおくるための、ワンランクアップの一撃、とか。
愛ある拳を防ぐ術なし、とかどこかの海軍の偉い人も言っていた。
 
 
そして、零号機に乗り込んで再起動。シンクロ率などいまさらいうまでもない。
疾走する。東へ。目標は、唯一つ。気配を隠すのを止めたのか、この距離でビンビンきた。
存在力のケタが違う。パターン・世界中の明かりを集めてもぬぐえない重青、だ。
あの黄金の牙の剣を振るう・・・・・
 
 
大将首・・・・・・全ての悪状況をひっくり返せる唯一天逆の。
サイズに騙されてはいけなかった。
 
綾波レイは、口には出さず、心の中で呼びかけた。
 
もし、それを口に出していたら、昔の歌謡名曲を思い出したであろう。冬月副司令か碇ゲンドウか赤木リツコ博士あたりが。思い出してゾクゾクしたであろう。
 
 

 
 
大使徒が、その気配に気づいた。己に挑もうとする、定命の者のせつないほどの
 
「ちょっと待って」コール。世代で言うならプレイバック・パート7といったところか。
 
今の進撃をちょっと待って、と追う気配は告げている。速い。ほんのしばらく待てば追いついてくるだろう。
 
(VΛV)リエルに待つつもりはなかった。追いつこうと何が変わるわけでもない。
 
今は試す気分でもない。部下使徒たちを優先しなければならない。
 
 
だが、その足が止まったのは
 
 
「・・・・・・・・」
 
腰にある刀が、じわり、と濡れることで主を引き留めたからだった。
人界での名は、東方剣主・幻世簫海雨。人とは比較になるはずもない剣技をもつ現主を得て、ひとつの武具として絶頂の幸福に浸っている・・・・その嬉し涙、ではない。
 
願い。どのような願いであるのか、主は正確に汲み取れる。剣主の主として十二分すぎる器量。もはや人がこの刀を手にすることはあるまいが、それゆえの。
 
「・・・・・・・・」
 
願いは、受け入れられる。おあずけをくらった牙剣もさすがに主には逆らえない。
 
しかしながら、時は区切る。対峙する時は、正確に、半秒。以後は相手にもせぬ。
大使徒の時を、半秒。貴重であろうが、それで人の身で何が成せるのか・・・・・
己の身を考慮して時間に寛容な大使徒(VΛV)リエルではあるが、今回は十年も百年も与えはしなかった。
 
なれど、その代償を濡れる刀に払わせるのも忘れない。
 
 
風が、くる。
無尽の紅を伴った、蒼い貫風。
完全に混じり合うそれは、大使徒の感覚器には紫色の魔槍に映る。
 
 
槍であろうが矢であろうが銃弾であろうが好きにすればいいのだが・・・・ただ
その色だけが気にかかった。真偽定かならぬ・・・・・
 
 
涙水降ラセヨ。代価ナル
 
 
不自然なその色を洗わせるべく、100万の斬撃の雨を降らせる。
 
 

 
 
 
眠れる赤木リツコ博士は目を覚ました。
 
 
スリーピング・ビューティーといえんこともない金髪科学者であるが、とくに裸だったり水着だったり白衣に水着だったり培養液の中だったりもしない。単純に、体力尽きてました的ボロボロの有様だった。頭脳の再起動に最低限のエネルギーが戻ったから再立ち上げしました、といった弱り具合で、鏡など見てしまったら自分を反転させロボに改造してしまうかもしれない・・・・・というのに、ごそごそと無意識に手鏡など取り出す・・・・!
しかし、鏡ではなく単なる携帯端末だったので助かった。
 
 
「ん・・・・・・・・」
 
瞼も半分閉じた感じではあるが、明晰すぎてお釣りがでる科学者ブレインは、大量高速にスクロールされていく情報を把握していく。目覚めの一服よりコーヒーよりもそれが先。
情報によってさらに覚醒されていくくらいでないと、天才科学者は務まらないのかもしれない。その代わり・・・・・
 
