karakarakarakara//・・・・・
 
 
風もないのに回り続ける風車のように
 
 
ホ・バエルは嘲笑し続けている。
 
 
天が裂けようと海が割れようが人が階梯を昇ろうが何が起ころうと嘲笑するという性格は欧州寺院の庇の上あたりで背中を丸めているのが似合っているのだろうけれど、
 
 
使徒である以上、その使命を果たさねばならない。
 
 
その点、悪魔やお化けであれば、もっと朝からぐーぐーぐー、と出来たのだが。
 
 
状況を、戦況を、見ながら、嘲笑しなければならない。
 
 
祭儀に関わる視認禁止令によるブラックアウトは既に解除されている。
 
 
ハッピーバードが襲撃されたからだ。紅の狩獣めいた・・・・それでいて壊し屋だという矛盾した存在に、間抜けなことに後ろからガップリとやられた。
 
 
狩るのか壊すのか、どちらかにすればよかろうと思わぬでもなかったが、それは当事者にもコントロール出来ていない問題であったようだ。
 
 
まあ、それはそうだろうな・・・・・・・kakarakarakara//・・・また嘲笑する。
 
 
そんなことができるわけがない。天の壊し屋、ゼルエルをコントロールすることなど。
 
 
あの赤い獣鎧人の中に、ゼルエルが宿っている。なんとも微妙な共生具合で。
ここにやってくる運搬役にした、というのであれば、先の奇襲攻撃はないだろう。
 
 
どういう経緯なのか知らないが、ジブエリのご老体はこのことも織り込んでいたのか・・・・なんか現在は内蔵していた使徒数体が突如消えた、神隠しに遭った!!アリエナイッティ!!ココにいないまさかより、とかショックを受けているのでそのあたり聞けたものではないのだが・・・・その出現はある意味、好都合ではあるのだが・・・・・
 
 
壊し屋との協力・・・・・・・・・・関係の構築
 
 
人ごときにできるわけもない。野生を復古することは出来ても、そんなことは。
 
 
に、しても・・・・・・・・・
 
 
MOTTAINAIことではあった。
 
 
ハッピーバード、<ハ>ミズノミドリエルとかセンスの欠片もない改名なんぞしたあのお気楽鳥を倒す、唯一のタイミングであり攻撃であっただろうに。
 
感心する、とか他者を誉める、とかいうことが機能的に出来ないホ・バエルにして
 
 
その強さは、嘲笑出来ない。
 
 
噛み裂かれた部分は、コアではなく、ただのダミー。<ハ>化されていない以前のやつならばそれで終わっていたのだろうが・・・・・今やその力はケタが違う。
 
 
天使ではないものを、一時的に、それと似たようなもの、とぶもの、飛翔する者に変化させるほどの、限定的な奇跡を、起こせるほどだった。堕天ならぬアゲ天とでも呼称すればいいのか・・・・
 
 
あの蒼い蒼い青空に
 
 
羽ばたいたらもう戻らないといって 目指さしたのはあの蒼い青い空
 
 
つけてやったのは、爆発力という名の見えない翼
 
 
悲しみはまだ覚えられなかったり、切なさを掴み始めたり、眩しい手を握ろうとしたり、
とかいうのはどうでもよかろう
 
 
要するにやっていることは、相手を盛大に「蹴り飛ばした」
ということなのだが。
 
 
単純なモノが結局は一番強く、強いものには小細工の技は必要なし。それが真理。
 
それが、一番強烈で、強い。領域が完全に異なるホ・バエル、この己であるからそれが分かる。別に憧憬を覚えたりはせんが。それすらも、やはり嘲笑するのだが。
 
 
karakarakarakara//・・・・・
 
 
飛翔する前にそのキック力に爆散してしまわなかったのは、さすがのゼルエルのフィールドの分厚さのおかげだろうが・・・・それにしても飛んだものだ。ハッピーの奴が狙ったのか、長距離砲撃めいたそれは、都市部中心にいるあの青銅色の魔人に、強制ムーンサルトプレスをかますような射角すら決めていた。
 
 
それにしても、よく飛んだものだが・・・・・・我が子同然のしもべ使徒たちが誘拐されて混乱が続いていなければジブエリの御大もこれは誉めるしかなかっただろう・・・・・こうなると何しに来たのか分からんな、と。
 
 
狙われた青銅色の魔人・・・・・
 
 
竜の機体を退けた後、斬りとばされた右腕を拾ってきて、くっつけている。
 
 
これは虚ろの鎧とは呼び難く、人間の性だ。機能固定された兵器ではなく、流動しつかみ所のない、黒とも白とも言い難い観測不能の渾沌が詰まって人の形を成したような・・・
 
 
これが、
 
 
ヒジョウニジャマダッタ
”非常に邪魔だった”。
ジャマダジャマダジャダマ
 
 
分かってやっているのか、それすらも。あの位置にあの魔人がいなければ、このホ・バエルの仕事は「もう終わっている」。
 
 
魔人は、天からの同族を認めるか、否か。応諾もなく空に吹き飛ばされた獣が、死にもせず着地など出来るわけもない。地にいる者がなんらかのフォローをせねば・・・・連動がとれているわけもないゼルエルのフィールドも今は消えている・・・・むしろ墜落による鎧の破潰は壊し屋が自由を得る機会なのかもしれない・・・・
 
 
とはいえ、あんな速度であの質量で飛翔する物体など、まともに受け止めようとしたら、タダではすまない。この世の愛と正義を一身に体現する存在であろうともキツイものがあるだろう。それはまさしく自己犠牲を表現する者だ。普通は、避けるだろう。人の普通は。
 
 
すい、すい
 
 
右腕をくっつけることに神経を集中していたせいか、足を止めていた青銅魔人が歩き始めた。偶然の一致ではない。明らかに、避けたのだ。同族が蹴り飛ばされてくることを感知しながら。受けとめようともせず、躊躇なく、見捨てた動きだった。
 
 
これは・・・・・・
 
 
嘲笑できない。
 
 
この浅ましさ、魔人になろうが、隠しようもないこの浅ましさこそ、嘲笑すべきだったが。
 
 
その前に
 
 
ニタァ
 
 
魔人の方が、先に笑っていたからだ。ホ・バエルにして、気色悪い、としかいいようのない笑い方だった。しかも、こちらに向けて。その笑い顔を、だんだんと近づけてくる。
一歩、一歩。むろん、距離としては大したことはない。だが。
歩いている。右腕をくっつけながら。すい、すい、と。移動を始めている。こちらに。
 
 
同じく隣で笑おうと、といわんばかりの。この、接近に。
 
檻の身が震えた。
 
 

 
 
 
とんで♪
とんで♪
とんで♪
 
 
まわって♪まわって♪まわって〜ぇ♪
 
 
現在飛行中のエヴァ弐号機、エントリープラグ内の真希波・マリ・イラストリアスが歌っていた。いわゆる懐メロであるが、最後まで歌いきる時間はない。正確には他力飛行ともいうべきで。くだけた言い方をするならば、「ぶっ飛ばされているだけ」なのだから。
 
 
目標地点は、「第三新東京市の”X”合流地点」・・・・・・
 
 
やることは使徒を倒すことではなく、この機体を運んで控えているパイロットに引き継ぐこと。
 
 
「・・・・・なんだけど、まー、ヒドイことになってんねー」
 
命令を受けた時点より状況に多少の変化があるのは、まあ、しょうがないにしても。
にしても、だ。ひどい。ひどすぎる。情報を収集しながら駆けてきたわけだけど、近づくにつれ、ガラガラと人類の砦が崩れるわ崩れるわ。内部も外も。無敵の防人たる所属エヴァたちが次々逃げていっているわ、しかも仲間内で争っているわ、もはや。
 
 
弐号機一体持っていったところで、どうにもならんだろ・・・・・・
 
 
それでも命令の変更も特にないのは、いいことなのか、わるいことなのか。
判断のつけにくいところだ。「まー、ヒトのこと言えないかも、だけどさ」
 
 
”そろそろ着地の準備をした方がいいゼット”
 
エントリープラグ内にサポート用の機械音声の類でも通信連絡でもない、明らかに異質な声が響いた。その語尾なども含めて。
 
 
「君がそんなキャラだったなんて、少し意外だったねえ・・・・・」
 
その声に慌てる様子もない真希波・マリ・イラストリアス。<ハ>・ミズノミドリエル襲撃〜キック力をカタパルト利用〜からして打ち合わせをしているのだからいまさら驚く道理もないのだが。
 
