初顔合わせとしては、これ以上考えられないほど、最悪のタイミングだった。
 
 
参号機パイロットの一人、強引指名促成栽培半人前のハーフチルドレン、洞木ヒカリと
八号機専属パイロット、渚カヲルを地獄の業火でこんがりいい感じに焼いたようなフィフスチルドレン、火織ナギサ・・・・この二人が出会うのは
 
 
鈴原ナツミを相田ケンスケらと見舞った帰り、異様に長い影法師を伸ばして道の向こうに立っている銀髪の少年を遠目に見た洞木ヒカリ。気付かずそのまま通り過ぎてしまえば良かったのに。
 
 
気付いてしまった。その立ち姿、横顔の面影が、あまりに似ていたから。
 
 
白昼の雷に打たれたように。自分たちと同じ時を過ごして、高い高い、自分たちでは届かぬ場所へ行った彼。それを連れ戻そうとして、自分たちの元へは戻らなかった彼。
あの時、行かさずに引き留めておけば。同行させて戻りはしたけれどその直後、顔も見ることなく自分たちのもとを去ってしまった彼女。
 
 
他人の空似であることは分かっていた。あのような少年がこの世のほかにいるとは思えない。・・・・・ただ、それほど特別であるからこそ、この世に一人、の寂しい席を埋めるべく誰か似ている誰かが天から送られ、そこに座ったとしても、おかしくはない。
 
 
駆け出していた。車もおらぬのに、と同級生が苦笑するほどに守っていた赤信号すら無視して車道を越えて。真面目な学級委員長のあまりに意外なその唐突に、「えっ!?おい!!委員長!!」「洞木さん?」同行していた相田ケンスケらはあっけにとられて追跡が遅れた。線路ではないので遮断機はないが、舌打ちするほどのタイミングの車の流れが同じルートを選ばせなかった。「おいおい、どーしたってんだよヒカリは。あ、もしかして修行の山から降りてきたトージか?いきなりのラブラブスクランブルかあ!?」「・・いや違う。鈴原がいたとしても・・・あの反応は妙だ。・・・ミカエル、急げ」「ラジャ!いくぜ」ガードレールを越えられぬ犬飼イヌガミの車椅子をダッシュ発進させるミカエル山田。「オレたちも」「はい!」いちおう目で行方を追いつつ車の切れるタイミングで車道つっきるルートをとる相田ケンスケ、山岸マユミ。
 
 
ちなみに、鈴原トウジとともに参号機パイロットに選ばれたことを、彼ら四人には話してしまっていた洞木ヒカリである。滝に打たれる修行中(だと洞木ヒカリは聞かされている)な鈴原トウジには無許可であるが、もう話してしまった。連絡もつかないし邪魔もしたくなかった。「この壁を越えられるかどうか・・・・今が、彼がこの先も、生き残れるかどうかの瀬戸際だから」などと綾波レイに脅されればなおさら。そんな大事そうな特訓を自分は受けてなくていいのか?、とも思ったが、同時に、そんな生き死にを分けるようなことなら鈴原に先にしてもらった方がいい、とも考える洞木ヒカリであった。
亭主不在であるから、思い切り主導権を握っている、ともいえる。
 
 
ハーフとはいえ歴とした参号機パイロットである洞木ヒカリに隠密護衛がついていないわけではなかったが、普段の生活、生活をいっさい投げたような唐突な行動に一時、混線が起きた。洞木ヒカリが向かった先に、ふらふらと行動を読ませない火織ナギサが現れていたことも連携などとれていない諜報部員たちの衝突を招いた。
 
 
避けようとすれば避けられないことも、ない・・・・周囲にはそれだけの力のある人間が何人かいた。誰もそのようなことは望まぬはずの、事態を招く。
だが、ぽっかりとあいたエアポケットのような、最悪のタイミングで、ふたりきりで出会ってまった。
 
 
火織ナギサがつまみ上げた白い子猫を・・・手の内にナイフでも隠し持っているのか・・・・前足を、ぽとり、と切り落とすところを。何の声もあがらないところをみるともう死んでいたのか・・・・・
 
 
そんなことを考え、小さな白い前足が、地に落ちるところを、洞木ヒカリが、見た。
 
 
そして、確かに、見た。
 
 
名はまだ知らないが、肌の色こそ異なるが、姿形は忘れることもない、彼と同じ顔が
 
 
口元に、銀色の三日月のような、笑みを浮かべたことを。
 
 
それを塞ごうと思った。すぐにすぐに今すぐに、相手に何の弁解の暇も与えぬうちに
自分たちの内に宿る彼の面影が真逆に反転しきらぬうちに。義憤と個人的な怒りや苛立ちがないまぜになって、普段とてもやらぬであろう行動に洞木ヒカリは踏み切った。
 
 
びん!!
 