 
「お!お目覚めですか、社長の先輩殿!」
 
「ええ・・・・ごめんなさい、ちょっと今、話かけないでもらえる?」
 
「おお!これは失礼した。待ったなしの美容よりも仕事最優先、さすがですな!」
 
 
いきなり知らぬ男、しかも明らかに普通ではないISDN回線男みたいな格好をした大男に運転席から声をかけられても全く動じない無神経。そのあたりの周辺状況把握の神経も使用しているのかも知れないが・・・・小学生の女の子よりノーガードであった。まあ、疲れているのだ。ちなみに、ISDN回線男みたいな格好の大男は、そのまんまISDN回線男であった。日本中探してもこんな格好の人間は一人しかいない。
ちなみに、今乗っているのはISDNカーである。電話会社の払い下げの営業車ではない。
対向車などいるはずもない山道をどえらいスピードで突っ走り続けている。
 
どこかに向かって。
 
普通、行く先に多少は興味が生じるはずだが、赤木博士はまったく。
 
 
「竜骨化・・・・・あちらの方は、なんとか、うまくいったみたいね・・・・」
 
「柵髭のメタモルフォーゼも・・・・・相性がよかったのかしらね・・・・」
 
「火織ナギサ・・・・・・ここにいるのね・・・・・・・サギナ、カナギ、この子たち」
 
「・・・・・・・・・・なんでミサトとリョウジ君がこんなところに?碇司令もなんだか微妙にノリノリだし・・・・・・」
 
 
端末を見ながらぼそぼそ呟いている。さすがに声にあまり力はない。
 
端末画面には高速でスクロールするデータ群と並んで瀬戸内海の海図が表示されていた。
 
 
それは、なんらかの、たとえば、気晴らしのゲームであるかのように
 
 
海図は、変化していった。じわじわと、海部分が減少していく領域がある。明らかに満干潮分より遙かに多く。海が減る、つまりそこは陸である。小さな陸でも陸であり、簡単に水で囲まれている部分は島、と呼んだ方が早い。旧尾道地域と向因弓削生名大三・・・といった島々・・・かつての天変地異で消えた地域が、画面上では、復活してきていた。
それならば、それだけならば、単に昔の海図を見ていただけ、という可能性もあるが。
 
 
ズレていた。じわじわと、消失したはずの地域たちは、復活を果たしながらも以前の座標とは異なる点へ移動し続けていた。西へ。
 
 
それが、なんらかの、たとえば、神様視点の国造りゲームであるならば
 
 
これは、バグであろう。せっかく産み出した陸地が、流れていってしまうなどと。
リセットしてやり直しをするべきだが・・・・・するすると瀬戸内海を西へ西へ。
 
 
なんとも、無理ゲームであった。
 
 
いずれ、関門海峡のあたりで足止めをくらうだろうが、単に座標を変えてみたかったのか。
いくらなんでも、外海に出てアフリカとか台ピンとか犬が支配する島とか魔女が支配する島とかに流れていったりはすまい。いくらなんでも。
 
 
「ふふふふふふふ・・・・・・・」
 
赤木リツコ博士がなにが面白いのか、グレートな魔女っぽい笑みを浮かべた。
 
 
 
