おぎゃあ、とないたかどうか、知らないけどね
 
 
正義の血が流れてるのかどうかもあやしいもんだけど
 
 
あの小僧はここで生まれた。この都市で、生まれた。
 
 
際者(キワモノ)ではあるけど、人間だよ。ギリギリ、そういっていいんじゃないかい。
 
 
わたしらみたいな、こおんな、赤い目がいうんだから。ねえ?
 
 
ただ、生まれ方が尋常じゃ、なかった。
 
 
星の輝く夜に馬小屋で、とかいう意味じゃない。
 
 
そのとおり、生まれ方が、普通じゃなかった。
 
 
死なずに生まれ出たのが、信じられないくらいさ。
 
 
いや、死なぬ為死なさぬために、そうしたのか、そうなったのか。分かりはしないけどね。
 
 
 
碇シンジ。あの小僧は。
 
 
 
二つの母親から、いろんなものを注ぎ込まれて、爆発して生まれてきたのさ。
 
そう言う意味じゃ、日本神話に近いねえ。聖書っていうよか。ヒルカグツチとでも・・・
 
 
ん?二つの母親ってのはどういう意味かって?もちろん、生みの親と育ての親って意味じゃあないよ。そのまんまだ。二つの生み腹、といやあいいかねえ。
 
 
どうしてそういうことになったのかは、知らないよ。家族計画がドンブリすぎたのか。
 
 
あ?家族計画ってどんな意味かって?・・・・・こっちもそのまんまだよ。中学生くらいなら分かるだろ。ま、どの時点で目をつけられるのか、分からないから違うのかもしれないけどね。
 
 
エヴァ、エヴァっていうんだっけか、あの人造人間・・・・・それと、碇ユイ。
 
 
法律的にはいうまでもないけどね、それで済まない身の上の当人にしてみれば、
 
 
その二つに、問う資格があるだろうよ。「どうして自分はこんな生まれなのか」ってね。
 
 
答えられるかどうかは別として。子供なんだから、それくらいはしてもいいだろう。
 
 
こうやって、使徒・・・・だったかい?神様の使いなんてのがやってくる状況下で、悪戯しくさったはずのご当人に尋ねるわけにもいくまいよ。
 
 
それとも。誤解か。ディスコミュニケーションってやつか。想像の具現化か。
 
 
ほんとに厄介なものを造ったもんだよ。ロボットでよかったじゃないかと思うけどねえ。
 
 
人造人間・・・・・・・その中に、もうひとつ人間なんか入れちまうから。
 
 
”誤解”するんだよ・・・・・。人間の中に人間がいるケースなんか、そうありゃしない。
 
 
「それ」は、「自分の子供」だと、そりゃ思っても仕方がないよ。
 
 
というか、そうでなけりゃ、
 
 
許せるもんかい。・・・・・まあ、こっちも想像でモノ言ってるだけだから実際はどうだか分からないけどね。
 
 
パイロットなんかは、そのへんの”話がついている”のかも知れない。誤解がないように。・・・・そうでなければ、使いものにならないわな。けど、その話を”どうやってつけた”のか、つける前はどうしていたのか・・・・・テストパイロットの仕事というか、交渉人だねえ。
 
 
エヴァとやらは、まだ正式版じゃない、ああ、初号機とか言うんだったか・・・・
 
 
それは、てめえの中にいる、人間を、てめえの子供だと、勘違いした。頭だけの話じゃない、文字通り、血と肉で、そう決め込んだ。碇ユイをそうだとしたのか、碇シンジだけをそうだと思ったのか、両方、そうだと思いこんだのか・・・・・・あれだけブイブイいわせていたあの女が表舞台から引っ込まざるを得なくなったところを見ると・・・・・・・
 
 
ま、そりゃいいか。親たちの事情まであんたたちには関係ないわね。
あの小僧、碇シンジのことだ。
 
 
子供は、腹の中にいる間、母親からさまざまなものを供給されて、「その形」になっていく。おぎゃあ、と鳴いて出てくるその姿にね。
 
 
 
ただ、あの小僧は、与えられすぎた。過供給だったんだだろう。そりゃ、ねえ・・・・
 
 
あの初号機とやらも、普通のエヴァ、ではなかったんだろう?さまざまな規格外の実験を施した・・・・化け物、だった。外部の人間に見せるような代物じゃあ、なかった。
 
 
大の大人、というか、超人レベル仙人レベルでもたまったもんじゃなかっただろうよ。
 
小さな器、いやさ、スプーン程度の領域に、瀑布を流し込めばどうなるか・・・・・
 
 
どう考えても、死ぬるわ。
 
 
なぜ、そこであの小僧が死なずにすんだのか・・・・・・・・死なさぬために、ああなった、といえば・・・・・納得、できぬでも、ないか。
 
 
とにかく、
 
 
小僧の命は、血の雨になった。
 
 
爆発、というのは、そういうことだ。この都市だけに降る、奇妙な雨。
 
 
覚えが、あるんじゃないかい?
 
 
その中に、小僧の命がある。それは、この目にかけて確実にいえる。それを、怪異というのなら、そうなのだろうさ。命を肉体の外に撒き散らして生きる生物など、いない、と。
 
 
それは、人形だろう、と。
 
 
では、心は?
 
では、精神は?
 
では、魂は?
 
では、人格は?
 
では、記憶は?
 
では、情は?
 
では、感性は?
 