 
”意外ゼット?・・・・フフフ、よく言われるゼット”
 
 
「魔神玉たる君が、こうもあっさり協力してくれるとも思わなかったし」
 
造っている感がありありではあるが、追求しないことにする。
まあ、実際、確かに、造ってはいるのだろうから。ここで雰囲気優先で理解不能の異世界言語を使われても困る。
 
”利害が一致したなら協力して敵に立ちむかうのは王道だゼット”
 
「君がいうかな・・・・・ま、いいか。そうでなかったら、こんなロケット近道できなかったしね・・・弐号機もおかげでノーダメ、使えないものを渡したって意味がないし」
 
 
結局、適当な場所も時間もなしでエントリープラグの奥に放り込むハメになったトランクの中からそのゼット語尾の声は響いてくる。通常科学を少々無視する方角から。
 
 
そのくらいことはやるから業界注目の魔神玉であるのだろ、と割り切れる真希波・マリ・イラストリアスの度胸と言えば度胸である。これが惣流アスカや綾波レイであったならまだ腹の探り合いを続けていたことだろう。機体、エヴァに関する考え方の違いというか。
 
 
現状のエヴァ弐号機は、通常のものに加えて、もう一台、ギリギリで規格が合わないこともないモンスターエンジンを積んでいるような状態にある。
さまざまな意味でありえないが、邪神か魔神か、なにかろくでもない存在のご加護かご厚意か、実現してしまった。モンスターエンジンのくせに、ありがちなわがままも言わず「こういった状態に慣れていた」、というのが大きい。得体の知れぬ小細工でこんなスーパームリを通してしまった。まあ、一時的なことだけど。・・・・・惣流アスカたちが知れば、卒倒悲鳴ものだろう。
 
 
しかしながら。
 
 
<ハ>ミズノミドリエルに喰らわした一撃にしても、真希波・マリ・イラストリアスであるから、マッチングがいまひとつ、程度に収まっている。馬に乗りながら巨大戦車を操作するような無茶を、並みのパイロットでは実現出来ない。
 
 
「逆噴射、点火っと。ここは改良されたところだからねー・・・・いきなしテストか・・・・・・これでシケってたらシャレになんないなあ・・・・よし、大丈夫」
 
しゃべりながらも、やることはやる。命がかかっているから当然と言えば当然だが。
裏モードだけではなく弐号機はいろいろと細かい改良もされていた。制式型であるからこそ業界の変化進歩に付き合うためアグラをかいているわけにはいかないのであった。
今回は、それが役に立った。
 
 
”ウイング展開!!!!とか、そういうのを期待していたゼット・・・・”
 
「ごめんねえ、期待に添えなくて」
 
・・・・さすがに、海獣モードはあっても空獣モードはない。翼をください、だ。いまんところ。将来に期待というところ。けど、ま、今は現在のことだ。
眼下の、世界のことを、考えよう。
 
 
 
これから、戦場に、降り立つ。
 
 
機体をお届けして、それで終了、というわけには、とてもいかないヒドイ状況の。
道理も常識もとっくにバトルロイヤルに敗れているグッチャングッチャンの修羅場。
 
 
ネルフ本部に連絡を入れるにも、向こうが判断して返答がくる前に、到着する。
降下地点をその前に判断しておかねばならない・・・・イヌガミが待っている近くに。
 
 
そして、参号機だ。カラーリングが自由自在らしいのは聞いたけど、これもヒドイ色だ。
 
そういった魂の色をした奴が乗っているのだろう。分かりやすい。そう考えられたら。
通信は不能。まあ、こっちも受ける気がないのでお互い様すぎるけど。
訓練も受けていない素人を乗せた、と思ったら、またこんな闇人材を・・・・。
 
 
こいつも敵か味方か・・・・・・そんなレベルですらない。こっちの邪魔するのか、しないのか、そのレベルでしか判断できない。このままジャコビニ流星キックでもかましてやったらさぞ気分がいいだろうが、・・・・・気分の善し悪しで仕事をしてはいけないね。
 
 
向こうにしてみても、いきなり飛んできた未確認飛行エヴァなど、抱きしめて再会を喜びたくもないだろう。あのカラーリングでそんなフレンドリーさはないだろうしなあ。
 
 
それから、このトランクの中の「魔神玉ゼット君」も、決して味方ではない。
 
 
こいつは単に「ここ」に、第三新東京市に、戻りたかっただけだ。てめえの足がないから、アッシーに使われた、という見方もできる。というか、むしろ、それだけの関係だ。
なんの容赦もなく、あの水飲み鳥使徒に、こっちよりも情け容赦なく、襲いかかったあの殺意様ぶりは信用できるが。
 
 
零号機と、八号機の不在。こいつらもこの大事に戻ってくるのか来ないのか。はっきりしてもらいたいところだ。地元住民はブチ切れているだろうなあ。
 
 
何より、三方に陣する使徒。こういった天使めいたものに四方を塞がれたりすると非常にまずいものがあるのではないか・・・・魔術なんかだとモロに。鳥籠みたいな使徒、雲をつくようにでかい妖怪城めいた使徒、それから先ほど利用させてもらった水飲み鳥使徒。
 
 
まだ一体も倒されていない。内輪もめだけで対戦すらしていないのだから当然だが。
 
接触データの取れている水飲み鳥使徒・・・・・んー、もうミズノミドリエルとかでいいんじゃない?いいでしょ?
 
 
”いや、あれは、<ハ>ミズノミドリエルだゼット”
 
「ほとんど同じじゃん・・・・・なんなの?<ハ>って?グーなトシちゃん?・・・・あー、そんな余計なこと会話している場合じゃなかったよ。いいから!、スルーでいいから」
 
 
リンクというかシンクロというか、考えがダイレクトに伝わるのは便利でもあるが、時間取りでもある。特にこんな場合は。とにかく、その、<ハ>ミズノミドリエルはけっこー強い。魔神玉のパワーを見損ねて、「こりゃ殺っちまったかな・・・」と思ったら、即反撃であのパワーだし。あの水飲み鳥が面子の中で最強なのだとしても、厄介だし、最弱だとしたら言うまでもない。
 
 
あー、さて、どこらへんに降下するべきかねえ・・・・・・・・
そんなに自由に調整が利くわけでもないけど・・・・・・・
 
 
以上のことを超高速で考えている真希波・マリ・イラストリアスであった。
 
実際、ネルフ本部視点などハタからみている分には、蹴られてぶっ飛ばされてから、
 
どかん!!、びゅーーーん、と、口で発音するくらいの時間しか経過していない。
 
 
一試合が半年も続くようなスポーツ漫画のような特殊なタイムフィールドに包まれていた上でのやりとりなのだ。あくまで。
 
 

 
 
 
うきゅう、
 
と霧島マナは内心でうめいた。
 
 
あえて、なんとか、我慢して口には出さなかった。
 
 
天啓というのは、たいてい降りたというか落ちた当人にのみ分かるものであり、それを他人に語ったところで理解されることは、まずない。ほぼない。イトイ新聞なみに。それを他人に理解してもらおうと考えたところで、それはなぜか電波と呼ばれる・・・ことを知っていたからである。
 
 
で、その上で「うきゅう」などと鳴く声まで聞かれた日には確実に斬首だ。
間違い無し。UQ、とか表記を変えてみたところで同じコトだ。やばい。
とにかくヤバイものを受信してしまった。受信して強制発声って、わたしは人形じゃない!
とか、反論しても、無駄だろーなあー・・・・・・相手が相手だし。
 
 
「なんだ・・・・?まさか・・・・」
 
しかし、感度のレベルが同じくらいか、もしくはそれ以上であったのか、水上左眼はその天啓に怒りもしなければ、笑いもしなかった。頭脳より、感性でそれを判断している。
 
 
「ユイ様・・・・・?」
 
「そうよ」
 
自分の口、自分の唇で紡いだ声ではあるが・・・・豪直球すぎる。キャッチボールを始めてやる相手にも140キロ、みたいな。とりあえず全部受け入れて理解しなさい、みたいな。
スルーしがちだが、その「とりあえず」が問題で、凡人の苦悩はそこに集中しとるわけでそこが解決されないと前に進めないものなのだけど、そこをブラックボックスでお包みされて会話を始められても・・・・・困るだろうなあ・・・・・と思いつつも、なにせ自分の口なのでフォローできない。変なことを言われて水上左眼が逆ギレ反抗してひどい目にあうのはこちらなので、なるべく初めは甘口でお願いします・・・・碇家の味付けはとにかく
 