 
スナップの利いた平手の一撃は、頬と言うより口を狙って。相手の鼻から蒼い血が流れた。
 
蒼い血・・・・・?この彼はやはりニセ者かなにかなのか・・・・・驚きよりもそんな安心が先にきた。が、直後に相手の目から放たれた赤色の相互確証破壊光線に瞳を射抜かれて洞木ヒカリは昏倒した。倒れるままに重力にまかしてかなり強く頭を打つことになった。キノコ雲の夢に覆い尽くされたかのようにそこからピクリとも動かない洞木ヒカリ。
 
 
 
「死んだのかな・・・・・・・・・この目は、”目加減”が難しいな・・・・」
 
 
倒れた身体に触れることもせず、無表情に見下ろす火織ナギサ。
ぽい、と子猫の死体をそこらに放り捨てる。
 
 
「人間ならば話し合い、言葉を使えばいいのに・・・・・・野蛮だね」
鼻血を取り出したハンカチで拭いて
 
 
「でも・・・どこかで、見たことがあったかな・・・・・・ああ・・・参号機の・・・”材料肉”か・・・・ふむ・・・乗り手がいなくなれば、すぐに引き渡す気になるかな・・・」
 
 
そう言って一体、彼が洞木ヒカリに「何を」しようとしたのか・・・・、業界関係者全員の背筋を凍てつかせた、超あぶないタイミングで。
 
 
「委員長!!」
 
 
一声入って、次の行動をキャンセルさせられた。
 
 
吼えることなどまずないと思われていた相田ケンスケの怒声、だが本人も一瞬驚くほど凶暴に響いたそれも、「・・・・・お前は・・・・・・渚・・・・・?」洞木ヒカリがいきなり倒れているなどと予想もしていなかった事態とそれを助けもせずに静かに見下ろすだけの・・・おそらく直接関わったに違いない現行犯人の、想像を越える懐かしい顔に対する疑念がテンションを維持させなかった。自分の行動もキャンセルしてしまい次のターン。
 
 
「目撃者か・・・・・あまり、望ましくないね・・・・」
 
 
火織ナギサがゆっくりと、弓使いが新たな的を見つけて矢を番えるように、その視線を闖入者たちに向けた。そこには共に過ごした気配など欠片もない。やはり、別人なのか、委員長はこの姿を遠目に見て、駆け出したのか・・・・それにしても、渚のような奴がこの世にもう一人いるなんて・・・・変に観察眼や分析力があるだけに、目の前にある危機に対応するのが遅れる相田ケンスケ。今は、頭ではなく身体を動かしてその場から離れるべき時だった。
 
 
洞木ヒカリの時とは違う、先制一方殲滅光線が赤い瞳から放たれた!。
エヴァのパイロットでさえない紛う事なき一般人の相田ケンスケにそれを防ぐこともかわすこともできるはずもない。昏倒者第二号、となるはずだった。だが、それを救ったのが
 
 
ばん!!
 
 
今度は、火織ナギサの額に命中した、山岸マユミの左ブックだった。
 
 
ちなみに、左フック、ではなくブック、である。つまり本。しかも軽い文庫本ではなくハードカバー。本を愛する山岸マユミらしくもなく、それ以上に愛している(のか?)こっちは女のカンで早々に相手が危険だと悟っているのに、のんびり驚いていたりする相田ケンスケを救うべく、反射的に攻撃してしまった。しかも自分に可能な最大戦力で。
 
 
洞木ヒカリにつづいて山岸マユミの攻撃もよけられずに、あっさり受けてしまうあたり
 
 
「・・・・なんて野蛮なんだ」
 
 
エヴァに乗っても回避はせずに、防御はATフィールドに任せきり、といった戦い方をするのであろう。
 
 
「渚君は、そんなヤマンバじゃありませんでした・・・・・・・あなたは、別人です!」
 
 
年中夏であるからすでに死語になっているかつて若い女性に流行った風習を用いて否定にかかる山岸マユミ。「・・・・はあ」相手の本質よりもまず顔のことを言い出した彼女に、それこそ別人格を見る気持ちの相田ケンスケ。ただ、彼女の怒りと本気は伝わる。
 