 
あの小僧は、なにでできている?・・・・・・谷川とかいう詩人がなんかうまいこと言っていたけど。うーん・・・わすれたね・・・・砂糖菓子?いや、犬の尻尾だったかね。
 
 
人間としては、ありえない部品を、刷り込まれているかもしれないけどね。
 
まあ、あの小僧は人間だよ。孫が気にかけてる時点で、それはもう、正直、どーでもいいんだけどねえ。
 
 
けど、このままじゃあ、いかんわな。ちと、オンリーワンすぎる。いくら綾波でも、あそこまでいくと、取り込めない。もうちいと、寄ってもらないと。こっち側にね。
 
 
ん?取り込めないってどういうことかって?そりゃ、決まってるだろ。分かってるならお聞きでないよ。・・・なんだか微妙な表情だね・・・・・ああ、そういうことか。
ばばあの視点と孫の視点じゃまた違うからね・・・・・若人はまた全然分かってなさそうだから話を戻すよ。
 
 
いかんわな、と考えて実行してくれる人間が、家族の他にもいた、というのがあの小僧の運の・・・・運命ってやつかね。
 
 
今、この都市は、立体パズル・・・というより、錬金術の大釜みたいなことになっている。
 
 
グラグラに煮たってるわりには、どうも火元を見るはずの者が留守にしてるみたいな危うさを感じる。別に神様視点を気取ってるわけじゃないよ。長生きばばあのただのカンさ。
 
 
何にせよ、ムリも不思議も長く続きすぎれば、それが当然になっちまう。
 
しかもこの生命力。もしかしたら、もうほとんど馴染んでしまってるのかもしれないけど。
戻せるうちに戻してしまわないと、ねえ。戻せるならば。どうしようもなく固く難く結びついてしまっていても。それが無理な命を支えているのだとしても。
 
 
いろいろと、奇妙なことが続いたはずだ。なんかもう、巴里とかプラハも真っ青の魔界都市になってるしねえ。うちとこもいいかげんアレだけど、こっちの方がすごい。
誰の筋書きなのか・・・・何かの目をくらますような、ごった煮デタラメぶりだ。
 
ごった煮というか、ゴッド煮かねえ
 
デタラメの中からは、なにか、とんでもないモノが生まれるもんだ。
たいてい、禁じられた悪いものなんだけど、ねえ。火元責任者がきちっと見てないと。
 
 
お膳立ては、ほとんど整っているんだろう。
 
 
心配は、あまりしなくていい。ここは、あの小僧の庭、というか、命の中だから。
 
 
なるようになるだろうさ。
 
 
けどま、世の中には、鳶にあぶらげ専門職、みたいなタチの悪いのがいるからね。
横から手え出してきたら、叩き落とすなりちょん切るなりする役が、いるかもしれない。
 
 
 
 
 
と、綾波レイの祖母である綾波ナダがそう言ったのだ。自分たちに。
 
 
参号機は未だ、自分たちの手元にはない。何者か・・・・・・という言い方もおかしいかもしれない、おそらくは本来の正当な操り手が、乗っている。ネルフ本部の手続き的には無断占拠ということになるのだろうが。参号機の、あの動きを見るならば。
どちらが相応しいのか、一目瞭然。表の評価はされねども、独自の戦果を挙げてもいる。
 
 
というか、自分たちが乗る、というのがそもそも無茶苦茶な話であるのだ。
 
 
ただ、無茶であろうが、それが自分たちの役目であるのなら。
自分たちは、聞かされた。知らなかった、ではすまされない。
 
 
その点、綾波レイの祖母は、無茶苦茶なばあさまだと、思った。
無茶苦茶なばあさまが目茶苦茶な話をするのだから、それも当たり前のことで。
 
 
<明滅する>
 
 
碇シンジの命が、血の雨のように、この街で降ったり止んだりしているという話も。
 
 
<幽機交流電灯のひとつ>
 
 
ゆえに、信じられる。正確に、理解できたわけではないが。あの、銀鉄のような。
 
 
今さらながらでも、自分たちが聞けたのだから。
 
 
渚カヲル。
 
 
彼が、この話を知らなかったはずもなく。もしや、この都市に来る前に知っていたのかもしれない。惣流アスカや綾波レイは、知らなかったのだろう。両者、慣れてみると分かるのだが、顔に出る。かなり。いや、嘘をつく必要がないというか。とにかく。
 
 
手をこまねいていた、とは思えない。それを、よし、としたとも思えない。
 
 
それはなんの確証もないが、ともに時間を過ごした者としての、カンだ。能力のケタ、見ている世界の広さは違うかも知れないが、「それ、アウトだろ」と感じる方向性は、同じであったと、信じたい。もっというなら、「そんなんで、長続きするもんかい」という、この先、長い時間を所有する子供同士の、用心というか諌めというか。予知にも近い強さでの。単純な話でもある。なるべく、長く続いて欲しいのだ。これだけのことだ。
この友誼が、交誼が、とかいうとなんか昔の侍みたいだが。
 
 
現状も、かなり滅茶苦茶だ。激闘苦戦、というわけではない、なんじゃそりゃ的な展開で。
発令所の皆さんもあっけにとられている。確かに言葉がないだろう。
 
 
 
都市を見下ろす空の座、六体のエヴァに固定させたブランコに乗った六眼のエヴァ。
 
 
 
どんなナンバリングがされとるのか知らないが、これだけでも七体だ。存在感もまとう神威も確かにハンパないのだが、それに勝る圧倒的な・・・・
「なにこの無駄遣い感」
「そやな」
 
それでも十分といえる登場数だが、どんなタイミングなのか、まだ、やってきていた。
これもエヴァ、なのだろうが、顔が時計の文字盤になっている巨人達。腕の先から翼になっていたりラッパになっていたりと必ずしも人体を模してはいない点も制式タイプとは異なっていた。それが、五体。
 
 
それから、時計顔たちに取り囲まれるように弐号機と。
 
 
不動の参号機。
 
 
エヴァの大盤振る舞いである。使徒もおらんのに。この「何故でござる」感はどうしたものか。これだけの戦力がなぜこのタイミングで現れたのか。これを察知したゆえ使徒は退いたか。誰か説明してほしい。使徒が去り、これだけのエヴァ戦力がこの都市に到着したのだから、もうなんの問題もないはずなのに。戦闘態勢の解除を告げられてもおかしくないのに。
 