 
「生きていこうと思えば、どこだって天国になるから」
 
いきなりハイスピードだった。自分が言われているんじゃなくてつくづくよかった。
反応のしようがない。こんな韋駄天切り出し。ある種の人間にとっては救いのない。
天国をよそに探してはいけない、という。自分の天国を見出さなくてはならないという。天国に逃げ込むことを、許さない。鉄の言葉だ。ぬるくはない、幸鉄のことばだ。
 
 
「それは・・・・ユイ様のおそばにいっても、よろしい、ということでしょうか」
 
けれど、休眠することしかもう頭にない女に言っても答えは。幸福を得る気もない。
ある意味、とうに仙境を得てしまっている人間でもある。このまま山に消えてしまってもそう不思議でもない。
 
 
「いいわよ」
 
声はそれを認めた。演技でも駆け引きでも、ない。そういうこともあるわな、そりゃ、という形の煮崩れも、にっと愛しむ母声だった。台無しになることを恐れない、命さえあれば他のことはかまわない、雑音のない、とにかく嘘のない最初の一音が生まれる夜深の声。
 
 
ええっ!!?と霧島マナはそのあっさりこんぶりに驚いたが。言うてるのは自分の口だ。
 
 
「いろいろ面倒ばかりかけちゃったし。あとは(ゲンドウさんと冬月先生が)どうにかするから、いらっしゃい」
 
カッコ、とカッコとじる、の部分は、カットさせてもらった。いくらなんでもアレなので。なんだこのものすごいドンブリ具合は。よほどストレートに伝えるべきかとも思ったが。
 
 
「小癪な罠とか仕掛けてあって血の雨降るかもしれないけど。まあ、幸せになるチャンスはどこにでもあるわ」
 
終わりが良ければ全てよし、とはいうけれど。終わりにいいセリフをもってきたからといって初めの方の殺伐さが帳消しになるわけがない。というか、逆にこわい。
 
 
・・・・・・それにしても、これでいいのだろうか・・・・・・・・
 
 
いいもわるいも、それを判定判別する立場にもないのだけど。
にしても、この「天啓」も、包容力がありすぎて導きもなにもないような。
休眠にお墨付きをくれてやっただけではないか。それがいけないわけではないが、
 
 
なんか、もうちょっと・・・・こう、
 
 
「あなたの後ろに無限に広がる海の向こうが呼んでる」とか
 
 
「あなたがどこに行こうと私はいつもあなたを見てるわ」とか
 
 
「自分の進む道は、あなたが自分で決めるのよ」とか言わなくていいのだろうか。
 
 
 
・・・・・男の子向けなのかな、それも。
 
 
 
「すきなものと一緒にいられるってことは、しあわせなことね」
 
話はすっかり終結する方向で。「はい、ユイ様・・・・」
 
 
「・・・ちゃん、が好きなものは、ふるいもの、ふるいさと、なんでしょうけど」
 
?・・・自分の口であるから、かえって意識しても聞き取れないところがある。水上左眼に対して、何か別の名で呼びかけていた。左眼、なんてのがそもそも偽名なのだろうけど。
 
その名が真であるなら、この天啓もまた、なんらかのトリック詐欺ではなく、真ということになる。
 
 
だが・・・・
 
 
「未だ誰も見たことのない光景に心を踊らせるのが・・・・・汝は、冒険者か・・・・ってことなんだろうけど、人類全部冒険者ってわけにはいかないでしょうし。明らかに、それに向かない、とうの昔にみたものを、しょうこりもなく、何回も何百回も何千回も見たい、・・・・・とかいう性根は、正直、私たちには、あまり理解できなかった」
 
 
声に魔性が籠もった。これは、冥道からの呼び声、なんらかの誑かしではないのか・・・・心配になってきた。
 
 
「何回も何百回も何千回も何万回もおンなじものを見ることで、なにか分かったことは、あった?」
 
 
抑えた声だ。
ごく濃厚な怒りや苛立ちのようでもあり、覚悟を試しているようでもある。
 
 
「いいえ。なにひとつ、悟ることはありませんでした。この、一念は、消えません・・・・・・・いかにお見苦しい悪足掻きであろうとも、私は、古里の影を」
 
「一つじゃなくて、二つだったから、ここまで時間がかかったんだと思うけど・・・・・上と下には切り離せない、右と左・・・・・見えないふりは、いいんじゃない?片眼だからって見えて悪いわけじゃない。独眼竜が了見狭いなんて、政宗ファンが怒るわよ?」
 
「・・・・・ヘルタースケルター、・・・・姉は、こんな、ことを、望んでいないはず、です。姉は、ここを出たがっていた・・・・・元々、私が、あの嵐の・・・」
 
「その点、恨んでもらっていいんだけど。・・・ちゃんをこの道に引きずりこんだのは、わたしだから。でも、世界中探しても、おそらくあの骨号機を動かせたのは、あの子だけだっただろうし。せっかく動かせる人間がいるのに、と思ったら我慢できなくてね」
 
「普通は、業界の流儀でいえば、ということですが・・・・操り人形になっているところでしょうから・・・・それは、相殺、ということで。姉は、その能力を・・・・」
 
「好きなことに、使っているわね。生まれてこの方冷や汗かかされたのは、三人くらいしかいないけど、その中の最新ね・・・・お姉ちゃんは、そのくらいアレだから、あんまり気にしなくてもいいと思うわ」
 
 
そのくらいアレ・・・・・って、そこが物凄く肝心な部分なのだと思うけど、ジャンピングされているし。まあ、言葉にしようもないのもまた事実だ。天啓の中のヒト、は、ハッタリをかまそうとか含みをもたす気はちーともないようだけど。けど、姉妹いるヒトは、そんなこと言われて気にしないでいられるものだろうか?
 
 
「そうですか・・・・」
 
声は、おもいきり気にしている。ただ、それ以上問うても答えはかえってきそうもないのを悟りきっている声でもある。これ以上は、無駄と。それこそ血の、兄弟の領域なのだと。
 
 
続ける声は、そこから、ぶっち切れたような
 
 
 
「終わりにしなくて、いいのですか」
 
 
「本来なら、そんなこと、終わるに決まってるんだけどね。終わらさない下ごしらえをひたすらやってきたから・・・・まあ、どんなものでも、それがなければ簡単に終わる。別に、特別なコトじゃない。」
 
 
「ふるいものが、こわれてしまわないのは、こわれないように、誰かが気をつけて続けてきたか、もしくは、こわれながらも、なんとか治しながらその姿を保ってきたから・・・・・・・むつかしいことは、何もない。今まであなたたちが続けてきたことに比べれば、かなり楽勝でしょう」
 
 
「楽勝、ですか?」
 
 
「そりゃそうよ。今の状態の方が、ギリギリなんだから。よく今の今まで保ってきた、って感心してる。たとえ世界中探して、他に誰か使える人間がいたとしても。わたしは、ウメちゃんのあの使い方が好きだなあ」
 
 
「・・・・・」
 
 
「ああ、強度とかも心配しなくていいから。レンタロウさんの想定した設計上の使用目的は、・・・・・・・・・・・だから」
 
 
「!!いや、それはムリでしょう。いくらなんでも、そりゃ無茶ですよ!ユイ様」
 
 
「あなたたちに言われたくないけど・・・・・・あれだけマクロければそういうことに使うわよ。使いたかったの!・・・・まあ、想定強度はそれくらい、使い手も十分すぎるほど経験を積んでいる。あとは、あなたの気持ちひとつ」
 
 
「あ、いや・・・・・まだ、福音丸という厄介で根深い問題が・・・・世に解き放っていいものか・・・・」
 
「ゲンドウさんがどうにかしちゃったから、それも問題ないわ。住民の人達も、竜の居ぬ間のゲッタウェイ、あなたがいない間に、去就くらい勝手に決めてるでしょ。残ってるひとはそれでいいんじゃないの」
 
「!?どうにかって、どうやって?・・・・いや、シンジ殿か・・・・・なんという父子パワー・・・さすがだ・・・」
 
「いやー、そんないいもんじゃないわよー・・・・単なるアフター・サービス、サービスってところ。そんなわけで、身中の虫は毒殺されました。いや、死んではいないのか。それでも、山に登りたいならそれでもいいわよ。それはそれですごいし。大陸学園みたいで」
 