「ところで・・・貴方」
天才科学者兼グレート魔女とくれば、それは確かにISDN怪マッチョなど恐れはしまい。
 
「はい。お仕事に一区切りつきましたかな?」
 
「どちらへ向かっているのかしら。この車は」
端末から目を離さずに今頃たずねる。
 
「武蔵野秋葉森へ。そちらにあります”キューマギ”なるコンピューターの具合が悪いので、先輩殿に診断していただきたいと、うちの社長が」
 
「承諾した覚えがないのだけど」
 
「どうしても先輩殿に、ということでしてな。うちの社長が」
 
「ふーん・・・・」
端末画面から目をあげて、運転席の男の姿を見る。が、ノーリアクション。
 
「うちの社長が」
 
「何も言ってないけど」
画面に目を戻す。
 
「とにかく、うちの社長の仰ることなので」
 
「そう、社長さんはいいひと?」
 
「恩人でありますな!同時にとてもオソロシイ!なおかつ!チャーミングです」
 
「そう・・・・」
 
 
ここまでやるようになったのか・・・・やれるようになったのか
もう手元に置いておけなくなったわけだ。補完というのは、ある意味、旬だね若さだね。
 
 
とにかく・・・・使徒戦や本部内のことは、副司令にどーにかしていただくほかない。
ほんとに・・・・作戦部長連というのも・・・・・ほんとに、ミサト以下だし・・・
 
 
こちらは、今産まれた・・・・流れ島、とでも呼んでおくか、もしくは竜骨尾道とでも・・・・そのサポートをせねばならない。人形劇と違って島が流れていきますよ、だけではすまない。なにか週一で事件が起きますよ、ではすまない。大事件が大連鎖で発生し続けますよ、だ。守護者としての竜は失われた。物理的にも政治経済的にも軍事的にも自然環境的にも詳細なシュミュレートが必要になってくる。それを踏まえていなしていく新種の・・・統治というより問題解決機構。準備室として用意されていたのが竜尾道観光組合。ふざけた名前だが確かにその通りでもある。多重の意味でこれは観光旅行なのだから。
 
 
竜は死んだ。すぐさま沈むだろう、あんな泥船。よほど利口に賢く狡く立ち回ってもどうにもなるまい。それが可能な人間が今は船長帽子をかぶっているようだが、いつまでも乗せておくわけにもいかない。ほぼ婿状態の加持君といっしょのミサトはよさそうだけど・・・・。
 
 
いつまで島は、竜骨で支えられた島船は、流れていくことができるのか・・・・
 
 
詩的な領域は知ったことではないけれど、経済その他がまわるより船底に穴があいてないかどうか確かめることはしてやらねばなるまい。こんな強度計算・・・・・
 
ある程度の保証と予測は立ててやらねば、その先の話もできまい。
 
能力的にも父娘二代の仁義的にも、それが可能な人間は自分しかいない。
 
我が父ながらよくもこんなものを造ってくれたものだ。実験世代とはいえエヴァのパーツ転用の移動海上都市なんて。新世紀の箱船とかいうと格好いいけど内実は・・・漂流ドザエモン巨人だし・・・・・作動自体は疑ってなかったけど、それを続けるとなると話は別で。
 
 
けれど、こんな携帯端末ではパワー不足もいいところ。出来ればマギが使いたいがそれもまさかで。その点、旧マギはうってつけといえる。攻撃力が高いのも都合がいい。
 
 
考える、までもない。こうやって運ばれてしまっている身としては。
 
 
「でも貴方」
 
「なんでしょう?喫煙されたいなら存分に。構いませんぞ。肺機能には自信があるので」
 
「社長さんのこと、心配ではないの?危険なところに残っているのでしょ」
今さら自分がこの男にいうようなことでもないが。視線は端末でも合わせもせず、窓の外。
 
「ああ、それは大丈夫ですぞ!どうぞご心配なく。先輩殿もご承知の通りの方ですからな」
 
かんらかんらと笑われた。心配ではないらしい。まあ、心配してもどうにもならぬ修羅場ならぬ使徒場なのだが。
 
「やる、とお決めになったことは、必ず、やり通しますよ。とはいえ今回のこれは、先輩殿、あなたがどうにかなってしまったら、物理的に不可能になってしまいますからなー。むしろ、貴女が危険に気をつけてください。我々部下一同的には、貴女の方が心配なのですよ」
 
こちらを心配された。・・・・どういう社員教育をしているのやら・・・・まったく。
しかし、どういうことなのか・・・・・・こんな怪マッチョには聞きにくいが、聞くは一時の、だ。他に誰もおらぬことであるし・・・・・「それは・・・どう」
 
 
どかーん!!
 