 
なぜ、これで終わり、ではないのか。
 
 
 
説明も解説もできなくとも、感じ取っているのだ。これらのエヴァが、なんらかの目的を果たしに、そのための手段を、押し通すために、都市防衛も使徒殲滅も全く眼中にないことを。もはや死語であるアウト・オブ・眼中であることを。
 
 

 
 
 
ユイ君がどこまで承知していたのか、母体として予感めいたことはあったのか。
 
 
初号機に実験用として装備されていた「七つ目」のひとつが、彼女に融けた。
 
 
初号機は碇シンジのみならず、碇ユイにも、我が身から血肉の贈物をした。
 
 
男の身では永遠に理解できまい。そのまま彼女は善悪もない人の彼岸となった。
 
 
フィフスチルドレン渚カヲルやエッカ・チャチャボールのように、間接的にリンクしてその力を引き出すような者は・・・・その才自体が極稀であったとしても・・・・古来、何人もいたが、そのものと同化してしまった例はない。
 
 
七ツ目玉
 
 
ゼーレの紋章にある、それ。
 
 
造物主や創造主に拝謁する資格が既に人類にあるかどうか。
覚醒の杖をつきながら狂気の山脈を越え銀の門を越え金の砂の谷を越え
 
少なくとも私は会いたくはない。人知が及ぶとはとても思えぬし、会話も続くまい。
聖痕サインだけもらえば満足、というほどにミーハーではないつもりだ。
 
 
ただ、設計者、もしくは、限界値を設定したはずの、調整者には、興味がある。
者、というのが畏れ多ければ、設計主、調整主、といってもいいが。
 
 
 
ゼーレの資料によると、人類は、これまで六度ほど、その「調整主」に会っているという。
 
幸運なのか不運なのか、調整主のもつ調整ダイヤルに、手を、触れた、らしい。
童話のように「神様、わたしを〜〜な感じにチェンジさせてください!」「いいよ」というわけでもないのだろう。多分。その人類代表のセンスで全てが決定されるのも怖い。
 
 
七つの教会・境界の名を冠されたそれらは、目玉、ということにされてある。
 
ゼーレの権力の源泉。世界を、ぬかりなく、見届けるための、七つ。
 
 
実際に、寝ている神の眼壺からえぐり出してきたわけでもあるまいが。エヴァに搭載し物質的に取り扱うことが可能な代物では、ある。それを理解し分析し、あわよくば複製を、と考えるのは人の性、というものだろう。咎める資格など、私にはとうにない。
 
 
だが、その神威を恐れ敬遠してきた古人の方が賢かった、といえる。
 
 
ユイ君が不可逆にああいうことになった今となっては。
 
彼女の息子の碇シンジはまだ人間であるが、彼女は、そうではない。
 
明らかに、人間ではない。元に戻すべく、碇ゲンドウほどの男が無尽の努力を注ごうと。
 
決して届かぬほどの。遠くはない。ただ、ギリギリで届かぬ、境界線に立っている。
 
 
なんのために?
 
 
いずれ訪れる人類全体に否応なく影響を与える狂計画の大波に対する防波堤として。
こんなことは、私を含めた数名しか知らないが。もしくは。
 
 
息子に、さすがに受け止めきれるはずもない超常の器を、渡さぬために・・・
 
などというのは、男の感傷というものだろう。理解など及ぶはずもない。
 
 
ただ、見届けるためか。最後の、最後まで。終わりのはじまりから、終わりの終わりまで。
 
 
まるで、千年の主演女優。幕が下りるまで帰ることは許されない。
 
 
そういったものを、受け渡してしまえるエヴァ初号機も相当な代物であったわけだ。
 
 
いや、エヴァというものが。少女という歳ではないニェ・ナザレの十号機が未完のままにされている理由のひとつ。福音の母達に人類の補完をさせようと考える愚か者が出ても不思議ではない・・・・・・
 
 
 
びびびびびびびびびびびびびびびびびびびびび
 
 
物思いに耽りながらも、宇宙機械のように「仕事」をする冬月副司令。
発令所をほったらかして、こんな音をたてながら何をしているのかというと。
 
 
「うひーっ」
 
一言で言うなら、制裁であった。ここは本部地下も地下、職員も知らぬ地外魔境、エヴァになれなかったものたちの墓場の門の前。この日この時を待ち望んでいた、諜報ル課なる特務機関ネルフにして謎の身中の蠍部隊、それらを束ねていた魔人ヘルメを、「反転」したモノリス司令を引き連れた冬月副司令が先回りして、シバきあげていた。びびび、とかいう水木しげる先生のマンガにしかでてこないような効果音は、高速ビンタの音である。
 
 
それをくらうと、どんなに腹の据わった極悪人であろうと、あんな感じの情けない声をあげて遠近法も無視してへたりこんでしまうのだ。顔つきもそもそも変形させられる。
日本にしかない恐怖の制裁であった。(あんな顔になりたくねえよう!!)ヘルメが率いていた怪人どももすっかり青ざめている。
 
 
「このタイミングでエヴァではなく、ウシャの方を盗もうとはなかなかの思いつきだったが・・・あれもネルフの備品でな。廃棄しているわけでは、ないのだよ」
 
 
びびびびびびびびびびびびびびびびびびびびびび
 
再び制裁高速ビンタ・水木風。拳法の達人というわけでもないのに手が何本も見えて怖い。
 
 
「うひーっ」
 
リアクションは、どんな口の達者な悪人だろうとこれに限定されてしまう。それしか許されない。残虐な光景は見慣れてもいるしてめえで実行もしてきたル課の者たちだが、それが怖い。もし、自分たちもあれをくらって、そんなリアクションもしなくてはならなくなったら・・・・・・抵抗も出来ない。戦慄のル課員であった。
 