    
「・・・・・・・・」
 
 
「でも、やっぱりソレは海を行くもの。波をざぶざぶ、かきわけて、雲をすいすい追い抜いて」
 
 
それって超ネタバレじゃあないんですか!!とつっこみたい霧島マナであるが。
何でその年でそんなことを知っている、とカウンターをくらわされそで黙っている。
それに。
 
 
 
「それを、見たいな、とは思ってる」
 
 
ものすごくいい笑顔を、うかべているのだろうな、と、自分ながら思う。
天啓ならぬ、天からの願い、天願だ。こんな風に、おねがいっ、なんぞされた日には。
 
 
「そのために、与えられたのですか。この、竜の一字を」
 
トカゲのなり損ないであることを誰より知っている人が、その呼び名を。
この、なんだかいろいろパワフルテキトーなこの人が格好をつけるわけがなかったのだ。
 
 
ただ、そのまんま
 
 
竜と骨、で「竜骨」などと。
 
 
「そう。スケルター、骨だけだと、生態の埋設、ウメちゃんの黄金律バランス能力で現象維持は出来るけど、そこから先、前にも後ろにも、動けないからねえ。とはいえ、組み合わせの肉号機、とかだともうワケがわからないでしょ。理科室標本コンビみたいだし。いまいち、合体!!って感じでもないし」
 
 
合体て
 
さらにバラしていく超オカン声。ただのオカンですら小賢しい段取りなどは無視傾向であるから、それが超であるから・・・・・・やむを得ないのだろーけど。いつかは自分もそうなるのだろうか・・・・・・そろそろ自分の役目が終わりに近いのを感じる霧島マナ。
 
 
「とと、そろそろ限界ね。あんまりオーバーすると、このマナちゃんが残念なことになっちゃうから」
 
今の状態でも知り合いに見られたらかなり残念だろう。その心配は全くないとはいえ。
しかも、”あんまり”オーバー、ということは、もうオーバーしてる、ということだ。
日本語を正しく使ってくださっているようですが、こちらの容量にもそうして頂きたく。
これで寿命が五十年削られました、とかだったらその責任は誰にとってもらえば?
 
 
「じゃあね、ふたりのおじょうさん。うちの息子をよろしくできたら、しておいてね」
 
 
天啓は去った。剛力であったわりには、あっさりと。血の涙が流れるとか聖疵が刻まれるとかいうこともなく。
信じないものにしてみれば、モンキー芝居もいいところであろうが。
 
 
「ユイ様・・・・・・・」
 
最後の竜の乗り手は、信じている。目ではなく耳で聞いたことであるが、その言い草があまりにあまりだったからだろう。自分の口が使用されていたにもかかわらず、そう思う霧島マナであった。ニセモノや騙しであるなら、もうちょっと変化をつけるだろう。
 
 
「霧島マナ。君は、どう思った?」
 
それを求めているわけでもないだろうに、今さらレプリカントテストでもなかろうから、別れの挨拶の代わりなのだろう。その天啓を、自分は信じた、ということを。
 
 
こちらもこちらで、この先、負けず劣らずのアウトロースターな人生が待っているのだけど。あえて、知らぬ顔の評論家でいかねばなるまい。素敵な話、ともいい話、とも言い難かったが・・・・肝心なことは
 
 
 
「うかつに信じたら、ひどい目にあうだろうなあ、と」
 
 
別にこちとら、巫女でも審神者でもないのだ。任じた役目は、目覚ましとして。
 
 
「そんな、夢物語」
 
 
たとえ、ここで一戦交えようと、言わねばならないと、思ったのだ。
 
 
「そうか・・・・・」
 
 
激昂して火焔でも吹いてくるかと、実のところちょっとシャルギを用意していたりしたのだが、そんなこともなく。静かに、淡々と。
 
 
「・・・・ショーアたる者はそうでなくてはな。それは、たぶん、良いことなのだ。大仕事が待っている君がそのような資質で、良かったのだろうな、世間的に。対逆の性であるからこそ、ユイ様の評価も高いだろう」
 
なぜか、こちらのほうが素知らぬ批評家のようで。「そうか、ユイ様の話は、夢幻の寝言か・・・・まさに、嫁に食わすなボケなすび、といったところか」
 
「いや、そこまでゆうてませんけど。しかも、まさに、の部分が意味不明です」
 
 
なんか背筋が寒くなってきた霧島マナ。別に聞かれているわけでも、聞かれたからと言って稲妻に撃たれるわけでもなかろうに。意図的にポイント削りにきているでも?ない?
 
「いやいや、冗談だ。こころ半分、安心して、半分、なぜかイラッときたものでな。すまない」
 
 
謝られてもなあ・・・・・・なにはともあれ、これで自分の役割をすませた。
 
 
 
「いくんですか」
 
 
心の中が片付かないと、ヘタであろうとウマかろうと冗談も出てこない。それは竜も人も変わらない。今のところはまだ、竜だ。そうでなくなったら乗り手はどうなるか、・・・・・・・そのようなシンクロはありえるのか、シリーズ外の、行き止まりになるまで膨張進化を続けた外道、異形のエヴァ、・・・・・それ以上は、自分が考えることではない。
領域外の、話になる。
 
 
「ああ。ひどい目にあいにいく」
 
片眼の女は笑った。笑っていた。
 
 
「こわく、ないんですか」
 
 
天啓は、ああはいったが、実のところ、なんの確証もない。何を基準にしているのか。
いや、碇の基準、なのだろう。それが。・・・・慣れそうもないけれど。
 
 
「やられて負けるのは慣れているしな・・・・その点はな。ただ、逃げ込む場所がなくなっただけ・・・・正直、そういう、”ながら”の感情がないわけではないが・・・・・」
 
「が?」
 
「バカバカしくもなってな。ああも壮大なホラを吹かれると。君は夢物語だといったが、あれはホラの類だよ。しかし、それでなぜか恐怖が和らぐ。なんでだろうな」
 
「・・・・なんででしょう」
 
 
「どこに生きようと苦界は苦界。それが苦海であろうと、あまり変わりはないだろうよ・・・・宇宙とか月とか言われるとレベルが上がる気もするな。
・・・けれど、ああいわれてしまうと、そのくらいはやってみるか、という気にもなる。
・・・対抗心、でもないんだが」
 
 
「普通、それを、騙されている、とか、掌で踊らされてる、とかいうんですけど」
 
ここまで強力に細胞ひとつの限界まで鍛錬進化しきった者相手に、いまさら成長だの進歩だのそんな若葉マークみたいなことを、言えるはずがない。不死鳥は焼身自殺することで己を新しく再生させるとかいうけど、竜はどうだったかなあ・・・・・・・腹を食い破って出てくる異形の我が子に全てを引き継ぐんだったか・・・・・・・とはいえ、事実は
 
 
「今、掌にいる君に言われてもなあ・・・・・・」
 
水上左眼は苦笑する。同じ者に対する皮肉まじりに。絶対の掌に安住を許されない者同士。
 
 
「ははは」
 
霧島マナは
もう笑うしかない。この竜の姿を見るのもこれで最後。最後の竜をこの目で見た。
 
 
 
「奇妙な縁だったが、おさらば」
 
 
竜の手が、離れた、と思ったら、もうその姿はない。まっすぐ目的地点に向かったのか、それとも実務的に周辺の最終観測にいったのか、それとも超高度に上がって潜む敵を後片付けにいったのか、そのどれも彼女らしい。離れて縁が切れたから、どれでもいい、というところもある。それより我が身。
 
 
空中落下状態
 
 
死の神とグルになっているわけではないのだろうけど、このままだと重力の法則に従って墜落死せねばならない。ショーアなんぞと呼ばれていても、そのあたり、碇シンジの無敵性には及びもつかない儚さたおやかさ・・・だって、女の子ですもの。
 
 
「出でよ、空爪ポルコエル」
冗談はさておき、その力で高度を維持する。
 
しばらくは、業界に手を出すことを禁じられた。適当な教団を用意するからそこで教祖でもやっていろ、とはいわれた。それとも、百年ほど眠ってみるかと。雲の上的カインドネスではあるのだろう。
 
 
「さあ、どうするか・・・・」
 
家庭に入るには、早すぎるだろうし。履歴書にも書けない一芸は、俗世のどこかに所属するにはあまりに巨大すぎる。まあ、ちょっと考えてみよう。ひとときの役割は果たしたことだし、そのくらいの時間はもらってもいいだろう。まだ世界も沈むまい。
 
 
 