 
「渚だのヤマンバだのと奇妙なことを・・・・・・名前になんの意味があるんだい。本で撃たれるほどの罪が僕の名前には込められているのかい」
 
 
「洞木さんをどうしたんですか!何をしたんですか!」
 
 
かつての知り合いと同じ顔をしてなお、いや増して相手の不気味さは桁違いであり、なけなしの勇気もすでに底を尽き、それでも己を鼓舞するために声を振り絞って弾劾する山岸マユミ。自分たちが来てもぴくりとも動かない彼女。尋常な様子ではない。明らかに人の手による死に方の子猫といい。それらを己のすぐ傍に配して動じない、なんの情動も示さずに立っている、渚カヲルと同じ顔をした少年。これから歌でも歌うように唇を窄めて
 
 
「・・・こうしてみたんだ。LOOP・・・・・・心をひねる、と」
 
 
こてん、こてん、とまだ蒼い木の実でももぐように。第二、第三の昏倒者が出来上がる。抵抗などできはしない。ただその赤い瞳で見られただけで。相田ケンスケと山岸マユミも
 
 
 

 
 
「・・・・・意識が、戻らない、・・・・・・」
 
 
忍者服も脱ぎお面を剥ぎ取り、虚ろな目のままに制服に着替えた洞木コダマは諜報三課課長からの埋め込み通信を高速で夜の車道を突っ走っていくバイク伽藍号を駆りながら受けた。後部からしがみついているのは鈴原トウジ。ヘルメットなどないが、とてもパトカーなどが追いきれる速度ではない。特訓は中止になった。それどころではなくなった。実際のところ、邪魔なので洞木コダマは滝場に鈴原トウジを置いてくるつもりであったのだが事情を聞くなり己も戻るといってきかない。2,3発、あまり手加減しない奴を喰らわしたが、必死に武者ぶりついてくるので膝蹴りで喉を潰しそうになったがよく考えてみればこういうことになれば参号機に乗るのは特訓が終わってなかろうと否が応でも必然的に彼のみ、ということになる。・・・己の未熟を恥じるべきだが、このやり取りで自分の正体がばれてしまった。確かに、あの叫びは肉親に匂いがしすぎた。修行が足らぬ・・・。
綾波レイからの連絡はないが、当人もそれどころでなかろうし、この状況では一端、本部に戻るしかない、そう判断して乗せた。
 
特訓の意味など、指導する方もこなす方も、全く理解せぬままに、終わりを迎えた。
 
まあ、物事なんてそんなものだ、と。ハードボイルドに切り捨てるには、この事態は
二輪の二人には痛すぎた。
 
 
使徒が来襲してきた、というのならまだ理解でき、この道行きももう少し胸が熱くなるものになっただろう。それが
 
 
街中で猫を殺している少年に出くわした洞木ヒカリが、彼に平手打ちを食らわせたあと、急に意識を失って倒れたのだと。また、それに続いてやって来た相田ケンスケと山岸マユミの二人も、・・・・山岸マユミが昏倒している洞木ヒカリの姿に激高したのか、少年に持っていた本を投げつけて・・・・・・その後、急に意識を失って倒れた、と。少年に対して特に手出しはしなかった相田ケンスケも仲良く、というか同じく。
 
 
少し遅れてそこに駆けつけた車椅子の少女とそれを押していた少年とが睨み合いのようになったが・・・・この二人は急に意識を失って倒れるようなことはなく、猫殺しの少年がその場を去ったので、昏倒している三人を介抱し、意識が戻らぬことを知ると救急車の手配をしたのだという・・・・到着した救急車にはネルフの関係者が乗り込んでいた・・・
 
 
迅速な応急処理を施されてすぐさまネルフ本部に搬送され、赤木博士の立ち会いのもと、検査入院ということになったが・・・・・・
 
 
参号機パイロット、洞木ヒカリと
 
 
第三中学校生徒、相田ケンスケ、山岸マユミの三名は・・・・・・・・倒れる際にそれなりに身体を打ったりしていたが、いずれもたいしたことはない・・・・と診断されたにも関わらず
 