どういう利害の吹き回しなのか、確か自分たちの黒幕であったはずの蠅モノリス司令が、ネルフ副司令べったりになってしまっている。超信頼しているというか、激味方、というか・・・・・自分たちの長であるヘルメが黙ってやられているしかないのは、それゆえだが・・・・・・使い捨て、というのはよくあるが、これはあまりにも不可解すぎる。
 
なんなのだろうこのモンスター上司は。まっこと、すまじきものは宮仕え、である。
 
まー、長のヘルメもとりわけ敬愛しとるわけでもないから、あそこまで一方的に残酷残忍薄情系上司がやられているのを見るのも、楽しくない、といえば嘘になる。しかし、「うひーっ」か。あのヘルメを。すごい、日本すごい。クールジャパン。モノリスの威を借りている、とはいえ。見せ物としては最高っ!と思う彼らはやっぱり悪者。
 
 
とはいえ、冬月副司令も正義のお仕置き人でもないので、いちいち全員の性根を入れ替えている時間もない。頭を潰せばそれでよかった。各種の地獄封印を突破し”ここ”まで到達できたのだから、相当に大した奴らだが、当然、この先の本部で飼えるようなタマではない。腹を食い破られる前に、摘出するに限る。ユイ君だから仕切れただけの話で、ウシャどもが外に出るようなことになれば・・・・・まあ、その前に墓守がどうにかするだろうが。なるべく起こさぬに越したことはない。竜号機のアレは奇跡に近いレアケースだ。そんなわけで。
 
 
びびびびびびびびびびびびびびびびびびびびびび!!
 
 
完全にヘルメの悪心を折っておく。「・・・・・それから、子供たちに、触れるな」
 
 
ヘルメたちの計画や思想はモノリス司令から全て聞き出してあった。どちらも非科学領域の住人であるが、考えなどは隔たりが大きい。ル氏の方が現世離れしすぎているというか。その距離を埋めるべくヘルメたちがつけられたようだが、ヘルメには独自の目的があったようだ。このモノリスのやる気がなさすぎた、ともいえるが。どちらが理解に近いといえば・・・だが。今はそんなことを言っている場合でもない。両者とも気に入らぬのだし。
 
 
ヘルメ、という男は、一部だけなのだろうが、渚カヲルのやろうとしたことを理解できたらしい。モノリスは、そのような投げやりな説明をしてくれた。それ以上を求めない。
 
 
そこから、己の利得を引き上げようとする、という点が分かりさえすればいい。
 
 
私は、碇たち、あの家族の家臣でも、なんでもないのだが・・・・・・・・
 
 
 
「・・・・・・こんなものでは、すまないぞ」
 
 
 
なぜか、こんな時。悪魔の声色が、出てしまう。
 
 
「・・・・・・・・・・・」
 
 
しばらく待っても、返答がないのは、反抗の意を示しているのか・・・・・・
 
 
 
面白い・・・・。
 
 
”あ・・・あー・・・ふ、副司令フユツキ、彼らも、反省しているようなので、その辺で、な?も、もちろん、我も、そのようなことがないように重々、言い聞かせるので、な?返答がないのは、単に、石のように固まっておるだけで・・・な?そのガーゴイル的悪キャラ面は、ちとそちらにフィットせぬような・・・・、な?”
 
 
モノリスの仲裁で、我にかえる。いかんいかん、やはりストレスがたまりすぎている。
 
 
「そうですか・・・・・」
他にも仕事は残っており、こんなところであまり時間を食うわけにはいかないのだ。
気を取り直して次の仕事にとりかかる。さすがにこれらは青葉君にも日向君にも頼めない。伊吹君、彼女が微妙なところだが・・・・・彼女も彼女の役目で忙しいだろう。この苦難の時、若者の成長を確かめられたことが、なんとかの回復剤だ。
 
 
「では司令、次の案件なのですが・・・・・」
”そ、そうか。次の仕事はなんであるかな?”
 
 
ル課どもには絶対箝口令を敷き全員まわれ右を命じて、モノリスとともにその場をあとにする冬月副司令。他に護衛もつれず、無防備な背中に見えたが・・・・・・・まさか
 
 
 
逆らえる、はずもなかった。
 
 

 
 
 
「殴ってやろう、ここはもう殴るしかないわ!」
「そうだなー、さすがになー、これはなー」
 
とりあえず、自爆スイッチなんか押さなくてすんだ葛城ミサトと加持リョウジである。
押し込められていた自爆スイッチ室から出るなり言うことは。心が原始に戻っている。
 
 
内部構造は、いやというほど、まさに死ぬほど熟知しているので、忍者もびっくりの速度で駆け抜ける。武器庫や弾薬庫、その他もろもろのデンジャーエリアのことも頭に入っているが、寄り道なんかしない。目指すは碇ゲンドウ。あのふざけた髭オヤジをぶっ飛ばす。
 
気分は、海賊。いい年した男女であろうが、気分は海賊。勤め人の常識など知るものか。
 
 
ひゃっはー×2。
 
走る。走る。走り抜ける。
 
 
こんなところ走っているのは自分たちだけかと思いきや、見下ろす高度違いの交差通路で、三人の子供が走っているのとすれ違った。一人は少年、碇シンジと同年代・・・・というか、見間違うはずもないのだが、渚カヲル・・・・彼に似た誰か、・・・・それと、子供と言うよりは幼児に近い背丈の二人。幼児なのにえらく足がはやく、渚カヲルに似た少年がそれを追いかけている、という一幕だったが。呼び止める間もなく、少年幼児の三人はエレベーターに乗り込んでしまった。一瞬、それを追いそうになるが、間に合うはずもない。追ってどうする。幼児二人はなんか笑っていたし。その資格があるのかどうか。いずれにせよ、髭を殴る理由が増えた気がする。
 