と、メランコリックにモラトリアムかましていたから、霧島マナは見なかった。
 
 
世界は沈まなかったが、その代わり。
 
 
瀬戸内海のほんの一部であるが、「割れた」ところを。
 
 
そこから浮き上がるようにして「出現」した「何か」を。
 
 
好奇心旺盛な人間にとっては、ハレー彗星よりもアレでレアな聖書記録級光景を見逃すのは痛恨の失敗だっただろうが、「ありゃ」あまり霧島マナはこたえなかったようだ。
 
すでに見当もついていたし、なにより直でネタバレを喰らっていたせいであろう。
 
 
逆に、これを待っていた大使徒(VΛV)リエルなど、ここぞと気配遮断も止めてしまい、全感覚器をそちらに向けてその「何か」の出現具合情報を思うさま咀嚼していた。
 
 
くちゃくちゃくちゃ、ぐちゃぐちゃぐちゃ、もしゃもしゃもしゃ・・・・
びしゃびしゃびしゃ、ずるずるずるずる、ぐがぐがぐがぐが・・・・・
 
 
ひとしきり気の済むまで、それを終えると、さすがに待たせすぎて痺れを切らしているに違いない部下使徒たちのもとへ駆け始める。感覚器展開を東方へ向けてみる・・・・・・・・ああ、苦戦というほどでもないが・・・・困ってはいるようだ。
 
ホ・バエルのような奴が”あのような目”に会うとは・・・・・意外な結末だ。
 
 
 
上司の務めを果たさねば、なるまい。
 
 
金狼の牙剣を一撫でする。それで、牙剣自体ももう片方の佩刀たる幻世簫海雨にも意が通じる。
 
主が、何をするつもりであるのか。大使徒たる判断が下された以上、それを停止させることは何者にも出来はしない。
 
 
今日・・・・・・
 
 
人の都は、鎧ごと切り裂かれる。
 
 
撫で斬りの、根切りだ。間違いない。大使徒帰還の血祭だ。お祝いだ。
 
 
ATフィールド?絶対領域?なんの関係も問題もない。金狼の牙は、穿つ。穿ち砕く。
それを、止めさせることは、何者にも出来はしない。
 
 
 
祝い事を邪魔する者には、死が与えられる。二つに分かつような。
 
 
 

 
 
 
論より証拠の見本のようなものであった。
 
 
「おかしいざますね〜・・・・・免許皆伝のはずなのに、なんでコレができないざます?」
 
そうでなければ、居闇カネタのこの言い草に綾波党が支配するところの地元住民は黙っていなかっただろう。口以外での手段をメインとした・・・異能集中砲火はまちがいなし。その点で、衆目の前でそのジツリキを披露していたことはこの出っ歯怪人の命を助けていたといえる。
 
 
ごろん、ごろごろごろごろ・・・・・!
 
クビをかしげる居闇カネタの視線の先には、回転レシーブをしそこねたように転がる綾波レイの姿が。もちろん、東洋の魔女めざしてバレーボールの練習をしているわけではない。
漫画ではないので体操着に着替えたりもしていない。プラグスーツ姿である。それでゴロゴロ転がらねばならぬのだから・・・・・・
 
 
ここは、ゴロン族の都、
 
ではない。うそである。
 
 
しんこうべは綾波党本部前であった。この珍事に赤い目の地元住民がすっかり集合しており、完全に見せ物状態であった。間のいいというか悪いというか、党首たる綾波ナダが不在であるということが、孫娘であり後継候補たる綾波レイがしょっぱいスポーツ芸人のような目にあっていても、その姿をさらし続ける結果になった。
 
 
ただ、見物する地元住民の赤い目に浮かぶのは90%の「??」であり、その光景を前にしてどう行動してよいものやら、判断がつかず、見ていることしか出来ない、というのが本当のところ。
 
 
巨大ロボットがいきなり現れるわ、そこから後継者が降りてくる、綾波赤目でもない出っ歯男が一人ヒートアップして勧誘をかけるわ、・・・・・しばしのやりとりの後、後継者はどうもそれに応じたらしい・・・技能をコピーしてしまう異能の所有を考えると単に面倒くさくなって、くれるものならもらう、程度の、街頭で配るティッシュをもらうほどの意味しかなかったのだろう・・・・・後継者は傍目にも分かるほど、急いでいた。「早く戻らないと・・・」などと言っているあたり、この里帰りも意図したものではなかったのだろう・・・・・ロボットが勝手に連れてきた、ような風にも聞こえたが、赤い目でも一般市民にはそんなこと分かりはしない。本当だとしたら危ないなあ、と思うだけだ。
党首がいれば、そのあたりの事情の説明を求めたり、判断を下すのだろうが、間が悪い。
何を考えとんのか、党首とそれを補佐する重鎮たちもついていっているのだから。
 
 
なにはともあれ、綾波ではないにしろ、特殊な武芸をもつ出っ歯男の「業」を、後継者綾波レイは、一瞬にして完全コピー、したはずだ。異能すらその身に溶けこませる綾波本家直系の力をもってすれば、そのようなことはあまりに容易いはず。コピーされた方の誇りや自信の喪失に繋がりやすく場合によっては魂抜かれたようなこっぴどい精神ダメージを残したりするのであまり多用すべき方法ではないが、今は時間がなかったし、何より本人がそれを望んでいる、それもかなりの熱意で。実行しない理由は、なかった。
 
 
それがどれほどの長い長い年月を経て生育し磨かれてきた技術体系であろうとも。
コピーするのは、ほんの一瞬。その真髄、深奥の奥までも、赤い瞳は写し取った。
 
 
それを、写し取られた方は、完全に察する。敏感である必要はない。それは強制。
喪失ではないが、厭でもそれは理解される。唯一であったはずのものが、鏡増しにされたことを。その存在を知らなかった生き別れの双子がいきなり出現したかのような。
 
 
コンピュータのデータ保全と違って「バックアップがあるからこれで安心ダネ!」という感情にはならない。普通は。なんともいえぬ違和感や嫌悪感が胸からゴボゴボわき上がる。
その噴出量に、魂は押し潰される。
 
 
「グッドジョブざます!!あの物わかりの悪いおそまつ弟子と比べたら・・・まったくOK!OK、OK牧場でガッツ石松ざます!!シェー!!」
 
その点、てめえで勧誘しただけのことはあるのか、出っ歯怪人、居闇カネタはまったくの無頓着。明らかに尋常でない習得速度と比べて「物わかりの悪い」呼ばわりされた方もかなわんだろうが、その点の神経の太さは確かに大したものでは、あった。
 
 
見極め検分というか、実技試験は一度だけ。「あ、そこの強そうなお兄さん、ちょっとこっちにきて、この子に斬りかかってほしいざます。真っ二つに唐竹割りにするつもりで」
 
 
指名されたのは党本部の警備役、綾波村八雲であった。おそらく制服で帯刀していたからであろう。それが実行されたのは別に出っ歯男の言いなりになったわけではなく、綾波レイがそれを認め、頼んだからだ。どういうつもりかは、すぐ察することが出来た。別に殺人をそそのかしているわけではないのだから。幸い、「失敗」しても、ここにはすぐに修復できるレベルの人材がそろっている。まあ、切断してしまってもすぐに傷口を合わせれば元通りくっつくような、傷も残らぬような・・・残ったらそれこそ党首のナダの怒りが恐ろしい・・・・・刹那の斬撃が、走った。
 
 
居闇カネタによる、はじめ、の号令もなく、綾波レイも構えていない、むしろ視線など抑えきれぬ焦りとともに、巨大ロボットの方を向いていた。村八雲にしても「いざ参る!」などと言ったりもしない。むしろ、本気で斬殺可能なタイミングでの間合い踏み込みから。
 
 
それは
 
 
周囲の見物人の意識をすりぬけて
 
 
刀は、綾波レイの左の親指と人差し指がつくる輪の中に、収められていた。
 
 
 
「・・・・一輪挿し・・・」
 
気怠げにも、少々恥じているようにも、その呟き声は。それは業の名前なのか。
ただ、その手に収められた刀は、風情として銀の薄、すでに武具ではなかった。
 
 
あまりのあっけなさに、ただ刀を村八雲が後継者に手渡して、「これから」始まるのではないか、と・・・ほとんどの見物人の目はそう言っていたのだが・・・・・
 
 
 
「吸刀術免許皆伝、ざます」
 
満足げに出っ歯男が告げる声を聞いて、試験が終わったことを知った。
 
 
「お見事です」綾波レイから刀を返された村八雲も感服の表情でそう言った。
 
これから長い修行などしている時間などあるはずもない綾波レイにとっては、当然にして絶対の帰結。一体なにを望まれていたのか分からないが、とにかくこれで用は済んだはず。
大急ぎで、第三新東京市に戻らねば。「事情は、またあとで・・・」それだけ言い残して、零号機に再搭乗・・・・・
 
 
するはずだった。
 
 
竜巻旋風脚(小)が突然に
 
 
赤い左足がまた勝手に動き、遠距離ケリを放ってきた。今度は、かまいたちではない、威力は強そうだが、目にとらえやすいミニサイズの竜巻がむかってきた。
・・・・・試すつもりなのか、と思ったが、応じるほかない。体は勝手に動く。
 
 
問題ない、はずだったが・・・・・・・
 
 
ごろん、ごろごろごろごろ・・・・・!
 