 
意識が、戻らない。その心を抜き取られて、生き人形のように、ぴくりとも
 
 
まさに失態などというレベルの話ではないが・・・・・洞木コダマも鈴原トウジもそんなことはどうでも良かった。肝心なのは・・・・直接、その少年に手を下されたわけでもなく、相田ケンスケや山岸マユミも同様の症状であり、急な体調不良や持病の発動、ということでもない・・・・監視していた弧一や他の護衛者たちの話を総合しても、少年はとりたてて何もせず、せいぜい、攻撃されたので睨みつけるくらいのことはしただろうが、反撃らしいことは何も・・・・・・隠し麻酔銃などを使えばそこはプロであるから見当はつく、なんのアクションも起こさずに、ただ這い歩く蟻でも見るような目で、助け起こすこともせずに、己とはまるで関係ない、別世界の出来事であるような立ち姿でいたまま。
 
 
その異常事態を、見下ろしていた、という。
 
 
八号機パイロット、フィフス・チルドレン、火織ナギサ
 
 
同じエヴァパイロット、チルドレンが出会った直後に起きた「事件」・・・・・・
 
 
不幸な偶然というには・・・・・・
 
 
誰がどう考えても怪しさ満点であり、せめて事情を聞くべく本部に召還するべきなのだが業界政治の煙幕が何十にも張られており今のところ、司令以外の何者にも手が出せない。当然、蠅司令は我関せずであり。追跡した弧一によると平然としてあれからもう一匹の猫を殺してから芦ノ湖へ戻ったようだ。このままそちらへ向かってやろうか・・・何回かウインカーを迷う時もあったが、諜報三課課長代理洞木コダマは鈴原トウジを連れてネルフ本部に戻ってきた。とてもじゃないが、この目で妹の様態を見ないと家族への説明も上手くやれそうにない・・・・おそらく課長がやってくれているだろうが。
 
 
 
さあ、本部のゲートを通ろうか、というところで
 
 
 
「どうしたの」
 
 
他人の感情など微塵も忖度しない精神だけが響かせる、冷たい声が。
 
 
「なぜ、ここにいるの」
 
 
冷水を浴びせる、というよりはまっすぐに天から降って人を串刺す氷の雨。
おまけに、このタイミングは確実にここで待ちかまえていたのだと分かる。
ここから自分たちを入らせず、あの意味不明な滝切りの特訓現場に追い返すために。
 
 
鋭い、その赤い瞳は。人間離れして、人の心を突き刺す。
 
 
こんなところにいるべきではない、そもそもオノレが招いたせいでパイロットなんぞになったいいんちょ、ヒカリがこんな目に遭っているのだからその傍にいるくらいのことをしても罰はあたるまい。それとも、今すぐ芦ノ湖にヤキ入れにいけ、とけしかけているのか。
 
 
「そんなことよりも、どないなっとんじゃ!なんやいいんちょだけやのうてケンスケたちまで気絶させられとるらしいやんけ・・・・・・なんでそないな奴をほっとくんじゃ!!」
 
 
だいたいの事情は洞木コダマから聞いてはいるが、肝心要の、その最重要容疑者がフィフスチルドレンであり、同じエヴァのパイロットであり、渚カヲルにそっくりな2P(プレイヤー)ともいうべき火織ナギサであることはまだ知らない鈴原トウジであった。
イメージとして、都会の闇に暗躍する怪人が手下に使うブラック少年探偵団のような奴を想像している。・・・猫を殺す少年・・・・その輪郭が自分のよく知っていたものであったら・・・鈴原トウジの混乱は容易に予想できる。
 
 
「先に手を出したのは洞木さんたち・・・・・・相手は、人をころしていたわけじゃ、ない」
 
 
返答は冷厳極まりなく。それ以上に罪であるのはノコノコ途中で帰ってきた貴様のヘタレ具合である、と告発でもするような眼差しに「なんやと・・・・・・」口中全ての歯をギリギリと噛み締める鈴原トウジ。
 
 
「ともかく、容態だけ確認させてもらう・・・・・・ん・・・」
 
 
問答など時間の無駄で伽藍号の疾走が稼いだ時間が惜しい。もう少し相手を刺激しないソフトな言い方があるだろうとは思うが呆れる時間ももったいない。科学者や医者が診ても分からずとも自分が見ればなにか分かることもあるかもしれない。稚拙な言い訳で己を封じつつ洞木コダマはこれ以上相手にせず通り抜けることにした。が、数歩で足が止まる。
 