 
また、走る。走る。走り抜ける。その途中、BSAAが乗り込んでこないのが不思議な数の歩くドザエモン軍団にでくわすが、それも蹴散らす。自爆させた方がよかったのではないかと蹴散らしながら思わないでもないが、そうしたら自分たちが死んじゃうし。
BGMは「火吹き山の魔法使い」だ。
 
 
また、走る走る。
 
 
その途中。自分たちが作業していた時と明らかに異なる領域があった。これといった設備が連結されているわけではない、そこだけぽっかりと空いた、立ちこめる霊気のようなものの濃度が。本能的にそこを避けた。「ああ、ここが船霊室になったのか」「みたいね」
 
 
海をゆくのだから、いくらでかかろうと、船には違いない。内実は、ひょっこりどころか超速ひょうたん島であったとしても。そこに魂をいれることで、船は物体以上の命を得る。
 
 
幻よりも実は七転七化ける、「現実」を得ることになる。ぼんやりからのぼんぼやーじ、だ。
 
 
さては、そのサイコロ椅子に誰が座すことになったのか・・・・
 
 
事態が転びに転んであの髭オヤジだったりしたら、殴れなくなるから困るのだが。
 
 
 
「ちょいと」
 
 
声をかけられた。人の気配などなかったはずなので、ちと驚く。いくら頭に血が昇っていても相方が気づかないはずがない。、と、どちらも思っていたから余計に。
 
 
「お待ちを」
 
海賊走が止まる。大きくも鋭くもなく敵意もないが、それだけの力が声にはあった。
振り向けば、バナナの啖呵売のような格好をした、胸のでかい若い女が立っていた。
右目と左目で、こちらを見ている。別にバナナを両手でもっていたりはしない。
 
 
「水上、右眼・・・・?」
 
にしては、眼帯をしていない。腹巻きはしているが。呼び止めるくらいであるから、自己紹介くらいはするだろう。あえて、口にだしたのはお約束というもの。葛城ミサト談。
 
 
「この度は・・・・いろいろと、ご迷惑をおかけてしまして。手前、姓は水上、名は右眼、と名乗っておりました」
 
深々と頭をさげられた。しかしながら、名乗りが過去形とは。まあ、どうでもいいけど。
 
 
「まあ、確かにいろいろと・・・・ご迷惑をかけられましたわねえ。ケジメとして、手始めに元髭上司をやっちまうつもりでおりますが、何か?」
 
実際にやらかしてくれたのは、これの妹、水上左眼なのだろうが。とはいえ、魑魅魍魎業界のことでいちいち真剣にキレてもいられない。望みを叶えられず、こんなとこになっているど真ん中にいる身となれば、なおさら。隠れ里での現状維持しか望んでいなかったローカルドラゴンは、その身を滅ぼし、船になった。それが悪とも報いとも、簡単には言えまい。
 
まあ、確かに迷惑ではあったが。非常な迷惑であったが。
 
こんなことがなければ、と何万回も思ったけれど。
 
こわしてしまったつめたくて、あたたかなおもちゃのいえ。
 
 
時の流れは変えられない。生きてるからどうにかするつもりではいるけど。
 
 
「それをしばらく待っちゃあ、もらえませんか。あの人には今、屋根をつくってもらっている最中で。それが終わるまでは」
 
屋根、というのは文字通りの代物ではなく、隠れ里としての無敵性をなくしたこの巨大泳航体がいちいちあちらこちらから攻撃されぬですむような政治的バリヤーのことだろう。目には見えないだろうが、作り手によっては怪獣の攻撃でも割れる必要がないほど強力で、その点、碇ゲンドウという人物はそんな政治バリヤー作りの第一人者というか匠といえる。
元ネルフ総司令の肩書きは伊達ではないし、映画ばっかり観てたとかパチンコばっかりやっていたとか、伊達に幽閉されていたわけでもないだろう。というか、他の人間には不可能だ。能力的にも理由的にも。代え難い人材な、わけだ。
 
 
「終わったらいいんですか」
 
「かんべんしておくんなさい、と言いたいところではありますが、あれはさすがに。他に人がいなかったとはいえ、そりゃ腹が立って当然。カエルに風呂を焚かせたようなもんだ。その後は、お好きなように」
そう言って、カカカ、と女は笑った。うちらはカエルかい、と葛城ミサトは内心で。
その笑いの意を悟る。いつのまにやら霊気がこのあたりまで立ち籠めてきていた。
 
 
「そちらも、好きに守りにくるのでしょう」
 
口に出したのは加持リョウジで。船の中で船霊に敵うわけではない。実質の禁止命令だ。
そうなると、やることがなくなった、といえる。適当なタイミングで下船したいが、それも当分かかるであろうし、下手をするとまたコキ使われる恐れがある・・・・。
 
 
「話が早くて助かりますなあ。そのついでに・・」
 
予感的中。船の全域状態を知るこの女、釘をさすついでに呼びに来たのかも知れない。
こんなムリ船、早々にあちこち破綻状態がきているのだろう。底板に釘打つ役に。
 
「まだ働けってんなら、・・・・おことわ・・・・・いや、報酬が欲しいわ」
 
「たこほど?いや、いかほど?」
 
「うーん、その格好でなかったらそんなベタ、10%増ししてたところだけど・・・・・」
 
 
葛城ミサトは水上右眼であったものに報酬の内容を告げた。
 
10%増しも値切りもないだろ、と加持リョウジは内心で。
それならば、確かにもうひと働きせねばなるまい。
 
 
「・・・さすがにそれは、碇のオヤジさんと相談の上・・・・・・」
歯切れが悪い。天秤にかけているのだろう。これはバランス感覚でどうにかなるものではなく、むしろ明らかにバランスを狂わすこと。しかしながら、迷う、ということは、その気になれば、やれる、ということだ。出来なければそもそも要求の意味さえ分かるまい。
 