吸いきれず、竜巻に吹き飛ばされてマンガのように飛ばされた。周囲の人間にしてみれば「なにをいきなりカラダを張っているのか後継者は」ということになる。それは居闇カネタも同じのようで「なにしているざます?そんなところでウケを狙うような弟子を育てたおぼえはないざますよ!」驚くというよりは怒っている。その言い草に綾波レイとしても反抗して怒ってもよかっただろうが、それでも驚きの方が上書きされる。
 
 
「なぜ・・・・?」
 
吸刀術の技術体系の中に確かに、これをいなし、吸い取りきってしまう技はあり、自分は確かにそれを使ったはずなのだが・・・・・威力の差も読み切っていたはず・・・・
 
 
習得が不完全であったのか・・・・それも、ない。はず。しかし、その理由を解明する時間も惜しい。こんなことしている間に本部がどうなっているのか・・・・・立ち上がり、零号機の方へ・・・・試験もいいけど、TPOを考えて、と赤足を睨みつけながら・・・・・
 
 
けりっくぶーむ
 
まただ。ケリによるソニックブーム。略してケリックブーム。大昔の対戦格闘ゲームのセンスだ。攻撃軌道も読めている。しかし・・・・・・・・
 
 
ごろん、ごろごろごろごろ・・・・・!
 
なぜか、うまくいかない。ギャグでやっているとしか思えない速度で転がされる。
「これが後継者の芸風なのか」「意外に肉体派だ」と地元住民も思ってしまうほど。
 
 
「わたしを、拒絶するの・・・・?」口に出して言うと、なにか大事なものが失われてしまいそうなので、なんとか我慢する綾波レイ。コートの中ではないが、なんとか、耐える。
ハラワタが煮えてくる。地元住民にこんなところを見られるのは・・・まあ、まだ、がまん、できない、ことも、ないけれど・・・・・・またしても
 
 
ごろん、ごろごろごろ・・・・・・・・・・!!
 
受け身を知らぬ者であれば、ヘタすれば首が変な感じに曲がって戻りそうもない激しさ。
後継者本人が「痛い」だの「すりむいた」だの「乗せて」だの「いじわるしないで」だの何も言わないので、どうしたものやら、周囲の綾波者たちも手を出しかねている。
相手が一つ目の巨大なロボットで、どういう魂胆なのかも、不明なのもあるが・・・・・
当然、出っ歯男の差し金などでもなかろうし。「シェー!?なんでざます!?なぜざます」
 
 
「・・・・・・・・ッ」
唇を噛む綾波レイ。
 
搭乗を許さないつもりか・・・・・こんなところで降ろされて、この身一人逃げ延びても仕方がない。・・・・・・というか、もしかして、この出っ歯の怪人物に会うことが目的では、全然なかった、とか。ソレは単なるイレギュラーで、出オチ担当だったとか。目的は全く達成されていないとか。・・・・・・・・・・・・・・・・・ありうるなあ。
 
 
全然ありうる。のが、こわい。確かに、「ソレは違うよ!!」と言葉にならぬ思いで全力否定されている、と考えれば。「そんなチョビ髭オヤジに会わせるためにこんなところまでしかもこの非常時に連れてくるわけないじゃん!!あんたバカ!?なめてんの?」とかケリ込みでやられても返す言葉はない。・・・・・・どうなのか。
 
 
誰も正解を与えてはくれない。
 
 
・・・・・しんこうべの、まさにこの地点で立ち止まった、ということは、それなりの理由がありそうだが・・・・・・もしかしたら、ないのかもしれない。考えるべきか、それとも真っ正面から、この邪魔試練を、乗り越えるべきか・・・・・
 
 
外面的には、いかにも前者を選択しそうな綾波レイであったが
 
ぽっきん
 
「「うわあわあわわっっっ!!」」
 
見物綾波ギャラリーから悲鳴が上がる。傍目にも、考えのなさそうな実際なかった突撃の結果、また同じ目にあったからだ。しかも、今度は回転受け身に失敗したのか、なんかイヤな音がした。本人も痛いだろうが、見ている方もなかなかに精神ダメージがあった。
 
 
 
「うわあ・・・」
 
綾波コナミもその一人であった。少し距離を取った党本部の窓からその有様を見下ろしていたのだが、やはり痛い。距離があり、知識があるからこそのもどかしい痛みがある。
彼女には、なぜロボットに後継者があんな目に合わされるのか、なんとなく見当がついたからだ。竜尾道での経験を経ていなければ、そんな見当、カンが働くこともなかっただろうが。
 
 
もし、このタイミングでこの地に来たのが、あの居闇カネタの技術を得るためなのだとしたら。本家直系にして、あの綾波ヱンの娘ならば、それをまるまる一目で読心コピーするのも容易いだろう。ずるいといえば、ずるいし、チートといえばチートだが。まあ、そんなものだから仕方がない。その異能を越える異能のゆえに、故郷を離れざるを得なかったのだとしたら。あんな巨人と二人三脚の人生なんて、だ。振り回される遠心力人生は。
不動のトアとはまさに対極。・・・・・この状況にツムリさんがいないのは面倒が少なくていいと思う・・・皆の人生にとって。思考が脱線した。
 
 
巨人でなければ相手に出来ぬ、巨大な敵に抗するために、その技術を欲したのだとしたら
 
 
巨人に搭乗して、巨人に使わせて、なんぼの技だ。
 
 
どういうカラクリであの巨人を動かすのかは分からない。が、その前提を満たしていないのであれば、巨人が操縦者を否定するのは、当然のことだろう。意味がないのだから。
ただでさえ、あんな妙なチョビ髭オヤジの技だ。使いどころがない。なさすぎる。
 
 
ともあれ、操縦者が使えても、巨人に使わせられないのであれば、意味がない。
 
今、ブザマに後継候補、綾波レイが転がされているのは、当人も頭の片隅で、分かっているせいだろう。これでは、満たされていない、足りていないのだ、と。あのレベルの技芸になれば、ほんのわずかの迷い、不納得で全てが台無しになる。いや、
 
村八雲相手にやってのけた、冴えから考えれば、また異なる理由、もっと根本的な・・・
 
 
 
完璧でも、なにかが足りない。
 
そんな、問題。当人が考えて、出さねば、意義が消え失せてしまう答え。
 
 
 
技は、なんのためにある?
 
 
それは、生まれたときから影のように分かちがたくある綾波の血の異能とは、違う。
習得しない、という選択肢も、あったのだから。
使わない、という選択肢も、当然ある。
 
 
・・・・だとしたら、あの突撃しまくり女は、もう少し考えた方がええんちゃうか、と。
 
うわ、またやられとる。根性だけは認めるけど・・・・・すっかり頭に血が昇ってしもうとるなあ・・・・情念と執念だけじゃ、なんともならんこともあるっちゅうねん。
誰かが、頭冷やすというか、一息いれささんと、どうにもならんよーな、あれは。
 
 
うちはやらんけど。・・・・・・・立場もそうやけど、実際こわい。声かけただけで石にされそうな。ナダさまがおれば良かったのに。居闇のおっさんは外様論外やしなあ・・・。
大事なことだから繰り返すけど、うちはやらん!やらんからな!
 