狙ったような爆音で問いはかき消された。周囲の視界を消してくる色つきの煙の怪しさ。どこからか不明だが、分かるのは人間のやったことであろうこと。身内にも侵入者にも無慈悲な蠅司令のお陰で本部や市内の安全度は高かったのだ。皮肉の極みだけれど。
 
 
「おう、やはり来ましたな、悪の組織が。狙われていますなーその頭脳、さすが社長の先輩殿!しかし、このISDN回線男にお任せあれ!さあ、飛ばしますよ!アナログチェンジ!!ADSL回線男!・・・なにいっ!?こちらを上回った!!この速度を凌駕するだと・・・・まずい・・・ここままでは・・・だがしかし!先輩殿を守るためにはそれしかないのだ!!危険だが・・・アレをやるしかない・・・・念力チェンジ!!念デジモード、スイッチオン!!」
 
 
「・・・・弥栄」
賢人、赤木リツコ博士はそっと言祝ぐ。呆れも拒絶もない。ただ
業界をまたいだ言うに言えぬだろう苦労を背負った後輩のいとしい。
手元から発とうが更なる飛翔を願い祈らぬはずもなく。
 
 
それから、これからあの都市で起こることに対しても。
 
 
「遠くで、見ないといけないのかしらね・・・・・」
 
親でもないのに。あの子たちの。
ヘタにその場にいると、解説役をさせられる恐れもある。
したくもない、解説だってあるけれど。
 
 

 
 
 
祭りは、終わりだ
 
 
黄昏の未来を見るがいい・・・・・
 
 
人類側の反則技にて少々おピヨり酩酊あそばしていた御大ことジブエリルであったが、そろそろ己がカタルシスを語りに来た。御大だけあって別に真の力に覚醒したりする必要もなく、単純に自分の力を見せればよかった。連れてきた部下はつかえんわ体内に棲まわせていた部下使徒を3体も盗まれるわでろくなことがなかった。
 
 
獣人形一体片付けられないミズノミを待避させ、そのついでにホ・バを回収させゼルエルによるクラッシュ対策をこれでもかとばかりに施した腐海大砲のカウントダウンに入ろうと、していた時だった。
 
 
西方より一万の斬撃の昇天を感知した。当然、人の手によるものではなく、大使徒によるものだ。それを攻撃という表現をしてもいいのか、御大にして迷うところがある。
 
 
<大剣雨>、という。
 
 
しばらくすれば、百万の斬撃が降ってくる。牙剣を佩刀にしてより用いることの無かった、こと剣技において無限の要求を己が武装にしてくる大使徒(VΛV)リエル、極限緻密の天現象。百万の斬撃の一つ一つを指揮するというのだから振るわれた剣の負担が如何ばかり、だ。たいてい砕け散って終わる。
 
 
当然のことながら、領域がどうとかいう世界ではなく、防げるようなシロモノではない。ひたすらに濡れ刻まれて、本性を晒し出すしかなくなる。どのような暴悪魔性であろうと。
たいていのことはその優れた感覚器によって嗅ぎ取ってしまう大使徒(VΛV)リエルがここまでやるのは珍しい。
 
 
・・・・といおうか・・・・・・
 
 
・・・・お怒りなのやもしれぬ・・・・・・
 
 
いろいろと怒りたいのはこちらも同じであるが、大使徒に怒られる理由がないわけでは、ない。ホ・バエルのこともありの、人間に部下使徒を3体も拐かされたこともありの。
 
ミズノミの苦戦は、ゼルエルの介入を考えれば完全セーフの部類だろうが。
 
いろいろと、想定外だったとはいえ・・・・・なんか己の失態が一番でかい・・・・気が
 
 
・・・・それは怒るだろう・・・・・・怒るわなあ、それは
 
 
隠れていないでさっさと戻ってきてくれればよかったのだ、という言い訳は通じるか。
 
大使徒の器量からして最終的に通じぬコトはないだろうが・・・・時間はおいた方がいい。御大には深い知恵があった。逆ギレなど通じる相手ではない。判断も早かった。
 
 
さささっと<ハ>ミズノミドリエルとホ・バエルを収納して、北東へ待避した。
 
やってることが平均的な係長級サラリーマンのようであるが、これは一見そう見えるだけで、深い深い叡智によって導かれた和魂選択なのであった。
 
 
守護者も王も不在の第三新東京市が産業文明から10万年先の未来かもしれない黄昏の姿にならなくてすんだのは、ひとえにこの「誤解」のおかげだった。尾はしろかったかくろかったか、とにかく奇想天外新生物の誕生の瞬間を楽しんだ大使徒(VΛV)リエルは、ぶざまといえばぶざまな有様を見ても怒らなかったにちがいない。そのせいで部下使徒たちが苦労したことも感知してもいるのだ。御大の知恵も確かであるが、愛はそれに勝るときがある。その割りに対応が早かったのが、人類側にはラッキーだった。
 