 
たいしたものだ、と思う。カエルのしょうべん、ではない。
 
未だ、それほどの力がある、と自認しているわけだ。こいつらは。竜を失っても。
ただの、浮きひょうたん、ではない。
 
 
「あらま。さっき、妹が迷惑をかけたー、って頭をさげてくれたけど、あれはうそなの?」
 
妹が、とは言っていないわけだが。同じコトでもある。実のところ、それに釣り合う労働などない。あったとしても今度こそ死んでしまう。自爆室にいた重さを誰よりも理解している相手でもあり。ここは押した。碇ゲンドウ相手ならば、こんな問答、瞬殺されるに決まっているが。
 
 
「それも、そうか」
 
天秤を傾けてくれた。両眼には同族を見る色がある。何族か?そんなのきまっている。
 
それから、地獄の最先端KKK労働が続いた。ロマンを支えるのも苦労だ。
 
 
報酬がある、と思うとなんとか耐えられる・・・・しかしギリギリであったので、なぜか出航の混乱時に脱出もせず上の市街部に留まっていた剣崎キョウヤとその部下一名がいたので強制的にチームにいれて事に当たった。
 
「島なんか動かすもんじゃないなあ・・・・つくづくそう思う」
「加持よ。オレたちはそんなに仲よくなかったよな?区別もつかないレベルだし。なんでここで付き合わされるんだ?」
「これ、任務でもなんでもないですよね?捕虜の扱いですかね」
「いやねえ、みんなネルフの仲間じゃない!がんばりましょう!ここにはいないけど、リツコの研究成果が生かされてもいるんだし。だからこの我がモノ速度でも他の船とか施設とかの衝突とか撃沈とかないわけよ、これぞ科学の素晴らしい力なのよ!」
「そうかあ?ピノキオの鯨みたいになんでも呑み込んでるだけじゃねえか・・・・(第六実験の成果がこれか・・・)」
「ま、陸でもむつかしいのに海でなんてよけられませんからね。警告に従ってくれるとことばかりじゃないし」
「童話といえば童話めいてるけど、実際にやるあたり、りっちゃんは天才なんだろうよ」「繰り返しますけど、大事なことですから。これ、明らかに任務じゃないですよね!?」
「任務だけが人生じゃないわよ?」
「自ら任じた役目ってやつだからな」
「なんだそのダメ発言・・・・大学時代に予想したとおりになってきてるんだろうかなア・・・・」
「ああ、言ってましたねそういえば。二人ともパチプロになってギャンブラーな二人三脚人生とか赤木博士はデジタル四谷怪談とか・・・・予想した責任があるかもしれませんよ」
「「あるある」」
「ないだろ」
 
 

 
 
 
竿もなく、糸もなく、当然、それにつける針もないが
 
 
エヴァ参号機は、釣れるのを待っている・・・・
 
 
ように、見えた。座り込んでいるためか、とにかく非活動的であり。かといって、なんの意思もないようには、見えない。もちろん、それは機体の、というよりパイロットの意向なのではあるが。こんなところにとどまる理由はない。使徒が消えた今、早々に立ち去るべきではあるだろう。あくまで強奪されぬための非常脱出である、と言い張り本部に戻れないこともないだろうが。それも茶番。操り手は確かに己の機体を取り戻したにすぎない。
ただの盗人ではないが・・・・・それだけに、意図が読めない。不気味極まる。
 
ただ。動かぬのであれば、それもまた良し、の点もあった。そのうちエネルギーが尽きる。
 
完全に電力が失せて身動き取れぬ安全状態になってから、回収作業にあたろうかな、と発令所の人間が思ってもムリはなかった。内部の人間とコンタクトがとれなければ、エヴァも使徒もえらくかわりはしない。
 
 
参号機を動かすな、と伊吹マヤは言ったが、全くその通りにするしかなかった。
 
 
その内部がどうなっているのか・・・・・・実は彼女だけはモニタリングできていた。
 
 
東方賢者・赤木リツコ博士の組みあげた参号機用の裏機器裏プログラムを許可を得て使っている、というだけのことだが。この局面で表沙汰にしないのは、それだけの理由がある。
 
 
「マヤちゃん・・」
「そろそろ・・・」
「そうですね・・」
 
副司令も戻ってきてくれないし、このナイトメアサーカスめいた現状にいいかげん辛抱たまらなくなってきただろう日向マコトと青葉シゲルには情報共有する。自分だけで対処するにも、かなり微妙な事象でもある。
事象というか、魔象というか・・・三羽ガラスの速度が要りようになってくるだろう。
終時計部隊が出張ってきている以上・・・・・速度に意味はないかもしれないけれど。
 
 
二人の端末に、参号機モニタ情報を送る。平静を装うように、とアイサインも添付する。
 
 
((なっ・・・!?))一応、二人とも顔には出さなかったが、驚いた。まさか、こんなことが参号機の内部で起きていたとは・・・・・信じられないが、信じるしかない。
 
 
それは、「説得」という名の精神攻撃。内部のパイロットは、密着するほどの距離からの説得を受け続けていた。つい先ほどまで。現在はようやく終息している。そこに至るまで文章画面換算で十数億スクロールくらいの分量の説得を受けていた。根負け、というか、それだけかけて、わずかに譲歩させた、というべきか。恐ろしいしつこさであった。人間の粘着力ではない、エンペラースライム並みの。タチの悪いことに切り返そうにも付けいる知能がない!さぞその無双の武力を振るいたかっただろうが、なにせ内部のことである。相手にするしかなく、説得側にしてみれば、石の上に三年、恩讐の彼方的労力を要したともいえる。互いに脳波のやり取りであるから、舌口の疲れで止むこともなく。見るだけでもげっそりくる。しかも内容と言えば、「ここはひとつ」とか「ここはふたつ」とか「ここはみっつ」とか「ここはよっつ」とか「ここへくまてぃある」とか具体案は何一つなく。ただひたすらに、「なんとかとにかく、ここはこらえて」というばかり。気持ちしかない。
これを説得といってよいものか・・・・・・まずいだろうとは思うが、効果は、あった。
 