 
そんなわけで、古里しんこうべにありながら、綾波レイはゴロン族の姫になりかけていた・・・・
 
 
その回転の中で、なにかを悟っちゃうような、柔らかさには縁のない少女であった。
 
 
さいわい、第三新東京市ではないので、鈴原トウジに課したウルトラマンレオのような無茶特訓のことを持ちだして、「因果応報だなー」などという者はいなかったが・・・・・
 
 
逆に、止める人間もいなかった。
 
 
その赤い瞳で、ずっと逃げることもなく、見守り続けていた。後継者の試練を。挑む姿を。
いつの間にか、そのような理解というか構図になってしまっていた。暖かくも厳しい。
 
誰か止めろよ、というある意味、ほどよく常識的にチキンなハートをもった者がこの場にいないことは不幸だったか。
 
 
 

 
 
 
「いかにも自爆スイッチでござい・・・って感じなんだけど」
「オレもおんなじこと考えてたよ・・・・」
 
 
あまりうれしくもない一致であった。できれば、相手には別の見方を提示して欲しかった葛城ミサトと加持リョウジである。たとえ、ムリっぽくても。男には。女には。
 
 
若者たちを引き連れた碇ゲンドウたちと一緒にいくものかと思っていたら、途中の一室で「お前たちはここで待機」ということで分かれることになった。
 
頑丈そうであるが、二人も入れば狭く感じるのは、中央にそんなスイッチがあるせいだ。
部屋の中央に、拳で叩いて割るようなケースに覆われた真っ赤な髑髏マークのスイッチ。
 
 
「連絡があったら、それを押してくれればいい」という話だった。
 
あの鉄面ヒゲが頭まで下げるのだからさぞコキ使われるのかと思ったら、ホントにそれだけでいい、という、まあ楽な仕事だ。「なければ、絶対に押すな」とも言われた。
当たり前だが、重要なことらしい。
 
飲み物やら食べ物やらも用意してあった。「さほどに時間はかからないとは思うが」というあたり、不確定要素の高い展開らしい。使徒戦のことを考えればワケもないが。
 
 
窓もない密室。一つしかない入り口の扉は、内から開かない頑丈仕様。こちらが入った徒で外から告げるのだから最悪だ。しかも寝具もトイレもないあたり、独房よりひどい。
 
 
「まー、こんなもんがあるんじゃ、やむなしかー・・・・」
「まー、そうだなー・・・・・」
 
疲れ果てているせいもあるが、設備を見てその機能から納得するあたり、やはり業界人であった。「連絡があったら押さなきゃいけないんだから、寝ててもダメなんだよねー」
「そりゃ、そうだろうなー・・・・もし、居眠りしてやんなかったらこのまま閉じこめられるんじゃないか?死ぬまで」
 
 
「不条理ねー」
「不条理だなー」
「ソリッドだなー」
「ソリッドねー」
 
 
「・・・・・・」
「・・・・・・」
 
 
「・・・・・ZZZ」
 
「・・・・・寝たフリだろ?なあ?ちょっとベタすぎるぞ・・・・おい!」
 
 
「あー、ごめん、マジで寝てた・・・・あ、よく考えてみれば、スイッチ押すだけなんだし、一人起きれてばいいじゃん。交代で寝ましょうよ・・ぐーぐー」
 
「いや!!それは危険すぎる。助手席で寝てればつられて運転席の奴も寝てしまう。そんなもんだ間違いないって・・・・起きろ!寝るな!死ぬぞ!」
 
「冬山登山じゃあるまいし・・・・とりあえず、コーヒーでも飲みましょうか・・・ふぁ」
「あー、いいなあ。缶コーヒーしかないけど。人類補缶計画、なーんてな」
「この缶詰状態じゃ、シャレになってないんだけど・・・・ま、いいか」
 
 
二人でカンパイする。労働量を考えると、あまりのしょぼさであるが。
 
 
「「うまい・・・・」」
 
 
今のところまだ、何かを救えたわけでもない。
 
けれど、負け惜しみでもない。
 
 

 
 
 
「社長、あのお二人さんでほんとに良かったんですか?なんだったら、オレと真剣川でも、いや、オレ一人でも任してもらって良かったんですけど」
 
皿山が碇ゲンドウを「社長」などと呼ぶのは、便宜上というよりはアダ名に近い。客引きが通りをゆくリーマン相手にそう呼びかけるよりは敬意が籠もってはいるが、別に二人の間に正式な雇用契約などはない。葛城ミサトが因縁つけていたように碇ゲンドウがそう呼ばせているわけでもなかった。「このように呼べ」と適当なものを考えるのも面倒なのでそうしているだけのこと。さすがにこの年齢の若い者から「ゲンさん」とか呼ばれるのもなんだかな、であった。オッサン呼ばわりも、距離がありすぎる。微妙な関係、微妙な距離感であった。実のところ、大人になろうが普段のテリトリーを離れれば、適正距離感の計り方など。
 
 
葛城ミサトと加持リョウジを「あの部屋」に閉じこめ・・・いやさ入室させて。
ぞろぞろぞろと、子供若者たちを引き連れて薄暗い通路をゆく。なんの一団か、一言では言い表しにくい、異様な光景。ハーメルンの笛吹には、おっさんすぎた。混成社会科見学、というにも先頭の教師役のガラが悪すぎた。
 
 
 
「信じて、いないのか」
 
その声も、ドスが利きすぎている。地元住民、それからこの面子では最年長であるから気張ってツッパッって精一杯やってみたのだろうが、やはり貫禄と器量が違いすぎる。
 
 
「ひ、ひへっ!そ、そんなことないです!チョー信じてまっす!!」
 
言葉に込められた意思の十分の一も理解できなかっただろうが、とりあえず返答する軽やかさ。これが認めたくもない若さというものか。皆、皿山の努力は認めて笑わない。
自分たちの腹の底にもズズン、ときたのもある。
 
 
「何を信じるっていうんだい」
 
全く重圧を感じない若者もいる。地元住民ではないせいか、火織ナギサであった。
ふて腐れているようでもあり、それを隠れ蓑にして何か問いたげでもあった。
 
 
「なにを?」
「だれを?」
その両脇にいるサギナとカナギは、そも言語が響くようになっていないのだろう。まだ。
 
 
「みずかみさがんを」
「んがさみかずみ?」
 
そう言って笑い合う。遊んでいる、だけ、のように見える。聞こえる。
 
 
「あ、あー、まあ、そうだ。そうだよ。ウメリーダーにそれを頼まれて、あたしらはこのオヤ・・・・社長を連れてきたわけだ。いまさら何をビビる道理なんかねえ。っだよ、皿山、ビビってんじゃねえよ。社長の言うとおりにやってれば、間違いねえんだよ」
「び、ビビってなんかねえだろーが!人をビビビのネズミ男みたいにいってんじゃねえ、それから、な、なんでもかんでも頭から信じるのも・・・・たまにはいいかな?なー、符令」
「知りませんし、その論説からして理解できません。一貫性のない・・・」
 
 
「・・・あれが”ミスター・ハートクエイク”の皿山?侵入者撃退数、地域防御率のエースナンバーもってるくせになんだあのヘタレぶりは・・・・いや、相手が悪いのか」
「連合町内新人賞も獲っているくらいですから、昔は優秀だったんでしょう。多分・・・・・・」
 
後方から生名シヌカと弓削カガミノジョウがその様子を評している。
 
 
「そうだったなー、とりあえず、オレたちは信じないとな。・・・・きっちり、目を覚まして戻ってくる、と。言ってたもんなー・・・」
 
その寂しげな声と表情は、年相応よりさらに頼りなく思えた。
 
だめだこら。
 
水上右眼が率いていたチームの実力はブレが大きすぎて事情通にも見切れていなかったのだが。サブリーダーがこの程度ならば。今は冗談のように貴重な時間だ。名家視線でそう判断し、碇ゲンドウ、観光組合から「ネモの鍵」を得た、謎が謎呼ぶ謎の男にもう少し詳細に事情を聞けるポジションを得るべく、チンピラ兄貴を追い越そうとした、時。
 
 
「でも、どんな結論を出すのかは、分からない。だから、あの二人をあの部屋に残した・・・・それは、むしろ」
 
碇ゲンドウの貫禄にも怯むことがないのだから、そのへんの地域兄ちゃんなどモノの数でもあるまい。この、竜尾道の構造は全て理解、把握している。よくもまあ、こんなモノを造り上げたモノだ。こうまでデタラメなものを、保持しづけた・・・・狂気だろうこれは。
驚異というよりは。サーカスドリームのバランスで。狂気の異空間。ゼーレが欲するわけだ。同じ、頭がおかしい同士。それは、今、自分たちの目の前をゆく、この髭男が発起。
直接ではなく、間接に。碇ゲンドウの反応を引き出すための演技もあったのだろうが、火織ナギサの声には濃いからかいの色が。もしくは、単純に弱者を虐めたかったのかもしれないが。
 