 
 
彼女の福音でもあった。
 
 
「・・・・・来るのね」
「・・・ギリギリゼット」
 
ゼルエルの間欠泉的ブーストがあっても、さすがにそろそろやばかったエヴァ弐号機の犬飼イヌガミがビーストモードを解除した。十分すぎるほどデータは収集できたし、限界だ。
 
 
モード解除する前に感知した「獣のカン」によれば、西の方から強大な気配が二つ、交わりつつあった。まあ、そんなのに頼らなくとも現地映像を転送してもらえば分かることだが。その二つの気配がなんなのか・・・・・・・言われなくとも戦況として転送されてくるあたり、やはり腐ってもネルフ本部、場数を踏んでいるだけのことはある。この戦闘もかなりやりやすかった。なんの打ち合わせもないところにコレであるのだからやはり伊達ではなかった。戦闘が進めば進むほど疲労も食い違いもなくサポートが高速化されていくのは感嘆の一言・・・と、まだ終わったわけではないのだからまとめに入るところではない。おそらくは
 
 
これが。最後の決斗。
 
 
いきなり戦場をぴょーんと暴跳離脱していったエヴァ零号機と・・・・・
 
 
その左足をぶった斬った黄金の剣をふるう人型サイズの使徒・・・・双頭獣の使徒にちょこなんと座った、サイズ比からすればおまけフィギュアのようだが。その力たるや。
 
 
百聞は一見にしかず、百見は一感にしかず。
 
戦闘力が数値化される便利な機械があればいいのだが、そんなものはなく。
ライオンだの虎だののフンを撒けば、畑を荒らすイノシシも近寄らない、とかに近い、か。
実際、どれだけの力の差があるのか分かったものではない。斬っただけではなく、その斬り口からしてまた敵を襲わせる・・・・それを封じるのにどれだけの代償を払ったか治癒させることもできなかった・・・・それほどの厄介極まる特異能力がただの片鱗だったとしたら。それが全て、という可能性もないわけではないが。
 
 
正確には、あの人型使徒がなにかしたわけでは、ない。あの黄金の剣がやったのだ。
その意味で、なんのデータもとれてはいない。そも、戦闘になっていないのだ。
 
 
それと、やり合わねばならぬ零号機は・・・・・・・・その力は、見当がつく。
 
まさかこの時間で機体の改造なんかできるわけもなく、新武装を手にしている様子もない。
いったん、場を外していたのだからそれなりの結果を見せるべきではあろうが・・・
まさかエヴァで内蔵兵器でもあるまい。ただ、機体色がかなり変化していた。あの左足をどうかしたのかされたのか・・・・・・あれは
 
 
「ロンギヌス、ゼット」
 
「・・・待ち人が来た、というわけ」
 
 
「そう、シュは来ませり〜シュは来ませり〜ロンギヌシュは来ませり・・・って何をいわせるゼット」
 
「そうなれば、立ち去る算段をしようか。出来るなら互いに最もいい形・・・」
 
 
これで魔神玉との契約もいったんは終了、と言いかけた時に。突然、
 
疾走するエヴァ零号機と、なぜか立ち止まった使徒をとらえていた映像が消えた。
 
 
ぶつん、とブラックアウト。
 
 
「これは・・・・・」
 
一瞬、おまえはもう用ずみだー、とか言い出してこっちの意識を乗っ取りにきたのかと思ってもしまったが、そういうことではなかった。単に現地のカメラが死んだらしい。しかも根こそぎ。衛星も偵察機も、人の目はなにもかも。再立上げないところからすると予備もおそらく。JTフィールド発生機のことといい、知恵があるどころではない。
 
 
「<大剣雨>・・・・百万の斬撃の雨を降らされたゼット。ちなみに、ひとつひとつが感知不能でなおかつどんな分厚いATフィールドも楽勝で切り裂く威力ゼット。いってみれば、絶対斬撃ATZなのでゼット・・・・それがほぼ同タイミングでの百万」
 