 
間合いに入るところだった。気配を隠して綾波レイの背後に控えていた・・・・
 
 
赤い瞳の者たち。槍使いの若い女の他に見慣れぬ者が三人。両手に斧を持った若い男、全身に鍵をぶら下げた警備服の娘、床までつく丸太のような巨大な腕を持つ、時折煙を発する工場のミニチュアを頭にかぶった大男・・・・・・綾波ツムリ、槍使いだけでもまともに相手にするのは分が悪いというのに、斧使いや大男は彼女に勝るとも劣らぬ強烈な気を放っている。それに打ち据えられた鈴原トウジなど冷や汗を噴き出している。
風貌はそれぞれ異なる三人、いやさ四人の赤い目の者たちに共通するのは、綾波レイに対する強い忠誠心。年齢のせいもあろうが、適度に距離をおいていたあの銀橋とチンピラたちとはその点でひと味違う。一声、主として彼女が命じれば、一般常識など目にも入れずに踏みつぶして、最大戦速でそのとおりにやるだろう。
 
 
第三新東京市の状況がかなりやばいことと、孫娘が帰ってくるつもりがないことを銀橋たちの報告から知った綾波党党首・ナダが寄こした純粋の腕利きたちである。基本的に逃亡補助目的であった一番派遣の者たちとは戦闘力もやる気も目的能力も違う。
 
 
両手に斧が綾波虎兵太、鍵警備服が綾波鍵奈、頭工場の大男が綾波工鉄、
 
 
名前が漢字であるから名刺でも交換しないと正確な名前も分からないのだが、もちろん、そんな空気ではないことを肌で理解している真っ最中の特務機関ネルフ・諜報三課課長代理・洞木コダマである。
 
 
「だめ」
 
 
そして、彼らの主が自分たちの行動を禁止してきた。ここまで何しに来たのか、目的は分かっているだろうに。
 
 
「戻りなさい。・・・・・・出来るまで、参号機には乗れないのだから。あなたたちがここにいる意味はない」
 
 
綾波レイは事態を正確に把握している。その上で、ここで引き返せ、と。洞木コダマ、相田ケンスケ、山岸マユミ、友人たちの顔を見ることも禁止した。意味がない、と。
わざわざ子分を引き連れて、こんなところで自分たちを諭そうというのだから・・・・
妹たちはそう簡単に目覚める状態ではない、ということか。彼女はそう判断した。
チルドレンが巨大人形を動かすのみならず、妖術まで使うとは知らなかった。
 
 
眠り姫の呪いを解くには王子様のキスが必要なんですよ、くらいのイヤミを言ってやりたかったが我慢する。マイクロマシンや薬物が混入すればいくらなんでも本部の医療班が発見するだろう。そういった情報はなく、原因不明のお札を貼り付けたままベッドの傍を右往左往している現状のようで・・・・・だから、いてもたってもいられなかった。
どうせ素知らぬふりをするのだろうが、フィフスチルドレンの首根っこ捕まえて妹たちに何さらしたか吐かせてやりに行こうか・・・・どうせ他の課の護衛がゴチャゴチャと囲んでいるのだろうが・・・・・
 
 
「・・・・参号機には、誰が乗るのですか。今、使徒の来襲があった、と仮定して、ですが」
 
 
効かぬ反撃であろうとは思ったが、一応事務的に言うてみる洞木コダマ。これは緊急時の正当な判断ですよ、と。まさか怒りを感じていないとでも思っているのか。
 
 
 
「・・・今は、誰も動かせない。・・・鈴原君、あなたも。使徒が現れても、洞木さんが目覚めないのなら、そのまま・・・・・・私が、零号機で倒します」
 
 
そこにあるのは絶対の意思。話し合い、変更の余地などない。覚悟なしに聞けば心折られるしかない。だが、曲げられ撓められて心折れるよりも早く、鈴原トウジは駆け出していた。
 
 
 