 
「しったようなクチ、きいてんじゃ、ねえよ」
 
チンピラらしく睨めつけもしない。その声で。その声だけで。火織ナギサの頬は引きつり、生名シヌカと弓削カガミノジョウの足は、止まった。その男、心臓地震につき。
 
 
「ばっ!!、バッカか、皿山!。なに年下相手に覇気入れてんだよ・・・わ、悪いな、気にすんなよな、こいつ、ちょっと色々あって頭に気合い入れ込みすぎて溢れてんだよ。・・・・・皿山、あのな、あいつら中2だろ?そういうこと言いたい年頃なんだって。誰でも通る道なんだからよー、聞き流してやれって」
 
真剣川の後半は皿山の耳元で小声なのだが、何を言うておるのか誰でも分かった。あまりにも裏表がなさすぎる女だった。当人に自覚はないが、皿山が代わりに照れてしまい。
「わ、悪かったな。意見を素直に聞かずに・・・・あー、アレだったら、続けてくれ」
 
 
「アレって?」
「なに?どんなアレ?」
サギナとカナギが囃すように。幼い姿でも、分かってやっているようでも、ある。
どっちか。碇ゲンドウはもちろん、小童どもの鍔迫り合いなど我関せず。
 
「いや・・・こっちも部外者の領分を越えたかも、しれない。無駄口を叩いたよ」
 
ただでさえ新鮮にはほど遠い空気をさらにキナ臭くすることはない・・・・反省よりは計算の元、言葉を引っ込める赤い目の少年。考えることは他にあるのだ・・・・他者の運命などどうなろうと知ったことでもなし。幼児二人と繋いだ手にわずかに力が増す。
 
 
「あー?でも、社長が連れてきてるってことは、まるきり無関係ってわけでもないんだろう。ここにいるってことは・・・・いきなり現地登場だったけどよ」
「いや、それほど長居はしない、つもりだよ・・・この子たちと一緒に」
 
 
確かに、無関係とは言い難い。断じて。
 
この、社長・・・いやさ習うなら”副社長”か、に乗せられて最後の綱を切ってしまったというか。
まあ、語っても仕方がない。沈黙しておこう。この様子だと水上右眼の話など出せば面倒なことになる。・・・・しかし。そりゃ間違ってはいないが、単なる中2カテゴリーでくくられてもなあ・・・・「ちゅーに?」「ちゅー2回?」・・・・・聞いてこられるし。
 
 
「・・・ここは場所がわりいわ」
軽薄かつしたたかそうな、前世は盗賊かなんかだったに違いない男、皿山の仲間の一人が生名シヌカたちに声をかけた。顔はニヤニヤ笑っているのだが、声の底には。
「なんだかんだでも奴はウメの姐御の一の子分、いや、パシリだったからなー、・・・”ここ”じゃ、マグナム最強に贔屓されてるにちがいねえ。奴をシメるなら、陸にあがってからにした方がいいと思うぜー?」
 
「・・・・・そんなことする理由がないけどね、忠告は感謝するよ」
顔には出した覚えはないが、さすがに走り屋だけあって、速度には敏感なわけか。
確かに、強引に行くには縄張り違いだ。ここは譲ることにする生名シヌカ。
この局面であの謎髭男を連れてきた手柄、というものは確かにあろうだろう。
 
 
そうこうしているうちに、先頭である碇ゲンドウの足が、止まった。
 
 
ひょうたんの形をした扉だった。もちろん、機能を次にした遊び心なのだろうが。
そこが、目的地であるとは。最も機能的であるべきはずの場所が、これ、とは。
 
通常人ならば、違和感を感じてなんらかの異を唱えるところであろうが、誰も。
「ダイサン、お前の都合にあわせてあるよな感じだな」「へへへ・・・そうだね」
生名シヌカがそんなことを言って大三ダイサンの腹を叩いたくらいだ。
 
 
「ここが、HHJシステムの中枢か・・・・・・」
火織ナギサもあっさりそれを受け入れて、いかにもたこにもな感慨セリフを。
基本的にラララ科学の子であるのだろう。一番さわぎそうなサギナとカナギも紅瞳を輝かすだけで何も言わない。
 
 
「社長・・・・いよいよですね!」
 
皿山がポケットから鍵を取り出そうとする碇ゲンドウに声をかけた。お約束のセリフであるが、一般市民がなかなかいえることではない。分かり切ったことをさも重要そうに。熟練のオペレータなみの、火のないところに熱を発生させるごとくのトークスキルである。無視されると単なるゴマすりであるが。「皿山うぜえ」真剣川などは容赦がない。
一応、皿山の頭の中では、なんか盛り上がるプロジェクトカンブリアなBGMがかかっているのだが・・・・
 
 
答えず、碇ゲンドウは鍵を扉の鍵穴に差す。
 
 
「「わはは、皿山だせえー」」その有様を笑った真剣川他チーム一同。「今日からお前、皿山モブ男な」。どちらが中学2年生なのか分かったものではない。
 
「う、うるせえ!しゃ、社長の気が散るだろうが!鍵を回し損ねたら、どーすんだよ!も、ものごとはこういうトコロが肝心で、罠か何か仕掛けてあって毒矢が飛んできたり電流で感電したりパンチングマシーンで右ストレートくらったりしたらどうすんだよ!」
 
 
別に碇ゲンドウはいつもこんな感じで、実の息子にだってそんな感じなのだから、気にすることはないのだが。
 
「皿山・・・おまえ、社長に恨みでもあるのか?よっぽど痛い目にあって欲しいらしいな」
「心配してるだけじゃねえか!なんでそんなに危機感がねえんだよ!!ホラー映画で一番先に殺されるバカ女かてめーは!!」
「ああ!?もういっぺん言ってみやがれ!!このモブ太郎が!」
「オレがモブ太郎なら、てめーはモブ子じゃねえか!!うみねこ鳴かすぞコラ!!」
「・・・・・・上等だ、表に出やがれ・・・日が暮れても決着つけようじゃねえか」
 
 
こういうのがイチの子分と二の子分なら、水上右眼もさぞ苦労していたのではないか。
こんなのを先の大人二人と入れ替えであんな部屋にいれていたらトリック無用の密室完全殺人のできあがりだろう。
 
 
鍵は、問題なく、開いた。この期に及んで罠などない、ようだった。表面上は。
本当のところは火織ナギサが知っているが、いちいち解説したりしない。皿山君の言っていたこともまんざら間違いでもないけれど。・・・危険性のケタが違うだけで。
 
 
「・・・・仕事を、始める」
 
いちいちケンカの仲裁などしておれんのだろうが、一応、抑えはする碇ゲンドウ。
「あ、はい、社長・・・・」「わ、わかりました・・・」
沸点が低い割りに、すぐに収まるのはやり慣れているせいか、右眼のしつけがいいのか。
 
 
「その前に、言っておくことがある・・・」
 
一同を一通り見渡し、それから、皿山と真剣川二人に視線を戻す。表情は鉄面、声も馘首を告げるが如く、暗さ。背負うオーラはいうまでもない。そこにいるのは着流しで賭場やパチンコ屋を荒らし回っていた無職ではない。半ば幽閉状態の寺に住んでいたから住所固定だった無職ではない。
 
 
「この扉をくぐって以降、私を社長と呼ぶことを禁じる・・・」
 
 
「!!で、ではなんとお呼びすれば!!」
皿山の反応は流石に早いが、真剣川などはついていけない。「あ?え?えっと・・・」
 
 
その後方にいる他の者たちは、しらけきってそのやりとりを見ている。
 
「別にこっちは呼んでないけど」「そもそも社長ってなんなんでしょう?いつ会社組織になってたの?」「オヤジとかオジキとかの方が遙かに似合ってるがねえ」「まさかと思うけど、あの歳で・・・いや、童心に返って、ということなのか・・・・あの、帽子」
 
 
扉の向こうへと、歩を進めながら、碇ゲンドウは、問いかけに振り返るでもなく
 
 
しかし、力強く、答えた。絶妙な、漢の角度で・・・・
 
 
「艦長と」
 
そして、一人でさっさと奥へ。自信ありげな割りには早足だった。
 
 
「「え?」」
意表を突かれて、取り残される全員。わざとなのか、本気なのか、それとも単に言い間違えたのか・・・・ここで”定番”を外してくるとは・・・・・
 
 
 
「船長じゃ、ないのか・・・・」
 
皆がそう思ったが、当の本人がそう言って訂正しないのだから、そうなのだろう。