もはや嘘やでまかせをいうタイミングではない。真実なのだろう。
 
 
嘘と言いたい真実。幻想の殻をかぶりきれない絶対の桁違い。
 
 
「え?」
それはもう、死ぬしかないんじゃないの?もう言うまでもないので口には出さない。
 
「死んだ?」
 
そのつもりだったのだが、つい。それにしてもなんというインフレーションな・・・・いやそんだけ斬撃の威力があるならちょっと意味が違うのか・・・宇宙大怪獣とでも戦うための技なのかもしれない・・・・・・そんなものをたかが人類と人造人間に使ってくるとは・・・・・膾どころではないし、攻撃目標どころか周辺地域がズタズタだろう・・・・ある意味、後腐れがないのだろうが。
 
 
そんなのが、もし、この都市にも降らされた場合・・・・・・どうなるか
 
 
もしかして、妖怪城みたいな巨大使徒がいきなりミズノミドリ使徒たちを連れて退散していったのは、これのせいか・・・・・・とばっちりを恐れたのかもしれない。
 
 
こうなると地下深くに隠れるほかあるまい。もしくは、この都市を疾く遠く駆け離れるか。
犬飼イヌガミはすぐさま決断した。それに従って動こうとした時
 
 
 
「その必要はないゼット」
 
 
厳粛な、鋼鉄天使のような声で、魔神玉が告げてきた。
 
 
「もうカタがついたゼット・・・・・もうすぐ、戻ってくる」
 
 

 
 
 
百万の斬撃は、そのひとつとして取り残されることなく、コントロールされていた。
 
ちょうど、死の記号のように、というと三日月よりもいい立原道造風になってしまうが。
 
対象物が移動も逃げもせん場合、無駄になる斬撃も多い、というか、ほとんどそれである。
 
 
意味もなく周囲環境をズタズタにするのは、むろん、大使徒の本意ではない。
対象に明らかにあたらんなー、というものは、力を抜かれて斬撃としての効果を失う。
 
使い手が斬りたい物だけを斬る、というのが名刀の条件であるなら、
 
斬るべきものだけを、間違いなく斬る、というのが剣士の条件であるなら、
 
刀剣使い手、双方ともに合致している。しすぎて困るくらいであった。
 
 
斬られる方にしてみると。
 
攻撃力はもう言うまでもないが、その絶大な感知力こそ真に恐るべき・・・・とかいえるのは同格存在だけであろう。普通はこれで魂まで梅のタネの天神様のように割れ晒されて終わっている。
 
 
だが・・・・・
 
 
エヴァ零号機は立っている。一本足で立っていた。いつの間にやら全身が紫に染まって
 
 
右手には、円盤生物を思わせる真っ赤な大きな傘を差して
 
 
使徒の威に恐れをなして、宇宙から用心棒を呼んでいた、というわけではない。
もはや不定形こそが常態、バーバ一族っぽく義足から傘に変形したウルトラ獣カサロン、ではなくロンギヌスであった。その証拠に片足がなくなっている。もはや妖神某。
 
いかんせん、完璧にカメラの類を斬撃させてあったのでそのあたりを中継してくれる者が誰もいなかった。
 
りゃくに・・・・りゃくに・・・・
 
 
(・・・・・・ロン、ギヌス・・・)
 
 
りゃくに・・・・りゃくに・・・・
 
大使徒(VΛV)リエルも思念波を発したりはするが、いちいち驚いたりはしない。
 
(剣雨ヲ、春ニ・・・・・カ)
 
剣雨降らせた愛刀が砕けておらぬのは、対象の「受け」技の冴えのゆえだと理解しても。
槍と剣のことなれば。ロンギヌスが対峙したならば、剣雨を凌ぐこともそうむつかしいことでもないが、受けきって対の刀を砕かぬ、というのは、なまなかのことではない。
刃紋に一切の穢れ曇りなし。毒をもって刃を腐らせたわけでもなく。
 
 
りゃく・・・・・りゃくに・・・・・
 
(ソノ、技・・・・・・・・)
 