「そないなこと、関係あるかい!!ワイはっっ・・・」
 
 
ワケもわからずぶっ倒れて意識がない、という委員長洞木ヒカリの顔を見ねばならなかった。相田ケンスケ、山岸マユミの顔をこの目で見なければならなかった。そう思った。
理不尽であると。その理不尽は正されねばならないし、そのためにはまずこの目でその源を見なければならない。心が、そう言っている。今、ここでその姿を見ておかねば、そのまま「消えてしまう」かもしれないぞ、と。どこか「遠くへ」いってしまうかもしれないぞ、と。恐れがあった。ここで、繋ぎ止めておかねば、ふらふらと自分の周囲は変転してしまうかもしれない。
 
 
だが、滝も切れないのに、綾波者の四天結界を越えることができるはずもなく。
 
 
 
ぽい
 
 
図体の割りにはとんでもなく素早い綾波工鉄に襟首を捕まれて投げ飛ばされた。
しかも、自分が受け止めることを想定して。くそ、この目で伝説の古技、大雪山おろしを見ることになろうとは・・・
 
 
ギュルルルルルルルルルルッッ!!
 
 
その衝撃を引き受けるため、洞木コダマは今夜一晩の戦闘力低下を余儀なくされた。それは「勝手に動くなよ」という警告のようでもあり。
 
 
「かは・・・・・・っ」
 
 
ハードボイルドであるから顔には出さないが、つくづく頭に来る。受け止めた痺れでしばらくは動けない洞木コダマ。端から見ると、両者ダブルノックダウンのようである。身体の構造自体は普通の人間であるから、こんな衝撃、たまったものではない。というか、自分が受け止め損ねたら、鈴原トウジがどうなったか考えて投げたのか?、あの工場頭は。
 
 
「ちょっと、失礼しますね」
とててて、と警備鍵服の娘が近寄り、名人スリ顔負けの手練で鈴原トウジと洞木コダマの服からネルフ印のカードキーを取り出した。「”機能施錠”・・・これで、よしっと」指先で触れて何か呟くと、ふたりに返却する。「・・・あの、レイ様のご指示なので・・・恨まないでくださいね。レイ様のお許しがでるまで、このカードは使えなくなります」
 
 
なんじゃそりゃあ!ちょっと待てやあ!!鈴原トウジはともかく、他に仕事もせにゃならん諜報三課課長代理の私はかなり困るぞなもし!!・・・・言うてやりたかったが、声帯も痺れて声が出ない。
 
 
「フィフスとは、わたしが話をします・・・・・・・・・だから、心配しないで」
 
 
またしても赤目にしてやられた・・・いいかげんにしやがれ、てめえら許さねえ!、今日という今日はさすがに反逆して敵方にまわってやろうかと思うのだが、鈴原トウジもすでに普通に意識がないが、どうも、やることだけはやってくれるらしい・・・。しかし、この強引な手法はどうにかならんのか・・・誰の影響?・・・・・こんな、ちろちろとか細く、無理矢理に絞り出した本音を、ちょこんと付け加えられたら、怒れなくなるではないか・・・・・・恨みを刻む石版は常に巨大で、恨みを流す水はいつもかぼそいものだが、それよりもさらにかぼそい温い血の水。
 
 
そのまま、綾波レイとお付きの者たちは自分たちを通り過ぎて、本部の外へ。
・・・・どうも、これから出かけるところだったらしい。おそらく、芦ノ湖へ。
待ち構えていたのではなかったのか・・・・・・そうだとしたらただの痛み損だが
 
 
一応、臨時の弟子のような形であり、大事な身体である鈴原トウジにダメージが残らぬように受け止めたので・・・・・半端な痛さではない。このまま大泣きできたらいいなあ、と思うくらいに。
 
 
だが、その程度の行動読み、スケジュール調整が出来ない者に、いかにも厄介者そうなフィフスチルドレンを説得出来るはずもない。となると、この痛みも安心、当然の流れで得たものか・・・・・そう思えば、少しは耐えることも・・・・・・「いたた・・・」・・・
 
 
すいません、ハードボイルドなのに、痛がってしまいました。お姉さんはつらいよ。
他に人が来る前に、(特に諜報三課の者など)よたよたと鈴原トウジを背負って本部から出て行く洞木コダマ。説明もできそうにないこの面倒、厄介を一人で呑んでしまわねばならない。けれど、さすがに滝場に戻る体力もなし・・・・お姉さんはつらい。だが、「なんでこんな目に・・・」とは決して言わなかった。不平不満をグジュグジュぬかすのは半熟であるから。それがただの見栄っぱりなのかどうか・・・・その背中が教えてくれる。