 
人間の、言葉。
 
 
だからか。遠方の絶対結界に隠れている司令でさえ狂わせた黒羽を退けた参号機が。
 
 
応じたのは。
 
 
表現は浅くとも。内包するのは
 
 
目もくらむほどの、「ここ」の深淵。モニタ越しにのぞいだだけでも、おかしくなりそう。
 
そんなものを直撃されて、動じない参号機の主の精神力とは・・・・・もしくは初めから
 
 
それも、人間の言葉だった。
 
葉も山と積めば、黄金星の重さを得ることができるのか。実行した者も出来た者もいない。
 
 
 
「”もう少し、待って”」
 
そのために、時を消費せよ、というのは傲慢か。かましているのか。それを、受けるか。
 
 
同時に
 
 
「なんだこの・・・・・データ・・・・嘘だろ?」
「もうたいていのことは認めてもいいけどな・・・、エラー、じゃないんだろ、コレ」
 
日向も青葉もお約束として言うとるだけで心底からはそう思っていないのは知れきっているので伊吹マヤもいちいちリアクションしない。これだから薄毛は、とかこれだからロンゲは、とか。そうなるとむしろカツラが正解になってしまうから。もとい。
 
 
オペレータの目はいくら異常極まろうと内部の一事象だけに固定されない。心は囚われても目は確実に仕事する。参号機の機体データに明らかな異常値が認められた。戦闘に直結することでもある、重量だ。地味であり、見た目では分からないのだが
 
 
参号機が、どんどん重くなってきている。存在感、とかではなく、単純な物理重量が。
 
 
巨大バーベルを持ち上げている、わけではない。そんなものはないし。気晴らしにそこらへんの建物をリフトアップしているわけでもない。単純に、機体そのものが、重さを増しているのだ。何を加重されたわけでもないのに。常時通背拳状態?まさか。しかも。
 
 
伊吹マヤの示すモニタが嘘をついていないのならば、重量は流動している。各部装甲の重量が変化し続けている。増加だけではなく、並みのように軽減もしている。総重量が増しているのは、それらが足下に移動しているようであるから。そのようなことが起きている。
発令所内のでこの三人しか知らないが。わざわざ二人に、同じ三羽ガラスにそんな嘘を示す必要もなかろうし、信じられぬながらも察しもつく。
 
 
「そりゃ、気分的にはあんなものあれだけ喰らえば、ヘヴィにもなるだろうけど」
「気分転換質量か・・・・・ある意味、すごいテクノロジーだけど・・・・赤木博士が開発したわけでもないんだろ・・・・・子泣きジジイ・・・いや、ど根性ガエル装甲か!言うなればぴょん吉アーマー!!そうなんだな?マヤちゃん!?」
 
「参号機が動かないのは・・・・・・・この重みのせい、なのか?動けない、のか」
 
「動かないのは、たぶん、説得のせい。それがなかったら、もう海を渡ってると思う。参号機の足ならね・・・・もう一機分背負ってでもわけはないだろうから」
「この、説得って・・・・・誰なんだ・・・・?まあ、一名しかいないけど。この感じ」
 
 
いくつになっても友達だから、日向君の恒例発言はスルーしてあげるふたり。フレンドだからこその境界線をきっちり引く。ネタで真実を直撃するのはやめろ、と忠告もしてもいいけど、それが日向マコトであるから。
 
 
「そうか。もう、帰ってたのか・・・・・・・」
「正解、でもないけど、間違っても、いない。彼は・・・・・・」
 
まあ、戻ってくれば対応もする。
 
 
おおお
 
、と発令所がどよめいた。
 
 
参号機の装甲の色がいきなり変わったのだ。黒と白との縞模様に。
双色は、かつての黒羅羅明暗が駆っていた頃の参号機を思わせるが。
 
驚く時間も惜しいから二人にも伝えた。動いてもらわねばならない。使徒は去っている。
 
 
これは、人間の、奪い合いだ。
 
 
世界正義など知るものか、実利経済すら知ったことではない、ただ、自分たちがあとあと気分良くいくように。彼は、という年でもないか、
 
 
あの子は、ここに、この街にいた方が、いい。
 
 
少なくとも、本人の同意なしに、強引に略奪されて・・・それも、二度、いいはずはない。
 
ここを、ふるさと、というには思い入れすぎてショタ疑惑なんぞかけられてもかなわないのだけど、本拠地の一つと思ってくれれば、そう思っていてくれて、望んでくれれば、いいな、とは思う。この思いは三羽ガラスで共有できると信じている。
 
 
 
黒白縞になった参号機の足下から、紫色の影がのびる・・・・・・・足が長い。
 
 
「紫の・・・・!!」
 
いくらなんでもここで「バラ」はないだろうとは思うが、青葉シゲルとともにダブルツッコミの準備はしておく伊吹マヤ。
 
 
「ハイウェイのようだ・・・・・・・」
 
ツッコミを恐れたわけではない。それを連想させるほどに影は高速で伸び、忍者の怪しさよりも無限の爽快さを感じさせたのだ。だが、どこまでもどこまでも、ということはない。
 
 
それはみるみる、人の影を形成していく。正確には、人に似た、影であるが。
 
 
頭部に角があった。人をそのまんま模したならば、そんなものはなく。
 
 
「エヴァ、初号機・・・・・」
 
 
誰ともなく、呟いた。
 
 
もし、参号機が釣りをしているのだと、したら・・・・・
 
 
竿もなく、糸もなく、当然、それにつける針もないが
 
 
その手が、動いた。
 
 
 