りゃく・・・・・
 
 
こと剣技において大使徒(VΛV)リエルが人類に後れを取ることはない。そもそも感知力と振るえる「腕」の数が違うのだから、もはや勝負にならぬし何を思いつこうが統べて知識の中にある。剣雨の対抗技も当然、持ち合わせている。ただ、己がそれをやれば刀はこわれる。それが悩みのタネであった。
 
 
それを・・・・この紫の鎧を駆る人間はやってのけた。
 
・・・りゃく・・・・
 
技の源泉を嗅ぎ探れば、不思議な「流れ」がその内にある。液体生物には似つかわしくない、金属の糸を縒ったような・・・・不細工と言えば不細工で不自然と言えば不自然なのだが・・・・・興味を、覚えた。
 
さきほどから「りゃく」とか「りゃくに」とかひとりでぶつくさ呟いているが?。
 
人間は一人、己の意思ひとつでやっている。群体から切り離してみればこうなるのか?。
 
・・・・かなり薄れてレリエルの匂いもするが・・・・それも関連しているのか
 
 
だが、半秒経った。
 
 
それをゆっくり観察して解明する時間はない。部下使徒たちの誤解を解いてやるのが先。
 
 
傘をさしたままぴょんぴょん片足で向かってくる紫の鎧。殺気は、ない。
 
鎧の、奥だ。
 
その魂から消失したわけではなく、こちらに向けることはせず、腹の底で渦を巻かせている、といったところだ。迷っているわけではない。ただ、努力して突出させず渦を巻かせているのは分かる。それこそ歯軋りするような、努力だ。身を削る方がよほどたやすい。
 
 
接近する。ぴょんぴょんと、無様に距離を近くする。
 
 
ガチガチガチ、と金狼の牙剣が鳴った。殺意なきその接近に脅威と疑念を感じて。
 
 
そういえば、この一つ目玉・・・・・色は違うが・・・・・・
 
 
ぴょーんぴょーん
 
ガチガチガチガチッ
 
 
牙剣で足を斬ってやった・・・・・・・それでいて衰弱死も抹殺もなく復讐の獣にもならなかったのはロンギヌスが抑えていたか・・・・そして今、その封印が解けた。
断面で痕牙が蠢くのが分かる。
 
牙をもって牙剣を制する気か。無心の獣と化して、など・・・・・なかなか面白いが
 
 
ぴょーんぴょーん
ガチガチガチガチ!!
 
 
相手にすべきではなく、その一本足速度も演技ではない。全力であんなものだ。
こちらの四足が走れば追いつけまい。斬りかかりたくて仕方がない牙剣をなだめて
 
 
「・・・・・・・・!!」
 
しかし、牙剣も願った。さきほど濡れた同僚刀が願ったように。それよりもう少し、いやかなり荒々しく。そういえば、我慢させる回数が多かったかな、とは(VΛV)リエルも思わないでもなかった。ロンギヌスの助力を考慮すれば、これも切り損ねにはなるまいが。
復讐するすべてのモノたちの牙としての金狼の誇りがあるか。大使徒はそれも理解する。
 
 
両断しとくか
 
 
己の興味と愛刀の渇望・・・・・・・・天秤にかけて、ほぼ同じ重量であったが。
 
 
まあ、さくっと
 
 
さきほど、濡れ刀の願いを叶えたことでもあるし。足止めがなければ、こうなることもなかっただろうが・・・・・・抜刀する
 
 
 
ガンスッッッ
神話級にでかい金色の狼が顕現すると、ぴょんぴょん寄ってくる紫案山子に向かって疾駆する。今度は豪快丸かじりにする!!という野生気迫に充ち満ちたダッシュ音を伴って。
 
 
しかし・・・・・
 
 
エヴァ零号機(紫案山子状態)はここに及んでも、「大将首獲ったるでえ」といった殺気だの戦闘意思を表に出すことはなかった。さすがに対撃時機を逸しすぎているであろう。
 
 
かといって上げているのは赤い傘であり白い旗ではない。
 
この目の色とおんなじ、だ。
 
 
と、綾波レイ。最後の精神集中に入っている。いつぞや・・・・ずいぶん昔な気もするが、鉾を零鳳初凰でたたっ斬ろうとしたあの時と同様の深さにして、全く異なる境門を開く。
 
 
りゃくに・・・・・
 
 
気をりゃくに・・・・・いや、気を楽に・・・・・・意識的にしている段階で、楽になどなっていないし、噛みまくりだと言われようと。どうせ本部に聞こえるわけでもない。
 
精神状態のモニタリングなんぞされても分かりはすまいが・・・・・今までのこれまでの
 
 
自動使徒殲滅マシーンであることは、辞めた。
 
 
口外すればえらいことになるので、黙っておく。喧伝することでもない。
 
正確には、それ一択であることを、止める。その方がある意味、楽ではあるけれど。
それではこの先、やっていけまい。周りの者もたまったものではない。
 
 
そして、おそらく、自分も。
 
 
そう思ったのは、この吸刀術なる技の理念というか骨と皮ばかりの痩せ我慢というか、そういったものに接した・・・・・ムリヤリ接せられたというか・・・・そのためだ。
技自体はかんたんに吸収できたが、その理念の理解に時間が掛かった。ヒントも必要だった。
 
 
「なんとしても殺すわけにはいかぬ技」・・・・・・・・・こんなバカな話はなく、そもこんなものは武術ではない。圧倒的実力差で余裕をかましているわけではない、必敗が宿命づけられている冗談みたいな技術体系。単なる対剣術、異派剣術といった理解しかなかった自分が、あの出っ歯師匠と同じことができるはずもなかった。最後のタイミングで狂いが生じてくるのは必然。ロンギヌシュがなんとしても拒絶してきたのもそのせいで、パイロットでもチルドレンでもない居闇師匠の言うことを聞いたのはてめえの要望と一致していたせいだろう。元でズレていれば、先に進めば進むほど取り返しのつかぬ別物になる・・・・・とりあえず敵の攻撃を封殺して攻撃、といった、ただの対剣術に堕し。
 
 
それだけを目指す、殲滅超特急・・・・・・・それだけでは超えられない壁がある。
立ち塞がる山があればトンネルを掘ればいいじゃん、という意見も当然あるだろう。
 
 
しかし、自分は了見してしまった。気づかなかった自分にも戻れない。
 
適正に指図してくれる人間が居ないというのは、自分でやるしかない、というのは幸か不幸か・・・・楽は悪、というわけではない。師匠ももしかしたら、こんな歯軋りを続けていたから、あんなギャグ漫画の登場人物みたいな歯並びになってしまったのではないか・・・・・・・・そうなれば、自分は気をつけないと
 
 
「ざます」
 
ちょっと口癖もうつってしまった。しかし、技はうまくいった。
 
 
金色の牙剣は、赤傘からばっくんと食虫植物のよーにトランスフォームした「鞘」の中に。
 
 
吸刀術「十○十十十」・・・・・なぜか知らないが、これで「とまとじゅーす」と読むのだそうだ。実技最優先で知識面が今ひとつもふたつもみっつもであるが、杭、じゃない悔いはなし。とりあえず
 
 
略奪完了
 
「いただきました」
{いただきました}
 
 
切るのは見栄で十分なのだ。
 
 
・・・だが、ここからだ。ここから、交渉せねばならない。言語によらぬ交渉を。
 
 
すぐかえれ・かえすから
 
あえて言語化するなら、こんな感じである。あえて。
成立の見込みはほとんどない。苦手分野であるし。信義などあろうはずもない。
 
だが、やらねばならない。
 
 
今さらながら、恐ろしい帰り道。
かえりたいのかわからなくなってくるほど。
 
 
ここで、辿り着けませんでした、ではすまない、
まったく・どこにも・かえれない、という可能性はかなり高い。
 
 
正直、こわい
 
 
それなのに
 
{零号機の・綾波さんの・足の・呪いキズを・治さないと、こいつを・キズモノに・しちゃう☆ぞ}
 
なんと、ここでてめえの要求を上書き最優先、交渉の邪魔をする鞘ロン。
 
しかも、なんでここで強気になれるのか・・・・・いくらなんでも三下すぎる・・・・
いや、三下だからか・・・・サードであるよりタチ悪く、三の下は四であり。
 
 
シに通ず。
 
 
やばい。