 
 
 
「・・・・治療か。それだけでは、あるまい」
 
後半は黙りこくっている魔神玉にもかけたつもりでいるが、返答はスラからしかなかった。
 
 
「まあねえ。念には念をいれて部隊を揃えたんだろうけど、”ついで”にやっておきたいこともあるわけさ。あたしたちの仲間で、”手”をとられちゃったマヌケウェイクがいてね。
 
 
それを、取り返す。・・・・・・・・やった奴も、ただじゃ、おかない」
 
 
「・・・・・・」
口調はくだけているが、時間も凍るような殺気だ。そんな一件があったのか。本部内の潜入調査がメインではない上、現在の司令になってからの指定機密の隠匿力というのは文字通り魔術的なものがあった。反面、司令の興味のない部分はダダ漏れ状態であったようだが。生徒に馴染むことを第一に、危険水域には踏み込まなかったが・・・・・それは
 
 
「そんなことが、できるのか?お前達相手に・・・・いや、できたのか、か」
 
驚いた。終時計部隊・・・・・その名が伊達でないのなら。そんなことはあり得ないはず。
 
 
「スラージュマリア!そのようなことを・・・」
おそらく、当然のことなのだろう、バエとか呼ばれた委員長的なのが咎めにきた。実力、というよりは権力があるのだろう。どういった類か知らないが。武闘派はそれをかなり恐れていた。まあ、自分たちは兵器ではないのだとのたまうくらいだから、脳内のヒエラルキー設定が違うのだろう。
 
 
「いいじゃないか。目が見えないとなれば会話するくらいしかないんだし。機体ごしとなれば、触れてスキンシップってわけにもいかないだろ?すこしくらいは今後の予定を語っておいた方がおとなしくしてくれるだろうよ。・・・・なんせ、同じエヴァ使いだ。ああ、使用方式の違いはあってもね」
 
言い訳というよりは、いなしだな、と思ったが黙っておく。現在は目下、十二号機の歌による圧迫が続いており、連中の結界がなければどうなるかもわからない。ここでいらん仲間割れされても得などない。しかし、機体越しでなければ、直接触れてくるつもりだったのか。まあ、それはどうでもいい。肝心なのは、それを誰がどうやったか、だ。見届けることが出来ればいいのだが・・・・この目は・・・・・
 
 
「進展した状況を教えておくとね、参号機から、正確にはその装甲に、ぺらぺら二次元になってくっついてたエヴァ初号機が、足下から影みたいに延びて復元してる最中だよ」
 
 
「なんだそれは」
どちらかというと、魔神玉寄りに聞き返すが、またも返答はスラからしかない。
 
 
「そう言われても、見たまんま、そうとしか言えない。たぶん、逆の立場であんたでもそう答えると思う。・・・こっちが知ってる情報から推察するに、あれはかなり、整理されたエヴァ初号機なんだろうねえ。今までは、いろんなものがごちゃ混ぜについていたから・・・・・・たとえば、そこのコアとかねえ」
 
 
「・・・・・・・・」
 
 
「警戒は必要ないよ。あたし達はそんなもの、いらないし。最後のメンバーとしての、コードネーム”昔昔昔”としての、碇シンジ君が欲しいだけなの。バエの言い方もあれだけど、ムダが多すぎるわ。時が調整できるなら、壊すだけの制御できもしない力なんて必要ないでしょ。」
 
 
終時計部隊の必殺技・・・・・・・
 
真希波に聞いたことがある。いわゆる事象リセット、というものだが、実際それを確かめる術がない。確かめようもなかろう。そんな無敵攻撃。好きなことをほざいている電波系が上位機種を操っているだけだと考えても、それを秘蔵するゼーレが天下を取り続けている点を鑑みるに。まあ、確かに自分たちのような戦闘専用の獣飼いはその天治高尚に比べると野蛮極まるのだろうけど。
 
 
「・・・・それに逆らった者、逆らえる者も、なぜか、いるわけか」
 
”手”をとられた仲間がいる、とスラはいった。なぜ、それをリセットしないのか。
油断の戒めとしてその許可が下りなかったのか、もしくは。
だとしたら、これは痛快だ。獣の分際であろうと愉快なものは愉快なのだ。くかかかか。
 
 
「いるわけよ。近々、いなくなるけど」
 
 
いなくなる、ということは、それは碇シンジではないわけか。では、誰だ。
 
 
 
「ああ、来ましたよ来ましたね来ましたよ」
「ああ、戻ってきた戻ってきた戻ってきた」
「おお、来たか来たか来たか」
「ををー、来たどーん来たどーん来たどーん」
 
 
 
三べんも言った。能力を無効されたプライドのためではない。もっと生々しい。
 
この連中の仲間意識という奴は・・・・・自分たちと似ているのだろう。それだけは。
 
声で分かる。鬼声。鬼の声だ。執念深く機を窺うことができる。水に流れぬ朱の時音。
仲間を傷つけた奴には、血でもって贖わせ、そのために己の血がいくら流れようと構わぬ。単純にして原始。理屈損得の入る隙間などなし。ゆえに、強く、止まらぬ。
 
 
仲間のため、という万能正義、無敵正義が、流れ始める。赤紅と、灼々と。
 
 
 
「”零号機、綾波レイゼル”」
 
 
ようやっと魔神玉が口をきいた。スラが説明しない代わりでもないのだろうが。
なるほど、ようやく戻ってきたわけか・・・・・・・にしても、このタイミングは。
なんか語尾が違ったか?立派なヒゲでも生えてそうな感じだったが。にしても。
 
 
鴨がネギ背負ってやってきたようなものではないのか・・・・・・・・まさに超☆獲物ゲッター状態。魔神玉がどうにかする筋合いでもないだろうし、当然、自分とてそうだ。
一応、クラスメートではあるが・・・・・細すぎる絆であろう。